2007/10/09

第66号

安倍政権の政策行き詰まりは、
前代未聞の突然劇に目を奪われがちであるが、個別企業の人事・総務分野に与える影響には様々のものが予想される。自民党が政権を引き継ぐには民主党の政策を取り入れねばならず、安倍の引継ぎでは民主党が政権を取ることになるとの政治状況は、誰もが認めるところである。そこで、いくつかの政府の政策転換を予想し、個別企業の対策を考えてみる。

年金問題は、
年金の支払いにとどまらず、社会保険のあり方にまで言及が及ぶことは必至である。個別企業における社会保険被保険者適用のあり方、派遣会社や業務請負会社での適用漏れが浮かび上がって来ることは必至だ。とりわけ、偽装請負の経済的温床が、この社会保険の個々の労働者が未適用にあることだ。これは不公正競争にあたることはもちろんである。こういった議論に、厚生労働省はメスを入れざるを得ない。
個別企業が、外注業者のコンプライアンスまで関与しないといった姿勢では、これからは立ち行かなくなってくる。

格差社会の中でも
ワーキングプアーをはじめとした低賃金構造を生み出したきっかけとなったのは、職業安定法や労働者派遣法の規制緩和による結果であることは、よく知られることとなった。規制緩和の内容とは、職業安定行政が規制をかけられないほどに、行政システムを表面形式的な手続制度にまで骨抜きにされてしまった規制緩和によって、際限のない就職ルールの無秩序やり放題とか、人間性を無視するまでの日額あたりの収入激減、これらが告発されなければ「やり得」といった風潮が野放しにされる結果の予測に、他ならなかったのである。
早速、一部の派遣や業務請負の安定所求人に規制がかけられることとなり、日雇い派遣は禁止となる方向が打ちだされ、「一般労働者派遣禁止?」との駆け引きを狙う議論さえ浮かび?上がっている。(今の時代、政策当局が無視をする場合、大手のマスコミには話は流れないもの)。格差社会を作る目的のために、労働者派遣制度などを導入し定着させることに心血を注いだのではないとする人たちの動きは、一段と活発となって来た。現行の労働者派遣制度に反対する統一戦線は事実上形作られている。
ということは、個別企業において、人件費削減を第一目的とした労働者派遣を将来にわたって続けようとする姿勢では、日本国内では経営存立基盤が難しくなるといったところ、一早く舵を切れるかが肝要。

労働生産性や技能蓄積
の論議がいっそう盛んになってきた。今や、話題のキヤノンにとどまらず、多くの企業が技能労働力において、協力会社に頼らざるを得なくなってきているのだ。二昔ほど前は、東芝の下請である池貝鉄鋼が東芝の技術を上回ったとか、トヨタの下請である日本電装はトヨタ以上の技術を持つに至ったなどと、「下請ではあっても、将来は…!」と、当時は美談を形づくっていたのであった。しかしながら、昨今の日本の現実を見、数々の調査や提言を検討するに、共通している議論の底流には、
1.個々の労働者に属人的技能は蓄積されるものの、
2.その技能は企業の組織だった技能にはなっておらず、
3.業務請負会社をはじめとしての外部に集積されず、
4.技能から技術に質的発展する分野は閉ざされたままとなっている
といった認識なのである。そこで、日本自体の労働生産性や技能蓄積ひいては技術立国が、足元から崩れていくのではといった危惧が、政府や連合の報告書などに訴えられているのである。ところが、現場に根ざしている個別企業の担当者からは、「ふん!」としか言われようがない代物で、労働省が長年にわたって取り組んで来た建設業の雇用改善事業の教訓すら踏まえていない。
ここは、技術立国へ向けての政策的失敗をふっ飛ばすような、個別企業での労働生産性や技能蓄積の具体的構造改革事例が、個別企業から必要とされるのである。筆者も現在取り組み中といったところ、そのメドがつけば発表します。

最低賃金
限りなく1,000円に近づくのは必至。安倍政権下の、「のらりくらり=美しい日本」のもとに事実上実施された今年秋の最低賃金引き上げですら、中小企業のみならず個別企業の給与体系の見直しに一石を投じたのだ。これからの最賃引き上げは、日本の賃金と人事体系のみならず、労働力需給構成にまで変化を及ぼすものとなる。
ところで、賃金問題の権威であるは孫田良平氏が、最近の厚労省発表ついて「最賃違反の発表に、業種別違反率があって府県別がない。県内一律最賃という現行方式の欠陥が面倒な論議を起こす、その回避策ととれる」と指摘している。
こういった専門家からの指摘の末に、日本がグローバル経済社会で活躍するには、最賃1,000円は避けて通れないといった方向は益々定着しそうだ。さて、あなたが関わる個別企業においては、この最賃問題、「高付加価値製品・高水準サービスの提供」といった商品構成とともに、どのようにプラスに転じる答えは出ていますか?



雇用拡大の議論は、正規社員は増えず、派遣やパートなどの非正規社員の増加
といったところで停滞している。さて、議論停滞の原因はひとえに、政府、政党、労組、マスコミ、学者など、メジャーなところのいずれもが、労働現場の実態にまで踏み込めていないからだ。そこには、ここ数年の政策の落とし穴がある。
最も統計数値に表れない現象をひとつ。
老齢年金をもらいながら支給額の減額なしで働き続ける人は意外に多い。在職してある程度の収入(平成19年は月にして28万程度)があれば年金の一部が支給停止となるのだが、この年金カットの道をすり抜けているのだ。老齢年金受給者が年金カットを免れる方法は、ひとえに在職手続きをしない形態を認めてくれる会社への就職の道を目指すのだ。比較的高額の老齢年金を受給する者がこの道を目指している。在職すれば社会保険料などで12%ほどが自らの給与から控除されるのだが、年金カットの金額はそれどころの額ではないのだ。この道を目指す労働者を雇う事業主側も、本人給与の13%ほどを会社が別に負担し、本人分と合わせて給与の25%ほどを納付しなければならないから、下世話好きな事業主たちとの利害が一致するのだ。
ところが実は、社会保険の調査が入ればたちどころに破滅するのを忘れているのだ。
労働者本人が確認申請手続きをしたとすれば、会社負担分をともどもさかのぼって2年分請求される。
「この手があったか!」と早合点して有頂天になった事業主たちは、年金受給者のみならず、扶養家族の高齢者、失業給付を受けている若者、母子家庭手当を受給している母などに、公的には「わからないように働ける」といって口コミで人集めをしているのだ。もちろん、発注者に対しては、「受注額は格段に安いですよ」とか、「すぐに格安で段取りしますよ」さらには、「お客様は誰でも安い方がいいですよね?」といった美味しいささやきを繰り返すのだ。この美味しい話の相手先は、人手不足に悩む企業の世間に無知な担当者、公式採用が硬直化して経営の足を引っ張っている企業のライン管理職といった具合で、マーケティングの的を絞っているのだ。冷静な判断をする人物、世の中をよく知っている人物は避けて通る、キャッチセールスのようなものだ。
人事総務部門担当者からすれば、信じがたい話ではあるが、一見、外注請負形態であったりするので、表面に見えることがないのである。そして、何かの事件が起こってから、現実に気が付いた時には、協力会社内の問題では納まりきらず、こういった有頂天事業主の策略に企業の相当部分が身動きを取れなくさせられてしまっているのだ。いざ、対策を打てばラインの管理者から山のように苦情が寄せられるのは必至の状況。こうやってズルズルと尾を引いて、マスコミに騒がれ労働局の槍玉となったひとつが、クリスタル偽装請負事件なのだ。これでは会社が衰退に向かっているのは判っていても、危機管理対策の位置づけがなければ恐ろしくて手をつけられないのが心情。職業安定法や労働者派遣法は労働力需給の経済政策の要、こういった不公正競争を招いたのは、ここ数年の規制緩和に因り、国のあちらこちらで生み出された現象なのだ。個別企業の全身がぬるま湯に浸かり、立つに立てず、風呂桶の栓が抜けたように利益が洩れ、業務停止や倒産に追い込まれる寸前の個別企業も少なくない。
厚労省の現場に携わる行政職員は、ここまで職安法や派遣法の規制を緩くすれば書面チェックに終始せざるを得ず、書面も出さない業者ともなれば野放し状態といった嘆きを発しているが、一連の抜け道を模索する労働者と事業主が不公正を企んでいることと合わせて考えれば、社会共同体の秩序の崩壊が本格的に始まっていると判断せざるを得ないのだ。無秩序・無政府状態は弱肉強食社会すらも否定するもので、グローバル経済社会の原則である公正競争が崩壊するも同然なのだ。
有頂天事業主の労働者に対する甘い囁きはいろいろと続く。
「年金をもらっていても、いくらでも安心して働ける」。おまけに、「請負代金の支払いは2ヵ月後だが、その前には給与を払っているのだぞ」と真面目な顔して話すのだ。「働けるのに、なんで年金カットされなければならない?」とか、「今さら、年金保険料掛け捨ての人もいるのだ」とことさらイレギュラーな事例を強調している。失業給付や母子手当に至っては、「彼個人の生活が苦しいから」とか、「子供を抱えて、お母さんを助けてやってくれ」とまで、まことしやかに説明するのだ。他人から詳細な解説を求められれば自滅する論理構成なのだ、だからこそ次に彼らは支配従属関係に持ち込む手段を手に入れるなどして、有頂天を押し通そうとする。挙げ句には法違反の片棒担いだとして、発注担当者個人に、惜しげもなく恫喝をかけ続けるのだ。
まるで、戦前日本の非近代的労務管理を思い出させ、戦後の職業安定法施行の重大性を思い起させるような話ばかりである。
さてこの夏、ある企業グループは関連会社を含めて、社会保険未加入の60歳を超えたアルバイト百数十人に加入か退職の選択を迫った。大方の事前予想は、生活もあるから社会保険加入であれば退職して、他社のアルバイトにでも転職するだろうとの見通しであったが、実際は、8割方が週30時間未満固定労働制になることを希望、残った人たちは目一杯働く必要があるため社会保険に無条件加入、過去の保険料負担も了承することとなったのである。一挙に、ぬるま湯から立ち上がり、風呂桶の栓をしたのだ。