2007/12/04

第68号

☆☆☆☆☆「労働契約法の解説速報」☆☆☆☆☆
を巻末に掲載しています。


日本経済は、成長!成長!
と浮かれているわけには行かなくなってきた。
中小企業は平成恐慌の当時から浮かび上がるともなかったが、世界経済がここにきて、アメリカの住宅ローン金融商品がマガイモノであったことが発覚したことで、来年は金融危機を迎えることが必至の状況となってきた。北京オリンピックをはじめとした中国特需も来年8月で終息気味であり、上海万博などは影も薄くなりつつある。そういった金融経済や中国特需の話に浮かれているさなかに、実は日本の国民一人当たりのGDPは急降下転落をしてしまっていることに、マスコミ関係者も目を向けようとしない。
要するに、日本の経済を実質的に支えている中小企業が疲れ果ててしまっていては、経済成長に結びつかないのだ。都市と地方の格差是正のための公共投資の話題も、「貧乏人のむなしい争奪戦の話」にしか聞こえない。そんな程度のニュースをマスコミが追い求めていること自体にもむなしさを感じる。
経済を豊かにするには、その戦略方向性は「高付加価値商品&高水準サービス」の商品提供なのであるが、ここに最も力を発揮するのは優秀な中小企業などである。ところが、行政のセーフティーネットが極めて中途半端であることから、優秀な中小企業ではセーフティーネットの恩恵を受けることがないのである。それは、優秀な中小企業にとっては最低賃金が引き上げられても、その程度の経営環境変化には順応する能力があり、むしろダンピングで生きのびようとする前近代的中小企業には致命傷となる市場の存在が、そういった優秀な中小企業には市場拡大のプラスに働くのである。
「経済構造改革を進めると言いながら格差是正や規制強化!」といった中途半端にならざるを得ない、経済政策の裏には、優秀な民間企業を育成して、日本経済を豊かにし立て直そうとする意思が見受けられないところに原因がありそうである。例えば、トルコ共和国がEUに加入したいと申し込んでも、国内の差別人権制度を解消できない政府には入る資格がないと断られている有様と似たところがあるのだ。
構造改革や格差是正を、どういった人たちが誰と手を結んで行えば良いのかを、良く観察しておかないと語句や漢字に振り回されてしまうのだ。世界的に経済が金融分野に偏ったから、必然的に金融危機が訪れるのだが、そんなことは経済学のイロハであって、経済を豊かにするには、人間の衣・食・住・情報・ノウハウに関わる国民的基礎力を養うことが必要なのである。

さて、いわゆる内部告発の力を借りて、
今、日本社会は経済にはびこる、「ペテンやウソ」を排除しようとしている。人々が安定した生活を送るために必要な金銭、これを逆手とって、「金!金!金!」と人々の不安をあおり、そのもとに拝金主義が社会に定着したのだが、これが是正されようとしている。端的な例え話をすれば、「会社経営のためなら、違法行為も仕方がない!」といったような切羽詰まった経営をしている個別企業は、コンプライアンスをめぐる同業者間のチクリ(内部告発)でもって、経営危機を迎えるということになるのだ。
そうすると、金融商品に手を出さずに、かつ正直に真面目に次世代経営を目指して来た個別企業が、ここは資本力(日本の銀行融資は増資と同じ効果)を増強して大きく網を広げれば、仕事を受け止めることが可能といったマーケティング戦略になるということなのだ。折しも、来年の金融危機に向けて、日本国内の内需を増強する経済政策が打たれるから、これもプラス効果として働くことはもちろんである。
そこで、格差是正?労働市場?の方面の話になると、厚生労働省も派遣法の改正法案は見送ったものの、日雇派遣は極端に不安定な働き方を招き、賃金の違法な天引きや二重派遣など不法行為に至ることから、行政指導でもって規制を強化することとなった。引っ越しと倉庫内での商品仕分け・袋詰め・ラベル付けなどの軽作業などに影響が出る。加えて、派遣会社の粗利益が分かるように派遣料金を公開させる動きに出て来た。必要経費以上にマージンをとる会社が選別されるようになり、賃金向上につなげたいとの思惑だ。厚労省の調査(05年度)では、派遣料金は労働者1人につき1日(8時間)平均1万5257円だが、派遣労働者の賃金は平均1万518円、粗利益+マージンの率は31%と旧来より高くなっているとのことだ。
最低賃金法改正案と労働契約法が28日午前の参院本会議で賛成多数で可決成立した。
最低賃金法は、「生活保護に係る施策との整合性に配慮する」ことを明記することで生活保護以下の収入解消を目指し、「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう」との文言でもって、一時間当たり千円に限りなく近づけるための基盤を整えた。罰則も「2万円以下」から労働者一人当たり「50万円以下」に引き上げとなった。
労働契約法は採用や解雇などのルールを明確にするものだが、これまで判例に頼っていたために労使の間に見解の相違といった論争を発生させていたが、これからは法に定められた要件事実をめぐる決着が進められることとなり、経営管理の重点は紛争の未然防止にシフトすることとなった。
法律違反となれば、個別企業は敗北するしかない。
非正社員の待遇を改善するため労働契約を「就業の実態に応じて均衡を考慮しつつ締結する」との原則が加えられたため、合理性(道理があり、社会共同体秩序に資すること)のない労働時間の設定や賃金決定方法あるいは短期間雇用契約の繰り返しなどが制限される方向に向かうこととなる。パート労働法と相まって、社員と同様の仕事をさせながら、身分をパート、契約社員、アルバイトなどとして労働条件の低下を狙うといったことは極めて難しくなるのだ。(パート労働法にいう、「パート等労働者」とはパート、嘱託、臨時社員など正社員以外の労働者を指すことに注意が必要)。
ところで、新しく労働契約法が施行されたとしても、専門的な知識や総務人事の実務に精通した専門家(特定社会保険労務士とか労働専門弁護士の中の一部の者)からアドバイスや指導を受けていたのであれば、差し当たり、あわてて採用システムや就業規則内容を見直す必要は無い。
反面、政府としては、労働契約法施行に伴い、大幅な見直しや制度改善を図る意思や能力のない個別企業は、これからの経済社会においては政府の保護対象から除外された扱いにされるという、グローバル経済の厳しい嵐の中での経営環境の悪化を織り込まなければならないことなのだ。



「労働契約法の解説速報」

11月28日に成立した労働契約法が、直面する人事管理にどのように影響を及ぼすかの解説。

旧来の、いわゆる日本企業の企業論理や企業内自治といったものは、客観的に合理的かつ社会通念上相当であると認められない場合は通用しないこととなった。例えば、「おれとこの会社は、こういうやり方だ!」と強がりをいったとしても、紛争調整委員会や裁判所に持ち込まれたときには効力を失い、この法律の施行前と比べれば、いとも簡単に個別企業は損害賠償・代替措置・将来措置の責任を取らされることになった。解雇事件の解決となると、パートで100万、社員で300万の金銭が必要であり、それも着手金70万を弁護士のために用意して弁護士に依頼する条件の場合の相場なのだ。

労働契約や就業規則あるいは労働協約の優先順位(第12条・第13条関係)
ややもすると従来は諸説氾濫によって
→間違った判断が社会保険労務士や弁護士の一部で流布されていたが、これに終止符を打つことになった。すなわち、
(1)労働基準法や労働契約法などの法律に反する条件は無効
(2)就業規則の条件を下回る労働契約は無効
(3)就業規則の条件を上回る労働契約は有効
(4)就業規則や労働契約よりも労働協約(労働組合との契約)が優先
といった具合だ。

ただし、この就業規則なるものが効力を発するための条件(第11条関係)
が今回定められることになった。
(1)労働基準法に定める必要事項の記載
(2)合法的に選出された労働者の過半数代表者の意見聴取
(3)労働基準監督署への届出
の三つが済まされていない限りは、事実上就業規則としての体をなさなくなった。
とりわけ、従来は周知さえすれば、労働基準監督署への届出を遅滞していても、就業規則の効力そのものに影響はないとされる扱いの判例法理が存在したが、労働条件に関わる部分については、適正な手続が欠落していれば、就業規則としては使い物にならないと定め(法定法理)られた。いわゆる近年時代を反映した「手続主義の法のパラダイム」を定着させることとなった。

労働者の定義が拡大された。労働基準法では、「事業又は事業所に使用される者で、賃金を払われる者」が適用対象者なるが、労働契約法では、「使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者」となっていることから、いわゆる「1匹労働者」とか「独立自営労働者」あるいは「自由業労働者(社会保険労務士や弁護士などの資格者の一部)」に対しても適用される。

労働契約を締結するにあたって、いくつかの注意事項が設けられた。(第3条関係)
(1)対等に合意されたと言っても、一方的に著しい労働条件の低下の変更を迫る申し込みとか、1日労働時間が8時間だからと言って深夜24時を境に、前後8時間ずつ(休憩を含め連続18時間の拘束)の労働時間に変更を迫るなどのことに制限がかけられることとなった。
(2)労働契約は仕事と生活の調和に配慮することが必要とされた。一方では上司の好みによって週40時間労働が保障され、他方では上司の嫌悪によって労働時間数が減らされていくといった労働契約は制限される。労働契約書に一週間の労働時間数を明示していなければ週40時間労働の賃金を支払うことになるのだが、時間数が減り得ることを明示したとしても生活の調和に反することはできないのだ。労働時間が長時間となる場合も生活の調和にも配慮を求められることとなった。
(3)近年、派遣業や業務請負業において横行する、労働者をペテンにかけたり、契約の抜け駆け、ダマシ、ウソなどについては、従来は民法の信義則違反として扱われて来た。ところが、これではその濫用の程度が裁判官の判断にゆだねられるばかりであったために、紛争過激化や泣き寝入りが発生し社会混乱を招くに至っていたことから、「信義に従い誠実に」との信義則の原則でもって、一般の認識や紛争調整委員会での解決を促進する項目として加えられた。

労働契約の内容の理解の促進(第4条関係)
とは、単に明示するだけでは不十分であると言っているのである。労働条件について、書面を作成し、書面を手渡したから、「それを見てないあなたが悪い!」といった乱暴な人事管理の取り扱いを禁止することになった。就業規則を手渡したから、それで事が足りるといった認識は改めなければならない。期間契約を結ぶ際にも、内容を通知したから、それで事が足りるといった認識も危機を招く。最低限、採用や労働契約の変更を行う際には、就業規則の説明会や対面方式で内容を読み合わせるなどの説明行為が必要となるのだ。これを怠って、労働者から、「聞いていない!」と言われれば、その労働者の言い分が通用することになるのだ。

安全配慮義務(第5条関係)
生命・身体の安全を確保するといったことは、総務人事担当者では当たり前のように考えられているが、実は法律的裏付けがなかったのである。昭和50年に、自衛隊八戸駐屯地車両整備工場での事故をきっかけに、最高裁で安全配慮義務という概念が生まれ(法律の専門的には:不法行為→契約行為との判例法理)、これが、医療機関や学校その他社会一般に広まったものとなり、いわば常識となっているもの。
長時間労働者を拘束する就業方式の場合(例えば深夜を挟む24時間交替勤務や13時間夜勤など)の仮眠時間の設定や、2交替や3交替勤務のあり方も、第3条2項の「仕事と生活の調和」と相まって必要な措置を図らなければならない。
これが、この際、法律(法定法理)となったのだ。これにより、近年続発している過労自殺やうつ病に対する対策を充実せざるを得ないことは間違いない。

労働条件の不利益変更(第7条~第101条関係)
には、さまざまな変更条件が明記されることとなった。
(1)就業規則の改訂による不利益変更は、就業規則の周知が前提
(2)就業規則を上回っていた労働契約条件は、新就業規則の改訂で変更不可
(3)就業規則を改訂して不利益変更をする場合には、
 6項目(周知、不利益程度、必要性、相当性、交渉経過、合理性)の「合意納得義務」が課せられた。
ただし、労働組合との労働協約の締結行為があれば、不利益変更だとしても、社会通念上相当とされる範囲内であれば容易であり、労働協約のオールマイティ性の原則を貫いている。

懲戒や解雇(第15条・第16条関係)
懲戒とは口頭注意や始末書の提出から予告なしの解雇までさまざまな種類を、使用者が自由に定め、見せしめとダメージを与えることで著しく不都合な人物に限定して、個別企業内の秩序維持の目的を果たすための手段である。
解雇とは、使用者が、労働者の同意を得ることなく一方的に労働契約を将来に向かって解約する使用者側意思表示のことである。
この懲戒と解雇について、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」については、「その権利を濫用したものとして」、こういった懲戒や解雇を法律でもって「無効」の扱いにしてしまうこととしたのだ。
客観的とは:外部の第三者が認められる事実証明できるとのことであり、合理的とは:理由の事実が、真実で、正当な事実を証明できることであり、その裏付けとなる証拠物があるにこしたことはないとのことである。社会通念の概念は非常に難しいものであるが、要するに常識とは異なり、企業外の社会共同体秩序維持の視点から不都合とされるといったような事柄を指す。
権利を濫用とは、数ある法律の中でも独特のもので、民法1条3項の権利濫用とは一致しておらず、合理性・客観性・社会通念性の欠如を権利濫用の要件として法律で定めたことが特徴で、法律家と言われる人たちの中でも間違いを起こしやすい注意項目である。
無効とするとは、懲戒解雇の通告の後であってもその効力や効果が発生しないことを意味し、賃金不払いや降格その他に対しては、損害賠償や代替措置をしなければならなくなるのだ。

出向の濫用も無効(第14条関係)
出向については転勤や配置転換などの判例法理(東亜ペイント事件など)が労働契約法で法定法理となって定められ、
(1)業務上の必要性が無い
(2)対象労働者の選定に道理が無い
(3)使用者の不当な動機目的や著しい不利益の存在
といったこととなると、懲戒や解雇と同じく権利を濫用したものとして無効となることになった。

期間を定めた労働契約(第17条関係)
労働者の期間契約は、本来中途で解雇すれば、現行の労働基準法においても残った期間の賃金を100%保障をしなければならないのだが、実務としては空文化していて、訴訟にでもならなければ、30日の予告手当で済ませていたのが実態であった。全国の労働基準監督官の多くが、「期間雇用でも30日分を払えば、問題ない」と説明していたために、それを真に受けて信じてしまった経営者がひどい目にあったことも、数多く発生していた。平成16年1月の労働基準法改正による、労働契約期間制限の延長をきっかけに、労働基準監督官には、すでに今回の労働契約法の趣旨が徹底されている。そして、今回の法律制定に至ったことで、期間雇用の中途解約によって、損害賠償が定着することになる。ただし、期間を定めて契約を結ぶから損害賠償などの問題が発生するのであって、1年とか3年のちの、「雇用の終期」を定めることは、まったく持って差支えがない。もちろん、こういった短期定年を更新することも、正当適切な判断基準を用いるなどすることにより可能なのである。
ただし、必要以上に短い期間契約を反復更新することには特段かつ特別の事情その他を必要とすることとなるので、パート労働法の「パート等労働者」と相まって制度の見直しをしなければならなくなる。
いずれにしても、形式的には1ヵ月程度の労働契約を反復更新する制度だと主張しても、1ヵ月単位で解雇する目的であると判断されれば、何らかの損害賠償・代替措置を迫られることとなる。
それが賃金であれば過去2年にさかのぼることになり、
退職金であれば入社時から退職日までの分を退職の後から5年間は請求できることになるのだ。

最後に、労働契約法にかかわって、出向や懲戒は別として、労働者の生命、身体、財産その他の利益の保護に、関わることとなれば、公益通報保護法(内部告発)の対象となったことにも注意をしなければならない。労働契約法は、労働基準法のように取締法規ではないからとして根拠のない安心感を振りまいた法律家やマスコミが存在するが、実質的には内部告発の対象となれば、個別企業にとっての影響は、何ら変わることがないのである。

   (日本労働ペンクラブ会員 特定社会保険労務士 村岡利幸)
                        (著作権放棄)

2007/11/06

第67号

食品の安全に関わる事件が相次いでいることから、内部告発は、いよいよ日本でも、好感を持たれ認知をされるようになった。今や、コンプライアンスや社会的責任の話題をリードしているものは、食肉のミートホープ、北海道土産の白い恋人、三重県伊勢の3種類の餅&まんじゅう、秋田の鶏薫製、料亭吉兆、自衛隊資材購入と接待、耐火建材など様々である。これらはすべてが内部告発、これを受けた行政側も敏感に反応する社会となった。この秋までの、メルヘン?とジャパンな幻想に浸った政権リーダーが交代したことと関連も強い。現在の、こういった話題の焦点は、偽証や信義則に反して経済活動をすることの是非が、いわゆる現代における公序良俗が問われているといったところにありそうだ。

こういった社会の動きに対して、まだまだ世間体に浸りきっている人たちからは、様々な負け惜しみも出て来る。たとえば、「肉屋はそういうものだ、商店街の魚屋の店先で、おろし終わっている刺身は、背骨が曲がるなどのクズ肴をただで買ってきて作っている!」といった名誉毀損(確かにそういう店もある)の類だ。話題の本質を探求しようと、「赤福餅は伊勢と言っているが大阪に製造工場がある!」とか、「赤福餅の形は波形!といっているが、ついこの春まで指の形の手作り!といっていた。(数10年前は指形もなかった)」といった、ひとつの意思を持ったインテリジェンス情報提供も出されている。

一方では内部告発による会社恥部の発覚に恐怖を抱き、隠ぺい工作と事なかれ施策を徹底するがために、これが個別企業の弱体化を招くのだ。有能で自立した個人に代表される人材の量と質によって企業経営が左右される今日、これは極めて致命的である。
他方では、企業間競争をにらみ、「片や法律遵守・他方では違法温存」の業界内事情から、短絡的な「公正競争排除!」の名目による同業者による行政へのチクリの繰り返しである。内部告発合戦のたとえ話は、「街の小売商店が相互に争いを繰り返していて、コンビニや量販店に客をとられてしまった!」という風な、結果を見て理由を見ない論調である。公益通報者保護法でも、この類の内部告発は相手にしないことにしているが、安全・人命に関わるとの形式を踏んでいれば、実のところはチクリであっても公益通報と見なさざるを得ない。

さて、個別の企業経営にとって冷静に判断しなければならないのは、連日マスコミで流されるコンプライアンスや社会責任に関連する話題の背景である。日本では、強力な政府から小さな政府に転換する過程で、社会に残存するルーズ(loose)な経営を戒めセーフティーネットを確立しなければならないといった、世界から、日本国内からの要請があることを見ておかなければならない。
加えて背景を考えるうえで、重視しなければならないのは、日本に経済的社会的影響を与えているアメリカにおいて、多国籍企業のうちの大寡占独占企業と言われる企業体が、「多国籍企業禍」と言われる弊害を繰り返す中で、旧来のアメリカ連邦議会による大寡占独占企業分割を議会決議による政策が功を奏すること無く、アメリカ社会で公正が保たれなくなったことから、内部告発をはじめとしたコンプライアンスが動き始めることとなった歴史である。モルガン、カーネギーといったところは分割で功を奏したが、マイクロソフトに効果は出なかった。アメリカではこういった潮流が、「内部統制」の動きも生み出した。日本も右へならえ、それに加えてヨーロッパ育ちの、「社会的責任」も日本風に導入されようとしている。

そこで、「コンプライアンス」とは、そもそもどうして社会に根付いているのか認識を、より深めておかなければならない。コンプライアンスを好き嫌いの感情で判断すれば、社会から相手にされなくなる。コンプライアンスを「法令の遵守」と解釈していても、実務に役立つ程度の理解とはいえない。
そもそも近代に至る前の封建時代、世間体が横行していたため(現代感覚から見れば)無秩序であった経済社会状態を近代革命と称し、自由・平等・民主主義といた理念や手法でもって、社会共同体の秩序を形成しているのである。ここに導入された、「法」という概念には、社会共同体の秩序を維持する目的を兼ね備えた、「法律の立法趣旨」が存在し、この趣旨を現実のものとする行為努力とコンプライアンスが、同義語といっても過言ではないのである。したがって、(法律用語にいう)合理性、すなわち社会共同体秩序を一段と充実するための道理が通っていることが重要である。それは決して表面的な法律や規則の文言解釈といった封建的あるいは抑圧手段では排除されるのだ。そこには必然的に、客観的な説明とか証明が求められ、その裏付けとなる証拠の情報開示が必要であり、これが今日でいう「説明責任」なのである。加えて、現代の公序良俗であるところの「決定や周知に至るプロセスとプロセス参加意識」が重要となって来るのだ。こういったコンプライアンス概念の説明もまた、認識を深めることとなり、そうすると、そもそもの内部告発への対処方法や活用方法も、見いだせるといったことになるのだ。それぞれの国の文化や社会共同体のありようによって、日本では公益通報者保護(406本の法律を対象とする通報の擁護)であり、アメリカ語で、Whistle‐blowing(これは「口笛を吹くことで危険を知らせるもの」ということ)、イギリス語では、Public interest disclosure である。コンプライアンスについて認識を深めたうえで、内部告発の用いられ方を熟知しなければ、個別企業と社会経済にとって、それは諸刃の刃となる。


最近耳にするようになった、「社会的責任」と言われるものも、発言する人によって意味内容がさまざまといった曖昧性が目立つ。が、これはヨーロッパにおける社会共同体での秩序と経済活動のあり方にかかわって生まれて来た概念である。日本国内であまり披露されていないところのヨーロッパにおける背景がある。それは財界と政府との交渉に重きをおいている労働組合側から社会的責任を提唱し、その労働組合とは、たとえばドイツ全国でも50個ほどに組織された労働組合(ドイツでは連合体や上部団体ではなく、日本でいう単組、最小はキリスト教労働者同盟の組合員30万人)といった社会共同体制度から発想されたといった背景制度だ。日本では、20~30年前に、経営者側から「企業の社会的責任」といった理念がよく持ち出されたが、それとの区別もつかないようでは、実務に役立つものではない。

生半可なコンプライアンスや社会的責任を口にしているだけでは、世の中に翻弄され、マスコミに流され、政治に利用され、グローバル経済の中で露と消える個別企業の道を歩まざるを得ないのだ。



社会保険事務所の機能不全
旧厚生省のコンプライアンスとは程遠い体質によって、社会保険の資格取得喪失に関係する事務処理が機能不全をおこしている。
現在社会保険の資格を取得する時の年金手帳の確認?は省略され、扶養家族の在学証明も学生証の写し?でもって簡略、その他をはじめとして、資格取得時点での賃金台帳の確認までもがおろそか?にされている実態。
自己都合等によって雇用保険の失業給付が3ヵ月間給付されない間は、健康保険の扶養家族となれるが、失業給付を受給しだしてからも、そのままの扶養家族にしている事例が山のようにあり、社会保険事務所はチェック?しているのであろうか…といった実態。
所得がある妻などが扶養家族となっていないかを調査し、2年に遡って被扶養者から外すこととなっているが、今のところ、その調査の実行?は伴わないとの事態。所詮、過去に遡って被扶養者から外したところで、すぐさま国民健康保険に遡って加入しさえすれば、2年に遡った医療費は一時立て替えることで国民健康保険から支払われる制度であるにもかかわらず、であるのだ。健康保険から国民健康保険に、医療費を付け替えるだけのこと、旧厚生省官僚が考えそうなことで、そのツケを地方自治体に回しただけなのだ。
従来から社会保険事務所の事務処理間違いは、知識のない臨時職員を数多く事務処理にあてているのだから間違いが多いのが実態。最近は、間違えたことを他言しないでくれと社会保険事務所から電話がかかってくる始末である。
1年に1度標準報酬月額を定めるために、被保険者の3ヵ月分の賃金を報告する制度があるが、賃金台帳を確認?することもない実態。加えて、固定的賃金が下がった場合は3ヵ月たってから月額変更を提出するのだが、低下した後の賃金額を記載?すれば、それだけでよいことになっているようだ。従前は、賃金低下をさせた場合は、理由などを記載した書面の提出と賃金台帳の確認が必要であったのだ。
ひょっとすれば、定期的に行っている社会保険の事業所調査?も、する気があるのだろうかと疑いたくなる。内部告発がなければ、社会保険事務所は手間をかけたくないのかもしれない。
さてここまでくれば、
中小企業にとっては社会保険料の負担が大きくのしかかっている現在、これから不適切な届出などが横行するのは目に見えている。
それは、あまりにも目に見えていることなので、このメルマガでは、そういった事実を詳細に伝えるわけにも行かなくなっているといったところ、実はそこまで陥っているのだ。
ではなぜ、ここまでの機能不全となっているのか、その理由は、
 1.電子申請促進による添付書類などを省略
 2.年金記録問題修復のツケのために職員をそちらに回している
といったところようである。とここまでは普通のマスコミと変わらない論調であるが、これをつっこんでみた場合には次のようになるのである。
 1…電子申請といっても、ヨーロッパ型のように緻密さ綿密さを追求するための手段として用いるのではなく、効率的回転を優先させるための手段として導入するアメリカ型であるので、欠損を見込んで(通常欠損は5%とされる例が多い)いるため、旧厚生省官僚の表ヅラだけ合わせる体質とあいまって、目に見えないところの欠損多発となっている。
 2…年金問題のツケのために職員をそちらに回しているといっても、保険料収入と給付を考えれば、職員の人件費をセーブしているどころではない。年金記録の問い合わせに答えるため人材派遣会社に臨時人員を依頼しているが、専門的知識を持った社会保険労務士(主婦をはじめ潜在的失業者は少なくない)を動員しようといった姿勢は、今もってまったくない。
もとより、その場しのぎの、ご都合主義に長けている旧厚生省であるから、仮にコンプライアンスと叫んでも担保がないから、ひとたまりもないのである。それともいっそのこと、虫食い状態でも発生させて社会保険制度を崩壊でもさせてしまいたいのであろうか。
 あとは国民健康保険があるさ!
 消費税で年金保険料を集めれば良いさ!
 どうせ我々は民営化、仕事がしんどくなることは嫌なのさ!?

2007/10/09

第66号

安倍政権の政策行き詰まりは、
前代未聞の突然劇に目を奪われがちであるが、個別企業の人事・総務分野に与える影響には様々のものが予想される。自民党が政権を引き継ぐには民主党の政策を取り入れねばならず、安倍の引継ぎでは民主党が政権を取ることになるとの政治状況は、誰もが認めるところである。そこで、いくつかの政府の政策転換を予想し、個別企業の対策を考えてみる。

年金問題は、
年金の支払いにとどまらず、社会保険のあり方にまで言及が及ぶことは必至である。個別企業における社会保険被保険者適用のあり方、派遣会社や業務請負会社での適用漏れが浮かび上がって来ることは必至だ。とりわけ、偽装請負の経済的温床が、この社会保険の個々の労働者が未適用にあることだ。これは不公正競争にあたることはもちろんである。こういった議論に、厚生労働省はメスを入れざるを得ない。
個別企業が、外注業者のコンプライアンスまで関与しないといった姿勢では、これからは立ち行かなくなってくる。

格差社会の中でも
ワーキングプアーをはじめとした低賃金構造を生み出したきっかけとなったのは、職業安定法や労働者派遣法の規制緩和による結果であることは、よく知られることとなった。規制緩和の内容とは、職業安定行政が規制をかけられないほどに、行政システムを表面形式的な手続制度にまで骨抜きにされてしまった規制緩和によって、際限のない就職ルールの無秩序やり放題とか、人間性を無視するまでの日額あたりの収入激減、これらが告発されなければ「やり得」といった風潮が野放しにされる結果の予測に、他ならなかったのである。
早速、一部の派遣や業務請負の安定所求人に規制がかけられることとなり、日雇い派遣は禁止となる方向が打ちだされ、「一般労働者派遣禁止?」との駆け引きを狙う議論さえ浮かび?上がっている。(今の時代、政策当局が無視をする場合、大手のマスコミには話は流れないもの)。格差社会を作る目的のために、労働者派遣制度などを導入し定着させることに心血を注いだのではないとする人たちの動きは、一段と活発となって来た。現行の労働者派遣制度に反対する統一戦線は事実上形作られている。
ということは、個別企業において、人件費削減を第一目的とした労働者派遣を将来にわたって続けようとする姿勢では、日本国内では経営存立基盤が難しくなるといったところ、一早く舵を切れるかが肝要。

労働生産性や技能蓄積
の論議がいっそう盛んになってきた。今や、話題のキヤノンにとどまらず、多くの企業が技能労働力において、協力会社に頼らざるを得なくなってきているのだ。二昔ほど前は、東芝の下請である池貝鉄鋼が東芝の技術を上回ったとか、トヨタの下請である日本電装はトヨタ以上の技術を持つに至ったなどと、「下請ではあっても、将来は…!」と、当時は美談を形づくっていたのであった。しかしながら、昨今の日本の現実を見、数々の調査や提言を検討するに、共通している議論の底流には、
1.個々の労働者に属人的技能は蓄積されるものの、
2.その技能は企業の組織だった技能にはなっておらず、
3.業務請負会社をはじめとしての外部に集積されず、
4.技能から技術に質的発展する分野は閉ざされたままとなっている
といった認識なのである。そこで、日本自体の労働生産性や技能蓄積ひいては技術立国が、足元から崩れていくのではといった危惧が、政府や連合の報告書などに訴えられているのである。ところが、現場に根ざしている個別企業の担当者からは、「ふん!」としか言われようがない代物で、労働省が長年にわたって取り組んで来た建設業の雇用改善事業の教訓すら踏まえていない。
ここは、技術立国へ向けての政策的失敗をふっ飛ばすような、個別企業での労働生産性や技能蓄積の具体的構造改革事例が、個別企業から必要とされるのである。筆者も現在取り組み中といったところ、そのメドがつけば発表します。

最低賃金
限りなく1,000円に近づくのは必至。安倍政権下の、「のらりくらり=美しい日本」のもとに事実上実施された今年秋の最低賃金引き上げですら、中小企業のみならず個別企業の給与体系の見直しに一石を投じたのだ。これからの最賃引き上げは、日本の賃金と人事体系のみならず、労働力需給構成にまで変化を及ぼすものとなる。
ところで、賃金問題の権威であるは孫田良平氏が、最近の厚労省発表ついて「最賃違反の発表に、業種別違反率があって府県別がない。県内一律最賃という現行方式の欠陥が面倒な論議を起こす、その回避策ととれる」と指摘している。
こういった専門家からの指摘の末に、日本がグローバル経済社会で活躍するには、最賃1,000円は避けて通れないといった方向は益々定着しそうだ。さて、あなたが関わる個別企業においては、この最賃問題、「高付加価値製品・高水準サービスの提供」といった商品構成とともに、どのようにプラスに転じる答えは出ていますか?



雇用拡大の議論は、正規社員は増えず、派遣やパートなどの非正規社員の増加
といったところで停滞している。さて、議論停滞の原因はひとえに、政府、政党、労組、マスコミ、学者など、メジャーなところのいずれもが、労働現場の実態にまで踏み込めていないからだ。そこには、ここ数年の政策の落とし穴がある。
最も統計数値に表れない現象をひとつ。
老齢年金をもらいながら支給額の減額なしで働き続ける人は意外に多い。在職してある程度の収入(平成19年は月にして28万程度)があれば年金の一部が支給停止となるのだが、この年金カットの道をすり抜けているのだ。老齢年金受給者が年金カットを免れる方法は、ひとえに在職手続きをしない形態を認めてくれる会社への就職の道を目指すのだ。比較的高額の老齢年金を受給する者がこの道を目指している。在職すれば社会保険料などで12%ほどが自らの給与から控除されるのだが、年金カットの金額はそれどころの額ではないのだ。この道を目指す労働者を雇う事業主側も、本人給与の13%ほどを会社が別に負担し、本人分と合わせて給与の25%ほどを納付しなければならないから、下世話好きな事業主たちとの利害が一致するのだ。
ところが実は、社会保険の調査が入ればたちどころに破滅するのを忘れているのだ。
労働者本人が確認申請手続きをしたとすれば、会社負担分をともどもさかのぼって2年分請求される。
「この手があったか!」と早合点して有頂天になった事業主たちは、年金受給者のみならず、扶養家族の高齢者、失業給付を受けている若者、母子家庭手当を受給している母などに、公的には「わからないように働ける」といって口コミで人集めをしているのだ。もちろん、発注者に対しては、「受注額は格段に安いですよ」とか、「すぐに格安で段取りしますよ」さらには、「お客様は誰でも安い方がいいですよね?」といった美味しいささやきを繰り返すのだ。この美味しい話の相手先は、人手不足に悩む企業の世間に無知な担当者、公式採用が硬直化して経営の足を引っ張っている企業のライン管理職といった具合で、マーケティングの的を絞っているのだ。冷静な判断をする人物、世の中をよく知っている人物は避けて通る、キャッチセールスのようなものだ。
人事総務部門担当者からすれば、信じがたい話ではあるが、一見、外注請負形態であったりするので、表面に見えることがないのである。そして、何かの事件が起こってから、現実に気が付いた時には、協力会社内の問題では納まりきらず、こういった有頂天事業主の策略に企業の相当部分が身動きを取れなくさせられてしまっているのだ。いざ、対策を打てばラインの管理者から山のように苦情が寄せられるのは必至の状況。こうやってズルズルと尾を引いて、マスコミに騒がれ労働局の槍玉となったひとつが、クリスタル偽装請負事件なのだ。これでは会社が衰退に向かっているのは判っていても、危機管理対策の位置づけがなければ恐ろしくて手をつけられないのが心情。職業安定法や労働者派遣法は労働力需給の経済政策の要、こういった不公正競争を招いたのは、ここ数年の規制緩和に因り、国のあちらこちらで生み出された現象なのだ。個別企業の全身がぬるま湯に浸かり、立つに立てず、風呂桶の栓が抜けたように利益が洩れ、業務停止や倒産に追い込まれる寸前の個別企業も少なくない。
厚労省の現場に携わる行政職員は、ここまで職安法や派遣法の規制を緩くすれば書面チェックに終始せざるを得ず、書面も出さない業者ともなれば野放し状態といった嘆きを発しているが、一連の抜け道を模索する労働者と事業主が不公正を企んでいることと合わせて考えれば、社会共同体の秩序の崩壊が本格的に始まっていると判断せざるを得ないのだ。無秩序・無政府状態は弱肉強食社会すらも否定するもので、グローバル経済社会の原則である公正競争が崩壊するも同然なのだ。
有頂天事業主の労働者に対する甘い囁きはいろいろと続く。
「年金をもらっていても、いくらでも安心して働ける」。おまけに、「請負代金の支払いは2ヵ月後だが、その前には給与を払っているのだぞ」と真面目な顔して話すのだ。「働けるのに、なんで年金カットされなければならない?」とか、「今さら、年金保険料掛け捨ての人もいるのだ」とことさらイレギュラーな事例を強調している。失業給付や母子手当に至っては、「彼個人の生活が苦しいから」とか、「子供を抱えて、お母さんを助けてやってくれ」とまで、まことしやかに説明するのだ。他人から詳細な解説を求められれば自滅する論理構成なのだ、だからこそ次に彼らは支配従属関係に持ち込む手段を手に入れるなどして、有頂天を押し通そうとする。挙げ句には法違反の片棒担いだとして、発注担当者個人に、惜しげもなく恫喝をかけ続けるのだ。
まるで、戦前日本の非近代的労務管理を思い出させ、戦後の職業安定法施行の重大性を思い起させるような話ばかりである。
さてこの夏、ある企業グループは関連会社を含めて、社会保険未加入の60歳を超えたアルバイト百数十人に加入か退職の選択を迫った。大方の事前予想は、生活もあるから社会保険加入であれば退職して、他社のアルバイトにでも転職するだろうとの見通しであったが、実際は、8割方が週30時間未満固定労働制になることを希望、残った人たちは目一杯働く必要があるため社会保険に無条件加入、過去の保険料負担も了承することとなったのである。一挙に、ぬるま湯から立ち上がり、風呂桶の栓をしたのだ。

2007/09/04

第65号

内部告発は、ここにきて活発になりそうな様相である。
そもそもの内部告発は、裏切り者や労使紛争の謀略手段とは趣を異にする。だからこそ、公益通報者保護法も、経済活動における重要意味をもつものとして、406本の法律を対象とする通報の擁護を定めて、平成18年4月から施行されたのである。アメリカ語で、Whistle‐blowing といわれるが、これは「口笛を吹くことで危険を知らせるもの」ということなのである。イギリス語では、Public interest disclosure となる。とはいっても、通報するとなれば法令詳細などはどこ吹く風で、通報が実行されるのである。
こういった意味では、内部告発は、マスコミに取り上げられた食肉のミートホープ、北海道土産の白い恋人などの、企業にとどまるものではない。日本社会では、経済活動にとどまらず、今回の参議院選挙において、政権与党内部から、次々と大臣クラスの金銭問題がリーク(leak)されたと言われているが、これが「党内支持率10%強の総裁」と皮肉られる状況が的を射ているならば、こういったリークも、いわゆる内部告発と言えることになるのだ。

ある学者に言わせると、内部告発を次のように整理している。
(1)組織の了解を得ないで
(2)組織ぐるみ、組織の一部、あるいはトップによる
(3)違法行為を中心とした不正行為について
(4)社員等の内部関係者が
(5)公共の利益の擁護のために
(6)情報提供や資料提供によって
(7)行政機関やマスコミ等の部外者への、不正の暴露
としている。今現在では、行政機関などに持ち込まれないだけ、「幸運?ラッキー?」であったとされるのである。
確かに、数年前内部告発が話題になった際には、何人かの大学教授が、「内部告発者は裏切り者だ!」との著作を出版した。変に社会遊離した勇気があったのか、学問よりも観念が優先したのか、学者生命が消えてしまったらしい。今どき専門家が、余りに無知無能な学説を発表すれば、アホ・馬鹿・間抜けと論評されても、名誉棄損の判決は出ない。

このグローバル経済社会では、世界同時に様々な物事が共通した課題として発生している。昔は、資本主義・自由主義といえば、イギリスやアメリカがリードして、その後にフランスやドイツが後を追って行くといったパターンが存在もした。経済成長などおぼつかないと思われていた発展途上国において、資本主義を無理矢理動員した場合には、その反発で社会主義政権が登場し社会主義経済が採用されたのであった。また、その当時先進資本主義国になることを阻まれていた、例えば日本が戦争期に社会主義計画経済:経済〇ヵ年計画を戦前戦後に採用したのは有名な話(日本経済は社会主義国といわれる由縁)であり、もうひとつ例を挙げればドイツではヒットラーをはじめとするナチス=日本名:国民社会主義ドイツ労働者党が失業対策や戦時経済を行ったのである。戦後、これらの世界の経済秩序が国連から始まってWTOなどへと整備されていたのである。

こういった世界の経済秩序に、ピッタリ当てハマったのが、いわゆる「ピラミッド型組織」なのであった。「ピラミッド型組織」が経済活動や軍事活動の主な手法として導入されたことによって、戦後の経済秩序を形成することができたのかも知れない。特異な例かもしれないが、中国やインドでは、実のところ、このピラミッド型組織が形成し切れない途上の段階なのである。名称や図面ではそうであっても、実態は別のところにある。そして今や、このピラミッド型組織による経済活動の弊害や悪用が蔓延するに至ったのである。その原因はインターネットなどのIT技術発展と社会共同体のあり方(倫理や社会思想)の変化によるものと考えられている。すなわち、ピラミッド型組織を維持するための利益追求に異議が唱えられ、社会共同体にあっては弊害や悪用を蔓延させる世間体は排除されるのである。異議を唱え排除を行うのは、今や経営者であり人生を明日に託す人たちなのである。もっと簡単いえば、後進国並みの食肉偽造販売とか、金融機関が迫る在庫調整の賞味期間変更は、日本経済が、「高付加価値製品や高水準サービス商品の提供」の道を進む上では、「足を引っ張るもの」といった発想となるのである。折しも、韓国・中国・台湾などの製品と熾烈なツバ競り合いを繰り返す日本の個別企業としては、きわめて切迫した経済問題となるのである。究極には、経済活動において、「公正な事業間競争を維持するための役割を果たす!」といった社会通念に至るのは時間の問題なのである、実にアメリカがそうであるように。

3年後の銀行貸付金利上昇(年5%メド)もあり、日本経済の生きる道である、「高付加価値製品または高水準サービス」の商品提供を考えたときに、業務改革を進める個別企業にとって内部告発は、災い転じて福となすところの、Whistle‐blowing(口笛で危険を知らせる)そのものなのである。



ホームレス?ネットカフェ難民?の労働力としての事情
経済回復基調?デフレ続行といわれる中、失業率も低下してきているとの発表がなされている。ところが、この失業率の評価をめぐっては、従来の概念では計り知れないものがある。パートや非正規社員への就労も含まれているため、昔ながらの就業率アップ=生活の安定といったイメージとはかけ離れているのだ。その中でも、極めつけは、ホームレスなどといわれる人たちをめぐる状況は、ほとんど把握されていないのが実状で、マスコミの報道もほとんどない。
ホームレスといえば、野宿生活者のイメージが出てきそうなのであるが、まだ気づかれてない実態がある。ネットカフェ難民は姿からは判断出来ない。Yシャツにネクタイの背広姿も数多く存在する。深夜のアーケード街で横たわっている都市部でのホームレスは有名ではあるが、実は衛星都市や地方都市にも存在し、無理矢理これを住民も行政も認めようとしないといった姿もうかがえる。加えて、もとは自宅であった競売物件での生活者も含め、もうすぐホームレスとなる人々は相当存在しそうだ。大阪の釜ヶ崎といわれる一帯(行政用語ではあいりん(愛隣)地域という)の中心部には、アパートや一晩1000円の宿住いの人たちがたむろしており、野宿生活者は意外と釜ヶ崎の周囲の場所に居るといったことも、現地に行ってみないとわからない。昼間から夕方は強気な様相の人たちや、ヤクザでも目つきの飛んでいる者がたむろしているから、深夜の野宿生活者の実態には気がつきにくい。確かに、深夜と雨の日は釜ヶ崎に近づくと危険極まりないのは事実である。が、それ以外の日にネクタイを締めて行っても危険を伴うものではない。にもかかわらず、ここを訪れるマスコミ関係者は少ないのである。ここでは敢えて、ホームレスあるいはホームレスになりかけている人たちをまとめて、求職状況をレポートする。

まず、一昔前であれば、ホームレスになるのは特徴的な個性の持ち主といった見方が強かったが、今日では、誰もがふとした失敗からホームレスに転落しているといった変化である。ホームレスの自立支援対策に携わる人たちへのインタビューからすると、借金や借りっ放しなどの芸当が出来ない生真面目な人が多いとか、極めて内気で自分を責めるタイプが多いといった話が出て来る。

最大のネックは、就職にあたっての身元保証人のようだ。形式的に書面提出を求める企業が多いのであるが、これがかなりの心理的圧力となって、就職をあきらめる原因となっている。フトしたことから切羽詰まった状況に陥ったことにより、身元保証人を頼める知人がなくなるとか、恥ずかしくて頼めない心理になっているのだ。もとより、個別企業からすれば、事故が起きても身元保証を拒否するケースがほとんどの紙きれだけの身元保証人が実態であるのだが、なぜか形式にとらわれて求人の障害になっていることが気づかれていない。今の日本社会において、「ほんとうに身元保証をするのは、暴力団だけだ」と断言する人もいるが、それが本当だろう。実際には、社員寮に入居させて、人事部門が生活のケアをして、様子に注意している方法こそ、実効のある身元保証対策と言えるのだ。

警備員の職業(警備員は懲役・禁錮刑の執行から5年を経過している身分証明と本籍の記録が必要)を除けば、誰も本籍をいう必要はない。もちろん住民票は会社が用意する社宅や寮の所在地で取得可能である。住民票の有無は、生活保護申請にとっては極めて重要ではあるが、就職して自立するだけなら、ほとんどどうでも良いと言える。本名だろうが、ペンネームだろうが、労働力の提供だけであれば名前なんかどうでも良い。

生活基盤のベースに欠かせないのが健康保険である。住民票がなくても政管健保などの保険に入れる。→保険証のカードがあれば預金口座が持てる。→預金口座があれば、少しずつでも貯金をすることがたやすくなる。→そうすると、自らの努力で自立の道が歩めるといった具合だ。

ビッグイシューという雑誌を路上で販売しているAさんにインタビューすると、1日仕事であるならば日雇いの建設現場の方が1万5千円から2万円になると話す。それでは安定した生活はどうなるの?と質すと将来不安があるという。健康保険や雇用保険の話をすると非常な関心がある。だが、今日明日の金が必要なことから、金額の高い日雇いに目がいってしまうらしい。別のBさんに聞けば、日雇いでは雨の日が休みとなるから、収入があったり無かったりで不安も多いらしい。インタビューを続けていると、どうも不安定な職種ばかりの求人が来ているので、そういった日雇い仕事などを前提に、何事もあきらめざるを得ない就職イメージとなっているようだ。

女性のホームレスを収容する施設は比較的多数存在することから、ホームレスで女性が少ないのはそのためだと、事情通は語っている。夫婦で、ホームレスになる人も急増して、今や珍しいものではなくなった。

大阪の釜ヶ崎では精神疾患や傷病疾患による救護施設は、法的な支援もあるので、比較的整っているようだ。道で倒れている患者をすぐさま入院させるといった外来診療受付の無い民間医療機関も存在する。住民票は病院内で生活保護申請をして医療費に充てるのだ。ホームレス生活で体力を失い、いっそのこと病気で収容されたいと願う考えまでが、当たり前となっているかもしれないのだ。

釜ヶ崎周辺では、キリスト教と称するグループがそれぞれの思惑をもっての、施設や活動が乱立しており、どこかのキリスト教の「集会」に出席などして「主イエス・キリストを信じます。アーメン」と言いさえすれば1日1食を食べることは確実に出来る。その弁当や炊き出しを拒絶さえしなければ、餓死することはない。したがって、生きようとする人が最後のよりどころとして、一度はより集まって来ることにもなっている。

ホームレスの人たちは内気であるから、個別企業の人事労務管理の不手際による職場の人間関係や摩擦によって、離職を繰り返して来た人も多い。ホームレス対策に関わる大手企業はほとんどない。その多くが中小零細企業であり、行政機関入札受注条件としてホームレスの不本意な受け入れを強制されている場合も多いので、職場の人間関係を円滑に保つ人事労務管理の方法を知らず、就職者の定着にまでいたっていない実態がほとんどなのだ。労働力の定着のために、偽装請負業者や労務供給業者に労働力を頼る個別企業が存在することからすれば、一考してみる価値は大いにあるのだ。

ホームレスの自立支援対策に携わる人たちの間でも、実際にホームレスになる前と、なってから1ヵ月以内の対策に効果があるとのことである。野宿生活などをした人は、ひと冬越すと意識が変わるという。2年〜3年にわたってホームレスを続ける順応性の持ち主は、川辺や公園のブルーテント生活にも順応しているという。公園の水、自家発電の電気、卓上コンロが整えられ、エアコン完備のテントまである。したがって、労働力として有効なのは、事前か初期の手当てのチャンスを逃すと、難しいということである。ホームレスになりきってしまったのであれば、本人の意思によって通常の就職への障害が極めて強いのである。

いよいよ次の研究課題は、実際の求人開拓、募集、面接、求職誘引、雇用契約、就労相談、生活ケア相談その他の付帯する業務にまつわる受け皿と運営ノウハウとなる。これからの労働集約型産業は、こういったノウハウの蓄積によって、個別企業の成長と崩壊の見通しが立つことになるであろうことは間違いない。

2007/08/08

第64号

<もくじ>
外部労働市場を活用するには
請負と非請負を時代別に追跡すると
昭和27年、職業安定法施行規則改正
昭和61年、労働者派遣法施行
そもそも、業務請負は
 A.法令の定義をクリア
 B.長期にわたる経済性の確保
 C.事業の社会貢献性
業務請負の拡大期
なぜ、業務請負に比べ、偽装請負が拡大したのか
偽装請負、彼らの営業手法は
偽装請負によって立ち行かなくなった工場
社会保険事務所は調査しない?
ところで一転、資金面からは
地に足のついた労働力需給

¶外部労働市場を活用するには、
工場をはじめ大量生産や大量業務処理を行う場合での生産管理などの上で、注意しなければならないことがある。どうしても、現場担当者では適切なコントロール措置が行ない得ないことから、総務人事部門の役割は重要となる。日本の経済展望である、「高付加価値製品と高水準サービスの商品」の提供を、個別企業においても社会においても、下支えができるかどうかの視点が重要なのだ。何れの産業も人海戦術では世界に勝てず、外部労働力活用といえども、それでは赤字転落は必至の事態だ。
外注の業態ひとつとってみても、請負、構内下請、業務請負、アウトソーシングといった具合となってしまう。賃貸の業態をとるものもあり、労働者派遣は人材レンタルで賃貸契約、物品レンタルにオペレーターの労働力が付随して来るものもある。こういった経済性に基づく実状は、すべてが法律で定義できるものではない。かつて、ローマ時代においては、労働、請負、貸借の三つの契約関係を、別々の概念と区別が出来無かった。
所詮、法律や政府の政策課題(製造業請負事業の適正化に向けてガイドライン/厚労省6月29日など)は、せいぜい自由平等原則や社会共同体ルールの侵害を防ぐ手段としてでしかないのだ。そして、現在日本の法体系では、請負か、それとも派遣や労務供給であるのかの判断は、一貫して「作業工程の進捗管理」を発注側が行っておれば、請負とはならないとする定義に変わりはない。

¶請負と非請負を時代別に追跡すると、
昭和27年の職安法施行規則改正は、それ以前の同一工場敷地内であれば発注側が進捗管理を行ない、支配しかねないと念頭においていた懸念を、請負業者が、工場の構内であっても別途、設備や建屋を別に設置するとの条件であれば、発注側は進捗管理を行ない得ないとの概念を形成し、構内下請なるものが開発・始業した。
昭和61年の大臣告示は、工場内で建屋を別にしなくとも、機械設備や材料・光熱費を自前で「調達」する又は専門的な技術や経験が存在するとの条件ならば、定員契約(定員1名=労働者約1.2人)による業務請負を可能にし、これが工場でも開発・始業したのである。(従前から、ビルメンテナンス業、警備業では通例であったが)

¶昭和27年、職業安定法施行規則改正
により、請負と労務供給事業の区分、昭和23年のものが現行に改められた。これによって、当時の政策担当者の誰もが予想していなかった「構内下請」が開発され始業した。それ以前は、発注者の工場敷地内での外注業者により製品が製造された場合は、とにかく偽装請負と判断された。必ず工場敷地内で製品を完成させ、製品個数を数えた上での現物納入でなければ請負と見なされなかったのである。ところが、この施行規則改正により、発注者の工場敷地内であっても、外注業者が別棟の建屋であれば、問題がなくなったのだ。いまだ昭和27年当時の施行規則で、請負区分をする行政職員や専門家と称する者も存在する。

¶昭和61年、労働者派遣法施行
により、派遣と請負の区分が大臣告示された。昭和27年から構内下請は合法とされていたが、これとは別に当時、いわゆる「業務委任契約」と称されていたものが偽装請負であった。これが、61年の派遣法施行で労働者派遣と定義されると同時に、昭和61年当時は13業務以外(生産ライン等)の労働者派遣が禁止されたのである。禁止に併せて、派遣と請負区分大臣告示が出され、これが工場現場の現状と刷り合された後、研究を重ねた結果、「業務請負」の業態を完成したのである。(事務系労働者派遣は業務処理請負と呼ばれ、派遣法によって合法化された)。

¶そもそも、業務請負は、
土木設計技術者、ビル維持管理技術者、警備員を念頭において考えられていた。これらは派遣業構想当時に労働事件問題として取り上げられ、当時の労働組合は、一足飛びに個別企業との交渉は行わずに、制度の根幹に位置する建設省や労働省あるいは都道府県との団体交渉を繰り広げていたのである。官公庁のビル物件管理の発注において、落札業者が変更しても同一のビル維持管理技術者や清掃員を雇用しなければならないルールが、労働組合との交渉により成り立っていた時代であった。
確かに、当時の厚生省は工場内でのことは念頭に考えられていなかった。従前からの構内下請に限って念頭においたものだから、単なる肉体的な労働力を提供の領域を超えた業態は想定をしていなかった。ところが、次のA~Cの条件を満たすことで、社会に受け入れられる業務請負の業態が開発されたのである。

A.法令の定義をクリア:
告示条項の上では、大臣告示の内容を満たし、とりわけ業務ごとに定員を定め、その定員を充足するために約1.2倍(有給、欠勤その他)の労働者を配置したうえで、マニュアル書を用い工程進捗管理を進めれば、業務請負の業態開発の見通しが立ったのである。

B.長期にわたる経済性の確保:
業務請負業者として事業の継続性や採算性などの長期にわたる経済性が問題となった。賃金との利ザヤが稼げる発注価格だけでは事業としての将来性は無かったのである。初めて業務請負の業態で、受注がなされたのは、大阪市と京都市の中間に位置する大阪府茨木職業安定所管内であった。M電器テレビ事業部の常用パート一斉解雇とM電器系列の掃除機組立の常用パート一斉募集がきっかけで、労働力の需給がマッチングしたのを皮切りに、京阪北部:名神高速沿いの工場地帯周辺での労働力需給調整を担うようになった。

C.事業の社会貢献性:
職業安定法や労働者派遣法の法律趣旨を満たすためには、一般労働者の常用雇用やパートなどの短時間安定雇用の期待や願いを充実させるところの、「事業制度設計と事業維持の担保」をする社会貢献性が必要なのであった。ただ単に労働者を雇用し、各作業所に配属するだけでは、事業規模が大きくなればなるほどに、社会からは非難されることになるのは想定されていたのである。すなわち、昨年事件となったクリスタルグループの如くである。

¶業務請負の拡大期
昭和61年から平成10年ごろまでは、業務請負が全国に拡大し定着していった。安定所も偽装請負業者を徹底してあぶり出し、請負要件を最低限は満たすようにとの行政指導を行ない、指導に従わない業者系列の、事務系を含む労働者派遣業をも許可ストップしていった。こういった動きは業務請負の拡大を促進させ、偽装請負業者は業務請負業者や発注者からも、その反社会性が批判されていたのであった。偽装請負とされるものは、大臣告示の条項上の請負要件を満たすことがない。そればかりか、偽装請負個別企業の長期経済性や社会貢献性にいたっては、そのカケラもない。偽装請負として摘発される根拠は、この部分に他ならないのだ。偽装請負のとりえとは、一般人が手を出さない非合法なだけなのである。

¶なぜ、業務請負に比べ、偽装請負が拡大したのか
平成9年11月30日から、それまで労働者派遣事業における社会保険適用優遇?措置が廃止されたのである。それまでは、社会保険の適用は、2ヵ月以内の雇用の繰り返しを行う雇用契約においては、被保険者適用除外とされており、派遣スタッフが希望して2ヵ月を超える雇用契約を結ばない限りは、社会保険に加入する必要がなかった(正確には適用除外)のである。当時の官僚の中には、これを派遣業界への育成援助措置と明言する者もいた。この措置は業務請負業者も一般個別企業も同様であった。そこに事件がおきた。当時の厚生省と労働省は、行政手続法に基づいて大阪の天満社会保険事務所長宛に請求された、「社会保険の被保険者資格にかかる行政指導の趣旨及び内容の書面交付」をきっかけに、この年の夏に両省が協議を行ない、2ヵ月以内の雇用繰り返しの最大業界である派遣業界(併せて業務請負)での社会保険適用方針を変更したのである。(平成9年春の会計検査院調査において、派遣社員の被保険者適用基準が大問題となり、1社で数億円・大阪府下で100億円規模の保険料支払の攻防が行われていた)。
偶然にも、同じ平成9年に職業紹介と労働者派遣にかかる法律が、現在の労働力流動化を促す端緒となるための改正がなされた。この流動化方向を見てとった偽装請負業者たちは、「将来、社会保険に未加入であっても、業務停止処分をされることはない!」とタカをくくり、営業(発注勧誘)活動を展開した。今日に至るまで社会保険事務所は、「業務請負」と称する看板をあげている業者には、社会保険の被保険者適用調査に立ち入ることは無いのである。

¶偽装請負、彼らの営業手法は
とはいっても、社会に受け入れられる業務請負とは異なり、反社会性を以って事業を維持する偽装請負である宿命から、彼らの営業手法は、発注担当者(工場であれば資材課長など)に対する飲食・旅行・講師料その他で当人と家族を接待・誘惑、発注企業での背任・横領が立件されないスレスレの偽装請負契約を締結させるといった具合なのである。コンプライアンスの中心である総務や人事部門に、こういった接待はしない。大阪労働局の事件となったクリスタルグループでも、このような噂は絶えなかったのである。

¶偽装請負によって立ち行かなくなった工場
さて、よくよく考えてみれば、発注工場などは、偽装請負業者によって、
技能者育成の熱意に水をかけられ、
水増しの労働者数を派遣され、
発注担当者は骨抜きにされ、
偽装請負に頼らなければ工場は動かなくさせられ、
ところによっては労務・教育部門の生血を抜かれてしまった
工場まで出て来たのである。事実、M電器とかSグループを除けば、クリスタルに対する嫌悪感や反発は、あちらこちらの経営トップの口から、幾度も出されていたのであった。

¶社会保険事務所は調査しない?
それにしても、社会保険事務所が、業務請負の看板をあげている業者の、社会保険被保険者適用調査に、何故立ち入らないのだろうか。それは、低賃金の労働者が集積している事業所であることから、社会保険の適用をさせると採算が合わなくなると考えているからのようだ。折しも平成10年以降は、社会保険加入事業所率が低下し続けているのである。今日、年金記録問題が起きているが、「年金に加入しているのに、会社が保険料を払っていない」といった言い分の真相は、こういった偽装請負業者の個々労働者の社会保険適用における信義則違反(だまし、裏、ペテン)にまつわる事案ではないかと、社会保険労務士などの専門家の間では噂されているようだ。

¶ところで一転、資金面からは
平成9年以降のメガバンクなどの偽装請負会社への融資の実態である。この当時は平成恐慌・日本初の金融危機か?と言われ、銀行はプライドを捨てて利回り第一の貸付先探しに血眼になったのである。大和銀行が突然、数ヵ月前の方針を転換、9月連休に地方銀行転落との発表したのも、この年の秋であった。そこでメガバンクの銀行員は、偽装請負業者に甘くささやかれ融資させられたのである。偽装請負業者からすれば、資金をつぎ込んで資本と派遣労働者の回転率を引き上げ、そのための銀行からの借り入れには、坊ちゃん育ちの銀行員をハメてしまう事ぐらい、コップ一杯の水を飲むようなものである。ほとんどの偽装請負業者の社長は、倒産や破産をしたとしても、「坊主になれば鐘をつくさ」といった具合であった。(だが、もう今は老齢を感じて、クリスタルグループの社長のようにグッドウィルに事業を売却する者もいれば、夢くずれ50半ばにして老後の年金生活ばかりを毎日考えている社長もいる)。もちろん、暴力団とのつながりも強くなってきている。
だが、ここで考えなければならないことは、経済のグローバル展開によって、今からおよそ3年後には、メガバンクをはじめ多くの金融機関が、貸付利率3%以上を確保するために国内融資資金を回収→海外投資に回す動きが確定していることである。アメリカ国債は利率5%で大売り出し中だ。だとすると、この3年の間が、請負、業務請負、偽装派遣をめぐる方針転換の正念場とならざるを得ない。

¶地に足のついた労働力需給
しかしながら、残念なことに、厚生労働省の6月29日の研究会報告、ナショナルセンター連合の報告などには、こういった歴史的文化的背景や経済社会の将来を見据えた視点が、極めて不十分であることが伺える。ひとえに、民間現場から遊離しているせいか、抜本的に研究強化せざるを得ないものばかりである。高級官僚の立場から物事を分析しがちになると、表面の統計やマスコミで報道された現象が頭に残り、どうしても施策や方針は甘くに流れる論理建てとなってしまいがちなのである。
実際の経営管理や地に足のついた労働力需給業務といったものは、歴史的変遷と現場実態のインテリジェンスから着想・発想された参画が実態を動かしているのである。

2007/07/10

第63号

うつ病対策、現場からのインテリジェンス
うつ病の頻発は、日本の経済や産業が、「高付加価値製品や高水準サービス」の商品提供の事業戦略の足を引っ張り、その実態を示すバロメーターともなっている。このように結論付ける理由と、目前のうつ病対策を含めてのインテリジェンスを提供。
(うつ病早期発見・緊急措置シート:次のURLの左下からダウンロード可能)
http://www.soumubu.jp/download/

近頃は、職場の「うつ病」について一般マスコミでも取り上げられるようになった。
しかしながら、経営管理面からの、うつ病発見、未然防止とか、復帰プログラムといったものは、まだ皆無といった状況だ。
人事労務の専門紙誌のほとんどが、
「成果主義的な人事賃金制度や個人業績や部門の業績」を流行の枕言葉に、原因究明をしていないと言っても過言ではない。確かに、一般素人には受けが良いから、素人的発想をまかり通らせたほうが雑誌としては安泰なのである。
では、専門家であれば、何に気付かなければならないのか。
まずひとつは、産業心理学が発生した背景、すなわち、20世紀初め、当時のアメリカでは農業労働者が北部の工業地帯に移動して、工場で働くようになった時 代の歴史的経験である。始業時刻に出勤して分業・流れ作業などの慣れない仕事のため、多くの労働者がノイローゼを多発して、労働力の確保と品質の水準確保 (歩留まり)に極端な支障をきたしたのである。この時代の経済社会の抜本的発展は、科学的管理法(テーラーシステム)とか、フォーディズム(フォード生産 方式)が開発され定着したことにある。これを補完するために、産業心理学が生まれ、禁酒法(13年間で終わり)が試されたのである。
もうひとつの歴史が示すものは、旧ソヴィエトの経済発展である。農業国で工業後進国であったロシアとその周辺を、それなりの先進工業国にまで引き上げた実 績の基盤には、革命直後の戦時共産制脱却のために、レーニンがテーラーの開発した科学的管理法を導入し「ボルシェビキ小集団活動」を加味したところの НОТ(ノット)方式を開発定着させ、経済七ヵ年計画とか五ヵ年計画を実施したことにある。ここでの補完は、「ウォッカによる二日酔い」の徹底した対策で あった。余談ではあるが、日本国官僚が推し進めた、昭和大恐慌後の経済政策、満州国経済政策(岸信介、大平正芳)、戦後高度経済成長政策は、「ソヴィエト の経済〇ヵ年計画」の実績ノウハウと教訓が取り入れられたものである。(日本が資本主義国の中の社会主義経済といわれる由縁のひとつはここにある)。

さて、世間一般のうつ病対策といえば医師の話ばかり。ところが、ほとんどの医師というのは、一般の企業や職場の中でどのような実態になっているのかを、全 くもって知らないと言わざるを得ない。精神科ともなれば、医者も患者もまるで別世界の人たちと思えてしまう。これを、産業心理学と心理学の差異の如く分類 すれば、現在の医師の治療は「心理学」の手法といったようなもので、アカデミック?で現場無視なのである。加えて、大阪地方であれば、(小説)白い巨塔の ナニワ大学?の調子の治療手法や「医者は復帰支援など知ったことか!」のような悪夢を肌で、ヒシヒシ感じざるを得ない。

私どもは、昨年の春あたりからのうつ病頻発の事態から、うつ病関連の仕事をしているが、うつ病発生現場では、次のような共通点が存在するように考える。
(1)人海戦術単純労働で、まるで高校3年生が監督、高校1年生が作業といった職業教育ゼロの状態
(2)管理職は、OJTで育成されていない為、部下や新入社員を育成する術を知らない
  「言ってみて、やって見せて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」
  -日本帝国海軍 元帥 山本五十六- も、OJTの導入事例。
(3)Plan・Do・Check の積み重ねで仕事をしないから、工程管理は無きが如く、反省も向上も闇雲
(4)ミーティング、朝礼を行っていないから、組織的運営はなく、部下は業務より人目を気にするばかり
こういった組織的事業経営基盤が崩れていることから、相当多くの収益・生産・意欲・効率が空回りしており、そこへ意味も分からずに、成果主義?やコンピテンシー(流行終わり)が導入されて大混乱しているといったところだ。
なので、「高付加価値製品や高水準サービス」の商品提供の事業戦略の足を引っ張り、その実態を示すバロメーターともなっているとの結論に至ったのだ。

ここから、私どもは、うつ病対策と業務改善を併せ持った、センセーショナルな対策の実績を築いた。
導入基盤もないのに、ZD、TQC、Aタイム、コンピテンシーを流行のように追いかけ、経営が左前になった事例は山のようにあった。そこで、先ほど述べた20世紀初頭の成功事例他をもとに考案したのだ。
管理職の「うつ病発見チェックシート」作成=
(うつ病早期発見・緊急措置シート)http://www.soumubu.jp/download/
=発病2週間以内の早期発見
+本人への「うつ病疑い」通告と強い受診勧奨
+2週間以内の治療を産業医に要請
を進めた。1年半で、うつ病休職率6%が1.5%までダウンしてしまった企業も現れた。
ところが、この対策の狙いの本質は、うつ病発見をきっかけに、業務の計画的工程管理定着にあったのである。「発見チェック」に狙いは無かった。幸い、当該 企業は人件費に若干余裕が持てたので、OJT手法の定着は後日に回すことができたのであるが、全対策構想の片肺飛行でも、大きな実績が生まれた事例だ。

今や、日本国中、仕事が空回り、人生も空回り、努力や能力は成果に結びつかず、といったことも見られる(本質は現代社会共同体への適応不全)ことから、 「うつ病」がまん延しているのではないかと思われる。職場でも家庭でも、人目に振り回されて、うつ病やパニック症候群に陥っていると言えるのでもある。短 絡的対処で、人目を気にすることに現される日本的世間体になじんだとしても、世間体を拒否したとしても、グローバルに発展する未来社会での生存(社会共同 体への参加)は困難なのである。
だからこそ、先ほど述べたような人類の英知が歴史の中から生み出したところの、組織的事業基盤を、徹底して定着させることから始める必要があるのである。
現代の社会制度では、いわゆる「職人」は育成されることは無い。そのままでは、単純作業労働者ばかりを生み出し、この人たちが、個別企業や社会経済の足をひっぱるのである。
個別企業で、ノウハウ蓄積をしたいと思えば、組織的事業基盤を定着させたうえで、「知的所有権と経済活動にかかる文化経済学者たちの研究」から理論解明さ れたところの、ノウハウ蓄積プロセスの工学的実用化を目指すべきなのである。これこそ、近年、IT環境が整ったからこそ技術的に工学的実用化が可能になっ たのである。昔なら、大量印刷機とPaperと電話のセットで現代までが支えられていた如くである。
(ノウハウ蓄積プロセスに関するご質問はfree@soumubu.jpまで)

日本の発展過程を振り返ってみれば、
「昔の労災は怪我や死亡、今や労働不能や廃人!」という時代の変化。
人間はミスを犯すが、間違うから発見発明をする。
新たな事業を展開すれば、非効率な部分で、うつ病発生を覚悟しなければならない。「落ち目の会社に、うつ病は無関係!」の逆もまた真なりかもしれないのだ。
ところが、こういった視点まで掘り下げて自覚することが、うつ病発生・自殺防止をはかることが可能となり、その結果、誠の人道的立場も、初めて維持できるのである。
こう考えて創意工夫することこそが、個別企業と日本の経済や社会制度の壁を打ち破る発展に資することになるのである。



年金記録の「雇用主の証明?」
第三者委員会の基準が固まったが、これから、旧厚生官僚の巻き返しが出てくるのは当然で、具体的な巻き返しによる空洞化は、(筆者の30年余の経験から)
1.基準自体を「雇用主の証明」の意味を悪用(今から解説)
2.個々の水際での不支給決定では「人柄、態度」を捏造
といった方法で、巻き返しの突破口を開くものと、予想される。
このメルマガの先月号で、
≪社会保険法令の強制適用方針からすれば、話題となっている「領収書に代わるもの」とは何を指すのかを考えてみると、次のようなものが提題される。事業所 の雇用記録、健保組合の記録、雇用保険被保険者記録、給与明細、離職票(職安の公文書)、社員証、名刺、同僚の証言(報告書)、技能検定受検資格、児童手 当受給書類、厚生年金基金書類、給与振込み銀行通帳、源泉徴収票、社員旅行の写真、官公庁への技術者届などが考えられ、これらを総合的に判断するといった ものが考えられる≫と「雇用主の証明」以外、すなわち、被保険者資格有無を裏付ける証拠となる物を、著者は例示した。要は、従来から社会保険審査会で使わ れていた、「事実が真実であるとの論拠があり、その裏付けがあること」程度でよいのだ。
ところが、社会保険庁?あたりから、「雇用主の証明」といった言葉の表現句が、ことさら躍り出て来ていた。そもそも、厚生年金は保険料納付の有無にかかわ らず、加入期間と月例給与総額で支給されることになっており、これが米ソ対立を背景に、当時、日本政府が国民に約束したところの厚生年金保険法令に定める 強制適用という意味なのである。決して保険料強制徴収とは意味が違う。
したがって、「雇用主の証明」を強調する、その意味するところはこうなるのだ。
まず、「あの頭脳明晰な厚生官僚」が、事業主の中には、本人の給与から保険料を控除し、社会保険の加入手続きをせずにポケットに入れてしまった現場の事例 を、本当に?本当に?長期にわたって、想定出来なかったとでも言うのだろうか、といった疑問だ。現場の社会保険事務所は、今もなお、保険料未納企業の預金 等の調査発見能力は税務署より上位だと位置づけられている状態において。
たとえば、昭和61年当時は、都市部のある県では、常用パートタイマーは社会保険に加入させるなと、法令を無視した行政指導で厳格に排除していたから、事業主が届けても、社会保険事務所から拒否をされた。
一昔前は、保険料が払えない事業主に対して、被保険者の「社会保険脱退同意の連判状」を用意させ、国民健保・国民年金への切り替え、社会保険を脱退させる指導を、全国の社会保険事務所は行った。
社会保険事務所の調査においては調査官が、パートなど給料の安い労働者一人ひとりを個々に保険適用から排除をした歴史は、最近まで続いている。
偽装請負を繰り返す業務請負会社には、圧倒的に所得水準の低い労働者が集中しているせいか、社会保険事務所が、常用労働者の届出漏れ調査に入ることは皆無の現実だ。
こういった「さじ加減適用?」を全国の社会保険事務所でやっていたのだから、相当数の事業主が保険料の「さじ加減?」をしてもらったと、社会保険事務所調査官や専門家に「感謝の気持ち?」をしていた時代もあったのだ。
「強制適用の法律建前」の下であっても、それとは違う行政実態に、「雇用主の証明」といった表現句が相まると、それは、「口止めの為の、会社経営者への恫喝ではないか!」との受け止め方も出ているのだ。
さらに、歴代の社会保険審査官や審査会が「個人の虚偽請求を見破る能力」を、十分に培っていることからすれば、社会保険庁の上に立つ厚生官僚たちが、徹底 して、「年金記録が存在する人に限って救済!」といったことにこだわる理由が、年金支給額を少なくしようとする抵抗だと決めつけられても仕方がない。その 本音には、官僚たちが年金資金を不良債権化させてしまったとか、使い込んだといった釈明?でもしたいのだろうか? 年金記録事件の不備の大半を占める厚生 年金の穴あき部分は、本当に、厚生官僚たちは隠したいようだ。
いずれにしろ、総務・人事部門は、物事を様々な角度から、観察することが必要なのである。

2007/06/05

第62号

5000万人年金納付記録
ここ数日早速、社会保険庁は年金振り込み通知書に、国会答弁の内容を増刷して、加入記録の問い合わせ先を案内している。
時効対策が実施されたとしても、救済されるのは数割で、半数以上は無理だとする社会保険庁内部からの話も報道されている。そこで、何十年にわたって、多くの事業所の事務取扱をしている当社の経験から、総務部門担当者にとって不可欠の関連インテリジェンス情報を、この際提供する。
厚生年金に限っていえば、年金記録はズサンとしか言いようがないが、その発端は、厚生省官僚の怠慢?から始まっている。昨年6月1日現在、基礎年金番号への未統合件数は約5095万件、そのうち厚生年金と船員保険が77.8%をしめる。その事業所名は、概ね確認できるようだ。全件の年齢別は55歳から59歳が約15%、年齢不詳は0.6%(約30万件)にすぎない。
そもそも、社会保険は強制適用であるから、会社の常用の被用者、すなわち社長からアルバイトまで全員が加入しなければならないものである。強制適用とは社会保険事務所が被保険者資格を決定・確認すれば保険料納付の有無は問わないとの意味である。さらに、強制適用によって厚生年金機関は加入期間が重要(基礎年金には保険料免除でも年金給付)となっており、過去の賃金額は報酬比例部分に反映する仕組みとなっている。昔はサービス業などで強制適用の除外事業所も多数存在したが、現行は除外されるものは少なく、強制適用の実施年月日は法令の改正なので明確である。これが基本方針なのである。
厚生年金保険は、米ソ対立の世界情勢を背景に国民の将来保障と安心の支えとして、営利の民間保険事業ではなく社会保障として、紆余曲折の大論議の末に国会で強制適用とされたのである。ところが、厚生省官僚は厚生省内部で、「保険事業には採算が取れなければならない」といった理屈を陰で言い続けたのである。もちろん、この「採算優先」のことは公にされず、公となる事件が発生すれば、厚生省は個別の採算は無視してでも法律通りの回復措置を行って来たのである。そこで、厚生省行政方針の大半が、「大きなトラブルには対処するが、国民の泣き寝入り大歓迎!」との噂どおりの対応となっているのだ。また、被保険者に保険料納付義務をなくして(強制適用には納付の権利義務は無い)、保険料の追加徴収(徴収期限は時効2年)が発生すれば事業主に労使双方分保険料を負担させているが、この「採算優先」の厚生省官僚の姿勢が、本人から年金給付請求(裁定請求という方式)が行われた場合に限り、年金を払えば良いという間違った解釈をも蔓延させた。
加えて、旧来は厚生年金の年金番号は初めて厚生年金に加入した所在地の社会保険事務所に原簿をそろえる方式(戸籍とよく似たもの)でもって本人請求方式(就職した会社の住所と名称情報で調査可能)に耐え得る記録保存方法を行っていたのであるが、基礎年金番号に切り替える際に、ズサンさを見逃す方式を招いたのである。まさか、社会保険庁が非熟練事務員ではあるまいし、ズサンな事務処理が末端で発生することを予想出来なかったとは言えないのである。社会保険料徴収技法は、国税庁に比べはるかに優秀である。原因は、保険者である政府と被保険者が相互にチェックしあって年金保険を成り立たせるといった社会保障の発想に基づく制度改革ではなく、官僚が押し付ける一方的事務管理であったことにある。そして、今回の社会保険改革をめぐっても、厚生官僚はコンピュータシステムをことさら強調、システム完成時期に合わせて改革スケジュールを進めているのである。事務のズサン発生懸念部分を事前に指摘する、現場の社会保険事務所からの声も無視し続けて来たのである。
要するに、「記載・入力ミスで、年金の払いが少なくなれば、ラッキー!」と言わんばかりの姿勢と言われても仕方がないのだ。その証に、建設業界では健保組合や政管健保ではなく、国民健康保険組合であったことから、厚生年金と連動した扱いとなっていなかったことで、厚生年金にも国民年金にも加入していないのに、保険料だけ給与から天引きされていた事例に対しても弱腰だったこともあった。社会保険適用にかかる調査も、賃金水準の低い事業所は何年でも放置し、賃金の高い事業所は普通に調査をする実態も、このような姿勢の結果であると思わざるを得ない。
社会保険法令の強制適用方針からすれば、話題となっている「領収書に代わるもの」とは何を指すのかを考えてみると、次のようなものが提題される。事業所の雇用記録、健保組合の記録、雇用保険被保険者記録、給与明細、離職票(職安の公文書)、社員証、名刺、同僚の証言(報告書)、技能検定受検資格、児童手当受給書類、厚生年金基金書類、給与振込み銀行通帳、源泉徴収票、社員旅行の写真、官公庁への技術者届などが考えられ、これらを総合的に判断するといったものが考えられる。受付事務に当たっては、本人申告制として、弁護士などの事実把握能力に長けた者が仲介(話題の第三者機関とは異なる制度)に当たることとすれば円滑さを増すであろう。その理由は、過去の社会保険事務所適用課長の証拠隠ぺい事例などからすれば、社会保険事務所が「責任をもって調査出来ます」といった言葉では、受付事務自体でトラブルを増加させる懸念があるからだ。あるいは現在、社会保険審査官・審査会の制度の体制も在るが、事実解明機関とは程遠い制度運用である。この際、年金を払いたくない一心から嫌々受け付ける方策と、法令遵守の立場から個人の年金受給権を受け付ける方策の両面から物事を考えておく必要がある。
何れの道が選択されるのかは別として、日本の個別企業が政府の社会保障制度によりかかって終身雇用制度を進めて来たことからすれば、総務部門担当者は、事業所内の事務を進めるに当たって、これらの手法に至るまでのインフォメーションを頭に叩きこんでおく必要がある。



雇用保険の失業給付支給条件が
今年の10月1日から変更となる。最大の関心事は、自己都合退職で暦日6ヵ月間さえ働いておれば、最低90日分の日額手当が支給されたが、10月1日以降の退職の場合は、過去2年間に暦日で12ヵ月が必要となる。倒産や解雇の場合は暦日6ヵ月間のままである。失業する者の感覚を推測してみると、「就職先をミスったけれども、6ヵ月間さえ我慢さえすれば、3ヵ月待てば90日分の失業保険がある」といった安心感(理屈?)は職場トラブル回避に役立っていた。この6ヵ月が12ヵ月となると、「就職先をミスった!」場合などは、瞬時に退職といったことになり、会社側としても、意欲のない労働者の整理につながるとして、退職が試用期間の14日以内であれば法的な根拠も存在し、トラブル防止の具体的な効果も考えられる。
ところが、労働者が、「6ヵ月の我慢期間が、1年となる!」との感覚を持った場合が問題なのだ。ただ単に仕事がいやだ!といった程度でも、「6ヵ月の我慢」はトラブルの心理的ブレーキの理屈となっていたのだ。それが1年間の我慢ともなれば、セクハラ、いじめ嫌がらせ、上司とのソリが合わないなどの場合には、解雇されない限り失業給付がもらえないと考え、それだったら「紛争を起こして、保障をもらおう」となるのが、失業する者の当然の感覚である。まして、セクハラ、いじめ嫌がらせ、労働基準法違反などが存在すれば、それは、労働者の権利として認められるので、労働基準監督署などが味方になってくれると、労働者は考えるのだ。
こういった傾向は非正規労働者の間で、よく見られるものである。今回の法律改正の政府の思惑は、失業給付の正規労働者と非正規労働者の差異をなくそうとするものと考えられる。個別企業としては、職場での紛争の火種を、理由のない紛争と労働者に権利がある紛争とに適正に処理することができる社内システム(手始めに就業規則の具体的解雇条項を羅列するなど=当社サイトのダウンロードを参照)などを整備しておかない限り、紛争ぼっ発時には、ひとえに会社側が弁済を強いられることとなる。“だらだら仕事で時間にルーズ”であった労働者が、一転、労働基準法違反の時間外賃金請求にくら替えする事件は珍しくもなく、訴訟となれば会社は負ける。こういったことがグローバル基準であるから、会社経営の上での認識が必要となっている。特に、労働集約型事業では、紛争や事件が、累積赤字の根源となっていることには注意しなければならない。



経営分析の新たな視点
固定負債に対応する自己資本比率は、国税庁の発表によると、中小企業の固定資産に対する自己資本は20~30%で、残りは銀行からの長期借入金が中心とのこと。2005年になって商工中金理事長は、「(商工中金は)出資相当分を出していることを考える時代」と表明するようになった。勘定科目の仕分けの形式にとらわれることなく、経営分析をすると、銀行の貸付金は企業の資本金と判断した方が合理的なのである。利息を払っているから借入金と見るのは形式にこだわる本末転倒な解釈で、本来は増資であるにもかかわらず配当ではなく利息を払う約束をしてしまったと判断した方が、物事の本質的な見方なのである。したがって、実態として「銀行は大株主様」として応対しているのは、とても道理にかなっていることなのである。
これを、図表で考えてみれば、もっと分かりやすい。貸借対照表(バランスシート)というのは、一枚の紙を四分割して作っている。左上には流動資産、左下には固定資産。右上には流動負債、右下は資本となっている。左側が資産、右側が負債。上半分が流動、下半分が固定。そして、固定負債に対して資本金が相対するようになるのが本来の姿である。ところが、日本では資本の部が少ない企業の多いのが特徴。(固定負債に対する資本の充足率を自己資本比率と名付けている)。固定負債相当を資本の部で充足されていない資金のカバーをしているものの内、多くが銀行からの借入金となっているのだ。(あまり社債などには頼っていない)。今話題の「会計基準」は、こういった考え方を徹底していることに注目しておく必要がある。
その昔、高度経済成長政策の初期は、日本の産業を都市部に集中、集団就職も華やかであった。しばらくすると、今度は大手企業が地方に進出する工場誘致政策を実施したのである。大手企業の工場が地方に建設されれば、同時に中小企業の事業所も合わせて必要になることから、例えば、「高度化資金」と称して商工中金が3分の2、地元銀行が3分の1といった具合に貸付を行ったのであった。地方の中小企業は、工場受け入れに合わせて、商店街を作り、賃貸アパートを建てていったのであるが、これらの資金も地方銀行が貸し付けたのであった。そこには、銀行が貸付先の経営方針を見極めたうえでの融資とは異なり、政府の政策融資が引き金の「護送船団貸付」であったから、土地や建物・追加担保あるいは地元の連帯保証人(個人保証)を押さえておく必要があったのだ。
ところで、金融面でのアメリカの動機は、郵便貯金の如くすさまじいものがある。アメリカの銀行は、いわゆる「投資銀行」で、日本の銀行とは業態が異なる。したがって、不良債権を処理させた後にアメリカの金融業界が日本に進出するためには、日本政府に音頭をとらせ、事実上元金を返済させない貸付業態(長期にわたって利息を稼ぐ)の元凶となっている、「日本的担保物件」は売却させてしまって、その後、アメリカの金融業界は、元金回収業態の貸付方式を、日本の金融業界に定着しようと考えているようだ。先ほど述べた連帯保証人(個人保証)の制度は、アメリカなどの金融先進国では80年ほど前に廃止をされた制度で、まさか野蛮人の金融制度が存続しているとは思っていない様だ。これが外圧の中身であって、金融庁が、「担保物件の整理」とだけ限定して、言葉巧みに語るのは、こういった背景が存在するからだ。
そうすると、銀行には社会的責任があるといえども営利企業だ。不良債権を損金勘定(銀行救済策)に回すこと+利益率向上につながるのであれば、不良債権の担保物件を処理して、貸付金一覧帳簿から融資そのものを消してしまうことが、銀行経営にとっては得策となるのだ。ほとんど読者は、この意味が理解出来ないかもしれないが、要は、銀行から追加担保や金利引き上げなどの要請があれば、「状況と対策によっては、銀行が融資帳簿から削除に暗黙の了解をする」ということなのだ。そこで今から、3年から5年の間に、優良中堅企業などからの、メガバンクの貸付資金の回収が始まる。そのことから企業経営は、一方では利益率を5%以上向上させることが必要となり、他方では利益率5%未満しか見込めない個別企業であれば、こういった「日本的担保物件」対策が、ますます重要となるのである。一挙に「日本的担保物件」を処理して無借金経営に転換させる戦略展開で切り抜けることを要する個別企業は数多く、その事例は増加傾向にある。
そこにチャンスとばかり、この機に乗じて甘いささやきを用いて、“経営コンサルタント業の○○総研と称する(その実)不動産紹介業”や、“大手冷凍食品会社の知名度で貸付話を持ちかけて、寸前に株式増資に切り替え会社を乗っ取る七人の集団”まで出没しているから、財務を食い物にする悪徳業者には注意しなければならない。ここでは経済学・経営学の真髄を見極めての対策が必要となるのだ。(なお、株式会社総務部が情報交換する、当該分野の経営コンサルタント業は元金融関係職員が中心で構成するもので、合法的であり、不法行為性の危険のある指導は行わないので、念のため)。

2007/05/08

第61号

グローバル経済のインテリジェンス
日本の経済や社会のあり方をめぐって、個別企業の経営のあり方や総務部門の企画内容が揺れ動いている。そこへ、憲法論議も加わり混迷は度をましている。そこで、日頃、マスコミには登場しない、きわめて重要なインテリジェンスを提供する。

東南アジア経済圏の通貨統合をめぐる条件は、ユーロが導入された場合と比べ、今や整っていると言われている。
ところが、日本は東南アジア友好条約(TAC)をめぐっての憲法第九条論議が急浮上したものだから、東南アジアから日本は孤立化するかもしれない岐路に立たされた。日本の水先案内を必要とするアメリカ(ASEAN諸国はアメリカが大嫌い)は東南アジア経済圏からアメリカが追い出されることを恐れ、日本政府に徹底的な政治的圧力を加えているとのことだ。この事態には日本の経済界は、こぞって気が動転! また、日本経済の中国進出は、きわめて不安定要素を含んでいることから日本政府は、アメリカが中国内陸部経済に食い込む作戦を進めているなかで、その2番手として進出することも視野に入れ出した。
この春、日本経済は将来の経済市場をめぐって、きわめて微妙な立場に陥ってしまった。今現在、個別企業の総務部門といえども、グローバル経済社会のなか、自社製品の売り先に気が気ではないのだ。

北朝鮮の経済は、多くの日本マスコミの報道にかかわらず、概ね市場経済への転換を図り、回復を歩んでいるとの情報だ。現地や北朝鮮周辺からの直接取材は、多くの日本の新聞やテレビとは、まるで大違いだ。
電力は、日本と比べれば貧弱なものだが、着実に電力供給は増加しており、北朝鮮庶民は喜んでいるという。飢えている人々の絶対量は減少しているとの情報。反北朝鮮の韓国人大学教授も、北朝鮮の食糧事情は豊作と評価しており、援助を引き出すため、北朝鮮政府はサバを読んで発表しているとのこと。
船舶、トラック、長距離バス(最近、外資系が運行)などは、必要な支払いを差し引いた残りの利益の一部を国家に納入さえすれば、相当自由に運営ができるとのレポートが、北朝鮮の政府外から報告されているとのこと。北朝鮮の現職教員が家庭教師に励み、欠勤したとしても党幹部は黙殺。北朝鮮の富裕層は家政婦を自由に雇うことができる。平壌で、ベンツを乗り回して「消費者金融?」を営む者も出現、との在日朝鮮人の目撃者も現れた。
極めつけ情報はこれだ。
今年の正月前、中国の丹東(一説に北朝鮮対外貿易の8割が集中と言われる)トラック・ヤードには、北朝鮮では贅沢品のバナナ、メロン、スイカが大量に積まれていた。この丹東こそ、テレビでお馴染みの中国から北朝鮮へ向けてのトラック輸送の基地である。で、外国人カメラマンの撮影が見つかれば中国公安に逮捕・没収されている。日本政府が北朝鮮経済封鎖と叫んでいる真っ最中に、中国政府は極秘裏に中朝貿易を拡大させ、中国外交もこれを認めているとのこと。アメリカや日本を排除した交易ルート(韓国もこのルートに乗っていることは間違いない)が確立されつつあり、グローバル経済とは何かについての実態が、よく現われているのだ。


さて、話が国内に。その昔、
大阪を中心として、大和銀行が活躍していた。大和はメガバンクへの再編に向けて、まっさきに巻き込まれた銀行。1996年夏に大和銀行の危機が、信頼できる消息筋から流れていたが、その時、当の大和銀行支店単位では将来に向けての夢が有力顧客に語られ、有力顧客向けの会合まで行われていたそうだ。その年の9月22日からの連休に、大和銀行から、事実上地方銀行への転落を認める記者会見が行われた。その衝撃後、全国の中でも落とし穴のように大阪の経済が落ち込んだのは、この大和銀行の融資が継続されなかったことによる痛手が大きいのだ。すなわち、新規事業を起こそうにも、関西経済ことだからアイディアと企画はでき上がるのだが、資金繰りの段取りがつかないといったことになってしまったのだ。

日本は、今から3年から5年の間にわたって、優良中堅企業などからの、メガバンクなどの貸し付け資金の回収が始まる。これは、つい数年前の「不良債権処理」の3倍以上の規模が想定されている。この貸し付け資金回収は、かつての大和銀行で大阪で優良中堅中小企業が次々とダメージを受けたような影響も含め、図られるとみて良いのだ。あなたの企業のメインバンクはいずれの銀行なのか? メガバンクとは、三菱東京UFJ、三井住友、みずほ、加えて地銀上位の広島銀行、静岡銀行、七十七銀行(仙台市)なども含めて考えておく必要がある。小零細事業では、消費者ローンが事業資金となっている現状からすれば、個別企業の血液である資金供給環境の激変が到来することになる。

メガバンクの貸し付け資金回収の根拠は、ひとえに、5%以上の金利が見込めないので、メガバンクなどが投資先を変更するだけのことである。時を同じくして、財政赤字のアメリカ政府は、将来にわたり利息5%以上の国債を売り出し中である。もう少しメガバンクの言い分から解説するならば、5%以上の金利が払えないような、非効率的な経営、将来性のない経営の企業が、資金回収の対象になるということだ。
緊急避難の対抗策として、「メガバンクの担保を捨て、資金は借りっぱなし。同時に地銀や信金からの借入」といった方法がある。緊急避難であるから、公序良俗・社会正義の側面から認められることは間違いない。緊急避難の悪用は許されないので、グローバル社会における優良中堅中小企業の克服課題は次のとおりとなる。
☆高付加価値製品の生産性向上
☆高水準サービスの開発体制
☆労働力効率化による販売流通をはじめとした業務改善
☆労働意欲向上施策で上記三つの恒常的体制づくり
などが求められることになるのだ。
政府・金融庁は、高度経済成長政策の内側には大手企業の放漫経営改革が存在したように、今回の貸し付け資金回収の内側政策には、中小中堅企業が体質を一挙に強化させるために、
・子育て期間だとしても有能な女性労働力を確保しておくとか、
・熟練技能労働者にIT・ソフト開発手法の技能をつけさせるとか、
・TWI訓練やPlan・Do・Check方式を非正規労働者に導入するとか、
さまざまな業務改革を進める必要があるとしているようだ。
もっとも、衣・食・住などに関わる産業は壊滅することはないことは確かだ。が、個別企業は身売り(吸収合併・買収)や倒産をするかもしれない。そこには、中小企業の景気回復の「白昼夢」を見ているどころではなく、具体的に改革を完成させてしまわなければならない必要性があるのだ。

経済変動による人事労務分野の摩擦が避けられないときに、ここが肝心なのだが、人員削減整理解雇、退職金などの削減、その他労働条件変更を、従業員に対し無理を通してトラブルを誘発させないように、和解や調停で収めることが、リスク管理としては極めて重要なのだ。
仮に、法的問題となっても、「手続主義の法パラダイム」がクリアされていなければ、訴訟となったとき、企業側は多大な損害賠償が必要となる。まして、労使衝突による不信感と、その後の労働意欲激減は、個別企業の将来に向けての致命傷となる。その理由は、もはや中小企業といえども日本国内市場は、先ほどから述べているグローバル経済の荒波にさらされているからだ。


社会保障のアンフェアトリートメント(不公正な取り扱い)
政管健保に比べて、健康保険組合の給付条件は劣悪といっても過言ではない。扶養家族の届け出や出産給付に対して、様々な添付書類の提出が完了するまで引き伸ばされるなどの制限を加えているような実態は以前からあった。それが、ここ最近は医師の処方する投薬についても規制をしてきている。ある胃腸薬は胃かいようであれば3日分、胃炎であれば1日分。同じ薬でも、気管支炎なら10日、それ以前の傷病名なら5日といった具合だ。患者の容体は無視することになっている。多くの健保組合は、容体=病名との医療界では考えられない理屈を押し付け、医療機関への診療報酬支払を問答無用で一方的にカットして来るとのことだ。
そもそも健康保険は、生命保険とは異なり、「いくつかの、病名の1つの病気に対して給付する」といったものではなく、病名に関係なく健康回復の最終手段としての包括保険なのである。政管健保や国民健康保険は、その精神を今でも貫いている。
従来から、ある健保組合は、「老人保健負担金が大きい」というような理由を説明するようだが、それとてよく考えてみれば、道理の無い言い訳でもって、給付を渋っているだけにすぎない。
最近の事案では、社外からの余分な収入があるとして、常勤取締役の健保組合加入を妨害する始末で、厚生年金加入手続きを済ませた社会保険事務所職員からの説得によって、渋々、健保加入を認めたという事件もあった。このような状況に対しても、厚生労働省や都道府県社会保険事務局に健保組合への指導権限はないのである。
その昔は、健保組合加入の事業所といえば、保険料の会社負担が多いなど、「好待遇」と言われた時代もあったが、今や、不公正な取り扱いの被害事業所そのものとなっているのだ。
これはあまり知られていない話なのだが、1960年前後、岸総理大臣の政権のもと、財政赤字を招くことを覚悟してまでの国民皆保険・国民皆年金の制度が整備された。加えて、最低賃金法を成立させ、失業対策事業が担っていた最低水準(職安が日額240円の失対賃金を支給したことが、「にこよん」の語源)確保の制度を、民間企業にまで広めた。こんどは、その孫が、「戦後レジームからの脱却?」と称して、祖父の功績の幕引きを行おうとしているのは、結構皮肉な話だ。


改正パート労働法案が19日の衆院本会議で与党の賛成多数で可決、国会で成立する見通しとなった。いろいろな批判が集中しているのだが、よくよく分析をする必要がある。一時期マスコミが話題とした、格差社会解消の一環といったメディアの刷り込みが、頭の片隅に働いてしまっていると、どうしてこんな法律条文が、何を言おうとしているのか理解することは出来ない。
端的にいえば、今回の改正は、いわゆる「短時間正社員」といわれる人たちの労働条件を正社員と同様の待遇にまで引き上げることによって、フルタイムorパートタイムにこだわることなく、正社員としての有能な労働力を確保させようとする基盤政策と見れば、政府の法改正の狙いを合理的に理解できるのである。
政策理念担当者は
採用する側からすれば、朝から晩まで体力勝負で働く者ばかりを採用しなくてもより社会づくり、になるはずだと言い
朝から晩までフルタイムで働くばかりが脳ではないと言い
強いていえば、短時間で有能な労働力を発揮してくれる正社員の生産性に期待しよう、と言いたいようだ。
加えて、ここにも、雇用機会均等法と同様に、紛争が生じたときには調停制度が設けられており、参加を拒否すればペナルティーをかけることとなっている。

2007/04/10

第60号

職場秩序や社会を変化させる兆しのインテリジェンス:あれこれ
「労働力の仕入れ」ともいえる労働契約、これを締結する際において、勤務地を限定するのかしないのか、職種を限定するのかしないのか、労働時間を何時間とするのかなどを、明確にすることが、とても重要となり、合法性を確保する上で必要不可欠となって来た。これは昨年からの個々人と会社との労働紛争の増加とともに、何れの個別企業も対応せざるを得なくなった課題である。おりしも国会では、労働関係法案が6本、60年ぶりの大法制改革となっている。限定勤務制を導入しない限り、企業倒産させる以外に整理解雇は難しい。限定職種制を導入しない限り、不採算分野であっても雇用の責任は残る。労働時間を明記しなければ、週40時間分の賃金保障は当然のこととなる。使用者側の都合だけで労働条件を変化させたいのであれば、ほとんどのケース、その想定される行き先は、「逝去するまでの終身雇用」にならざるを得ない。ところが、このようなことは、個別企業でも日本経済でもありえないのはもちろんのことだ。ところが、多くの労働判例が逝去するまでの終身雇用を後押しするために利用可能となっており、そのいくつかは労働契約法として法制化される予定だ。とりわけ労働集約型の事業においては、これが人件費を直撃することになる。個別企業の雇用システムをグローバル時代に適したものに替えない限り、机上の採算は黒字でもトラブルにより累積赤字を抱え込んでしまう。個別企業が事業を組織的に運営しようと思えば、限定勤務地や限定職種でもって労働契約を明確にでもしておかない限り、いくら優秀な中間管理職を配置したとしても、トラブルの続発防止は不可能な時代になったのである。理論上はともかく実務上はそうならざるを得ない。トラブルが発生すれば、営業利益から損害賠償などを捻出するしかない。そんな社会制度に変化してきているので、個別企業が単独で社会に抵抗しても無駄なのである。さて、こうした矛盾事態を続けるのであれば、個別企業は、売り上げや営業利益の企業内争奪をめぐっての泥池地獄と化してしまう。とりわけこの数年間は、この矛盾解決に投入する総務人事部門担当者の能力が必要とされるのである。

4月1日から、改正雇用機会均等法で、男性にも同性同士にもセクハラが適用されることとなった。女性が男性に対して行うセクハラは、「目つきが嫌らしい、仕草がエロい、そばにいるだけで気持ち悪い」といったものが典型的で、女性が男性に抱き付いたりするようなセクハラは少ないのである。男性が女性に対して行う、「お前の仕草やその胸がエロいんだよなぁ」といったもの、の逆バージョンである。同性同士のセクハラは意外に認知されていない。女性が女性に対して、「お前の胸がエロいのよ」とか、「あんたの胸はぺちゃんこ!」といったものもセクハラである。男性が男性に対して、「真ん中の息子が、でかい」とか、「おかまホルぞ~」(同性愛者を揶揄するものではありません)も完全なセクハラである。もちろん、環境型セクハラでは、同性同士であっても腰、胸、お尻などに触り苦痛を感じさせる行為、同性同士の性的内容の情報を意図的継続的に流布すること、「ゲイやレズビアン」(概念を説明するための表現で差別目的はありません。ホモ&レズは差別用語として用いられる場合が通例とのこと)のヌードの図画や写真の意図的開示も含まれるのである。セクハラ加害者が、たとえ、「愛情に基づくものだ」と言い逃れようとしても、調査において LOVE、PORNO、HARASSMENT の三つが全く異なることをわきまえておれば、事件の解明は簡単である。要するに、自らの無能力さを補完するために、性的な言動を用いて、相手方を支配・服従させる意思表示を禁止したのである。そして、セクハラを防止する環境整備義務が事業主に課せられたのだ。それは、高付加価値製品や高水準サービスの日本経済を作り上げるためには必要不可欠となっているといった具合だ。また、セクハラで被害者に損害が生ずれば事業主が賠償しなければならない法律制度が定められたわけだ。このことは、単なる女性保護から質的に転換する制度に発展、すなわち、セクハラは労働問題を遥かに超えて社会問題と位置付ける方がよさそうだ。ところで、セクハラに関する調停制度が設けられたが、これを拒めば、その後に訴訟が提起されたとき、極めて不利な立場に立たされることは間違いない。セクハラ調停制度には、時効の中断で賃金請求権その他を保障し、目新しく訴訟手続の途中で訴訟をにらみながらの交渉の道も開いている。セクハラ行為者にも出頭を求めていることも、注目点である。

「全労連」関係者の偽装請負の追及トークや追及理論の内容が手にはいった。偽装請負については、「請負といいながら、実際には派遣先企業が労働者に対する業務指示をおこない、派遣先企業の労働者と混在して仕事をする状態」としている。使用する機械や材料も偽装請負業者が責任をもって調達することなどはないとして、「リース契約でやっている」、「材料は支給する」などの口実ですりぬける行為をしていることに対して、「それでは機械を動かす電気代は誰が払っているのか」とのトークで鋭く追及するとしている。ひとりあたりの時間単価を決めた契約の証拠や請求資料を入手すれば、それだけでも「偽装請負」との証明が容易だとしている。極めつけは、「ごまかしにくい問題として、業務指示を誰がおこなっているかがポイント」と現場からの告発を重視している。徳島県の光洋シーリングテクノの例では、面接の際に、「がんばれば正社員になれる」というような話をされた仲間もいたとして、こういうなかで、「ぐち」や「怒り」をまとめた仲間(オルグ=organizer)がいたとのことである。そして、「いくら怒りや要求があっても、それをまとめる人がいなければ闘いは組織できない」としている。インターネットでJMIU徳島地本にたどり着いて、組織化と闘いが準備されたと報告している。また、徳島労働局や徳島県に通報する方法で、光洋シーリングテクノに是正の圧力をかけた作戦の目的は、偽装請負会社と光洋シーリングテクノの契約が、ひとりあたり1時間1,700円であることから、「経費等を考えればボーナスや退職金は実現できない」といった由縁から、行政から圧力をかけ直雇いにさせ、賃金源資を確保をするためであったとのこと。法律違反の告発に重点はなかった。この作戦は、同じ徳島県の発光ダイオードで有名な日亜化学でも成功したとのことである。彼ら全労連は、合法か非合法かの判断をしたのではなく、驚くべきことに、「生産性や労働力調達の根幹からのアプローチ」を行っていたのである。彼らの論理展開は、単なる野党やレジスタンスではなかったのだ。このことは、我々総務人事部門からすれば、大いに教訓とすべき事柄を含んでいる。

特定社会保険労務士とは何?労使のあっせん制度(紛争調整委員会、労働委員会)や均等法の調停制度の代理人となることを可能とする、社会保険労務士向けの試験合格者が出そろった。社会保険労務士の試験合格者は10万人程ではないかと推測されるが、そのうち昨年度末までに5,000人ほどがこの試験に合格した。とはいっても、これは現代社会の権利義務関係が理解出来ているかどうかに重点が置かれ、けっして和解や調停の技術・技能を保有しているかどうかまでのチェックをする試験ではなかった。実際に、あっせん代理人として活躍できるには、ある程度の技術や技能と実務経験があって、特定社会保険労務士として登録を済ませておかなければならないのではあるが。これで、社会共同体の合理性を支える基盤となっている私的自治(契約の自由、統治の自由や義務など)、私的所有、過失責任主義の三つの考え方から著しく的がはずれた人物は不合格となり、紛争の表舞台から排除されるに至ったのだ。たとえ、社会保険労務士会の都道府県幹部、地元に接する支部会長、全国を束ねる連合会の幹部などであっても、容赦なく落第させられた。すなわち、旧来の世間体を重視する人物に資格が与えられなかったのである。この試験の実施で、社会保険労務士が人事労務管理の職業能力を持つ者と、保険事務手続き能力を持つ者とに区別が出来上がったのも、否めない事実だ。厚生労働省は、特定社会保険労務士の資格を持たない社会保険労務士を、紛争調整委員会のあっせんや調停の手続きなどから完全排除する行政方針を3月26日の通達で示した。労使紛争解決において、示談屋、事件屋、世間体や浪花節の解決を得意とした者たちは、社会保険労務士から基本的に排除され、いよいよ無資格の「闇の仕事人?」でしかなくなった。

ホリエモンの実刑判決は、コンプライアンスの試金石となった。有識者といわれる人であっても、コンプライアンスについて企業倫理とか法令遵守といった程度の理解であれば、この事件での判断を迷ったのだ。その点、弁護士などの法律家はブレる事が無かった。要するに、社会共同体の合理性(この場合の合理性とは道理のこと)に与える秩序破壊が問題となったのだ。一口に経済事件と言っても、カネボウや日興とは著しく内容が異なっているのだ。社会共同体の秩序破壊に対しては、極めて厳しく対処されるべきであって、これは個別企業内の秩序破壊に対する懲戒処分と同様なのである。千円を着服したとしても、業務上「着服」したことに重点が置かれ、処分がされなければならない、といった具合だ。

大手メガバンクは今後3~5年の間に中堅中小企業との取引を中止し貸付金の回収に入るとの信頼筋からの情報。回収の対象となる中堅中小企業は優良企業と言われている150万社とのことで、不良債権処理の時代に対象となった中小零細企業ではない。その金額は、あの不良債権処理の規模を大きく上回るとのこと。大手メガバンクからの金利引き上げ要求、元金返済要求、私募債発行による資金調達の誘惑、M&Aを勧誘などは、貸付金回収の兆候とのことだ。大手メガバンクの回収動機は、現在、中堅中小企業の貸付利率は2.0%~2.5%だが、大手メガバンクの収益目標は5%以上であるので、貸付金を回収して、アメリカの国債を買って5%の収益にしようといった具合だ。この経営課題を切り抜ける手法の成功と失敗は、人事管理にも大きな影響を及ぼす。資金さえ回れば企業組織の運営も、何とか回せるといった経営管理も、いよいよ終焉に近づいて来た。

2007/03/07

第59号

<改正男女雇用均等法についての解説特集>
マスコミや一般的な解説は施行が近づけば目白押しとなってくることから、気がつきにくい視点からの重要課題を、いくつかあげてみる。

○平成19年4月1日からの改正が不備だとする人達の主張は、
(1)問題とされる間接差別は、募集採用などに限られていて、肝心の賃金についての規定がないから骨抜きだ。
(2)間接差別として禁止されるのは、厚生労働省令に定める三項目例に限定されるものだけではないか。
(3)事業主に課せられている、合理性の立証の要件が緩やかすぎるではないか。
といったところだ。
ということは、裁判紛争となった場合は、このポイントをめぐって争われるということになる。

○男女双方の差別禁止
公務員と同様に民間企業においても男女双方禁止されることになった。
したがって、「男の子だけのグループ」とか「女の子だけのグループ」を組んでしまう行為だけで、差別発生の基盤が形作られることとなった。「男らしい女性を雇い、女らしい男性を排除」するといった旧来思考パターンは死滅する。旧来通りを押し通せば「柳沢のお爺さん!」と言われるかも知れないのだ。

○差別的取扱い禁止項目の増加
改正後は、募集・採用、役職配置、部門配置、配置転換一般、権限付与、義務の配分、配置→昇進→教育訓練、福利厚生、定年・解雇、降格、雇用形態変更、労働契約の更新、退職勧奨、雇止めとなった。ここにおいて、賃金差が明確にされていないことは不備だとの批判意見がある。したがって、これからの研究・人事施策課題は、禁止項目と賃金差が、如何にリンクするのか、しないのかに焦点があてられることにもなった。

○間接差別の禁止
が盛り込まれたが、内容は厚生労働省令に定めるとなっている。
…とのことは、5年後の法改正を待たずして、より厳しい禁止内容に途中で変更される可能性があるということだ。
だとすれば、非人道的な間接差別の形態の事例が表沙汰にでもなれば、その類の間接差別が非人道的でなくとも、禁止内容に盛り込まれた省令が発表される可能性があるのだ。グローバル社会になった現在、事例の暴露合戦を誘発するかもしれない。
今回具体的に間接差別とされる場合(省令)は、
(1)募集・採用に当たって、身長、体重、体力を要件とするとき、合理的な理由がない場合
(2)転勤を条件とする総合職を採用するときに、合理的な理由のない場合
(3)昇進にあたり転勤経験があるとするときに、合理的な理由のない場合
の三つが男女ともに禁止されるのである。
合理的とは理由の事実が真実で筋道立てた論拠をもって証明できるかどうかの意味を差し、必要な社内規定も整備されているといった意味である。いくら形式を踏んだとしても、実態が伴わなければならないから、社内システムが実効的に動いていなければ責任を問われることになる。
「男女混在する応募者の中から背の高いものだけを選んだ」であるとか、
「支店もないのに、転勤可能な者に限る」であるとか、
「本社管理部門内の昇進に支店業務経験が必要」といったものは、
「それは形式ばかりだ!」と主張されれば、これに対する合理的理由をそろえるのは極めて難しくなる、といった具合だ。

○妊娠・出産・産前産後休業取得での不利益扱い
が禁止となった。加えて、産後1年以内は妊娠中・出産などを理由とする解雇でないことを、事業主が証明出来ない限りは解雇無効とされる。無効とは、初めから解雇がなかったものと取り扱われるという意味で、働いたものと見なす賃金を支払わなければ、労働基準法上の賃金不払いとなる。
ところで、典型的な想定事例はこうだ。
契約期間1年の雇用契約を繰り返している女性が中途で妊娠をして、期間満了時点を産後休暇8週の間に迎えることとなった場合、次期1年間の契約更新を会社が拒否した場合は不利益扱いとされる。よって、育児休業申し出による就労のない「から期間」を含める1年契約を更新しなければならない。また、産後1年以内は解雇禁止の制限がかけられる。気をつけなければならないことは、妊娠・出産・育児休業中は人事評価をすることが出来ないから、出産など以外の解雇理由は立証出来ないことだ。加えて、短期期間契約を繰り返していたとしても4年目に突入した場合は常用労働の扱いとされるのが一般的で、そこに労働契約法が施行されれば、理由のない雇用期間の細分化は継続しているものと扱われる。
これらを考えると、女性にかかる雇用制度全般をチェックし直さなければならなくなった。

○セクシャルハラスメント
についての就業環境配慮義務が→「措置義務」となった。
具体的な措置が無ければ、すぐさま義務違反を問われることになったのだ。
具体的な措置とは、事業主の男女双方に対するセクハラ防止基準、相談窓口、防止教育訓練などが不備となる。不備となれば、配慮義務とは取扱いが違って、すぐさまセクハラ被害損害賠償の根拠となるのだ。
「責任追及はセクハラ加害者にしてくれ」などとは言っていられなくなる。
場合によってはセクハラ防止の張り紙、セクハラ禁止社内放送、イエローカード、不利益回復、加害者の排除、加害者の懲戒などを怠ったことが措置義務違反に問われかねない。

○雇用均等に関わるトラブル発生
は、労働局の調停に持ち込むことができるようになった。
労働局の紛争調整委員会で扱われることになるが、調停の場合は参加拒否が出来ない。
調停の参加を拒否した場合は裁判を提起されたときに、あっせんに比べ一挙に極めて不利に陥るといった具合だ。
一方、労働者側からは、雇用均等法に絡めて事件を紛争調整委員会で持ち込むという戦術も生まれて来るが、これも自然の成り行きとして覚悟しておかなければならない。
この調停制度に、マスコミなどが気づいていないから、事は重大。なお、代理人は弁護士の訴訟代理人ではなく、あっせん代理人の方が経験豊富なこともあって、調停には適切である。

○労働局への報告
を、雇用均等法に関して、事業主は求められることになった。
今回の改正では、報告しない場合と虚偽の報告をした場合には、20万円以下の過料がかけられることになった。
この過料は刑事事件とは異なり、短期に容易に処分が下される。


<最低賃金の論議が、ますます盛んになってきた>
ちなみに、デンマークは28ドル/時間、日本円に直すと 月額約34万円で、最高額のようだが税率は50%、ただし税金は自己申告制とのこと。2005年数値の比較研究によると、日本が一時間あたり5.19ドル、米国5.15ドル、フランスが8.05ドル、イギリスが8.91ドルとのことだ。最低賃金はその国の社会制度とリンクしているものであるから、一概に高い安いと判断できるものではない。終戦後しばらく日本では失業対策事業の賃金が最低として重要視された。ニコヨンという日雇労働者の呼び名は、日額賃金が204円であった時代の社会運動・労働組合運動から言われだしたものだ。生活保護と最低賃金の比較も話題になっているが、労働基準法11条の賃金の定義には「労働の対償」といった辞書にも出てこない言葉が出て来るが、これは生活保護よりも金額が多いことを想定して法律条文化した歴史的事実を見落としてはならないのだ。


<教育再生の話題>
がぼんやりしているのだが、日本人の能力開発、高文化水準の維持を考えると、将来の日本経済を支える主要な柱であることは間違いない。江戸時代まで日本の流通経済を支えていた近江商人の地方では、室町時代には読み書き教育を行っていた形跡があり、江戸時代初期には奥深い山村集落に至るまで「寺子屋」のような組織的教育を行ない、子供達の職業能力を養っていた。
ところで、ある調査によると、私立学校の子供一人当たりの学費の平均は年間85万円程度で、公立学校の場合は年間160万円程度の計算になるとのことである。そこまでの費用をかける積算見積もりが不明なのである。これを分析して、林省之助(関西大学)という教育者は、生徒数20人の街の民間小学校を認可して、そこに就学する子供に対し保護者を通じた年間100万円ほどの就学援助金を国が使用目的を限定して援助すればどうかという構想を披露している。高付加価値製品とか高水準サービスの商品を提供することに活路を見いだす日本の経済を担う子供たちに、その基礎力をつける教育方針を、如何に見いだすかとの議論に、一石を投じている。

2007/02/05

第58号

<IntelligenceやKnow-Howの収集>
経営管理において、とりわけ総務部門でのIntelligenceやKnow-Howの有無は、利益の源泉を左右するどころか、経営の基盤や母体、を良い意味でも悪い意味でも揺るがす程の価値がある。Informationといわれるものは、早い話、税理士や社会保険労務士といった専門家に問い合わせれば容易に入手できる。それも今日では、インターネットのWebを検索すれば、入手できるたぐいのものである。したがって、Informationはインターネットを操作できる人であれば、すぐさま収集できる程度のものだから、付加価値は少ないのである。
その道の資格者とか、アウトソーシング業には、それなりに蓄積されているので、Informationは記憶や記録の範囲で安価に提供してもらえる。この前提に基づいて、当社(株式会社総務部)も、100余の総務部門書式を無料でダウンロードできるようにホームページを開設し、施策の羅針盤となるようなInformationやIntelligenceなどをメルマガにして発信しているのである。これらは、あくまでInformation程度の内容であるから、クライアントへの無料サービスというよりは、クライアントからの問い合わせに対して逐一対応する手間と労力を削減するために提供しているといったところが本音なのである。
よくあることだが、Informationのついでに、IntelligenceやKnow-Howの提供を求めても、そこには危険をはらんでいる。
IntelligenceやKnow-Howには、
‐提供内容を信じて経営管理に適用するものであるから、
‐提供するときにはクライアント側の瑕疵を未然予測したうえで提供する義務(提供物責任)があり、
‐所要の労働力や経費と心理的努力・依頼者利益の確保
などが含まれているのである。
こういったこと考える意思も能力もなく、「利用するかどうかは、クライアントの自己責任」だとして、危険なものまでをも、聴き心地の良い話に編集して提供するといった姿勢は、コンサルティング業の職業倫理に反するものなのである。世間話や詐欺話との差異は、ここにある。
よって、漠然と情報?と考えるのではなく、Intelligence、Know-How、Informationのいずれが必要なのかをよく考えて、相手方がその提供元かを見極め、提供を求めて行くことが必要なのだ。外注業者やアウトソーシング業は、IntelligenceやKnow-Howの提供元ではないのである。とりわけ、IntelligenceやKnow-Howは、提供する側の裁量でもって供給してもらわない限り、入手出来ないものであるから、提供してくれることが当然の如くの姿勢では供給してもらえないのである。例えば、学校の教師に対して、「雇っているのだから教えろ!」といった姿勢では、理解できるように教えてもらえない場合と同様である。
IntelligenceやKnow-Howを入手する場合、労働者や外注業者扱いの姿勢では、企業を育てる本物のコンサルタント業者からは、相手にもしてもらえない。
‐「契約の意思もないのに、面談を求める」(社員の採用や業者の選抜程度の需要)とか、
‐「杓子定規に報酬支払いは、翌翌月以降に延ばす」(日頃から、Salary、Wage、Feeといった区別分析力が無い)とか、
‐「報酬から支払い手数料を減額する」(通常、商品代金の内訳重要さを理解出来ない)
といった行為はチェックされており、コンサルティング業者から、貴方は下心を見透かされ、
仮に契約に至ったとしても、赤子の手をひねるように貴方は利用されるだけなのである。
「オレは!大丈夫」
と思う貴方は、サラ金の多重債務者の「今度こそは大丈夫!」といった心理と同様、なので、悪徳コンサルタント業者のターゲットにされるのである。「社員扱い」なら、言われる通りするだけで企画を立てなくても売り上げ計上。「杓子定規」であれば、いくらでも話をごまかす。内訳が理解出来ないなら、Blackboxに引きずり込める。といった具合だ。
この話は、執筆者のこの私がコンサルタントであるから、提供できるIntelligenceなのだ。


<企業機密の漏洩の実状>
「Winny」をはじめとした、ファイル共有ソフトとかファイル交換ソフトの利用がますます流行している。
ファイル共有ソフトには「WinMX」「Gnutella」「Kazaa」「Share」など数多くの物があり、いつでもネット上で無料ダウンロードできる。「Winny」でダウンロードしたファイルに隠れているウイルス(代表的なものはAntinnyアンティニー)がパソコンに感染して情報が流出した事案がマスコミで有名になった。確かに、変わったウイルスでは、個人のパソコンのデスクトップ画面が定期的に2chに投稿されるものもある。
ところが、
「Winny」といってもウイルスに感染しさえしなければ大丈夫と過信して、情報流出を起こしてしまい、ウイルス感染もしていないのに、ウイルスの仕業にしてしまっているケースもなきにしもあらずだ。USBをつないだままネットを行ったために、情報が流れてしまったケースもある。
そして、
ファイル共有ソフトなどは、あまりにも便利なために流行の域を出て、グローバル社会における重要な情報伝達手段となりつつある。たとえば、耐震偽装マンションの問題の際に、Eホームズの藤田社長は、マスコミ関係者の受け狙い的な報道に対抗して、 「YouTube」 で自らの見解を発表するという手段をとった。この 「YouTube」 は動画系のファイル共通ネットなのだ。
だから、新聞記者は文学部出身ばかりとその専門性を不安視される事態であることから、今後は、不十分なマスコミに変わって、それらは情報を得るため&情報発信するための重要な手段となるかもしれないのだ。そんなこともあって、「Winny」などの利用者も増え続けているようだ。

情報漏洩事件の主要な原因と対策は次の通り。
ただ、多くの大手マスコミ論調は、ファイル共有ソフトに関する実態・事実の報道を避けている、というよりも、「口止め」させられているのかもしれない。
第1に、
情報漏洩は、「洩れること」が罪となった社会・経済の背景があるから、漏洩側の責任が問われる。情報を洩らした側は著作権侵害の違法行為を働いていたのであるから、これを被害者としてマスコミが報道しているのは本末転倒な話である。この違法行為を事実上後押しし続けて漏洩を起こした場合に、事業主の損害賠償も当然の義務となる。それでは、事業所内で違法行為を実行した従業員に対して、損害賠償の求償程度の(情報漏洩保険契約の場合、その求償権も損保会社が譲渡を条件とする)罪しか問えないことになるので、情報漏洩防止の具体的手立てが重要となるのだ。
第2に、
現代社会共同体の私的所有原則からすれば、機密にしろ個人情報にしろ、個別企業が従業員に取り扱わせる場合には、個別企業がそのすべての責任を負う必要がある。それは、「どれが機密情報で、どれが個人情報であるか」を定義することから始まる。漏洩の可能性を知れば施設や機器の対策をとることが当たり前のこととなり、従業員が自宅に持ち帰っての情報漏洩であれば、その責任は唯一事業主にある。その従業員が故意または重過失にて情報漏洩対策に従わなかったのでない限り、「あの従業員が悪いのだ」という弁解も通用しない。そもそも情報漏洩対策自体を実施していない個別企業が多いものだから、事業主にすべてが被さってくることとなる。ホリエモンのライブドアのように、自前のパソコンを社業に使わせておれば、情報漏洩は全面的にホリエモンの責任となる。自宅パソコンに持ち帰ってのサービス残業を黙認していたのだから、情報漏洩の損害賠償は事業主がとるしか仕方がない。「洩れること」が罪なのだから、「守秘誓約書」(機密と個人情報を併せたもので、総務部HPの無料ダウンロード版程度で初めて有効)を提出させていないのであれば、漏洩は当たり前、賠償当たり前との社会通念となっているのだ。
第3に、
大々的に報道された事件は、民事法の通用しない公務員(公法が適用)の情報漏れの場合であった。警察官、教師による情報漏れが頻発した背景には、公務を自前のパソコンで行わせていた行政方針に問題があったのだ。送検の供述調書を作成するパソコンまで自分で買わされていた捜査員の刑事さんには同情するとしても、組織的にそれを指示していた官僚が存在しており、このことをマスコミは恐くて書けないのだろう。民間企業と比べて、行政政策として十分な漏洩防止対策がとられているとは思えないような現状では、行政機関に機密や個人情報を近づけないことが、企業防衛の第一歩となる。巷では社会保険事務所に被保険者データをフロッピーで渡すような事務担当者も存在するが、果たして事業経営のことを考えて、データを提供しているのであろうか?
第4に、
ファイル共有ソフトの発見対策は、「Winny」検出削除ツールだけでは「Winny」一種類だけの対策となるので、各種の共通ファイルソフトが存在する状況では、それだけでは無駄と抜け道が多い。視点を変えてみて、「Winny」などの愛好者は、ほぼ動画愛好者に発展するとの実態分析からすれば、その方法ではなく、パソコン内の動画ファイルや動画系ソフトの有無の発見に努め、著作権対策の大網から見通しを立てて行く作戦の方が実務・効率的なのである。いっそのこと、外部の「ファイル共有ソフト愛好者」にチェックしてもらうのも効果的だ。
ただし、個人所有のパソコンは、事業主に所有権や占有権がないので、会社は「他人のパソコンの中身のぞく」ことは出来ないということになる。
第5に、
前向きの漏洩対策として、インターネットカフェなどで、所定労働時間内にファイル共有ソフトに触れる業務をさせるのも、結果的には極めて有効である。この場合は著作権にだけ注意すればよく、最近では「著作権放棄」のファイルも多数出回るようになってきたから、効率的情報収集が可能となる。パソコンに慣れていない者がファイル共有ソフトを使い、操作時間の無駄と、過信による情報漏洩を起こしてしまっては、事業経営としてはたまったものではない。経営の効率化の視点からは、こんな角度からの対策もある。paper‐baseでは記憶出来得ないほどの大量インテリジェンスやインフォメーションを扱わせる業務にこそ初めて便利活用できるパソコン操作との性格を見据えた場合に、そのような担当者にはパソコン用音声入力装置(1個6000円程度・マイク付きで十分)を買い与えて、「他人の著作を盗むよりも自分で喋って入力」させるようにする癖をつけることも現実的な方法(高付加価値作業)ではないだろうか。


中国大陸発の品物を筆頭に、
ビジネス系の海賊版ソフトやデータベースの海外経由物に手を出せば、相手方の国家や競争相手の企業に、注文者の住所が記録され、注文者の興味関心有りとの履歴が、確実に蓄積される。経済戦争の実態はここまで来ている。中国は何千年来の記録の名人。企業の電子メールはもちろんのこと、個人メールアドレスだとしても、安心と思っていると、それは素人の浅知恵でしかない。まして、貴方が既に、どのような事業に携わり、過去にもどのような実績をもっているかが、マークされておれば、貴方の情報は自動蓄積されるのだ。工場の生産能力・出荷台数、発売日、これらの情報こそが欲しがられているのだ。大手企業や研究者でなくとも、ある程度の教養をインターネットのみならず、電子電波系で発信しておれば、エシュロン(アングロサクソン・トライアングルの盗聴機関)に内容が傍受されていることは有名な話。それなりの事業展開の元となる研究者や企画担当者のもとに、知人や取引先を装って「人」が寄って来るのは必然のことなのである。トムクルーズのミッションインポッシブルはアメリカのCIA(central intelligence agency)を、007はイギリスのMI6(military intelligence division 6 )を想定しているが、いずれもが経済取引がらみのテーマなのである。

職業安定所の雇用保険
で取り扱う、フリガナと生年月日は個人動向調査の重要なデータベース。警察の逮捕令状執行の際には利用されている。そこで一言、人事労務系職域団体である、全国社会保険労務士会連合会での個々の社会保険労務士のデータ管理も、「情報管理規定を定めた」だけで、施設、機器並びにネットワーク環境等については無防備状態(昨年4月の対策の問い合わせに対して何ら返事が現在までないとのこと)のようだ。これでは、社会保険労務士に人事データや保険の手続、給与計算業務などを依頼するのに、不安が残って仕方がないのである。だから、大量の手続を取扱う事務所ほど、インターネットや電子申請を拒絶しているとの観測もあるくらいだ。弊社においても、個人情報などは外部との通信が未接続の機器のみを使用し、自宅へのデータ持出持帰リ厳禁、まして危険な電子申請に手をつける予定もさせていない。

データ守秘の重要さは、盗聴や漏洩の実態を理解することからはじまり、慣れているからといって過信したところに、情報漏れが起こっているようだ。古今東西、情報漏洩防止(手紙やpaperの時代の対策、IT時代の対策)に関心のない取引先とは、契約を打ち切る!のが、一般的な商習慣である。


<タレントの菊川怜を起用し>
社会保険労務士会がラジオCMで、全国一斉に20秒のスポットを流す。2月は1日1回、3月になれば1日4回を月曜日から金曜日の午後に流すことになっている。そのナレーションは、
「こんにちは。菊川怜です。リストラ、労働条件、セクハラなど職場でのお悩みは、社会保険労務士にご相談ください。貴方の身近に、頼れる存在。社会保険労務士で検索してね」
を2月から3月の中旬まで。その後3月30日までは、
「こんにちは。菊川怜です。4月から特定社会保険労務士制度がスタートします。これからも職場でのお悩みは、社会保険労務士にご相談ください。貴方の身近に、頼れる存在。社会保険労務士で検索してね」
といった内容だ。このラジオを聞くのは、ほとんどが労働者であり、これを聞いた場合の社会保険労務士に対するイメージは、自明の理である。今まで多くの人たちが、社会保険労務士に対しては、「経営者の側」との印象を持っていたのだが、そのイメージを転換するようなCMになりそうだ。
ところで、当の社会保険労務士の一般では、自らを労働者の側と自覚して仕事をしている人たちが極めて少ないのだ。社会保険労務士の業務範囲だけで生計を立てている人は、5%も居ないかも知れないと言われており、そのほとんどが事業主からの報酬に頼る人たちである。そのような状況では、このラジオCMに対し、多くの社会保険労務士は賛同を寄せることなどありえない。一般の社会保険労務士には、ラジオCM開始の10日ほど前に告知されるなど電撃的な会員通知であった。菊川怜との契約は2月1日から4月30日までだが、3月には週刊文春や週刊新潮への1ページカラー広告、全国的に投入するリーフレット35万部やクリアファイル40万部も社会保険労務士会としてはダントツの数量なのだ。このような菊川怜のラジオCMに踏み切った事情は、さまざま説明が行われるかもしれないが、結果的に、
「水面下の労使紛争を表面化させるための厚生労働省の政策の宣伝に、社会保険労務士を利用したのではないか!」
と指摘する意見が出ても仕方がないのである。
さて、このCM、少なからず、労務管理に不備を抱える個別企業には影響が出るかもしれない。
舞台は紛争調整委員会でのあっせん申請に持ち込まれることになるが、拒否すれば訴訟では不利となる。有能な労働者側のあっせん代理人(特定社会保険労務士)は少数であるから、会社側が有能な会社側あっせん代理人を投入すれば、さほど問題がこじれることは考えられない。あっせん代理人を熟知・手慣れた弁護士は極めて少ない。
しかしながら、物事には、「量から質への変化(量が増えれば質が変化する法則)」が存在するのであるから、それが厚生労働省の狙いかもしれない。

2007/01/09

第57号

white-collar exemption?が、年明け早々の話題となって現れました。新年あけましておめでとうございます。今年も総務人事・経営労務のインテリジェンスをお届けします。


<労働条件の中途変更とか雇用期間の短縮>
経済背景から、今やこのことを考えずに過ごすわけにはいかず、これをめぐって諸説氾濫・収拾のつかない雰囲気が日本国中に漂っている。
・退職金規定は本人同意さえあれば払わなくても済む?との錯誤
・本人同意さえあれば来月からでも賃金カット?ができるとの錯誤
・雇用期間の途中でも解雇予告手当さえ払えば合法?との錯誤
・会社の配置転換命令がいやなら退職すべき?との錯誤
・いざとなれば、背に腹は替えられないので、少々のことができるとの錯誤
個別企業経営が貧すれば鈍するのか、鈍感だから貧乏経営なのか、何れにしても愚かな話である。
それとも、大手企業の利益の源泉が人件費カットにあるので、この期に及んで、今さらそれを真似でもしようとでも言うのだろうか?

現実には、過去一時期流行したことのある、
・リストラでの退職強要や配転強要
・整理解雇四要件の要素化(要素は欠けても可、要件は一つでも欠ければ不可)
・変更解約告知(労働条件低下に同意しなければ解雇をするとの告知)
などは今や通じる代物ではない。そのような「甘い学説」では、会社側は敗訴と損害賠償+遅延損害金6%を覚悟しなければならない。それをいまだに、「やってみなければ判らない!」などと、労務担当弁護士を引き受ける輩も目立つが、この輩、立場が悪くなれば、紛争現場から逃げるのは常なのである。仮に、会社側が裁判などに引っ張り出されることがなかったとしても、高付加価値作業が至上命令とされる現代、職場の労働意欲低下による能率低下を招いてしまって、本業に差し障るケースが続出しているのだ。
とりわけ労働集約型事業となれば、不渡り手形をつかまされる事がないので気づくのが遅れがちで、最終は代表取締役の個人債務に圧し掛かる。それというのも、労働意欲の低下や事件の賠償による費用の出費は知らず知らずのうちに累積し、資金借り入れ金となってジワジワと個人保障をさせられるという風に…。解雇事件のトラブルとなれば、パートは100万円、正社員は400万円が経常利益から消えて行く勘定となる。
ホリエモンのライブドアでは、「年俸800万円で採用、2〜3ヵ月後には因縁?をつけて400万円程度に年収変更。パソコンも自前で用意せよ!」といった話は、余りにも有名である。ホリエモンの口癖は、「いやならやめろ!募集すれば次が来る!」と言っていたとのことだが、挙げ句の果て、誰もホリエモンに味方する人物はいなくなったのである。

white-collar exemptionの議論
が、にわかに急上昇して来たのは、ここでの労働者がもっている将来不安が焦点となってきたことのみならず、良識ある経営者が、その合理性や経済性を無視したカラクリに気がついたと見るのが妥当である。なので、これをいち早く政権の危機?と察知した政治家は、1月4日white-collar exemptionの慎重論?を口にしたのである。

本来の手順方法からすれば、労働条件変更とか雇用期間短縮は、
その1-
私的自治や私的所有の原則(これらは現代社会共同体の基本原則の一部)によって、就業規則などの改定作業から始められなければならないものであり(就業規則法理)、
その2-
就業規則が変更されたなら、何でもが可能となるのではなく、底流には労働者との自由な意思の合致(契約法理)を必要としているのである。
このような手順方法を無視して、「当事者同士で納得さえすれば、一旦納得させさえすれば、有効になる」と思っている素人の錯誤だから、いざ反撃をされれば、そんな会社側の主張はひとたまりもないのである。
要するに、
・契約不履行にはならないか?の検討
・相手に迷惑をかけて賠償の必要が出る不法行為となるか?の検討
を合わせて行ない、仮に訴訟を提起された場合の、訴訟物の積算見積もりをしてみなければならないとのことである。

1980年代から、主要先進国においては、「何れが正義か、公正か?」の発想よりも、余りにも「正義や公正」の中身が立場や状況によって転変する現実を踏まえて、物事の「変更手続を重視」する固定概念が定着して来たのだが、この正義・公正の転変(社会に対する不信感要素でもある)の部分を学習・認識せずに、表面現象の「変更手続」のみに走るものだから、素人の無知・錯誤となってしまうのである。その道のビジネス書を読めば、周囲からは一見物知りのように評価されるのだが、実のところは、「中身は空っぽ、口先だけ」と、真の実行力はないとされる由縁である。何処の誰もが言ってもいないのに、素人の錯誤を振りかざし素人ながらに意地を張るものだから、こじれた事件となっても、損害賠償などの後始末をしなければならなくなるのは、ひとえに会社側なのである。中間管理職の発言であっても責任をとらなければならないのは会社である。

いわゆる、「法律の条文文言さえ守っておれば、問題ない」とするのは、(これは団塊の世代に多い考え方で)大きな見当違いなのである。いわゆる法律というものは、表面的な文言の奥にある「趣旨や制度の概念」を指すものといったように理解しておれば、分かりやすいのであって、この趣旨や制度の概念に反すれば「当座は切りぬけた!」と思っても、明日には通用しないことになり、裁判に負けてしまう。そこで、「裁判になりさえしなければ、やり得」と考える人もいるが、これも浅墓で、「条文文言さえ守っておけば…」との表面的姿勢が、相手方労働者や味方をしてくれそうな関係者からの猛反発を受ける主要な原因となることも忘れてはならない。その表面的姿勢から労働者に怨念を抱かれて、自己中心主義者だ!と決めつけられた事件となり、相手方はありとあらゆる法律と理由・非難をかき集めるのである。ここに、あっせん作業とか和解作業などが、まずこの怨念を解くことから始められる由縁である。法律、理由・非難の論戦では解決糸口を探ることすら難しく、当事者の意向をよそに、会社対労働者の対決(訴訟とか労組闘争)をせざるを得なくなるのである。
実は、「法律の条文文言を守ってさえおれば…」との考え方が通用した背景には、労働者の納得を得るための前提条件があった。そこには、「モノの道理(合理性)と利益(経済性)」が前提として横たわっていた。そのような社会・経済の時代であったのだ。それが当事者間で十分説明され、意思が合致していたから、納得され、表向きは「文言を守った形」となったのである。個別企業において、このことは就業規則や業務命令通達でも然りであった。そう、団塊の世代の人達が華々しかった時代の発想にほかならないのだ。この合理性と経済性を無視して、条文文言を理屈に使っても、納得されることがないのは自明の理である。
労使当事者各々の合理性・経済性及び関係法律の合法性が保たれれば、それは確かに有効に機能するのだが、これらが保てる社会・経済の時代背景があるかどうかを判断出来ない素人が、新方式とかニュービジネスとかの名称を使い発案するものだから、これまた素人が錯誤してしまい、会社側の後始末が大変となるのである。「世の中、役に立たない物ほどよく売れる」(本田宗一郎)なのである。過去の例で例えると、「短期雇用契約の繰り返し」とか「偽装請負」導入で利益をかすめとられた経営者も少なくないのである。労働基準法18条の2が改正される直前までは、結構多くの労働基準監督官までが、「30日分さえ払えば解雇できる!」などと事業主に説明していたものだから、それを信じたがため、後から賠償金を払わされた事業主も多かったのである。

通常国会に提出されるであろう、話題の労働契約法案は、white-collar exemptionだけではない。
A.労働契約は、労働者及び使用者の対等の立場における合意に基づいて締結
B.労働契約は、信義に従い誠実に権利を行使し、義務を履行
C.生命・安全配慮義務の法制化(現在は最高裁の判例法理)
などの注目ヵ所も含まれようとしている。
ただし、この労働契約法制の話題を聴くときに注意をしなければならないのは、今述べたような注目ヵ所の背景に、
・道理にかなった(合理的)就業規則
・就業規則は周知されてこそ有効
・雇用契約の期間中解約は原則禁止
・短期契約の反復更新を排除
などの前提条件が存在しているということである。すなわち、この前提条件を無視した場合、いくら表面が合法的に見えても、あっせんや訴訟となった場合には、すべて会社側に後始末を負わされるという意味なのである。

マスコミと同じように、格差社会だ、規制緩和だ、と評論家ぶっているとか、諸説氾濫・収拾のつかない雰囲気に漂っておれば、個別企業もろとも、社会の底辺に落とされてしまうのである。
「頭の良い人だけ」が残ればよい、ニートやフリーターは「社会のクズ」と言わんばかりの行政政策であることには間違いない。
よって、総務人事担当者の役割は、きわめて重要となってくるのだ。