<コンテンツ>
・日本国内へアジア諸国並みの経済と生活水準を招来
・政府の経済政策に至っては無能
・大手企業軒並み海外脱出の方針
・クール・ジャパン戦略(ボトルネック)が急浮上
・新しい商品価値創造(固有価値)なら打開できる!
・中堅・中小企業への期待と成長要因
・労働契約法=改正特集=
・改正労働契約法で個別企業が、社会が変化
★その1:5年で期限のない契約に転換___
★その2:雇止め(期間満了=解雇)制限___
★その3:有期契約者の不合理労働条件禁止___
・改正事項と経営重点4分野との関係
・改正法の逐条解説の出版やセミナー
・新時代の、「新能力評価表」の試用版を作成
・厚生労働省、窓口の臨時職員の危険
§日本国内へアジア諸国並みの経済と生活水準を招来
事態は極めて深刻だ。既に、工業国としては孤立した島国、工場廃墟と放射能汚染。日本国民は、あまりにもお人好しが多すぎる。窮乏の末に摩擦を起こす、「貧すれば、鈍する」ことは目に見えている。
マスコミは刺激的なリストラや企業買収の話以外、オリンピックだ、消費税だ、政局だと言って取り上げられない中で、各所で日本経済の行方の討論会?が行われている。表向きはまるで、「高校生の弁論大会」の様相、すなわち、「主体的力&ベクトル」が存在しない話ばかりなのだ。このままでは、アジア諸国並みの経済水準・生活水準にまで落ちてしまう。それに反対する海外諸国も大手企業も見当たらないばかりか、事実上それを望む海外からの発言は目白押しである。「中国での経済進出は、中国一般庶民並みの生活の受け入れ!として跳ね返って来る!」と揶揄されたとしても、それが的外れな指摘とは言えないのである。インド、インドネシア、インドシナ半島といった経済進出先の国々が、自国だけのGDP増加を期待しての思惑を認識した上での議論が必要なのだ。日本のGDPは下がる、国内預金は流出する、労働力も流れる。これが日本を取り巻く関係諸国の思惑であることは、マスコミ関係者以外の議論を研究すれば直ぐ分かることである。なのに、こういったニュースがTVや新聞では報道もされなければ、議論もされない。
経団連は7月19日と20日に、「夏季フォーラム2012」を開くなどして方向性を打ち出している。政府も、「日本再生戦略」をまとめている。念のため、各政党の政策もチェックしたが、総てが共通の視点しか持ち合わせていない。私から言わせれば、日本経済が復興の道を歩み始めているのであれば、この人たちの議論を信頼もするが、現実は益々落ち込んできたのである。もちろん、この人たちは異なる意見を持つ有能な人の話を聞く姿勢がない。実は、ここが大問題なのだ。結果は若年層の無気力に現われている。
先ほど紹介した経団連「夏季フォーラム2012」の議長総括が、経団連タイムスに掲載されている。要点は、「海外から買いに来てくれることもなく、国内では売れないから、海外に売りに行きたいなあ~」。そして、「新しい日本を創る決定打もないので相場的にお茶を濁しておきましょうか」と、筆者には聞こえて来る。詳しく知りたい方は…と言いたいところだが、夏季フォーラム2012の内容を読む価値はない。経団連は講師を招き、「従来の先端技術への挑戦との常識が通用しない」こと、そこで「デジタル設計思想やデジタル製造工程に立ち遅れ」であることを指摘はしているものの、何故、大手企業が軒並み崩壊しつつあるのかの原因には踏み込めず、イノベーションのカギとなる「ビジネスモデルと知的マネジメント」の展望はないと講師は言っている。(講師も展望の話なると精神論に転換する)。
ちなみに、東京大学経営研究センターの議論を紹介した書籍でも、
日本の技術者の水準の低さ、すなわち
A.技術を現場に落としこむ技能(多様性・一回性)の弱さ。
B.開発のプロセスを短期・効果的に進める技能の弱さ。
C.原材料、素材、基礎技術を組み合わせる技能の弱さ。
が指摘されているが、そもそも、こういった技能の学術解明さえなされようとしないのが日本の技術水準なのであると指摘している。そしてここでも、「大手企業の組織硬直」を技術水準低下の原因としているが、ただやはり、その解決となると、その道の専門家ではないから仕方がないのだが、「気」だとか「教育」だとかの精神論に陥っている。
§政府の経済政策に至っては無能
(政治問題は語りたくないが、ワラをもつかむ気持ちの人のため解説)
もう言い古された、「国際競争力のある製品が日本で創出されるような税制や、中小企業の海外進出を支援する政策を進める」とか、「製造業だけでなくサービス業や農林水産業も考慮しなければならない」といった、今や時代錯誤のことを打ち出している。受け狙いでいうことがなければ、政府は経団連の会合などで、アジア経済基地として「例えば津波避難ビルの建設」だとか「新型インフルエンザの予防ワクチン事前接種対策」とか、話が飛べば「経済成長のための課題は政治とメディアだ」(仙谷)、「GDPが下降気味なのでGNIを考える」と、全く何を言い出しているか分からない。政府の、「日本再生戦略」も、読むだけ時間の無駄であり、その無駄が何かを取り繕うと資料を並べているにすぎない。
ちなみに、アジア新興国の中で増加している中間所得層は、日本が家電製品を輸出していることなど、既に「知らない!」といった実態なのに、この中間所得層に日本製品を売ろうというのだ。先ほどの東大経営研究センターの著書の中でも、「中国で、1台4万円の高級電動自転車を2台組み合わせれば、平らな中国では電気自動車が8万円で販売される。こうなれば日本の電気自動車は中国進出出来ない」と言い切っているのだ。認識不足も甚だしい。
また、海外進出のターゲットはアジア新興国としているが、中国、インドシナ諸国、インド、インドネシアなどの国々は、「共産党」を名乗る勢力の多い地域で、現に「共産党」市長が存在するなど行政機関を配下に抑えている地域も多い。そんな地域に日本人を進出させて、(日本の「ゆとり世代」の若者も扱えないのに)、予想するような企業活動ができると思っているのだろうか。
§大手企業軒並み海外脱出の方針
素材産業以外の大手企業は軒並み崩壊の一途をたどっている。
数多くの大手企業は、もはや組織のしがらみ、守旧的部下の怠慢によって改革が出来ない状態にある。改革のために投資する金融機関も投資家もいない。また、投資がなければ金がなければ動こうとしない管理職が圧倒的である。その意味で仕事ができる管理職は出向やリストラで社内を去っており、連れ戻すには、管理職の抵抗が激しい。だから技術部門のイノベーションすら難しい。だからトップの社長が力説しようが、経団連で決めようが、まして政府が戦略を決めようが、それを実行できる組織体系と意欲組織はもう既に存在しない現状だ。改革をやっていると主張する大企業でも、実は五十歩百歩である。残るは、「大手企業」の地位から「完全離脱」するしかない。
だから、大手企業は海外脱出しようとする。
日本の家電製品の関連企業は崩壊の一途である。故松下幸之助の経営理念を数年前に排除した家電メーカーは、その後一挙に身売りが始まり、惨憺たる末路である。日立の経営陣は、「このままでは破綻してしまう危険」を社外に訴えながらも、今一つ切り開くすべもない…と思われる講演をしている。
自動車のトヨタが販売台数を回復させたといっても、肝心の売上金額やどの国の所得なのかは発表されない。むしろトヨタは再びリコール問題である。世界的にはヨーロッパと中国に負けている。日本のリチウム電池は、現時点が花盛りで、もうすぐ中国に生産を奪われる見通しである。
大手企業は再生エネルギー分野から手を引いた。あげく日本の電力の高価格を理由に工場海外移転を進めている。(所詮、電力産業は地産地消の業態であるが…)
経団連「夏季フォーラム2012」の議長総括は、経団連タイムスにA4判1枚程度の記事が掲載されたが、そこから映し出されるものは、海外脱出=今の商品でも売れる国への実質移転である。移転をすれば日本のGDP(国内総生産)は増えない。移転先のGDPが増えるだけである。技術を持った大手企業の海外移転は、もう既に活発になっているのだが、生産現場の技術者の海外企業からの引き抜きを加速する。家電メーカーの生産技術者は、土日に海外出張してレクチャーするだけで30~50万円の報酬がもらえるようだ。リストラをされても、給与が上積みされて海外企業は採用する、ただし期間は短い。定年退職しても数百万円の年収を保障して海外企業が採用する。
海外脱出とは、闇の部分にこういう組織崩壊現象を含んでいるということだ。(…だから部品メーカーは、値引きして部品納入してはいけない、海外に工場移転してはいけない。→後段の「中小企業への期待と成長要因」を参照)。
§クール・ジャパン戦略(ボトルネック)が急浮上
自動車、家電など、一挙に外貨を稼げなくなった産業の代わりに、「クール・ジャパン」を経済産業省は急浮上させている。政府と言っても、決して一枚岩ではないし、経営の現実を知らないので限界はあるものの、着目すべきものがある。同じ経済産業省の中小企業庁が主張する海外進出一辺倒と比べれば、光り輝いている。
ところが、世界の消費者は、「金があっても買わない!」に変化しているから、これからの商品価値には、「意欲・感動・希望」の3要素(固有価値)が整っていなければ売れない。特に「クール・ジャパン」=(日本発ファッション、食、アニメ、ライフスタイル雑貨、伝統工芸品等)は世界で人気としている商品群である。その方向で政策の補強をしない限りは、「クール・ジャパン」といっても文化商品を買ってもらうのではなく、文化が販売促進材料になっているだけである。文化とは、出来上がった商品ではなく、そういう商品を作り出すコミュニティと教育(社会及び学校)と生活水準の有機的結合のことである。企業も報告されているが、まるで大手企業が工業製品の変わりにアジアに売りに行っているだけの哀れな姿しか見えてこない。
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/seisan/cool_japan/pdf/012_02_00.pdf
そこで、円高対策の本質的議論を一言。
円高対策をするのであれば、1985年9月のプラザ合意時点の、1ドル240円を目標とすべきなのだ。日本の「失われた10年」×2=20年、これは、プラザ合意からの突然の円高により国内生産物が円高で売れなくなり外貨が稼げなくなった歴史である。加えて、これに対抗する具体策を国内では取ることが出来なかったし、禁じ手である人件費コスト削減で乗り切ろうとする大手企業が出てきたものだから、21世紀からはMade in Japanの技術力低下(技術ではなく人海戦術で乗り切る)及び購買力低下を招いてしまったのである。したがって、クール・ジャパン戦略そのものの弱点は先ほど述べた通りだが、外貨を稼ごうとするときに通貨問題は避けては通れないのである。夢ではあるかもしれないが、「1ドル240円」を目標とすべきなのである。本来、円高対策というのは、こういう政策のことを言うのである。
§新しい商品価値創造(固有価値)なら打開できる!
世界的に消費経済は、消費者に金銭余裕があっても買わない時代に入っている。もちろん中国市場もそうだ。これに対する答えは、筆者が繰り返し説明している、「意欲・感動・希望」の3要素(固有価値)の、商品価値が存在する商品である。それは政府に頼らずとも、民間企業自力で展開もできることとなる。あくまでもターゲットは、世界1億人の富裕層である。この商品価値創造が大手企業には出来ないのだ。むしろ、そうでない商品を、政府や金融機関の当時のもとに大規模な扱いをしてきたから、商品価値の転換をすること自体が、大手企業にとっては不自然な行為なのである。大手企業は全般的に、旧態依然の怠慢的な改革に終始している。また、社内コンセンサスの末就任した経営陣だから、社内抵抗される改革はやらないのだ。マーケティングと称して一瞬成功したかに見えても、いずれも長続きしていない。
確かに、大手企業の仲間でも、ほんの一握りの会社は、新しい商品価値創造(固有価値)の萌芽を迎えているが、【経済恐慌から「守りを固める体制づくり」】(総務部メルマガ昨年8月号で詳細に説明)である、
1.財務基盤(在庫の流れを編成し直すことも含め)
2.事業基盤(設備の大胆な削減、長期人件費削減)
3.売り上げ基盤(総務部メルマガ7月号の「ものづくり」手法など)
の三つを整えることが重要なのであるが、結局大手企業はそれをしなかった。
さてその原因は、この新しい商品の価値、すなわち「固有価値-使用価値=の価値部分を、従来は無視」してきたから、一足飛びに価格に反映できないことにあったからだ。では彼らは何に価値があると説明したかといえば、200年ほど前の経済学者のアダム・スミスやリカードの「商品価値=使用価値論」だとか、100年ほど前に起源をもつ「効用価値学説」だった。
この商品の固有価値についての、固有価値の源泉、商品価格決定には、3要素がある。(この学説は6月21日に、国際文化経済学会に報告済み)。
イ)地域文化に醸成された幼少からの熟練された労働能力。
ロ)その職業に関わって鍛錬された労働力としての職業能力。
…前項の労働能力と相まって具現化・商品化を成し遂げる
ハ)地域や地場産業で有機的ネットワーク化されたイノベーション能力&体制。
…需要者の企業への頼りがい、ブランド性、地場産業性といった現象である。
……固有価値論で考えれば、今までの原価積み上げ方式の見積もりではなく、市場での相場決定方式で、買い手に信用してもらえる見積書が用意できるのである。付加価値論では、抽象的で曖昧(だから価格が定まらないことに)になる。
先ほど述べた、東京大学経営研究センターの、日本の技術者の水準の低さ、A~Cも、この3要素の中で、(ロ)の項目を柱にするものの、(イ)とか(ハ)の項目で補強すれば、容易に水準をあげることが可能である。(事例として、「新能力評価表」を後段で紹介する)。すなわち、これが暗黙知、コンテクスト、キュレーションなどと呼ばれるものである。韓国のサムソンなどが導入している、「デジタル設定」とか「デジタル製造ライン」はこういったことからの発明である。
§中堅・中小企業への期待と成長要因
たとえ、アジア諸国並みの経済状態になったとしても、やはり優良企業や富裕層は存在する。
さてそこで今日、意外と有利な企業形態は、中堅・中小企業なのある。早速、最終消費財を扱う業種では、新しい商品価値創造(固有価値)を導入して、見積もりも行ない、販売努力をすれば、事実売り上げも生産性もが向上している。信用金庫や信用組合は、新しい商品価値創造(固有価値)企業に融資すれば間違いはない。
とにかく、今は海外に工場移転などしないことである。
中小企業庁の海外進出の呼びかけは相手にしないことである。技術力が自慢の個別企業であるならば、買いに来るまで待っていることが肝心要である。とりわけ中国には進出しないことである。地産地消を基盤に海外に売り込むことだ。環境を背景に地場商品を世界に売り込むことである、もちろん東北地震で被害を受けた江戸時代からの輸出海産物産品も有効である。部品メーカーは値引きをして納入してはいけない。合法的に不良債権を消す手だては存在する。国内では通貨「円」を使用しない取引や価値交換(地域通貨や商品券も)を増やすことだ。そういった外貨を稼げる商品は、あなたの身近な手の届くところにある。かの本田宗一郎は敗戦と同時に1年間仕事をせず無収入の中で考えをまとめた。
仮に対中国貿易ひとつをとってみても歴史は語っている。
日中に国交が無い時代、中国のことを「中共」と呼んでいたが、大阪は対「中共」の密貿易で朝鮮戦争以降に大儲けをした。「中共」から買いに来るわけで、国交回復以降は、中国は堂々と買いにきた。「中国のみなさん買ってください」と、現地に頭を下げて工場を造る必要もなかった。ところが、今はどうか。中国投資をしても利益が帰ってこない。「公司」の形をとれば中国人の参加が義務づけられるし、日本人は個人営業が出来ない仕組み、これがある限り日本は外貨を稼げない。
北朝鮮貿易でもこれに良く似たことであった。旧ソ連との貿易は、海上での物々交換が盛んであった。近隣各国は買いにやってきた、仕事をさせてくれとやってきた。海外に工場移転など「身売り」などしてはいけないのだ。
§労働契約法=改正特集=
日本的労務管理に終止符が打たれた。労働市場もグローバル基準となる枠組み。
この法改正の立法の効果は、日本の経済水準をアジア新興国並みに後退させようとしているから、法律改正の建前や理想とは反対の社会制度を生み出さざるを得ない。結論は、労働者の階層が4分割されることになる。筆者のように、現実問題に長年携わり研究していると、そういったことは容易に判断がつく。統治能力のない厚生労働省の、その戦後に何度も法改正の目論みが外れた歴史を見れば一目瞭然だ。それが日本における労働法や労働問題の本質といえばそれまでだが。
要するに、非正規労働者や格差や差別の解消であれば、労働契約法ではなく、本命は職業安定法での解決である。労働者派遣法改正も経済後退を加速させる時期だから本命ではなくなった。それは、「就労可能な生活保護の受給者を、自治体発注の委託事業に雇用吸収率を設けて就労させる」といった解決策のたとえ話のようなものだ。1986年の男女雇用機会均等法は女性の非正規労働の爆発的増大させたが、それは専門家からすれば自明の理であった。
2012年8月3日、労働契約法改正が参議院で可決成立した。改正事項は、期間の定めのある労働契約(法律では有期労働契約と言っている)に関連する三項目。有期労働契約をめぐっての、法律的に「不合理」と認められてきた社会問題に対して解決を図るというのが建前である。この場合の「合理的」とは特別用語であって、法秩序維持や社会正義(自由・平等)の立場による道理や筋道のような概念(詳細説明は略)を指すから、素人考えでは危険である。しかしながら、法律が制定されたからには社会制度であるから、知っておかなければ個別企業の経営管理も業務運営も出来ない。
☆施行は、
良く分からない政府の動きではあるが、どうも施行されるのは来年4月1日の見通しが強い。施行は、公布の日と公布から1年以内との二つに分かれている。
¶改正労働契約法で個別企業が、社会が変化
近年日本の労働市場の大変化は…
1986年:労働者派遣法と男女雇用機会均等法
1987年:労働基準法改正(週40時間労働制)
1997年:職業安定法改正(管理職の流動化)
1999年:労働者派遣法改正(非正規社員の増加)
2013年:改正労働契約法の施行(予定)
…といった節目で動いている。これを経営管理の視点から考えるにあたり、行政法だ、民事法だ、取締法だと区分けして考えるのは愚かである。
非正規労働者は今1500万人を超えているが1986年まで、パートなどは日本国内で約300万人程度であった。1986年から女性労働力の社会進出が一挙に増加(多くは非正規)した。次が1997年と1999年の職安法&派遣法の改正である。これはセットで効果が生じ、中高年管理職の若年層との入れ替え(リストラに注目が集まり表面化しなかった)&、非正規社員急増の引き金を引いたことである。そして今回は、2013年からの労働契約法改正と称する有期労働契約者の法的扱いの確定である。冒頭で述べた通り、日本経済を後退させようとする背景では、労働者の階層が4分割することになる。はっきりいえば、「格差は固定化し、格差社会への諦めが漂う」時期を迎える、その後はどうなるか分からないが…。
改正事項は三つ、
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/dl/180-31.pdf
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/dl/180-34.pdf
これを段ごとに簡単に述べる。なお、労働契約法では、「使用者」に対して「労働者」との用語を使用しているが、言葉の定義は、「使用者」とは労働基準法の事業主より広い意味であり、「労働者」とは事業場に就労しない者をも含む。したがって、労働者の専属制・指揮命令・実質的賃金といった視点で物事を押さえる注意が必要である。(改正法の詳細解説や逐条解説では、全容を誤解し易い)。
★その1:5年で期限のない契約に転換___
5年を経過した期間契約(期間契約又は終期契約)は、自動的に期間の定めがない労働契約に転換することになった。ただし、これは当該労働者が6年目に突入した場合に、「契約期間を終身雇用に」と申し込んだ場合であり、申し込みがなければ終身雇用に転換することは無い。もちろん使用者が、6年目に突入した者の申し込みを放置しておけば、自動的に承諾したことになって賃金支払いも必要になる。「申し込みによって終身雇用に転換する日」とは、採用した日(採用通知した日、最初に就労した日の何れでもない)から5年後の応答日である。たとえていえば誕生日と同じで、その日は5年間と1日であるから、6年目に突入した日となる。労働基準法第14条第二項の「雇止めの予告」を30日前に行わなかったとか、採用日からの日にちの計算(民法で規定されている)を間違えば大変なことになる。そこで、地域のコミュニティーユニオン(個人加盟労働組合)が介在して来ることは大いに考えられる。空白期間を設けて雇用継続としない方法も可能だが、実務的にそれが可能なのは自治体などの臨時職員だけ、実際の民間ではそんな余裕も有用性もない。したがって、個別企業の雇用形態を抜本的に変えざるを得ないことになる。
すなわち、従業員の身分構成を
(1)5年未満の期間を定める契約の者(絶対6年目に突入しない)
(2)期間契約や終期契約の労働条件で65歳まで働く者
(1988年ぐらいまでは、一般社員として採用していた層)
(3)正社員としての人事・給与体系で働く者
(非常に限られた人たちで、管理職や独自専門職に限定)
(4)業務請負(定型作業の外注)若しくはアウトソーシング(専門家集団)
…といった労働力市場が形成されることになる。
おそらく、(1)で採用された者の中から適切人物(有能とは限らない)を(2)に組み込んでいくことになる。それは、アルバイト等を数多く雇用する会社が今でも行っているが、アルバイト中の有能なものを社員にスカウトするのに良く似ている。
ところが、(3)の正社員と言われる者たちは、独自ルートで採用することになるだろう。決して江戸時代の商業の奉公人制度のように、丁稚~手代~番頭の順に出世する制度にはならない。「のれん分け」など全体の1%もなかった制度であったし、丁稚から手代に採用される率は半数程度であったという研究もある。ところが、不思議なことに現在の商法は「丁稚~手代~番頭」を念頭に置いているのだが。
(4)の業務請負はSOHOといった形から海外へのOEMのイメージだ。SOHOの類や個人請負は、専属制・指揮命令・実質的賃金といった視点で労働契約法の適用になるから注意が必要である。ところで、アウトソーシングは詳細専門的シンクタンクを併用する水準まで進むと思われる。いわゆるコンサルタントといった職業は、経験にもとづく量産化推進を受け持つ職業であるから、海外新興国では需要があるかもしれないが、国内ではミニ:シンクタンクにとってかわられるであろう。(ちなみに当社はミニ:シンクタンクである)。
読者のあなたには、唐突な解説に読めるだろうから、信じられない内容かもしれないが、世界経済状況や日本経済の後退からすれば想定範囲内である。むしろ、率先して個別企業の従業員構成を変えていかなければ企業経営は持たない時代に入る。ただし従業員構成を変えても時間切れになるかもしれない。
☆施行日は、
公布の日から1年以内の政令で定める日とされている。施行日が初日の有期労働契約から6年目に入ったかどうかが計算される。ただし、それ以前の期間契約は及び、労働者本人からの「申し込みの無いもの」は適用されない。
★その2:雇止め(期間満了=解雇)制限___
いわゆる、ダラダラと満期がくれば雇用契約書を書き換える程度で契約を繰り返しておれば、ある満期の期日で契約終了(雇止め)することが出来なくなる。今日までは、裁判や事件に持ち込まれない限り継続雇用を否認することもできたが、これからは事業主に労働契約法で債務として負わされることになった。
すなわち、「期間満了=首」と言い渡した場合、通常の解雇と同様に、客観的合理的な理由の存在や社会通念上相当と認められなければ、「期間満了=首」には出来ないと法定となった。まして、継続的に雇用されるとの期待感を事業主側の誰か(管理職等)が持たせていたとすれば、なおさら「期間満了=首」は出来ないことも法定された。少なくない企業が、1ヵ年ごとの契約を自動的に更新しているケース、派遣会社が派遣契約解除を恐れて3ヵ月ことに契約を自動更新するケース、こういった期間契約の運用は出来なくなる。
ただし、これも契約満了期日の前後に、当該労働者が契約を申し込んだ場合だけであり、申し込みがなければ契約は終了する。ところが、労働基準法第14条第二項の規定により、使用者は「雇止めの予告」を30日前にしなければならないとの規定があるので、使用者側は無視を決め込むわけにはいかない仕組みになっている。したがって、ここでも地域のコミュニティーユニオン(個人加盟労働組合)が介在して来ることも大いに考えられる。
よって、
面接採用方法の改善、有能者の定着対策、能力評価といった具体策を迫られる。
(A)このうち面接採用については、前号のメルマガ7月号で、
「これからの面接技法 (商品価値の増量と販売)」にて説明した。
(B)具体的な有能者の定着対策は、とりあえず次の対策が考えられる。
1.毎日のミーティングを軸に業務推進、仕事第一の人間関係を維持
2.OJT教育、ラインとは別の教育責任者が、採用14日内に採否する
3.雇用契約、就業規則、信義則を重視していないと債務を負わされる
……これも固有価値での業務改善と一体でなければ、上滑を起こす。
(C)能力評価について、
このメルマガで後述する、新時代対応の「新能力評価表」の記事で一部を解説。
☆施行日は、
公布の日から1年以内とされている。施行日が初日の有期労働契約から「雇止め(期間満了=解雇)制限」が適用される。ただし、それ以前の「雇止め(期間満了=解雇)制限」及び、施行以後でも「申し込みの無いもの」は、従前の判例どおり4年目突入で期間の定めのない労働契約と類推適用されることは変わりない。
★その3:有期契約者の不合理労働条件禁止___
期間を定めて契約している労働者の労働条件が、いわゆる不合理なものであってはいけないと法定した。「合理的」とか「不合理」は、辞書にでてくるような道理や筋道とは趣が違い、あくまでも現行の法秩序維持や社会正義(この場合、自由・平等)の立場による道理や筋道を指すから、注意が必要である。これは従来労働判例を法律で定めたものだ。いわゆる「社員と同じ仕事」をしているのに賃金の安い、という労働条件が禁止となる。ただし、つぎの理由による労働条件の差は差し支えないとした。
(A)業務の内容に合理的差異のあること
(B)業務内容の変更できる範囲に合理的差異があること
(C)業務に伴う責任に合理的差異のあること
(D)業務に責任の範囲に合理的差異のあること
(E)配置転換のできる範囲に合理的差異があること
(F)その他の事情を考慮した合理的な差異のあること
……すなわち、正規社員と非正規社員の違いがあるからには、こういった明確な仕事の差異が付いているはずだと法律は要請しているのだ。よって、非正規労働者に、正規社員と同じように仕事をさせた場合には、賃金・労働時間・福利厚生その他で差があれば賠償させられることになった。
ここには裁判や斡旋手続、労働組合が関与することになるであろうが、ひとたび事件が起こった場合は個別企業全体の労働条件是正が必要となってくる。したがって、非正規労働者には、業務内容限定、責任範囲に限定、就労場所限定の労働契約が不可欠であり、またその契約は変更の合意が出来ない限りは、従来の労働条件の総てを変更出来ないことと法定されたのだ。この契約合意を無視して曖昧不明確に働かせれば正規社員と同じ賃金を支払えという根拠を定めた法律なのである。
そうすると、早急な非正規労働者と正規社員の業務内容チェックが必要となる。
☆施行日は、
公布の日から1年以内の政令で定める日とされている。ただし、それ以前の期間契約者と期間の定めのない契約の者(社員等)との、労働条件の相違には適用されない。しかし、それ以前のケースでも裁判が起これば敗訴の確率は高い。
¶改正事項と経営重点4分野との関係
経営管理には4分野だけ(売り上げ、生産性、労働意欲、業務効率)の重点がある。
現下の経済危機の状況からすると、リストラも組み込んでおかないと、企業の存続自体が危ぶまれるから、抜本策を打っておかなければならない。労働契約法改正は、4つのうちの労働意欲、業務効率の2の改革と関連しているということだ。
だから仮に、おとなしい労働者、文句を言わない労働者の定着を望んだとすれば、より高度且つ固有価値をもつ労働が日本国内で求められる中、労働意欲や業務効率の改善に資することとは矛盾するから、「主体的力&ベクトル」が存在しないどっちつかずの人材を育成することとなって、現在の大手企業病の如く企業存続危機を招来してしまうことになる。
また、ただ単に改正労働契約法の各条項の表面だけを遵守しようとすること、それは経営管理において非現実的な行為でしかなく、そんなものはコンプライアンスという代物でもなんでもなくなる。(現実を知らない法律家や実務家の特徴は、「法令遵守がコンプライアンスだ!」と説明するところ)。
¶改正法の逐条解説の出版やセミナー
は、もうすぐ目白押しとなる。経営を取り巻く環境、特に今は経済危機の状況を良く把握した上で出版やセミナーを行う必要がある。国家資格を持っているだけの人、法令の専門家といううたい文句の人たちでは、経営者や管理職の間に大きな誤解を生む解説自体が想定出来ない。経営管理の視点から考えれば、民事法である労働契約法だけの逐条解説に終始すれば、真に愚かである。
確かに、聴講者が良く理解できる話に水準を落としテーマを絞ると集客人気は上昇する、これが出版・セミナー業界の定石である。だがここで、今の日本が新興国並みの経済水準に後退する時点では、「貧乏人が貧乏人を造る!」との有名な経済原則が当てはまるのである。残念ながら今の日本で労働問題に詳しい専門家は非常に少ない。
だから、出版やセミナーで改正労働契約法の内容を勉強するのはゴールではなく、個別企業ごとに改正労働契約法の内容を受けての業務遂行体制を研究する取り組みのほうが重要なのである。今回はそれだけ個別企業の経営管理に直結している法改正である。
素人資格者や素人専門家の話題が出たついでに、
労働組合運動の現実や実態に遭遇することの少ない人のために、次の映像を紹介する。
http://www.zenroren.gr.jp/jp/shokai/taikai/26taikai/index.html
「全労連」という労働組合の全国団体である。ほかにも全国団体は、「連合」と「全労協」の主なものが2団体ある。実に、この団体傘下にある労働組合が、裁判闘争によって労働判例を次々と生み出している。この団体参加の組合の役員には、自称「日本共産党員」が数多い。1980年の労働者派遣法成立の引き金を引いた労組も、「派遣切問題」の勢力も、旧労働省の労組=全労働も、文部省と戦う全教(旧日教組反主流派)も、この「全労連」の傘下だ。ただ単に、平和のうちに、労働判例や法令改正が行われていると思っていたら、それは大きな認識の間違いである。
ここでも、労働問題の実態を知らない弁護士や社会保険労務士の中には、的外れな仕事をする人も後を絶たないのだ。今やICT産業革命の時代、そういった労働組合の一端を映像で見てみよう。そこには社会保険事務所の職員、JAL乗務員、大阪の学校教員など、団体交渉で遭遇した労組幹部も映像に出て来るかも…。
§新時代の、「新能力評価表」の試用版を作成
一般社員、現業職を対象に作成した。これは商品の価値を固有価値論で分析することにより、「新能力評価表」とすることが可能となったものである。付加価値論、使用価値論、効用価値論からは開発不能である。
もう少し解説すると、従来の評価表には前提条件があった。昭和30年前後から大手企業中心に前近代的な社会教育や職業教育に代わって、「新入社員教育」その他が実施された。ほとんどの中小企業も、そういった「新入社員教育」を行うことを真似した、ただし具体的な中身には曖昧若しくは欠落項目が多すぎたが、大手企業を理想とはしていた。それが今や、日本ではほぼ完璧にそのシステムが崩壊しているのである。
それは、中学校や高校を卒業したものに対して、採用後に個別企業が「いわゆる社会人としての能力」を教育訓練することを含んでいた。ところが、そもそも、その従来評価の源流は、大手企業においては約150年前のロバート・オーエン(イギリスの空想的社会主義者)が実験的に設立した紡績工場での「生産性競争の評価概念」にあり、中小企業においては江戸時代の「奉公人制度の評価概念」にあるのだ。
これが、従来の評価表と、はっきり異なる点は、
1.キラッと光る有能な人物なら、即発見できる。
(経営者が、直に社員を選べる手段:シートである)
2.上司を超える能力者を発見できる。
(従来は上司評価なので、埋れてしまうのは必然な方式だった)
3.採用前、実務に付く前でも、潜在能力の測定が出来る。
(一般職や現業職は、潜在能力があれば、数週間で実績が出る)
【具体例を示すと】
(ア)熟練技能力=作業プロセスを短期・効果的に進める技能もあり、更に高度な仕事を遂行しうる熟練をもっている。(5得点)
(イ)理解判断力=教わったことを原理原則と基本の考え方に分類整理するとともに、何故そういうやり方になったのかの経験を聴くようにしている。(7得点)
(ウ)処理力=仕事には優先順位と段取りとがあり、毎週、毎日の仕事準備は、この優先順位決めから始めることだ。(7得点)
……というように、各項目は5択、絶対評価の表現で回答(9項目)するのだ。能力は就職前でも測定に変わりはない。口先だけ、解かったような事をいう人物も見通せる。
さらに、能力評価9項目の合計点数に、
7,000円を乗じると、その人物の概ねの適正賃金総額の見当をつけることができるようになった。…上記の例なら、3項目で19点×7,000=133,000円/月額。適正人件費だ!
加えて、調査方法の原則は、
本人記入式だから、従来のような評価者訓練等の組織的導入時間も取らないのである。(仕事スタイルの「自分らしさ」を自らが選ぶ方式)。
とはいえ、形は従来と似通ったものではあるが、(「試用版」の実測テストによると)、自らで特定を進むにつれて、さらなる上位の能力概念、反対の下位の能力概念もイメージすることができるようになるなど、抜本的な違いが実感できるとのことだ。
なお、全社的な導入にあたっては、
(整理解雇の人選にも使用可能だが)、組織運営上の注意が必要であり、実施には独特の社内意思統一が重要である。従来型と同様であると勘違いして安易に実施をすると危険を招く、とりわけ、大企業病に陥っている企業は組織崩壊を起こす可能性は高い。
さてその「試用版」の導入要望については別途(すなわち、むやみな導入は危険なため)連絡をいただきたい。一般向けには、前述したように社会教育システムが崩壊していることから、「携帯ゲーム版」の作成準備をしているところだ。
§厚生労働省、窓口の臨時職員の危険
素人相談員による弊害は行政の怠慢である。
近年は、労働基準監督署や年金事務所(旧社会保険事務所)に、臨時職員が数多く配置されている。ところが、この臨時職員たちは準公務員の身分はあるが、各々の法律や制度を熟知しているわけではない。
労働基準監督署
の主な取扱事項は、最低基準となる労働条件がどういったものかである。ところが、まず最初に電話を取る者は相談員である。きわめて簡単なことを聞くのであれば事足りるかもしれないが、複雑な事案には全く対応する能力がないのだ。
WEBで様々調べたあげく、監督署に確認を取ろうといったような事案であれば、まず応えられない。この場合に困ったことは、「複雑な事案です」と質問する際に前置きをしたとしても、「どういったことでしょう」と言って内容を聞きたがる。電話をかけた方は、解っている人かなと思ったり、またはまずはこの人に話さないことには詳しい人には電話をつないでもらえないと錯覚してしまうので、複雑事案の内容を話していくことになる。そうするとこれに対する返答が、実は間違っている回答が相談員の自覚がなしに多発しているのだ。多くの人は間違ったことを聞いても、「そんなもんか」と返答内容を受け入れてしまう。質問する側も相談員も、回答の間違いの自覚がないから、その場は納得してしまい不具合は発覚しない。
「正確な内容が知りたいから監督官に電話を代わってほしい」と話しても、電話を代わらない相談員もいる。こういった相談員の対応には、数多くの元労働基準監督官や元労働基準監督署長が苦情を言っている。中には、「私は社会保険労務士です」とか「労働局の職員だ」と言って国家資格や準公務員身分を傘に、質問する側に圧力的対応をする者もいる。筆者も立て続けに実害に遭遇したので、労働局と霞が関の本省監督課に長々と苦情を申し立てたぐらいだ。(本省監督課は、「意見として聞いておきます」の一言、不具合発生の自覚は弱い)。
その原因は、経済構造が激変し、労働契約スタイルも変化に富んでいることから、終戦直後から積み重ねられた労働基準法の扱い(通達内容)を熟知していなければ、バラエティーに富んだ相談や質問内容には対応出来ないでいることである。電話番であれば単なる電話番に徹するとか、全国1本の集中相談センターにするとか、相談員が毎日の問い合わせ事例を持ち寄りディスカッションするなどの具体策が必要である。
社会保険の手続
においても、臨時職員が間違った対応をする。困ってしまうのは、その者が臨時職員であることを名乗らないし、平然と一般職員の仕草をしていることである。強いて言えば、臨時職員は書籍を見ながら対応するといった不自然さで発見するしかない。
事の原因だが、保険料の算定、給付の有無といった内容であっても、旧厚生省の「通ちょう」や「手引き」などの解説自体が、元々あえて曖昧に作ってあるので問題が大きくなる。何十年もの社会保険の歴史の中で、制度がめまぐるしく変わっているから、その変遷の歴史を知る者であれば間違いには気づくが、テキストやWEBの知識だけでは、「間違っている回答でも納得」をしてしまうのである。元はといえば社会保険の場合は、「制度が悪い」の一言に尽きる。昭和34年、財源見通しゼロにもかかわらず、皆年金制度の道を開く強行を行ったことに起因する。社会保険は全国各地で「適当に扱う運営」だから、国1本の集中相談センターを開設することも出来ない。「金なし、理論なし」だから酷い臨時職員が現れるのは自然かもしれない。ここでも、「私は社会保険労務士です」と名乗る者ほど、「通ちょう」や「手引き」の文言にこだわる傾向がある。
すなわち、とりあえずの企業リスク回避を、
監督署と年金事務所に限っていえば、電話口に出てきた人物の回答は正しいとは限らないから、まずは複数の監督署と事務所に聞いてみることである。何か腑に落ちない点があれば、とことん追求してみることである。行政機関は、誤りがあっても指摘しない限り自ら是正はしない。だから、国民が損をしていても還付請求が行政に出されない限り返金はしない。特に、旧厚生省機関の態度たるや、「法律を知らない者が悪い」との姿勢であったが、どうもそれは現在もひしひしと慇懃無礼(いんぎんぶれい)さを伴って感じるのである。
還付請求の時効は過去2年にさかのぼるから、個別企業での再度の点検チェックを推奨する。
2012/08/07
2012/07/10
第123号
<コンテンツ>
・大幅リストラと&人員削減の段階がきた!
・マスコミ&官僚たちが隠す、EU各国の経営
・官僚の経済政策で個別企業は日本もろとも沈没
・海外進出は、企業も人も身売り状態
・固有価値論での、商品価値増量の広がり
・これからの面接技法 (商品価値の増量と販売には)
・固有価値重視からの、「ものづくり」手法
・固有価値重視からの、「サービス」手法
・労働者派遣法:政省令骨格(10月1日施行)
・=書評=『職場学習の探求-企業人の成長を考える実証研究』
§大幅リストラと&人員削減の段階がきた!
外貨が日本に入ってこない状況、そして個人消費の落ち込みは、いよいよ国内消費の低迷に拍車を掛けている。そこに消費税増税であるから、個別企業で自己防衛に入らない企業はない。
その最も初歩的な自己防衛は、
イ)「銀行を経由する決済はしないこと」及び、
ロ)「如何なる借金も返さないこと。」である。
乱暴な表現ではあるが、「とても意味深い」内容ではあるが、なかなか出来ない個別企業も多いのである。がんばってこの2項目に取り組んだ上で、経営計画を策定するしか残る道はない。とはいえ、下請けに甘んじてきた個別企業では、これ自体もきわめて難しい。海外市場の需要に幻想を抱いて海外進出した下請け企業も然りである。(経済学者の多くが語るように、円高不況が原因で海外に進出した事実はない、あくまでも海外での需要の期待の幻想である)。
だとすると、本当に残念なことだが、
本当の意味でのリストラと、人員削減(主に正社員)の準備を開始すべき時期になってしまった。安定的な経営を目指すならば、早ければこの秋、遅くとも来年の春が、その時期である。とりわけ人件費については、
(ア)不採算部門の人件費分はカット
(イ)その後に、常用社員を整理解雇して採算を合わせるか
(ウ)それとも早いうちから非正規社員を大量導入して採算を合わせるか
の選択となる。(例えば、欧州は正規社員の解雇、米国は非正規への切り替えと、それぞれの社会状況に応じて人員削減が行われている)。
リストラと人員削減は
次の順序で行われなければ、法的にも問題がある。それは訴訟が提起されて敗訴すれば、財産差し押さえのリスクを招くということである。
1.まずは中長期の経営計画である。単なる赤字だけで整理解雇は出来ない。
2.従業員との話し合いが最も大切で、誠実説明義務がある。(誠実説明義務=簡単にいえば、聞かれた質問にはすべて答えること)。
3.人員削減を避けるため臨時従業員の解雇である。(この場合長期パートなどは法的には含まれない)。
4.整理解雇者の合理的人選。(そのための客観的人事評価が必要である)。
すなわち、
早くも消費税が引き上げられる増税方針で需要の落ち込みが、現在の落ち込み状況からさらに進むのである。不採算・不安定部門整理と売れ筋商品の商品価値増量(あとで述べる固有価値論=要するに他に無い取り得のこと)を、早速、まずは経営計画に取り込み合わせて取り組む必要があるのだ。
一部には消費税の課税されない方法(海外経由)による流通ルートも始まっている。売り上げパーセントからすれば重要であるが、もっと抜本的なところが必要となるのだ。最終消費者相手の場合、日本銀行券を使わない売り上げを考えることも必要だ。給与の現物支給も、課税対象とならない方法はいくらでもある。しかしながら、企業の固有価値、商品の固有価値、人材の固有価値を得る以外に抜本的な道はない。それも外貨が日本に入るような仕組みの上での話である。
§マスコミ&官僚たちが隠す、EU各国の経営
彼らは、「EU財政危機」という常套句を連呼して危機感をあおるだけである。EU各国の財政立て直しや個別企業の、本当の具体的な動きを取り上げようとしない。それを取り上げたならば、財務官僚たちが行おうとしている政策が頓挫することは、まず間違いないのである。
EU加盟国は軒並み財政再建を具体的に
行っている。年金の年齢繰上げ支給、公務員大幅削減など、それはギリシャ、スペイン、イタリア、ポルトガルのみならずドイツもフランスも各国が行っている。加えて財政立て直しはイギリスにもアメリカにも波及している。要するに具体的重大論議となっているのである。そのうえで、これに対する労働組合や社会運動、あるいはネットのSNSによる自然発生的な運動は激烈となっている。ゼネストが何回も繰り返されている状況だ。これが各国の政権交代を起こしている原因なのだ。マスコミも官僚も、そういったことを言わないのは、もしも言ってしまって具体的大論議になれば、いかに無策であるかがはっきりしてくるからだ。
EU各国の個別企業の人員削減も激しい
のが今の動きである。解雇規制緩和や雇用保障制度縮小といった動きとともに、次々と人員削減が打ち出されている。これに対して(毎度のことではあるが、生半可な反対運動ではなく)、ロックアウトや暴動といった流血事件が相次いでいる。ドイツでさえGIメタル、オペル、エアバスでも大争議が発生し、労使の一進一退の激突である。すなわち経済主体である民間企業での譲歩と和解が繰り返され、その結果を政府が秩序立てているという方式である。
だが、日本のマスコミは、
まるでこの厳しい激突が無いかのように報道して、静かな財政再建が行われているかのような印象を与えている。だが、こういった激突を外務省や官僚たちが知らないはずはない。すなわち、日本で報道されれば政権交代も必至、富裕層増税や大手企業優遇税制廃止なども必至になるということだ。もちろん、今年度から始まった増税、消費税10%引き上げなど、根底から飛んでしまうのである。その状況はアメリカでも同じことである。すなわち、グローバル経済全体が厳しい激突の中から新しい経済秩序が形成されようとしているのである。問題はその新しい経済秩序の貧乏クジを日本が引いてしまうことである。
§官僚の経済政策で個別企業は日本もろとも沈没
要は、官僚たちの経済政策で日本も、個別企業も成長し豊かになればいいのであるが、それは望めない。今や世界中が労使激突している中、確かに日本が静かなのはよいことである。ところが、「静かさ」を求めた挙げ句が、(官僚の狙いは、「静かさ」を口実に、常套句にして、日本経済を操ることだ)この十数年の動きは、
・個別企業の技術技能低下 →
・商品競争力の低下 →
・日本製品を日本に買いに来てくれない →
・仕方がないから海外に出稼ぎにくしかない →
・出稼ぎに行ってもGDPは海外現地国のもの →
・海外が日本に頼る用事はなくなった →3
・日本は外貨を稼げない、次々と日本の地位は下がっていく。
……となってしまったのである。古今東西歴史の中で、戦争や殺人は論外として、論争や激突の無くなった静かな国は衰退するしかなかった。天災や戦争で国がつぶれた例はなく、その時点で回復力がなく国が潰れたのであった。とにかく、「本命の論議」をすれば横槍を入れてごまかそうとする、そのキーパーソンは官僚なのだ。(欧米&中東では、歴史的に公務員は奴隷の仕事であったから、経済に口出しはさせない)。
結局は、「国破れて官僚は残る」
といった基本戦略の上に、官僚はあれこれと政策誘導しているに過ぎないし、その作戦に多くの国会議員や政治家はのせられてしまい抜け出せないでいるのだ、はじめは「官僚を利用する!」と息巻いていた政治家ほど…。おまけに、大阪市のように大量の官僚ブレーン(経済界無視)が送り込まれ官僚グループ同士の代理戦争にまで政治が利用されるに至っている。太平洋戦争中のように、陸軍と海軍が主導権を争って国益を考えなかった様相にも似ている。すなわち、経済政策などの後に、どこのどの官僚が付いているかを見る必要がある。
だから、もちろん肝心の経済政策は
ことごとく消滅して行き、新エネルギー政策も消滅して行き、残りは介護や保健といった高齢者の貯蓄を食いつぶすような政策とか、国内の空工場や土地を中国資本へ販売促進をする政策、後進国水準の観光政策ばかりが目立っている。経済規模や経過は異なるが、これではまるでギリシャ政府の政策の柱の二の舞なのだ。
「外貨を稼ぐ以外にない」にも関わらず、官僚はこれを放棄する政策に転じた。(3月30日、経団連:定時総会)
§海外進出は、企業も人も身売り状態
海外進出の悲劇を裏付ける企業の意識調査(帝国データバンク)が出た
http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/keiki_w1205.html
そもそも、日本人の海外進出は、
欧米や華僑のように現地に骨をうずめる意思も無いし、出稼ぎに行ったが帰るに帰れず丸裸になるケースが多い。まして、日本の企業や労働者の培ってきた固有価値を否定して、海外でどの様な価値を生み出そうというのかの中身がない。「新たな海外需要展開」に幻想抱き、努力もせず「国内市場の縮小」を受け入れる、これではまさに、前門の虎、後門の狼である。KEIRETSU型の海外進出時代は、もう終わっているのだ。自動車も家電も、いわゆる技術水準が落ちたために日本に買いに来てくれることがないから、現地に行ってニーズをつかみ生産しなければ相手にされない…といった事態なのである。他の輸出産業もほぼ同様であり、技術水準の高い企業の中には海外から日本に帰ってきているところもある。近ごろは官僚を見習って、行き先で分かったようなことを説明するのが流行している、これが海外進出の本質だ。中小企業庁も海外進出を中小企業に呼びかけているが、中小企業の安楽死を進めているようなものである。
そもそも、海外に出ていった産業とは
大まかには、(1)ゴム、(2)ガラス、(3)ダイカスト、(4)プラスチックの順である。アルミ精錬(13工場)は日本の電気料金が高いから相当昔に無くなっている。ところが、品質は低下していても、実際に需要のある商品の固有価値を形成するには問題がないのだ。日本の企業が、いくら機能や品質向上に励み、そこに労働・労働力をつぎ込んでも商品交換されない(売れない)から、莫大な無駄を抱え込んでいただけなのであった。中小企業庁が、この無駄となった労働・労働力に手をつけて経済政策を行っていたら、日本の様相も変わっていた。EUはこういった経済政策に手をつけていたから日本ほどの窮地に陥ってはいない。ちなみに、見た目だけの中国のプラスチック部品の特徴は、不純物が多いことに原因があって透明または白色の部品はない。
それでも海外進出したいと考えるのであれば、
原材料を加工して様々な素材を生産する=素材産業であれば有望である。とりわけ、それなりの技術を持つ大手企業であれば、それは数十年間なら有効であろう。だがこれも進出国のGDP増加に役立つだけである。中小企業は資本も技術もないから、せいぜい数年のうちに資産を吸い取られてしまっておしまいである。ではどうすればいのか…。
[地方の自然産業、衣食住関連が国内経済の支え]
となることは間違いない。個別企業が海外向けに、生活・感性文化の永続性のある高価格高級品の輸出をするのである。自社の技術で作る商品は別産業かもしれないし、なによりも確実な固有価値による商品を提供することができる。そこでの高級品(高固有価値や高水準サービス)は、自動化一辺倒をするより、ICTで支えた手作りが安いコストで作れる。安易に機械化できるということは新興国が真似をすることであり、高度な機械化は投資に見合った売り上げが確保出来ない。また、そうでなければ経済循環しない。(経済循環しないから、今の景気のように、だぶつく資金が金融に回ることになる)。
……冒頭の話に戻るが、
だから、国内に踏みとどまるならば、大幅リストラや人員整理が(法的にも)許されるのである。ここで日本の戦時中の話が思い出される。“終戦の約半年前から始まった大空襲、米軍機は400万枚以上の空襲日程を書いた宣伝ビラを投下し、予定通りに大空襲が行われた”(ジャーナリスト保坂正康) アメリカ軍の情報を知りながらも、そこで避難せずに被災地に留まった大勢の人たちは、何をどう判断したのであろうか? 学童疎開対象外でも疎開していた人が存在したことも事実だ。
§固有価値論での、商品価値増量の広がり
(経営者たちの経験哲学
や信念から、経済の法則に)
この6月に京都で開催された、国際文化経済学会に筆者は研究レポートを出した。
http://www.soumubu.jp/new.html
固有価値と、その価格決定に関する研究レポート。国際的な学術団体は学者でなくても気軽に受け入れてもらえる。日本の学術界は極めて閉鎖的、民間一般からすれば、あきれた経済学論争や何が目的の研究か意味不明な論述、とりわけ総務人事採用問題を大学の先生は知らない。そんな非実務的な研究ばかりしているので、一石を投じる効果を期待したものである。聞くところによると、日本人学者は英語の国際論文だと、それが気になって読むそうだ。(私の指導教授の皆さんが言っていました)。筆者の私がいい格好したいのではない。英語の専門用語で質問がくれば、筆者には分からないし。
その注目をされているポイントは、
商品の固有価値についての、固有価値の源泉、商品価格決定に及ぶ要素として、
(ア)地域文化に醸成された幼少からの熟練された労働能力。
(イ)その職業に関わって鍛錬された労働力としての職業能力。
…前項の労働能力と相まって具現化・商品化を成し遂げる。
(ウ)地域や地場産業で有機的ネットワーク化されたイノベーション能力&体制。
…需要者の企業への頼りがい、ブランド性、地場産業性といった現象である。
この3つが、どうも世界で初めての学説らしい。各国からも注目されているようだ。
どういうことかと言うと、
「商品に付加価値をつける」といった付加価値論では、抽象的で曖昧で、驚くべきは経済的商品価値とは言い難いものまでが想定されていることである。賭博の要素、投機の要素、詐欺まがいの要素その他、事業として市場流通として、それでは欠陥理論である。そこで、固有価値として、正当な商品流通を構成する価値の源泉と評価を出来る限り可能にしたということだ。
で、今までの使用価値論による原価積み上げ方式の見積もりではない。それだと(イ)の部分の70%しか評価されず、創造的価値を生み出す職業であれば20%にも至らないかもしれない。自由市場での相場決定方式で、買手に信用してもらえる見積書が用意できることになるのである。商品製造や業務遂行で、どこにどんな労力を投入すれば、価格の向上、と言っても実際に売れる仕組みが出来るのである。
なので、固有価値による経済復興が、この論理と見積もりと流通でもって、個別企業ごとに計画できるようになるのである。学問の効用である不毛な努力・労力が減るのである。
§これからの面接技法 (商品価値の増量と販売には)
真に残念ながら、みんなが幸せになる時代は遠くなった。個別企業を、イノベーションの風土、良い人材の塊りにするしかない。良い人材とは、…それは、企業目的や取扱商品によって判断基準が異なる。現代の経済危機を乗り越えるとは、個別企業の固有価値を前面に出した「高固有価値製品&高水準サービス」の商品提供で活路を開くということだ。個別企業の経営の安定、それを支える労働者、人材の能力開発育成と確保、その事業目的や経営方針に資するのが良い人材なのだ。イエスマンは、雇う側の気分はよいかもしれないが、半人前でも腹の中では待遇要求して来る。既に日本経済は、親方日の丸の時代は過ぎたのでイエスマンは要らない。この経済危機の最中でも、人手が無いといった企業もあり、面接に来てくれないとして、あせった挙句、次のような避けたい人材を雇い、後日、お荷物になり、トラブルを抱え、多額の解決金を要するケースは絶えない。そこで、
【採用面接で避けるべき人材のチェックポイント】
(まず、採用通知を送る前に、もう一度チェック)
1.服装が雑であり、おしゃれ感がない。
2.履歴書に空白期間がある、経歴を宙で説明できない。
3.表情が暗い、劣等感が強く顕著に現れている。
4.業務の突っ込んだ説明をしても質問がない。返事もしない。
(次は、採用後、14日以内の試用期間にチェック)
5.OJT教育(やって見せ、言って聞かせて、させてみて、ほめても)
を行なっても、教えている内容を聞いていない。
6.1週間ほど経っても、仕事のことで自分の意見を表わさない。
7.勝手に世間話をする、好きなことにしか興味を示さない。
8.会社の商品やサービスについて、興味を示さない。
9.労働契約書面(社員、無期、有期)に表示されたこと以上のことは即時拒否する。
10. 遅刻、欠勤、借金など、いっさいの事情を口にしない。
採用通知後の注意:
大まかにでも客観的合理的理由と裏づけ証拠をそろえないと、訴訟で示談金を払わされることがあるから、感情的に解雇することは避けること。
§固有価値重視からの、「ものづくり」手法
使用価値や効用価値を重視したから、日本経済も大手企業も経営破綻した。
固有価値重視から、「ものづくり(消費財の固有価値)のイノベーション手法」を検討した。固有価値とは、いわゆる他にない取り得のこと、個別企業の固有価値、商品の固有価値、人材の固有価値といった具合である。
個別企業の売り上げは、ひとえに売れる商品を作ること。
それを使用価値(機能とか数量)ばかりに目を向けて、商品の価値・固有価値を疎かにしたから売れない。発明や新開発をしても売れないのは、それが使用価値の範囲でしかなく、使用価値さえ優れていれば売れると錯覚していたからです。「よいものをより安く」これは資源欠乏時代の話であり、日本人の能力や文化をものづくりに反映させ、高固有価値商品を供給するには、この「よいものをより安く」のイメージはマイナス効果となる。
(1)製品の1ヵ所だけを変えて、非凡にする。
(木製自動車の例その他)
(2)重要な改善のツボは、
「他社と違う、他地域と違う」ところにある。
(3)固有価値の新鮮さをアピールするイベントを行う。
(店先の実演販売、半製品を店先で完成する)
(4)商品の容器や容量を変える。
(土地柄、一人暮しや核家族用の量、保存法)
(5)製品(家電、衣料、水、木製自動車、食品、住居)
原材料の成分を変える。その地方特産品を商品の成分に使うことでの固有価値は生まれない。
(6)顧客の「その商品を買うに至る旅」をよく見る。
顧客が前に何を買い、途中で何を買い、考え直して買った物は? といった、顧客の過去の不満足を調べる。(長持ち製品、使い捨て商品のメリハリ)
(7)真実を現す色にする。
「独自の色彩:それとも:ぼんやり灰色か?」のような色決め
(8)経験を集めたい、体験を集めたい=に応える製品。
そしてメソッドバッジ(技能章)機能の用意も忘れずに。
(9)常に非凡な商品・製品を設計してみる。
§固有価値重視からの、「サービス」手法
固有価値重視の「人をケアcareするサービス業のイノベーションと教育要点」を検討した。これは、現場で如実に売り上げに関わる課題である。
原則は、=[スタッフに教育をするから、スタッフの仕事に笑顔が生まれる]。
これは、素人であったり中途半端な教育しか受けていない場合、お客様に対して笑顔が出ないということである。
イ) 相手の悩み解決手助けならば、スタッフが選択を非常にうまく導いていくシステム化
ロ) ワインを楽しむことを阻んで来たあらゆる障害を、スタッフが取り除くシステム化
ハ) 顧客一般の恐れる要因を、スタッフが排除・軽くするためのシステム化
ニ) 医療ならば治療するのではなく、病気を直す方向に変えていくシステム化
ホ) お客は自分の好みを知っている、スタッフはワインを知っていると割切るシステム化
ヘ) お客は、「常に沢山を学びたいが、教えられるのは嫌いだ」と割切るシステム化
ト) 知識は押し付けるのではなく、顧客と重要ポイントを一緒に発見するシステム化
チ) お客の技能習得の焦りには、「ゆっくり出ても大丈夫です、手元は遅くで」のシステム化
……サービス職種により、イ)~チ)を選択・具体化して行き、時おり、イ)~チ)を循環させて内省(ないせい:深く自己を省みる)を繰り返す。
☆最終消費者に買っていただくには、
商品価値を増量、それは生活文化型商品の固有価値を高め、その(人をケアcareする)サービスをシステム化することによって、安価に供給する方向である。方向をそちらへ仕事のやり方を変えることが肝要。変化に、たいした経費はかからない。工業文化型の商品では、技術や機能を付加しても、売れない → そして末路は値引き合戦に至る。
§労働者派遣法:政省令骨格(10月1日施行)
改正された労働者派遣法の、施行の詳細基準が政省令として固まった。概ね予想通りの内容ではあるが、「法的性格に派遣労働者の保護」が加えられたため、トラブルの未然防止に力が入れられている。検討された資料は次の通りで、これが官僚たちによって厚生労働省の文書として出回ることになるのだ。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002eolv-att/2r9852000002eou9.pdf
実際の準備は、10月1日の施行を前に出される正式文書を見てから、具体的な対策を立てれば差支えがない。今の段階で言えることは、労働者派遣という方法は歴史的に役割を終えたとの認識と、労働者派遣という人海戦術に頼った企業では技術水準を落としてしまい回復不能になったとの認識、その上で次の経営計画・事業方針を考えなければ不良債権が積み増しされるばかりということである。労働者派遣会社が、アウトソーシング事業や業務請負事業に事業転換することは、まず不可能である。
§=書評=『職場学習の探求-企業人の成長を考える実証研究』
(生産性出版:2012年3月発行)
ベンチャー企業や中堅企業、大手企業で成功した事業部では、学術的研究がなされなかったものの、経験的に認識されている結論がいくつかある。これは、東京大学経営学の大学院生たちがリクルート会社の大手企業の採用調査データをもとに分析を図ったもので、主に学卒新入社員を対象としたものだ。学者の研究であるから、研究根拠をインフォメーション情報に頼っていることもあり、この書籍からだけでは、実際に活用するのは難しい、というよりも経営管理に携わる者からすれば、思考パターンが違うから読みづらいのである。
筆者の経験や認識から合わせてみると、次の定石の学問的裏付けができたことになる。
(1)チームの組織効率の向上を念頭に、チーム内の知識流通サイクルを早めて、それをメンバーが内省(ないせい:深く自己を省みる)を行うことが、職場学習の向上に役立つ。
(2)OJTは、担当の課長や係長もしくは先輩同僚が単独で行うのではなく、別途にOJT指導員を選任して複数で行えば、訓練成果が高くなる。
(3)商品や業務のイノベーションを行おうとする風土は、それに巻き込まれた人材の育成を促すことになる。
(4)個別企業における協調性や規律性の水準が高い人物は、意外にも、「将来の独立起業志向」及び「他人への信頼感・信頼関係づくり」の2つを併せもっている。すなわち、将来目的がある人間は、その実現の成否は別として、現在所属する組織に積極的にまとまる傾向があるとのこと。
これら4項目は、
確かにベンチャー企業家や中堅企業経営者の、情熱的名言と同義である。ところが、こういった人たちが倒産やスキャンダルに巻き込まれてしまうと、この立派な情熱的名言は消え去るかもしくは揶揄されるのが常であった。やはり、それなりの学問的裏付けがないために、世間一般の人には真価がつかめてないのである。ここでも、経営者たちの経験哲学や信念が、経済の法則になった。
-(ここからは、書評から1歩踏み出して…)
イノベーションや新規事業を展開する際に、運良く「真価をつかめる人材」が集まればよいのだが、ほぼ間違いなく至難の業である。世の中に何人ぐらいそんな人がいるかとの研究は、古今東西にあるにはあるが、おおむね数万人にひとりの人材と指摘している。ましてそれが企業経営ばかりに向かうのではなく、芸術家、主婦、街の研究家、趣味、公務員その他に分散されるのだから、ほぼ集めることは不可能である。だからこそ確実に行うとすれば、教育訓練が必要なのである。
ちなみに、「真価をつかめる人材」とは、10代後半でも粗削りながらも、先ほどの4項目は理解するし、今までにいくつかを既に実行しているような人物である。
経済学でノーベル賞候補となった唯一の日本人、故:森嶋通夫ロンドン大学教授の説に、「大学入試問題は、『人間には神が必要か?』の1問だけでよい。外国語や数学はどうでもよい。こういう人たちが大学教育の対象だ」という趣旨のものがあるが、「真価をつかめる人材」とはそういうことなのである。したがって、この4項目は、この時代の変わり目のときには実行してみる価値があるのだ。
ところが、組織効率向上よりも組織の温存、知識流通サイクルよりも情報制限、内省よりも責任転嫁、部下は教育よりも有能者なら排除、イノベーションよりも既得権益、表面的忠誠を誓う社員への安堵感、横の人間関係よりも同僚競争システムといった具合に、日本の個別企業の教育訓練は水準の低下の一途をたどり、国際比較で次々と墜落していくありさまなのである。「真価をつかめる人材」と連絡をつける方法は存在し、その人たちは時間単位でも案件単位でも協力してくれるにもかかわらず…。
・大幅リストラと&人員削減の段階がきた!
・マスコミ&官僚たちが隠す、EU各国の経営
・官僚の経済政策で個別企業は日本もろとも沈没
・海外進出は、企業も人も身売り状態
・固有価値論での、商品価値増量の広がり
・これからの面接技法 (商品価値の増量と販売には)
・固有価値重視からの、「ものづくり」手法
・固有価値重視からの、「サービス」手法
・労働者派遣法:政省令骨格(10月1日施行)
・=書評=『職場学習の探求-企業人の成長を考える実証研究』
§大幅リストラと&人員削減の段階がきた!
外貨が日本に入ってこない状況、そして個人消費の落ち込みは、いよいよ国内消費の低迷に拍車を掛けている。そこに消費税増税であるから、個別企業で自己防衛に入らない企業はない。
その最も初歩的な自己防衛は、
イ)「銀行を経由する決済はしないこと」及び、
ロ)「如何なる借金も返さないこと。」である。
乱暴な表現ではあるが、「とても意味深い」内容ではあるが、なかなか出来ない個別企業も多いのである。がんばってこの2項目に取り組んだ上で、経営計画を策定するしか残る道はない。とはいえ、下請けに甘んじてきた個別企業では、これ自体もきわめて難しい。海外市場の需要に幻想を抱いて海外進出した下請け企業も然りである。(経済学者の多くが語るように、円高不況が原因で海外に進出した事実はない、あくまでも海外での需要の期待の幻想である)。
だとすると、本当に残念なことだが、
本当の意味でのリストラと、人員削減(主に正社員)の準備を開始すべき時期になってしまった。安定的な経営を目指すならば、早ければこの秋、遅くとも来年の春が、その時期である。とりわけ人件費については、
(ア)不採算部門の人件費分はカット
(イ)その後に、常用社員を整理解雇して採算を合わせるか
(ウ)それとも早いうちから非正規社員を大量導入して採算を合わせるか
の選択となる。(例えば、欧州は正規社員の解雇、米国は非正規への切り替えと、それぞれの社会状況に応じて人員削減が行われている)。
リストラと人員削減は
次の順序で行われなければ、法的にも問題がある。それは訴訟が提起されて敗訴すれば、財産差し押さえのリスクを招くということである。
1.まずは中長期の経営計画である。単なる赤字だけで整理解雇は出来ない。
2.従業員との話し合いが最も大切で、誠実説明義務がある。(誠実説明義務=簡単にいえば、聞かれた質問にはすべて答えること)。
3.人員削減を避けるため臨時従業員の解雇である。(この場合長期パートなどは法的には含まれない)。
4.整理解雇者の合理的人選。(そのための客観的人事評価が必要である)。
すなわち、
早くも消費税が引き上げられる増税方針で需要の落ち込みが、現在の落ち込み状況からさらに進むのである。不採算・不安定部門整理と売れ筋商品の商品価値増量(あとで述べる固有価値論=要するに他に無い取り得のこと)を、早速、まずは経営計画に取り込み合わせて取り組む必要があるのだ。
一部には消費税の課税されない方法(海外経由)による流通ルートも始まっている。売り上げパーセントからすれば重要であるが、もっと抜本的なところが必要となるのだ。最終消費者相手の場合、日本銀行券を使わない売り上げを考えることも必要だ。給与の現物支給も、課税対象とならない方法はいくらでもある。しかしながら、企業の固有価値、商品の固有価値、人材の固有価値を得る以外に抜本的な道はない。それも外貨が日本に入るような仕組みの上での話である。
§マスコミ&官僚たちが隠す、EU各国の経営
彼らは、「EU財政危機」という常套句を連呼して危機感をあおるだけである。EU各国の財政立て直しや個別企業の、本当の具体的な動きを取り上げようとしない。それを取り上げたならば、財務官僚たちが行おうとしている政策が頓挫することは、まず間違いないのである。
EU加盟国は軒並み財政再建を具体的に
行っている。年金の年齢繰上げ支給、公務員大幅削減など、それはギリシャ、スペイン、イタリア、ポルトガルのみならずドイツもフランスも各国が行っている。加えて財政立て直しはイギリスにもアメリカにも波及している。要するに具体的重大論議となっているのである。そのうえで、これに対する労働組合や社会運動、あるいはネットのSNSによる自然発生的な運動は激烈となっている。ゼネストが何回も繰り返されている状況だ。これが各国の政権交代を起こしている原因なのだ。マスコミも官僚も、そういったことを言わないのは、もしも言ってしまって具体的大論議になれば、いかに無策であるかがはっきりしてくるからだ。
EU各国の個別企業の人員削減も激しい
のが今の動きである。解雇規制緩和や雇用保障制度縮小といった動きとともに、次々と人員削減が打ち出されている。これに対して(毎度のことではあるが、生半可な反対運動ではなく)、ロックアウトや暴動といった流血事件が相次いでいる。ドイツでさえGIメタル、オペル、エアバスでも大争議が発生し、労使の一進一退の激突である。すなわち経済主体である民間企業での譲歩と和解が繰り返され、その結果を政府が秩序立てているという方式である。
だが、日本のマスコミは、
まるでこの厳しい激突が無いかのように報道して、静かな財政再建が行われているかのような印象を与えている。だが、こういった激突を外務省や官僚たちが知らないはずはない。すなわち、日本で報道されれば政権交代も必至、富裕層増税や大手企業優遇税制廃止なども必至になるということだ。もちろん、今年度から始まった増税、消費税10%引き上げなど、根底から飛んでしまうのである。その状況はアメリカでも同じことである。すなわち、グローバル経済全体が厳しい激突の中から新しい経済秩序が形成されようとしているのである。問題はその新しい経済秩序の貧乏クジを日本が引いてしまうことである。
§官僚の経済政策で個別企業は日本もろとも沈没
要は、官僚たちの経済政策で日本も、個別企業も成長し豊かになればいいのであるが、それは望めない。今や世界中が労使激突している中、確かに日本が静かなのはよいことである。ところが、「静かさ」を求めた挙げ句が、(官僚の狙いは、「静かさ」を口実に、常套句にして、日本経済を操ることだ)この十数年の動きは、
・個別企業の技術技能低下 →
・商品競争力の低下 →
・日本製品を日本に買いに来てくれない →
・仕方がないから海外に出稼ぎにくしかない →
・出稼ぎに行ってもGDPは海外現地国のもの →
・海外が日本に頼る用事はなくなった →3
・日本は外貨を稼げない、次々と日本の地位は下がっていく。
……となってしまったのである。古今東西歴史の中で、戦争や殺人は論外として、論争や激突の無くなった静かな国は衰退するしかなかった。天災や戦争で国がつぶれた例はなく、その時点で回復力がなく国が潰れたのであった。とにかく、「本命の論議」をすれば横槍を入れてごまかそうとする、そのキーパーソンは官僚なのだ。(欧米&中東では、歴史的に公務員は奴隷の仕事であったから、経済に口出しはさせない)。
結局は、「国破れて官僚は残る」
といった基本戦略の上に、官僚はあれこれと政策誘導しているに過ぎないし、その作戦に多くの国会議員や政治家はのせられてしまい抜け出せないでいるのだ、はじめは「官僚を利用する!」と息巻いていた政治家ほど…。おまけに、大阪市のように大量の官僚ブレーン(経済界無視)が送り込まれ官僚グループ同士の代理戦争にまで政治が利用されるに至っている。太平洋戦争中のように、陸軍と海軍が主導権を争って国益を考えなかった様相にも似ている。すなわち、経済政策などの後に、どこのどの官僚が付いているかを見る必要がある。
だから、もちろん肝心の経済政策は
ことごとく消滅して行き、新エネルギー政策も消滅して行き、残りは介護や保健といった高齢者の貯蓄を食いつぶすような政策とか、国内の空工場や土地を中国資本へ販売促進をする政策、後進国水準の観光政策ばかりが目立っている。経済規模や経過は異なるが、これではまるでギリシャ政府の政策の柱の二の舞なのだ。
「外貨を稼ぐ以外にない」にも関わらず、官僚はこれを放棄する政策に転じた。(3月30日、経団連:定時総会)
§海外進出は、企業も人も身売り状態
海外進出の悲劇を裏付ける企業の意識調査(帝国データバンク)が出た
http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/keiki_w1205.html
そもそも、日本人の海外進出は、
欧米や華僑のように現地に骨をうずめる意思も無いし、出稼ぎに行ったが帰るに帰れず丸裸になるケースが多い。まして、日本の企業や労働者の培ってきた固有価値を否定して、海外でどの様な価値を生み出そうというのかの中身がない。「新たな海外需要展開」に幻想抱き、努力もせず「国内市場の縮小」を受け入れる、これではまさに、前門の虎、後門の狼である。KEIRETSU型の海外進出時代は、もう終わっているのだ。自動車も家電も、いわゆる技術水準が落ちたために日本に買いに来てくれることがないから、現地に行ってニーズをつかみ生産しなければ相手にされない…といった事態なのである。他の輸出産業もほぼ同様であり、技術水準の高い企業の中には海外から日本に帰ってきているところもある。近ごろは官僚を見習って、行き先で分かったようなことを説明するのが流行している、これが海外進出の本質だ。中小企業庁も海外進出を中小企業に呼びかけているが、中小企業の安楽死を進めているようなものである。
そもそも、海外に出ていった産業とは
大まかには、(1)ゴム、(2)ガラス、(3)ダイカスト、(4)プラスチックの順である。アルミ精錬(13工場)は日本の電気料金が高いから相当昔に無くなっている。ところが、品質は低下していても、実際に需要のある商品の固有価値を形成するには問題がないのだ。日本の企業が、いくら機能や品質向上に励み、そこに労働・労働力をつぎ込んでも商品交換されない(売れない)から、莫大な無駄を抱え込んでいただけなのであった。中小企業庁が、この無駄となった労働・労働力に手をつけて経済政策を行っていたら、日本の様相も変わっていた。EUはこういった経済政策に手をつけていたから日本ほどの窮地に陥ってはいない。ちなみに、見た目だけの中国のプラスチック部品の特徴は、不純物が多いことに原因があって透明または白色の部品はない。
それでも海外進出したいと考えるのであれば、
原材料を加工して様々な素材を生産する=素材産業であれば有望である。とりわけ、それなりの技術を持つ大手企業であれば、それは数十年間なら有効であろう。だがこれも進出国のGDP増加に役立つだけである。中小企業は資本も技術もないから、せいぜい数年のうちに資産を吸い取られてしまっておしまいである。ではどうすればいのか…。
[地方の自然産業、衣食住関連が国内経済の支え]
となることは間違いない。個別企業が海外向けに、生活・感性文化の永続性のある高価格高級品の輸出をするのである。自社の技術で作る商品は別産業かもしれないし、なによりも確実な固有価値による商品を提供することができる。そこでの高級品(高固有価値や高水準サービス)は、自動化一辺倒をするより、ICTで支えた手作りが安いコストで作れる。安易に機械化できるということは新興国が真似をすることであり、高度な機械化は投資に見合った売り上げが確保出来ない。また、そうでなければ経済循環しない。(経済循環しないから、今の景気のように、だぶつく資金が金融に回ることになる)。
……冒頭の話に戻るが、
だから、国内に踏みとどまるならば、大幅リストラや人員整理が(法的にも)許されるのである。ここで日本の戦時中の話が思い出される。“終戦の約半年前から始まった大空襲、米軍機は400万枚以上の空襲日程を書いた宣伝ビラを投下し、予定通りに大空襲が行われた”(ジャーナリスト保坂正康) アメリカ軍の情報を知りながらも、そこで避難せずに被災地に留まった大勢の人たちは、何をどう判断したのであろうか? 学童疎開対象外でも疎開していた人が存在したことも事実だ。
§固有価値論での、商品価値増量の広がり
(経営者たちの経験哲学
や信念から、経済の法則に)
この6月に京都で開催された、国際文化経済学会に筆者は研究レポートを出した。
http://www.soumubu.jp/new.html
固有価値と、その価格決定に関する研究レポート。国際的な学術団体は学者でなくても気軽に受け入れてもらえる。日本の学術界は極めて閉鎖的、民間一般からすれば、あきれた経済学論争や何が目的の研究か意味不明な論述、とりわけ総務人事採用問題を大学の先生は知らない。そんな非実務的な研究ばかりしているので、一石を投じる効果を期待したものである。聞くところによると、日本人学者は英語の国際論文だと、それが気になって読むそうだ。(私の指導教授の皆さんが言っていました)。筆者の私がいい格好したいのではない。英語の専門用語で質問がくれば、筆者には分からないし。
その注目をされているポイントは、
商品の固有価値についての、固有価値の源泉、商品価格決定に及ぶ要素として、
(ア)地域文化に醸成された幼少からの熟練された労働能力。
(イ)その職業に関わって鍛錬された労働力としての職業能力。
…前項の労働能力と相まって具現化・商品化を成し遂げる。
(ウ)地域や地場産業で有機的ネットワーク化されたイノベーション能力&体制。
…需要者の企業への頼りがい、ブランド性、地場産業性といった現象である。
この3つが、どうも世界で初めての学説らしい。各国からも注目されているようだ。
どういうことかと言うと、
「商品に付加価値をつける」といった付加価値論では、抽象的で曖昧で、驚くべきは経済的商品価値とは言い難いものまでが想定されていることである。賭博の要素、投機の要素、詐欺まがいの要素その他、事業として市場流通として、それでは欠陥理論である。そこで、固有価値として、正当な商品流通を構成する価値の源泉と評価を出来る限り可能にしたということだ。
で、今までの使用価値論による原価積み上げ方式の見積もりではない。それだと(イ)の部分の70%しか評価されず、創造的価値を生み出す職業であれば20%にも至らないかもしれない。自由市場での相場決定方式で、買手に信用してもらえる見積書が用意できることになるのである。商品製造や業務遂行で、どこにどんな労力を投入すれば、価格の向上、と言っても実際に売れる仕組みが出来るのである。
なので、固有価値による経済復興が、この論理と見積もりと流通でもって、個別企業ごとに計画できるようになるのである。学問の効用である不毛な努力・労力が減るのである。
§これからの面接技法 (商品価値の増量と販売には)
真に残念ながら、みんなが幸せになる時代は遠くなった。個別企業を、イノベーションの風土、良い人材の塊りにするしかない。良い人材とは、…それは、企業目的や取扱商品によって判断基準が異なる。現代の経済危機を乗り越えるとは、個別企業の固有価値を前面に出した「高固有価値製品&高水準サービス」の商品提供で活路を開くということだ。個別企業の経営の安定、それを支える労働者、人材の能力開発育成と確保、その事業目的や経営方針に資するのが良い人材なのだ。イエスマンは、雇う側の気分はよいかもしれないが、半人前でも腹の中では待遇要求して来る。既に日本経済は、親方日の丸の時代は過ぎたのでイエスマンは要らない。この経済危機の最中でも、人手が無いといった企業もあり、面接に来てくれないとして、あせった挙句、次のような避けたい人材を雇い、後日、お荷物になり、トラブルを抱え、多額の解決金を要するケースは絶えない。そこで、
【採用面接で避けるべき人材のチェックポイント】
(まず、採用通知を送る前に、もう一度チェック)
1.服装が雑であり、おしゃれ感がない。
2.履歴書に空白期間がある、経歴を宙で説明できない。
3.表情が暗い、劣等感が強く顕著に現れている。
4.業務の突っ込んだ説明をしても質問がない。返事もしない。
(次は、採用後、14日以内の試用期間にチェック)
5.OJT教育(やって見せ、言って聞かせて、させてみて、ほめても)
を行なっても、教えている内容を聞いていない。
6.1週間ほど経っても、仕事のことで自分の意見を表わさない。
7.勝手に世間話をする、好きなことにしか興味を示さない。
8.会社の商品やサービスについて、興味を示さない。
9.労働契約書面(社員、無期、有期)に表示されたこと以上のことは即時拒否する。
10. 遅刻、欠勤、借金など、いっさいの事情を口にしない。
採用通知後の注意:
大まかにでも客観的合理的理由と裏づけ証拠をそろえないと、訴訟で示談金を払わされることがあるから、感情的に解雇することは避けること。
§固有価値重視からの、「ものづくり」手法
使用価値や効用価値を重視したから、日本経済も大手企業も経営破綻した。
固有価値重視から、「ものづくり(消費財の固有価値)のイノベーション手法」を検討した。固有価値とは、いわゆる他にない取り得のこと、個別企業の固有価値、商品の固有価値、人材の固有価値といった具合である。
個別企業の売り上げは、ひとえに売れる商品を作ること。
それを使用価値(機能とか数量)ばかりに目を向けて、商品の価値・固有価値を疎かにしたから売れない。発明や新開発をしても売れないのは、それが使用価値の範囲でしかなく、使用価値さえ優れていれば売れると錯覚していたからです。「よいものをより安く」これは資源欠乏時代の話であり、日本人の能力や文化をものづくりに反映させ、高固有価値商品を供給するには、この「よいものをより安く」のイメージはマイナス効果となる。
(1)製品の1ヵ所だけを変えて、非凡にする。
(木製自動車の例その他)
(2)重要な改善のツボは、
「他社と違う、他地域と違う」ところにある。
(3)固有価値の新鮮さをアピールするイベントを行う。
(店先の実演販売、半製品を店先で完成する)
(4)商品の容器や容量を変える。
(土地柄、一人暮しや核家族用の量、保存法)
(5)製品(家電、衣料、水、木製自動車、食品、住居)
原材料の成分を変える。その地方特産品を商品の成分に使うことでの固有価値は生まれない。
(6)顧客の「その商品を買うに至る旅」をよく見る。
顧客が前に何を買い、途中で何を買い、考え直して買った物は? といった、顧客の過去の不満足を調べる。(長持ち製品、使い捨て商品のメリハリ)
(7)真実を現す色にする。
「独自の色彩:それとも:ぼんやり灰色か?」のような色決め
(8)経験を集めたい、体験を集めたい=に応える製品。
そしてメソッドバッジ(技能章)機能の用意も忘れずに。
(9)常に非凡な商品・製品を設計してみる。
§固有価値重視からの、「サービス」手法
固有価値重視の「人をケアcareするサービス業のイノベーションと教育要点」を検討した。これは、現場で如実に売り上げに関わる課題である。
原則は、=[スタッフに教育をするから、スタッフの仕事に笑顔が生まれる]。
これは、素人であったり中途半端な教育しか受けていない場合、お客様に対して笑顔が出ないということである。
イ) 相手の悩み解決手助けならば、スタッフが選択を非常にうまく導いていくシステム化
ロ) ワインを楽しむことを阻んで来たあらゆる障害を、スタッフが取り除くシステム化
ハ) 顧客一般の恐れる要因を、スタッフが排除・軽くするためのシステム化
ニ) 医療ならば治療するのではなく、病気を直す方向に変えていくシステム化
ホ) お客は自分の好みを知っている、スタッフはワインを知っていると割切るシステム化
ヘ) お客は、「常に沢山を学びたいが、教えられるのは嫌いだ」と割切るシステム化
ト) 知識は押し付けるのではなく、顧客と重要ポイントを一緒に発見するシステム化
チ) お客の技能習得の焦りには、「ゆっくり出ても大丈夫です、手元は遅くで」のシステム化
……サービス職種により、イ)~チ)を選択・具体化して行き、時おり、イ)~チ)を循環させて内省(ないせい:深く自己を省みる)を繰り返す。
☆最終消費者に買っていただくには、
商品価値を増量、それは生活文化型商品の固有価値を高め、その(人をケアcareする)サービスをシステム化することによって、安価に供給する方向である。方向をそちらへ仕事のやり方を変えることが肝要。変化に、たいした経費はかからない。工業文化型の商品では、技術や機能を付加しても、売れない → そして末路は値引き合戦に至る。
§労働者派遣法:政省令骨格(10月1日施行)
改正された労働者派遣法の、施行の詳細基準が政省令として固まった。概ね予想通りの内容ではあるが、「法的性格に派遣労働者の保護」が加えられたため、トラブルの未然防止に力が入れられている。検討された資料は次の通りで、これが官僚たちによって厚生労働省の文書として出回ることになるのだ。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002eolv-att/2r9852000002eou9.pdf
実際の準備は、10月1日の施行を前に出される正式文書を見てから、具体的な対策を立てれば差支えがない。今の段階で言えることは、労働者派遣という方法は歴史的に役割を終えたとの認識と、労働者派遣という人海戦術に頼った企業では技術水準を落としてしまい回復不能になったとの認識、その上で次の経営計画・事業方針を考えなければ不良債権が積み増しされるばかりということである。労働者派遣会社が、アウトソーシング事業や業務請負事業に事業転換することは、まず不可能である。
§=書評=『職場学習の探求-企業人の成長を考える実証研究』
(生産性出版:2012年3月発行)
ベンチャー企業や中堅企業、大手企業で成功した事業部では、学術的研究がなされなかったものの、経験的に認識されている結論がいくつかある。これは、東京大学経営学の大学院生たちがリクルート会社の大手企業の採用調査データをもとに分析を図ったもので、主に学卒新入社員を対象としたものだ。学者の研究であるから、研究根拠をインフォメーション情報に頼っていることもあり、この書籍からだけでは、実際に活用するのは難しい、というよりも経営管理に携わる者からすれば、思考パターンが違うから読みづらいのである。
筆者の経験や認識から合わせてみると、次の定石の学問的裏付けができたことになる。
(1)チームの組織効率の向上を念頭に、チーム内の知識流通サイクルを早めて、それをメンバーが内省(ないせい:深く自己を省みる)を行うことが、職場学習の向上に役立つ。
(2)OJTは、担当の課長や係長もしくは先輩同僚が単独で行うのではなく、別途にOJT指導員を選任して複数で行えば、訓練成果が高くなる。
(3)商品や業務のイノベーションを行おうとする風土は、それに巻き込まれた人材の育成を促すことになる。
(4)個別企業における協調性や規律性の水準が高い人物は、意外にも、「将来の独立起業志向」及び「他人への信頼感・信頼関係づくり」の2つを併せもっている。すなわち、将来目的がある人間は、その実現の成否は別として、現在所属する組織に積極的にまとまる傾向があるとのこと。
これら4項目は、
確かにベンチャー企業家や中堅企業経営者の、情熱的名言と同義である。ところが、こういった人たちが倒産やスキャンダルに巻き込まれてしまうと、この立派な情熱的名言は消え去るかもしくは揶揄されるのが常であった。やはり、それなりの学問的裏付けがないために、世間一般の人には真価がつかめてないのである。ここでも、経営者たちの経験哲学や信念が、経済の法則になった。
-(ここからは、書評から1歩踏み出して…)
イノベーションや新規事業を展開する際に、運良く「真価をつかめる人材」が集まればよいのだが、ほぼ間違いなく至難の業である。世の中に何人ぐらいそんな人がいるかとの研究は、古今東西にあるにはあるが、おおむね数万人にひとりの人材と指摘している。ましてそれが企業経営ばかりに向かうのではなく、芸術家、主婦、街の研究家、趣味、公務員その他に分散されるのだから、ほぼ集めることは不可能である。だからこそ確実に行うとすれば、教育訓練が必要なのである。
ちなみに、「真価をつかめる人材」とは、10代後半でも粗削りながらも、先ほどの4項目は理解するし、今までにいくつかを既に実行しているような人物である。
経済学でノーベル賞候補となった唯一の日本人、故:森嶋通夫ロンドン大学教授の説に、「大学入試問題は、『人間には神が必要か?』の1問だけでよい。外国語や数学はどうでもよい。こういう人たちが大学教育の対象だ」という趣旨のものがあるが、「真価をつかめる人材」とはそういうことなのである。したがって、この4項目は、この時代の変わり目のときには実行してみる価値があるのだ。
ところが、組織効率向上よりも組織の温存、知識流通サイクルよりも情報制限、内省よりも責任転嫁、部下は教育よりも有能者なら排除、イノベーションよりも既得権益、表面的忠誠を誓う社員への安堵感、横の人間関係よりも同僚競争システムといった具合に、日本の個別企業の教育訓練は水準の低下の一途をたどり、国際比較で次々と墜落していくありさまなのである。「真価をつかめる人材」と連絡をつける方法は存在し、その人たちは時間単位でも案件単位でも協力してくれるにもかかわらず…。
2012/06/05
第122号
<コンテンツ>
・5月連休明けから消費が落ち込み。
・商品価値(固有価値intrinsic value)を増量
<固有価値を見積書に書き込む>
<増量した価値を交換するためには>
<加えて、固有価値には人を動かす起動力>
・固有価値を説明!すなわち営業で、
・日本の経済担当官僚や、企業エリートの誤認
・付加価値の好きな人ほど脇が甘い!
<中国人の作った、Made in Japan>
<中国人の営林事業 in Japan>
<代金を払わない習慣の国々>
・市場経済を柱とする営業活動をする
[地方の自然産業、衣食住関連が国内経済の支え]
[東西ともにヨーロッパ人はMade in Japan]
[大企業の、つい先日までの得意な分野]
・生活保護、芸人Kの不正受給問題で、
・労働者派遣法:改正の法的分析
<今日まで裁判所の判決は>
<労働側の弁護士たちは>
<労働組合の闘争方針も>
「労働契約申し込み:みなし制度」
§5月連休明けから消費が落ち込み。
長年培われた感覚は、政府データよりも優先させるのが経営者である。この春以降の短期アルバイト募集量は激減しているが、5月連休明けから消費が一挙に落ち込んでいる。こういったインテリジェンス情報こそが必要とされるのだ。個別企業の経営や経済活動にタイムリーな情報は、意識的に出されないから、精神的能力に経営者は頼らざるを得なかったのだ。それは、3.11地震津波原発情報しかり、北朝鮮ミサイル発射情報しかり、総てが終わり、対策方針変更が無理な時期に発表されたのと同じだ。政府発表や公式発表を待っていれば、必ず経営危機を迎える。
現実には仕事がないのに、政府やマスコミからの情報が出されないため、あれこれ手を替えて売り先を探すことに全力を挙げる事業主も数多い。
こんな努力は裏目に出る可能性が高いにも関わらず、
単なる精神論で仕事があると息巻く経営はダンピングが前提の話にも関わらず、
周囲にそれは見透かされているにも関わらず、
借入金が積み上がるばかりにも関わらず、
先行情報やインテリジェンス情報が読めないばかりに、不幸にも見捨てられざるを得ない事態に陥りつつあるのだ。経済危機・世界的恐慌だから多くの企業が潰れるが、資産まで人手に渡れば、大変だ。
§商品価値(固有価値 intrinsic value)を増量
すれば売れる。それが、高額な商品の順に売れ始めることは、経済学では解明されている。今を経済恐慌と言わず、なんと言うのか? ここでも無知と迷信での、付加価値論が花盛りだ。売れないという理由は、ひとえに「買い手にとって役に立たないから」の一言に尽きる。
<固有価値を見積書に書き込む>
ことができなければ、買い手に認めてもらえず、社会的に認めてもらえなければ代金として回収できないという原理だ。だからこそ、意味不透明な付加価値論の範囲から、固有価値というものに光をあて、それを引き出して説明・見積りすることが打開策なのだ。そして、これが現に代金として買い手に認められている事実である、そこでは営業・見積りで常習化している。
<増量した価値を交換するためには>
その固有価値が認められるがための努力が必要で、それは流通する社会による。日本文化の商品は、日本では固有価値を持って流通しているように。そして、日本文化商品が海外に出て、その固有価値が受け入れられれば、加算された固有価値(使用価値と固有価値は結合しているので一概に区分は出来ないが)を認識しての新価格が運賃を加算されて、海外では高値で売れるのだ。国内の地方商品が都市部で高く売れることも同様の経済論理である。(確かに、この経済原理の学問分野は、やっと花が開きつつある段階だ)。
人間が努力しても実らないならば閉塞感がはびこる。付加価値論というのは、人間の努力を無視する論理であるから、閉塞感に行き着く。
<加えて、固有価値には人を動かす起動力>
である「意欲、感動、希望の結合」が、必然的に存在している。これが存在しているから、「一生懸命働いて価値ある商品を買おう!」という意欲につながるのだ。この三つの結合は、商品が経済活動での地位を得始めたころの17世紀、ニコラス・バーボンというイギリスの商人(元は毛皮商、世界初の火災保険会社創設)が、世界で最初に書いた商品論(固有価値:「本来具わっている、光り輝くもの」当時の英語は intrinsic virtue)が最初だ。
§固有価値を説明!すなわち営業で、
「私どもならこういう価値が、他と比べてございます」と説明出来ることである。
これが現代経済学の最先端理論で、アダム・スミスの自由経済より数段も発展している。だから今は、やたら動き回るよりも、商品価値を増量し、増殖した価値を説明出来るような、会社での能力の蓄積が必要なのである。
(説明しても、それに協力しない従業員は、整理解雇も法的に可能)。
付加価値とかの用語での結局、訳の分からない説明では、社内にもお客にも伝わらない。見積り対象や学者の研究課題にもならない「付加価値」論の理屈を、訳も分からず唱えているようでは、部下にも相手にも伝わらない。固有価値は、説明出来る価値であり、見積りも出来る。付加価値の場合、全く価値が増殖していない場合もある。
イタリアの経営は、固有価値を重視しているから、
国家経済が傾きかけていても、なんのその豊かに楽しくやっているのはそのためだ。
☆固有価値を詳しく知りたい方はこのURL(勘が良ければ、気付く部分が)
http://www.soumubu.jp/documents/koyuukachi_ezu.doc
価値を増量するとは、「今までの使用価値にプラス固有価値」の外見を表す。(実態は使用価値と一体な固有価値となる)。
そして、その固有価値が認められるか否かは、それが流通する社会による。地理的な社会でもあり、ICTでつながる社会でもある。
ちなみに、公共事業の入札価格、大手企業の発注価格、基礎食品価格、工業素材品価格などは、使用価値部分しか価格がつかない、それは経済学でいう商品ではないからだ。パート労働者も、賃金労働を商品と見ると、具体的作業の使用価値部分だけの価格である。
…だから、固有価値論での商品価格や商品交換を考えれば、
販売に直結した業務改善、社員の能力価値の高め方、そして、どんな人たちに、どんな商品を、どの地方に売ればOKなのかの、こういった戦略の正確な見通しを付けることができる。これからの時代の経営方針の基盤理論となるのである。
それだけでなく、価値増量は新たな資本投下によらない。既存する資産による増量で、固有価値の大部分が可能なのだ。それは、古い在庫、売れ残り品、工芸能力、リサイクル、知的労働、地方特産品、遊休資産その他、過去に資金投入をしてしまった資産でもある。これが、固有価値の価格形成をしている。
そう、このほとんどが帳簿には現われていないから、税金の掛かる対象ではないのだ。
§日本の経済担当官僚や、企業エリートの誤認
これまで述べたような未成熟な経済原理、あるいは現場から乖離した経済原理で、今の恐慌や経済危機を乗り切ることが出来ない。この使用価値とは交換価値であり、それは投下労働力の量によって決定されるとする…スミス、リカードの古典派経済学の商品論そのものである。そこに交換価値が貨幣に変わり資本主義が形成されたとのマルクス経済学説がもてはやされた。(この理論は、極めて分かりやすいから、日本でも官僚、大手企業のエリートの多くが信奉している)。ところが、ここ数年になって、マルクスの資本論等に、そんな交換価値説など説明されておらず、西欧哲学に未熟な日本人の誤読・誤解であると解明する学説が急浮上している。そうだとすれば、日本の経営者や学者が、経済学説では世界で非常識と言われている由縁も、ここで解明されるかもしれない。
こういった古典派経済学に対して、今や風前の灯であるオーストリア学派と言われる人たちが、効用価値論を主張した。一時期は大いにもてはやされたものだが、所詮は前述のように歴史的制約を受けた未熟な使用価値・投下労働説に対抗した程度の学説であった。加えて、効用価値説というのは、「消費者の行動は予算の制約のもとで効用を最大にするよう消費する、だからものの価値を効用で測る」とした内容で、これは商品価値論ではなくて消費趨勢分析学であった。だから、学問的には比較検討に値しないとされたし、いちばん役に立たなかったことは、個別企業での商品開発のどの部分に注力すれば価値や交換利益が生まれるのかといった法則性が見いだされないので、個別企業での経営や業務命令に役に立つ代物ではなかったのが決定的欠点であった。
こんな歴史的事情から、官僚や公務員には「商品価値論」は不要とされ、企業エリートも商品取引の原理を「より良い財をより安く」とする使用価値論や効用価値論に内心執着したことから、市場経済の法則が働かなくなったと考えられる。すなわち、その端的な表現が、「親方日の丸」であった。「親方日の丸」は、市場取引を前提とした商品価値論の経済法則をことごとく無視した。ものを販売する側にしても、「より良い財をより安く」するのが善だと勘違いし、生産価格を下回る取引を行ない、総じて日本経済は豊かさを失った。
では日本では、どんな経済法則が働いていたのかといえば、資本投下による計画、官僚による統制(規制)による経済法則であった。東京一極集中とか、「東京に行かなければ情報は入らない」といった表現だ。すなわち、公共事業の情報、資産・土地払い下げ、大型研究開発費、大型委託事業、天下り情報その他、こういった仕事のための情報である。
もちろん、市場経済を柱とする個別企業は、市場経済の情報は政府統計資料に勝るものはないし、地元情報は東京にいく必要もないから、そういったことはなかった。
§付加価値の好きな人ほど脇が甘い!
使用価値論や投下労働価値説の論理水準であれば、付加価値論といった意味不明なことを言い出すのは、自然の成り行きである。だから、今日の販売不振対策として意味不明な付加価値を付加して販売しようとして、さらなる管理経費・付加価値企画費用がかかりすぎる結果となるのだ。本当に経済学部の卒業かと疑いたくもなる。
今や、中国製品と日本製品の費用価格は同程度水準に迫ってきている。日本製品には開発経費や本社経費を加算しなければならないから製造原価や生産価格が跳ね上がってしまうことになる。日本製品が売れなくなる原因はここにあると考えられるが、その背景には使用価値や効用価値ばかりを追及している経営システムがあるということが、現在の経済学研究成果の到達点のようだ。円高はショックではあるが、織物その他の素材産業のように、原材料等の購入価格が安くなるから、日本製品の輸出追風になってもよさそうなのに…。
<中国人の作った、Made in Japan>
デフレは行き着くところに来たものだから、日本の大手企業はノウハウが無いから海外逃亡しかない。だとすると、これから工場の空家が続出、そこに中国企業が工場進出してくる。家電製品自体は、真似して作る(開発費や本社経費不要)なら、Made in China も Made in Japan も国内価格は同じになるとのことだ。そこで、中国人の作った、Made in Japan ブランドが出回ることになるのだ。
<中国人の営林事業 in Japan>
日本の森林は固有価値の宝庫である。ところで、日本の森林を中国人が買っている。森林に固有価値があるということの自覚がないものだから、生活に困った森林所有者は次々と中国人に土地を売り、政府も固有価値に無頓着なので何らの対策も行わない。とにかく、中国には木材が無いのでロシアからの輸入だ。使用価値や効用価値程度の理解でしかないから、素人は勢い水資源や軍事占領の心配をしてしまうのだが、その前に中国人の営林事業が始まることを考える必要がある。数年ですっかり、日本の自然風景は変わるであろう。
<代金を払わない習慣の国々>
アジア進出一辺倒の風潮にしても、
中国、インド、インドネシアといった国民の、代金を払わない習慣、日本に資産が運搬されない構造、こんな事業に何時までも付き合っていくわけにはいかない。
そんなことになる要因に、日本の投資家やエリート経営者が内面で信奉する「商品販売の価値論」(使用価値や効用価値程度の理解)がはびこっており、これが日本経済の足を引っ張っているともいえる。さらに、恐ろしいことには、そんなリスクに多くの人が陥って抜け出せなくなっていることである。
§市場経済を柱とする営業活動をする、
その決め手は、「商品を交換するイニシアチブを握る」ことだ。ここに営業活動の意識を向けるべきであって、情報システムや物流機能の枝葉で経営を惑わされないことが重要である。こうやって、日々の営業活動や経営管理に要する気苦労、時間的空回り、物理的無駄を排除して、(節約できた時間でイノベーションに取り組み)、徹底した経営効率化を図ることこそが、日本経済の成長と豊かさの、重要な課題項目である。ただ単に、「がんばりましょう」と意味なく、やる気なく淡々と仕事をしている官僚たちとは異なる。
[地方の自然産業、衣食住関連が国内経済の支え]
となることは間違いないのである。海外向けでは、生活・感性文化の永続性の有る高価格高級品が輸出の柱になる。そこでの高級品(高付加価値や高水準サービス)は、自動化一辺倒をするより、ICTで支えた手作りが安いコストで作れる。首都圏とは別の場所での市場経済を柱とする経営を、一生懸命やった方が経済活性化につながるといえる。すなわち、首都圏向けの市場経済を東京の外からでも参加することは十分可能であり、ICT産業革命の波に乗り、東京向け物流会社に配達してもらえば十分なのである。(首都圏の物流拠点は、既に東京の郊外である)。
[東西ともにヨーロッパ人は Made in Japan]
が好きである。もう少し細かくいえば、Made in Japan 商品を、ヨーロッパ庶民は作りたがり、ヨーロッパ富豪は純正商品を持ちたがる。東西欧州は、商習慣・商道徳が存在し、行商人スタイルだから生活・感性文化の永続性の有る高価格高級品を販売したとしても、集金が可能だ。だから、ヨーロッパから買い付けに来てもらうには極東新幹線建設という着想である。その建設も、エネルギーを買うといえば、ロシアが線路を作ってくれそうである。
[大企業の、つい先日までの得意な分野]
を活かそうとするのであれば、それは日本優位の素材産業である。大手企業が原産地に海外進出して、その産油国や原産国での工業化の波に乗ることができる。とにかく、資本投下があっての繁栄であったところ、その資本投下がなくなったのだから、過去の繁栄にしがみついていても仕方がない。
§生活保護、芸人Kの不正受給問題で、
元財務官僚の女性国会議員に、高級官僚の本性を見た。冷血!とはこういう姿である。
人間的な気持ちとゆとりのある社会経済の共同体(自由平等)は、そもそも日本の高級官僚の保身には都合がわるいものである。戦前がその歴史だったから、日本の場合は憲法で公務員の横暴を規制しているのが特徴なのだ。
れっきとして、生活保護も社会経済共同体を(自由平等のために)維持する歴史的教訓からの手段である。経済や商品価格を市場に任せる原則もそうだが、会社営業・職業自由も、失敗したときの救済制度も、家制度を廃止したのも、すべて自由平等につながる社会共同体の仕組みなのである。そうしないと、市場経済は発展せず、経済成長の豊かさも阻害されるといった近代・現代史からの教訓によるところの制度なのである。
事情は違うが、同じ不況のドイツでは、自由・平等・自律の社会を守るため、現在貧困対策制度(日本の生活保護に該当)の傘下に10%の国民を保護している。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/19613704.pdf
官僚と大手企業と多国籍企業が一体となれば、企業経営の自由がなくなる。これが法的枠組み、目先のメリット論とは次元の違うところ。公務員給与7.8%カット、生活保護10%カットなどで、お茶を濁してもいけない。
さんざん、生活保護の改善点を
私も昔から、指摘し行動もしているが、サボってきたのは官僚、とくに財源を握る財務官僚が厚労省に予算誘導しているではないか! 大阪市にホームレスや生活保護者が流入するよう糸を引いているのは官僚ではないか。生活保護法を、ヤクザと選挙の集票手段へと、制度をゆがめていたのは財務官僚ではないか。マスコミ記者個々人も、記者会見ネタばかりでなく、特ダネ報道の勇気を持つべきである。
§労働者派遣法:改正の法的分析
改正の項目的要点は、従前のメルマガで説明した通りである。裁判その他に与える影響を研究してみると、「法的性格に派遣労働者の保護」を加えたこととなる。これは間違いなく、訴訟事件の弁論論述内容に変化をきたすであろうし、裏付けの証拠収集にも変化が出て来る。
<今日まで裁判所の判決は>
行政法である職安法や労働者派遣法に関し違反行為があったとしても、私的な労働契約が締結されたとの判断はしなかった。その理由は、契約とはあくまでも、個々契約者の「自由・平等・自律」を前提としたものであり、日本においては、「契約の申込意思があり、申込に対する承諾の意思があり、この両者の意思が合致したときに契約締結となる」ことを基本的要件としてきたからだ。もちろんこれが、社会共同体の秩序の基本になるものだから、これに反する判決を上級審は是正してきた。ただし派遣先が派遣労働者に、雇用期待を持たせたとか採用介入した場合においては、不法行為(契約当事者外の迷惑行為)として損害賠償を課すことにしていた。
<労働側の弁護士たちは>
その典型的な論理において:派遣労働者の悲惨さを訴えて労働者派遣法または派遣契約の無効を主張するなど、まるで憲法論議かと思える論戦を行った。契約が無効となれば賃金支払義務も無効となるといった弱点に、彼ら弁護士は無頓着であった。派遣労働者関係の裁判事件が関西で多いのは、M弁護士の活躍であるが、この論理そのものであったのだ。おかげで、経営側は大助かりであった。
<労働組合の闘争方針も>
勉強不足なのか? 組合経営が苦しいのか? 意外にも金銭解決に応じるところが少なくない。先に述べた、契約の申込、承諾の意思、その意思の合致に関わるところの、派遣先の採用への関与、派遣先の賃金額介入などの事実が明確な場合は、経営側が解決金を持って走ったところ、金銭和解解決ができたのであった。裁判所も、あまりにも「労働側が金銭和解に固執」するものだから、経営側に金銭解決を裁判所が無理強いしたと思われる事例も数多い。これが紛争トラブルの内実であり、法改正要綱や改正法解釈には現われることのない、実務経験なのである。概していえば、労働側の自滅によって改正の程度が小規模となった。
さてこれからの課題は、労働組合側がどこまで、
1.派遣先との労働契約の合意事実を追求する方針に転換?
2.労働者保護の充実を、如何に裁判での訴額に表現?
といったところである。とにかく裁判では、労働側の一風変わった思考によって、経営側にラッキーな結果が生まれていた。…しかしながら、これからは行政の動きも変化する。
「労働契約申し込み:みなし制度」
労働局などの行政機関は、この10月1日から3年後の、「労働契約申し込み:みなし制度」を実施することになるが、従前の労働行政からすれば、この3年後が制度の完成時期である。それまでに、地ならしを行うのが従前の労働行政方式であるからだ。
ちなみに、日雇派遣は事実上弾圧を厚労省は完遂した。その後の経済状況や、この春以降の短期アルバイトの激減も相まって、日雇派遣禁止制度は完成してしまっている。
ところで、厚労省本省の行政方針変化は、都道府県労働局担当者の人事異動で現われる。リーマンショックの後、派遣業担当者の人事異動は頻繁であったし、行政指導内容も変化したが、それを個々の派遣先は知る由もなかった。肝心の派遣元企業のほとんどは目先に走る経営方針であるから、そういった重要な情報も把握すらしていなかったし、多分今後もすることはないだろう。
とりあえず、労働者派遣のシステムは、時代的には終わったのである。
・5月連休明けから消費が落ち込み。
・商品価値(固有価値intrinsic value)を増量
<固有価値を見積書に書き込む>
<増量した価値を交換するためには>
<加えて、固有価値には人を動かす起動力>
・固有価値を説明!すなわち営業で、
・日本の経済担当官僚や、企業エリートの誤認
・付加価値の好きな人ほど脇が甘い!
<中国人の作った、Made in Japan>
<中国人の営林事業 in Japan>
<代金を払わない習慣の国々>
・市場経済を柱とする営業活動をする
[地方の自然産業、衣食住関連が国内経済の支え]
[東西ともにヨーロッパ人はMade in Japan]
[大企業の、つい先日までの得意な分野]
・生活保護、芸人Kの不正受給問題で、
・労働者派遣法:改正の法的分析
<今日まで裁判所の判決は>
<労働側の弁護士たちは>
<労働組合の闘争方針も>
「労働契約申し込み:みなし制度」
§5月連休明けから消費が落ち込み。
長年培われた感覚は、政府データよりも優先させるのが経営者である。この春以降の短期アルバイト募集量は激減しているが、5月連休明けから消費が一挙に落ち込んでいる。こういったインテリジェンス情報こそが必要とされるのだ。個別企業の経営や経済活動にタイムリーな情報は、意識的に出されないから、精神的能力に経営者は頼らざるを得なかったのだ。それは、3.11地震津波原発情報しかり、北朝鮮ミサイル発射情報しかり、総てが終わり、対策方針変更が無理な時期に発表されたのと同じだ。政府発表や公式発表を待っていれば、必ず経営危機を迎える。
現実には仕事がないのに、政府やマスコミからの情報が出されないため、あれこれ手を替えて売り先を探すことに全力を挙げる事業主も数多い。
こんな努力は裏目に出る可能性が高いにも関わらず、
単なる精神論で仕事があると息巻く経営はダンピングが前提の話にも関わらず、
周囲にそれは見透かされているにも関わらず、
借入金が積み上がるばかりにも関わらず、
先行情報やインテリジェンス情報が読めないばかりに、不幸にも見捨てられざるを得ない事態に陥りつつあるのだ。経済危機・世界的恐慌だから多くの企業が潰れるが、資産まで人手に渡れば、大変だ。
§商品価値(固有価値 intrinsic value)を増量
すれば売れる。それが、高額な商品の順に売れ始めることは、経済学では解明されている。今を経済恐慌と言わず、なんと言うのか? ここでも無知と迷信での、付加価値論が花盛りだ。売れないという理由は、ひとえに「買い手にとって役に立たないから」の一言に尽きる。
<固有価値を見積書に書き込む>
ことができなければ、買い手に認めてもらえず、社会的に認めてもらえなければ代金として回収できないという原理だ。だからこそ、意味不透明な付加価値論の範囲から、固有価値というものに光をあて、それを引き出して説明・見積りすることが打開策なのだ。そして、これが現に代金として買い手に認められている事実である、そこでは営業・見積りで常習化している。
<増量した価値を交換するためには>
その固有価値が認められるがための努力が必要で、それは流通する社会による。日本文化の商品は、日本では固有価値を持って流通しているように。そして、日本文化商品が海外に出て、その固有価値が受け入れられれば、加算された固有価値(使用価値と固有価値は結合しているので一概に区分は出来ないが)を認識しての新価格が運賃を加算されて、海外では高値で売れるのだ。国内の地方商品が都市部で高く売れることも同様の経済論理である。(確かに、この経済原理の学問分野は、やっと花が開きつつある段階だ)。
人間が努力しても実らないならば閉塞感がはびこる。付加価値論というのは、人間の努力を無視する論理であるから、閉塞感に行き着く。
<加えて、固有価値には人を動かす起動力>
である「意欲、感動、希望の結合」が、必然的に存在している。これが存在しているから、「一生懸命働いて価値ある商品を買おう!」という意欲につながるのだ。この三つの結合は、商品が経済活動での地位を得始めたころの17世紀、ニコラス・バーボンというイギリスの商人(元は毛皮商、世界初の火災保険会社創設)が、世界で最初に書いた商品論(固有価値:「本来具わっている、光り輝くもの」当時の英語は intrinsic virtue)が最初だ。
§固有価値を説明!すなわち営業で、
「私どもならこういう価値が、他と比べてございます」と説明出来ることである。
これが現代経済学の最先端理論で、アダム・スミスの自由経済より数段も発展している。だから今は、やたら動き回るよりも、商品価値を増量し、増殖した価値を説明出来るような、会社での能力の蓄積が必要なのである。
(説明しても、それに協力しない従業員は、整理解雇も法的に可能)。
付加価値とかの用語での結局、訳の分からない説明では、社内にもお客にも伝わらない。見積り対象や学者の研究課題にもならない「付加価値」論の理屈を、訳も分からず唱えているようでは、部下にも相手にも伝わらない。固有価値は、説明出来る価値であり、見積りも出来る。付加価値の場合、全く価値が増殖していない場合もある。
イタリアの経営は、固有価値を重視しているから、
国家経済が傾きかけていても、なんのその豊かに楽しくやっているのはそのためだ。
☆固有価値を詳しく知りたい方はこのURL(勘が良ければ、気付く部分が)
http://www.soumubu.jp/documents/koyuukachi_ezu.doc
価値を増量するとは、「今までの使用価値にプラス固有価値」の外見を表す。(実態は使用価値と一体な固有価値となる)。
そして、その固有価値が認められるか否かは、それが流通する社会による。地理的な社会でもあり、ICTでつながる社会でもある。
ちなみに、公共事業の入札価格、大手企業の発注価格、基礎食品価格、工業素材品価格などは、使用価値部分しか価格がつかない、それは経済学でいう商品ではないからだ。パート労働者も、賃金労働を商品と見ると、具体的作業の使用価値部分だけの価格である。
…だから、固有価値論での商品価格や商品交換を考えれば、
販売に直結した業務改善、社員の能力価値の高め方、そして、どんな人たちに、どんな商品を、どの地方に売ればOKなのかの、こういった戦略の正確な見通しを付けることができる。これからの時代の経営方針の基盤理論となるのである。
それだけでなく、価値増量は新たな資本投下によらない。既存する資産による増量で、固有価値の大部分が可能なのだ。それは、古い在庫、売れ残り品、工芸能力、リサイクル、知的労働、地方特産品、遊休資産その他、過去に資金投入をしてしまった資産でもある。これが、固有価値の価格形成をしている。
そう、このほとんどが帳簿には現われていないから、税金の掛かる対象ではないのだ。
§日本の経済担当官僚や、企業エリートの誤認
これまで述べたような未成熟な経済原理、あるいは現場から乖離した経済原理で、今の恐慌や経済危機を乗り切ることが出来ない。この使用価値とは交換価値であり、それは投下労働力の量によって決定されるとする…スミス、リカードの古典派経済学の商品論そのものである。そこに交換価値が貨幣に変わり資本主義が形成されたとのマルクス経済学説がもてはやされた。(この理論は、極めて分かりやすいから、日本でも官僚、大手企業のエリートの多くが信奉している)。ところが、ここ数年になって、マルクスの資本論等に、そんな交換価値説など説明されておらず、西欧哲学に未熟な日本人の誤読・誤解であると解明する学説が急浮上している。そうだとすれば、日本の経営者や学者が、経済学説では世界で非常識と言われている由縁も、ここで解明されるかもしれない。
こういった古典派経済学に対して、今や風前の灯であるオーストリア学派と言われる人たちが、効用価値論を主張した。一時期は大いにもてはやされたものだが、所詮は前述のように歴史的制約を受けた未熟な使用価値・投下労働説に対抗した程度の学説であった。加えて、効用価値説というのは、「消費者の行動は予算の制約のもとで効用を最大にするよう消費する、だからものの価値を効用で測る」とした内容で、これは商品価値論ではなくて消費趨勢分析学であった。だから、学問的には比較検討に値しないとされたし、いちばん役に立たなかったことは、個別企業での商品開発のどの部分に注力すれば価値や交換利益が生まれるのかといった法則性が見いだされないので、個別企業での経営や業務命令に役に立つ代物ではなかったのが決定的欠点であった。
こんな歴史的事情から、官僚や公務員には「商品価値論」は不要とされ、企業エリートも商品取引の原理を「より良い財をより安く」とする使用価値論や効用価値論に内心執着したことから、市場経済の法則が働かなくなったと考えられる。すなわち、その端的な表現が、「親方日の丸」であった。「親方日の丸」は、市場取引を前提とした商品価値論の経済法則をことごとく無視した。ものを販売する側にしても、「より良い財をより安く」するのが善だと勘違いし、生産価格を下回る取引を行ない、総じて日本経済は豊かさを失った。
では日本では、どんな経済法則が働いていたのかといえば、資本投下による計画、官僚による統制(規制)による経済法則であった。東京一極集中とか、「東京に行かなければ情報は入らない」といった表現だ。すなわち、公共事業の情報、資産・土地払い下げ、大型研究開発費、大型委託事業、天下り情報その他、こういった仕事のための情報である。
もちろん、市場経済を柱とする個別企業は、市場経済の情報は政府統計資料に勝るものはないし、地元情報は東京にいく必要もないから、そういったことはなかった。
§付加価値の好きな人ほど脇が甘い!
使用価値論や投下労働価値説の論理水準であれば、付加価値論といった意味不明なことを言い出すのは、自然の成り行きである。だから、今日の販売不振対策として意味不明な付加価値を付加して販売しようとして、さらなる管理経費・付加価値企画費用がかかりすぎる結果となるのだ。本当に経済学部の卒業かと疑いたくもなる。
今や、中国製品と日本製品の費用価格は同程度水準に迫ってきている。日本製品には開発経費や本社経費を加算しなければならないから製造原価や生産価格が跳ね上がってしまうことになる。日本製品が売れなくなる原因はここにあると考えられるが、その背景には使用価値や効用価値ばかりを追及している経営システムがあるということが、現在の経済学研究成果の到達点のようだ。円高はショックではあるが、織物その他の素材産業のように、原材料等の購入価格が安くなるから、日本製品の輸出追風になってもよさそうなのに…。
<中国人の作った、Made in Japan>
デフレは行き着くところに来たものだから、日本の大手企業はノウハウが無いから海外逃亡しかない。だとすると、これから工場の空家が続出、そこに中国企業が工場進出してくる。家電製品自体は、真似して作る(開発費や本社経費不要)なら、Made in China も Made in Japan も国内価格は同じになるとのことだ。そこで、中国人の作った、Made in Japan ブランドが出回ることになるのだ。
<中国人の営林事業 in Japan>
日本の森林は固有価値の宝庫である。ところで、日本の森林を中国人が買っている。森林に固有価値があるということの自覚がないものだから、生活に困った森林所有者は次々と中国人に土地を売り、政府も固有価値に無頓着なので何らの対策も行わない。とにかく、中国には木材が無いのでロシアからの輸入だ。使用価値や効用価値程度の理解でしかないから、素人は勢い水資源や軍事占領の心配をしてしまうのだが、その前に中国人の営林事業が始まることを考える必要がある。数年ですっかり、日本の自然風景は変わるであろう。
<代金を払わない習慣の国々>
アジア進出一辺倒の風潮にしても、
中国、インド、インドネシアといった国民の、代金を払わない習慣、日本に資産が運搬されない構造、こんな事業に何時までも付き合っていくわけにはいかない。
そんなことになる要因に、日本の投資家やエリート経営者が内面で信奉する「商品販売の価値論」(使用価値や効用価値程度の理解)がはびこっており、これが日本経済の足を引っ張っているともいえる。さらに、恐ろしいことには、そんなリスクに多くの人が陥って抜け出せなくなっていることである。
§市場経済を柱とする営業活動をする、
その決め手は、「商品を交換するイニシアチブを握る」ことだ。ここに営業活動の意識を向けるべきであって、情報システムや物流機能の枝葉で経営を惑わされないことが重要である。こうやって、日々の営業活動や経営管理に要する気苦労、時間的空回り、物理的無駄を排除して、(節約できた時間でイノベーションに取り組み)、徹底した経営効率化を図ることこそが、日本経済の成長と豊かさの、重要な課題項目である。ただ単に、「がんばりましょう」と意味なく、やる気なく淡々と仕事をしている官僚たちとは異なる。
[地方の自然産業、衣食住関連が国内経済の支え]
となることは間違いないのである。海外向けでは、生活・感性文化の永続性の有る高価格高級品が輸出の柱になる。そこでの高級品(高付加価値や高水準サービス)は、自動化一辺倒をするより、ICTで支えた手作りが安いコストで作れる。首都圏とは別の場所での市場経済を柱とする経営を、一生懸命やった方が経済活性化につながるといえる。すなわち、首都圏向けの市場経済を東京の外からでも参加することは十分可能であり、ICT産業革命の波に乗り、東京向け物流会社に配達してもらえば十分なのである。(首都圏の物流拠点は、既に東京の郊外である)。
[東西ともにヨーロッパ人は Made in Japan]
が好きである。もう少し細かくいえば、Made in Japan 商品を、ヨーロッパ庶民は作りたがり、ヨーロッパ富豪は純正商品を持ちたがる。東西欧州は、商習慣・商道徳が存在し、行商人スタイルだから生活・感性文化の永続性の有る高価格高級品を販売したとしても、集金が可能だ。だから、ヨーロッパから買い付けに来てもらうには極東新幹線建設という着想である。その建設も、エネルギーを買うといえば、ロシアが線路を作ってくれそうである。
[大企業の、つい先日までの得意な分野]
を活かそうとするのであれば、それは日本優位の素材産業である。大手企業が原産地に海外進出して、その産油国や原産国での工業化の波に乗ることができる。とにかく、資本投下があっての繁栄であったところ、その資本投下がなくなったのだから、過去の繁栄にしがみついていても仕方がない。
§生活保護、芸人Kの不正受給問題で、
元財務官僚の女性国会議員に、高級官僚の本性を見た。冷血!とはこういう姿である。
人間的な気持ちとゆとりのある社会経済の共同体(自由平等)は、そもそも日本の高級官僚の保身には都合がわるいものである。戦前がその歴史だったから、日本の場合は憲法で公務員の横暴を規制しているのが特徴なのだ。
れっきとして、生活保護も社会経済共同体を(自由平等のために)維持する歴史的教訓からの手段である。経済や商品価格を市場に任せる原則もそうだが、会社営業・職業自由も、失敗したときの救済制度も、家制度を廃止したのも、すべて自由平等につながる社会共同体の仕組みなのである。そうしないと、市場経済は発展せず、経済成長の豊かさも阻害されるといった近代・現代史からの教訓によるところの制度なのである。
事情は違うが、同じ不況のドイツでは、自由・平等・自律の社会を守るため、現在貧困対策制度(日本の生活保護に該当)の傘下に10%の国民を保護している。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/19613704.pdf
官僚と大手企業と多国籍企業が一体となれば、企業経営の自由がなくなる。これが法的枠組み、目先のメリット論とは次元の違うところ。公務員給与7.8%カット、生活保護10%カットなどで、お茶を濁してもいけない。
さんざん、生活保護の改善点を
私も昔から、指摘し行動もしているが、サボってきたのは官僚、とくに財源を握る財務官僚が厚労省に予算誘導しているではないか! 大阪市にホームレスや生活保護者が流入するよう糸を引いているのは官僚ではないか。生活保護法を、ヤクザと選挙の集票手段へと、制度をゆがめていたのは財務官僚ではないか。マスコミ記者個々人も、記者会見ネタばかりでなく、特ダネ報道の勇気を持つべきである。
§労働者派遣法:改正の法的分析
改正の項目的要点は、従前のメルマガで説明した通りである。裁判その他に与える影響を研究してみると、「法的性格に派遣労働者の保護」を加えたこととなる。これは間違いなく、訴訟事件の弁論論述内容に変化をきたすであろうし、裏付けの証拠収集にも変化が出て来る。
<今日まで裁判所の判決は>
行政法である職安法や労働者派遣法に関し違反行為があったとしても、私的な労働契約が締結されたとの判断はしなかった。その理由は、契約とはあくまでも、個々契約者の「自由・平等・自律」を前提としたものであり、日本においては、「契約の申込意思があり、申込に対する承諾の意思があり、この両者の意思が合致したときに契約締結となる」ことを基本的要件としてきたからだ。もちろんこれが、社会共同体の秩序の基本になるものだから、これに反する判決を上級審は是正してきた。ただし派遣先が派遣労働者に、雇用期待を持たせたとか採用介入した場合においては、不法行為(契約当事者外の迷惑行為)として損害賠償を課すことにしていた。
<労働側の弁護士たちは>
その典型的な論理において:派遣労働者の悲惨さを訴えて労働者派遣法または派遣契約の無効を主張するなど、まるで憲法論議かと思える論戦を行った。契約が無効となれば賃金支払義務も無効となるといった弱点に、彼ら弁護士は無頓着であった。派遣労働者関係の裁判事件が関西で多いのは、M弁護士の活躍であるが、この論理そのものであったのだ。おかげで、経営側は大助かりであった。
<労働組合の闘争方針も>
勉強不足なのか? 組合経営が苦しいのか? 意外にも金銭解決に応じるところが少なくない。先に述べた、契約の申込、承諾の意思、その意思の合致に関わるところの、派遣先の採用への関与、派遣先の賃金額介入などの事実が明確な場合は、経営側が解決金を持って走ったところ、金銭和解解決ができたのであった。裁判所も、あまりにも「労働側が金銭和解に固執」するものだから、経営側に金銭解決を裁判所が無理強いしたと思われる事例も数多い。これが紛争トラブルの内実であり、法改正要綱や改正法解釈には現われることのない、実務経験なのである。概していえば、労働側の自滅によって改正の程度が小規模となった。
さてこれからの課題は、労働組合側がどこまで、
1.派遣先との労働契約の合意事実を追求する方針に転換?
2.労働者保護の充実を、如何に裁判での訴額に表現?
といったところである。とにかく裁判では、労働側の一風変わった思考によって、経営側にラッキーな結果が生まれていた。…しかしながら、これからは行政の動きも変化する。
「労働契約申し込み:みなし制度」
労働局などの行政機関は、この10月1日から3年後の、「労働契約申し込み:みなし制度」を実施することになるが、従前の労働行政からすれば、この3年後が制度の完成時期である。それまでに、地ならしを行うのが従前の労働行政方式であるからだ。
ちなみに、日雇派遣は事実上弾圧を厚労省は完遂した。その後の経済状況や、この春以降の短期アルバイトの激減も相まって、日雇派遣禁止制度は完成してしまっている。
ところで、厚労省本省の行政方針変化は、都道府県労働局担当者の人事異動で現われる。リーマンショックの後、派遣業担当者の人事異動は頻繁であったし、行政指導内容も変化したが、それを個々の派遣先は知る由もなかった。肝心の派遣元企業のほとんどは目先に走る経営方針であるから、そういった重要な情報も把握すらしていなかったし、多分今後もすることはないだろう。
とりあえず、労働者派遣のシステムは、時代的には終わったのである。
2012/05/08
第121号
<コンテンツ>
・総務部メルマガ、11年目に踏み込み
・今日本は、「混沌とした社会」ではない
・だから夢が必要! だから無謀な夢が。
・夢を語り・実験してみればよい!
・厚生年金基金の末路
・Facebookには、懸念がある。
・=書評=「イノベーションの達人」
§総務部メルマガ、11年目に踏み込み
今回で10年を突破、第121号となりました。
確かに、この分野では異質であり、総務人事部門のイノベーションを課題とするメルマガでは、唯一のものです。
1.営業や経営全般におよぼす総務関連の出来事を題材に
2.マスコミの書かない記事と解説に内容を絞り
3.経営全般のイノベーションに役立つインテリジェンス情報の提供を
4.(マスコミの読者向け文学的に反し)社会科学的裏づけのもと
5.パソコン通信を念頭に落ち着いて思考いただくようにしてきました。
さて、10年前と比べ、ICT技術革新が一段と進みつつあります。
ICT産業革命の中で、読者のみなさんの意識が変わり、かつ、今の日本のネット社会では、強気だけで抱えきれない現代リスクと、反面には無謀な期待感で惑わされそうです。
そこで、
これからの新時代に必要な、身近な目前の利益確保や、「あの時に…と悔やまないですむ」将来のリスク回避の工夫にも、Facebookでもって、様々試みようと思います。
名前を、≪総務の金星≫で検索ください。プライベートFacebookとは別です。
株式会社総務部、代表の村岡利幸が提供します。(その方法は後述)
http://www.Facebook.com/profile.php?id=100003821013379
「科学的学問的裏付けのある知恵」の発信をFacebookでも試みます。
コンピュータ原理を開発したウィーナーの力説する、「新しい通信には、新しい手段が必要」という訳です。だから、Facebookに蔓延している意味のない世間話ではありません。たぶん、日本人のFacebook世界では、リアリズム過ぎるでしょう。
何かと、混沌とした未来が見えてしまう昨今ですから、ひとつ、ご理解ご協力いただきたく、お願い申し上げます。 株式会社総務部 代表取締役 村岡利幸
§今日本は、「混沌とした社会」ではない
良くも悪くも世論に影響を与えるのはマスコミである。口を開けば「混沌とした社会」とばかり言っている。ところが、この状態にあって、次の時代をにらむ戦略家たちは、民間であろうが政府であろうが、まして霞ヶ関財務党の官僚たちまでもが、実際に目論んでいる内容を口にしようとはしないのである(個々の事例は省略)。これに合わせて保身を図るマスコミ関係者は、目の前にある特ダネやニュース解説を避けるのである。まるで中国のマスコミを観るようで、北朝鮮のピョンヤン放送になりはしないかと、感ずる所は冷や冷やものである。
昔から、ピラミッド型の組織の中でならば、
上から物事を実行しようとすれば、本当に目論んでいることは口に出さず、その本命以外のことをPRする方法が定石である。だから昔は、本命の話以外を議論に載せて話題にすれば、確かに組織は結束し、みんなが一丸となって組織的に行動した。その運営方法の具合が良かったから、55年体制と言われる、「保:革」が社会で機能をした。個別企業においても、人員が多くなれば不具合を生じることから、「労:使」が機能した。終身雇用・年功序列型賃金・企業別組合と言われた社員管理の三種の神器のことである。ところが、「本当に目論んでいることは口に出さず、その本命以外のことをPRする方法」は、エネルギーを持った人材たちに、いわゆる嫌気を与えたわけであるから、組織の活力も同時に消滅したわけである。すなわち、嫌気がさして組織では生きていけない人たちは、自ら事業を起こしたのである。
そして、現代になって時代が変わった。
だから今や、大手企業に、たとえ多額の投資(現実経済では実に夢物語だが)が行われたとしても、大手企業の社員の大半、あるいはその人たちが採用する新入社員の大半は、所詮は活力とは縁遠い者たちとなっているのである。仮に活力を目指せば村八分、せいぜい口先だけの不満分子に留まっておかないと、生活の糧まで閉ざされ(クビ)る。こういったレトリックである「労:使」の機能、これを必要としない中堅・中小企業だったから、そこでは大手企業と違って意識の差が生まれることとなった。だが、大手企業を見習って、「労:使」機能の真似をしようとした個別企業たちと、千差万別優劣付けがたい「夢を事業に吹き込んだ」個別企業家たちの二つに分かれた。世襲の二代目・三代目経営者たちで、どちらともはっきりしなかった個別企業は、真っ先に崩壊していったのが現実でもある。
このような歴史と学問的裏付けで観れば、
マスコミ流儀の政治ショーの如く、
口先だけで中身のないストーリーでは、暇潰しだとしとしても飽き飽きだ。世間でもてはやされる閉塞感、日本経済の転落・墜落感、奴隷でも受け取れる程度の報酬感、こういった人生や社会のとらえ方もレトリックだと気づけば、解消することができる。
実は、理論的にはどうでもいいことだが、こういった教養センスがイノベーションを起こす起動力であり、日本経済を「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供で復興することができるのである。
教養センスとはそういったもので、人生や社会共同体にはインテリジェンスが必要なのである。レトリックにとらわれないようになるには、インテリジェンス面での情報交換が必要ということなのだ。
ついでに解説すれば、
レトリックとは広辞苑でも調べれば死んだ情報ならば直ぐ見つけられる。が、レトリックのインテリジェンス情報ならば、「ギリシャは人の言うことを聞かない」からレトリック(修辞学)や詭弁学が発達し、「ローマは人の言うことを聞いたから合議制で発達した」歴史や法体系に進んだ…という具合になる。ちなみに日本文化はギリシャ風(伝来仏教もギリシャ風)だからレトリックの論理構成を受け入れやすい。だがグローバル展開はローマ風であり、「自由平等の社会共同体」の目指した市場経済がイニシアチブをもっているのだ。中国では儒教を信奉する者などは社会から抹殺され、中国経済の指導者は理学部系が多いとのこと。
ある面、無知や迷信に浸っている人たちには、
レトリックの手練手管を使ったときの効き目は絶大だ。マスコミも、レトリックが売れるから、そう書かなければ首……。だが、個別企業の発育も福祉の増進も、そのレトリックの時点から後退してしまう。自らも、無知や迷信に浸る危険をはらんでいる。フランスは大統領が代わり、ギリシャも与党が惨敗とのニュースが入ってきているが、EU統合や経済政策の前提として近代ヨーロッパの哲学が徹底的に研究され公表されているといったことを取り上げないマスコミ関係者も、レトリックを使って飯を食っている者が大半だ。
§だから夢が必要! だから無謀な夢が。
夢と白昼夢は違う。それが一緒だと言って、惑わすレトリックも前時代的だ。
例えば、大阪経済を復活させる夢には、
イ)「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供しかない↓
投下資金によって起こせる事業は避ける↓
世界の富豪に比べ日本企業に資金は無し、投資も無し↓
技術とか技能の切り売りを海外展開すれば自滅↓
ロ)大阪に経済拠点の復活、それには「場づくり」が必要↓
イノベーション、労働采配、契約采配、物流采配を握る必要↓
軍事力なくして人・物・金・情報の流通でカネは落ちない↓
情報プラットホームは、経済活動の動きにならない↓
ハ)Made in Japanの出荷先は、商習慣のある東ヨーロッパ↓
アジアは、商習慣が未発達だから金を回収できない↓
ニ)輸送は極東新幹線(大阪発~日本海フェリー~シベリア鉄道)↓
ホ)固有価値を持つ商品経済メッカ・大阪の象徴、ちんちん電車↓
路面電車は輸送手段ではなく経済活動復興象徴の手段↓
大阪を企画・投資・技術・販路の「楽市楽座:安心地帯」の象徴↓
へ)大阪の本町通2km、経済拠点たるべきオフィスを集中、その周辺に保育所。
……といった具合だ。レトリックではないからこそ、説明効果は抜群なのだ。
「ちんちん電車」は時速6キロ、飛び乗り飛び降り自由。こういった話を、この大阪で示したところ、みんなが大喜びしている。夢と分かっていても、経済復興の理屈は知らなくても、ああしようこうしようとのアイディアが続出して来るのである。
個別企業においても同じ、
たとえ守りを固める体制を固めようとしても、こういった夢が無ければ、社長も幹部も社員もパートも、「前向きの動き」にはならないのだ。…動きがとまれば、支払いと不良債権の波が押し寄せるばかりである。社長の強気で経営が持つ訳も無く、総務人事部門の参謀としての支えは欠かせない。
§夢を語り・実験してみればよい!
個別企業の中心・中核が意気消沈していては将来はない。
だから、貴方の企業でも、貴方の街でも、夢を語り・実験してみればよい。
街なら:皆が集まる場所でこそ、楽市楽座フリーマーケット
企業なら:楽市楽座のサークル活動(の雰囲気の仕事スタイル)
……前時代的(投下資金ありきの)マーケティング、人事制度、業務改善、販売活動、Web戦略などで事態は打開できない。せいぜい東南アジアに個別企業ごと出稼ぎに行って延命を図るだけである。その成功のコツは、語るだけではなく、実験してみることだ。すると、若者が付いて来る。
とにかくレトリックの好きな人は、
「労:使」も「保:革」も、口先ばかりで、実験が嫌いだ。実験が嫌いだから、もちろん本番の実行も出来ない。挙句に延命策の話ばかりだから、そんなことを見透かした若者は海外勤務の就職を嫌うのだ。そんな事実の確認はリクルート会社にアドバイスしてもらうよりも、直接インタビューすれば直ぐ分かること。だから、若者はチャンスを見てとると海外へ自費ででも飛ぶのである。
ちなみに、女性ばかりの店舗
を作る実験(西友)がなされているが、これがまさに、上記の「楽市楽座のサークル活動」の視点から分析すれば、新しい時代の人事・人材活用仕事スタイルである。男女平等というよりも、女性ばかりのほうが、夢を実験・実行する確率が高い組織コンビネーションという意味である。だから成功の秘訣は、女性の中にも部下の抑圧に気概を燃やす者が存在するから、「本当に目論んでいることは口に出さず、その本命以外のことをPRする方法」を、如何に当初から排除・阻止するかであるのだ。夢を語り・実験するというのは、この「当初から阻止」という所に、レトリックとは異なる具体的現象面な違いがある。最低限、昭和61年の雇用機会均等法施行の際に、日本生命某人事部長が言い放った、「男らしい女と、女らしい男を入れ替えるのだ」との前時代的発想(レトリック)とは、次元も世界も異なることをはっきり明言しないことには成功はおぼつかない。
実験して→実行してみて
要するに、あれこれ理屈を言っていないで、とにかく「楽しく自由に」やってみることである。(個別企業でも街づくりでも、この「楽しく自由に」という言葉を、無能な管理職から順番に忌み嫌う。有能な人は、もうそれなりにやっているのだが…)。
だがそれでも、比喩的にいえば、「国破れても、官僚は残る」と陰でコツコツ実行に走る、「優秀な官僚たち?」の仕事面だけは、他山の石として見習うべきなのである。
現代的楽市楽座、ICT産業革命中であるから、Webの世界でも中国流の統制・朝貢経済ではなく、自由・平等・資本主義の楽市楽座なのである。
§厚生年金基金の末路
AIJのニュースで厚生年金基金の将来が騒がれている。
筆者は、十数年前から今日の危機を予想して、心ある事業所に対して、厚生年金基金と健保組合の両方ともを脱退するコンサルティングを行った。だから言えることだ……。
実は十数年前から厚生年金基金の制度は破綻に陥っていたのだ。この制度の前提は右肩上がりの経済成長、ピラミッド型組織に次々と若者が就職して、最後までピラミッドの頂点に上り詰めた人たちを支える年金を予定した制度であった。こんな前提の制度に、何を錯覚したのか、中堅・中小企業までが参入をして行ったのだ。
もう十数年も前から
健保組合は協会健保(政管健保)よりも給付条件が落ちていたにも関わらず!だ。当時から厚生年金基金も原資に穴を開けていたので、仕方なく?投機(証券など金融商品)に手を出していたにも関わらず!だ。(健保組合と年金基金は原則共同歩調)。IT産業の厚生年金基金であっても、「若者が多い」と安心感を振りまいていたが、出入りの激しい業界だから実態は財務内容が良くなかった。とにかく、やばい事態に陥っている厚生年金基金は、新規事業所加入の意欲など全くなかった。もうすぐ危なくなる厚生年金基金は、様々な嘘を言って新規事業所の誘いを最後の最後まで行っていたし、そうしないと「やばい事態」になるからという理屈だ。最大の嘘は、「厚生年金基金加入は全会社ごとです」と口で言っていることだ。本当は、事業所ごとである。だから東京支店は健保組合と年金基金加入、大阪支店は協会健保と厚生年金と言う企業が現にあるにも関わらず。
さて、AIJニュースをリークしたのは厚生労働省に間違いない。
マスコミや国会で取り上げられた時点では、既に「やばい事態」に陥っている厚生年金基金では、
1.事業所の脱退阻止のための高いハードルの規約に改正
2.基金の加入員減少や偽装倒産等でも空保険料の回収制度
3.次に、保険料値上げや年金支給額の減額の検討に入っている。
この段取りと行政指導をした上で、厚生労働省がリークをしたのだ。
とにかくAIJは救いようが無い
くらい腐っているから、厚生労働省としては絶好の生贄にしたいのである。偶然にも、その甘い汁を吸ったのは、キリスト教系某大学(神戸市)の理事長である。その甘い汁は、旧約聖書(ユダヤ教・イスラム教)でも新約聖書(キリスト教)で禁止されている、「物作りに資することがない利息」=「利ザヤ稼ぎ」であった。おまけに、大学内で理事長は自称経済学者だから、「利ザヤ稼ぎ」と正当な利息とを混同したとの弁解はできない。だから、ここぞとばかりに、厚生労働省の「免罪符」としてAIJを叩き潰しても、世界の各国政権と投資家の賛同を受けられるといった思惑が出来上がっていた。
そして、そのリークの目的とは、
「やばい事態」に陥っている厚生年金基金がどのような社会評価を受けるかの問題だ。
今や基金の構成員は、社会保障という大義名分よりも、「自分たちだけが得したい」と思って基金に加入した履歴、バブル時代には欲が絡んで「取らぬ狸の皮算用」、次に失われた10年×2回の時代では穴が開いた原資に居直って「強欲が絡んで投機に走る」といった人たちの集団行動、もしくは「そうとは知らなかった」とは言えない欲張りたち、…といった評価である。したがって、(基金の不法行為は見出せず)自業自得だとして、救済の手を国から差し伸べるとは言語道断とか、せいぜい法改正によって厚生年金基金の連合体に連帯責任を負わせてしまおうとの、旧厚生官僚名演技である。
もはや手おくれ!
私どもに基金脱退のコンサルティングを依頼されても、社会制度に反して基金に残り続けた個別企業に対する不良債権の対策には、とてつもない困難さが付きまとうからである。その最大根拠は、脱退手続きの最中に、「オタクも元はといえば、甘い汁が吸いたかった仲間じゃないの」と年金基金側から誘惑されれば、それに乗ってしまう哲学だからだ。「自分たちだけが得したい」と思うのは自然ではあるが、基金の不良債権を免れる法的根拠の存在の仕様がないのだ。それは十数年前にリスク回避すべきであった所の失敗であるからだ。確かに前時代的レトリックに惑わされた犠牲者ではあるが、「他人の話を聞かなかったが故に」招かれた崩壊であるから仕方がない。
近代法の救済制度からいえば、「仕事を続けるために、会社解散」をしてチャレンジする道は残っている。確かに、「会社を残し、仕事を減らせば」、その方向の方法は無きにしも非ずだが、よほどの覚悟と費用がない限り不良債権を免れることはできない。
§Facebookには、懸念がある。
例えば、私の職業では、「人脈が可視化」されると支障が出る。
すなわち、封建時代など中世の経済制度の脱出基盤となった、「労働の配分によって価値を生む社会システム」が市場経済を支えているが、その中核的役割であるコンビネーションやアソシエーションをつかさどる職業では支障か出るのである。
すなわち、主に会社経営者、管理職、アウトソーシング、自由業といった、「人脈が可視化されない」から成り立つ職業の人たちである。この職業の人たち以外にもそういった要素を持つ人は多い。半面、肩書がそうであっても実態が「労働を配分されている人物」であれば、「人脈の可視化」はさしつかえなく、Facebookのイメージの、「御説」の通りである。ただし、Facebook発祥のアメリカ社会では、弁護士などの資格取得よりも、卒業した大学が重要な資格項目であり、卒業生OBも出身大学を精神的にも支え金銭的にも維持・寄付している仕組みである。だからアメリカのFacebookでは出身学校が重要となるのだ。
何人かのSNS専門家では、
☆1 会社の上司や局から友達申請されて拒めなかったり、
☆2 人間関係の相互監視で窮屈な事情でFacebook疲れが起こり、
☆3 仲間はずれを恐れ、当たり障りのない内容しか書けなくなったり、
☆4 誇れる仕事、学歴、人脈、容姿がないと劣等感を感じることになり、
★5 さらに日本では、戦時中の隣組と同じく社員監視に使われていると。
……こういったことが指摘されている。
http://www.cnn.co.jp/tech/30006492.html
さらに、Facebookを利用している事業者のほとんどが、個人もしくは個人事業を相手にしていたり、狭い事業領域で活動する人物(芸能界や政治家とか)といった者たちであると指摘している。要するに、同一商品を扱い販売先は親戚、知人友人から始まる職業(例=税理士、弁護士、行政書士、司法書士、社会保険労務士、保険代理店、美容師、小売販売などを指す)である。
だから、そうでない場合は、
日本でのFacebook使い方のイノベーションを起こさなければならない。相互情報の交換しやすさが、Facebookの利点であることは間違いなく、ICT産業革命の真っただ中にあることを忘れるわけにはいかない。Facebookブームに水をさす話だが、SNSとは携帯のメンテナンス機能を、「いつまでも噂話や無駄話に興じていたいティーンエイジャーのニーズに訴えた」アメリカの商品(『イノベーションの達人』p46)で、効率のよいコミュニケーション媒体とはいえない物だ。だが、この使い方をイノベーションすれば、有効な経済活動の基盤にもなる。
とりわけ、日本でFacebookを道具として使うには、
1.最低限ペンネームを使用(芸能界のように)すること、
2.組織的管理を行ってFacebookを編集(政治家のように)、
3.提供する情報や交流内容を、目的を定め限定すること。
4.Facebook内の「村社会」の人たちと摩擦しないことである。
私どもが今日まで一線を引いて来たFacebookに、
≪総務の金星≫を開始したのは、こういった意味である。
やはり、インテリジェンスな情報は交流を行わなければ伝達されないし、Facebookの個人ページ機能がアメリカのように活用されるのは良いことなのだ。(ちなみに、Facebookの友人は5,000人未満らしい)。よって、Facebookの開設するフィード購読では、また別の意味しか生じないのである。
要は目的的に使用すれば、市場経済を支えるコンビネーションやアソシエーションの道具にもなるし、ブームに乗せられただけならば、現在懸念されている人間関係相互監視の役割に使われて市場経済の阻害要因(販売活動のカモにされるだけとか)かもしれないのだ。また、次々とコミュニケーション?を図ったところで、濃度が薄くなるばかり、ましてインフォメーションや当たり障りのない内容であれば即座に利用されなくなるのだ。
§=書評=『イノベーションの達人!-発想する会社を作る10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン、早川書房、2006年6月
アメリカの有名なデザイン・ファームであるIDEOに集約されたイノベーション手法を披露している。IDEOは工業製品のデザインやイノベーションを扱っているものと誤解をされて、日本の経済や経営の分野では紹介されることがない。アメリカではれっきとした全般的なイノベーションとして経営学などにおいて紹介されている。シリコンバレーに本拠をおいたことや、当初はコンピュータ関連機器製品で成功させたのだが、メーカーから小売店、大学、病院に至るまで多種多様な業種において、高付加価値製品から高水準サービス(顧客集客改善など)までの商品を扱っているのが本当のところである。IDEOは、昨年の3・11東日本震災直後、復興に向けた東京オフィスを開設している。
この本には、イノベーションに必要な人材パターンを10種類あげている。その人材が行う具体的行動や考え方を具体的に示し、如何にイノベーションにかかわっているかを説明している。日本では、イノベーション業務に携わる者といえば、新商品開発担当といった限定的イメージにとらわれがちである。が、ここではビジネスの芽となるイノベーションの発見者(人類学者)から始まって、イノベーションされた商品や業務改善手法を企業文化や社会文化にまで定着させる人物(語り部)まで、10パターンの人材類型を取り上げている。産業育成における、地面の下の種の発見から社会経済に不可欠な大きな樹木までに至る、事業開発に欠かせない人材類型を説明している点で、経済学でもあり経営学でもあるのだ。(この人材・労働面での日本の学術はきわめて遅れている)。
1.人類学者
2.実験者
3.花粉の運び手
4.ハードル選手
5.コラボレーター
6.監督
7.経験デザイナー
8.舞台装置家
9.介護人
10.語り部
10パターンそれぞれの人材類型は、現在の日本語への翻訳が難しく、ひとつの言葉に概念をまとめられるものではない。だから直接読んでみて、それぞれの行動や考え方を具体的に知り、最後にそれを混ぜ合わせることが、この書物からの知恵の習得方法であり、この本自体がそのような編集を行っている。まるでヘーゲル哲学の手法が思い出される。イノベーションを話題にする本には、この本の二番煎じが多いから、オリジナルを読み解けば実力がつく。
したがって、イノベーションを管理しようとする者、イノベーションに携わる者共に必見の書物である。もちろん、今やイノベーションを抜きにして事業経営は成り立たないのであるから、総務人事部門に属する者は必読の書である。今日明日には必要ないのは事実だが、あさってからの仕事の的を外さないためには必読だ。
・総務部メルマガ、11年目に踏み込み
・今日本は、「混沌とした社会」ではない
・だから夢が必要! だから無謀な夢が。
・夢を語り・実験してみればよい!
・厚生年金基金の末路
・Facebookには、懸念がある。
・=書評=「イノベーションの達人」
§総務部メルマガ、11年目に踏み込み
今回で10年を突破、第121号となりました。
確かに、この分野では異質であり、総務人事部門のイノベーションを課題とするメルマガでは、唯一のものです。
1.営業や経営全般におよぼす総務関連の出来事を題材に
2.マスコミの書かない記事と解説に内容を絞り
3.経営全般のイノベーションに役立つインテリジェンス情報の提供を
4.(マスコミの読者向け文学的に反し)社会科学的裏づけのもと
5.パソコン通信を念頭に落ち着いて思考いただくようにしてきました。
さて、10年前と比べ、ICT技術革新が一段と進みつつあります。
ICT産業革命の中で、読者のみなさんの意識が変わり、かつ、今の日本のネット社会では、強気だけで抱えきれない現代リスクと、反面には無謀な期待感で惑わされそうです。
そこで、
これからの新時代に必要な、身近な目前の利益確保や、「あの時に…と悔やまないですむ」将来のリスク回避の工夫にも、Facebookでもって、様々試みようと思います。
名前を、≪総務の金星≫で検索ください。プライベートFacebookとは別です。
株式会社総務部、代表の村岡利幸が提供します。(その方法は後述)
http://www.Facebook.com/profile.php?id=100003821013379
「科学的学問的裏付けのある知恵」の発信をFacebookでも試みます。
コンピュータ原理を開発したウィーナーの力説する、「新しい通信には、新しい手段が必要」という訳です。だから、Facebookに蔓延している意味のない世間話ではありません。たぶん、日本人のFacebook世界では、リアリズム過ぎるでしょう。
何かと、混沌とした未来が見えてしまう昨今ですから、ひとつ、ご理解ご協力いただきたく、お願い申し上げます。 株式会社総務部 代表取締役 村岡利幸
§今日本は、「混沌とした社会」ではない
良くも悪くも世論に影響を与えるのはマスコミである。口を開けば「混沌とした社会」とばかり言っている。ところが、この状態にあって、次の時代をにらむ戦略家たちは、民間であろうが政府であろうが、まして霞ヶ関財務党の官僚たちまでもが、実際に目論んでいる内容を口にしようとはしないのである(個々の事例は省略)。これに合わせて保身を図るマスコミ関係者は、目の前にある特ダネやニュース解説を避けるのである。まるで中国のマスコミを観るようで、北朝鮮のピョンヤン放送になりはしないかと、感ずる所は冷や冷やものである。
昔から、ピラミッド型の組織の中でならば、
上から物事を実行しようとすれば、本当に目論んでいることは口に出さず、その本命以外のことをPRする方法が定石である。だから昔は、本命の話以外を議論に載せて話題にすれば、確かに組織は結束し、みんなが一丸となって組織的に行動した。その運営方法の具合が良かったから、55年体制と言われる、「保:革」が社会で機能をした。個別企業においても、人員が多くなれば不具合を生じることから、「労:使」が機能した。終身雇用・年功序列型賃金・企業別組合と言われた社員管理の三種の神器のことである。ところが、「本当に目論んでいることは口に出さず、その本命以外のことをPRする方法」は、エネルギーを持った人材たちに、いわゆる嫌気を与えたわけであるから、組織の活力も同時に消滅したわけである。すなわち、嫌気がさして組織では生きていけない人たちは、自ら事業を起こしたのである。
そして、現代になって時代が変わった。
だから今や、大手企業に、たとえ多額の投資(現実経済では実に夢物語だが)が行われたとしても、大手企業の社員の大半、あるいはその人たちが採用する新入社員の大半は、所詮は活力とは縁遠い者たちとなっているのである。仮に活力を目指せば村八分、せいぜい口先だけの不満分子に留まっておかないと、生活の糧まで閉ざされ(クビ)る。こういったレトリックである「労:使」の機能、これを必要としない中堅・中小企業だったから、そこでは大手企業と違って意識の差が生まれることとなった。だが、大手企業を見習って、「労:使」機能の真似をしようとした個別企業たちと、千差万別優劣付けがたい「夢を事業に吹き込んだ」個別企業家たちの二つに分かれた。世襲の二代目・三代目経営者たちで、どちらともはっきりしなかった個別企業は、真っ先に崩壊していったのが現実でもある。
このような歴史と学問的裏付けで観れば、
マスコミ流儀の政治ショーの如く、
口先だけで中身のないストーリーでは、暇潰しだとしとしても飽き飽きだ。世間でもてはやされる閉塞感、日本経済の転落・墜落感、奴隷でも受け取れる程度の報酬感、こういった人生や社会のとらえ方もレトリックだと気づけば、解消することができる。
実は、理論的にはどうでもいいことだが、こういった教養センスがイノベーションを起こす起動力であり、日本経済を「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供で復興することができるのである。
教養センスとはそういったもので、人生や社会共同体にはインテリジェンスが必要なのである。レトリックにとらわれないようになるには、インテリジェンス面での情報交換が必要ということなのだ。
ついでに解説すれば、
レトリックとは広辞苑でも調べれば死んだ情報ならば直ぐ見つけられる。が、レトリックのインテリジェンス情報ならば、「ギリシャは人の言うことを聞かない」からレトリック(修辞学)や詭弁学が発達し、「ローマは人の言うことを聞いたから合議制で発達した」歴史や法体系に進んだ…という具合になる。ちなみに日本文化はギリシャ風(伝来仏教もギリシャ風)だからレトリックの論理構成を受け入れやすい。だがグローバル展開はローマ風であり、「自由平等の社会共同体」の目指した市場経済がイニシアチブをもっているのだ。中国では儒教を信奉する者などは社会から抹殺され、中国経済の指導者は理学部系が多いとのこと。
ある面、無知や迷信に浸っている人たちには、
レトリックの手練手管を使ったときの効き目は絶大だ。マスコミも、レトリックが売れるから、そう書かなければ首……。だが、個別企業の発育も福祉の増進も、そのレトリックの時点から後退してしまう。自らも、無知や迷信に浸る危険をはらんでいる。フランスは大統領が代わり、ギリシャも与党が惨敗とのニュースが入ってきているが、EU統合や経済政策の前提として近代ヨーロッパの哲学が徹底的に研究され公表されているといったことを取り上げないマスコミ関係者も、レトリックを使って飯を食っている者が大半だ。
§だから夢が必要! だから無謀な夢が。
夢と白昼夢は違う。それが一緒だと言って、惑わすレトリックも前時代的だ。
例えば、大阪経済を復活させる夢には、
イ)「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供しかない↓
投下資金によって起こせる事業は避ける↓
世界の富豪に比べ日本企業に資金は無し、投資も無し↓
技術とか技能の切り売りを海外展開すれば自滅↓
ロ)大阪に経済拠点の復活、それには「場づくり」が必要↓
イノベーション、労働采配、契約采配、物流采配を握る必要↓
軍事力なくして人・物・金・情報の流通でカネは落ちない↓
情報プラットホームは、経済活動の動きにならない↓
ハ)Made in Japanの出荷先は、商習慣のある東ヨーロッパ↓
アジアは、商習慣が未発達だから金を回収できない↓
ニ)輸送は極東新幹線(大阪発~日本海フェリー~シベリア鉄道)↓
ホ)固有価値を持つ商品経済メッカ・大阪の象徴、ちんちん電車↓
路面電車は輸送手段ではなく経済活動復興象徴の手段↓
大阪を企画・投資・技術・販路の「楽市楽座:安心地帯」の象徴↓
へ)大阪の本町通2km、経済拠点たるべきオフィスを集中、その周辺に保育所。
……といった具合だ。レトリックではないからこそ、説明効果は抜群なのだ。
「ちんちん電車」は時速6キロ、飛び乗り飛び降り自由。こういった話を、この大阪で示したところ、みんなが大喜びしている。夢と分かっていても、経済復興の理屈は知らなくても、ああしようこうしようとのアイディアが続出して来るのである。
個別企業においても同じ、
たとえ守りを固める体制を固めようとしても、こういった夢が無ければ、社長も幹部も社員もパートも、「前向きの動き」にはならないのだ。…動きがとまれば、支払いと不良債権の波が押し寄せるばかりである。社長の強気で経営が持つ訳も無く、総務人事部門の参謀としての支えは欠かせない。
§夢を語り・実験してみればよい!
個別企業の中心・中核が意気消沈していては将来はない。
だから、貴方の企業でも、貴方の街でも、夢を語り・実験してみればよい。
街なら:皆が集まる場所でこそ、楽市楽座フリーマーケット
企業なら:楽市楽座のサークル活動(の雰囲気の仕事スタイル)
……前時代的(投下資金ありきの)マーケティング、人事制度、業務改善、販売活動、Web戦略などで事態は打開できない。せいぜい東南アジアに個別企業ごと出稼ぎに行って延命を図るだけである。その成功のコツは、語るだけではなく、実験してみることだ。すると、若者が付いて来る。
とにかくレトリックの好きな人は、
「労:使」も「保:革」も、口先ばかりで、実験が嫌いだ。実験が嫌いだから、もちろん本番の実行も出来ない。挙句に延命策の話ばかりだから、そんなことを見透かした若者は海外勤務の就職を嫌うのだ。そんな事実の確認はリクルート会社にアドバイスしてもらうよりも、直接インタビューすれば直ぐ分かること。だから、若者はチャンスを見てとると海外へ自費ででも飛ぶのである。
ちなみに、女性ばかりの店舗
を作る実験(西友)がなされているが、これがまさに、上記の「楽市楽座のサークル活動」の視点から分析すれば、新しい時代の人事・人材活用仕事スタイルである。男女平等というよりも、女性ばかりのほうが、夢を実験・実行する確率が高い組織コンビネーションという意味である。だから成功の秘訣は、女性の中にも部下の抑圧に気概を燃やす者が存在するから、「本当に目論んでいることは口に出さず、その本命以外のことをPRする方法」を、如何に当初から排除・阻止するかであるのだ。夢を語り・実験するというのは、この「当初から阻止」という所に、レトリックとは異なる具体的現象面な違いがある。最低限、昭和61年の雇用機会均等法施行の際に、日本生命某人事部長が言い放った、「男らしい女と、女らしい男を入れ替えるのだ」との前時代的発想(レトリック)とは、次元も世界も異なることをはっきり明言しないことには成功はおぼつかない。
実験して→実行してみて
要するに、あれこれ理屈を言っていないで、とにかく「楽しく自由に」やってみることである。(個別企業でも街づくりでも、この「楽しく自由に」という言葉を、無能な管理職から順番に忌み嫌う。有能な人は、もうそれなりにやっているのだが…)。
だがそれでも、比喩的にいえば、「国破れても、官僚は残る」と陰でコツコツ実行に走る、「優秀な官僚たち?」の仕事面だけは、他山の石として見習うべきなのである。
現代的楽市楽座、ICT産業革命中であるから、Webの世界でも中国流の統制・朝貢経済ではなく、自由・平等・資本主義の楽市楽座なのである。
§厚生年金基金の末路
AIJのニュースで厚生年金基金の将来が騒がれている。
筆者は、十数年前から今日の危機を予想して、心ある事業所に対して、厚生年金基金と健保組合の両方ともを脱退するコンサルティングを行った。だから言えることだ……。
実は十数年前から厚生年金基金の制度は破綻に陥っていたのだ。この制度の前提は右肩上がりの経済成長、ピラミッド型組織に次々と若者が就職して、最後までピラミッドの頂点に上り詰めた人たちを支える年金を予定した制度であった。こんな前提の制度に、何を錯覚したのか、中堅・中小企業までが参入をして行ったのだ。
もう十数年も前から
健保組合は協会健保(政管健保)よりも給付条件が落ちていたにも関わらず!だ。当時から厚生年金基金も原資に穴を開けていたので、仕方なく?投機(証券など金融商品)に手を出していたにも関わらず!だ。(健保組合と年金基金は原則共同歩調)。IT産業の厚生年金基金であっても、「若者が多い」と安心感を振りまいていたが、出入りの激しい業界だから実態は財務内容が良くなかった。とにかく、やばい事態に陥っている厚生年金基金は、新規事業所加入の意欲など全くなかった。もうすぐ危なくなる厚生年金基金は、様々な嘘を言って新規事業所の誘いを最後の最後まで行っていたし、そうしないと「やばい事態」になるからという理屈だ。最大の嘘は、「厚生年金基金加入は全会社ごとです」と口で言っていることだ。本当は、事業所ごとである。だから東京支店は健保組合と年金基金加入、大阪支店は協会健保と厚生年金と言う企業が現にあるにも関わらず。
さて、AIJニュースをリークしたのは厚生労働省に間違いない。
マスコミや国会で取り上げられた時点では、既に「やばい事態」に陥っている厚生年金基金では、
1.事業所の脱退阻止のための高いハードルの規約に改正
2.基金の加入員減少や偽装倒産等でも空保険料の回収制度
3.次に、保険料値上げや年金支給額の減額の検討に入っている。
この段取りと行政指導をした上で、厚生労働省がリークをしたのだ。
とにかくAIJは救いようが無い
くらい腐っているから、厚生労働省としては絶好の生贄にしたいのである。偶然にも、その甘い汁を吸ったのは、キリスト教系某大学(神戸市)の理事長である。その甘い汁は、旧約聖書(ユダヤ教・イスラム教)でも新約聖書(キリスト教)で禁止されている、「物作りに資することがない利息」=「利ザヤ稼ぎ」であった。おまけに、大学内で理事長は自称経済学者だから、「利ザヤ稼ぎ」と正当な利息とを混同したとの弁解はできない。だから、ここぞとばかりに、厚生労働省の「免罪符」としてAIJを叩き潰しても、世界の各国政権と投資家の賛同を受けられるといった思惑が出来上がっていた。
そして、そのリークの目的とは、
「やばい事態」に陥っている厚生年金基金がどのような社会評価を受けるかの問題だ。
今や基金の構成員は、社会保障という大義名分よりも、「自分たちだけが得したい」と思って基金に加入した履歴、バブル時代には欲が絡んで「取らぬ狸の皮算用」、次に失われた10年×2回の時代では穴が開いた原資に居直って「強欲が絡んで投機に走る」といった人たちの集団行動、もしくは「そうとは知らなかった」とは言えない欲張りたち、…といった評価である。したがって、(基金の不法行為は見出せず)自業自得だとして、救済の手を国から差し伸べるとは言語道断とか、せいぜい法改正によって厚生年金基金の連合体に連帯責任を負わせてしまおうとの、旧厚生官僚名演技である。
もはや手おくれ!
私どもに基金脱退のコンサルティングを依頼されても、社会制度に反して基金に残り続けた個別企業に対する不良債権の対策には、とてつもない困難さが付きまとうからである。その最大根拠は、脱退手続きの最中に、「オタクも元はといえば、甘い汁が吸いたかった仲間じゃないの」と年金基金側から誘惑されれば、それに乗ってしまう哲学だからだ。「自分たちだけが得したい」と思うのは自然ではあるが、基金の不良債権を免れる法的根拠の存在の仕様がないのだ。それは十数年前にリスク回避すべきであった所の失敗であるからだ。確かに前時代的レトリックに惑わされた犠牲者ではあるが、「他人の話を聞かなかったが故に」招かれた崩壊であるから仕方がない。
近代法の救済制度からいえば、「仕事を続けるために、会社解散」をしてチャレンジする道は残っている。確かに、「会社を残し、仕事を減らせば」、その方向の方法は無きにしも非ずだが、よほどの覚悟と費用がない限り不良債権を免れることはできない。
§Facebookには、懸念がある。
例えば、私の職業では、「人脈が可視化」されると支障が出る。
すなわち、封建時代など中世の経済制度の脱出基盤となった、「労働の配分によって価値を生む社会システム」が市場経済を支えているが、その中核的役割であるコンビネーションやアソシエーションをつかさどる職業では支障か出るのである。
すなわち、主に会社経営者、管理職、アウトソーシング、自由業といった、「人脈が可視化されない」から成り立つ職業の人たちである。この職業の人たち以外にもそういった要素を持つ人は多い。半面、肩書がそうであっても実態が「労働を配分されている人物」であれば、「人脈の可視化」はさしつかえなく、Facebookのイメージの、「御説」の通りである。ただし、Facebook発祥のアメリカ社会では、弁護士などの資格取得よりも、卒業した大学が重要な資格項目であり、卒業生OBも出身大学を精神的にも支え金銭的にも維持・寄付している仕組みである。だからアメリカのFacebookでは出身学校が重要となるのだ。
何人かのSNS専門家では、
☆1 会社の上司や局から友達申請されて拒めなかったり、
☆2 人間関係の相互監視で窮屈な事情でFacebook疲れが起こり、
☆3 仲間はずれを恐れ、当たり障りのない内容しか書けなくなったり、
☆4 誇れる仕事、学歴、人脈、容姿がないと劣等感を感じることになり、
★5 さらに日本では、戦時中の隣組と同じく社員監視に使われていると。
……こういったことが指摘されている。
http://www.cnn.co.jp/tech/30006492.html
さらに、Facebookを利用している事業者のほとんどが、個人もしくは個人事業を相手にしていたり、狭い事業領域で活動する人物(芸能界や政治家とか)といった者たちであると指摘している。要するに、同一商品を扱い販売先は親戚、知人友人から始まる職業(例=税理士、弁護士、行政書士、司法書士、社会保険労務士、保険代理店、美容師、小売販売などを指す)である。
だから、そうでない場合は、
日本でのFacebook使い方のイノベーションを起こさなければならない。相互情報の交換しやすさが、Facebookの利点であることは間違いなく、ICT産業革命の真っただ中にあることを忘れるわけにはいかない。Facebookブームに水をさす話だが、SNSとは携帯のメンテナンス機能を、「いつまでも噂話や無駄話に興じていたいティーンエイジャーのニーズに訴えた」アメリカの商品(『イノベーションの達人』p46)で、効率のよいコミュニケーション媒体とはいえない物だ。だが、この使い方をイノベーションすれば、有効な経済活動の基盤にもなる。
とりわけ、日本でFacebookを道具として使うには、
1.最低限ペンネームを使用(芸能界のように)すること、
2.組織的管理を行ってFacebookを編集(政治家のように)、
3.提供する情報や交流内容を、目的を定め限定すること。
4.Facebook内の「村社会」の人たちと摩擦しないことである。
私どもが今日まで一線を引いて来たFacebookに、
≪総務の金星≫を開始したのは、こういった意味である。
やはり、インテリジェンスな情報は交流を行わなければ伝達されないし、Facebookの個人ページ機能がアメリカのように活用されるのは良いことなのだ。(ちなみに、Facebookの友人は5,000人未満らしい)。よって、Facebookの開設するフィード購読では、また別の意味しか生じないのである。
要は目的的に使用すれば、市場経済を支えるコンビネーションやアソシエーションの道具にもなるし、ブームに乗せられただけならば、現在懸念されている人間関係相互監視の役割に使われて市場経済の阻害要因(販売活動のカモにされるだけとか)かもしれないのだ。また、次々とコミュニケーション?を図ったところで、濃度が薄くなるばかり、ましてインフォメーションや当たり障りのない内容であれば即座に利用されなくなるのだ。
§=書評=『イノベーションの達人!-発想する会社を作る10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン、早川書房、2006年6月
アメリカの有名なデザイン・ファームであるIDEOに集約されたイノベーション手法を披露している。IDEOは工業製品のデザインやイノベーションを扱っているものと誤解をされて、日本の経済や経営の分野では紹介されることがない。アメリカではれっきとした全般的なイノベーションとして経営学などにおいて紹介されている。シリコンバレーに本拠をおいたことや、当初はコンピュータ関連機器製品で成功させたのだが、メーカーから小売店、大学、病院に至るまで多種多様な業種において、高付加価値製品から高水準サービス(顧客集客改善など)までの商品を扱っているのが本当のところである。IDEOは、昨年の3・11東日本震災直後、復興に向けた東京オフィスを開設している。
この本には、イノベーションに必要な人材パターンを10種類あげている。その人材が行う具体的行動や考え方を具体的に示し、如何にイノベーションにかかわっているかを説明している。日本では、イノベーション業務に携わる者といえば、新商品開発担当といった限定的イメージにとらわれがちである。が、ここではビジネスの芽となるイノベーションの発見者(人類学者)から始まって、イノベーションされた商品や業務改善手法を企業文化や社会文化にまで定着させる人物(語り部)まで、10パターンの人材類型を取り上げている。産業育成における、地面の下の種の発見から社会経済に不可欠な大きな樹木までに至る、事業開発に欠かせない人材類型を説明している点で、経済学でもあり経営学でもあるのだ。(この人材・労働面での日本の学術はきわめて遅れている)。
1.人類学者
2.実験者
3.花粉の運び手
4.ハードル選手
5.コラボレーター
6.監督
7.経験デザイナー
8.舞台装置家
9.介護人
10.語り部
10パターンそれぞれの人材類型は、現在の日本語への翻訳が難しく、ひとつの言葉に概念をまとめられるものではない。だから直接読んでみて、それぞれの行動や考え方を具体的に知り、最後にそれを混ぜ合わせることが、この書物からの知恵の習得方法であり、この本自体がそのような編集を行っている。まるでヘーゲル哲学の手法が思い出される。イノベーションを話題にする本には、この本の二番煎じが多いから、オリジナルを読み解けば実力がつく。
したがって、イノベーションを管理しようとする者、イノベーションに携わる者共に必見の書物である。もちろん、今やイノベーションを抜きにして事業経営は成り立たないのであるから、総務人事部門に属する者は必読の書である。今日明日には必要ないのは事実だが、あさってからの仕事の的を外さないためには必読だ。
2012/04/10
第120号
<コンテンツ>
・霞が関財務党、日本の引き廻し
・個別企業でも、方策により前途洋々とした道が
・固有価値が取引される、国際的「楽市楽座」なら?
・この年度末、消費税だの何だの陰で…
・マイナンバー制度の落とし穴(源泉・社保料)
・期間を定めた契約の場合の労働契約法改正
・労働者派遣法、役目を終える法改正成立
§霞が関財務党、日本の引き廻し
今や、政党の形式は持たず実態だけを持つ政治集団が、日本の社会経済を引き回している。それに対抗するのは、経済産業省から脱藩した形の元官僚たちである。この二大勢力に振り回されているのが、世界経済の暴風雨の中で、小さく身を潜めている経済活動家たちである。もちろん、デフレ経済の中では、投資をして経済活動することは致命傷、だから誰もがズッと時期を待っているのである。加えて、日本銀行が金融引き締めに入っているが、マスコミも含めひた隠しにされている。
「変化する新環境を読み取り、どう取り組むか!」が経営の本質だ。
ところが、ただ待っているだけの個別企業が多く、デフレ終息時に立ち上げる事業計画を練るとか、そのための教育訓練、職業能力の向上が行われていない。
世界をおしなべて物事の実行能力は、日本の官僚に勝るものはいなさそうだ。だからと云って、「画期的なこと」を表明しておきながら実際は官僚たちに妥協するのは裏切りである。また、経済活動で成功するはずもない官僚に、日本経済の先行きを任せることも、資本主義の原則に逸脱する行為である。だがこういった人たち、いずれの有名人も、心のどこかで「その地位にしがみ付きたい」とよぎった瞬間に、官僚言いなりの独裁者に変身するのである。
だから、総務人事部門は個別企業を拠りどころに、虎視眈々、毎日こつこつと手を打つことが大切なのだ。
最低限、
1.財務基盤を整備して現金を守る。現金を節約できる仕入れ在庫の流れ。
2.事業基盤を確保する。まず設備削減は大胆にする。
不得手な仕事はアウトソーシングして長期コスト削減する。
3.売り上げ基盤を再編成する。形骸化した「顧客ニーズ論」は否定する。
=社会合理性との整合性を保った商品開発=
例えば、商品を小分けすることで小家族向けの商品開発や販売工夫。
単位当たりの利益率が向上しても顧客から喜ばれる売り方。
サービスや仕様書の業務改善は、
個別企業のもっている固有価値を明文化することである。
それを生み出す体制づくり。
(ボストンコンサルティングの研究:世界大恐慌で生き残った企業実例などから)
…そのためのICT機器であり人材育成である、これを間違ってしまうと個別企業に利益が残らない。すなわち、売上高が高くとも、仕入れ先や販売先に利益が流れてしまい、(その個別企業の固有価値がないから)管理費が残らなくなるからだ。
官僚たちが資本主義と日本経済社会のために働くとすれば、こういった民間個別企業の方針を具体的に支援することである。ところが、日本の官僚は、国民支配欲望が強いから、無節操にソ連7ヵ年計画を真似て経済政策を実施したし、資本主義原理を無視して統制経済でもって商品流通を阻害もしたし、そんな歴史を繰り返しているのだ。(だいたい、キリスト教・イスラム教では、公務員は奴隷仕事と教わる)。
§個別企業でも、方策により前途洋々とした道が
さまざまな知恵を出せば開ける。それは、狙いは世界約1億人の富裕層に向けて、日本から「高付加価値製品&高水準サービス」の商品を提供することである。世界的な経済の影響を受けることは仕方がない。だがしかし、量産と薄利を求めて海外進出するばかりが生きる道ではなく、あげく中国系資本などに買収される落ち目は避けられるからだ。(企業も労働者も中国に買収されてしまうのは、ひとえに金融や金銭のみを追い求めて働かされていることによる)。
その国際市場は日本国内に作ることは可能で、そこから個別企業は日本国内を拠点とし、新たな語学もバイヤーも人材も不要なのである。その大きな根拠となるのは、およそで説明すれば
1.経済活動の場は都市であり、楽市楽座であること
2.そのためには法秩序と統治によって安心感と安全を確保すること
3.外敵や不正から守られて、初めてイノベーションの余裕が出ること
この条件に、日本国内の大都市は当てはまるところが多い。
ソウル、釜山、上海、北京、香港、マニラ、シンガポールと数えてみても、信号無視から始まり凶悪犯まで、安心感・安全都市ではない。実に世界の情報交流事情は様々で、ポイントは情報がICT機器で交わされるとしても、「経済取引の対面:場づくり」(共通空間)なのである。日本の西方面の国のような、誰かが情報を集約し、誰かが気に入らないからハッカー行為をするといった行政は、この「場づくり」を否定するから、新産業やイノベーションが衰退するのだ。あげく、商品に付加価値(特に固有価値)を含ませないで、(東京電力の様に)産業の足を引っ張ることにもなるのだ。
要するに、日本と日本人の安心感と安全を軸に、世界1億人富裕層の商品市場(場づくり)を日本に作ればよいのである。
§固有価値が取引される、国際的「楽市楽座」なら?
国内各地で「地域の活性化」のためのフリーマーケット(楽市楽座)が流行しようとしている。
1.商業ベースのフリーマーケット(自由ではなく規律と規則正しさを求められ、場所料は5千円以上)は衰退を待つしかない。事実、身近な公園などでの参加料の安いフリーマーケットは盛況である。身近な方がデフレ時代の波に乗っている。
2.フリマ開催規則など作らず、暴力団と刑事事件の未然防止対策だけに限り、あとは参加者自由運営だから盛況である。それは、大型都市の大規模店舗売り上げが低迷する一方で、近所のターミナル近くの専門店が売り上げを伸ばしていることと共通している。すなわち、精神的にも物理的にも「楽市楽座」の手法が必要なのである。
3.市場開拓は、従来のカテゴリーの組織や、その組織が行うマーケティング方式では不能を呈している。いずれにしても、国民総生産の統計数値に現われない「地下経済」だが、在日外国人は違和感を思っておらず、急速に膨張していることは間違いない。
4.いつのことやら分からない大言壮語に期待していても仕方がないし、何もしなければ即自滅である。
5.「付加価値」などといった、ぼーっとしたことを言っていないで、明文化できる固有価値が取引される、「フリーマーケット=楽市楽座」は、新たな「経済の豊かさ&成長」の視点になり得る。(次のHPの研究報告の欄)。
http://www.soumubu.jp/new.html
こういった根拠から、「国際的な楽市楽座」の場(共通空間)となれば、経済の世界的重要拠点になれるのだ。情報プラットホームでは、新規経済活動の役には立たない、それは、その場の即座の行動力が伴わないからだ。(その他、経済史や経済学的根拠の説明は、このメルマガでは、ただでさえ文章が長いと言われているので省略)。
§この年度末、消費税だの何だの陰で…
次々と重要法案を成立させている。まるで国民に知れわたる前に仕上げを急いでいる官僚のやり口そのものである。だから、海外に配信された情報を見てから、国内情報の把握を要している。
【税と社会保障一体化の関連法】
…これは個々人の人生設計を決めるから、国民の意識や勤労意欲を左右する。ところで、2010年の年金保険料未納率が40.7%、20歳から24歳は50.8%、25歳から29歳は53.7%と厚労省は発表しており、年金制度は崩壊している。若者が老人を支えると言いながら、既に支えることはやめているのだ。にも関わらず、官僚が生き延びるための財政構想としか言いようのない代物である。
【マイナンバー制度は】
…個々人番号付け、隅々から源泉徴収・社会保険料を徴収して、その年間額4兆円程度である。
(後のコンテンツで、その徴収手法を解説)
【法人の番号制度】(マイナンバーに含む)
…情報保護の対象に法人番号は入っていない。そのため、ありとあらゆる所で使用されるであろうし、それが官僚たちの思惑である。その狙いは年間6兆円を超えると言われる脱税額の回収である。個人の番号付けと併せて法案提出し、別目的なのにどさくさまぎれで決めてしまおうとする手法である。かつ脱税は悪との「正論」を掲げているので、国会議員・業界団体は反対したくても出来なくさせられている。
【労働者派遣制度・終了に向けて法改正】
…直接規制するというよりも今回の改正は、派遣業者の苦しい経営を直撃することで、制度や事業を縮小させようというものである。なぜなら、派遣制度には期間契約の労働契約が不可欠であるが、この有期の労働契約に関する法改正で本命を狙っているからだ。
(後のコンテンツで解説)
【期間を定めた労働契約の法改正の動き】
…戦前日本の期間5年の「労働契約&年季奉公システム」は労働生産性の足を引っ張るだけではなく資本主義経済の障害ともなっていた。戦後は終身雇用の理想を掲げて労働力を確保したかにみえたが、体を張って文句を言った世代だけは恩恵を受けたが、もとより実体のない年金制度と年功序列賃金によって国民に付けがまわってきた。
また、硬直した労働市場と職業能力向上を度外視したための弊害を、労働者派遣制度で克服(特に女性の技能労働市場の形成)しようと試みたが、1997年職安法改正&1999年派遣法改正で失敗、無秩序な労働市場&職業能力下落を引き起こしてしまった。この経緯のもとでの労働契約法改正が進められているわけだ。
(後のコンテンツで法改正骨子を解説)
¶マイナンバー制度の落とし穴(源泉・社保料)
税と社会保険料の一体化の具体策として、個人番号(マイナンバー制度)で国が納税と社会保険料を徴収一本化することは、前号の総務部メルマガで報告した通りである。扶養家族申告書、確定申告書、源泉徴収票、社会保険算定基礎届、賃金計算明細書その他、ありとあらゆる箇所に「マイナンバー」を記入させる方法だ。
だが、インフォーマルな事情・情報は、政府も官僚も、いずれも政党も議論から外している。
確かに、大手企業にあっては無関係な部分も多く、かつ、実際の給与・経理・税務事務を行っている者でなければ分からない部分がある。さて、当の税務行政や社会保険行政の公務員たちは百も承知、それを取り仕切る官僚たちも、この上なく承知している実態がある。だからこそ、一挙に実施しない策に出ており、とにかく、一挙に導入せず、社会問題化しないように計画している。その実務におけるそれは、
1.月額87,000円未満の者の源泉徴収の開始
中小企業の経営者で、87,000未満なら所得税非課税と思っている人も多く、そう思っている労働者も多い。これをマイナンバー記入がなければ、給与を経費と認めない制度としている。
2.毎年度末に集める扶養家族申告書に、被扶養者のマイナンバー記入
これにより、被扶養者の給与収入はすべて税務署が合算して計算するから、所得税の対象となる。高校生のバイト、主婦のパート、祖父母の収入など一目瞭然である。源泉徴収の還付を求めて確定申告をすれば、さらに家計収入は一目瞭然。
……ここに制度の狙いがあり、所得税5%+住民税10%が課税される。
3.個々人の給与所得額から社会保険の加入状況を洗い出す作業
昔々、給与所得と社会保険の突き合わせをやっていたが、これをICT技術で復活。
折しも厚労省は未加入被保険者を3年以内に半減させる目標の方針を決定した。
……ダブルで1週間に30時間以上働く者の保険加入に実施の地ならしである。
(社会保険料の支払は、より多くの時間働かせた事業主の義務である)。
4.雇用保険や労災保険の保険料算定基礎にも使用
……すぐさまではないにしろ、当然のごとくマイナンバーの使用は拡大される。
5.法人のマイナンバーは、個人ではないから情報保護の対象外
法人マイナンバーは調査会社も競合会社も利用出来るから、密告社会を促進するし、詐欺に使用することも想定内である。こういったマイナス社会とならないための具体策は検討されていない。現在日本のポピュリズムは、単なる付和雷同といった低レベル意識であるから危険極まりない。だが、「国破れても、官僚は残る」とする目的であるから、差支えないとしているにすぎない。さらに、法人の預金が金融機関を超えて名寄せされる道を開くことになる。
……これで、資本主義の原則である金融機関の情報守秘が崩される。
6.生産やサービスの現業部門の、経済システムを直撃
マイナンバー制度を回避する策は、外注(SOHOとか内職)しか残っていない。
だが、時間で労働者を指揮命令する方式を、完成品のみで納入させる方式に変更は不能だ。民法が改正されて、役務提供契約が施行されれば労働者性はますます高くなる。出来高制としても、出来高賃金を支払うのであればマイナンバー制度適用である。だから、無理に外注を推進すれば、近代経済システムの柱となっている、「労働の指揮と分配で価値創造を統制」することができなくなれば、資本主義の否定、すなわち、事業経営自体が運営不能となるのである。
……だかやはり、回避するために法の目をかいくぐっての外注は増加する。そこに(米国:禁酒法のアル・カポネ、戦前日本の年季奉公=人身売買の様に)新たなブラック経済が生まれ暴力やカルトが横行、ICT機器を使って商品経済・商品流通を阻害する形態が発生することは目に見えている。
官僚や政治家には、こういった経済原理の存在までの洞察が出来るはずもない。
その賃金関係の増収額は4兆円余り
と推測される。税と社会保険料の増加する総額なのだが、大論議となっている行財政収入見通しには含まれていない。なによりも、対象とされる賃金所得が現実に果たしている効果とは、いわゆる貧困層の生活費補てん、主婦のヘソクリその他、いわゆる社会の潤滑的役割なのである。それは確かに地下経済の部分ではある。だが、イタリアのナポリ地方ではないが、国民総生産よりも消費支出が多いといった統計が存在するとしても、それなりの経済的豊かさの象徴であることは否めない。こういった議論を抜きにして、マイナンバー制度は進んでいる。そのうちに、「暴力団排除です」との意味不明な屁理屈が持ちだされ、暴力団でなければ賛成しろとの踏み絵を踏まされることで本来の社会福祉が侵される、まるで日本の西方向にある「この世の楽園」のごとく。
法人その他の脱税は6兆円程度
との話もささやかれている。だとすれば、脱税防止システムにのみ焦点を当てた制度を作れば良いのである。だが、年間6兆円の脱税を焦点としただけでは、官僚の敵側に政治家が回ってしまうのは自明の理、そこで「税と社会保障一体化論」に潜り含ませ政治家の口封じをはかっているのだ。なにせ脱税資金は政治家の資金源でもあるのだから。
¶期間を定めた契約の場合の労働契約法改正
== 来年度までの対策が不可欠 ==
今、日本経済社会に求められている新しいビジネスモデルに対応した、新しい労働力需給(採用~退職)までの企業内システムを創る上で、重要な法改正となる。それは、ビジネスチャンスでもあり、旧来のモデルであれば経営難の引き金ともなり得るものである。
その法改正の骨子が固まった。形態は労働契約法の改正(3/23法案を閣議決定)で行われる。国会にも提出され、早ければ雇い止め規制は10月1日に施行かもしれない。
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/180.html
だとすると、4月1日の新年度からの雇用契約で、その準備が必要となってくる。とりわけ、労働契約のうち期間契約は法改正により直撃されることとなる。
労働契約の終期を定めた終期契約は、5年を超えて雇用していたときには影響を受ける。単なる期間契約であれば、裁判所は期間契約が4年目に突入した場合、常用雇用と見なすから、今から期間の途中であっても、終期契約への変更が推奨である。
http://www.soumubu.jp/download/template/template1/2-t-nyusha/2-02.html
●主な法案骨子は次の通りである。
1.5年を超えて更新を重ねれば、労働者の申し出によって無期契約に転化。
2.雇止めを規制する判例法理が法定法理となること
3.期間(終期)労働者の不合理な差別を違法と扱うこと
【5年を超えて更新された労働契約】
契約の名称の如何を問わない。すなわち、契約社員、パート・アルバイト、派遣社員の何れであっても適用である。1週間の出勤日数も関係がない。期間契約、終期契約のいずれにしても、5年を超えれば労働者の申し出で常用雇用(無期契約)に転化する。転化するとは雇用契約が自動的に存在し、賃金支払の義務が生じるというわけある。
問題となるのは、前の労働契約と後の労働契約の間に、期間が空いていれば更新されていないとするのかどうかである。が、現在の議論では、「6ヵ月間の空白」が存在すれば期間が空いているとするなどの解釈が有力、6ヵ月未満だと継続と見なす方向である。
終期契約であれば、これの全部を直接適用されることはないが、新法施行から5年経過で無期契約に転化する。
ただし、週に数日働く程度で期間を何ヵ月も拘束しなければ、もとより数日ごとの期間契約と見なされるから5年を超えても無期契約に転化することは無くなるが、労働者を期間拘束する企業側の権利はなくなる。
期間契約や終期契約が無期契約に転化したとしても、そのことで賞与・退職金の対象者にはならない。ただし、社員と、無期契約に転化した正規雇用者との差異に関して、退職金有無、賞与の有無を、就業規則に記載することが不可欠だ。
例:「賞与は、この就業規則に定める社員にのみ支給する。」
:「退職金は、この就業規則に定める社員にのみ支給する。」
【雇止めを規制する判例法理】
とは、解雇一般の要件事実に加えて、
イ)臨時的又は補助的業務を基礎づける事実
ロ)更新の回数が少ないこと
ハ)労働契約の通算期間(4年目に突入していない)
ニ)更新の手続実態の存在を基礎づける事実
ホ)継続雇用の期待の排除を基礎づける事実
ヘ)継続雇用への期待防止を基礎づける事実
これら6つの要件について、一貫性を以て証明でき、事実一致性を以て書証その他が提出出来ることを指している。
一般的な期間契約であれば、おそらく多くの実態は法律違反とされる。裁判所は、現在でも期間契約が4年目に突入した場合、これを訴訟提起されたときは常用雇用と見なしている。すると、新法施行日以後、個々のケースを重要視する判例法理→法定法理が適用となるので、裁判所は審理を省略して、「定年までの常用雇用」と法定の故で裁決し、契約不履行の賠償を、直ちにさせるという枠組みになる。(法定法理となれば、まともな弁護士は引き受けないことにもなる)。
現状実態で、一番気になるところは、この6つの要件について、それぞれの事案ごとに、一貫性を以て証明でき、事実一致性を以て書証その他の提出が出来るまでに至っているか?である。
なお、期間契約での期間内の契約解除には、期間満了日までの遺失利益(100%賃金等)を補償しなければならないことは、正規社員より厳しい裁判所の扱いとなっている。案外、本社から指示をしていても、何の気なしに現場では手を抜いていて、いざというとき、書証その他の物が出てこないことがよくあるから、二重三重の制度設計が大切となる。
【期間(終期)労働者の不合理な差別】
とは、「有期雇用であることを理由とした正規労働者との労働条件の格差が不合理とみなされるときは、裁判所は是正措置や損害賠償を命じることができる」との解釈である。昇進昇格の賃金、教育、仕事内容、労働時間が主な労働条件格差の項目である。昇進昇格などは、特段の定めがない限り対象となる労働者にはならないから、そういった事項は不合理な差別とはならないようである。
【全体を通して言えること】
は、今の政権に変更した際に議論された、「非正規労働者の社員化」の路線は、結局のところ採らなかったということだ。いわゆるヨーロッパ型ではなくアメリカ型の雇用政策となった。正規や非正規、社員や期間契約社員を問わず、実体的な格差を具体的に縮小させようというわけである。もちろん、TPPの動きも踏まえてのことである。
民法の役務契約規定とあいまって、こうなれば抜本対策が必要となり、労働力を、いかに効率よく採用し、働いてもらうかのビジネスモデルを考えて、それから、新しい法制度をうまく使えないか?といった思考方法が必要となる。
日本経済の流れは
A.従来型の社員の数は絞り込み、
B.5年を超えた正規雇用者(賃金は高いかもしれない?)、
C.契約社員、契約は終期契約の雇用者に絞って5年以内の、一区切りの者
の3パターンとなるであろう。
(雇用における期間とは、週の出勤日数や労働時間に関係なく、2日以上の契約すべてを含む。日雇いは1日限りなので期間にはならない。派遣法の30日といった規定とは、別概念である)。
加えて、いま国会審議中のマイナンバー制度(平成27年1月導入)を(税と社会保障の一体化と)併せ考えれば、
イ)どれだけ「30時間/週」未満の者を活用できるか、
(方法は、ICT活用や募集・登録制度などに)、
ロ)そして、個別企業の商品の固有価値を提供できる人物を育てること、
……ここに、ほぼ全てがかかってくるといえる。
こういった経営環境の中、
高付加価値製品&高水準サービス(いわゆる固有価値)へと、日本の主なリーダーが、経済政策の舵を切っているわけだから、個別企業のビジネスモデル(いわゆる理想形)を間違えれば、努力するまでもなく、荒波(TPP・FTAの以前に)に会社ごと飲まれるといったこととなる。
¶労働者派遣法、役目を終える法改正成立
もう、派遣の事業形態は、日本での役目が終わったと、労働官僚は考えたようだ。この制度や「業務請負の形態」に携わった私としても、たしかに同感である。
http://www.asahi.com/politics/update/0307/TKY201203070523.html?ref=reca
派遣業者は、現在、単体では多額の借金を抱え、返済の当てもなく、そこに、この改正で経営を直撃された。
1.マージン率の公表で、派遣先からの受注敬遠材料が増え、
2.派遣先のニーズであった人件費コスト低減であったところ
これを背景で支えていた直雇用回避が
「派遣先企業が労働者に直接雇用契約を申し込んだとみなす制度」
で、出来なくなってしまい(3年後といってもすぐのこと)、
専門業務以外はビジネスモデルが成り立たないことになった。
あとは、「業務請負の形態」だが
偽装請負だと、違法派遣の場合と同じで、請負要件を整えられるかがカギとなる。
…だとすると、外注かアウトソーシングに帰結するから、やはり派遣業は終焉ビジネスとしか言いようがない。
(その点やはり、官僚は頭脳だけは優秀、政治家と派遣業者はもてあそばれた)。
派遣法改正の本命は、すでに案内の通り、一昨年の派遣法が成立難航したときから「期間を定めた労働契約の法改正」(この3月23日に法案を国会提出)に労働政策が移っていたのである。この労働契約法改正が成立すれば、非技能系派遣業のビジネスモデルは崩壊する。
・霞が関財務党、日本の引き廻し
・個別企業でも、方策により前途洋々とした道が
・固有価値が取引される、国際的「楽市楽座」なら?
・この年度末、消費税だの何だの陰で…
・マイナンバー制度の落とし穴(源泉・社保料)
・期間を定めた契約の場合の労働契約法改正
・労働者派遣法、役目を終える法改正成立
§霞が関財務党、日本の引き廻し
今や、政党の形式は持たず実態だけを持つ政治集団が、日本の社会経済を引き回している。それに対抗するのは、経済産業省から脱藩した形の元官僚たちである。この二大勢力に振り回されているのが、世界経済の暴風雨の中で、小さく身を潜めている経済活動家たちである。もちろん、デフレ経済の中では、投資をして経済活動することは致命傷、だから誰もがズッと時期を待っているのである。加えて、日本銀行が金融引き締めに入っているが、マスコミも含めひた隠しにされている。
「変化する新環境を読み取り、どう取り組むか!」が経営の本質だ。
ところが、ただ待っているだけの個別企業が多く、デフレ終息時に立ち上げる事業計画を練るとか、そのための教育訓練、職業能力の向上が行われていない。
世界をおしなべて物事の実行能力は、日本の官僚に勝るものはいなさそうだ。だからと云って、「画期的なこと」を表明しておきながら実際は官僚たちに妥協するのは裏切りである。また、経済活動で成功するはずもない官僚に、日本経済の先行きを任せることも、資本主義の原則に逸脱する行為である。だがこういった人たち、いずれの有名人も、心のどこかで「その地位にしがみ付きたい」とよぎった瞬間に、官僚言いなりの独裁者に変身するのである。
だから、総務人事部門は個別企業を拠りどころに、虎視眈々、毎日こつこつと手を打つことが大切なのだ。
最低限、
1.財務基盤を整備して現金を守る。現金を節約できる仕入れ在庫の流れ。
2.事業基盤を確保する。まず設備削減は大胆にする。
不得手な仕事はアウトソーシングして長期コスト削減する。
3.売り上げ基盤を再編成する。形骸化した「顧客ニーズ論」は否定する。
=社会合理性との整合性を保った商品開発=
例えば、商品を小分けすることで小家族向けの商品開発や販売工夫。
単位当たりの利益率が向上しても顧客から喜ばれる売り方。
サービスや仕様書の業務改善は、
個別企業のもっている固有価値を明文化することである。
それを生み出す体制づくり。
(ボストンコンサルティングの研究:世界大恐慌で生き残った企業実例などから)
…そのためのICT機器であり人材育成である、これを間違ってしまうと個別企業に利益が残らない。すなわち、売上高が高くとも、仕入れ先や販売先に利益が流れてしまい、(その個別企業の固有価値がないから)管理費が残らなくなるからだ。
官僚たちが資本主義と日本経済社会のために働くとすれば、こういった民間個別企業の方針を具体的に支援することである。ところが、日本の官僚は、国民支配欲望が強いから、無節操にソ連7ヵ年計画を真似て経済政策を実施したし、資本主義原理を無視して統制経済でもって商品流通を阻害もしたし、そんな歴史を繰り返しているのだ。(だいたい、キリスト教・イスラム教では、公務員は奴隷仕事と教わる)。
§個別企業でも、方策により前途洋々とした道が
さまざまな知恵を出せば開ける。それは、狙いは世界約1億人の富裕層に向けて、日本から「高付加価値製品&高水準サービス」の商品を提供することである。世界的な経済の影響を受けることは仕方がない。だがしかし、量産と薄利を求めて海外進出するばかりが生きる道ではなく、あげく中国系資本などに買収される落ち目は避けられるからだ。(企業も労働者も中国に買収されてしまうのは、ひとえに金融や金銭のみを追い求めて働かされていることによる)。
その国際市場は日本国内に作ることは可能で、そこから個別企業は日本国内を拠点とし、新たな語学もバイヤーも人材も不要なのである。その大きな根拠となるのは、およそで説明すれば
1.経済活動の場は都市であり、楽市楽座であること
2.そのためには法秩序と統治によって安心感と安全を確保すること
3.外敵や不正から守られて、初めてイノベーションの余裕が出ること
この条件に、日本国内の大都市は当てはまるところが多い。
ソウル、釜山、上海、北京、香港、マニラ、シンガポールと数えてみても、信号無視から始まり凶悪犯まで、安心感・安全都市ではない。実に世界の情報交流事情は様々で、ポイントは情報がICT機器で交わされるとしても、「経済取引の対面:場づくり」(共通空間)なのである。日本の西方面の国のような、誰かが情報を集約し、誰かが気に入らないからハッカー行為をするといった行政は、この「場づくり」を否定するから、新産業やイノベーションが衰退するのだ。あげく、商品に付加価値(特に固有価値)を含ませないで、(東京電力の様に)産業の足を引っ張ることにもなるのだ。
要するに、日本と日本人の安心感と安全を軸に、世界1億人富裕層の商品市場(場づくり)を日本に作ればよいのである。
§固有価値が取引される、国際的「楽市楽座」なら?
国内各地で「地域の活性化」のためのフリーマーケット(楽市楽座)が流行しようとしている。
1.商業ベースのフリーマーケット(自由ではなく規律と規則正しさを求められ、場所料は5千円以上)は衰退を待つしかない。事実、身近な公園などでの参加料の安いフリーマーケットは盛況である。身近な方がデフレ時代の波に乗っている。
2.フリマ開催規則など作らず、暴力団と刑事事件の未然防止対策だけに限り、あとは参加者自由運営だから盛況である。それは、大型都市の大規模店舗売り上げが低迷する一方で、近所のターミナル近くの専門店が売り上げを伸ばしていることと共通している。すなわち、精神的にも物理的にも「楽市楽座」の手法が必要なのである。
3.市場開拓は、従来のカテゴリーの組織や、その組織が行うマーケティング方式では不能を呈している。いずれにしても、国民総生産の統計数値に現われない「地下経済」だが、在日外国人は違和感を思っておらず、急速に膨張していることは間違いない。
4.いつのことやら分からない大言壮語に期待していても仕方がないし、何もしなければ即自滅である。
5.「付加価値」などといった、ぼーっとしたことを言っていないで、明文化できる固有価値が取引される、「フリーマーケット=楽市楽座」は、新たな「経済の豊かさ&成長」の視点になり得る。(次のHPの研究報告の欄)。
http://www.soumubu.jp/new.html
こういった根拠から、「国際的な楽市楽座」の場(共通空間)となれば、経済の世界的重要拠点になれるのだ。情報プラットホームでは、新規経済活動の役には立たない、それは、その場の即座の行動力が伴わないからだ。(その他、経済史や経済学的根拠の説明は、このメルマガでは、ただでさえ文章が長いと言われているので省略)。
§この年度末、消費税だの何だの陰で…
次々と重要法案を成立させている。まるで国民に知れわたる前に仕上げを急いでいる官僚のやり口そのものである。だから、海外に配信された情報を見てから、国内情報の把握を要している。
【税と社会保障一体化の関連法】
…これは個々人の人生設計を決めるから、国民の意識や勤労意欲を左右する。ところで、2010年の年金保険料未納率が40.7%、20歳から24歳は50.8%、25歳から29歳は53.7%と厚労省は発表しており、年金制度は崩壊している。若者が老人を支えると言いながら、既に支えることはやめているのだ。にも関わらず、官僚が生き延びるための財政構想としか言いようのない代物である。
【マイナンバー制度は】
…個々人番号付け、隅々から源泉徴収・社会保険料を徴収して、その年間額4兆円程度である。
(後のコンテンツで、その徴収手法を解説)
【法人の番号制度】(マイナンバーに含む)
…情報保護の対象に法人番号は入っていない。そのため、ありとあらゆる所で使用されるであろうし、それが官僚たちの思惑である。その狙いは年間6兆円を超えると言われる脱税額の回収である。個人の番号付けと併せて法案提出し、別目的なのにどさくさまぎれで決めてしまおうとする手法である。かつ脱税は悪との「正論」を掲げているので、国会議員・業界団体は反対したくても出来なくさせられている。
【労働者派遣制度・終了に向けて法改正】
…直接規制するというよりも今回の改正は、派遣業者の苦しい経営を直撃することで、制度や事業を縮小させようというものである。なぜなら、派遣制度には期間契約の労働契約が不可欠であるが、この有期の労働契約に関する法改正で本命を狙っているからだ。
(後のコンテンツで解説)
【期間を定めた労働契約の法改正の動き】
…戦前日本の期間5年の「労働契約&年季奉公システム」は労働生産性の足を引っ張るだけではなく資本主義経済の障害ともなっていた。戦後は終身雇用の理想を掲げて労働力を確保したかにみえたが、体を張って文句を言った世代だけは恩恵を受けたが、もとより実体のない年金制度と年功序列賃金によって国民に付けがまわってきた。
また、硬直した労働市場と職業能力向上を度外視したための弊害を、労働者派遣制度で克服(特に女性の技能労働市場の形成)しようと試みたが、1997年職安法改正&1999年派遣法改正で失敗、無秩序な労働市場&職業能力下落を引き起こしてしまった。この経緯のもとでの労働契約法改正が進められているわけだ。
(後のコンテンツで法改正骨子を解説)
¶マイナンバー制度の落とし穴(源泉・社保料)
税と社会保険料の一体化の具体策として、個人番号(マイナンバー制度)で国が納税と社会保険料を徴収一本化することは、前号の総務部メルマガで報告した通りである。扶養家族申告書、確定申告書、源泉徴収票、社会保険算定基礎届、賃金計算明細書その他、ありとあらゆる箇所に「マイナンバー」を記入させる方法だ。
だが、インフォーマルな事情・情報は、政府も官僚も、いずれも政党も議論から外している。
確かに、大手企業にあっては無関係な部分も多く、かつ、実際の給与・経理・税務事務を行っている者でなければ分からない部分がある。さて、当の税務行政や社会保険行政の公務員たちは百も承知、それを取り仕切る官僚たちも、この上なく承知している実態がある。だからこそ、一挙に実施しない策に出ており、とにかく、一挙に導入せず、社会問題化しないように計画している。その実務におけるそれは、
1.月額87,000円未満の者の源泉徴収の開始
中小企業の経営者で、87,000未満なら所得税非課税と思っている人も多く、そう思っている労働者も多い。これをマイナンバー記入がなければ、給与を経費と認めない制度としている。
2.毎年度末に集める扶養家族申告書に、被扶養者のマイナンバー記入
これにより、被扶養者の給与収入はすべて税務署が合算して計算するから、所得税の対象となる。高校生のバイト、主婦のパート、祖父母の収入など一目瞭然である。源泉徴収の還付を求めて確定申告をすれば、さらに家計収入は一目瞭然。
……ここに制度の狙いがあり、所得税5%+住民税10%が課税される。
3.個々人の給与所得額から社会保険の加入状況を洗い出す作業
昔々、給与所得と社会保険の突き合わせをやっていたが、これをICT技術で復活。
折しも厚労省は未加入被保険者を3年以内に半減させる目標の方針を決定した。
……ダブルで1週間に30時間以上働く者の保険加入に実施の地ならしである。
(社会保険料の支払は、より多くの時間働かせた事業主の義務である)。
4.雇用保険や労災保険の保険料算定基礎にも使用
……すぐさまではないにしろ、当然のごとくマイナンバーの使用は拡大される。
5.法人のマイナンバーは、個人ではないから情報保護の対象外
法人マイナンバーは調査会社も競合会社も利用出来るから、密告社会を促進するし、詐欺に使用することも想定内である。こういったマイナス社会とならないための具体策は検討されていない。現在日本のポピュリズムは、単なる付和雷同といった低レベル意識であるから危険極まりない。だが、「国破れても、官僚は残る」とする目的であるから、差支えないとしているにすぎない。さらに、法人の預金が金融機関を超えて名寄せされる道を開くことになる。
……これで、資本主義の原則である金融機関の情報守秘が崩される。
6.生産やサービスの現業部門の、経済システムを直撃
マイナンバー制度を回避する策は、外注(SOHOとか内職)しか残っていない。
だが、時間で労働者を指揮命令する方式を、完成品のみで納入させる方式に変更は不能だ。民法が改正されて、役務提供契約が施行されれば労働者性はますます高くなる。出来高制としても、出来高賃金を支払うのであればマイナンバー制度適用である。だから、無理に外注を推進すれば、近代経済システムの柱となっている、「労働の指揮と分配で価値創造を統制」することができなくなれば、資本主義の否定、すなわち、事業経営自体が運営不能となるのである。
……だかやはり、回避するために法の目をかいくぐっての外注は増加する。そこに(米国:禁酒法のアル・カポネ、戦前日本の年季奉公=人身売買の様に)新たなブラック経済が生まれ暴力やカルトが横行、ICT機器を使って商品経済・商品流通を阻害する形態が発生することは目に見えている。
官僚や政治家には、こういった経済原理の存在までの洞察が出来るはずもない。
その賃金関係の増収額は4兆円余り
と推測される。税と社会保険料の増加する総額なのだが、大論議となっている行財政収入見通しには含まれていない。なによりも、対象とされる賃金所得が現実に果たしている効果とは、いわゆる貧困層の生活費補てん、主婦のヘソクリその他、いわゆる社会の潤滑的役割なのである。それは確かに地下経済の部分ではある。だが、イタリアのナポリ地方ではないが、国民総生産よりも消費支出が多いといった統計が存在するとしても、それなりの経済的豊かさの象徴であることは否めない。こういった議論を抜きにして、マイナンバー制度は進んでいる。そのうちに、「暴力団排除です」との意味不明な屁理屈が持ちだされ、暴力団でなければ賛成しろとの踏み絵を踏まされることで本来の社会福祉が侵される、まるで日本の西方向にある「この世の楽園」のごとく。
法人その他の脱税は6兆円程度
との話もささやかれている。だとすれば、脱税防止システムにのみ焦点を当てた制度を作れば良いのである。だが、年間6兆円の脱税を焦点としただけでは、官僚の敵側に政治家が回ってしまうのは自明の理、そこで「税と社会保障一体化論」に潜り含ませ政治家の口封じをはかっているのだ。なにせ脱税資金は政治家の資金源でもあるのだから。
¶期間を定めた契約の場合の労働契約法改正
== 来年度までの対策が不可欠 ==
今、日本経済社会に求められている新しいビジネスモデルに対応した、新しい労働力需給(採用~退職)までの企業内システムを創る上で、重要な法改正となる。それは、ビジネスチャンスでもあり、旧来のモデルであれば経営難の引き金ともなり得るものである。
その法改正の骨子が固まった。形態は労働契約法の改正(3/23法案を閣議決定)で行われる。国会にも提出され、早ければ雇い止め規制は10月1日に施行かもしれない。
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/180.html
だとすると、4月1日の新年度からの雇用契約で、その準備が必要となってくる。とりわけ、労働契約のうち期間契約は法改正により直撃されることとなる。
労働契約の終期を定めた終期契約は、5年を超えて雇用していたときには影響を受ける。単なる期間契約であれば、裁判所は期間契約が4年目に突入した場合、常用雇用と見なすから、今から期間の途中であっても、終期契約への変更が推奨である。
http://www.soumubu.jp/download/template/template1/2-t-nyusha/2-02.html
●主な法案骨子は次の通りである。
1.5年を超えて更新を重ねれば、労働者の申し出によって無期契約に転化。
2.雇止めを規制する判例法理が法定法理となること
3.期間(終期)労働者の不合理な差別を違法と扱うこと
【5年を超えて更新された労働契約】
契約の名称の如何を問わない。すなわち、契約社員、パート・アルバイト、派遣社員の何れであっても適用である。1週間の出勤日数も関係がない。期間契約、終期契約のいずれにしても、5年を超えれば労働者の申し出で常用雇用(無期契約)に転化する。転化するとは雇用契約が自動的に存在し、賃金支払の義務が生じるというわけある。
問題となるのは、前の労働契約と後の労働契約の間に、期間が空いていれば更新されていないとするのかどうかである。が、現在の議論では、「6ヵ月間の空白」が存在すれば期間が空いているとするなどの解釈が有力、6ヵ月未満だと継続と見なす方向である。
終期契約であれば、これの全部を直接適用されることはないが、新法施行から5年経過で無期契約に転化する。
ただし、週に数日働く程度で期間を何ヵ月も拘束しなければ、もとより数日ごとの期間契約と見なされるから5年を超えても無期契約に転化することは無くなるが、労働者を期間拘束する企業側の権利はなくなる。
期間契約や終期契約が無期契約に転化したとしても、そのことで賞与・退職金の対象者にはならない。ただし、社員と、無期契約に転化した正規雇用者との差異に関して、退職金有無、賞与の有無を、就業規則に記載することが不可欠だ。
例:「賞与は、この就業規則に定める社員にのみ支給する。」
:「退職金は、この就業規則に定める社員にのみ支給する。」
【雇止めを規制する判例法理】
とは、解雇一般の要件事実に加えて、
イ)臨時的又は補助的業務を基礎づける事実
ロ)更新の回数が少ないこと
ハ)労働契約の通算期間(4年目に突入していない)
ニ)更新の手続実態の存在を基礎づける事実
ホ)継続雇用の期待の排除を基礎づける事実
ヘ)継続雇用への期待防止を基礎づける事実
これら6つの要件について、一貫性を以て証明でき、事実一致性を以て書証その他が提出出来ることを指している。
一般的な期間契約であれば、おそらく多くの実態は法律違反とされる。裁判所は、現在でも期間契約が4年目に突入した場合、これを訴訟提起されたときは常用雇用と見なしている。すると、新法施行日以後、個々のケースを重要視する判例法理→法定法理が適用となるので、裁判所は審理を省略して、「定年までの常用雇用」と法定の故で裁決し、契約不履行の賠償を、直ちにさせるという枠組みになる。(法定法理となれば、まともな弁護士は引き受けないことにもなる)。
現状実態で、一番気になるところは、この6つの要件について、それぞれの事案ごとに、一貫性を以て証明でき、事実一致性を以て書証その他の提出が出来るまでに至っているか?である。
なお、期間契約での期間内の契約解除には、期間満了日までの遺失利益(100%賃金等)を補償しなければならないことは、正規社員より厳しい裁判所の扱いとなっている。案外、本社から指示をしていても、何の気なしに現場では手を抜いていて、いざというとき、書証その他の物が出てこないことがよくあるから、二重三重の制度設計が大切となる。
【期間(終期)労働者の不合理な差別】
とは、「有期雇用であることを理由とした正規労働者との労働条件の格差が不合理とみなされるときは、裁判所は是正措置や損害賠償を命じることができる」との解釈である。昇進昇格の賃金、教育、仕事内容、労働時間が主な労働条件格差の項目である。昇進昇格などは、特段の定めがない限り対象となる労働者にはならないから、そういった事項は不合理な差別とはならないようである。
【全体を通して言えること】
は、今の政権に変更した際に議論された、「非正規労働者の社員化」の路線は、結局のところ採らなかったということだ。いわゆるヨーロッパ型ではなくアメリカ型の雇用政策となった。正規や非正規、社員や期間契約社員を問わず、実体的な格差を具体的に縮小させようというわけである。もちろん、TPPの動きも踏まえてのことである。
民法の役務契約規定とあいまって、こうなれば抜本対策が必要となり、労働力を、いかに効率よく採用し、働いてもらうかのビジネスモデルを考えて、それから、新しい法制度をうまく使えないか?といった思考方法が必要となる。
日本経済の流れは
A.従来型の社員の数は絞り込み、
B.5年を超えた正規雇用者(賃金は高いかもしれない?)、
C.契約社員、契約は終期契約の雇用者に絞って5年以内の、一区切りの者
の3パターンとなるであろう。
(雇用における期間とは、週の出勤日数や労働時間に関係なく、2日以上の契約すべてを含む。日雇いは1日限りなので期間にはならない。派遣法の30日といった規定とは、別概念である)。
加えて、いま国会審議中のマイナンバー制度(平成27年1月導入)を(税と社会保障の一体化と)併せ考えれば、
イ)どれだけ「30時間/週」未満の者を活用できるか、
(方法は、ICT活用や募集・登録制度などに)、
ロ)そして、個別企業の商品の固有価値を提供できる人物を育てること、
……ここに、ほぼ全てがかかってくるといえる。
こういった経営環境の中、
高付加価値製品&高水準サービス(いわゆる固有価値)へと、日本の主なリーダーが、経済政策の舵を切っているわけだから、個別企業のビジネスモデル(いわゆる理想形)を間違えれば、努力するまでもなく、荒波(TPP・FTAの以前に)に会社ごと飲まれるといったこととなる。
¶労働者派遣法、役目を終える法改正成立
もう、派遣の事業形態は、日本での役目が終わったと、労働官僚は考えたようだ。この制度や「業務請負の形態」に携わった私としても、たしかに同感である。
http://www.asahi.com/politics/update/0307/TKY201203070523.html?ref=reca
派遣業者は、現在、単体では多額の借金を抱え、返済の当てもなく、そこに、この改正で経営を直撃された。
1.マージン率の公表で、派遣先からの受注敬遠材料が増え、
2.派遣先のニーズであった人件費コスト低減であったところ
これを背景で支えていた直雇用回避が
「派遣先企業が労働者に直接雇用契約を申し込んだとみなす制度」
で、出来なくなってしまい(3年後といってもすぐのこと)、
専門業務以外はビジネスモデルが成り立たないことになった。
あとは、「業務請負の形態」だが
偽装請負だと、違法派遣の場合と同じで、請負要件を整えられるかがカギとなる。
…だとすると、外注かアウトソーシングに帰結するから、やはり派遣業は終焉ビジネスとしか言いようがない。
(その点やはり、官僚は頭脳だけは優秀、政治家と派遣業者はもてあそばれた)。
派遣法改正の本命は、すでに案内の通り、一昨年の派遣法が成立難航したときから「期間を定めた労働契約の法改正」(この3月23日に法案を国会提出)に労働政策が移っていたのである。この労働契約法改正が成立すれば、非技能系派遣業のビジネスモデルは崩壊する。
2012/03/06
第119号
<コンテンツ>
・一挙に空洞化のおこる危険
・例えば半導体、なぜ日本から脱出
・だからといって、原子力発電で低価格?
・日本経済の外貨、もうけ頭
・ある人事労務担当者の悩み調査によると、
・だから起死回生=商品に固有価値を!
・商品形態の歴史的発生もそうであった。
・労働市場に激震=税と社会保険料の一体化
・解雇事件の判例・裁判例=動向(2012/02/21)
http://www.soumubu.jp/documents/kaikokenkyu.doc
・整理解雇事件の判決傾向(企業側敗訴率82%)
・整理解雇の4要件の政治的翻弄時期
・整理解雇4要件の、「人選の合理性基準」への疑義
・特定人物のプライバシーを調査することは
・解決金による自由解雇制度の行方
・解雇事件の判決直後の職場復帰
・整理解雇を避けるための配置転換の有効性
・専門職・専任職と言われる人たちの整理解雇
・社会制度や判例の将来展開
§一挙に空洞化のおこる危険
目先の空洞化対策が必要だ。日本経済は、うかうかしているどころではない。今や官僚の支配下となった日本政府の無策を話題にしていても仕方がない。
本省官僚は、マスコミ操作に躍起となっている。マスコミは肝心の、各省庁の経済や社会政策に及ぼすニュースを流さない。むしろ、記者クラブを通じての省庁記者会見や報道資料を流すだけ、これで世論誘導の協力者になっている。特ダネ、スクープは官僚から情報をもらえなくなるから(省庁からのリーク以外)扱わない。そこでマスコミの延命策なのか、コミックのような政策ネタに飛びついている。
「議論と問題提起」ばかり、あとの実行は無さそうなので、芸能ニュースより質が悪い。たとえば、大阪府は、財源借り入れ限度を引き上げて借金を増やし、府の帳簿を黒字化させた。マスコミは、「大阪府は赤字解消!」との、一貫性に欠ける事実を報道し、真実報道からは逃げた。官僚たちは、こういったマスコミが自社経営を優先する姿勢を見透かしている。
官僚は、「国破れても、官僚たちは残る」との経済体制転換に必死である。得意な計画経済を、いまだ法律と権力行使で続けたいようだ。OBや省庁から飛び出した官僚も同じ穴のムジナ、こぞって地方自治体に首を突っ込んでいる。
¶例えば半導体、なぜ日本から脱出
しているのかの原因である。根本的には半導体企業の電気コストが高いからである。撤退している半導体工場の経費の30~40%は電気料金と言われている。日本からアルミ精錬がなくなったのも電気料金であった。もとより人件費は高いのであるが、韓国の電気代は日本の半分だ(韓国からの電気輸入も検討されている)。だから、円高も原因のひとつだが、それは眼目の近因にすぎない。そこで、国内の半導体事業は長期展望でもって、工場を持たない研究・開発を進める方向である。だから、工場生産をイメージする経営哲学からは、空洞化の道しか残っていないとしか見えないのだ。そういう意味での空洞化ではあるが、うっかりすれば本当に経済全体が空洞化する。
¶だからといって、原子力発電で低価格?
の電気が製造できるわけでもない。それどころか、日本の電気料金が高いのは送電距離が長いために送電コストがかかるからだ。何も電力会社が独占価格で高値販売しているだけではない。そもそもヨーロッパでは、多くが電力発電は地域地場産業であり、原子力発電や大型発電は輸出用の電力商品である。ここに日本の電力価格の根本問題がある。終戦直後、日本の電力会社労使はGHQと対決して水力発電から火力発電へと発電方法を転換した。この段階では、発電所が地域分散していたから送電コストの割合は低かった。それが、原子力発電に移行するとともに送電費用が嵩んだことは否めない。だから電力産業は、原子力発電の代替発電が焦点ではなく、如何に日本の電力価格を引き下げるかなのである。このままでは、電力産業は空洞化するのである。ここが電力問題のポイント、下世話なマスコミの報道と異なるのだ。
¶日本経済の外貨、もうけ頭
であった自動車、家電、半導体はおろか、国内基幹産業の電源電力、通信、物流までもが空洞化しているはずである。なぜそれが見えないのか、なぜマスコミが取り上げないのかといえば、その経営哲学的理由は簡単である。それは、計画経済の着想で経営をするから、現実を調査分析して発想するわけにはいかないからだ。「イノベーションさえ出来れば!」と叫んでみても、所詮は計画経済の枠の中である。=よく考えてみよう、まるで昔のソ連や中国がやっていたことと、彼ら国営ニュースで流していた内容と、何ら変わり無いといった本質が今の日本である。それぞれの産業分析は省略。
こういった事情から、ニッチ産業とかサービス業といったすき間を狙う産業、これがもてはやされているのだから、たったそれだけのことにすぎない。日本経済全体の価値創造からすれば、どうみたところで経済効果が上がっているわけではない。所詮は、価値の奪い合いにしかすぎない現状だ。確かに、それは目前の会社経営では不可欠なポイントではあるが、
1.確実に社員の能力を低下させ、
2.組織として創造する価値は減少し、
3.顧客に価値を提供できないから値下げや契約解除を招来する。
すなわち、経営がジリ貧になっているのは、ここに問題の本質があるからなのだ。
¶ある人事労務担当者の悩み調査によると、
現在の大手企業における担当者の悩みは、「採用と育成」だとしている。その中身は求める人材が集まらないことと、教育訓練の効果が上がらないということだそうだ。この調査は、どのように考えてみてもアンケートの回答者の、表面意見を集計しただけで、物事の本質を調査するに至っていない。ただし、所詮は表面的な語句を並べて、調査結果を発表した方が調査機関としては無難であるから、本質を突くような結論を出すわけにはいかないのだが…。加えて、論議を沸騰させるような調査結果を出そうものなら、人事・経営労務の基礎を学んだことのない人事部門社員からは、無知が故の批判が調査結果に対して集中するからだ。そうなると、調査を行った会社の売り上げが落ちることになるから、老舗の調査機関であっても、やはり無難な線を歩むことになっている。(もとより、調査側の労働者も無知な社員の方が、無難商品を問題意識なく作るのだから)。
¶だから起死回生=商品に固有価値を!
固有価値とは、使用価値に付加される価値なのである。計画経済の下で使用価値(効用価値)ばかりの論理で会社経営をするから、顧客の商品に対する価値増殖ができないから、商品価格を買いたたかれる道しか残らない。
まして根本思想は、「よい財を、より安く」である。
商品だけでなく、人間までがそうなってくるから、労働集約型産業にあっては、「良く仕事をできる人間を、より安く」となるのである。だから、営業部門が値下げ攻勢に後ずさりするのも、売る側としての大義は、安く売るとの哲学だから、次々と発注単価が引き下げられるだけのことなのだ。
そこへ最低賃金とか社会保険料などと念仏を唱えるように、計画経済の官僚が持ち込むものだから、経営も破綻する。官僚も最近はグループに分かれ、地方行政に首を突っ込むグループもあるが、もとより官僚は計画経済のことしか考えないから、どのみち計画のスピードにしか差異がない。
だから民間経営管理では、商品価値を単に使用価値(効用価値)だけと決めつけるのではなく、固有価値という論理明解な付加価値を加えて、世界約1億人の富裕層に売り込むことが重要なのである。労働の固有価値をビジネスプランに組み込まない限り、価格戦略・販売戦略も成り立ち得ない。特に、中堅・中小企業は小回りが利くのだから、能のないコスト・カットはやめて、「固有価値:付加商品」を売りだせばよいのである。
1.最終輸出先(最終消費者の逆)は、世界約1億人富裕層である。
2.その市場は日本国内が拠点となる。海外拠点ではない!
3.個別企業に、語学もバイヤーも人材も不要である。
これをマスコミの素人に耳打ちされて、経営側が間違えてはいけないのである。
(研究報告を参照)http://www.soumubu.jp/new.html
¶商品形態の歴史的発生もそうであった。
そもそも、現在のような商品の概念ができたのは16世紀の半ばである。いみじくも450年ぶりの金融危機と言われる現代と一致しているのだ。商品についての経済学研究はもっぱらヨーロッパであり、日本での歴史的研究はやっと始まった(二宮尊徳ほか)ばかりだ。
中世は商品経済でなく、道具といえば農民が自家用に作った物、一部を除いては流通売買されるような代物ではなかった。それが16世紀になると交易品として商品が現れる。その時代、ニコラス・バーボン(1640~1698、貿易商、世界初の火災保険会社を設立)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%B3
が、「本来具わっている、光り輝くもの」(当時の英語ではintrinsick virtue)を提唱。これを名誉革命後に、ジョン・ロック(1632~1704、当時の政治経済社会の政策家)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF
とともに、封建的経済をつぶして、近代的経済政策を導入したのだ。今は当たり前になっている事柄ではあるが、その政策は次の3本柱だ。
1.市場での価格こそを公平正義ととらえることにする。
2.王様や貴族主導の貪欲的溜込経済政策を止める。
3.労働が組織され分配されることによる価値の創造。
……この経済哲学と経済政策でもって商品生産が支配的となり、制度充実とともに流通が発達したのである。
さて、これは昔話ではない。
固有価値という論理明解な付加価値は、まだ世界約1億人富裕層と、グローバルでは局所的ではあるが、現代はこれが実行出来るのである。その道具はICT産業革命であり、その主体と実行力は気の利いた若者なのである。
話を人事担当者の悩みに戻したとすれば、
果たして「採用と育成」に悩んでいるとした調査結果は、果たして何なのだろうか? 一部の大手企業のように、「日本育ちの学生は使い物にならない」との斬新的な話?は、まるっきり滑稽なのである。
§労働市場に激震=税と社会保険料の一体化
納税と社会保険料を個人番号(マイナンバー法)で国が徴収一本化をすることになると、労働集約産業の労働市場は大混乱となる。これを順次説明すると、
国税(所得税)+地方税(住民税)=賃金総額の約15%
社会保険料は、労使合わせて、賃金の27.5%
(労使折半!といえども、賃金削減に転嫁される)
【次のようなパターン】
1.税金を払わない労働者の例(非正規、学生バイト、専業主婦)
80,000円/月収(週20時間余の労働)=12,000円/月額税
2.最近多いダブルワークの例(非正規、学生バイト、共働主婦)
複数職場あわせ、150,000円/月収(週40時間弱の労働)
=22,500円/月額税&労使の社会保険料40,500円
※事業主に支払い義務があるから、当然、賃金は切り下がる。
※切り下がらなければ、その労働者は解雇される方向。
※社会保険料の複数箇所報酬の合算制度、既に法律に規定。
★家計収入マイナス63,000円/月額=家計収入は87,000円に激減。
★働かない方がまし!となると、また生活保護者が増える。
(ちなみに、現行都市部生活保護:ひとり125,700円/月)
さて、この直撃を受ける人達、
現在は個別事業所の源泉徴収とか、社会保険加入の対象者とはなっていない。だから間違いなく、労働関係の統計資料の上でも、非正規労働者にカウントされてもいない。日本全体の約5000万人の労働者に向けて、混乱が直撃することは間違いない。とりわけ、いわゆる中間層への打撃は、社会不安となって現れる。これはアメリカ政府が、中間層からの増税を進めたために社会不安が生じたことで実証されている。
パターン1 … 中間層家庭の専業主婦や親元生活若年層に集中
推計500万人~12,000円×12月×500万人=7200億円=増税額
パターン2 … 底辺層家庭の共働、生活保護寸前の低所得者
推計500万人~63,000円×12月×500万人=3兆7800億円
それぞれの推計人口を500万人としたが、この1000万人は、地下経済の労働者であるから、本当のところは分からない。現在は統計調査ができない部分だ。個人番号制である「マイナンバー」制度を導入すれば、確かに何万人ぐらいかの数字は、統計上で出て来る。そして徴収方法は、
扶養家族申告書、確定申告書、源泉徴収票、社会保険算定基礎届、賃金計算明細書その他、ありとあらゆる箇所に「マイナンバー」を記入させる方法だ。制度が出来ると、総務・人事・経理などの事務員に堅物優等生が活躍し、何でもパソコンに入力したがる単純頭脳者が蔓延している中、「税法の正義?」を振りかざされて、この直撃を受ける人達は「マイナンバー」を書かされるのである。そして、書いたが最後、突然収入が激減する世界に陥るのだ。
これでは、個別企業の労働者統制は混乱を来たしてしまう。
働いても収入増加につながらないから、労働意欲減退となり、そのツケは事業主に回って来る。もちろん、個人の購買力が低下することで益々売り上げが激減する。社会の治安は益々悪くなり、危険に遭遇する頻度が高くなる。
「国破れても、官僚たちは残る」そのものである。
この税額たるや、マスコミが話題にしている消費税の増税どころではない。
実は、税と社会保障の一体化の閣議決定書類(注目DATA)を流し読めば、ドサクサまぎれに累進課税強化など取れる税は何でも取ることがうかがえる。消費税増税案が国会で流れても、水面下で地下経済:労働者からかき集めようという意図が見えている。おそらく官僚たちは、「ボーっとしている女子供には文句は言えまい」と、タカをくくっているのは間違いなさそうだ。
けだし、仕事を受注し、労働者を雇い、労働の指揮と分配で価値創造を統制し、収益から納付義務(所得税&社会保険料)を負うのは、事業主である!
§解雇事件の判例・裁判例=動向(2012/02/21)
新年度から、ビジネスプランを転換しなければならないほどの経済環境がやってくることは否めない。リストラや経営改革どころではない。その場合、一挙に転換するビジネスプランに併せて整理解雇で切り抜ける時代である。そうでなければ借入金急増はおろか、労働集約型事業であれば売り上げ不振と人件費割合増で経営破綻を招くことが自然である。
この場合の整理解雇は、論理的には裁判所で認められているのである。ところが、それを理解しない法律家・専門家が多い。素人は「整理解雇」と名付けさえすれば、普通解雇も懲戒解雇も裁判では隠せると思い、敗訴しないと錯覚しているから恐ろしい。
先ほど来、筆者が提起している商品価値への固有価値の付加で経営を切り開くにしろ、何がしかの労働者の入れ替えは不可欠なのである。そういった場合、論理的には裁判所は認めることになるだろう。まして労働紛争に至ること自体を減少させることが可能なのである。だが、仮面だけ「整理解雇」としないためには、いったいどうすればよいのか。この論文は、銀行や経理部門などのコストカッターから、経営と仕事と商品を守る方策である。もとより単なる裁判敗訴を回避するためではない。
顧客需要の存在するビジネスプランを着想するイメージから、この研究論文を読んでいただければ、数限りないヒントが出て来ることは間違いないと思われる。
http://www.soumubu.jp/documents/kaikokenkyu.doc
この論文の目次は次の通り。
・整理解雇事件の判決傾向(企業側敗訴率82%)
・整理解雇の4要件の政治的翻弄時期
・整理解雇4要件の、「人選の合理性基準」への疑義
・特定人物のプライバシーを調査することは
・解決金による自由解雇制度の行方
・解雇事件の判決直後の職場復帰
・整理解雇を避けるための配置転換の有効性
・専門職・専任職と言われる人たちの整理解雇
・社会制度や判例の将来展開
こちらのWEB(当社の書式無料ダウンロードページ)の左下にも収録
http://www.soumubu.jp/download/
・一挙に空洞化のおこる危険
・例えば半導体、なぜ日本から脱出
・だからといって、原子力発電で低価格?
・日本経済の外貨、もうけ頭
・ある人事労務担当者の悩み調査によると、
・だから起死回生=商品に固有価値を!
・商品形態の歴史的発生もそうであった。
・労働市場に激震=税と社会保険料の一体化
・解雇事件の判例・裁判例=動向(2012/02/21)
http://www.soumubu.jp/documents/kaikokenkyu.doc
・整理解雇事件の判決傾向(企業側敗訴率82%)
・整理解雇の4要件の政治的翻弄時期
・整理解雇4要件の、「人選の合理性基準」への疑義
・特定人物のプライバシーを調査することは
・解決金による自由解雇制度の行方
・解雇事件の判決直後の職場復帰
・整理解雇を避けるための配置転換の有効性
・専門職・専任職と言われる人たちの整理解雇
・社会制度や判例の将来展開
§一挙に空洞化のおこる危険
目先の空洞化対策が必要だ。日本経済は、うかうかしているどころではない。今や官僚の支配下となった日本政府の無策を話題にしていても仕方がない。
本省官僚は、マスコミ操作に躍起となっている。マスコミは肝心の、各省庁の経済や社会政策に及ぼすニュースを流さない。むしろ、記者クラブを通じての省庁記者会見や報道資料を流すだけ、これで世論誘導の協力者になっている。特ダネ、スクープは官僚から情報をもらえなくなるから(省庁からのリーク以外)扱わない。そこでマスコミの延命策なのか、コミックのような政策ネタに飛びついている。
「議論と問題提起」ばかり、あとの実行は無さそうなので、芸能ニュースより質が悪い。たとえば、大阪府は、財源借り入れ限度を引き上げて借金を増やし、府の帳簿を黒字化させた。マスコミは、「大阪府は赤字解消!」との、一貫性に欠ける事実を報道し、真実報道からは逃げた。官僚たちは、こういったマスコミが自社経営を優先する姿勢を見透かしている。
官僚は、「国破れても、官僚たちは残る」との経済体制転換に必死である。得意な計画経済を、いまだ法律と権力行使で続けたいようだ。OBや省庁から飛び出した官僚も同じ穴のムジナ、こぞって地方自治体に首を突っ込んでいる。
¶例えば半導体、なぜ日本から脱出
しているのかの原因である。根本的には半導体企業の電気コストが高いからである。撤退している半導体工場の経費の30~40%は電気料金と言われている。日本からアルミ精錬がなくなったのも電気料金であった。もとより人件費は高いのであるが、韓国の電気代は日本の半分だ(韓国からの電気輸入も検討されている)。だから、円高も原因のひとつだが、それは眼目の近因にすぎない。そこで、国内の半導体事業は長期展望でもって、工場を持たない研究・開発を進める方向である。だから、工場生産をイメージする経営哲学からは、空洞化の道しか残っていないとしか見えないのだ。そういう意味での空洞化ではあるが、うっかりすれば本当に経済全体が空洞化する。
¶だからといって、原子力発電で低価格?
の電気が製造できるわけでもない。それどころか、日本の電気料金が高いのは送電距離が長いために送電コストがかかるからだ。何も電力会社が独占価格で高値販売しているだけではない。そもそもヨーロッパでは、多くが電力発電は地域地場産業であり、原子力発電や大型発電は輸出用の電力商品である。ここに日本の電力価格の根本問題がある。終戦直後、日本の電力会社労使はGHQと対決して水力発電から火力発電へと発電方法を転換した。この段階では、発電所が地域分散していたから送電コストの割合は低かった。それが、原子力発電に移行するとともに送電費用が嵩んだことは否めない。だから電力産業は、原子力発電の代替発電が焦点ではなく、如何に日本の電力価格を引き下げるかなのである。このままでは、電力産業は空洞化するのである。ここが電力問題のポイント、下世話なマスコミの報道と異なるのだ。
¶日本経済の外貨、もうけ頭
であった自動車、家電、半導体はおろか、国内基幹産業の電源電力、通信、物流までもが空洞化しているはずである。なぜそれが見えないのか、なぜマスコミが取り上げないのかといえば、その経営哲学的理由は簡単である。それは、計画経済の着想で経営をするから、現実を調査分析して発想するわけにはいかないからだ。「イノベーションさえ出来れば!」と叫んでみても、所詮は計画経済の枠の中である。=よく考えてみよう、まるで昔のソ連や中国がやっていたことと、彼ら国営ニュースで流していた内容と、何ら変わり無いといった本質が今の日本である。それぞれの産業分析は省略。
こういった事情から、ニッチ産業とかサービス業といったすき間を狙う産業、これがもてはやされているのだから、たったそれだけのことにすぎない。日本経済全体の価値創造からすれば、どうみたところで経済効果が上がっているわけではない。所詮は、価値の奪い合いにしかすぎない現状だ。確かに、それは目前の会社経営では不可欠なポイントではあるが、
1.確実に社員の能力を低下させ、
2.組織として創造する価値は減少し、
3.顧客に価値を提供できないから値下げや契約解除を招来する。
すなわち、経営がジリ貧になっているのは、ここに問題の本質があるからなのだ。
¶ある人事労務担当者の悩み調査によると、
現在の大手企業における担当者の悩みは、「採用と育成」だとしている。その中身は求める人材が集まらないことと、教育訓練の効果が上がらないということだそうだ。この調査は、どのように考えてみてもアンケートの回答者の、表面意見を集計しただけで、物事の本質を調査するに至っていない。ただし、所詮は表面的な語句を並べて、調査結果を発表した方が調査機関としては無難であるから、本質を突くような結論を出すわけにはいかないのだが…。加えて、論議を沸騰させるような調査結果を出そうものなら、人事・経営労務の基礎を学んだことのない人事部門社員からは、無知が故の批判が調査結果に対して集中するからだ。そうなると、調査を行った会社の売り上げが落ちることになるから、老舗の調査機関であっても、やはり無難な線を歩むことになっている。(もとより、調査側の労働者も無知な社員の方が、無難商品を問題意識なく作るのだから)。
¶だから起死回生=商品に固有価値を!
固有価値とは、使用価値に付加される価値なのである。計画経済の下で使用価値(効用価値)ばかりの論理で会社経営をするから、顧客の商品に対する価値増殖ができないから、商品価格を買いたたかれる道しか残らない。
まして根本思想は、「よい財を、より安く」である。
商品だけでなく、人間までがそうなってくるから、労働集約型産業にあっては、「良く仕事をできる人間を、より安く」となるのである。だから、営業部門が値下げ攻勢に後ずさりするのも、売る側としての大義は、安く売るとの哲学だから、次々と発注単価が引き下げられるだけのことなのだ。
そこへ最低賃金とか社会保険料などと念仏を唱えるように、計画経済の官僚が持ち込むものだから、経営も破綻する。官僚も最近はグループに分かれ、地方行政に首を突っ込むグループもあるが、もとより官僚は計画経済のことしか考えないから、どのみち計画のスピードにしか差異がない。
だから民間経営管理では、商品価値を単に使用価値(効用価値)だけと決めつけるのではなく、固有価値という論理明解な付加価値を加えて、世界約1億人の富裕層に売り込むことが重要なのである。労働の固有価値をビジネスプランに組み込まない限り、価格戦略・販売戦略も成り立ち得ない。特に、中堅・中小企業は小回りが利くのだから、能のないコスト・カットはやめて、「固有価値:付加商品」を売りだせばよいのである。
1.最終輸出先(最終消費者の逆)は、世界約1億人富裕層である。
2.その市場は日本国内が拠点となる。海外拠点ではない!
3.個別企業に、語学もバイヤーも人材も不要である。
これをマスコミの素人に耳打ちされて、経営側が間違えてはいけないのである。
(研究報告を参照)http://www.soumubu.jp/new.html
¶商品形態の歴史的発生もそうであった。
そもそも、現在のような商品の概念ができたのは16世紀の半ばである。いみじくも450年ぶりの金融危機と言われる現代と一致しているのだ。商品についての経済学研究はもっぱらヨーロッパであり、日本での歴史的研究はやっと始まった(二宮尊徳ほか)ばかりだ。
中世は商品経済でなく、道具といえば農民が自家用に作った物、一部を除いては流通売買されるような代物ではなかった。それが16世紀になると交易品として商品が現れる。その時代、ニコラス・バーボン(1640~1698、貿易商、世界初の火災保険会社を設立)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%B3
が、「本来具わっている、光り輝くもの」(当時の英語ではintrinsick virtue)を提唱。これを名誉革命後に、ジョン・ロック(1632~1704、当時の政治経済社会の政策家)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF
とともに、封建的経済をつぶして、近代的経済政策を導入したのだ。今は当たり前になっている事柄ではあるが、その政策は次の3本柱だ。
1.市場での価格こそを公平正義ととらえることにする。
2.王様や貴族主導の貪欲的溜込経済政策を止める。
3.労働が組織され分配されることによる価値の創造。
……この経済哲学と経済政策でもって商品生産が支配的となり、制度充実とともに流通が発達したのである。
さて、これは昔話ではない。
固有価値という論理明解な付加価値は、まだ世界約1億人富裕層と、グローバルでは局所的ではあるが、現代はこれが実行出来るのである。その道具はICT産業革命であり、その主体と実行力は気の利いた若者なのである。
話を人事担当者の悩みに戻したとすれば、
果たして「採用と育成」に悩んでいるとした調査結果は、果たして何なのだろうか? 一部の大手企業のように、「日本育ちの学生は使い物にならない」との斬新的な話?は、まるっきり滑稽なのである。
§労働市場に激震=税と社会保険料の一体化
納税と社会保険料を個人番号(マイナンバー法)で国が徴収一本化をすることになると、労働集約産業の労働市場は大混乱となる。これを順次説明すると、
国税(所得税)+地方税(住民税)=賃金総額の約15%
社会保険料は、労使合わせて、賃金の27.5%
(労使折半!といえども、賃金削減に転嫁される)
【次のようなパターン】
1.税金を払わない労働者の例(非正規、学生バイト、専業主婦)
80,000円/月収(週20時間余の労働)=12,000円/月額税
2.最近多いダブルワークの例(非正規、学生バイト、共働主婦)
複数職場あわせ、150,000円/月収(週40時間弱の労働)
=22,500円/月額税&労使の社会保険料40,500円
※事業主に支払い義務があるから、当然、賃金は切り下がる。
※切り下がらなければ、その労働者は解雇される方向。
※社会保険料の複数箇所報酬の合算制度、既に法律に規定。
★家計収入マイナス63,000円/月額=家計収入は87,000円に激減。
★働かない方がまし!となると、また生活保護者が増える。
(ちなみに、現行都市部生活保護:ひとり125,700円/月)
さて、この直撃を受ける人達、
現在は個別事業所の源泉徴収とか、社会保険加入の対象者とはなっていない。だから間違いなく、労働関係の統計資料の上でも、非正規労働者にカウントされてもいない。日本全体の約5000万人の労働者に向けて、混乱が直撃することは間違いない。とりわけ、いわゆる中間層への打撃は、社会不安となって現れる。これはアメリカ政府が、中間層からの増税を進めたために社会不安が生じたことで実証されている。
パターン1 … 中間層家庭の専業主婦や親元生活若年層に集中
推計500万人~12,000円×12月×500万人=7200億円=増税額
パターン2 … 底辺層家庭の共働、生活保護寸前の低所得者
推計500万人~63,000円×12月×500万人=3兆7800億円
それぞれの推計人口を500万人としたが、この1000万人は、地下経済の労働者であるから、本当のところは分からない。現在は統計調査ができない部分だ。個人番号制である「マイナンバー」制度を導入すれば、確かに何万人ぐらいかの数字は、統計上で出て来る。そして徴収方法は、
扶養家族申告書、確定申告書、源泉徴収票、社会保険算定基礎届、賃金計算明細書その他、ありとあらゆる箇所に「マイナンバー」を記入させる方法だ。制度が出来ると、総務・人事・経理などの事務員に堅物優等生が活躍し、何でもパソコンに入力したがる単純頭脳者が蔓延している中、「税法の正義?」を振りかざされて、この直撃を受ける人達は「マイナンバー」を書かされるのである。そして、書いたが最後、突然収入が激減する世界に陥るのだ。
これでは、個別企業の労働者統制は混乱を来たしてしまう。
働いても収入増加につながらないから、労働意欲減退となり、そのツケは事業主に回って来る。もちろん、個人の購買力が低下することで益々売り上げが激減する。社会の治安は益々悪くなり、危険に遭遇する頻度が高くなる。
「国破れても、官僚たちは残る」そのものである。
この税額たるや、マスコミが話題にしている消費税の増税どころではない。
実は、税と社会保障の一体化の閣議決定書類(注目DATA)を流し読めば、ドサクサまぎれに累進課税強化など取れる税は何でも取ることがうかがえる。消費税増税案が国会で流れても、水面下で地下経済:労働者からかき集めようという意図が見えている。おそらく官僚たちは、「ボーっとしている女子供には文句は言えまい」と、タカをくくっているのは間違いなさそうだ。
けだし、仕事を受注し、労働者を雇い、労働の指揮と分配で価値創造を統制し、収益から納付義務(所得税&社会保険料)を負うのは、事業主である!
§解雇事件の判例・裁判例=動向(2012/02/21)
新年度から、ビジネスプランを転換しなければならないほどの経済環境がやってくることは否めない。リストラや経営改革どころではない。その場合、一挙に転換するビジネスプランに併せて整理解雇で切り抜ける時代である。そうでなければ借入金急増はおろか、労働集約型事業であれば売り上げ不振と人件費割合増で経営破綻を招くことが自然である。
この場合の整理解雇は、論理的には裁判所で認められているのである。ところが、それを理解しない法律家・専門家が多い。素人は「整理解雇」と名付けさえすれば、普通解雇も懲戒解雇も裁判では隠せると思い、敗訴しないと錯覚しているから恐ろしい。
先ほど来、筆者が提起している商品価値への固有価値の付加で経営を切り開くにしろ、何がしかの労働者の入れ替えは不可欠なのである。そういった場合、論理的には裁判所は認めることになるだろう。まして労働紛争に至ること自体を減少させることが可能なのである。だが、仮面だけ「整理解雇」としないためには、いったいどうすればよいのか。この論文は、銀行や経理部門などのコストカッターから、経営と仕事と商品を守る方策である。もとより単なる裁判敗訴を回避するためではない。
顧客需要の存在するビジネスプランを着想するイメージから、この研究論文を読んでいただければ、数限りないヒントが出て来ることは間違いないと思われる。
http://www.soumubu.jp/documents/kaikokenkyu.doc
この論文の目次は次の通り。
・整理解雇事件の判決傾向(企業側敗訴率82%)
・整理解雇の4要件の政治的翻弄時期
・整理解雇4要件の、「人選の合理性基準」への疑義
・特定人物のプライバシーを調査することは
・解決金による自由解雇制度の行方
・解雇事件の判決直後の職場復帰
・整理解雇を避けるための配置転換の有効性
・専門職・専任職と言われる人たちの整理解雇
・社会制度や判例の将来展開
こちらのWEB(当社の書式無料ダウンロードページ)の左下にも収録
http://www.soumubu.jp/download/
2012/02/07
第118号
<コンテンツ>(…今月のメルマガは固定概念破壊の切り口から)
・徹底したイギリスの観光客受入
【硬直したインテリやエリート】
【目前の異文化民族との交易】
・国家情報機関の民営化
・実利(地下)で稼ぐ、イタリア営業の一端
・日銀レポートが1月27日に発表された。
・経団連=福利厚生調査結果報告
・裏側から経済情報を見られる素質を持つ日本人
【最大の消費者の層は】
【2番目の消費者層は】
【情報戦争を踏まえたマーケティング】
【文化性や芸術性の情報なら日本優位】
【ところが、困ったことには】
【ぬくぬく:が好き。=ぬくい所が好き。ぬくい所に集まる!】
§徹底したイギリスの観光客受入
次のユーチューブは、バッキンガム宮殿の衛兵交代式の映像だ。
http://www.youtube.com/watch?v=NkmkBOCQQsw
日本の若者も、これが見たいがためにイギリス旅行に出かける。それは、団塊の世代がイメージする衛兵交代式とは違っている。そこで、音楽に興味のある方は気付いただろうが、この交代楽曲はオペラ「フィガロの結婚」からのもの。この戯曲はフランスで作られ、オペラはパリで初演された。だから、昔の英仏関係からすれば、バッキンガム宮殿で演奏することはもってのほか!なのだ。ところが今や、EUが出来上がり、EU経済危機を逆手にとってEU体制が一段と強化しようとする中で、ドイツやフランスからの観光客がバッキンガム宮殿の観光に押し寄せるわけだ。よって、イギリス王室も、ヨーロッパ大陸でなじみのある楽曲をというものだ。日本の高校生の教科書にもでてくるから、日本の若者にも馴染みがあるのだ。
果たして日本の皇居での皇宮警察官の交代を連想してみれば…。賛否両論、まさかと着想するのは仕方がないが、とにかく問題なのは硬直した思考なのである。
【硬直したインテリやエリート】
が頭脳を柔軟にするには学問・研究しかないと思われる。日本ではEU統合について、ほとんど論議がされたことがない。EU経済危機とのニュースにあおられて、ちょこっと知っている程度である。EU統合の目的は、戦前からの「民族主義者による戦争発生の防止」(第二次世界大戦では、ヒットラーとムッソリーニに支配された)であった。今のEU経済危機と騒がれても、当事者たちは冷静沈着にEU体制強化を図っている。その後ろ盾には、社会体制と経済についての詳細な研究(例えば、エルンスト-ヨアヒム・メストメッカー著『EUの法秩序と経済秩序』法律文化社、その他)が存在する。ヨーロッパにおける哲学研究~経済構造の変遷~法律の果たした役割を徹底して研究しているのだ。日本のマスコミは報道していないが、大変な活発論議が今もなされている。
【目前の異文化民族との交易】
のために柔らかい発想をするにはショックが必要だ。偶然に筆者が知ったものが、次のユーチューブだ。
http://www.youtube.com/watch?v=LCPcq0ApxyI&feature=related
どうもロシアでは、ペレストロイカとともに、この曲はポップスになりロックにもなり流行している。この曲は、1958年にスターリン死去とともに制作された、日本軍シベリア出兵(大正7年)戦争での、抗日パルチザン闘争を題材にした映画の挿入歌である。これが、現ロシアの経済民主化やペレストロイカを進めている老若男女の愛唱歌である。すなわち、日露貿易を、極めて円滑に進めようとする極意は、この曲を現地で口ずさむことや、大陸流にロシア船入港の際に大音響で流すといったことなのだ。シベリア抑留された人は聞いたこともないこの曲、実行するか否かは商人や自治体職員の自由だが…。
現代中国でのそういった曲は、北京オリンピックの女児の口パクで流れた曲の原曲、
http://www.youtube.com/watch?v=jH1NG8ws298&feature=fvwrel
「社会主義を建設しよう」(日本語題名)だ。渡航するパスポートを入手できる資格のある中国人であれば愛着があるはずの歌。さすが連銀カードで買い物してもらうためとしても、商店街では躊躇しないでいられるだろうか!…。
§国家情報機関の民営化
今や国家権力機関の典型であった軍隊までもが民営化される時代である。アメリカ軍をはじめ各国は輸送、メンテナンス、ガードマンなどの業務は民間企業に発注している。そして、経済情報の収集に近年力を注いでいる、CIAとかMI6(007の本家)は、情報機関の民営化策としてグーグルなどに接近しているとのことだ。こういった国家情報機関が工作活動よりも、経済情報を集積・演出するようになったことは有名だ。が、直接傍受しなければならないエシュロン(日本には青森県の三沢基地に)と比べ、
http://www.kamiura.com/abc33.html
グーグル検索エンジンのチェックシステムは、飛躍的に情報質量が向上している。グーグルが急激に成長した背景には、「アンドロイド+Gメール+スマートフォンの携帯番号」の3セット(技術的には携帯番号は外せる)のシステム利用と、その背景にアメリカ政府が後押しした影があると言われている。ヤフーやマイクロソフトは政府に協力しなかったから成長しなかったとの説も流れている。過去にもエシュロンによる大手企業の情報漏えいが話題にされているが、大手企業のみなさんはアンドロイド+Gメールのセットに気をつけることだ。
ついでの話だが、中国政府公安部がマークしている人物がWEBを使って中国国内とネット交信すれば、即座にピックアップされる。建国以前から情報戦には長けており、こちらはICTを使って情報戦争、治安公安、朝貢貿易の集団である。それは、日本の国会議員のネット情報が監視されていたどころの規模ではない。
§実利(地下)で稼ぐ、イタリア営業の一端
1995年の段階で普及しつつあったイタリア営業手法は、今の日本よりも、はるかに先進的である。
イタリアの経営ノウハウは学術分析されたり、経営書が翻訳されたりすることは少ない。経営者教育では、アメリカ式経営管理と北欧諸国方面の経営管理を徹底して研究していると言われる。地場産業職人や若者の大学教育も充実させている。ボローニャ大学はグラスゴー大学(スコットランド)とともに神学校が母体ではなく、生徒たちが教授の採用権を持つ地場設立の大学である。
イタリア人の政治の壁を突き破る経済活動、例えば、世界が米ソ対立のさなか、冷戦構造による「鉄のカーテン」といった輸出規制が存在したが、その壁を素通りしてオリベッティはソヴィエトにタイプライターを輸出、だから今でもキーボードの仕様はオリベッティ方式が強い。あるいは、中国の文化大革命(~1976年)当時に使用された赤い本のビニールカバーは、すべてがシルクロードを運送したイタリア製であった。ナポリは、経済統計上では、収入に比べ支出が圧倒的に多い町として有名であるが、近年、ソマリアの海賊(この海賊基地の大半は「プントランド」という大統領、警察、裁判所機関も備えている各国未承認国)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89
に襲われる船舶は、ナポリ港に立ち寄っているという噂である、…あくまで噂?である。
イタリア営業手法の数少ないある本から紹介すると、
(フロランス・ヴィダル著『イタリア式マネジメント』三田出版会)
1.専門家によればとして、先進的な第3次産業とは、「高度な知識と専門性が要求される新しい分野において、企業の変化と革新を支援する多面的なサービス」(p173)としている。
2.複合的企業は、問題を提出する顧客と協力して思考することによってのみ、生き延びることができる。(同)
3.先進的な第3次産業の生産物は、明敏であると同時に大胆で滑らかな思考の結果なのである。(同)
4.この当時の商工会議所会頭は、「待ち時間をなくすこと、仲介者の依頼を限定すること、情報源と最終的な決定主体を直接接近させることは、政府と自治体の概念の転換の証拠である」(p174)
5.販売部門の「職業機会コンサルタント」の事務所が人材育成方式を整備した。「能力を自己分析させ、非効率の原因となる問題点や血管を意識させるために営業マンに難しい状況を疑似体験させる」として、薬品分野では、医師である監督者が難しい質問を投げかけて彼らの行動を分析し、人材を育成する。(同)
6.営業における対話の重要性として、「イタリア人は人が出会う方法と創造的な対話において、様々な仮定と解釈によってうまく立ち回る術、コード化、コードの分解、再コード化の技術に関する教師である」(p175)
7.そして、「この対話術は、創造的会話術の中だけ使われるわけではない。デザイナーの活動は完璧な対話術であって、デザイナーの役割は製品や環境を通して目に見えるコードを発明することである。対象の声なき言葉は形状や色彩に概念化され、相互に綿密な関係を持った品質を表現する。」(同)
要するに、17年ほど前にイタリアで研究発表されていた経営管理方式が、イタリアの場合は表の経済成長には現れることなく、経済の豊かさに発揮されているのだ。
それは、アメリカ式経営管理の色彩が強い中での日本での、今日における、顧客重視、大胆なイノベーション、中小企業に密着した行政、実務的人材育成、固有価値や創造性の明確化といった論議・方式なのである。(イタリアは企業のほとんどが中小零細企業、かつ地場産業体制をとっている、念のため)。
このインテリジェンス情報の言わんとするところは、日本の中小企業の営業方式は、20年弱の遅れがあるものの、中小企業だからこそ素早く導入・定着することが可能だから、目先の売り上げ向上に役立つ情報だ、ということである。ただし、そのコツは頭脳が柔らかい者、計画経済下の営業手法を知らない者から始めるところに、唯一の成功の道が開ける。
§日銀レポートが1月27日に発表された。
http://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2012/ron120127a.htm/
その内容は、日本企業の海外への展開と国内労働力を高付加価値製品に振り向けるべきとの内容である。すなわち、一般的な表現をするならば、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供をと言うわけで、自ずとターゲットは世界1億人富裕層となるのが自然である。日銀からレポートが発表されるということは、これからの日銀の金融政策が、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供する事業にシフトすることを意味している。機関投資家その他利回りを目的とした投資活動に資金供給しない方向である。加えて、マニュアルにもとづく事業とか単純労働力を使っての、単純な労働集約型事業には資金を貸し付けない方向でもある。(単純労働の集約型事業を純粋に行う企業は、今でも採算割れしているが)。
標準化・マニュアル化が可能な作業レベルの仕事は、それこそ人材とともにマニュアル化のノウハウ輸出も含めて海外で行うのが妥当だということである。「原価積み上げ方式+利益率低減」の価格決定方式のノウハウも、海外に比べ日本の労働者には習得・蓄積した者が多い。
商品に対して固有価値を付加するわけでもない=使用価値だけの商品であれば、「より良い品を、より安く」といった哲学からすれば、理想の経済活動を追求することにもなる。
ましてTPPを迎えるとなると国内で行う単純労働力集約事業の社会的役割は無い。それを見越しての日銀レポートであると言える。
§経団連=福利厚生調査結果報告
日本経団連は1月16日第55回福利厚生費調査結果報告を取りまとめた。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2012/005/index.html
労働組合との春闘?を前に発表したことは否めないが、日経連タイムスでの新聞紙面取り扱いは例年になく記事が大きい。
内容を要約すると、経団連加盟710社の正社員1ヵ月当たりの内訳平均額は次の通り。
現金給与総額が541,866円。
給与とは別に会社が負担する福利厚生費が100,076円。
給与とは別の通勤手当・通勤費が9,808円。
退職金に引き当てる額が70,183円となっている。
すなわち、給与外の人件費が180,067円というわけだ。毎月の給与総額の33%弱が、表面に現われない人件費との調査結果だ。
これを基準に経団連の政策が語られているのであり、労働省の調査とは別の意味をもっている。ここから分析できることは、経団連710社を中心に、こういった人事・給与制度は現代の日本経済とは不釣り合いの数値ということだ。
この調査結果は、専門職業チームであるアウトソーシング企業(人件費=使用価値に固有価値を大きく付加)にとっての活用方法と、人件費の安いだけが取り柄のアウトソーシング企業(人件費=おもに使用価値のみ)での活用方法とでは、大きな隔たりが生じる。先ほどの日銀レポートと併せて、この調査結果の情報分析をする場合、個別企業の生存年数の見通しも分かるというものだ。その意味で将来が分かり易い時代であり、昔に比べて先の読める時代でもあるのだ。
§裏側から経済情報を見られる素質を持つ日本人
さて、ここからは問題提起のインテリジェンス論述である。
商品販路やマーケット動向の戦略を立てるには、情報戦争の本質を知っておく必要がある。ただし、裏側から物事を見られる素質を持つ人物比率が、日本には多いということだけである。他国に比べて優位だが、次の注意点は気をつけておかなければならない。
【最大の消費者の層は】
日本国内の場合であれば、今年62歳から67歳になる団塊の世代である。年金改革の焦点も、実はこの年代をターゲットにしている。ところが、毒舌をすれば、「老人は長生きせぬよう、怒らせぬよう」と政策を設定したとしても、団塊の世代は1960年代後半の学生運動や市民運動の実行年代として、怒る世代なのである。団塊の世代の子どもたちは、今や子育て世代に突入。だから子ども手当や教育政策や教育産業は団塊世代のふところ具合を直撃する関心事なのである。そこに焦点と道具があてられた情報戦争であるから、新聞、テレビ、ラジオ、出版物から、そういった情報が流れるかが重要なマーケット情報なのだ。この年代のエリートたちは、日経新聞の記事を鵜呑みにする者がきわめて多い。
【2番目の消費者層は】
団塊の世代の子どもたちである。ところが現実には金を持っていない。団塊の世代から外れた1951年生まれ(今年61歳)から、支払った保険料よりも将来受け取る年金の方が少なく、賃金も低いから年金は累進的にガタ減りする実態だ。そういった将来の安心感もなく、今も貧乏であり、将来も貧乏な世代である。この世代が、がまん強く?怒ることが少ないのは日本的特徴である。
世界的にもICT世代であり、新しい物好きのスマートフォン世代でもある。そこに焦点があてられた情報戦争は、グーグルなどの検索エンジンが重要情報となっている。だから、この年代は情報量の整理と本質をつかみ方さえ習得すれば、その時点から飛躍する能力をもっている。
ところが、団塊の世代の影響を受けている(後に述べる「困ったことには」の項)から、インフォメーションをかき集めないと落ち着かない人物も多い。昔のことわざでいう、「知が多くなれば、知恵が回らぬ」である、周りを見渡してみよう…。知恵が回らないから、「この企画書なら上司に認められる!」といった、無能な上司の顔色を伺うことを判断基準に持ち出す企画課長さえも、大手企業にはチラホラ…なのだ。だから、グーグルに操られても分からないし、そんな商品は売れもしない。
【情報戦争を踏まえたマーケティング】
に日本人は長けているが、ただし活用しようとすれば、「ニッチ市場」と言われる商品と、使用価値に固有価値を付加した商品でしかない。大手市場の情報は日本人には入ってこない。情報収集体制がないので太刀打ちできない。だから、日本の大手企業であっても、「ニッチ市場」でしかないのだ。1960年代からの高度経済成長政策の元、大手企業の吸収合併を繰り返して来たのだが、世界の多国籍企業に比べれば、所詮は小企業である。このままでは、シンガポールや中国系に日本の大手は吸収される道にある。果敢に頑張ったところで、使用価値を主体とした商品の利益率は薄い。だから、固有価値を付加した商品で勝負をかける必要もあり、世界の富裕層1億人をターゲットにすれば、利益も確保できる戦略となるのだ。これは、先に書いた日銀レポートと共通した路線なのである。(ただし日本の大手企業は、アイデンティティーを捨てて、直ぐに合併したがる)。
情報を裏側から見られる素質があるのだから、訓練をすれば有能になれるのだ。シェール瓦斯の話題がTVに流れれば、原発依存のエネルギー政策で損をしている企業には収益増の可能性があり、周辺産業が潤う。その反面で原発を稼働させたい人たちは貧乏になるかもしれないのである。再生エネルギー発電は、ドイツでは工業商品ではなく、農家や中小零細企業が営む生活文化型商品である。ドイツやフランスの原発電力は輸出用電力、外貨稼ぎの工業品にすぎない。そこで、一般的に言うと、新聞・テレビで紹介される商品は、その似通った商品こそ売れていないからこそ、話題になっているのだ。……というようにものを観る訓練をすればよい。インテリジェンス情報は、情報のみならず観る目を養う。(最近流行している、商品のストーリー性とかコンテクストも、そういった目で見て診て訓練してみることだ)。
【文化性や芸術性の情報なら日本優位】
さて、この固有価値を付加した商品に関わる情報で、各国情報機関や多国籍企業と渡りあうには(いささか戦闘的着想かも)、生活文化や芸術性の分野で勝負をすることとなる。生活文化や芸術性の情報は、グーグル検索では情報量が多いから把握できない。実演するときのタレント性は、4次元的具現化だからDVDやPCでは再現されない。
幸いなことに、団塊の世代の子どもたちは、先進国に類を見ない習い事世代でもあり、その知識と我慢強さは芸術性向上には欠かせない。論理構成の理解度も、「実際の物事が存在する(人間の)間に真理が存在し、どこかに先ず真理が存在し、真理を理解した後に実践が続くのではない」とか、「人間二人の間で哲学はさほど必要ないが、ひとり対多数の人間関係にこそ哲学が不可欠である。」といった、…(現代イタリアでは、記号学:対:解釈学かとの哲学者論争)…も、日本の団塊の世代の子どもたちは、上手に解説しさえすれば何の話であるかは理解できる。そういった意味であれば、日本の文化水準を背景にする商品開発は重要な戦略ポイントだ。
折しも、ユーチューブなどの画像著作権をめぐっての争いがアメリカ議会で起こっているのも、旧来マスコミ勢力:対:ICT情報勢力の代理戦争となっている、経済戦争そのものなのである。
【ところが、困ったことには】
計画経済の哲学の型にはめられた団塊世代の思考パターン及び、団塊世代の親や教師たちに優等生と褒められた思考パターンが、着想・創造性や文化性の足を引っ張ることとなる。こういった人物の傾向は、
1.たいした競争をしたこともないのに競争意識だけは強く、
2.縄張り意識と同調者を求める愚かさは並外れている。
3.豊かな発想とは=アンチ体制と思っているかその逆説にしかすぎない。
4.→創造性よりも対決性を実は好んでいる。(勝ち組とか負け組とかが抜けない)
だから、たいした経験もないのに自らの経験を弱い者に説いて押し付けようとする。強い者には自らの経験を説かない。せいぜい反発するだけだ。
だから、その少し下の年代からは、その情けない姿が素で敬遠されている。
団塊世代は名誉が好きで、(嫌われない説明をするとすれば)、団塊世代より上の世代に経験を説いてもらって、その人たちの子分になるとか優等生だと認められ、今の地位と年金生活を確保できたのも事実であり、そうでない人は日陰者といった差別が了承されている社会だったのだ。その延長線上だから、個別企業や社会で安穏と暮らしている人物には、ガンバロウ=足を引っ張っていることすら解らないのである。
【ぬくぬく:が好き。=ぬくい所が好き。ぬくい所に集まる!】
と、10代~20代の若者の傾向を言い当てたのは、松下電産で松下幸之助に27歳で抜擢された照明器具部門責任者の中澤南海生(まちづくり大学院教授)氏のマーケティング名言である。この年代こそが10年~20年後の主力であるから、如何に育てるかが個別企業の知恵の出しどころとなっている。
なにせ、「ゆとり教育世代」は頼りなくって困ったものだと批判し、指図して縄張り争いに熱をあげる、おばさん&おじさん達が圧倒的多数だから・・・。
現代若者のキーワード、「ゆるゆる&ぬくぬく」
楽しく気持ちのいいところに、新しい時代を切り開くエネルギッシュな側面を見つけることは難しい。
たぶん、このメールをここまで読んで、&怒り心頭の貴方かもしれないが、ここまで読むほどに興味があり、&怒るほど心に突き刺さったのだろう。が、これがパラダイムの転換で役にたつのである。
★という筆者こそが、「困った思考パターンの年代」を錯覚してしまい、まちづくり政策の若者集めに大失敗して新たな発見をしたところでもあるのだ。
・徹底したイギリスの観光客受入
【硬直したインテリやエリート】
【目前の異文化民族との交易】
・国家情報機関の民営化
・実利(地下)で稼ぐ、イタリア営業の一端
・日銀レポートが1月27日に発表された。
・経団連=福利厚生調査結果報告
・裏側から経済情報を見られる素質を持つ日本人
【最大の消費者の層は】
【2番目の消費者層は】
【情報戦争を踏まえたマーケティング】
【文化性や芸術性の情報なら日本優位】
【ところが、困ったことには】
【ぬくぬく:が好き。=ぬくい所が好き。ぬくい所に集まる!】
§徹底したイギリスの観光客受入
次のユーチューブは、バッキンガム宮殿の衛兵交代式の映像だ。
http://www.youtube.com/watch?v=NkmkBOCQQsw
日本の若者も、これが見たいがためにイギリス旅行に出かける。それは、団塊の世代がイメージする衛兵交代式とは違っている。そこで、音楽に興味のある方は気付いただろうが、この交代楽曲はオペラ「フィガロの結婚」からのもの。この戯曲はフランスで作られ、オペラはパリで初演された。だから、昔の英仏関係からすれば、バッキンガム宮殿で演奏することはもってのほか!なのだ。ところが今や、EUが出来上がり、EU経済危機を逆手にとってEU体制が一段と強化しようとする中で、ドイツやフランスからの観光客がバッキンガム宮殿の観光に押し寄せるわけだ。よって、イギリス王室も、ヨーロッパ大陸でなじみのある楽曲をというものだ。日本の高校生の教科書にもでてくるから、日本の若者にも馴染みがあるのだ。
果たして日本の皇居での皇宮警察官の交代を連想してみれば…。賛否両論、まさかと着想するのは仕方がないが、とにかく問題なのは硬直した思考なのである。
【硬直したインテリやエリート】
が頭脳を柔軟にするには学問・研究しかないと思われる。日本ではEU統合について、ほとんど論議がされたことがない。EU経済危機とのニュースにあおられて、ちょこっと知っている程度である。EU統合の目的は、戦前からの「民族主義者による戦争発生の防止」(第二次世界大戦では、ヒットラーとムッソリーニに支配された)であった。今のEU経済危機と騒がれても、当事者たちは冷静沈着にEU体制強化を図っている。その後ろ盾には、社会体制と経済についての詳細な研究(例えば、エルンスト-ヨアヒム・メストメッカー著『EUの法秩序と経済秩序』法律文化社、その他)が存在する。ヨーロッパにおける哲学研究~経済構造の変遷~法律の果たした役割を徹底して研究しているのだ。日本のマスコミは報道していないが、大変な活発論議が今もなされている。
【目前の異文化民族との交易】
のために柔らかい発想をするにはショックが必要だ。偶然に筆者が知ったものが、次のユーチューブだ。
http://www.youtube.com/watch?v=LCPcq0ApxyI&feature=related
どうもロシアでは、ペレストロイカとともに、この曲はポップスになりロックにもなり流行している。この曲は、1958年にスターリン死去とともに制作された、日本軍シベリア出兵(大正7年)戦争での、抗日パルチザン闘争を題材にした映画の挿入歌である。これが、現ロシアの経済民主化やペレストロイカを進めている老若男女の愛唱歌である。すなわち、日露貿易を、極めて円滑に進めようとする極意は、この曲を現地で口ずさむことや、大陸流にロシア船入港の際に大音響で流すといったことなのだ。シベリア抑留された人は聞いたこともないこの曲、実行するか否かは商人や自治体職員の自由だが…。
現代中国でのそういった曲は、北京オリンピックの女児の口パクで流れた曲の原曲、
http://www.youtube.com/watch?v=jH1NG8ws298&feature=fvwrel
「社会主義を建設しよう」(日本語題名)だ。渡航するパスポートを入手できる資格のある中国人であれば愛着があるはずの歌。さすが連銀カードで買い物してもらうためとしても、商店街では躊躇しないでいられるだろうか!…。
§国家情報機関の民営化
今や国家権力機関の典型であった軍隊までもが民営化される時代である。アメリカ軍をはじめ各国は輸送、メンテナンス、ガードマンなどの業務は民間企業に発注している。そして、経済情報の収集に近年力を注いでいる、CIAとかMI6(007の本家)は、情報機関の民営化策としてグーグルなどに接近しているとのことだ。こういった国家情報機関が工作活動よりも、経済情報を集積・演出するようになったことは有名だ。が、直接傍受しなければならないエシュロン(日本には青森県の三沢基地に)と比べ、
http://www.kamiura.com/abc33.html
グーグル検索エンジンのチェックシステムは、飛躍的に情報質量が向上している。グーグルが急激に成長した背景には、「アンドロイド+Gメール+スマートフォンの携帯番号」の3セット(技術的には携帯番号は外せる)のシステム利用と、その背景にアメリカ政府が後押しした影があると言われている。ヤフーやマイクロソフトは政府に協力しなかったから成長しなかったとの説も流れている。過去にもエシュロンによる大手企業の情報漏えいが話題にされているが、大手企業のみなさんはアンドロイド+Gメールのセットに気をつけることだ。
ついでの話だが、中国政府公安部がマークしている人物がWEBを使って中国国内とネット交信すれば、即座にピックアップされる。建国以前から情報戦には長けており、こちらはICTを使って情報戦争、治安公安、朝貢貿易の集団である。それは、日本の国会議員のネット情報が監視されていたどころの規模ではない。
§実利(地下)で稼ぐ、イタリア営業の一端
1995年の段階で普及しつつあったイタリア営業手法は、今の日本よりも、はるかに先進的である。
イタリアの経営ノウハウは学術分析されたり、経営書が翻訳されたりすることは少ない。経営者教育では、アメリカ式経営管理と北欧諸国方面の経営管理を徹底して研究していると言われる。地場産業職人や若者の大学教育も充実させている。ボローニャ大学はグラスゴー大学(スコットランド)とともに神学校が母体ではなく、生徒たちが教授の採用権を持つ地場設立の大学である。
イタリア人の政治の壁を突き破る経済活動、例えば、世界が米ソ対立のさなか、冷戦構造による「鉄のカーテン」といった輸出規制が存在したが、その壁を素通りしてオリベッティはソヴィエトにタイプライターを輸出、だから今でもキーボードの仕様はオリベッティ方式が強い。あるいは、中国の文化大革命(~1976年)当時に使用された赤い本のビニールカバーは、すべてがシルクロードを運送したイタリア製であった。ナポリは、経済統計上では、収入に比べ支出が圧倒的に多い町として有名であるが、近年、ソマリアの海賊(この海賊基地の大半は「プントランド」という大統領、警察、裁判所機関も備えている各国未承認国)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89
に襲われる船舶は、ナポリ港に立ち寄っているという噂である、…あくまで噂?である。
イタリア営業手法の数少ないある本から紹介すると、
(フロランス・ヴィダル著『イタリア式マネジメント』三田出版会)
1.専門家によればとして、先進的な第3次産業とは、「高度な知識と専門性が要求される新しい分野において、企業の変化と革新を支援する多面的なサービス」(p173)としている。
2.複合的企業は、問題を提出する顧客と協力して思考することによってのみ、生き延びることができる。(同)
3.先進的な第3次産業の生産物は、明敏であると同時に大胆で滑らかな思考の結果なのである。(同)
4.この当時の商工会議所会頭は、「待ち時間をなくすこと、仲介者の依頼を限定すること、情報源と最終的な決定主体を直接接近させることは、政府と自治体の概念の転換の証拠である」(p174)
5.販売部門の「職業機会コンサルタント」の事務所が人材育成方式を整備した。「能力を自己分析させ、非効率の原因となる問題点や血管を意識させるために営業マンに難しい状況を疑似体験させる」として、薬品分野では、医師である監督者が難しい質問を投げかけて彼らの行動を分析し、人材を育成する。(同)
6.営業における対話の重要性として、「イタリア人は人が出会う方法と創造的な対話において、様々な仮定と解釈によってうまく立ち回る術、コード化、コードの分解、再コード化の技術に関する教師である」(p175)
7.そして、「この対話術は、創造的会話術の中だけ使われるわけではない。デザイナーの活動は完璧な対話術であって、デザイナーの役割は製品や環境を通して目に見えるコードを発明することである。対象の声なき言葉は形状や色彩に概念化され、相互に綿密な関係を持った品質を表現する。」(同)
要するに、17年ほど前にイタリアで研究発表されていた経営管理方式が、イタリアの場合は表の経済成長には現れることなく、経済の豊かさに発揮されているのだ。
それは、アメリカ式経営管理の色彩が強い中での日本での、今日における、顧客重視、大胆なイノベーション、中小企業に密着した行政、実務的人材育成、固有価値や創造性の明確化といった論議・方式なのである。(イタリアは企業のほとんどが中小零細企業、かつ地場産業体制をとっている、念のため)。
このインテリジェンス情報の言わんとするところは、日本の中小企業の営業方式は、20年弱の遅れがあるものの、中小企業だからこそ素早く導入・定着することが可能だから、目先の売り上げ向上に役立つ情報だ、ということである。ただし、そのコツは頭脳が柔らかい者、計画経済下の営業手法を知らない者から始めるところに、唯一の成功の道が開ける。
§日銀レポートが1月27日に発表された。
http://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2012/ron120127a.htm/
その内容は、日本企業の海外への展開と国内労働力を高付加価値製品に振り向けるべきとの内容である。すなわち、一般的な表現をするならば、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供をと言うわけで、自ずとターゲットは世界1億人富裕層となるのが自然である。日銀からレポートが発表されるということは、これからの日銀の金融政策が、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供する事業にシフトすることを意味している。機関投資家その他利回りを目的とした投資活動に資金供給しない方向である。加えて、マニュアルにもとづく事業とか単純労働力を使っての、単純な労働集約型事業には資金を貸し付けない方向でもある。(単純労働の集約型事業を純粋に行う企業は、今でも採算割れしているが)。
標準化・マニュアル化が可能な作業レベルの仕事は、それこそ人材とともにマニュアル化のノウハウ輸出も含めて海外で行うのが妥当だということである。「原価積み上げ方式+利益率低減」の価格決定方式のノウハウも、海外に比べ日本の労働者には習得・蓄積した者が多い。
商品に対して固有価値を付加するわけでもない=使用価値だけの商品であれば、「より良い品を、より安く」といった哲学からすれば、理想の経済活動を追求することにもなる。
ましてTPPを迎えるとなると国内で行う単純労働力集約事業の社会的役割は無い。それを見越しての日銀レポートであると言える。
§経団連=福利厚生調査結果報告
日本経団連は1月16日第55回福利厚生費調査結果報告を取りまとめた。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2012/005/index.html
労働組合との春闘?を前に発表したことは否めないが、日経連タイムスでの新聞紙面取り扱いは例年になく記事が大きい。
内容を要約すると、経団連加盟710社の正社員1ヵ月当たりの内訳平均額は次の通り。
現金給与総額が541,866円。
給与とは別に会社が負担する福利厚生費が100,076円。
給与とは別の通勤手当・通勤費が9,808円。
退職金に引き当てる額が70,183円となっている。
すなわち、給与外の人件費が180,067円というわけだ。毎月の給与総額の33%弱が、表面に現われない人件費との調査結果だ。
これを基準に経団連の政策が語られているのであり、労働省の調査とは別の意味をもっている。ここから分析できることは、経団連710社を中心に、こういった人事・給与制度は現代の日本経済とは不釣り合いの数値ということだ。
この調査結果は、専門職業チームであるアウトソーシング企業(人件費=使用価値に固有価値を大きく付加)にとっての活用方法と、人件費の安いだけが取り柄のアウトソーシング企業(人件費=おもに使用価値のみ)での活用方法とでは、大きな隔たりが生じる。先ほどの日銀レポートと併せて、この調査結果の情報分析をする場合、個別企業の生存年数の見通しも分かるというものだ。その意味で将来が分かり易い時代であり、昔に比べて先の読める時代でもあるのだ。
§裏側から経済情報を見られる素質を持つ日本人
さて、ここからは問題提起のインテリジェンス論述である。
商品販路やマーケット動向の戦略を立てるには、情報戦争の本質を知っておく必要がある。ただし、裏側から物事を見られる素質を持つ人物比率が、日本には多いということだけである。他国に比べて優位だが、次の注意点は気をつけておかなければならない。
【最大の消費者の層は】
日本国内の場合であれば、今年62歳から67歳になる団塊の世代である。年金改革の焦点も、実はこの年代をターゲットにしている。ところが、毒舌をすれば、「老人は長生きせぬよう、怒らせぬよう」と政策を設定したとしても、団塊の世代は1960年代後半の学生運動や市民運動の実行年代として、怒る世代なのである。団塊の世代の子どもたちは、今や子育て世代に突入。だから子ども手当や教育政策や教育産業は団塊世代のふところ具合を直撃する関心事なのである。そこに焦点と道具があてられた情報戦争であるから、新聞、テレビ、ラジオ、出版物から、そういった情報が流れるかが重要なマーケット情報なのだ。この年代のエリートたちは、日経新聞の記事を鵜呑みにする者がきわめて多い。
【2番目の消費者層は】
団塊の世代の子どもたちである。ところが現実には金を持っていない。団塊の世代から外れた1951年生まれ(今年61歳)から、支払った保険料よりも将来受け取る年金の方が少なく、賃金も低いから年金は累進的にガタ減りする実態だ。そういった将来の安心感もなく、今も貧乏であり、将来も貧乏な世代である。この世代が、がまん強く?怒ることが少ないのは日本的特徴である。
世界的にもICT世代であり、新しい物好きのスマートフォン世代でもある。そこに焦点があてられた情報戦争は、グーグルなどの検索エンジンが重要情報となっている。だから、この年代は情報量の整理と本質をつかみ方さえ習得すれば、その時点から飛躍する能力をもっている。
ところが、団塊の世代の影響を受けている(後に述べる「困ったことには」の項)から、インフォメーションをかき集めないと落ち着かない人物も多い。昔のことわざでいう、「知が多くなれば、知恵が回らぬ」である、周りを見渡してみよう…。知恵が回らないから、「この企画書なら上司に認められる!」といった、無能な上司の顔色を伺うことを判断基準に持ち出す企画課長さえも、大手企業にはチラホラ…なのだ。だから、グーグルに操られても分からないし、そんな商品は売れもしない。
【情報戦争を踏まえたマーケティング】
に日本人は長けているが、ただし活用しようとすれば、「ニッチ市場」と言われる商品と、使用価値に固有価値を付加した商品でしかない。大手市場の情報は日本人には入ってこない。情報収集体制がないので太刀打ちできない。だから、日本の大手企業であっても、「ニッチ市場」でしかないのだ。1960年代からの高度経済成長政策の元、大手企業の吸収合併を繰り返して来たのだが、世界の多国籍企業に比べれば、所詮は小企業である。このままでは、シンガポールや中国系に日本の大手は吸収される道にある。果敢に頑張ったところで、使用価値を主体とした商品の利益率は薄い。だから、固有価値を付加した商品で勝負をかける必要もあり、世界の富裕層1億人をターゲットにすれば、利益も確保できる戦略となるのだ。これは、先に書いた日銀レポートと共通した路線なのである。(ただし日本の大手企業は、アイデンティティーを捨てて、直ぐに合併したがる)。
情報を裏側から見られる素質があるのだから、訓練をすれば有能になれるのだ。シェール瓦斯の話題がTVに流れれば、原発依存のエネルギー政策で損をしている企業には収益増の可能性があり、周辺産業が潤う。その反面で原発を稼働させたい人たちは貧乏になるかもしれないのである。再生エネルギー発電は、ドイツでは工業商品ではなく、農家や中小零細企業が営む生活文化型商品である。ドイツやフランスの原発電力は輸出用電力、外貨稼ぎの工業品にすぎない。そこで、一般的に言うと、新聞・テレビで紹介される商品は、その似通った商品こそ売れていないからこそ、話題になっているのだ。……というようにものを観る訓練をすればよい。インテリジェンス情報は、情報のみならず観る目を養う。(最近流行している、商品のストーリー性とかコンテクストも、そういった目で見て診て訓練してみることだ)。
【文化性や芸術性の情報なら日本優位】
さて、この固有価値を付加した商品に関わる情報で、各国情報機関や多国籍企業と渡りあうには(いささか戦闘的着想かも)、生活文化や芸術性の分野で勝負をすることとなる。生活文化や芸術性の情報は、グーグル検索では情報量が多いから把握できない。実演するときのタレント性は、4次元的具現化だからDVDやPCでは再現されない。
幸いなことに、団塊の世代の子どもたちは、先進国に類を見ない習い事世代でもあり、その知識と我慢強さは芸術性向上には欠かせない。論理構成の理解度も、「実際の物事が存在する(人間の)間に真理が存在し、どこかに先ず真理が存在し、真理を理解した後に実践が続くのではない」とか、「人間二人の間で哲学はさほど必要ないが、ひとり対多数の人間関係にこそ哲学が不可欠である。」といった、…(現代イタリアでは、記号学:対:解釈学かとの哲学者論争)…も、日本の団塊の世代の子どもたちは、上手に解説しさえすれば何の話であるかは理解できる。そういった意味であれば、日本の文化水準を背景にする商品開発は重要な戦略ポイントだ。
折しも、ユーチューブなどの画像著作権をめぐっての争いがアメリカ議会で起こっているのも、旧来マスコミ勢力:対:ICT情報勢力の代理戦争となっている、経済戦争そのものなのである。
【ところが、困ったことには】
計画経済の哲学の型にはめられた団塊世代の思考パターン及び、団塊世代の親や教師たちに優等生と褒められた思考パターンが、着想・創造性や文化性の足を引っ張ることとなる。こういった人物の傾向は、
1.たいした競争をしたこともないのに競争意識だけは強く、
2.縄張り意識と同調者を求める愚かさは並外れている。
3.豊かな発想とは=アンチ体制と思っているかその逆説にしかすぎない。
4.→創造性よりも対決性を実は好んでいる。(勝ち組とか負け組とかが抜けない)
だから、たいした経験もないのに自らの経験を弱い者に説いて押し付けようとする。強い者には自らの経験を説かない。せいぜい反発するだけだ。
だから、その少し下の年代からは、その情けない姿が素で敬遠されている。
団塊世代は名誉が好きで、(嫌われない説明をするとすれば)、団塊世代より上の世代に経験を説いてもらって、その人たちの子分になるとか優等生だと認められ、今の地位と年金生活を確保できたのも事実であり、そうでない人は日陰者といった差別が了承されている社会だったのだ。その延長線上だから、個別企業や社会で安穏と暮らしている人物には、ガンバロウ=足を引っ張っていることすら解らないのである。
【ぬくぬく:が好き。=ぬくい所が好き。ぬくい所に集まる!】
と、10代~20代の若者の傾向を言い当てたのは、松下電産で松下幸之助に27歳で抜擢された照明器具部門責任者の中澤南海生(まちづくり大学院教授)氏のマーケティング名言である。この年代こそが10年~20年後の主力であるから、如何に育てるかが個別企業の知恵の出しどころとなっている。
なにせ、「ゆとり教育世代」は頼りなくって困ったものだと批判し、指図して縄張り争いに熱をあげる、おばさん&おじさん達が圧倒的多数だから・・・。
現代若者のキーワード、「ゆるゆる&ぬくぬく」
楽しく気持ちのいいところに、新しい時代を切り開くエネルギッシュな側面を見つけることは難しい。
たぶん、このメールをここまで読んで、&怒り心頭の貴方かもしれないが、ここまで読むほどに興味があり、&怒るほど心に突き刺さったのだろう。が、これがパラダイムの転換で役にたつのである。
★という筆者こそが、「困った思考パターンの年代」を錯覚してしまい、まちづくり政策の若者集めに大失敗して新たな発見をしたところでもあるのだ。
2012/01/10
第117号
<コンテンツ>
・マスコミや経済界、労働界が取り上げないインテリジェンス4つ
(1)TPPで仕事受注が激変
(2)国の財政危機
(3)消費税だけが増税手段
(4)日本国内資産の国内投資
・固有価値論で、経済のサービス化も価格反映が可能
・今年は、人材・労働力の棚卸し
・固有価値の見積書(例)
・【書評】『〈起業〉という幻想』
§マスコミや経済界、労働界が取り上げないインテリジェンス4つ
これだけの混乱と大変動にあっては、学者や経世家の施策(アイデア)も知った上で、経営管理や業績拡大を思考していく必要がある。良い大学を出ても、「話題が報道ステーションやネットの書き込みばかり」とか、「日本エコノミー新聞」の情報といった人物が増えつつあるが、これでは経営や新商品のイノベーションができない。こんな人物は、ひたすら我慢…、ところが突然爆発して支離滅裂になるといった共通パターンをもっている。犯罪に手を染めるパターンとも共通している。
(1)TPPで仕事受注が激変
農産物ばかりが大論議になったが、経営管理とか仕事受注にどのような影響を与えるかを研究しているものも少ない。どちらかといえば、TPPを迎え撃つ意気込みであったり、TPPからの悲愴感からのヤケクソ感情である。
実際に、学問的に想定できることは次の通りである。海外企業が仕事を受注する場合、自国の最低賃金や労働条件さえ守っておれば、労働法上は問題ない。受注した仕事に使う設備や原材料は、発注の要求水準が同一であれば、その仕入れ価格に大差はない。問題は人件費だ。EUやメキシコで生じた自由貿易圏によるトラブルも、主に人件費である。そうなったとき人件費額で国内企業と海外企業での競争となった場合、日本企業は勝てない。例えば、発展途上国の賃金水準で公共事業の入札が行われる場合、その外国の賃金・労働条件の最低基準が認められなければ、発展途上国の企業が差別されたとして、(日本の裁判所に訴えが出るのではなく)発展途上国の裁判所から命令が出て、発注者が罰金を支払わされることになっているのだ。特に官公庁は罰金刑を恐れる。ベトナムは昔から国を挙げて労働輸出をやっている。そればかりか、発展途上国は賃金が安いから、実は日系資本&人材が入った海外法人企業が安値の人件費で入札に参加して来るのだ。
これに対しては、日弁連が提言しているような公契約法などで対処するしかない。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2011/110414_3.html
民間企業間の取引場面で対処するには、高度労働能力の発揮を契約で定めておく方法などでなければ、やはり差別されたとして当該外国の裁判所から罰金命令が出され、日本の発注企業が罰金を払わなければならない。国内の日系企業は、そうなれば、のんびりしていてはTPPで倒産する。要は、外注業者と言われる個別企業には倒産・廃業の危機には違いないのだ。この急激な変化に対する対処は国をあげての経済政策を行う必要がある。美徳だの絆だの我慢だのと云っているよりも、生産の落ち込みとデフレ脱却のため、産業復興法(1933年アメリカの例)でも制定して「値崩れ防止の国民運動」のような施策をしろとの考え方がある。
http://www.c20.jp/1933/06nirak.html
(2)国の財政危機
国家財政安定には増税以外にも方法があるという施策がある。
現在、国が発行する国債のほとんどは銀行が買わされて保有している。実に現在も銀行の経営基盤は弱いから、利息支払いは国が金融機関を安定させることからも重要となっている。そして理屈では国債発行額を減らす必要があると口で唱えるだけで施策がないのだ。
ところが、この国債を個人年金目的の積み立て制度に転用すれば、個人貯蓄が直接国家財政を担保することとなって、潤沢な国民貯蓄が財政を安定させるといった施策だ。第二世界大戦での戦時国債は、価値が「ほぼゼロ円」となったことから、日本の高齢者は買わないが、年金としての国家への貸付である=年金国債=であれば、返済期間と支払いが非集中化することから、安定・安全性が保たれる。金融機関が買わされている国債を少なくすればよい。財務官僚の言うように「急ぐ!急ぐ!」と云って、焦ったりする必要はないとの施策だ。
(3)消費税だけが増税手段
消費税率UPを導入すれば、地元密着型の小売店とか食材加工販売(飲食店)は、今の経済状況からすれば大量に淘汰される。大手のネットワークもしくはチェーン店であれば、値上げかもしくは材料品質を落とす=手をかけた高級品は供給が少なくなる。旬産旬消といった消費は、そもそも大手のネットワークもしくはチェーン店にはなじまない。すなわち、味や見た目は刺激的・きれい的品ではあるが、粗悪化することは間違いない。現行流通ルートの改善で、旬産旬消や地産地消の維持(全面で行うと非効率)を促進する税制を考えた方が現行5%でも消費は増加し税収は上向くとする施策がある。
ところで、EUの経済危機の根底には、安易に消費税率を引き上げ過ぎたことで消費が回らなくなったとするのが定説である。財務省は都合が良いときに、「アメリカでは」とか、「ドイツでは」とか、「フランスでは」とかの様々な事例をあげる(これを学者の間では、「ではの神」という)。ところが、今回の消費税論議には、「ではの神」が出てこない。そして、ヨーロッパでは、ぜいたく品の消費税は高いが、基礎的食料品ではほとんど消費税が減免されていることを、マスコミも見過ごしている。そこで、消費税をアップした時点の不況対策、それ以前の景気刺激や準備対策こそが必要だとする施策がある。
http://www.777money.com/torivia/syouhizei_world.htm
累進課税論争は学問的には決着したが、官僚たちから導入の話は出てこない。年収5000万円以上の収入内訳は、90%以上が「報酬」や給与ではないとの統計資料が出ている。このことから、学問的に累進課税は、「勤労意欲を低下させる」といった論拠は消滅している。世界で初めて累進課税を導入した国はアメリカである。日本もそうだが、初めて導入した時代と、個々人の収入構成は大きく異なっているのだ。産業空洞化の防止策は累進課税だとする施策もあり、東北の地震・津波・原発の復興税に累進課税を含める施策もある。
(4)日本国内資産の国内投資
日本経済に投資する資金はない!と言われる。これも良く考えると、従来方式の資本投下による産業育成、すなわち古典的経済学でいえば、「利子生み資本」を投下する意味が、日本国内にはないということである。新自由主義的経済学となれば、「(俗称)利回り資本」の投資対象が日本国内にはないということである。
ところが、経済成長と別枠で考える経済的豊かさを回復するための資金がないわけではない。俗にいう「大企業群の内部留保=260兆余」である。そのすべてが使えるわけではないが、それを経済的豊かさ(個人消費や生活満足度などの向上)に投資することへの期待は強い。財務省も実はこれを狙っている。
いわゆる商品は大まかには生産財と消費財である。このうち消費財を扱う企業は大手・中小問わず、経済的豊かさへの投資を増加させ個人消費の引き上げ、業績向上を狙っている。その経済論理である大企業群の流動性資金過剰状態、賃金水準低下による国内需要低迷、個人家計消費の低迷などへの指摘に対して、そうではないと反対の論述をする学者は皆無である。
筋の通った学説としては次のようなものが存在する。労働・雇用基準を改善し労働市場の健全化による労働分配率向上。社会保障施策を大幅充実し教育・福祉・医療の雇用拡大。一次産業と零細企業を念頭に地域経済循環政策。大企業への課税・社会保険料の賦課強化といった施策である。(但し、こういった学説では、従事者10人未満の企業は、時間制or出来高制を問わず事業主も含め全員を労働者と位置付けているから、誤解のないように)。
第二次大戦直後、日本では税収を上げるために、戦災で焼け残った家屋に対して固定資産税を(焼け残って幸運な人に)追加で掛けたことがある。イギリスでは、民間保有資産に対して最高で30%の課税をしたこともある。いよいよとなれば、戦後そういった課税をしてでも、それを国が投資に回して経済成長を図ってきた。これが戦災で打撃を受けた経験のある先進国でもある。今それをしないのは、当時に比べGDPと資産規模がけた違いに大きいからだ。(年間国家予算程度はすぐ確保だ=といった官僚の脅しも?)
§固有価値論で、経済のサービス化も価格反映が可能
目的と自覚を持って固有価値の付加に高度労働力を投入すればよい。
現在の不況の原因は、昔のような過剰設備による反動から来たものではない。消費の拡大が出来ていないことから何時までも景気低迷を起こしている。だから、経営管理のイノベーション&商品技術のイノベーションを進め、時代を切り開く「高付加価値製品や高水準サービス」を、商品の固有価値として科学的に付加することで、適切な安定した価格決定が行われ、これが業績拡張と利益増を図ることとなる(固有価値の見積書↓)。
コスト切り下げと海外移転ではジリ貧を招き、あげく身売りも避けられない。固有価値を付加した「生活文化型商品」は、数人の町工場でも業績向上の事例は数限りなくある。今は大量生産されてはいないものの、実にそういった商品こそがグローバル多国展開されている。
ちなみに、日本円で1億円以上の預金等を持つ富裕層は世界に1億人余といわれる。預金等は投資可能資産だけでは推し量れないから、各国の表向き預金統計数値等では富裕層人数を把握できない。その内、日本国内は150万人余(一部のマスコミの言う富裕層は投資可能資産の保有者で計算)。中国国内は約4000千万人といわれ、中国進出しなくとも連銀カードで日本へ買物に来る。そこでは、日本企業の商品づくりに存在する潜在的「固有価値」が、ブランドその他の型として発揮されているから、富裕層が日本から買うのだ。
ところで、サービス産業の特質について、松下電器産業叩き上げの安積敏政教授(甲南大学)が、九州産業大学の鄭森豪准教授の研究成果を紹介している。それは、サービス産業には7つの特質があるとして
(1)(サービス)商品価値の多因子性
(2)総合価値の概念的曖昧性
(3)価格とコスト間の相互関連の不明確性
(4)需要者側における購入対象サービスの事前評価の不可能性
(5)ストックの不可能性
(6)流通の短絡性(一段階性)
(7)多系統サービスのシステム化の必然性
としている。
この研究の非常に評価出来ることは、松下電産のアジア展開で叩き上げて来た安積教授の推薦する分析だから、現象面では信憑性が強いといえる。が、決め手はその本質である。
だが加えて、論理的合理的に、というのはこの論理性合理性がなければ他人に伝達できないのだが、要は分析できないと論述しているのである。だとすれば、サービス産業は経済性や社会性に基づいて価格決定が行われていないとの理論展開に利用される分析かもしれないのだ。これを否定したところで、軍事力や世間体あるいは経済外的強制によってサービス産業の価格が左右することとなる論理となる。だとすると、古代略奪経済活動とか封建的支配経済活動のように、正当なサービス産業を衰退させようとする人たちに便利な学説にもなりかねない、…中国の経済論理(贋作やコピー商品もその身近な論理)のようだ。
サービスと言われるもの業態について、今日までさまざまな学説が唱えられできた。場合によっては学説に縛られて経済活動や経営裁量を自ら規制している状況もうかがえる。しかしながらそれは、サービスと言われるものが未発達な時代を反映し、かつ本質を避けた学説であったからにすぎない。古い学説ならば、商品には使用価値(限界効用)と交換価値の2つの側面の価値があるとされるのだが、この使用価値(限界効用)に加えて固有価値が存在し、この2つの価値合計が交換価値として取引されると分析した場合、サービスと言われるものの業態にも価格論理性が生まれてくるのだ。
§今年は、人材・労働力の棚卸し
それぞれの個別企業では、今年はこれが求められる。現下の経済状況というのは旧式の統計調査方法では分からない。その統計の成り立ち&統計学の知識を備えていてこそ、やっと統計の正確に意味するところが分かるところまで来ている。今の経済危機の原因の本質を消費低迷だと分かっておれば、設備投資や鉱工業生産の統計などは景気回復後に見ればよいことなのだ。だが消費傾向や推移統計等のそれも、正確に意味するところが判明したところで(現実には次世代経済構造に役立つ統計は無い)、何を行動するかが経営には重要なのである。ひとつの方向に向かって経営哲学と経営戦略に、あらゆることをまとめあげていくことが、事業を経営するということである。「数値は踏まえるが数値には左右されない」と、これを歴史の事実や経営学は解明している。
それからすると、TPPとか消費税などの動向を見つめながら、個別企業では人材・労働力の棚卸しをすることが重要なのだ。その棚卸しが出来ないとか行わない場合は、一挙に不採算を生み出す。これは昨年の夏あたりから如実に現れた傾向である。これを先送りした企業ははっきりと決算に影響している。
すなわち、これからの主流となる
1.経営管理手法(新しい管理職の評価方法=メルマガ12月号)
2.業績拡大手法(新しい経営哲学にもとづく教育方法=メルマガ12月号)
3.そして、これにもとづく人材・労働力の棚卸しなのである。
単に使用価値を製造・販売する業務では、マニュアルで作業方法を確立し、より賃金の低い、その作業に適した労働者に切り替える必要がある。これこそ職業分類統計にも、その実態が事務作業者と労務作業者の増加として現われている。
だが問題はその次である。使用価値を単純労働で遂行するほどに、価格低下を起こし採算を脅かされるのだ。それをジレンマととらえて経営管理を行えば個別企業の存在価値はなくなる。だからこれが、日本の大手製造業の製品が価格競争にさらされ、あげく海外企業に市場をとられてしまった結末なのである。海外に進出して激烈な環境の中であくせく働くか、足を国内に着けた高い利益率の経営をするかは、作戦参謀である貴方が選ばなければならない。高い利益率は固有価値を付加することであるが、その理論体系の研究報告はこちらのWEBでどうぞ。(管理職の評価方法、教育方法、固有価値の見積書例などの解説は、このWEBの下のコンテンツ)。
http://www.soumubu.jp/new.html
筆者の経験からすれば、売り上げ不振や経営危機に陥ってからでは、こういった本来の棚卸しを行うことは不可能である。今や裁判所の動向も整理解雇について将来的な経営計画にもとづく必要性を認める方向にあり、そこでは上記のような手法と棚卸しは認められているのである。
今年の事態は緊迫する。手遅れになれば企業を破産させ、並行して有能な人材を確保した新会社の設立しか方法がなくなる。だが、そこでは経営者と古参社員に血が流れる犠牲を払わせることになる。
§固有価値の見積書(例)
生活文化型商品であればこそ、使用価値に固有価値を付加するには明確さが必要だ。ぼんやりとした付加価値論とか部下に説明教育できないようでは、この経済の緊迫事態の売り上げ向上に間に合わない。そこで、その見積書の作成例を作ってみた。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/koyuukachi.html
各々の文章で書かれた項目は、業種により簡潔な語句に変換すれば短くなる。通常の人間関係と双方の倫理的取引関係ならば、センテンス文章表現でも単語語句表現でも意味が通じるようだ。それは、自らが仕事で生み出す付加価値を、誰しもが正当に認めてほしいからであろう。
1.商品の使用価値部分は、従来通りの原価積み上げ方式の内訳を記載。
2.使用価値に付加される部分を固有価値とし、その内訳を明記している。
3.加工作業、事務作業、服務(サービス)作業で固有価値が増殖することを明記。
4.付加される固有価値を「お客の暮らしぶり&欲しくてたまらない品」として追加。
5.付加価値の中で決定的役割を果たす固有価値は、お客の将来希望の提起。
6.すなわち、お客の購買意欲、お客毎の受容感動、お客の将来希望ごとに記載。
7.元に戻って、最低必要限度&生命維持限度が使用価値分であることを明記。
8.お客毎の受容する感動は、原則1回性の固有価値である。
9.よって固有価値を付加により、購入時、使用時、保存期間を通じ価値が増殖。
10.暮らしぶりは地域文化に根ざすから、その文化圏外には持出す経費を要す。
11.顧客との関係は、固有価値を長期に安定提供し続けることになる。
……こういった考え方で、貴方の企業の商品見積を検討してみても、業務改善の要領が解明されて来る。
もちろん、公認会計士、税理士、大学院卒の中にはいまだに、商品には使用価値だけが交換価値(現在では通貨)に転換することになると力説する人物もいる。これでは、経済学部・経営学部で教条的に「使用価値論・交換価値」学説を習っただけだから、付加価値のある商品で成功している事業の存在を知らないのか、あるいは学問的分析ができない人物にすぎない。
また、この固有価値見積方式を営業部門に見せたところで、不採算を承知で営業販売している人物とか経営哲学の備えの無い人物では、全く理解できないことは当然だ。有能な人物は鋭いから直ぐ理解してくれる。しかし、全社的に固有価値がどのように付加されているかを見積書に表現できなければ、どの国に行っても、どんな仕事をしても、固有価値が無いとして商品も企業も、買いたたかれることは自然なのである。
またそれは、先ほど紹介した、新しい時代の教育とリンクしている。
1.接客方法(親切行為を現すには、客からの世間話に応じる方法その他)
2.商品知識の活用(客の生活意欲・受容感動・将来希望の三つを同時に叶える)
3.提供する価値(効用価値や使用価値に、どんな固有価値をプラスしたか)
4.直接間接のリピート(再来してくれる客だけでなく、廻り回って経済循環するか)
要するに、一般的に「会社の利益は2割の顧客から8割の売り上げ、不採算客に利益が分配される」と言われるが、それを具体的に解決することにも通じるわけだ。第一線の専門家は、顧客満足度の引き上げに成功したとしても、リピート率は50%だと断言する。クレームが出たときこそ100%のリピート率のチャンスと力説している。(谷厚志著『「怒るお客様」こそ、神様です!』徳間書店 2011/10/31)これこそが「固有価値の提供」そのものの論理なのである。
無秩序社会の到来と懸念もされるが、それは商道徳が破壊された空間が社会の中にマダラ模様のように発生し、増殖増加するという概念である。決して社会全体が同率、均等の%に灰色化するとの商道徳の破壊ではない。但し、商道徳の破壊は、古い産業、古い会社、古い人物から起こる可能性の高いことは否めない。資産があるから倒産は免れてはいるが、Talentも含め滞留する資産は社会の損失でもあるのだ。マダラに存在する無秩序商道徳破壊領域は、とにかく回避するしかない。
生活文化型商品の固有価値にまつわる概念を表にすれば次の通りとなる。
(人間行為の区別) 物作り 商い 自律する行為
(商品価値入手前) 意欲 感動 希望(リピート)
(商品価値の実現) 期待 満足 要望(クレーム)
§【書評】『〈起業〉という幻想』
(副題:アメリカン・ドリームの現実) 著者はスコット・A・シェーン。
アメリカにおける起業家に対する幻想を各種統計のもとに暴いたものである。本の後に結論めいた要点を6ページにわたってまとめている。内容を読み進むうちに、これはまるで日本の現実ではないかと思わせるものである。いくつかの要点をあげると、
ほとんどの起業家が失敗する割合が高い産業を選択している、
たいていの起業家はビジネスアイデアを計画的に探求していない、
ビジネスアイデアがはっきりする前に会社を立ち上げている、
長続きする起業家は社会的ネットワークは補助的、コネより知識である、
チームによる起業は非常に珍しく成功例が少ない、
多くの起業家が儲からないにも関わらず成功のチャンスを過剰に楽観視、
大半はやっていることが間違い、新たなビジネスの経営手法を間違えている、
そして経済政策としては、ほとんどの起業家が新企業を創業するよりも平均的な既存企業の方が事業拡大・技術革新で雇用を生み出すと主張している。よって、「新たな自営業はやめさせた方が、政府の経済効果が大きい」と結論づけている。
本文の最後に、「無知な起業家には、ぶざまな決定しかできないということを知る必要がある」とし、起業家を判定する選抜基準のようなものを、例として記している(p226)。
1.より資本金が豊富で、
2.株式会社として組織され、
3.明確なビジネスプランを持つ起業家たちが、
4.チームがフルタイム・ベースで創業し、
5.他人が見逃している顧客に製品を売ろうとしている、
6.比較的大きなビジネス ……としている。
さらに起業家には、
A.マーケティングと資金のやりくりを重視し
B.一つの市場に集中し
C.価格引下競争に走らないことが業績向上と解っている
さらに加えて、高い業績をあげる起業家は、
D.教育を受けていて、
E.始めるビジネスの産業で働いた経験を持ち、
F.利益をあげることを目標に創業した企業
……として著者なりに統計分析した実態を描き出している。
自ら起業を考える人や、貴方の関係者で起業しようとする人がいる場合は、必読の書であるといえる。
・マスコミや経済界、労働界が取り上げないインテリジェンス4つ
(1)TPPで仕事受注が激変
(2)国の財政危機
(3)消費税だけが増税手段
(4)日本国内資産の国内投資
・固有価値論で、経済のサービス化も価格反映が可能
・今年は、人材・労働力の棚卸し
・固有価値の見積書(例)
・【書評】『〈起業〉という幻想』
§マスコミや経済界、労働界が取り上げないインテリジェンス4つ
これだけの混乱と大変動にあっては、学者や経世家の施策(アイデア)も知った上で、経営管理や業績拡大を思考していく必要がある。良い大学を出ても、「話題が報道ステーションやネットの書き込みばかり」とか、「日本エコノミー新聞」の情報といった人物が増えつつあるが、これでは経営や新商品のイノベーションができない。こんな人物は、ひたすら我慢…、ところが突然爆発して支離滅裂になるといった共通パターンをもっている。犯罪に手を染めるパターンとも共通している。
(1)TPPで仕事受注が激変
農産物ばかりが大論議になったが、経営管理とか仕事受注にどのような影響を与えるかを研究しているものも少ない。どちらかといえば、TPPを迎え撃つ意気込みであったり、TPPからの悲愴感からのヤケクソ感情である。
実際に、学問的に想定できることは次の通りである。海外企業が仕事を受注する場合、自国の最低賃金や労働条件さえ守っておれば、労働法上は問題ない。受注した仕事に使う設備や原材料は、発注の要求水準が同一であれば、その仕入れ価格に大差はない。問題は人件費だ。EUやメキシコで生じた自由貿易圏によるトラブルも、主に人件費である。そうなったとき人件費額で国内企業と海外企業での競争となった場合、日本企業は勝てない。例えば、発展途上国の賃金水準で公共事業の入札が行われる場合、その外国の賃金・労働条件の最低基準が認められなければ、発展途上国の企業が差別されたとして、(日本の裁判所に訴えが出るのではなく)発展途上国の裁判所から命令が出て、発注者が罰金を支払わされることになっているのだ。特に官公庁は罰金刑を恐れる。ベトナムは昔から国を挙げて労働輸出をやっている。そればかりか、発展途上国は賃金が安いから、実は日系資本&人材が入った海外法人企業が安値の人件費で入札に参加して来るのだ。
これに対しては、日弁連が提言しているような公契約法などで対処するしかない。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2011/110414_3.html
民間企業間の取引場面で対処するには、高度労働能力の発揮を契約で定めておく方法などでなければ、やはり差別されたとして当該外国の裁判所から罰金命令が出され、日本の発注企業が罰金を払わなければならない。国内の日系企業は、そうなれば、のんびりしていてはTPPで倒産する。要は、外注業者と言われる個別企業には倒産・廃業の危機には違いないのだ。この急激な変化に対する対処は国をあげての経済政策を行う必要がある。美徳だの絆だの我慢だのと云っているよりも、生産の落ち込みとデフレ脱却のため、産業復興法(1933年アメリカの例)でも制定して「値崩れ防止の国民運動」のような施策をしろとの考え方がある。
http://www.c20.jp/1933/06nirak.html
(2)国の財政危機
国家財政安定には増税以外にも方法があるという施策がある。
現在、国が発行する国債のほとんどは銀行が買わされて保有している。実に現在も銀行の経営基盤は弱いから、利息支払いは国が金融機関を安定させることからも重要となっている。そして理屈では国債発行額を減らす必要があると口で唱えるだけで施策がないのだ。
ところが、この国債を個人年金目的の積み立て制度に転用すれば、個人貯蓄が直接国家財政を担保することとなって、潤沢な国民貯蓄が財政を安定させるといった施策だ。第二世界大戦での戦時国債は、価値が「ほぼゼロ円」となったことから、日本の高齢者は買わないが、年金としての国家への貸付である=年金国債=であれば、返済期間と支払いが非集中化することから、安定・安全性が保たれる。金融機関が買わされている国債を少なくすればよい。財務官僚の言うように「急ぐ!急ぐ!」と云って、焦ったりする必要はないとの施策だ。
(3)消費税だけが増税手段
消費税率UPを導入すれば、地元密着型の小売店とか食材加工販売(飲食店)は、今の経済状況からすれば大量に淘汰される。大手のネットワークもしくはチェーン店であれば、値上げかもしくは材料品質を落とす=手をかけた高級品は供給が少なくなる。旬産旬消といった消費は、そもそも大手のネットワークもしくはチェーン店にはなじまない。すなわち、味や見た目は刺激的・きれい的品ではあるが、粗悪化することは間違いない。現行流通ルートの改善で、旬産旬消や地産地消の維持(全面で行うと非効率)を促進する税制を考えた方が現行5%でも消費は増加し税収は上向くとする施策がある。
ところで、EUの経済危機の根底には、安易に消費税率を引き上げ過ぎたことで消費が回らなくなったとするのが定説である。財務省は都合が良いときに、「アメリカでは」とか、「ドイツでは」とか、「フランスでは」とかの様々な事例をあげる(これを学者の間では、「ではの神」という)。ところが、今回の消費税論議には、「ではの神」が出てこない。そして、ヨーロッパでは、ぜいたく品の消費税は高いが、基礎的食料品ではほとんど消費税が減免されていることを、マスコミも見過ごしている。そこで、消費税をアップした時点の不況対策、それ以前の景気刺激や準備対策こそが必要だとする施策がある。
http://www.777money.com/torivia/syouhizei_world.htm
累進課税論争は学問的には決着したが、官僚たちから導入の話は出てこない。年収5000万円以上の収入内訳は、90%以上が「報酬」や給与ではないとの統計資料が出ている。このことから、学問的に累進課税は、「勤労意欲を低下させる」といった論拠は消滅している。世界で初めて累進課税を導入した国はアメリカである。日本もそうだが、初めて導入した時代と、個々人の収入構成は大きく異なっているのだ。産業空洞化の防止策は累進課税だとする施策もあり、東北の地震・津波・原発の復興税に累進課税を含める施策もある。
(4)日本国内資産の国内投資
日本経済に投資する資金はない!と言われる。これも良く考えると、従来方式の資本投下による産業育成、すなわち古典的経済学でいえば、「利子生み資本」を投下する意味が、日本国内にはないということである。新自由主義的経済学となれば、「(俗称)利回り資本」の投資対象が日本国内にはないということである。
ところが、経済成長と別枠で考える経済的豊かさを回復するための資金がないわけではない。俗にいう「大企業群の内部留保=260兆余」である。そのすべてが使えるわけではないが、それを経済的豊かさ(個人消費や生活満足度などの向上)に投資することへの期待は強い。財務省も実はこれを狙っている。
いわゆる商品は大まかには生産財と消費財である。このうち消費財を扱う企業は大手・中小問わず、経済的豊かさへの投資を増加させ個人消費の引き上げ、業績向上を狙っている。その経済論理である大企業群の流動性資金過剰状態、賃金水準低下による国内需要低迷、個人家計消費の低迷などへの指摘に対して、そうではないと反対の論述をする学者は皆無である。
筋の通った学説としては次のようなものが存在する。労働・雇用基準を改善し労働市場の健全化による労働分配率向上。社会保障施策を大幅充実し教育・福祉・医療の雇用拡大。一次産業と零細企業を念頭に地域経済循環政策。大企業への課税・社会保険料の賦課強化といった施策である。(但し、こういった学説では、従事者10人未満の企業は、時間制or出来高制を問わず事業主も含め全員を労働者と位置付けているから、誤解のないように)。
第二次大戦直後、日本では税収を上げるために、戦災で焼け残った家屋に対して固定資産税を(焼け残って幸運な人に)追加で掛けたことがある。イギリスでは、民間保有資産に対して最高で30%の課税をしたこともある。いよいよとなれば、戦後そういった課税をしてでも、それを国が投資に回して経済成長を図ってきた。これが戦災で打撃を受けた経験のある先進国でもある。今それをしないのは、当時に比べGDPと資産規模がけた違いに大きいからだ。(年間国家予算程度はすぐ確保だ=といった官僚の脅しも?)
§固有価値論で、経済のサービス化も価格反映が可能
目的と自覚を持って固有価値の付加に高度労働力を投入すればよい。
現在の不況の原因は、昔のような過剰設備による反動から来たものではない。消費の拡大が出来ていないことから何時までも景気低迷を起こしている。だから、経営管理のイノベーション&商品技術のイノベーションを進め、時代を切り開く「高付加価値製品や高水準サービス」を、商品の固有価値として科学的に付加することで、適切な安定した価格決定が行われ、これが業績拡張と利益増を図ることとなる(固有価値の見積書↓)。
コスト切り下げと海外移転ではジリ貧を招き、あげく身売りも避けられない。固有価値を付加した「生活文化型商品」は、数人の町工場でも業績向上の事例は数限りなくある。今は大量生産されてはいないものの、実にそういった商品こそがグローバル多国展開されている。
ちなみに、日本円で1億円以上の預金等を持つ富裕層は世界に1億人余といわれる。預金等は投資可能資産だけでは推し量れないから、各国の表向き預金統計数値等では富裕層人数を把握できない。その内、日本国内は150万人余(一部のマスコミの言う富裕層は投資可能資産の保有者で計算)。中国国内は約4000千万人といわれ、中国進出しなくとも連銀カードで日本へ買物に来る。そこでは、日本企業の商品づくりに存在する潜在的「固有価値」が、ブランドその他の型として発揮されているから、富裕層が日本から買うのだ。
ところで、サービス産業の特質について、松下電器産業叩き上げの安積敏政教授(甲南大学)が、九州産業大学の鄭森豪准教授の研究成果を紹介している。それは、サービス産業には7つの特質があるとして
(1)(サービス)商品価値の多因子性
(2)総合価値の概念的曖昧性
(3)価格とコスト間の相互関連の不明確性
(4)需要者側における購入対象サービスの事前評価の不可能性
(5)ストックの不可能性
(6)流通の短絡性(一段階性)
(7)多系統サービスのシステム化の必然性
としている。
この研究の非常に評価出来ることは、松下電産のアジア展開で叩き上げて来た安積教授の推薦する分析だから、現象面では信憑性が強いといえる。が、決め手はその本質である。
だが加えて、論理的合理的に、というのはこの論理性合理性がなければ他人に伝達できないのだが、要は分析できないと論述しているのである。だとすれば、サービス産業は経済性や社会性に基づいて価格決定が行われていないとの理論展開に利用される分析かもしれないのだ。これを否定したところで、軍事力や世間体あるいは経済外的強制によってサービス産業の価格が左右することとなる論理となる。だとすると、古代略奪経済活動とか封建的支配経済活動のように、正当なサービス産業を衰退させようとする人たちに便利な学説にもなりかねない、…中国の経済論理(贋作やコピー商品もその身近な論理)のようだ。
サービスと言われるもの業態について、今日までさまざまな学説が唱えられできた。場合によっては学説に縛られて経済活動や経営裁量を自ら規制している状況もうかがえる。しかしながらそれは、サービスと言われるものが未発達な時代を反映し、かつ本質を避けた学説であったからにすぎない。古い学説ならば、商品には使用価値(限界効用)と交換価値の2つの側面の価値があるとされるのだが、この使用価値(限界効用)に加えて固有価値が存在し、この2つの価値合計が交換価値として取引されると分析した場合、サービスと言われるものの業態にも価格論理性が生まれてくるのだ。
§今年は、人材・労働力の棚卸し
それぞれの個別企業では、今年はこれが求められる。現下の経済状況というのは旧式の統計調査方法では分からない。その統計の成り立ち&統計学の知識を備えていてこそ、やっと統計の正確に意味するところが分かるところまで来ている。今の経済危機の原因の本質を消費低迷だと分かっておれば、設備投資や鉱工業生産の統計などは景気回復後に見ればよいことなのだ。だが消費傾向や推移統計等のそれも、正確に意味するところが判明したところで(現実には次世代経済構造に役立つ統計は無い)、何を行動するかが経営には重要なのである。ひとつの方向に向かって経営哲学と経営戦略に、あらゆることをまとめあげていくことが、事業を経営するということである。「数値は踏まえるが数値には左右されない」と、これを歴史の事実や経営学は解明している。
それからすると、TPPとか消費税などの動向を見つめながら、個別企業では人材・労働力の棚卸しをすることが重要なのだ。その棚卸しが出来ないとか行わない場合は、一挙に不採算を生み出す。これは昨年の夏あたりから如実に現れた傾向である。これを先送りした企業ははっきりと決算に影響している。
すなわち、これからの主流となる
1.経営管理手法(新しい管理職の評価方法=メルマガ12月号)
2.業績拡大手法(新しい経営哲学にもとづく教育方法=メルマガ12月号)
3.そして、これにもとづく人材・労働力の棚卸しなのである。
単に使用価値を製造・販売する業務では、マニュアルで作業方法を確立し、より賃金の低い、その作業に適した労働者に切り替える必要がある。これこそ職業分類統計にも、その実態が事務作業者と労務作業者の増加として現われている。
だが問題はその次である。使用価値を単純労働で遂行するほどに、価格低下を起こし採算を脅かされるのだ。それをジレンマととらえて経営管理を行えば個別企業の存在価値はなくなる。だからこれが、日本の大手製造業の製品が価格競争にさらされ、あげく海外企業に市場をとられてしまった結末なのである。海外に進出して激烈な環境の中であくせく働くか、足を国内に着けた高い利益率の経営をするかは、作戦参謀である貴方が選ばなければならない。高い利益率は固有価値を付加することであるが、その理論体系の研究報告はこちらのWEBでどうぞ。(管理職の評価方法、教育方法、固有価値の見積書例などの解説は、このWEBの下のコンテンツ)。
http://www.soumubu.jp/new.html
筆者の経験からすれば、売り上げ不振や経営危機に陥ってからでは、こういった本来の棚卸しを行うことは不可能である。今や裁判所の動向も整理解雇について将来的な経営計画にもとづく必要性を認める方向にあり、そこでは上記のような手法と棚卸しは認められているのである。
今年の事態は緊迫する。手遅れになれば企業を破産させ、並行して有能な人材を確保した新会社の設立しか方法がなくなる。だが、そこでは経営者と古参社員に血が流れる犠牲を払わせることになる。
§固有価値の見積書(例)
生活文化型商品であればこそ、使用価値に固有価値を付加するには明確さが必要だ。ぼんやりとした付加価値論とか部下に説明教育できないようでは、この経済の緊迫事態の売り上げ向上に間に合わない。そこで、その見積書の作成例を作ってみた。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/koyuukachi.html
各々の文章で書かれた項目は、業種により簡潔な語句に変換すれば短くなる。通常の人間関係と双方の倫理的取引関係ならば、センテンス文章表現でも単語語句表現でも意味が通じるようだ。それは、自らが仕事で生み出す付加価値を、誰しもが正当に認めてほしいからであろう。
1.商品の使用価値部分は、従来通りの原価積み上げ方式の内訳を記載。
2.使用価値に付加される部分を固有価値とし、その内訳を明記している。
3.加工作業、事務作業、服務(サービス)作業で固有価値が増殖することを明記。
4.付加される固有価値を「お客の暮らしぶり&欲しくてたまらない品」として追加。
5.付加価値の中で決定的役割を果たす固有価値は、お客の将来希望の提起。
6.すなわち、お客の購買意欲、お客毎の受容感動、お客の将来希望ごとに記載。
7.元に戻って、最低必要限度&生命維持限度が使用価値分であることを明記。
8.お客毎の受容する感動は、原則1回性の固有価値である。
9.よって固有価値を付加により、購入時、使用時、保存期間を通じ価値が増殖。
10.暮らしぶりは地域文化に根ざすから、その文化圏外には持出す経費を要す。
11.顧客との関係は、固有価値を長期に安定提供し続けることになる。
……こういった考え方で、貴方の企業の商品見積を検討してみても、業務改善の要領が解明されて来る。
もちろん、公認会計士、税理士、大学院卒の中にはいまだに、商品には使用価値だけが交換価値(現在では通貨)に転換することになると力説する人物もいる。これでは、経済学部・経営学部で教条的に「使用価値論・交換価値」学説を習っただけだから、付加価値のある商品で成功している事業の存在を知らないのか、あるいは学問的分析ができない人物にすぎない。
また、この固有価値見積方式を営業部門に見せたところで、不採算を承知で営業販売している人物とか経営哲学の備えの無い人物では、全く理解できないことは当然だ。有能な人物は鋭いから直ぐ理解してくれる。しかし、全社的に固有価値がどのように付加されているかを見積書に表現できなければ、どの国に行っても、どんな仕事をしても、固有価値が無いとして商品も企業も、買いたたかれることは自然なのである。
またそれは、先ほど紹介した、新しい時代の教育とリンクしている。
1.接客方法(親切行為を現すには、客からの世間話に応じる方法その他)
2.商品知識の活用(客の生活意欲・受容感動・将来希望の三つを同時に叶える)
3.提供する価値(効用価値や使用価値に、どんな固有価値をプラスしたか)
4.直接間接のリピート(再来してくれる客だけでなく、廻り回って経済循環するか)
要するに、一般的に「会社の利益は2割の顧客から8割の売り上げ、不採算客に利益が分配される」と言われるが、それを具体的に解決することにも通じるわけだ。第一線の専門家は、顧客満足度の引き上げに成功したとしても、リピート率は50%だと断言する。クレームが出たときこそ100%のリピート率のチャンスと力説している。(谷厚志著『「怒るお客様」こそ、神様です!』徳間書店 2011/10/31)これこそが「固有価値の提供」そのものの論理なのである。
無秩序社会の到来と懸念もされるが、それは商道徳が破壊された空間が社会の中にマダラ模様のように発生し、増殖増加するという概念である。決して社会全体が同率、均等の%に灰色化するとの商道徳の破壊ではない。但し、商道徳の破壊は、古い産業、古い会社、古い人物から起こる可能性の高いことは否めない。資産があるから倒産は免れてはいるが、Talentも含め滞留する資産は社会の損失でもあるのだ。マダラに存在する無秩序商道徳破壊領域は、とにかく回避するしかない。
生活文化型商品の固有価値にまつわる概念を表にすれば次の通りとなる。
(人間行為の区別) 物作り 商い 自律する行為
(商品価値入手前) 意欲 感動 希望(リピート)
(商品価値の実現) 期待 満足 要望(クレーム)
§【書評】『〈起業〉という幻想』
(副題:アメリカン・ドリームの現実) 著者はスコット・A・シェーン。
アメリカにおける起業家に対する幻想を各種統計のもとに暴いたものである。本の後に結論めいた要点を6ページにわたってまとめている。内容を読み進むうちに、これはまるで日本の現実ではないかと思わせるものである。いくつかの要点をあげると、
ほとんどの起業家が失敗する割合が高い産業を選択している、
たいていの起業家はビジネスアイデアを計画的に探求していない、
ビジネスアイデアがはっきりする前に会社を立ち上げている、
長続きする起業家は社会的ネットワークは補助的、コネより知識である、
チームによる起業は非常に珍しく成功例が少ない、
多くの起業家が儲からないにも関わらず成功のチャンスを過剰に楽観視、
大半はやっていることが間違い、新たなビジネスの経営手法を間違えている、
そして経済政策としては、ほとんどの起業家が新企業を創業するよりも平均的な既存企業の方が事業拡大・技術革新で雇用を生み出すと主張している。よって、「新たな自営業はやめさせた方が、政府の経済効果が大きい」と結論づけている。
本文の最後に、「無知な起業家には、ぶざまな決定しかできないということを知る必要がある」とし、起業家を判定する選抜基準のようなものを、例として記している(p226)。
1.より資本金が豊富で、
2.株式会社として組織され、
3.明確なビジネスプランを持つ起業家たちが、
4.チームがフルタイム・ベースで創業し、
5.他人が見逃している顧客に製品を売ろうとしている、
6.比較的大きなビジネス ……としている。
さらに起業家には、
A.マーケティングと資金のやりくりを重視し
B.一つの市場に集中し
C.価格引下競争に走らないことが業績向上と解っている
さらに加えて、高い業績をあげる起業家は、
D.教育を受けていて、
E.始めるビジネスの産業で働いた経験を持ち、
F.利益をあげることを目標に創業した企業
……として著者なりに統計分析した実態を描き出している。
自ら起業を考える人や、貴方の関係者で起業しようとする人がいる場合は、必読の書であるといえる。
2011/12/06
第116号
<コンテンツ>
・急浮上!新エネルギーとして、シェールガス
・大阪ダブル選挙結果の経済学
・労働者派遣法改正、規制強化を見送った法案審議の裏側
・混沌とした社会では、経営哲学の変換が第一課題
☆使用価値とか効用価値さえあれば?
☆そこで、使用価値などに加えて固有価値を付加する必要
☆商品の使用価値ばかり目を向けていれば、
☆商品の効用価値ばかりに目を向けていれば、
☆固有価値とは、定義をすれば:納得される見積もりも
☆☆ハンバーガーを例にとれば☆☆
☆☆自動車を例にとれば☆☆
☆固有価値の具現化は、繁盛店や有能営業マンならば、
・この世は変わる、だから経営哲学の教育が必要!
・【書評】『日本人の9割に英語はいらない』
§急浮上!新エネルギーとして、シェールガス
頁岩(ケツガン)層に含まれる天然ガスがシェールガスと言われるものだ。けっこう昔から知られてはいたが、10年ほど前にアメリカのベンチャー企業が大量の水を使っての採掘技術を確立したことから、石油メジャーがこの企業を買い取り、アメリカで一挙に生産が開始されたのである。その価格は、今年春に従来の天然ガスの3分の1程度のであったものが、この秋には4分の1程度にまで下がり、まだ少しは値下がりを続けるとの見通しである。バイオマスエタノールのように話だけは数10年前からだが、いざ実用化と思えば一過性に過ぎたといったような代物ではない。
シェールガスが一挙に急浮上した背景には
アメリカの中東地域における立場が弱くなるにつれて、この20年間で原油価格は3倍に値上がりしている。現在の中東情勢は、アメリカの立場が益々なくなりつつあることで、石油メジャーがシェールガスに切り替えるといった動きなのだ。アメリカでは、オバマ大統領のグリーンニューディール政策による国の補助金が、米国財政ひっ迫(米国議会の今年8月と引き続く11月23日の動向)により、相当額の打ち切りが明らかになったことから、再生可能エネルギー分野のベンチャー企業の倒産(撤退して損得確定)も相次いでいる。加えて、従来からアメリカでは原子力発電所の新設が無理なこともあり、原料のウランとその後の鉱物をアメリカが確保できない事情があることを忘れてはならない。
こういった理由からアメリカでは、石油メジャーが一挙にシェールガスに進出しているのだ。経済産業省のブレインとなっている識者T氏は、「アメリカは石油エネルギーをもとに自動車工業を発展させた国だから、シェールガスに切り替えとなると産業構造が一変する可能性がある」としている。
ロシア政府までも、自国のシェールガスを日本に輸出したいと狙っており、今日まで日本政府を無視し続けていたが、最近は親睦的コンタクトを取ってきている。中国は、頁岩自体の埋蔵量が世界最大ではあるが、水資源がないためにシェールガスが採掘・産出できず、新たな生産イノベーションを待つしかない。
ところで、日本近海にはメタンガスが氷となって海底に眠っている。
1996年調査では、太平洋の静岡県沖から南南東へ紀伊半島、そして四国沖から九州の東沖に掛けて、少なく見積もっても日本の天然ガス消費量に換算すると96年分を超えて、確実に埋蔵されているとのことだ。今年の4月から実用化に向けての採掘調査が始まり、早ければ来年から一部商品化にこぎつける見通しだ。
そうなれば、益々日本のエネルギー事情は変化する。原発による発電も、政治的思惑と利権で促進してきたものだが、一挙に原発の高コストが問題となる。中部電力が原発停止をする際に、急きょカタールに天然ガスを買い付けに入ったが、こういった日本の天然ガス事情も、自動車産業の将来も変化が予想される。エネルギーが変化するから衣食住関連商品やその設備、自動車その他に新商品が現れることとなる。その新商品の波に乗って個別企業が経営改革を行ない、その商品の供給や流通をつかさどることが、これからの営業課題となってくる。だからこそ、理工系技術と並行して経営管理部門の創造的技術開発も要求されることとなるのだ。
薪、柴、炭、練炭といったエネルギーから、電気やガスに転換が進むことで、台所が土間から屋内、そしてリビングに中央移転するだけでなく、戸建て住宅からマンションなどの集合住宅に変化が図られた。そればかりか、集合住宅のおかげで大量の労働力を都市に集中させることができたのである。
大手や中小の企業規模を問わず、こういった見通しを知っていた個別企業は、成長をしたのだ。成功するには経営アイディアだけでは無理だ。それは経営管理部門の創造的技術開発を支える具体策を尽くした個別企業だったのである。今やそれは、ICT産業革命そのものであることは確かだ。
§大阪ダブル選挙結果の経済学
全国のマスコミは、意外な結果として社会的政治的な話題として取り上げている。筆者は政治は専門外であることから何とも言えないが、大阪市長選挙の投票率が60%を超えたことは、社会問題として認める必要はある。この高投票率に、マスコミに登場する目端の利く人たちは発言を変化させいった。大阪にいるから解るのだが、それは勝った側の応援勝手連の人までが微妙に開票日前までの発言を変化させているのだ。
最後まで、「大阪都構想」の中身は公表されず、二重行政克服ばかり、都構想にかかる経済政策は争点から外れていた。当選した人たちは、「だから大阪経済は再生する!」と一言もいわなかった。もちろん経済学分野から問題提起をした声も聞こえてこない。財政学の経済学的基本アプローチである、「府県というのは産業政策を担い、市町村は地元住民サービスをになう仕組み、これが現在の自治制度」といったことに関連する話も出なかった。とりわけ、大阪府の選挙争点に経済政策が、今まで持ち込まれないことは無かっただけに…、大阪は経済問題が関心事なのにも関わらず、である。
確かに、大阪都構想の経済政策かのようなHPも勝利者側WEBには公開されてはいるが、何ら従来と変わる理念や経済政策は見当たらず、大阪府と大阪市の二重行政さえ解消されれば、従来の政策が成功するとしているだけだ。現状の数字をあげて痛烈に批判は行うものの、実に選挙争点として出てきた経済政策は、大阪市交通局の民営化のほかに何もなかったのだ。さすがに選挙後、大阪都構想が実現する前でも、大阪府議会と大阪市議会&堺市議会のねじれ現象はあっても、経済特区、直通高速道路、府商工労働行政の市町村密着は何時でもできると、さっそく注文が付いている。
ところが、選挙が終わった途端の先週末、
大阪都構想に概要書の存在することが公表されたのだ。選挙前には、一切発表も報道もされずにいた構想だが、12月3日午前8時半ごろ(読売テレビ生中継)、作家の堺屋太一(元経済企画庁長官)から、「電話帳にして4冊分のページ数がある。中身は分厚いので、ここでは説明でききれない!」と発表されたのだ。
以前から筆者は不思議に思っていた。新しい大阪府知事M氏と大阪市長H氏の取り巻きや与党を見渡しても、いったいどこに経済政策通の人物が存在するのか、それが不思議でならなかった。選挙中に最も熱心に応援したのは「みんなの党」であったばかりか、11月27日夜の開票時点になってその渡辺党首や堺屋太一は、選挙事務所で当選の喜びを共にしていたのだ。開票日翌日の記者会見では、新大阪府M知事が府庁移転問題で前H知事と異なる発言をするなど、新大阪市長となった前H知事が客寄せパンダであるとの見方も裏付けられた。
そもそも、大阪都構想は、このH前知事の前任である元大阪府知事:太田房江が初めて提唱したものである。この太田房江は、当時の通産省本省の経済政策を大阪に持ち込もうとして知事に就任した通産官僚であった。しかし、当初は国の後押しによる経済再生を大阪府民は期待したのだが、府財政など公私共の金銭スキャンダルを追及され、大阪府財政の借入金急増と地元経済からの反発などで退任したとされる人物である。(大阪は官僚嫌い、官僚に対して評価は一段と厳しい)。
すなわち、今後の経済政策は堺屋太一が電話帳4冊と発表した、経済産業省本省の官僚でも躊躇するような経済政策を、大阪を中心に関西で劇的に推し進めようとする方針に間違いはなさそうだ。だが、これとて一般に公表されているものではない。少なくとも、経済産業省本省のありきたり官僚の経済政策も、彼らはすり寄るしか歩めない。大阪ダブル選挙が、現政権に隷属する本省官僚:>対決<:と野に下った元官僚たちとの代理戦争となった感も否めない。
そもそも、いまどきの政治家が、「経済政策コンペ」(優秀な経済政策を競う協議)を行えばとの意見もあるが、それでは政治家自らの命取りである。アメリカの経済学者コーエン(自称オーストリア学派:興味のある人は辞典を!)は、著書の『大停滞』(NTT出版)のなかで今のアメリカを述べている。「政治家がありのままに訴えれば選挙に勝つのは不可能に等しい」(p93)「アメリカの政治を単純化すると、“利益団体が経済のパイの大部分を奪おうとして政治に働きかけ、それを黙らせて政治の秩序を保つために、政府が何らかの形で補助金の類を与える”という構図になる」(p93)そして、2008年大統領選挙の共和党副大統領候補のサラ・ペインが、今は(著作は2010年)「急進派黒人解放組織ブラックパンサーや共産主義政治指導者さながらに過激な現状変革を訴えている」(p102)ことを紹介している。すなわち、コーエンは、経済成長が行き詰まった場合の政治家たちのとる行動を経済現象として説明しているのだ。
こういった意味で大阪ダブル選挙結果が、経済学的には、極めて財政学上奇異な現象を現し始めたと言える。
§労働者派遣法改正、規制強化を見送った法案審議の裏側
この臨時国会で、改正労働者派遣法の審議が開始された。2008年リーマンショック現象直後の「派遣切り」から、実に3年間の迷走ぶりだ。当初、その内容は派遣業を規制するものであったが、この臨時国会では殆どが骨抜き状態の法案審議となっていることから、社民党をはじめ労組側勢力は猛反発している。
ところが、当の厚生労働省は意外に平然としている。マスコミは、政府がその後の厚生労働省関係の法案成立に差し障りがあるとして自民党・公明党に譲歩したと報道しているが、それは素人の見方である。厚生労働省の本命は、今や期間雇用者(法律的には有期雇用という)をめぐっての争いである。
(判例法理の判断)。
広く用いられている期間契約(終期契約は異なる)は、いくら期間を短くしても、契約更新期間を概ね通算して4年目に突入すると終身雇用の契約成立(行政法である雇用保険も同様の考え方)となる。これが裁判所や紛争調整委員会の公機関に持ち込まれた場合は、自動的に就業規則に定める社員の雇用契約が形成されるわけではないが、定年もしくは65歳までの雇用延長が自動的に適用される。最も経営側寄りの弁護士だとしても、いくら事情があるとしても7年目に突入すれば常用雇用の契約成立は否定できないとしている。
……これが裏側に潜む動きで、この4年目に突入した期間雇用の終身雇用化を、厚生労働省は立法化しようと狙っていているのだ。
大手企業はきめ細かい対策
「派遣切り」の労働紛争で散々な目にあったことから、きめ細かい対策を打っている。それは、
イ)期間雇用の満了日前に解雇した場合は、最低でも契約期間満了までの賃金を遺失利益の賠償として支払う義務があるとの裁判例が定着したこと。それまでは、似非専門家から「30日分さえ払えば解雇可能」と間違った解釈を教えられていたが、いざ裁判を受けて立てば、期間雇用者の30日前解雇は違法と敗訴続きとなった。
ロ)整理解雇は、「四要素説」といえども、「四要件」をそろえなければ認められないといった判例を改めて理解したこと。これも似非専門家(一部の弁護士と社会保険労務士)に、四つの要件とも揃わなくても差し支えないケースもあると、「いい加減」な営業をされてしまって、酷い目にあっていた。似非専門家も次々と主張を変えてしまった。すなわち、期間雇用とは、業務用の波を緩和するために認められるもので、せいぜい通算は4年未満とされる扱い(雇用保険も同様の考え方)を知らされていなかった。あげく、似非専門家から、「期間雇用だったら、希望退職募集の前に解雇できる」と適当なことを言われ、大手企業の法規部あたりは踊らされてしまったのだ。
ハ)通算して4年未満の期間雇用者の契約解除であれば、合意書のペーパーさえあれば大丈夫といった絵空事に気がついたこと。通算して2年11ヵ月以内の期間契約で雇用し、満了する時には100~200万円の退職金を支給するとか、有給休暇を期間満了前にすべて消化させるとかの手立てを得た上で、自由意志にもとづく合意解約もしくは期間満了を迎えるようにするなど、訴訟に万全を期するようにした。
ニ)日雇い派遣その他の弊害は、都道府県労働局の権力行使的圧力でもって、ほぼ沈静化されているから、大手企業の経営に中小企業が市場侵食する危険性はなくなっていること。
さて、そこで厚生労働省は
こういった対策を打っていない企業、すなわち、中小企業の派遣先とか、偽装請負で労働者派遣を行っている企業とか、こういった中小企業の事業基盤実態をこの際無視して、厚生労働省は立法化しようと狙っていているのだ。だから今は、対策を打っていない中小企業の意見を反映したであろう自民党・公明党の、派遣業規制緩和の要求を受け入れたとしても、大枠では厚生労働省の目的が達成されるから、今臨時国会への規制を見送った法案提出となったのだ。対策を打っていない中小企業の兵糧を断とうというのだ。
裁判ともなれば事実、対策を打っていない場合では、訴えが起こされれば労働者側は必ず勝つ。まして、この1~2年の裁判所の動きは、不安定雇用労働者には理屈なく寛大で、常用労働者であれば年収3年分程度の和解金、パートであれば100万円程度の和解金を裁判官は迫って来る。経営側の弁護士の中には、この裁判官に対して迎合、誰の味方か分からないケースの弁護士もいて、解雇が事件化してしまえば多大な損害を招来するのが、現在の事件解決実状でもあるのだ。
【そもそも、労働力需給に関わる事業とは】
労働力需給は古代から行われている事業で、資本主義から生まれた事業ではない。民間企業経営者からすれば流れに任せ揺られながら経営することが定石であり、流れが変わる場合には船を岸に寄せて(借金をなくして)しばし停留することが鉄則なのだ。産業とは言いがたい事業に由縁するから、素人考えでは赤字を招きやすいのだ。結局のところ、派遣業規制反対の生半可な政治活動も、予想通り見事に厚生労働官僚に逆手を取られてしまった。素人ながらに、華々しく政治陳情を行ってカッコ良かったかもしれないが、自らの墓穴(赤字垂れ流しと借入金増)を負ってしまったという結果になりそうだ。
§混沌とした社会では、経営哲学の変換が第一課題
「金のために働く、売り上げ確保や、採算がPay出来さえすれば、生活のためにといっても要は金!」
……こういった経営哲学の変換が迫られているのである。これが、経済社会大変化の真っ只中にある、最大の経営課題である。担当は総務人事部門であり、大手では社長任せで逃げ腰と、担当部門がお茶を濁しているから、後退の一手でしかないのだ。
今の日本経済が立つ位置や経済動向からすれば、ただ単に金銭に交換できる商品を作っていれば流通するといった経済状況ではない。何をさておいても、日本には投資資金がないのだから、無いものねだりの経営哲学は通用しない。経営哲学を間違っていれば、経済理論も経営理論も間違ってしまう。精神論はさておいて、たとえば、「最終消費者向け製品や商品やサービスの重視」といった経営哲学ならば、次のような経済理論と経営展開になる。
☆使用価値とか効用価値さえあれば?
未だ、使用価値とか効用価値さえあれば製品として通用すると思っているから、国内では売れず、海外に行っても売れなくなり、新興国に真似され追い越され、軒並み売れない事態に陥っていると言えるのだ。経済学的にはこうなる。より少ない財の消費に向けての費用価格や生産価格認識といった概念は、基礎産品とか素材商品における供給管理費(粗利益率)の低い商品として低価格が形成されることも自然な成り行きとなっているのである。
☆そこで、使用価値などに加えて固有価値を付加する必要
が(経済経営学問上も)あるのだ。今日までの「付加価値を加える」といった発想は、使用価値・効用価値に毛が生えたような概念で、まだまだ主観的観念的、論理的には甘かった。科学的に解明されなかったから、商品を作る者や販売を担当する者たちに伝承されなかったのだ。固有価値を付加すれば、海外の富裕層1億人(世界で1億円以上の貯蓄を持つ人は1億人、そのうち日本には100万人居住)へ日本商品の展開も容易になる。固有価値を高めた商品の欧米圏への展開となると、経済・経営学的には、人の心を尽くし、精神を尽くし、日本文化を込めて商品を作れば、外国人は自国流文化で商品に理解を示し、日本から商品を取り寄せ、外国人顧客の要望を日本に伝え、あとは日本製商品を要望に応じて創れば、世界展開はできるといった具合である。この「外国人は自国流文化で商品に理解を示し」という部分は、資生堂:福原義春名誉会長の研究成果であり、日本流を押しつけてしまう場合は、文化的商品が売れない現実に通じるものである。
☆商品の使用価値ばかり目を向けていれば、
「より少ない財の消費」を追及する商品を多種多様に生産・販売し、結果的には安値を強いられる経済循環に陥らざるを得なかった。そして経済循環が出来なくなり、今や、「お金」がないから買えませんといった結末を迎えた。「より少ない財の消費」は、個人の消費購買力まで抑えることとなった。
☆商品の効用価値ばかりに目を向けていれば、
人間の心身に対する刺激に訴える付加価値に走る類のことしか思い付かず、結果は、継続的に生産・販売となる安定商品も作れず、(当然の帰結として)不採算商品出荷の連続を招いて、個別企業経営全体としては経営難に陥るしかなかったのだ。そして、本業で利益が出ないと考え、投機に手を出す企業も多くなった。そういう意味で、経済学を機械的に理解した似非専門家の罪は大きい。
☆固有価値とは、定義をすれば:納得される見積もりも
「需要者の購買・使用・保存の過程に具現化されるところの、購買意欲・受容感動・将来希望といった行動を生じさせる、商品に組み込まれたこの三つの要素を併せ持つ価値」
である。固有価値は、使用価値をベースにして、使用価値に上積みされる供給・需要が開花期である。受容感動とは購買者ごとに感動の微妙な受け入れ内容が違うことである。将来希望とは理に適った目的につながるものである。固有価値は、最終消費者が認識している生活文化に基づいて、その質量が判断され、流通に携わる商業従事者(供給者側代理人あるいは需要者側代理人)によって、(購買意欲・受容感動・将来希望の)定量定質化も可能となり得るのである。(効用価値、使用価値、そこに加える固有価値における価格決定メカニズムは、後日:学術発表)。
……このポイントで、成功する安定商品の要素、業務改善の要素が判明し、今までボンヤリしていた価値部分の見積もりが計算できるようになった。すなわち、
☆☆ハンバーガーを例にとれば☆☆
従来の工業文化型商品(価値論からいえば、効用価値あるいは使用価値)に重点が置かれているハンバーガーは、現在の多店舗展開販売に見られる商品型(マクドナルド等が典型)となり、まるで現在の民営配給制度である。食欲及び食欲をそそる+α程度の価値形成である。
これが固有価値に重点を置く生活文化型となれば、地域ごとの食材や味付けを活かし(単なる地産地消と異なるが)、顧客が中身を自ら選んで作るなどのハンバーガーとなる。生活文化的意欲は、単なる食欲などの意欲とは異なる。家族や友人との人間関係を通してこそ生まれる価値をハンバーガーで“意欲的”に求めるから、食材や味付けが話題や課題となり人間関係を通して“個人ごとに受容される感動”、改めて人間関係を新たに形成することでの“将来希望”を形成する価値を手に入れるためにハンバーガーを買うのである。利用者が固有価値を重視して買いに来た場合は、工業文化型ハンバーガーチェーンの利益源泉であるコーラとポテチの抱き合わせ販売作戦とは異なるのだ。
☆☆自動車を例にとれば☆☆
工業文化型重視であれば、バスやトラックが典型的で、輸送手段として自動車の機能や性能といった使用価値が重要な要因であり、「より少ない財の消費」法則が働くこととなる。これが、生活文化型重視となれば、購入目的に「家族で旅行する」とか「彼女と出かける」ためといった購買意欲・受容感動・将来希望の三つが重要な要因となる。だから、有能な販売員は、乗用車の機能を説明するのではなく、自動車を用いて人間関係を充実させる様を購買者に連想させて販売するのである
☆固有価値の具現化は、繁盛店や有能営業マンならば、
すでに行っていることなのだが、固有価値といった経済学上論理的な位置づけを行っていなかったから、業務遂行で甘さが起こり、教育訓練に落とし込めず、成功確率が低下する原因となっていたのである。もしくは、文化経済という視点がなかったから、固有価値を売り上げに結びつける属人的能力(意味不明)として、人事評価のお茶を濁さざるを得なかったのである。
工業文化型商品(効用価値あるいは使用価値の価値論を重視)から脱却しようとする人たちが多い国、すなわち、イタリア、フランス、デンマーク、スウェーデン、フィンランドといった地方では、表面的には芸術的雰囲気が強い人達と見えがちだが、実はこれらの国の経営学・経営管理学では、商品の持つ価値について極めて深い研究(有名どころは、ボローニア大学、ストックホルム経済大学など)がなされている。固有価値を交換価値に転換(売買成立)する成功率が高いということなのだ。
§この世は変わる、だから経営哲学の教育が必要!
こういった経営哲学の変換ができれば、要するに、利益体質の事業変換をさせることができる。だから大事を、一から個別企業で行う必要はないのだ。競合他社より一歩リードするだけで結果は直ぐに出る。
そして、
そのためには、教育から始めなければならないのだ。
会社の言うことを聞くように、事細かく「形」ばかりを教えるのは訓練であり、それは教育ではない。教育とは、言い換えれば、こういった「経営哲学を変換」する能力を身につけさせることでもあるのだ。前のメルマガにも述べたが、日本企業の社是・社訓というのは、創業時のものばかりであって、事業を継続するとか、時代環境に事業を合わせるといったものがないのである。おまけに、過去の経済環境時代のものばかりだ。
訓練しか受けてない人物に、一生懸命に勉強して仕事をしろといえば、益々訓練の成果は上がるかもしれない、ただし、それとて不安定不確実な話だが。ところが、その訓練を自ずと規定した経営哲学が未変換だとすれば、その訓練を重ねた末の賜物は業績不振を拡大するばかりだ。その現象をチェックする項目としては、手間の割には売り上げがないといった、作業単位当たりの人件費コストの増大である。この現象に経営者が気付かなければ、倒産を招くようなことになるのである。
とりわけ、対人サービスを行う労働者は、部門の長を先頭にお門違いの訓練を徹底している場合が多く、経営不振を自ら招いてしまうようなことは、日常茶飯事なのだ。倒産した後に自然淘汰だったと悔やむのは、まだ少しは経済感覚の残っている人だ。だから総務人事部門の仕事はここで重要なのだ。
今の経済状況に適合した経営哲学から導かれる教育の柱は、
1.接客方法
(親切行為を現すには、客からの世間話に応じる方法その他)
2.商品知識の活用
(客の生活意欲・受容感動・将来希望の三つを同時に叶える)
3.提供する価値
(効用価値や使用価値に、どんな固有価値をプラスしたか)
4.直接間接のリピート
(再来してくれる客だけでなく、廻り回って経済循環するか)
といた具合になるのである。
先ほど紹介した、アメリカの経済学者コーエン(自称オーストリア学派)でさえ、著書の『大停滞』(NTT出版)のなかで、「科学的なマネジメント手法」(p98)並びに「(教育にもとづく)科学者の重要性」(p125)を訴えている。コーエンは自称オーストリア学派なので、経済学でいうところの、「効用価値により消費財の価値は証明できる」とする学者である。人間の労働や努力に価値を見出さない学者だから、さほど固有価値を議論したがらないのだが、その彼であっても、経営の科学的手法と全学問分野の科学者の重要性を説いている。このコーエンの説は、本当の意味での経営哲学の変換と社員教育を、貴方が社内でアッピールするときも、個別企業再生の定石と言える根拠になるものである。貴方の職場では、手間の割に売上があがっているのか、「仕事がない!」と云ってブラブラさせていないで、メリハリをつけて今の仕事は効率的に片付け、あえて時間を作って、経営哲学を変換する教育を始めるべきなのである。
§【書評】『日本人の9割に英語はいらない』
こういった題名の本が出版(祥伝社)されている。著者は、2000年までマイクロソフト日本法人の社長をしていた成毛眞氏である。
著者は、20代~30代は仕事で覚えなければならないことが山ほどあるという。その大切な時期に英語の勉強に気をとられたら、肝心の仕事に集中できず、将来業績を左右する能力が取得できないと主張している。著者は、楽天の社内で日本人同士がつたない英語で話し合っているといったことでは活発な議論など望めない状況、ユニクロの英語重視とその反面では事業内外の調整手法、市場動向、販売・PRテクニック、企画力を軽視する状況について、冷ややかな視線を送っている。確かに、ネイティブな英語は、外資系企業のトップ3%には求められるが、TOEICの点数などあてにはならず、体当たりでコミュニケーション力を駆使して交渉を乗り切り、そこから学ぶしかないとしている。
それにもまして、欧米で知識人として認められ対等となるには、シェイクスピアと聖書を読み、その内容(日本人的理解ではなく)をつかんでいることが基本であり、歴史、芸術その他幅広い教養を身につけていることが普通であると推奨している。要するに、著者は人間性を高め教養を身につけることが仕事の基本だと言いたいようだ。
さらに第一章で著者は、「創造力のない人ほど英語を勉強する」と解説している。無意味で単調な作業を、如何に黙々と続けられるか。英単語や英文を暗記するのも仕事でルーティンワークをこなすのも根本的には同じだとし、求められるのは如何に効率よくこなすかであり、それは何かを生み出すクリエイティブな作業ではない。単調な作業を黙ってこなすのは、組織の命令に対して服従的な人だ。組織にとっては、ありがたい存在である、との、はっきりした主張だ。著者は、元外資系企業の社長経験者として、さまざま指摘している。
【筆者(むらおか)のコメント】
ちなみに、欧米流の努力プロセスとは、「心を尽くし、精神を尽くし、思い(思索)を尽くし、力を尽くし…」となる。だとすると、日本人ビジネスマンの主流である、「会社のため、金銭のため…」あるいは「日本製品で市場確保を…」などとは異なった人間性と教養こそが英語能力よりも重要だということとなる。
先ほども論じた、固有価値を高めた商品の欧米圏への展開は、さほど人間性や教養が身につかなくとも、日本人は、心を尽くし、精神を尽くし、日本文化を込めて商品を作れば、欧米人は自国流文化で商品に理解を示し、日本から商品を取り寄せ、欧米人顧客の要望を日本に伝え、あとは日本製商品を要望に応じて創れば、欧米に展開はできるのだから……といった具合になるのである。
・急浮上!新エネルギーとして、シェールガス
・大阪ダブル選挙結果の経済学
・労働者派遣法改正、規制強化を見送った法案審議の裏側
・混沌とした社会では、経営哲学の変換が第一課題
☆使用価値とか効用価値さえあれば?
☆そこで、使用価値などに加えて固有価値を付加する必要
☆商品の使用価値ばかり目を向けていれば、
☆商品の効用価値ばかりに目を向けていれば、
☆固有価値とは、定義をすれば:納得される見積もりも
☆☆ハンバーガーを例にとれば☆☆
☆☆自動車を例にとれば☆☆
☆固有価値の具現化は、繁盛店や有能営業マンならば、
・この世は変わる、だから経営哲学の教育が必要!
・【書評】『日本人の9割に英語はいらない』
§急浮上!新エネルギーとして、シェールガス
頁岩(ケツガン)層に含まれる天然ガスがシェールガスと言われるものだ。けっこう昔から知られてはいたが、10年ほど前にアメリカのベンチャー企業が大量の水を使っての採掘技術を確立したことから、石油メジャーがこの企業を買い取り、アメリカで一挙に生産が開始されたのである。その価格は、今年春に従来の天然ガスの3分の1程度のであったものが、この秋には4分の1程度にまで下がり、まだ少しは値下がりを続けるとの見通しである。バイオマスエタノールのように話だけは数10年前からだが、いざ実用化と思えば一過性に過ぎたといったような代物ではない。
シェールガスが一挙に急浮上した背景には
アメリカの中東地域における立場が弱くなるにつれて、この20年間で原油価格は3倍に値上がりしている。現在の中東情勢は、アメリカの立場が益々なくなりつつあることで、石油メジャーがシェールガスに切り替えるといった動きなのだ。アメリカでは、オバマ大統領のグリーンニューディール政策による国の補助金が、米国財政ひっ迫(米国議会の今年8月と引き続く11月23日の動向)により、相当額の打ち切りが明らかになったことから、再生可能エネルギー分野のベンチャー企業の倒産(撤退して損得確定)も相次いでいる。加えて、従来からアメリカでは原子力発電所の新設が無理なこともあり、原料のウランとその後の鉱物をアメリカが確保できない事情があることを忘れてはならない。
こういった理由からアメリカでは、石油メジャーが一挙にシェールガスに進出しているのだ。経済産業省のブレインとなっている識者T氏は、「アメリカは石油エネルギーをもとに自動車工業を発展させた国だから、シェールガスに切り替えとなると産業構造が一変する可能性がある」としている。
ロシア政府までも、自国のシェールガスを日本に輸出したいと狙っており、今日まで日本政府を無視し続けていたが、最近は親睦的コンタクトを取ってきている。中国は、頁岩自体の埋蔵量が世界最大ではあるが、水資源がないためにシェールガスが採掘・産出できず、新たな生産イノベーションを待つしかない。
ところで、日本近海にはメタンガスが氷となって海底に眠っている。
1996年調査では、太平洋の静岡県沖から南南東へ紀伊半島、そして四国沖から九州の東沖に掛けて、少なく見積もっても日本の天然ガス消費量に換算すると96年分を超えて、確実に埋蔵されているとのことだ。今年の4月から実用化に向けての採掘調査が始まり、早ければ来年から一部商品化にこぎつける見通しだ。
そうなれば、益々日本のエネルギー事情は変化する。原発による発電も、政治的思惑と利権で促進してきたものだが、一挙に原発の高コストが問題となる。中部電力が原発停止をする際に、急きょカタールに天然ガスを買い付けに入ったが、こういった日本の天然ガス事情も、自動車産業の将来も変化が予想される。エネルギーが変化するから衣食住関連商品やその設備、自動車その他に新商品が現れることとなる。その新商品の波に乗って個別企業が経営改革を行ない、その商品の供給や流通をつかさどることが、これからの営業課題となってくる。だからこそ、理工系技術と並行して経営管理部門の創造的技術開発も要求されることとなるのだ。
薪、柴、炭、練炭といったエネルギーから、電気やガスに転換が進むことで、台所が土間から屋内、そしてリビングに中央移転するだけでなく、戸建て住宅からマンションなどの集合住宅に変化が図られた。そればかりか、集合住宅のおかげで大量の労働力を都市に集中させることができたのである。
大手や中小の企業規模を問わず、こういった見通しを知っていた個別企業は、成長をしたのだ。成功するには経営アイディアだけでは無理だ。それは経営管理部門の創造的技術開発を支える具体策を尽くした個別企業だったのである。今やそれは、ICT産業革命そのものであることは確かだ。
§大阪ダブル選挙結果の経済学
全国のマスコミは、意外な結果として社会的政治的な話題として取り上げている。筆者は政治は専門外であることから何とも言えないが、大阪市長選挙の投票率が60%を超えたことは、社会問題として認める必要はある。この高投票率に、マスコミに登場する目端の利く人たちは発言を変化させいった。大阪にいるから解るのだが、それは勝った側の応援勝手連の人までが微妙に開票日前までの発言を変化させているのだ。
最後まで、「大阪都構想」の中身は公表されず、二重行政克服ばかり、都構想にかかる経済政策は争点から外れていた。当選した人たちは、「だから大阪経済は再生する!」と一言もいわなかった。もちろん経済学分野から問題提起をした声も聞こえてこない。財政学の経済学的基本アプローチである、「府県というのは産業政策を担い、市町村は地元住民サービスをになう仕組み、これが現在の自治制度」といったことに関連する話も出なかった。とりわけ、大阪府の選挙争点に経済政策が、今まで持ち込まれないことは無かっただけに…、大阪は経済問題が関心事なのにも関わらず、である。
確かに、大阪都構想の経済政策かのようなHPも勝利者側WEBには公開されてはいるが、何ら従来と変わる理念や経済政策は見当たらず、大阪府と大阪市の二重行政さえ解消されれば、従来の政策が成功するとしているだけだ。現状の数字をあげて痛烈に批判は行うものの、実に選挙争点として出てきた経済政策は、大阪市交通局の民営化のほかに何もなかったのだ。さすがに選挙後、大阪都構想が実現する前でも、大阪府議会と大阪市議会&堺市議会のねじれ現象はあっても、経済特区、直通高速道路、府商工労働行政の市町村密着は何時でもできると、さっそく注文が付いている。
ところが、選挙が終わった途端の先週末、
大阪都構想に概要書の存在することが公表されたのだ。選挙前には、一切発表も報道もされずにいた構想だが、12月3日午前8時半ごろ(読売テレビ生中継)、作家の堺屋太一(元経済企画庁長官)から、「電話帳にして4冊分のページ数がある。中身は分厚いので、ここでは説明でききれない!」と発表されたのだ。
以前から筆者は不思議に思っていた。新しい大阪府知事M氏と大阪市長H氏の取り巻きや与党を見渡しても、いったいどこに経済政策通の人物が存在するのか、それが不思議でならなかった。選挙中に最も熱心に応援したのは「みんなの党」であったばかりか、11月27日夜の開票時点になってその渡辺党首や堺屋太一は、選挙事務所で当選の喜びを共にしていたのだ。開票日翌日の記者会見では、新大阪府M知事が府庁移転問題で前H知事と異なる発言をするなど、新大阪市長となった前H知事が客寄せパンダであるとの見方も裏付けられた。
そもそも、大阪都構想は、このH前知事の前任である元大阪府知事:太田房江が初めて提唱したものである。この太田房江は、当時の通産省本省の経済政策を大阪に持ち込もうとして知事に就任した通産官僚であった。しかし、当初は国の後押しによる経済再生を大阪府民は期待したのだが、府財政など公私共の金銭スキャンダルを追及され、大阪府財政の借入金急増と地元経済からの反発などで退任したとされる人物である。(大阪は官僚嫌い、官僚に対して評価は一段と厳しい)。
すなわち、今後の経済政策は堺屋太一が電話帳4冊と発表した、経済産業省本省の官僚でも躊躇するような経済政策を、大阪を中心に関西で劇的に推し進めようとする方針に間違いはなさそうだ。だが、これとて一般に公表されているものではない。少なくとも、経済産業省本省のありきたり官僚の経済政策も、彼らはすり寄るしか歩めない。大阪ダブル選挙が、現政権に隷属する本省官僚:>対決<:と野に下った元官僚たちとの代理戦争となった感も否めない。
そもそも、いまどきの政治家が、「経済政策コンペ」(優秀な経済政策を競う協議)を行えばとの意見もあるが、それでは政治家自らの命取りである。アメリカの経済学者コーエン(自称オーストリア学派:興味のある人は辞典を!)は、著書の『大停滞』(NTT出版)のなかで今のアメリカを述べている。「政治家がありのままに訴えれば選挙に勝つのは不可能に等しい」(p93)「アメリカの政治を単純化すると、“利益団体が経済のパイの大部分を奪おうとして政治に働きかけ、それを黙らせて政治の秩序を保つために、政府が何らかの形で補助金の類を与える”という構図になる」(p93)そして、2008年大統領選挙の共和党副大統領候補のサラ・ペインが、今は(著作は2010年)「急進派黒人解放組織ブラックパンサーや共産主義政治指導者さながらに過激な現状変革を訴えている」(p102)ことを紹介している。すなわち、コーエンは、経済成長が行き詰まった場合の政治家たちのとる行動を経済現象として説明しているのだ。
こういった意味で大阪ダブル選挙結果が、経済学的には、極めて財政学上奇異な現象を現し始めたと言える。
§労働者派遣法改正、規制強化を見送った法案審議の裏側
この臨時国会で、改正労働者派遣法の審議が開始された。2008年リーマンショック現象直後の「派遣切り」から、実に3年間の迷走ぶりだ。当初、その内容は派遣業を規制するものであったが、この臨時国会では殆どが骨抜き状態の法案審議となっていることから、社民党をはじめ労組側勢力は猛反発している。
ところが、当の厚生労働省は意外に平然としている。マスコミは、政府がその後の厚生労働省関係の法案成立に差し障りがあるとして自民党・公明党に譲歩したと報道しているが、それは素人の見方である。厚生労働省の本命は、今や期間雇用者(法律的には有期雇用という)をめぐっての争いである。
(判例法理の判断)。
広く用いられている期間契約(終期契約は異なる)は、いくら期間を短くしても、契約更新期間を概ね通算して4年目に突入すると終身雇用の契約成立(行政法である雇用保険も同様の考え方)となる。これが裁判所や紛争調整委員会の公機関に持ち込まれた場合は、自動的に就業規則に定める社員の雇用契約が形成されるわけではないが、定年もしくは65歳までの雇用延長が自動的に適用される。最も経営側寄りの弁護士だとしても、いくら事情があるとしても7年目に突入すれば常用雇用の契約成立は否定できないとしている。
……これが裏側に潜む動きで、この4年目に突入した期間雇用の終身雇用化を、厚生労働省は立法化しようと狙っていているのだ。
大手企業はきめ細かい対策
「派遣切り」の労働紛争で散々な目にあったことから、きめ細かい対策を打っている。それは、
イ)期間雇用の満了日前に解雇した場合は、最低でも契約期間満了までの賃金を遺失利益の賠償として支払う義務があるとの裁判例が定着したこと。それまでは、似非専門家から「30日分さえ払えば解雇可能」と間違った解釈を教えられていたが、いざ裁判を受けて立てば、期間雇用者の30日前解雇は違法と敗訴続きとなった。
ロ)整理解雇は、「四要素説」といえども、「四要件」をそろえなければ認められないといった判例を改めて理解したこと。これも似非専門家(一部の弁護士と社会保険労務士)に、四つの要件とも揃わなくても差し支えないケースもあると、「いい加減」な営業をされてしまって、酷い目にあっていた。似非専門家も次々と主張を変えてしまった。すなわち、期間雇用とは、業務用の波を緩和するために認められるもので、せいぜい通算は4年未満とされる扱い(雇用保険も同様の考え方)を知らされていなかった。あげく、似非専門家から、「期間雇用だったら、希望退職募集の前に解雇できる」と適当なことを言われ、大手企業の法規部あたりは踊らされてしまったのだ。
ハ)通算して4年未満の期間雇用者の契約解除であれば、合意書のペーパーさえあれば大丈夫といった絵空事に気がついたこと。通算して2年11ヵ月以内の期間契約で雇用し、満了する時には100~200万円の退職金を支給するとか、有給休暇を期間満了前にすべて消化させるとかの手立てを得た上で、自由意志にもとづく合意解約もしくは期間満了を迎えるようにするなど、訴訟に万全を期するようにした。
ニ)日雇い派遣その他の弊害は、都道府県労働局の権力行使的圧力でもって、ほぼ沈静化されているから、大手企業の経営に中小企業が市場侵食する危険性はなくなっていること。
さて、そこで厚生労働省は
こういった対策を打っていない企業、すなわち、中小企業の派遣先とか、偽装請負で労働者派遣を行っている企業とか、こういった中小企業の事業基盤実態をこの際無視して、厚生労働省は立法化しようと狙っていているのだ。だから今は、対策を打っていない中小企業の意見を反映したであろう自民党・公明党の、派遣業規制緩和の要求を受け入れたとしても、大枠では厚生労働省の目的が達成されるから、今臨時国会への規制を見送った法案提出となったのだ。対策を打っていない中小企業の兵糧を断とうというのだ。
裁判ともなれば事実、対策を打っていない場合では、訴えが起こされれば労働者側は必ず勝つ。まして、この1~2年の裁判所の動きは、不安定雇用労働者には理屈なく寛大で、常用労働者であれば年収3年分程度の和解金、パートであれば100万円程度の和解金を裁判官は迫って来る。経営側の弁護士の中には、この裁判官に対して迎合、誰の味方か分からないケースの弁護士もいて、解雇が事件化してしまえば多大な損害を招来するのが、現在の事件解決実状でもあるのだ。
【そもそも、労働力需給に関わる事業とは】
労働力需給は古代から行われている事業で、資本主義から生まれた事業ではない。民間企業経営者からすれば流れに任せ揺られながら経営することが定石であり、流れが変わる場合には船を岸に寄せて(借金をなくして)しばし停留することが鉄則なのだ。産業とは言いがたい事業に由縁するから、素人考えでは赤字を招きやすいのだ。結局のところ、派遣業規制反対の生半可な政治活動も、予想通り見事に厚生労働官僚に逆手を取られてしまった。素人ながらに、華々しく政治陳情を行ってカッコ良かったかもしれないが、自らの墓穴(赤字垂れ流しと借入金増)を負ってしまったという結果になりそうだ。
§混沌とした社会では、経営哲学の変換が第一課題
「金のために働く、売り上げ確保や、採算がPay出来さえすれば、生活のためにといっても要は金!」
……こういった経営哲学の変換が迫られているのである。これが、経済社会大変化の真っ只中にある、最大の経営課題である。担当は総務人事部門であり、大手では社長任せで逃げ腰と、担当部門がお茶を濁しているから、後退の一手でしかないのだ。
今の日本経済が立つ位置や経済動向からすれば、ただ単に金銭に交換できる商品を作っていれば流通するといった経済状況ではない。何をさておいても、日本には投資資金がないのだから、無いものねだりの経営哲学は通用しない。経営哲学を間違っていれば、経済理論も経営理論も間違ってしまう。精神論はさておいて、たとえば、「最終消費者向け製品や商品やサービスの重視」といった経営哲学ならば、次のような経済理論と経営展開になる。
☆使用価値とか効用価値さえあれば?
未だ、使用価値とか効用価値さえあれば製品として通用すると思っているから、国内では売れず、海外に行っても売れなくなり、新興国に真似され追い越され、軒並み売れない事態に陥っていると言えるのだ。経済学的にはこうなる。より少ない財の消費に向けての費用価格や生産価格認識といった概念は、基礎産品とか素材商品における供給管理費(粗利益率)の低い商品として低価格が形成されることも自然な成り行きとなっているのである。
☆そこで、使用価値などに加えて固有価値を付加する必要
が(経済経営学問上も)あるのだ。今日までの「付加価値を加える」といった発想は、使用価値・効用価値に毛が生えたような概念で、まだまだ主観的観念的、論理的には甘かった。科学的に解明されなかったから、商品を作る者や販売を担当する者たちに伝承されなかったのだ。固有価値を付加すれば、海外の富裕層1億人(世界で1億円以上の貯蓄を持つ人は1億人、そのうち日本には100万人居住)へ日本商品の展開も容易になる。固有価値を高めた商品の欧米圏への展開となると、経済・経営学的には、人の心を尽くし、精神を尽くし、日本文化を込めて商品を作れば、外国人は自国流文化で商品に理解を示し、日本から商品を取り寄せ、外国人顧客の要望を日本に伝え、あとは日本製商品を要望に応じて創れば、世界展開はできるといった具合である。この「外国人は自国流文化で商品に理解を示し」という部分は、資生堂:福原義春名誉会長の研究成果であり、日本流を押しつけてしまう場合は、文化的商品が売れない現実に通じるものである。
☆商品の使用価値ばかり目を向けていれば、
「より少ない財の消費」を追及する商品を多種多様に生産・販売し、結果的には安値を強いられる経済循環に陥らざるを得なかった。そして経済循環が出来なくなり、今や、「お金」がないから買えませんといった結末を迎えた。「より少ない財の消費」は、個人の消費購買力まで抑えることとなった。
☆商品の効用価値ばかりに目を向けていれば、
人間の心身に対する刺激に訴える付加価値に走る類のことしか思い付かず、結果は、継続的に生産・販売となる安定商品も作れず、(当然の帰結として)不採算商品出荷の連続を招いて、個別企業経営全体としては経営難に陥るしかなかったのだ。そして、本業で利益が出ないと考え、投機に手を出す企業も多くなった。そういう意味で、経済学を機械的に理解した似非専門家の罪は大きい。
☆固有価値とは、定義をすれば:納得される見積もりも
「需要者の購買・使用・保存の過程に具現化されるところの、購買意欲・受容感動・将来希望といった行動を生じさせる、商品に組み込まれたこの三つの要素を併せ持つ価値」
である。固有価値は、使用価値をベースにして、使用価値に上積みされる供給・需要が開花期である。受容感動とは購買者ごとに感動の微妙な受け入れ内容が違うことである。将来希望とは理に適った目的につながるものである。固有価値は、最終消費者が認識している生活文化に基づいて、その質量が判断され、流通に携わる商業従事者(供給者側代理人あるいは需要者側代理人)によって、(購買意欲・受容感動・将来希望の)定量定質化も可能となり得るのである。(効用価値、使用価値、そこに加える固有価値における価格決定メカニズムは、後日:学術発表)。
……このポイントで、成功する安定商品の要素、業務改善の要素が判明し、今までボンヤリしていた価値部分の見積もりが計算できるようになった。すなわち、
☆☆ハンバーガーを例にとれば☆☆
従来の工業文化型商品(価値論からいえば、効用価値あるいは使用価値)に重点が置かれているハンバーガーは、現在の多店舗展開販売に見られる商品型(マクドナルド等が典型)となり、まるで現在の民営配給制度である。食欲及び食欲をそそる+α程度の価値形成である。
これが固有価値に重点を置く生活文化型となれば、地域ごとの食材や味付けを活かし(単なる地産地消と異なるが)、顧客が中身を自ら選んで作るなどのハンバーガーとなる。生活文化的意欲は、単なる食欲などの意欲とは異なる。家族や友人との人間関係を通してこそ生まれる価値をハンバーガーで“意欲的”に求めるから、食材や味付けが話題や課題となり人間関係を通して“個人ごとに受容される感動”、改めて人間関係を新たに形成することでの“将来希望”を形成する価値を手に入れるためにハンバーガーを買うのである。利用者が固有価値を重視して買いに来た場合は、工業文化型ハンバーガーチェーンの利益源泉であるコーラとポテチの抱き合わせ販売作戦とは異なるのだ。
☆☆自動車を例にとれば☆☆
工業文化型重視であれば、バスやトラックが典型的で、輸送手段として自動車の機能や性能といった使用価値が重要な要因であり、「より少ない財の消費」法則が働くこととなる。これが、生活文化型重視となれば、購入目的に「家族で旅行する」とか「彼女と出かける」ためといった購買意欲・受容感動・将来希望の三つが重要な要因となる。だから、有能な販売員は、乗用車の機能を説明するのではなく、自動車を用いて人間関係を充実させる様を購買者に連想させて販売するのである
☆固有価値の具現化は、繁盛店や有能営業マンならば、
すでに行っていることなのだが、固有価値といった経済学上論理的な位置づけを行っていなかったから、業務遂行で甘さが起こり、教育訓練に落とし込めず、成功確率が低下する原因となっていたのである。もしくは、文化経済という視点がなかったから、固有価値を売り上げに結びつける属人的能力(意味不明)として、人事評価のお茶を濁さざるを得なかったのである。
工業文化型商品(効用価値あるいは使用価値の価値論を重視)から脱却しようとする人たちが多い国、すなわち、イタリア、フランス、デンマーク、スウェーデン、フィンランドといった地方では、表面的には芸術的雰囲気が強い人達と見えがちだが、実はこれらの国の経営学・経営管理学では、商品の持つ価値について極めて深い研究(有名どころは、ボローニア大学、ストックホルム経済大学など)がなされている。固有価値を交換価値に転換(売買成立)する成功率が高いということなのだ。
§この世は変わる、だから経営哲学の教育が必要!
こういった経営哲学の変換ができれば、要するに、利益体質の事業変換をさせることができる。だから大事を、一から個別企業で行う必要はないのだ。競合他社より一歩リードするだけで結果は直ぐに出る。
そして、
そのためには、教育から始めなければならないのだ。
会社の言うことを聞くように、事細かく「形」ばかりを教えるのは訓練であり、それは教育ではない。教育とは、言い換えれば、こういった「経営哲学を変換」する能力を身につけさせることでもあるのだ。前のメルマガにも述べたが、日本企業の社是・社訓というのは、創業時のものばかりであって、事業を継続するとか、時代環境に事業を合わせるといったものがないのである。おまけに、過去の経済環境時代のものばかりだ。
訓練しか受けてない人物に、一生懸命に勉強して仕事をしろといえば、益々訓練の成果は上がるかもしれない、ただし、それとて不安定不確実な話だが。ところが、その訓練を自ずと規定した経営哲学が未変換だとすれば、その訓練を重ねた末の賜物は業績不振を拡大するばかりだ。その現象をチェックする項目としては、手間の割には売り上げがないといった、作業単位当たりの人件費コストの増大である。この現象に経営者が気付かなければ、倒産を招くようなことになるのである。
とりわけ、対人サービスを行う労働者は、部門の長を先頭にお門違いの訓練を徹底している場合が多く、経営不振を自ら招いてしまうようなことは、日常茶飯事なのだ。倒産した後に自然淘汰だったと悔やむのは、まだ少しは経済感覚の残っている人だ。だから総務人事部門の仕事はここで重要なのだ。
今の経済状況に適合した経営哲学から導かれる教育の柱は、
1.接客方法
(親切行為を現すには、客からの世間話に応じる方法その他)
2.商品知識の活用
(客の生活意欲・受容感動・将来希望の三つを同時に叶える)
3.提供する価値
(効用価値や使用価値に、どんな固有価値をプラスしたか)
4.直接間接のリピート
(再来してくれる客だけでなく、廻り回って経済循環するか)
といた具合になるのである。
先ほど紹介した、アメリカの経済学者コーエン(自称オーストリア学派)でさえ、著書の『大停滞』(NTT出版)のなかで、「科学的なマネジメント手法」(p98)並びに「(教育にもとづく)科学者の重要性」(p125)を訴えている。コーエンは自称オーストリア学派なので、経済学でいうところの、「効用価値により消費財の価値は証明できる」とする学者である。人間の労働や努力に価値を見出さない学者だから、さほど固有価値を議論したがらないのだが、その彼であっても、経営の科学的手法と全学問分野の科学者の重要性を説いている。このコーエンの説は、本当の意味での経営哲学の変換と社員教育を、貴方が社内でアッピールするときも、個別企業再生の定石と言える根拠になるものである。貴方の職場では、手間の割に売上があがっているのか、「仕事がない!」と云ってブラブラさせていないで、メリハリをつけて今の仕事は効率的に片付け、あえて時間を作って、経営哲学を変換する教育を始めるべきなのである。
§【書評】『日本人の9割に英語はいらない』
こういった題名の本が出版(祥伝社)されている。著者は、2000年までマイクロソフト日本法人の社長をしていた成毛眞氏である。
著者は、20代~30代は仕事で覚えなければならないことが山ほどあるという。その大切な時期に英語の勉強に気をとられたら、肝心の仕事に集中できず、将来業績を左右する能力が取得できないと主張している。著者は、楽天の社内で日本人同士がつたない英語で話し合っているといったことでは活発な議論など望めない状況、ユニクロの英語重視とその反面では事業内外の調整手法、市場動向、販売・PRテクニック、企画力を軽視する状況について、冷ややかな視線を送っている。確かに、ネイティブな英語は、外資系企業のトップ3%には求められるが、TOEICの点数などあてにはならず、体当たりでコミュニケーション力を駆使して交渉を乗り切り、そこから学ぶしかないとしている。
それにもまして、欧米で知識人として認められ対等となるには、シェイクスピアと聖書を読み、その内容(日本人的理解ではなく)をつかんでいることが基本であり、歴史、芸術その他幅広い教養を身につけていることが普通であると推奨している。要するに、著者は人間性を高め教養を身につけることが仕事の基本だと言いたいようだ。
さらに第一章で著者は、「創造力のない人ほど英語を勉強する」と解説している。無意味で単調な作業を、如何に黙々と続けられるか。英単語や英文を暗記するのも仕事でルーティンワークをこなすのも根本的には同じだとし、求められるのは如何に効率よくこなすかであり、それは何かを生み出すクリエイティブな作業ではない。単調な作業を黙ってこなすのは、組織の命令に対して服従的な人だ。組織にとっては、ありがたい存在である、との、はっきりした主張だ。著者は、元外資系企業の社長経験者として、さまざま指摘している。
【筆者(むらおか)のコメント】
ちなみに、欧米流の努力プロセスとは、「心を尽くし、精神を尽くし、思い(思索)を尽くし、力を尽くし…」となる。だとすると、日本人ビジネスマンの主流である、「会社のため、金銭のため…」あるいは「日本製品で市場確保を…」などとは異なった人間性と教養こそが英語能力よりも重要だということとなる。
先ほども論じた、固有価値を高めた商品の欧米圏への展開は、さほど人間性や教養が身につかなくとも、日本人は、心を尽くし、精神を尽くし、日本文化を込めて商品を作れば、欧米人は自国流文化で商品に理解を示し、日本から商品を取り寄せ、欧米人顧客の要望を日本に伝え、あとは日本製商品を要望に応じて創れば、欧米に展開はできるのだから……といった具合になるのである。
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