2009/10/06

第90号

<コンテンツ>
CO2=25%削減のグローバル的ビジネスチャンス
銀行借入の「返済猶予」の施策は、猫に小判?
退職(離職)後の健康保険料などの「支払猶予」はどうなる?
政権交替、フロンティアな政権運営に未来をかけた
臨時国会に派遣法改正案を提出する予定
労働裁判 裁判官は示談屋に変身か?
【書評】『中国貧困絶望工場』『菜根譚(さいこんたん)』


CO2=25%削減のグローバル的ビジネスチャンス
9月22日に開かれた国連気候変動首脳会合で鳩山由紀夫首相が演説、途上国支援の原則として4つのポイントを示した。
(1)わが国を含む先進国による追加的な官民資金での貢献
(2)途上国の排出削減について測定、報告、検証可能な形でのルール作り
(3)資金の使途の透明性、実効性確保のための国際システム構築
(4)低炭素技術の移転に絡んだ知的所有権の保護
これにより、日本の環境保護関連産業、すなわち、ばい煙防止装置や脱硫装置プラント産業、自然エネルギー(太陽、風、波など)産業、農地開発・かんがい用水路工事その他の発展途上国援助の方向が定まった。日本と途上国との“2国間協定”であれば、途上国援助にかかるプラントや工事の受注を日本企業が独占することが可能となる。OECD:経済協力開発機構の援助であっても、日本の環境技術でもってすれば、相当のものを受注することが可能である。排出削減ルール、資金使途の透明性、知的所有権が制度化されれば、途上国側の資金の不透明な雲隠れも抑制され、工事代金へと還元されるといった仕組みだ。
中堅中小企業であっても、JICA:国際協力機構を通じれば、こういった国際貢献としての進出は十分可能なのである。個別企業の総務人事部門では、「高付加価値製品&高水準サービス」の人材確保を今から計画する必要がある。そのための個別企業内の予算配分や政府に対する景気対策助成金を企画することも重要である。
とかく、人事問題といえば、受動的な削減の話ばかりであるが、この分野については、積極的な起業の話が中心になりそうだ。


銀行借入の「返済猶予」の施策は、猫に小判?
金融担当大臣の、「返済猶予の提言」に対して、マスコミ関係や多くの評論家の素人発言には呆れる。財務大臣の論評は次元の異なる内容でもある。とりわけ、「貸付金」とか「返済猶予」などの表面的語句の解釈に、素人的にこだわるばかりで、内容が独り歩き、真意も確かめることなく、国語辞典程度の論議が繰り返されているに至っている。経済専門家からすれば、それなりの経済政策も、「猫に小判なのか?」と投槍的にもなる。
日本の中小企業の金融機関の融資というのは、8割方の本質は「資本注入」といったものだ。高度経済成長政策を始めるにあたって、当時の商工中金、中小金融公庫、国民金融公庫主導によって、大手工場のすそ野である中小企業に対し、民間金融機関からの資本注入をして、産業構造の補完を図ったのが中小企業向け金融の始まりである。株式投資では配当に不安があるとの金融機関への配慮から、利息回収の形式をとったにすぎない。だから、融資を完済しても改めて融資を開始、以後も延々と銀行との付き合いが繰り返され、その利息(配当)で金融機関は生き延びて来たのである。中堅中小企業経営者が銀行に盾突くことが出来ないのは、大株主だからである。その後、護送船団方式により、その基本的構造は今も続いている。
【銀行の経営が立ち行かなくなる?】
というが、先ほど説明した通り、利息を回収している限り、銀行収益としては極めて安定的なのである。元本棚上げが不本意な中小企業は、一生懸命元本を返してから、改めて融資を開始してもらえば良いだけだ。銀行経営が不安に…の裏には、手間のかかる中小企業向け貸付手続であり、利息も2%程度では採算も合わないから、アメリカをはじめ外国の国債を買えば利息は4%が間違いないから、中小企業向けの貸付資金を回収して、外国の国債買い付けに資金投入したいとの計画があるからだ。ここには、都銀・大手地銀と、地銀・信用金庫・信用組合との経営計画に目論見の差があるのは歴然としている。
【不良債権が発生するのでは?】
と、ある人は言うが、それは実態経済からかけ離れた、(架空の)理屈である。住宅ローンも然りである。中小企業の経営が立ち行かなくなり、不良債権が次々と発生しつつあり、裁判所が競売価格を引き下げ、これが今や、資産デフレを引き起こす最大要因になりつつあるのだ。マスコミ関係者の多くが、こういった視点からの指摘が出来ないのは、文学部出身の記者ばかりが多すぎるからである。
【10月9日予定の金融庁の法案は?】
具体的にはどのようなものが出て来るかわからない。が、妥当なところは、
(1)中小企業のうち、希望者に対して3年以内の元本棚上げ、利息だけの返済
(2)銀行が拒否する「対等な返済条件変更」を、不良債権扱いすることの禁止
(3)不良債権化(現行:利息支払が3ヵ月以上停止)防止には、利息棚上げ
(4)住宅ローンは、住宅金融支援機構(旧:住宅金融公庫)主導での不良債権化の防止
その後に、不良債権化しそうな不動産は、景気が回復してから担保不動産を任意売却させて回収した方が、銀行としても有利なのである。


退職(離職)後の健康保険料などの「支払猶予」はどうなる?
といったことは、意外と知られていない。職を失ったことによる、市民税(正確には住民税)、国民健康保険、国民年金の支払いが不安となり、トラブルの原因にもなる。
【住民税】:減免措置があるが年齢や扶養家族によりバラバラ、妻1人子1人の中高年なら前年収入300万以下程度は無税になるようだ。それ以上なら減額、所得が多いと減免は無い。離職票(雇用保険受給者証)か雇用保険受給者証を持って市役所へ。
【国民健康保険】:保険料決定に所得割部分があり、これが免除となる。1ヵ月1万数千円程度(自治体によって差がある)の保険料になるようだ。健康保険の傷病手当を受給しないのなら国民健康保険への切り替えでも治療費負担は同じだ。離職票(雇用保険受給者証)か雇用保険受給者証を持って、離職後20日以内に市役所へ行くと円滑処理できる。
【国民年金】:減額と免除は、早く行かないと期限切れがある。年金手帳と離職票(雇用保険受給者証)を持って市役所か社会保険事務所へ。減免措置をしておけば、保険料は1人14,600円/月。減免措置をしておけば、基礎年金国庫負担2分の1を納付したことになる。数年後に加算額上乗せで正規分の追納も出来る。
【失業保険】:正確には雇用保険の失業給付である。離職者が、離職票に退職の旨を記入したことを根拠に退職が成立するわけではない。各種保険手続きによって労働契約の有無の決定はされない。解雇無効の訴訟を提起した訴状の写しがあれば、失業保険は受給できるから注意が必要だ。病気になれば雇用保険の傷病手当がもらえる。
「返済猶予の提言」と比べ、個々人の規模は小さいが、こういった猶予施策は、ニュースにならないところで行われている。旧厚生省(戦前の内務省系)の「言ってきた人だけに対応を」といった姿勢が、まだ残っている現われだ。


政権交替、フロンティアな政権運営に未来をかけた
ものが無党派層の意思である。だとしても、具体的な政策にまで提案が及ぶかといえば、まだまだ無党派と言われる人たちは、そこまで慣れ親しんでいいない。
労働分野に限っていえば、従来、厚生労働省本省の官僚に企業や労働組合が接触して、その圧力でもって本省各課の課長代理などに、政策の企画立案をしてもらっていたのだ。誰かの紹介なしに行くのが怖いから、行政から目を付けられると怖いから、“議員さん”にお願いすることが流行していた。でも、実のところは腹さえ決めれば、電話で十分なこともあり、会社や労組の名刺を持って本省を訪ねることもできたのだが……。私も、要するに代理人として、電話もするし訪ねることもして、阪神大震災の雇用調整助成金や失業給付、あっせん代理人(特定社会保険労務士)派遣禁止などを実現したことがある。トヨタ自工・販売&トヨタ労連の事業外みなし労働、関東百貨店業界の3ヵ月変形労働制、といったところだ。話題の労働者派遣は、昭和50年代の中ごろに某全国労組が提案:労働省が運命をかけて労働政策の転換をして今日に至ったものだ。要するに、政治家や官僚では、そこまでの政策立案アイディアは持ちきれないのである。今の官僚があわてて作ると、旧来の(社会主義:○ヵ年計画と同じような)発想だから、補正予算の7000億が執行停止になるのも当然なのだ。やはり現場の実態からの着想がものをいうのだ。
さて、今度の政権は、企業その他からは、何処へ政策提言を持っていけば良いのか調べてみた。どうやら労働問題は、衆議院第二議員会館(〒100-8982 千代田区永田町2-1-2)細川律夫:厚生労働副大臣あての書簡が有効なようだ。
そこで私も、日本のこれからの産業育成と雇用創出・人材育成の場を創造する観点から、とりわけ、「高付加価値製品と高水準サービス」の人材育成のための雇用調整助成金の使い道を立案(厚労省10/01提出)してみた。
1.現在の雇用調整助成金の一定部分は、解雇・失業を防止するあまり、衰退産業のマイナス方向の延命策効果や、衰退産業での労働者滞留が懸念されている。中小企業であれば助成額「賃金の10分の9」ともなると、日本経済の育成とか財源の有効な使い道からすれば疑念が生じるかもしれない。また、労働者の国家資格その他の取得やoff-JT訓練は、新産業・事業分野育成を想定して実施されていないことから、これらの手法では日本経済育成に役立っているとは言い切れない。まして、産業育成とか人材育成は、大手企業や大手事業所からすそ野に広がって行くといった時代や社会経済構成ではなくなった。
2.これからの日本を支える産業・事業分野の人材確保や育成のために、雇用調整助成金を活用することが重要である。この産業・事業分野の常用労働者を採用すれば、1ヵ月10万円を2年間助成することで、「一人前」への教育育成を促し、労働条件を改善し、有能な労働者の確保育成に資することができる。
3.助成対象は、日本の「ものづくり」とか「匠」や「文化経済」を支えることが出来る産業・事業分野の職種を確保しようとする事業所や事業場等である。
(ア)中小製造業の「ものづくり」や「匠」の事業所
(イ)介護分野(グループホーム、教育制度を確立した介護施設)の事業所
(ウ)安全安心事業分野(教育制度を確立した中小警備業者)の事業場
(エ)建築物・マンション等維持分野(教育制度を確立したビルメンテナンス業)の事業場
(オ)省エネ・エコ事業分野(ソフト部門人材育成思考を持つ事業所)
(カ)アニメ芸術分野(人材育成思考を持つ事業場)
(キ)料理飲食加工分野(料亭その他の教育制度を持つ料理飲食業)の事業所
(ク)音楽家分野(芸術育成と週3日常用雇用の事業場)
などが挙げられる。
4.医療、農林水産業は、日本を支える産業・事業分野としては期待されるところであるが、前項と同じに雇用調整助成金を支給するには、今少しの検討を要する。例えば、開業医は、「健康保険適用」の看板を掲げた厚生労働省のフランチャイズチェーン化とされている実態がある。農業も「農協システム」に組み込まれた下請け制度化が実態として残り、漁業も「漁協システム」に組み込まれて然り、林業に至っては産業そのものとして壊滅状態にあると思われる。したがって、闇雲に助成金投入をした場合の効果は不明であって、産業育成や人材育成に資するとは限らない。したがって、医療、農林水産業は、こういった分野の改革とともに考えるべきものである。
5.助成金受給事業所(場)等は、都道府県単位に受給アドバイザーを配置し、目的に適う事業所(場)等を訪問開拓し支給事業所(場)等を掘り起こし、支給審査ノウハウを蓄積する方法(大まかな支給審査基準)が、積極的な産業育成と雇用・人材育成の場を創造するに有効であると思われる。支給期間は、採用者1人当たり2年間を区切りとし、採用者の離職率が20%又は離職者が5人を超える事業所(場)等は、その時点で支給対象事業所(場)等から排除することで、教育育成に関心のない事業主には支給しない。
6.受給アドバイザーは2人ペアで活動を行ない、ひとりは地元情報をよく知る職業安定所職員、もうひとりは民間でマーケティングなどを知る者を配置する。たとえば、(財)産業雇用安定センターの準備・設立当初は「職安と民間のペア」が行われたから、ある程度のノウハウ蓄積はあるものと思われる。ただし、(財)産業雇用安定センターと助成金の使い道は目的が異なるので、大手企業の人事部門などからの出向を一律に配置するわけにはいかない。また、「緊急人材育成・就職支援基金」により(財)産業雇用安定センターが受託したものとも目的が異なる。
7.助成金の1ヵ月当たり10万円は、事業主を経由するも採用者に賃金等の上積みがされるものとし、労働契約に反映させるものとする。支給期間は2年ではあるが、その間に労働基準法、労働契約法に違反で告訴や民事処分を受けた事業主には、違反該当労働者が在籍するまでの助成とし、悪質な事業主には返還をさせる。
8.初年度は、ある程度の予算額を計画確保するも追加予算を認めることとし、次年度からは受給アドバイザーによる受給事業所(場)等の掘り起こし状況や見通しに基づいて予算計画を立てることとする。決して、「予算取り完全消化合戦」には巻き込まれず、無理に予算枠を消化しようとすることもしない。有効な予算消化と計画確保のためには、受給アドバイザーその他のメンバーによる全国研修の実施、あるいは受給事業所(場)等の掘り起こしや支給審査ノウハウを蓄積の全国研究集会を充実させ、積極的な産業育成と雇用・人材育成の場を創造する観点から、地方任せ、担当者任せによる無駄遣いを抑制する。
以上 - といったものである。
読者のみなさんのご意見やご批判を募集する。
加えて、皆さんからも、様々な政策提言をお願いする。


臨時国会に派遣法改正案を提出する予定
と政府筋の話である。法案要綱の政府案は出ていないようであるが、民主・社民・国民新党3党合意の派遣法改正案の概要は次の通りであった。
1)派遣労働者の保護を法律の名称に盛り込む
2)原則として日雇い派遣禁止
3)直接雇用みなし規定
すなわち、禁止業務派遣、無許可・無届業者派遣、期間制限を超えた派遣、その他違法行為を行った派遣を直接雇用とみなす
4)就業の実態に応じ、社員との均等待遇の派遣労働条件
5)派遣元からの、派遣労働者や派遣先への通知義務事項を拡大
6)マージン率等の、HP等への公開
7)未払賃金や社会保険未払いでの派遣先の連帯責任
8)グループ企業への派遣は単一の派遣先とみなす
9)原則として製造業派遣は禁止
10)罰則の最高額を300万円から3億円に引上
これらに対して、実態にそぐわないとの意見が根強いが、今の政府が「チームで論議」する手法をとっていることから、参議院で可決される瞬間まで結果は分からない。
雇用政策全体から判断すると、日雇い派遣や製造業派遣は原則禁止となり、いわゆる「新自由主義」的な派遣会社の営業方式は大きく規制されることになると思われる。すなわち、「派遣法や職安法違反をしても摘発されない」と豪語するに至った行政指導の甘さ(職員の人手不足との言い訳も含め)の時代は、再び訪れることがないということだ。


労働裁判 裁判官は示談屋に変身か?
正確な統計資料があるわけではないが、各方面から流入して来る情報によると、労働関係の裁判は、とにかく裁判官が示談を強硬に進めている。その傾向は、この夏以降と推測できる。
日本の裁判制度において、示談や取引は、「裁判上の和解」の中に含まれる。端的にいえば、裁判上の和解とは、
第一に訴訟を取り下げることであり、
第二には、そのための条件を整備すること、
と言えるのだ。この傾向は、労働事件だけではなく、損保関係の事故にかかる事件、金銭トラブルの事件でも、和解?を裁判官が強硬に持ちかけるとのことである。
はっきり言えることは、うなぎ登りとなっている裁判件数に対して、これを裁判官が処理をすれば裁判官として出世出来るといった制度に原因があるのだ。一つの事件の判決を書くのに、おそらく4時間程度は必要となる。ところが、とにかく和解だろうが判決だろうが、処理できたかどうかが成績となるシステムなのだから、成績をあげるには効率の良い和解を目指すしかないのだ。「判決文を書くのが邪魔くさい」とは質的に悪化している。その方法は解雇事件の場合、ほぼ全国共通の強硬パターンのようである。
(1)労働者に対しては、
「確かに、貴方の主張はよく分かる。ところが、仮に金銭解決するとすれば、何年分で納得出来るか、考えてください。次回期日までの宿題です」と密室で話す。
(2)他方、会社に対しては、
「会社が勝てると思いますか。負けたらどうするのですか。勝算は薄いですよ。ところで話は変わりますが、仮に金銭解決するとすれば、会社は何年分出せますか」と。これも密室で裁判官は話を持ちかける。弁護士を代理人として立てていない場合、裁判官が直接、社長に電話して来る場合もあった。
(3)労使双方ほとんどの場合、弁護士を代理人として
立てている。すると、日頃から培っている法曹界(裁判官・検事・弁護士)の、資格者のみの独占業務であるから、『暗に明』に密室がシガラミとともに形成され、「偉大な裁判官」からの和解の持ちかけが行われるのである。
(4)それは裁判所では
労働事件を取り扱う裁判官は限られていることから、「あの(弁護士)先生は変わっている」と偏見を持たれないために、弁護士の多くは萎縮してしまう。こんなことだから、若手の裁判官の中には、(成績優秀?もあってか?)弁護士をなめてかかる「若僧」まで出る始末なのだ。こういった悪循環が、裁判所の中では渦巻いている。なので、弁護士を雇わず、本人が期日に裁判所に来るとなると、裁判官からすれば、それは非常事態となるかもしれないのだ。
(5)強硬パターンに話を戻せば、
仮の話を繰り返し、裁判官が敗訴ポイントの懸念を示し、示談額の接点が見えた途端、仮の話が突然、和解の話に化けてしまうのである。
(6)裁判官からすれば、
「会社があれこれ理由を並べるよりも、さっさと金を出して和解してくれ。要は、金があるでしょ」といった具合が、あちらこちらで目に付く。こんな裁判官は、不安をあおろうとし、足元を伺うような発言を繰り返し、とにかく若手の出世欲系?裁判官はシツコイ。
加えて、これを悪用する労働側(示談目当ての雑駁な訴状とか)も湧き出てきている。
これでは、真理がどこにあるのか探求するといった「裁判の精神はどこやら!」なのだ。裁判を起されたら、会社側はとにかく損をするといった、自由平等とは程遠い世間体の論理が、またもや浮上しそうである。
厚生労働省が、個別労働紛争解決制度(紛争調整委員会、府県労働委員会のいくつか)を平成13年に創設・順次に制度改善すれば、これに“負けじ”と法曹界が労働審判制度を、あわてて平成18年に制度化した。これを受けて、労働行政は監督署や総合労働相談コーナーを総動員、他方の法曹界は弁護士を通じ裁判所を挙げて事件獲得と調停促進、この両者が労働事件の「あっせん」とか「調停」での解決制度陣地を奪いあっている構図が見えて来る。民間人の感覚からすれば、この両方の公務員が、当事者の利益を片隅に追いやって、熾烈な数字と法制度陣地争いをしているようにしか、見受けられないのである。
私の診るところはこうだ!
【労働行政側】には、「真の(創造的)和解」を成立させるだけの素質と理論を備えた、相談員、あっせん委員、あっせん代理人の不足が目立ち、
【法曹界や裁判所】にあっては、なによりも「対決システムに陥った裁判制度」を元に養成された裁判官や代理人に、調停をさせるとしても、「真の(創造的)和解」を取仕切れる社会的訓練をどう施すかの課題が目立つのである。
封建時代の如く武力・暴力に訴え出ることは少ないかもしれないが、「真の(創造的)和解」とか「再分配の正義」の視点を追い求めない限り、「法廷での正義(目には目を、歯には歯を)」では、表面的に解決したとしても、紛争当事者の「心に怨念」が残ってしまうのである。これも現代社会共同体の意思である。


【書評】『中国貧困絶望工場』『菜根譚(さいこんたん)』
『中国貧困絶望工場』:日経BP社(本体 2,2000円+税)は、
元フィナンシャルタイムズの女性記者が書いた中国工場地帯の実態報告である。中国輸出産品が、どのような実態で製造され、偽造され、汚染を広めているかは、中国との付き合いを避けて通れないグローバル展開にとっては、非常に考えさせられるインテリジェンス情報である。また、品質・製造・労働をめぐる社会的責任が、如何に「監査人制度」によって覆い被さることとなり、それに対抗して偽造がはびこり、挙げ句には、「監査人代行コンサルタントが=実は偽造請負人」に化けている実態が浮き彫りにされている。その社会システムに一歩踏み込み、この社会システムがある限り、中国の工場が高付加価値製品製造には絶望的であると結論づけている。なぜ中国では、そうなってしまったのかを考えさせられるインテリジェンス情報である。日本国内での、「他山の石」となるであろう。元の題名は、「The China Price」である。

『菜根譚(さいこんたん)』:日本能率協会(本体 1,500円+税)は、
元々は中国の明代の書物であるが、日本では流行・座右の書とする人も多い。最近、改革解放政策で、日本から逆輸入されていた、「日本風菜根譚」ではあるが、中国国内の寺院から清朝時代のものが発見され、毛沢東の愛読書であったことも知れわたったこともあってか、現代中国人の編集・解説で出版しなおされたものが、この書籍である。従って、従来日本で出版されていた項目編集とは大いに異なり、これが現代中国大陸人の間で受け止められているトレンドかと、改めて中国社会なるものを考えさせられるインテリジェンス情報である。この本は、処世術に類するものであって、いわゆる儒教・仏教・道教の混合思想に因る。欧米西欧社会はキリスト教思想と言われるものはフォーマルな話で、実は旧約聖書の中の「箴言」の題名での処世術(著者はソロモン王?)が存在し、インフォーマルな世間体を形成しているが、それと似かよった位置づけになるのが、新しく出版された菜根譚である。おそらく、東南アジア全域に共通性があると思われる。ところで、中国のフォーマルな話とは一体何であるのか、私には知識偏重型刹那的マルクス主義?と思えるのだが、実のところは不明である。中国大陸の権力順位は、1番:人民解放軍、2番:地元暴力団、3番:共産党組織、4番:各地の人民政府であることは間違いない。この構図を理解した上で中国と付き合うことが大切なのだが、この本は極めて現代中国を理解するに有用である。

2009/09/08

第89号

<コンテンツ>
昨年の8月、世界金融危機前夜から
政権交代を選択した社会(共同体)の意識
政権交代によって国家予算も
新型インフルエンザ対策にも変化が出る?
債権回収事件の取り下げ、チラホラ?

来年4月1日から、労働基準法が改正施行
  賃金割増率の引き上げ:中小企業として猶予の対象
  60時間のカウント対象には
  労働基準法の原理原則から改正を理解すると
  労働基準法の原理原則で、労働時間帯の把握をすれば
  平成22年4月1日施行とは
  有休の時間単位取得:労使協定の締結が
  そもそも年次有給休暇付与の対象は
  遅刻や早退の代わりに、時間有休?!
  有休管理の事務処理は


昨年の8月、世界金融危機前夜から
先見性のある個別企業は警戒体制に入っていた。その時日本は、内閣総理大臣突然辞任の二人目が出たところであった。トヨタやキヤノンなどの有名どころは、金融危機を間近に控えてもボーッ?としていたのか、生産増加・売り逃げ?を狙っていたのか、実際のところは不明だが、…その後、経済恐慌の波を真正面から受けてしまった。
昨年の9月9日号メルマガで、筆者は冒頭、「社会共同体のあり方も、『法手続主義』(何事も正当な手続を必要とする法概念)を超えての変化が、この秋から巷にあふれることは間違いない」と書いていた。とはいっても、筆者も、「ところが誰しも、どういった具体的事象となって現れるのかを確証出来るシミュレーションを持ち得ないのである」としていた。それが歴史的事実は、オバマ大統領当選から始まる新自由主義の否定となり、日本での政権交代につながったのである。個別企業にとっては、それまでの経営環境適応不全を起こしそうな閉塞状況、口を開けば規制緩和という神頼み的抽象論、そして経済恐慌の引き金が引かれたのである。
経済構造は、この1年で、「ご破算」がかけられたのだ。今年1~3月の約3割の生産後退に続いて、4~6月は株価操作とか、必死で経済数値を回復させ表面的景気底打ちを演出したものの、実のところは正社員の大量解雇が発生し続け、6月・7月と戦後最悪の失業率を記録更新したのである。豊かさを含めた実体経済は、失業率で判断した方が分かりやすい。その失業率は、7月が5.7%だが、雇用調整助成金支給者約240万人を加えると、換算失業率は9.5%と、世界最高水準となっているのだ。


政権交代を選択した社会(共同体)の意識
は、こういった閉塞感を打ち破る方法として、旧来の、「大人の対応」を採らなかったのである。
「生き残るため」とか、「他に道がない」とか、「正義」をかざすとか、「リーダーに依存」するといった思考方法を選ばなかったのである。だから、こういった思考方法にどっぷりつかった政党は、激減若しくは現状維持にとどまった。「結論先にありき」といった説得姿勢自体が嫌われたのである。社会共同体の意識は、自己決定の第一歩を選んだのだ。
すなわち、民主党には整合性のある政策がないにもかかわらず、政権を「チーム民主党」に委託する思考方法、「物事を一度ご破算にして再度チームで組み立てる考え方」に賛同を寄せたのだ。これは、1980年代から生まれてきている、『法手続主義のパラダイム』の思考方法そのものでもある。この社会共同体の意識は、個別企業の労働者の意識変化をもたらす。法律や政府の政策変転は、マスコミなどを通じて社会に影響を与え、国民の意識に変化を与えるからである。
経営管理も変転する。従来からの経営管理に関する主流の定説といえば、「仕事や予算は上(出どころは金融資本)から与えられて、それを消化するための予算管理や目標管理が行われていた」ものである。だから、売上高が多ければ成果とされ、銀行への借入利息さえ払えば利益率など大して気にしなかった姿勢である。ところがこれからは、従来の主流の定説がマイナーになり、箱もの作り、設備投資をし、ハードさえそろえれば事業経営が成り立つとの姿勢は否定される。旧来の定説が100に一つでも残っていれば、事業は危険だという結論になるのである。おそらく、意識は時代とともに一挙に変化するであろう。
具体的な方向性は、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供、これを世界に向けて行うことが時代の流れであり、経営環境の追い風である。要するに、ICT活用による産業革命が進展、これが時代の経営環境である。Made in Japan の商品、工業品、製品素材、消費財、農業産品、文化商品などを日本から世界各地の富裕層に直送することである。
社会共同体との関わりは法手続主義のパラダイムでクリアされ、ケイパビリティ(経済学者セン)の社会経済学説とも衝突することはない経営思考が必要である。
中国やインドでは、それなりの良い商品を見つけて買い付け輸入といった商業的なことはあり得るかもしれないが、資本投下をしてまで大事業をなし遂げようとするには、経営環境は逆風であるということなのだ。中国は今までもそうだが、上海万博後は、「経済侵略者」とレッテル(現在まで、内心の反日意識)を貼られて、国有化・財産没収されるのが落ちである。インドも階級差別がありすぎて機械制大工業にブレーキが掛かり続けている。安い自動車とかでは、日本では文化経済の側面から、欲しくはなくなる。


政権交代によって国家予算も
選挙公約どおりに組み換えられようとしている。マスコミ報道によると、財務省は4兆円ほどの予算の執行停止をした。補正予算も見直しに入った。一旦財務省が交付した金銭の回収についても検討しているとのことだ。各省庁から、予算の執行停止も出始めた。
国の予算をたてる場合、その実務的なスケジュールは、前年8月いっぱいまでに財務省が、各省庁からの来年度予算の意見をヒアリングすることになっている。そのため、各省庁は6月いっぱいまでに、来年度予算の枠組みを検討し終わらなければならない。したがって、個別企業(業界団体も含め)が、法律改正や予算措置を求めるのであれば、6月頭までに、各省担当主管課までに届くようにしなければならないのである。個別企業からの政府予算アプローチは、ほぼ馴染みがないであろうが、取締法規や助成金に関わることであっても、すべて予算に関係しているから、年間の内でも、この時期が大切なのである。100円でも予算がつかなければ、政府機関としては一切手をつけないことになっている。変形労働、事業場外みなし労働、男女平等その他であれば、数年がかりの予算要求となったが、タイミングがよければ1回だけで済ませることも出来る。
政府機関の、こういった運営状況に、今回は政権交代が入って来たわけであるから、大変といえば大変である。ところが、「物事を一度ご破算にして再度チームで組み立てる考え方」といった方式で進むであろうから、個別企業にとっては、改めて関係省庁に提案してみる価値が出ているのである。もちろん、業界通の国会議員の先生に頼む事など何もない。個別企業からは、チーム民主党に対して政策提言を出すことになる。政府機関の意見公募も、個別企業には効果が高い。(筆者の経験:特定社会保険労務士の、労働紛争あっせん代理人業務の人材派遣をストップ。業界団体が黙認の中、本省通達前に主管課と電話&パブリックコメントで論述)
http://www.meti.go.jp/feedback/index.html
http://www.mhlw.go.jp/public/index.html


新型インフルエンザ対策にも変化が出る?
5日の土曜朝、読売テレビの番組で、民主党のS議員は、新型インフルエンザ対策変更の可能性を示唆した。発病後のタミフルや予防のワクチンばかりでなく、「コンビニ診療」などの充実を提言していた。すでに新型インフルエンザは蔓延しており、蔓延を前提として対策が必要である。余談ではあるが、年金問題が取りざたされた当初、厚生労働省の官僚は、コンピューターシステムさえできれば解決すると言い逃れ、結果はコンピュータープログラムが不発に終わった、といった話を筆者は思い起こした。
いまだに、夏風邪、お腹風邪などと奇妙な病名をつける医師が出る始末である。風邪なら38℃も熱は出ない、鼻と喉に細菌による顕著な炎症が現れるが、同様の炎症はインフルエンザでは現われず、咳のでないケースも多い。風邪の抗生物質を飲んでも、解熱もされず頭痛も激しいばかりで、症状に全く効果がない。
新型インフルエンザは、空気中にウイルスが漂っている状態で、目の粘膜、鼻腔の粘膜に付着して、10分で感染する。なので、マスクだけではなく、ゴーグルで目を覆う必要もあるのだ。基礎疾患者は人混みでは眼鏡だ。手洗いは効果的であるが、意外に忘れやすいのが頭髪衣服に付着したウイルスを吹き払わないで家庭内や職場内に持ち込んでいること。今回の豚インフルエンザウイルスと、東南アジアの鳥インフルエンザウイルスでは、感染と症状が違う。そして潜伏期間については未だよく分からないようだ。
この春の流行で、もう免疫を持つ人は、「例年の予防ワクチンを受けた後、ウイルスがはいりこんだときのような、まぶた先端の痛さ、鼻の奥と喉の間付近の乾燥したような違和感を幾度も感じる。とくに人混みに行ったときは必ず」と言っている。また、子供は初日の夜38℃前後の発熱し、親は38℃までの発熱が1日とか鼻の奥と喉の間付近の乾燥とか極度の疲労感を覚えた、といった家庭は筆者の周辺だけでも10人以上に及ぶ。発熱は38℃までで1晩程度、あとは微熱といった事例も多い。発熱したからといって、すぐに新型インフルエンザが検出されるわけでもなく、2日目の熱が下がった頃に検査をしても仕方がない。熱が下がった頃にはタミフル(副作用が激しい)も不要である。加えて、体内に新型インフルエンザウイルスの抗体を作るためには、発熱した際に解熱剤や鎮痛剤を服用していては、抗体が出来ることがないのである。すなわち、すでに14万人どころではない多くの人が罹患し、抗体をもっていると見てもよいのだ。
(詳細情報は、このメールの巻末に総務部メルマガ号外(5月18日号)を掲載した)。
蔓延を前提とした対策であれば、例えば新聞全面広告、
熱が出た時には、とくに子供は徹底して頭を冷やすこと、
水分と糖分(0.3%食塩水+砂糖類)を補給して体力維持すること、
などの初動治療であるとか、予防についても、
職場や自宅に入る前に頭髪をとかす、衣服を叩く風で飛ばす等、ゴーグル着用、
の手立てを紹介するなど、効果的と思われる方向を何でも紹介することである。マスクとタミフルとワクチンばかりの話に終わらないようにすることである。
数千年の昔から、天災が起こっても政策が安定しておれば潰れる国はないと言われている。


債権回収事件の取り下げ、チラホラ?
が、この数週間前から目立っている。そのほとんどは、訴額が合計140万円以下の簡易裁判所扱いの、クレジットの返済不能となった債権回収事件である。一つの事件について債権者と債務者双方にインタビュー出来ないので、正確な分析は分からないが、およその推測をすると…。
債権者が訴訟をするまで債務者は返済を行っていない。そこで、債権者は訴訟を提起する。だが、債務者はすぐに払うことが出来ないので、「月額1000~2000円の返済を」と返答して和解を求める。裁判所ではこの手の事件が急増している中、判決文まで作成し手間をかけることが出来ない事情から、なんとか債権者側に和解を求める。すると、債権者からすれば、いくら自社の社員を代理人として裁判所に出頭させ弁護士費用を浮かせているとしても、債権額の回収速度と照らし合わせれば、裁判手続準備、当日の日当その他経費を考えると、膨大な赤字が出ることになるのだ。だとすると、赤字になってまで、債権回収するわけにはいかないことから、訴訟の取り下げに至るという役割である。
債権者が債権回収に赤字を見込めば、債権回収会社に債権を、1件当たり1000円で売ることになる。だとしても、債権回収会社にしたところで、振出から裁判手続準備、当日の日当その他経費が必要となるわけだ。訴訟提起する前に、債務者に幾度も電話するとか、何通も督促書を発送するとかの作業が省略出来るわけでもない。
自由平等のための社会共同体であるから、個人の生活や命を引き換えには債権回収出来ないから、生活破壊寸前の債務者を、事実上保護していることになっている現象だ。いわゆる新自由主義の反省に立って、「回収出来ない相手に金を貸す者の方が馬鹿」であることが、明確になっている。ここでも社会共同体の意識に変化をもたらす。
残るは、暴力団金融に対して、どういった対策を講じるかである。司法書士事務所の一部に、暴力団金融の債務は、見て見ぬ振りをして放置、通常債務は解決しても、暴力団債務が膨れ上がっているといった事件が、司法書士の倫理問題として浮かび上がっている。こうなれば、刑事事件の領域である。


来年4月1日から、労働基準法が改正施行
される。そこで、業務や作業の進め方、人件費の計算を、来年度に向けて進めるにあたって、巷の一般解説では不十分なポイントを、実務で消化出来るための解説をする。そのまえに労働基準法の各種休日の定義を押さえることが不可欠である。法定休日は週1回の割りで与えなければならない。
休日は、労働契約の期間中に発生するものでしかない。
法定休日に働かせた場合、代休を与えることが出来る。が、35%の割増分は必要。
振替休日は、あらかじめ法定休日を所定労働日と入れ替えること。
代替(だいがえ)休日は、法定休日外の日の時間外60時間超過分を帳消しに出来る休日である。
有休日の所定労働時間に働けば、有休不消化に過ぎない。

賃金割増率の引き上げ:中小企業として猶予の対象
となる企業は、事業所や事業場単位ではなく、会社全体の規模で判断される。個別企業の主な事業活動の業種(日本産業分類)によって異なる。主な事業活動とは売上金額を指すものではなく、会社定款などに示される一定の設備や人員を配置して行っている事業である。企業単位の判断のための図表が出回っているが、通常8個の枠が示され、企業全体としてそのどれかに該当すれば中小企業として猶予の適用がされるのである。資本金がオーバーしても、常用使用人数が未満となっておれば猶予適用である。「雇用」なのか「使用」なのかの区別は、雇用契約書の有無などではなく、実態として労働契約が結ばれて使用する人数が問題になるといった意味である。したがって、常時使用する労働者とは、1日の労働時間や週の労働時間にかかわらず、常時使用(臨時の労働契約を除く者)のすべての人数、すなわちパート、アルバイト、嘱託、一匹狼、インディペンデントなどの労働時間や名称の如何を問わず、臨時と明示して使用する者以外の総人数である。
例えばサービス業であれば、常時使用する労働者が100人を超えていても、資本金が5000万円以下であれば猶予適用となる。小売業、サービス業、卸売業以外の業種は、資本金にかかわらず300人以下であれば、猶予適用となる。
なお、労働契約とは、使用されて労働し、労働に対して賃金を支払うとの2つの要件を労働者と使用者の意思が合致していること(労働契約法第6条)である。

60時間のカウント対象には、
法定休日労働と週40時間以内の労働が除外される。ただし、あらかじめ法定休日と週40時間以内の所定労働時間が、各日ごとに定められていなければならない。すなわち、毎日、毎週のタイムスケジュールであれば、所定労働時間帯が網掛け表示出来るようにしておかなければならないのだ。これが、最低基準を定めた労働基準法の規定であり、この最低基準を上回る部分について個別企業の労使間手続を経て、初めて自治決定が出来るのである。
法定休日や「所定休日」の区別が論議される原因は、労働基準法の理解で、最初のボタンをかけ間違えているからである。というのは、経済団体とか勉強不足の専門家が、1980年代に休日増加の対策として、年間休日の発想を持ち込み、年間休日104日(=週休2日×52週/年)といった具合に、法定休日と「所定労働時間帯の無い日」を混同させてしまったことによる。法定休日は、毎週1日の割合で、あらかじめ指定しておかなければならない。この指定がない場合は、賃金締切日から遡って毎週1日の割合の日数が法定休日(通常は連続した4日)として扱われる。したがって、その4日程度が所定労働の曜日であっても、8時間を超えても超えなくても、その日に働けば35%以上増しで計算することになる。法定休日は「60時間カウント対象」ではないから、50%になることはない。この場合の休日とは、午前零時から午後24時を指し、前日から働いておれば、午前零時をもって35%以上増しの労働時間帯に切り替わる。
1日の所定労働時間を8時間未満と定めていれば、1日8時間を超えた時点から「60時間カウント対象」時間帯となる。時間外労働(残業又は早出)は、1日の所定労働時間帯の始業時刻と終業時刻のタイムスケジュール網掛け時間帯からはみ出た部分を指し、翌日の始業時刻に到達すれば、時間外労働帯から所定労働時間帯に戻る。1日の始業(早出もあり得る)から翌日の始業時刻まで、休憩を挟みながらも、労働時間帯を1労働日と言い、機械的に午後24時で当日労働分と翌日労働分に区別することは出来ない。
また、土曜日とかの所定労働時間帯の無い日であれば、週の労働時間が40時間を超えた時点から「60時間カウント対象」時間帯となる。なお、1週間とは、何らの定めもなければ、日曜日から始まり、土曜日に終了、翌週の日曜日午前零時になればリセットされる。

労働基準法の原理原則から改正を理解すると
1週間のタイムスケジュールを升目のグラフで表示し、
第1番目に法定休日の日を決定し、
次に所定労働時間帯に網をかけ、
時間外労働を記入していき、
このうち、週40時間を超えた部分(就業規則にシフトの定めがなければ1日8時間)に対して割増賃金を払うことになる。この割増賃金支払い対象の時間が60時間を超えれば、割増が50%以上になるというのが、今回の改正である。
(こういった原理であるから、加減乗除のプログラムソフトでは、コンピューターによるカバーが出来ないのである。もちろん、ソフト開発者に原理原則が分からないから、ソフト開発が出来るはずもない。せいぜい、加減乗除のプログラムに、ほんの一部を組み込む程度でしかないのだ。年次有給休暇の管理手続きが、300人以下であれば、紙ベース作業の方が速いのはこのためである。特に時間有休ともなればパソコン処理の方が時間を要する。ビジュアル処理出来るパソコンは、まだまだ開発に時間がかかるのだ)。
いっそのことではあるが、休日労働=法定休日に限定、所定労働時間帯以外は、その全部を時間外労働といった具合に、就業規則を改めてしまえば、労働基準法の原理原則に即した発想が個別企業内に定着する。

労働基準法の原理原則で、労働時間帯の把握をすれば
2ヵ月以内の半日単位の代替(だいがえ)休日付与、
代替(だいがえ)休日関連の労使協定での取り決め事項、
年次有給休暇の時間付与と処理手続き作業、
所定労働時間帯の無い日の時間外労働割増、
といった課題は、至極合理的に簡便に理解することが出来るのだ。
最初にボタンの掛け違いをしているから、いくら勉強しても無駄となり、努力の末の労働基準法違反を招くのである。1千数百年にわたって研究された太陽暦、1週間が日曜休日から出発するとし、19世紀の機械大工業(事業場に出勤し、集団が分業し、市場動向で作業内容が変遷するところに特徴)とともに開発、日本でも戦前から工場法によって研究され、その研究成果が労働基準法に引き継がれた。
こういった歴史の経緯と合理性を無視して、「何とかしよう!」とするから、素人には失敗が付きまとうのだ。
労働基準監督官の中には、24時間サービス業やセキュリティー産業などの24時間交替勤務、連日夜勤、三交替変形勤務となると、意味不明な解釈をする者も存在する。が、だからといってその人の言うことを聞くわけにいかない。民間企業の専門部門職は安心するわけにはいかない。社会主義や官僚主導の国ではないはずであるから、自由平等の社会共同体であるからには、民間の能力と知恵が官公庁より上回っている必要があるのだ。

平成22年4月1日施行とは、
先に述べた「60時間カウント対象」時間帯の労働が、4月1日から賃金締切日(例えば4月20日)の間に60時間を超えてしまえば、超えた時点から50%以上の割増賃金を付けなければならない。一部の解説に、4月1日を経過して後の賃金締切日から、60時間のカウントをすれば良いとの間違った解釈が見受けられる。ところが、正確にいえば、4月1日から最初の賃金締切日、次に4月1日を経た最初の起算日から賃金締切り日まで、といった具合になるのだ。ソフト開発業をはじめ長時間労働の個別企業で、時間外が毎月100時間を超えているとすれば、4月1日から賃金締切日だけで時間外60時間を超えている。可能性が強いのである。

有休の時間単位取得:労使協定の締結が
時間単位取得には必要である。その理由は、本来の年次有給休暇の趣旨と異なる目的が含まれることから、事業場単位の協定を結ばせることとしたのである。事業場単位とは、原則は労働者が働いている地理的場所ごととの意味であって、一つの事業所が単位事業場と見なされるには、指揮命令が事業所単位で1本化されていることが要件である。
年次有給休暇の立法趣旨とは、病気やリフレッシュ外の私的用事ではなく、労働者がリフレッシュするための心身健康状態における休暇であって、そのためには連続した数日単位の取得が望ましいとするものである。この立法趣旨を変更するわけにはいかない中で、便宜を図ろうとする制度なのである。
よって、年間5日分までとか、1時間単位で分単位は切り上げ、就業規則記載義務などの煩わしさで規制をかけているのである。

そもそも年次有給休暇付与の対象は
1週間の枠組みしたタイムスケジュールの中の、所定労働時間帯として網掛けされた部分の労働を免除して、出勤したものとみなす時間帯である。単に1日8時間分の賃金を支払うといったものではない。1日単位の取得は、午前零時から開始し午後24時に終了する。仮に、タイムスケジュールの所定労働時間帯の枠外に働いたとすれば、もとより時間外労働時間帯となる。有給休暇を取得したにもかかわらず、労働した場合は、有給休暇の取り消しとなるとなるのであって、その日の所定労働時間を満たさずに出退勤した場合は、賃金カットをする必要があるのだ。有給休暇の日に就労したからといって、休日出勤の割増賃金を請求するのは、不当利得の請求である。

遅刻や早退の代わりに、時間有休?!
を使用するケースが増えて来ると思われる。これは、病欠の代わりに有休を事後申請するのと同じである。有休は、原則始業時刻までに申請があれば、時季変更権を使わない限り有休取得回避が出来ない。事後に申請があって、時間有休を認めるかどうかは個別企業側の権利放棄であるから、それに伴うリスクの一切は、個別企業が負わなければならない。有休は、理由を聞くことなどによって、事実上取得に制限をかけることが出来ないから、時間有休の事後承認は、個別企業自らが秩序を崩すことになりかねない。ある意味、いっそのこと始業時刻をフレックスにしてしまった方が、労働規律や秩序維持に資するのである。もちろん、時間有休の計画付与は出来ないことになっている。
育児や介護、単身赴任のために時間有休を勧奨することはさしつかえない。が、慎重な労使協定手続きを進める必要がある。冬タイム(時間有休を1~2月に集中・毎朝10時出社)。ひどくなれば、サボタイム(嫌な仕事の時間帯に時間有休)も発生する。有休に理由は不要であり、余人に替えがたい業務とは簡単にいえないことから、時季変更権も行使するのは難しいのだ。

有休管理の事務処理は
先ほども述べたが、紙ベース作業の方が速いのだが、肝心の有休取得の管理となれば、今でもそのほとんどが管理不能状態である。やっているといっても、有休取得結果の単なる事後集計程度である。労働者に、「仕事に差し支えないように回りと協議して取得」してもらう程度の対策しか取れないのだ。大手企業では有給休暇を取得すれば出世に差し障ると揶揄されるのはこのためである。そこに、時間有休が入り込み、仕事や同僚(行為があるのを上司が知らないケースがほとんど)の負担など無視して、サイボウズなどで取得するともなれば、確かに混乱を招くのである。そのためにパソコン処理を何とか出来ないかとソフト開発しようとするのだが、やはり労働基準法の原理原則があるから、紙ベース作業と集計作業で行うしかないのである。ビジュアル処理出来るパソコンソフト開発のメドが立たないから、せいぜい有休専門部門作業、アウトソーシング、片手間作業といった対策程度であり、ややもすれば、そこまでして有休管理する必要があるのか?といったジレンマに陥ってしまうのだ。するとまたもや、日頃の労務管理だ!などと曖昧な思考でごまかされ、仕事に差し支えないように回りと協議して取得してもらう程度の対策となってしまうのだ。だが、仕事に差し支えるような有休取得を繰り返しても、これは解雇理由には出来ないのである。
ところで、時代は経済危機の真っ最中、20~30代の若者の意識動向からすれば、こんなジレンマに付き合わずに済む方法を、個別企業ごとに考えるしかないのだ。
(若者意識を反映した事例のURL)
http://www.woopie.jp/video/watch/1aa0d66baad00f1e?kw=foomoo&page=1

2009/08/04

第88号

<コンテンツ>
「景気悪化に歯止めがかかった」との情報?
ここまで経済や社会が混乱するから、
最新インテリジェンス(情報)の実例
個別企業や経済を回復させる力が萎えてきている
個別企業の賃金は、「職能」「職責・役割」をより重視


「景気悪化に歯止めがかかった」との情報?
が流れているが、それは悪徳金融業者のまやかしか、それとも金融・経済恐慌が信じられない経営者の思い込みに過ぎない。統計を診るだけでも、09年1~3月期の生産の落ち込みは日本-30.7%に至り、アメリカの-5.7%、欧州の-9.7%の何倍もだ。09年4~6月期統計の発表待ちだが、明るい兆しがない。雇用保険に加入する正社員の離職が09年4~6月期は09年1~3月期をはるかに超えて急拡大しているから、生産がさらに落ち込んでいると診るしかないのだ。「歯止め」の情報が流れるたびに、都合の良い統計資料を検証しても、垂直落下の加速度が鈍っただけなのだ。
多くの専門家の見方は、累積の過剰生産、貧富格差、過剰金融の構造に、未曾有の財政出動を世界的に行っても手をつけられないとしている。昭和大恐慌(1929年)を引き合いに出してはいるが、まったく打開のめどが立っていないのだ。企業内失業者は推計607万人、6月の失業率は5.4%にアップ、雇用調整助成金支給者も約230万人の微増、生活保護対象は約160万人である。
8月1日土曜朝の読売テレビによると、生活保護申請の多い大阪市では、月収16万円以下が生活保護対象になると推測される受給例示を報道した。労働運動の研究機関は、埼玉で17万円、東北地方都市でも13万円を保護経費として試算している。主要都市では、最低賃金が生活保護を下回っているから、働けば「健康で文化的な最低限度の生活」が営めなくなるといった構造的問題を引き起こしている。通常景気循環なら、最終経済である個人所得が低くなれば、物価が下がってもよさそうなものであるが、実はここでも流通や生産に構造的問題を起こしているのだ。
内需拡大 → 硬質な労働力の確保 → 外需拡大で、日本商品の多国籍展開を図る戦略に、日本の将来はかかっている。景気対策の緊急融資や雇用調整助成金を、錬金術的中抜で金融業者に迂回させているどころではないのだ。高度経済成長時代から此の方、経済の景気循環の度毎に、マインドコントロールにかかる経営者が続出するくらいに、「あと半年で景気がよくなる。総選挙の後は景気がよくなる!」と聞かされ続けできたが、今度ばかりは予断を許さない。


ここまで経済や社会が混乱するから、
さすがに筆者も、このメルマガの読者に何を知らせようか、何を書くのが良いのか、ここしばらく困ってしまうことにもなってしまった。やる気を出して、元気を出して、個別企業の経営は進めなければならない。が、この私に限っては「空元気」を出してしまうと、インテリジェンス情報を提供する上では誤報記事となるから、空元気は禁物なのである。ところがやはり、「空元気」でも出したくなる経済・社会の混乱ぶりであるから、職業上のジレンマもはなはだしいのである。もとより筆者は、無責任な金融経済を対象としてないから、「記事を書く人は孤独である」なのだ。「他人に同調を求めるのは愚かだ」と、娘が中学校で習ってきたゲーテの言葉を読み返す始末である。
思い切って、昔の古典的経済の勉強も始めた。労働問題の古典もだ。リカード、アダム・スミス、マルクス、ケインズなどの経済や、パスカル、ジョン・ロック、ルソー、ウェッブ夫妻、職工事情なども引っ張り出してきた。その方面では蟹工船に留まらず「資本論ブーム」(NHK教育TVの番組にも)が起こっているようで、再び日本では労働問題の専門家であれば、「資本論」の柱の知識が不可欠となった。(この知識の有無は、あっせん代理や団体交渉の結果を、確かに左右する)。
大恐慌の真っ最中、経済や社会の悲惨な現実や現象面をいくら訴えたところで、個別企業の社会での活躍の幅が拡大するわけではない。問題提起には、「もう!うんざり」となるのは、情報がインフォメーションであるからだ。若年層にはそっぽを向かれる、「部長、お先に失礼します。お手柄横取りご苦労様です。僕は帰ってグルメ・ナイト!」といったリクルートのテレビコマーシャルが堂々と流れる時代なのである。


最新インテリジェンス(情報)の実例
「近年は暴力団対策に使われてきた職業安定法、この09年7月から厚生労働省の本省は、各地で確かに職業安定法44条の労働者供給の摘発に踏み込んだ」
これこそがインテリジェンスは最新情報である。だがインテリジェンスであっても、所詮は労働者派遣に関係する分野に限られているにすぎない。
日本経済の将来は、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供にあり、衣・食・住+生活+環境に関わることが不可欠…といったことは言い古されているインテリジェンス。「今や詐欺師でも、中国やインドその他への資本投資など口にすることはなくなった」
と判断するインテリジェンスが重要なのだ。銀行の話に乗せられて、中国投資した人の経営判断を助けるのが、このインテリジェンスの役目だ。
「日朝国交正常化の話には、超キケンなインフラ建設工事が見え隠れする。その額1兆円と悪魔の誘惑話が見え隠れ?」
といったものもインテリジェンス。ただし、接触厳禁・超高度に危険。
「正社員(Seishain)のセ・リーグに対して、パート(Part Time)のパ・リーグ、セ・パ両リーグの交流試合といったパロディーに似通った労働経済政策が一方から提案され、他方からは頭ごなしに交流を否定するなど、こういった双方の感情的理論の応酬では、格差社会が解消されない論議であることは学問的に明白で、改善したいのならば、同一労働同一賃金を個別企業ではなく、(ヨーロッパ各国や一部アメリカのように)日本国中で行うしかない…」
と、ここまで記事に練り上げでこそ重要なインテリジェンス情報となるのである。
こういうインテリジェンスが、個別企業の総務人事部門に役立つのだ。
パソコンや大手新聞論調といったインフォメーションでは、個別企業や個人の営みに資することはあり得ない。本来、ジャーナリズムはインテリジェンスを扱い、インフォメーション分析だけには留まらず、今後を見通す記事などが中心で、記事の一貫した方向性は試金石となる。インテリジェンスで「生きる勇気」が湧いて来れば、それも芸術と言われるらしい。インフォメーションは通信社の領域である。100ある経済理論のうち3つほどの理論で書いている日経新聞では、個別企業の成長には役立たない。日本のインターネットのWebサイトでは、インフォメーションの情報が大流行している。IT技術からICT技術(コミュニケーション)と、IT革命も進化しているのだ。


個別企業や経済を回復させる力が萎えてきている
と思われる節がある。個別企業の集団運営そのもの、個々人の生活そのものに、筆者はその現象を感じ取る。個別企業の成長にブレーキがかかると、相当の注意をしていないと、管理職、監督職が組織自体の保持や個人の地位保身に走るのは一般的成り行きである。個別企業の利益と、企業組織自体の利益とが相反して来るのだ。場合によっては体を張って、個別企業の経営方針に反旗をひるがえす監督職が現われ、少なからずの者は職場秩序を陰で(ゴキブリのように)乱す。
ここでいう監督職とは、係長、主任、班長、リーダーなど、最先端の現場で監督する職についている者である。通常、仕様書やマニュアルなどに従って業務遂行をさせるが、監督職には不適切な職人的気質も発生しやすく、労働意欲や効率に与える悪影響は大きい。

≪企業組織自体を保持&個人の地位保身≫
これを如何に防止するかが人事管理の理論とも言える。だが、現在の経済大恐慌状態は誰もが想定外である。だから、管理職、監督職のいずれでも、個別企業の成長その他に期待出来ないとの自己判断をすると、強気の人物から順に自己の利益は自分で守ると「自力救済」の如く、自己の地位と職権で他人を押しのける活動を始めるのである。もちろん、会社に秘密の裏取引も、顧客との取引や、従業員との間で行われる。
その根底に、個別企業の事業発展とか事業転換の発想はない(そのほとんどは発想する能力がない)。個別企業の組織の強みを発揮して打開しようといった考えもない。自分自身と自分が支配したい子分を確保したいだけの、超自己中心的な欲望なのである。
そこで用いられる理屈などは、よく考えれば道理の通ったもの(合理性)は皆無だ。まるで新興宗教のカルト(ヨーロッパではセクトという)そのものを連想させる手法、カルト的な論理構成まで同じである。

≪カルト(セクト)を一言で定義≫
しようとすれば、「表面的自由とか気まま勝手を口実にはするが、合理的理由がないにもかかわらず、他人に精神的物理的な圧力を加える行為。職場では全体主義的カルトとなる」
と言える。この場合の合理的とは、道理があり論理的な要件が整って説明できることである。教育訓練不足、男女差別、セクハラとは、どれをとっても当てはまらない領域である。
カルトは、本来は宗教とは関係ないものの様であるが、これを例に出したのは、その方面の情報収集によってイメージがつかみやすいからである。個人崇拝を強要することからすれば、その種の超ミニ新興宗教ではある。名称が違っても内容や実態は共通するのである。昔の労働運動におけるセクト主義も研究資料となる。戦前の日本社会や日本陸軍はカルトと見てほぼ良く、カルト構造の上に軍部指導者は胡坐をかいた。海軍はTWI監督者訓練の前身の教育手法を行ったからカルトではない。国防婦人会は典型的カルトである。フランスでは世界にさきがけ、民主主義と基本的人権に反するとして、カルト(セクト)は宗教ではないとして排除の方向を出している。

≪カルト(セクト)の特徴≫
職場で身近に発生するカルトを整理・特徴づけると、
○職場で発生するのは全体主義的カルトである。要するに個人崇拝を強要する形態だから規模は数名程度に留まる。稀に宗教が絡むが、個人崇拝では信用がないから宗教カルトに頼る形だ。経営者がカルトを持ち込む場合がある。反社会カルトならば個別企業の外で形成される。
○加害者になる者は、能力がないのに、他人を「仕切る」ことが好きな性格である。
○精神論など空理空論、地に足の着いた話になっていない。うそ、でたらめ、個人攻撃がいっぱいである。
○会話は、金銭がらみ、作業は量で質を否定、行きつく先は「組織防衛論」となる傾向。
○カルトに陥った加害者個人のメンツで、あれもダメ!これもダメ!となる。
○反面、セクハラ、パワハラ、わいせつを「息抜き手段」に用いるのである。ニュースに流れる、わいせつ宗教カルトや仲間内リンチ殺人の「連合赤軍」の軽い版である。
○常套句は、「あなたのため、だから!」とか、「あなたへの愛、だから!」と、「だから」がやたら強調、やっぱり加害者への見返りは要求されている。
○カルトに組み込むには、一種の軽い洗脳(職場八分、友達なくなる!などの恐怖感を与え、思考停止・強制同調させる)が行われる。マインドコントロール(感情的高ぶりで共感を得る)ではない。
○カルト(セクト)に陥ると、取引契約書の目的と条文、業務の仕様書の趣旨・項目、日頃改良済みのマニュアル、就業規則の趣旨・条文など、こういったものを事あるごとに無視・違反を繰り返すことになる。当然、商品は品質劣化を起こす。ふたを開いてみると、営業上の多大な損害を抱えているケースも少なくない。
○他人や会社を批判する行為で、自己の存在価値を保とうとする者は知識偏重主義者、カルトとは別領域である。(宗教、慈善団体、テロ集団では重複することもあるようだ)。
○名誉欲がないから誉めても効果なし。給与増の金銭欲では動かない。子分を持ちたい権力欲は旺盛。超自己中心なので経営方針からはハミ出すことになる。
○カルトは管理者の目を盗んで、自分が支配したい子分を確保したいだけの、超自己中心的な権力欲望で暗躍する。管理者が甘いと、いくつものカルトが発生、その小集団が相互に競い合うことになる。加害者より有能な後輩、子分にならない後輩をハジキ出してしまう。
○カルト小集団間の派閥争いは、見る見るうちにカルト構成員の職業能力を低下させる。
○男女を問わず、面の顔が厚く、イヤミ100連発を武器、強きに媚び・弱きにキツく当たるのが共通で、社会経験が少ない加害者は仮面も被らないからストレートな現象となる。メイクも相まって顔の表情にまで、特徴がうかがえるのは筆者だけだろうか?
○カルトに女性は狙われやすい。(戦前日本の国防婦人会の様相や役割とまったく同じ)。女性加害者は男女差別の被害者意識を利用してカルトを作りやすい。だから、女性パートが多い職場ではカルトの多発・悪化の一途をたどる現象が多いと思われる。
○女性だから狙われるのではなく、加害者は不安定な立場の新採用を狙う。女は男を狙うが、男は女をカルトに誘わない。擬似同性愛は入り込まない。
○女性差別の被害者意識が強い加害者は、自分のことを「できる女!」に仕立てる手段に子分を作り、自ら男女差別を克服した女と錯覚・自負するといった特徴もある。混同しやすいが、男女差別ではない。男を根っから無能力と決め込んでいる。新入女性社員の離職が激しい部署は要注意。出来る女性は徒党を組まない、まして女だけで。
○職場八分で脅し、経営方針より個人崇拝をと選択を迫るから、カルトである。
こういった特徴から、
正常な人間関係を保とうとする周りの者は敬遠し、正常な顧客、正常な労働力、有能な労働力は寄り付かない!のである。

≪カルト(セクト)が精神疾患多発の原因≫
精神疾患のこの数年の多発、とりわけ去年の秋以降の職場での「統合失調症」や「うつ病」の激増続出の原因を、私もリサーチしているところであるが、どう考えてもカルト(セクト)に焦点を当てざるを得ないのだ。気の弱い人物、生真面目な人物、優しい人物の順に、カルト(セクト)に接触すると、精神疾患を起こしているのではないかと思われる。ことに、リーダー、主任や係長の肩書を持つ先端の監督職の者がカルト(セクト)の中心的加害者に陥り、部下の精神疾患を引き起こしやすい。これは管理職教育がなされず、または管理職の素質欠落によるものと考えられる。先ほど述べたカルト(セクト)の特徴を、そのまま地に出すものだから、すぐさまいじめ、いやがらせ、イヤミとなってしまう。
明確に本人には悪意があるが、これを隠ぺいする。一種の軽い洗脳に対して抵抗出来なくなって精神疾患を発症するケースも大いに考えられる。
したがって、合理的な理由もなく、他人に精神的物理的、圧力を加えるから、正常な職場環境が保たれないことになる。
そうなると、個別企業には、労働者が円滑に労働能力をできるように人間関係をはじめとした職場環境を整える義務があるから、個別企業の監督責任としてこれを放置していると、法的にも不法行為責任を負わなければならないことになるのだ。それは、セクハラ、パワハラ、わいせつ、過度の不合理な仕事の指示など、今話題となっている現象になって現れる。最近、都道府県労働局の個別労働紛争で、ハラスメント(いじめを含む)の相談が急増している。確かに、刑法に触れることはないが、様々な取締法に反していることから不法行為を形成している。カルトが法令違反を引き起こす原因にはなるが、カルト自体は法令の条文違反ではない。条文違反でないと誤認しているから犯罪意識はない。

≪業務遂行に、カルト(セクト)の影響≫
を受けてしまうと、個別企業の商品はみるみるうちに品質劣化して行く。売る側の立場、作る側の立場が、カルトの異様な精神論に影響されるから、その部門はクライアントのニーズから、ますます離れて行くのだ。各種サービス業、小売販売、飲食店などは大きな打撃を受ける。挙げ句には、「客が馬鹿だから買わない!」とか、「利用者に常識がないからだ!」などの理屈ばかりを、その部門の社員が言いだす。
その部門自らの能力の無さや仕事の手抜きを棚にあげて、部門内にスケープゴート(排斥、ハラスメント、精神疾患など)を作り上げて、「アイツのせいで、みんなが困る!」と仲間割れに問題点をすりかえるのである。
ここでの「みんなが」といった抽象的なことを言い出すところにカルト達のポイントがある。中間管理職であれば、「これでは会社組織が潰れます!!」などの経営者には耳ざわりの良い語句を使う(実のところは、我が身の地位と給与の保身目的を言い換えたもの)といった現象が現れるが、これがカルト(セクト)に陥る兆しである。この耳ざわりの良い言葉に喜んで、経営者や上司管理職はカルトを見逃すとか、カルトを助長してしまうのである。

≪そこで、個別企業での対応策≫
カルト(セクト)に陥った管理職や監督職は、個別企業が選任する際には正当順当な評価と方法でもって任命しているのだが、後日になってカルトに陥るのである。だから、発見したと同時に即刻排除するわけにはいかないし、今の状況で排除すれば個別企業の骨組みが抜けてしまう個別企業も存在しているのだ。カルト(セクト)の加害者に陥った者を、不正常であるからといって攻撃してしまうと、本人なりには精神的に切羽詰まっているから、これも精神疾患に陥るケースが多い。宗教やテロのカルトたちは、自分たちの被害妄想も加わって、「攻撃する・される」の被害関係を着想してしまうので、知らないうちに戦争を仕掛けられるが、これと同じく、ときに職場内でも発生するのである。
個別企業の収益性、生産性、労働意欲、効率が、カルトやセクトに掻き回わされないようにするには、今の時代のように成長が見込めない場合にあっては、
A.洗練整備された業務仕様書
B.日常的改良の施されたマニュアル
C.時代や事業に合目的な就業規則
D.これらはミーティングを通じて徹底すること
これらを組織的に行うことが効果的である。
カルト加害者は、一種の軽い洗脳(職場八分、友達なくなる!などの恐怖感を与え、思考を強制同調させる)を行うから、目先の対処は、
1.会社方針・作業計画を公に全員に伝え、カルト達の余地をなくす。
2.管理者は部下に対する、分け隔てない応対をする。
3.仕事の内容・教育・予定などの情報遮断が無いかチェックする。
4.醜い顔つき・濁り目つき・暗い発想と、突然転換が認められれば、カルトの構成員。
もちろん、目先の対処は個別企業の経営理念や方針に沿った事柄が柱である。個人的悩みの解消には、いっさい触れないことが技芸である。被害者への目配せは、もぐら叩き、被害者の救済にならないと覚悟しておくことで。
それよりも、以前のように目が輝いていた時の運営を思い起こしてみることである。


個別企業の賃金は、「職能」「職責・役割」をより重視
する傾向に向うようだ。
独立行政法人労働政策研究・研修機構の昨年12月のアンケート調査結果は次のURL、
http://www.jil.go.jp/press/documents/20090616.pdf
内閣府経済社会総合研究所の、2004~06年の景気回復期において、製造業大企業を中心に賃金抑制が続いた要因についての分析は次のURL、
http://www.esri.go.jp/jp/archive/new_wp/new_wp020/new_wp012.pdf
従来の賃金カーブは、年齢とともに上昇し45歳後は頭打ちであったが、将来は「早期立ち上げ高年齢層下降型」が予想される。一時期のトレンドであった「成果主義」などは何処かへ飛んでいったようだ。一般社会的には、金融業者主導?影響の正社員の人件費削減では商品劣化を生じるとの認識に立ったようだ。
もとより、本来の成果主義は、ある特定ランクの職能資格の枠内だけでの成果を他人と比較することを想定した理論。そこに目新しくコーチングが付着したから見栄がよくなったのだ。所詮は賃金体系関連のコンサルティング商品でしかないのだ。基盤が職能資格制度だから、社員1000人以上で、コンピュータ計算も当然のこととして前提にした制度である。
ところがこれでは、中堅の個別企業に販売出来ないから、想定理論を無視して単なる歩合給に書き換える商品として、コンサルタント会社が販売した。この書き換えを、セミオーダーとまで命名しているのだ。販売した者は素人、購入した個別企業も素人、役に立たないのは当たり前のことである。
芸技の領域にある専門コンサルタントとは、個別企業の理念、戦略、経営方針をもとに、賃金体系の中に、職務型、年功型、職能型、成果型などを織り交ぜ、忠誠心散布を施すことができる職業である。
(…これこそ、毒舌を極めたインテリジェンス:情報である)。

2009/07/07

第87号

<コンテンツ>
80年前の昭和大恐慌、よく似た失敗の再来か?
我が個別企業だけが浮き上がるしかない!
ネットワーク通信は本当の意味のリストラに
労働関係法令改正の動き、最近の雑感


80年前の昭和大恐慌、よく似た失敗の再来か?
大恐慌=構造的経済危機突入の兆しが出てきている。経済成長とか豊かさは、最終的には個々人の生活に帰結するから、すなわち個人消費の動向が危うい。今の経済状況は借金で食い繋いでいる。先食いしているわけだから、最終的に帰結する個々人の生活が大事になるのだ。この経済問題が大事な時期にもかからず、たまに流れて来る言い訳めいた経済指標やマスコミの経済ニュースに踊ってはいけないのだ。一部の統計数値で、経済学を無視した景気底打ちなど判断できるわけがないのだ。
決定的なのは失業率である。
統計数値の取り方が時代や国によって違うが、 最新の失業率は5.2%(完全失業者は347万人分)である。先進各国との比較をするには、ここに雇用調整助成金の受給者を加えて計算する必要がある。その数は現在230万~250万人分であるから、合計すると失業率は9%近くになる。そこで、先進各国と比較した場合、アメリカやカナダは9%前後、フランス、イタリアは7%前後であるから、日本が決して安定しているわけではないことが分かる。その雇用調整助成金の受給申請には、未だ長い行列が続いている。景気対策緊急融資は、少しでも返済見通しのある個別企業には相当行きわたらせたようだが、問題は返済見通しの無い個別企業と抱えている労働者等である。
そして、こういった大型財政出動に借金を重ねるだけで、新しい時代にあった個別企業の具体的な再生施策を、未だ議論にするには至っていないことも確かだ。ついこの間まで立派に見える経営方針を唱えていた人たちは、時代背景とか経済背景が変化した途端に、これまた非現実的方針を、「毎日、惰性のように繰り返すだけ」になっている人が目につく。今日からでも商品構成を変化させなければならないのに、ただ、「単なる安売り作戦」に終始しているのがその典型である。極端なのが違法行為、創意と工夫の無さの現象である。
経済を下支えするには、
最終消費である個々人の生活に資金を投入するしかない。ただしそれは、将来の経済復興に向けての仕組みを作り、打撃を受けた個々人がその仕組みに乗れるための資金投入であることは当然である。決して、「只飯」を食わせるわけではなく、「只飯」を食わせる慈善事業(東京:山谷、大阪:釜ヶ崎その他)はこの世には一つたりとも無いのである。ところが景気対策資金は、発展途上国へのOECDの如く、北朝鮮への食糧支援の如く、この日本でも途中で「中抜き」が横行しているのである。
経済対策の予算は、
物事の本質が分からない官僚が立案し、官僚にはチェックのすべもないものだから、手の込んだ「中抜き」が景気対策予算全般に横行することとなり、「風が吹けば桶屋が儲かる」式の如くに、それなりの経済対策を打ったつもりなのだが、意に反して「派遣切り」や精神疾患・虚弱者の切り捨てといった現象が現われてしまうのだ。 官僚たちは「決まっている解答を解く能力」にたけている優等生としてチヤホヤされ育ったが、「中抜き」の力を発揮する者は、「正解のない解答」を解く能力にたけているのだ。こういった「中抜き」の能力を持つ人たちが社会的評価を受けたりすることはまれで、むしろ優等生たちからは排斥されていた存在なのである。この人たちをアドバイザーとして各々の主幹課に配置すれば、「中抜き」は相当解消される。ただし、「中抜き」をさせろと金融系が暗に圧力をかけ、微少の議員が暗躍することも確かだが。
以上、こういったものが経済分析と言えるものなのだ。文学部出身の新聞記者が書く経済娯楽三面記事とはわけが違う。


我が個別企業だけが浮き上がるしかない!
今の経済状況を見ていると、政権交代の有無にかかわらず、構造的経済危機を迎えることには間違いない。この450年ぶりの金融危機やICT革命を迎えるにあたり、旧態依然として集団同士の争い、組織同士の争いが未だ繰り返されるとすれば、主な政治や経済に関わる集団から有能な政策(それを考える人材)が湧き出て来るはずもないのである。派閥争いが起これば、その渦中の人たちの能力低下(馬鹿やアホになる)となるのは数千年前からの名言にある。自由経済・民主主義は集団ではなく個人の力で発展してきたことは歴史の事実である。確かに支えた人たちはいるが、集団なるものは支えなかった。発展する経済を広げるための、「新しい集団」を作ったのが歴史の真実である。
だとすると、現時点では、個人が、個別企業が、
起死回生に向かって突き進むしかないのである。とかく、サラリーマン生活が長いと、同調者が増えるまで、怖くてなにも出来ないといった癖が強くなるが、この「怖くて何も出来ない…」が命取りとなる時代である。書類送検されたカネボウの経営者も、(命の危険を感じたが)「10年前に手を打っておけばよかった」と語ったそうだが、これも集団が怖くて出来なかった典型である。本当の意味のリストラをするから、労働紛争が生じるのである。今や紛争を避けてばかりいる個別企業は、借金増、給与遅配、売上じり貧を迎えている。誰もが未経験の変化に直面しているから、経験主義は無能なのだ。もちろんこうなると、思考能力がない者は法律違反を繰り返さざるを得ず、コンプライアンスや環境に関心が薄いとして、個別企業内外から見切りをつけられることになる。有能な個人のほとんどは、こうなる前に心をこめて思考するが、そんな個別企業に見切りをつけて人生を切り替えもしているのだ。
「座して沈没を待つ!」とは、
思考しない者にとって、既に企業戦略を間違えたからには、決して投げ槍とか刹那的ではないかもしれない。


ネットワーク通信は本当の意味のリストラに
不可欠なものと言われている。ネットワーク通信を使った産業革命が到来するのは間違いない。昔の産業革命(大工業)は100年位かかっているが、今や10年は1年、一挙に進むこととなる。
そもそも産業革命とは、生産された財物の消費者である市場の激変によってもたらされたものである。画一標準的な商品が売れなくなったことから多品種少量生産となったが、実際は画一標準商品に毛の生えたような多品種少量であった市場が閉塞したのである。そして、金融資本が利回りを求めて信用経済膨張(架空経済)に至り、金融危機となり、一挙に信用収縮を進めているのである。
従来の閉塞市場は、今や「最終消費地を一国単位から世界単位」に変化させ、一品注文生産と思えるような多品種少量生産でもって市場開拓をすることになる。これは、ある意味、そこまでの人類発展段階に到達したとの分析評価もできるのである。
そうだからこそ、ネットワーク通信が需要予測から最終消費に至るまで必要となってきているのである。その意味でIT革命と言われているものが、ICT(コミュニケーション)革命とトレンドが変わってきているのである。経済産業省はIT、総務省はICTといった語句表現の好き嫌いといった次元ではない。
コンピューターといえば、
IBMが興し衰退→マイクロソフトが普及させ停滞→次にグーグルが取って変わろうとしている。個別企業が自前でサーバーとかハードディスクを保有する時代は終わった。(暗号技術発展は、実はアメリカ政府が暗号を禁止していたところ、解禁と同時に発展したもの)。
販売市場にあっては、多品種少量生産といえども、個別企業同士の陣取り合戦から規格競争(ブランド性)に変化しつつある。このことは設備投資不要と言われるサービス業系の中小企業に至るまで、ネットワーク通信を使って超大型サーバーと通信を行ない、ネットワークに蓄積をする時代になるということなのである。
そもそもネットワークの語源は、
アメリカにおいて、会社ごとの固定電話網(別会社だと電話がつながらない)の意味であった。だから、ネットワークの良い電話会社と契約しないと、電話先の量が限られるから、その会社の固定電話網の作用地域が問題になったのだ。それから様々な経緯をたどり、直近の注目点はネットワーク技術の飛躍が再来することである。数年前の日米半導体摩擦問題により、日本は半導体技術を水面下で韓国に移した。このために韓国の半導体は現在、世界で優位に立っている。その日米半導体摩擦が解決に向かうので、再び日本は表立って半導体に乗り出すので、新しい技術開発で日本は半導体優位となり、これがネットワーク技術水準を飛躍させることが確実になっている。先日の日本政府の半導体向け大型投資は、そういう意味であって、社会主義政策の再来ではないのだ。
個別企業の、「高付加価値製品や高水準サービス」の提供は、
1.提供するための事業内外の作業組織
2.適切な労働力の確保と労働時間の割り振り
3.業務遂行のための物理的精神的技術体系
究極はこの三要素の取り組み如何である。
その結果が、個別企業の収益性、事業生産性、労働意欲、作業効率となって現れるのである。この「益・産・意・効」の四分野のどれに問題点があるかを絞るのが経営診断のコツなのだが、今から本当のリストラをする場合に、この究極の三要素にネットワーク通信が不可欠であるという意味である。


労働関係法令改正の動き、最近の雑感
労働時間、派遣業、職業(就業)能力向上などにまつわる法律改正が目白押しである。国会動向によって政策が停滞しているように思えるのは、マスコミがそう書いているだけで、現実の動きは早くも大きく旋回している。すなわち、平成18年度から以降の労働政策は、規制緩和の余波が存在していても、厚生労働省は海底での規制強化方向を着々と進め、オバマ大統領当選をきっかけに、一挙に「規制姿勢」をあらわに出して、いよいよ法的規制を(法律制定前に)定着させようと動いているのだ。だから、マスコミに翻弄されていると目をくらまされてしまうという訳だ。
(この際、法律案、法令、通達の詳細説明は省略して、本質を解説)
労働時間短縮は、
今回の経済危機によって残業が削減されていることから、統計数字に現れる長時間労働は解消されているとしている。ただ、統計の取り方がお粗末なだけで、労働時間のアンバランスな実態には変わりがない。統計に現れないから、政策的な手立ては打たれることがない。そこで、労働基準監督官が労働時間是正の監督指導に入る、「個別企業:監督官」の肉薄戦にステージが移っている。その結果が、7月2日の舛添厚生労働大臣の、「日本では労働法が遵守されてない」との嘆き発言である。こういった現象の奥底にある本質は、月60時間5割増賃金の法令施行前に、時間外労働を「月60時間未満」の状況に、実態を持ち込もうとしている政策誘導だ。
派遣業など労働力需給市場は、
社会問題になった日雇派遣が典型的、日雇派遣には政策的な弾圧が繰り返され、ほぼ厚生労働省の考えている程度にまで縮小されつつある。製造ラインの派遣は、選挙結果にかかわらず大幅に縮小される見通しだ。その代替えとして、請負条件を満たした業務請負、並びに職業紹介事業である。そもそもの政策的な目的から1997年(1999年派遣法緩和はではない)に始まった「賃金コスト抑制政策」はほぼ完了したから、それなりに派遣事業の形態には、もはやすることが無くなったのである。これからの日本経済を見越して、職業能力に重点をおいた労働力の企業間異動に政策が移りつつある。厚生労働省は、民間活力だ何だとか言ったとしても、職業安定所よりも規模の大きな派遣会社は作らせなかったし、先日からは派遣会社が倒産したとしても、所詮は職業安定政策の一環として民間事業所に、「仕事をさせてやる」と許可したにすぎないから、要するに派遣業者は必要なくなってきたということとしているのだ。これを背景にして労働者派遣法の改正が進められるのである。
職業(就業)能力向上は、
将来の日本経済再興に合わせて、改めて、日本の労働者の能力向上政策を図ろうとすることにはなったようだ。ところが、セーフティネットに名を借りた予算措置はしたものの、直球の予算組はほとんどないことで、本当に何から如何に着手すれば良いのかが分からないといった状況のようだ。ただ、日本の死活問題として、職業能力向上政策を位置づけようとしていることは確かである。日本の賃金水準低下政策は終了して、次は「職業能力の向上が所得の拡大につながり、消費が増えて経済が活発になる」と労働政策(労働白書21年版)は位置づけている。この理念から、この能力向上に向けて帰結するところの日本型雇用システム、賃金・評価システム、新産業雇用創出分野を政策的に再考して行くことにしている。個別労働紛争の解決機関(労働局:紛争調整委員会)を整備して、労働者の集団的管理から個別的管理への移行させているのも典型だ。具体的な政策展開案はこれからのようだが、人海戦術で経済を成り立たせようとする戦略は、戦後約65年をもって終焉することとなった。大げさにいえば、労働政策は戦後の日米経済同盟関係に、見切りをつけようと動いているのだ。
さて、この20年余の労働政策は、
法律施行前に、事前に規制を完了した実態を作り上げてしまうとの方策を採用してきたし、これからも当分の間この方策は継続される。したがって、個別企業における人事労務政策は、法律が施行される日時からでは遅いのである。すなわち、行政裁量権を大いに発揮して政策誘導を進め、旧労働省職員(行政改革を免れた)の組織力を以って実態形成を進めているのだ。最近は、厚生労働省の非正規職員に人事部門経験者や社会保険労務士を雇入れ、事業のアウトソーシング先に社会保険労務士会を動員しているのが特徴である。
ときに、個別企業の対応が遅いが為に、貧乏クジを引かされる法律も存在するのだ。安全策はその逆で、ある。

2009/06/08

第86号

<コンテンツ>
新自由主義と言われる時代に、乗りに乗った社長
世界中が大不況でも、衣食住関連は強い!
今、切実となっている労働力(商品)はどうなる?
経営者も労働者も借金苦から逃れる!未然防止!
労働契約方の解説(おしなべて間違いやすい事柄の解説)


新自由主義と言われる時代に、乗りに乗った社長
何をもって新自由主義というのか定かではないにしろ、こういった経営者たちは、「今に景気は回復する!」と力説する人生観しかないのだ。昨年7月に世界的な金融収縮情報が流れ、秋に向けて次々と収縮が実行されていったにもかかわらず、リーマンショックが出るまで「動きのとれなかった経営者」なのであった。経済が落ち込むことが見えなかった経営者というよりは、経済は右肩上がり以外は存在しないといった人生観に凝り固まっているのである。
身近な例でいえば、元大手銀行員を経理部長などに据え置き、社長より高い給料を出し、「銀行融資と銀行返済、そのために売上高拡大とリストラの繰り返し、銀行との付き合いを止めれば、会社はつぶれるぞ!」としか言うことがなく、権限と恫喝を繰り返している頑固者と同じような者である。経営者の相談相手と言われる税理士にも、「銀行の言う通りしないと、大変なことになる。取引できなくなる!」と銀行の方ばかり向き、「税金は払っておかないと大変なことになる。税務署に突かれて潰される!」が口癖の人物、経営者の方を向いてくれていないのだ。時節柄の例えでは、「景気対策で真水が来るから、少しは潤うみたい!」といった巷の話と同じであり、実のところは政府の官僚と官僚OBで食い散らしてしまうだけ、バブル崩壊以降は民間に潤いが回って来た例もないのだ。
個別企業は一丸となり、個人は性根を据えて「豊かさと安定」を考えなければならない。巷のニュースや心地良い情報ばかりを追っかけているばかりでは、「自ら望んで他人の餌食になって行く道のりを歩んでいるかもしれない。


世界中が大不況でも、衣食住関連は強い!
詐欺やインチキ商法も横行しているが、知恵を出して今までとは全く違う新しい商品の考え方、新しい価値観を開拓している個別企業は強い。最近、マスコミでも紹介される衣料や外食に関する「激安」といった商品がそれだ。衣料はおしなべて旧来の非効率な作業、すなわちマーケティング、デザイン、素材、縫製の常識を革新して商品を提供しているようだ。そのためには、旧態依然とした業界のシガラミから(国外生産などで)脱却する方法もとっている。外食は、食材調理に力を入れるのではなく、ある程度加工した食材の販売に焦点を絞り、店舗に投資せず立地重視で展開しているようだ。いずれも、バブル時代に乗りに乗った業界人から、「業界の常識ではない!」と否定された非科学的圧力で潰されていたところの考え方と顧客の価値観が、今や(常識脱出!)花盛りになろうとしているのだ。明治の産業革命の時もそうであったし、昭和大恐慌の時もそうであったが、こういった知恵が経済回復を進めるのである。昭和大恐慌の時は、それまでの不景気が昭和4年にパニック、昭和12年には民需を回復させたから、現代の経営環境を工夫すれば速いのであり、現代の経済構造からすれば、それぞれの個別企業ごとに回復するのは明らかだ。
「福祉、介護、医療の分野で内需拡大!」と、
これをうたい文句とするストリーは選挙目当て、世論誘導であり、それだけでは将来経済に誤解を生ずる。
高付加価値製品や高水準サービスを提供すれば、日本の商品は世界貿易に通用する。もうすぐアメリカは輸入国から輸出立国に転換するが、その時日本が、全く違う新しい商品の考え方&新しい価値観を開拓して高付加価値製品や高水準サービスを提供していれば、アメリカと肩を並べていることは目に見える。資本力、多国籍海外投資、こんなもので日本が勝てるわけがない。豊かさを犠牲にしてまで勝ちたくないのが日本の文化だ。


今、切実となっている労働力(商品)はどうなる?
サラリーマン、正社員、非正規社員その他、何をどう言おうとも労働力を商品として、民間個別企業は受け入れるしかない。労働者はその代金(賃金)で生活しなければならない。代表取締役の肩書があっても、自分の意思にかかわらず働かなければならない人も、労働力を商品として他社から報酬を得るしかないのだ。
個別企業からすると、雇っている人の、「能力とか使い道」の使用価値が重要となる時代になった。銀行から融資が転がってきて、専門的能力は程々に、頭数をそろえて事業を運営すれば資金が回転した時代は過ぎ去った。その意味で450年ぶりの金融危機を肌身に感じるのである。

片や、専門的能力を持ちながら、又その芽を持ちながら、活躍できるステージに立っていない人材が巷には溢れて出てきていることも確かなのである。人材を金銭価値ばかりで判断したものだから、要するに、判断要素の大半が年齢、職歴、通勤などを賃金額に置き換えていたので、「能力とか使い道」の客観的合理的判断はなおざりにされていたのである。日雇い派遣とか製造業派遣に至っては、能力・経歴を消し去って、完璧、「頭数と利ザヤ」の世界観で運営されていた。受け入れ側の必要性から面接→採用決定→解雇指示に手を染めて、職業安定法違反の労働者供給の片棒を担がされる犯罪者の立場に立たされた者も発生した。労働組合も昔ながらの金銭に固執するばかり、産業別とか職種別というよりも会計別労働組合(金銭を取りやすいところに矛先を向ける組織形態)の様相を持つに至っている。

人材派遣の方式では、こういった労働力の需給を解決することはできない時代だ。日雇い派遣とか製造業派遣は、ミスマッチをますます拡大させた。それどころか、ニーズが無くなったばかりでなく、この分野の派遣業を事業として行えば資本滞留が甚だしい業態になっている。既に多くの派遣会社がその前に倒産・夜逃げをしている。
「能力とか使い道」を重視すれば、労働者からしても職業紹介が今のニーズに適合している。
もちろん、旧来の職業紹介のイメージではない。「箱物:パソコン検索施設」ハローワークのイメージでもない。週に2日程度だけ働きたい主婦層も数多い。労働力提供はそこそこにして、社会参加や社会貢献が主な目的な人物も存在する。一つの会社にフルタイムで働く煩わしさを避けたい労働者もいる。もちろん、正社員希望者の数が多いのではあるが、職業能力向上が「高付加価値製品や高水準サービスの提供」に不可欠であることを、個別企業と労働者に徹底訓練することも重要である。これも、今までとは全く違う新しい商品の考え方、新しい価値観なのである。この方法、既に職業安定法の法律では整備されているから、新規事業としての実効あるのみなのだ。有能な人材が腐ってしまわないうちに、活躍するステージが無いことから転落して再起不能にならないうちに、個別企業が「能力とか使い道」のある人物を確保できるように、社会的事業を民間・個別企業が行うことは、日本経済を立て直す具体的な手段でもあるのだ。


経営者も労働者も借金苦から逃れる!未然防止!
注意! 帳簿に振り回されてはいけない。
時に、会計帳簿は見つめているうちに虚構を生み出す装置だ。時価会計、原価会計いずれも、所詮は経営・経済の社会科学とは縁遠い代物、時の政策が都合で立案したものだ。公認会計士の制度も、「帳簿や会計制度が悪いから、1929年の恐慌が起こった!」とする、いまや非科学極まりない理屈(現下の金融危機到来が証拠)がまかり通り、当時占領下の日本、アメリカGHQの肝いりで導入した虚構なのだ。
金融機関の今は序の口、これから絶大な資金回収と資産整理が行われる。金融庁も「正当な範囲」だとしてこれを後押ししている。ただし、この「正当な範囲」とは、自由平等を目的とした社会共同体の秩序が壊されない限りという意味であって、金融機関の支店長や銀行員の口から出まかせ話ではない。その基本になるのは、平たくいえば、
「健康的で文化的な生活」を捨ててまで、借金返済をする必要はないという原則。
生活保護水準の最低限度まで生活を落とす必要もないのだ。
そのコンプライアンスで、金融機関も裁判所も認めざるを得ない具体策をまとめてみた。
さて、このいくつかは、株式会社総務部でアドバイス済の手法である。

■個別企業でチェックしてみましょう■
・新規事業融資、リストラ資金名目で、今のうち融資を借りておく。
・銀行が、小出しに金利引き上げを言ってきたら、初動でハッキリ断る。
・すべてカード決済はやめる。余計な出費がなくなる。
・信販やリースの返済は大幅カット。「持って帰ってくれ!」といえば良い。
・どうせ割れない手形なら、手形支払をやめて「支払証書」に変更。
・売掛金を入金する口座は、借入の無い銀行口座に変える。
・今のうち、会社所在地、住所地から遠くの銀行口座に預金を異動する。
・ゆうちょ銀行、信用金庫、信用組合の預金差押対策は複雑専門手法が必要。
・公共料金などの引き落とし専用口座の余分な預金はすべて出す。
・定期預金を外し、普通預金を引き出すのに、理屈や正当性はいらない。
・遅延損害金を払わない。実は元金返済充当にあてている場合も。
・住宅ローンでさえ、注意!金利を引き上げて来る時代である。
・銀行に担保を渡せば、返済残額は年度末には貸出帳簿から削除される。
・銀行と協議を続け、担保物件を任意売却して融資額ゼロにする方法がある。
・「粉飾決算」芸当を逆手にとって、銀行は融資回収に襲いかかる。

■こうやって、保証人は身を守る!■
 (保証人になったことを忘れている人も多い。)
・銀行から、この3年~5年以内に保証人の意思確認があったか思い出す。
・保証人宛に全額返済の内容証明が来てもあわてない。返信しない。
・今のうち、会社所在地、住所地から遠くの銀行口座に預金を移動する。
・素人では、ゆうちょ銀行、信用金庫、信用組合の差し押さえに対抗できない。
・無担保のマイホームは妻に贈与。結婚20年以上なら評価額2千万円までは相続税なし。
・妻が保証人の場合は、子供にマイホームの十分の一程度を生前贈与して競売不能にしておく。
・マイホームに住宅ローンが設定されていれば、差し押さえられても競売にはならない。
・ローンのないマイホームは、友人との間で登記をして抵当権を設定する。
・何れにしろ保証人の最大防御は、「話さない、払わない、行かない。」

■虎視眈々(こしたんたん)と、■
あなたが次々に対策を打っておけば、不測の融資返済が襲いかかってきても、あなたの家庭と個別企業を守ることができる。事実、昭和大恐慌のケース(そのまま応用出来ないが)では、事業失敗だけでなく、保証人になって田畑の財産を失ったケースが多かったことも事実だ。
同じ方法で、この際有能な社員を借金苦から守ることも、総務人事部門の重要な仕事だ。



労働契約方の解説(おしなべて間違いやすい事柄の解説)
労働契約の成立は分かりやすいが、変更となると実務上、順番を間違えてしまう場合が多い。これを整理すると次のようになる。
1.使用されて労働+賃金を支払うことの2要件で労働契約は成立する。
   (二つの要件がそろわなければ、契約は成立しない)
2.合理的労働条件の就業規則周知で労働条件成立。
   (合理的とは道理のあることが、概ねの意味)
3.労使が合意すれば、労働条件を変更することができる。
4.合意できなければ、合理的なものに限り就業規則変更で可能。
5.労使が個々に特約労働条件を結んでいれば、最優先する。
6.個々の特約や就業規則よりも、労組との労働協約が優先する。
7.安全配慮、出向、懲戒、解雇は、何よりも労働契約法の条文が優先する。
したがって、本人との合意が取れたならば、
安全配慮、出向、懲戒、解雇の条文→労働協約→本人との特約→就業規則
の順序で、変更手続のチェックをすることとなる。
ところが、合意がとれない場合は、
就業規則(賃金規定、退職金規定、その他別規定)の変更をすることとなる。
この場合に、従業員代表選出、不利益変更7要件などを満たしていなければ無効とされる。
出先で労働提供を行うような業種では詳細な労働条件、すなわち勤務地、賃金額、週労働時間などを個別労働契約の締結に(就業規則で)委ねている場合が一般的であるが、そういう方法をとっている場合は、労働契約変更の合意を本人から取るしかないことになる。
事務手続き優先の発想とか、現場を知らない専門家?の類は、すぐさま不利益変更7要件とか就業規則条文語句を、あれこれ取り沙汰する。これに対し、実務専門家や真の法律家は、労働契約法や労働基準法の基本趣旨と条文の両方を踏まえることで本質を見抜いた運用を、本質的なところからアプローチするのである。
業務遂行、労働者統制、人間関係、法令関係、紛争の可能性などを総合的に判断できるようになるのは、「本質からアプローチと工学的分析の訓練」、これを日常的に積み重ねているからなのである。

2009/05/07

第85号

<コンテンツ>
経済悪化を示すデータが次々と出て来る。
連休明けから事件の多発!の兆候が出ている。
極めて厳しい?個別企業に共通する2点
大規模な貸し渋りの波が、5年以内にやってくる。
今の景気対策を専門的視点から見れば、
売れる現実・売れない現実
労働契約法の解説 就業規則違反の労働契約(第12条)
何が?いったい?基準に達しない?労働条件?


経済悪化を示すデータが次々と出て来る。
右肩上がりの統計資料に慣れているから、あまりにも急降下する実態が読み切れない。もとより、右肩上がり向けに作った統計資料であるから、額面通りに見てはいけない。医療・福祉関連、情報サービス、宿泊業・飲食サービスが、堅調といっても中身が中身だ。要するに、業種別にみるということ自体が、大変な誤りを引き起こすのである。右肩上がり向けの統計資料の Information では判断できない。
業界ごとに現場で起こっている Intelligence情報が重要だ。


連休明けから事件の多発!の兆候が出ている。
3月末の整理解雇などが事件化。個別企業の決算が進むにつれリストラを迫られる。この動きに銀行融資は促進圧力を掛ける。旧態依然の個別企業にリストラが必要で、整理解雇対象も旧態依然の人物に集中するのが当然だ。4月からの期待も、毎年5月には裏目に出ることも確か。
食い合いの様相は広がりつつあり、「チャンスがあれば貰っておこう!」との考えは浸透している。
事件やトラブルは、早期解決の道しか今はない。未然防止の資金が個別企業にない。裁判所とか公的機関への訴えは、事件から60日前後に集中、3ヵ月を過ぎることは無い。
ほとんどの専門家が旧態依然の現状、この人たちに対策は打てない。


極めて厳しい?個別企業に共通する2点
初歩的ミスが多く、これによる出費が多い。
打合せ・判断に時間がかかりすぎて、コストもかかればチャンスも失う。
さっさと手慣れた人たちに任せ、判らなければコンサルタントに聞けば良いが、そうしないから、体力消耗もしくは、致命傷を受けるケース(業態で異なる)が共通しているのだ。
不採算部門撤退、事業縮小、整理解雇など、早くしなければならない。
ズルズルと遅れてしまっては元も子もなくなる。所詮、ズルズルと波風を立てずに経営を行う能力は過去・旧態依然経営者の必須素質であった。右肩上がり成長時代の成功体験の「塊」だから、一挙に切り替えようというのは無理かもしれない。無理ならば、期限を決めれば割り切りもつくのだが、無期限延命の(成功体験)白昼夢を見るものだから、やがて、彼は行き倒れとなるのだ。
「早くする!」ことを活躍の柱と見て、現場のインテリジェンス情報を収集、それで以って個別企業の経営管理を行うことが重要である。だから、「解決に至るインテリジェンス情報」を収集できる人事総務部門が重要な役割を果たすのである。


大規模な貸し渋りの波が、5年以内にやってくる。
金融庁もその方向で動いている。メガバンクのみならず、地銀や信金までもが貸付資金を海外投資に回すからだ。その理由は、海外の運用利息なら5%以上を稼げるからだ。中堅中小企業に足がついていないメガバンクからすれば、銀行営業マンを回らせるなど、特に非効率・無駄と考えている。たとえ、メガバンク同士で貸し出し競争をするとなると、国内で5%の貸し付け利息など回収できるわけがない。加えて、大手銀行統合メガバンク誕生時代とは状況が激変をしていて、メガバンク3行とも世界における地位は急落した。三菱東京UFJでも第10位程度、何と同行の実質貸付可能額自体が15兆円ぐらいしかないという話も流れている。
「低利貸付金融資金がない+もとより貸付資金がない=大規模貸し渋り」
である。そうだからこそ、時代にあった事業内容への転換を進めるには、
「元金棚上げ:利息だけ払うといった覚悟」の資金繰り発想が不可欠となるのだ。
生きて事業継続!をするには、こうせざるを得ない経済状態を大恐慌と言わずに、一体?何と言うのか! 人々の気持ちの問題ではない!
経済を活発にするための貨幣マネーは、今や金融自己保身のために個別企業をつぶす。だから、心をこめて、精神をこめて、
「資金確保に万策を尽くすこと+(資金使用料の)利息のみ支払!」
をセットで進めることが重要なのだ。


今の景気対策を専門的視点から見れば、
まるで、“サラ金から金を無理矢理借りて、ビフテキを無理矢理食べる”ようなものだ。無理矢理食べるから後からツケが回る。あまりヘルシーでもないビフテキを食べれば、体力のないメタボになる可能性は高い。長くて成人病、早ければ突然死と、→ 死んでしまう可能性が高くなるのだ。日本国の事といっても他人事ではないが、マスコミの「景気対策話」に引きずられ、メタボになる個別企業も出るだろう。一説には、景気対策の真水は、半分程度といわれている。本来、景気対策は景気刺激策であって、真水を当てにするものではない。だが、選挙運動と絡んで、真水で生き返るのではないか??との錯覚を、マスコミが言い振らすものだから、昔から旧態依然の人たちは乗せられるのだ。
(一説によると)実態経済の3.7倍に膨らんだ信用経済。
これで成り立っていた信用経済が一挙に収縮しているのだ。風船は膨らませていないと経済発展は無いが、割れる前にシボませて、シボミすぎるとシワが出来るから、ちょっと(景気対策)空気を、またを入れて、また、シボませてである。
この金融危機は450年ぶりのシボミ様なのだ。


売れる現実・売れない現実
同じ業種でも、違いが出ると言われて久しいが、どうすれば良いかの答えは出てこない。筆者は、その分野の専門家ではないから断定は避けるが、大阪の街中飲食店ではこんな現象がある。売れる店は、値段は高いが本物を売って繁盛している。ここまでは昔の話。
もう一つは、若者向けに、安くてボリュームがあって、味がイマイチ?なのだが、ポイントは店で働く人が親切!であることで、大繁盛しているのだ。
すなわち、料理のプロ指向に徹する店と、飲食物販売指向に徹している店なのである。
ここでは、メリハリが大切で、それを支える労働力とその配置の問題である。
もう少し掘り下げた場合、経済活動や事業目的そのものを3つの側面から、整理し直すことが重要となる。

 ビジネス : 利益追求目的の事業 (粗利益率は30%以上)
 コミュニティ : 人間関係・生活関係重視事業 (NPO等利益目的が無)
 パブリック : おもに公共機関の事業 (事業採算は赤字を想定)

◇ビジネスは、
利益追求目的の事業であるのに、20%以下の粗利益しか出ない。それは、元来の事業計画が中途半端であるからビジネスとして行えないのである。この原因は、会社は利益追求!とか、ビジネスマン!などと、外形や形式だけで指向してしまうから失敗するのである。もちろんメリハリの利いた労働力とその配置はない。確かに、高度経済成長政策が終わるまで、日本政府が行って来たことは社会主義計画経済であった。だから、中途半端な事業でも抱えることができたのだ。

◇コミュニティは、
ビジネスとは異なる。問題は、利益率の低いビジネスとコミュニティの見分けがつかないことである。ビジネスにおいても環境問題、日本流社会的責任、日本流コンプライアンスを掲げるものだから間違うのだ。その見分け方法は、うたい文句を外して、運営制度の実態が人間関係や生活関係重視になっているか?である。ここは思い切って、病院、学校、街の衣・食・住関連商店は、NPOと考えた方が妥当である。共済保険事業の全労済は財源が豊からしいが、NPOに変わりは無い。
NPO=Non Profit Organization そのものである。

◇パブリックは、
税金などの徴収権と徴収システムとの抱き合わせが不可欠であるから民間企業にはできない。民間が行えば慈善事業等といわれる小規模なもの。過去に、公共事業にあって利益追求を行おうとしたものが企業局とか、利益追求型第三セクターと言われるものであった。社会主義計画経済では、これも便利な行政機関として抱え込めたが、今や経済体制が変われば、赤字の山が表面化するのは当たり前なのである。
時代の変化は、経営環境の変化である。

◇原理・原則ともいえる現代事業の3つの側面
から会社分析をはじめれば、大恐慌・大混乱の時代にあっても、物事も整理しやすく割り切りも早くできるのだ。メリハリの利いた労働力とその配置の社風が定着しないのも、ここに原因があったと思われる。
経済活動や事業目的がはっきりしていなかったから、→
「メリハリの利いた労働力が正直に発揮されない」ことになる。その中途半端な実態であるところに、→
金融と物資の動きのブレーキがかかるから、→
なおさら事業の原動力である労働力の扱いが極めて重要になる。
来年は、経済全体が今より落ちるのは間違いない。
そこで、あなたの活躍企業が今年で決まる。
早速、日本の個別企業に見切りをつけて、有能な若い労働力は我先にと、競争のやりがいのある海外へ流出している。



労働契約法の解説 就業規則違反の労働契約(第12条)
第12条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。

労働基準法93条の就業規則の最低基準無効規定を移行させたものである。
従前の労働基準法第93条は、この条文とまったく同じものが定められていた。労働契約法の成立(平成19年11月28日)とともに、労働基準法第93条は、(労働契約との関係)「労働契約と就業規則との関係については、労働契約法(平成19年法律第128号)第12条の定めるところによる。」と改められたのである。
成果主義賃金、複線型個人別人事、労働時間の個別的管理、企業間異動(出向、事業譲渡、会社分割)、転職者の職業能力キャリア評価、労務提供義務内容の個別的合意、年俸制社員、執行役員制度、期間契約、派遣労働者契約、請負労働その他様々な方式・形式の個別的労働契約が増加していることから、就業規則を下回ることに気がつかないうちに労働契約を結んでしまっていることも多い。

★「基準に達しない労働条件を定める労働契約」とは、
就業規則に定める労働時間よりも長い労働時間とか、就業規則に定められた賃金より低い賃金、就業規則に定める労働時間と異なる特約労働時間が定められていない、就業規則に定める時間外手当を支払わない賃金制度(疑似:年俸制)などがこれに該当する。よく外資企業に見られるアンフェアー・トリートメントもそうだ。もちろん、就業規則は労動基準法をクリアしていなければならない。

★「その部分について無効とする。」とは、
その部分外は有効とするもので、その部分が無効だからといって、労働契約全体の効力を消滅などさせるものではない。すべて解除ではない。

★「無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」とは、
無効となった部分を就業規則の規定に従って、労使の権利義務関係を改めて定めることを意味する。すぐさま労動基準法を適用するのではない。(大星ビル管理事件:最高裁平成14年2月28日)賃金の時効は2年、退職金は5年だ。


何が?いったい?基準に達しない?労働条件?
なのか。これを事例知識だけでバラバラに考えれば考えるほど、分からなくなってしまうのは自然だ。その場合の決め手は、
「私的自治の原則及び労働条件対等決定の原則」
である。この決め手(チェックポイント)が備わっていなければ、必ずと言っていいほど基準に達しないのである。そうでない場合も、民法上効力のない契約となっているとか、外形上は整っているが別目的の形骸契約であるのだ。

◇私的自治とは、
「契約の自由」とともに「自らに統治義務」あることを合わせ持つと考えればよく分かる。すなわち、契約当事者は自由に契約すると同時に契約を守らなければならず、部下にも守らせなければならないとなるのである。例えば、派遣先が事前面接・採用決定・指名解雇を行ない、何かトラブルが発生すると派遣労働者であるとして取り合わないというケースは、本質は労働者供給、外形は労働者派遣といった別目的の形骸契約であるが、労働契約の実態は派遣先にあるが雇用責任はとらないというように私的自治の原則に反するのである。たとえ、パナソニック系列、トヨタ系列、三菱電機名古屋でもやっていたとしても、ただの人事総務部門の初歩的ミスなのである。

◇労働条件対等決定とは、
労働者の生活や権利義務の情報量の少なさを考慮せずに、実態として会社の言いなりで契約を結んでしまうことが対等決定ではないと言っているのだ。この対等の概念は時代によって異なる。今の時代、苦痛や精神的圧迫を伴って就業規則を下回る労働契約が結ばれることはない。楽しい美味しい話に乗せられて労働契約をしてしまったときで、錯誤であったり・公序良俗に反している場合には、契約は無効とされるが、もちろん対等決定の原則から外れていたのである。最初に労働契約を結ぶ時点が過ぎてから精神的圧迫をかけられ、労働契約変更が対等決定できない場合も原則から外れる。例えば、生活サイクルに合った短時間とうたっていても、週の労働時間に特約はなく、店長が一方的に決め、店長に嫌われると労働時間が減らされるケースなどは原則から外れる典型である。ここで登場するのが第12条である。労働時間の定めがなければ基本的には週40労働時間、その下回った時間数についても時間給の支払義務が生ずることになるわけで、「それはトンでもない!」といっても、労働契約を破棄はできなくなっている。
現代は、労使双方いずれも、「私的自治の原則及び労働条件対等決定の原則」を守らなかった側が損をする仕組みになっている。自由平等の社会共同体を維持することに、現在の法は目的をおいているから、これが、
「法を知らないあなたが悪い!」と、
あっさり冷たく言われてしまう由縁なのである。確かに法令違反を、していないかもしれないが、この二原則(コンプライアンス)に反していては、元(管理)も子(利益)もないのである。

2009/04/07

第84号

<コンテンツ>
雇用対策予算の額に議論が集中するけれど、
「450年ぶりの金融危機(1556年)」が背景
現代の労働紛争のパターンは大きく分けて三つだ。
社会保険労務士の業務をめぐって珍しい裁判が終結
個別企業内での無秩序状態が
労働契約法の解説 有期労働契約(第17条)
さて、第17条第2項を理解するには、
有期労働契約の中途解約は、
有期労働契約の法的規制の方向は、
違法行為や脱法行為は、総務人事部門の仕事?


¶雇用対策予算の額に議論が集中するけれど、
これでは、どう見ても、抜本的な雇用対策(&経済対策)とはならない。
ことさら雇用対策と歌い上げているが、経済と雇用は表裏一体どころか、団子のように完全に一体なのである。日本経済の豊かさや未来を切り開く分野への対策が散在をするものの、その予算規模は、今や時代遅れとなろうとする分野への資金投入ばかりである。政治とは一線を引く筆者であっても、これでは選挙対策!と言わざるを得ない。
農業分野(今の方法では即効性はない)、現役労働力を確保するための介護分野、世界最先端技術を持つ技術・技能分野、これらに多額の雇用調整助成金などが回される見通しはない。金融危機で打撃を受けた輸出産業、それも打撃を受けた原因を分析もせず、復活の見通しもない業種に対して、解雇回避するためとして、またもや雇用調整助成金などが投入される見通しである。この年度末3月31日施行の雇用保険法改正は、昨年7月の金融危機到来の予兆を見逃して採用の失敗をしてしまった。労働力、この失敗の復旧、すなわち、昨年4月以降採用した労働力の調整は、6ヵ月以上の被保険者への失業手当給付は、政策的な面で効果があることは間違いない。
(金融危機の予兆を察知して厚生労働省が昨年10月の失業給付条件の施行を取りやめられなかったのは、自由平等の社会共同体維持の上で、無理からぬことであった。まさか?ヒットラーの「失業者400万人吸収政策」とか、日本軍の幻想:「満蒙開拓団構想」の類は、ファシズムの常套手段である国家の詐欺なのである)。


¶「450年ぶりの金融危機(1556年)」が背景
専門的にはこれが、存在することを押さえておかなければならない。最近やっと巷で、「100年に一度の経済危機」と言われるようになったにもかかわらずだ。景気対策資金や投資は、将来見通しに立った使い道が重要なのであるが、割り切って、社会・産業構造転換に向けて投入しなければ、無駄ガネで終わるか食い散らすだけのことである。
すなわち、イメージするには450年前を省みて、
資本主義や近世の国家形成が動き出し、
工業社会以前の農業や手工業生産、
大航海時代の真っ最中、植民地政策アイディアの検討中、
世界経済・流通なるものが存在しない:自給経済、
貨幣が生活費として流通していない生活感&未分業労働社会、
ほとんどが自作農民で労働者はわずかな存在、
こういった時代から現代に至る社会経済の変遷を震撼させている事態と考える必要があるのだ。
歴史に学んで、この450年を振り返れば、抜本的に割り切って、どのようにすれば次の未来を切り開くことができるのか、自ずと様々なアイディアが湧いて来るのだ。
それは、ほぼ個人の能力がきっかけとなり、個別企業での新事業展開として現れるのである。IT革命でスピードは速く、100年は10年でやってくる。こうやってみて来ると、昭和大恐慌回復直後、日本が戦時体制のために取り入れた経済政策の柱(高度経済政策まで続く、社会主義計画経済の方式を導入)が、今ともなれば、如何にお粗末で、個別企業が翻弄され、豊かさとは程遠いものであったかが、歴史から見えて来るのだ。


¶現代の労働紛争のパターンは大きく分けて三つだ。
1.残業代や解雇予告手当などで、
少額訴訟提起や司法書士に依頼するケース
2.直属上司(社長と部長も含む)とのトラブルで監督署に訴え出て、
紛争調整委員会のあっせんを利用手段にするケース
3.個別企業自体に、恨み・怨念を抱き、
人生をかけて労働組合で闘って来るケース
こういったパターンの、2項と3項に、失速急降下で「乱心乱行の暴れる鳥」が混ざっている。優雅に飛んで、「事業の立役者」の顔をもっていた鳥だから、個別企業内で手におえないのだ。
加えて、職場の人間関係、労働力のコントロールが、混乱状態になっていると見て良い。
個別企業に将来の希望がないとなれば、職場内で協力することもない。
当たり障りのない会話にとどめる無難な関係では、他人が信頼できなくなるから利己主義に陥る。
自ら個人は幸せになろうとするが、情報のつまみ食いに走り、「共感&共同作業」と一体にしないから、批判と対決と刹那の心理を繰り返している。
個別企業の中で、こういった現象の原因を究明し、解決を図ることが人事・労務管理と言われるものである。この側面も、ここ数年来は危機的状況を迎えている。


¶社会保険労務士の業務をめぐって珍しい裁判が終結
ここには、先ほど述べた背景が大いに関係している。社会保険労務士(国家が影響を持つ労務関係資格)あっせん代理人の業務をめぐって、実質的には法令などの解釈、表面的には名誉棄損が争われていた。社会保険労務士の全国組織の総会でも、法律解釈の一部(社会保険労務士の代理権)が論議されていたが、うやむやにされていたものだ。この論議を持ち込むなどした、「批判と対決と刹那」を繰り返す2名(原告)の社会保険労務士(自らは有名と称している?)から、まるで言論妨害を思わせる様相で、被告(私、村岡利幸)の発言や解説に対しての名誉棄損訴訟を提起されたのだ。
2名の原告は自ら社会保険労務士を「法律家」と規定し、そのうち1人は岡山地裁の公判で、恥じることなく「法律家である」と主張した。被告は、法律家ではなく、「社会保険労務士はコンサルタントの職業能力と位置づけ」であり、おそらく法学部出身は5分の1にも達していないであろうことも解説していた。4年8ヵ月にわたる一連の論戦、引き続く裁判の末、彼ら知識偏重主義の主張と論理展開は全国的になりを潜めるに至った。
そこで、
被告(私、村岡利幸)が考える、重要な概要と裁判結果は次の通りだ。
(判決文の必要な方は連絡ください)。

1つ目は、労使紛争解決:専門家の「代理権」の扱い
である。特定社会保険労務士という制度をめぐって、原告らは「特定社労士」の資格が無くても、「紛争解決手続代理」が行なえると主張、数冊の本を出版したのだ。確かに、原告の知名度(社会保険労務士関連の解説本の発行は多い)は、ある意味その様ではある。この暴論を筆者(被告)がインターネットなどで全面否定したものだから、彼らは名誉棄損の表現を探して550万円余の損害賠償を請求して来たのである。
判決は、
平成19年7月25日東京地裁 平成18年(ワ)第11149号
原告:河野順一 被告:村岡利幸
河野順一損害賠償請求事件:確定判決文14ページ6行目から引用
「社労士法第2条1項1号の4ないし1号の6にあげる紛争解決手続き代理業務は、報酬を得る目的があるか否かに関わらず、特定社労士に限り行うことができることとされているのであって、(同条2項。このことは、地方裁判所の訴訟事件については、報酬を得る目的があるか否かに関わらず、原則として弁護士でなければ訴訟代理人になれないとされている(民事訴訟法54条)との同様である。)、本件著書の上記引用部分に係る原告の見解が誤りである、又は誤解を与えるものであるとする被告の意見には、理由があるというべきであり、それが論評の域を逸脱したものとは到底いえない。」
 注1:本件著書とは、河野順一&寺田知佳子著
    「特定社会保険労務士がまるごとわかる」
 注2:判決文中の「上記引用部分」
    とは、原告ら著書「特定社会保険労務士がまるごとわかる」8頁
    「業としても報酬を受ける目的でなければ、労働争議の相対交渉、個別労働関係紛争解決の手続代理もすべて行うことができる」
その他にも判決は、「労働争議」とか、「仲裁・調停・あっせん」とか、「あっせん制度」とか、「あっせん制度の沿革」とかの原告の主張内容を被告が否定した理論も、裁判所は容認した。
あっせん制度の手続論や和解形成論の一部に、裁判所は被告に言い過ぎがあるとはしたものの、20分の1を被告、その余を原告の負担とした訴訟費用の割合であった。(損害賠償額は、原告の精神的損害などに35万円)。
社会保険労務士の委託契約に関係する裁判例として、とても重要なもの、初の裁判例である。

2つ目は、労働問題研究の論戦妨害事件
である。被告のインターネットやセミナーを通じての学術・研究議論に対して、表面は名誉棄損、実は意見を異にするとして、論戦に負けた原告が訴訟を提起した事件である。
論戦内容は、「不当解雇した労働者に、ノーワーク:ノーペイを掲げて、賃金を払わない」といった原告の珍説に、被告が民法536条2項の危険負担の原則でもって、「不当解雇であれば、賃金支払い義務がある」ことを解説、法的知識の未熟な社会保険労務士を対象に説明したものであった。今では労働契約法第16条の法廷法理(論戦当時は、労働基準法18条の2)となっている事柄なのだ。
また、法的判断のみならず、被告は、「和解交渉というものは、相手方に精神的圧迫を加えてはいけない」との、あっせん代理人の倫理・職務姿勢を自由平等原則から解説、原告の交渉方法を否定したのだ。折しも、社会保険労務士が紛争調整委員会などでの、あっせん代理人資格を得るための、「特定社会保険労務士試験」直前(倫理の試験問題が出題)に行われた論戦であった。裁判所は、論戦になった「解雇権濫用の法廷法理」とか「あっせん代理人の倫理・職務姿勢」について、被告の理論を全面的に認めた。
ただし、社会共同体の秩序形成を度外視した原告の「批判と対決と刹那の論理」のひどさに、被告が、それも労使の団体交渉現場なみに激論を加えていたものだから、裁判所は被告の名誉棄損を一部認定してしまった。ところが不思議にも、被告の損害賠償額は、岡山地裁の和解勧告額が30万円であったところ、岡山地裁の判決は原告の精神的損害などに15万円、原告が控訴した広島高裁は25万円の判決と、極めて稀な裁判ケースとなった。もちろん10分の9は原告、その余を被告の負担とした訴訟費用の割合である。
(裁判係争中であったことから、コメントを差し控え、ご心配をおかけしました)。


¶個別企業内での無秩序状態が、
これから10年弱は、人事労務や業務管理の分野で瞬間的に起こることを覚悟しなければならない。これに対処するにあたって、先ほどの裁判例は、一般の総務人事労務担当者に、底流で役立つ。知識偏重主義に侵されたと懸念される国家資格者団体も現存、企業の法人経営に怪しい悪影響を与えている節があることは否めない。
被告とされた著者(村岡利幸)が、言論妨害に屈しないで裁判所の判断を臨んだのも、少なからず人事労務分野に影響力を持つところの社会保険労務士の、「能力・倫理及び能力水準向上」を司法判断によって担保させるため。人事労務管理の専門家と自称する社会保険労務士の業界内部では、実に無政府状態や一部無法者が横行していたのである。中小零細企業にアドバイスをする立場に立って、彼らは少し頭が良いからこそ、社会一般に先駆けて、理性的理論混乱(知識偏重主義者)が発生、これによる倫理の堕落も懸念されていたので、その秩序回復(メンバーの自浄努力)が待たれていたのであった。
社会保険労務士界の知識偏重主義は全国的になりを潜め、一般の個別企業の経営に悪影響を与える危機は去った。だが、これから労働者間には理性的理論混乱が散在する予兆もある。
まだまだ有能な総務人事の専門家は少ない。


¶労働契約法の解説 有期労働契約(第17条)
第17条 使用者は、期間の定めのある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。
2 使用者は、期間の定めのある労働契約について、その労働契約により労働者を使用する目的に照らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない。

期間の定めある労働契約のことを有期労働契約という(以下、有期労働契約)。
有期労働契約は、当該期間中の賃金・労働時間・職種などの労働条件を固定的に定めて、労使の間で一定期間中だけ労働契約を存続させる合意を形成したものである。こういったことから、中途解約や労働条件の変更を認めていないのである。
第17条第1項に、「やむを得ない事情がある場合」は、労働者の負傷・疾病などでの労働提供の不能であるとか、労働者の悪質な法律違反とか、天災・戦争・経済的事情による事業継続が困難になった場合などに限られている。ここに、使用者がやむを得ないと決断する事柄などは関係しない。
労働条件の変更も、労働者の自由意思による同意がない限り、変更できない。同意がないからとして仕事をさせないとしても、有期労働契約期間中は、賃金を100パーセント支払わなければならない。職種変更の同意を得たとしても、賃金は別ものだからダウンをすることはできない。その日の仕事が契約した労働時間を下回ったとしても、その分の賃金は保障しなければならない。(週当たりの労働時間が明記されていない場合は40時間と自動的になる)。また、人事考課を設定した労働契約であっても、道理が通った理由と手続きがなされなければ賃金切り下げは出来得ないのである。

¶さて、第17条第2項を理解するには、
この条文を設けるにあたっての立法の意図する背景を知ることが重要である。それは、正社員として終身雇用することを如何に避けるか、これをめぐって「労働契約期間を細分化すればよい?」と着想した企業が現れたことから始まる。すなわち、客観的な合理的理由がなく、社会通念上相当でなくとも、労働契約期間満了となれば解雇がしやすいとの脱法行為である。これに規制をかけようというものが、第17条第2項の目的である。(一定期間契約の必要性から期間が定められ、その満了でもって雇うことを止めるから、「雇止め」いう)。
第17条2項は決して、臨時的もしくは期間的な労働契約を否定しようというものではない。ところが、
・有期労働契約が反復継続しても、書面の交付すらないケース
・上司が、「期間満了しても真面目に働いていれば解雇しない」と期待させたケース
といったものが典型的な「雇止め」の無効なのであるが、ここでも、
本来の期間的な必要性を背景にした有期労働契約なのか、
それとも、単に解雇をしやすいようにしただけの有期労働契約なのか、
の、判断の分かれ目となるのである。すなわち、第17条第2項は後者の、いわゆる「解雇のしやすさ」についての規制をしようと意図しているのである。1ヵ月ごと、2ヵ月ごと、3ヵ月ごと、4ヵ月ごと、6ヵ月ごとのように期間を定める根拠が、果たして本当に存在するのかを問うているのである。
本来の有期労働契約を結んだと判断されるには、正社員と異なる仕事、異なる人事運用、更新が4年未満、外形のみの更新手続でない、契約継続を期待させる使用者の言動や認識がない、当事者双方の更新都度の意思確認などが必要である。
これらの客観的事情から、有期労働契約ではないとなれば解雇権濫用法理(労働契約法第16条)の適用もしくは類推適用となるのである。加えて、整理解雇の目的を持った「雇止め」となれば、整理解雇の四要件も考慮されなければならないことになるのだ。
とりわけ近年、当事者双方の意思の推定・認定が難しくなりつつあることから、更新の手続きにおいて、「適切に行われたこと」を、より重要視することとなっている。これを使用者側が立証しなければならない。公正とか正義を追求するよりも適切な手続きが行われたかに重点をおく、「法手続きパラダイム」といった近年の社会共同体維持のあり方なのである。国会審議で当初の政府案を修正し、第17条第1項を「やむを得ない事情がある場合でなければ」と条文を改め、立証責任を使用者に負わせたのも、この「法手続きパラダイム」の流れなのである。
そして、「必要以上に短い期間を定めることにより、」を第2項に条文を加えたことで、当事者の一方に道理ある合理的理由が存在しないとなれば、配慮したことにはならないと判断される法的仕組み(要件事実)である。

¶有期労働契約の中途解約は、
期間の定めのない労働契約の解雇権濫用法理に比べ、一段と厳格になっている。すなわち、中途解約を原則認めていない。それは、有期労働契約が、労使間で当該期間中だけに労働契約を存続させる合意を行ったものだからである。したがって、使用者側が中途解約したとしても、労働者側には損害賠償として、100パーセントの賃金請求権が存在するのである。使用者側が、道理の有る正当な理由でもって、休業措置を行わない限り、60%などの休業手当をもってして損害賠償を免れることは出来無い。たしかに、労働基準法上は、平均賃金の60%を休業させた日に限って支払えば、たとえばそれは、所定出勤日数が1ヵ月20日程度であれば20日分を支払いさえすれば、刑事罰を受けることは無い。(平均賃金1ヵ月分の40%程度で済む)。しかしながら、民法628条、労働契約法17条1項は強行規定であるから、訴訟や労政課題にあっては、使用者側は全く耐えられないのである。

¶有期労働契約の法的規制の方向は、
1.使用者が労働契約期間の書面明示を怠れば、期間の定めのない契約
2.正当な更新手続きが証明できなければ、期間の定めのない契約
3.差別的な雇止め、正当な権利行使を嫌悪する雇止めの禁止
に流れており、労働契約法第17条第2項の反復更新の回避配慮義務は、昨今の経済状況や不安定雇用改善のベクトルからして、早晩改正される方向なのである。
これに対策済みの書式例
http://www.soumubu.jp/download/template/template1/2-t-nyusha/2-02.html

¶違法行為や脱法行為は、総務人事部門の仕事?
と考えている人たちがいる。非合法でもって、利益をあげて、「良い給料をもらおう」と考えているようである。ところが、そういった労働力市場や人事管理の現場は、きわめて利益率が低いのが実状である。「貧乏人が、貧乏人を作る」とのことわざの通り、非合法だから労働者の稼ぎは少なく、稼ぎの少ない労働者を管理する者に、「高給を支払う経営者はいない!」が実態である。日雇い派遣、派遣切りなどの実態は、やはり貧乏であり、貧乏であるからこそ経済外的強制(ごまかし、だまし、ペテン)が用いられているのである。
あなたも現実を直視していただきたい。昔、暴力団は貧乏であるがゆえに、麻薬や管理売春を営んだ。今でも貧乏だから、バイアグラ粗悪品の通販や出会い系サイトを営んでいる。非合法や闇の世界でボロ儲けをしたとすると、「振込め詐欺」のように必ず検察や警察が介入して、社会共同体秩序を維持することになっている。検察から相手にされない素人の「非合法荒稼ぎ?」は、所詮、経済犯罪にカウントされない、「愚かなハツカネズミ」と同じなのである。ある外資系の人事部長は、退職者に規定の退職金を支払わないことで、外資支配人から僅か数%の報奨金を分け与えられていたが、「貧乏な日本人が貧乏な日本人を作らされていた」のだ。
大恐慌の中、社会や経済が一挙に再編される状況で、高い収益性と利益率を引き上げるには、合法的に事業を行わなければならない。あなたが通う個別企業も、高い収益性と利益率が実現できるよう、客先と労働力を合法的に組織し直さなければならない、その組織の上に新商品(高付加価値製品or高水準サービス商品)を載せることこそ、企業の大小にかかわらず、あなたの将来が開ける道なのである。
合法?となると、「悪法も、また法なり」の言葉と矛盾してしまうから、「合法←→非合法」の二者択一の二元論を超越するために、コンプライアンス(法秩序の遵守)という言葉が流行しているのだ。

2009/03/10

第83号

<コンテンツ>
個別企業が、如何に成長分野に進出するか。
バブル崩壊(キッカケは:89年秋に日本政府は政策転換)
産業構造の転換を、政策が如何に促すか。
ところが、政府の雇用調整助成金は、
自由に変化できる労働市場とは何か
マスコミの「派遣切り」の一斉報道は静か?になった。
労働契約法の解説 第15条 懲戒


¶個別企業が、如何に成長分野に進出するか。
ここが、雇用問題をはじめ、総務人事部門の重要な仕事なのである。
輸出型産業が昨年のような業績に回復することはあり得ない。まずは状況分析が必要である。
とりわけ、内需に関連したサービス分野の効率(生産性)が、先進諸外国と比べ、あまりにも低い水準に放置されていた、このいびつさが大きなあだとなっている。
たしかに、如何に成長分野に進出するかは、誰も正確に予想することはできない。
だが、要するに、経済危機→大恐慌の原因とメカニズムが分かれば、個別企業こそ、小回りがきき危機対策を早く打つことができるのだ。
そこで、「風が吹けば桶屋が儲かる!」といった方式のマーケティングに役立つ議論を、日本国の政策論議を借りて紹介・取りまとめてみた。


¶バブル崩壊(キッカケは:89年秋に日本政府は政策転換)
と同じように、今回の金融危機の引き金(昨年7月のイギリスの金融政策の転換がキッカケ)がインターネットであれだけ流されても、サラリーマン経営者では情報を読みきれなかったのである。
学者の中でも、終戦直後の経済に比べれば大丈夫との認識を、先週末の時点でも示す人もいるが、それは違う。終戦直後は、リュックサックに野菜を詰めて都会の駅にたどり着けば、改札を出たところで野菜は完売したそうなのだ。叩き上げの経営者、代々事業に携わる家系であれば、理屈抜きに経験則で金融危機の判断を教え込まれている。
頼みの輸出型産業はグローバル経済の競争にさらされていたのだが、だからといって政策が目先の輸出産業に無為無策で偏ってしまっていたことで、加えて、その政策が金融資本の輸出型産業の投資に保障効果を与え、投資を誘発、アメリカの金融危機の到来を読み誤って、輸出型メーカーの生産が軒並み80%減という大打撃を受けたのである。
事実、つい数年前からの景気回復の明るい見通しが話題となっていた地方での大打撃が目立つのである。激変でダントツに中部が危ない、次に北関東、そして広島・岡山である。


¶産業構造の転換を、政策が如何に促すか。
といった論議が、有識者の間から始まっている。その議論の中心は、産業構造が変化する場合には、自由に変化できる労働市場や金融市場が必要だとのものである。マーケティングの原則から、サービス分野であっても、今の客先に新しい商品を売ること(アンゾフの成長戦略)となる。
だから、個別企業で一挙に、「真のリストラ」が必要となるのであり、そのための人員整理も成長には欠かせないのである。正当に道理を通して労働力を流動化させ、生活費保障の職業訓練で、能力を向上させ、成長戦略と成功の見通しがある個別企業に雇用調整助成金を投入することなどが重要なのである。すなわち、失業者の自助努力とか自己責任、セーフティーネットといった議論では紛争や不幸が多発するばかりなのである。先送りが皮肉にも、小説漫画:蟹工船(漫画本もあり)、漫画:資本論、マルクス経済学入門(漫画と図解)がベストセラーになるのも、ここにそのマーケティングの背景が存在するからだ。
ところが、新聞テレビなどは、こういった議論の紹介をしない。話題性がなければ、購読部数拡大や視聴率アップにはつながらないからとする編集が、その理由である。


¶ところが、政府の雇用調整助成金は、
困ったことにうなぎ登りに急増している事態。ということは、本来淘汰されるべき企業が銀行や政府の援助によって生き長らえ、これにより収益力の高いはずの企業の拡大を妨げ、有望企業の新規参入を抑え込んでいる、この実態にあって、追い銭のように助成金を投入しているのである。
実は、円為替レートを支える資金投入も本来淘汰されるべき企業を政府が援助していることになるのだが。
やっと、与党のプロジェクトチームは、雇用調整助成金の支給対象企業を見直し、雇用創出に使えるように検討しているとのことだが、それでは極めて遅い。出荷販売数が伸びている企業(価格値下げで数値では判別できない)に、雇用調整助成金を投入すれば、自動的に内需拡大や成長分野における能力開発や労働力確保に効果が出て来るのだ。
コーポレートガバナンスと称して、正社員の解雇を防ぐ一方で、ことごとく非正規社員を解雇し、会社側敗訴の裁判結果を招いている実態も、よく裏側まで観察する必要があるのだ。労働者派遣法改正で、上手に非正規社員を活用したつもりが、企業の信用度からすれば裏目に出た。日雇い派遣は、単純作業労働者の、ただのピンハネであったから規制もかけられた。コーポレートガバナンス(企業統治)の実像は無秩序と言われかねないのだ。


¶自由に変化できる労働市場とは何か
を考えてみる必要がある。規制緩和といえば自由変化のことか!と錯覚したのが良くなかったのか、実態は無法無秩序だけだったのだ。そこで、現実的な自由に変化できる労働市場は、
A.男は、終身雇用保障してやるというだけで、残業もいとわず、だらだら非効率な仕事をして、一生過ごそうとする。だから労働市場は硬直化。いっそのこと女性をたくさん雇って、業務改善をやった方が速い。女性はだらだら残業できないから、業務効率も良くなり労働市場は流動化、物分りの遅い男を説得する手間も省けるのだ。
B.来年(平成22年)4月1日からは、月60時間(注:法定休日の労働時間は含まず)を超える時間外労働の割増率が50%となる。中小企業は企業単位で人数を数えるから、週40時間労働へ移行した時代のような緩和措置もない。法定休日に出勤すれば、35%の割増で済むという逆転現象も起こる。が、通常の経営管理をしているとすれば、時間外労働を削減させて効率アップを図ることに行き着くだろう。昔、企業内組合結成が華やかな時代、多くの経営者は労組の時間外拒否闘争を逆手にとって、実はサービス分野の効率アップを図ったのだ。月額2万5千円(春闘最高記録)のベースアップも十分吸収しえた企業さえあった。
C.現代成長分野に必要な労働者と成長企業のための職業紹介事業の民間拡大が待たれている。日雇い派遣のような詐欺師が介在する業態は止めて、毎日紹介(1日ごとに適切職場と適切人材を仲介:職業紹介)すればよい。これは、今から3年内に、派遣以上に大流行する。


¶マスコミの「派遣切り」の一斉報道は静か?になった。
あまり法律問題がとやかく言われない雰囲気ではある。が、実態は整理解雇四要件が整っていないこと(四要素説と誤って解雇したケースが多い)に留まらず、労働者派遣法違反どころか、職業安定法44条に違反する労働者供給を行っていた実態が浮き彫りになっている。労働者派遣を装いながら、派遣先と派遣元担当者が派遣労働者を、仕事探し・生活する寮・給与の支払いをめぐって支配従属の関係に置いている実態が少なからずある。松下プラズマディスプレイ事件のように派遣元が職安法違反を誘惑した例もあれば、某大手部品メーカーが職安法違反を強行しているケースもある。派遣先が事前面接、派遣先社員登用を約し、賃金支払いの糸を引き、派遣先が月の半分以上休業させ、その休業手当を払わない、解雇を決定・指示までしているといった、事実上の派遣先との労働契約関係の形成である。
そもそも労働者供給事業禁止の趣旨というのは、
1.中間搾取が行われる可能性
2.安全配慮がおろそかになる可能性
3.労働者の雇用が不安定になる可能性
の三項目なのである。したがって、合法かつ推薦されるとはならないが、この三項目が十分に確保されておれば、検察に書類送検されることはないのである。まして、職安法違反が歴然としていても、その時代の社会・経済・産業などの発展に資すると判断されれば、1986年当時の労働者派遣法の如く法律は整備されて行くのである。86年当時、最初に許可を得るには、安定所に申立書を添え、そこに「労働力の需給調整に資するので、一般労働者派遣業の許可を配慮願いたい」と、派遣事業の意思を明確にした企業は、対象業務その他で有利な許可を受けられたのである。ところが、(正確には)1997年以降の労働力流動化政策は無法無秩序状態、「発展に資する裏目」に出てしまっている。
経済合理性の粗利益は、決して中間搾取とは言われない。労働力を効率的に確保するための募集・配置・教育訓練であるとか、生産効率を向上させるための工程管理や生産技術に携わる職業紹介で、自由平等の社会共同体秩序に役立つものであれば、様々なアイデアの宝庫も犯罪には問われないのである。
思いつきの事業では、ビジネスが大きく展開された時点を見計らって、労働局が弾圧に入る。日本の職業紹介のはじまりは、奈良・東大寺の大仏建立であるが、現代のイメージとは大違いなのだ。すなわち、労働市場にまつわる事業は労働力流動化政策の先駆けに時代を開くチャンスがある。

大恐慌は、ほんの一部の超大金持ちを生み、後は収入減の一途をたどるといわれるが、現下の日本系税構造では、衣食住&サービス分野の「生産性」を上げれば、個別企業はまだまだ成長するのだ。
課題は、頭の切り替えと視点である。



¶労働契約法の解説 第15条 懲戒
ここ最近、どこの個別企業でも懲戒処分の事案が増加している。その原因は解明できないが、筆者の30年以上にわたる経験からすると、時代の変化による増加と思われる。
第15条
「使用者が、労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒にかかる労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

「客観的に合理的な理由を欠き、……」のくだりは、
解雇権濫用禁止の第16条とほぼ似たものであるが、この第15条の懲戒の規定は、始末書(経過報告書などを除く)、減給、出勤停止、懲戒解雇その他実質的懲戒状態(客観的不利益性の有無)への処分に対する、懲戒権濫用禁止の条文である。
労働契約とは、使用者が組織する業務組織に労働者を組み込んで、他の労働者とともに共同作業に従事させることによって、初めて実態が成り立つことから、企業・職場の秩序維持が必要になってくるのである。この秩序を維持する手段として、経営側が行使できるものは損害賠償と懲戒処分に限られており、損害賠償では現実の損害発生が要件事実として必要となるため、有効な欠如破壊に対抗する手段として、労働契約のもとに懲戒処分を行うこととなるのである。ここが肝心であり、この前提に立たない懲戒処分は、好き嫌いによる恣意的判断、感情的判断、支配独善的判断として無効とされてしまうのである。
「労働者の行為の性質及び態様」の意味は、
秩序を破壊した具体的内容・動機、業務への影響、損害の程度並びに、その労働者の態度・情状の余地・処分歴のことなどを指している。
「その他の事情」の意味は、
経営側の落ち度などを指している。すなわち、中間管理職も含め使用者側原因の有無、別件を用いて本件の処分をしようとしていないか、他とのバランスも考えず重い処分になっていないか、懲戒処分の手続きに曖昧さがないかどうかである。秩序を乱した者とはいえ、本人に弁明の機会を与えることは最低限必要なことである。加えて、経営側が不法行為(民法709条)に手を染めた結果とならないかの注意も必要となる。これからの新時代、不当解雇で未払い賃金を支払った取締役が、今度は善管注意義務違反や忠実義務違反で株主代表訴訟を起こされ、未払い賃金相当額を取締役個人が支払わされる裁判例(渡島信用金庫事件)などが多発するかもしれないのだ。
「客観的に合理的な理由を欠き、」の意味は、
第16条の解雇と同じであるが、客観的とは外部の第三者が確かめられる事実で証明できるかどうか、合理的とは懲戒理由の事実が真実で道理をもって(合理的とは法律用語)証明することができ、その裏付けとなる証拠が存在して、その時点の就業規則の懲戒規定に該当しているのかどうかを指している。
「社会通念上相当」の意味は、
社会(世間体や常識とは異なる)で広く受け入れられるであろう判断のことを指している。ただし、極めて専門的であるから、重大な懲戒事件となれば専門家の判断を仰ぐ必要がでてくる。
ところで、そもそもの懲戒の意味や目的は、
秩序を乱した労働者に対するダメージを与えることに加えて、いわゆる「見せしめ」を行ない再発の防止をするところにある。したがって、懲戒処分の発表をしたくないのであれば、懲戒目的に反することとなり、ひいては「その他の事情」を考慮したときに、不正な懲戒処分と結論づけされてしまう可能性もあるのだ。例えば、普通解雇であれば、就業規則の普通解雇規定(旧来の六~十項目では立証不能)に該当さえすれば、個別企業内で闇のうちに解雇してしまうことができるのであるが、そこに普通解雇と懲戒解雇の差が存在する。したがって、懲戒処分全般にいえることだが、刑罰に類する制裁であることから、刑事法並の扱いが必要となる。(普通解雇は、労働契約法・民事法の扱いの範疇)。すなわち、懲戒事由と手段を就業規則に明記する必要があり、それ以外の懲戒処分は許されないことになる。使用者が懲戒処分をする場合に、軽い処分にしろ重い処分にしろ、厳格な意味で就業規則違反を行ったのであれば、すぐさま懲戒権根拠の欠如となってしまう。だからと言って、曖昧な包括的懲戒条項を作成すれば、厳格性とか該当性の欠如となってしまい、懲戒処分ができなくなるのだ。
この法律のいう合理性とは、この程度の固い話の展開が用意されていなければならないことを必要としているのだ。もちろん、不遡及の原則、すなわち新しく懲戒規定を設け、それ以前の事案に適用することはできない。また、一事不再理の原則(二重処分の禁止)、過去の懲戒対象事案の行為について、重ねて懲戒処分を行うこともできない。例えば、本来懲戒解雇にすべきところを、始末書の提出をさせたばかりに、二重に処分ができなくなり、懲戒解雇が無効となったとの事例、これはよく発生する事例で、労働組合との事件になれば約3年分の賃金を支払わなければならなくなるものである。

なお、懲戒処分の形式的な種類は一般的に軽いものから、
戒告→譴責(戒告+始末書)
→減給(一件は1日分の半額、10分の1を超えれば翌月回しの制限)
→出勤停止(賃金不支給、勤続年数不算入)
→(懲戒処分としての)降格
→諭旨解雇(退職金の支給がある)
→懲戒解雇(退職金の支給はない。解雇予告手当は任意)
自宅待機は賃金や休業手当の支払い義務があり、支払いを怠れば懲戒処分と判断され、その期間をめぐって懲戒処分無効とされるケースが多いので注意が必要である。
懲戒処分となる事由は、
個別企業の産業・業種・職種によってさまざまとなる。
それによって、経歴詐称、職務怠慢、業務命令違反、職場規律違反などの詳細が定められることになる。毛染めが許される職場と禁止の職場、飲酒が認められる職場と禁止の職場、衣服、言葉遣い、来客者への応対、その他は、すべて個別企業や職場の秩序維持の目的によって異なる。
なによりも、必要維持のための禁止事項を労働者に周知徹底しなければならず、周知徹底は予防効果であるのだが、処分効果(周知して処分も可能)も存在することとなり、これが労働契約に基づく経営側の懲戒処分権となっているのである。解雇や懲戒の規定参考例は、次のURL。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/syugyo/kisoku.html

2009/02/10

第82号

<コンテンツ>
政府の雇用対策に弾みがつかない。
民間個別企業の経営者や管理職の気持ちが、
個別企業がチャンスとしてつかまえる事業分野、
もっと身近な適切なチャンスの例
この10年ほど、新商品を支える創意工夫が後退の一途
非常用労働者の増加が足を引っ張った原因ではない!
日系外国人問題が、日本経済の起爆になるかも。

労働契約法の解説 労働者と使用者の定義(第2条関係)
「労働者」とは、
「使用者」とは、


¶政府の雇用対策に弾みがつかない。
なぜ今一つの雇用対策になってしまうのか。それは、民間個別企業を育成するための雇用対策になっていないからだ。世の中には、雇用対策といえば、生活底辺層の下支えにしか発想が及ばない人もいて、経済的豊かさに目を向ける雇用対策などが考えられない人もいるのだ。その最たるものが選挙目当ての雇用対策である。
雇用保険の改正も4月1日分から行われる見通しで、失業手当の受給資格を得るには1年間の暦日が必要と、(つい先日改正されたばかりなのに)元通りの6ヵ月間の暦日となるようだ。給付日数も若干増加する見通し。
雇用調整助成金も、労働者を解雇しないで教育訓練するならば、大幅に支給しようとのことになっているが、成長企業を対象にした雇用調整助成金、失業者を吸収したい企業の雇用調整助成金は、未だ立案されたことがないのである。OECDの先進諸外国の多くは、勤め先が変更しても生活に支障がないから、成長企業がタイムリーに教育訓練で受け入れできる仕組みを作っている。工場の技能工が3年以上掛かってSEを習得する場合でも、ほぼ現役時代と同じ生活費が失業保険から支給されるのだ。


¶民間個別企業の経営者や管理職の気持ちが、
こぞって明るくなるような雇用対策が必要なのだ。確かに、筆者には、自動車産業は60%減、電機産業は50%減と、海外輸出向け産業は一斉に縮小しなければならない現実であるように思われる。ところが、内需消費関連、流通販売、生活密着産業は人手不足の兆しがはっきりしてきており、成長するマグマが溜まっているのである。なぜスムーズに成長が盛り上がらないかといえば、事業資金財源が成長マグマを抱える産業に回っていないからである。事業資金財源が投入されれば、いくつかの成長産業は爆発的に拡大する。成長するマグマが溜まっている成長産業が失業者を採用すれば、雇用調整助成金(今は解雇する事業所が中心)を支給する方法があるのだ。
現下の財政政策と経済状況では、適切に資金財源注入がされるはずもない。一般の銀行は、金融庁が恐いから、思い切って、事業資金を民間企業に投入するわけにもいかないのである。
昨年末に、アメリカ経済が立ち直れば経済回復と言った人も、今では沈黙。
自動車が景気回復したときにと、未だ、取引量が増えると錯覚している人たちもいるが、ここまで来れば、「迷信にとらわれ、救いようがない」とだれでもがサジを投げた。


¶個別企業がチャンスとしてつかまえる事業分野、
そこに有能な人材を確保し新体制を組み替えることと、その後の新たな労働力確保の方法を設定するのである。
これなら、中小・中堅企業でもできる。すなわち、
売れる商品と売れない商品がはっきりして来た今、
売れる客先と売れない客先がはっきりして来た今、
伸びる産業と落ちる産業がはっきりして来た今、
そこに
1.商品を売り込む新体制と有能人材配置、
2.その商品の定型的効率生産を実施する体制を新たに設定することなのである。
一般の人たちにとっては、きわめて頭の切り替えが難しいところであるが、総務人事部門の人たちの頭の切り替えは速い。誰でも本当は、営業現場最先端を歩き、よく観察していれば、はっきりと随所にチャンスは見えている。
このチャンスポイントこそは、日本の文化水準の高さから来るものであり、
精神的心理的余裕が芽生えるところに今回の経済大恐慌の特徴と明るさがあるのだ。
80年前の昭和大恐慌とは、このチャンスポイントの部分こそが異なり、某実務学者が450年ぶり(中世荘園制度基盤崩壊以来)の金融システム変化だ!と言っているところなのである。
学問と真の経済学は大切である。


¶もっと身近な適切なチャンスの例
をあげてみる。新商品(創造や開発方法は過去のメルマガ参照)は、発明ではなくとも十分に、その地域の文化社会に適合するように組み替えればよいのである。
事業として成り立たせるためには、
A.それを継続的に行なえる人的体制が重要なのである。
B.最初に、この人的体制=特殊チームを一挙に作り上げることが重要なのである。
C.自社で「特殊チーム」ができなければ、本当の意味でのアウトソーシングでもって、
D.素早く、個別企業の体制固めを行うのが良い。
E.時間をかけている分だけ損失は膨らむ。
F.生産性・収益性・労働意欲・労働効率性、この4分野だけを検討するのが定石
G.「新体制と有能人材」、加えて次に「新定型的効率生産体制」が収益・利益を上げる。
   (ここに、資金財源投入すれば、こぞって明るくなるような雇用対策となる。金融に限らず雇用保険財源も投入可能。だが、繰り返すが、政府に頼ることは無いのだ)


¶この10年ほど、新商品を支える創意工夫が後退の一途
は、人材派遣や偽装請負の流行で、人海戦術に頼るばかりであったから、創意工夫が後退となって来たのである。どこの個別企業でも、大なり小なり工程管理が「お粗末」になってしまい、35歳ぐらいまでの若年労働者層には、生産性・収益性・労働効率性の工程管理といった発想や訓練が、まったく出来ていないと言える。良くて、残りの一つの分野:労働意欲が、個人的にチラホラ残っている程度、今回の経済大恐慌が押し寄せて来る中、意欲をなくす若者も数多くいる。
要するに、会社組織を、今述べたように適切な新体制に組み換えればよいのである。
とにかく、人材派遣や偽装請負による、発展途上国並みの人海戦術、あるいは、そういった惰性発想が個別企業を停滞させているのである。あなたの会社が思わしくないのは経済危機が原因ばかりではない。


¶非常用労働者の増加が足を引っ張った原因ではない!
人材派遣や偽装請負の方式を取り入れたために、非常用労働者の能力発揮を押しつぶし、能力を活用しようにもできなくなり、個別企業の個々において、豊かさと経済発展を後退させたのだ。悪質派遣会社の誘惑と賄賂によって、社員が腐ってしまった工場が多い。
ところで、
昭和55年オイルショックころより前は、会社は「ピラミッド型組織と組織に貼りついた社員」であったから能力発揮が禁止をされていた。自ら進んで能力発揮を行えば、組織から排除されたのであった。排除された人は、中小企業の社長となった。が、全員成功したわけではない。
昭和61年労働者派遣法と男女均等法、これが労働力流動化と女性能力発揮を相まらせることによって、経済を押し上げた。これがバブル崩壊前後当時の労働生産性アップであった。ところで、その道のりというと、立法(昭和54年)の着想がされたとき、当時の日経連が大反対し、労働省は本省の存立をかけて6年間ほど地下活動を行う。昭和54年の派遣法の着想が、人材派遣会社でもなければ、当時の労働省でもなく、意外なことに日本の最底辺労働者を組織していた十数万人(全国47都道府県に展開する単一組織)の民間労働組合であったこと、昭和54年までの着想時点から元より非常用労働者のみが派遣労働者と想定、主な舞台は自民党労働部会での激論であったことは、まず知られていない。
(歴史の真実は、高校世界史で習う経済歴史を、脳裏に振り返えらせる)。
もう、半年や1年もすれば、
いくつかの個別企業の成長マグマの噴火!が目立つことは間違いない。
だが、世間の多くの人たちは、自分以外の会社が倒産してしまう方が心の慰めとなる。
だから、あなたは世間に流されないことが肝心だ。


¶日系外国人問題が、日本経済の起爆になるかも。
これは、経済の質的豊かさには寄与するが、量的発展にはあまり関係ないかもしれない。だが、経済の質的豊かさは、最終利益の高さと可処分所得の増加を意味する。筆者の35年ほどの、日本の労働力需給と開発の経験と研究に根拠をおいた、あまりにも唐突な話ではある。
ここ数日の取材中、今週末も取材予定、どうもここに社会的チャンスがありそうだ。



¶労働契約法の解説 労働者と使用者の定義(第2条関係)
(定義)
「第二条 この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。
2 この法律において「使用者」とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。」
第2条は労働者と使用者の定義を定めている。それぞれの法律で、用語の定義を行うのは、人によって考えが違ったり、諸説氾濫して法律の適用が混乱するからである。定義に定める用語については、広辞苑などの国語辞書に書いてある内容で解釈をしないことになっている。


¶「労働者」とは、
1.「使用者」と相対する労働契約の締結当事者、
契約は一方の申し込みの意思と、他方の承諾の意思の合致したときに締結されたことになる。書面がないからといって労働契約締結が無効になることはない。
2.「使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者」とは、
指揮命令その他によって使用されている事実と、
名称のいかんに関わらず賃金が支払われていること
それぞれの要件を備えていることが必須条件である。したがって、いつの時点で労働契約が締結されたがが証明されなければならず、使用者に使用されて労働していたことを証明(その裏付けはタイムカードなど)、加えて、賃金が支払われていた証明(その裏付けは賃金台帳や明細書)が必要となるのである。賃金は、賃金、給料、手当、賞与その他名称を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。賃金は、労働基準法第11条の「賃金」と同義語である。「対償」は辞書に載っていない用語、定義はないが、憲法25条の健康で文化的生活を営む権利であるところの生活保護の金額を上回っていなければならないとする立法趣旨であって、決して労働の対価としての意味に限定されている解釈ではない。
ところで、労働基準法での労働者の定義は、「事業又は事務所に使用される者」に限られる。
労働契約法では、実際に事業所で労働していたかどうかを問わない。賃金を支払われる者は労働契約法と同じである。そうすると、労働契約法では、使用従属関係が認められるか否かにより判断されるものであり、事業所に出勤していない人たちも、賃金に相当するものを受け取っていれば、労働契約法の労働者に該当するのだ。
すなわち、労働基準法では労働者ではなくとも、労働契約法では労働者となるのだ。(労働組合法では失業者も労働者として扱う)。民法第632条の「請負」、同法第643条の「委任」又は非典型契約で労務を提供する者だとしても、外形の契約形式にとらわれずに、使用従属関係の実態が認められれば、労働契約法では労働者と定めているのである。一匹狼、インディペンデント、外注、業務委託など、タイムカードなどの時間管理がされていなくとも、使用従属関係の実態が認められれば労働者である。ひとり親方は労働者となるが、子方も親方が数人使用していたとしても、単に報酬を分け合っているのであれば、親方・子方ともに、全員が労働契約法でいう労働者(元請会社との使用従属関係の実態)となる。


¶「使用者」とは、
「労働者」と相対する労働契約の締結当事者、「その使用する労働者に対して賃金を支払う者」をいう。個人企業の場合はその企業主個人、会社その他の法人組織であれば法人そのものである。
その要件は、労働者に対する内容の反対側証明(その裏付けは同様のもの)となる。
労働基準法で定める使用者とは、「事業主のために行為をする人」、すなわち使用者のために行為をする人である。だから、部長、課長などの職務権限が明確にされている人たち、その他名称立場にかかわりなく事業主のために行為をする人は、労働基準法で定める使用者である。
労働契約法でこの人たちは、賃金を支払う者の代理で指揮命令その他を行っている範囲内に限って、労働契約法で定める使用者となる。使用者の特定に注意を要する。
また、個別企業の外部の人物、例えば弁護士や社会保険労務士も、事業主のために行為をする代理や事務代理を行えば、使用者としての責任を問われることになっているのである。
労働契約法で定める、労働者の定義は労働基準法よりも幅広く、使用者の定義は労働基準法より幅が狭い。労働契約法で定める労働者もしくは使用者に該当しなければ、この法律の適用はない。労働基準法での適用があったとしても、労働契約法では適用がない場合がある。
なお、労働契約法に関する解釈を厚生労働省労働基準局長が、基発第0123004号通達を平成20年1月23日に発してはいるが、その内容はあくまでも厚生労働省の考え方、厚生労働省の職員に考え方を徹底するための目的である。民間個別企業に、その考えを厚生労働省が強要するものでは決してない。したがって、裁判所がそのような判断を行うかは、また別であるから、くれぐれも注意を要する。

2009/01/06

第81号

<コンテンツ>
(総務部メールマガジン)恐慌関連バックナンバー案内
「8万5千人失業」の作り話
現代社会制度の崩壊は、道理ある識者の誰しもが
昨年末から約3年間、経済急落、
もう一つの身近な例、「規律社会から管理社会へ」

裁判員制度の具体的な影響
テレビや新聞で話題になっていたような事柄は
当の裁判官たちは、圧倒的に反対が多い。

解説・労働契約法:不利益変更
実務では、解釈や運用の基礎となる理解が難解な部分
「就業規則優先か?労働契約優先か?」
有名となった最初の裁判は、「秋北バス事件」
労働契約法では、不利益変更の基準を、
歴史的論争の展開を知った上で、
似非専門家は、「本人の同意を得ています!」と


¶(総務部メールマガジン)恐慌関連バックナンバー案内
第76号(2008/8/5発行)
 今年秋からの金融危機は、
 フィンランドの基礎教育システムを研究
第77号(2008/9/9発行)
 個別企業をとりまく、経済・経営・労働市場
 筆者の「占い」は次のとおりだ。
第78号(2008/10/7発行)
 恐慌の防衛策
 金融危機が恐慌に至った
 不渡りで一番恐いのは
 担保を捨て、無借金経営の覚悟 ほか
第79号(2008/11/4発行)
 株価暴落は、いつ下げ止まるのか
 81年前の昭和大恐慌のような状況?
 昭和大恐慌から実体経済が立ち直ったのは
 資源のない日本経済にあっては
 個別企業での、もう少し具体的な話 ほか
第80号(2008/12/9発行)
 一挙に人員削減・整理解雇が! 年末までに100万人が失職!
 そこで個別企業で、何をどうすればよいのか
 政府でしか出来ない雇用対策、本当の公共事業とは ほか


¶「8万5千人失業」の作り話
が一人歩きをしている。厚生労働省発表は、「沖縄の15人」のみ?といったように、調査方法に瑕疵・欠陥があるのは一目瞭然のようだ。そもそもマスコミが、この調査自体が「非正規労働者の雇止め等の状況」に限定したものであり、「全国の労働局及び公共職業安定が12月19日時点で把握できたもの」であるとの注意書きを報道していないところに、作り話と受け取らざるを得ない根拠がある。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/12/dl/h1226-8a.pdf
確かに、正式な統計資料を見ることも大切だが、今時点たとえば、建設業の就業者数が約500万人であったところ、昨秋からの工事激減や失職状況を見れば、年末までに全体で100万人が失職したことは間違い無いと、専門家のコメントを報道すべきである。政府発表:85,012人の数字のみ報道するのでは、ジャーナリストどころか、ただの通信員にも至らない。


¶現代社会制度の崩壊は、道理ある識者の誰しもが
認めることとなった。今や、政府、企業、労組その他各種団体の事業運営に携わる人たちの誰もが、立場により表現を工夫はするものの、現行制度を維持するための前提が崩れてしまった!ことを認めているのだ。
この前、社会制度が崩壊した昭和大恐慌の当時は、「長引く不景気」と報道され大恐慌とは言わなかった。その後の歴史と学問は、これを「昭和大恐慌」と位置付け、当時の分析と反省を行った。昨年末からの金融危機から、これに続く不況について、世界大恐慌とは、なかなか言いたがらない人たちも数多く存在する。
アメリカ大統領選挙で、オバマ候補の当選が決まった途端、日本のマスコミやテレビに出演する評論家たちは、一斉に新自由主義の批判を始めた。新春をまたがりテレビ討論会などでは、新自由主義を賞賛していた学者たちも、よくよく観れば、手のひらを返すように新自由主義の弁明を繰り返すようになった。マスコミから干されていた評論家たちも、再び登場して来ることとなった。
ところで、経済学者や社会学者の間では、有名な哲学者カント、国富論のアダム・スミス、社会契約論のジョン・ロックの名前が、今日になって浮かび上がってきている。この人たちは、現代社会の文化・経済・政治、それぞれ学問的基盤の形成を遂げた人たちだ。が、現在、論議の的となっているのは、今まで教科書で習ってきた概念や認識を覆しかねない、新たな研究成果を浮かび上がらせているのである。決して、アダム・スミスを新自由主義経済の元祖と誤認した有名人物の類の珍説でもなければ、従来認識の復活を訴える原理主義の類ではない。現代社会基盤の文化・経済・政治が前提としていた背景、これが崩壊していることを学者たちは分析し、次の社会基盤への準備を始めているのである。


¶昨年末から約3年間、経済急落、
これは間違いない。道理や合理的判断をする経済学者であるほど、経済回復矢印が上向く時点が3年から5年へと延期をしている。(ただし、肝心の個別企業にあっては、人目や世間体を気にせず、大胆正確に手を打てば、もちろんのこと、約3年で回復させることができることに間違いはない)。民主主義政府の対応からは無理からぬことではあるが、心配や不安が加わるものの、経済対策が上滑りするより被害が少ない。
その根拠は、哲学的?かもしれないが、次の通りだ。
経済学とは、「誰もが豊かさが追及できるようにするには、どうすればよいか?」を科学的に分析する学問である。「一方で儲かる者がいて、他方で損する者がいる!」とは迷信そのものなのである。そもそも、経済理論は100通りほど在ると考えて差し支えない。たとえば経済専門のNK新聞といっても、およそ100分の3程度の経済理論だけで編集されているから、さほど役立たないと評価されるのである。ましてこの新聞社の記者は文学部出身者が圧倒的で、まるで「読者好評の経済文学&各種経済指標の通信項目」が毎日発行されていると断定する学者もいるくらいだ。もとより、かの話題の金融工学と称するものも、場末の経済理論であって、戦争ビジネスを回避させた平和論?なのかもしれないが、まともに信じるに値する理論なんかではない。
時流経済学の欠点を簡単な例で説明すると、
:個別企業であっても、様々な事業方針を立てるにあたって、今日明日、この3ヵ月、この6ヵ月、この3年間、この10年といった具合に時期を考えて、「理論と実践(現実)を識別」しながら策定することが基本パターンとなるのである。ところが、テレビ出演目的なのか、政府審議会に選ばれたいのか、「一時的、短期、長期」といった近代経済学での「政策と時期のマッチ&バランス」をも無視して、規制緩和や経済政策原理を力説し、常に口を開けば幻想の「危機感」をあおり、抽象的に「市場原理に任せる」とする類がほとんどで、まともに信じるに値する経済理論ではないのである。


¶もう一つの身近な例、「規律社会から管理社会へ」
といった理論の「見直し」が始まっている。身近に話すと、規律社会とは要するに、規則を定め、自ら善悪の判断を個人にさせることによって、規律を重んじる社会のことである。管理社会とは、ITを含め情報テクノロジーで、仕事や日常生活に管理の網の目を張り巡らせれば、効率的に運営できると想定した社会のことである。「見直し」のポイントは、今では当たり前のことではあるが、当時は頭脳明晰に反論することは難しく、回りは反論する人を理解できなかった。その中身は、
1.個人の規律や訓練が完成した上で、初めて管理社会が到来することを忘れていた
2.管理の網の目から、こぼれ出る人物が多く、この個人が社会基盤を揺るがす
3.近代以降の自由平等の原則を忘れて、管理社会=封建的支配と勘違いした
といったものだ。現場から遊離したエリートでは気づきにくいのも当然であった。こうやって「管理社会」を誤って認識したために、労働力需給、労働能力育成、次世代労働力生産(学校教育他など)の方向性を誤ってしまったのが現状であると言っても過言ではない。その背景には、今話題の金融資本主義(その萌芽は、著者が以前説明した「利回り資本」や、ヒルファディングの金融資本論とはちょっと違う)が追いかけた、単なる拝金主義・市場経済理論の影があるのだ。
「経済学を学ぶことは、似非経済学者にだまされないことである」と言われる由縁なのでもある。



¶裁判員制度の具体的な影響
について、単なる制度説明では、実態が分からない。最高裁のホームページは次々と追加更新されるが、ますます読みづらい。そこで、経営管理や人事労務に与える影響の本質をつかみやすいよう、前提となるポイント解説を試みる。
「裁判員候補者名簿」に、あなたの名前が掲載される場合は、毎年12月ごろに通知される。掲載されれば、くじ引きで担当事件が決まり、第1回公判期日6週間前に呼出状が来る。郵便調査票はあなたの都合を優先するものではない。裁判員候補者になったことを、インターネットなどで言触らすことは禁止されているが、あくまでも被告関係者からあなたを守るためのものである。だから、妻、子供(口が固いこと)、上司、同僚(口が固いこと)、友人に話すことは差支えないのだ。
裁判員候補者といえども、身分は裁判所臨時職員、この職務を妨害すれば、労働基準法第7条により「公務執行妨害」として、上司は懲役6ヵ月・罰金30万円、会社は罰金30万円となるかもしれないのだ。さて、あなたに呼出が来たときに、単に仕事が忙しいとか、ずる休みしたときには過料10万円となるかも。裁判員の職務は無報酬、ただし経済的損失を補てんする国家賠償との日当・交通費・宿泊費が支給される。損害賠償だから、所得税がかからないからと言って喜んでいる場合ではない。その日の賃金を会社は支払う義務は無い。そうすると、身近なイメージとしては、(人を殺す組織に組み込むから)徴兵制のようなものだという人がいるが、それはその通り。
本人の希望は一切聞き入れられないのだ。裁判に支障が出ることを未然に防ぐ程度の様々な配慮がされるだけだ。要約すればこんなところなのである。


¶テレビや新聞で話題になっていたような事柄は
裁判員制度導入では無視されているようだ。司法改革の導入背景は、検察官の就職希望者がほとんどいない実態、並んで刑事事件第一審での事実認定に手間暇を食っている実状を一挙に解決しようと、「ヨーロッパ:参審制」と「米英:陪審制」の都合のよいトコ取りといったもの、これが、関係者の共通認識なのだ。だから、現在の刑事裁判で横行している、裁判官・検事・弁護士の談合判決、無意味な長時間証人尋問、裁判官の居眠りや内職、最高裁の顔色をうかがう判決などは改善されて行くとして歓迎ムードは強い。確かに、誰もが被告とならざるを得ないことや社会秩序維持のキーに関わることであるから、総論としては賛成の声は多いが、実施その他の各論となれば反対意見も根強い。
裁判員制度の対象となる事件の実態は、介護や看護疲れの親殺し・子殺し、婚姻届を出していないだけの夫婦間の殺人などといった、加害者と被害者が親戚である事件が多いのだ。テレビのワイドショーでおなじみのような加害者が他人の凶悪犯罪は数少ない。なので、裁判員職務は、「真面目に悩む」こととなり、それが3日から5日間続き、最後に判決言い渡しに立ち会わされることから、精神的圧迫は極めて強いのである。自分の意見を述べさせられるなどの評議を適度にサボるとか、嫌気がさしてズルして休むことはできないから、憲法18条の「苦役からの自由」に反するとする意見は根強いのだ。裁判員候補者に選ばれたならば、すぐさま訴訟を起こすと予定をしている人も少なくない。果たしてこれが事業活動に影響を及ぼさないと本当に言えるのか。疑問である。うつ病を罹患すれば公務災害扱ではあるが、それでは、個別企業が済ますことができる問題ではない。


¶当の裁判官たちは、圧倒的に反対が多い。
裁判官の職業は国家に対して物申す立場になく、それを厳格にわきまえているからこそ裁判官の職業に就くことが許されている者であることに因って、公には発言しない。が、その反対とする中心意見は、裁判員の守秘が多すぎること、裁判は真実を見定めることで多数決ではないこと、裁判員に苦役を課すことになるなどとしており、そのことで憲法76条3項、「すべての裁判官は、その良心に従ひ独立してその職務を行ないひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」を守ることができなくなると言っているのだ。
これに対して、国民からすれば、不思議な理解できない手法が最高裁事務総局から打ち出されつつある。法廷で被告を弁護士の前に座らせていたものを、弁護士と同列の机の前に座らせることとなった。被告のネクタイは首吊り自殺を図るとして禁止されていたのだが、被告がノーネクタイであれば裁判員が偏見を持つとして、バネ付フック式ネクタイをつけさせるとのこと。被告が逃亡ができないように、履物をサンダルとしていたのだが、これも裁判員が偏見を持つとして、前から見れば革靴・後から見ればサンダルという風な改善サンダルを用意する。とのこと。
結局のところ、まるで判決理由のように長い文章で最高裁事務総局から説明がなされるのではあるが、どうも「苦役であること」は間違いなさそうだし、裁判所は事業活動への影響も考えた事はなさそうだし、何につけても裁判所と裁判官の都合だけで進められそうなのである。慣れない裁判員職務、これのリフレッシュ休暇や費用すらも考えているつもりもなさそうだ。



¶解説・労働契約法:不利益変更
(第7条~第11条関係)(第12条・第13条関係)
労働契約の不利益変更について、さまざまな変更条件が明記されている。要約すると
(1)就業規則の改訂による不利益変更には、就業規則の周知が前提
(2)就業規則を上回っていた労働契約条件は、
  新就業規則で改訂を行っても、その部分は変更不可
(3)就業規則を改訂して不利益変更をする場合には、
  労働者への「合意納得義務」が求められ、
  6項目(周知、不利益程度、必要性、社会相当性、交渉経過、合理性)
  にわたる、変更の有効:無効の判断基準が示されている。
ただし、労働組合(個人加盟の組合含む)は特別扱い、労働協約の締結行為があれば、社会通念上相当とされる範囲内である限り、不利益変更だとしても変更は容易であり、労働協約優先のオールマイティ性の原則を貫いている。
次に、
就業規則が効力を発するための条件が定められている。(第11条関係)
(ア)労働基準法に定める必要事項の記載
(イ)合法的に選出された労働者の過半数代表者の意見聴取
(ウ)労働基準監督署への届出と受理
の三項目が済まされていない限りは、事実上就業規則としての体をなさなくなった。
とりわけ、従来は周知さえすれば、労働基準監督署への届出を遅滞していても、就業規則の効力そのものに影響はないとされる扱いの判例法理が存在したが、労働条件に関わる部分については、適正な手続が欠落していれば、「改訂した就業規則」としては使い物にならないと定め(法定法理)られた。いわゆる近時代を反映した「手続主義の法のパラダイム」を定着させることとなった。厚生労働省の通達では、この辺を曖昧にする経営側への配慮をしているが、労働審判や裁判ともなれば、先ほどのア~ウの項目が第10条に定める合理的かどうかの判断基準となることは言うまでもない。
加えて、
労働契約や就業規則あるいは労働協約の優先順位も定められた。
従来からの諸説氾濫によって → 間違った判断が社会保険労務士や弁護士の一部で流布されていたが、これに終止符を打つことになった。すなわち、
(イ)労働基準法や労働契約法などの法律に反する労働条件は無効
(ロ)就業規則の労働条件を下回る労働契約は無効
(ハ)就業規則の労働条件を上回る労働契約は有効
(ニ)就業規則や労働契約よりも労働協約(労働組合との契約)が優先する
といったものである。


¶実務では、解釈や運用の基礎となる理解が難解な部分
が、この労働条件の不利益変更である。そこへ、似非法律家などからの判例や解釈論を持ち込まれると、真偽のほどは遠のき、正常な判断基準まで悩まされてしまうこととなる。また、そういったことをテクニックとして、クライアントを煙にまこうとする似非専門家も国家資格の肩書を利用して近寄って来るから要注意である。
そこで、個別企業の実務において、これを解き明かす2つのヒントがある。
第一は、法律家と言われる法曹三者(裁判官、検事、弁護士)、プラス大学の法学部教授・准教授と言われる人たちには、法令が国会で決議され施行されたからには、憲法に基づいて法律の解釈論議をする以上の物事は、職業としては扱わないといった鉄則の存在だ。
第二は、とりわけ労働法は、社会共同体の維持を保つための妥協の産物であり、刻々と激変する個別企業の実情にあっては、「労働者の労働意欲⇔経営管理における経済性」との間に、秩序の折り合いをつける紛争解決手段に過ぎないのだ。


¶「就業規則優先か?労働契約優先か?」
少し専門的な解説をすれば、就業規則に記載してある規範や秩序でもって、自由平等のためには職場内を統制することに重きをおく考え方が就業規則優先(就業規則法理)、これに対して自由対等な立場で労働契約を結んでいることが前提であることから、本人の同意がなければ、ことごとく拒否できるとするのが労働契約法理。この両者は、どちらが理想かと何十年間も議論し、裁判所でも争われ続けられているところなのだが、なかなか結論が出ないところに、労働契約法は、今回のひとつの具体的仲裁的な法廷法理を提起したのだ。(自由平等に反することは、もとより否定されているから、典型的に労働契約法で否定されている)。
一例をあげると、自分が知らないうちに、就業規則変更によって退職金規定がダウンされた場合、労働者は知らなかったし、期待をしていたことから、退職金ダウンが無効となるのが労働契約法理である。では、説明してあれば良かったのか、払えない事情があれば良かったのか、就業規則変更手続に不備があったのか、などなどの疑問や会社の手抜かりをめぐって労働事件としての訴訟が提起されていた。こういった疑問や会社の手抜かりをクリアしさえすれば、職場内秩序の維持のためには就業規則の変更を優先させることが必要ではないかとするのが就業規則法理である。


¶有名となった最初の裁判は、「秋北バス事件」
就業規則優先か?労働契約優先か?といった裁判は、数多くが定年制導入をきっかけに、労働者側と会社側の対決・争議となって争われた。就業規則法理か労働契約法理かの判断として、最初に有名となった裁判は、キリタンポと比内鶏で有名な秋田県大館市の「秋北バス事件」である。S32秋田地裁仮処分決定、S37秋田地裁、S39仙台高裁と、次々に労働契約法理が認められていった。この判決が当時、60年安保で華やかな日本全国の労働組合運動に利用されて行ったのである。ところが、昭和43年12月25日に最高裁判所大法廷が、労働契約法理支持の少数意見を付帯して、「就業規則法理」の初めての判例を言い渡したことで、この時点から「規則か契約か?の大論戦」となったのである。
この秋北バス事件そのものは、ほとんど秋田県北部の地元で知られることはなかった。昭和18年4月1日に戦争遂行のため、「秋北乗合自動車株式会社」に13業者を統合させられた怨念が残っているかもしれない、当時の経営陣と役員待遇であった者との定年をめぐる争いであった。裁判に秋北バス労働組合が関与した事実もない。したがって筆者の2回にわたる現地取材は困難を伴った(取材詳細をご希望の方はメールで連絡を)。今日からすると、合理性の事実認定には疑問の残る判例でもあった。
この後、大曲農協事件(最高裁昭和63年2月16日)、第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日)、みちのく銀行事件(最高裁平成12年9月7日)、フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日)などの、労働運動側の一連の反撃ともいえる労働契約法理論争の展開となっていったのである。
この秋北バス事件後の歴史的展開は、似非専門家あるいは法律家でも専門分野を異に人物を見分けるチェック・ポイントである。


¶労働契約法では、不利益変更の基準を、
とりあえず具体的に、こういった判例論争の展開を踏まえて定められた。不利益の程度、必要性、就業規則の内容(社会のこと)相当性、交渉状況、就業規則変更事情をチェックしてみて、道理が通っている(これを法律用語で合理性と称す)上であれば、就業規則を優先させようとの決着を、国会において見たのである。したがって、上記チェック項目の欠落とか道理が通らない説明であれば、不利益変更は無効とされる。無効とはもとより無かったこととする意味で、元通りの退職金や賃金などを支払わなければならないことになる。
さて、そうだとすれば、個別企業の側からすれば、安易な思いつきではなく、代替措置や将来措置が具体的であり、かつ従業員またはその代表らとの交渉を行ない、誠実な対応に徹して、就業規則改訂を実施さえすれば、不利益変更は十分可能であるということであれば問題はないとのことなのである。ただし、これらに事業計画、敗者復活や努力実現の可能性、独断偏向の排除などの措置が付随し、交渉経過については、誠実説明義務ではなく合意納得性が要求されることから、(専門家の力を借りるなどして)大規模に実施しても良いことなのだ。加えて、形式主義に陥らないように注意しなければならない。それは、形式の陰に信義則、権利濫用、公序良俗のポイントが欠落するからだ。信義則の原則とは、簡単にいえば、ウソ、だまし、抜け駆け、ペテンにかけることを指し、一般的に形式主義を見破るポイントは、この信義則でのチェックと言われている。(ちなみに公務員には民法の信義則の適用はないから、労働基準監督官などの公務員社会の例え話に乗るのは危険)。


¶歴史的論争の展開を知った上で、
先ほどの、解き明かす2つのヒントを参考にすれば、個別企業での個別な事例であっても、無理せず対処する道が開けて来るのである。ここでいう無理せずとは、例えていえば、昨年末の「I自動車」「Nディーゼル」、デジカメの「K」といったところは、整理解雇4要件(最新動向:整理解雇4要素説は時流から消滅したことに注意)と不備と思えるが、そういった場合の個別企業側の敗訴と労働争議を覚悟する必要がないという意味である。昨年秋以来、プロの専門家は整理解雇の通告アドバイスを数多く行っているが、その個別企業なりに整理解雇4要件その他合理性を措置することで、未だ予定外の解雇紛争を引き起こすことはないのである。もちろん、措置することにより労働側弁護士や労働組合からの反撃、凶悪事件の引き金を直接引くこと(K工業)などにもならないのだ。


¶似非専門家は、「本人の同意を得ています!」と
いった形式主義を主張?アドバイス?する。ところが、これは詭弁もしくはあなたを誘惑する類なのだ。退職金規定があっても、「本人から請求がなければ払わなくてもよい」と、いわゆるアンフェア・トリートメント(不公正な取扱い)をアドバイスする多国籍金融会社に至っては、TVのごとく火事場泥棒である。グローバル社会の負の部分に対抗するため、また、現代の紛争解決潮流のひとつである、「手続主義の法パラダイム」(公正や正義というよりも、変更手続のプロセスを重視する時代的潮流)を逆手にとって、さも問題がないかのように「形式や手続きを踏んでいますから!」を理由に、不正を強制する行為に対しても、労働契約法の第7条~第13条で規制をかけることとなっているのだ。

2008/12/09

第80号

<コンテンツ>
マスコミや出版界では、100年に一度の経済危機と大騒ぎ
一挙に人員削減・整理解雇が! 年末までに100万人が失職!
そこで個別企業で、何をどうすればよいのか
政府でしか出来ない:雇用対策、本当の公共事業とは
残業代引上げの労基法改正:解説 平成22年4月1日施行
労働市場・需給調整行政が明らかに変化


¶マスコミや出版界では、100年に一度の経済危機と大騒ぎ
昭和大恐慌以来の恐慌と言われ始めた。出版業界も、日本経済が崩壊するとか、経済危機などの言葉を表紙に並べて、皮肉にも、出版業界自身も経済危機の様相なのである。自費出版の陰には、お金を出せばビジネス書であっても、老舗のK社は700万円、新書で有名になったT社のグループは1,000万円、日経新聞によく広告の出るN社は600~1,000万円を支払えば、全国有名書店に配本するとの誘いをかけて来る(200ページ本の初版1,000部:製造原価は300万円止まり)。著作者の買い取り増刷どころではない。すべての本が、こういった類とまでは言わないが、出版社や出版業界のノウハウを信頼した上での情報の集積としてのビジネス書といった有り様は昔話、ここにきて信頼できる情報の宝庫との書籍イメージは崩壊をしてしまったようだ。
あるジャーナリストは、日本の新聞社やテレビなどはジャーナリズムではないという。本来のジャーナリズムと言うのは、自らの信条や主観に一貫性を貫き、それを読者などに踏まえてもらった上で、事象を報じるに留まらず、一歩踏み込んで解説や批評を加えるものだと主張する。確かに、グローバルのジャーナリズムはそうなっている。今時の日本の新聞・テレビ記者は、「通信員」が圧倒的に多く、マスコミは通信社に脱落したと話す。だから、単なる通信員なのに、それを覆い隠したいがため、「客観報道?」という耳ざわりのよい言葉を持ち出し、観念的幼稚なマスコミ理論をまぶしているにすぎないと指摘しているのだ。グローバルなジャーナリズムは、自らの立場を明確にする記者が多く、保守かリベラルか、政府寄りか市民寄りか、権力寄りか反権力かの如く、「客観報道?」など不可能と考えているのだ。多くの人がマスコミの「客観報道?」情報に翻弄されたくないと思っているのだ。まして、文学部出身者の経済記者たちの、職業的裏付けに疑問を抱き、彼らの「読み物として面白いだけ」の根拠の薄い観念的記事に危険を感じているのだ。



¶一挙に人員削減・整理解雇が! 年末までに100万人が失職!
この11月から進んでいる。厚生労働省は3万人云々と発表したが、どう見ても調査方法に瑕疵・欠陥がある。有識者の間では、年末までに100万人が失職するのではと予想している人が多い。大手企業の経営破たんニュースどころではなく、何れにしろ、少なくとも、「まる3年間」は経済急降下なのである。
昭和大恐慌と違って、高度に発達した日本だから食糧問題は起こらないようだ。生活のためにどんな仕事でも就く若者が少ないから、労働力のミスマッチは激しくなる。この30年間ほどは、「母性愛」が注目される時代(:現代社会学理論)だからこそ、その裏返しなのか親子殺人や夫婦間トラブルなどの社会問題が顕在化、家族を基盤とする社会の崩壊を予測する学者もいる。昭和大恐慌時代の農家の娘の身売り話は、現代ではOLの身近な風俗への流入として既に始まっている。さらにこれから、社会秩序の混乱で、企業内秩序や職制秩序が混乱、職場での縄張り争いとなり、それは「いじめ・嫌がらせ」の現象となって表面化するのが、この恐慌の特徴だろう。放置すれば、個別企業の業務運営能力の崩壊だ。
こういった余波を、個別企業は受けるのだ。



¶そこで個別企業で、何をどうすればよいのか
が重要なテーマとなって来る。何といっても、この年末に考えなければならないテーマは、事業継続と人員削減なのだ。売り上げグラフを見て、資金繰り表を見て、先月までの試算表を見ていては、事業継続など辞めてしまいたくなる結論しか出てこない。一昔前に流行した、「従業員の生活のために!」との発想では、「そんな取引はしない!」とか「そんなための商品いらない!」と言われる。今や、それは事業継続の理由としては受け入れられない。
直面の現実を見れば、個別企業での課題は、経済が立ち直ったときに、すぐさま読み取り、打って出るための人材育成と体制固めなのである。すなわち、
第一弾は、今働いている人物の中から開拓力のある人材を探し出し(イノベーション力の人材は第二弾)、今のうちに“その時打って出る”ための人材に育てることである。
年齢、性別などは関係ない。少しだけの経験の者で十分である。
「属人的能力」はエクセルで分解・分析できるまで学問(:文化経済学)は発達している。
さあ、「これからはイノベーションだ!」といっても、
装置産業
(鉄鋼、資源、農業、観光、ホテル、総合病院、スーパーなど装置が主要な設備の産業)と
受注型産業
(建設、教育、飲食、医療、文化、技術、法律事務サービスなどは出向く産業)とでは、
業態と教育訓練内容は全く異なるのである。

“開拓力のある人材”に、
※個別企業の現在もっている技術、ノウハウ、技能を計画的に叩き込むこと
が必要である。
次に、恐慌後の次世代に不可欠な
※コミュニケーション能力を商品開発力と共に育てて行く。
(第76号=8月5日=メルマガで紹介のフィンランド方式は中堅中小企業には最適)
そのための軍資金に、
早々と「雇用調整助成金」とか、「中小緊急雇用安定助成金」も申請、「キャリア形成促進助成金」の受給も計画し、政府からもらえる助成金は大いに活用すればよい。

“開拓力が身に付きそうにない人物”は、
整理解雇を、早めに決断するしかない。
ただし、相手のあることと見ておく必要があり、「整理解雇の四要件(検索)」を整え、合法的に進め、賠償金、補償金、解決金などの労働債務を背負うようなリスクを避けることである。裁判になれば、判決は2年分の年収を覚悟しなければならない。(弁護士費用:70万円の着手金プラスαは別だ)。
ワークシェアリング、
短時間正社員への労働契約切り替え
などを進めていっても差し支えないのだ。
むしろ法人組織自体は何とでも出来るから、事業継続の一点にベクトルを集中する必要があるのだ。



¶政府でしか出来ない:雇用対策、本当の公共事業とは
派遣、業務請負、期間工その他余剰労働力に対して、今こそ、国家が職業能力育成開発を行うことが重要なのである。それを民間の個別企業にさせるのは酷、国家の責任放棄である。
例えば、雇用保険の失業手当を支給する際は、1日5時間の職業能力開発教育を受けさせれば、恐慌後の次世代経済にかならず役立つ。それこそ
※朝の挨拶ができない(業務上意思疎通を朝から)
※業務上文書が書けない、
※業務用信書の宛名が書けない、
※パソコンが使えない、
※インターネットができない、
※報告・連絡・相談ができない といったことに対する、
職業やコミュニケーションの基礎能力の開発から行えばよい。
※職業能力評価基準を政府が整えつつあるので、これをモバイルやパソコンと共に、教育すればよいのである。
※足し算、※引き算、※九九算・掛算
のできない若者には、小学校や私塾と協力して訓練することだ。
仕事は団体戦であるから、個人の人生に、国が意欲を持たせる手を打つことも要るのだ。
こういった基礎的職業訓練を国家が行えば、日本経済や日本文化の基礎力は一段と引き上げることができる。北欧諸国などでは何年も前からやっている。
その後に失業対策として、「環境、介護、福祉などの公的就労事業」を行えばよいのではないか。
民間が雇用保険料とか所得税その他を納付しているのだから、こういった財源の使い道こそ重要なのである。新しい日本経済のインフラも整備できる。
「金を渡すだけ」の失業対策、「金を貸すだけ」の政策融資は、人間の意欲を減退させ、刹那・堕落を煽り、危機の根本解決先送りの末に、切羽詰まった破局を招くだけなのだ。官僚たちが保身と権益を前提とした経済政策を進めるのであれば、日本は沈没し荒廃してしまう。



¶残業代引上げの労働基準法改正:解説 平成22年4月1日施行
12月5日、参議院で、投票総数230票、賛成217票で可決された。
とりわけ重要な時間外労働の割増率等についての解説は次の通り。
改正条文
「第三十七条第一項に次のただし書を加える。
 ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」
……の解説。
時間外労働として法律でカウントされるのは、1週間40時間を超える労働時間である。これは事業場ごとに扱われ、合法的に時間外労働を労働者に依頼するためには36協定が必要であり、重要なポイントなのだが、就業規則や労働契約に「時間外労働の規定」を盛り込んでおかなければ、労働者の義務とはならないことである。正確にいえば、自動的に残業命令を出せば不法行為となり損害賠償の対象にもなり得るのだ。ただし、義務と規定されても強制労働はさせることができない。
ところで、この事業場は、個別企業が「事業場の範囲」を定めることが可能な部分がある。場所的に労働者が働く所在地が一つであれば事業場は一つである。注目は、この事業場は場所が異なるのであれば、事業主が個々に独立した事業場とするかしないかを決めることができるのである。事業主が決めた事業場の範囲に基づいて法律が適用される。すると、10人未満の事業場も発生することとなり、就業規則その他労働基準法の適用方法が変わって来る。ただし、中小企業主に対する「60時間」の経過措置(3年後に検討)は、個別企業単位の人数であって、事業場の人数ではないから、事業場を分割したとしても経過措置は受けられない。
さらに、特例措置対象事業場、すなわち常時使用する労働者が10人未満であって、商業、映画演劇、理美容、倉庫、保健衛生、社会福祉、接客娯楽、飲食の業種であれば、18歳以上の者は1週間44時間を超える部分からが時間外労働としてカウントされる緩和措置がある。したがって、1ヵ月60時間といっても、この場合は実際75時間を超えてから150%の割増賃金といった具合なのだ。

改正条文
「第三十七条第二項の次に次の一項を加える。
 使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して、当該割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において、当該労働者が当該休暇を取得したときは、当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については、同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。」
……の解説。
60時間を超えた部分の時間について、別途に休日を与えた場合は、その時間分の割増賃金(150%分)を支払わなくてもよいことになる。休日であるから、午前零時から24時までを労働させない暦日の所定労働時間に休ませなければならない。この休日には時間外労働ができない。有給休暇の取得とは別途に休日を与えなければならないということである。別途の休日は、60時間を超えた賃金計算期間内に与えるのが原則となるだろうが、実際に与える方法は施行規則や厚生労働省の通達を見て判断することになる。
影響としては、業務遂行と労働時間の詳細管理が必要となり、生産性や効率性の向上が不可欠、働き方に変化が生まれることになる。高付加価値製品や高水準サービス提供の商品構成で恐慌から経済を脱出させようとする戦略と一致する法改正であるのだ。

改正条文
「附則に次の一条を加える。
第百三十八条 中小事業主(その資本金の額又は出資の総額が三億円(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については五千万円、卸売業を主たる事業とする事業主については一億円)以下である事業主及びその常時使用する労働者の数が三百人(小売業を主たる事業とする事業主については五十人、卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については百人)以下である事業主をいう。)の事業については、当分の間、第三十七条第一項ただし書の規定は、適用しない。」
……の解説。
中小事業主であれば、月60時間超過時間外でも125%のままでよいという規定である。150%が実施されるとしても、3年後の平成25年4月1日の話である。中小事業主の定義は、ここにあるように、
資本金の額又は出資の総額が、
3億円以下で常時使用する労働者の数が300人以下
小売業又は5,000万円以下で労働者の数が50人以下
卸売業は1億円以下で労働者の数が100人以下
サービス業は5,000万円以下で労働者の数が100人以下
に該当すれば中小事業主となる。一旦、何れにも該当しなくなれば、あとで資本金減資とか人員削減に至ったとしても150%が適用される。
ここで注意しなければならないのは、事業場ごとの人数ではなくて、企業全体の人数としていることである。昔、1日8時間労働制から1週間40時間労働制に労働基準法が改正されたときには、事業場の人数によって週46時間や週44時間の経過措置があったから、多くの中小企業で、事業所(事業場)の分割が行われた。その後週40時間なれば、再び事業所を結合していたのである。今回は、“事業場”ではないことから、分割するのであれば法人を分割しなければならないことになる。特例措置対象事業場をはじめとして、法人分割が得策と判断する事業主も出て来るのである。

条文
「  附 則 (施行期日)
第一条 この法律は、平成二十二年四月一日から施行する。」
……の解説。
施行の日を法律で定めたことは珍しい。これは、改正内容の施行や下準備を、施行日から逆算方式で厚生労働省に実施させるところのものである。ややもすると、官僚に任せておくと業界団体などとの折衝などで、事実上の監督指導の緩和や猶予期間の設定を生むことになるかもしれないので、これを防止する意味でもあるのだ。



¶労働市場・需給調整行政が明らかに変化
派遣法改正に先立って、都道府県労働局の民間需給部門も一斉に動き始めた。現在の法令で実行できる指導を進めているようだ。「規制緩和」の波に乗って、現行法令の違反自体を見逃す傾向にあったかの様だったのが、一挙に風向きが切り替わったため、現行法令通りの適正水準まで引き上げようといった感がある。
そもそも、97年、99年の職安法・派遣法改正とともに、厚生労働省の民間需給部門(旧:民営職業紹介部門)は、提出書類中心の業務処理になってしまい、現在までそれが続いている。立ち入り調査の交通費までが削減されたとの情報もあったぐらいだから、多くの都道府県労働局の民間需給部門では、今、活気が生まれているようだ。
だが、労働局の職員は、長年に渡って現地調査を手控えていたために、昭和61年の派遣法施行当時と比べれば、立ち入り調査のノウハウ、質問技法、書類調査技法などの機能水準は低下しているのが現状のようだ。ただし、立ち入り調査に長けた職員も、OBとして未だ健在であることから、一挙に立ち入り調査ノウハウの向上は図られる。
今回の派遣法改正が労働市場の再編、とくに派遣先の労働力調達に大いに関係する。経済恐慌を控え、今から、「恐慌から立ち直る」ための労働市場政策に着手し出したといっても過言ではない。

2008/11/04

第79号

<コンテンツ>
《改正》労働者派遣法:取舵いっぱい:法案要綱
株価暴落は、いつ下げ止まるのか
81年前の昭和大恐慌のような状況?
昭和大恐慌から実体経済が立ち直ったのは
資源のない日本経済にあっては
個別企業での、もう少し具体的な話
個別企業に秩序を、柱を一本通して構築することが第一に重要!
(労働契約法の解説は休み)


¶《改正》労働者派遣法:取舵いっぱい:法案要綱
厚労省は、“派遣制度のあり方の根幹にかかわる問題にメスを加える”考えだ。
労働者派遣法改正の法案要綱が発表された。施行日は来年、平成21年10月1日からとしていることは、現時点から着々と行政指導の範囲で促進することを示している。改正法案要綱の内容は、マスコミなどで報道されている問題点を超え、規制緩和や新自由主義の名のもとに人材派遣会社が不安定雇用を助長しての「荒稼ぎ」と疑われていた利益部分を、ことごとく消滅させる内容だ。平成11年の派遣業規制緩和、そのずっと以前の状態にまで落ち着かせる狙い。
結束力の弱い派遣業者団体だから、これから人材派遣会社などはビジネスモデルとマーケティングの変更を余儀なくされる。すなわち、専門的技術や専門的技能の裏付けがあるアウトソーシングや、請負要件を満たした業務請負業に転換することを迫られるのだ。派遣業の規制は世界先進国の時流でもある。高付加価値製品や高水準サービス商品などを提供する労働力の裏付けを整備しての経済立国を目指す日本戦略でもあるようだ。個別企業の労働力政策は、一挙に変化する。
改正要綱の 主なもの は次の通り。
1.派遣先に厚生労働大臣が、賃金を低下させることなく労働契約の申込をするよう勧告するようになる。勧告に反することも自由ではあるが、ハローワークの恩恵が制限されることは間違いない。勧告するとしている対象は、港湾、建設、警備の禁止業務の派遣の場合、派遣会社以外の派遣の場合、派遣期間制限の規定に違反した派遣の場合、派遣法の脱法行為の恐れがある派遣の場合である。本人の訴えは、すぐさま派遣先の直雇用となる。
2.いわゆる対象業務26にあって、定年又は65歳まで終身雇用の派遣労働者を除いて、3年を超える期間を継続している派遣労働者に対しては、派遣会社が労働契約の申込をしなければならないこととなる。(そもそも、4年目突入の有期契約は終身雇用の扱い)。
3.派遣労働者を、履歴書や面接などで特定することが一部で認められる。ただし、その部分は、「期間を定めないで雇用される労働者」、すなわち定年又は65歳まで終身雇用する派遣労働者に限られる。実際には、いわゆる対象業務26のうちの、ほんの一部である。もちろんこの場合、年齢、又は性別を理由としての差別的取扱いを禁止されている。事実上の事前面接禁止。
4.派遣先は、特殊な場合を除き1年を経過する期間内に、以前働いていた労働者を再び派遣で受け入れられないこととなる。すなわち、同一人物を忙しいシーズンだけに来てもらうような派遣契約は出来なくなる。もちろん、不法行為となれば、非派遣期間の収入損害を賠償することにもなる。
5.派遣法違反をしていた派遣先に対して、あくまで行政処分または司法上の処分を行う前に指導又は助言をした上で、今は、是正勧告をすることになっているが、これからは指導や助言を要しないこととなる。すなわち、突然の是正命令となる。フライングや“言われてから改善”はできなくなる。
6.労災事故が起こった場合は、派遣先にも、必要な報告、文書の提出、出頭を命ずることとなる。派遣先事業場への立ち入り、関係者の質問、帳簿書類などの検査も実施する。不法行為を形成するに至るので、派遣先は、完璧に安全配慮義務が問われることとなる。
7.派遣会社が派遣実績総時間のうち“特定派遣先”に対して80%を超えて労働者派遣することが禁止される。80%以下となるよう特定の派遣先以外への新規開拓ができなければ、勧告の後、派遣事業の取り消しや廃止命令を受けることとなる。企業の第2人事部的な派遣会社は、猶予期間の後、廃業を迫られる。
8.日雇い労働者の形態で労働者派遣することが禁止となる。この法案要綱でいう日雇いとは、日々改めて雇用する者又は30日以内の期間を定めて雇用する者を指す。例えば今日と明日に来て欲しいと雇用すれば、これは2日間の「期間雇用」である。ただし、日雇い労働者の派遣は行政指導によって、現在も事実上実施することが難しくなっており、特殊な業務を除いて採算が合わなくなっている。日雇い派遣が許可される特殊な業務は、1号、2号、5号、6号、7号、8号、9号、10号、11号、12号、13号、16号、17号、18号、19号、20号、23号、25号の18個との見通しが強い。
9.人材派遣業会社は、事業所ごとにスタッフの賃金と派遣料金の差額であるマージン率の平均を発表させるとしている。多くの派遣会社が平均的な派遣料金を公表しているなかで、マージン率はスタッフの平均賃金を公表することとなる。派遣労働者を雇用する場合、募集や面接の段階で、賃金の見込額だけでなく、労働条件その他の待遇の説明も義務となる。こうなると、労働者の賃金・労働条件を向上確保し、半面に人材派遣業者の利益率を一方的に低下制限することにつながって行く。いくつかの地方自治体では、これが既に入札条件となっているところもある。加えて、派遣労働者の賃金を、派遣対象業務と同じ業務を行う派遣先社員の賃金相場を下回らないよう、賃金決定努力を課せられる。これによって、派遣会社のマーケットが縮小に向かうことが考えられる。
10.派遣労働者の希望に応じて、定年又は65歳まで終身雇用すること、職業紹介許可を持つ派遣元は就職紹介をすること、教育訓練を施すなどで終身雇用を推進することの3つの措置を、派遣会社は努力しなければならなくなる。努力措置といえども、1ヵ月から3ヵ月程度の細切れ雇用契約を反復更新することで成り立っている非技能系パートタイマーの派遣を規制することとなる。
11.紹介予定派遣を行う場合、派遣する前に、社員入社就職の業務内容、賃金その他の労働条件などを定めておかなければならないこととした。就職紹介を予定して派遣されている労働者の労働条件が、土壇場で変更されることによるトラブルを防ぐ狙いがある。
12.新たに一般派遣業の許可基準として、派遣業の取り消しや廃止命令を受けた法人の当時の執行役員、取締役その他支配力を有していた者が、取り消しや廃止命令から5年を経過していなければならないこととなった。5年を経過すれば事実上業界から手を引くことになる。これは、かのクリスタルグループの企業が、摘発を受ける度に新しい法人に作り替え処分を免れた。そのグループ企業の数が約70社も存在していたことからの教訓である。また、行政手続法を持ち出したのは、厚生労働大臣からの取り消しや廃止命令が行われる前に、自ら廃止届を提出して処分を免れようとする企業に対する防止策である。


¶株価暴落は、いつ下げ止まるのか
巷に関心を呼び起こすようなマスコミ報道が流れている。だが、実のところは、現在の経済状況について、専門家筋は何らかの「恐慌」状態に突入することは間違いないと見ている。
3年内までに株暴落と実体経済破たんの神出鬼没が繰り返され、落ちきってから、初めて成長の可能性が生まれるとするのが、経済学の常識だ。
この疑いのない見通しに対して、要するに
A.経済政策や金融対策を次々と実施しようとの人たちと、
B.「人間のばかげた行為」が原因だから落ちるところまで落ちろ!とする人たち
の二手に意見が分かれているのが根本のようだ。ただし、このA/B二手の人たちそれぞれは、心理状態むきだしで原則を貫くばかりでは政権や地位が脅かされることになるから、何らかの激変緩和政策を打ち出すことともなっている。「緊急経済対策」などは、その典型的なものである。
だとしても、今の経済状況の分析は、
経済専門家でも見通しがつかず、「これから先が分からない」と言い、
経済素人は、何が起こっているのか見当がつかず、「ワケが分からない」状態に陥り、
何かの専門性をもつ評論家は、専門家特有の心理的不安から、的外れながらも何か専門的なことを口にするにすぎないのだ。
町内の評論家も平穏な心を求めて、その人が得意とする趣味と専門分野が、「時代分析の話によく現れる」といった、心理的逃避現象や「我田引水」までが横行、これに陥った文学部出身のマスコミ記者も続出。そこまで人心も混乱しているのだ。


¶81年前の昭和大恐慌のような状況?
は再来しないとの話がある。確かに、それはその通り当然だ。当時の日本は農業中心、国内向け消費財産業は皆無に等しく、生産財産業革命が一段落した明治経済の延長線であった。当時は、今の日本の経済構造とは異なっていたのである。だから、当時の現象は、都市での経済破たんが農業経済を破壊、直に飢餓や貧困をもたらし、株式大暴落の金融危機、被害は地方や農村の保証人への取り立てとなって現われたのである。
今回の恐慌での現象は、
既に始まっている金融資産の大幅目減り、政府が緊急金融政策を実施する後の大幅増税、国民の長期借金返済生活である。恐慌に因る一発クラッシュ惨事は分散され神出鬼没の形態には出来たものの、今から始まる恐慌の展開は、まだまだ現象の予測不能なのである。本質は恐慌、これから繰りひろげられる現代的現象は81年前とは大きく異なるというわけだ。
ひょっとして恐慌という経済現象を学んだことのない人にとっては、この単なる現象だけで、天地のヒックリ返る思いになるのは間違いない。また、旧東側諸国の計画経済学者は、こぞって、「経済恐慌!だから何? 独占(寡占)資本主義が破たんして、独占資本を救うために国家が介入する“国家独占資本主義”になるだけだ! それは歴史の必然!」と、極めて冷ややかな反応ばかりである。
まるで社会現象が、“一喜一憂と冷淡”が織りなす下世話な世相にもなりかねない。


¶昭和大恐慌から実体経済が立ち直ったのは
昭和12年ごろの恐慌から8年後であった。それは、洋服、洋食、洗面器、弁当箱、キャベツ、リンゴなど、それまで存在しなかった内需向け消費財の商品が大量に出回ることによって、実態経済が回復していったのである。実に、日本の「社会」制度を左右する法律とか、「社会」保障の着想・第一歩は、戦前の、この時期だったのである。金融経済面での回復は戦後しばらくまでなされなかった。実態経済が回復の途端、昭和12年から、戦時計画経済に切り換えたため、成長は小幅にとどまり続けた。
戦後の経済民主化による輸出立国、人口増加政策、自動車、住宅政策、家電を柱とする高度経済成長政策に至ったのである。その後に経済をバブルさせ、はじかせ、不良債権の穴埋めをし、今の世界的な金融危機となり、経済恐慌を迎えることとなったのである。
従って、
今からの恐慌後に実体経済を立ち直らせるには、今までになかった新商品を、今度は世界的に売り出すことが肝要となるのである。歴史的所産を引き継ぐ都道府県の豊かで多様な地域性は経済民主主義の要となる。こういった社会の動きを、個別企業は見ていれば浮上できる。
決め手は、とにかく、直接・間接を問わず衣食住の生活関連商品マーケットが軸だ。
原則的には経済学者のシュウペンターが発見した新商品理論
 1.新しい財貨、新しい物の発見
 2.新しい生産方式の導入
 3.新しい市場の開拓
 4.新しい原材料、半製品の発見
 5.新しい(社内&社外)組織の実現
加えて、先進国や外国人客に売り込むには、文化経済に裏打ちされた新商品
 A.他社他店にない特色を出すこと
 B.取扱商品の絞り込み、販売地域の絞り込み
 C.他社とは変わった技術(技能ではない)を売ること
 D.高水準のサービス(非セルフ・非効率)を売ること
が、個別企業ごとで必要となるのだ。


¶資源のない日本経済にあっては
このような新商品(例:高付加価値製品&高水準サービス商品)を提供するための労働力の育成・確保に、成功のすべてがかかっている。
ということは、労働基準法(戦前は工場法)、職業安定法、健康保険や厚生年金その他の、昭和大恐慌からの脱却のために、戦後の高度経済成長政策を支えるために着想・制定されて来た法律も、時代に即することができるように、体系から根本的に見直す必要があることになるのだ。もちろん、商法をはじめとした会社法も然り。憲法や民法が変わることはないが、そこから派生した民事法の類は、改めて着想改訂されることとなる。労働契約法は出来たばかりで玉虫色であるので、そのまま。派遣法は、ここに来て、制度問題にメスが加えられる。
中小企業向け融資に不可欠とされる個人保証人制度も、その廃止が望まれる民事法のひとつだ。恐慌の時期だからこそ、個別企業の経営体力を蓄えるためにも、融資返済の3年間元本棚上げといった法律制定も着想(徳政令?)されるべきなのだ。
例えば、注目の年金制度(文化・価値観の変化を招く)
そもそも厚生年金は昭和17年当時、退職金が充実していないことを背景として、退職手切れ金の性格をもって制度化した。国民年金は、米ソ対立を背景に、日本国民の西側確保のため、財源確保の見通しの無いまま、無理強いで作った社会保障であった。いずれも今、既に破たん状態。そこに、この10月15日にアメリカ政府は確定拠出年金(401K)充実の規制改革を要求。このアメリカの「年次改革要望書」、実は在日アメリカ商工会議所の綿密なマーケティング調査が基本になっている。だから、今は悪評の401Kも、ここ数年内に資産が目減り仕切った所(実体は御破算)で新たな401Kとして再出発する可能性も高くなってくるという具合だ。
ただし、
従前からの新自由主義の名のもとでの規制緩和、これは単なる昔の焼き直しの発想であったし、失敗続きの原因でもあったことから、どうも新しい時代に即するという評価は、長い歴史に立ち返るほどに、今後はあり得えない代物とされる。


¶個別企業での、もう少し具体的な話
新自由主義の名のもとでの規制緩和とは、経済や社会秩序を維持する制度(法律など)が存在しても、制度を無視してやり放題=新自由といったもの。その展開パターンは、個人さえ納得すれば良いとする個人の新自由とか、未必の故意まがいの自己責任といった方式が実態であった。
この展開パターンに対して、どの法律制度も、誰もがストップをかけなかったことから、経済や社会の秩序が崩壊するとともに、経済構造がイビツになり → ゆがみが生じ → ストレスがかかり → 亀裂が入り、一挙に経済が崩壊したと分析し、教訓とすることだ。
よって、再び時代にあった経済や社会の秩序を、
“柱を1本通して構築”することが、最重要課題となるのだ。これは、個別企業の秩序、組織の構成、受注販売方式、生産方式、業務遂行・運営方式での話であり、政府や社会が行ってくれるというものではない。バブル崩壊後に慣れ親しんだところの、出来上がった企業秩序を長持ちさせるための調整具合とか妥協延命ではないのだ。もちろん、政府官僚の行って来た、社会主義経済模倣の計画経済でもない。

¶個別企業に秩序を、柱を1本通して構築することが第一に重要!
経営資源(人、物、金、情報、ノウハウ)を個別企業の外壁や間取りの如く、新しい時代へと組み直す、その実行は、今年内は二の次となるのだ。
企業は個人プレーではなく団体戦、その中で
総務部門は個別企業の経営情報を集積・加工し、経営戦略や方針草案を提起する舵取りセクション。
人事部門は個別企業を運転するのに必要な人材・労働力を確保・育成・配置するセクションなのある。