2016/12/06

第176号:経済経営の足を引っ張る=身近の無駄作業

<コンテンツ>
超過労働は、PCメール作成時間が元凶!
 ・近畿の小中学校の教員が集まっていたので、
 ・ズバリ!「責任逃れのメールは横行してますか?」の問い
 ・意思疎通やコミュニケーションは、メールの投げ合いでは不能
 ・数10年昔の学歴や大手企業在籍とのエリート意識ばかりでは
 ・スマホを使う意思疎通は、感情表現だと考えられる

大手企業の総務部門、その近年機能しない理由とは
 ・総務部門を設けるのは日本企業の特徴である。
 ・バブル崩壊と期を同じくして、大手企業の総務部門の変質が始まる
 ・アウトソーシングとは、「専門知識と運営執行の特殊チーム」
 ・ことに大手企業の思考理念から劣化していった。
 ・この思考も労働効率も劣化したサラリーマンが長時間労働
 ・大手企業が合併を繰り返すから、社員に外注業者は刹那的になる
 ・仕事のできる総務部門などの人材は

マイナンバー:便乗商法は年末に向け繁盛!
 ・マイナ法とその土台の個人情報保護法の正確解説をすると
 ・電子情報漏洩の実態・原因を、情報業界の専門家に聞くと、
 ・初の逮捕者が出た、マイナンバーの不正取得で

<巻頭言>

いっこうに日本経済は上向かない。長時間労働をかけるほどにマイナスの結果が生まれている。それを大手企業の総務部門機能不全を例にとって、個別企業の現状分析をした。経営管理の中枢とか、作戦参謀であるはずの総務部門が空回りしているのであるから、現場の対顧客部門やライン生産部門が大混乱を起こすのである。さらに、中途半端な理屈でもって点検チェックばかりするものだから、益々無駄な作業が増え・大混乱は極みに達する。これらに対する着実な効果を生み出せる経営・業務とは何かを、経済学の真髄から探ってみた。 日本経済衰退の挙げ句、期待のTPPはとん挫する見通し。カジノもオリンピックも経済押し上げ効果が期待できたのは、遠い昔の経済成長期での物語にすぎない。


§超過労働は、PCメール作成時間が元凶!
唐突だが、そうである事態とはほぼ間違いなさそうだ。電通の女性自殺事件に関連して、筆者も少なからず長時間対策の仕事を行っている。そこで浮き彫りになってきたことが、いずれの個別企業も無駄な時間まで割増賃金を払いたくないとの意向である(電通の女性自殺は別原因とのようだ)。ところが、どれが無駄な労働なのかを、本人自身が把握出来ていない、また部下や管理職から報告が上がってこないのが現状である。ちなみに、筆者は何処にでも首を突っ込んでインタビューする癖が向けないものだから、すると一つの事例が出てきた。

近畿の小中学校の教員が集まっていたので、
早速聞いてみたところ、「メール作成が原因だ」と口をそろえて説明してくれた。そこで筆者は、「ひょっとして、今はやりの責任逃れでメールを書こうとするから、それこそ時間がかかるということですか?」と質した。みなさん日頃の仲間うちで、筆者は教育関係者ではないからズバリ返答してくれた。
「その通りです」と。
加えて筆者が、「確かに、校長(学校内の唯一経営者)に責任ない、市教委に責任ない、もちろん教員責任ない、としか書けないなら時間かかって仕方ないですね、責任のない理屈が必要ですね」と話せば、みなさんウナズク! 別の日に、大阪市教育委員会のある職員にインタビューすると、「メールを使って報告せよとの傾向は益々強くなっている」とのことである。「子供が8万円を自主的に持って来たから、いじめではない」とした横浜市の理屈はヤクザそのもの、憲法教育を受けている教員が正常であれば、そういった論理は並大抵では出てこない。だが、自主的8万円の理屈を考え出すプロセスは、刑事事件の犯罪者によく似ている。

ズバリ!「責任逃れのメールは横行してますか?」の問い
といくつかの個別企業でも聞いてみたところ、記録には残せないものの、いずれの個別企業も否定することはなかった。さまざま突っ込んで議論をしたところ、次のことが推論できた。
1.先ほどの教員たちのごとく、誰にも責任が回らない報告作成
2.客観的合理的に論理構成する報告には解決目的の創造性は無理
3.企業経営は明日からのクリエイティブが利益の源泉にもかかわらず
4.利潤率の高い商品は、「アラスカで氷を売る」といった着想ばかり
5.過去の分析では、今までの採りこぼし利益回収にすぎない
6.採りこぼし利益回収は同業他社との競合激化を招来=利益率低下
7.客観的合理的に考える人材の大量育成は可能、だが対収益効果は不採算
8.証拠がなければ蓄積知識としない収集形式では、知識収斂と間違いを招く
……といった具合である。じっくり考えれば考えるほど、「責任逃れのメール」では意味のないことであるとの結論になる。

意思疎通やコミュニケーションは、メールの投げ合いでは不能
まして、「責任逃れのメール」では無意味な仕事の蔓延を招くばかりである。そんな社内に浸りきっている人は、ジックリ考えない人に退化していき、体力消耗に浮かれて、脱力感で仕事をした気になって、その後に自ら挫折に招き至るレトリックにも気がつかない。もちろん経営者は、そんなジックリ考えない人間に労働力の時間換算対価以上の賃金は払いたくない。とりわけ大手企業の株主からすれば、意味なく社内にタムロするホワイトカラーには労働力時間換算対価額自体を値引きさせたいのである。近頃、大手企業のホワイトカラーほど業務効率が悪いと指摘されるのは、この人材退化の部分が蔓延しているからである。加えて、人材退化した人間の考えることなんか、予想もつくし影響力もないし価値はうまないし、誰も相手なんかするわけがない。

数10年昔の学歴や大手企業在籍とのエリート意識ばかりでは、
イノベーション能力は皆無に近く、起業すれば労働力時間換算額を削ることにしか思考が傾かない。まして、学歴が高くとも知性が弱ければ、「客観的合理的思考の底流(米英式)」といった方法を探し当てることは出来ても、 「プロセスから合理性を読解く(仏式)方法」などは経験知といった言葉にすり替えを行って思考停止してしまう者が、サラリーマン学者も含め大半なのである。
分業することによって労働生産行為から産業化が可能となることを発見したのは、経済学の父:アダム・スミスである。だが、分業したことを、いとも簡単に専門家の類などと煽っておだてられ、その気になる幻想に浸ること(広範な知識を持つ専門家論も含め)を、アダム・スミスは、「社会崩壊の原因となる」と主張している。アダム・スミスは、当時の王族や権力支配者(重農主義経済と重商主義経済)からの自由を経済にもとめたのであって、勝手気ままの規制緩和を訴えたのではない。
「頭が良くても、使い道が悪い人物」というのは知性や教養が欠落していることに原因がある。「安定思考や出世思考」で育った人間は何とでも操るのが経営者である。だとしても、「責任逃れのメール」にしても出来栄えは悪いし、度胸もないから新しい価値を創造して仕事をすることすら出来ないから、そんな人間は経営者からすれば話し合いにもならない存在なのだ。

スマホを使う意思疎通は、感情表現だと考えられる
ルソーの著した『言語起源論』によると、そもそも言語は感情表現のために生まれたものであり、最初の人間の作った制度だと、ルソーは言っている。また、論理的に言語を用いるには独特の訓練が必要であると示唆し、論理的文章になればなるほど感情が表現されなくなり、どうしても意思疎通が阻まれるとしている。
https://goo.gl/9d4Otj
だとすれば、スマホを使う意思疎通こそが人間本来の感情表現であるとなれば、PCメールの如くは論理構成の展開とは縁遠い日常業務の意思疎通報告には不適切かもしれないのだ。例えば、スマホ絵文字の使用も象形文字もが大いに感情表現なのである。スマホ世代は上手く使いこなしているにもかかわらず、論理構成万能と洗脳された人物にとっては思いもつかないことなのかもしれない。するとICT機器の発達によるICT産業革命は、スマホのような道具により、人間行動の不合理な要素と考えられている感情でもって、素早く的確な意思疎通が実現するかもしれないのだ。ところが、上手にメールを使う人は、短い文言で的を射た感情表現でもって、意思を伝えているのである。
また、ルソーの旋律と音楽的模倣も確かに、歌詞付き音楽(歌)とかコンテクスト付きメロディーは、感情を伝えるのにとても有効な手段であるとなる。それは音楽が紀元前から使われていることからでもあり、みんなと歌を歌う又は心で歌を歌うことは意思疎通会話の一種であることは世界共通の、あえて自覚するまでもない空気のような自然行為との認識となっているのである。要するに、ICT産業革命は人間の意思疎通方法を大変革する可能性があるのだ。
ルソーは音楽学者でもあり、言語と歌との関連についても書いている。彼が思想家として扱われ(学者から排除され)たのは、他の哲学者と同様に大学教授に雇われなかったからであり、天才的有能さであったからと随筆家として敬遠され排除された、今も昔も変わらない学者世界の習わしによるものだ。音楽については当時は音楽学者(日本は今でも芸大では認知過少)が存在しなかったからであり、彼の著作『言語起源論-旋律と音楽的模倣について-』も、日本語版が今年夏に出版されたのである。保育園や幼稚園とかで習う「結んで開いて、手を打って…」のメロディーはルソーの作曲である。


§大手企業の総務部門、その近年機能しない理由とは
26年前、株式会社総務部の理論背景と設立に携わったのが筆者である。このほど某ビジネス誌記者の取材を受けて、総務部門が近年機能しない理由をさまざま考えてみた。

総務部門を設けるのは日本企業の特徴である。
基本的に欧米先進国含め、日本人の概念する総務部門は存在しない。また、日本の官僚機構や公務員組織には、国家にも地方自治体にも、民間企業のような総務部門のような機能組織は存在しない。
事業ラインとは別個に、総務部門を設置することは、一つの経営管理技術である。その起源を研究した学術論文自体が見当たらないのだが、おそらく研究に値しないとの学者的偏見から、未だ解明されていないものと考えられる。個別企業での総務部門が一気に設置されだしたのは戦後になってからである。
アメリカ占領軍が導入した経営管理CCS方式、中間管理職教育MTP、そして職業訓練TWI方式を消化するには、専門的頭脳集団を個別企業が要したことから、現在の総務部門の実態が形成されたと考えられる。加えて、少なからずの民間企業はこぞって、アメリカの体験型教育(1913年ごろから~日本のゆとり教育理念)基盤と、その基盤の下でのアメリカ型経営の理論(経営学者ドラッガーなどを含む)その他を学ばせようと、各社がエリートをアメリカ留学させたのである。この影響の下に高度経済成長路線に基づく地方都市での工場設立(長銀や興業銀行が投資を担当)と周辺企業整備(商工中金が投資を担当)に伴い、新しい経営方式を急遽導入する担当部門として総務部が設けられた。
もちろん、法人税制と会計基準、所得税徴収、社会保険制度、当時の失業保険、職業安定法の労働需給、労働基準法の賃金制度の施行といった戦後の新制度も、この総務部門に専任化させたのである。ここに、当時の人たちの感覚的受け止め方には、「経理、給与計算、社会保険をする所」との表面現象イメージが存在したのである。取締役会に提出する経営方針案の策定、投資資金の受け入れ窓口といった財務といった業務は、事業規模の拡大と共に、社長秘書から総務部門に移行したと考えられる。すなわち、戦後の経済発展の要素となった経営ノウハウ&情報収集加工を一手に集中させて、全社と外注先に徹底をさせた経営管理技術なのであった。

バブル崩壊と期を同じくして、大手企業の総務部門の変質が始まる
高度経済成長は頂点に達し、バブル経済を促進したものの政策失敗。そこから日本経済の「失われた10年」の始まりであり、それは今や30年目を迎えている。株式会社総務部は1990年に設立、それはバブル経済政策中止とん挫の直前であった。ただし、我々設立者は、既に陰りを見せた大手企業をマーケットとはしていなかった。あくまでも成長企業対象の個別企業:作戦参謀(社長を含む)を支援することが企業理念であったし今もそうである。
その理念ヒント&我々の事業母体はアメリカの一般的弁護士事務所経営である。徹底してエリートや知識人に頼らないルーティング作業を組み立てたことにより、高品質、納期、低コスト費用を実現したのである。加えて、発注元の注文をこなすという下請け形態では「高品質、納期、低コスト費用」は実現せず、そんな利潤率の低い業務では意味がないとした。もちろん当時に解禁された労働者派遣業の方式も、指揮命令を受ける形だから、あえて拒絶した、理由は利益率低下の法則の存在によるものである。
当時、数多くの大手企業は、NHK、朝日新聞や日経新聞の報道を見て、洞察力なく流行に乗り「総務部門」の別会社を設立した。我々は学術専門的に理念&事業を開始したから、旧態依然の職業職種にあって注目を浴びたのである。そして日経新聞の報道を契機に代理店制度を導入したところ、個人名義でもって大手企業の別働隊人物が数多く参入してきた。面談も何社もの大手企業が申し込み、筆者もマスコミPRと割り切って、一所懸命にアウトソーシングを説明した。筆者からすれば基本ノウハウは簡単であるし秘密にする必要もないから、問い合わせを前提に代理店中心に様々なノウハウを提供したのである。ところがである。大手企業の多くは、表面を似せる形式だけを取り入れ、総務部門の人員転籍・外注社員化の道具にしてしまった。どうも、このあたりから大手企業の総務部門劣化が始まっていたように思われる。

アウトソーシングとは、「専門知識と運営執行の特殊チーム」
大手企業の総務部門の劣化は、我々設立者らの知恵の導入によるものではなく、転籍・外注社員化の決定権者がアウトソーシングを曲解したことによる。人材派遣会社までがアウトソーシングと称しPRをし始めた。要するに、経済の「失われた10年」の同時並行と共に、大手企業のイノベーションや新製品新商品・新サービスを、各社総務部門が段取りしなくなった状況と呼応している。そもそも、企画部門や商品開発部門を独立組織とし、個人の力量に依存させる体制を導入したことが、新規事業への組織的劣化を招いたのである。行動経済学では、個人に比べ組織体制の方が判断の仕方をうまく改善できる可能性が高いことは定石であると、その当時から知っているにもかかわらずである。すなわちそこまで、東西冷戦の恩恵としての日本への投資資金が、ベルリンの壁崩壊とともに投資削減とか為替相場操作・対米輸出減量化が根本となって、大手企業の総務部門の役割低減が進んだのである。各社総務部門が組織的段取をしないから、イノベーションや新製品新商品・新サービスに引きつづく利潤確保が出来なくなるのは当然である。だから大手企業も短絡的に金融利ザヤ稼ぎに走ったのである。

ことに大手企業の思考理念から劣化していった。
もとより組織は、相当な注意を払わない限り官僚化する。それは中小零細企業でも同様、要するに思考停止をするのだ。その組織を劣化させる思考理念の方法とは、
「誰もが参加出来そうな客観的証拠という形に知識が収斂していくこと」
を流行させたことによる。その誰もがの「誰も」とは、知性や教養のない拝金主義者や出世主義者を、大手企業の重要ポストに登用したことに尽きる。「証拠が!証拠だ!」といって、本来は合理一貫性や事実一知性の単なる裏付けにすぎない証拠という代物を、封建時代さながらの世間体を悪用して「証拠第一主義」を掲げ、社内の知識を更に収斂させたことによる。イスラム世界では証人が重視されたが、その世間体では人間関係の安定、食事の接待、現金の手渡しなどと引き換えに偽証を迫る行為が横行していると歴史の証明する通りである。この劣化思考は、本当のことを触れない人間を増員増加するには、日本の戦時中の社会主義計画経済の導入、高度経済成長政策そのものの社会主義計画経済の導入により、極めて馴染みやすい風俗が背景に存在するからなのである。すなわち個々人の、①最初に経済的豊かさ、②次に哲学や人生観、③挙げ句には宗教観(宗教団体教義には非ず)は貧困化していったのである。突如始まった大手企業サラリーマンの労働効率劣化である。

この思考も労働効率も劣化したサラリーマンが長時間労働
を行い、経営改善といえば低賃金労働の悪用しか思いつかない如くの能力劣化なのである。また彼らは手短な、非正規高賃金労働である弁護士、税理士、社労士を敬遠するのである。社内の国家資格の保有者を勧奨退職のリストに掲載する大手企業は多い。有能女性社員には弁護士を始めとした国家資格の取得援助を行い、資格取得の喜びと同時に独立起業をそそのかし退職を誘導するのは、昔の大手企業が結婚退職を強いたシチュエーションを思い出させるのである。
フランス市民革命とかアメリカ独立戦争といったものは、経済的豊かさを念頭に置いた「自由・平等」の社会共同体を創設する理念を採用したものである。だが、経済成長をあきらめ、経済の豊かさをあきらめ、知性や教養を捨てて通貨を選んだ途端に、能力劣化リーダーを選んだ個人も選ばれた能力劣化リーダーも、突然のごとく、更に能力劣化したのである。

大手企業が合併を繰り返すから、社員に外注業者は刹那的になる
大手中小を問わず、イノベーションを避けて通る個別企業が行き詰まるのは時間の問題である。大手企業の場合は、いまだに、このイノベーションに関しては軒並み、理工学系の分野に絞られている。前回10月のメルマガで述べたように経済産業省が、その理工学系分野に絞り込んでの技術革新を掲げていることもあるが、経済産業省の動きがない限り、イノベーションを行おうという自主性の存在すらが大手企業には疑われているのだ。
http://soumubu1.blogspot.jp/2016_10_01_archive.html#174-02
労働効率、生産性、労働意欲といってものは、理工系技術革新に頼らなくても、様々にイノベーション行うことができる。にもかかわらず、大手企業はそこへ手を打つことをこまぬいている、あれこれ議論するに止まって先送りである。思考理念から劣化していきサラリーマン化した大手企業の経営者、その彼らの下に同類がそばに引き寄せられているのが現実である。サラリーマン経営者は完全判然と任期期間を過ごし、その間にイノベーションなどといった大胆なことをする気はないし、やろうと思っても後進の者たちが大胆な行動を阻止してしまうのである。それは大手企業の今に始まった事ではない。高度経済成長が終わるや否や、大手企業は生き残りと称して合併を繰り返してきた。合併にあっては法的な対等合併は存在せず、必ず吸収する側と吸収される側が存在する。吸収される側は特殊事情でもない限り、吸収される側の社員は時間をかけるとしても排除されてしまうのである。

仕事のできる総務部門などの人材は、
既にバブル崩壊とともに整理清算され、残った者たちの思考理念も劣化してしまっている。大手企業の多くのサラリーマンは労働効率の劣化した分の長時間労働をこなし、何が劣化しているかも気が付かないほどに能力低下も起こし、今や意味のない頭脳肉体労働にまで転落している者も多い。M&Aといえば聞こえは良いが、金融機関その他の株主・投資家が、業績を見るたびに吸収合併の話を持ちこんでくるなかで、企業延命とか海外進出といった「既に敗れた夢」のような見通しのない事業計画を進めているのが現状である。否、有能な人物からすれば、事業計画を進めているフリをしているだけなのである。
昔から、「自宅(家庭)と事業は、腹で建てる!」と言われている。だが、彼らには、そういった「腹」に例えられる労働全般能力は育成所持されておらず、ただ持っているのは労働力を時間で切り売りする程度、あるいは他人に依存するしか生きられない術の程度なのである。よって、大手企業社員は、将来に経済的豊かさのある生活をのぞむならば、早い段階での人生ステージの切り替えが必要となるのである。


§マイナンバー:便乗商法は年末に向け繁盛!
会社はマイナンバーを集める義務もなければ権利もない。まして、安全管理措置に不備があれば、集めること自体が個人情報保護法で禁止をされている。これを、大口上手に話して便乗商法を行おうというPCソフト、会計事務所、社労士事務所が存在する。年末調整や源泉徴収票発行にかかる費用は、一人当たり1,000円が相場であったが、2,000から3,000円、首都圏では5,000円で受注する便乗商法も現れた。ところが、安全管理措置の突っ込んだ内容、会社に義務も権利もない、便乗商法業者の監督責任などを問いただすと、二度と現れないのが彼ら便乗商法の特徴である。二度と現れない側面をとれば、詐欺師の行為との差は無い。電話で問い質すと途中で電話が切れる。

マイナ法とその土台の個人情報保護法の正確解説をすると、
「マイナンバーは個人の任意提出、個人意思の同意が必要だ」
「会社に持ち込まれたのマイナンバーを本人確認したうえで、会社が受け取った場合は、諸届用紙の記載欄に記入する行政への協力をするにすぎない」
そして、「会社が協力するからには安全管理措置を行なえ、違反すれば刑罰を処す」
との構成にすぎない。
個人情報保護法の土台の上に、いわゆるマイナンバー法が乗っている。従って、会社が社内の安全管理措置に不備があると認識した場合は、土台である個人情報保護法で集めること自体が禁止されているから、よって会社が回収することは法律違反となるわけだ。子供や認知症といった人の同意はとれない。
市町村は最近になって、「安全管理が出来ないので、個人情報保護法により、マイナンバーを回収しない」とメモ書きしておいてもらえれば、市町村への届け出は必要ありませんと答えている、あくまでも電話のみ返答するが、要するに、投資して苦労して気を使って集めて、それから届出る必要がないということだ。なお、市町村からは、来年5月ごろに個々人の地方税を会社に知らせてくる書面が届く。そこにはマイナンバーが記載されている。だがこれを会社がマイナンバーとして扱うことを、本人確認が出来ていないとして、諸届用紙への記載は慎むように国税庁その他もネットで呼びかけている。すなわち、地方税通知書面には、会社が使用してはいけないマイナンバーが記載されている。マイナンバーが勝手に送り付けられてきたとしても保管をするか廃棄処分をするかを、会社は迫られている。おそらく漏洩した場合は法律違反を問われるだろうから、地方税額を入力したならば、ただちにシュレッダーや焼却処分することが安全管理の道である、個人情報保護法に基づいて。

電子情報漏洩の実態・原因を、情報業界の専門家に聞くと、
情報漏洩のかなりの部分は、人間が手で持ち出しているケースだと言っている。情報会社その他は、「この際、ハッカーに持ち出された」とヌレ衣を着せておくのが無難で、そうすれば会社が刑事訴追を受けないとのことで責任逃れをするのは、世界の流行だそうである。アメリカ国家安全保障局(スノーデン氏の持ち出し)もパナマ文書も、人間が持ち出しているケースである。
マイナンバーは、早ければ3年後に所得税還付請求とか医療保険とかに連結されたときが悪用危険だと言われている。現在のところ所得税の確定申告を電子申請すれば医療費領収書は不要である。ハッカーが各銀行口座を作成することは容易だとされており、そのための画像データは簡単に入手できるとのことだ。そして、そして、金融機関から人間が持ち出しをすれば、情報窃盗は確実そのもの、実に銀行の着服事件は日常茶飯事であるから。現在なおも、ロシア地方からの2,000円弱の不正クレジット引き落としは後を絶たない。米国式クレジット理論では、およそ5%内の未収は全体額からすれば必要悪経費と認識(EU圏内は異なる)されているようだから、その程度の窃盗は警察の捜査範囲外となるのだ。

初の逮捕者が出た、マイナンバーの不正取得で
新聞報道は次のURLの通りである。
http://www.yomiuri.co.jp/national/20161202-OYT1T50061.html
いとも簡単に何らの犯罪意識もなく、マイナンバーを収集して、他人の秘密も公開してしまおうという倫理感のなさである。それにもまして、このIT関連企業の会社役員の女がマイナンバーカードの画像をインターネット保管していたという、あまりにも安全管理措置に無頓着な態度が問題なのである。この倫理感の無さそのものはマイナンバー政策が生み出した落とし子でもある。IT関連企業の会社役員の立場であるならば情報漏洩防止意識が欠落していたとは弁明出来出来ない。この役員の「不作為」(やるべきことをやっていない)であり、重過失そのものである。こんな意識がIT企業に存在するのであれば、来年5月ごろの事業所に対する住民税の通知書は明らかに狙われる。犯罪者から誘いをかけられれば、人事部や経理の机に転がっている市町村からの通知書、そこに住所・氏名・マイナンバーがセットで印字されている書面だから、コピーやFAX持ち出し、社外持ち出しの末の落とし物、などなど、ヨダレを垂らした犯罪者が蟻の如く群がってくることは目に見えている。今回の逮捕者で、とりあえずはマイナンバーを集めておいて、しばらく寝かせてから海外で売却しようと考える人間は山のように増えるだろう。今現在も、秘密や不正に絡む情報を専門に取り扱っているSNSは幾つも存在している。

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