2006/12/04

第56号

<セクハラの労働関係紛争>
は、平成19年4月1日から労働局の調停制度の対象となる。男女雇用機会均等法の改正によるものだが、ほとんど報道されていない事柄だ。当事者の一方からの申請で調停が開始される。平成19年3月31日までの制度では、申請の相手方当事者が同意しないことには、あっせんが開始されることはない。一方の当事者が同意・出席しなくとも調停案が作成され受諾を勧告されることになる。いずれかが受諾を拒否した場合には調停を打ち切ることになる。ただし、その後に訴訟が提起された場合、調停案受諾拒否はかなりの影響を受けることは間違いない。
セクハラに対する社会の目が厳しくなるとともに、男女ともに就業環境整備や労働能力育成の障害を排除することが社会の要請となってきたことで、あっせん制度から調停制度へと移行されたものと思われる。また、裁判制度では迅速・現実的な解決に時間を要することから、都道府県労働局雇用均等室が受け付け、紛争調整委員会で調停をすることとなっている。今回の改正では、虚偽の報告を行った場合などで過料(20万円以下)も創設された。話のついでだが、来年の通常国会でパートタイム労働法を改正し、パートの紛争解決にも調停制度や過料の行政罰を導入しようとの動きも出てきている。


<パートの厚生年金案>
が突然降って湧いて飛び出して来た。流通業界とか中小企業、その他パートを抱える業界経済団体などから反発の声が出されたが、政府が経済政策の上で期待している個別企業たちは、その時代やその時の制度に合わせて七変化する能力を養っていることも事実なのだ。
例を挙げれば、バブル経済の人手不足の時代に、主婦を中心としたパートの活用事例が開発された。典型的なものは、10時から16時までの時間にパートを集めようとしても人手不足、片や設備投資を行ったために操業時間増加に迫られた工場において、4時間パート三交替で12時間操業を実現した事例があった。朝夕のパートは時間単価を引き上げ応募者に魅力を持たせ、かつ主婦の年収で扶養範囲内を確保した。人間は1日4時間以上働くと能力が落ちると言い切る外食チェーン企業も存在したくらいで、この事例の工場は生産性と収益性が一挙に跳ね上がった。
パートの時間単価は、年間130万円問題に左右される。すなわち年間52週×週5日×1日6時間という計算から大きくはみ出すことのない範囲で、賃金相場が決まるという背景も追い風にしたのだ。現象面で有名となっているパートタイマーの管理職制度も活用事例のひとつだ。弁当やサンドウィッチ製造の女性深夜労働解禁も然り、それは当時の中高年女性の社会進出でもあったのだ。
今回のパートの厚生年金政府案だとすれば、1日4時間×5日の1週間平均20時間未満は厚生年金対象外となるから、「高付加価値製品や高水準サービスの商品」の提供を裏付ける能力の高い労働力等を促進・育成する個別企業も増加することだろう。高付加価値産業育成には賢明な政策ではあるが、ただしそれを政策目的とした痕跡は政府案にはない。それどころか、時間単価の安いパート人件費から合計1万円前後の保険料負担などが生じるとなれば、それだけでは正直者が馬鹿をみるだけのことである。1年未満の短期雇用は除外となれば、シーズンごとの生産調整や9ヵ月単位の雇用を回転させる事業所もあるかも知れない。
今から約20年前、関西のある超大手飲食系食品メーカーは6ヵ月雇用と、その合間に雇用保険失業給付90日の受給をセットにしたパート採用の繰り返しを組織的に行っていた事案があった。これに対し、安定所は求人募集などを盾に圧力をかけて表沙汰になることを抑え込んだのだが、果たして現在は、そのようなことを抑え込める自信があるのだろうか?
ところで、厚生年金保険も労働基準も共に、法律の上では特定された事業所で1日何時間働いたか?を念頭においているわけではない。すなわち、当該労働者が1暦日において何時間働いたか?当該労働者が何日出勤したか?となっているのだ。午前中はA事業所+午後はB事業所とであれば、1日の労働時間や出勤日数は通算されるのである。個別事業所がA+Bで働いていることを知らなかったとしても紛議となれば、契約不履行または不法行為で何らかの損害を賠償しなければならないのは必至である。そのような事件がそのうち発生するのは間違いない。
年金支給額の削減+低賃金労働者の厚生年金から排除+株価の上昇=厚生年金収支黒字化と、社会保険庁の「努力?」が実を結んだと思った矢先に、目先に走った政府の年金案?。これはジレンマではなく、国家の年金制度を必要とする社会政策理念、年金制度成立の前提条件、年金制度維持の基本要件、ある程度の年金制度経緯の知識などを語れる専門家を、旧厚生省や政府が排斥して来た結果でもあるのだ。
ところで、総務人事部門が企業での対応策を考えるにあたり、「悪法も法なり」として「遵守が脱法か」の両極端な想定しか出来ない混迷は、コンプライアンス理念とは無縁な発想であるので、念のため。社会保険料などのコスト減として称して、偽装請負業者の口車にのってしまうのも、知恵と工夫と将来性のない話なのだ。

一方、着々と実施に向かって、2008年10月に全国単位の公法人「全国健康保険協会」を設立する準備が進められている。14日には全国健康保険協会設立に向けた初会合も行われた。その後は同協会の支部が都道府県単位で新しい健康保険を運営することになるのだ。現在、政管健保は約3,600万人加入の最大健康保険組織(健保組合に相当)で社会保険庁が財政運営をしている。法改正実施によって、現行は全国一律の保険料率(8.2%の労使折半)は、都道府県ごとに地域の医療費を反映した保険料率といった具合に変更される。厚生労働省が2003年度の医療給付費等実績をもとに各都道府県ごとに保険料率を試算したところ、最高保険料率は北海道の8.7%、最低保険料率は長野県の7.6%とのことだ。


<労働審判制度>
なるものは、厚生労働省があっせん制度などを整備するなかで、司法関係者があわてて個別労働関係紛争解決の司法システムを2006年4月1日からスタートさせたといっても過言ではない。ところが、早くも立法趣旨とは裏腹に形骸化が始まっているようだ。労働審判の「調停手続き」において、従来からの裁判所の和解?を押しつける姿勢を引き継いでしまったようだ。
審判員は労働委員会などの斡旋委員とは異なり、労使の委員はそれぞれの当事者の味方をしてはいけないことになっている。裁判機能であるから、労使何れであっても中立公正を維持しなければならないとの制度設計。ところが、この制度に悪ノリをして適当に迅速に進行させようとするものだから、3回の審判日の日程のうち2回目で、無理矢理「調停成立」を図ろうとする審判の傾向が色濃く出ている。
どういうことかというと、例えば、使用者出身の審判員は会社側に対して、「なんという違法状態だ。なんという経営姿勢なのか!」などと詰めより厳しく迫る。例えば、労組出身の審判員も労働者に対して、「調停をまとめるならこの程度。君にも非があるんじゃないの!」といった具合があるようだ。
労働審判制度に至るまでには、労働裁判所構想、労働参審制、訴訟手続き見直しなどの議論の経緯が存在した上でのことであるから、決して、「労働審判の制度が始まったばかりで理想通りにいかない」との見解も通用するものではない。最も重要なことは、現実に紛争当事者がこのように受け取っているとのインテリジェンスが次々と聞こえてくること自体が問題であり、制度的問題があるのは間違いないと見て差し支えないのだ。従って、当事者が審判代理人(弁護士などの職業専門家)を立てて審判申し立てを行ったとしても、対決的感情の発生や対決的解決とならざるを得ないのだ。
また少なからず、このように無理矢理合意を急ぐあまりの「調停姿勢」であるから、「調停合意の調書」が作成されたとしても、会社としては労働者を職場復帰させるのは難しい。労働者も職場に戻りにくい状態に陥るケースが多いようである。いくら「調停」と言っても、「いわゆる取引」がそこに持ち込まれれば、人事労務管理を踏まえた上での、「前向き解決」は難しくなるのである。だからこそ、厚生労働省は紛争調整委員会のあっせん制度を平成13年に設置して、このような労働分野の裁判制度の形骸を改善するひとつの制度として個別紛解法のあっせん制度を設けたのである。そもそも、司法関係者の多くは、実態の後追いが目立ち、労働紛争現場から遊離しているのではないかとも感じざるを得ないのである。ところで、私が厚生労働省の肩を持つと思われたとしても、私は厚生労働省の回し者ではないので、念の為。


<「労働契約法」>
は壮大な新時代に見合った社会制度として、厚生労働省が来年の通常国会に向けて、個別的労働関係ないし労働契約に関する主要な問題点(いわゆる判例法理)を整備しようとしている。要するに、当事者の合意に基づく労働契約の成立基準・ルールを設定し、当事者の自己決定と契約履行を促し、それでも対決に至った場合には司法救済を控えさせるという制度的流れではあるが、この中途に、紛争調整委員会のあっせん制度などを設置して紛争の解決をしようとする、一連の枠組み作りなのだ。とりわけ、労働者の流動が激しく、加えてそのための中間管理職を配置することが難しい経営組織にとっては、紛争解決システムとして非常に活用しやすい。経営者の後継者問題に絡む人事紛議に対しても大いに効果を発揮している。これらの法整備と制度設計は、一層のグローバル経済・社会を控えて、社会秩序を安定させる紛争解決制度としての壮大な計画でもあるのだ。国際比較においても、諸外国でも例を見ない立法制度となることも間違いない。
ところで、日本の人事労務管理方式や労働条件決定システムは、世界の先進諸国が導入したいと願っているくらいに、一流なのだ。それは話が逆さまで、「世界の先進国の制度を日本に導入しよう?」ではないのかと認識されている方が居られるのかもしれないが、そうではない。日本の社会制度などは、確かに多くの先進国の中で下位だったり先進国の埒外だったりするが、人事労務管理については、世界では超一流なのである。この現状において、「自律的労働時間制度」の論議の持つ意味とは、white-collar exemption(ホワイトカラー時間外賃金支払免除・2004年6月施行)の実例とされるアメリカでは時間外割増賃金が150%をはじめとして他にも日本とは著しく制度が大きく異なる国の事例である。議論となっている年収基準は、400万円基準は早くから認められず、情報によると700万円基準、1075万円基準が浮かび上がっているのである。ちなみに日本の平均給与は、1997年が467万円、2005年が437万円、この数値(内実を含む)との整合性が、今や労働分野の研究者・学者の間で取りざたされているのである。また、「金銭解決制度」を導入しているのはドイツだけ、その適用事例もほんのわずかとのこと、もちろんドイツの労働制度は「賃金決定権を産別労組がもっており企業にはない」など、日本とは極端に異なる社会制度なのだ。