職場秩序や社会を変化させる兆しのインテリジェンス:あれこれ
「労働力の仕入れ」ともいえる労働契約、これを締結する際において、勤務地を限定するのかしないのか、職種を限定するのかしないのか、労働時間を何時間とするのかなどを、明確にすることが、とても重要となり、合法性を確保する上で必要不可欠となって来た。これは昨年からの個々人と会社との労働紛争の増加とともに、何れの個別企業も対応せざるを得なくなった課題である。おりしも国会では、労働関係法案が6本、60年ぶりの大法制改革となっている。限定勤務制を導入しない限り、企業倒産させる以外に整理解雇は難しい。限定職種制を導入しない限り、不採算分野であっても雇用の責任は残る。労働時間を明記しなければ、週40時間分の賃金保障は当然のこととなる。使用者側の都合だけで労働条件を変化させたいのであれば、ほとんどのケース、その想定される行き先は、「逝去するまでの終身雇用」にならざるを得ない。ところが、このようなことは、個別企業でも日本経済でもありえないのはもちろんのことだ。ところが、多くの労働判例が逝去するまでの終身雇用を後押しするために利用可能となっており、そのいくつかは労働契約法として法制化される予定だ。とりわけ労働集約型の事業においては、これが人件費を直撃することになる。個別企業の雇用システムをグローバル時代に適したものに替えない限り、机上の採算は黒字でもトラブルにより累積赤字を抱え込んでしまう。個別企業が事業を組織的に運営しようと思えば、限定勤務地や限定職種でもって労働契約を明確にでもしておかない限り、いくら優秀な中間管理職を配置したとしても、トラブルの続発防止は不可能な時代になったのである。理論上はともかく実務上はそうならざるを得ない。トラブルが発生すれば、営業利益から損害賠償などを捻出するしかない。そんな社会制度に変化してきているので、個別企業が単独で社会に抵抗しても無駄なのである。さて、こうした矛盾事態を続けるのであれば、個別企業は、売り上げや営業利益の企業内争奪をめぐっての泥池地獄と化してしまう。とりわけこの数年間は、この矛盾解決に投入する総務人事部門担当者の能力が必要とされるのである。
4月1日から、改正雇用機会均等法で、男性にも同性同士にもセクハラが適用されることとなった。女性が男性に対して行うセクハラは、「目つきが嫌らしい、仕草がエロい、そばにいるだけで気持ち悪い」といったものが典型的で、女性が男性に抱き付いたりするようなセクハラは少ないのである。男性が女性に対して行う、「お前の仕草やその胸がエロいんだよなぁ」といったもの、の逆バージョンである。同性同士のセクハラは意外に認知されていない。女性が女性に対して、「お前の胸がエロいのよ」とか、「あんたの胸はぺちゃんこ!」といったものもセクハラである。男性が男性に対して、「真ん中の息子が、でかい」とか、「おかまホルぞ~」(同性愛者を揶揄するものではありません)も完全なセクハラである。もちろん、環境型セクハラでは、同性同士であっても腰、胸、お尻などに触り苦痛を感じさせる行為、同性同士の性的内容の情報を意図的継続的に流布すること、「ゲイやレズビアン」(概念を説明するための表現で差別目的はありません。ホモ&レズは差別用語として用いられる場合が通例とのこと)のヌードの図画や写真の意図的開示も含まれるのである。セクハラ加害者が、たとえ、「愛情に基づくものだ」と言い逃れようとしても、調査において LOVE、PORNO、HARASSMENT の三つが全く異なることをわきまえておれば、事件の解明は簡単である。要するに、自らの無能力さを補完するために、性的な言動を用いて、相手方を支配・服従させる意思表示を禁止したのである。そして、セクハラを防止する環境整備義務が事業主に課せられたのだ。それは、高付加価値製品や高水準サービスの日本経済を作り上げるためには必要不可欠となっているといった具合だ。また、セクハラで被害者に損害が生ずれば事業主が賠償しなければならない法律制度が定められたわけだ。このことは、単なる女性保護から質的に転換する制度に発展、すなわち、セクハラは労働問題を遥かに超えて社会問題と位置付ける方がよさそうだ。ところで、セクハラに関する調停制度が設けられたが、これを拒めば、その後に訴訟が提起されたとき、極めて不利な立場に立たされることは間違いない。セクハラ調停制度には、時効の中断で賃金請求権その他を保障し、目新しく訴訟手続の途中で訴訟をにらみながらの交渉の道も開いている。セクハラ行為者にも出頭を求めていることも、注目点である。
「全労連」関係者の偽装請負の追及トークや追及理論の内容が手にはいった。偽装請負については、「請負といいながら、実際には派遣先企業が労働者に対する業務指示をおこない、派遣先企業の労働者と混在して仕事をする状態」としている。使用する機械や材料も偽装請負業者が責任をもって調達することなどはないとして、「リース契約でやっている」、「材料は支給する」などの口実ですりぬける行為をしていることに対して、「それでは機械を動かす電気代は誰が払っているのか」とのトークで鋭く追及するとしている。ひとりあたりの時間単価を決めた契約の証拠や請求資料を入手すれば、それだけでも「偽装請負」との証明が容易だとしている。極めつけは、「ごまかしにくい問題として、業務指示を誰がおこなっているかがポイント」と現場からの告発を重視している。徳島県の光洋シーリングテクノの例では、面接の際に、「がんばれば正社員になれる」というような話をされた仲間もいたとして、こういうなかで、「ぐち」や「怒り」をまとめた仲間(オルグ=organizer)がいたとのことである。そして、「いくら怒りや要求があっても、それをまとめる人がいなければ闘いは組織できない」としている。インターネットでJMIU徳島地本にたどり着いて、組織化と闘いが準備されたと報告している。また、徳島労働局や徳島県に通報する方法で、光洋シーリングテクノに是正の圧力をかけた作戦の目的は、偽装請負会社と光洋シーリングテクノの契約が、ひとりあたり1時間1,700円であることから、「経費等を考えればボーナスや退職金は実現できない」といった由縁から、行政から圧力をかけ直雇いにさせ、賃金源資を確保をするためであったとのこと。法律違反の告発に重点はなかった。この作戦は、同じ徳島県の発光ダイオードで有名な日亜化学でも成功したとのことである。彼ら全労連は、合法か非合法かの判断をしたのではなく、驚くべきことに、「生産性や労働力調達の根幹からのアプローチ」を行っていたのである。彼らの論理展開は、単なる野党やレジスタンスではなかったのだ。このことは、我々総務人事部門からすれば、大いに教訓とすべき事柄を含んでいる。
特定社会保険労務士とは何?労使のあっせん制度(紛争調整委員会、労働委員会)や均等法の調停制度の代理人となることを可能とする、社会保険労務士向けの試験合格者が出そろった。社会保険労務士の試験合格者は10万人程ではないかと推測されるが、そのうち昨年度末までに5,000人ほどがこの試験に合格した。とはいっても、これは現代社会の権利義務関係が理解出来ているかどうかに重点が置かれ、けっして和解や調停の技術・技能を保有しているかどうかまでのチェックをする試験ではなかった。実際に、あっせん代理人として活躍できるには、ある程度の技術や技能と実務経験があって、特定社会保険労務士として登録を済ませておかなければならないのではあるが。これで、社会共同体の合理性を支える基盤となっている私的自治(契約の自由、統治の自由や義務など)、私的所有、過失責任主義の三つの考え方から著しく的がはずれた人物は不合格となり、紛争の表舞台から排除されるに至ったのだ。たとえ、社会保険労務士会の都道府県幹部、地元に接する支部会長、全国を束ねる連合会の幹部などであっても、容赦なく落第させられた。すなわち、旧来の世間体を重視する人物に資格が与えられなかったのである。この試験の実施で、社会保険労務士が人事労務管理の職業能力を持つ者と、保険事務手続き能力を持つ者とに区別が出来上がったのも、否めない事実だ。厚生労働省は、特定社会保険労務士の資格を持たない社会保険労務士を、紛争調整委員会のあっせんや調停の手続きなどから完全排除する行政方針を3月26日の通達で示した。労使紛争解決において、示談屋、事件屋、世間体や浪花節の解決を得意とした者たちは、社会保険労務士から基本的に排除され、いよいよ無資格の「闇の仕事人?」でしかなくなった。
ホリエモンの実刑判決は、コンプライアンスの試金石となった。有識者といわれる人であっても、コンプライアンスについて企業倫理とか法令遵守といった程度の理解であれば、この事件での判断を迷ったのだ。その点、弁護士などの法律家はブレる事が無かった。要するに、社会共同体の合理性(この場合の合理性とは道理のこと)に与える秩序破壊が問題となったのだ。一口に経済事件と言っても、カネボウや日興とは著しく内容が異なっているのだ。社会共同体の秩序破壊に対しては、極めて厳しく対処されるべきであって、これは個別企業内の秩序破壊に対する懲戒処分と同様なのである。千円を着服したとしても、業務上「着服」したことに重点が置かれ、処分がされなければならない、といった具合だ。
大手メガバンクは今後3~5年の間に中堅中小企業との取引を中止し貸付金の回収に入るとの信頼筋からの情報。回収の対象となる中堅中小企業は優良企業と言われている150万社とのことで、不良債権処理の時代に対象となった中小零細企業ではない。その金額は、あの不良債権処理の規模を大きく上回るとのこと。大手メガバンクからの金利引き上げ要求、元金返済要求、私募債発行による資金調達の誘惑、M&Aを勧誘などは、貸付金回収の兆候とのことだ。大手メガバンクの回収動機は、現在、中堅中小企業の貸付利率は2.0%~2.5%だが、大手メガバンクの収益目標は5%以上であるので、貸付金を回収して、アメリカの国債を買って5%の収益にしようといった具合だ。この経営課題を切り抜ける手法の成功と失敗は、人事管理にも大きな影響を及ぼす。資金さえ回れば企業組織の運営も、何とか回せるといった経営管理も、いよいよ終焉に近づいて来た。
2007/04/10
2007/03/07
第59号
<改正男女雇用均等法についての解説特集>
マスコミや一般的な解説は施行が近づけば目白押しとなってくることから、気がつきにくい視点からの重要課題を、いくつかあげてみる。
○平成19年4月1日からの改正が不備だとする人達の主張は、
(1)問題とされる間接差別は、募集採用などに限られていて、肝心の賃金についての規定がないから骨抜きだ。
(2)間接差別として禁止されるのは、厚生労働省令に定める三項目例に限定されるものだけではないか。
(3)事業主に課せられている、合理性の立証の要件が緩やかすぎるではないか。
といったところだ。
ということは、裁判紛争となった場合は、このポイントをめぐって争われるということになる。
○男女双方の差別禁止
公務員と同様に民間企業においても男女双方禁止されることになった。
したがって、「男の子だけのグループ」とか「女の子だけのグループ」を組んでしまう行為だけで、差別発生の基盤が形作られることとなった。「男らしい女性を雇い、女らしい男性を排除」するといった旧来思考パターンは死滅する。旧来通りを押し通せば「柳沢のお爺さん!」と言われるかも知れないのだ。
○差別的取扱い禁止項目の増加
改正後は、募集・採用、役職配置、部門配置、配置転換一般、権限付与、義務の配分、配置→昇進→教育訓練、福利厚生、定年・解雇、降格、雇用形態変更、労働契約の更新、退職勧奨、雇止めとなった。ここにおいて、賃金差が明確にされていないことは不備だとの批判意見がある。したがって、これからの研究・人事施策課題は、禁止項目と賃金差が、如何にリンクするのか、しないのかに焦点があてられることにもなった。
○間接差別の禁止
が盛り込まれたが、内容は厚生労働省令に定めるとなっている。
…とのことは、5年後の法改正を待たずして、より厳しい禁止内容に途中で変更される可能性があるということだ。
だとすれば、非人道的な間接差別の形態の事例が表沙汰にでもなれば、その類の間接差別が非人道的でなくとも、禁止内容に盛り込まれた省令が発表される可能性があるのだ。グローバル社会になった現在、事例の暴露合戦を誘発するかもしれない。
今回具体的に間接差別とされる場合(省令)は、
(1)募集・採用に当たって、身長、体重、体力を要件とするとき、合理的な理由がない場合
(2)転勤を条件とする総合職を採用するときに、合理的な理由のない場合
(3)昇進にあたり転勤経験があるとするときに、合理的な理由のない場合
の三つが男女ともに禁止されるのである。
合理的とは理由の事実が真実で筋道立てた論拠をもって証明できるかどうかの意味を差し、必要な社内規定も整備されているといった意味である。いくら形式を踏んだとしても、実態が伴わなければならないから、社内システムが実効的に動いていなければ責任を問われることになる。
「男女混在する応募者の中から背の高いものだけを選んだ」であるとか、
「支店もないのに、転勤可能な者に限る」であるとか、
「本社管理部門内の昇進に支店業務経験が必要」といったものは、
「それは形式ばかりだ!」と主張されれば、これに対する合理的理由をそろえるのは極めて難しくなる、といった具合だ。
○妊娠・出産・産前産後休業取得での不利益扱い
が禁止となった。加えて、産後1年以内は妊娠中・出産などを理由とする解雇でないことを、事業主が証明出来ない限りは解雇無効とされる。無効とは、初めから解雇がなかったものと取り扱われるという意味で、働いたものと見なす賃金を支払わなければ、労働基準法上の賃金不払いとなる。
ところで、典型的な想定事例はこうだ。
契約期間1年の雇用契約を繰り返している女性が中途で妊娠をして、期間満了時点を産後休暇8週の間に迎えることとなった場合、次期1年間の契約更新を会社が拒否した場合は不利益扱いとされる。よって、育児休業申し出による就労のない「から期間」を含める1年契約を更新しなければならない。また、産後1年以内は解雇禁止の制限がかけられる。気をつけなければならないことは、妊娠・出産・育児休業中は人事評価をすることが出来ないから、出産など以外の解雇理由は立証出来ないことだ。加えて、短期期間契約を繰り返していたとしても4年目に突入した場合は常用労働の扱いとされるのが一般的で、そこに労働契約法が施行されれば、理由のない雇用期間の細分化は継続しているものと扱われる。
これらを考えると、女性にかかる雇用制度全般をチェックし直さなければならなくなった。
○セクシャルハラスメント
についての就業環境配慮義務が→「措置義務」となった。
具体的な措置が無ければ、すぐさま義務違反を問われることになったのだ。
具体的な措置とは、事業主の男女双方に対するセクハラ防止基準、相談窓口、防止教育訓練などが不備となる。不備となれば、配慮義務とは取扱いが違って、すぐさまセクハラ被害損害賠償の根拠となるのだ。
「責任追及はセクハラ加害者にしてくれ」などとは言っていられなくなる。
場合によってはセクハラ防止の張り紙、セクハラ禁止社内放送、イエローカード、不利益回復、加害者の排除、加害者の懲戒などを怠ったことが措置義務違反に問われかねない。
○雇用均等に関わるトラブル発生
は、労働局の調停に持ち込むことができるようになった。
労働局の紛争調整委員会で扱われることになるが、調停の場合は参加拒否が出来ない。
調停の参加を拒否した場合は裁判を提起されたときに、あっせんに比べ一挙に極めて不利に陥るといった具合だ。
一方、労働者側からは、雇用均等法に絡めて事件を紛争調整委員会で持ち込むという戦術も生まれて来るが、これも自然の成り行きとして覚悟しておかなければならない。
この調停制度に、マスコミなどが気づいていないから、事は重大。なお、代理人は弁護士の訴訟代理人ではなく、あっせん代理人の方が経験豊富なこともあって、調停には適切である。
○労働局への報告
を、雇用均等法に関して、事業主は求められることになった。
今回の改正では、報告しない場合と虚偽の報告をした場合には、20万円以下の過料がかけられることになった。
この過料は刑事事件とは異なり、短期に容易に処分が下される。
<最低賃金の論議が、ますます盛んになってきた>
ちなみに、デンマークは28ドル/時間、日本円に直すと 月額約34万円で、最高額のようだが税率は50%、ただし税金は自己申告制とのこと。2005年数値の比較研究によると、日本が一時間あたり5.19ドル、米国5.15ドル、フランスが8.05ドル、イギリスが8.91ドルとのことだ。最低賃金はその国の社会制度とリンクしているものであるから、一概に高い安いと判断できるものではない。終戦後しばらく日本では失業対策事業の賃金が最低として重要視された。ニコヨンという日雇労働者の呼び名は、日額賃金が204円であった時代の社会運動・労働組合運動から言われだしたものだ。生活保護と最低賃金の比較も話題になっているが、労働基準法11条の賃金の定義には「労働の対償」といった辞書にも出てこない言葉が出て来るが、これは生活保護よりも金額が多いことを想定して法律条文化した歴史的事実を見落としてはならないのだ。
<教育再生の話題>
がぼんやりしているのだが、日本人の能力開発、高文化水準の維持を考えると、将来の日本経済を支える主要な柱であることは間違いない。江戸時代まで日本の流通経済を支えていた近江商人の地方では、室町時代には読み書き教育を行っていた形跡があり、江戸時代初期には奥深い山村集落に至るまで「寺子屋」のような組織的教育を行ない、子供達の職業能力を養っていた。
ところで、ある調査によると、私立学校の子供一人当たりの学費の平均は年間85万円程度で、公立学校の場合は年間160万円程度の計算になるとのことである。そこまでの費用をかける積算見積もりが不明なのである。これを分析して、林省之助(関西大学)という教育者は、生徒数20人の街の民間小学校を認可して、そこに就学する子供に対し保護者を通じた年間100万円ほどの就学援助金を国が使用目的を限定して援助すればどうかという構想を披露している。高付加価値製品とか高水準サービスの商品を提供することに活路を見いだす日本の経済を担う子供たちに、その基礎力をつける教育方針を、如何に見いだすかとの議論に、一石を投じている。
マスコミや一般的な解説は施行が近づけば目白押しとなってくることから、気がつきにくい視点からの重要課題を、いくつかあげてみる。
○平成19年4月1日からの改正が不備だとする人達の主張は、
(1)問題とされる間接差別は、募集採用などに限られていて、肝心の賃金についての規定がないから骨抜きだ。
(2)間接差別として禁止されるのは、厚生労働省令に定める三項目例に限定されるものだけではないか。
(3)事業主に課せられている、合理性の立証の要件が緩やかすぎるではないか。
といったところだ。
ということは、裁判紛争となった場合は、このポイントをめぐって争われるということになる。
○男女双方の差別禁止
公務員と同様に民間企業においても男女双方禁止されることになった。
したがって、「男の子だけのグループ」とか「女の子だけのグループ」を組んでしまう行為だけで、差別発生の基盤が形作られることとなった。「男らしい女性を雇い、女らしい男性を排除」するといった旧来思考パターンは死滅する。旧来通りを押し通せば「柳沢のお爺さん!」と言われるかも知れないのだ。
○差別的取扱い禁止項目の増加
改正後は、募集・採用、役職配置、部門配置、配置転換一般、権限付与、義務の配分、配置→昇進→教育訓練、福利厚生、定年・解雇、降格、雇用形態変更、労働契約の更新、退職勧奨、雇止めとなった。ここにおいて、賃金差が明確にされていないことは不備だとの批判意見がある。したがって、これからの研究・人事施策課題は、禁止項目と賃金差が、如何にリンクするのか、しないのかに焦点があてられることにもなった。
○間接差別の禁止
が盛り込まれたが、内容は厚生労働省令に定めるとなっている。
…とのことは、5年後の法改正を待たずして、より厳しい禁止内容に途中で変更される可能性があるということだ。
だとすれば、非人道的な間接差別の形態の事例が表沙汰にでもなれば、その類の間接差別が非人道的でなくとも、禁止内容に盛り込まれた省令が発表される可能性があるのだ。グローバル社会になった現在、事例の暴露合戦を誘発するかもしれない。
今回具体的に間接差別とされる場合(省令)は、
(1)募集・採用に当たって、身長、体重、体力を要件とするとき、合理的な理由がない場合
(2)転勤を条件とする総合職を採用するときに、合理的な理由のない場合
(3)昇進にあたり転勤経験があるとするときに、合理的な理由のない場合
の三つが男女ともに禁止されるのである。
合理的とは理由の事実が真実で筋道立てた論拠をもって証明できるかどうかの意味を差し、必要な社内規定も整備されているといった意味である。いくら形式を踏んだとしても、実態が伴わなければならないから、社内システムが実効的に動いていなければ責任を問われることになる。
「男女混在する応募者の中から背の高いものだけを選んだ」であるとか、
「支店もないのに、転勤可能な者に限る」であるとか、
「本社管理部門内の昇進に支店業務経験が必要」といったものは、
「それは形式ばかりだ!」と主張されれば、これに対する合理的理由をそろえるのは極めて難しくなる、といった具合だ。
○妊娠・出産・産前産後休業取得での不利益扱い
が禁止となった。加えて、産後1年以内は妊娠中・出産などを理由とする解雇でないことを、事業主が証明出来ない限りは解雇無効とされる。無効とは、初めから解雇がなかったものと取り扱われるという意味で、働いたものと見なす賃金を支払わなければ、労働基準法上の賃金不払いとなる。
ところで、典型的な想定事例はこうだ。
契約期間1年の雇用契約を繰り返している女性が中途で妊娠をして、期間満了時点を産後休暇8週の間に迎えることとなった場合、次期1年間の契約更新を会社が拒否した場合は不利益扱いとされる。よって、育児休業申し出による就労のない「から期間」を含める1年契約を更新しなければならない。また、産後1年以内は解雇禁止の制限がかけられる。気をつけなければならないことは、妊娠・出産・育児休業中は人事評価をすることが出来ないから、出産など以外の解雇理由は立証出来ないことだ。加えて、短期期間契約を繰り返していたとしても4年目に突入した場合は常用労働の扱いとされるのが一般的で、そこに労働契約法が施行されれば、理由のない雇用期間の細分化は継続しているものと扱われる。
これらを考えると、女性にかかる雇用制度全般をチェックし直さなければならなくなった。
○セクシャルハラスメント
についての就業環境配慮義務が→「措置義務」となった。
具体的な措置が無ければ、すぐさま義務違反を問われることになったのだ。
具体的な措置とは、事業主の男女双方に対するセクハラ防止基準、相談窓口、防止教育訓練などが不備となる。不備となれば、配慮義務とは取扱いが違って、すぐさまセクハラ被害損害賠償の根拠となるのだ。
「責任追及はセクハラ加害者にしてくれ」などとは言っていられなくなる。
場合によってはセクハラ防止の張り紙、セクハラ禁止社内放送、イエローカード、不利益回復、加害者の排除、加害者の懲戒などを怠ったことが措置義務違反に問われかねない。
○雇用均等に関わるトラブル発生
は、労働局の調停に持ち込むことができるようになった。
労働局の紛争調整委員会で扱われることになるが、調停の場合は参加拒否が出来ない。
調停の参加を拒否した場合は裁判を提起されたときに、あっせんに比べ一挙に極めて不利に陥るといった具合だ。
一方、労働者側からは、雇用均等法に絡めて事件を紛争調整委員会で持ち込むという戦術も生まれて来るが、これも自然の成り行きとして覚悟しておかなければならない。
この調停制度に、マスコミなどが気づいていないから、事は重大。なお、代理人は弁護士の訴訟代理人ではなく、あっせん代理人の方が経験豊富なこともあって、調停には適切である。
○労働局への報告
を、雇用均等法に関して、事業主は求められることになった。
今回の改正では、報告しない場合と虚偽の報告をした場合には、20万円以下の過料がかけられることになった。
この過料は刑事事件とは異なり、短期に容易に処分が下される。
<最低賃金の論議が、ますます盛んになってきた>
ちなみに、デンマークは28ドル/時間、日本円に直すと 月額約34万円で、最高額のようだが税率は50%、ただし税金は自己申告制とのこと。2005年数値の比較研究によると、日本が一時間あたり5.19ドル、米国5.15ドル、フランスが8.05ドル、イギリスが8.91ドルとのことだ。最低賃金はその国の社会制度とリンクしているものであるから、一概に高い安いと判断できるものではない。終戦後しばらく日本では失業対策事業の賃金が最低として重要視された。ニコヨンという日雇労働者の呼び名は、日額賃金が204円であった時代の社会運動・労働組合運動から言われだしたものだ。生活保護と最低賃金の比較も話題になっているが、労働基準法11条の賃金の定義には「労働の対償」といった辞書にも出てこない言葉が出て来るが、これは生活保護よりも金額が多いことを想定して法律条文化した歴史的事実を見落としてはならないのだ。
<教育再生の話題>
がぼんやりしているのだが、日本人の能力開発、高文化水準の維持を考えると、将来の日本経済を支える主要な柱であることは間違いない。江戸時代まで日本の流通経済を支えていた近江商人の地方では、室町時代には読み書き教育を行っていた形跡があり、江戸時代初期には奥深い山村集落に至るまで「寺子屋」のような組織的教育を行ない、子供達の職業能力を養っていた。
ところで、ある調査によると、私立学校の子供一人当たりの学費の平均は年間85万円程度で、公立学校の場合は年間160万円程度の計算になるとのことである。そこまでの費用をかける積算見積もりが不明なのである。これを分析して、林省之助(関西大学)という教育者は、生徒数20人の街の民間小学校を認可して、そこに就学する子供に対し保護者を通じた年間100万円ほどの就学援助金を国が使用目的を限定して援助すればどうかという構想を披露している。高付加価値製品とか高水準サービスの商品を提供することに活路を見いだす日本の経済を担う子供たちに、その基礎力をつける教育方針を、如何に見いだすかとの議論に、一石を投じている。
2007/02/05
第58号
<IntelligenceやKnow-Howの収集>
経営管理において、とりわけ総務部門でのIntelligenceやKnow-Howの有無は、利益の源泉を左右するどころか、経営の基盤や母体、を良い意味でも悪い意味でも揺るがす程の価値がある。Informationといわれるものは、早い話、税理士や社会保険労務士といった専門家に問い合わせれば容易に入手できる。それも今日では、インターネットのWebを検索すれば、入手できるたぐいのものである。したがって、Informationはインターネットを操作できる人であれば、すぐさま収集できる程度のものだから、付加価値は少ないのである。
その道の資格者とか、アウトソーシング業には、それなりに蓄積されているので、Informationは記憶や記録の範囲で安価に提供してもらえる。この前提に基づいて、当社(株式会社総務部)も、100余の総務部門書式を無料でダウンロードできるようにホームページを開設し、施策の羅針盤となるようなInformationやIntelligenceなどをメルマガにして発信しているのである。これらは、あくまでInformation程度の内容であるから、クライアントへの無料サービスというよりは、クライアントからの問い合わせに対して逐一対応する手間と労力を削減するために提供しているといったところが本音なのである。
よくあることだが、Informationのついでに、IntelligenceやKnow-Howの提供を求めても、そこには危険をはらんでいる。
IntelligenceやKnow-Howには、
‐提供内容を信じて経営管理に適用するものであるから、
‐提供するときにはクライアント側の瑕疵を未然予測したうえで提供する義務(提供物責任)があり、
‐所要の労働力や経費と心理的努力・依頼者利益の確保
などが含まれているのである。
こういったこと考える意思も能力もなく、「利用するかどうかは、クライアントの自己責任」だとして、危険なものまでをも、聴き心地の良い話に編集して提供するといった姿勢は、コンサルティング業の職業倫理に反するものなのである。世間話や詐欺話との差異は、ここにある。
よって、漠然と情報?と考えるのではなく、Intelligence、Know-How、Informationのいずれが必要なのかをよく考えて、相手方がその提供元かを見極め、提供を求めて行くことが必要なのだ。外注業者やアウトソーシング業は、IntelligenceやKnow-Howの提供元ではないのである。とりわけ、IntelligenceやKnow-Howは、提供する側の裁量でもって供給してもらわない限り、入手出来ないものであるから、提供してくれることが当然の如くの姿勢では供給してもらえないのである。例えば、学校の教師に対して、「雇っているのだから教えろ!」といった姿勢では、理解できるように教えてもらえない場合と同様である。
IntelligenceやKnow-Howを入手する場合、労働者や外注業者扱いの姿勢では、企業を育てる本物のコンサルタント業者からは、相手にもしてもらえない。
‐「契約の意思もないのに、面談を求める」(社員の採用や業者の選抜程度の需要)とか、
‐「杓子定規に報酬支払いは、翌翌月以降に延ばす」(日頃から、Salary、Wage、Feeといった区別分析力が無い)とか、
‐「報酬から支払い手数料を減額する」(通常、商品代金の内訳重要さを理解出来ない)
といった行為はチェックされており、コンサルティング業者から、貴方は下心を見透かされ、
仮に契約に至ったとしても、赤子の手をひねるように貴方は利用されるだけなのである。
「オレは!大丈夫」
と思う貴方は、サラ金の多重債務者の「今度こそは大丈夫!」といった心理と同様、なので、悪徳コンサルタント業者のターゲットにされるのである。「社員扱い」なら、言われる通りするだけで企画を立てなくても売り上げ計上。「杓子定規」であれば、いくらでも話をごまかす。内訳が理解出来ないなら、Blackboxに引きずり込める。といった具合だ。
この話は、執筆者のこの私がコンサルタントであるから、提供できるIntelligenceなのだ。
<企業機密の漏洩の実状>
「Winny」をはじめとした、ファイル共有ソフトとかファイル交換ソフトの利用がますます流行している。
ファイル共有ソフトには「WinMX」「Gnutella」「Kazaa」「Share」など数多くの物があり、いつでもネット上で無料ダウンロードできる。「Winny」でダウンロードしたファイルに隠れているウイルス(代表的なものはAntinnyアンティニー)がパソコンに感染して情報が流出した事案がマスコミで有名になった。確かに、変わったウイルスでは、個人のパソコンのデスクトップ画面が定期的に2chに投稿されるものもある。
ところが、
「Winny」といってもウイルスに感染しさえしなければ大丈夫と過信して、情報流出を起こしてしまい、ウイルス感染もしていないのに、ウイルスの仕業にしてしまっているケースもなきにしもあらずだ。USBをつないだままネットを行ったために、情報が流れてしまったケースもある。
そして、
ファイル共有ソフトなどは、あまりにも便利なために流行の域を出て、グローバル社会における重要な情報伝達手段となりつつある。たとえば、耐震偽装マンションの問題の際に、Eホームズの藤田社長は、マスコミ関係者の受け狙い的な報道に対抗して、 「YouTube」 で自らの見解を発表するという手段をとった。この 「YouTube」 は動画系のファイル共通ネットなのだ。
だから、新聞記者は文学部出身ばかりとその専門性を不安視される事態であることから、今後は、不十分なマスコミに変わって、それらは情報を得るため&情報発信するための重要な手段となるかもしれないのだ。そんなこともあって、「Winny」などの利用者も増え続けているようだ。
情報漏洩事件の主要な原因と対策は次の通り。
ただ、多くの大手マスコミ論調は、ファイル共有ソフトに関する実態・事実の報道を避けている、というよりも、「口止め」させられているのかもしれない。
第1に、
情報漏洩は、「洩れること」が罪となった社会・経済の背景があるから、漏洩側の責任が問われる。情報を洩らした側は著作権侵害の違法行為を働いていたのであるから、これを被害者としてマスコミが報道しているのは本末転倒な話である。この違法行為を事実上後押しし続けて漏洩を起こした場合に、事業主の損害賠償も当然の義務となる。それでは、事業所内で違法行為を実行した従業員に対して、損害賠償の求償程度の(情報漏洩保険契約の場合、その求償権も損保会社が譲渡を条件とする)罪しか問えないことになるので、情報漏洩防止の具体的手立てが重要となるのだ。
第2に、
現代社会共同体の私的所有原則からすれば、機密にしろ個人情報にしろ、個別企業が従業員に取り扱わせる場合には、個別企業がそのすべての責任を負う必要がある。それは、「どれが機密情報で、どれが個人情報であるか」を定義することから始まる。漏洩の可能性を知れば施設や機器の対策をとることが当たり前のこととなり、従業員が自宅に持ち帰っての情報漏洩であれば、その責任は唯一事業主にある。その従業員が故意または重過失にて情報漏洩対策に従わなかったのでない限り、「あの従業員が悪いのだ」という弁解も通用しない。そもそも情報漏洩対策自体を実施していない個別企業が多いものだから、事業主にすべてが被さってくることとなる。ホリエモンのライブドアのように、自前のパソコンを社業に使わせておれば、情報漏洩は全面的にホリエモンの責任となる。自宅パソコンに持ち帰ってのサービス残業を黙認していたのだから、情報漏洩の損害賠償は事業主がとるしか仕方がない。「洩れること」が罪なのだから、「守秘誓約書」(機密と個人情報を併せたもので、総務部HPの無料ダウンロード版程度で初めて有効)を提出させていないのであれば、漏洩は当たり前、賠償当たり前との社会通念となっているのだ。
第3に、
大々的に報道された事件は、民事法の通用しない公務員(公法が適用)の情報漏れの場合であった。警察官、教師による情報漏れが頻発した背景には、公務を自前のパソコンで行わせていた行政方針に問題があったのだ。送検の供述調書を作成するパソコンまで自分で買わされていた捜査員の刑事さんには同情するとしても、組織的にそれを指示していた官僚が存在しており、このことをマスコミは恐くて書けないのだろう。民間企業と比べて、行政政策として十分な漏洩防止対策がとられているとは思えないような現状では、行政機関に機密や個人情報を近づけないことが、企業防衛の第一歩となる。巷では社会保険事務所に被保険者データをフロッピーで渡すような事務担当者も存在するが、果たして事業経営のことを考えて、データを提供しているのであろうか?
第4に、
ファイル共有ソフトの発見対策は、「Winny」検出削除ツールだけでは「Winny」一種類だけの対策となるので、各種の共通ファイルソフトが存在する状況では、それだけでは無駄と抜け道が多い。視点を変えてみて、「Winny」などの愛好者は、ほぼ動画愛好者に発展するとの実態分析からすれば、その方法ではなく、パソコン内の動画ファイルや動画系ソフトの有無の発見に努め、著作権対策の大網から見通しを立てて行く作戦の方が実務・効率的なのである。いっそのこと、外部の「ファイル共有ソフト愛好者」にチェックしてもらうのも効果的だ。
ただし、個人所有のパソコンは、事業主に所有権や占有権がないので、会社は「他人のパソコンの中身のぞく」ことは出来ないということになる。
第5に、
前向きの漏洩対策として、インターネットカフェなどで、所定労働時間内にファイル共有ソフトに触れる業務をさせるのも、結果的には極めて有効である。この場合は著作権にだけ注意すればよく、最近では「著作権放棄」のファイルも多数出回るようになってきたから、効率的情報収集が可能となる。パソコンに慣れていない者がファイル共有ソフトを使い、操作時間の無駄と、過信による情報漏洩を起こしてしまっては、事業経営としてはたまったものではない。経営の効率化の視点からは、こんな角度からの対策もある。paper‐baseでは記憶出来得ないほどの大量インテリジェンスやインフォメーションを扱わせる業務にこそ初めて便利活用できるパソコン操作との性格を見据えた場合に、そのような担当者にはパソコン用音声入力装置(1個6000円程度・マイク付きで十分)を買い与えて、「他人の著作を盗むよりも自分で喋って入力」させるようにする癖をつけることも現実的な方法(高付加価値作業)ではないだろうか。
中国大陸発の品物を筆頭に、
ビジネス系の海賊版ソフトやデータベースの海外経由物に手を出せば、相手方の国家や競争相手の企業に、注文者の住所が記録され、注文者の興味関心有りとの履歴が、確実に蓄積される。経済戦争の実態はここまで来ている。中国は何千年来の記録の名人。企業の電子メールはもちろんのこと、個人メールアドレスだとしても、安心と思っていると、それは素人の浅知恵でしかない。まして、貴方が既に、どのような事業に携わり、過去にもどのような実績をもっているかが、マークされておれば、貴方の情報は自動蓄積されるのだ。工場の生産能力・出荷台数、発売日、これらの情報こそが欲しがられているのだ。大手企業や研究者でなくとも、ある程度の教養をインターネットのみならず、電子電波系で発信しておれば、エシュロン(アングロサクソン・トライアングルの盗聴機関)に内容が傍受されていることは有名な話。それなりの事業展開の元となる研究者や企画担当者のもとに、知人や取引先を装って「人」が寄って来るのは必然のことなのである。トムクルーズのミッションインポッシブルはアメリカのCIA(central intelligence agency)を、007はイギリスのMI6(military intelligence division 6 )を想定しているが、いずれもが経済取引がらみのテーマなのである。
職業安定所の雇用保険
で取り扱う、フリガナと生年月日は個人動向調査の重要なデータベース。警察の逮捕令状執行の際には利用されている。そこで一言、人事労務系職域団体である、全国社会保険労務士会連合会での個々の社会保険労務士のデータ管理も、「情報管理規定を定めた」だけで、施設、機器並びにネットワーク環境等については無防備状態(昨年4月の対策の問い合わせに対して何ら返事が現在までないとのこと)のようだ。これでは、社会保険労務士に人事データや保険の手続、給与計算業務などを依頼するのに、不安が残って仕方がないのである。だから、大量の手続を取扱う事務所ほど、インターネットや電子申請を拒絶しているとの観測もあるくらいだ。弊社においても、個人情報などは外部との通信が未接続の機器のみを使用し、自宅へのデータ持出持帰リ厳禁、まして危険な電子申請に手をつける予定もさせていない。
データ守秘の重要さは、盗聴や漏洩の実態を理解することからはじまり、慣れているからといって過信したところに、情報漏れが起こっているようだ。古今東西、情報漏洩防止(手紙やpaperの時代の対策、IT時代の対策)に関心のない取引先とは、契約を打ち切る!のが、一般的な商習慣である。
<タレントの菊川怜を起用し>
社会保険労務士会がラジオCMで、全国一斉に20秒のスポットを流す。2月は1日1回、3月になれば1日4回を月曜日から金曜日の午後に流すことになっている。そのナレーションは、
「こんにちは。菊川怜です。リストラ、労働条件、セクハラなど職場でのお悩みは、社会保険労務士にご相談ください。貴方の身近に、頼れる存在。社会保険労務士で検索してね」
を2月から3月の中旬まで。その後3月30日までは、
「こんにちは。菊川怜です。4月から特定社会保険労務士制度がスタートします。これからも職場でのお悩みは、社会保険労務士にご相談ください。貴方の身近に、頼れる存在。社会保険労務士で検索してね」
といった内容だ。このラジオを聞くのは、ほとんどが労働者であり、これを聞いた場合の社会保険労務士に対するイメージは、自明の理である。今まで多くの人たちが、社会保険労務士に対しては、「経営者の側」との印象を持っていたのだが、そのイメージを転換するようなCMになりそうだ。
ところで、当の社会保険労務士の一般では、自らを労働者の側と自覚して仕事をしている人たちが極めて少ないのだ。社会保険労務士の業務範囲だけで生計を立てている人は、5%も居ないかも知れないと言われており、そのほとんどが事業主からの報酬に頼る人たちである。そのような状況では、このラジオCMに対し、多くの社会保険労務士は賛同を寄せることなどありえない。一般の社会保険労務士には、ラジオCM開始の10日ほど前に告知されるなど電撃的な会員通知であった。菊川怜との契約は2月1日から4月30日までだが、3月には週刊文春や週刊新潮への1ページカラー広告、全国的に投入するリーフレット35万部やクリアファイル40万部も社会保険労務士会としてはダントツの数量なのだ。このような菊川怜のラジオCMに踏み切った事情は、さまざま説明が行われるかもしれないが、結果的に、
「水面下の労使紛争を表面化させるための厚生労働省の政策の宣伝に、社会保険労務士を利用したのではないか!」
と指摘する意見が出ても仕方がないのである。
さて、このCM、少なからず、労務管理に不備を抱える個別企業には影響が出るかもしれない。
舞台は紛争調整委員会でのあっせん申請に持ち込まれることになるが、拒否すれば訴訟では不利となる。有能な労働者側のあっせん代理人(特定社会保険労務士)は少数であるから、会社側が有能な会社側あっせん代理人を投入すれば、さほど問題がこじれることは考えられない。あっせん代理人を熟知・手慣れた弁護士は極めて少ない。
しかしながら、物事には、「量から質への変化(量が増えれば質が変化する法則)」が存在するのであるから、それが厚生労働省の狙いかもしれない。
経営管理において、とりわけ総務部門でのIntelligenceやKnow-Howの有無は、利益の源泉を左右するどころか、経営の基盤や母体、を良い意味でも悪い意味でも揺るがす程の価値がある。Informationといわれるものは、早い話、税理士や社会保険労務士といった専門家に問い合わせれば容易に入手できる。それも今日では、インターネットのWebを検索すれば、入手できるたぐいのものである。したがって、Informationはインターネットを操作できる人であれば、すぐさま収集できる程度のものだから、付加価値は少ないのである。
その道の資格者とか、アウトソーシング業には、それなりに蓄積されているので、Informationは記憶や記録の範囲で安価に提供してもらえる。この前提に基づいて、当社(株式会社総務部)も、100余の総務部門書式を無料でダウンロードできるようにホームページを開設し、施策の羅針盤となるようなInformationやIntelligenceなどをメルマガにして発信しているのである。これらは、あくまでInformation程度の内容であるから、クライアントへの無料サービスというよりは、クライアントからの問い合わせに対して逐一対応する手間と労力を削減するために提供しているといったところが本音なのである。
よくあることだが、Informationのついでに、IntelligenceやKnow-Howの提供を求めても、そこには危険をはらんでいる。
IntelligenceやKnow-Howには、
‐提供内容を信じて経営管理に適用するものであるから、
‐提供するときにはクライアント側の瑕疵を未然予測したうえで提供する義務(提供物責任)があり、
‐所要の労働力や経費と心理的努力・依頼者利益の確保
などが含まれているのである。
こういったこと考える意思も能力もなく、「利用するかどうかは、クライアントの自己責任」だとして、危険なものまでをも、聴き心地の良い話に編集して提供するといった姿勢は、コンサルティング業の職業倫理に反するものなのである。世間話や詐欺話との差異は、ここにある。
よって、漠然と情報?と考えるのではなく、Intelligence、Know-How、Informationのいずれが必要なのかをよく考えて、相手方がその提供元かを見極め、提供を求めて行くことが必要なのだ。外注業者やアウトソーシング業は、IntelligenceやKnow-Howの提供元ではないのである。とりわけ、IntelligenceやKnow-Howは、提供する側の裁量でもって供給してもらわない限り、入手出来ないものであるから、提供してくれることが当然の如くの姿勢では供給してもらえないのである。例えば、学校の教師に対して、「雇っているのだから教えろ!」といった姿勢では、理解できるように教えてもらえない場合と同様である。
IntelligenceやKnow-Howを入手する場合、労働者や外注業者扱いの姿勢では、企業を育てる本物のコンサルタント業者からは、相手にもしてもらえない。
‐「契約の意思もないのに、面談を求める」(社員の採用や業者の選抜程度の需要)とか、
‐「杓子定規に報酬支払いは、翌翌月以降に延ばす」(日頃から、Salary、Wage、Feeといった区別分析力が無い)とか、
‐「報酬から支払い手数料を減額する」(通常、商品代金の内訳重要さを理解出来ない)
といった行為はチェックされており、コンサルティング業者から、貴方は下心を見透かされ、
仮に契約に至ったとしても、赤子の手をひねるように貴方は利用されるだけなのである。
「オレは!大丈夫」
と思う貴方は、サラ金の多重債務者の「今度こそは大丈夫!」といった心理と同様、なので、悪徳コンサルタント業者のターゲットにされるのである。「社員扱い」なら、言われる通りするだけで企画を立てなくても売り上げ計上。「杓子定規」であれば、いくらでも話をごまかす。内訳が理解出来ないなら、Blackboxに引きずり込める。といった具合だ。
この話は、執筆者のこの私がコンサルタントであるから、提供できるIntelligenceなのだ。
<企業機密の漏洩の実状>
「Winny」をはじめとした、ファイル共有ソフトとかファイル交換ソフトの利用がますます流行している。
ファイル共有ソフトには「WinMX」「Gnutella」「Kazaa」「Share」など数多くの物があり、いつでもネット上で無料ダウンロードできる。「Winny」でダウンロードしたファイルに隠れているウイルス(代表的なものはAntinnyアンティニー)がパソコンに感染して情報が流出した事案がマスコミで有名になった。確かに、変わったウイルスでは、個人のパソコンのデスクトップ画面が定期的に2chに投稿されるものもある。
ところが、
「Winny」といってもウイルスに感染しさえしなければ大丈夫と過信して、情報流出を起こしてしまい、ウイルス感染もしていないのに、ウイルスの仕業にしてしまっているケースもなきにしもあらずだ。USBをつないだままネットを行ったために、情報が流れてしまったケースもある。
そして、
ファイル共有ソフトなどは、あまりにも便利なために流行の域を出て、グローバル社会における重要な情報伝達手段となりつつある。たとえば、耐震偽装マンションの問題の際に、Eホームズの藤田社長は、マスコミ関係者の受け狙い的な報道に対抗して、 「YouTube」 で自らの見解を発表するという手段をとった。この 「YouTube」 は動画系のファイル共通ネットなのだ。
だから、新聞記者は文学部出身ばかりとその専門性を不安視される事態であることから、今後は、不十分なマスコミに変わって、それらは情報を得るため&情報発信するための重要な手段となるかもしれないのだ。そんなこともあって、「Winny」などの利用者も増え続けているようだ。
情報漏洩事件の主要な原因と対策は次の通り。
ただ、多くの大手マスコミ論調は、ファイル共有ソフトに関する実態・事実の報道を避けている、というよりも、「口止め」させられているのかもしれない。
第1に、
情報漏洩は、「洩れること」が罪となった社会・経済の背景があるから、漏洩側の責任が問われる。情報を洩らした側は著作権侵害の違法行為を働いていたのであるから、これを被害者としてマスコミが報道しているのは本末転倒な話である。この違法行為を事実上後押しし続けて漏洩を起こした場合に、事業主の損害賠償も当然の義務となる。それでは、事業所内で違法行為を実行した従業員に対して、損害賠償の求償程度の(情報漏洩保険契約の場合、その求償権も損保会社が譲渡を条件とする)罪しか問えないことになるので、情報漏洩防止の具体的手立てが重要となるのだ。
第2に、
現代社会共同体の私的所有原則からすれば、機密にしろ個人情報にしろ、個別企業が従業員に取り扱わせる場合には、個別企業がそのすべての責任を負う必要がある。それは、「どれが機密情報で、どれが個人情報であるか」を定義することから始まる。漏洩の可能性を知れば施設や機器の対策をとることが当たり前のこととなり、従業員が自宅に持ち帰っての情報漏洩であれば、その責任は唯一事業主にある。その従業員が故意または重過失にて情報漏洩対策に従わなかったのでない限り、「あの従業員が悪いのだ」という弁解も通用しない。そもそも情報漏洩対策自体を実施していない個別企業が多いものだから、事業主にすべてが被さってくることとなる。ホリエモンのライブドアのように、自前のパソコンを社業に使わせておれば、情報漏洩は全面的にホリエモンの責任となる。自宅パソコンに持ち帰ってのサービス残業を黙認していたのだから、情報漏洩の損害賠償は事業主がとるしか仕方がない。「洩れること」が罪なのだから、「守秘誓約書」(機密と個人情報を併せたもので、総務部HPの無料ダウンロード版程度で初めて有効)を提出させていないのであれば、漏洩は当たり前、賠償当たり前との社会通念となっているのだ。
第3に、
大々的に報道された事件は、民事法の通用しない公務員(公法が適用)の情報漏れの場合であった。警察官、教師による情報漏れが頻発した背景には、公務を自前のパソコンで行わせていた行政方針に問題があったのだ。送検の供述調書を作成するパソコンまで自分で買わされていた捜査員の刑事さんには同情するとしても、組織的にそれを指示していた官僚が存在しており、このことをマスコミは恐くて書けないのだろう。民間企業と比べて、行政政策として十分な漏洩防止対策がとられているとは思えないような現状では、行政機関に機密や個人情報を近づけないことが、企業防衛の第一歩となる。巷では社会保険事務所に被保険者データをフロッピーで渡すような事務担当者も存在するが、果たして事業経営のことを考えて、データを提供しているのであろうか?
第4に、
ファイル共有ソフトの発見対策は、「Winny」検出削除ツールだけでは「Winny」一種類だけの対策となるので、各種の共通ファイルソフトが存在する状況では、それだけでは無駄と抜け道が多い。視点を変えてみて、「Winny」などの愛好者は、ほぼ動画愛好者に発展するとの実態分析からすれば、その方法ではなく、パソコン内の動画ファイルや動画系ソフトの有無の発見に努め、著作権対策の大網から見通しを立てて行く作戦の方が実務・効率的なのである。いっそのこと、外部の「ファイル共有ソフト愛好者」にチェックしてもらうのも効果的だ。
ただし、個人所有のパソコンは、事業主に所有権や占有権がないので、会社は「他人のパソコンの中身のぞく」ことは出来ないということになる。
第5に、
前向きの漏洩対策として、インターネットカフェなどで、所定労働時間内にファイル共有ソフトに触れる業務をさせるのも、結果的には極めて有効である。この場合は著作権にだけ注意すればよく、最近では「著作権放棄」のファイルも多数出回るようになってきたから、効率的情報収集が可能となる。パソコンに慣れていない者がファイル共有ソフトを使い、操作時間の無駄と、過信による情報漏洩を起こしてしまっては、事業経営としてはたまったものではない。経営の効率化の視点からは、こんな角度からの対策もある。paper‐baseでは記憶出来得ないほどの大量インテリジェンスやインフォメーションを扱わせる業務にこそ初めて便利活用できるパソコン操作との性格を見据えた場合に、そのような担当者にはパソコン用音声入力装置(1個6000円程度・マイク付きで十分)を買い与えて、「他人の著作を盗むよりも自分で喋って入力」させるようにする癖をつけることも現実的な方法(高付加価値作業)ではないだろうか。
中国大陸発の品物を筆頭に、
ビジネス系の海賊版ソフトやデータベースの海外経由物に手を出せば、相手方の国家や競争相手の企業に、注文者の住所が記録され、注文者の興味関心有りとの履歴が、確実に蓄積される。経済戦争の実態はここまで来ている。中国は何千年来の記録の名人。企業の電子メールはもちろんのこと、個人メールアドレスだとしても、安心と思っていると、それは素人の浅知恵でしかない。まして、貴方が既に、どのような事業に携わり、過去にもどのような実績をもっているかが、マークされておれば、貴方の情報は自動蓄積されるのだ。工場の生産能力・出荷台数、発売日、これらの情報こそが欲しがられているのだ。大手企業や研究者でなくとも、ある程度の教養をインターネットのみならず、電子電波系で発信しておれば、エシュロン(アングロサクソン・トライアングルの盗聴機関)に内容が傍受されていることは有名な話。それなりの事業展開の元となる研究者や企画担当者のもとに、知人や取引先を装って「人」が寄って来るのは必然のことなのである。トムクルーズのミッションインポッシブルはアメリカのCIA(central intelligence agency)を、007はイギリスのMI6(military intelligence division 6 )を想定しているが、いずれもが経済取引がらみのテーマなのである。
職業安定所の雇用保険
で取り扱う、フリガナと生年月日は個人動向調査の重要なデータベース。警察の逮捕令状執行の際には利用されている。そこで一言、人事労務系職域団体である、全国社会保険労務士会連合会での個々の社会保険労務士のデータ管理も、「情報管理規定を定めた」だけで、施設、機器並びにネットワーク環境等については無防備状態(昨年4月の対策の問い合わせに対して何ら返事が現在までないとのこと)のようだ。これでは、社会保険労務士に人事データや保険の手続、給与計算業務などを依頼するのに、不安が残って仕方がないのである。だから、大量の手続を取扱う事務所ほど、インターネットや電子申請を拒絶しているとの観測もあるくらいだ。弊社においても、個人情報などは外部との通信が未接続の機器のみを使用し、自宅へのデータ持出持帰リ厳禁、まして危険な電子申請に手をつける予定もさせていない。
データ守秘の重要さは、盗聴や漏洩の実態を理解することからはじまり、慣れているからといって過信したところに、情報漏れが起こっているようだ。古今東西、情報漏洩防止(手紙やpaperの時代の対策、IT時代の対策)に関心のない取引先とは、契約を打ち切る!のが、一般的な商習慣である。
<タレントの菊川怜を起用し>
社会保険労務士会がラジオCMで、全国一斉に20秒のスポットを流す。2月は1日1回、3月になれば1日4回を月曜日から金曜日の午後に流すことになっている。そのナレーションは、
「こんにちは。菊川怜です。リストラ、労働条件、セクハラなど職場でのお悩みは、社会保険労務士にご相談ください。貴方の身近に、頼れる存在。社会保険労務士で検索してね」
を2月から3月の中旬まで。その後3月30日までは、
「こんにちは。菊川怜です。4月から特定社会保険労務士制度がスタートします。これからも職場でのお悩みは、社会保険労務士にご相談ください。貴方の身近に、頼れる存在。社会保険労務士で検索してね」
といった内容だ。このラジオを聞くのは、ほとんどが労働者であり、これを聞いた場合の社会保険労務士に対するイメージは、自明の理である。今まで多くの人たちが、社会保険労務士に対しては、「経営者の側」との印象を持っていたのだが、そのイメージを転換するようなCMになりそうだ。
ところで、当の社会保険労務士の一般では、自らを労働者の側と自覚して仕事をしている人たちが極めて少ないのだ。社会保険労務士の業務範囲だけで生計を立てている人は、5%も居ないかも知れないと言われており、そのほとんどが事業主からの報酬に頼る人たちである。そのような状況では、このラジオCMに対し、多くの社会保険労務士は賛同を寄せることなどありえない。一般の社会保険労務士には、ラジオCM開始の10日ほど前に告知されるなど電撃的な会員通知であった。菊川怜との契約は2月1日から4月30日までだが、3月には週刊文春や週刊新潮への1ページカラー広告、全国的に投入するリーフレット35万部やクリアファイル40万部も社会保険労務士会としてはダントツの数量なのだ。このような菊川怜のラジオCMに踏み切った事情は、さまざま説明が行われるかもしれないが、結果的に、
「水面下の労使紛争を表面化させるための厚生労働省の政策の宣伝に、社会保険労務士を利用したのではないか!」
と指摘する意見が出ても仕方がないのである。
さて、このCM、少なからず、労務管理に不備を抱える個別企業には影響が出るかもしれない。
舞台は紛争調整委員会でのあっせん申請に持ち込まれることになるが、拒否すれば訴訟では不利となる。有能な労働者側のあっせん代理人(特定社会保険労務士)は少数であるから、会社側が有能な会社側あっせん代理人を投入すれば、さほど問題がこじれることは考えられない。あっせん代理人を熟知・手慣れた弁護士は極めて少ない。
しかしながら、物事には、「量から質への変化(量が増えれば質が変化する法則)」が存在するのであるから、それが厚生労働省の狙いかもしれない。
2007/01/09
第57号
white-collar exemption?が、年明け早々の話題となって現れました。新年あけましておめでとうございます。今年も総務人事・経営労務のインテリジェンスをお届けします。
<労働条件の中途変更とか雇用期間の短縮>
経済背景から、今やこのことを考えずに過ごすわけにはいかず、これをめぐって諸説氾濫・収拾のつかない雰囲気が日本国中に漂っている。
・退職金規定は本人同意さえあれば払わなくても済む?との錯誤
・本人同意さえあれば来月からでも賃金カット?ができるとの錯誤
・雇用期間の途中でも解雇予告手当さえ払えば合法?との錯誤
・会社の配置転換命令がいやなら退職すべき?との錯誤
・いざとなれば、背に腹は替えられないので、少々のことができるとの錯誤
個別企業経営が貧すれば鈍するのか、鈍感だから貧乏経営なのか、何れにしても愚かな話である。
それとも、大手企業の利益の源泉が人件費カットにあるので、この期に及んで、今さらそれを真似でもしようとでも言うのだろうか?
現実には、過去一時期流行したことのある、
・リストラでの退職強要や配転強要
・整理解雇四要件の要素化(要素は欠けても可、要件は一つでも欠ければ不可)
・変更解約告知(労働条件低下に同意しなければ解雇をするとの告知)
などは今や通じる代物ではない。そのような「甘い学説」では、会社側は敗訴と損害賠償+遅延損害金6%を覚悟しなければならない。それをいまだに、「やってみなければ判らない!」などと、労務担当弁護士を引き受ける輩も目立つが、この輩、立場が悪くなれば、紛争現場から逃げるのは常なのである。仮に、会社側が裁判などに引っ張り出されることがなかったとしても、高付加価値作業が至上命令とされる現代、職場の労働意欲低下による能率低下を招いてしまって、本業に差し障るケースが続出しているのだ。
とりわけ労働集約型事業となれば、不渡り手形をつかまされる事がないので気づくのが遅れがちで、最終は代表取締役の個人債務に圧し掛かる。それというのも、労働意欲の低下や事件の賠償による費用の出費は知らず知らずのうちに累積し、資金借り入れ金となってジワジワと個人保障をさせられるという風に…。解雇事件のトラブルとなれば、パートは100万円、正社員は400万円が経常利益から消えて行く勘定となる。
ホリエモンのライブドアでは、「年俸800万円で採用、2〜3ヵ月後には因縁?をつけて400万円程度に年収変更。パソコンも自前で用意せよ!」といった話は、余りにも有名である。ホリエモンの口癖は、「いやならやめろ!募集すれば次が来る!」と言っていたとのことだが、挙げ句の果て、誰もホリエモンに味方する人物はいなくなったのである。
white-collar exemptionの議論
が、にわかに急上昇して来たのは、ここでの労働者がもっている将来不安が焦点となってきたことのみならず、良識ある経営者が、その合理性や経済性を無視したカラクリに気がついたと見るのが妥当である。なので、これをいち早く政権の危機?と察知した政治家は、1月4日white-collar exemptionの慎重論?を口にしたのである。
本来の手順方法からすれば、労働条件変更とか雇用期間短縮は、
その1-
私的自治や私的所有の原則(これらは現代社会共同体の基本原則の一部)によって、就業規則などの改定作業から始められなければならないものであり(就業規則法理)、
その2-
就業規則が変更されたなら、何でもが可能となるのではなく、底流には労働者との自由な意思の合致(契約法理)を必要としているのである。
このような手順方法を無視して、「当事者同士で納得さえすれば、一旦納得させさえすれば、有効になる」と思っている素人の錯誤だから、いざ反撃をされれば、そんな会社側の主張はひとたまりもないのである。
要するに、
・契約不履行にはならないか?の検討
・相手に迷惑をかけて賠償の必要が出る不法行為となるか?の検討
を合わせて行ない、仮に訴訟を提起された場合の、訴訟物の積算見積もりをしてみなければならないとのことである。
1980年代から、主要先進国においては、「何れが正義か、公正か?」の発想よりも、余りにも「正義や公正」の中身が立場や状況によって転変する現実を踏まえて、物事の「変更手続を重視」する固定概念が定着して来たのだが、この正義・公正の転変(社会に対する不信感要素でもある)の部分を学習・認識せずに、表面現象の「変更手続」のみに走るものだから、素人の無知・錯誤となってしまうのである。その道のビジネス書を読めば、周囲からは一見物知りのように評価されるのだが、実のところは、「中身は空っぽ、口先だけ」と、真の実行力はないとされる由縁である。何処の誰もが言ってもいないのに、素人の錯誤を振りかざし素人ながらに意地を張るものだから、こじれた事件となっても、損害賠償などの後始末をしなければならなくなるのは、ひとえに会社側なのである。中間管理職の発言であっても責任をとらなければならないのは会社である。
いわゆる、「法律の条文文言さえ守っておれば、問題ない」とするのは、(これは団塊の世代に多い考え方で)大きな見当違いなのである。いわゆる法律というものは、表面的な文言の奥にある「趣旨や制度の概念」を指すものといったように理解しておれば、分かりやすいのであって、この趣旨や制度の概念に反すれば「当座は切りぬけた!」と思っても、明日には通用しないことになり、裁判に負けてしまう。そこで、「裁判になりさえしなければ、やり得」と考える人もいるが、これも浅墓で、「条文文言さえ守っておけば…」との表面的姿勢が、相手方労働者や味方をしてくれそうな関係者からの猛反発を受ける主要な原因となることも忘れてはならない。その表面的姿勢から労働者に怨念を抱かれて、自己中心主義者だ!と決めつけられた事件となり、相手方はありとあらゆる法律と理由・非難をかき集めるのである。ここに、あっせん作業とか和解作業などが、まずこの怨念を解くことから始められる由縁である。法律、理由・非難の論戦では解決糸口を探ることすら難しく、当事者の意向をよそに、会社対労働者の対決(訴訟とか労組闘争)をせざるを得なくなるのである。
実は、「法律の条文文言を守ってさえおれば…」との考え方が通用した背景には、労働者の納得を得るための前提条件があった。そこには、「モノの道理(合理性)と利益(経済性)」が前提として横たわっていた。そのような社会・経済の時代であったのだ。それが当事者間で十分説明され、意思が合致していたから、納得され、表向きは「文言を守った形」となったのである。個別企業において、このことは就業規則や業務命令通達でも然りであった。そう、団塊の世代の人達が華々しかった時代の発想にほかならないのだ。この合理性と経済性を無視して、条文文言を理屈に使っても、納得されることがないのは自明の理である。
労使当事者各々の合理性・経済性及び関係法律の合法性が保たれれば、それは確かに有効に機能するのだが、これらが保てる社会・経済の時代背景があるかどうかを判断出来ない素人が、新方式とかニュービジネスとかの名称を使い発案するものだから、これまた素人が錯誤してしまい、会社側の後始末が大変となるのである。「世の中、役に立たない物ほどよく売れる」(本田宗一郎)なのである。過去の例で例えると、「短期雇用契約の繰り返し」とか「偽装請負」導入で利益をかすめとられた経営者も少なくないのである。労働基準法18条の2が改正される直前までは、結構多くの労働基準監督官までが、「30日分さえ払えば解雇できる!」などと事業主に説明していたものだから、それを信じたがため、後から賠償金を払わされた事業主も多かったのである。
通常国会に提出されるであろう、話題の労働契約法案は、white-collar exemptionだけではない。
A.労働契約は、労働者及び使用者の対等の立場における合意に基づいて締結
B.労働契約は、信義に従い誠実に権利を行使し、義務を履行
C.生命・安全配慮義務の法制化(現在は最高裁の判例法理)
などの注目ヵ所も含まれようとしている。
ただし、この労働契約法制の話題を聴くときに注意をしなければならないのは、今述べたような注目ヵ所の背景に、
・道理にかなった(合理的)就業規則
・就業規則は周知されてこそ有効
・雇用契約の期間中解約は原則禁止
・短期契約の反復更新を排除
などの前提条件が存在しているということである。すなわち、この前提条件を無視した場合、いくら表面が合法的に見えても、あっせんや訴訟となった場合には、すべて会社側に後始末を負わされるという意味なのである。
マスコミと同じように、格差社会だ、規制緩和だ、と評論家ぶっているとか、諸説氾濫・収拾のつかない雰囲気に漂っておれば、個別企業もろとも、社会の底辺に落とされてしまうのである。
「頭の良い人だけ」が残ればよい、ニートやフリーターは「社会のクズ」と言わんばかりの行政政策であることには間違いない。
よって、総務人事担当者の役割は、きわめて重要となってくるのだ。
<労働条件の中途変更とか雇用期間の短縮>
経済背景から、今やこのことを考えずに過ごすわけにはいかず、これをめぐって諸説氾濫・収拾のつかない雰囲気が日本国中に漂っている。
・退職金規定は本人同意さえあれば払わなくても済む?との錯誤
・本人同意さえあれば来月からでも賃金カット?ができるとの錯誤
・雇用期間の途中でも解雇予告手当さえ払えば合法?との錯誤
・会社の配置転換命令がいやなら退職すべき?との錯誤
・いざとなれば、背に腹は替えられないので、少々のことができるとの錯誤
個別企業経営が貧すれば鈍するのか、鈍感だから貧乏経営なのか、何れにしても愚かな話である。
それとも、大手企業の利益の源泉が人件費カットにあるので、この期に及んで、今さらそれを真似でもしようとでも言うのだろうか?
現実には、過去一時期流行したことのある、
・リストラでの退職強要や配転強要
・整理解雇四要件の要素化(要素は欠けても可、要件は一つでも欠ければ不可)
・変更解約告知(労働条件低下に同意しなければ解雇をするとの告知)
などは今や通じる代物ではない。そのような「甘い学説」では、会社側は敗訴と損害賠償+遅延損害金6%を覚悟しなければならない。それをいまだに、「やってみなければ判らない!」などと、労務担当弁護士を引き受ける輩も目立つが、この輩、立場が悪くなれば、紛争現場から逃げるのは常なのである。仮に、会社側が裁判などに引っ張り出されることがなかったとしても、高付加価値作業が至上命令とされる現代、職場の労働意欲低下による能率低下を招いてしまって、本業に差し障るケースが続出しているのだ。
とりわけ労働集約型事業となれば、不渡り手形をつかまされる事がないので気づくのが遅れがちで、最終は代表取締役の個人債務に圧し掛かる。それというのも、労働意欲の低下や事件の賠償による費用の出費は知らず知らずのうちに累積し、資金借り入れ金となってジワジワと個人保障をさせられるという風に…。解雇事件のトラブルとなれば、パートは100万円、正社員は400万円が経常利益から消えて行く勘定となる。
ホリエモンのライブドアでは、「年俸800万円で採用、2〜3ヵ月後には因縁?をつけて400万円程度に年収変更。パソコンも自前で用意せよ!」といった話は、余りにも有名である。ホリエモンの口癖は、「いやならやめろ!募集すれば次が来る!」と言っていたとのことだが、挙げ句の果て、誰もホリエモンに味方する人物はいなくなったのである。
white-collar exemptionの議論
が、にわかに急上昇して来たのは、ここでの労働者がもっている将来不安が焦点となってきたことのみならず、良識ある経営者が、その合理性や経済性を無視したカラクリに気がついたと見るのが妥当である。なので、これをいち早く政権の危機?と察知した政治家は、1月4日white-collar exemptionの慎重論?を口にしたのである。
本来の手順方法からすれば、労働条件変更とか雇用期間短縮は、
その1-
私的自治や私的所有の原則(これらは現代社会共同体の基本原則の一部)によって、就業規則などの改定作業から始められなければならないものであり(就業規則法理)、
その2-
就業規則が変更されたなら、何でもが可能となるのではなく、底流には労働者との自由な意思の合致(契約法理)を必要としているのである。
このような手順方法を無視して、「当事者同士で納得さえすれば、一旦納得させさえすれば、有効になる」と思っている素人の錯誤だから、いざ反撃をされれば、そんな会社側の主張はひとたまりもないのである。
要するに、
・契約不履行にはならないか?の検討
・相手に迷惑をかけて賠償の必要が出る不法行為となるか?の検討
を合わせて行ない、仮に訴訟を提起された場合の、訴訟物の積算見積もりをしてみなければならないとのことである。
1980年代から、主要先進国においては、「何れが正義か、公正か?」の発想よりも、余りにも「正義や公正」の中身が立場や状況によって転変する現実を踏まえて、物事の「変更手続を重視」する固定概念が定着して来たのだが、この正義・公正の転変(社会に対する不信感要素でもある)の部分を学習・認識せずに、表面現象の「変更手続」のみに走るものだから、素人の無知・錯誤となってしまうのである。その道のビジネス書を読めば、周囲からは一見物知りのように評価されるのだが、実のところは、「中身は空っぽ、口先だけ」と、真の実行力はないとされる由縁である。何処の誰もが言ってもいないのに、素人の錯誤を振りかざし素人ながらに意地を張るものだから、こじれた事件となっても、損害賠償などの後始末をしなければならなくなるのは、ひとえに会社側なのである。中間管理職の発言であっても責任をとらなければならないのは会社である。
いわゆる、「法律の条文文言さえ守っておれば、問題ない」とするのは、(これは団塊の世代に多い考え方で)大きな見当違いなのである。いわゆる法律というものは、表面的な文言の奥にある「趣旨や制度の概念」を指すものといったように理解しておれば、分かりやすいのであって、この趣旨や制度の概念に反すれば「当座は切りぬけた!」と思っても、明日には通用しないことになり、裁判に負けてしまう。そこで、「裁判になりさえしなければ、やり得」と考える人もいるが、これも浅墓で、「条文文言さえ守っておけば…」との表面的姿勢が、相手方労働者や味方をしてくれそうな関係者からの猛反発を受ける主要な原因となることも忘れてはならない。その表面的姿勢から労働者に怨念を抱かれて、自己中心主義者だ!と決めつけられた事件となり、相手方はありとあらゆる法律と理由・非難をかき集めるのである。ここに、あっせん作業とか和解作業などが、まずこの怨念を解くことから始められる由縁である。法律、理由・非難の論戦では解決糸口を探ることすら難しく、当事者の意向をよそに、会社対労働者の対決(訴訟とか労組闘争)をせざるを得なくなるのである。
実は、「法律の条文文言を守ってさえおれば…」との考え方が通用した背景には、労働者の納得を得るための前提条件があった。そこには、「モノの道理(合理性)と利益(経済性)」が前提として横たわっていた。そのような社会・経済の時代であったのだ。それが当事者間で十分説明され、意思が合致していたから、納得され、表向きは「文言を守った形」となったのである。個別企業において、このことは就業規則や業務命令通達でも然りであった。そう、団塊の世代の人達が華々しかった時代の発想にほかならないのだ。この合理性と経済性を無視して、条文文言を理屈に使っても、納得されることがないのは自明の理である。
労使当事者各々の合理性・経済性及び関係法律の合法性が保たれれば、それは確かに有効に機能するのだが、これらが保てる社会・経済の時代背景があるかどうかを判断出来ない素人が、新方式とかニュービジネスとかの名称を使い発案するものだから、これまた素人が錯誤してしまい、会社側の後始末が大変となるのである。「世の中、役に立たない物ほどよく売れる」(本田宗一郎)なのである。過去の例で例えると、「短期雇用契約の繰り返し」とか「偽装請負」導入で利益をかすめとられた経営者も少なくないのである。労働基準法18条の2が改正される直前までは、結構多くの労働基準監督官までが、「30日分さえ払えば解雇できる!」などと事業主に説明していたものだから、それを信じたがため、後から賠償金を払わされた事業主も多かったのである。
通常国会に提出されるであろう、話題の労働契約法案は、white-collar exemptionだけではない。
A.労働契約は、労働者及び使用者の対等の立場における合意に基づいて締結
B.労働契約は、信義に従い誠実に権利を行使し、義務を履行
C.生命・安全配慮義務の法制化(現在は最高裁の判例法理)
などの注目ヵ所も含まれようとしている。
ただし、この労働契約法制の話題を聴くときに注意をしなければならないのは、今述べたような注目ヵ所の背景に、
・道理にかなった(合理的)就業規則
・就業規則は周知されてこそ有効
・雇用契約の期間中解約は原則禁止
・短期契約の反復更新を排除
などの前提条件が存在しているということである。すなわち、この前提条件を無視した場合、いくら表面が合法的に見えても、あっせんや訴訟となった場合には、すべて会社側に後始末を負わされるという意味なのである。
マスコミと同じように、格差社会だ、規制緩和だ、と評論家ぶっているとか、諸説氾濫・収拾のつかない雰囲気に漂っておれば、個別企業もろとも、社会の底辺に落とされてしまうのである。
「頭の良い人だけ」が残ればよい、ニートやフリーターは「社会のクズ」と言わんばかりの行政政策であることには間違いない。
よって、総務人事担当者の役割は、きわめて重要となってくるのだ。
2006/12/04
第56号
<セクハラの労働関係紛争>
は、平成19年4月1日から労働局の調停制度の対象となる。男女雇用機会均等法の改正によるものだが、ほとんど報道されていない事柄だ。当事者の一方からの申請で調停が開始される。平成19年3月31日までの制度では、申請の相手方当事者が同意しないことには、あっせんが開始されることはない。一方の当事者が同意・出席しなくとも調停案が作成され受諾を勧告されることになる。いずれかが受諾を拒否した場合には調停を打ち切ることになる。ただし、その後に訴訟が提起された場合、調停案受諾拒否はかなりの影響を受けることは間違いない。
セクハラに対する社会の目が厳しくなるとともに、男女ともに就業環境整備や労働能力育成の障害を排除することが社会の要請となってきたことで、あっせん制度から調停制度へと移行されたものと思われる。また、裁判制度では迅速・現実的な解決に時間を要することから、都道府県労働局雇用均等室が受け付け、紛争調整委員会で調停をすることとなっている。今回の改正では、虚偽の報告を行った場合などで過料(20万円以下)も創設された。話のついでだが、来年の通常国会でパートタイム労働法を改正し、パートの紛争解決にも調停制度や過料の行政罰を導入しようとの動きも出てきている。
<パートの厚生年金案>
が突然降って湧いて飛び出して来た。流通業界とか中小企業、その他パートを抱える業界経済団体などから反発の声が出されたが、政府が経済政策の上で期待している個別企業たちは、その時代やその時の制度に合わせて七変化する能力を養っていることも事実なのだ。
例を挙げれば、バブル経済の人手不足の時代に、主婦を中心としたパートの活用事例が開発された。典型的なものは、10時から16時までの時間にパートを集めようとしても人手不足、片や設備投資を行ったために操業時間増加に迫られた工場において、4時間パート三交替で12時間操業を実現した事例があった。朝夕のパートは時間単価を引き上げ応募者に魅力を持たせ、かつ主婦の年収で扶養範囲内を確保した。人間は1日4時間以上働くと能力が落ちると言い切る外食チェーン企業も存在したくらいで、この事例の工場は生産性と収益性が一挙に跳ね上がった。
パートの時間単価は、年間130万円問題に左右される。すなわち年間52週×週5日×1日6時間という計算から大きくはみ出すことのない範囲で、賃金相場が決まるという背景も追い風にしたのだ。現象面で有名となっているパートタイマーの管理職制度も活用事例のひとつだ。弁当やサンドウィッチ製造の女性深夜労働解禁も然り、それは当時の中高年女性の社会進出でもあったのだ。
今回のパートの厚生年金政府案だとすれば、1日4時間×5日の1週間平均20時間未満は厚生年金対象外となるから、「高付加価値製品や高水準サービスの商品」の提供を裏付ける能力の高い労働力等を促進・育成する個別企業も増加することだろう。高付加価値産業育成には賢明な政策ではあるが、ただしそれを政策目的とした痕跡は政府案にはない。それどころか、時間単価の安いパート人件費から合計1万円前後の保険料負担などが生じるとなれば、それだけでは正直者が馬鹿をみるだけのことである。1年未満の短期雇用は除外となれば、シーズンごとの生産調整や9ヵ月単位の雇用を回転させる事業所もあるかも知れない。
今から約20年前、関西のある超大手飲食系食品メーカーは6ヵ月雇用と、その合間に雇用保険失業給付90日の受給をセットにしたパート採用の繰り返しを組織的に行っていた事案があった。これに対し、安定所は求人募集などを盾に圧力をかけて表沙汰になることを抑え込んだのだが、果たして現在は、そのようなことを抑え込める自信があるのだろうか?
ところで、厚生年金保険も労働基準も共に、法律の上では特定された事業所で1日何時間働いたか?を念頭においているわけではない。すなわち、当該労働者が1暦日において何時間働いたか?当該労働者が何日出勤したか?となっているのだ。午前中はA事業所+午後はB事業所とであれば、1日の労働時間や出勤日数は通算されるのである。個別事業所がA+Bで働いていることを知らなかったとしても紛議となれば、契約不履行または不法行為で何らかの損害を賠償しなければならないのは必至である。そのような事件がそのうち発生するのは間違いない。
年金支給額の削減+低賃金労働者の厚生年金から排除+株価の上昇=厚生年金収支黒字化と、社会保険庁の「努力?」が実を結んだと思った矢先に、目先に走った政府の年金案?。これはジレンマではなく、国家の年金制度を必要とする社会政策理念、年金制度成立の前提条件、年金制度維持の基本要件、ある程度の年金制度経緯の知識などを語れる専門家を、旧厚生省や政府が排斥して来た結果でもあるのだ。
ところで、総務人事部門が企業での対応策を考えるにあたり、「悪法も法なり」として「遵守が脱法か」の両極端な想定しか出来ない混迷は、コンプライアンス理念とは無縁な発想であるので、念のため。社会保険料などのコスト減として称して、偽装請負業者の口車にのってしまうのも、知恵と工夫と将来性のない話なのだ。
一方、着々と実施に向かって、2008年10月に全国単位の公法人「全国健康保険協会」を設立する準備が進められている。14日には全国健康保険協会設立に向けた初会合も行われた。その後は同協会の支部が都道府県単位で新しい健康保険を運営することになるのだ。現在、政管健保は約3,600万人加入の最大健康保険組織(健保組合に相当)で社会保険庁が財政運営をしている。法改正実施によって、現行は全国一律の保険料率(8.2%の労使折半)は、都道府県ごとに地域の医療費を反映した保険料率といった具合に変更される。厚生労働省が2003年度の医療給付費等実績をもとに各都道府県ごとに保険料率を試算したところ、最高保険料率は北海道の8.7%、最低保険料率は長野県の7.6%とのことだ。
<労働審判制度>
なるものは、厚生労働省があっせん制度などを整備するなかで、司法関係者があわてて個別労働関係紛争解決の司法システムを2006年4月1日からスタートさせたといっても過言ではない。ところが、早くも立法趣旨とは裏腹に形骸化が始まっているようだ。労働審判の「調停手続き」において、従来からの裁判所の和解?を押しつける姿勢を引き継いでしまったようだ。
審判員は労働委員会などの斡旋委員とは異なり、労使の委員はそれぞれの当事者の味方をしてはいけないことになっている。裁判機能であるから、労使何れであっても中立公正を維持しなければならないとの制度設計。ところが、この制度に悪ノリをして適当に迅速に進行させようとするものだから、3回の審判日の日程のうち2回目で、無理矢理「調停成立」を図ろうとする審判の傾向が色濃く出ている。
どういうことかというと、例えば、使用者出身の審判員は会社側に対して、「なんという違法状態だ。なんという経営姿勢なのか!」などと詰めより厳しく迫る。例えば、労組出身の審判員も労働者に対して、「調停をまとめるならこの程度。君にも非があるんじゃないの!」といった具合があるようだ。
労働審判制度に至るまでには、労働裁判所構想、労働参審制、訴訟手続き見直しなどの議論の経緯が存在した上でのことであるから、決して、「労働審判の制度が始まったばかりで理想通りにいかない」との見解も通用するものではない。最も重要なことは、現実に紛争当事者がこのように受け取っているとのインテリジェンスが次々と聞こえてくること自体が問題であり、制度的問題があるのは間違いないと見て差し支えないのだ。従って、当事者が審判代理人(弁護士などの職業専門家)を立てて審判申し立てを行ったとしても、対決的感情の発生や対決的解決とならざるを得ないのだ。
また少なからず、このように無理矢理合意を急ぐあまりの「調停姿勢」であるから、「調停合意の調書」が作成されたとしても、会社としては労働者を職場復帰させるのは難しい。労働者も職場に戻りにくい状態に陥るケースが多いようである。いくら「調停」と言っても、「いわゆる取引」がそこに持ち込まれれば、人事労務管理を踏まえた上での、「前向き解決」は難しくなるのである。だからこそ、厚生労働省は紛争調整委員会のあっせん制度を平成13年に設置して、このような労働分野の裁判制度の形骸を改善するひとつの制度として個別紛解法のあっせん制度を設けたのである。そもそも、司法関係者の多くは、実態の後追いが目立ち、労働紛争現場から遊離しているのではないかとも感じざるを得ないのである。ところで、私が厚生労働省の肩を持つと思われたとしても、私は厚生労働省の回し者ではないので、念の為。
<「労働契約法」>
は壮大な新時代に見合った社会制度として、厚生労働省が来年の通常国会に向けて、個別的労働関係ないし労働契約に関する主要な問題点(いわゆる判例法理)を整備しようとしている。要するに、当事者の合意に基づく労働契約の成立基準・ルールを設定し、当事者の自己決定と契約履行を促し、それでも対決に至った場合には司法救済を控えさせるという制度的流れではあるが、この中途に、紛争調整委員会のあっせん制度などを設置して紛争の解決をしようとする、一連の枠組み作りなのだ。とりわけ、労働者の流動が激しく、加えてそのための中間管理職を配置することが難しい経営組織にとっては、紛争解決システムとして非常に活用しやすい。経営者の後継者問題に絡む人事紛議に対しても大いに効果を発揮している。これらの法整備と制度設計は、一層のグローバル経済・社会を控えて、社会秩序を安定させる紛争解決制度としての壮大な計画でもあるのだ。国際比較においても、諸外国でも例を見ない立法制度となることも間違いない。
ところで、日本の人事労務管理方式や労働条件決定システムは、世界の先進諸国が導入したいと願っているくらいに、一流なのだ。それは話が逆さまで、「世界の先進国の制度を日本に導入しよう?」ではないのかと認識されている方が居られるのかもしれないが、そうではない。日本の社会制度などは、確かに多くの先進国の中で下位だったり先進国の埒外だったりするが、人事労務管理については、世界では超一流なのである。この現状において、「自律的労働時間制度」の論議の持つ意味とは、white-collar exemption(ホワイトカラー時間外賃金支払免除・2004年6月施行)の実例とされるアメリカでは時間外割増賃金が150%をはじめとして他にも日本とは著しく制度が大きく異なる国の事例である。議論となっている年収基準は、400万円基準は早くから認められず、情報によると700万円基準、1075万円基準が浮かび上がっているのである。ちなみに日本の平均給与は、1997年が467万円、2005年が437万円、この数値(内実を含む)との整合性が、今や労働分野の研究者・学者の間で取りざたされているのである。また、「金銭解決制度」を導入しているのはドイツだけ、その適用事例もほんのわずかとのこと、もちろんドイツの労働制度は「賃金決定権を産別労組がもっており企業にはない」など、日本とは極端に異なる社会制度なのだ。
は、平成19年4月1日から労働局の調停制度の対象となる。男女雇用機会均等法の改正によるものだが、ほとんど報道されていない事柄だ。当事者の一方からの申請で調停が開始される。平成19年3月31日までの制度では、申請の相手方当事者が同意しないことには、あっせんが開始されることはない。一方の当事者が同意・出席しなくとも調停案が作成され受諾を勧告されることになる。いずれかが受諾を拒否した場合には調停を打ち切ることになる。ただし、その後に訴訟が提起された場合、調停案受諾拒否はかなりの影響を受けることは間違いない。
セクハラに対する社会の目が厳しくなるとともに、男女ともに就業環境整備や労働能力育成の障害を排除することが社会の要請となってきたことで、あっせん制度から調停制度へと移行されたものと思われる。また、裁判制度では迅速・現実的な解決に時間を要することから、都道府県労働局雇用均等室が受け付け、紛争調整委員会で調停をすることとなっている。今回の改正では、虚偽の報告を行った場合などで過料(20万円以下)も創設された。話のついでだが、来年の通常国会でパートタイム労働法を改正し、パートの紛争解決にも調停制度や過料の行政罰を導入しようとの動きも出てきている。
<パートの厚生年金案>
が突然降って湧いて飛び出して来た。流通業界とか中小企業、その他パートを抱える業界経済団体などから反発の声が出されたが、政府が経済政策の上で期待している個別企業たちは、その時代やその時の制度に合わせて七変化する能力を養っていることも事実なのだ。
例を挙げれば、バブル経済の人手不足の時代に、主婦を中心としたパートの活用事例が開発された。典型的なものは、10時から16時までの時間にパートを集めようとしても人手不足、片や設備投資を行ったために操業時間増加に迫られた工場において、4時間パート三交替で12時間操業を実現した事例があった。朝夕のパートは時間単価を引き上げ応募者に魅力を持たせ、かつ主婦の年収で扶養範囲内を確保した。人間は1日4時間以上働くと能力が落ちると言い切る外食チェーン企業も存在したくらいで、この事例の工場は生産性と収益性が一挙に跳ね上がった。
パートの時間単価は、年間130万円問題に左右される。すなわち年間52週×週5日×1日6時間という計算から大きくはみ出すことのない範囲で、賃金相場が決まるという背景も追い風にしたのだ。現象面で有名となっているパートタイマーの管理職制度も活用事例のひとつだ。弁当やサンドウィッチ製造の女性深夜労働解禁も然り、それは当時の中高年女性の社会進出でもあったのだ。
今回のパートの厚生年金政府案だとすれば、1日4時間×5日の1週間平均20時間未満は厚生年金対象外となるから、「高付加価値製品や高水準サービスの商品」の提供を裏付ける能力の高い労働力等を促進・育成する個別企業も増加することだろう。高付加価値産業育成には賢明な政策ではあるが、ただしそれを政策目的とした痕跡は政府案にはない。それどころか、時間単価の安いパート人件費から合計1万円前後の保険料負担などが生じるとなれば、それだけでは正直者が馬鹿をみるだけのことである。1年未満の短期雇用は除外となれば、シーズンごとの生産調整や9ヵ月単位の雇用を回転させる事業所もあるかも知れない。
今から約20年前、関西のある超大手飲食系食品メーカーは6ヵ月雇用と、その合間に雇用保険失業給付90日の受給をセットにしたパート採用の繰り返しを組織的に行っていた事案があった。これに対し、安定所は求人募集などを盾に圧力をかけて表沙汰になることを抑え込んだのだが、果たして現在は、そのようなことを抑え込める自信があるのだろうか?
ところで、厚生年金保険も労働基準も共に、法律の上では特定された事業所で1日何時間働いたか?を念頭においているわけではない。すなわち、当該労働者が1暦日において何時間働いたか?当該労働者が何日出勤したか?となっているのだ。午前中はA事業所+午後はB事業所とであれば、1日の労働時間や出勤日数は通算されるのである。個別事業所がA+Bで働いていることを知らなかったとしても紛議となれば、契約不履行または不法行為で何らかの損害を賠償しなければならないのは必至である。そのような事件がそのうち発生するのは間違いない。
年金支給額の削減+低賃金労働者の厚生年金から排除+株価の上昇=厚生年金収支黒字化と、社会保険庁の「努力?」が実を結んだと思った矢先に、目先に走った政府の年金案?。これはジレンマではなく、国家の年金制度を必要とする社会政策理念、年金制度成立の前提条件、年金制度維持の基本要件、ある程度の年金制度経緯の知識などを語れる専門家を、旧厚生省や政府が排斥して来た結果でもあるのだ。
ところで、総務人事部門が企業での対応策を考えるにあたり、「悪法も法なり」として「遵守が脱法か」の両極端な想定しか出来ない混迷は、コンプライアンス理念とは無縁な発想であるので、念のため。社会保険料などのコスト減として称して、偽装請負業者の口車にのってしまうのも、知恵と工夫と将来性のない話なのだ。
一方、着々と実施に向かって、2008年10月に全国単位の公法人「全国健康保険協会」を設立する準備が進められている。14日には全国健康保険協会設立に向けた初会合も行われた。その後は同協会の支部が都道府県単位で新しい健康保険を運営することになるのだ。現在、政管健保は約3,600万人加入の最大健康保険組織(健保組合に相当)で社会保険庁が財政運営をしている。法改正実施によって、現行は全国一律の保険料率(8.2%の労使折半)は、都道府県ごとに地域の医療費を反映した保険料率といった具合に変更される。厚生労働省が2003年度の医療給付費等実績をもとに各都道府県ごとに保険料率を試算したところ、最高保険料率は北海道の8.7%、最低保険料率は長野県の7.6%とのことだ。
<労働審判制度>
なるものは、厚生労働省があっせん制度などを整備するなかで、司法関係者があわてて個別労働関係紛争解決の司法システムを2006年4月1日からスタートさせたといっても過言ではない。ところが、早くも立法趣旨とは裏腹に形骸化が始まっているようだ。労働審判の「調停手続き」において、従来からの裁判所の和解?を押しつける姿勢を引き継いでしまったようだ。
審判員は労働委員会などの斡旋委員とは異なり、労使の委員はそれぞれの当事者の味方をしてはいけないことになっている。裁判機能であるから、労使何れであっても中立公正を維持しなければならないとの制度設計。ところが、この制度に悪ノリをして適当に迅速に進行させようとするものだから、3回の審判日の日程のうち2回目で、無理矢理「調停成立」を図ろうとする審判の傾向が色濃く出ている。
どういうことかというと、例えば、使用者出身の審判員は会社側に対して、「なんという違法状態だ。なんという経営姿勢なのか!」などと詰めより厳しく迫る。例えば、労組出身の審判員も労働者に対して、「調停をまとめるならこの程度。君にも非があるんじゃないの!」といった具合があるようだ。
労働審判制度に至るまでには、労働裁判所構想、労働参審制、訴訟手続き見直しなどの議論の経緯が存在した上でのことであるから、決して、「労働審判の制度が始まったばかりで理想通りにいかない」との見解も通用するものではない。最も重要なことは、現実に紛争当事者がこのように受け取っているとのインテリジェンスが次々と聞こえてくること自体が問題であり、制度的問題があるのは間違いないと見て差し支えないのだ。従って、当事者が審判代理人(弁護士などの職業専門家)を立てて審判申し立てを行ったとしても、対決的感情の発生や対決的解決とならざるを得ないのだ。
また少なからず、このように無理矢理合意を急ぐあまりの「調停姿勢」であるから、「調停合意の調書」が作成されたとしても、会社としては労働者を職場復帰させるのは難しい。労働者も職場に戻りにくい状態に陥るケースが多いようである。いくら「調停」と言っても、「いわゆる取引」がそこに持ち込まれれば、人事労務管理を踏まえた上での、「前向き解決」は難しくなるのである。だからこそ、厚生労働省は紛争調整委員会のあっせん制度を平成13年に設置して、このような労働分野の裁判制度の形骸を改善するひとつの制度として個別紛解法のあっせん制度を設けたのである。そもそも、司法関係者の多くは、実態の後追いが目立ち、労働紛争現場から遊離しているのではないかとも感じざるを得ないのである。ところで、私が厚生労働省の肩を持つと思われたとしても、私は厚生労働省の回し者ではないので、念の為。
<「労働契約法」>
は壮大な新時代に見合った社会制度として、厚生労働省が来年の通常国会に向けて、個別的労働関係ないし労働契約に関する主要な問題点(いわゆる判例法理)を整備しようとしている。要するに、当事者の合意に基づく労働契約の成立基準・ルールを設定し、当事者の自己決定と契約履行を促し、それでも対決に至った場合には司法救済を控えさせるという制度的流れではあるが、この中途に、紛争調整委員会のあっせん制度などを設置して紛争の解決をしようとする、一連の枠組み作りなのだ。とりわけ、労働者の流動が激しく、加えてそのための中間管理職を配置することが難しい経営組織にとっては、紛争解決システムとして非常に活用しやすい。経営者の後継者問題に絡む人事紛議に対しても大いに効果を発揮している。これらの法整備と制度設計は、一層のグローバル経済・社会を控えて、社会秩序を安定させる紛争解決制度としての壮大な計画でもあるのだ。国際比較においても、諸外国でも例を見ない立法制度となることも間違いない。
ところで、日本の人事労務管理方式や労働条件決定システムは、世界の先進諸国が導入したいと願っているくらいに、一流なのだ。それは話が逆さまで、「世界の先進国の制度を日本に導入しよう?」ではないのかと認識されている方が居られるのかもしれないが、そうではない。日本の社会制度などは、確かに多くの先進国の中で下位だったり先進国の埒外だったりするが、人事労務管理については、世界では超一流なのである。この現状において、「自律的労働時間制度」の論議の持つ意味とは、white-collar exemption(ホワイトカラー時間外賃金支払免除・2004年6月施行)の実例とされるアメリカでは時間外割増賃金が150%をはじめとして他にも日本とは著しく制度が大きく異なる国の事例である。議論となっている年収基準は、400万円基準は早くから認められず、情報によると700万円基準、1075万円基準が浮かび上がっているのである。ちなみに日本の平均給与は、1997年が467万円、2005年が437万円、この数値(内実を含む)との整合性が、今や労働分野の研究者・学者の間で取りざたされているのである。また、「金銭解決制度」を導入しているのはドイツだけ、その適用事例もほんのわずかとのこと、もちろんドイツの労働制度は「賃金決定権を産別労組がもっており企業にはない」など、日本とは極端に異なる社会制度なのだ。
2006/11/06
第55号
いよいよ、2007年を迎えるに当たって、いわゆる「2007年問題」にどう対応するかが、課題となってきた。
ところが、識者によって、2007年問題の見通しがバラバラであるから、どのような具体的対策をとれば良いのかの方針が策定出来ないのである。
そこで、先ず、いくつかの2007年問題に対する要因あるいは仮説を紹介してみる。
そもそも2007年問題とは、CSK社長の有賀氏が持ち出した言葉で、その当時は、
(1)団塊の世代の60歳定年によるマーケティング変化
(2)日本の人口が2007年から(ただし、2005年から)減少に向かう
(3)大学全員入学時代
(4)新築ビル完成
などのマーケティングに関するものであった。団塊世代の主力商品、スーツ、ネクタイ、雑誌、飲み屋の消費が減少するとのエピソードまで出て来た。それは無理もないことで、日本の消費経済の全てのマーケティングは団塊の世代の消費傾向、ベビーブーム、小学校入学とともに学校設備、受験とともに大学増設、「中教審答申」、団塊世代の就職、ブライダルと出産、住宅建設、団塊の第二次ベビーブーム、そして60歳定年を迎えた人たちの退職金目当てというように、社会と共に変化できたからだ。
労働市場においては、
・昭和22年から24年生まれの団塊の世代人口680万人
・そのうちの520万人が被雇用者で
・次々と定年を迎えるのは214万人
というふうに見られるのだ。見ようによっては、たいした数ではない。また、年間退職者数は130?140万人であるが、実際にはプラス10万人程度の影響ではないかと見ているシンクタンクもある。
しかしながら、当初は、2007年問題を単なる労働人口減少と見てしまい、大して技術開発もせず、大して工場の機械化をしてこなかった個別企業にとっては、顔を青ざめさせるような話と映ったようだ。だが、このような「戦前の満州進出」と同程度の人海戦術経営の発想は、経済学的な分析によって、短期間のうちに消滅して行った。日本経済が大まかながらも、高付加価値製品&高水準サービス商品の提供に進んだのも、日本の文化水準が(経済学習得者も含め)、高いからであった。
ところで、原点に返っての当事者の意識はどうなっているのだろうか。多くの経営者からすれば、団塊の世代は2007年からは定年で自然退職することになるから、退職金の財源措置さえしておけば、「待ちに待った2007年問題」であったのだ。
労働者からすれば、モーレツ社員と言われながら精神力と強気を保ってできた後の、いよいよ60歳定年であったのだ。そこに年金問題が水を差した。団塊の世代にとって年金は、「老後のための蓄えの役割」と厚生省から説明されて来たから、社会保険のある正社員にとどまり保険料が高くとも支払いを続け、そろそろリタイア設計を考え始めた時点での年金減額改正であった。
そして、企業が必要とする人材については、実のところ、とりたてて政府に継続雇用などの措置を取ってもらわなくとも、日本で定年制度を導入した昭和30年代から、必要な人材は定年後も雇っていたのだ。
次に、年金財源ひっ迫のために、政府主導で高齢者雇用継続の措置がとられた。継続雇用措置年齢が
・平成19年3月31日までは62歳
・平成22年3月31日までは63歳
・平成25年3月31日までは64歳
・そして4月以降は65歳
となっている。ただし、ほとんどの企業で、2006年4月1日から3年すなわち2009年3月31日まで(中小企業は5年、すなわち2011年)の間は、事実上の緩和措置となっている。突然降ってわいたような政策に対して、継続雇用制度で年齢延長を派手に謳っていても、運用でゼロを追求する企業も多い。継続措置をとる者は、ABCDEの五段階評価のうちABCに限るとか、直近三ヵ年の健康診断で異常が認められなかった者に限るとかで、定年退職しても年金支給開始年齢までに(雇用保険失業給付の穴埋めを考慮しても)一定期間の空白が生じる手法となっている。はたして訴訟を提起された場合、このような手法を裁判所が違法とするかもしれない危険もはらんでいるようであるが、結構、さほど研究もせずに継続措置をしている企業も多い。
何れにしろ、技能者といわれる人たちを中心に、相当多くの定年退職者が発生することは間違いなさそうだ。だが、年金受給開始までの収入見通しや、年金政策の不安から、何らかの形で働く団塊の世代は多いものとみられる。
主婦の立場であっては収入を補うためにパートに出たいと希望する人も多いであろう。
妻の年金分割権が始まるとはいえ、熟年離婚の増える見通しもない。
働く事しか知らない世代であるから、メンタルヘルスの必要性からも、働き続けるしか生きがいを見いだせないのではないかとの観測もある。
団塊状態であっても、
何れの方向性にしろ組織性の弱い者から退職していること、
比較的技能が低い者から退職して行くこと、
とは言っても保有能力には企業間格差が見られるのである。
最も大きく重要な変化は、
団塊の世代における非正規雇用への切り替えを引き金に、一挙に非正規雇用がどの世代にも浸透して、日本の雇用形態が一転して様変わりする第一歩になることである。今年の労働白書でも、パート・アルバイト、契約社員、派遣社員などの非正規雇用が拡大傾向にあると報告している。団塊の世代の賃金原資が減少することから、「団塊の世代一人分の賃金で、二人の雇用して、人手不足解消?」との、計画を練りに練っている個別企業も現れているのである。団塊の世代を受け皿として、新たなビジネスチャンスも生じるが、社会基盤の大変化として、十分研究して、事に取り掛かる必要がある。
いわゆる「暗黙知」とか、ノウハウの属人的蓄積問題がある。
団塊の世代が退職してしまうと、このような技能発揮システムが消滅してしまうので、生産維持、技能継承が出来なくなるのではないかとの危惧である。しかしながら、「暗黙知」や「技能継承」問題は、長期的な別要因から生じているとするのが、もっぱらの分析結果である。すなわち、これらの問題を分析しなかったが故に、生産技術開発が遅れ、商品開発に生かされず、比較的には付加価値・利益率の少ない事業にしがみついていたとする研究結果なのである。したがって、このような低水準の経営管理は、日本経済のこれからの主力となる経営管理システム方式から除外されたといったところなのだ。
◇◇◇ コンプライアンスに関するインテリジェンス ◇◇◇
グローバル経済・社会への転換、社会変化に対する意識変化などで、日本の社会のあり方、個別企業運営のあり方、身近な社会共同体のあり方が、様々な混乱を引き起こしている。その現象が、勝ち負け格差構造、ニート、いじめ自殺、世界史不履修、飲酒運転といったような混乱・事件ではないかと見た方が妥当だ。これに対して、良識ある人たちは、コンプライアンスでもって新しい時代への秩序を切り開こうとしているといったところだ。だが半面、社会激変が進行する中での、高学歴エリートたちに刹那的・無気力さが蔓延し、ホリエモン、村上ファンドなどの経済犯+倫理事件のような「爆竹炸裂現象」ともなっている。エピソードをあげればキリがないくらいに、政府省庁、裁判所、個別企業、町内会自治会に至るまでが、旧来組織が形骸化・運営かじ取りの失敗を引き起こしているのが現状である。社会(社会共同体)の新しい適正なあり方への再編成が進んでいるなかで、再編成されずに淀みが生じているところに世間体が持ち込まれ、数々の倫理観欠如事件に陥ったと見ても良いのではないだろうか。加えて、生半可にコンプライアンスを、「法令遵守」とか、「法令等遵守」あるいは、「法令・倫理遵守」などのように文字通り解釈し、実務上意味不明な綺麗事で済まそうとするものだから、統治能力欠落、形骸組織優先、世間体優先、自浄作用喪失と、ますます裏目に出て混乱を招いているようだ。
そもそもの、コンプライアンスの底流基本理念とは?
大雑把な話になるが、1950年前後、第二世界大戦の教訓から「自由と民主主義」の理念に「基本的人権が不可欠」であることが確立した。1960年代のアメリカでの公民権運動やベトナム反戦運動の影響を受けて、日本でも1960年代後半から70年代にかけて「社会共同体のあるべき姿(社会合理性)」が論じられ団塊の世代以降に定着した。「公正としての正義」とか、ゲーム理論や合理的選択理論の手法による「新社会契約論」とかいわれるようなものである。1980年代に至ると、いわゆる「手続主義の法パラダイム」が取り入れられるようになり、自由平等や権利に関する手続の正当性・相当性が重要視されるようになった。このような一連の社会共同体の理念構造がコンプライアンスの底流に流れている。
ところが、これを無視して法令文言などを杓子定規に進めるものだから、形式は装う(面従腹背も含む)が、倫理的な間違いを起こしてしてしまうのである。法律家の人たちが使用するリーガルマインド(残念ながら素人には説明してくれない)は、コンプライアンスと、ほぼ同義語なのである。
とりわけアメリカでは、訴訟社会(日本と違い訴訟は弁護士を通じて行う制度)となってしまった現場から、法律を知らない状況に置かれることは少ないとして、手続を取らなかった者に法的責任を負わせるまで進んでしまっている。日本においては従来、社会合理性などの判断はもっぱら司法の独占分野とされ、少数精鋭の裁判官・検事・弁護士でもって維持(日本では一般人も訴訟ができる制度)する仕組みが戦後続けられて来たが、「手続主義の法パラダイム」とか法律の周知徹底の流れを汲んで、現在の司法改革に至っている。すなわち、一般国民を社会合理性などの判断について社会参加させるかどうかが、司法改革の重要論点であったものであり、一定程度参加の方向となったのである。行政における、経済活動分野についても然り、社会合理性の適否について一般国民に参加(公正取引委員会など)を促している。公益通報者保護法(内部告発)もそのひとつの手段だ。人事労務分野においても、就業規則の合理・合法性と周知徹底を図ることと同時に、労働契約法を制定して社会合理性と手続相当性の下支えをして、コンプライアンスを徹底させようというねらいなのである。すでに紛争調査委員会も機能しており、労働契約法制定とともに、機能強化が図られる予定だ。
そもそも、コンプライアンス自体を社会制度の運用に取り入れる考え方は、経済活動において競争をすることによって人々のエネルギーを集中することが経済発展につながると理念づけ、その競争が正当に公正に行われるためには、コンプライアンスに基づいて法律や倫理観が機能することで保たれると、コンプライアンスを機能づけているのである。たとえ競争によって、「物事の比較行為が始まると紛争も増加する」といった社会傾向も覚悟の上なのである。WTOその他の国際経済活動の正当性や公正性といわれるところには、コンプライアンスが基盤となって働いているから、日本国内と言わず、個別企業の経済活動において重要視しなければ、たとえ優秀な技術開発や製品であっても経済から排除されることになる、といった具合だ。
よって、コンプライアンス → コーポレートガバナンス → CRSの順序での取り組みが行われる論理展開となる。さて、その後はじめて、具体的な規則・規律、法令等の手法を使用するといった具合になるのだ。個別企業といえども社会や経済を扱うには、外来語の流行を追うばかりでは混迷を極め、コンプライアンスの底流理念の理解に至っては、話は戻って高校時代の世界史履修が不可欠なのである。
ところが、識者によって、2007年問題の見通しがバラバラであるから、どのような具体的対策をとれば良いのかの方針が策定出来ないのである。
そこで、先ず、いくつかの2007年問題に対する要因あるいは仮説を紹介してみる。
そもそも2007年問題とは、CSK社長の有賀氏が持ち出した言葉で、その当時は、
(1)団塊の世代の60歳定年によるマーケティング変化
(2)日本の人口が2007年から(ただし、2005年から)減少に向かう
(3)大学全員入学時代
(4)新築ビル完成
などのマーケティングに関するものであった。団塊世代の主力商品、スーツ、ネクタイ、雑誌、飲み屋の消費が減少するとのエピソードまで出て来た。それは無理もないことで、日本の消費経済の全てのマーケティングは団塊の世代の消費傾向、ベビーブーム、小学校入学とともに学校設備、受験とともに大学増設、「中教審答申」、団塊世代の就職、ブライダルと出産、住宅建設、団塊の第二次ベビーブーム、そして60歳定年を迎えた人たちの退職金目当てというように、社会と共に変化できたからだ。
労働市場においては、
・昭和22年から24年生まれの団塊の世代人口680万人
・そのうちの520万人が被雇用者で
・次々と定年を迎えるのは214万人
というふうに見られるのだ。見ようによっては、たいした数ではない。また、年間退職者数は130?140万人であるが、実際にはプラス10万人程度の影響ではないかと見ているシンクタンクもある。
しかしながら、当初は、2007年問題を単なる労働人口減少と見てしまい、大して技術開発もせず、大して工場の機械化をしてこなかった個別企業にとっては、顔を青ざめさせるような話と映ったようだ。だが、このような「戦前の満州進出」と同程度の人海戦術経営の発想は、経済学的な分析によって、短期間のうちに消滅して行った。日本経済が大まかながらも、高付加価値製品&高水準サービス商品の提供に進んだのも、日本の文化水準が(経済学習得者も含め)、高いからであった。
ところで、原点に返っての当事者の意識はどうなっているのだろうか。多くの経営者からすれば、団塊の世代は2007年からは定年で自然退職することになるから、退職金の財源措置さえしておけば、「待ちに待った2007年問題」であったのだ。
労働者からすれば、モーレツ社員と言われながら精神力と強気を保ってできた後の、いよいよ60歳定年であったのだ。そこに年金問題が水を差した。団塊の世代にとって年金は、「老後のための蓄えの役割」と厚生省から説明されて来たから、社会保険のある正社員にとどまり保険料が高くとも支払いを続け、そろそろリタイア設計を考え始めた時点での年金減額改正であった。
そして、企業が必要とする人材については、実のところ、とりたてて政府に継続雇用などの措置を取ってもらわなくとも、日本で定年制度を導入した昭和30年代から、必要な人材は定年後も雇っていたのだ。
次に、年金財源ひっ迫のために、政府主導で高齢者雇用継続の措置がとられた。継続雇用措置年齢が
・平成19年3月31日までは62歳
・平成22年3月31日までは63歳
・平成25年3月31日までは64歳
・そして4月以降は65歳
となっている。ただし、ほとんどの企業で、2006年4月1日から3年すなわち2009年3月31日まで(中小企業は5年、すなわち2011年)の間は、事実上の緩和措置となっている。突然降ってわいたような政策に対して、継続雇用制度で年齢延長を派手に謳っていても、運用でゼロを追求する企業も多い。継続措置をとる者は、ABCDEの五段階評価のうちABCに限るとか、直近三ヵ年の健康診断で異常が認められなかった者に限るとかで、定年退職しても年金支給開始年齢までに(雇用保険失業給付の穴埋めを考慮しても)一定期間の空白が生じる手法となっている。はたして訴訟を提起された場合、このような手法を裁判所が違法とするかもしれない危険もはらんでいるようであるが、結構、さほど研究もせずに継続措置をしている企業も多い。
何れにしろ、技能者といわれる人たちを中心に、相当多くの定年退職者が発生することは間違いなさそうだ。だが、年金受給開始までの収入見通しや、年金政策の不安から、何らかの形で働く団塊の世代は多いものとみられる。
主婦の立場であっては収入を補うためにパートに出たいと希望する人も多いであろう。
妻の年金分割権が始まるとはいえ、熟年離婚の増える見通しもない。
働く事しか知らない世代であるから、メンタルヘルスの必要性からも、働き続けるしか生きがいを見いだせないのではないかとの観測もある。
団塊状態であっても、
何れの方向性にしろ組織性の弱い者から退職していること、
比較的技能が低い者から退職して行くこと、
とは言っても保有能力には企業間格差が見られるのである。
最も大きく重要な変化は、
団塊の世代における非正規雇用への切り替えを引き金に、一挙に非正規雇用がどの世代にも浸透して、日本の雇用形態が一転して様変わりする第一歩になることである。今年の労働白書でも、パート・アルバイト、契約社員、派遣社員などの非正規雇用が拡大傾向にあると報告している。団塊の世代の賃金原資が減少することから、「団塊の世代一人分の賃金で、二人の雇用して、人手不足解消?」との、計画を練りに練っている個別企業も現れているのである。団塊の世代を受け皿として、新たなビジネスチャンスも生じるが、社会基盤の大変化として、十分研究して、事に取り掛かる必要がある。
いわゆる「暗黙知」とか、ノウハウの属人的蓄積問題がある。
団塊の世代が退職してしまうと、このような技能発揮システムが消滅してしまうので、生産維持、技能継承が出来なくなるのではないかとの危惧である。しかしながら、「暗黙知」や「技能継承」問題は、長期的な別要因から生じているとするのが、もっぱらの分析結果である。すなわち、これらの問題を分析しなかったが故に、生産技術開発が遅れ、商品開発に生かされず、比較的には付加価値・利益率の少ない事業にしがみついていたとする研究結果なのである。したがって、このような低水準の経営管理は、日本経済のこれからの主力となる経営管理システム方式から除外されたといったところなのだ。
◇◇◇ コンプライアンスに関するインテリジェンス ◇◇◇
グローバル経済・社会への転換、社会変化に対する意識変化などで、日本の社会のあり方、個別企業運営のあり方、身近な社会共同体のあり方が、様々な混乱を引き起こしている。その現象が、勝ち負け格差構造、ニート、いじめ自殺、世界史不履修、飲酒運転といったような混乱・事件ではないかと見た方が妥当だ。これに対して、良識ある人たちは、コンプライアンスでもって新しい時代への秩序を切り開こうとしているといったところだ。だが半面、社会激変が進行する中での、高学歴エリートたちに刹那的・無気力さが蔓延し、ホリエモン、村上ファンドなどの経済犯+倫理事件のような「爆竹炸裂現象」ともなっている。エピソードをあげればキリがないくらいに、政府省庁、裁判所、個別企業、町内会自治会に至るまでが、旧来組織が形骸化・運営かじ取りの失敗を引き起こしているのが現状である。社会(社会共同体)の新しい適正なあり方への再編成が進んでいるなかで、再編成されずに淀みが生じているところに世間体が持ち込まれ、数々の倫理観欠如事件に陥ったと見ても良いのではないだろうか。加えて、生半可にコンプライアンスを、「法令遵守」とか、「法令等遵守」あるいは、「法令・倫理遵守」などのように文字通り解釈し、実務上意味不明な綺麗事で済まそうとするものだから、統治能力欠落、形骸組織優先、世間体優先、自浄作用喪失と、ますます裏目に出て混乱を招いているようだ。
そもそもの、コンプライアンスの底流基本理念とは?
大雑把な話になるが、1950年前後、第二世界大戦の教訓から「自由と民主主義」の理念に「基本的人権が不可欠」であることが確立した。1960年代のアメリカでの公民権運動やベトナム反戦運動の影響を受けて、日本でも1960年代後半から70年代にかけて「社会共同体のあるべき姿(社会合理性)」が論じられ団塊の世代以降に定着した。「公正としての正義」とか、ゲーム理論や合理的選択理論の手法による「新社会契約論」とかいわれるようなものである。1980年代に至ると、いわゆる「手続主義の法パラダイム」が取り入れられるようになり、自由平等や権利に関する手続の正当性・相当性が重要視されるようになった。このような一連の社会共同体の理念構造がコンプライアンスの底流に流れている。
ところが、これを無視して法令文言などを杓子定規に進めるものだから、形式は装う(面従腹背も含む)が、倫理的な間違いを起こしてしてしまうのである。法律家の人たちが使用するリーガルマインド(残念ながら素人には説明してくれない)は、コンプライアンスと、ほぼ同義語なのである。
とりわけアメリカでは、訴訟社会(日本と違い訴訟は弁護士を通じて行う制度)となってしまった現場から、法律を知らない状況に置かれることは少ないとして、手続を取らなかった者に法的責任を負わせるまで進んでしまっている。日本においては従来、社会合理性などの判断はもっぱら司法の独占分野とされ、少数精鋭の裁判官・検事・弁護士でもって維持(日本では一般人も訴訟ができる制度)する仕組みが戦後続けられて来たが、「手続主義の法パラダイム」とか法律の周知徹底の流れを汲んで、現在の司法改革に至っている。すなわち、一般国民を社会合理性などの判断について社会参加させるかどうかが、司法改革の重要論点であったものであり、一定程度参加の方向となったのである。行政における、経済活動分野についても然り、社会合理性の適否について一般国民に参加(公正取引委員会など)を促している。公益通報者保護法(内部告発)もそのひとつの手段だ。人事労務分野においても、就業規則の合理・合法性と周知徹底を図ることと同時に、労働契約法を制定して社会合理性と手続相当性の下支えをして、コンプライアンスを徹底させようというねらいなのである。すでに紛争調査委員会も機能しており、労働契約法制定とともに、機能強化が図られる予定だ。
そもそも、コンプライアンス自体を社会制度の運用に取り入れる考え方は、経済活動において競争をすることによって人々のエネルギーを集中することが経済発展につながると理念づけ、その競争が正当に公正に行われるためには、コンプライアンスに基づいて法律や倫理観が機能することで保たれると、コンプライアンスを機能づけているのである。たとえ競争によって、「物事の比較行為が始まると紛争も増加する」といった社会傾向も覚悟の上なのである。WTOその他の国際経済活動の正当性や公正性といわれるところには、コンプライアンスが基盤となって働いているから、日本国内と言わず、個別企業の経済活動において重要視しなければ、たとえ優秀な技術開発や製品であっても経済から排除されることになる、といった具合だ。
よって、コンプライアンス → コーポレートガバナンス → CRSの順序での取り組みが行われる論理展開となる。さて、その後はじめて、具体的な規則・規律、法令等の手法を使用するといった具合になるのだ。個別企業といえども社会や経済を扱うには、外来語の流行を追うばかりでは混迷を極め、コンプライアンスの底流理念の理解に至っては、話は戻って高校時代の世界史履修が不可欠なのである。
2006/10/10
第54号
偽装請負事件が、ほぼ連日報道され、ここにきて大きな話題となっている。新聞などのマスコミ報道が踏み込んでいない、人事総務部門の専門領域インテリジェンスを提供する。
今回、一挙に表舞台に出て来た「クリスタルグループ」とは、昭和61年当時は「綜合サービス」という名前の京都市南区で営業していた会社が、事実、七変化している企業体なのである。昭和61年労働者派遣法施行の際に、派遣事業許可手続きの依頼方が私にあったが、その仕事を断った企業である。当時から京都七条職業安定所管内でも内偵が進んでおり問題視されていた企業。オーナーのH氏は滋賀県の長者番付で一番である。ただし、滋賀県や京都だからと言っても近江商人とは関係がないようだ。昨年3月東京地裁判決で、ニコン熊谷事件、ネクスターという会社とニコン両方の業務請負や労働者派遣での安全配慮義務の責任が言い渡され、衝撃の走った事件の、このネクスターもクリスタルグループである。
クリスタルグループに限らず、この類の業務請負業者の受注トークは、「ややこしいことは、ウチがやります」と言って、発注責任者にすりよってくるので、ついつい誘惑に乗ってしまい、腐れ縁ができてしまうといったところだ。昭和48年、昭和55年、バブル崩壊を通じての生産部門における重要な経営課題は、如何に下請け企業との縁を断ち切るかであった。工場閉鎖をしてまでも腐れ縁を断ち切るリストラが相次いだ。このような日本経済の教訓が、発注企業の資材課あたりの現場末端では、教訓として生かされていないことも、今回の偽装請負事件は表している。業務請負会社に発注企業から社員を出向させる手法も昭和61年当時から誰もが知っていたものであるが、出向目的が経営管理や教育訓練に限定されることのみならず、業務請負会社の経営戦略に丸々乗ってしまって腐れ縁ができることを懸念して、産業構造の合理性から発注側が敬遠した対策でもあった。
ところで、今回一連の偽装請負事件の背景を見るときには、平成16年3月に製造業の労働者派遣が部分解禁になった時点から約2年半の出来事であることを見落としてはならない。厚生労働省の計画としては、平成19年3月から製造業の労働者派遣を全面解禁するに当たって、それまでにどうしても悪質業者を叩いておく必要があったとみた方が良い。平成16年の部分解禁に伴う法改正を研究した専門家の間では、3年以内にいずれかの企業が「血祭り」にあげられることは予測されていた。こういった場合に、最も悪質な発注企業と受注企業が、その対象にされやすいのだが、やはり社会で納得性の高い企業が選ばれたと言える。
確かに、民間大手企業や国交省までに調査が入っていることからしても、全労連系の大掛かりな内部告発運動が起こされているようだ。しかしながら、その人たちが言うような格差反対闘争の影響を受けて、この時期に厚生労働省が動いたわけではない。全労連系の民間労組は、次々と職場の目前の身近な事件を大々的に取り上げて行く方針に、昨年から闘争方針大転換を打ち出しているので、今後もこの傾向は続くと見た方が良い。
労働法の専門分野からの検討も必要だ。マスコミのニュース記事だけでは、企業内対策に具体性が持てない。製造部門に限らず、今回取りざたされる業態は、労働者派遣事業許可、業務請負、偽装請負(実態は労働者派遣)、偽装派遣(実態は労務供給、偽装請負と間違う人もいる)、業とする出向(労務供給に該当)に分類される。人事総務部門はこの違いを現場に徹底しておく必要がある。無知が故に「御社に迷惑がかからないようにしますから」とささやかれ持ち上げられ、いざとなれば法的責任を取らされたといったところも、今回の事件の特徴である。業としない労働者派遣であれば、たとえ数千人規模だろうと事業許可を受ける必要は無い。業としない出向だと確信しても多人数となれば違法性は免れない。請負派遣の区分の大臣告示を研究すれば、相当の専門家でない限りますます複雑怪奇になってくるのが当然なのだ。労働分野扱い可能の弁護士は、労使合わせて100人程度と推定されるが、その中で職業安定分野となれば滅多と存在しないのも現実である。が、キーポイントは「進捗管理をどの会社の社員が行っているか?」のチェック項目に尽きるのだ。このキーポイントは厚生労働省もわかっているが、政策的に表だって表明していない。
脱法行為と違法行為は異なる。脱法行為とは表面や外形的には禁止行為に当たらないが、禁止を免れる目的で行われ実質的な内容は、違反している行為である。違法行為とは法秩序からみて是認されない行為で、法律上の制裁を課せられる行為が典型である。とりわけ脱法行為として、問題とされるのは社会合理性(その一部に違法性阻却事由も含む)の有無である。すなわち、労働力需給に関わる事業においては、その地方において事実上の労働力需給機能を運営することで、労働者と企業の双方に雇用不安解消や適材適所の能力配置に資するなどの効果を与えているかどうかである。いくら雇用機会や労働力需給に関わる美辞麗句を並べたとしても、その実結果が、コストダウンや格差構造にしか現れてなければ、その業務請負会社の社会合理性を誰もが認めるわけがない。「発注側資材担当者」も業務請負側営業担当者も、胸を張って、良心に基づいて、「社会の役に立っている。」と言えない事情がある限りは、脱法行為と判断されるのは時間の問題なのである。平成9年の職安法と労働者派遣法の改正より後は、「行き着くところまで脱法行為を繰り返すさ!」と豪語する業務請負会社が急増したが、今回一連の偽装請負事件に巻き込まれた人たちは、この類の業務請負会社にからまれていた結果である。この類の「魔の手」が現業現場に襲いかかってきても、赤ちょうちんで一杯でも飲まされようものなら現場の資材担当者たちには気付きようがないので、人事総務部門の役割はきわめて重要なのだ。
社会保険庁解体後の新組織の形態について、民間会社とする方針を自民党が固めたとの報道が10月1日に走った。同日から、社会保険(健康保険と厚生年金セットの同時手続き)の加入・喪失、新規適用、諸給付に関係する添付書類の種類が全国統一された。
そもそも各々の社会保険事務所によって異なる添付書類が存在していたこと自体が、制度としての不思議であった。地元地域の雇用不安を解消するための保険である雇用保険とは目的が違う社会保険であるので、社会保険事務所ごとの適用運営に差異のあることは不合理な話である。十数年前までは使用する用紙が東京と大阪で異なっていたぐらいであった。さらに健康保険組合に至っては都道府県管轄かつ運営独自色も強いので、健保組合となれば、事実上別方式となっているのである。本質は添付書類や届け出用紙が異なっているのではなく、社会保険の運用自体が微妙に異なっているという法治国家ではあるまじき実態であり、結局は個々の事業所が程よく振り回され被害も受けているのだ。
社会保険事務所は、何かにつけ末端職員に至るまで、法治国家という意識やコンプライアンス感覚が非常に薄い。昔から社会保険運営族?の方針が、著しく法律に違反さえしなければ問題がないと認識しているのではないかと考えられる事例が次々と発生し続けているのだ。社会保険は強制適用となっているが、保険加入・新規適用に手を抜いているのは行政監察の指摘のとおりである。給付もまたしかりで、再審査請求に持ち込まれ社会保険事務所が正され解決するケースも後を絶たない。
このような社会保険の体質は戦前から引き継がれているものだから、民間の感覚からすれば、なぜ書類ひとつ統一出来ないのかといったところである。社会保険業務のコンピューター処理も民間の感覚からすれば、極めてずさん状態と思わざるを得ない状態だ。ところが、ここにきての添付書類の種類統一は、いよいよ社会保険庁解体?が動く兆しと判断できるのだ。
これだけのことでもマスコミ報道からは予想すらも出来ないのだが、引き続くどんでん返しが待っている。社会保険の職員の中には、「社会保険に都合の悪いことを書けばニュースソースを流さない」と強気の発言をする者も存在するくらいにマスコミが蚊帳の外に置かれているのは間違いない。そこで、信頼できる消息筋からのインテリジェンス。現在の社会保険改革の走行実態は、社会保険運営族?の論理パターンを借りると、民営化しようが解体しようが、政府が保険者として手放さないものは、(1)保険料の調定、(2)保険料の徴収、(3)保険給付請求の受理、(4)保険給付の決定であり、その手段として被保険者の権利義務確定業務に、引き続き社会保険運営族が直接携わるというものだ。すでに、このような方針は言葉を変えて、社会保険庁の関係団体には、お知らせ済みなのである。…したがって、民営化とか解体といっても、要はルーティンワークをただアウトソーシングするにしかすぎないのだ。加えて、規制改革・民営化と称する動きから判るように、官僚や公務員が民間に出向いて株式会社を作る手法が、その実主流なのだから、幾度ものどんでん返しが仕掛けられているのだ。現役の社会保険官僚にとっては、ちょっと痛かゆい程度の民営化・解体!ではあるものの、社会保険労務士という子飼いの制度すら蚊帳の外扱いにしてまでもの右往左往には、社会保険官僚の並々ならぬ決意がうかがえる。
今回、一挙に表舞台に出て来た「クリスタルグループ」とは、昭和61年当時は「綜合サービス」という名前の京都市南区で営業していた会社が、事実、七変化している企業体なのである。昭和61年労働者派遣法施行の際に、派遣事業許可手続きの依頼方が私にあったが、その仕事を断った企業である。当時から京都七条職業安定所管内でも内偵が進んでおり問題視されていた企業。オーナーのH氏は滋賀県の長者番付で一番である。ただし、滋賀県や京都だからと言っても近江商人とは関係がないようだ。昨年3月東京地裁判決で、ニコン熊谷事件、ネクスターという会社とニコン両方の業務請負や労働者派遣での安全配慮義務の責任が言い渡され、衝撃の走った事件の、このネクスターもクリスタルグループである。
クリスタルグループに限らず、この類の業務請負業者の受注トークは、「ややこしいことは、ウチがやります」と言って、発注責任者にすりよってくるので、ついつい誘惑に乗ってしまい、腐れ縁ができてしまうといったところだ。昭和48年、昭和55年、バブル崩壊を通じての生産部門における重要な経営課題は、如何に下請け企業との縁を断ち切るかであった。工場閉鎖をしてまでも腐れ縁を断ち切るリストラが相次いだ。このような日本経済の教訓が、発注企業の資材課あたりの現場末端では、教訓として生かされていないことも、今回の偽装請負事件は表している。業務請負会社に発注企業から社員を出向させる手法も昭和61年当時から誰もが知っていたものであるが、出向目的が経営管理や教育訓練に限定されることのみならず、業務請負会社の経営戦略に丸々乗ってしまって腐れ縁ができることを懸念して、産業構造の合理性から発注側が敬遠した対策でもあった。
ところで、今回一連の偽装請負事件の背景を見るときには、平成16年3月に製造業の労働者派遣が部分解禁になった時点から約2年半の出来事であることを見落としてはならない。厚生労働省の計画としては、平成19年3月から製造業の労働者派遣を全面解禁するに当たって、それまでにどうしても悪質業者を叩いておく必要があったとみた方が良い。平成16年の部分解禁に伴う法改正を研究した専門家の間では、3年以内にいずれかの企業が「血祭り」にあげられることは予測されていた。こういった場合に、最も悪質な発注企業と受注企業が、その対象にされやすいのだが、やはり社会で納得性の高い企業が選ばれたと言える。
確かに、民間大手企業や国交省までに調査が入っていることからしても、全労連系の大掛かりな内部告発運動が起こされているようだ。しかしながら、その人たちが言うような格差反対闘争の影響を受けて、この時期に厚生労働省が動いたわけではない。全労連系の民間労組は、次々と職場の目前の身近な事件を大々的に取り上げて行く方針に、昨年から闘争方針大転換を打ち出しているので、今後もこの傾向は続くと見た方が良い。
労働法の専門分野からの検討も必要だ。マスコミのニュース記事だけでは、企業内対策に具体性が持てない。製造部門に限らず、今回取りざたされる業態は、労働者派遣事業許可、業務請負、偽装請負(実態は労働者派遣)、偽装派遣(実態は労務供給、偽装請負と間違う人もいる)、業とする出向(労務供給に該当)に分類される。人事総務部門はこの違いを現場に徹底しておく必要がある。無知が故に「御社に迷惑がかからないようにしますから」とささやかれ持ち上げられ、いざとなれば法的責任を取らされたといったところも、今回の事件の特徴である。業としない労働者派遣であれば、たとえ数千人規模だろうと事業許可を受ける必要は無い。業としない出向だと確信しても多人数となれば違法性は免れない。請負派遣の区分の大臣告示を研究すれば、相当の専門家でない限りますます複雑怪奇になってくるのが当然なのだ。労働分野扱い可能の弁護士は、労使合わせて100人程度と推定されるが、その中で職業安定分野となれば滅多と存在しないのも現実である。が、キーポイントは「進捗管理をどの会社の社員が行っているか?」のチェック項目に尽きるのだ。このキーポイントは厚生労働省もわかっているが、政策的に表だって表明していない。
脱法行為と違法行為は異なる。脱法行為とは表面や外形的には禁止行為に当たらないが、禁止を免れる目的で行われ実質的な内容は、違反している行為である。違法行為とは法秩序からみて是認されない行為で、法律上の制裁を課せられる行為が典型である。とりわけ脱法行為として、問題とされるのは社会合理性(その一部に違法性阻却事由も含む)の有無である。すなわち、労働力需給に関わる事業においては、その地方において事実上の労働力需給機能を運営することで、労働者と企業の双方に雇用不安解消や適材適所の能力配置に資するなどの効果を与えているかどうかである。いくら雇用機会や労働力需給に関わる美辞麗句を並べたとしても、その実結果が、コストダウンや格差構造にしか現れてなければ、その業務請負会社の社会合理性を誰もが認めるわけがない。「発注側資材担当者」も業務請負側営業担当者も、胸を張って、良心に基づいて、「社会の役に立っている。」と言えない事情がある限りは、脱法行為と判断されるのは時間の問題なのである。平成9年の職安法と労働者派遣法の改正より後は、「行き着くところまで脱法行為を繰り返すさ!」と豪語する業務請負会社が急増したが、今回一連の偽装請負事件に巻き込まれた人たちは、この類の業務請負会社にからまれていた結果である。この類の「魔の手」が現業現場に襲いかかってきても、赤ちょうちんで一杯でも飲まされようものなら現場の資材担当者たちには気付きようがないので、人事総務部門の役割はきわめて重要なのだ。
社会保険庁解体後の新組織の形態について、民間会社とする方針を自民党が固めたとの報道が10月1日に走った。同日から、社会保険(健康保険と厚生年金セットの同時手続き)の加入・喪失、新規適用、諸給付に関係する添付書類の種類が全国統一された。
そもそも各々の社会保険事務所によって異なる添付書類が存在していたこと自体が、制度としての不思議であった。地元地域の雇用不安を解消するための保険である雇用保険とは目的が違う社会保険であるので、社会保険事務所ごとの適用運営に差異のあることは不合理な話である。十数年前までは使用する用紙が東京と大阪で異なっていたぐらいであった。さらに健康保険組合に至っては都道府県管轄かつ運営独自色も強いので、健保組合となれば、事実上別方式となっているのである。本質は添付書類や届け出用紙が異なっているのではなく、社会保険の運用自体が微妙に異なっているという法治国家ではあるまじき実態であり、結局は個々の事業所が程よく振り回され被害も受けているのだ。
社会保険事務所は、何かにつけ末端職員に至るまで、法治国家という意識やコンプライアンス感覚が非常に薄い。昔から社会保険運営族?の方針が、著しく法律に違反さえしなければ問題がないと認識しているのではないかと考えられる事例が次々と発生し続けているのだ。社会保険は強制適用となっているが、保険加入・新規適用に手を抜いているのは行政監察の指摘のとおりである。給付もまたしかりで、再審査請求に持ち込まれ社会保険事務所が正され解決するケースも後を絶たない。
このような社会保険の体質は戦前から引き継がれているものだから、民間の感覚からすれば、なぜ書類ひとつ統一出来ないのかといったところである。社会保険業務のコンピューター処理も民間の感覚からすれば、極めてずさん状態と思わざるを得ない状態だ。ところが、ここにきての添付書類の種類統一は、いよいよ社会保険庁解体?が動く兆しと判断できるのだ。
これだけのことでもマスコミ報道からは予想すらも出来ないのだが、引き続くどんでん返しが待っている。社会保険の職員の中には、「社会保険に都合の悪いことを書けばニュースソースを流さない」と強気の発言をする者も存在するくらいにマスコミが蚊帳の外に置かれているのは間違いない。そこで、信頼できる消息筋からのインテリジェンス。現在の社会保険改革の走行実態は、社会保険運営族?の論理パターンを借りると、民営化しようが解体しようが、政府が保険者として手放さないものは、(1)保険料の調定、(2)保険料の徴収、(3)保険給付請求の受理、(4)保険給付の決定であり、その手段として被保険者の権利義務確定業務に、引き続き社会保険運営族が直接携わるというものだ。すでに、このような方針は言葉を変えて、社会保険庁の関係団体には、お知らせ済みなのである。…したがって、民営化とか解体といっても、要はルーティンワークをただアウトソーシングするにしかすぎないのだ。加えて、規制改革・民営化と称する動きから判るように、官僚や公務員が民間に出向いて株式会社を作る手法が、その実主流なのだから、幾度ものどんでん返しが仕掛けられているのだ。現役の社会保険官僚にとっては、ちょっと痛かゆい程度の民営化・解体!ではあるものの、社会保険労務士という子飼いの制度すら蚊帳の外扱いにしてまでもの右往左往には、社会保険官僚の並々ならぬ決意がうかがえる。
2006/09/04
第53号
「景気回復か?」と世論誘導されているかもしれない中、社会で個別企業で、「何を信じ?何に向かって?…」と表現されるような不安がたちこめている。
毎日マスコミで流される事件ニュース。社会問題として、社会の秩序は如何に、社会の基盤が成り立つのだろうかと不安が募るばかりである。個人も家庭も、社会不安からひいては温暖化現象に至るまで、現行社会共同体のあり方で対処対応できるのかどうかの疑問なのである。「どちらが正しいか、如何に調整するか、どちらに重点を置くか?」のような二元論を基礎に考察すること自体に疑問がもたれ、すなわち新しい社会共同体の創造形成、若しくは社会合理性のある社会共同体のへの変更過程が適切に進行しているかどうかに対する疑問であり、これが人間関係日々再構築の現象として表われているのである。
この社会不安が個別企業の日常業務運営や職場人間関係に影響を及ぼしているから、これに対する解決の糸口や不安解消に役立つインテリジェンスが、今最も求められるのである。
いくつかのインテリジェンスを拾い上げてみた。
《社会合理性と(社会・人文・自然)科学のインテリジェンス》
ここ数ヵ月間、トラブル発生の増加が肌で感じられる。「景気回復?」に伴う企業の事業活動が活発になって来るからこそ摩擦も多くなる。「犬も歩けば棒に当る」から、対処方法を現代風の柱に置き換えなければ、トラブル増加を招く。「さあこれから頑張ろう」という矢先に、職場トラブルで出鼻をくじかれたと、地団駄を踏むことになるのである。
それには、個別企業の中であって、豊かに発展するための筋道としての合理性(社会性を帯びるから社会合理性であるが)に光を見出して追求することが大切で、それを基盤にした科学的創意工夫が重要となる。にもかかわらず、「豊かさかor効率か」とか「金銭かor失業か」「あの方針かorこの方針か」などの二者択一の二元論が、自他共に納得しやすいものだから、二元論の範囲の中でのみ知恵を働かせるものだから、社会合理性に反する結果になっていることにも気がつかず、個別企業内の誰からも「そっぽを向かれる」ことになる現象がはびこっている。(ただし、それを客観的に見れば、実は「そっぽを向かれる」ことで企業は安定しているが、ただし日本経済とともに沈没)。これは、「高付加価値製品や高水準サービス」商品の開発にも同様に言えることで、グローバル社会においては社会合理性がきわめて重要なのである。
手練手管で解決できる事柄ではないからこそ、やはりここは、高い学歴・教養を誇る日本であるからこそ、現実を科学的に分析すれば打開の糸口が見えてくる。例えばここに身近な科学的研究例がある。労働者が「給料が安い」などと不平・不満を発言するとき、本質は上司との人間関係や業務運営トラブルなのである。これを、その言葉通りに真に受けて給料を引き上げようものなら、「札束で顔のほうを叩くな!」と労働者は激怒することになる。もうひとつ、「労働基準監督署に訴えてやる!」との発言の裏に、実は給料引き上げの金銭要求があるのだ。これは日本全国共通の労働者意識であり、ここにプロならではの判断がある。素人では労働分野で科学的ではないために初動から失敗するのである。まして、「規則違反で処分だ!」と権限を振り回せば、それはアフガンや北朝鮮に通じるものがある。さらに進むと、「戦後日本の教育が悪いから=教育改革だ!」などと、足が地から離れた経営管理放棄の議論までが持ち出される始末である。
《社員や若者の意識把握のインテリジェンス》
このほど、「日本人の働き方調査」が発表された。厚生労働省の外郭団体が行った調査であるが、この手の調査は初めて。そこで浮かび上がって来たことを平たく述べるとこうだ。
自らを押し殺して安定を求めるのが正社員。
確かに正社員は安定しているが労働時間は長く休みもない。仕事の不安や悩みが多い割には仕事内容や収入の満足度は少ない。職業能力として、in-servant が秀でることを特に要求される。
派遣社員や契約社員は、意外にも仕事内容や収入に満足し、労働時間や休日もエンジョイできる。それなりに豊かな人生をおくっている。割り切っているだけ?と思いきや、職業技能が意外と高水準であることも事実。
だから、この調査から分かることは、
旧来の正社員を中心とした社内秩序を押し付けると、正社員は切れやすくなり、派遣や契約社員は労働意欲低下となることである。昔の職場を思い出し頭に浮かぶ理想をいだけば結果は最悪となり、加えて、「トラブル発生+労働生産性低下」がダブルで個別企業に襲いかかってくる。この種の社内基盤崩壊が起こる。それに対する対策のつもりで、成果主義とか労働契約をトレンドのように導入するものだから、必然的にトラブル発生+労働生産性低下のダブルパンチに、またもや見舞われることになるのだ。ちなみに、生活保護は四人家族で月額20万円弱である。フリーターやニートが金銭収入課題的には「無理して働いても仕方がない!」と思っているのではないかと判断しがちであるが、どうもそこには団塊の世代や「我慢強い正社員」からの一方的感情論および偏見が大いに存在していそうだ。
よって、ここから個別企業が一刻も早く脱出し、社内基盤や社内秩序(社会合理性)を形成することが成長戦略となる。本来、改善制度の導入のコツは正社員や派遣・契約社員の意識把握から始まり、個別企業の中で社会合理性を形成することにある。ここに焦点を当てるために社会・人文科学や教養が動員されるのである。いくらお猿が「数値や書面」の衣装を着ても、お猿に変わりはない。
《グローバル時代の個別企業内社会秩序基盤のインテリジェンス》
近代法律制度のもとにある民間企業においては、(1)約束を守ること、(2)仕事は良心に基づくこと、(3)良心に基づく自由保障の三つの柱が、個別企業内社会基盤となっている。これを逸脱する場合に国家権力が発動されることとなる。それは、警察の捜査かもしれないし、労働者の内部告発かもしれない。
公務員の場合は、法律や通達で仕事を行うことが原則。公務員間の約束、公務員の良心(良心を表明しなくても良い自由に限定)、良心に基づく自由の保障などは無い。だから、「支配権と、それに対する注意義務」で、すべてを解決しようとするのである。公務労働は、公務員個人の良心を否定してまでも遂行させるから、初年度有給休暇20日等の高水準労働条件を保障するという理屈である。
日本において、この公務員方式の概念を盲目的に導入、若しくは世間体を守るために真似をして来たところに、それは確かに、昭和大恐慌からの60年余にわたる右肩上がり経済成長(戦時中も経済成長)を成し遂げる社会基盤になったのではあるが、その導入・真似を平成恐慌が終結しようとしている今日もなお引きずっているところにトラブル増加企業の企業内部原因がある。日本の社会・経済は、グローバルの真っただ中に、存在しているのだ。
《個別企業内の職場トラブル解決のためのインテリジェンス》
あらゆる企業で中間管理職が削減され、職場トラブル解決業務能力が持たされない中で、これからも職場トラブルが多発し、それが職場で解決出来ないときには社会事件やテロとなって勃発することは避けられない。そこで、職場内トラブルにも焦点を当てた紛争調整委員会なる公共事業が始められているのだ。
そこで、
「話し合い解決方法に至るステップ及び順序」
あっせん、職場内自主解決、団体交渉など、いずれにしろ合意調整に至るステップ及びその順序をどのように踏めば、合意調整の道が開かれるのかをまとめてみた。解雇事案ではなく、労働条件変更、成果・評価をめぐるトラブル、業務分担混乱がその中心的議題である。
1.合意調整に乗る意思が、双方にあるのかどうか(合意調整の小さな芽は育つか?)
2.論点・争点についての大よその整理が、労使双方暗黙のうちに存在するかどうか
3.妥協の条件となる「忌憚のない双方の意見表明」を交渉過程で経過したこと
4.「調停」可能な事項は整理されているか(代替措置を含む現行意思共通点)
5.わざと対決的思考に揺れ戻るなどの交渉リバウンドを体験したか
6.和解に向けた「共同行為や共同作業」の提案が双方から出されたか(将来措置中心)
7.合意内容をまとめる作業にあたり、関係者らを納得させる理由や大義をかき集めたか
8.「必要ならまたどうぞ」とのことで、合意調整を強制することのなかったこと
さて、注意ポイントとしては、妥協の最中に取引を持ち込むと合意は成り立たない。持ち込めば、「ほんなら、裁判に行こか!(関西弁)」となってしまう。
あるいは、交渉過程で、闇雲に事件に関する出来事を並べたてることは、目先の現象に振り回されることになり、ひいては感情的議論を呼ぶことになる。だからそのようなことを言い立てる人物には発言をさせないことが重要。
合意を破壊するような言葉が、交渉過程で出たときの対処法は、初心の合意調整に乗る意思が現れたときのエピソードを、すかさず話題とすること。決して、この瞬間に議論を吹きかけるとか、事実確認作業を行ってはならない。この瞬間の沈黙も嵐を呼ぶ。
個別企業内、職場内での合意調整テクニックが求められている昨今であるが、日本ではこの分野の研究開発が皆無であることも現実。これらの著者の約30年余にわたる経験・学習・研究成果を、ぜひとも多くの方に試していただき、研究を積み上げ発展させていただければと考える。
なお、あっせん機関(紛争調整委員会など)とは、職場内での話し合いが当事者のみでは、今述べたが促進されないから、第三者たるあっせん員やあっせん代理人を介在させて、合意調整を促進させようとする制度であるから、念のため。
《解決実績の高い「あっせんや和解」のインテリジェンス》
労働分野や労働法で用いられる Conciliation(斡旋)とか Reconciliation(和解)の概念は、近代自由主義思想として欧米から導入されたものである。もともとはラテン語から来たもので、あっせんは「つなぐ」という意味で、和解はReだから、もう一度つなぐという意味が含まれているのである。日本の法律も然り、近代自由主義(憲法)に基づくもので、とりわけ戦後導入された概念は、この意味と理解する必要がある。明治維新にも近代自由主義思想が導入されたことにはなっているが、途中で変質(公務員用や世間体向き)したものだから、民法や裁判所で用いられる斡旋や和解は労働分野での意味とは異なって使われている。とりわけ和解には「示談や取引」も含むと解釈されることに至っては、「和睦や和議」(本来持っていない概念)にも用いるようになったのである。もともと日本に Reconciliation(和解)の概念はなかったのである。
Mediation(調停)は、両当事者の共通点や代替措置を見つけ出してつなぐ(Conciliation)ことであり、もう一度つなぐ(Reconciliation)和解には加えて将来措置をどうするかを含むものであるが、将来措置の有無に調停と和解との差異がある。Reconciliation を Conciliation でもって Consult(とりなす)のであって、Mediation のときには Conciliationでもって Mediate(とりなす)ということになるのである。このような概念でもって、近代自由主義の法令が作られていることを見過ごしてはいけない。
ところで、日本において、ひとたび職場のトラブルが裁判所に持ち込まれれば、法律の「裁判規範」の側面が使われる。しかしながら、個別企業内やあっせん機関(紛争調整委員会)においては、同じ法律の「行為規範」の側面が使われる。遠山信一郎中央大学教授の月刊社会保険労務士7月号の表現を借りれば、「行為規範は、いわば『主人公の行為規範』ともいうべきもので、労働者が主人公となって自分の裁判を行使する場面、使用者が主人公となって労務管理をする場面、行政機関が主人公となって労働行政を行う場面で、それぞれ行動・活動する規範として働きます」となる。例をあげると、ある労働者が解雇されたとしても、事業主が労働基準法18条の2の規定に反していることに気がついた段階で、当該解雇を事業主が無効にする場面、これが「行為規範」の作用しているケースである。もちろんのこと、事業主が無効とするために裁判を待つ必要はない。解雇した労働者との和解も不要。事業主が無効とすれば、元から何も無かった事になるのだ。これは、考えてみれば当たり前のことなのだが、一般人の無知や労働裁判形骸化を良いことに、専門弁護士でもないのに一角の「法律家?」と称して「裁判規範風理屈」を振りまく素人がいるから混乱を招くのだ。
裁判制度なのかあっせん制度か、対決的解決なのか合意調整解決かの二者択一の二元論とは異なり、その両方を兼ね備える新社会共同体の形成、若しくは社会合理性のある社会共同体のへの変更過程、とりわけ、その変更プロセスが可視範囲となれば、新社会共同体が形成段階であっても安定することになる。「あっせん代理人」の活用による、Conciliation(斡旋)とか Reconciliation(和解)の解決も、ひとつの新社会共同体安定へのプロセスなのである。ついでだが、現在のような Conciliation(斡旋)とか Reconciliation(和解)の概念を先駆的に導入したアメリカが典型的なのであるが、労働紛争は、「労使関係」だけに限定せず「労働者間の紛争」も含める法体系となっており、日本のように事業主に間接責任を負わせるのではなく、直接責任を事業主に負わせることをも、社会合理性としている。
国民年金をめぐる社会保障制度のニュースが駆けめぐっている。社会保険庁が事実上、時間給労働者大半の厚生年金からの排除方針を実施していることから、厚生年金も崩壊し続けているのである。雇用制度を絡めて年金制度を社会合理性の視点から見直してみることも、これからの研究課題となる。何が言いたいかと言えば、
どんな国を作りたいのかと考えるのではなく、「どんな社会(共同体)が重要か」の視点が、社会共同体の変更プロセスを可視範囲とする手法提案なのである。もちろん目の前の個別企業内・職場での動きが最優先なのである。
毎日マスコミで流される事件ニュース。社会問題として、社会の秩序は如何に、社会の基盤が成り立つのだろうかと不安が募るばかりである。個人も家庭も、社会不安からひいては温暖化現象に至るまで、現行社会共同体のあり方で対処対応できるのかどうかの疑問なのである。「どちらが正しいか、如何に調整するか、どちらに重点を置くか?」のような二元論を基礎に考察すること自体に疑問がもたれ、すなわち新しい社会共同体の創造形成、若しくは社会合理性のある社会共同体のへの変更過程が適切に進行しているかどうかに対する疑問であり、これが人間関係日々再構築の現象として表われているのである。
この社会不安が個別企業の日常業務運営や職場人間関係に影響を及ぼしているから、これに対する解決の糸口や不安解消に役立つインテリジェンスが、今最も求められるのである。
いくつかのインテリジェンスを拾い上げてみた。
《社会合理性と(社会・人文・自然)科学のインテリジェンス》
ここ数ヵ月間、トラブル発生の増加が肌で感じられる。「景気回復?」に伴う企業の事業活動が活発になって来るからこそ摩擦も多くなる。「犬も歩けば棒に当る」から、対処方法を現代風の柱に置き換えなければ、トラブル増加を招く。「さあこれから頑張ろう」という矢先に、職場トラブルで出鼻をくじかれたと、地団駄を踏むことになるのである。
それには、個別企業の中であって、豊かに発展するための筋道としての合理性(社会性を帯びるから社会合理性であるが)に光を見出して追求することが大切で、それを基盤にした科学的創意工夫が重要となる。にもかかわらず、「豊かさかor効率か」とか「金銭かor失業か」「あの方針かorこの方針か」などの二者択一の二元論が、自他共に納得しやすいものだから、二元論の範囲の中でのみ知恵を働かせるものだから、社会合理性に反する結果になっていることにも気がつかず、個別企業内の誰からも「そっぽを向かれる」ことになる現象がはびこっている。(ただし、それを客観的に見れば、実は「そっぽを向かれる」ことで企業は安定しているが、ただし日本経済とともに沈没)。これは、「高付加価値製品や高水準サービス」商品の開発にも同様に言えることで、グローバル社会においては社会合理性がきわめて重要なのである。
手練手管で解決できる事柄ではないからこそ、やはりここは、高い学歴・教養を誇る日本であるからこそ、現実を科学的に分析すれば打開の糸口が見えてくる。例えばここに身近な科学的研究例がある。労働者が「給料が安い」などと不平・不満を発言するとき、本質は上司との人間関係や業務運営トラブルなのである。これを、その言葉通りに真に受けて給料を引き上げようものなら、「札束で顔のほうを叩くな!」と労働者は激怒することになる。もうひとつ、「労働基準監督署に訴えてやる!」との発言の裏に、実は給料引き上げの金銭要求があるのだ。これは日本全国共通の労働者意識であり、ここにプロならではの判断がある。素人では労働分野で科学的ではないために初動から失敗するのである。まして、「規則違反で処分だ!」と権限を振り回せば、それはアフガンや北朝鮮に通じるものがある。さらに進むと、「戦後日本の教育が悪いから=教育改革だ!」などと、足が地から離れた経営管理放棄の議論までが持ち出される始末である。
《社員や若者の意識把握のインテリジェンス》
このほど、「日本人の働き方調査」が発表された。厚生労働省の外郭団体が行った調査であるが、この手の調査は初めて。そこで浮かび上がって来たことを平たく述べるとこうだ。
自らを押し殺して安定を求めるのが正社員。
確かに正社員は安定しているが労働時間は長く休みもない。仕事の不安や悩みが多い割には仕事内容や収入の満足度は少ない。職業能力として、in-servant が秀でることを特に要求される。
派遣社員や契約社員は、意外にも仕事内容や収入に満足し、労働時間や休日もエンジョイできる。それなりに豊かな人生をおくっている。割り切っているだけ?と思いきや、職業技能が意外と高水準であることも事実。
だから、この調査から分かることは、
旧来の正社員を中心とした社内秩序を押し付けると、正社員は切れやすくなり、派遣や契約社員は労働意欲低下となることである。昔の職場を思い出し頭に浮かぶ理想をいだけば結果は最悪となり、加えて、「トラブル発生+労働生産性低下」がダブルで個別企業に襲いかかってくる。この種の社内基盤崩壊が起こる。それに対する対策のつもりで、成果主義とか労働契約をトレンドのように導入するものだから、必然的にトラブル発生+労働生産性低下のダブルパンチに、またもや見舞われることになるのだ。ちなみに、生活保護は四人家族で月額20万円弱である。フリーターやニートが金銭収入課題的には「無理して働いても仕方がない!」と思っているのではないかと判断しがちであるが、どうもそこには団塊の世代や「我慢強い正社員」からの一方的感情論および偏見が大いに存在していそうだ。
よって、ここから個別企業が一刻も早く脱出し、社内基盤や社内秩序(社会合理性)を形成することが成長戦略となる。本来、改善制度の導入のコツは正社員や派遣・契約社員の意識把握から始まり、個別企業の中で社会合理性を形成することにある。ここに焦点を当てるために社会・人文科学や教養が動員されるのである。いくらお猿が「数値や書面」の衣装を着ても、お猿に変わりはない。
《グローバル時代の個別企業内社会秩序基盤のインテリジェンス》
近代法律制度のもとにある民間企業においては、(1)約束を守ること、(2)仕事は良心に基づくこと、(3)良心に基づく自由保障の三つの柱が、個別企業内社会基盤となっている。これを逸脱する場合に国家権力が発動されることとなる。それは、警察の捜査かもしれないし、労働者の内部告発かもしれない。
公務員の場合は、法律や通達で仕事を行うことが原則。公務員間の約束、公務員の良心(良心を表明しなくても良い自由に限定)、良心に基づく自由の保障などは無い。だから、「支配権と、それに対する注意義務」で、すべてを解決しようとするのである。公務労働は、公務員個人の良心を否定してまでも遂行させるから、初年度有給休暇20日等の高水準労働条件を保障するという理屈である。
日本において、この公務員方式の概念を盲目的に導入、若しくは世間体を守るために真似をして来たところに、それは確かに、昭和大恐慌からの60年余にわたる右肩上がり経済成長(戦時中も経済成長)を成し遂げる社会基盤になったのではあるが、その導入・真似を平成恐慌が終結しようとしている今日もなお引きずっているところにトラブル増加企業の企業内部原因がある。日本の社会・経済は、グローバルの真っただ中に、存在しているのだ。
《個別企業内の職場トラブル解決のためのインテリジェンス》
あらゆる企業で中間管理職が削減され、職場トラブル解決業務能力が持たされない中で、これからも職場トラブルが多発し、それが職場で解決出来ないときには社会事件やテロとなって勃発することは避けられない。そこで、職場内トラブルにも焦点を当てた紛争調整委員会なる公共事業が始められているのだ。
そこで、
「話し合い解決方法に至るステップ及び順序」
あっせん、職場内自主解決、団体交渉など、いずれにしろ合意調整に至るステップ及びその順序をどのように踏めば、合意調整の道が開かれるのかをまとめてみた。解雇事案ではなく、労働条件変更、成果・評価をめぐるトラブル、業務分担混乱がその中心的議題である。
1.合意調整に乗る意思が、双方にあるのかどうか(合意調整の小さな芽は育つか?)
2.論点・争点についての大よその整理が、労使双方暗黙のうちに存在するかどうか
3.妥協の条件となる「忌憚のない双方の意見表明」を交渉過程で経過したこと
4.「調停」可能な事項は整理されているか(代替措置を含む現行意思共通点)
5.わざと対決的思考に揺れ戻るなどの交渉リバウンドを体験したか
6.和解に向けた「共同行為や共同作業」の提案が双方から出されたか(将来措置中心)
7.合意内容をまとめる作業にあたり、関係者らを納得させる理由や大義をかき集めたか
8.「必要ならまたどうぞ」とのことで、合意調整を強制することのなかったこと
さて、注意ポイントとしては、妥協の最中に取引を持ち込むと合意は成り立たない。持ち込めば、「ほんなら、裁判に行こか!(関西弁)」となってしまう。
あるいは、交渉過程で、闇雲に事件に関する出来事を並べたてることは、目先の現象に振り回されることになり、ひいては感情的議論を呼ぶことになる。だからそのようなことを言い立てる人物には発言をさせないことが重要。
合意を破壊するような言葉が、交渉過程で出たときの対処法は、初心の合意調整に乗る意思が現れたときのエピソードを、すかさず話題とすること。決して、この瞬間に議論を吹きかけるとか、事実確認作業を行ってはならない。この瞬間の沈黙も嵐を呼ぶ。
個別企業内、職場内での合意調整テクニックが求められている昨今であるが、日本ではこの分野の研究開発が皆無であることも現実。これらの著者の約30年余にわたる経験・学習・研究成果を、ぜひとも多くの方に試していただき、研究を積み上げ発展させていただければと考える。
なお、あっせん機関(紛争調整委員会など)とは、職場内での話し合いが当事者のみでは、今述べたが促進されないから、第三者たるあっせん員やあっせん代理人を介在させて、合意調整を促進させようとする制度であるから、念のため。
《解決実績の高い「あっせんや和解」のインテリジェンス》
労働分野や労働法で用いられる Conciliation(斡旋)とか Reconciliation(和解)の概念は、近代自由主義思想として欧米から導入されたものである。もともとはラテン語から来たもので、あっせんは「つなぐ」という意味で、和解はReだから、もう一度つなぐという意味が含まれているのである。日本の法律も然り、近代自由主義(憲法)に基づくもので、とりわけ戦後導入された概念は、この意味と理解する必要がある。明治維新にも近代自由主義思想が導入されたことにはなっているが、途中で変質(公務員用や世間体向き)したものだから、民法や裁判所で用いられる斡旋や和解は労働分野での意味とは異なって使われている。とりわけ和解には「示談や取引」も含むと解釈されることに至っては、「和睦や和議」(本来持っていない概念)にも用いるようになったのである。もともと日本に Reconciliation(和解)の概念はなかったのである。
Mediation(調停)は、両当事者の共通点や代替措置を見つけ出してつなぐ(Conciliation)ことであり、もう一度つなぐ(Reconciliation)和解には加えて将来措置をどうするかを含むものであるが、将来措置の有無に調停と和解との差異がある。Reconciliation を Conciliation でもって Consult(とりなす)のであって、Mediation のときには Conciliationでもって Mediate(とりなす)ということになるのである。このような概念でもって、近代自由主義の法令が作られていることを見過ごしてはいけない。
ところで、日本において、ひとたび職場のトラブルが裁判所に持ち込まれれば、法律の「裁判規範」の側面が使われる。しかしながら、個別企業内やあっせん機関(紛争調整委員会)においては、同じ法律の「行為規範」の側面が使われる。遠山信一郎中央大学教授の月刊社会保険労務士7月号の表現を借りれば、「行為規範は、いわば『主人公の行為規範』ともいうべきもので、労働者が主人公となって自分の裁判を行使する場面、使用者が主人公となって労務管理をする場面、行政機関が主人公となって労働行政を行う場面で、それぞれ行動・活動する規範として働きます」となる。例をあげると、ある労働者が解雇されたとしても、事業主が労働基準法18条の2の規定に反していることに気がついた段階で、当該解雇を事業主が無効にする場面、これが「行為規範」の作用しているケースである。もちろんのこと、事業主が無効とするために裁判を待つ必要はない。解雇した労働者との和解も不要。事業主が無効とすれば、元から何も無かった事になるのだ。これは、考えてみれば当たり前のことなのだが、一般人の無知や労働裁判形骸化を良いことに、専門弁護士でもないのに一角の「法律家?」と称して「裁判規範風理屈」を振りまく素人がいるから混乱を招くのだ。
裁判制度なのかあっせん制度か、対決的解決なのか合意調整解決かの二者択一の二元論とは異なり、その両方を兼ね備える新社会共同体の形成、若しくは社会合理性のある社会共同体のへの変更過程、とりわけ、その変更プロセスが可視範囲となれば、新社会共同体が形成段階であっても安定することになる。「あっせん代理人」の活用による、Conciliation(斡旋)とか Reconciliation(和解)の解決も、ひとつの新社会共同体安定へのプロセスなのである。ついでだが、現在のような Conciliation(斡旋)とか Reconciliation(和解)の概念を先駆的に導入したアメリカが典型的なのであるが、労働紛争は、「労使関係」だけに限定せず「労働者間の紛争」も含める法体系となっており、日本のように事業主に間接責任を負わせるのではなく、直接責任を事業主に負わせることをも、社会合理性としている。
国民年金をめぐる社会保障制度のニュースが駆けめぐっている。社会保険庁が事実上、時間給労働者大半の厚生年金からの排除方針を実施していることから、厚生年金も崩壊し続けているのである。雇用制度を絡めて年金制度を社会合理性の視点から見直してみることも、これからの研究課題となる。何が言いたいかと言えば、
どんな国を作りたいのかと考えるのではなく、「どんな社会(共同体)が重要か」の視点が、社会共同体の変更プロセスを可視範囲とする手法提案なのである。もちろん目の前の個別企業内・職場での動きが最優先なのである。
2006/08/07
第52号
社会保険事務局・社会保険事務所の国民年金にかかる指揮命令系統を使っての組織的不祥事には、「新人事評価不良職員」とか、「業務命令違反者」とかのレッテルを貼られれば、将来発足する「ねんきん事業機構」と「全国健康保険協会」などへの採用がされないのではないかとの職員の不安が背景にあったものと思われる。すなわち、国会議員の年金情報をマスコミにリークしたのは社会保険職員であると決めつけ、「閲覧で処分を受けた職員は辞めさせろ」の圧力をかけて、「業務目的外閲覧による処分を重視しつつ勤務成績等に基づき公正な任用・採用を行う」などとする採用方向が固まりつつある中での「不良職員は採用拒否されるぞ!」との脅しの暗示が併用された組織的不祥事の疑い。国民年金の不正事務に関する「2000人懲戒処分」がなされれば、今や、社会保険庁内は、「不採用に脅かされ不正を行ったうえでの懲戒処分なのか?」をはじめとした、切った張ったの殺伐とした状況になることには間違いない。
社会保険庁の適用怠慢は、約3年前に当メルマガ(2003/09/09)に掲載した通りにその後も継続しており、例えば、いまだ非正規労働者を主力とする業務請負業者への適用促進は方針として出されていない。その数は全国で100万人強と推定される。この業務請負業界は、ほぼ全員が低賃金労働者であり、責任感のない事業主も多いことから、社会保険庁としては保険料回収に魅力がない!と、社会保険庁がこの30年ほど行って来た裏技行政から、そう判断せざるを得ない。パートタイマーは適当に書類審査、そこで今回の事件である。であるから、国民年金の事務不祥事で有名になった大阪社会保険事務局管内における職員のモラル&モラール低下のはなはだしさは肌で感じられていた。春からの被保険者加入状況調査は、大阪の主力社会保険事務所では単なる形式だけといった様子。
・源泉徴収納付書と人数を合わせるだけで、昔のような踏み込んだ調査なし。
・パートは居ないと言えば、それで調査は終わり。
・事業主が社会保険庁批判の抗議をすれば、調査時間短縮?
・調査期日を3回程度先送りの申し立てをすれば調査自体が消滅。
・「調査に来るな!捜査令状を持ってこい!」と暴言をはいた事業所にも調査消滅。
・VTRや写真撮影に逃げ惑う調査官、定時刻になれば調査終了。
・手土産を、労働保険の調査は必ず拒否するが、社会保険は持って帰る。
・未加入者は事業主届出をさせるので、届出保留しておき、そのうち退職。
このような大阪での腐敗混乱は、「大阪の長期不適切温床」の存在に関係することでもあるが、このままでは全国に波及・増加することになるかもしれない。「悪貨は良貨を駆逐する」。
ところで、厚生労働省本省が関与する労働者派遣事業のスタッフには加入促進を義務づけ、労働局も調査対象としている(「注目DATA」に関連記事)。この例が示すとおり、社会保険庁には、今や政策能力もなく実行する職員も居なくなった程度は通り越し、「倫理感を当該行政組織が破壊し続ける」と言わざるを得ない。
中坊公平の住専整理回収機構のときのように、約20,000人弱の職員のうち、トップから300人程度を裁判官、検察、弁護士、民間人、警察官などに入れ替えることでもすれば、社会保険庁や「ねんきん事業機構」の倫理感を回復することができるのかもしれない。
離職票発行手続きにおける退職労働者本人欄の署名押印については、本人との連絡が取れない場合は、事業所の代表者印鑑を押すことで運用されて来た。ほぼ全国的にこのような基準で行われている。ところが、この7月から大阪の安定所では本人記載欄への本人署名押印を義務づけ、連絡が取れないなどの場合は詳細な報告を求めることとなった。その理由として不適正な事件の急増が挙げられている。たとえば、本人の知らぬ間に自己都合退職の離職票が届けられるとか、退職届の偽造、退職していないのに離職票が届いたとの極端な事例もあるとのこと。従来からこのような問題が指摘されており、この動きは全国に波及する可能性が高い。7月26日現在、厚生労働省雇用保険課は、原則は「本人欄は本人が記載」との認識を示しており、間違いがあった場合は失業手当受給段階で本人が異議申し立てをすれば、ことは足りるとしている。
なお、退職届の偽造は有印私文書偽造となり、一度安定所に提出すれば公文書となるので返却はされない。離職票に本人署名押印欄があるので、これに手を加えると有印公文書偽造となる。失業給付の段階で、失業者本人からの失業給付を受給する安定所に対する「異議申し立て」によって、離職票発行を安定所の適用課が事業所に対して調査を行うこととなっている。この手の事件は単純な偽造程度から複雑な労使主張対立のものまで多岐にわたるが、単純な段階で違法アドバイスを行っている者は、意外にも社会保険労務士(不正には専門的知識が必要)の中に存在する。平成15年の、大阪西安定所管轄の事件で、ある社会保険労務士Aが会社の犯意に応じ偽造を教唆、訴訟になれば会社は一転して社会保険労務士Aの単独犯を主張、民事裁判は労使の和解が成立したが、有印公文書偽造の刑事訴追とAに対する損害賠償は未だ残っている。
この大阪でのニュースは、個別企業の現場では、いよいよトラブルが続出している現実を示すものだ。
国際労働機関(ILO)の報告によると、職場での暴力は欠勤や病欠、生産性の低下につながるとしている。威張り散らすことやセクシャルハラスメントも含まれる。欧州、開発途上国などでは増加傾向にあるとのことだが、一方、アメリカ、イギリスでは、物理的暴力が減少傾向にあるとしており、アメリカでは職場での殺人件数が93年の1000件から10年後の03年には630件に減少、イギリスでも、職場の暴力発生件数が、95年の130万件から03年の85万件に減少。増加傾向と減少傾向の差がどこにあるかは、最終的には研究を待たなければならないが、アメリカにはADR(労働問題の裁判外調整機関)、イギリスには仲裁局(労働問題の合意調整機関)の存在に注目しても良いのではないかと思われる。また、アメリカ、イギリスでは解決が必要とされる労働紛争には労使紛争に加え労働者間紛争も含まれている。これに対してフランスやドイツでは労働裁判所の制度が主流であり、発展途上国では労使紛争解決への理解や意識がまだまだ弱いのが現実である。
日本経済は内需・豊かさ・個人消費の脆弱さに加え、まだまだ「高付加価値製品と高水準サービス」商品の提供(日本沈没での、唯一個別企業の浮き輪)に、力を注ぎきれていない為に、景気回復とはいいながら危険な側面が現れてきている。景気回復論調とは異なる点をいくつか挙げてみると、
(1)アメリカの経済先行き不安で輸出の伸び低迷
(2)外資資金引揚げで株安により設備投資に陰り
(3)石油高騰で消費者物価上昇、医療費、介護料などの負担増で、個人消費の減退
(4)日本企業の外資系多国籍企業への転換、財界総理の経団連会長までが外資系(御手洗氏)
(5)世界中がアメリカ経済やドルの先行き不安を予想、日本経済への打撃の可能性
といったところである。これらを見据えて、小企業といえども個別企業の戦略を組み立てなければ、大手企業や時代に翻弄されるばかりなのである。「聞き心地の良い話」には注意が必要であるし、経済指標数値や金融は結果であり、豊かさの反映でもないのである。
とりわけ、内需・豊かさ・個人消費による抜本的な景気回復の立ち遅れは、格差や貧困の問題に現れ出ている。6月30日に発表した労働力調査によると、1953年の調査以来初めて、雇用者数は、5500万台に乗った、にもかかわらずである。
(1)OECDの05年2月公表、日本の貧困率は15.3%、先進国ではアメリカ17.1%に次ぐとのこと。
(2)国民生活基礎調査04年、世論調査でも「生活が苦しい」と答えた世帯は55.8%。
(3)日本銀行調査05年、貯蓄ゼロの世帯比率は23.8%
(4)生活保護世帯100万戸突破、年収が生活保護未満の収入者は最近のNHK調査400万人と推定
(5)総務省統計局の可処分所得の対前年比は、05年平均はマイナス0.8、だが06年1?4月はマイナス4.0、2.7、5.9、4.6と減少率が急増
加えて、職場や現場での現象は、熟練技能継承の停止、技術者養成の遅れ、職場での士気低下、指揮命令系統の崩壊、業務上精神疾患の増加、商品の品質低下、リコール激増、基本的安全管理の欠如が、特に大手企業でこれらが目立っている。
このような現象は、確かに世界的に起こっているものである。だからと言って、個別企業で、仕方がないとか身を任せて漂うのでは無為無策である。これでは経済学や歴史学を学び研究することを否定するもので、振り返ってみると、
(1)産業革命と機械打ち壊し運動、
(2)19世紀イギリスで工場法が制定、
(3)第一次大戦後アメリカのニューディール政策、
(4)第二次大戦後の連合国(国連)の枠組みなど、
(5)今、歴史構造が変わる動きが起こっていることは間違いがない。
物事を見据える必要のある個別企業の人事総務担当者は、研究者とまではいかないまでも、これを見過ごすことは致命的落度となる。そこで、物事を冷静に判断するための比喩的情報提供。…最低賃金引上運動(英国、ドイツ、スイス、スウェーデン、エストニア、リトアニア、スロバキア、ポーランド、韓国、タイ、ベトナム、ニュージーランド)、クールビズ要求(英国の労組)、新雇用法反対(フランス)、不安定雇用規制(イタリア)、日曜労働拡大反対(スイス)、労働条件をサービス労働者の出身国に合わせることを反対(EU諸国)、解雇自由・スト禁止などの労働法制改悪反対(オーストラリア)、労働時間弾力化反対(EU諸国)、労働法制改悪反対(EU諸国)、委託・外注化反対闘争(カナダ、メキシコ)、労働法改悪反対闘争(メキシコ)、契約社員制度廃止(フィリピン)、医療制度改悪反対(タイ)、年金改悪反対闘争(英国、ベルギー、ポルトガル)、社会保険制度改悪反対闘争(ギリシャ)、民営化反対闘争(インド)、郵政事業民営化反対闘争(EU諸国)など。
ところで、経済のグローバル化と言いながら、見落とされがちなのが実際の社会制度の内容である。グローバル化の先頭を走っているアメリカの場合、契約書など法的効力を持つ文書とか法令の中に、曖昧な文言が用いられていると、憲法上の自由の行使を抑制する傾向を生じることもあるとして、社会制度だけではなく社会習慣として、曖昧な部分が「文面上違憲無効」とされる。用語として使われるのは、Vagueness=法令の文言が「あまりにも一般的・抽象的なため、その命じる又は禁止する内容を一般人が読んで判断しえない」との概念である。本来の契約書や法令は効率的合理的なものであると考えられており、それにもかかわらず契約や法制度の制定に曖昧な文言が存在するため、一層の混乱や当事者関係の複雑性を生じる場合には、解釈の違いとか事情変化の問題と位置づけずに、もとより無効と考えてしまう概念である。
したがって、日本の個別企業の、経済商習慣、就業規則、その他社内規定においても、グローバルな社会制度への対応と人材育成が必要となってくる。旧態依然の意識や感覚では、物事は通用せず、いわゆる「曖昧さ」は、いくら日本的経営とか、日本の社会風土とかの弁明を付け加えたとしても、個別企業の経済の足を引っ張り、個別企業を社会不適合に陥らせることは間違いない。
社会保険庁の適用怠慢は、約3年前に当メルマガ(2003/09/09)に掲載した通りにその後も継続しており、例えば、いまだ非正規労働者を主力とする業務請負業者への適用促進は方針として出されていない。その数は全国で100万人強と推定される。この業務請負業界は、ほぼ全員が低賃金労働者であり、責任感のない事業主も多いことから、社会保険庁としては保険料回収に魅力がない!と、社会保険庁がこの30年ほど行って来た裏技行政から、そう判断せざるを得ない。パートタイマーは適当に書類審査、そこで今回の事件である。であるから、国民年金の事務不祥事で有名になった大阪社会保険事務局管内における職員のモラル&モラール低下のはなはだしさは肌で感じられていた。春からの被保険者加入状況調査は、大阪の主力社会保険事務所では単なる形式だけといった様子。
・源泉徴収納付書と人数を合わせるだけで、昔のような踏み込んだ調査なし。
・パートは居ないと言えば、それで調査は終わり。
・事業主が社会保険庁批判の抗議をすれば、調査時間短縮?
・調査期日を3回程度先送りの申し立てをすれば調査自体が消滅。
・「調査に来るな!捜査令状を持ってこい!」と暴言をはいた事業所にも調査消滅。
・VTRや写真撮影に逃げ惑う調査官、定時刻になれば調査終了。
・手土産を、労働保険の調査は必ず拒否するが、社会保険は持って帰る。
・未加入者は事業主届出をさせるので、届出保留しておき、そのうち退職。
このような大阪での腐敗混乱は、「大阪の長期不適切温床」の存在に関係することでもあるが、このままでは全国に波及・増加することになるかもしれない。「悪貨は良貨を駆逐する」。
ところで、厚生労働省本省が関与する労働者派遣事業のスタッフには加入促進を義務づけ、労働局も調査対象としている(「注目DATA」に関連記事)。この例が示すとおり、社会保険庁には、今や政策能力もなく実行する職員も居なくなった程度は通り越し、「倫理感を当該行政組織が破壊し続ける」と言わざるを得ない。
中坊公平の住専整理回収機構のときのように、約20,000人弱の職員のうち、トップから300人程度を裁判官、検察、弁護士、民間人、警察官などに入れ替えることでもすれば、社会保険庁や「ねんきん事業機構」の倫理感を回復することができるのかもしれない。
離職票発行手続きにおける退職労働者本人欄の署名押印については、本人との連絡が取れない場合は、事業所の代表者印鑑を押すことで運用されて来た。ほぼ全国的にこのような基準で行われている。ところが、この7月から大阪の安定所では本人記載欄への本人署名押印を義務づけ、連絡が取れないなどの場合は詳細な報告を求めることとなった。その理由として不適正な事件の急増が挙げられている。たとえば、本人の知らぬ間に自己都合退職の離職票が届けられるとか、退職届の偽造、退職していないのに離職票が届いたとの極端な事例もあるとのこと。従来からこのような問題が指摘されており、この動きは全国に波及する可能性が高い。7月26日現在、厚生労働省雇用保険課は、原則は「本人欄は本人が記載」との認識を示しており、間違いがあった場合は失業手当受給段階で本人が異議申し立てをすれば、ことは足りるとしている。
なお、退職届の偽造は有印私文書偽造となり、一度安定所に提出すれば公文書となるので返却はされない。離職票に本人署名押印欄があるので、これに手を加えると有印公文書偽造となる。失業給付の段階で、失業者本人からの失業給付を受給する安定所に対する「異議申し立て」によって、離職票発行を安定所の適用課が事業所に対して調査を行うこととなっている。この手の事件は単純な偽造程度から複雑な労使主張対立のものまで多岐にわたるが、単純な段階で違法アドバイスを行っている者は、意外にも社会保険労務士(不正には専門的知識が必要)の中に存在する。平成15年の、大阪西安定所管轄の事件で、ある社会保険労務士Aが会社の犯意に応じ偽造を教唆、訴訟になれば会社は一転して社会保険労務士Aの単独犯を主張、民事裁判は労使の和解が成立したが、有印公文書偽造の刑事訴追とAに対する損害賠償は未だ残っている。
この大阪でのニュースは、個別企業の現場では、いよいよトラブルが続出している現実を示すものだ。
国際労働機関(ILO)の報告によると、職場での暴力は欠勤や病欠、生産性の低下につながるとしている。威張り散らすことやセクシャルハラスメントも含まれる。欧州、開発途上国などでは増加傾向にあるとのことだが、一方、アメリカ、イギリスでは、物理的暴力が減少傾向にあるとしており、アメリカでは職場での殺人件数が93年の1000件から10年後の03年には630件に減少、イギリスでも、職場の暴力発生件数が、95年の130万件から03年の85万件に減少。増加傾向と減少傾向の差がどこにあるかは、最終的には研究を待たなければならないが、アメリカにはADR(労働問題の裁判外調整機関)、イギリスには仲裁局(労働問題の合意調整機関)の存在に注目しても良いのではないかと思われる。また、アメリカ、イギリスでは解決が必要とされる労働紛争には労使紛争に加え労働者間紛争も含まれている。これに対してフランスやドイツでは労働裁判所の制度が主流であり、発展途上国では労使紛争解決への理解や意識がまだまだ弱いのが現実である。
日本経済は内需・豊かさ・個人消費の脆弱さに加え、まだまだ「高付加価値製品と高水準サービス」商品の提供(日本沈没での、唯一個別企業の浮き輪)に、力を注ぎきれていない為に、景気回復とはいいながら危険な側面が現れてきている。景気回復論調とは異なる点をいくつか挙げてみると、
(1)アメリカの経済先行き不安で輸出の伸び低迷
(2)外資資金引揚げで株安により設備投資に陰り
(3)石油高騰で消費者物価上昇、医療費、介護料などの負担増で、個人消費の減退
(4)日本企業の外資系多国籍企業への転換、財界総理の経団連会長までが外資系(御手洗氏)
(5)世界中がアメリカ経済やドルの先行き不安を予想、日本経済への打撃の可能性
といったところである。これらを見据えて、小企業といえども個別企業の戦略を組み立てなければ、大手企業や時代に翻弄されるばかりなのである。「聞き心地の良い話」には注意が必要であるし、経済指標数値や金融は結果であり、豊かさの反映でもないのである。
とりわけ、内需・豊かさ・個人消費による抜本的な景気回復の立ち遅れは、格差や貧困の問題に現れ出ている。6月30日に発表した労働力調査によると、1953年の調査以来初めて、雇用者数は、5500万台に乗った、にもかかわらずである。
(1)OECDの05年2月公表、日本の貧困率は15.3%、先進国ではアメリカ17.1%に次ぐとのこと。
(2)国民生活基礎調査04年、世論調査でも「生活が苦しい」と答えた世帯は55.8%。
(3)日本銀行調査05年、貯蓄ゼロの世帯比率は23.8%
(4)生活保護世帯100万戸突破、年収が生活保護未満の収入者は最近のNHK調査400万人と推定
(5)総務省統計局の可処分所得の対前年比は、05年平均はマイナス0.8、だが06年1?4月はマイナス4.0、2.7、5.9、4.6と減少率が急増
加えて、職場や現場での現象は、熟練技能継承の停止、技術者養成の遅れ、職場での士気低下、指揮命令系統の崩壊、業務上精神疾患の増加、商品の品質低下、リコール激増、基本的安全管理の欠如が、特に大手企業でこれらが目立っている。
このような現象は、確かに世界的に起こっているものである。だからと言って、個別企業で、仕方がないとか身を任せて漂うのでは無為無策である。これでは経済学や歴史学を学び研究することを否定するもので、振り返ってみると、
(1)産業革命と機械打ち壊し運動、
(2)19世紀イギリスで工場法が制定、
(3)第一次大戦後アメリカのニューディール政策、
(4)第二次大戦後の連合国(国連)の枠組みなど、
(5)今、歴史構造が変わる動きが起こっていることは間違いがない。
物事を見据える必要のある個別企業の人事総務担当者は、研究者とまではいかないまでも、これを見過ごすことは致命的落度となる。そこで、物事を冷静に判断するための比喩的情報提供。…最低賃金引上運動(英国、ドイツ、スイス、スウェーデン、エストニア、リトアニア、スロバキア、ポーランド、韓国、タイ、ベトナム、ニュージーランド)、クールビズ要求(英国の労組)、新雇用法反対(フランス)、不安定雇用規制(イタリア)、日曜労働拡大反対(スイス)、労働条件をサービス労働者の出身国に合わせることを反対(EU諸国)、解雇自由・スト禁止などの労働法制改悪反対(オーストラリア)、労働時間弾力化反対(EU諸国)、労働法制改悪反対(EU諸国)、委託・外注化反対闘争(カナダ、メキシコ)、労働法改悪反対闘争(メキシコ)、契約社員制度廃止(フィリピン)、医療制度改悪反対(タイ)、年金改悪反対闘争(英国、ベルギー、ポルトガル)、社会保険制度改悪反対闘争(ギリシャ)、民営化反対闘争(インド)、郵政事業民営化反対闘争(EU諸国)など。
ところで、経済のグローバル化と言いながら、見落とされがちなのが実際の社会制度の内容である。グローバル化の先頭を走っているアメリカの場合、契約書など法的効力を持つ文書とか法令の中に、曖昧な文言が用いられていると、憲法上の自由の行使を抑制する傾向を生じることもあるとして、社会制度だけではなく社会習慣として、曖昧な部分が「文面上違憲無効」とされる。用語として使われるのは、Vagueness=法令の文言が「あまりにも一般的・抽象的なため、その命じる又は禁止する内容を一般人が読んで判断しえない」との概念である。本来の契約書や法令は効率的合理的なものであると考えられており、それにもかかわらず契約や法制度の制定に曖昧な文言が存在するため、一層の混乱や当事者関係の複雑性を生じる場合には、解釈の違いとか事情変化の問題と位置づけずに、もとより無効と考えてしまう概念である。
したがって、日本の個別企業の、経済商習慣、就業規則、その他社内規定においても、グローバルな社会制度への対応と人材育成が必要となってくる。旧態依然の意識や感覚では、物事は通用せず、いわゆる「曖昧さ」は、いくら日本的経営とか、日本の社会風土とかの弁明を付け加えたとしても、個別企業の経済の足を引っ張り、個別企業を社会不適合に陥らせることは間違いない。
2006/07/03
第51号
このメルマガをブログにまとめました。読者の方には今までと同じように、毎月1回メールも配信します。
ブログ画面上の検索用の小窓がありますので、ここに探したい単語を入力すると、一挙に検索できるようになりました。
また、現在、引き続き読者が増加しつつあることから、総務部メルマガに対するコメントもブログで受け付けることが出来るようにいたしました。貴重なご意見をいただき改善を図っていきたいと思います。何れの執筆者もジャーナリスト団体に所属はしておりますが、取材力量に限度がありますから、いただいたコメント全てに応対することが出来ないことを、ご了承いただきたく存じます。
→ http://www.soumubu.jp/blog1/blogger.html
今や日本の「大手企業+多国籍企業」といわれる人たちを除けば、経営者も労働者も、自らの利益や権利を守るためには、誰もが国家に頼らざるを得ない時代になっている。
この理屈を盾に、日本政府の官僚は力を蓄えつつあるようだ。しかしながら、国家公務員については、行政機関深部に影響力を持つ国公労
連(省庁別労働組合の連合体)が存在しており、この労働組合が人員削減どころか、先進国水準並みの公務員増員を掲げており、旧来の行政改革とは趣に大差のあることに注意が必要だ。政策課題が一致をすれば、高級官僚と国公労連は、労使協調どころか労使一丸となって進めている。高級官僚と国公労連幹部には、自民党後援会もあれば共産党後援会もあり、大学の同窓生も多い。現在の高級官僚が退いたとしても、場合によっては今以上に優秀な人材を国公労連幹部から補充することもできるのだ。この特殊事情が国鉄労働組合、全電通労働組合、全逓信労働組合などとは根本的に異なる。ちなみに、旧社会党・民主党後援会も存在するようだが、市民権はほぼなさそうだ。
「官僚の力が増している」とか、「国家公務員削減問題」のマスコミや識者論評の奥底にある、このような事情を見落とすと大きな勘違いとなるのだ。毎日のようにマスコミから流される社会不安の話題に同情してばかりはいられない。「大手企業+多国籍企業」などは、ニューヨークやシンガポールなどと日本を脱出した方が、極端に考えれば、利益や権利を守ることができる。
それにもまして、グローバル社会では、「ジャップ」が一番、信用されない。
日本経済、はてさて、果たして安心できるのだろうか。
いわゆる踊り場は過ぎたようだが、良い話ばかりでもなく、何処に危険があるのかとの話もない。経済成長との実感は未だ薄く、「豊かさ」まで行きつけるかとの見通しもない。そこで、ほとんどのマスコミ記者は飛び付かないが、実績には定評のある人たちで交わされているインテリジェンスをまとめてみた。
(1)日本国内の浮遊マネーからすれば、「高付加価値製品」とか「高水準サービス提供」の商品は、世界的に売れることは分かっている。ところが投資先がない。だから、村上ファンド然り、マネーゲームや株式に回らざるを得ない。だとしても、2008年まで、新経済への設備投資は続くこととなり、その意味では好景気との見方が強い。
(2)例えば、スウェーデンは高品質の武器輸出国。日本製機関銃のように打てばビスが緩んでくるようなことはない。日本としては、日本文化に根ざした「高付加価値製品」とか「高水準サービス提供」の商品生産を経済活動の主力としたい。しかしながら、その新経済を支える良質労働力が不足なのだ。その意味から、国を挙げての2007年問題であり、必死のフリーターやニート解消施策なのである。新経済を支える労働力が余っていれば、高齢者とフリーターといっても、ほったらかしにしておくのが経済の常識。「年寄りと役立たずは不要」との政策は完全にはずれた。皮肉にも橋本元総理は静かに逝った(7月1日)。
(3)「大手企業+多国籍企業」は日本を脱出した方が利益や権利が拡大する。かといって、made in japan を売り物にするしかないので、日本文化に根ざした優秀な労働力でもって、世界に通用する商品をつくらざるを得ない。だから、その効率を考えて日本に拠点をおくのだ。適当に売れる商品であれば、中国、インド、その後はアフリカ諸国が販売するからだ。中国や海外進出だ!と踊らされた個別企業は、やっぱり馬鹿を見た。
(4)製造・サービス・流通などの実物経済への投資と、「高付加価値製品」とか「高水準サービス提供」の商品を、世界各地へ販売したいところだ。だが、これが低迷すれば、国内マネーはマネーゲームや株式に回る。現在、世界的には経済低迷傾向だから、オイルマネーもマネーゲームや株式に回る。そこで要注意は、アメリカ経済がクラッシュ(現在が危険状態)、加えて、北京オリンピック特需後の中国経済縮小は、一挙に日本へのマネー流入となる。その時期は2008年がポイントとなる。
(5)マネー流入のひとつの形は、大型ファンドによる、日本の有能な労働力を企業ごとM&Aする方法。一挙に escalation する。
(6)もうひとつの形だが、実物経済の上向きが期待出来ないと判断すれば、意外にも再びバブルの発生。その判断はオイルマネーが行ない、バブルの引き金を引く。今度ばかりは日本政府にコントロール出来ないかもしれない。それには宮沢元総理もびっくりとか。もちろんその後に、不良債権が山積みされる。
これらのインテリジェンスは意外なようだが、良くみれば現実味がある。事実、国際的な市場の厳しさとは、こういうものだ。ある意味、日本政府やマスコミに登場する人たちが、これらをハッキリと言わないことも、納得ができる。
だから、個別企業では2008年をメドに、新経済に向けた資産(特に企業としての、ヒト・情報・ノウハウ・モノ)蓄積を図ることと、次に、その後の異変を迎える準備が必要となるのである。新経済で重要な位置をしめる情報やノウハウの蓄積対策においては、「高学歴(判断力・分析力)者さえ雇えれば…」と考えていては、よほどの素人発想で、投資先は有能な人材を育成する「具体的人事管理の手立て」である。それも、北欧の能力開発先進国を大いに見習うことが急務である。とりわけ、海外投資や不良債権は、個別企業が新経済のもとで安定するまでは、極めて危険である。
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今や日本の「大手企業+多国籍企業」といわれる人たちを除けば、経営者も労働者も、自らの利益や権利を守るためには、誰もが国家に頼らざるを得ない時代になっている。
この理屈を盾に、日本政府の官僚は力を蓄えつつあるようだ。しかしながら、国家公務員については、行政機関深部に影響力を持つ国公労
連(省庁別労働組合の連合体)が存在しており、この労働組合が人員削減どころか、先進国水準並みの公務員増員を掲げており、旧来の行政改革とは趣に大差のあることに注意が必要だ。政策課題が一致をすれば、高級官僚と国公労連は、労使協調どころか労使一丸となって進めている。高級官僚と国公労連幹部には、自民党後援会もあれば共産党後援会もあり、大学の同窓生も多い。現在の高級官僚が退いたとしても、場合によっては今以上に優秀な人材を国公労連幹部から補充することもできるのだ。この特殊事情が国鉄労働組合、全電通労働組合、全逓信労働組合などとは根本的に異なる。ちなみに、旧社会党・民主党後援会も存在するようだが、市民権はほぼなさそうだ。
「官僚の力が増している」とか、「国家公務員削減問題」のマスコミや識者論評の奥底にある、このような事情を見落とすと大きな勘違いとなるのだ。毎日のようにマスコミから流される社会不安の話題に同情してばかりはいられない。「大手企業+多国籍企業」などは、ニューヨークやシンガポールなどと日本を脱出した方が、極端に考えれば、利益や権利を守ることができる。
それにもまして、グローバル社会では、「ジャップ」が一番、信用されない。
日本経済、はてさて、果たして安心できるのだろうか。
いわゆる踊り場は過ぎたようだが、良い話ばかりでもなく、何処に危険があるのかとの話もない。経済成長との実感は未だ薄く、「豊かさ」まで行きつけるかとの見通しもない。そこで、ほとんどのマスコミ記者は飛び付かないが、実績には定評のある人たちで交わされているインテリジェンスをまとめてみた。
(1)日本国内の浮遊マネーからすれば、「高付加価値製品」とか「高水準サービス提供」の商品は、世界的に売れることは分かっている。ところが投資先がない。だから、村上ファンド然り、マネーゲームや株式に回らざるを得ない。だとしても、2008年まで、新経済への設備投資は続くこととなり、その意味では好景気との見方が強い。
(2)例えば、スウェーデンは高品質の武器輸出国。日本製機関銃のように打てばビスが緩んでくるようなことはない。日本としては、日本文化に根ざした「高付加価値製品」とか「高水準サービス提供」の商品生産を経済活動の主力としたい。しかしながら、その新経済を支える良質労働力が不足なのだ。その意味から、国を挙げての2007年問題であり、必死のフリーターやニート解消施策なのである。新経済を支える労働力が余っていれば、高齢者とフリーターといっても、ほったらかしにしておくのが経済の常識。「年寄りと役立たずは不要」との政策は完全にはずれた。皮肉にも橋本元総理は静かに逝った(7月1日)。
(3)「大手企業+多国籍企業」は日本を脱出した方が利益や権利が拡大する。かといって、made in japan を売り物にするしかないので、日本文化に根ざした優秀な労働力でもって、世界に通用する商品をつくらざるを得ない。だから、その効率を考えて日本に拠点をおくのだ。適当に売れる商品であれば、中国、インド、その後はアフリカ諸国が販売するからだ。中国や海外進出だ!と踊らされた個別企業は、やっぱり馬鹿を見た。
(4)製造・サービス・流通などの実物経済への投資と、「高付加価値製品」とか「高水準サービス提供」の商品を、世界各地へ販売したいところだ。だが、これが低迷すれば、国内マネーはマネーゲームや株式に回る。現在、世界的には経済低迷傾向だから、オイルマネーもマネーゲームや株式に回る。そこで要注意は、アメリカ経済がクラッシュ(現在が危険状態)、加えて、北京オリンピック特需後の中国経済縮小は、一挙に日本へのマネー流入となる。その時期は2008年がポイントとなる。
(5)マネー流入のひとつの形は、大型ファンドによる、日本の有能な労働力を企業ごとM&Aする方法。一挙に escalation する。
(6)もうひとつの形だが、実物経済の上向きが期待出来ないと判断すれば、意外にも再びバブルの発生。その判断はオイルマネーが行ない、バブルの引き金を引く。今度ばかりは日本政府にコントロール出来ないかもしれない。それには宮沢元総理もびっくりとか。もちろんその後に、不良債権が山積みされる。
これらのインテリジェンスは意外なようだが、良くみれば現実味がある。事実、国際的な市場の厳しさとは、こういうものだ。ある意味、日本政府やマスコミに登場する人たちが、これらをハッキリと言わないことも、納得ができる。
だから、個別企業では2008年をメドに、新経済に向けた資産(特に企業としての、ヒト・情報・ノウハウ・モノ)蓄積を図ることと、次に、その後の異変を迎える準備が必要となるのである。新経済で重要な位置をしめる情報やノウハウの蓄積対策においては、「高学歴(判断力・分析力)者さえ雇えれば…」と考えていては、よほどの素人発想で、投資先は有能な人材を育成する「具体的人事管理の手立て」である。それも、北欧の能力開発先進国を大いに見習うことが急務である。とりわけ、海外投資や不良債権は、個別企業が新経済のもとで安定するまでは、極めて危険である。
2006/06/05
第50号
この4月から急激に、個別企業内における、事件、業務事故、うつ病、いじめ、いやがらせ事件が多発している。景気回復といわれる中での仕事の増加と言いたいところであるが、もう少し鋭く分析する必要がある。それは、新しい業態もしくはシステムによる仕事が増加したために発生していると見ることが妥当である。要するに、新業態・新システムを企画立案して実施したが、
(1)実施側には、業務遂行とか事故防止などのノウハウがまだまだ蓄積されておらず、
(2)実施に当たっての労働者の能力水準が担保されていないから高学歴者に仕事が偏る、
(3)新業態・新システムに投入する労働者の教育訓練が見切り発車の状態で、原因はここから来ている。
原因が分かったとしても、事故などが起こったときの契約上の損害、不測の事故への損害は、賠償しなければならず、前述の三つのポイントへの根本対策をとらない限り、その経済的時間的負担は大きくのしかかる。せっかくの新業態・新システムも、ただでさえ保守的な意見にさらされている状態であるから、とん挫せざるを得ない。「時期の早い遅いの問題だ」との意見にごまかされてはならない。
それは、今から50年前の高度経済成長の走りの時代にも、当時の新業態・新システムを導入して、次々と労災事故が多発した。事故を起こしたためにトラブル発生→損害の賠償→資金ショート倒産を多くの企業で招いた。当時は労働組合の実力行使が行われた。対策の遅れた事業所は無くなっていった。そして、現代では、信用失墜情報、公的機関への通報、目に見えない損失増などがパソコンや携帯電話によってもたらされることとなっている。
ところが、素人の担当者は、「規則の整備」であるとか、「コミュニケーション充実」などが防止・改善の本命と、すぐさま、錯覚してしまうのだが、そこには根本的な解決と事業の発展はない。素人の典型事例は、日本の身近に存在する安全性が世界で50位以下の航空会社、20年前から整備不良と言われて、知る人は乗らない国策航空会社を見れば良く分かる。昭和34年国会成立当初より資金破綻を覚悟してスタートした国民皆年金を運営している国営生命保険も、また然りである。
パソコン、POS、携帯などのIT機器を駆使して、新業態や新事業を進める場合には、従来の時間管理に加えて、従事者のスキル向上管理が重要となってきた。これから個別企業を豊かに且つ経済成長に導くには、人事部門が当該スキル向上管理を強化することが重要となった。従来から人事部門は労働基準法の労働時間に関する趣が強かったために時間管理にほとんどのエネルギーを費やし、新入社員教育を除いてはスキル管理を現場やラインに任せきりであった。ところが、新業態・新システムでは現場やラインでのスキル管理の容量が膨大となり手に負えなくなるとともに、業務との「衝突・摩擦」が続出し、結果、スキル未熟が業務遂行の足を引っ張ることとなっているのだ。だからこそ、人事総務部門が業務従事者のスキル向上のための管理(コントロール)を行って、新業態や新事業にマッチした体制を推進する必要があるのだ。
とりわけ、IT産業といわれる事業所で著しいのだが、やがてほとんどの業種に広がる。IT技術活用選択での、「広げるか低成長か」の豊かさや経済成長の選択となるからだ。IT機器を使って大量の情報を集積しての新業態や新事業においては、それぞれの職種や業種方面ごとの「判断力と分析力」が必要となる。ところが、まだまだ人事総務部門で、これに手が付けられることはなく、そのしわ寄せ理屈として、ただ単なる「高学歴者依存」に持ち込まれている。確かに、理論としては、「判断力と分析力」は高度な経済経営理論に基づく経験とノウハウには及ばないのは確かだが、それを持ち合わせる人材が極めて少ないものだから、これまたIT機器に依存しようとする悪循環が生まれているのが現実なのである。
さて、スキル向上管理のイメージが出てこなければ、具体的な方策が生まれてこない。現在成功して共通している項目をいくつかあげると、
(1)WEB掲示板を使い、部署やセクションを超えたOJTを促進
(2)正解のない未知分野に最新事例のケースメソッド
(3)能力開発やスキル向上の個別データ管理グループの存在
(4)技術革新に対応する外部教育やセミナー
(5)独自の社内資格認定グループミーティングを行っている
(6)上司の育成指導が(1)のデータ管理と相まって実施
といったところである。この6つの項目全体をマネジメントするのが人事総務部門という具合だ。
このような具体策を実施しないとか、形骸化しているにもかかわらず、単に「Knowledge Managementなんてなこと」を会社から強調し過ぎると、あるナショナルセンターの主張する「労働契約法と労働時間法制改悪のねらいは、8時間労働制を掘り崩し、“労使自治”を打ち出のコヅチにして、首切り・賃下げを自由化し、これまで勝ちとってきた判例の水準を崩壊させ、労働組合の組織化を妨害し、社会的地位を低下させるものだ」といった社会制度の呼びかけに、労働者は心情的賛同を持つのである。この組合が想定しているのは、「労働者は長時間で、コキ使え」であるとか、「労働者に浮かび上がるチャンスは不要、再起不能は運が悪いとアキラメロ!」といった経営者の姿勢。これを地で行くような個別企業であれば、一昔前のように集団的労使関係を形成してドンパチ戦うことが企業経営の安定?に寄与?するのかもしれない。ただし、これからの日本の経済社会においては、そんな個別企業は害悪というのが一般的な認識であるから、誰も味方をしてくれない。四菱自動車然り、外資系ハゲタカファンド、日系ハイエナファンドが短命な理由もここにある。表面的には合法でも、Hも逮捕、Mも逮捕と、社会はまだまだ真実を見抜き、良識的である。
話は飛んで、こう考えてみれば、日本は経済環境の大転換や変化の真っ最中。にもかかわらず、マスコミでのニュースが少ないところにも、取材能力の著しい低下が原因しているではないだろうか。それとも、(ある程度曖昧さが当然な)優良情報の速攻提供に対する、「まだ確定してない」とのクレームに、記者たちはビビッているのだろうか。行政機関のスポークスマンに成り下がったとの評価もある。仮に、人事総務担当者の目線を鋭くしたところで、個別企業の事業を進めるためのインテリジェンス:ニュースが、なんといっても少なすぎる。もしかすれば、ニュース配信事業自体が、新業態・新システムを待っているのかもしれない。ところで、筆者は、過去の話ばかりにとらわれないための具体策として、この数十年間、新聞を購読しない。
個別的労働関係紛争の増加に伴って、都道府県労働局に紛争調整委員会が設置された。これは、個別の企業内において、従来のように紛争解決能力を持ち合わせる余裕がないことや、労働裁判が形骸化していることから、政府の公共事業として行われているのだ。近年、世界の先進諸国では、集団的労使関係よりも個別的労使関係のトラブルが問題となっており、様々な解決方法がある中で、アメリカ・イギリスは日本と同じような方式での解決を図ろうとしているのだ。ADRといわれるが、国によってその趣旨は様々であるが、合意調整を図れるものなら裁判に持ち込まれ対決状態になる前に解決しようという目的は共通している。労働分野や労働法で用いられるConciliation(斡旋)とかReconciliation(和解)の概念は、近代自由主義思想として欧米とも共通のものである。もともとはラテン語から来たもので、斡旋は(何と何か別として)「つなぐ」という意味で、和解はReだから、もう一度つなぐという意味が含まれているのである。日本の法律も然り、近代自由主義(憲法)に基づくものであるから、戦後導入されたものは、ほぼこの意味と理解する必要がある。明治維新にも近代自由主義思想が導入されたことにはなっているが、途中で変質してしまったものだから、民法や裁判所で用いられる斡旋や和解は意味が異なって使われており、とりわけ和解には「示談や取引」も含むと解釈されることとなり、いわゆる和解とは別概念である「和睦や和議」にも用いるように変質してしまっているのである。Mediation(調停)は、両当事者の共通点や代替措置を見つけ出してつなぐ(Conciliation)ことであり、もう一度つなぐ(Reconciliation)和解にもっぱら必要な将来措置を含まないところに差異がある。ReconciliationをConciliationでもってConsult(とりなす)のであって、MediationのときにはConciliationでもってMediate(とりなす)ということになるのである。この概念でもって、近代自由主義の法令が作られていることを見過ごしてはいけない。
来年4月からの司法制度改革にあわせて、労働分野において、個別的労働紛争の和解を促進するために、あっせん代理人制度が充実される。いよいよ、そのための国家試験が6月17日の午後に行われる。社会保険労務士であることが受験資格であるが、訴訟代理人とは仕事の内容が異なり、法律家との位置付けでもない。第2回目は11月末の予定だが、本年度の受験申込者は2回合わせて9000人弱となっている。今のところ、合格率は、せいぜい20?25%の見通し(筆者)ではあるが、来年4月からの紛争解決制度充実のために、関係者一同は(筆者も含めて)50%合格のために、能力強化の万策を尽くしている最中である。ただし、主催者の厚生労働省は、「合格者が1000人でもかまわない」と明言しており、巷で横行する俗説のような最初の試験を易しくすることはあり得ず、会社に現在勤務中の有能な人材(将来あっせん代理人として活躍)にも期待する態度を表しているのだ。焦点の労働法制は、現在論議中の「労働契約法」であり、労働基準法の使用従属の関係にとどまらず、経済的従属関係の個別的労使関係も含めての、いわゆる公共事業としての労働安定政策を進めようとしている。この4月から実施の労働審判が今ひとつ関心を呼ばないのとは対照的だ。数千人のあっせん代理人を配置しての個別労働紛争解決制度強化は世界に類を見ない高水準政策で、文化経済学の面から、「高付加価値製品と高水準サービス商品」提供の経済政策基盤をつくる政策として、ますます重要になってくると思われる。
(1)実施側には、業務遂行とか事故防止などのノウハウがまだまだ蓄積されておらず、
(2)実施に当たっての労働者の能力水準が担保されていないから高学歴者に仕事が偏る、
(3)新業態・新システムに投入する労働者の教育訓練が見切り発車の状態で、原因はここから来ている。
原因が分かったとしても、事故などが起こったときの契約上の損害、不測の事故への損害は、賠償しなければならず、前述の三つのポイントへの根本対策をとらない限り、その経済的時間的負担は大きくのしかかる。せっかくの新業態・新システムも、ただでさえ保守的な意見にさらされている状態であるから、とん挫せざるを得ない。「時期の早い遅いの問題だ」との意見にごまかされてはならない。
それは、今から50年前の高度経済成長の走りの時代にも、当時の新業態・新システムを導入して、次々と労災事故が多発した。事故を起こしたためにトラブル発生→損害の賠償→資金ショート倒産を多くの企業で招いた。当時は労働組合の実力行使が行われた。対策の遅れた事業所は無くなっていった。そして、現代では、信用失墜情報、公的機関への通報、目に見えない損失増などがパソコンや携帯電話によってもたらされることとなっている。
ところが、素人の担当者は、「規則の整備」であるとか、「コミュニケーション充実」などが防止・改善の本命と、すぐさま、錯覚してしまうのだが、そこには根本的な解決と事業の発展はない。素人の典型事例は、日本の身近に存在する安全性が世界で50位以下の航空会社、20年前から整備不良と言われて、知る人は乗らない国策航空会社を見れば良く分かる。昭和34年国会成立当初より資金破綻を覚悟してスタートした国民皆年金を運営している国営生命保険も、また然りである。
パソコン、POS、携帯などのIT機器を駆使して、新業態や新事業を進める場合には、従来の時間管理に加えて、従事者のスキル向上管理が重要となってきた。これから個別企業を豊かに且つ経済成長に導くには、人事部門が当該スキル向上管理を強化することが重要となった。従来から人事部門は労働基準法の労働時間に関する趣が強かったために時間管理にほとんどのエネルギーを費やし、新入社員教育を除いてはスキル管理を現場やラインに任せきりであった。ところが、新業態・新システムでは現場やラインでのスキル管理の容量が膨大となり手に負えなくなるとともに、業務との「衝突・摩擦」が続出し、結果、スキル未熟が業務遂行の足を引っ張ることとなっているのだ。だからこそ、人事総務部門が業務従事者のスキル向上のための管理(コントロール)を行って、新業態や新事業にマッチした体制を推進する必要があるのだ。
とりわけ、IT産業といわれる事業所で著しいのだが、やがてほとんどの業種に広がる。IT技術活用選択での、「広げるか低成長か」の豊かさや経済成長の選択となるからだ。IT機器を使って大量の情報を集積しての新業態や新事業においては、それぞれの職種や業種方面ごとの「判断力と分析力」が必要となる。ところが、まだまだ人事総務部門で、これに手が付けられることはなく、そのしわ寄せ理屈として、ただ単なる「高学歴者依存」に持ち込まれている。確かに、理論としては、「判断力と分析力」は高度な経済経営理論に基づく経験とノウハウには及ばないのは確かだが、それを持ち合わせる人材が極めて少ないものだから、これまたIT機器に依存しようとする悪循環が生まれているのが現実なのである。
さて、スキル向上管理のイメージが出てこなければ、具体的な方策が生まれてこない。現在成功して共通している項目をいくつかあげると、
(1)WEB掲示板を使い、部署やセクションを超えたOJTを促進
(2)正解のない未知分野に最新事例のケースメソッド
(3)能力開発やスキル向上の個別データ管理グループの存在
(4)技術革新に対応する外部教育やセミナー
(5)独自の社内資格認定グループミーティングを行っている
(6)上司の育成指導が(1)のデータ管理と相まって実施
といったところである。この6つの項目全体をマネジメントするのが人事総務部門という具合だ。
このような具体策を実施しないとか、形骸化しているにもかかわらず、単に「Knowledge Managementなんてなこと」を会社から強調し過ぎると、あるナショナルセンターの主張する「労働契約法と労働時間法制改悪のねらいは、8時間労働制を掘り崩し、“労使自治”を打ち出のコヅチにして、首切り・賃下げを自由化し、これまで勝ちとってきた判例の水準を崩壊させ、労働組合の組織化を妨害し、社会的地位を低下させるものだ」といった社会制度の呼びかけに、労働者は心情的賛同を持つのである。この組合が想定しているのは、「労働者は長時間で、コキ使え」であるとか、「労働者に浮かび上がるチャンスは不要、再起不能は運が悪いとアキラメロ!」といった経営者の姿勢。これを地で行くような個別企業であれば、一昔前のように集団的労使関係を形成してドンパチ戦うことが企業経営の安定?に寄与?するのかもしれない。ただし、これからの日本の経済社会においては、そんな個別企業は害悪というのが一般的な認識であるから、誰も味方をしてくれない。四菱自動車然り、外資系ハゲタカファンド、日系ハイエナファンドが短命な理由もここにある。表面的には合法でも、Hも逮捕、Mも逮捕と、社会はまだまだ真実を見抜き、良識的である。
話は飛んで、こう考えてみれば、日本は経済環境の大転換や変化の真っ最中。にもかかわらず、マスコミでのニュースが少ないところにも、取材能力の著しい低下が原因しているではないだろうか。それとも、(ある程度曖昧さが当然な)優良情報の速攻提供に対する、「まだ確定してない」とのクレームに、記者たちはビビッているのだろうか。行政機関のスポークスマンに成り下がったとの評価もある。仮に、人事総務担当者の目線を鋭くしたところで、個別企業の事業を進めるためのインテリジェンス:ニュースが、なんといっても少なすぎる。もしかすれば、ニュース配信事業自体が、新業態・新システムを待っているのかもしれない。ところで、筆者は、過去の話ばかりにとらわれないための具体策として、この数十年間、新聞を購読しない。
個別的労働関係紛争の増加に伴って、都道府県労働局に紛争調整委員会が設置された。これは、個別の企業内において、従来のように紛争解決能力を持ち合わせる余裕がないことや、労働裁判が形骸化していることから、政府の公共事業として行われているのだ。近年、世界の先進諸国では、集団的労使関係よりも個別的労使関係のトラブルが問題となっており、様々な解決方法がある中で、アメリカ・イギリスは日本と同じような方式での解決を図ろうとしているのだ。ADRといわれるが、国によってその趣旨は様々であるが、合意調整を図れるものなら裁判に持ち込まれ対決状態になる前に解決しようという目的は共通している。労働分野や労働法で用いられるConciliation(斡旋)とかReconciliation(和解)の概念は、近代自由主義思想として欧米とも共通のものである。もともとはラテン語から来たもので、斡旋は(何と何か別として)「つなぐ」という意味で、和解はReだから、もう一度つなぐという意味が含まれているのである。日本の法律も然り、近代自由主義(憲法)に基づくものであるから、戦後導入されたものは、ほぼこの意味と理解する必要がある。明治維新にも近代自由主義思想が導入されたことにはなっているが、途中で変質してしまったものだから、民法や裁判所で用いられる斡旋や和解は意味が異なって使われており、とりわけ和解には「示談や取引」も含むと解釈されることとなり、いわゆる和解とは別概念である「和睦や和議」にも用いるように変質してしまっているのである。Mediation(調停)は、両当事者の共通点や代替措置を見つけ出してつなぐ(Conciliation)ことであり、もう一度つなぐ(Reconciliation)和解にもっぱら必要な将来措置を含まないところに差異がある。ReconciliationをConciliationでもってConsult(とりなす)のであって、MediationのときにはConciliationでもってMediate(とりなす)ということになるのである。この概念でもって、近代自由主義の法令が作られていることを見過ごしてはいけない。
来年4月からの司法制度改革にあわせて、労働分野において、個別的労働紛争の和解を促進するために、あっせん代理人制度が充実される。いよいよ、そのための国家試験が6月17日の午後に行われる。社会保険労務士であることが受験資格であるが、訴訟代理人とは仕事の内容が異なり、法律家との位置付けでもない。第2回目は11月末の予定だが、本年度の受験申込者は2回合わせて9000人弱となっている。今のところ、合格率は、せいぜい20?25%の見通し(筆者)ではあるが、来年4月からの紛争解決制度充実のために、関係者一同は(筆者も含めて)50%合格のために、能力強化の万策を尽くしている最中である。ただし、主催者の厚生労働省は、「合格者が1000人でもかまわない」と明言しており、巷で横行する俗説のような最初の試験を易しくすることはあり得ず、会社に現在勤務中の有能な人材(将来あっせん代理人として活躍)にも期待する態度を表しているのだ。焦点の労働法制は、現在論議中の「労働契約法」であり、労働基準法の使用従属の関係にとどまらず、経済的従属関係の個別的労使関係も含めての、いわゆる公共事業としての労働安定政策を進めようとしている。この4月から実施の労働審判が今ひとつ関心を呼ばないのとは対照的だ。数千人のあっせん代理人を配置しての個別労働紛争解決制度強化は世界に類を見ない高水準政策で、文化経済学の面から、「高付加価値製品と高水準サービス商品」提供の経済政策基盤をつくる政策として、ますます重要になってくると思われる。
2006/05/08
第49号
ところで、6月いっぱいは、各省庁や自治体への陳情のシーズン。
陳情と言っても、とりたてて政治団体が陳情書を作って持って行くような、形式的パフォーマンスではない。個別企業その他の新規事業が、自らの事業が世の中(特に社会共同体にプラス)の役に立つ部分があるのなら、行政に意見をいえば、結構聞いてくれるということなのだ。国でも市でも、個別企業の事業規模や影響力に応じて、意見交換程度であっても、結構有効である。全て我が事のために行っている事業は論外で、反対に各省庁や自治体の政策と一致すれば話がまとまる。
誰に話に行くのかといえば、役所の建物の中の行政職員であり政策構想担当者である。その人は役所に入って聞けば分かる。役人は国家公務員法と地方公務員法によって秘密事項と定められているもの以外は、聞かれれば答えなければならない義務もあるのだ。決して議員ではなく議員を通せば成り立つ話も政治的影響でつぶれる場合がある。あくまでも行政官は政策構想の立場から話を聞くことになっているから、世の中の役に立つことや大義名分が必要なのである。
6月いっぱいということは、8月末ごろまでに来年度の政策構想を行政内部の担当者が決めて、これに基づき9月からヒアリング作業を開始するスケジュールをとっていることが多いためだ。来年度構想に間に合わせるためには、遅くとも6月中ということなのだ。
どんなものがあるかといえば、助成金の多くが、このような陳情から出発している。(TVでおなじみの国会議員の汚職は、利権が絡んでからの不正をしているときの話)。たとえば、人事総務の分野でいえば、変形労働、事業場外みなし労働、女子深夜労働解禁などの法律の不合理を対処して来た法改正も、もとはといえば、6月までの陳情(意見交換)からなのだ。世のため人のためになっていると自負しているだけではなく、いっそのことその部分は行政と一体となって事業を進めるのも、今の時代社会の要請なのである。社会共同体の発展に資するのはNPOやNGOだけに限られないのだ。
「高付加価値製品&高水準サービス」の二つの商品提供が、日本経済を再び盛り上げるとのことが、社会に広まって行くにつれ、日本が花形商品流行の世界的最先端であることが認識されるようになった。このため、海外移転ブームは収まることとなり、真の意味での国際分業体制が整いつつある。海外移転ブームに一喜一憂した企業は、今度は、これまた「コンサルタント先生」の国内立地メリット論を鵜呑みにすることとなっている。今では、「中国台頭・日本空洞化」の話は消えてなくなった。そのとき銀行からの根拠のない経済話に乗ってしまって、不良債権を積み増しした個別企業も少なくない。それがまたぞろ、財務省の景気回復の「掛け声」(数字のからくり)ムードに流されて、設備投資をしている企業も少なくない。日本経済の豊かさが目に見えて失われて行くにもかかわらず、数字のマジックによって投資を繰り返す人たちが後を絶たないのだが、経営者としては素人なので、本人は没落させられて行く対象である自覚がないようである。「お人好し経営者」には、バブルだ→中国進出だ→次はインドだ!(インドは日本を相手にしていない)→その後アフリカ(国連常任理事国必要論)だ!などと、次々と白昼夢の上映が続いている。
ところで、景気回復の掛け声とともに先行投資ブームの先頭に立っている花形産業がいくつかあるが、急激な人手不足を発生させている。IT産業といわれる企業では、ソフト開発者不足により、技能者の長時間不規則労働がこの春から続出しているようだ。1日4時間、1ヵ月100時間を突破しているのが通常となっている。この業界は技術者・技能者養成手法が未熟であるところに特徴があるので、仕事のできる人に業務が集中してしまっている。「人に任せるより、自分でやった方がよい!」、こうやって職人的に仕事を抱えるのだが、育成途中の労働者には業務を回すすべを知らないのも実情である。今や、IT関連の個別企業では、社員の2%の精神疾患休職者を抱えることを、経営者は覚悟するようだ。自殺者が出ると企業イメージがダウンするから、これは避けようと心がける。しかしながら、SEやプログラマーは純真な人が多いから、「なんとか仕事を消化しよう」とか、「なんとか自分で解決しよう」と心理的内面処理するものだから、精神疾患を多発する。ストレス障害、パニック障害は上司が見ても発見できない。表向き平静を装っているので、彼らの精神疾患は専門家でなければ、そのサインを発見できない。ときとして、その上司がすでに精神疾患になっているケースも数多い。目先が気になり、他人が気になり、計画が立てられず、やる気がなくなり、納期や上役に恐怖を感じ、職場内は異様な雰囲気である。このような現象は中小のソフト開発会社ではなく、大手企業で多発と思われる。綿密さを追求するがゆえに方向違いは酷い状況を招いているようだ。末端現場は共通して、仕事の振り分けや人事管理が未熟であるから、ほとんど中高生なみの精神論でもって、管理が行われているのが実態。精神疾患の回復は3年とも言われる。「一人前に育った技能者が、次々と討ち死に!」している。このままでは、「ある日突然欠勤する」のはラッキー、「なんで欠勤するのか!と怒ってマンションにいけば、自殺!」という恐怖がよぎる時代がやってくる。
ところで、旧来の人事管理哲学では弊害を生む時代になった。個別企業内で、「これが良いことだ」と決め事をすると、文書や規則に縛られてしまう錯覚が先走り、中間管理職を含めて中高生なみなものだから、そう受け取ってしまうのである。旧来の人事労務管理方式が通用しないことに気がついていないのである。この傾向は、IT産業に限ったことではない。花形企業でチヤホヤされている企業にも数多く発生している。IT産業に顕著に事例が出現するのは、IT産業に集中して資本が投下されているからであって、技術機器を数多く使用する、現代に応じた業務や人事管理が行われている個別企業には共通しているのである。上司より部下が優秀、上司は部下の仕事を把握できない、部下の意欲により業績が左右、このような特徴をもつ業種での業務管理は、現場でのディスカッション、強制を排して共感と自由による意思統一、業務計画・分担と改善活動の繰り返しがポイントとなってくる。旧来の社会適合性とか「しつけ」でもって業務管理を進めると、末端現場では中高生なみの管理に陥ってしまい、これでは上手くいかないものだから精神論が出たりハラスメントが続出することとなるのである。末端現場の作業に個別企業の将来の命運がかかっている業種なので、ここは早急に研究・改善をしなければならない、ということだ。
こんなおかげで、個別労働紛争のあっせん事件は、この春から急増中である。個別企業の管理者としても、いっそのこと「あっせん申請」でもって、それを契機に個別企業内に良いショックをもたらし、業務改善を行ないたいところなのである。その理由は(言っては悪いのだが)、「正直、中高生なみの管理監督者に、説明するのも疲れた」といったところ、だからである。個別企業内の具体的解決の期待をよそに、白黒はっきりつけようという裁判や労働審判は好まれない。「労働者側は、白黒はっきりつけたいはずだ!」と、そう思うかもしれないが、この4月から開始の労働審判の件数は、さほど伸びているように思われないのだ。
陳情と言っても、とりたてて政治団体が陳情書を作って持って行くような、形式的パフォーマンスではない。個別企業その他の新規事業が、自らの事業が世の中(特に社会共同体にプラス)の役に立つ部分があるのなら、行政に意見をいえば、結構聞いてくれるということなのだ。国でも市でも、個別企業の事業規模や影響力に応じて、意見交換程度であっても、結構有効である。全て我が事のために行っている事業は論外で、反対に各省庁や自治体の政策と一致すれば話がまとまる。
誰に話に行くのかといえば、役所の建物の中の行政職員であり政策構想担当者である。その人は役所に入って聞けば分かる。役人は国家公務員法と地方公務員法によって秘密事項と定められているもの以外は、聞かれれば答えなければならない義務もあるのだ。決して議員ではなく議員を通せば成り立つ話も政治的影響でつぶれる場合がある。あくまでも行政官は政策構想の立場から話を聞くことになっているから、世の中の役に立つことや大義名分が必要なのである。
6月いっぱいということは、8月末ごろまでに来年度の政策構想を行政内部の担当者が決めて、これに基づき9月からヒアリング作業を開始するスケジュールをとっていることが多いためだ。来年度構想に間に合わせるためには、遅くとも6月中ということなのだ。
どんなものがあるかといえば、助成金の多くが、このような陳情から出発している。(TVでおなじみの国会議員の汚職は、利権が絡んでからの不正をしているときの話)。たとえば、人事総務の分野でいえば、変形労働、事業場外みなし労働、女子深夜労働解禁などの法律の不合理を対処して来た法改正も、もとはといえば、6月までの陳情(意見交換)からなのだ。世のため人のためになっていると自負しているだけではなく、いっそのことその部分は行政と一体となって事業を進めるのも、今の時代社会の要請なのである。社会共同体の発展に資するのはNPOやNGOだけに限られないのだ。
「高付加価値製品&高水準サービス」の二つの商品提供が、日本経済を再び盛り上げるとのことが、社会に広まって行くにつれ、日本が花形商品流行の世界的最先端であることが認識されるようになった。このため、海外移転ブームは収まることとなり、真の意味での国際分業体制が整いつつある。海外移転ブームに一喜一憂した企業は、今度は、これまた「コンサルタント先生」の国内立地メリット論を鵜呑みにすることとなっている。今では、「中国台頭・日本空洞化」の話は消えてなくなった。そのとき銀行からの根拠のない経済話に乗ってしまって、不良債権を積み増しした個別企業も少なくない。それがまたぞろ、財務省の景気回復の「掛け声」(数字のからくり)ムードに流されて、設備投資をしている企業も少なくない。日本経済の豊かさが目に見えて失われて行くにもかかわらず、数字のマジックによって投資を繰り返す人たちが後を絶たないのだが、経営者としては素人なので、本人は没落させられて行く対象である自覚がないようである。「お人好し経営者」には、バブルだ→中国進出だ→次はインドだ!(インドは日本を相手にしていない)→その後アフリカ(国連常任理事国必要論)だ!などと、次々と白昼夢の上映が続いている。
ところで、景気回復の掛け声とともに先行投資ブームの先頭に立っている花形産業がいくつかあるが、急激な人手不足を発生させている。IT産業といわれる企業では、ソフト開発者不足により、技能者の長時間不規則労働がこの春から続出しているようだ。1日4時間、1ヵ月100時間を突破しているのが通常となっている。この業界は技術者・技能者養成手法が未熟であるところに特徴があるので、仕事のできる人に業務が集中してしまっている。「人に任せるより、自分でやった方がよい!」、こうやって職人的に仕事を抱えるのだが、育成途中の労働者には業務を回すすべを知らないのも実情である。今や、IT関連の個別企業では、社員の2%の精神疾患休職者を抱えることを、経営者は覚悟するようだ。自殺者が出ると企業イメージがダウンするから、これは避けようと心がける。しかしながら、SEやプログラマーは純真な人が多いから、「なんとか仕事を消化しよう」とか、「なんとか自分で解決しよう」と心理的内面処理するものだから、精神疾患を多発する。ストレス障害、パニック障害は上司が見ても発見できない。表向き平静を装っているので、彼らの精神疾患は専門家でなければ、そのサインを発見できない。ときとして、その上司がすでに精神疾患になっているケースも数多い。目先が気になり、他人が気になり、計画が立てられず、やる気がなくなり、納期や上役に恐怖を感じ、職場内は異様な雰囲気である。このような現象は中小のソフト開発会社ではなく、大手企業で多発と思われる。綿密さを追求するがゆえに方向違いは酷い状況を招いているようだ。末端現場は共通して、仕事の振り分けや人事管理が未熟であるから、ほとんど中高生なみの精神論でもって、管理が行われているのが実態。精神疾患の回復は3年とも言われる。「一人前に育った技能者が、次々と討ち死に!」している。このままでは、「ある日突然欠勤する」のはラッキー、「なんで欠勤するのか!と怒ってマンションにいけば、自殺!」という恐怖がよぎる時代がやってくる。
ところで、旧来の人事管理哲学では弊害を生む時代になった。個別企業内で、「これが良いことだ」と決め事をすると、文書や規則に縛られてしまう錯覚が先走り、中間管理職を含めて中高生なみなものだから、そう受け取ってしまうのである。旧来の人事労務管理方式が通用しないことに気がついていないのである。この傾向は、IT産業に限ったことではない。花形企業でチヤホヤされている企業にも数多く発生している。IT産業に顕著に事例が出現するのは、IT産業に集中して資本が投下されているからであって、技術機器を数多く使用する、現代に応じた業務や人事管理が行われている個別企業には共通しているのである。上司より部下が優秀、上司は部下の仕事を把握できない、部下の意欲により業績が左右、このような特徴をもつ業種での業務管理は、現場でのディスカッション、強制を排して共感と自由による意思統一、業務計画・分担と改善活動の繰り返しがポイントとなってくる。旧来の社会適合性とか「しつけ」でもって業務管理を進めると、末端現場では中高生なみの管理に陥ってしまい、これでは上手くいかないものだから精神論が出たりハラスメントが続出することとなるのである。末端現場の作業に個別企業の将来の命運がかかっている業種なので、ここは早急に研究・改善をしなければならない、ということだ。
こんなおかげで、個別労働紛争のあっせん事件は、この春から急増中である。個別企業の管理者としても、いっそのこと「あっせん申請」でもって、それを契機に個別企業内に良いショックをもたらし、業務改善を行ないたいところなのである。その理由は(言っては悪いのだが)、「正直、中高生なみの管理監督者に、説明するのも疲れた」といったところ、だからである。個別企業内の具体的解決の期待をよそに、白黒はっきりつけようという裁判や労働審判は好まれない。「労働者側は、白黒はっきりつけたいはずだ!」と、そう思うかもしれないが、この4月から開始の労働審判の件数は、さほど伸びているように思われないのだ。
2006/04/03
第48号
公益通報者保護法、労働審判法、新会社法、総合法律支援法(司法支援センター)など、社会の仕組みを変える制度が相次いで実施される。
ウィニーをはじめ情報漏洩事件において、その他の情報漏洩事件の対策に直接かかわっている経験からすると、ここには、いくつかの致命的共通点が見られる。
・情報をCDなどに取り込み事業場から手で持ち出していること。
・手で持ち出すことに対して、それを感知・防止する出入り口設備などがないこと。
・機密情報であること自体を理解していないので、気軽に持ち出すこと。
・個人情報の、開示可能先と漏洩開示禁止先の区分が周知されていないため、善意で開示。
・パソコン熟練者の、ウィニーなどを使いこなせると過信している重大な過失事故であること。
である。
パソコンを使えない者は情報漏洩に手を染めていないのは確かである。問題はパソコンの熟練者に対して、パソコンの技能・熟練より以前の、ごく初歩的基本的情報取扱の教育訓練がされていないところにある。一部のパソコン熟練者は「情報取扱訓練を免除されている」と錯覚している者さえいた。パソコンの使えない者も熟練者も次のような初歩
的基本的教育訓練が必要である。
1.いわゆる業務を遂行する過程で知り得る一切の情報につき、機密資料としての区分、機密資料名の具体的列記及び機密資料の守秘期 間などの機密若しくは秘密である旨を明示するなどして漏洩又は不当開示をしてはならない物を示し教育訓練すること。
2.いわゆる個人情報につき、これを取り扱う者に対して漏洩又は不当開示をしないための措置を、具体的に示し教育訓練すること。
3.法律上、個人情報を開示しても良い相手とその方法を明確にするなどの措置を示し教育訓練すること。
4.機密情報若しくは個人情報が漏洩又は不当開示がなされないように、これらの情報を取り扱う者(この場合、派遣労働者や外注業者の従事者も含む)に対して、就業規則整備、誓約書提出、その他契約などの方法で、担保措置をとり、その具体的内容を教育訓練すること。
5.施設、設備、機器並びにネットワーク環境等についての漏洩又は不当開示防止の措置を示し、それらの具体的な取扱を教育訓練すること。
以上のことの教育訓練後に、ここで初めて、誓約書など(例:無料ダウンロードHP)を提出させることが効果を生む。また、単に短い文章の「情報は漏らしません」とする程度の誓約書では、何れが機密情報や個人情報であることを、「知らなければ漏らしても構わない」ことを意味するものとなるのである。
得てしてパソコン熟練者ほど、内容を読まずに署名をしている。とりわけ、弁護士や経営コンサルタントの作成した規定には、漏洩や開示に関わる施設、設備、機器並びにネットワーク環境等について定められているものはほとんどなく、この部分を事故原因とする漏洩が大半を占めているのである。
近ごろ、製造現場などでは、業務請負や人材派遣が、品質悪化等を顕在化させているとして見直しが迫られている。made in Japan を支える技術の伝承とか安全性確保がなされなくなっている現場の実情を踏まえると安定した正社員の雇用を増やすことに傾きつつある。政府も2004年11月10日の参議院の「経済・産業・雇用に関する調査会」で経済産業省経済産業政策局長が、「コストだけで派遣を増やしたというのは、…強い製造業を作るという意味ではマイナスだ…強い競争力を持つためには終身雇用に戻した方がいい」と答弁していて、今もその考えに変わりは無い。業務請負よりも定年延長が、出荷製品には有効なのだ。(ただし、新卒正社員採用増加の動きとは別物)。
1986年に、初めて業務請負という形態が開発されたが、品質と地域密着の労働力需給に基盤をおいていたところに急成長の理由があった。それが一転して1997年ごろ(橋本内閣の時代の政策で終身雇用に終止符を打つための政策材料に派遣業界が話のダシにされた)から業務請負会社はコストと人工(にんく)の頭数に終始(=人材派遣と変わらない低品質)ばかりを追求したがために、「安かろう悪かろう」との社会評価を受けてしまったのだ。その結果の矛盾とホコロビだらけの業務請負と派遣業界は、果たして社会のニーズにこたえられるだろうか?
個別的労使紛争をどう解決するかの潮流は変わってきている。昔のように労働組合が関与する傾向(企業別組合方式と中間管理職の活躍)はますます低下傾向にある。
アメリカやイギリスでは、個別的労使紛争に対する制度的充実がADR方式で図られているが、このほど日本のADRの主力をなす紛争調整委員会のあっせん代理人の「研修(その後の国家試験=特定社会保険労務士)」に本年度分約9300人の応募があった。あっせん代理人の能力水準や試験合格率はともかくとして人口比率での研修応募者の人数は多い。人口は、アメリカ:2億8000万人、イギリス:6000万人だが、あっせん専門の代理人制度は両国ともに無い。これは、世界に先駆けての人事労務最先進国の日本における大実験である。一挙に数千人の代理人が出現し制度が充実することとなる。来年度以降は個別企業の人事・総務担当者に広がることが予想される。司法の場では労働審判も始まっている。
最近アメリカでは、人事労務に関するMBA取得者が急増しているようだ。個別的労使紛争激増に対して需要が急増しているのだ。じつは、ペンシルバニア大学、ダートマス・カレッジ、ミシガン大学が、アメリカMBAのトップ3とのこと(ハーバード、MIT、スタンフォードは研究重視型)だが、研究科によると、ペンシルバニアとミシガンで人事労務MBAが置かれているとのこと。就労先は大手企業、公務員、労働組合にわたり、女性の比率が多いとのこと。カリキュラムの内容、労使関係(labor relations or collective bargaining)や人事労務(human resource management or personnel)の重要性は、彼らなりに日本のものを学んだことは間違いないとのことである。
日本においても、昨年あたりから個人加盟の労働組合(コミュニティーユニオン)が、個別労使紛争を取り扱う発想が出て来た。それまでは、「組合員を増やす目的に沿って個別労使紛争のトラブルを扱う」としていたのだが、一転、「組合員増加よりも個々の要求実現が重要」との着想が発生し、 それまでの企業内組合一辺倒とか、 それまでの「企業内組合を階級的組合に変える方針」に対する理論的な徹底批判がされてきているのである。ここまでなら昔からあった話だが、47都道府県に組織があり政党までが絡んでいるから、注目に値するのだ。折しも、この4月1日から内部告発者保護法が施行されているが、この法律のきっかけとなった勢力と個別労使紛争への進出勢力は重なっていることを忘れてはならない。加えてこの動きは、先進国での潮流でもあるのだ。
ウィニーをはじめ情報漏洩事件において、その他の情報漏洩事件の対策に直接かかわっている経験からすると、ここには、いくつかの致命的共通点が見られる。
・情報をCDなどに取り込み事業場から手で持ち出していること。
・手で持ち出すことに対して、それを感知・防止する出入り口設備などがないこと。
・機密情報であること自体を理解していないので、気軽に持ち出すこと。
・個人情報の、開示可能先と漏洩開示禁止先の区分が周知されていないため、善意で開示。
・パソコン熟練者の、ウィニーなどを使いこなせると過信している重大な過失事故であること。
である。
パソコンを使えない者は情報漏洩に手を染めていないのは確かである。問題はパソコンの熟練者に対して、パソコンの技能・熟練より以前の、ごく初歩的基本的情報取扱の教育訓練がされていないところにある。一部のパソコン熟練者は「情報取扱訓練を免除されている」と錯覚している者さえいた。パソコンの使えない者も熟練者も次のような初歩
的基本的教育訓練が必要である。
1.いわゆる業務を遂行する過程で知り得る一切の情報につき、機密資料としての区分、機密資料名の具体的列記及び機密資料の守秘期 間などの機密若しくは秘密である旨を明示するなどして漏洩又は不当開示をしてはならない物を示し教育訓練すること。
2.いわゆる個人情報につき、これを取り扱う者に対して漏洩又は不当開示をしないための措置を、具体的に示し教育訓練すること。
3.法律上、個人情報を開示しても良い相手とその方法を明確にするなどの措置を示し教育訓練すること。
4.機密情報若しくは個人情報が漏洩又は不当開示がなされないように、これらの情報を取り扱う者(この場合、派遣労働者や外注業者の従事者も含む)に対して、就業規則整備、誓約書提出、その他契約などの方法で、担保措置をとり、その具体的内容を教育訓練すること。
5.施設、設備、機器並びにネットワーク環境等についての漏洩又は不当開示防止の措置を示し、それらの具体的な取扱を教育訓練すること。
以上のことの教育訓練後に、ここで初めて、誓約書など(例:無料ダウンロードHP)を提出させることが効果を生む。また、単に短い文章の「情報は漏らしません」とする程度の誓約書では、何れが機密情報や個人情報であることを、「知らなければ漏らしても構わない」ことを意味するものとなるのである。
得てしてパソコン熟練者ほど、内容を読まずに署名をしている。とりわけ、弁護士や経営コンサルタントの作成した規定には、漏洩や開示に関わる施設、設備、機器並びにネットワーク環境等について定められているものはほとんどなく、この部分を事故原因とする漏洩が大半を占めているのである。
近ごろ、製造現場などでは、業務請負や人材派遣が、品質悪化等を顕在化させているとして見直しが迫られている。made in Japan を支える技術の伝承とか安全性確保がなされなくなっている現場の実情を踏まえると安定した正社員の雇用を増やすことに傾きつつある。政府も2004年11月10日の参議院の「経済・産業・雇用に関する調査会」で経済産業省経済産業政策局長が、「コストだけで派遣を増やしたというのは、…強い製造業を作るという意味ではマイナスだ…強い競争力を持つためには終身雇用に戻した方がいい」と答弁していて、今もその考えに変わりは無い。業務請負よりも定年延長が、出荷製品には有効なのだ。(ただし、新卒正社員採用増加の動きとは別物)。
1986年に、初めて業務請負という形態が開発されたが、品質と地域密着の労働力需給に基盤をおいていたところに急成長の理由があった。それが一転して1997年ごろ(橋本内閣の時代の政策で終身雇用に終止符を打つための政策材料に派遣業界が話のダシにされた)から業務請負会社はコストと人工(にんく)の頭数に終始(=人材派遣と変わらない低品質)ばかりを追求したがために、「安かろう悪かろう」との社会評価を受けてしまったのだ。その結果の矛盾とホコロビだらけの業務請負と派遣業界は、果たして社会のニーズにこたえられるだろうか?
個別的労使紛争をどう解決するかの潮流は変わってきている。昔のように労働組合が関与する傾向(企業別組合方式と中間管理職の活躍)はますます低下傾向にある。
アメリカやイギリスでは、個別的労使紛争に対する制度的充実がADR方式で図られているが、このほど日本のADRの主力をなす紛争調整委員会のあっせん代理人の「研修(その後の国家試験=特定社会保険労務士)」に本年度分約9300人の応募があった。あっせん代理人の能力水準や試験合格率はともかくとして人口比率での研修応募者の人数は多い。人口は、アメリカ:2億8000万人、イギリス:6000万人だが、あっせん専門の代理人制度は両国ともに無い。これは、世界に先駆けての人事労務最先進国の日本における大実験である。一挙に数千人の代理人が出現し制度が充実することとなる。来年度以降は個別企業の人事・総務担当者に広がることが予想される。司法の場では労働審判も始まっている。
最近アメリカでは、人事労務に関するMBA取得者が急増しているようだ。個別的労使紛争激増に対して需要が急増しているのだ。じつは、ペンシルバニア大学、ダートマス・カレッジ、ミシガン大学が、アメリカMBAのトップ3とのこと(ハーバード、MIT、スタンフォードは研究重視型)だが、研究科によると、ペンシルバニアとミシガンで人事労務MBAが置かれているとのこと。就労先は大手企業、公務員、労働組合にわたり、女性の比率が多いとのこと。カリキュラムの内容、労使関係(labor relations or collective bargaining)や人事労務(human resource management or personnel)の重要性は、彼らなりに日本のものを学んだことは間違いないとのことである。
日本においても、昨年あたりから個人加盟の労働組合(コミュニティーユニオン)が、個別労使紛争を取り扱う発想が出て来た。それまでは、「組合員を増やす目的に沿って個別労使紛争のトラブルを扱う」としていたのだが、一転、「組合員増加よりも個々の要求実現が重要」との着想が発生し、 それまでの企業内組合一辺倒とか、 それまでの「企業内組合を階級的組合に変える方針」に対する理論的な徹底批判がされてきているのである。ここまでなら昔からあった話だが、47都道府県に組織があり政党までが絡んでいるから、注目に値するのだ。折しも、この4月1日から内部告発者保護法が施行されているが、この法律のきっかけとなった勢力と個別労使紛争への進出勢力は重なっていることを忘れてはならない。加えてこの動きは、先進国での潮流でもあるのだ。
2006/03/06
第47号
職業用語にはノウハウがある。今は、時代と経済の大きな変わり目であるから、使用する用語の概念に注目が集まってきている。
同じ漢字(チャイニーズキャラクター)であっても、時代や用いる目的によって意味が異なる。とりわけ、業界用語とその持つ意味は、その業界の専門的な職業ノウハウを凝縮した概念である。便利ではあるが使い道を間違うと大失敗を引き起こしてしまう。人事総務部門にも、相当多くのノウハウが含められている。
例えば…役所に提出する書類も、申請、申立、届出と、意味も作業内容も異なる。「申請」とは、法令に基づき行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう。「申立」とは項目を明示して申出て、その項目についての認否、可否、有無などの対応や行政処分をすることを予想してのものをいう。「届出」とは、一定の事項の通知をする行為(申請を除く)で、法令により直接に当該通知が義務づけられているものをいう。
また、労働紛争分野における「和解」の考え方は、戦後日本に制度導入されたもので(Reconciliation)の概念が強く、もっぱら妥協の前提となる紛争当事者双方の主張・意見・意思などを、取り成す者が聞き取る等し→その過程において、代替措置からはじまり将来措置に及ぶまでの、当事者間の自発自覚的妥協形成をすることを意味する。同じ労働紛争分野の「調停」(導入された概念=Mediation)は、もっぱらとりなす(調停)者が聞き取り→共通点を発見して取り成し妥協を図るシステムで、調停成立にはある程度の「取引の要素」も含まれるので和解とは性格を異にする。和議、和睦は調停の段階である。法律面では、「民法上の和解」に和解や調停に加え示談も含まれる。裁判での和解は「訴訟上の和解」であるから、民法上の和解とは意味が異なる。だから、それぞれ和解と言っても、それに至る方法からもが、異なるのである。
あるいは、賃金体系の用語であれば、次の通りとなる。日給月給(出勤日数X日額)の賃金形態は、1日単位の仕事で、ほぼ毎日出勤して作業をする労働者のために使用される賃金体系とその呼び名である。月給制(月額?欠勤分を控除)は、出勤するのは当然だが、それにもまして、1日単位ではなく、1年、5年、10年とノウハウの蓄積をして熟練度を発揮してもらいたい労働者のために使用される賃金体系とその呼び名である。完全月給制(欠勤控除無し)は、出勤や時間にとらわれず、社会科学・人文科学・自然科学での技術の向上を期待し、ノウハウの蓄積と発揮を繰り返してもらいたい労働者のために使用される賃金体系とその呼び名である。時間給(就労時間X時間給)は、出勤が日によっても週によっても異なり、またシフトも異なり、反面さまざまな融通をきかせざるを得ないところの人たちのために使用される賃金体系とその呼び名ある。業務の態様や遂行体制から、時間給制の導入が必要にもかかわらず、賃金制度選択ミスで月給制をベースに賃金計算を行えば、日々の不合理が積み重なる(所定時間外?)だけでなく、賃金締め切り日には矛盾(法定休日?)が集積、それは労働基準法上の時間外割増賃金支払い義務(2年に遡る賃金不払い)となる。素人の選択ミスが、自覚のない労基法違反を積み重ねることとなり、さらに事業方針との不合理を生むのである。もちろん、ひとつの事業所に、時間給制、日給月給制、月給制、完全月給制の人たちが混ざり合っていても、今どきは、その方が効率的なのである。総務人事部門は、「餅屋は餅屋」、その専門家なのである。
戦後ずっと日本の経済は、供給が需要を上回っていたので、問題は供給サイドではなく需要サイドにある。この基盤に不良債権が積み上がったので、これが平成恐慌の原因であった。不良債権処理が一段落ついたとしても、そういった状態で供給側重視の規制緩和を進めれば、需要サイドがそのままなので景気は良くならない。むしろ、今の政策はデフレ圧力を強め景気を悪化させている。供給側が物を作っても売れないから、ますます価格破壊せざるを得ない。
事実、今までの構造改革とは「口先」だけだったから、日本経済のデフレは強まり平成恐慌は尾を引いている。ちなみに、昭和大恐慌の当時には、供給と需要のバランスを変える経済政策が行われた。科学的管理法(テーラーシステム)の大々的導入や大正ロマン時代に庶民があこがれた商品の普及、これにより恐慌から8年後の昭和12年には恐慌から完全脱出した。(ただし、日中戦争と戦争継続のため、贅沢禁止令もこの年に施行)。
おまけに、今の政府の経済政策が金融や株にばかり目を向けたために、肝心の経済の豊かさ分野に手をつけようとしないから、需要サイドがそのままなのだ。政府の経済中枢が、「改革の旗手?」は株式分割と粉飾決算の「金融詐欺師」だったことすらが、見抜けなかった。実はライブドアのホリエモンの手法がアメリカでは20年間で75件もの合併を繰り返し業界大手になったワールドコムの手法と酷似していたのだ。それは経済金融担当学者大臣の恐慌脱出作戦?に振り回されていたからだ。なぜ、こんなにお粗末なのかの原因のひとつに、在日アメリカ商工会議所の影が見え隠れしているとのストーリーも浮かび上がってきている。
さらにくわえて、日本経済も回復しつつあるかに見えるが、これも、政府が超緊縮政策と名のる財政支出と増税を同時に行いたいがための、「口から出まかせ」の色合い(統計の取り方)が見えてきた。ここが日銀の動向を見るポイントである。多くのエコノミストが指摘するように景気は本格的な回復にはほど遠い。雇用情勢改善?有効求人倍率が1.00になったというが、内実はパートなど非正規労働者に対する求人増によるものである。しかもこれが著しい地域格差の拡大を伴い北海道、東北、四国、九州、沖縄には地域社会の崩壊をもたらす厳しい失業情勢とのこと。厚生労働省は、全国7つの失業多発地域に、特別の失業対策を行うとの意向を、最近、持たざるを得なくなった。
確かに、日本政府の無力をよそに、海外市場のおかげで、それなりに回復できた部分もあった。ところが、国際経済環境も激変してきており、今まで日本の景気回復を支えてきたアジア経済が、最近は日本を素通りするようになった。日本の貿易収支の黒字は急速に縮小に向かっている。これまでのような輸出拡大によって国内景気が支えるという状況ではない。すでに多くの外資系金融機関はアジアの拠点を、治安の悪化した東京から香港・シンガポールに移している。日本の大手多国籍企業もニューヨークの本社移転を常に念頭においているのである。
だとすると、個別企業が地に足のついた事業を行うには、「高付加価値製品と高水準サービス」商品の提供、これを世界に向けて多国籍展開することが大切との結論になる。幸いなことに、そのための基盤となる文化や労働力は、日本国内に存在するので、この成長路線に乗るための人材確保とノウハウ確立が、人事総務部門の重要な仕事となるのである。
人間関係動向調査のいくつかを見てみると、最近の職場内における、それなりの特徴が見受けられる。
仕事をする上では、小グループながらも「仲間思考で和気あいあいと進めたい」との職業観念が強く、それなりに職場の人間関係形成には成功している人が多い。これが満足感を高めている要因となっている。その背景には、日本での高校・大学の教育は、そのほとんどが一般従業員教育で、専門職業教育をしてこなかったところにある。したがって、学校とほぼ同様に、良好な職場人間関係形成を阻害する人(能力は無視)たちは排除される。表面に見える現象はゆるやかな仲間意識の強さだが、本質はそこにはない。
そして、この職場人間関係重視だから、多数の人たちは個別企業の事業活動の基盤にはなりえず、事業活動強化の経営方針を打ち出したとしても、この職場人間関係の土台の上にしか成り立たないのである。だから、もともと「新商品を思いついても事業展開ノウハウがなければ事業は成功しない」のであるが、この職場人間関係と衝突する確率の高くなるものが「利益率の高い新商品や事業展開」であるから、総務人事部門の尽力を必要とするのである。
さらにまた、お題目を唱える程度の年俸制や成果主義も、このような職場人間関係の土台に乗る内容部分は有効だが、有能なフロンティアははじき出される。とくに経営管理、商品開発、研究開発の部門の中枢人材には特別対策をとらなければ、見た目「こぼれ落ち」ている。だから、どのような名称の人事政策を流行させるかはともかく、個別企業内での職場人間関係の程度によって事業展開は制限され、中枢人材の特別対策の度合いには、厳重注視が必要となるのだ。
ところで、多くの人が職場人間関係を重視するのだが、統計の上からの判断では、一部の中枢を除き、賃金や処遇などでは満足感をもっていない労働者が多い。このため、土壌としてはハングリー精神を発揮しやすい。が、人間関係を重視なので根気強く仕事をする傾向は薄い。ところが、いわゆる「家庭生活」は全般に満足度が高いので、根気のないところに加え、ハングリー精神もやわらいで、これがまた職場での「波風も立たない程の無風の業務成績」に結びついていると思われる。だから小規模一発主義の行動パターンが目立つことになる。
日本の個別企業は、「高付加価値製品と高水準サービス」商品の提供を至上命令として、この体制を個別企業で作り上げるしかないので、ここにも、人事総務部門の大きな役割が待っている。仲間意識の強い現象が表面に漂っているので錯覚しやすいが、くれぐれも、集団主義や組織主義の時代の手法は、そのすべてがマイナス効果となる。
同じ漢字(チャイニーズキャラクター)であっても、時代や用いる目的によって意味が異なる。とりわけ、業界用語とその持つ意味は、その業界の専門的な職業ノウハウを凝縮した概念である。便利ではあるが使い道を間違うと大失敗を引き起こしてしまう。人事総務部門にも、相当多くのノウハウが含められている。
例えば…役所に提出する書類も、申請、申立、届出と、意味も作業内容も異なる。「申請」とは、法令に基づき行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう。「申立」とは項目を明示して申出て、その項目についての認否、可否、有無などの対応や行政処分をすることを予想してのものをいう。「届出」とは、一定の事項の通知をする行為(申請を除く)で、法令により直接に当該通知が義務づけられているものをいう。
また、労働紛争分野における「和解」の考え方は、戦後日本に制度導入されたもので(Reconciliation)の概念が強く、もっぱら妥協の前提となる紛争当事者双方の主張・意見・意思などを、取り成す者が聞き取る等し→その過程において、代替措置からはじまり将来措置に及ぶまでの、当事者間の自発自覚的妥協形成をすることを意味する。同じ労働紛争分野の「調停」(導入された概念=Mediation)は、もっぱらとりなす(調停)者が聞き取り→共通点を発見して取り成し妥協を図るシステムで、調停成立にはある程度の「取引の要素」も含まれるので和解とは性格を異にする。和議、和睦は調停の段階である。法律面では、「民法上の和解」に和解や調停に加え示談も含まれる。裁判での和解は「訴訟上の和解」であるから、民法上の和解とは意味が異なる。だから、それぞれ和解と言っても、それに至る方法からもが、異なるのである。
あるいは、賃金体系の用語であれば、次の通りとなる。日給月給(出勤日数X日額)の賃金形態は、1日単位の仕事で、ほぼ毎日出勤して作業をする労働者のために使用される賃金体系とその呼び名である。月給制(月額?欠勤分を控除)は、出勤するのは当然だが、それにもまして、1日単位ではなく、1年、5年、10年とノウハウの蓄積をして熟練度を発揮してもらいたい労働者のために使用される賃金体系とその呼び名である。完全月給制(欠勤控除無し)は、出勤や時間にとらわれず、社会科学・人文科学・自然科学での技術の向上を期待し、ノウハウの蓄積と発揮を繰り返してもらいたい労働者のために使用される賃金体系とその呼び名である。時間給(就労時間X時間給)は、出勤が日によっても週によっても異なり、またシフトも異なり、反面さまざまな融通をきかせざるを得ないところの人たちのために使用される賃金体系とその呼び名ある。業務の態様や遂行体制から、時間給制の導入が必要にもかかわらず、賃金制度選択ミスで月給制をベースに賃金計算を行えば、日々の不合理が積み重なる(所定時間外?)だけでなく、賃金締め切り日には矛盾(法定休日?)が集積、それは労働基準法上の時間外割増賃金支払い義務(2年に遡る賃金不払い)となる。素人の選択ミスが、自覚のない労基法違反を積み重ねることとなり、さらに事業方針との不合理を生むのである。もちろん、ひとつの事業所に、時間給制、日給月給制、月給制、完全月給制の人たちが混ざり合っていても、今どきは、その方が効率的なのである。総務人事部門は、「餅屋は餅屋」、その専門家なのである。
戦後ずっと日本の経済は、供給が需要を上回っていたので、問題は供給サイドではなく需要サイドにある。この基盤に不良債権が積み上がったので、これが平成恐慌の原因であった。不良債権処理が一段落ついたとしても、そういった状態で供給側重視の規制緩和を進めれば、需要サイドがそのままなので景気は良くならない。むしろ、今の政策はデフレ圧力を強め景気を悪化させている。供給側が物を作っても売れないから、ますます価格破壊せざるを得ない。
事実、今までの構造改革とは「口先」だけだったから、日本経済のデフレは強まり平成恐慌は尾を引いている。ちなみに、昭和大恐慌の当時には、供給と需要のバランスを変える経済政策が行われた。科学的管理法(テーラーシステム)の大々的導入や大正ロマン時代に庶民があこがれた商品の普及、これにより恐慌から8年後の昭和12年には恐慌から完全脱出した。(ただし、日中戦争と戦争継続のため、贅沢禁止令もこの年に施行)。
おまけに、今の政府の経済政策が金融や株にばかり目を向けたために、肝心の経済の豊かさ分野に手をつけようとしないから、需要サイドがそのままなのだ。政府の経済中枢が、「改革の旗手?」は株式分割と粉飾決算の「金融詐欺師」だったことすらが、見抜けなかった。実はライブドアのホリエモンの手法がアメリカでは20年間で75件もの合併を繰り返し業界大手になったワールドコムの手法と酷似していたのだ。それは経済金融担当学者大臣の恐慌脱出作戦?に振り回されていたからだ。なぜ、こんなにお粗末なのかの原因のひとつに、在日アメリカ商工会議所の影が見え隠れしているとのストーリーも浮かび上がってきている。
さらにくわえて、日本経済も回復しつつあるかに見えるが、これも、政府が超緊縮政策と名のる財政支出と増税を同時に行いたいがための、「口から出まかせ」の色合い(統計の取り方)が見えてきた。ここが日銀の動向を見るポイントである。多くのエコノミストが指摘するように景気は本格的な回復にはほど遠い。雇用情勢改善?有効求人倍率が1.00になったというが、内実はパートなど非正規労働者に対する求人増によるものである。しかもこれが著しい地域格差の拡大を伴い北海道、東北、四国、九州、沖縄には地域社会の崩壊をもたらす厳しい失業情勢とのこと。厚生労働省は、全国7つの失業多発地域に、特別の失業対策を行うとの意向を、最近、持たざるを得なくなった。
確かに、日本政府の無力をよそに、海外市場のおかげで、それなりに回復できた部分もあった。ところが、国際経済環境も激変してきており、今まで日本の景気回復を支えてきたアジア経済が、最近は日本を素通りするようになった。日本の貿易収支の黒字は急速に縮小に向かっている。これまでのような輸出拡大によって国内景気が支えるという状況ではない。すでに多くの外資系金融機関はアジアの拠点を、治安の悪化した東京から香港・シンガポールに移している。日本の大手多国籍企業もニューヨークの本社移転を常に念頭においているのである。
だとすると、個別企業が地に足のついた事業を行うには、「高付加価値製品と高水準サービス」商品の提供、これを世界に向けて多国籍展開することが大切との結論になる。幸いなことに、そのための基盤となる文化や労働力は、日本国内に存在するので、この成長路線に乗るための人材確保とノウハウ確立が、人事総務部門の重要な仕事となるのである。
人間関係動向調査のいくつかを見てみると、最近の職場内における、それなりの特徴が見受けられる。
仕事をする上では、小グループながらも「仲間思考で和気あいあいと進めたい」との職業観念が強く、それなりに職場の人間関係形成には成功している人が多い。これが満足感を高めている要因となっている。その背景には、日本での高校・大学の教育は、そのほとんどが一般従業員教育で、専門職業教育をしてこなかったところにある。したがって、学校とほぼ同様に、良好な職場人間関係形成を阻害する人(能力は無視)たちは排除される。表面に見える現象はゆるやかな仲間意識の強さだが、本質はそこにはない。
そして、この職場人間関係重視だから、多数の人たちは個別企業の事業活動の基盤にはなりえず、事業活動強化の経営方針を打ち出したとしても、この職場人間関係の土台の上にしか成り立たないのである。だから、もともと「新商品を思いついても事業展開ノウハウがなければ事業は成功しない」のであるが、この職場人間関係と衝突する確率の高くなるものが「利益率の高い新商品や事業展開」であるから、総務人事部門の尽力を必要とするのである。
さらにまた、お題目を唱える程度の年俸制や成果主義も、このような職場人間関係の土台に乗る内容部分は有効だが、有能なフロンティアははじき出される。とくに経営管理、商品開発、研究開発の部門の中枢人材には特別対策をとらなければ、見た目「こぼれ落ち」ている。だから、どのような名称の人事政策を流行させるかはともかく、個別企業内での職場人間関係の程度によって事業展開は制限され、中枢人材の特別対策の度合いには、厳重注視が必要となるのだ。
ところで、多くの人が職場人間関係を重視するのだが、統計の上からの判断では、一部の中枢を除き、賃金や処遇などでは満足感をもっていない労働者が多い。このため、土壌としてはハングリー精神を発揮しやすい。が、人間関係を重視なので根気強く仕事をする傾向は薄い。ところが、いわゆる「家庭生活」は全般に満足度が高いので、根気のないところに加え、ハングリー精神もやわらいで、これがまた職場での「波風も立たない程の無風の業務成績」に結びついていると思われる。だから小規模一発主義の行動パターンが目立つことになる。
日本の個別企業は、「高付加価値製品と高水準サービス」商品の提供を至上命令として、この体制を個別企業で作り上げるしかないので、ここにも、人事総務部門の大きな役割が待っている。仲間意識の強い現象が表面に漂っているので錯覚しやすいが、くれぐれも、集団主義や組織主義の時代の手法は、そのすべてがマイナス効果となる。
2006/02/06
第46号
個人と会社のトラブル解決のシステム
は4月1日から一変する。詳細な制度の解説は後として、全体の概要は次の通り。
あっせん・・・・・・
白黒の判定は別にして、円満な解決を図りたい場合。
労使のいずれからでも、あっせん申請をすることができる。有能な者・仕事をする者とのトラブルで、解雇とか制裁処分も出来ないとのジレンマに陥るトラブルがある。こういったときに事態を打開することができる。トラブルが、会社組織の「示し」をつけざるを得ないとき、感情的になってしまったりしたとき、これらの段階に来たときは、うってつけの制度である。決して、トラブル金額の少ない事件に限られるものではない。ただし、労働基準法などを下回る和解は無効にされるので注意が必要だ。
労働審判・・・・・・
白黒の判定を3?4カ月以内に求めたい場合。
イメージは「訴訟上和解付き労働裁判時間短縮版」である。労働者にとっては、結構単純なトラブル内容に決着をつけたいときの非常に有利な制度である。解雇事件で、必ずしも職場復帰したくない場合には、通常訴訟の四分の一程度の期間で判断が示されるから、労働者にとってはとても便利だ。片や、個別企業にとっては、少々大変なこととなる。いわゆる短期決戦。一挙に証拠提出をしなければならず、証拠調べに職権事実調査が導入されることから、今までの裁判と比べ緊張の連続となる。加えて、労働審判から通常訴訟への移行のことを考えると、アメリカのように弁護士の人海戦術で対応しなければならないから、弁護士費用は増加する。(現行でも、着手金70万円以上は用意しないと、経営側一流弁護士は確保できない。50万円の弁護士では負ける)。ところで労働審判がらみ事件で、中にはマーケティングを行っており、雇用保険失業手当の給付期間中であれば、訴訟を起こす労働者も増えるのではないかとの目論見を立てている弁護士もいる。しかしながら、この目論見は紛争現場を知らない弁護士の幻想で、期間の短い裁判が訴訟の動機になることは少ない。簡易裁判や少額訴訟が労働審判へ流れてくる程度である。
通常訴訟・・・・・・
差別事件、大型解雇事件、判例もないような事件に最適。
通常、労働者側から訴訟が提起される。自由法曹団などの東大京大在学中の司法試験合格組の粒ぞろいが、労働者側の代理人についているので、実のところ経営側は苦しい闘いを強いられる。いわゆる「事件内容に関係なく、弁護士能力で勝負がつく」といったところだ。このような事件には、経営側にも言い分が存在するのであるから、丁々発止、両者が真正面から取り組まざるを得ない。下手に妥協をして和解をしてしまうことで、労務管理問題にとどまらず、競合会社との受注販売競争のネタに使われることもあるので、弁護士任せにはできない事件である。
そして、訴訟となると個別企業から訴えを提起するのは難しいのだ。
したがって、トラブルの小さいうちにあっせん制度で解決することが肝要となる。そのために紛争調整委員会が設置されている理由もあるのだ。東京を除けば労働委員会でもあっせん申請が可能であるから、紛争調整委員会と労働委員会のそれぞれの特徴を生かすこともできるわけだ。とりわけ、あっせんは、「正直者が馬鹿を見ない」というふうな人事労務管理を貫く方向からすれば、個別企業にとっては非常に有効に活用できる制度だ。コンプライアンスを個々の労働者に対して進める企業にとっては、あっせん制度も活用できる。ただし、解決テクニックに高度さを求められるので、有能なあっせん代理人に依頼しなければならない。平成19年4月からは、あっせん代理人を個別企業に雇用常駐させることも可能となる。筆者の考えではあるが、日本の社会や経済の将来を見たとき、白黒決着で争っている場合ではなく、合意調整決着に努めることだ。それは個別企業のうちにこそ、その社会性と経済性が存在すると考えるのだ。
ところで、労働組合と会社とのトラブル
解決で、この3月1日から法制度が一部変更となる。労働争議の有無にかかわらず社会保険労務士が、団体交渉や労働組合対策に参入できるようになったのだ。
団体交渉に出席する弁護士は、まずいない。その理由は専門分野ではないから自信がないのだ。労働法の専門弁護士であっても、その多くは民事裁判実務に習熟しているほどに現場から離れているので、団体交渉の論点がダイジェスト版になってしまう。このダイジェスト版が交渉のみならず裁判になったときの敗訴要因となっているのだ。
また、労使いずれの側にも示談屋や事件屋が存在し、個別企業を食い物にする労務屋も数は少なくなったとはいえ、労使双方からしても彼らは邪魔者であることに変わりがない。そこで、社会保険労務士の場合、業務に関する倫理的罰則が定められているために、あからさまにトラブルを助長する労務屋のような仕事はできない。したがって、示談屋・労務屋・事件屋の排除に、相当役立つものと考えられる。実際に紛争に絡んで食い物にされた個別企業は非常に多い。これの被害防止に道を開くものだ。
なお、概して労働組合役員は労働諸法令について知識が少ないために、交渉の際にごり押しをしてくるケースがあるが、ここへ顧問社会保険労務士を引っ張り出してくれば、その程度の不毛な紛議防止程度には役立つことにはなる。
立法者は補助的にこの点に気づいている様ではあるが、いずれにしろ、現場に根ざしている社会保険労務士の役割を充実させることで、紛争激化の防止には大きな効果をもたらす。ただし、社会保険労務士といっても、労使紛争の仕事が一人前にできる者に依頼しなければならないことはもちろんである。一人前か否かを即座に見分けることは、明解な対策が出るか:それとも「ふぅーむ。大事ですな。」といって声を潜めるかで判断できる。
筆者(社会保険労務士の資格保有)個人には、全国主要都市の団体交渉などに対応できる社会保険労務士情報が集中しているので、お問い合わせはメールでどうぞ。
個別的労働トラブル主要 労働判例
今まで、労働判例の解釈は専門的な法律用語がちりばめられていたために、なかなか分かりづらいものがありました。個別労働紛争が続出しそうな雰囲気の中で、裁判などではどのように判断されるのかを前もって知っておくことは、とても重要です。そこで、法律学的には若干問題かも知れませんが、平易な言葉と短い文章で解説を試みました。次のURL:ダウンロードのページの左下のボタンを押して、中に入れます。
http://www.soumubu.jp/download/
「経済は金融と株ではない」は経済学の基礎。
経済学の役目は、あらゆるすべての人が豊かな生活を送るためにはどうすれば良いか、を考えることなのである。「一方で儲かる人もいれば一方では損をする人が居る」とのストーリーは、経済学を否定するものなのである。封建時代を脱出する時点から、経済学はこのようにして、社会共同体の豊かさや発展のために、役割を果たしてきたのである。
ライブドア事件は、ただの嘘つき・詐欺といったところが事件の本質で、融資その他のために粉飾決算を行わざるを得ない事情とは無縁のものである。法律はマニュアル書ではないのにマニュアル書あつかいしたところに、この男の社会に対する無知が現れてしまったのだが。ある法科大学院の教授が「この人は証券取引法よく調べ知っているようだが、ウソをついてはいけないことは知らないようだ」と言っていた。
とりわけ、経済の根幹である豊かさを破壊していた非社会性に、もっとマスコミをはじめとして注目する必要がある。それは、ライブドアが詐欺まがいで乗っ取った個別企業の社員の、賃金大幅切り下げとかの労働条件の一気に切り下げや大量解雇などによって、せっかくの優良企業の足腰を弱めてしまった事柄に対してである。個別企業や労働者の豊かさを次々と破壊していったところに弁護の余地がなく、「胡散臭さ」はここから滲み出ているのだ。もちろん、労働基準法や労働組合法違反を繰り返している。証券取引法は調べるが労働法は調べた様子はない。最近の裁判では経済犯や経済秩序破壊に対して公序良俗が適用されるようになってきたが、豊かさの破壊に対してはライブドア事件が契機となるのであろうか。
グローバル経済だから、このような事件に巻き込まれたのではない。
このような男の存在を生み出してしまった日本の社会共同体の弱さを反省することが大切。他の豊かさを奪って自己だけが肥え太ることを許してしまい経済発展の足を引っ張ることになったのは、封建時代や全体主義にはびこっていた世間体であるから、これを社会共同体に組み換えたのだ。この男のやったことは世間体に基づくもので経済後退や豊かさの破壊であったとの分析・認識が必要である。個別企業中にも、この男のような者が「元気に!」飛び回っているから厳重注意である。
は4月1日から一変する。詳細な制度の解説は後として、全体の概要は次の通り。
あっせん・・・・・・
白黒の判定は別にして、円満な解決を図りたい場合。
労使のいずれからでも、あっせん申請をすることができる。有能な者・仕事をする者とのトラブルで、解雇とか制裁処分も出来ないとのジレンマに陥るトラブルがある。こういったときに事態を打開することができる。トラブルが、会社組織の「示し」をつけざるを得ないとき、感情的になってしまったりしたとき、これらの段階に来たときは、うってつけの制度である。決して、トラブル金額の少ない事件に限られるものではない。ただし、労働基準法などを下回る和解は無効にされるので注意が必要だ。
労働審判・・・・・・
白黒の判定を3?4カ月以内に求めたい場合。
イメージは「訴訟上和解付き労働裁判時間短縮版」である。労働者にとっては、結構単純なトラブル内容に決着をつけたいときの非常に有利な制度である。解雇事件で、必ずしも職場復帰したくない場合には、通常訴訟の四分の一程度の期間で判断が示されるから、労働者にとってはとても便利だ。片や、個別企業にとっては、少々大変なこととなる。いわゆる短期決戦。一挙に証拠提出をしなければならず、証拠調べに職権事実調査が導入されることから、今までの裁判と比べ緊張の連続となる。加えて、労働審判から通常訴訟への移行のことを考えると、アメリカのように弁護士の人海戦術で対応しなければならないから、弁護士費用は増加する。(現行でも、着手金70万円以上は用意しないと、経営側一流弁護士は確保できない。50万円の弁護士では負ける)。ところで労働審判がらみ事件で、中にはマーケティングを行っており、雇用保険失業手当の給付期間中であれば、訴訟を起こす労働者も増えるのではないかとの目論見を立てている弁護士もいる。しかしながら、この目論見は紛争現場を知らない弁護士の幻想で、期間の短い裁判が訴訟の動機になることは少ない。簡易裁判や少額訴訟が労働審判へ流れてくる程度である。
通常訴訟・・・・・・
差別事件、大型解雇事件、判例もないような事件に最適。
通常、労働者側から訴訟が提起される。自由法曹団などの東大京大在学中の司法試験合格組の粒ぞろいが、労働者側の代理人についているので、実のところ経営側は苦しい闘いを強いられる。いわゆる「事件内容に関係なく、弁護士能力で勝負がつく」といったところだ。このような事件には、経営側にも言い分が存在するのであるから、丁々発止、両者が真正面から取り組まざるを得ない。下手に妥協をして和解をしてしまうことで、労務管理問題にとどまらず、競合会社との受注販売競争のネタに使われることもあるので、弁護士任せにはできない事件である。
そして、訴訟となると個別企業から訴えを提起するのは難しいのだ。
したがって、トラブルの小さいうちにあっせん制度で解決することが肝要となる。そのために紛争調整委員会が設置されている理由もあるのだ。東京を除けば労働委員会でもあっせん申請が可能であるから、紛争調整委員会と労働委員会のそれぞれの特徴を生かすこともできるわけだ。とりわけ、あっせんは、「正直者が馬鹿を見ない」というふうな人事労務管理を貫く方向からすれば、個別企業にとっては非常に有効に活用できる制度だ。コンプライアンスを個々の労働者に対して進める企業にとっては、あっせん制度も活用できる。ただし、解決テクニックに高度さを求められるので、有能なあっせん代理人に依頼しなければならない。平成19年4月からは、あっせん代理人を個別企業に雇用常駐させることも可能となる。筆者の考えではあるが、日本の社会や経済の将来を見たとき、白黒決着で争っている場合ではなく、合意調整決着に努めることだ。それは個別企業のうちにこそ、その社会性と経済性が存在すると考えるのだ。
ところで、労働組合と会社とのトラブル
解決で、この3月1日から法制度が一部変更となる。労働争議の有無にかかわらず社会保険労務士が、団体交渉や労働組合対策に参入できるようになったのだ。
団体交渉に出席する弁護士は、まずいない。その理由は専門分野ではないから自信がないのだ。労働法の専門弁護士であっても、その多くは民事裁判実務に習熟しているほどに現場から離れているので、団体交渉の論点がダイジェスト版になってしまう。このダイジェスト版が交渉のみならず裁判になったときの敗訴要因となっているのだ。
また、労使いずれの側にも示談屋や事件屋が存在し、個別企業を食い物にする労務屋も数は少なくなったとはいえ、労使双方からしても彼らは邪魔者であることに変わりがない。そこで、社会保険労務士の場合、業務に関する倫理的罰則が定められているために、あからさまにトラブルを助長する労務屋のような仕事はできない。したがって、示談屋・労務屋・事件屋の排除に、相当役立つものと考えられる。実際に紛争に絡んで食い物にされた個別企業は非常に多い。これの被害防止に道を開くものだ。
なお、概して労働組合役員は労働諸法令について知識が少ないために、交渉の際にごり押しをしてくるケースがあるが、ここへ顧問社会保険労務士を引っ張り出してくれば、その程度の不毛な紛議防止程度には役立つことにはなる。
立法者は補助的にこの点に気づいている様ではあるが、いずれにしろ、現場に根ざしている社会保険労務士の役割を充実させることで、紛争激化の防止には大きな効果をもたらす。ただし、社会保険労務士といっても、労使紛争の仕事が一人前にできる者に依頼しなければならないことはもちろんである。一人前か否かを即座に見分けることは、明解な対策が出るか:それとも「ふぅーむ。大事ですな。」といって声を潜めるかで判断できる。
筆者(社会保険労務士の資格保有)個人には、全国主要都市の団体交渉などに対応できる社会保険労務士情報が集中しているので、お問い合わせはメールでどうぞ。
個別的労働トラブル主要 労働判例
今まで、労働判例の解釈は専門的な法律用語がちりばめられていたために、なかなか分かりづらいものがありました。個別労働紛争が続出しそうな雰囲気の中で、裁判などではどのように判断されるのかを前もって知っておくことは、とても重要です。そこで、法律学的には若干問題かも知れませんが、平易な言葉と短い文章で解説を試みました。次のURL:ダウンロードのページの左下のボタンを押して、中に入れます。
http://www.soumubu.jp/download/
「経済は金融と株ではない」は経済学の基礎。
経済学の役目は、あらゆるすべての人が豊かな生活を送るためにはどうすれば良いか、を考えることなのである。「一方で儲かる人もいれば一方では損をする人が居る」とのストーリーは、経済学を否定するものなのである。封建時代を脱出する時点から、経済学はこのようにして、社会共同体の豊かさや発展のために、役割を果たしてきたのである。
ライブドア事件は、ただの嘘つき・詐欺といったところが事件の本質で、融資その他のために粉飾決算を行わざるを得ない事情とは無縁のものである。法律はマニュアル書ではないのにマニュアル書あつかいしたところに、この男の社会に対する無知が現れてしまったのだが。ある法科大学院の教授が「この人は証券取引法よく調べ知っているようだが、ウソをついてはいけないことは知らないようだ」と言っていた。
とりわけ、経済の根幹である豊かさを破壊していた非社会性に、もっとマスコミをはじめとして注目する必要がある。それは、ライブドアが詐欺まがいで乗っ取った個別企業の社員の、賃金大幅切り下げとかの労働条件の一気に切り下げや大量解雇などによって、せっかくの優良企業の足腰を弱めてしまった事柄に対してである。個別企業や労働者の豊かさを次々と破壊していったところに弁護の余地がなく、「胡散臭さ」はここから滲み出ているのだ。もちろん、労働基準法や労働組合法違反を繰り返している。証券取引法は調べるが労働法は調べた様子はない。最近の裁判では経済犯や経済秩序破壊に対して公序良俗が適用されるようになってきたが、豊かさの破壊に対してはライブドア事件が契機となるのであろうか。
グローバル経済だから、このような事件に巻き込まれたのではない。
このような男の存在を生み出してしまった日本の社会共同体の弱さを反省することが大切。他の豊かさを奪って自己だけが肥え太ることを許してしまい経済発展の足を引っ張ることになったのは、封建時代や全体主義にはびこっていた世間体であるから、これを社会共同体に組み換えたのだ。この男のやったことは世間体に基づくもので経済後退や豊かさの破壊であったとの分析・認識が必要である。個別企業中にも、この男のような者が「元気に!」飛び回っているから厳重注意である。
2006/01/09
第45号
新年あけましておめでとうございます。
数字の上で経済回復したかのように見えるが、デフレ真っ最中は誰もが認めるところ。ところで、経済は金融や財政学だけではない。個人消費拡大政策による税収増加見込みの話題がない。いずれにしろ、日本経済の豊かさは今後の課題である。
本年もよろしくお願い致します。
製造業に於いて、業務請負から労働者派遣への転換が進んでいる。
製造業派遣が法律で認められて、この3月で1年を迎える。この3年間は、とりわけ不法・不正な派遣元業者を追いつめることに政府の政策重点が置かれている。請負要件を整えずに業務請負と称して労働者派遣を行っている業者を根絶したうえで、製造業派遣の全面解禁を実施しようとの(甘い)考えに基づくものだ。ただ、目先の行政指導で転換をしたところで、いずれにしてもその場シノギだから、そのしわ寄せはコストや品質不良となって発注元にのしかかってくる。中には労働者派遣に切り替えるとともに約23%の社会保険料等の負担分を派遣料金に上乗せして、将来リスクを回避する発注元も存在もするが、その数はまだまだ少ない。
発注元が、にわか仕立てに作成した「労働者派遣基本契約書」によって、出向(職安法違反)、直接雇用(職安法違反)、請負などが余計に混同したケースもある。大手有名企業でも多く存在している。とりあえず、労働局の職業安定課に言われるままに労働者派遣に切り替えようとした結果である。
もとより、口八丁手八丁だけで事業を行っている偽装請負業者ならば、この2?3年は労働者派遣に切り替えて、時が過ぎるのを待とうという次第である。彼等の言う「一期一会」は、「二度と会う機会はないから、適当にその場をしのぐ」類のものである。このような取引関係のもとに、発注元企業の安定した発展は存在しえない。そこには偽装請負業者に、発注元企業現場担当者が弱みを握られているとか、誘惑に乗せられてしまった状態が見受けられる。そして、これらの同一線上に、不祥事温存とかコンプライアンス・個別企業の社会的責任においてのマイナス面が存在し、ある日一挙に吹き出すこととなるのは最近よくみられる現象である。
良く考えてみれば、今から25年前、第二次オイルショックを契機に、日本の多くの製造業は「下請け企業と腐れ縁」を断ち切るために、工場閉鎖までした。今や偽装請負の経済的必要悪も無くなりつつあり、「腐れ縁」を断ち切ったうえで、グローバル化に向けての労働力確保方策が必要となった。
近年、安全・安心な社会の崩壊は日本経済の重要基盤を揺るがしつつある。昔のよき時代に比べて3倍にも達する刑法犯認知件数の警察庁関係の分析は、平成3年ごろからの不法滞在外国人急増、その次期平成14年ごろからの失業・雇用不安を原因としている。その対策として一般には、ニューヨーク市の「割れ窓理論」が有名ではあるが、その背後の街路清掃や早朝ごみ回収などを、失業対策事業として行ったことはほとんど知られていない。要するに失業・雇用不安の解消であった。警察官増員の話題もよく出るが、ニューヨークは警察だけでは手におえる状況ではなかった。日本も同様に警察だけで手におえるものではない。
ところで、身近なところの対策としてであるが、割れ窓、ごみ放置、落書きなどに狙われることから、犯罪多発する場所に共通点があるという。
要約するとこういうことだ。
共通するのは「入りやすく・みえにくい」場所。そこへ、ロープ1本、窓側の点灯だけでも大きな防止効果がある。最近の小学生傷害事件発生現場では、やはり、ごみ放置や落書き場所が存在する。今までの、いわゆる不審者をどこで見かけたかに関心を払っていたことは間違いだった。効果が出るのは、犯罪の発生しやすい場所を無くすこと。そうだからこそ様々な犯罪抑止運動が効果を発すると、現実的に考えることである。
ところで、落書きについては、百本ものスプレー缶を車に積み、広域に落書きをする少数の犯罪者の仕業である。被害に遭う場所は、「入りやすい」に加えて、市街地では「弱い者いじめ現象」となっている。銀行やデパートなどの、「ちょっと強いところ」に落書きは少ない。被害者は落書きを消せば「仕返しをされる」と思い込んでいるケースが多いので、被害者では落書きが消せない。落書き犯は、この足元を見て、「書かれた相手は、おとなしく泣き寝入りするだろう。」とタカをくくっている。だから、街ぐるみ一丸となって、落書きなど、一斉に対応する必要があるのだ。
以上が専門家の分析である。ところで、ひょっとすれば、これは企業内の不祥事にも共通することかもしれない。今にも増して、アングロサクソン系のグローバル社会が浸透して来れば、事業所内やその周辺地域での犯罪増加もさることながら、それにも増して従業員の業務遂行過程での犯罪増加が見込まれるからである。日本が既に選択し終えたグローバル化であるから、いまさらグローバル化を拒絶するわけにはいかないこともあり、犯罪発生率に歯止めのかかっている欧米での「犯罪機会論」(人は機会がなければ犯罪を起こさない)を学ぶ必要があるだろう。(事実、犯罪の原因は犯罪者の性格や境遇にあるとした「犯罪原因論」では効果が上がらなかった)。犯罪に限らず、精神論・道徳や愛を語るだけでは社会荒廃を追い越すことはできない。何らかの日本独自のパラダイム転換こそが、再び日本を豊かな国に導くのである。
特定社会保険労務士の制度は、個別労働紛争の合意調整のための専門的代理人として、平成19年4月1日から始まる。この制度は、事実上、個別労働紛争の合意調整分野においては、ほぼ弁護士と同じ権限・業務をもつもの、とまでの評価も出るくらいだ。今年6月17日には国家試験が実施される。この特定社会保険労務士についての関心が、個別企業の人事・総務の専門職や担当者の間で高まっている。やはり、書類作成が中心なせいか、街で開業している社会保険労務士では意外にも関心が少ない。個別企業の現役で社会保険労務士試験に合格した人たち、その数は6?7万人、の間で関心が高くなっているのだ。それも、あちらこちらでの現役部・課長での話題であることから、単なる資格マニアの人気ではなさそうだ。
この現象のひとつに、 「特定社会保険労務士完全攻略マニュアル」(日本法令)の書籍の売れ行きがある。主要都市の大型書店では平積み、B5判の大きさだから目立っている。労働省出身で日本の賃金問題研究の第一人者である学者の孫田良平先生も「単なる特定社労士用の知識に止らず、労働問題についての心得、労働相談労働紛議さらに日常の問題についても、本質、現象、形態として理想まで暗示され解く示唆を書かれていることは大へん類書にない特色と感じます。技術論を当然とするノウハウでなく、背後にある人間としての労使に配慮されていることにより、本書が広く読まれ実践されることを期待しています。」と、この本に向けてコメントを寄せた。
労働紛争解決といえば、もっぱら白黒の判定決着をつけることに重点を置き、労働判例の紹介本ばかりであるが、これでは個別企業内職場での「話し合い解決」手法には、あまり役に立たなかった。ところがこの本は国家資格の攻略本ではあるが、紛争の合意調整解決の法的裏付けも含めて、労働問題のあっせん機関の活用やあっせん解決ノウハウなど、これらを日本で初めて解説したものとなっているところに特徴がある。
日本の社会構造が、「労使を問わず、権利を主張する者は浮かばれ、黙っている者は底に沈む」へと近年の法体系変更によって整備されつつあることから、どうやら、ここに一般個別企業の人たちにも関心が高まっている理由があると思われる。
http://www.horei.co.jp/book/shinkan/shousai/17nenn/12/71967.htm
数字の上で経済回復したかのように見えるが、デフレ真っ最中は誰もが認めるところ。ところで、経済は金融や財政学だけではない。個人消費拡大政策による税収増加見込みの話題がない。いずれにしろ、日本経済の豊かさは今後の課題である。
本年もよろしくお願い致します。
製造業に於いて、業務請負から労働者派遣への転換が進んでいる。
製造業派遣が法律で認められて、この3月で1年を迎える。この3年間は、とりわけ不法・不正な派遣元業者を追いつめることに政府の政策重点が置かれている。請負要件を整えずに業務請負と称して労働者派遣を行っている業者を根絶したうえで、製造業派遣の全面解禁を実施しようとの(甘い)考えに基づくものだ。ただ、目先の行政指導で転換をしたところで、いずれにしてもその場シノギだから、そのしわ寄せはコストや品質不良となって発注元にのしかかってくる。中には労働者派遣に切り替えるとともに約23%の社会保険料等の負担分を派遣料金に上乗せして、将来リスクを回避する発注元も存在もするが、その数はまだまだ少ない。
発注元が、にわか仕立てに作成した「労働者派遣基本契約書」によって、出向(職安法違反)、直接雇用(職安法違反)、請負などが余計に混同したケースもある。大手有名企業でも多く存在している。とりあえず、労働局の職業安定課に言われるままに労働者派遣に切り替えようとした結果である。
もとより、口八丁手八丁だけで事業を行っている偽装請負業者ならば、この2?3年は労働者派遣に切り替えて、時が過ぎるのを待とうという次第である。彼等の言う「一期一会」は、「二度と会う機会はないから、適当にその場をしのぐ」類のものである。このような取引関係のもとに、発注元企業の安定した発展は存在しえない。そこには偽装請負業者に、発注元企業現場担当者が弱みを握られているとか、誘惑に乗せられてしまった状態が見受けられる。そして、これらの同一線上に、不祥事温存とかコンプライアンス・個別企業の社会的責任においてのマイナス面が存在し、ある日一挙に吹き出すこととなるのは最近よくみられる現象である。
良く考えてみれば、今から25年前、第二次オイルショックを契機に、日本の多くの製造業は「下請け企業と腐れ縁」を断ち切るために、工場閉鎖までした。今や偽装請負の経済的必要悪も無くなりつつあり、「腐れ縁」を断ち切ったうえで、グローバル化に向けての労働力確保方策が必要となった。
近年、安全・安心な社会の崩壊は日本経済の重要基盤を揺るがしつつある。昔のよき時代に比べて3倍にも達する刑法犯認知件数の警察庁関係の分析は、平成3年ごろからの不法滞在外国人急増、その次期平成14年ごろからの失業・雇用不安を原因としている。その対策として一般には、ニューヨーク市の「割れ窓理論」が有名ではあるが、その背後の街路清掃や早朝ごみ回収などを、失業対策事業として行ったことはほとんど知られていない。要するに失業・雇用不安の解消であった。警察官増員の話題もよく出るが、ニューヨークは警察だけでは手におえる状況ではなかった。日本も同様に警察だけで手におえるものではない。
ところで、身近なところの対策としてであるが、割れ窓、ごみ放置、落書きなどに狙われることから、犯罪多発する場所に共通点があるという。
要約するとこういうことだ。
共通するのは「入りやすく・みえにくい」場所。そこへ、ロープ1本、窓側の点灯だけでも大きな防止効果がある。最近の小学生傷害事件発生現場では、やはり、ごみ放置や落書き場所が存在する。今までの、いわゆる不審者をどこで見かけたかに関心を払っていたことは間違いだった。効果が出るのは、犯罪の発生しやすい場所を無くすこと。そうだからこそ様々な犯罪抑止運動が効果を発すると、現実的に考えることである。
ところで、落書きについては、百本ものスプレー缶を車に積み、広域に落書きをする少数の犯罪者の仕業である。被害に遭う場所は、「入りやすい」に加えて、市街地では「弱い者いじめ現象」となっている。銀行やデパートなどの、「ちょっと強いところ」に落書きは少ない。被害者は落書きを消せば「仕返しをされる」と思い込んでいるケースが多いので、被害者では落書きが消せない。落書き犯は、この足元を見て、「書かれた相手は、おとなしく泣き寝入りするだろう。」とタカをくくっている。だから、街ぐるみ一丸となって、落書きなど、一斉に対応する必要があるのだ。
以上が専門家の分析である。ところで、ひょっとすれば、これは企業内の不祥事にも共通することかもしれない。今にも増して、アングロサクソン系のグローバル社会が浸透して来れば、事業所内やその周辺地域での犯罪増加もさることながら、それにも増して従業員の業務遂行過程での犯罪増加が見込まれるからである。日本が既に選択し終えたグローバル化であるから、いまさらグローバル化を拒絶するわけにはいかないこともあり、犯罪発生率に歯止めのかかっている欧米での「犯罪機会論」(人は機会がなければ犯罪を起こさない)を学ぶ必要があるだろう。(事実、犯罪の原因は犯罪者の性格や境遇にあるとした「犯罪原因論」では効果が上がらなかった)。犯罪に限らず、精神論・道徳や愛を語るだけでは社会荒廃を追い越すことはできない。何らかの日本独自のパラダイム転換こそが、再び日本を豊かな国に導くのである。
特定社会保険労務士の制度は、個別労働紛争の合意調整のための専門的代理人として、平成19年4月1日から始まる。この制度は、事実上、個別労働紛争の合意調整分野においては、ほぼ弁護士と同じ権限・業務をもつもの、とまでの評価も出るくらいだ。今年6月17日には国家試験が実施される。この特定社会保険労務士についての関心が、個別企業の人事・総務の専門職や担当者の間で高まっている。やはり、書類作成が中心なせいか、街で開業している社会保険労務士では意外にも関心が少ない。個別企業の現役で社会保険労務士試験に合格した人たち、その数は6?7万人、の間で関心が高くなっているのだ。それも、あちらこちらでの現役部・課長での話題であることから、単なる資格マニアの人気ではなさそうだ。
この現象のひとつに、 「特定社会保険労務士完全攻略マニュアル」(日本法令)の書籍の売れ行きがある。主要都市の大型書店では平積み、B5判の大きさだから目立っている。労働省出身で日本の賃金問題研究の第一人者である学者の孫田良平先生も「単なる特定社労士用の知識に止らず、労働問題についての心得、労働相談労働紛議さらに日常の問題についても、本質、現象、形態として理想まで暗示され解く示唆を書かれていることは大へん類書にない特色と感じます。技術論を当然とするノウハウでなく、背後にある人間としての労使に配慮されていることにより、本書が広く読まれ実践されることを期待しています。」と、この本に向けてコメントを寄せた。
労働紛争解決といえば、もっぱら白黒の判定決着をつけることに重点を置き、労働判例の紹介本ばかりであるが、これでは個別企業内職場での「話し合い解決」手法には、あまり役に立たなかった。ところがこの本は国家資格の攻略本ではあるが、紛争の合意調整解決の法的裏付けも含めて、労働問題のあっせん機関の活用やあっせん解決ノウハウなど、これらを日本で初めて解説したものとなっているところに特徴がある。
日本の社会構造が、「労使を問わず、権利を主張する者は浮かばれ、黙っている者は底に沈む」へと近年の法体系変更によって整備されつつあることから、どうやら、ここに一般個別企業の人たちにも関心が高まっている理由があると思われる。
http://www.horei.co.jp/book/shinkan/shousai/17nenn/12/71967.htm
2005/12/06
第44号
古今東西、太古の昔から、天災、疫病、飢饉などで、「国」が潰れたことはない。社会の対応力の無さや社会秩序の崩壊によって、国がつぶれてしまった…これが歴史学の定説である。
鳥インフルエンザは、H5N1型の人体感染となれば、日本経済に相当大きな影響力を与えるのは間違いない。38度の発熱と肺炎症状が特徴であるが、通常のインフルエンザとは異なり、肺炎症状が出たときは50%の死亡率である。予防措置は、人ごみを避ける、過労を避ける、粘膜からの侵入阻止(マスク、手洗い、目鼻洗い、うがい)に限られるので、感染の危険は非常に高い。タミフルは、中国産八角を原料に作るか、化学合成によるしかないのだが、数量が少なすぎるから、一般人に回るかどうか分からない。感染すれば指定病院に行くしかない。個別企業や個人に防衛が任されているのが現状である。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/
耐震強度設計偽装事件。まず、一戸建て住宅建設の町場とビル・マンションの野丁場とでは状況が違うのだが。設計図面通りに工事をしないこと、すなわち、鉄筋の量を抜く、セメント配合率を減らす、見えないところの柱を抜くなどと、施工業者が手抜きをするのは昔から存在した。大がかりに柱の本数を減らす場合は、施工業者が「責任?」を持って構造計算を行い安全性を確保した。阪神大震災で多くの建物が倒壊したのは安全率を下げたことによる。いままでの建設業界の手抜き工事の問題点は、ここまでである。
ところが、今回の事件はそうではない。発注業者、施工業者、設計事務所、構造計算事務所のすべての関係者が団子になって、「安全性を無視した設計と施工」をしたところにある。まさに、「想定外」である。「設計通りに作った、検査通り作った」と無罪を主張するが、そもそも良識ある建設業者であれば危険な建物は作らない。比喩的にいえば、(不正)設計書の通りに工事を完了したから、建設業の業界常識と異なる事件なのである。一皮むけば、単なる「まやかし」である。犯罪者集団は建築士が建築基準法に違反するだけで、刑事責任が問われないように仕組んだつもりである。会社法人を倒産(施工業者は早々倒産)させて民事上も損害賠償の責任を負わなくてもよいように逃げられると思っている。法律の専門家ではないから、素人ながらに「犯罪者」にはならない、「うまくすり抜けられる」と、犯罪者集団は錯覚しているようである。
マヤカシや詭弁が横行したとしても、設計事務所の所長が行方不明になり、死体が発見されたとの話を聞いて、「自殺に見せかけて、口封じをされたか」と判定する部分の、その場面に現に建設業界の常識・良識が生きているのである。
だから、マヤカシの部分をはっきりさせれば、住民の生存基本権の救済範囲や国家の援助範囲がおのずと定まるのである。ヒューザーと立場を異にするとしても、事件発覚早々からマヤカシを放置して「国家の援助を!」と叫ぶ政治家の裏には、疑惑があると言われても仕方がない。
景気回復、カネ余り現象と報道される中で、消費経済の伸び悩み、商品開発の停滞、文化的経済の後退が進んでいる。銀行には調達利率の低い資金が貯まるも貸し出しが伸びていない。投資の行き先は、快楽追求商品もしくは問題解決商品の極端な二方向商品へと、限られて向けられているから、経済が豊かにならない。まだまだ投資は、高付加価値製品や高水準サービス商品には回っていない。
インターネットやネットビジネスに陰りが見えてきているが、このビジネスは流通・効率部門業種であるから、肝心の「大量・安定・豊かな商品の流通」が存在していない中での陰りは当然なのだ。事業活躍の場を求めてスポーツ界やマスコミ界に進出しても、肝心なところを見逃しているので、いずれは陰るだけなのだ。ここでは、経済の基本原則に無知なストーリーが、まかり通っている。
ある家電グループPのごとく、消費者からクレームが寄せられても、ごまかすだけ。いったん、「消費者センター」とかPL法による訴訟で詰められると、一転して製品の無料取り換えや他社製品代金弁済まで行う。このような企業姿勢の道具にされているだけではインターネットやネットビジネスの発展はない。片や、昔ミシンメーカーであったプラザーは、徹底して価格を抑えたIT商品を販売するのみならず、不具合が生じたときは宅配便やインターネットをフル活用してケアーをするし、翌朝には代替機を配達し修理を施す。J航が未整備の飛行機を離陸させていることは昔から有名であるが、予約システム、安全運航、身障者ケアーの確実な全日空との哲学の差である。
ここでボケとツッコミの経済漫才。
ボケ:「中国でもインターネットが普及して、経済が、自由で活発になるに違いない」
ツッコミ:「何を馬鹿なこと言ってるんだ。中国の場合、インターネットは国家統制の道具やで!」
ボケ:「なるほど、そうか。中国かぶれの大手企業は、自由経済よりも統制経済なのか」
ツッコミ:「そう、そのうち、地上の楽園!と言い出すかもよ?」
折しも、来年4月1日から、公益通報者保護法と労働審判法が施行される。この二つともが、強行法規であり、強行が良いかどうかは議論のあるところではあるが、「権利を主張する者は保護され、主張しないものは見捨てられる」社会の形成に向かうことには間違いない。過去の日本のような世間体に柱をおく統制社会をやめて、グローバル社会に通用する社会共同体へ移行しようとするのである。したがって、国民生活保護のポイントは基本的人権の優先と拡張に切り替えることとなる。
公益通報を行った労働者の解雇無効(解雇がなかったものとして扱うこと)とか、不利益あつかいの禁止・損害賠償を担保することによって、国民の生命、身体、財産その他利益の保護に関わる法令規定の遵守を図ろうとするのが狙いである。通報の対象となる法律は400余で、もちろん、感染症、建築基準法、労働基準法や社会労働保険に関する法律も含まれている。来年4月1日以前の法令違反も対象とする徹底ぶりである。権利主張促進政策である。
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/koueki/gaiyo/taisho.html
労働審判は審理が3回と、要するに、形骸化した労働裁判の時間短縮版ではあるが、制度的に注意しなければならない点がある。とりわけ、次の3つの課題については、紛争の兆候が出た段階で、「審判制度」それとも「あっせん制度」のいずれかの解決方法選択の専門的判断が必要とされる。いずれにしても、時間的にのんびり構えているわけにはいかなくなるので、労働の現場と各種紛争解決制度に詳しい専門家のアドバイスが結末を決定することになりかねない。アドバイス情報は重々しいものではなく、より初期の段階での、専門家の電話アドバイス程度で十分である。無知とか早とちりは個別企業が紛争解決制度の歯車に押しつぶされる危険をはらんでいる。ちなみに、優秀なあっせん代理人が確保できるのであれば、「審判が提起」される前に、経営側から労働者に「あっせん解決」を呼びかける手段の方が人事管理では有効なのである。
1.従前の裁判であれば、原告と被告が提出した証拠のみが採用されたが、労働審判では刑事事件のごとく職権事実調査が行われる。「まずは裁判所に行ってみて、じっくり検討してから…」との姿勢は、きわめて不利になる。
2.世間知らず?の裁判官が判定するではなく、実情を知る経営側と労働側の審判員が審判を下す。顧問弁護士よりも審判員の方が、事情の理解が早いかもしれない。
3.審判に対する異議申し立てで地方裁判所への訴訟を起したこととなるので、手抜かりは当初から許されない。したがって、経営側弁護士の着手金が安くなるわけではない。
世の中の変化は早い。グローバル基準に適用しようとすれば、徹頭徹尾、社会共同体を定着させなければならない。10年前の日本は「世間体」重視であり、今の社会現象は「アメリカ流社会共同体」の猿真似のようなものである。システムの中に日本の独自性が活かされなければ、アメリカの二番煎じとなるだけである。個別企業においても独自性を生かした社会共同体の導入が必要となる。これに失敗した例が、ここに示した偽装設計、ネット?ビジネス、統制経済(経営)である。ましてや、多国籍展開でもって高付加価値製品や高水準サービス商品の提供でもって、経営を推し進めようとすれば、とりわけ人材確保の面から、この動きを他山の石としなければならない。ちなみに、多国籍展開や経営管理水準の高いスウェーデンは、人口640万人で、北海道より少し大きく、大阪府より小さいのであるから、小さくとも自信は持てる。
鳥インフルエンザは、H5N1型の人体感染となれば、日本経済に相当大きな影響力を与えるのは間違いない。38度の発熱と肺炎症状が特徴であるが、通常のインフルエンザとは異なり、肺炎症状が出たときは50%の死亡率である。予防措置は、人ごみを避ける、過労を避ける、粘膜からの侵入阻止(マスク、手洗い、目鼻洗い、うがい)に限られるので、感染の危険は非常に高い。タミフルは、中国産八角を原料に作るか、化学合成によるしかないのだが、数量が少なすぎるから、一般人に回るかどうか分からない。感染すれば指定病院に行くしかない。個別企業や個人に防衛が任されているのが現状である。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/
耐震強度設計偽装事件。まず、一戸建て住宅建設の町場とビル・マンションの野丁場とでは状況が違うのだが。設計図面通りに工事をしないこと、すなわち、鉄筋の量を抜く、セメント配合率を減らす、見えないところの柱を抜くなどと、施工業者が手抜きをするのは昔から存在した。大がかりに柱の本数を減らす場合は、施工業者が「責任?」を持って構造計算を行い安全性を確保した。阪神大震災で多くの建物が倒壊したのは安全率を下げたことによる。いままでの建設業界の手抜き工事の問題点は、ここまでである。
ところが、今回の事件はそうではない。発注業者、施工業者、設計事務所、構造計算事務所のすべての関係者が団子になって、「安全性を無視した設計と施工」をしたところにある。まさに、「想定外」である。「設計通りに作った、検査通り作った」と無罪を主張するが、そもそも良識ある建設業者であれば危険な建物は作らない。比喩的にいえば、(不正)設計書の通りに工事を完了したから、建設業の業界常識と異なる事件なのである。一皮むけば、単なる「まやかし」である。犯罪者集団は建築士が建築基準法に違反するだけで、刑事責任が問われないように仕組んだつもりである。会社法人を倒産(施工業者は早々倒産)させて民事上も損害賠償の責任を負わなくてもよいように逃げられると思っている。法律の専門家ではないから、素人ながらに「犯罪者」にはならない、「うまくすり抜けられる」と、犯罪者集団は錯覚しているようである。
マヤカシや詭弁が横行したとしても、設計事務所の所長が行方不明になり、死体が発見されたとの話を聞いて、「自殺に見せかけて、口封じをされたか」と判定する部分の、その場面に現に建設業界の常識・良識が生きているのである。
だから、マヤカシの部分をはっきりさせれば、住民の生存基本権の救済範囲や国家の援助範囲がおのずと定まるのである。ヒューザーと立場を異にするとしても、事件発覚早々からマヤカシを放置して「国家の援助を!」と叫ぶ政治家の裏には、疑惑があると言われても仕方がない。
景気回復、カネ余り現象と報道される中で、消費経済の伸び悩み、商品開発の停滞、文化的経済の後退が進んでいる。銀行には調達利率の低い資金が貯まるも貸し出しが伸びていない。投資の行き先は、快楽追求商品もしくは問題解決商品の極端な二方向商品へと、限られて向けられているから、経済が豊かにならない。まだまだ投資は、高付加価値製品や高水準サービス商品には回っていない。
インターネットやネットビジネスに陰りが見えてきているが、このビジネスは流通・効率部門業種であるから、肝心の「大量・安定・豊かな商品の流通」が存在していない中での陰りは当然なのだ。事業活躍の場を求めてスポーツ界やマスコミ界に進出しても、肝心なところを見逃しているので、いずれは陰るだけなのだ。ここでは、経済の基本原則に無知なストーリーが、まかり通っている。
ある家電グループPのごとく、消費者からクレームが寄せられても、ごまかすだけ。いったん、「消費者センター」とかPL法による訴訟で詰められると、一転して製品の無料取り換えや他社製品代金弁済まで行う。このような企業姿勢の道具にされているだけではインターネットやネットビジネスの発展はない。片や、昔ミシンメーカーであったプラザーは、徹底して価格を抑えたIT商品を販売するのみならず、不具合が生じたときは宅配便やインターネットをフル活用してケアーをするし、翌朝には代替機を配達し修理を施す。J航が未整備の飛行機を離陸させていることは昔から有名であるが、予約システム、安全運航、身障者ケアーの確実な全日空との哲学の差である。
ここでボケとツッコミの経済漫才。
ボケ:「中国でもインターネットが普及して、経済が、自由で活発になるに違いない」
ツッコミ:「何を馬鹿なこと言ってるんだ。中国の場合、インターネットは国家統制の道具やで!」
ボケ:「なるほど、そうか。中国かぶれの大手企業は、自由経済よりも統制経済なのか」
ツッコミ:「そう、そのうち、地上の楽園!と言い出すかもよ?」
折しも、来年4月1日から、公益通報者保護法と労働審判法が施行される。この二つともが、強行法規であり、強行が良いかどうかは議論のあるところではあるが、「権利を主張する者は保護され、主張しないものは見捨てられる」社会の形成に向かうことには間違いない。過去の日本のような世間体に柱をおく統制社会をやめて、グローバル社会に通用する社会共同体へ移行しようとするのである。したがって、国民生活保護のポイントは基本的人権の優先と拡張に切り替えることとなる。
公益通報を行った労働者の解雇無効(解雇がなかったものとして扱うこと)とか、不利益あつかいの禁止・損害賠償を担保することによって、国民の生命、身体、財産その他利益の保護に関わる法令規定の遵守を図ろうとするのが狙いである。通報の対象となる法律は400余で、もちろん、感染症、建築基準法、労働基準法や社会労働保険に関する法律も含まれている。来年4月1日以前の法令違反も対象とする徹底ぶりである。権利主張促進政策である。
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/koueki/gaiyo/taisho.html
労働審判は審理が3回と、要するに、形骸化した労働裁判の時間短縮版ではあるが、制度的に注意しなければならない点がある。とりわけ、次の3つの課題については、紛争の兆候が出た段階で、「審判制度」それとも「あっせん制度」のいずれかの解決方法選択の専門的判断が必要とされる。いずれにしても、時間的にのんびり構えているわけにはいかなくなるので、労働の現場と各種紛争解決制度に詳しい専門家のアドバイスが結末を決定することになりかねない。アドバイス情報は重々しいものではなく、より初期の段階での、専門家の電話アドバイス程度で十分である。無知とか早とちりは個別企業が紛争解決制度の歯車に押しつぶされる危険をはらんでいる。ちなみに、優秀なあっせん代理人が確保できるのであれば、「審判が提起」される前に、経営側から労働者に「あっせん解決」を呼びかける手段の方が人事管理では有効なのである。
1.従前の裁判であれば、原告と被告が提出した証拠のみが採用されたが、労働審判では刑事事件のごとく職権事実調査が行われる。「まずは裁判所に行ってみて、じっくり検討してから…」との姿勢は、きわめて不利になる。
2.世間知らず?の裁判官が判定するではなく、実情を知る経営側と労働側の審判員が審判を下す。顧問弁護士よりも審判員の方が、事情の理解が早いかもしれない。
3.審判に対する異議申し立てで地方裁判所への訴訟を起したこととなるので、手抜かりは当初から許されない。したがって、経営側弁護士の着手金が安くなるわけではない。
世の中の変化は早い。グローバル基準に適用しようとすれば、徹頭徹尾、社会共同体を定着させなければならない。10年前の日本は「世間体」重視であり、今の社会現象は「アメリカ流社会共同体」の猿真似のようなものである。システムの中に日本の独自性が活かされなければ、アメリカの二番煎じとなるだけである。個別企業においても独自性を生かした社会共同体の導入が必要となる。これに失敗した例が、ここに示した偽装設計、ネット?ビジネス、統制経済(経営)である。ましてや、多国籍展開でもって高付加価値製品や高水準サービス商品の提供でもって、経営を推し進めようとすれば、とりわけ人材確保の面から、この動きを他山の石としなければならない。ちなみに、多国籍展開や経営管理水準の高いスウェーデンは、人口640万人で、北海道より少し大きく、大阪府より小さいのであるから、小さくとも自信は持てる。
2005/11/07
第43号
来年4月からの、62歳までの高年齢者雇用に向けて、労働協約の具体的中身の決め方が議論となっている。「高年齢者雇用セミナー」などで、法律の概要が分かったとして、やってはいけない事の判断はつくが、具体的に実施しても良い事の判断は、セミナーで話してくれないのが常である。これには、厚生労働省は、個別企業の自由ですから…と言わんばかりである。無力無知で何もできない個別企業は「62歳定年」となるので、そこには支援措置(社会進歩やグローバルに対応しない企業の保護ではない)が必要なのだが、自由の女神の光は輝いているだけである。いくら旧厚生省の年金政策失敗のツケを回された対策だからとして乗り気にはならない。だとして、「思想及び良心の自由」の流行語を持ち出したとすれば、それは「不作為」の無責任行政となる。
これに対し経営トップの判断パターンは単純明解で、「定年を62歳に引き上げるか、継続雇用対象者の具体的基準の策定の何れか?」を判断するのである。とりわけ、「高付加価値製品や高水準サービス」の商品提供戦略を持つ個別企業にとっては、労働意欲に関わることなので、社会や他企業の動きも考え、メリハリをつけておく必要があるのだ。したがって、人事・総務部門の創意と工夫が必要なのは、労使協定による個別企業独自の運営基準の内容となる。
・相対的人事評価は無効に等しいと分かっても、今まで絶対的人事評価をしてこなかった。
・「健康な者」とした場合、高血圧・糖尿病対策などしたこともなく、具体的線引きの見通しがつかない。
・業務に必要な人材の判断基準として、資格試験や研修終了を、今から持ちこめるのか。
・高齢者の「意欲と能力」は、労働時間や賃金総額によっても変動するのはどうすれば良いか。
・60歳定年の者は当分出ないが、社員の将来ビジョンとの関連をどうつければよいか。
・労働力需給&人件費総額を、業務請負・派遣あるいは高年齢継続雇用の何れで対応するのか、の評価判断基準は何か。
・労使納得性に沿うような水準を持った「憎まれ役も含むコンサルタント会社」へ依頼するとして、どう探せば良いか。
などなど、個別企業ごとにオーダーメイドが必要なのである。
「中国製品は、果たしてよくなったのか?」、よく話題になるである。ところが、クレームは減ったが、中身はいまだ危険である。外側は完璧に近く、よく見えるが中身は悪い。なので、返品続出。また故障したときはどうしようもない。これらは、身の回りすべての中国製品にいえる。裏表を見ればすぐ分かるような服飾においても同様。「安かろう悪かろう」を超越した不良である。
そもそも、元から粗悪なので、日本から担当者が現地へ飛んで、「注意して注意して」、注意して「外側が普通」に見えるようになっただけなのだ。銀行の話につられて投資をしてしまった個別企業の悲しい宿命でもある。
中国製食品は、子供への障害、生命への不安は拭われてはおらず、安ければ警戒、パックの裏を見て中国製と判れば買わない人は多い。中国製の自動車(江陵汽車の陸風)がドイツ自動車連盟安全基準をまったくクリアできなかったニュースを聞いて、中国製自動車を買うことに罪悪感を覚えるのは社会安定のための倫理観である。
文化の違いといえば一言であるが、それでは問題が解決しない。もう少し突っ込んで見た場合、それは、教育訓練が成り立っていないところに原因があるのだ。中国では、製品を完璧に作りあげるよりも、人間関係が邪魔をするが、教育訓練においても同様なのである。まして反日の「世間体」人間関係である。
さらに、ここに来て人民元の為替レート切り上げ問題。人民元での支払決済の場合には人民元切り上げで目減りするのは日本円。日本製商品の出荷時点代金と集金時点代金の時間差での切り上げは人民元が少なくて済む。反対に中国製品への代金支払いは日本円が多く必要となる。ドル建て決済だとしても、中国の外貨準備高不足は事実上の人民元決済である。ということなので、人民元切り上げ=支払時点での代金値切りを意味するのである。支払い不履行には「この手があったのか!」…。
元来、粗悪品を売りつけても反省することなく、契約通り支払いするものは馬鹿だと思っているのが中国文化なのである。日本人の商業における成功体験は、中国文化ではなく、騎馬民族文化に起源を発するからとはいっても、ひっかかる日本人が多いのには、驚いてしまう。「銭金の悪知恵とマージャンは中国に勝てない」のである。
(仮称)労働契約法の制定をめぐって、キャンペーンや大議論が始まった。経団連、商工会議所、連合、全労連、日本労働弁護団など相次いでいる。労使の議論の的になっているのは、労使委員会、解雇の金銭解決制度、雇用継続型契約変更制度、ホワイトカラー・イグゼンプションである。厚生労働省は、法律の履行について、あっせん制度や労働審判とセットで進めようとしている。よかれと思っての提案に対しても、当の労使は迷惑だと言わんばかりである。裁量労働などは、自民党の国会議員までが現役時代の経験からクレームをつけた。グローバル基準の「権利を主張する者は浮かばれ、黙っていると沈没する」トレンドに乗ってであろう、労働判例法理の法律制定(法定法理)については、労使の異論のないところであるので、労働契約法制を急ぐ意見が強いのであれば、この部分について早期制定すればよいとの意見も出ている。「権利主張社会」の弊害として見落としてはならない、アンフェアトリートメント(不公正な取り扱い)、例えば、退職金や福利厚生の社内規定があっても労働者から請求がなければ無視するとか、故意に就業規則を労働基準法の水準にとどめ、個別労働契約の個別交渉で事業合理性を崩壊させるなどである。これは労使委員ともに取り上げてもよさそうな課題であるにもかかわらず、旧来の固定観念が強いのか、自由平等の社会共同体意識が弱いのか、誰も採り上げていない。
11月を「賃金不払残業解消キャンペーン月間」と定め、厚生労働省は労使の主体的な取り組みを促すためのキャンペーン活動を実施するとしている。また、電話相談も行う予定である。とはいっても、優しく・おとなしく、業界団体に呼びかけるわけではない。過去の実績からすると、今まで蓄積していた情報に基づいて、一挙に摘発する行動に出ることは、当然予想される。最近の賃金不払残業事件に対して、労働局は数十人の捜査員を投入して、広域に摘発することが多い。これにより、戸惑い・あわてる経営者も多いのである。捜査ポイントは、以前メルマガで掲載した通りであるが、そのまま通用するぐらい横柄な人事労務管理を行っている企業もあるのである。合法的人事労務管理も行う企業からすれば、残業不払い企業は、不公正競争業者であり、ダンピング業者であるから、労働局・労働基準監督署での取り締まり強化要望も強くなっている。日本の経済性から、個人消費経済を強めるためには、現時点では賃金の引き上げが必要となることにより、これも摘発の追い風となっている。
これに対し経営トップの判断パターンは単純明解で、「定年を62歳に引き上げるか、継続雇用対象者の具体的基準の策定の何れか?」を判断するのである。とりわけ、「高付加価値製品や高水準サービス」の商品提供戦略を持つ個別企業にとっては、労働意欲に関わることなので、社会や他企業の動きも考え、メリハリをつけておく必要があるのだ。したがって、人事・総務部門の創意と工夫が必要なのは、労使協定による個別企業独自の運営基準の内容となる。
・相対的人事評価は無効に等しいと分かっても、今まで絶対的人事評価をしてこなかった。
・「健康な者」とした場合、高血圧・糖尿病対策などしたこともなく、具体的線引きの見通しがつかない。
・業務に必要な人材の判断基準として、資格試験や研修終了を、今から持ちこめるのか。
・高齢者の「意欲と能力」は、労働時間や賃金総額によっても変動するのはどうすれば良いか。
・60歳定年の者は当分出ないが、社員の将来ビジョンとの関連をどうつければよいか。
・労働力需給&人件費総額を、業務請負・派遣あるいは高年齢継続雇用の何れで対応するのか、の評価判断基準は何か。
・労使納得性に沿うような水準を持った「憎まれ役も含むコンサルタント会社」へ依頼するとして、どう探せば良いか。
などなど、個別企業ごとにオーダーメイドが必要なのである。
「中国製品は、果たしてよくなったのか?」、よく話題になるである。ところが、クレームは減ったが、中身はいまだ危険である。外側は完璧に近く、よく見えるが中身は悪い。なので、返品続出。また故障したときはどうしようもない。これらは、身の回りすべての中国製品にいえる。裏表を見ればすぐ分かるような服飾においても同様。「安かろう悪かろう」を超越した不良である。
そもそも、元から粗悪なので、日本から担当者が現地へ飛んで、「注意して注意して」、注意して「外側が普通」に見えるようになっただけなのだ。銀行の話につられて投資をしてしまった個別企業の悲しい宿命でもある。
中国製食品は、子供への障害、生命への不安は拭われてはおらず、安ければ警戒、パックの裏を見て中国製と判れば買わない人は多い。中国製の自動車(江陵汽車の陸風)がドイツ自動車連盟安全基準をまったくクリアできなかったニュースを聞いて、中国製自動車を買うことに罪悪感を覚えるのは社会安定のための倫理観である。
文化の違いといえば一言であるが、それでは問題が解決しない。もう少し突っ込んで見た場合、それは、教育訓練が成り立っていないところに原因があるのだ。中国では、製品を完璧に作りあげるよりも、人間関係が邪魔をするが、教育訓練においても同様なのである。まして反日の「世間体」人間関係である。
さらに、ここに来て人民元の為替レート切り上げ問題。人民元での支払決済の場合には人民元切り上げで目減りするのは日本円。日本製商品の出荷時点代金と集金時点代金の時間差での切り上げは人民元が少なくて済む。反対に中国製品への代金支払いは日本円が多く必要となる。ドル建て決済だとしても、中国の外貨準備高不足は事実上の人民元決済である。ということなので、人民元切り上げ=支払時点での代金値切りを意味するのである。支払い不履行には「この手があったのか!」…。
元来、粗悪品を売りつけても反省することなく、契約通り支払いするものは馬鹿だと思っているのが中国文化なのである。日本人の商業における成功体験は、中国文化ではなく、騎馬民族文化に起源を発するからとはいっても、ひっかかる日本人が多いのには、驚いてしまう。「銭金の悪知恵とマージャンは中国に勝てない」のである。
(仮称)労働契約法の制定をめぐって、キャンペーンや大議論が始まった。経団連、商工会議所、連合、全労連、日本労働弁護団など相次いでいる。労使の議論の的になっているのは、労使委員会、解雇の金銭解決制度、雇用継続型契約変更制度、ホワイトカラー・イグゼンプションである。厚生労働省は、法律の履行について、あっせん制度や労働審判とセットで進めようとしている。よかれと思っての提案に対しても、当の労使は迷惑だと言わんばかりである。裁量労働などは、自民党の国会議員までが現役時代の経験からクレームをつけた。グローバル基準の「権利を主張する者は浮かばれ、黙っていると沈没する」トレンドに乗ってであろう、労働判例法理の法律制定(法定法理)については、労使の異論のないところであるので、労働契約法制を急ぐ意見が強いのであれば、この部分について早期制定すればよいとの意見も出ている。「権利主張社会」の弊害として見落としてはならない、アンフェアトリートメント(不公正な取り扱い)、例えば、退職金や福利厚生の社内規定があっても労働者から請求がなければ無視するとか、故意に就業規則を労働基準法の水準にとどめ、個別労働契約の個別交渉で事業合理性を崩壊させるなどである。これは労使委員ともに取り上げてもよさそうな課題であるにもかかわらず、旧来の固定観念が強いのか、自由平等の社会共同体意識が弱いのか、誰も採り上げていない。
11月を「賃金不払残業解消キャンペーン月間」と定め、厚生労働省は労使の主体的な取り組みを促すためのキャンペーン活動を実施するとしている。また、電話相談も行う予定である。とはいっても、優しく・おとなしく、業界団体に呼びかけるわけではない。過去の実績からすると、今まで蓄積していた情報に基づいて、一挙に摘発する行動に出ることは、当然予想される。最近の賃金不払残業事件に対して、労働局は数十人の捜査員を投入して、広域に摘発することが多い。これにより、戸惑い・あわてる経営者も多いのである。捜査ポイントは、以前メルマガで掲載した通りであるが、そのまま通用するぐらい横柄な人事労務管理を行っている企業もあるのである。合法的人事労務管理も行う企業からすれば、残業不払い企業は、不公正競争業者であり、ダンピング業者であるから、労働局・労働基準監督署での取り締まり強化要望も強くなっている。日本の経済性から、個人消費経済を強めるためには、現時点では賃金の引き上げが必要となることにより、これも摘発の追い風となっている。
2005/10/03
第42号
(仮)労働契約法の立法化が、いよいよ日程に入ってきた。法案(労働契約法)を平成19年の通常国会提出の意向。「紛争が生じた場合に最終的には民事裁判を通して当事者がその権利を実現し紛争を解決することを目的とする。」としているが、今のところ関係者から異論が出ていないところのものは次のものである。それは国会成立の暁に制度化されるとみてよいものである。
1.労働判例(判例法理)を法律(法定法理)とすること。
2.法律の履行のために労働基準監督官の監督行政は行わない。
3.行政関与する場合は紛争調整委員会のあっせん制度など。
4.労使の一方が白黒の判定を望むときは、裁判所で決着する。
としている。すなわち、最低労働条件については監督行政を行ない、それを上回る部分の労働条件でトラブルになった場合は、労使当事者の話し合い解決自体を行政関与でもって応援するシステムにしようというものである。金銭解決解雇制度や継続中条件変更については、国会成立するかどうかは不明。
要するに、10年くらい前までの、「職場内のトラブルは中間管理職が責任をもって紛争解決すること」との概念を、中間管理職削減の折から、「労働行政の公共事業として解決」するとのものに変化をさせるものだ。今や、グローバル・ボーダレスの時代に入り、それまでの紛争とは「武力解決を裁判に置き換える」との理念から、「裁判による判定から調整・合意形成へ」とのADRなどの理念が、一挙に世界的に広まりつつあるからだ。国際経済関係、技術開発関係もその道を歩んでいる。
今日までの日本は、社会共同体の中で、新しい事態に遭遇した時点に新しいルール(義務)を作るとか、対立解消のためのルールを決めておくような社会でなかったこと&そのようなことに対応する適切な教育を受けたことがなかったことから、一般の人ではイメージが難しい。そして、世間体の克服は日本経済の国際化を伴う経済発展の上での重要な社会的課題と言われている。ここまでは、マスコミ発表の中にも書いてある。
ところが、マスコミの気づいていないもうひとつの注目点がある。
請負契約や委託契約であるとして労働基準法上の労働者として扱われなかった者でも、経済的従属性があれば、労働契約法を適用させるとしたことだ。現行は契約名称にかかわらず使用従属関係があれば労働者としている。これも関係者の間で異論はないところなので、成立する見通しだ。この「経済的従属性」は、労働契約法施行とともに期間契約途中の解雇の場合の期間終了日までの損害賠償(現行)を周知徹底させるとしていることと相まって、経済構造に大きな影響を及ぼす。昭和63年に「1日8時間労働制」を「1週間40時間」としたことによって、小売業を皮切りに経済の24時間化が始まったが、これをも上回る経済構造変革かもしれない。
新たに適用される人たちは、次の要件をすべて満たす者として例示している。
1.個人であること。
2.契約に基づき役務を提供していること。
3.当該役務の提供を、本人以外の者が行うことを予定していないこと。
4.役務提供の対償として金銭上の利益を受けていること。
5.収入の大部分を特定者から得、生活している者であること。
注意しなければならないのは、この者たちの就業場所を事業所とか自宅とかを問題にしていないことである。よほどの短時間臨時でない限り、適用となる。情報産業、流通、建設、製造、サービスその他の業種を問わず、とにかく「五つの要件」を満たす者すべてが対象となることである。
要するに、現在の「労働者」イメージが変更されるのだ。したがって、現行の労働関係諸法律が人材派遣業を除き事業所で働くことを前提としていることから、労働契約法制が施行されて以降は法律の改正が相次ぐこととなる。(現行の労働者派遣法では、就業先を派遣先・派遣元・自宅などのいずれでも適用できるように、17年前から制度化しているのである)。そして……
日本経済は「高付加価値製品と、高水準サービス商品」の提供に活路を見いだそうとしているが、この経済活動に資する人事・労務管理が必要とされ、そのための日本文化や社会共同体への変化を歩もうとしている。その先には、たとえば、コンビニの競争相手は流通業者であるが、便利な店に客を呼ぶよりも通販・配達するとか、街の酒屋がコンビニ転業するのではなく宅配便の下請配達をするような、「経済構造の変化に労働力需給も整合」させようとするものである。それは意外にも、国内主力産業を支える周辺の芸術性業種も大切で、国内外での食品加工サービス、すなわち料理店・ファーストフード・スローフードだとか、世界へ向けてのコンテンツ産業なども有望で、そこへの労働力の育成に資することにならなければならない。
ところで、紛争トラブルの直面する種類として、アンフェア・トリートメント(不公正な取り扱い)が多発している。従来は外資系企業で起こっているものとされていたが、日系企業でも増えてきている。就業規則等の規範的部分が最低基準に設定されているなかで、事実上個々の労働契約が主流となることによって、労働条件の決定方式が個別交渉に重きを置かれている場合には、アンフェア・トリートメントが発生しやすくなる。もちろん、最低条件の情報公開をしないことで、最低基準を満たさない事件も含まれる。いくら何でも自由意思と言えども、ある程度の公平な規範的労働条件は経営管理の上からは必要なのである。
外資系に限らず、人材派遣業、業務請負業、IT関連企業に横行?と思えば、中小の製造業でも最近は多いのだ。労働者からすると、「約束が違う」とか「どうして規則を隠すのか!」ということになる。すぐさま、労使間の不信感と敵対心の発生につながる。熱意がある若者に限って寄り付かないのは当たり前のことで、高付加価値製品or高水準サービスの商品提供など、社長が躍起になっても、それは「白昼夢の又夢。」
外資系の企業の人事管理は、規定の退職金を払わなければ人事部の成果にカウントするところもあるくらいだ。とはいえ、日本の人事・労務管理水準から言えば、とにかく日本での20?30人の中小企業なみなのである。優秀だと言っても、やっと中堅企業なみ。外資系企業の人事部は所詮「社内クズ?」あつかい。その原因は、管理する理論も手法もないからだ。これが企業本体の業務遂行の足をヒッパッテいるのは当然のこと。それすら分からないのが外資系Top。生粋の外資系となれば弊社がWEB公開しているような書式集の英語版自体がない。意思の疎通を間で止めている者も多い。
社会保険庁改革の流れはこうだ。公的年金と政管健保の運営分離する新組織を平成20年の秋に設置。政管健保は公法人設立だが財政運営は都道府県単位。関連法案は平成18年の通常国会に提出。政管健保と年金の実施組織の分離に伴うコンピューターシステムの設計開発に最低2年との理由で「公法人の設立時期」が平成20年の秋とのこと。民間個別企業の総務担当者なら、本末転倒の改革(時期設定理由がシステム開発?)であることは一目瞭然。改革目的を度外視しても、組織運営上失敗するのは今から分かる。年金専門家抜きの有識者会議&第一線職員無視の業務計画の抱き合わせと、近年の「厚生省」運営は、そのまま固執する予定。
国民年金事務の社会保険事務所の国民年金課の残酷物語。
「職員全員、早朝出勤、残業居残りでサービス残業、鞄に詰めての風呂敷残業までやっている。おまけに、誰が設計したか分からないコンピュータは動かないし、手でやっていた時代の方がよっぽど早い。次から次へとセンターからプリントアウトされた書類が到着。職業安定所や区役所からも書類がどっと押し寄せる。どうしても緊急なものから処理をするが、それでも日にちが遅れてしまうから、苦情の電話が殺到する。保険料納付期限までに保険料免除通知が発送できない事態も。これを社会保険事務局や東京へとすべて報告するが、返ってくるのは、「コンピューターシステムの中身は分からない」とか、「こちらも鋭意努力している」の一点張り。「本省庁の中にはいい人もいるんです」と自分の心と部下やアルバイトに言い聞かせ、毎日を乗り切る。
さて、年金、健保での物語はいかに?
1.労働判例(判例法理)を法律(法定法理)とすること。
2.法律の履行のために労働基準監督官の監督行政は行わない。
3.行政関与する場合は紛争調整委員会のあっせん制度など。
4.労使の一方が白黒の判定を望むときは、裁判所で決着する。
としている。すなわち、最低労働条件については監督行政を行ない、それを上回る部分の労働条件でトラブルになった場合は、労使当事者の話し合い解決自体を行政関与でもって応援するシステムにしようというものである。金銭解決解雇制度や継続中条件変更については、国会成立するかどうかは不明。
要するに、10年くらい前までの、「職場内のトラブルは中間管理職が責任をもって紛争解決すること」との概念を、中間管理職削減の折から、「労働行政の公共事業として解決」するとのものに変化をさせるものだ。今や、グローバル・ボーダレスの時代に入り、それまでの紛争とは「武力解決を裁判に置き換える」との理念から、「裁判による判定から調整・合意形成へ」とのADRなどの理念が、一挙に世界的に広まりつつあるからだ。国際経済関係、技術開発関係もその道を歩んでいる。
今日までの日本は、社会共同体の中で、新しい事態に遭遇した時点に新しいルール(義務)を作るとか、対立解消のためのルールを決めておくような社会でなかったこと&そのようなことに対応する適切な教育を受けたことがなかったことから、一般の人ではイメージが難しい。そして、世間体の克服は日本経済の国際化を伴う経済発展の上での重要な社会的課題と言われている。ここまでは、マスコミ発表の中にも書いてある。
ところが、マスコミの気づいていないもうひとつの注目点がある。
請負契約や委託契約であるとして労働基準法上の労働者として扱われなかった者でも、経済的従属性があれば、労働契約法を適用させるとしたことだ。現行は契約名称にかかわらず使用従属関係があれば労働者としている。これも関係者の間で異論はないところなので、成立する見通しだ。この「経済的従属性」は、労働契約法施行とともに期間契約途中の解雇の場合の期間終了日までの損害賠償(現行)を周知徹底させるとしていることと相まって、経済構造に大きな影響を及ぼす。昭和63年に「1日8時間労働制」を「1週間40時間」としたことによって、小売業を皮切りに経済の24時間化が始まったが、これをも上回る経済構造変革かもしれない。
新たに適用される人たちは、次の要件をすべて満たす者として例示している。
1.個人であること。
2.契約に基づき役務を提供していること。
3.当該役務の提供を、本人以外の者が行うことを予定していないこと。
4.役務提供の対償として金銭上の利益を受けていること。
5.収入の大部分を特定者から得、生活している者であること。
注意しなければならないのは、この者たちの就業場所を事業所とか自宅とかを問題にしていないことである。よほどの短時間臨時でない限り、適用となる。情報産業、流通、建設、製造、サービスその他の業種を問わず、とにかく「五つの要件」を満たす者すべてが対象となることである。
要するに、現在の「労働者」イメージが変更されるのだ。したがって、現行の労働関係諸法律が人材派遣業を除き事業所で働くことを前提としていることから、労働契約法制が施行されて以降は法律の改正が相次ぐこととなる。(現行の労働者派遣法では、就業先を派遣先・派遣元・自宅などのいずれでも適用できるように、17年前から制度化しているのである)。そして……
日本経済は「高付加価値製品と、高水準サービス商品」の提供に活路を見いだそうとしているが、この経済活動に資する人事・労務管理が必要とされ、そのための日本文化や社会共同体への変化を歩もうとしている。その先には、たとえば、コンビニの競争相手は流通業者であるが、便利な店に客を呼ぶよりも通販・配達するとか、街の酒屋がコンビニ転業するのではなく宅配便の下請配達をするような、「経済構造の変化に労働力需給も整合」させようとするものである。それは意外にも、国内主力産業を支える周辺の芸術性業種も大切で、国内外での食品加工サービス、すなわち料理店・ファーストフード・スローフードだとか、世界へ向けてのコンテンツ産業なども有望で、そこへの労働力の育成に資することにならなければならない。
ところで、紛争トラブルの直面する種類として、アンフェア・トリートメント(不公正な取り扱い)が多発している。従来は外資系企業で起こっているものとされていたが、日系企業でも増えてきている。就業規則等の規範的部分が最低基準に設定されているなかで、事実上個々の労働契約が主流となることによって、労働条件の決定方式が個別交渉に重きを置かれている場合には、アンフェア・トリートメントが発生しやすくなる。もちろん、最低条件の情報公開をしないことで、最低基準を満たさない事件も含まれる。いくら何でも自由意思と言えども、ある程度の公平な規範的労働条件は経営管理の上からは必要なのである。
外資系に限らず、人材派遣業、業務請負業、IT関連企業に横行?と思えば、中小の製造業でも最近は多いのだ。労働者からすると、「約束が違う」とか「どうして規則を隠すのか!」ということになる。すぐさま、労使間の不信感と敵対心の発生につながる。熱意がある若者に限って寄り付かないのは当たり前のことで、高付加価値製品or高水準サービスの商品提供など、社長が躍起になっても、それは「白昼夢の又夢。」
外資系の企業の人事管理は、規定の退職金を払わなければ人事部の成果にカウントするところもあるくらいだ。とはいえ、日本の人事・労務管理水準から言えば、とにかく日本での20?30人の中小企業なみなのである。優秀だと言っても、やっと中堅企業なみ。外資系企業の人事部は所詮「社内クズ?」あつかい。その原因は、管理する理論も手法もないからだ。これが企業本体の業務遂行の足をヒッパッテいるのは当然のこと。それすら分からないのが外資系Top。生粋の外資系となれば弊社がWEB公開しているような書式集の英語版自体がない。意思の疎通を間で止めている者も多い。
社会保険庁改革の流れはこうだ。公的年金と政管健保の運営分離する新組織を平成20年の秋に設置。政管健保は公法人設立だが財政運営は都道府県単位。関連法案は平成18年の通常国会に提出。政管健保と年金の実施組織の分離に伴うコンピューターシステムの設計開発に最低2年との理由で「公法人の設立時期」が平成20年の秋とのこと。民間個別企業の総務担当者なら、本末転倒の改革(時期設定理由がシステム開発?)であることは一目瞭然。改革目的を度外視しても、組織運営上失敗するのは今から分かる。年金専門家抜きの有識者会議&第一線職員無視の業務計画の抱き合わせと、近年の「厚生省」運営は、そのまま固執する予定。
国民年金事務の社会保険事務所の国民年金課の残酷物語。
「職員全員、早朝出勤、残業居残りでサービス残業、鞄に詰めての風呂敷残業までやっている。おまけに、誰が設計したか分からないコンピュータは動かないし、手でやっていた時代の方がよっぽど早い。次から次へとセンターからプリントアウトされた書類が到着。職業安定所や区役所からも書類がどっと押し寄せる。どうしても緊急なものから処理をするが、それでも日にちが遅れてしまうから、苦情の電話が殺到する。保険料納付期限までに保険料免除通知が発送できない事態も。これを社会保険事務局や東京へとすべて報告するが、返ってくるのは、「コンピューターシステムの中身は分からない」とか、「こちらも鋭意努力している」の一点張り。「本省庁の中にはいい人もいるんです」と自分の心と部下やアルバイトに言い聞かせ、毎日を乗り切る。
さて、年金、健保での物語はいかに?
2005/09/06
第41号
「政策だ!策略だ!」と、衆議院選挙の論戦が激しい。
と言いたいところだが、選挙後の経済見通しの話題はまったくなく、その報道もない。消費税増税の話とかでは個別企業の役には立たない。結論から言えば、郵政改革・消費税率改定などをきっかけに再び不況に突入する。もう少し正確に言えば、中堅中小企業は不況から脱出した「覚え」はなく一貫して急降下じり貧状態であったのだが、大手企業は海外進出と体制整備(本来の意味でのリストラ)を行って(シューペンター理論によると)取扱商品変更と言えるほどの多国籍化を図ったため回復基調に乗り上げることができたのだ。この間、政府は平成恐慌脱出のさしたる対策を打つ訳でもなく、民間個別企業の屋台骨を揺り動かしての自力努力によるものである。
選挙結果にかかわらず、郵政改革により、日本の金融をアメリカ経済の利益のために操作されることとなり、日本政府の経済保護政策弱体化、貿易自由化による産業構造変化、ドルによる為替レート調整によるアメリカの利益操作となることは、間違いのないところなのである。日本はアメリカに食い潰されるが、そのうちアメリカ自身も破綻する前に債務を踏み倒す作戦のようである。これに対するナショナリズム精神論による日本経済保護策は、何の役にも立たない。
消費税率改定その他増税のインパクトは、コンビニのペットボトル125円の値下げなどにみられるようなデフレ基調に、一挙に加速をかけることになるであろうが、その現象の裏に存在する個人消費の激減によって、国内経済が回らなくなるのである。日本のGDPは約500兆円。衣食住に関わると概算できるものは300兆円。この衣食住関連部分の個人消費が激減するのである。極論ではあるが、「ほぼ衣食住は必ず付いて回るから、300兆円のGDPになったとしても、一人当たりの数字にすれば、EUよりも多いから大丈夫だ。」との悲観論まで出る始末だ。
このような経済動向を見越して、勝ち組にたどり着いた多国籍大手企業では、先行組のソニーをはじめとして、自動車もうけ頭のトヨタ、デジタル産業のキヤノンなど、「日本人社長」のこだわりをなく、本社をアメリカに移転させることを検討し始めることにしたのだ。その決定的な理由は円決済での為替差損(アメリカドルは安定)である。多国籍企業にとって日本政府の経済構造政策が役に立たなくなったことによるものだ。法人税が昔に比べ安くなったものの、法人税だけのことに限れば、日本にいる必要性はわずかである。現在、円からドルやユーロへの買い替えが盛んである。
通常の経済不況であるだけで、企業・個人ともに、伸びるか:落ちるかとの「不況は経済格差を生む」法則がある。努力の積み重ねだけで勝ち組参入は無理。大胆な作戦と戦略は不可欠。個別企業内部だけで考えていても無理である。まして、中堅中小企業においては、未だ平成恐慌の真っ最中である。やはりここは、「高付加価値製品と高水準サービス商品」でもって、完成商品(made in Japan)の多国籍展開をすることが肝要であり、その実験場として国内市場が有望というふうに考えることである。この際その体制を、個別企業において作り上げることは、郵政民営化による国際金融経済体制での事業活躍の柱となる。これを促進するための技術教育、開発体制整備、新商品開発文化、その人材と労働力の受皿となる街づくり等の公共事業(厚生労働省、文部科学省、通商産業省)が大切なのである。
経済の変化スピードは速いので、個別企業内で目前のことに集中してばかりいると、突然、社会から見放される。だから、総務部門の役割が重要だ。
国際経済社会の中で日本が孤立の道を歩んでいる。WTOその他の国際経済機関において、日本の提案が通らない。大きな話ならマスコミで、おなじみだが、次は、身近な話からのインテリジェンス。多くの方がご存知のIT部門の工業技術のこと。最近は国際基準に採用されなければ、国内においても商品開発に取り入れることができなくなった。
それを踏まえての話。今から15年前、TRON(トロン)というパソコンOSソフト(ソフト操縦のソフト)が東京大学の日本人によって開発された。漢字の国に当然ぴったりのもの。開発者は無料で世界に配布しようとした。結果から振り返れば、良い意味の理屈だとしても無料であれば皆喜ぶとの世間体を基盤にした独善的判断であった。とりわけ日本人特有の考え方とも言えず、社会共同体経済秩序に寄与しようとの思考もなく、せいぜい技術の「住み分け」論の思考程度の発想であった。早速、アメリカから貿易障壁として訴えられた。日本政府は、アメリカ政府が怖いからアメリカの言いなりになった。それからは、WindowsやMS?DOSの独壇場となったのだが、これらのOSソフトの性能は劣り、日本のTRONが優秀であることは紛れもない事実である。ところが、アメリカにヘリ下ることのないヨーロッパ諸国でさえも、アメリカの「貿易障壁」論に賛成をするのである。アメリカのビルゲイツやアメリカ政府の利権のために「TRONが潰された」と負け犬のように吠えているのは日本だけであった。なぜそうなるのか?
生鮮食料品などの大量消費商品の一つひとつに貼り付けて、使い捨て使用できるICタグ(長さ0.3ミリのチップにアンテナ付)が日立で開発された。1個5円。無線電波ゲートを通過するだけで、瞬時に1個ずつの品質・産地・生産者・消費期限・その他データをパソコンに読みとることができる。開発のきっかけは、ほとんどよく似たタグをアメリカが35円で開発していたのだが、それは貿易摩擦を防ぐためアメリカからWTO協定によるISO(アイソ)へ提案されていたのだが、これより安く性能がいいタグをと日本政府の後押しで日立が(勝ち組思考)開発したのだ。ところが、国際経済秩序を「乱すための行為」だとして、技術論理も無しに、日立のICチップは非難され採用されず、国際経済から追放されてしまった。またもや、日立などは「日本つぶした」とNHK特集の番組でも負け惜しみを言っていた。
ところが、フィンランドの携帯電話会社ノキアは携帯電話のOSをすべて無料公開し、これに搭載できるソフトを一般公募することによって、日本も含め世界中から約3000件の新ソフトが寄せられ、日本をはじめ幾つもの開発商品として売り出されているのだ。日本のTRONも無料公開であったのに、成功と失敗は何によるのであろうか?
よく似た事例はほかにもあるが、これらは決して時節柄ではない。
その答えは、世界経済を動かしているのは、アングロサクソン系やヨーロッパ大陸系なのだが、これらの国が現在に辿り着いた背景には、単なる国際軍事力とか権力を振り回していたことによるものではなく、国際社会においても如何に社会共同体を形成して、その社会共同体秩序維持を加速させる科学技術や新商品が如何に大切で、如何に莫大な経済効果があるのかを熟知しているからなのである。経済学からすれば、正解かつ常識のことである。要するに、自由・平等の経済民主主義なのだ。
あれこれ理由をつけても、社会共同体を形成していない国の経済は停滞し、豊かさや自由平等が少なくなることを熟知しているのである。生まれたときから社会共同体の教育を受けているので、世間体(世間をお騒がせして…の発想)を克服しているのである。日本の文部科学省教育は曲がりなりにも社会共同体秩序(自由平等とか基本的人権による)形成教育ではあるが、大手企業の多くは世間体重視の体制と教育であるから、その様な境遇の技術者には、彼らに技術を拒否される意味すら理解できないのである。感覚的に、国際経済社会の主流の人たちは、前近代的な世間体重視の企業とは肌が合わない。単純な人海戦術やジャパンな精神論の相手などをする気もない。自由平等に基づく経済活動のスタンスもない者は野蛮人と思っている。それは、頭が良くてもダメ、安くてもダメ、便利でもダメで、社会共同体の文化・習慣・教育・価値観に受け入れられなければ売れもしないとの原理原則と成功法則(最近、この分野の研究を文化経済学という)からきたものである。技術水準・価格・利便性は、社会共同体秩序の混乱に利用されると判断されれば、優秀であるほど野蛮人による脅威と映るのである。彼らの中国、日本など東南アジアに対する見解がこれである。
こんなことは、中堅中小企業の事業主であれば、元よりよく分かっていることであるが、日本の工業技術者の多くは、サラリーマンであるがためなのか、世間体思考一辺倒なので、闇雲に安ければよい、闇雲に便利であればよいとして、無料や住み分けならよいとして、社会共同体に受け入れられる製品かどうかを判断することが不可能なようだ。だから、WTOの秩序とか、世界各国の貿易障壁と言われても、日本の(勝ち組思考の)IT技術関係者には「とりあえず理解不能」なのだが、中堅中小企業であっては、国際経済社会の中で事業展開を進めて、社会共同体の原理原則に基づいて事業展開をして、十分に多国籍展開をしているのである。社会共同体を形成し、その社会共同体秩序維持を加速させるベクトルを働かせることによる「高付加価値製品や高水準サービス」の開発作業(例、ベンツの車は強いといっても事故相手車にもケガを負わせないための工夫も欠かさない)を展開すれば、日本の大手企業発の技術も国際経済の中心になることは間違いない。現在のように完成物一辺倒に頼らなくても、技術を商品として売ることも出来るようになるのだ。北欧系中小企業の技術はノキアにとどまらず多国籍展開には強力なものがある。
現に日本の中堅中小企業の技術のいくつかは世界の中心になっている。社会共同体秩序に順応することができた技術者の多くは、日本企業を離れ外国企業で仕事をしている。
WTOの主流を形成する側からすれば、経済社会発展を促す社会共同体なのか、それとも、単なる金銭や当座の勝ち組利益をもとめる前近代的な世間体による発想なのかの選択の問題なのである。「携帯電話でのTRON搭載」とか「日本はユビキタスだ!」と言ってみても、しばらくすれば、WTO体制によって、このままでは彼らの周辺工業技術に押し組まれてしまうのは目に見えている。今や、社会共同体の視点というのは、日本の社会や経済にとって、孤立・沈没であるのか、それとも国際社会での「蓬莱島」の将来であるのかへの、不可欠な課題となっているのである。
国民年金保険料の徴収事務が大混乱をしている。地方においては保険料回収のために、電話や訪問が相次いでいるが、大都市においてはその逆である。個人あて納付関係書類を打ち出しても約一週間後に届くのがザラである。納付期限を過ぎてから到達するのも、今や当たり前。減免措置をPRするも、通常の納付書が到達してから1ヵ月もたってから、減免承認の通知が届いたりもする。減免が認められなかったと思って、良識ある人は工面して支払った人も数多い。社会保険事務所に苦情を言っただけでは、あしらわれているようだ。強気の人や社会保険労務士が詰め寄ると、すぐさま「納付期限から2年2ヵ月の時効期間がありますから、大丈夫です。」と開き直れとの業務指示でも出ているかのようだ。社会保険の行政方針は、ここまで社会通念から外れている。そもそも公的事業や公共事業と言うのは、国民の支持があって成り立つものであるが、今や国民の支持のない国民年金となっているから、「ズタズタの事務とペテンによる運用」と言われてもしかたがない。国民年金は昭和34年の国会可決時点から赤字破たんは分かりきっていた制度(過去のメルマガ参照)なので、国民は不満や文句を言わざるを得ないのであり、もとより協力できる状態にないのだ。
と言いたいところだが、選挙後の経済見通しの話題はまったくなく、その報道もない。消費税増税の話とかでは個別企業の役には立たない。結論から言えば、郵政改革・消費税率改定などをきっかけに再び不況に突入する。もう少し正確に言えば、中堅中小企業は不況から脱出した「覚え」はなく一貫して急降下じり貧状態であったのだが、大手企業は海外進出と体制整備(本来の意味でのリストラ)を行って(シューペンター理論によると)取扱商品変更と言えるほどの多国籍化を図ったため回復基調に乗り上げることができたのだ。この間、政府は平成恐慌脱出のさしたる対策を打つ訳でもなく、民間個別企業の屋台骨を揺り動かしての自力努力によるものである。
選挙結果にかかわらず、郵政改革により、日本の金融をアメリカ経済の利益のために操作されることとなり、日本政府の経済保護政策弱体化、貿易自由化による産業構造変化、ドルによる為替レート調整によるアメリカの利益操作となることは、間違いのないところなのである。日本はアメリカに食い潰されるが、そのうちアメリカ自身も破綻する前に債務を踏み倒す作戦のようである。これに対するナショナリズム精神論による日本経済保護策は、何の役にも立たない。
消費税率改定その他増税のインパクトは、コンビニのペットボトル125円の値下げなどにみられるようなデフレ基調に、一挙に加速をかけることになるであろうが、その現象の裏に存在する個人消費の激減によって、国内経済が回らなくなるのである。日本のGDPは約500兆円。衣食住に関わると概算できるものは300兆円。この衣食住関連部分の個人消費が激減するのである。極論ではあるが、「ほぼ衣食住は必ず付いて回るから、300兆円のGDPになったとしても、一人当たりの数字にすれば、EUよりも多いから大丈夫だ。」との悲観論まで出る始末だ。
このような経済動向を見越して、勝ち組にたどり着いた多国籍大手企業では、先行組のソニーをはじめとして、自動車もうけ頭のトヨタ、デジタル産業のキヤノンなど、「日本人社長」のこだわりをなく、本社をアメリカに移転させることを検討し始めることにしたのだ。その決定的な理由は円決済での為替差損(アメリカドルは安定)である。多国籍企業にとって日本政府の経済構造政策が役に立たなくなったことによるものだ。法人税が昔に比べ安くなったものの、法人税だけのことに限れば、日本にいる必要性はわずかである。現在、円からドルやユーロへの買い替えが盛んである。
通常の経済不況であるだけで、企業・個人ともに、伸びるか:落ちるかとの「不況は経済格差を生む」法則がある。努力の積み重ねだけで勝ち組参入は無理。大胆な作戦と戦略は不可欠。個別企業内部だけで考えていても無理である。まして、中堅中小企業においては、未だ平成恐慌の真っ最中である。やはりここは、「高付加価値製品と高水準サービス商品」でもって、完成商品(made in Japan)の多国籍展開をすることが肝要であり、その実験場として国内市場が有望というふうに考えることである。この際その体制を、個別企業において作り上げることは、郵政民営化による国際金融経済体制での事業活躍の柱となる。これを促進するための技術教育、開発体制整備、新商品開発文化、その人材と労働力の受皿となる街づくり等の公共事業(厚生労働省、文部科学省、通商産業省)が大切なのである。
経済の変化スピードは速いので、個別企業内で目前のことに集中してばかりいると、突然、社会から見放される。だから、総務部門の役割が重要だ。
国際経済社会の中で日本が孤立の道を歩んでいる。WTOその他の国際経済機関において、日本の提案が通らない。大きな話ならマスコミで、おなじみだが、次は、身近な話からのインテリジェンス。多くの方がご存知のIT部門の工業技術のこと。最近は国際基準に採用されなければ、国内においても商品開発に取り入れることができなくなった。
それを踏まえての話。今から15年前、TRON(トロン)というパソコンOSソフト(ソフト操縦のソフト)が東京大学の日本人によって開発された。漢字の国に当然ぴったりのもの。開発者は無料で世界に配布しようとした。結果から振り返れば、良い意味の理屈だとしても無料であれば皆喜ぶとの世間体を基盤にした独善的判断であった。とりわけ日本人特有の考え方とも言えず、社会共同体経済秩序に寄与しようとの思考もなく、せいぜい技術の「住み分け」論の思考程度の発想であった。早速、アメリカから貿易障壁として訴えられた。日本政府は、アメリカ政府が怖いからアメリカの言いなりになった。それからは、WindowsやMS?DOSの独壇場となったのだが、これらのOSソフトの性能は劣り、日本のTRONが優秀であることは紛れもない事実である。ところが、アメリカにヘリ下ることのないヨーロッパ諸国でさえも、アメリカの「貿易障壁」論に賛成をするのである。アメリカのビルゲイツやアメリカ政府の利権のために「TRONが潰された」と負け犬のように吠えているのは日本だけであった。なぜそうなるのか?
生鮮食料品などの大量消費商品の一つひとつに貼り付けて、使い捨て使用できるICタグ(長さ0.3ミリのチップにアンテナ付)が日立で開発された。1個5円。無線電波ゲートを通過するだけで、瞬時に1個ずつの品質・産地・生産者・消費期限・その他データをパソコンに読みとることができる。開発のきっかけは、ほとんどよく似たタグをアメリカが35円で開発していたのだが、それは貿易摩擦を防ぐためアメリカからWTO協定によるISO(アイソ)へ提案されていたのだが、これより安く性能がいいタグをと日本政府の後押しで日立が(勝ち組思考)開発したのだ。ところが、国際経済秩序を「乱すための行為」だとして、技術論理も無しに、日立のICチップは非難され採用されず、国際経済から追放されてしまった。またもや、日立などは「日本つぶした」とNHK特集の番組でも負け惜しみを言っていた。
ところが、フィンランドの携帯電話会社ノキアは携帯電話のOSをすべて無料公開し、これに搭載できるソフトを一般公募することによって、日本も含め世界中から約3000件の新ソフトが寄せられ、日本をはじめ幾つもの開発商品として売り出されているのだ。日本のTRONも無料公開であったのに、成功と失敗は何によるのであろうか?
よく似た事例はほかにもあるが、これらは決して時節柄ではない。
その答えは、世界経済を動かしているのは、アングロサクソン系やヨーロッパ大陸系なのだが、これらの国が現在に辿り着いた背景には、単なる国際軍事力とか権力を振り回していたことによるものではなく、国際社会においても如何に社会共同体を形成して、その社会共同体秩序維持を加速させる科学技術や新商品が如何に大切で、如何に莫大な経済効果があるのかを熟知しているからなのである。経済学からすれば、正解かつ常識のことである。要するに、自由・平等の経済民主主義なのだ。
あれこれ理由をつけても、社会共同体を形成していない国の経済は停滞し、豊かさや自由平等が少なくなることを熟知しているのである。生まれたときから社会共同体の教育を受けているので、世間体(世間をお騒がせして…の発想)を克服しているのである。日本の文部科学省教育は曲がりなりにも社会共同体秩序(自由平等とか基本的人権による)形成教育ではあるが、大手企業の多くは世間体重視の体制と教育であるから、その様な境遇の技術者には、彼らに技術を拒否される意味すら理解できないのである。感覚的に、国際経済社会の主流の人たちは、前近代的な世間体重視の企業とは肌が合わない。単純な人海戦術やジャパンな精神論の相手などをする気もない。自由平等に基づく経済活動のスタンスもない者は野蛮人と思っている。それは、頭が良くてもダメ、安くてもダメ、便利でもダメで、社会共同体の文化・習慣・教育・価値観に受け入れられなければ売れもしないとの原理原則と成功法則(最近、この分野の研究を文化経済学という)からきたものである。技術水準・価格・利便性は、社会共同体秩序の混乱に利用されると判断されれば、優秀であるほど野蛮人による脅威と映るのである。彼らの中国、日本など東南アジアに対する見解がこれである。
こんなことは、中堅中小企業の事業主であれば、元よりよく分かっていることであるが、日本の工業技術者の多くは、サラリーマンであるがためなのか、世間体思考一辺倒なので、闇雲に安ければよい、闇雲に便利であればよいとして、無料や住み分けならよいとして、社会共同体に受け入れられる製品かどうかを判断することが不可能なようだ。だから、WTOの秩序とか、世界各国の貿易障壁と言われても、日本の(勝ち組思考の)IT技術関係者には「とりあえず理解不能」なのだが、中堅中小企業であっては、国際経済社会の中で事業展開を進めて、社会共同体の原理原則に基づいて事業展開をして、十分に多国籍展開をしているのである。社会共同体を形成し、その社会共同体秩序維持を加速させるベクトルを働かせることによる「高付加価値製品や高水準サービス」の開発作業(例、ベンツの車は強いといっても事故相手車にもケガを負わせないための工夫も欠かさない)を展開すれば、日本の大手企業発の技術も国際経済の中心になることは間違いない。現在のように完成物一辺倒に頼らなくても、技術を商品として売ることも出来るようになるのだ。北欧系中小企業の技術はノキアにとどまらず多国籍展開には強力なものがある。
現に日本の中堅中小企業の技術のいくつかは世界の中心になっている。社会共同体秩序に順応することができた技術者の多くは、日本企業を離れ外国企業で仕事をしている。
WTOの主流を形成する側からすれば、経済社会発展を促す社会共同体なのか、それとも、単なる金銭や当座の勝ち組利益をもとめる前近代的な世間体による発想なのかの選択の問題なのである。「携帯電話でのTRON搭載」とか「日本はユビキタスだ!」と言ってみても、しばらくすれば、WTO体制によって、このままでは彼らの周辺工業技術に押し組まれてしまうのは目に見えている。今や、社会共同体の視点というのは、日本の社会や経済にとって、孤立・沈没であるのか、それとも国際社会での「蓬莱島」の将来であるのかへの、不可欠な課題となっているのである。
国民年金保険料の徴収事務が大混乱をしている。地方においては保険料回収のために、電話や訪問が相次いでいるが、大都市においてはその逆である。個人あて納付関係書類を打ち出しても約一週間後に届くのがザラである。納付期限を過ぎてから到達するのも、今や当たり前。減免措置をPRするも、通常の納付書が到達してから1ヵ月もたってから、減免承認の通知が届いたりもする。減免が認められなかったと思って、良識ある人は工面して支払った人も数多い。社会保険事務所に苦情を言っただけでは、あしらわれているようだ。強気の人や社会保険労務士が詰め寄ると、すぐさま「納付期限から2年2ヵ月の時効期間がありますから、大丈夫です。」と開き直れとの業務指示でも出ているかのようだ。社会保険の行政方針は、ここまで社会通念から外れている。そもそも公的事業や公共事業と言うのは、国民の支持があって成り立つものであるが、今や国民の支持のない国民年金となっているから、「ズタズタの事務とペテンによる運用」と言われてもしかたがない。国民年金は昭和34年の国会可決時点から赤字破たんは分かりきっていた制度(過去のメルマガ参照)なので、国民は不満や文句を言わざるを得ないのであり、もとより協力できる状態にないのだ。
2005/08/08
第40号
「経済好転の兆しが出た」というのはマスコミ流の話で、日本経済の基本的な構造転換が走り出したとの意味である。とはいっても、雨傘にたとえてみれば、傘をさして骨を開いたが、まだ布が張られていない状態である。転換の主導は民間であって、政府は後追いであった。経済構造転換を定着させる法律改正は、この2~3年に目白押しではあるが、これから成立させようとするものばかりである。商法、司法制度、労働契約法制、紛争調整制度が、現実に走り出せば、日本国じゅうに一挙に構造転換が浸透する。8日の国会解散は世界中にニュースが流れたが、為替レート・株価とも下落はしないほどに経済転換に影響は出るすべもなかった。
…この間、半導体は韓国に負け、ソフト開発も米国系に負けた。この分野は再起不能だ。現在日本のIT産業も、質量ともにインド、中国、韓国の後ろである。次はユビキタスだ! と当該業界は意気込むが、もうすこし熟慮してみればどうだろうか。単純な人海戦術と精神論では勝てるわけがない。グローバリズムに対抗してナショナリズム(靖国)を持ち出しても敗北は目に見えている。世界での日本商品の強さは日本文化・教育による価値観・安全な開発風土にあるのであって、目先の利回り資本の発想ではないのだ。
…そこで労働力問題がここにきて重要になってきた。新しい経済構造にあわせた労働力を如何に養成するか。また2007年から団塊の世代が定年を迎えるが、この団塊の労働力を活用しなければ日本経済が後退する。労使関係は平穏なのだが人材の無気力を生じさせてしまって有能な労働力の活用ができていない。事業も大規模に行えば労働力の管理費用で経費倒れになる。まるで現状をたとえれば「笛吹けど踊らず」と嘆いているようなものだ。
…したがって、転換した後の経済構造に応じた経済活動を促進する個別企業内制度を、創造して、定着させることが決定打になる。基本戦略は、「高付加価値商品と高水準サービス提供」ではあるが、それを支えるための、PCや携帯を駆使したIT高度情報組織運営を立案して一挙に定着させることが第一番である。売り上げを上げさえすれば、銀行が融資をしてくれるとの時代は終わりを告げた。今や個別企業においては、出血サービスはやせ衰えるだけであり、値引き切り込み販売をしたところで個別企業の資産蓄積に至らない。過去の経験からの小手先販売をむやみに行えば致命傷となる。提供する商品にノウハウと情報を付加した場合には、その料金を払ってくれるクライアントと取引をすれば、円滑に経済発展する。
…雇用は個々人ごとの労働契約を重視するようになる。賃金体系のイメージが様変わりする。職能資格や成果主義では収まりがつかない。労働関係トラブル対策費用を固定賃金の3?5%予算組みする賃金制度が必要となる。ボトムアップを基本とした人事管理の進み具合で収益性、生産性、労働意欲、効率、この経営管理の重点四分野が様変わりをする(北欧やイタリア経済の例をヒント)。所詮、今まではトップダウン式であった。
…経済構造転換に伴い、汚職や談合摘発に警察庁、検察庁ともに活発な動きをしている。昔であれば、談合首謀者は事業の立役者であった。戦前の一般競争入札時代の暴力団横行からすれば、指名競争入札→談合は平和の訪れであった。それが今や経済構造転換によって悪人となった。構造転換の道を走るに百数十年の歴史しか持たない未熟な運転手ひし形◇◇◇は自動車の脱輪に続いて、販売のフライングも摘発された。酒類販売免許申請中に酒類販売で摘発。たしかに昔なら、多くの許認可は申請中状態であれば摘発されることがなかった。たしかにひし形家はお代官様から優先的に情報だけはもらっていたが、(今も優先のようだが)情報もインターネットに載るものだから皆が知るのが早い。ひし形家のご隠居たちは、昔のことを持ち出して運転手に無責任なハッパをかける。「それをな~んとかするのが君~の仕事~じゃないの?」」。すると、若輩運転手は、自殺行為あるいはフライングに走るというところだ。でも、昔のようにひし形家は、将来死ぬまでの面倒は見てくれなくなった。
…あくまでも経済学の目的とは誰もが得となり誰もが豊かになることである。誰かが得をし、誰かが損をするのは経済学とは言わない。転換した経済構造に合致する個別企業の方針で努力をすれば実ることになるが、転換が見えない努力は実ることがない。
ある医者の話。
アスベストと中皮腫について解説。
アスベストとは石綿(せきめん)とも呼ばれ天然の繊維状の鉱物。主成分は珪酸(けいさん)マグネシウム。ふつうの粉塵と違い繊維状なので、吸入した場合、肺の中に石綿繊維が刺さり排出されず、長い年月を経て発癌すると考えられる。
肺、心臓、肝臓、胃腸などの臓器は、胸膜、心膜、腹膜で覆われている。その膜の表面に中皮がある。中皮腫とはこの中皮から発生した腫瘍。胸膜中皮腫の発症には石綿の吸入が関係していることが多いと言われている。
【注意・免責事項】一般向けに理解しやすくするために、厳密な医学用語は使用せず、医学的には表現が異なることがある。詳しくは呼吸器科などの医師に相談のこと。
社会保険労務士制度の将来に、大きな変化の兆し。社会保険労務士が国家資格ということは、資格学校の宣伝で知ってはいても、身近に付き合っている人はかなり少ない。社会の需要はかなり少ない。それほどに必要性が少ないのである。そこで、厚生労働省は、特定社会保険労務士の法律制度を成立(6月10日)させて、個別企業内も対象とした労働トラブル調整の専門家としての役割を持たせることとした。平成19年からの施行ではあるが、一般社会保険労務士は、労働トラブル対策業務から事実上閉め出されることになる。
とりわけ、社会保険労務士は保険等の手続きが仕事と思われがちであったが、この保険の部分が、官公庁行政手続きのオンライン化によって一挙に様変わりするため、社会保険労務士の人海戦術で労働社会保険制度を維持する必要性がなくなったためである。ただし、60歳代の事業主には60歳代の社会保険労務士は実態上必要であるので、その部分においては制度を維持する。(この部分は10年ほど前から、労働省は社会保険労務士や税理士を高齢者対策と位置付けている)。
厚生労働省は、社会保険労務士が、一層の能力を向上して、労働トラブル調整の専門家として、紛争調整委員会、労働委員会などの「行政裁判所」(行政裁判所とは公正取引委員会のようなもの)での活躍を期待する作戦に転じた。社会保険労務士の業界団体は「期待を裏切られた時の反発も大きいでしょう」と法律改正担当者に将来を宣告されたが、意味するところは、これから労働トラブル解決分野で、事業主や労働者の役に立たないのであれば、現在60代の社会保険労務士が廃業する10年が15年後には、社会保険労務士制度をなくしてしまおうとの意味を含んでいる。昔々「計理士」という国家制度が存在し幅を利かしていたが、今では聞いたこともない資格となっているから、それは十分ありうるのだ。(末路は、選抜された計理士だけが公認会計士に吸収されたとのこと)。
これも、経済構造転換による制度変更のひとつである。今から社会保険労務士になろうとする人は、「あっせん代理人」まで目指さなければ、資格取得の意味はなくなった
…この間、半導体は韓国に負け、ソフト開発も米国系に負けた。この分野は再起不能だ。現在日本のIT産業も、質量ともにインド、中国、韓国の後ろである。次はユビキタスだ! と当該業界は意気込むが、もうすこし熟慮してみればどうだろうか。単純な人海戦術と精神論では勝てるわけがない。グローバリズムに対抗してナショナリズム(靖国)を持ち出しても敗北は目に見えている。世界での日本商品の強さは日本文化・教育による価値観・安全な開発風土にあるのであって、目先の利回り資本の発想ではないのだ。
…そこで労働力問題がここにきて重要になってきた。新しい経済構造にあわせた労働力を如何に養成するか。また2007年から団塊の世代が定年を迎えるが、この団塊の労働力を活用しなければ日本経済が後退する。労使関係は平穏なのだが人材の無気力を生じさせてしまって有能な労働力の活用ができていない。事業も大規模に行えば労働力の管理費用で経費倒れになる。まるで現状をたとえれば「笛吹けど踊らず」と嘆いているようなものだ。
…したがって、転換した後の経済構造に応じた経済活動を促進する個別企業内制度を、創造して、定着させることが決定打になる。基本戦略は、「高付加価値商品と高水準サービス提供」ではあるが、それを支えるための、PCや携帯を駆使したIT高度情報組織運営を立案して一挙に定着させることが第一番である。売り上げを上げさえすれば、銀行が融資をしてくれるとの時代は終わりを告げた。今や個別企業においては、出血サービスはやせ衰えるだけであり、値引き切り込み販売をしたところで個別企業の資産蓄積に至らない。過去の経験からの小手先販売をむやみに行えば致命傷となる。提供する商品にノウハウと情報を付加した場合には、その料金を払ってくれるクライアントと取引をすれば、円滑に経済発展する。
…雇用は個々人ごとの労働契約を重視するようになる。賃金体系のイメージが様変わりする。職能資格や成果主義では収まりがつかない。労働関係トラブル対策費用を固定賃金の3?5%予算組みする賃金制度が必要となる。ボトムアップを基本とした人事管理の進み具合で収益性、生産性、労働意欲、効率、この経営管理の重点四分野が様変わりをする(北欧やイタリア経済の例をヒント)。所詮、今まではトップダウン式であった。
…経済構造転換に伴い、汚職や談合摘発に警察庁、検察庁ともに活発な動きをしている。昔であれば、談合首謀者は事業の立役者であった。戦前の一般競争入札時代の暴力団横行からすれば、指名競争入札→談合は平和の訪れであった。それが今や経済構造転換によって悪人となった。構造転換の道を走るに百数十年の歴史しか持たない未熟な運転手ひし形◇◇◇は自動車の脱輪に続いて、販売のフライングも摘発された。酒類販売免許申請中に酒類販売で摘発。たしかに昔なら、多くの許認可は申請中状態であれば摘発されることがなかった。たしかにひし形家はお代官様から優先的に情報だけはもらっていたが、(今も優先のようだが)情報もインターネットに載るものだから皆が知るのが早い。ひし形家のご隠居たちは、昔のことを持ち出して運転手に無責任なハッパをかける。「それをな~んとかするのが君~の仕事~じゃないの?」」。すると、若輩運転手は、自殺行為あるいはフライングに走るというところだ。でも、昔のようにひし形家は、将来死ぬまでの面倒は見てくれなくなった。
…あくまでも経済学の目的とは誰もが得となり誰もが豊かになることである。誰かが得をし、誰かが損をするのは経済学とは言わない。転換した経済構造に合致する個別企業の方針で努力をすれば実ることになるが、転換が見えない努力は実ることがない。
ある医者の話。
アスベストと中皮腫について解説。
アスベストとは石綿(せきめん)とも呼ばれ天然の繊維状の鉱物。主成分は珪酸(けいさん)マグネシウム。ふつうの粉塵と違い繊維状なので、吸入した場合、肺の中に石綿繊維が刺さり排出されず、長い年月を経て発癌すると考えられる。
肺、心臓、肝臓、胃腸などの臓器は、胸膜、心膜、腹膜で覆われている。その膜の表面に中皮がある。中皮腫とはこの中皮から発生した腫瘍。胸膜中皮腫の発症には石綿の吸入が関係していることが多いと言われている。
【注意・免責事項】一般向けに理解しやすくするために、厳密な医学用語は使用せず、医学的には表現が異なることがある。詳しくは呼吸器科などの医師に相談のこと。
社会保険労務士制度の将来に、大きな変化の兆し。社会保険労務士が国家資格ということは、資格学校の宣伝で知ってはいても、身近に付き合っている人はかなり少ない。社会の需要はかなり少ない。それほどに必要性が少ないのである。そこで、厚生労働省は、特定社会保険労務士の法律制度を成立(6月10日)させて、個別企業内も対象とした労働トラブル調整の専門家としての役割を持たせることとした。平成19年からの施行ではあるが、一般社会保険労務士は、労働トラブル対策業務から事実上閉め出されることになる。
とりわけ、社会保険労務士は保険等の手続きが仕事と思われがちであったが、この保険の部分が、官公庁行政手続きのオンライン化によって一挙に様変わりするため、社会保険労務士の人海戦術で労働社会保険制度を維持する必要性がなくなったためである。ただし、60歳代の事業主には60歳代の社会保険労務士は実態上必要であるので、その部分においては制度を維持する。(この部分は10年ほど前から、労働省は社会保険労務士や税理士を高齢者対策と位置付けている)。
厚生労働省は、社会保険労務士が、一層の能力を向上して、労働トラブル調整の専門家として、紛争調整委員会、労働委員会などの「行政裁判所」(行政裁判所とは公正取引委員会のようなもの)での活躍を期待する作戦に転じた。社会保険労務士の業界団体は「期待を裏切られた時の反発も大きいでしょう」と法律改正担当者に将来を宣告されたが、意味するところは、これから労働トラブル解決分野で、事業主や労働者の役に立たないのであれば、現在60代の社会保険労務士が廃業する10年が15年後には、社会保険労務士制度をなくしてしまおうとの意味を含んでいる。昔々「計理士」という国家制度が存在し幅を利かしていたが、今では聞いたこともない資格となっているから、それは十分ありうるのだ。(末路は、選抜された計理士だけが公認会計士に吸収されたとのこと)。
これも、経済構造転換による制度変更のひとつである。今から社会保険労務士になろうとする人は、「あっせん代理人」まで目指さなければ、資格取得の意味はなくなった
2005/07/04
第39号
現在の景気動向は、踊り場といわれているが、完全に平成恐慌脱出するのか、再び転落するのかは、まったく誰にも予測が出来ない。さまざまな統計上の数値は、確かに経済回復を示している様? だが、経済構造が転換したのに旧来の測定方法では判断できない。景気を下支えする個人消費の伸びは未だ低く、豊かさについては回復していないことである。
興味ある話として…。 洋食、洋服、キャベツ、リンゴ、これらは、昭和大恐慌からの脱出期に、新商品として売り出されたものだ。その多くが、大正ロマンの時代に、一般庶民が高嶺の花と夢みていた商品なのである。蓄音機、即席カレー、ヨーヨー、シャンプー、マニキュアセット、喫茶店、三つ又ソケット、六球スーパーラジオ、バイク陸王、模様入りビー玉、洗面器なども然りで、昭和大恐慌を脱出するため個人消費を回復させた商品である。(昭和12年の日中戦争による贅沢禁止令で、多くの商品が規制され、次に経済は多国籍戦時経済へ)。さて、バブル時代に夢みていた商品と言えば、ブランド品、高級福袋、大型乗用車、街中高級マンション、高級老人産業、海外旅行、エスニック、イタメシ、ペット、独身生活、サラ金など。例えば、サラダに使う野菜の種類も増え、レタス、キャベツ、キュウリ、トマトの昔風では魅力がなくなった。これらの新野菜や、日本料理の彩りに使う徳島県上勝町の葉・枝出荷も情報通信技術ならではの新商品である。マーケティングにIT情報通信の裏付けをもって、チーズ、パスタなど農産物を生産している先進はイタリア農業である。経済理論からしても、便利に安く、一般に普及させるには、情報通信での裏付けが切り札となる。北欧の小国が日本へ進出する商品開発のバックにも、やはり、IT情報通信の裏付けがある。
そこで、最近危惧されているのは、「高付加価値製品又は高水準サービス」も支えるIT情報通信人材の育成がうまくいっていないことだ。単なる技術力レベルでは(技術力と商品力は別次元だが)中国、インド、韓国に負けている。高度な人材を育成する体制は大学をはじめとして未整備状態。北欧や豪州で進められているような熟練職人のIT情報通信化再職業訓練の欠落。業務・職務遂行における携帯メールやPC活用の未発達。情報通信産業の者以外のIT情報通信に関する工夫と創意の取り組みの無さ。…IT情報通信を扱うことは、自動車を運転することと本当によく似ているのだが…情報通信事業と自動車運送事業の「働き方」も酷似しているのだが。
…これらをヒントに、個別企業からのIT情報通信活用も一挙に進めることが出来ないものだろうか? …豊かな経済を作り出す、商品を作り出す人事体制はいかに。
平成19年の4月1日から、労使のトラブルに関する社会制度も変更される。マスコミでおなじみの司法改革実施とともに、人事労務管理が様変わりすることは間違いない。
ひとつは、労働裁判は労働審判制度が導入され、単純な内容の事件であっても、1年数カ月かかっていた裁判が、三カ月程度で審判が下されることも可能になった。私は一概にそう思わないが、労働者からの裁判は起こしやすくなるとの見方もある。たとえば、解雇の場合、労働者が訴訟を起こすと、雇用保険は即支給となるが、失業給付期間中に判定が下されるから、労働者が気軽に裁判を起こすことができるというものだ。
もうひとつ、こちらの方が重要。現在、労使のトラブルに関する「あっせん機関」は、紛争調整委員会、労働委員会の二つである。労使トラブル解決能力のない場合、グローバル基準に基づかない解決の場合、経営者側からの解決意向が強い場合などに備えて、あっせん制度を活用し充実させようというもので、この部門への社会保険労務士の大量投入が決まった。あっせん制度は、裁判のように白黒を判定するものではなく、労使双方の意見を聴取して調整を進めようというものである。取り扱いの対象は、業務命令からセクハラ・いじめ、解雇や退職金に至るまでの、あらゆる労働問題である。実質的に「もっぱら調整を行なう労働関係の行政裁判所」をイメージした方が分かりやすい。(ちなみに公正取引委員会も行政裁判所) 裁判とか団体交渉と違って、事業主側から「あっせん申請」をすることも容易であり、不良社員問題から人件費倒産回避まで、すでに多くの実績が上がっており、社内の経営管理手法として次々と活用されている。このことで、国も職場トラブル多発による労働意欲減退に起因する個別企業の経済活力減退に、公共事業としての本格的な手を打ち始めたことになる。
このため、社会保険労務士法の一部を改正する法律(平成17年法律第62号)が、平成17年6月17日公布され、平成19年4月1日からの実施とその準備が始まった。社会保険労務士の資格を事実上仕切り直す。研修・国家試験をもう一度受けさせることで、労務管理や法律の知識と技術・技能を持つ「特定社会保険労務士」に、あっせん代理人資格を認めることとした。不合格の社会保険労務士は、事務の電子化とあいまって、結果的に人事労務管理の世界から排除となるであろう。この「特定社会保険労務士」に特権を与え、企業内でのあっせん・和解手続の、制度的な促進部隊にしようとするわけだ。なので、個別企業の活用の仕方としては、今までならでは、トラブル発生=解雇か裁判かとなり、当事者が面と向かえば感情問題が起こり、あっせん・和解のプロも準備出来ないことから、実態として「話し合い・あっせんが閉ざされていた状態」から、あっせん・和解や融和の道を選択することもできるようになったのである。どうしても弁護士では効率一辺倒となり役不足であったものが、あっせん代理人の特定社会保険労務士を活用し、本人との代理交渉も可能なのである。
なお、社会保険労務士は、来年4月から、公然と労組との争議対策もできるようになったので、有能な社会保険労務士であれば団体交渉に参加してもらえる道も開けてきた。
研修医は「労働者」との初判断が最高裁で「労務の提供がある」と認定された。過労死が認定された関西医大病院の研修医、当時26歳の未払い賃金をめぐって、遺族が「最低賃金の水準を下回っているのは不当」との主張で病院側に差額分の支払いを求めた訴訟である。最高裁第二小法廷は6月3日「研修医は労働基準法上の『労働者』に当たる」との初判断を示した。病院側に約2カ月分の最低賃金との差額約40万円の支払いを命じたものであるが、影響は非常に大きい。遺族である被災者の父親が社会保険労務士であったため、弁護士一般では不可能な、詳細かつ現実に即した論述が可能となり、実態が認定されたとの評価が出ている。「東京都と大阪府は、救急で運ばれると命が危ない」と噂されるほどであるから、労働問題の切り口から医者の世界に実態判断でのメスを入れることが可能になったのではないか。
▽判決文(最高裁判所サイト)
http://courtdomino2.courts.go.jp/judge.nsf/$DefaultView/84186BDA956A209749257015001C4F83?OpenDocument
株式会社総務部では「通信相談情報」の会員を募集しています。
会員は、人事・労務・労働法令、社会労働保険に関して、電話、FAX、メールを組み合わせての相談を月額1万5千円で依頼出来ます。社会が激変する中、法令など制度の変化を知らなかったが故の「無駄と手抜かり」が多く見られます。個別の労働トラブル、セクハラ、いじめ等の紛争も多発。そこで、時代に合わせ「IT」で、全国どこへでも、効率化された専門家の顧問形態をお勧めいたします。弁護士では役不足の労働問題が得意分野です。最新の判例動向などもお知らせします。一方通行の既製品情報提供ではありません。新聞雑誌や無料相談では、「見落としがちな個別企業実情」に合わせた双方向の情報やアドバイスの提供です。どうぞお気軽にお問い合わせください。
興味ある話として…。 洋食、洋服、キャベツ、リンゴ、これらは、昭和大恐慌からの脱出期に、新商品として売り出されたものだ。その多くが、大正ロマンの時代に、一般庶民が高嶺の花と夢みていた商品なのである。蓄音機、即席カレー、ヨーヨー、シャンプー、マニキュアセット、喫茶店、三つ又ソケット、六球スーパーラジオ、バイク陸王、模様入りビー玉、洗面器なども然りで、昭和大恐慌を脱出するため個人消費を回復させた商品である。(昭和12年の日中戦争による贅沢禁止令で、多くの商品が規制され、次に経済は多国籍戦時経済へ)。さて、バブル時代に夢みていた商品と言えば、ブランド品、高級福袋、大型乗用車、街中高級マンション、高級老人産業、海外旅行、エスニック、イタメシ、ペット、独身生活、サラ金など。例えば、サラダに使う野菜の種類も増え、レタス、キャベツ、キュウリ、トマトの昔風では魅力がなくなった。これらの新野菜や、日本料理の彩りに使う徳島県上勝町の葉・枝出荷も情報通信技術ならではの新商品である。マーケティングにIT情報通信の裏付けをもって、チーズ、パスタなど農産物を生産している先進はイタリア農業である。経済理論からしても、便利に安く、一般に普及させるには、情報通信での裏付けが切り札となる。北欧の小国が日本へ進出する商品開発のバックにも、やはり、IT情報通信の裏付けがある。
そこで、最近危惧されているのは、「高付加価値製品又は高水準サービス」も支えるIT情報通信人材の育成がうまくいっていないことだ。単なる技術力レベルでは(技術力と商品力は別次元だが)中国、インド、韓国に負けている。高度な人材を育成する体制は大学をはじめとして未整備状態。北欧や豪州で進められているような熟練職人のIT情報通信化再職業訓練の欠落。業務・職務遂行における携帯メールやPC活用の未発達。情報通信産業の者以外のIT情報通信に関する工夫と創意の取り組みの無さ。…IT情報通信を扱うことは、自動車を運転することと本当によく似ているのだが…情報通信事業と自動車運送事業の「働き方」も酷似しているのだが。
…これらをヒントに、個別企業からのIT情報通信活用も一挙に進めることが出来ないものだろうか? …豊かな経済を作り出す、商品を作り出す人事体制はいかに。
平成19年の4月1日から、労使のトラブルに関する社会制度も変更される。マスコミでおなじみの司法改革実施とともに、人事労務管理が様変わりすることは間違いない。
ひとつは、労働裁判は労働審判制度が導入され、単純な内容の事件であっても、1年数カ月かかっていた裁判が、三カ月程度で審判が下されることも可能になった。私は一概にそう思わないが、労働者からの裁判は起こしやすくなるとの見方もある。たとえば、解雇の場合、労働者が訴訟を起こすと、雇用保険は即支給となるが、失業給付期間中に判定が下されるから、労働者が気軽に裁判を起こすことができるというものだ。
もうひとつ、こちらの方が重要。現在、労使のトラブルに関する「あっせん機関」は、紛争調整委員会、労働委員会の二つである。労使トラブル解決能力のない場合、グローバル基準に基づかない解決の場合、経営者側からの解決意向が強い場合などに備えて、あっせん制度を活用し充実させようというもので、この部門への社会保険労務士の大量投入が決まった。あっせん制度は、裁判のように白黒を判定するものではなく、労使双方の意見を聴取して調整を進めようというものである。取り扱いの対象は、業務命令からセクハラ・いじめ、解雇や退職金に至るまでの、あらゆる労働問題である。実質的に「もっぱら調整を行なう労働関係の行政裁判所」をイメージした方が分かりやすい。(ちなみに公正取引委員会も行政裁判所) 裁判とか団体交渉と違って、事業主側から「あっせん申請」をすることも容易であり、不良社員問題から人件費倒産回避まで、すでに多くの実績が上がっており、社内の経営管理手法として次々と活用されている。このことで、国も職場トラブル多発による労働意欲減退に起因する個別企業の経済活力減退に、公共事業としての本格的な手を打ち始めたことになる。
このため、社会保険労務士法の一部を改正する法律(平成17年法律第62号)が、平成17年6月17日公布され、平成19年4月1日からの実施とその準備が始まった。社会保険労務士の資格を事実上仕切り直す。研修・国家試験をもう一度受けさせることで、労務管理や法律の知識と技術・技能を持つ「特定社会保険労務士」に、あっせん代理人資格を認めることとした。不合格の社会保険労務士は、事務の電子化とあいまって、結果的に人事労務管理の世界から排除となるであろう。この「特定社会保険労務士」に特権を与え、企業内でのあっせん・和解手続の、制度的な促進部隊にしようとするわけだ。なので、個別企業の活用の仕方としては、今までならでは、トラブル発生=解雇か裁判かとなり、当事者が面と向かえば感情問題が起こり、あっせん・和解のプロも準備出来ないことから、実態として「話し合い・あっせんが閉ざされていた状態」から、あっせん・和解や融和の道を選択することもできるようになったのである。どうしても弁護士では効率一辺倒となり役不足であったものが、あっせん代理人の特定社会保険労務士を活用し、本人との代理交渉も可能なのである。
なお、社会保険労務士は、来年4月から、公然と労組との争議対策もできるようになったので、有能な社会保険労務士であれば団体交渉に参加してもらえる道も開けてきた。
研修医は「労働者」との初判断が最高裁で「労務の提供がある」と認定された。過労死が認定された関西医大病院の研修医、当時26歳の未払い賃金をめぐって、遺族が「最低賃金の水準を下回っているのは不当」との主張で病院側に差額分の支払いを求めた訴訟である。最高裁第二小法廷は6月3日「研修医は労働基準法上の『労働者』に当たる」との初判断を示した。病院側に約2カ月分の最低賃金との差額約40万円の支払いを命じたものであるが、影響は非常に大きい。遺族である被災者の父親が社会保険労務士であったため、弁護士一般では不可能な、詳細かつ現実に即した論述が可能となり、実態が認定されたとの評価が出ている。「東京都と大阪府は、救急で運ばれると命が危ない」と噂されるほどであるから、労働問題の切り口から医者の世界に実態判断でのメスを入れることが可能になったのではないか。
▽判決文(最高裁判所サイト)
http://courtdomino2.courts.go.jp/judge.nsf/$DefaultView/84186BDA956A209749257015001C4F83?OpenDocument
株式会社総務部では「通信相談情報」の会員を募集しています。
会員は、人事・労務・労働法令、社会労働保険に関して、電話、FAX、メールを組み合わせての相談を月額1万5千円で依頼出来ます。社会が激変する中、法令など制度の変化を知らなかったが故の「無駄と手抜かり」が多く見られます。個別の労働トラブル、セクハラ、いじめ等の紛争も多発。そこで、時代に合わせ「IT」で、全国どこへでも、効率化された専門家の顧問形態をお勧めいたします。弁護士では役不足の労働問題が得意分野です。最新の判例動向などもお知らせします。一方通行の既製品情報提供ではありません。新聞雑誌や無料相談では、「見落としがちな個別企業実情」に合わせた双方向の情報やアドバイスの提供です。どうぞお気軽にお問い合わせください。
2005/06/07
第38号
今の中国の状況には、日本経済へのこれからの悪影響を8割が懸念し
ているという。特に「運輸・倉庫」「卸売」「製造」業界で先行き懸
念が高まっているとのこと。「大手の先行組は別として、中小企業は
まさにこれから動こうとしているので、今後は様子を見ながらという
事になりそう」(被服製造)とか、「中堅企業はストライキなどが直
接的に影響している。政府の対応を考えるとインフラの整備が整いつ
つあるベトナムへの転換を早めに考える」(産業用電気機器卸売)と
いった、他地域への見直しの声も、との報道も聞こえる。2008年オリ
ンピックに向けて、ますます「保証のない国」となってきた。
長い歴史の中で、アジア大陸のこの地域一帯(中国領土の大半)は、
自然を食い散らし、産業を食い散らし、「育成する文化」の無い地域
である。産業革命が各国で完成しても、この地域一帯では産業育成が
ままならなかったから、イギリス政府(アヘン戦争)も日本政府(満
州事変)も「アヘン(麻薬)」を大量に売りつけた。その上で短気に
なり、思い通りにならないものだから武力で押さえ付けようとした。
日中戦争のときアヘン中毒者相手の戦闘は勝つのが当たり前。これら
が誰もが認めるA級戦犯らのことなのである。戦後、中国人民解放軍
(略奪厳禁・アヘン禁止)が政権を握り、近年の改革開放となったが、
16年前にはやはり天安門事件、それから今に至り、やはり思い通りに
ならないといって、唯一日本だけが再び短気になり…、「今度は何を
するか!」と、単純に焦りイデオロギー(靖国神社?)に走っている
日本…と見た方が妥当である。
日本の主義主張、文化、価値観は、中国ではまったく通用しないこと
を忘れてはならない。中国はすべての財産をいつでも実力で差押えら
れる体制となっている国…経済活動自由の権利の無いことを忘れては
ならない。もうひとつ、中国のオリンピックバブルで、日本の経済数
値が回復しても、日本経済が豊かになったのでもない。
では、日本経済が豊かになるにはどうすればよいのか? 有力ポイン
トを3つ挙げると。日本がバブル政策をとったとき、当時、「通貨と
いう名の道具」を追い求めた人たちは、それに振り回されて、その後
は、みじめになった…これが教訓である。将来の明るい希望では、日
本では百万人程度しかいない大金持ちが、中国には4千万人、すなわ
ち、日本の人口の3分の1に相当する顧客が居るということだ。この
人たちは Made in JAPAN の高級品がほしいのだ。あの、アニメの「ク
レヨンしんちゃん」が流行する文化水準であるから、日本の高水準サ
ービス提供は彼らにとっては信じ難い夢で理想なのだ。
腕力・体力のない人間でも、ターミネータのような器具を全身につけ
れば、異様な力を発揮する道具ができた。人間の腕力や脚力を飛躍的
に向上させるロボットスーツ。重さは20キロだが、それをつけたとし
ても、さらに40キロまでの重さのものはラクラクと持ち上げることが
できる。この装置は、人間の脳から出る微量の電気信号を受け止め、
手足などに伝えるものだが、体の骨格を金属で補強しているために重
さが軽減されるとの原理のようだ。クレーンがなくても工場で、腕き
きの熟練高齢者がハイパワー化、建設現場とか悪路での運搬作業にと、
アニメの世界が現実になる。筑波大学の大学院生で、「若者」が考え
たところに、将来の夢が開けできた。
パワーハラスメントの解決が、なぜ重要になるのか? 日本経済オリ
ジナル戦略である、「高付加価値商品」および「高水準サービス提供」
を開発するには、創造性や自主性が重要で、仕事の進め方も、問題を
発見し、解決策を思考・アイデアの交換などを繰り返すことが大切な
のである。このような基本戦略を持ち、かつ「高度情報化社会」にお
ける事業活動であるから、パワハラが経済活動阻害要素となるのであ
る。パワハラが発生する原因が放置されたままの状態では、成果主義
などの制度は、事実、そのすべてが上滑りしている。それは、JR西
日本を見れば、よく理解できるのである。ZD、QC、TQC、小集
団のときもすべてそうであった。
【パワハラとシツケの見分け方。】
いわゆるパワーハラスメントかどうかの判断については、イジメなの
かシツケなのかをめぐって、調査や議論を重ねるごとに曖昧になって
くる傾向がある。現在まで法廷法理はなく判例法理も数少ないためな
おさらである。そこで判断材料をまとめてみた。先ず、脅迫やセクハ
ラと同じように被害を受けた者の「被害意識」の存在が重要である。
それは労働能力の発揮において創造性や自主性が欠落し、人間ではな
くなり、文句を言う機械に陥るからである。そして、イジメとシツケ
について、次のような明確な区分をもって分析をする必要がある。
@いじめ…被害者を現在の存在領域から排除する事を目的として、精
神的または物理的に圧力を加えて、被害者の人格を否定し、
結果として物理的排除する行為。
@しつけ…その人が社会や職場との交わりの中で通常の社会共同生活
ができるために、個々人の行為や権利行使による、人間関
係間での相互の摩擦を防ぐために、その人の参加を促すル
ール(義務等)を、もっぱら社会的制裁(私的制裁は含ま
ない)を受けるまでに教育訓練する行為。
【パワーハラスメントとは、】
職務権限を背景にしたものである。経営管理もしくは事業主の統治責
任事案である。労働者からすれば就労権・労働環境権であり、一方で
会社からすれば、労働能力損壊行為である。具体的には、上司が部下
に、できもしない執拗な要求や嫌がらせで精神的に苦痛を与えるとか、
言葉や態度による精神的圧迫や暴力(物理的力)を振るとか、出来も
しない目標を掲げさせる事態をも該当し、ノルマを与えて達成しなか
ったときは徹底的に部下を精神的に追い詰めるなどもそうである。こ
の場合に、業務はプラン・プロジェクト・スケジュールに基づかない
特徴がある。
正常な人間は、人格攻撃を受けると、自分を見失い仕事上もさらに失
敗が重なるという悪循環に陥るケースが多い。発見するための観察点
は、被害者に自信喪失・刹那の発想・理由なき反抗の同居している点
に注意する事である。
【いわゆるパワーハラスメントの調査】
にあたっては、次のような留意点が必要だ。パワハラなどの加害者は、
主に次の4つの「世間体」に立脚した論理や行動で自らの弁解・保身
を図り、本質の焦点をごまかそうとする。
A.「証人が居る。これが証拠だ。文句はあるまい!」の証人証拠
優先主義。
B.「私は頑張ります!」とのジャパンな大声決意表明主義。
C.「辞めさせてもらいます。」などの騒動玉砕(図頼)主義。
D.「相手にすると手間がかかるので…」との放置穏便主義。
これらのごまかしによって、事業主も管理職も、周りの従業員が共に
具体的措置をとろうとすることを躊躇させ、業務上も人間関係上も
「泣き寝入り」させられてしまうケースが見られる。加害者意識は、
今や時代が一挙にグローバルになり、社会共同体基準に変わっている
ことなどに耳を傾ける意思など、まったく無く極めて自己中心的であ
る。
【経営管理の切り口では、】
パワハラ発生現場には次のような共通点がある。
1.朝礼、朝夕の挨拶、報告・連絡・相談…をやっていない。
2.作業計画を立てる。実際の作業を行う。反省をして改善をする。
…plan do check をやっていない。
3.やってみて、言ってみて、やらせてみて、褒めなければ、人は動
かない。…の育成教育訓練の基本が無い。
4.成り行き管理(走りながら考える)のため、技能向上、ノウハウ
蓄積は先細り、悪循環を繰返している。
該当する監督職に「プラン、ドゥ、チェック」の基準を導入すれば、
すぐさま悪循環から脱するのであるが、いくら命令しても、いくら指
導しても、パワハラの加害者はハナからこれを採用しようとしない。
その原因は職業能力が低い上に保身しか頭に無いからである。
ているという。特に「運輸・倉庫」「卸売」「製造」業界で先行き懸
念が高まっているとのこと。「大手の先行組は別として、中小企業は
まさにこれから動こうとしているので、今後は様子を見ながらという
事になりそう」(被服製造)とか、「中堅企業はストライキなどが直
接的に影響している。政府の対応を考えるとインフラの整備が整いつ
つあるベトナムへの転換を早めに考える」(産業用電気機器卸売)と
いった、他地域への見直しの声も、との報道も聞こえる。2008年オリ
ンピックに向けて、ますます「保証のない国」となってきた。
長い歴史の中で、アジア大陸のこの地域一帯(中国領土の大半)は、
自然を食い散らし、産業を食い散らし、「育成する文化」の無い地域
である。産業革命が各国で完成しても、この地域一帯では産業育成が
ままならなかったから、イギリス政府(アヘン戦争)も日本政府(満
州事変)も「アヘン(麻薬)」を大量に売りつけた。その上で短気に
なり、思い通りにならないものだから武力で押さえ付けようとした。
日中戦争のときアヘン中毒者相手の戦闘は勝つのが当たり前。これら
が誰もが認めるA級戦犯らのことなのである。戦後、中国人民解放軍
(略奪厳禁・アヘン禁止)が政権を握り、近年の改革開放となったが、
16年前にはやはり天安門事件、それから今に至り、やはり思い通りに
ならないといって、唯一日本だけが再び短気になり…、「今度は何を
するか!」と、単純に焦りイデオロギー(靖国神社?)に走っている
日本…と見た方が妥当である。
日本の主義主張、文化、価値観は、中国ではまったく通用しないこと
を忘れてはならない。中国はすべての財産をいつでも実力で差押えら
れる体制となっている国…経済活動自由の権利の無いことを忘れては
ならない。もうひとつ、中国のオリンピックバブルで、日本の経済数
値が回復しても、日本経済が豊かになったのでもない。
では、日本経済が豊かになるにはどうすればよいのか? 有力ポイン
トを3つ挙げると。日本がバブル政策をとったとき、当時、「通貨と
いう名の道具」を追い求めた人たちは、それに振り回されて、その後
は、みじめになった…これが教訓である。将来の明るい希望では、日
本では百万人程度しかいない大金持ちが、中国には4千万人、すなわ
ち、日本の人口の3分の1に相当する顧客が居るということだ。この
人たちは Made in JAPAN の高級品がほしいのだ。あの、アニメの「ク
レヨンしんちゃん」が流行する文化水準であるから、日本の高水準サ
ービス提供は彼らにとっては信じ難い夢で理想なのだ。
腕力・体力のない人間でも、ターミネータのような器具を全身につけ
れば、異様な力を発揮する道具ができた。人間の腕力や脚力を飛躍的
に向上させるロボットスーツ。重さは20キロだが、それをつけたとし
ても、さらに40キロまでの重さのものはラクラクと持ち上げることが
できる。この装置は、人間の脳から出る微量の電気信号を受け止め、
手足などに伝えるものだが、体の骨格を金属で補強しているために重
さが軽減されるとの原理のようだ。クレーンがなくても工場で、腕き
きの熟練高齢者がハイパワー化、建設現場とか悪路での運搬作業にと、
アニメの世界が現実になる。筑波大学の大学院生で、「若者」が考え
たところに、将来の夢が開けできた。
パワーハラスメントの解決が、なぜ重要になるのか? 日本経済オリ
ジナル戦略である、「高付加価値商品」および「高水準サービス提供」
を開発するには、創造性や自主性が重要で、仕事の進め方も、問題を
発見し、解決策を思考・アイデアの交換などを繰り返すことが大切な
のである。このような基本戦略を持ち、かつ「高度情報化社会」にお
ける事業活動であるから、パワハラが経済活動阻害要素となるのであ
る。パワハラが発生する原因が放置されたままの状態では、成果主義
などの制度は、事実、そのすべてが上滑りしている。それは、JR西
日本を見れば、よく理解できるのである。ZD、QC、TQC、小集
団のときもすべてそうであった。
【パワハラとシツケの見分け方。】
いわゆるパワーハラスメントかどうかの判断については、イジメなの
かシツケなのかをめぐって、調査や議論を重ねるごとに曖昧になって
くる傾向がある。現在まで法廷法理はなく判例法理も数少ないためな
おさらである。そこで判断材料をまとめてみた。先ず、脅迫やセクハ
ラと同じように被害を受けた者の「被害意識」の存在が重要である。
それは労働能力の発揮において創造性や自主性が欠落し、人間ではな
くなり、文句を言う機械に陥るからである。そして、イジメとシツケ
について、次のような明確な区分をもって分析をする必要がある。
@いじめ…被害者を現在の存在領域から排除する事を目的として、精
神的または物理的に圧力を加えて、被害者の人格を否定し、
結果として物理的排除する行為。
@しつけ…その人が社会や職場との交わりの中で通常の社会共同生活
ができるために、個々人の行為や権利行使による、人間関
係間での相互の摩擦を防ぐために、その人の参加を促すル
ール(義務等)を、もっぱら社会的制裁(私的制裁は含ま
ない)を受けるまでに教育訓練する行為。
【パワーハラスメントとは、】
職務権限を背景にしたものである。経営管理もしくは事業主の統治責
任事案である。労働者からすれば就労権・労働環境権であり、一方で
会社からすれば、労働能力損壊行為である。具体的には、上司が部下
に、できもしない執拗な要求や嫌がらせで精神的に苦痛を与えるとか、
言葉や態度による精神的圧迫や暴力(物理的力)を振るとか、出来も
しない目標を掲げさせる事態をも該当し、ノルマを与えて達成しなか
ったときは徹底的に部下を精神的に追い詰めるなどもそうである。こ
の場合に、業務はプラン・プロジェクト・スケジュールに基づかない
特徴がある。
正常な人間は、人格攻撃を受けると、自分を見失い仕事上もさらに失
敗が重なるという悪循環に陥るケースが多い。発見するための観察点
は、被害者に自信喪失・刹那の発想・理由なき反抗の同居している点
に注意する事である。
【いわゆるパワーハラスメントの調査】
にあたっては、次のような留意点が必要だ。パワハラなどの加害者は、
主に次の4つの「世間体」に立脚した論理や行動で自らの弁解・保身
を図り、本質の焦点をごまかそうとする。
A.「証人が居る。これが証拠だ。文句はあるまい!」の証人証拠
優先主義。
B.「私は頑張ります!」とのジャパンな大声決意表明主義。
C.「辞めさせてもらいます。」などの騒動玉砕(図頼)主義。
D.「相手にすると手間がかかるので…」との放置穏便主義。
これらのごまかしによって、事業主も管理職も、周りの従業員が共に
具体的措置をとろうとすることを躊躇させ、業務上も人間関係上も
「泣き寝入り」させられてしまうケースが見られる。加害者意識は、
今や時代が一挙にグローバルになり、社会共同体基準に変わっている
ことなどに耳を傾ける意思など、まったく無く極めて自己中心的であ
る。
【経営管理の切り口では、】
パワハラ発生現場には次のような共通点がある。
1.朝礼、朝夕の挨拶、報告・連絡・相談…をやっていない。
2.作業計画を立てる。実際の作業を行う。反省をして改善をする。
…plan do check をやっていない。
3.やってみて、言ってみて、やらせてみて、褒めなければ、人は動
かない。…の育成教育訓練の基本が無い。
4.成り行き管理(走りながら考える)のため、技能向上、ノウハウ
蓄積は先細り、悪循環を繰返している。
該当する監督職に「プラン、ドゥ、チェック」の基準を導入すれば、
すぐさま悪循環から脱するのであるが、いくら命令しても、いくら指
導しても、パワハラの加害者はハナからこれを採用しようとしない。
その原因は職業能力が低い上に保身しか頭に無いからである。
2005/05/10
第37号
平成18年4月1日から、一挙に60歳定年が62歳となり、段階的に65歳
まで引き上げられることになっている。60歳定年で自動的に人員削減
できると思っていた個別企業では、人員整理を抱き合わせで行わなけ
ればならなくなったので、大きな予定変更である。個別企業の事情を
一切考慮しないこの法律改正に、どのように対応すれば良いのかと不
安が高まっている。結論から言えば、法律改正を無視すれば全面適用
となり、合法的な基準を定めれば相当な「ザル法?」になっているの
だ。そもそもこの法律目的が、厚生年金の破たんを食い止める年金制
度の不備(在職老齢年金、支給開始年齢)を補うために無理矢理作ら
れたものだから、個別企業においては納得性が出てこないのである。
昭和34年以来の国民皆年金をはじめとした社会保障政策の大失敗に対
する、「焼け石に水」というところだ。したがって政府の姿勢も「無
理を言いませんから、できるだけ雇用を!」というニュアンスになっ
ているのだ。これが対策のキーポイントだ。
したがって、段階的に到達年齢をスケジュールとしているが、到達年
齢になったからといって、すべての人を雇用しなければならないとい
うものではない。ただし、それは合法的な基準を定めればの話である。
その基準は、健康、能力、服務態度についてであるが、恣意的(好き
嫌い)選択を排除しているものになっておれば、結果的には対象年齢
者の40%を雇用しなくてもよいとのニュアンスになっている。またそ
の際に子会社・関連会社への出向とか労働者派遣も可能である。すな
わち、基準内容において、客観的な合理的で社会通念上相当であれば
良いとのことである。そろそろ、対象者の職務経歴や人事評価を整備
して、基準作りを始める時機になってきた。場合によっては整理解雇
の抱き合わせも要求されてくるので、頭を悩ます必要が出てきた。
さて、ここまでは机上の話で、現実的に合法とされるにはどうするか
である。厚生労働省はそこまでの説明を避けているが、こういうこと
である。この基準というのは、労働協約もしくは就業規則に該当する
ものであるから、過半数労働組合があれば労働協約締結作業、それ以
外は意見聴取をして監督者の届出が必要であり、これらが抜け落ちれ
ば「裁判では負けますよ!」と言っているのである。それは、例えば
労働組合のない事業所であれば、従業員代表選挙を行った証拠から始
まって従業員代表との協議の議事録に至るまでを整備しておく必要が
あることを意味する。いわゆる整理解雇の四要件を念頭に置いておく
必要がある。うかつに発表してしまって、社員からの冷たい視線にさ
らされ、何もできなくなったばかりか、取り返しのつかない不信感を
買ってしまった事例は数多くある。ましてや時代は変化しており、変
化を起こした団塊の世代に関わる問題なので、労組の同意を採ってい
ても、トラブルを訴訟に打って出るばかりでなく、紛争調整委員会の
あっせんに持ち込むケースも増えているので、甘く考えわけにはいか
ないのである。
こうなってくると、それなりに厳しい対応を迫らざるを得ない個別企
業においては、専門家を導入して幅広く検討し、手抜かりのないよう
に制度を組む必要がある。どこの個別企業においても初めてのことで
あり、労働意欲にも大きく関わる問題である。この不透明な時代に、
わけのわからないままに法律が変わったからといって、少なくとも数
億円の人件費負債を背負う必要は無いのである。
ここ数年、日本各地での安全管理不行き届きによる大事故が続いてい
るが、いよいよ世界に名だたる旧国鉄の安全技術が地に落ちているこ
とがはっきりしてしまった。またまた、輸出に悪影響が出る。新幹線
のみならず高付加価値製品に対するジャパンイメージは大きくダウン
した。
JR西日本宝塚線の事故は、メカ(装置)の不備が指摘されているが、
それにも増して今回はそれらを防ぐための業務遂行体制にボロが出て
いることが判明した。ここまでJRの人事労務管理の水準が後退して
しまっているとは思わなかった。原因究明の研究キーワードは、「マ
ル生運動」「国鉄分割」「JR不採用事件」といった所で、「民営化」
は派生項目である。マスコミの解説でもこれらを触れてはいるが内容
には立ち入っていない。まず教育訓練については、「やってみて、言
ってみて、やらせてみて、褒めなければ、人は動かない。」とする近
代教育訓練の基本すら、「日勤教育?」の実態を聞くや行われていな
かったことが判明した。この近代教育訓練の基本は戦前、海軍の山本
五十六が大型艦船を動かし、3つの艦隊を各々実戦配備に資するため
の教育訓練方法として、アメリカのハーバード大学留学の後、日本で
初めて導入されたものである。戦後は、TWI訓練として、ほとんど
の産業でこの教育訓練方法の基本が用いられて、日本の高度経済成長
を支えたのである。それがJR西日本では、忘れ去られて、前近代的
教育に後退してしまったようなのだ。
また、ATS装置より若年運転手の人件費が安かったとでも言いたい
のだろう。「ひやり・ハット運動」とか「プロジェクトX」はどこへ
やら。旧国鉄時代の「マル生運動」期間中に、上司に反対すれば「教
育」送り、一方で職場での賭博と酒の誘惑が氾濫との禁じ手を使って
しまったものだから、はたして残った社員の士気を高められるのだろ
うか。JR西日本は当時の政府に翻弄されて、運転士のモラルを低下
させた人事労務管理が行われていたと言わざるを得ない。売り上げは
伸びず手を抜く事ばかりの公務員的発想。社長を替えても方針を変え
ても、部下は顔色を伺うだけで、受け入れる素地もなければボトムア
ップの要素も根絶やしにしてしまっているのだから、民営化としては
大失策だった。……他山の石である。
四菱は社会不適合、こちらは前近代。……お陰で日本経済は世界から
見捨てられそう????
事故の激音と砂煙を見て、操業停止をして助けに行ったのは、日本ス
ピンドルだった。
まで引き上げられることになっている。60歳定年で自動的に人員削減
できると思っていた個別企業では、人員整理を抱き合わせで行わなけ
ればならなくなったので、大きな予定変更である。個別企業の事情を
一切考慮しないこの法律改正に、どのように対応すれば良いのかと不
安が高まっている。結論から言えば、法律改正を無視すれば全面適用
となり、合法的な基準を定めれば相当な「ザル法?」になっているの
だ。そもそもこの法律目的が、厚生年金の破たんを食い止める年金制
度の不備(在職老齢年金、支給開始年齢)を補うために無理矢理作ら
れたものだから、個別企業においては納得性が出てこないのである。
昭和34年以来の国民皆年金をはじめとした社会保障政策の大失敗に対
する、「焼け石に水」というところだ。したがって政府の姿勢も「無
理を言いませんから、できるだけ雇用を!」というニュアンスになっ
ているのだ。これが対策のキーポイントだ。
したがって、段階的に到達年齢をスケジュールとしているが、到達年
齢になったからといって、すべての人を雇用しなければならないとい
うものではない。ただし、それは合法的な基準を定めればの話である。
その基準は、健康、能力、服務態度についてであるが、恣意的(好き
嫌い)選択を排除しているものになっておれば、結果的には対象年齢
者の40%を雇用しなくてもよいとのニュアンスになっている。またそ
の際に子会社・関連会社への出向とか労働者派遣も可能である。すな
わち、基準内容において、客観的な合理的で社会通念上相当であれば
良いとのことである。そろそろ、対象者の職務経歴や人事評価を整備
して、基準作りを始める時機になってきた。場合によっては整理解雇
の抱き合わせも要求されてくるので、頭を悩ます必要が出てきた。
さて、ここまでは机上の話で、現実的に合法とされるにはどうするか
である。厚生労働省はそこまでの説明を避けているが、こういうこと
である。この基準というのは、労働協約もしくは就業規則に該当する
ものであるから、過半数労働組合があれば労働協約締結作業、それ以
外は意見聴取をして監督者の届出が必要であり、これらが抜け落ちれ
ば「裁判では負けますよ!」と言っているのである。それは、例えば
労働組合のない事業所であれば、従業員代表選挙を行った証拠から始
まって従業員代表との協議の議事録に至るまでを整備しておく必要が
あることを意味する。いわゆる整理解雇の四要件を念頭に置いておく
必要がある。うかつに発表してしまって、社員からの冷たい視線にさ
らされ、何もできなくなったばかりか、取り返しのつかない不信感を
買ってしまった事例は数多くある。ましてや時代は変化しており、変
化を起こした団塊の世代に関わる問題なので、労組の同意を採ってい
ても、トラブルを訴訟に打って出るばかりでなく、紛争調整委員会の
あっせんに持ち込むケースも増えているので、甘く考えわけにはいか
ないのである。
こうなってくると、それなりに厳しい対応を迫らざるを得ない個別企
業においては、専門家を導入して幅広く検討し、手抜かりのないよう
に制度を組む必要がある。どこの個別企業においても初めてのことで
あり、労働意欲にも大きく関わる問題である。この不透明な時代に、
わけのわからないままに法律が変わったからといって、少なくとも数
億円の人件費負債を背負う必要は無いのである。
ここ数年、日本各地での安全管理不行き届きによる大事故が続いてい
るが、いよいよ世界に名だたる旧国鉄の安全技術が地に落ちているこ
とがはっきりしてしまった。またまた、輸出に悪影響が出る。新幹線
のみならず高付加価値製品に対するジャパンイメージは大きくダウン
した。
JR西日本宝塚線の事故は、メカ(装置)の不備が指摘されているが、
それにも増して今回はそれらを防ぐための業務遂行体制にボロが出て
いることが判明した。ここまでJRの人事労務管理の水準が後退して
しまっているとは思わなかった。原因究明の研究キーワードは、「マ
ル生運動」「国鉄分割」「JR不採用事件」といった所で、「民営化」
は派生項目である。マスコミの解説でもこれらを触れてはいるが内容
には立ち入っていない。まず教育訓練については、「やってみて、言
ってみて、やらせてみて、褒めなければ、人は動かない。」とする近
代教育訓練の基本すら、「日勤教育?」の実態を聞くや行われていな
かったことが判明した。この近代教育訓練の基本は戦前、海軍の山本
五十六が大型艦船を動かし、3つの艦隊を各々実戦配備に資するため
の教育訓練方法として、アメリカのハーバード大学留学の後、日本で
初めて導入されたものである。戦後は、TWI訓練として、ほとんど
の産業でこの教育訓練方法の基本が用いられて、日本の高度経済成長
を支えたのである。それがJR西日本では、忘れ去られて、前近代的
教育に後退してしまったようなのだ。
また、ATS装置より若年運転手の人件費が安かったとでも言いたい
のだろう。「ひやり・ハット運動」とか「プロジェクトX」はどこへ
やら。旧国鉄時代の「マル生運動」期間中に、上司に反対すれば「教
育」送り、一方で職場での賭博と酒の誘惑が氾濫との禁じ手を使って
しまったものだから、はたして残った社員の士気を高められるのだろ
うか。JR西日本は当時の政府に翻弄されて、運転士のモラルを低下
させた人事労務管理が行われていたと言わざるを得ない。売り上げは
伸びず手を抜く事ばかりの公務員的発想。社長を替えても方針を変え
ても、部下は顔色を伺うだけで、受け入れる素地もなければボトムア
ップの要素も根絶やしにしてしまっているのだから、民営化としては
大失策だった。……他山の石である。
四菱は社会不適合、こちらは前近代。……お陰で日本経済は世界から
見捨てられそう????
事故の激音と砂煙を見て、操業停止をして助けに行ったのは、日本ス
ピンドルだった。
2005/04/05
第36号
この春の散在したインテリジェンス。
お花見や新入社員教育の話題?に是非どうぞ。
ホリエモンとフジテレビ。テレビから喫茶店、家族会議からデートの
話題まで大論議されている。ホリエモンの手法は野村証券や大和証券
などが日常的に行っている手法。ところで、20数年?前だったか、自
民党が宣伝やマスコミ対策で劣勢に立っているときに、一生懸命力を
入れて手中に収めたのが「フジ産経グループ」である。当初、ホリエ
モンで多くの国会議員が大反応したのはここに理由がある。やはりマ
スコミは当該タブーが怖いのだろう。
年金問題ついて、議論がかみ合っていない点がある。団塊の世代であ
る。現在55歳以上の人は、何といっても年金に期待をしている。とこ
ろが、民間での厚生年金の適用・非適用はいまだに議論になっていな
い。全国の非正規社員は30%を超えているが、この人たちの多くは厚
生年金適用となっていない。このアンバランスが問題なのである。
「パート適用」の狙いは単なる保険料集めであった。短時間労働か常
用雇用かの論議はあるが、国民の将来を考える上でのバランスを保つ
には「全員適用」の考えも出て来るのだ。もうひとつ。社会保険料は、
もとより税金の一形態。厚生年金の会社負担分は一般経済に跳ね返っ
てくる。こう考えると消費税との関係もわかりやすくなってくるのだ。
日本航空の事故が相次いでいる。飛行機事故は「交通事故より遥に少
ない」とは当たり前の話だ。確率は低くとも事故に当たれば死ぬ。経
営状態が悪化して、「貧すれば鈍する」との見方は当たっていない。
日本航空に限っては、少なくとも30年ぐらい前から整備不良は言われ
ており、整備途中の飛行機を離陸させることが日常茶飯事だった時代
もあった。だから私は、機内サービスが官僚的なこともあり、昔から
JALには乗らない。
三菱グループは打たれ強い。大阪の三菱金属・金精錬所後地にマンシ
ョンを建て、毒物汚染を隠して三菱地所が高値で販売。時代の変わり
目に三菱がどんな立場に置かれているのかが、「帝王学教育」の無い
ために分からないのだろう。日本経済で三菱は明治時代の新参者。勢
い「反省する」との経営手法の持ち合わせがない。
ローマ教皇のヨハネ・パウロ二世死去の報に関するニュースは、東側
社会主義圏崩壊に関連したものが世界では多い。日本のマスコミでは
出にくい情報。教皇の母国ポーランドでは、労組「連帯」の書記長と
して自由化を推し進めたワレサ元大統領が、同国出身の教皇の存在が、
東欧革命の実現にはかりしれない影響を与えたとコメント。米国のブ
ッシュ大統領は、「ポーランドの民主化革命は東欧を席巻し、歴史の
流れを変えた」と、教皇の歴史的役割を高く評価する声明。
成果主義が話題に多くなってきているが、労働組合の全労連の呼びか
けはこうだ。「どんなに会社の言いなりになって働いても、賃金は下
がり、仕事は変えられる。会社とどう向き合って行けばいいのか。自
分の将来はどうなるのか。誰もが不安と悩みを持っている。……皆さ
ん、ともにがんばりましょう(全労連)」。経済評論家の内橋克人氏
はNHKの日曜討論で、「若者のニート現象は、その人たちが住んで
いた社会と企業の中で行なわれていることが、あまりも違うところか
ら生じた」との主旨を話した。NHKの連続ドラマでも社宅に住む主
婦が、「人生がんばってきたのに、努力してもちっとも実らない!」
とのセリフがでてくる。これらは、けっこうマイナーな話なので、マ
スコミでは今まではなかなか取り上げられなかったが、実のところは
多くの人が思うところである。しかしながら、このような気持ちは何
も労働者や若者そして主婦に限ったことではない。事業経営者も同じ
ことを思っているのだが、このようなことを口に出せば、「会社の士
気が乱れる」ことがよく分っているから、一生懸命沈黙し「社員もそ
のことを言わないでくれ!」と懇願せざるを得ない心境なのである。
すると、正社員と言われる人たちに「出る釘は打たれる。真面目さを
アピールしておいて、職場で話題にならないようにしよう」と思う人
たちが増えるのは当然のことである。このような「心境と悪循環」を
「踏まえ事に当たる」ことが、私たち総務・人事部門の専門家として
のノウハウである。そう、後ろ向きなれば悪循環が始まる。休憩はし
ても立ち止まったり(評論ばかりで尽力せず)、振り返ったり(過去
にしがみ付く)してはいけない。経営管理のコツとしては、個別企業
の内輪で議論を行えば、この悪循環を生むから、先ずは姿勢から始め
て「市場に打って出る」ことで、初めて社内もまとめあげることが出
来るのである。このメルマガを読むあなたは、個別企業経営者に建議
する作戦参謀の中枢なのである。
早ければ来年の春ごろから労働組合と団体交渉へ、社会保険労務士が
出席が可能となる。今までは労働争議の介入を禁止されていたので事
実上出席することができなかった。労働組合問題を抱えている個別企
業では、この分野のアウトソーシングも出来るようになったのだ。一
方、時を同じくして、裁判所で労働審判制度が発足する。労働審判制
度とは裁判官と労使二人の労働審判員のもとに解雇や賃金未払などの
審判を行う。全国250人ほどの労働側審判員のうち51人の全労連推薦
の労働審判員が誕生。これまでは政府関係の多くの審議会などに全労
連系代表は排除されていたことからすると、急激な変化で与える影響
は大きい。それは、全労連推薦の労働審判員は、日本労働弁護団では
なく、自由法曹団との関係が強いからだ。
あっせん制度についても激論が交わされており、さらに充実されるこ
とには間違いない。個別企業にとっては紛争が発生したときの選択の
可能性も広がるが、選択を間違えると多大なリスクになる。一挙に社
会の変化が起こっているので、「ビジョンを持つとともに落ち着いて
かじ取り」を必要とする。
なお、紛争に至らずとも社内でトラブルが起こったときの対処につい
てのホームページを当社で開設しました。発生前の保険のつもりでU
RLを見てください。
http://www.soumubu.jp/info/index.html
個人情報保護法の施行。3月31日までドタバタと応急手当てが行われ
た。私ども株式会社総務部の「個人情報保護方法方針」は、個人情報
保護規定と成りうるもので、一方的契約(片務契約)として使用でき
るので、読者の個別企業で、これを修正して使用することも可能です。
http://www.soumubu.jp/privacy.html
「機密および個人情報の収集に関する誓約書」は、個人情報のみなら
ず、個別企業の機密についても規定しており、とても好評。個人情報
については注目するものの機密については、機密を特定しなければ法
的な根拠が出ないことに気がつかない専門家も多いなかで、機密を特
定させる方法を定めていることがポイント。電子機器やネットワーク
環境における情報漏えい防止の物理的手段については、多くの専門家?
は自らの担当分野外として取り上げもしていないのが大半。そして、
単なる「掛け声と禁止事項」マニュアルの水準を超えて、経営組織の
動きとして展開できるカラクリが入っているから、浄化作用を持つ。
大手から数人の輝く企業まで、そのままで使ってもらっています。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/shuhi.html
これら情報保護に関するものを、事業の「姿勢をアピール」して、ク
ライアントの信頼を得る手段とする個別企業も出て来た。…よく考え
れば、これが本来的な使い方。個人情報保護法施行や民法709条に対す
る防御策だけでは本末転倒なのだ。
お花見や新入社員教育の話題?に是非どうぞ。
ホリエモンとフジテレビ。テレビから喫茶店、家族会議からデートの
話題まで大論議されている。ホリエモンの手法は野村証券や大和証券
などが日常的に行っている手法。ところで、20数年?前だったか、自
民党が宣伝やマスコミ対策で劣勢に立っているときに、一生懸命力を
入れて手中に収めたのが「フジ産経グループ」である。当初、ホリエ
モンで多くの国会議員が大反応したのはここに理由がある。やはりマ
スコミは当該タブーが怖いのだろう。
年金問題ついて、議論がかみ合っていない点がある。団塊の世代であ
る。現在55歳以上の人は、何といっても年金に期待をしている。とこ
ろが、民間での厚生年金の適用・非適用はいまだに議論になっていな
い。全国の非正規社員は30%を超えているが、この人たちの多くは厚
生年金適用となっていない。このアンバランスが問題なのである。
「パート適用」の狙いは単なる保険料集めであった。短時間労働か常
用雇用かの論議はあるが、国民の将来を考える上でのバランスを保つ
には「全員適用」の考えも出て来るのだ。もうひとつ。社会保険料は、
もとより税金の一形態。厚生年金の会社負担分は一般経済に跳ね返っ
てくる。こう考えると消費税との関係もわかりやすくなってくるのだ。
日本航空の事故が相次いでいる。飛行機事故は「交通事故より遥に少
ない」とは当たり前の話だ。確率は低くとも事故に当たれば死ぬ。経
営状態が悪化して、「貧すれば鈍する」との見方は当たっていない。
日本航空に限っては、少なくとも30年ぐらい前から整備不良は言われ
ており、整備途中の飛行機を離陸させることが日常茶飯事だった時代
もあった。だから私は、機内サービスが官僚的なこともあり、昔から
JALには乗らない。
三菱グループは打たれ強い。大阪の三菱金属・金精錬所後地にマンシ
ョンを建て、毒物汚染を隠して三菱地所が高値で販売。時代の変わり
目に三菱がどんな立場に置かれているのかが、「帝王学教育」の無い
ために分からないのだろう。日本経済で三菱は明治時代の新参者。勢
い「反省する」との経営手法の持ち合わせがない。
ローマ教皇のヨハネ・パウロ二世死去の報に関するニュースは、東側
社会主義圏崩壊に関連したものが世界では多い。日本のマスコミでは
出にくい情報。教皇の母国ポーランドでは、労組「連帯」の書記長と
して自由化を推し進めたワレサ元大統領が、同国出身の教皇の存在が、
東欧革命の実現にはかりしれない影響を与えたとコメント。米国のブ
ッシュ大統領は、「ポーランドの民主化革命は東欧を席巻し、歴史の
流れを変えた」と、教皇の歴史的役割を高く評価する声明。
成果主義が話題に多くなってきているが、労働組合の全労連の呼びか
けはこうだ。「どんなに会社の言いなりになって働いても、賃金は下
がり、仕事は変えられる。会社とどう向き合って行けばいいのか。自
分の将来はどうなるのか。誰もが不安と悩みを持っている。……皆さ
ん、ともにがんばりましょう(全労連)」。経済評論家の内橋克人氏
はNHKの日曜討論で、「若者のニート現象は、その人たちが住んで
いた社会と企業の中で行なわれていることが、あまりも違うところか
ら生じた」との主旨を話した。NHKの連続ドラマでも社宅に住む主
婦が、「人生がんばってきたのに、努力してもちっとも実らない!」
とのセリフがでてくる。これらは、けっこうマイナーな話なので、マ
スコミでは今まではなかなか取り上げられなかったが、実のところは
多くの人が思うところである。しかしながら、このような気持ちは何
も労働者や若者そして主婦に限ったことではない。事業経営者も同じ
ことを思っているのだが、このようなことを口に出せば、「会社の士
気が乱れる」ことがよく分っているから、一生懸命沈黙し「社員もそ
のことを言わないでくれ!」と懇願せざるを得ない心境なのである。
すると、正社員と言われる人たちに「出る釘は打たれる。真面目さを
アピールしておいて、職場で話題にならないようにしよう」と思う人
たちが増えるのは当然のことである。このような「心境と悪循環」を
「踏まえ事に当たる」ことが、私たち総務・人事部門の専門家として
のノウハウである。そう、後ろ向きなれば悪循環が始まる。休憩はし
ても立ち止まったり(評論ばかりで尽力せず)、振り返ったり(過去
にしがみ付く)してはいけない。経営管理のコツとしては、個別企業
の内輪で議論を行えば、この悪循環を生むから、先ずは姿勢から始め
て「市場に打って出る」ことで、初めて社内もまとめあげることが出
来るのである。このメルマガを読むあなたは、個別企業経営者に建議
する作戦参謀の中枢なのである。
早ければ来年の春ごろから労働組合と団体交渉へ、社会保険労務士が
出席が可能となる。今までは労働争議の介入を禁止されていたので事
実上出席することができなかった。労働組合問題を抱えている個別企
業では、この分野のアウトソーシングも出来るようになったのだ。一
方、時を同じくして、裁判所で労働審判制度が発足する。労働審判制
度とは裁判官と労使二人の労働審判員のもとに解雇や賃金未払などの
審判を行う。全国250人ほどの労働側審判員のうち51人の全労連推薦
の労働審判員が誕生。これまでは政府関係の多くの審議会などに全労
連系代表は排除されていたことからすると、急激な変化で与える影響
は大きい。それは、全労連推薦の労働審判員は、日本労働弁護団では
なく、自由法曹団との関係が強いからだ。
あっせん制度についても激論が交わされており、さらに充実されるこ
とには間違いない。個別企業にとっては紛争が発生したときの選択の
可能性も広がるが、選択を間違えると多大なリスクになる。一挙に社
会の変化が起こっているので、「ビジョンを持つとともに落ち着いて
かじ取り」を必要とする。
なお、紛争に至らずとも社内でトラブルが起こったときの対処につい
てのホームページを当社で開設しました。発生前の保険のつもりでU
RLを見てください。
http://www.soumubu.jp/info/index.html
個人情報保護法の施行。3月31日までドタバタと応急手当てが行われ
た。私ども株式会社総務部の「個人情報保護方法方針」は、個人情報
保護規定と成りうるもので、一方的契約(片務契約)として使用でき
るので、読者の個別企業で、これを修正して使用することも可能です。
http://www.soumubu.jp/privacy.html
「機密および個人情報の収集に関する誓約書」は、個人情報のみなら
ず、個別企業の機密についても規定しており、とても好評。個人情報
については注目するものの機密については、機密を特定しなければ法
的な根拠が出ないことに気がつかない専門家も多いなかで、機密を特
定させる方法を定めていることがポイント。電子機器やネットワーク
環境における情報漏えい防止の物理的手段については、多くの専門家?
は自らの担当分野外として取り上げもしていないのが大半。そして、
単なる「掛け声と禁止事項」マニュアルの水準を超えて、経営組織の
動きとして展開できるカラクリが入っているから、浄化作用を持つ。
大手から数人の輝く企業まで、そのままで使ってもらっています。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/shuhi.html
これら情報保護に関するものを、事業の「姿勢をアピール」して、ク
ライアントの信頼を得る手段とする個別企業も出て来た。…よく考え
れば、これが本来的な使い方。個人情報保護法施行や民法709条に対す
る防御策だけでは本末転倒なのだ。
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