2007/11/06

第67号

食品の安全に関わる事件が相次いでいることから、内部告発は、いよいよ日本でも、好感を持たれ認知をされるようになった。今や、コンプライアンスや社会的責任の話題をリードしているものは、食肉のミートホープ、北海道土産の白い恋人、三重県伊勢の3種類の餅&まんじゅう、秋田の鶏薫製、料亭吉兆、自衛隊資材購入と接待、耐火建材など様々である。これらはすべてが内部告発、これを受けた行政側も敏感に反応する社会となった。この秋までの、メルヘン?とジャパンな幻想に浸った政権リーダーが交代したことと関連も強い。現在の、こういった話題の焦点は、偽証や信義則に反して経済活動をすることの是非が、いわゆる現代における公序良俗が問われているといったところにありそうだ。

こういった社会の動きに対して、まだまだ世間体に浸りきっている人たちからは、様々な負け惜しみも出て来る。たとえば、「肉屋はそういうものだ、商店街の魚屋の店先で、おろし終わっている刺身は、背骨が曲がるなどのクズ肴をただで買ってきて作っている!」といった名誉毀損(確かにそういう店もある)の類だ。話題の本質を探求しようと、「赤福餅は伊勢と言っているが大阪に製造工場がある!」とか、「赤福餅の形は波形!といっているが、ついこの春まで指の形の手作り!といっていた。(数10年前は指形もなかった)」といった、ひとつの意思を持ったインテリジェンス情報提供も出されている。

一方では内部告発による会社恥部の発覚に恐怖を抱き、隠ぺい工作と事なかれ施策を徹底するがために、これが個別企業の弱体化を招くのだ。有能で自立した個人に代表される人材の量と質によって企業経営が左右される今日、これは極めて致命的である。
他方では、企業間競争をにらみ、「片や法律遵守・他方では違法温存」の業界内事情から、短絡的な「公正競争排除!」の名目による同業者による行政へのチクリの繰り返しである。内部告発合戦のたとえ話は、「街の小売商店が相互に争いを繰り返していて、コンビニや量販店に客をとられてしまった!」という風な、結果を見て理由を見ない論調である。公益通報者保護法でも、この類の内部告発は相手にしないことにしているが、安全・人命に関わるとの形式を踏んでいれば、実のところはチクリであっても公益通報と見なさざるを得ない。

さて、個別の企業経営にとって冷静に判断しなければならないのは、連日マスコミで流されるコンプライアンスや社会責任に関連する話題の背景である。日本では、強力な政府から小さな政府に転換する過程で、社会に残存するルーズ(loose)な経営を戒めセーフティーネットを確立しなければならないといった、世界から、日本国内からの要請があることを見ておかなければならない。
加えて背景を考えるうえで、重視しなければならないのは、日本に経済的社会的影響を与えているアメリカにおいて、多国籍企業のうちの大寡占独占企業と言われる企業体が、「多国籍企業禍」と言われる弊害を繰り返す中で、旧来のアメリカ連邦議会による大寡占独占企業分割を議会決議による政策が功を奏すること無く、アメリカ社会で公正が保たれなくなったことから、内部告発をはじめとしたコンプライアンスが動き始めることとなった歴史である。モルガン、カーネギーといったところは分割で功を奏したが、マイクロソフトに効果は出なかった。アメリカではこういった潮流が、「内部統制」の動きも生み出した。日本も右へならえ、それに加えてヨーロッパ育ちの、「社会的責任」も日本風に導入されようとしている。

そこで、「コンプライアンス」とは、そもそもどうして社会に根付いているのか認識を、より深めておかなければならない。コンプライアンスを好き嫌いの感情で判断すれば、社会から相手にされなくなる。コンプライアンスを「法令の遵守」と解釈していても、実務に役立つ程度の理解とはいえない。
そもそも近代に至る前の封建時代、世間体が横行していたため(現代感覚から見れば)無秩序であった経済社会状態を近代革命と称し、自由・平等・民主主義といた理念や手法でもって、社会共同体の秩序を形成しているのである。ここに導入された、「法」という概念には、社会共同体の秩序を維持する目的を兼ね備えた、「法律の立法趣旨」が存在し、この趣旨を現実のものとする行為努力とコンプライアンスが、同義語といっても過言ではないのである。したがって、(法律用語にいう)合理性、すなわち社会共同体秩序を一段と充実するための道理が通っていることが重要である。それは決して表面的な法律や規則の文言解釈といった封建的あるいは抑圧手段では排除されるのだ。そこには必然的に、客観的な説明とか証明が求められ、その裏付けとなる証拠の情報開示が必要であり、これが今日でいう「説明責任」なのである。加えて、現代の公序良俗であるところの「決定や周知に至るプロセスとプロセス参加意識」が重要となって来るのだ。こういったコンプライアンス概念の説明もまた、認識を深めることとなり、そうすると、そもそもの内部告発への対処方法や活用方法も、見いだせるといったことになるのだ。それぞれの国の文化や社会共同体のありようによって、日本では公益通報者保護(406本の法律を対象とする通報の擁護)であり、アメリカ語で、Whistle‐blowing(これは「口笛を吹くことで危険を知らせるもの」ということ)、イギリス語では、Public interest disclosure である。コンプライアンスについて認識を深めたうえで、内部告発の用いられ方を熟知しなければ、個別企業と社会経済にとって、それは諸刃の刃となる。


最近耳にするようになった、「社会的責任」と言われるものも、発言する人によって意味内容がさまざまといった曖昧性が目立つ。が、これはヨーロッパにおける社会共同体での秩序と経済活動のあり方にかかわって生まれて来た概念である。日本国内であまり披露されていないところのヨーロッパにおける背景がある。それは財界と政府との交渉に重きをおいている労働組合側から社会的責任を提唱し、その労働組合とは、たとえばドイツ全国でも50個ほどに組織された労働組合(ドイツでは連合体や上部団体ではなく、日本でいう単組、最小はキリスト教労働者同盟の組合員30万人)といった社会共同体制度から発想されたといった背景制度だ。日本では、20~30年前に、経営者側から「企業の社会的責任」といった理念がよく持ち出されたが、それとの区別もつかないようでは、実務に役立つものではない。

生半可なコンプライアンスや社会的責任を口にしているだけでは、世の中に翻弄され、マスコミに流され、政治に利用され、グローバル経済の中で露と消える個別企業の道を歩まざるを得ないのだ。



社会保険事務所の機能不全
旧厚生省のコンプライアンスとは程遠い体質によって、社会保険の資格取得喪失に関係する事務処理が機能不全をおこしている。
現在社会保険の資格を取得する時の年金手帳の確認?は省略され、扶養家族の在学証明も学生証の写し?でもって簡略、その他をはじめとして、資格取得時点での賃金台帳の確認までもがおろそか?にされている実態。
自己都合等によって雇用保険の失業給付が3ヵ月間給付されない間は、健康保険の扶養家族となれるが、失業給付を受給しだしてからも、そのままの扶養家族にしている事例が山のようにあり、社会保険事務所はチェック?しているのであろうか…といった実態。
所得がある妻などが扶養家族となっていないかを調査し、2年に遡って被扶養者から外すこととなっているが、今のところ、その調査の実行?は伴わないとの事態。所詮、過去に遡って被扶養者から外したところで、すぐさま国民健康保険に遡って加入しさえすれば、2年に遡った医療費は一時立て替えることで国民健康保険から支払われる制度であるにもかかわらず、であるのだ。健康保険から国民健康保険に、医療費を付け替えるだけのこと、旧厚生省官僚が考えそうなことで、そのツケを地方自治体に回しただけなのだ。
従来から社会保険事務所の事務処理間違いは、知識のない臨時職員を数多く事務処理にあてているのだから間違いが多いのが実態。最近は、間違えたことを他言しないでくれと社会保険事務所から電話がかかってくる始末である。
1年に1度標準報酬月額を定めるために、被保険者の3ヵ月分の賃金を報告する制度があるが、賃金台帳を確認?することもない実態。加えて、固定的賃金が下がった場合は3ヵ月たってから月額変更を提出するのだが、低下した後の賃金額を記載?すれば、それだけでよいことになっているようだ。従前は、賃金低下をさせた場合は、理由などを記載した書面の提出と賃金台帳の確認が必要であったのだ。
ひょっとすれば、定期的に行っている社会保険の事業所調査?も、する気があるのだろうかと疑いたくなる。内部告発がなければ、社会保険事務所は手間をかけたくないのかもしれない。
さてここまでくれば、
中小企業にとっては社会保険料の負担が大きくのしかかっている現在、これから不適切な届出などが横行するのは目に見えている。
それは、あまりにも目に見えていることなので、このメルマガでは、そういった事実を詳細に伝えるわけにも行かなくなっているといったところ、実はそこまで陥っているのだ。
ではなぜ、ここまでの機能不全となっているのか、その理由は、
 1.電子申請促進による添付書類などを省略
 2.年金記録問題修復のツケのために職員をそちらに回している
といったところようである。とここまでは普通のマスコミと変わらない論調であるが、これをつっこんでみた場合には次のようになるのである。
 1…電子申請といっても、ヨーロッパ型のように緻密さ綿密さを追求するための手段として用いるのではなく、効率的回転を優先させるための手段として導入するアメリカ型であるので、欠損を見込んで(通常欠損は5%とされる例が多い)いるため、旧厚生省官僚の表ヅラだけ合わせる体質とあいまって、目に見えないところの欠損多発となっている。
 2…年金問題のツケのために職員をそちらに回しているといっても、保険料収入と給付を考えれば、職員の人件費をセーブしているどころではない。年金記録の問い合わせに答えるため人材派遣会社に臨時人員を依頼しているが、専門的知識を持った社会保険労務士(主婦をはじめ潜在的失業者は少なくない)を動員しようといった姿勢は、今もってまったくない。
もとより、その場しのぎの、ご都合主義に長けている旧厚生省であるから、仮にコンプライアンスと叫んでも担保がないから、ひとたまりもないのである。それともいっそのこと、虫食い状態でも発生させて社会保険制度を崩壊でもさせてしまいたいのであろうか。
 あとは国民健康保険があるさ!
 消費税で年金保険料を集めれば良いさ!
 どうせ我々は民営化、仕事がしんどくなることは嫌なのさ!?