2016/10/04

第174号:個別企業の経済浮上は、規制緩和ではなく、イノベーションが正解!

<コンテンツ>
個々の個別企業のイノベーションこそが経済浮上をさせる
イノベーション、その足を引っ張る者とは?
イノベーションを行うに方法とは、とにかく真似をすること!
イノベーションは、経済学者シューペンターの定義した言葉である。
イノベーションといった概念を、今風に簡単にまとめたとすれば
 ①現代、「コピーする!」と言われる概念
 ②インテリジェンスといった種類の情報とは
 ③インフォメーションだけでは、事業や生活には役立たない。
イノベーション概念に直結している医薬品と文化、古典経済学~シカゴ学派
=書評=『イノベーションの達人!-発想する会社を作る中の人材』
=書籍紹介=『幸福の世界経済史』(明石書店)


§個々の個別企業のイノベーションこそが経済浮上をさせる
津々浦々、個々の個別企業のイノベーションこそが、企業も日本国も経済浮上をさせるのである。イノベーションに対する海外からの外圧は無い、同業者からの外圧も無い。一時もはやされた規制緩和の経済対策は、最近声をひそめているが、TPPその他からの外圧対象となる経済政策なのである。ICT産業革命は国境の枠を取り払っていきつつあるが、そこでの勝負はイノベーションであって、海外進出や資本輸出ではない。
今世界経済全体は、日に日に悪化の一途をたどっている。金融クライシス危機の到来は時間の問題となっている。こういった状況のなかで、せめて日本だけでも危機被害を回避し、経済の浮上(成長や豊かさ)を目指す話が、やはり出てこない。個別企業の経済浮上の話題は絶えないが、所詮はおざなりにお茶を濁した対策程度に劣化させられている、劣化させられるという意味は、たとえ地に足のついた事業計画であったとしても、金融機関や企業内保守層が保身のために、抜本策の足を引っ張るとのことである。ICT産業革命の真っただ中において保守・守旧といっても、経営管理の根拠もなく意味不明に保身を貫こうとすれば、その事業部門の崩壊は時間の問題となる。
日本国中の誰もが、「世界的不況だから、会社も苦しい」といった言葉を軽々と吐いてしまう。さて、問題は、「だからこそ、新しい事業展開をしよう」といった具体策が必要なのだが、官民問わず官僚主義に心理逃避しきっているものだから、商品の需要者、個別企業の第一線、企画立案部門などでも、肝心要の流通販売分野での湧きあがるような展開を考えられなくなっている。すなわち、点検だ! チェックだ! 目標だ予算だ! あげく検証だ! と言うばかりで、物を売って→集金して→利益を確保して→各々に還元するといった資本主義社会の根本的基本的回転サイクルを組んでいないのである。例えば資金があれば使うことばかりの経営計画となるばかりで、実態はその資金がもとより無い。税金があれば「景気が良くなる!」とでも言いたいのか?.官僚たちは増税ばかりを考えている、そこに群がる者は、Tax‐eater(タックス・イーター=税金食い)達ばかりである。


§イノベーション、その足を引っ張る者とは?
イ) 商品開発技術劣化した大手企業が海外展開を口実に新商品開発の足を引っ張り、
ロ) すでに金融不況にさらされている銀行も産業投資から利ザヤ稼ぎに走り、足を引っ張り、
ハ) 通産省(現:経産省)の官僚が1958年:経済白書で技術革新と誤訳、それが現在にも至る模様
ニ) それに因りイノベーションといえばICT関連企業か、自動車などの一部の事と錯覚させられている。
___これは何かがおかしい? のだが、その結論から言えば、
何もかもが旧態依然のままでイノベーションの停滞どころか、個別企業や地域によっては後退している実態だからである。
イノベーションは、広辞苑によると:刷新。新機軸。と表現しているが、元来はICT産業とか、技術革新というものではない。PCを使わない仕事でも、伝統工芸産業でも、芸術感性産業でも、人をケアcareの仕事でも、「仕事のやり方を刷新すること、従来とは異なったこと」なのである。イノベーションを最初に定義したのは経済学者のシューペンター(オーストリア)であって、イノベーションを実行する人をアントレプレナー(フランス語:entrepreneur)と呼んでいた。すなわち、日本に輸入された段階で、イノベーション概念は、元来のものとは似ても似つかない間違った翻訳だったのである。
日本は、失われた10年を三度目に突入、1991年説からすれば25年も日本だけが不況! なのである。
そして、元来のイノベーション概念を広報しない経済産業省の官僚たち、
元来のイノベーションの意味を十分説明しようとしない経済学者や経営学者、彼らも経済浮上の足を引っ張っていることになる!
(イノベーションは技術革新にあらず)
 http://www.jcer.or.jp/column/kojima/index628.html


§イノベーションを行うに方法とは、とにかく真似をすること!
同業種でもいいけれど、なるべく他業種のノウハウ、技能、技術をコピーしてきて、真似をすることに限る。アップルもノキアも新発明をして売り上げ急増をしたのではない。そして大概の商品には著作権がないから真似をしてみることだ。但し引用するならば研究論文の形をとり引用元をはっきりさせれば問題は出ない、それは引用される側にとってPRしてもらえることほど喜ばしいことはないからだ。一部の技術は特許権が存在するが、特許料を支払った方が良いのかor特許を採り直した方がよいのかを、マーケティングの視点から検討すればよいだけのことである。なぜならば、利益率の高い売れる商品という物は、「意欲・感動・希望」の三つがセットになった固有文化価値(思想や観念の価値判断)の商業的取引=正当なマーケティングによく売れるものだからである。
そう、その物を生産するために費やした労働時間×労働力ではない、だから文明基礎商品は利益率が低く、「より良いものをより安く」といった倫理観から利益率は刻々と低減するのである。文明基礎商品の売惜しみや価格協定で利潤を稼ごうとしても、ネット社会では、どこかで価格破壊が必ず起こる。
先ず真似をしてイノベーションを進展させるにあたっての課題の、現代的キーワードは、
 ①コピー、
 ②インテリジェンス、
 ③インフォメーション
……の三つだ、このキーワードの概念内容を知ることが、イノベーション促進課題と密接にかかわるキッカケである。


§イノベーションは、経済学者シューペンターの定義した言葉である。
文字容量の都合で、詳細は省略するが、分かり易い概念をイメージするには、シューペンターが述べた新商品開発の例が適切である。
新商品とは、
 1.新しい財貨、新しい原材料などの発見
 2.新しい生産方式の開発・導入
 3.新しい市場の開拓
 4.新しい原材料、新しい半製品(いわゆる文明基礎商品)の発見
 5.新しい事業組織を開発形成(社内・社内・ネットワークにわたり)
……要するに、シューペンターは、収益性、生産性、労働意欲性、効率性の四分野にわたって考えているのである。
なお著者の、今から3年前の著作ではあるが、イノベーションを念頭に置かない使用価値商品が、いかに破綻したのかを、ここでも説明した。それは現在も当てはまり、それは今日の Made in Japan と言われる物品機器の衰退が証明している。
 http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/30
しかしながら、イノベーションといった用語が、一番最初に日本に誤訳されて紹介された際、工場などの生産技術関連の「技術革新」と、当時の経産官僚が誤訳したために、未だ「機械や設備などの技術革新」と思っている人も少なくない。また、誤訳により「イノベーションと発明」を混同してしまっている経営者や技術者も少なくないのだ。今もなお経済産業省の書面とか政府関係大臣の会話を見聞きしていると、やはり頭の中は旧来の「技術革新」の枠内ではないか?と疑わざるを得ない。だから、海外諸国で行われているイノベーションが、日本では理解されていない現実があるし、イノベーションについて、流通・販売、クリエイティブ作業、人をケアcareする作業、知恵知識職業、新商品開発職業、芸術職といった数多くの産業職業分野では第三次産業では無縁のものだと思っている人が相当数存在する。その傾向は、昔ながらの職人気質で仕事を行っている人たちには、また大学教授や教育者といえども、イノベーションに無関心な人たちが少なくないのが実態である。販売や流通の先端労働者はイノベーションの意味すら知らない。
先ほどの経済産業省の官僚たちが、イノベーションが誤訳であったことを広報しないと記したのは、この日本の経済低落にあっても、正確なイノベーション概念(また発明とは異なること)を徹底してPRしていない実態が、その根拠である。いまだに筆者は、経済産業省(旧通商産業省を含め)がイノベーションの概念を説明した書面を見たことがない。
ところで総務省の、平成25年情報経済白書の抜粋では、それなりに説明している。(こちら)
 http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h25/html/nc133100.html


§イノベーションといった概念を、今風に簡単にまとめたとすれば
#1.イノベーションで進展し続けない限りは一瞬にして、価値商品のレベルから転落する。
#2.イノベーションは、「費用と便益」の産物なのである。
#3.容易にイノベーションが行なえる分野、例えば歌、物語、詩といったもの、これらはイノベーションの費用が少ない。
#4.その費用が少ないことに応じコンテキストを併せ持たなければ価値商品レベルに達する実態は稀である。
#5.著作権と特許権は異なる。著作権の中に出版社の版権ものもある。その著作権のない世界や業界でこそ、次々とイノベーションが進展している。コピーが自由な産業は創造性が活発である。イミテーションもブランド品の販売増加に一役買っている。
……といった具合に、あれやこれやのイノベーション概念を、ICT産業革命の真っ最中であるがために、「まとめる」作業は不可能なのだが、それは、「イノベーション」の用語概念自体も、経済学者によって後の世に用語がイノベーションされるからでもある。イノベーションという用語概念の発展は、科学の発展そのものの現れでもある、

☆★☆ すなわち、_______
<外側(もしくは外部性)からの基準で以って>
個々の商品や個々の事業のイノベーションは行えそうなのだが、そのように行なおうとしても、そんな基準(まして客観的合理的なもの)は存在しえないのである。外側基準で以っての客観的合理的な思考パターンを貫くばかりでは、リアルな事実関係との齟齬を起こしてしまうことは確かである、制度的間違いも犯す。そもそも客観的合理的な思考パターン自体に、物事の分析や真理的事実関係の探求目的の手法を越えての役割は期待できず、そういった手法会得者を教育で大量生産できるから社会的に有用なだけに過ぎない。
……そこには誤って、何らかの基準が存在するかのように錯覚してしまい、過去現在や世間一般の通念が無自覚にも身に付いてしまい、某架空基準となってしまい、その某架空基準で以って“一辺倒に”イノベーションを促進しようとすること(一見誤解されている英米系科学思想)、そういった方法一辺倒、これこそが間違いや非リアルの元凶である。そこで、彼らは某架空基準の誤りを招かないために、「イノベーションの物事底流」を探る方法または思考訓練で一辺倒による誤りを避けようと試みる。

☆★☆ それに比べ、_______
<内側の経緯の中に内在する客観的合理的な思考基準の探求をする方法>
が決定的に重要となる。それは次の通りである。それは実際に数多くの企業での商品開発の、理屈ではないノウハウとして用いられている。
 ①個々の商品や個々の事業の開発プロセスの内側の内在経緯の中に存在するイノベーションの思考基準を、
 ②いかに、費用をかけずに、便益を追及しながら
 ③そのために、その内側の内在経緯(プロセス)から客観的合理的な開発思考の素養で以って進められるかどうかである。
 ④ただそれは、内側の内在経緯(プロセス)を見詰めるためには、幅広く奥深くのイノベーションに掛かるインテリジェンスの豊富さ、そのインテリジェンス個々を理解習得するためのインフォメーションの裏付が、イノベーション促進の創造力&構想力を形成する。
 ⑤プロセスの割愛や結果のみを覚えることは、認識を空洞化してしまう。イノベーションに対する感覚の発達するチャンスが無くなる。プロセスや認識の道のりが、創造&構想の未来を予測したり予定したりする。結果の知識だけで仕事は出来ない。
 ⑥その創造&構想の作業に費用をかけないために、新しいイメージでの「コピー作業」が重要となるといったことだ。ここで初めてICT機器が役立つのだ。
……これらは現代フランス系科学思想史に目立つようになって来た。ちなみに、そのフランス系科学思想の例え話を挙げれば=物理学の法則において、ニュートン力学、アインシュタイン、量子力学との経過の間に、何らかの関連性や連結性が存在して学術発展した経緯はなく、ある場合はドラスチックなものとして現れた事実を直視している新発見とのことなのである。これに対し英米系科学思想は、どうしても関連して連結して継続した段階を含むものと考えがち(観念的)なのである、だから「新たなもの」が現れると、ドラスチック! だと感動してしまう思考パターンなのでもある。

☆★☆ 具体的なイノベーションのイメージとは、こういったものでもある!___
固有価値の質量増強イノベーションの進め方【固有価値商品の開発・提供】
1.高度な固有価値製品の「ものづくり」イノベーション
   http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/240
2.「人をケアcareする」サービスのイノベーション
   http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/242
3.サービス(服務)行動を提供する「13ルール」
   http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/244


①現代、「コピーする!」と言われる概念
あまりにも前置きが長いけれど、これらを念頭に置いて整理すれば分かり易い。
コピーするといった概念は、手作業で書き写す、複写機で物を写す段階から、大きく複写方法が変化(デジタルなど)して拡大活用され、数量が急増するに従い質的変化への影響が発生し、最も画期的なことは=より多くの人々が創造性や構想性の方法やチャンスに触れる機会が多くなったことである。デジカメの連写やムービー、メモ代わりの携帯といったものも「コピー作業」ととらえると分かりやすい。ユーチューブも労働内容とか熟練仕草のコピーの役割を果たしている。そのおかげで、他人から提案されるとか指示されるのみならず、人生を自律して過ごす傾向が強まってきている。
すなわち、単なる生存意欲に人生を留めるのではなく、感動による人生の楽しみを覚え、自らが創造・構想して自由と希望を持とうとすることに費やす時間が短くなりつつある=が人生のたしなみとなってきている。よって、いわゆる芸術性というものも意欲中心から、感動への世界をいくつかのパターンに振り分けられる段階に入り、いまや各自毎に希望を創造・構想する世界に踏み込んで来つつある。それは、音楽、物語、詩といった領域から、様々な日常商品に対して「ぼんやりとした芸術性を求める」といった、人々が抽象概念的要素を求めるといった傾向に現われている。
ここでも、イノベーションは、費用と便益の産物であることが念頭にある。

【その創造性作業に費用をかけないために】
新しいイメージでの「コピー作業」が重要となるのだ。またそれは、複写機の領域を超えてデジタル化されるだけでなく、今まで再生できなかったアナログ方式もデジタル技術で再生する領域が増しつつあるのだ。見聞きすることから体感し、叫ぶことまでをも含む事態になって来た。「創造行為は愛や衝動とともに生まれる」との経済学説も理解できないことではない時代なりつつある。

【また、その創造性の便益には】
様々な、金銭では計り知れない、お金以上のもの、お金を超越するものが津々浦々日常に現われるのである。そして、著作権のない世界、あるいは業界では、次々とイノベーションが進展する。
……何百年も前から、イノベーションが定着するまでは、他者が容易にイノベーションが出来ないようにと、著作権が打ち出されてきた。その著作権の中に出版社の版権というもの、人格権というものもある。ただそれは、国や地域によって言語や文化の違いほどに様々な考え方(法律規定)があるようだ。著作権と特許権が異なるようになってきたのは、法律が別々であるといった単純短絡な論理展開ではなく、特許が周辺特許まで抑えをかけないことには、微小な違いとか特許活用の技術特許といった申請で以って、特許権の様相が変化してきたからである。
☆便益性が飛躍的に格段に良くなれば、それまでの製品や方式は一挙に陳腐化する、それは労働力商品(労働全般ではない)とか、従前の文明基礎商品とかをもスクラップ化させることにもなる。
だとしても、そういった著作権と特許権の事情をことごとく角に追いやっているのが、「コピーする!」といった行為なのである。今やコピーすることを規制するために著作権や特許権の罰則規定を振りかざしてみたところで、まったくもって規制に必要な費用が無駄になるといった時代が到来しているのだ。むしろ、偽物やコピー商品が出回ることによって、オリジナルの品質の良さが見直されて、挙げ句はオリジナルブランド商品のPR宣伝効果を生み、ブランド販売量上昇も見込めるようになった様相が、ICT産業革命:真っただ中の結末である。


②インテリジェンスといった種類の情報とは
日本では、インテリジェンス(intelligence)の概念は無きに等しい。例えば、インテリジェンスの有名どころは、米国CIAであるが、これはセントラル・インテリジェンス・エージェンシーである。インテリジェンスは広辞苑によると、「知能、理知、英知」あるいは「情報」とされている。要するに、極めて信憑性または裏付けのある「ウワサ話」とか「○○が○○ということのようですよ」といった物語情報なのである。だから、インフォメーションと言われる情報とは格段に異なる概念で、含まれる内容は質量共に豊富だから有用情報となりうるのである。個別企業や政府機関のみならず、戦略なのか戦術なのかアクションのかを問わずインテリジェンスが、意思決定の重要な要素となっているのである。
昔から、仕事をしたふりを重要視している官僚主義者たちは分厚いインフォメーションを用意し、インフォメーションを他人にも要求しているにもかかわらず、やはり意思決定はインテリジェンスで行っている。行政機関の官僚にしろ、民間企業での官僚主義者にしろ、古今東西インフォメーションは=その方針を具現化するための裏付け資料の情報域を超えていない、そのインフォメーション数量が大量に増えればビッグデータと言っているだけである。
企業体に付けられた社名は長年使用しているうちに商品劣化の口実となるが、情報とかインフォメーションといった用語が含まれる企業では、単なる物もしくはゴミとも区別がつかない代物の収集加工と蓄積保管を超える仕事をしなくなっている場合が多い。そうでなくなれば、ほとんどの企業体は社名を変更している。設立当初とか事業開始時点では、インテリジェンスで以って新規のインフォメーションを収集加工するとか、インテリジェンスの裏付けとしてインフォメーションを併せて提供するとか、必ずインテリジェンスが筋金となることで、インテリジェンスとインフォメーションがセットの有用が行われていた。ところが今や、ひどい情報産業の企業には、単なる情報倉庫管理業の役割しか果たせず、労働者派遣事業とかIT機器操作事業にくら替えしている。ちなみに、そういった企業の人事管理は、昔からある運送業、倉庫業、人材レンタル業などと全く同じノウハウなのである、それは扱う物が変化しただけで労働力(労働全般ではない)の質は変わらないからである。
インテリジェンスとは、そういった種類の情報であるが、今日でも解明がされているわけではない。むしろ、インテリジェンスが情報の種類であること自体を認識してない人の方が圧倒的に多いのである。
インテリジェンスとは=(まだまだ研究段階ではあるが)
(A)インフォメーションをつなぎ合わせる情報の種類と言える。
(B)X,Y,Zの立体的情報であり、時間timeと共に変化する様相を表し、何かと結合connectする要素を持った、5次元(X,Y,Z+time+connect)的情報である。
(C)だから、質量共に豊富が必要となり、物語として説明されて、その理解・活用の頭脳訓練が不可欠な情報体型と言える。


③インフォメーションだけでは、事業や生活には役立たない。
インフォメーションは、今や大量になればなるほどの「ビッグデータとしての役割が生まれてくる?」との幻想が言われている。なぜそれが幻想なのかといえば、その前提は、何らかの目的のために収集されたのがインフォメーションであるから、その目的が異なればデータ同士を結合させるには無理があり、参考以上の有用性は存在しないからである。また、ビックデータとは短絡的に方針を具現化するための裏付け資料の情報域を超えない代物であることは間違いない(総務部メルマガ第172号、2016/08/09)。
 http://soumubu1.blogspot.jp/2016_08_01_archive.html#172-08
要するに、日本国内で概念されるインフォメーションとは、それだけでは単なる物もしくはゴミとも区別がつかない代物であるから、
注1)少なくともその道のインテリジェンスで組換えない限り有用な情報になりうることはない、すなわち解説が必要ということだ。
注2)新しいイノベーションのもとで、ビッグデータの倉庫の中からインフォメーションをピックアップし、組み立て直さなければ使えない。
……ということでもある、すなわち、新しいイノベーション構想自体が存在しなければ、インフォメーションの使用は無理ということになる。
例えば、医薬品開発情報だとか医療臨床情報といったものは、
よほどの博識・生命文化に造詣の深い者を除けば、
日本文化を含め日本語などへの翻訳をしてもらう過程(アウトソーシング)を経ない限り、
巨額の開発費を投入して様々な効用が見込めるといっても、
いつの日にか、日の目を見るインフォメーション知識なのかもしれないが、
医薬品製造イノベーション商品とか生活参加に役立つ医薬品や食材への道のりは遠いのである。そもそも、病気の自覚とは、その病気の人の「心身がおかしくなっている!」といった価値判断をしているのであって、客観的合理的な記述的判断ではない。だから正常と病気の境目を全てにわたり客観的に判断できない。
ここでもやはり、イノベーションは、費用と便益の産物なのである。
……方向を変えて説明すれば、数多くの医薬品や食材などが世界各地に存在するが、それを生活参加に疾病・傷病の症状段階に適切な使用をするためには、インテリジェンスといった有機的一体型の5次元情報が不可欠なのである。


§イノベーション概念に直結している医薬品と文化、古典経済学~シカゴ学派
筆者もこの「総務部メルマガ」などで繰り返し述べているが、各種濃度の食塩水、炭酸水素ナトリウム溶液などは、脱水症状の腹痛、心臓負担軽減:水分制限、貧血:血圧コントロール、気道洗浄などに有用かつ安価なのだが、日本ではそういった疾病予防の文化が根付いていないものだから、健康管理に結びついていないという事例が物語っている。いわゆる炭=活性炭は安価で製造できるが、これで以ってウイルスや細菌を吸着させることで、抗生物質を使わない治療が北欧やドイツ北部では行われている。人間の女性が出産した後の胎盤が闇で流通し、それを焼いたり生のままで食することに因り(おそらくプラセンタ)、離乳期幼児の栄養補給とか、大人の滋養強壮としての食材が中国大陸には存在する。
比較言語学のマックミューラーが、彼は比較宗教学者でもあるから、「言語の数だけ宗教がある」といった直訳英語の表現(英国ではキリスト教を宗教と考えない傾向がある)なのだが、これは言語の違いで人々が大切にするものや考え方が異なるといったような日本語概念に翻訳できる=これが文化と価値についての有名な学説である。すなわち、それぞれの共同体での観念(思想)が異なることから、異なった商品が開発・発明されており、それはその地方の共同体の文化価値ではあるのだが、他の地方の共同体に持ち込まれたときには、異なる文化がゆえに固有文化価値が認識されて、それをプロデュース&具現化そして運搬流通した費用についても価格形成(価格の上乗せ)が、その固有文化価値商品に対する「意欲・感動・希望」の3セット概念に合わせて流通する(何らの強制もなく売れる)のである。
これも歴史的には、フランス19世紀初め、この商品取引関係に気がついたルイ16世の財務大臣の娘:スタールが、次のように述べている。彼女はナポレオンの喧嘩友達ともいわれてはいるが、ただしそれは彼女が経済学者でなかったがゆえに、歴史的にも最初の発見であったにもかかわらず、アカデミーでは取り上げられなかった。彼女に対しては、奇抜だということで、本人の意向は不明だが、随筆家としての地位に納められている。
 https://goo.gl/NcGmFe
しかしながら、その商品取引関係は現代フランスの社会や文化に、そしてフランス流の商品開発に根付いている。商品流通やイノベーションに感慨深いことを言っているので、伊東道生(哲学者)の日本語訳を紹介しておくと、
「どんなジャンルであれ天才の出現はきわめて稀な現象であるので、現代の国民それぞれに、もし自国の財宝だけしか与えられないとすれば、その国民は貧乏から抜けきれないだろう。さらに思想(観念)の流通は、あらゆる商業のうち、最も確実に利益を生む」。
「人間への貢献のために目指すべきは、普遍性である。さらに言いたいが、外国語をよく知っているとしても、自国語への優れた翻訳で読むと、より身近な、より親密な喜び思って味わう(gouter)ことができる。このようにして自然になって同化した(naturalise)外国語の美しさは、自国語の文体に新しい言い回し、独創的な表現を加えてくれる。外国の詩の翻訳によって、どんな方法よりも効果的に、一国の文学が陳腐な言い回しによって衰退していくのを防ぐことができる。しかし、この仕事から本当の利益を引き出すためには、フランス人がするように翻訳しているものすべてに自国語の色合いを加えてはならない。仮にそうすることによって手に触れるものすべてを金に変えることが出来たとしても、そのために栄養が少なくなってしまうという結果を招くことは避けられないだろう。自分の思考にとって新鮮な感じの食物の見いだすことはできないだろう」。
(『哲学史の変奏曲』p.146、伊東道生、2015年、晃洋書房)
  http://www.koyoshobo.co.jp/booklist/11116/

次に、『ヤバすぎる経済学』を書いたスティーヴン・D・レヴィット(シカゴ大学経済学部教授)は、その著書の中で経済学の探究者を紹介している。行動経済学の分野を切り開いたダニエル・カーネマンは、そもそもが心理学者であったと紹介する。イノベーションが進まない心理的要因と解決糸口も紹介されている。また、飢餓や貧困メカニズムの経済学で有名なアマーティア・センは、自分が経済学者だと言わず、哲学者が、自己紹介した」と書いている。そして、この彼の著作は、10年前に出版している『ヤバい経済学』『超ヤバい経済学』とともに、善悪を差し置いてその文化を背景に、イノベーションといった語句は使ってはいないが、経済・経営・流通・販売についてのリアルな事例を紹介:研究している。経済合理性一辺倒であったり、金融経済の話題ばかりでなく、個別企業の一般社員が行う身近なイノベーションなのである。
今現在日本の労働能力は劣化の一途をたどっている。以前から著者が紹介(総務部メルマガ)している事例は、現在でも通用するイノベーションのヒントでもあるのだ。
 https://store.toyokeizai.net/books/9784492314777/


=書評=『イノベーションの達人!-発想する会社を作る中の人材』
 (この書評は、2012年5月8日発行の総務部メールマガジン121号の再掲載)
     トム・ケリー&ジョナサン・リットマン、早川書房、2006年6月
アメリカの有名なデザイン・ファームであるIDEOに集約されたイノベーション手法を披露している。IDEOは工業製品のデザインやイノベーションを扱っているものと誤解をされて、日本の経済や経営の分野では紹介されることがない。アメリカではれっきとした全般的なイノベーションとして経営学などにおいて紹介されている。シリコンバレーに本拠をおいたことや、当初はコンピュータ関連機器製品で成功させたのだが、メーカーから小売店、大学、病院に至るまで多種多様な業種において、高付加価値製品から高水準サービス(顧客集客改善など)までの商品を扱っているのが本当のところである。IDEOは、昨年の3・11東日本震災直後、復興に向けた東京オフィスを開設している。
この本には、イノベーションに必要な人材パターンを10種類あげている。その人材が行う具体的行動や考え方を具体的に示し、如何にイノベーションにかかわっているかを説明している。日本では、イノベーション業務に携わる者といえば、新商品開発担当といった限定的イメージにとらわれがちである。が、ここではビジネスの芽となるイノベーションの発見者(人類学者)から始まって、イノベーションされた商品や業務改善手法を企業文化や社会文化にまで定着させる人物(語り部)まで、10パターンの人材類型を取り上げている。産業育成における、地面の下の種の発見から社会経済に不可欠な大きな樹木までに至る、事業開発に欠かせない人材類型を説明している点で、経済学でもあり経営学でもあるのだ。(この人材・労働面での日本の学術はきわめて遅れている)。
  1.人類学者
  2.実験者
  3.花粉の運び手
  4.ハードル選手
  5.コラボレーター
  6.監督
  7.経験デザイナー
  8.舞台装置家
  9.介護人
  10.語り部
10パターンそれぞれの人材類型は、現在の日本語への翻訳が難しく、ひとつの言葉に概念をまとめられるものではない。だから直接読んでみて、それぞれの行動や考え方を具体的に知り、最後にそれを混ぜ合わせることが、この書物からの知恵の習得方法であり、この本自体がそのような編集を行っている。まるでヘーゲル哲学の手法が思い出される。イノベーションを話題にする本には、この本の二番煎じが多いから、オリジナルを読み解けば実力がつく。
したがって、イノベーションを管理しようとする者、イノベーションに携わる者共に必見の書物である。もちろん、今やイノベーションを抜きにして事業経営は成り立たないのであるから、総務人事部門に属する者は必読の書である。今日明日には必要ないのは事実だが、あさってからの仕事の的を外さないためには必読だ。
 https://goo.gl/Kxs3xU


=書籍紹介=『幸福の世界経済史』(明石書店)
この書籍は、いくつかの幸福にかかわる事柄を、1820年以後の産業革命から現代までの寿命、殺人や大気汚染などを、主要国別の統計資料を比較しているものである。人々が、幸福というものをどのように考え、どのように整理してきたかを示しており、今後の経済活動や社会変化の将来を予測する上で貴重かつ不可欠な資料である。貧富というものは、「事実上占有(所有ではない)する財物の格差」といった定義と合せて考えると、深く洞察する視野が開ける。ちなみに、1789年のフランス革命で初めて、人類社会での「占有と所有」の概念区別の混同が解消されて、それにより近代経済制度が成り立ち、商業の発展が国家により飛躍的に保障されたのである。(窃盗罪とは、他人の占有財物を窃取する犯罪で、所有物ではない)。またここでも、経済活動や商品というものには、その国や地域の固有文化による価値観が反映していることを見落としてはならない。
 http://www.akashi.co.jp/book/b239748.html