<コンテンツ>
・80年前の昭和大恐慌、よく似た失敗の再来か?
・我が個別企業だけが浮き上がるしかない!
・ネットワーク通信は本当の意味のリストラに
・労働関係法令改正の動き、最近の雑感
¶80年前の昭和大恐慌、よく似た失敗の再来か?
大恐慌=構造的経済危機突入の兆しが出てきている。経済成長とか豊かさは、最終的には個々人の生活に帰結するから、すなわち個人消費の動向が危うい。今の経済状況は借金で食い繋いでいる。先食いしているわけだから、最終的に帰結する個々人の生活が大事になるのだ。この経済問題が大事な時期にもかからず、たまに流れて来る言い訳めいた経済指標やマスコミの経済ニュースに踊ってはいけないのだ。一部の統計数値で、経済学を無視した景気底打ちなど判断できるわけがないのだ。
決定的なのは失業率である。
統計数値の取り方が時代や国によって違うが、 最新の失業率は5.2%(完全失業者は347万人分)である。先進各国との比較をするには、ここに雇用調整助成金の受給者を加えて計算する必要がある。その数は現在230万~250万人分であるから、合計すると失業率は9%近くになる。そこで、先進各国と比較した場合、アメリカやカナダは9%前後、フランス、イタリアは7%前後であるから、日本が決して安定しているわけではないことが分かる。その雇用調整助成金の受給申請には、未だ長い行列が続いている。景気対策緊急融資は、少しでも返済見通しのある個別企業には相当行きわたらせたようだが、問題は返済見通しの無い個別企業と抱えている労働者等である。
そして、こういった大型財政出動に借金を重ねるだけで、新しい時代にあった個別企業の具体的な再生施策を、未だ議論にするには至っていないことも確かだ。ついこの間まで立派に見える経営方針を唱えていた人たちは、時代背景とか経済背景が変化した途端に、これまた非現実的方針を、「毎日、惰性のように繰り返すだけ」になっている人が目につく。今日からでも商品構成を変化させなければならないのに、ただ、「単なる安売り作戦」に終始しているのがその典型である。極端なのが違法行為、創意と工夫の無さの現象である。
経済を下支えするには、
最終消費である個々人の生活に資金を投入するしかない。ただしそれは、将来の経済復興に向けての仕組みを作り、打撃を受けた個々人がその仕組みに乗れるための資金投入であることは当然である。決して、「只飯」を食わせるわけではなく、「只飯」を食わせる慈善事業(東京:山谷、大阪:釜ヶ崎その他)はこの世には一つたりとも無いのである。ところが景気対策資金は、発展途上国へのOECDの如く、北朝鮮への食糧支援の如く、この日本でも途中で「中抜き」が横行しているのである。
経済対策の予算は、
物事の本質が分からない官僚が立案し、官僚にはチェックのすべもないものだから、手の込んだ「中抜き」が景気対策予算全般に横行することとなり、「風が吹けば桶屋が儲かる」式の如くに、それなりの経済対策を打ったつもりなのだが、意に反して「派遣切り」や精神疾患・虚弱者の切り捨てといった現象が現われてしまうのだ。 官僚たちは「決まっている解答を解く能力」にたけている優等生としてチヤホヤされ育ったが、「中抜き」の力を発揮する者は、「正解のない解答」を解く能力にたけているのだ。こういった「中抜き」の能力を持つ人たちが社会的評価を受けたりすることはまれで、むしろ優等生たちからは排斥されていた存在なのである。この人たちをアドバイザーとして各々の主幹課に配置すれば、「中抜き」は相当解消される。ただし、「中抜き」をさせろと金融系が暗に圧力をかけ、微少の議員が暗躍することも確かだが。
以上、こういったものが経済分析と言えるものなのだ。文学部出身の新聞記者が書く経済娯楽三面記事とはわけが違う。
¶我が個別企業だけが浮き上がるしかない!
今の経済状況を見ていると、政権交代の有無にかかわらず、構造的経済危機を迎えることには間違いない。この450年ぶりの金融危機やICT革命を迎えるにあたり、旧態依然として集団同士の争い、組織同士の争いが未だ繰り返されるとすれば、主な政治や経済に関わる集団から有能な政策(それを考える人材)が湧き出て来るはずもないのである。派閥争いが起これば、その渦中の人たちの能力低下(馬鹿やアホになる)となるのは数千年前からの名言にある。自由経済・民主主義は集団ではなく個人の力で発展してきたことは歴史の事実である。確かに支えた人たちはいるが、集団なるものは支えなかった。発展する経済を広げるための、「新しい集団」を作ったのが歴史の真実である。
だとすると、現時点では、個人が、個別企業が、
起死回生に向かって突き進むしかないのである。とかく、サラリーマン生活が長いと、同調者が増えるまで、怖くてなにも出来ないといった癖が強くなるが、この「怖くて何も出来ない…」が命取りとなる時代である。書類送検されたカネボウの経営者も、(命の危険を感じたが)「10年前に手を打っておけばよかった」と語ったそうだが、これも集団が怖くて出来なかった典型である。本当の意味のリストラをするから、労働紛争が生じるのである。今や紛争を避けてばかりいる個別企業は、借金増、給与遅配、売上じり貧を迎えている。誰もが未経験の変化に直面しているから、経験主義は無能なのだ。もちろんこうなると、思考能力がない者は法律違反を繰り返さざるを得ず、コンプライアンスや環境に関心が薄いとして、個別企業内外から見切りをつけられることになる。有能な個人のほとんどは、こうなる前に心をこめて思考するが、そんな個別企業に見切りをつけて人生を切り替えもしているのだ。
「座して沈没を待つ!」とは、
思考しない者にとって、既に企業戦略を間違えたからには、決して投げ槍とか刹那的ではないかもしれない。
¶ネットワーク通信は本当の意味のリストラに
不可欠なものと言われている。ネットワーク通信を使った産業革命が到来するのは間違いない。昔の産業革命(大工業)は100年位かかっているが、今や10年は1年、一挙に進むこととなる。
そもそも産業革命とは、生産された財物の消費者である市場の激変によってもたらされたものである。画一標準的な商品が売れなくなったことから多品種少量生産となったが、実際は画一標準商品に毛の生えたような多品種少量であった市場が閉塞したのである。そして、金融資本が利回りを求めて信用経済膨張(架空経済)に至り、金融危機となり、一挙に信用収縮を進めているのである。
従来の閉塞市場は、今や「最終消費地を一国単位から世界単位」に変化させ、一品注文生産と思えるような多品種少量生産でもって市場開拓をすることになる。これは、ある意味、そこまでの人類発展段階に到達したとの分析評価もできるのである。
そうだからこそ、ネットワーク通信が需要予測から最終消費に至るまで必要となってきているのである。その意味でIT革命と言われているものが、ICT(コミュニケーション)革命とトレンドが変わってきているのである。経済産業省はIT、総務省はICTといった語句表現の好き嫌いといった次元ではない。
コンピューターといえば、
IBMが興し衰退→マイクロソフトが普及させ停滞→次にグーグルが取って変わろうとしている。個別企業が自前でサーバーとかハードディスクを保有する時代は終わった。(暗号技術発展は、実はアメリカ政府が暗号を禁止していたところ、解禁と同時に発展したもの)。
販売市場にあっては、多品種少量生産といえども、個別企業同士の陣取り合戦から規格競争(ブランド性)に変化しつつある。このことは設備投資不要と言われるサービス業系の中小企業に至るまで、ネットワーク通信を使って超大型サーバーと通信を行ない、ネットワークに蓄積をする時代になるということなのである。
そもそもネットワークの語源は、
アメリカにおいて、会社ごとの固定電話網(別会社だと電話がつながらない)の意味であった。だから、ネットワークの良い電話会社と契約しないと、電話先の量が限られるから、その会社の固定電話網の作用地域が問題になったのだ。それから様々な経緯をたどり、直近の注目点はネットワーク技術の飛躍が再来することである。数年前の日米半導体摩擦問題により、日本は半導体技術を水面下で韓国に移した。このために韓国の半導体は現在、世界で優位に立っている。その日米半導体摩擦が解決に向かうので、再び日本は表立って半導体に乗り出すので、新しい技術開発で日本は半導体優位となり、これがネットワーク技術水準を飛躍させることが確実になっている。先日の日本政府の半導体向け大型投資は、そういう意味であって、社会主義政策の再来ではないのだ。
個別企業の、「高付加価値製品や高水準サービス」の提供は、
1.提供するための事業内外の作業組織
2.適切な労働力の確保と労働時間の割り振り
3.業務遂行のための物理的精神的技術体系
究極はこの三要素の取り組み如何である。
その結果が、個別企業の収益性、事業生産性、労働意欲、作業効率となって現れるのである。この「益・産・意・効」の四分野のどれに問題点があるかを絞るのが経営診断のコツなのだが、今から本当のリストラをする場合に、この究極の三要素にネットワーク通信が不可欠であるという意味である。
¶労働関係法令改正の動き、最近の雑感
労働時間、派遣業、職業(就業)能力向上などにまつわる法律改正が目白押しである。国会動向によって政策が停滞しているように思えるのは、マスコミがそう書いているだけで、現実の動きは早くも大きく旋回している。すなわち、平成18年度から以降の労働政策は、規制緩和の余波が存在していても、厚生労働省は海底での規制強化方向を着々と進め、オバマ大統領当選をきっかけに、一挙に「規制姿勢」をあらわに出して、いよいよ法的規制を(法律制定前に)定着させようと動いているのだ。だから、マスコミに翻弄されていると目をくらまされてしまうという訳だ。
(この際、法律案、法令、通達の詳細説明は省略して、本質を解説)
労働時間短縮は、
今回の経済危機によって残業が削減されていることから、統計数字に現れる長時間労働は解消されているとしている。ただ、統計の取り方がお粗末なだけで、労働時間のアンバランスな実態には変わりがない。統計に現れないから、政策的な手立ては打たれることがない。そこで、労働基準監督官が労働時間是正の監督指導に入る、「個別企業:監督官」の肉薄戦にステージが移っている。その結果が、7月2日の舛添厚生労働大臣の、「日本では労働法が遵守されてない」との嘆き発言である。こういった現象の奥底にある本質は、月60時間5割増賃金の法令施行前に、時間外労働を「月60時間未満」の状況に、実態を持ち込もうとしている政策誘導だ。
派遣業など労働力需給市場は、
社会問題になった日雇派遣が典型的、日雇派遣には政策的な弾圧が繰り返され、ほぼ厚生労働省の考えている程度にまで縮小されつつある。製造ラインの派遣は、選挙結果にかかわらず大幅に縮小される見通しだ。その代替えとして、請負条件を満たした業務請負、並びに職業紹介事業である。そもそもの政策的な目的から1997年(1999年派遣法緩和はではない)に始まった「賃金コスト抑制政策」はほぼ完了したから、それなりに派遣事業の形態には、もはやすることが無くなったのである。これからの日本経済を見越して、職業能力に重点をおいた労働力の企業間異動に政策が移りつつある。厚生労働省は、民間活力だ何だとか言ったとしても、職業安定所よりも規模の大きな派遣会社は作らせなかったし、先日からは派遣会社が倒産したとしても、所詮は職業安定政策の一環として民間事業所に、「仕事をさせてやる」と許可したにすぎないから、要するに派遣業者は必要なくなってきたということとしているのだ。これを背景にして労働者派遣法の改正が進められるのである。
職業(就業)能力向上は、
将来の日本経済再興に合わせて、改めて、日本の労働者の能力向上政策を図ろうとすることにはなったようだ。ところが、セーフティネットに名を借りた予算措置はしたものの、直球の予算組はほとんどないことで、本当に何から如何に着手すれば良いのかが分からないといった状況のようだ。ただ、日本の死活問題として、職業能力向上政策を位置づけようとしていることは確かである。日本の賃金水準低下政策は終了して、次は「職業能力の向上が所得の拡大につながり、消費が増えて経済が活発になる」と労働政策(労働白書21年版)は位置づけている。この理念から、この能力向上に向けて帰結するところの日本型雇用システム、賃金・評価システム、新産業雇用創出分野を政策的に再考して行くことにしている。個別労働紛争の解決機関(労働局:紛争調整委員会)を整備して、労働者の集団的管理から個別的管理への移行させているのも典型だ。具体的な政策展開案はこれからのようだが、人海戦術で経済を成り立たせようとする戦略は、戦後約65年をもって終焉することとなった。大げさにいえば、労働政策は戦後の日米経済同盟関係に、見切りをつけようと動いているのだ。
さて、この20年余の労働政策は、
法律施行前に、事前に規制を完了した実態を作り上げてしまうとの方策を採用してきたし、これからも当分の間この方策は継続される。したがって、個別企業における人事労務政策は、法律が施行される日時からでは遅いのである。すなわち、行政裁量権を大いに発揮して政策誘導を進め、旧労働省職員(行政改革を免れた)の組織力を以って実態形成を進めているのだ。最近は、厚生労働省の非正規職員に人事部門経験者や社会保険労務士を雇入れ、事業のアウトソーシング先に社会保険労務士会を動員しているのが特徴である。
ときに、個別企業の対応が遅いが為に、貧乏クジを引かされる法律も存在するのだ。安全策はその逆で、ある。
2009/07/07
2009/06/08
第86号
<コンテンツ>
・新自由主義と言われる時代に、乗りに乗った社長
・世界中が大不況でも、衣食住関連は強い!
・今、切実となっている労働力(商品)はどうなる?
・経営者も労働者も借金苦から逃れる!未然防止!
・労働契約方の解説(おしなべて間違いやすい事柄の解説)
¶新自由主義と言われる時代に、乗りに乗った社長
何をもって新自由主義というのか定かではないにしろ、こういった経営者たちは、「今に景気は回復する!」と力説する人生観しかないのだ。昨年7月に世界的な金融収縮情報が流れ、秋に向けて次々と収縮が実行されていったにもかかわらず、リーマンショックが出るまで「動きのとれなかった経営者」なのであった。経済が落ち込むことが見えなかった経営者というよりは、経済は右肩上がり以外は存在しないといった人生観に凝り固まっているのである。
身近な例でいえば、元大手銀行員を経理部長などに据え置き、社長より高い給料を出し、「銀行融資と銀行返済、そのために売上高拡大とリストラの繰り返し、銀行との付き合いを止めれば、会社はつぶれるぞ!」としか言うことがなく、権限と恫喝を繰り返している頑固者と同じような者である。経営者の相談相手と言われる税理士にも、「銀行の言う通りしないと、大変なことになる。取引できなくなる!」と銀行の方ばかり向き、「税金は払っておかないと大変なことになる。税務署に突かれて潰される!」が口癖の人物、経営者の方を向いてくれていないのだ。時節柄の例えでは、「景気対策で真水が来るから、少しは潤うみたい!」といった巷の話と同じであり、実のところは政府の官僚と官僚OBで食い散らしてしまうだけ、バブル崩壊以降は民間に潤いが回って来た例もないのだ。
個別企業は一丸となり、個人は性根を据えて「豊かさと安定」を考えなければならない。巷のニュースや心地良い情報ばかりを追っかけているばかりでは、「自ら望んで他人の餌食になって行く道のりを歩んでいるかもしれない。
¶世界中が大不況でも、衣食住関連は強い!
詐欺やインチキ商法も横行しているが、知恵を出して今までとは全く違う新しい商品の考え方、新しい価値観を開拓している個別企業は強い。最近、マスコミでも紹介される衣料や外食に関する「激安」といった商品がそれだ。衣料はおしなべて旧来の非効率な作業、すなわちマーケティング、デザイン、素材、縫製の常識を革新して商品を提供しているようだ。そのためには、旧態依然とした業界のシガラミから(国外生産などで)脱却する方法もとっている。外食は、食材調理に力を入れるのではなく、ある程度加工した食材の販売に焦点を絞り、店舗に投資せず立地重視で展開しているようだ。いずれも、バブル時代に乗りに乗った業界人から、「業界の常識ではない!」と否定された非科学的圧力で潰されていたところの考え方と顧客の価値観が、今や(常識脱出!)花盛りになろうとしているのだ。明治の産業革命の時もそうであったし、昭和大恐慌の時もそうであったが、こういった知恵が経済回復を進めるのである。昭和大恐慌の時は、それまでの不景気が昭和4年にパニック、昭和12年には民需を回復させたから、現代の経営環境を工夫すれば速いのであり、現代の経済構造からすれば、それぞれの個別企業ごとに回復するのは明らかだ。
「福祉、介護、医療の分野で内需拡大!」と、
これをうたい文句とするストリーは選挙目当て、世論誘導であり、それだけでは将来経済に誤解を生ずる。
高付加価値製品や高水準サービスを提供すれば、日本の商品は世界貿易に通用する。もうすぐアメリカは輸入国から輸出立国に転換するが、その時日本が、全く違う新しい商品の考え方&新しい価値観を開拓して高付加価値製品や高水準サービスを提供していれば、アメリカと肩を並べていることは目に見える。資本力、多国籍海外投資、こんなもので日本が勝てるわけがない。豊かさを犠牲にしてまで勝ちたくないのが日本の文化だ。
¶今、切実となっている労働力(商品)はどうなる?
サラリーマン、正社員、非正規社員その他、何をどう言おうとも労働力を商品として、民間個別企業は受け入れるしかない。労働者はその代金(賃金)で生活しなければならない。代表取締役の肩書があっても、自分の意思にかかわらず働かなければならない人も、労働力を商品として他社から報酬を得るしかないのだ。
個別企業からすると、雇っている人の、「能力とか使い道」の使用価値が重要となる時代になった。銀行から融資が転がってきて、専門的能力は程々に、頭数をそろえて事業を運営すれば資金が回転した時代は過ぎ去った。その意味で450年ぶりの金融危機を肌身に感じるのである。
片や、専門的能力を持ちながら、又その芽を持ちながら、活躍できるステージに立っていない人材が巷には溢れて出てきていることも確かなのである。人材を金銭価値ばかりで判断したものだから、要するに、判断要素の大半が年齢、職歴、通勤などを賃金額に置き換えていたので、「能力とか使い道」の客観的合理的判断はなおざりにされていたのである。日雇い派遣とか製造業派遣に至っては、能力・経歴を消し去って、完璧、「頭数と利ザヤ」の世界観で運営されていた。受け入れ側の必要性から面接→採用決定→解雇指示に手を染めて、職業安定法違反の労働者供給の片棒を担がされる犯罪者の立場に立たされた者も発生した。労働組合も昔ながらの金銭に固執するばかり、産業別とか職種別というよりも会計別労働組合(金銭を取りやすいところに矛先を向ける組織形態)の様相を持つに至っている。
人材派遣の方式では、こういった労働力の需給を解決することはできない時代だ。日雇い派遣とか製造業派遣は、ミスマッチをますます拡大させた。それどころか、ニーズが無くなったばかりでなく、この分野の派遣業を事業として行えば資本滞留が甚だしい業態になっている。既に多くの派遣会社がその前に倒産・夜逃げをしている。
「能力とか使い道」を重視すれば、労働者からしても職業紹介が今のニーズに適合している。
もちろん、旧来の職業紹介のイメージではない。「箱物:パソコン検索施設」ハローワークのイメージでもない。週に2日程度だけ働きたい主婦層も数多い。労働力提供はそこそこにして、社会参加や社会貢献が主な目的な人物も存在する。一つの会社にフルタイムで働く煩わしさを避けたい労働者もいる。もちろん、正社員希望者の数が多いのではあるが、職業能力向上が「高付加価値製品や高水準サービスの提供」に不可欠であることを、個別企業と労働者に徹底訓練することも重要である。これも、今までとは全く違う新しい商品の考え方、新しい価値観なのである。この方法、既に職業安定法の法律では整備されているから、新規事業としての実効あるのみなのだ。有能な人材が腐ってしまわないうちに、活躍するステージが無いことから転落して再起不能にならないうちに、個別企業が「能力とか使い道」のある人物を確保できるように、社会的事業を民間・個別企業が行うことは、日本経済を立て直す具体的な手段でもあるのだ。
¶経営者も労働者も借金苦から逃れる!未然防止!
注意! 帳簿に振り回されてはいけない。
時に、会計帳簿は見つめているうちに虚構を生み出す装置だ。時価会計、原価会計いずれも、所詮は経営・経済の社会科学とは縁遠い代物、時の政策が都合で立案したものだ。公認会計士の制度も、「帳簿や会計制度が悪いから、1929年の恐慌が起こった!」とする、いまや非科学極まりない理屈(現下の金融危機到来が証拠)がまかり通り、当時占領下の日本、アメリカGHQの肝いりで導入した虚構なのだ。
金融機関の今は序の口、これから絶大な資金回収と資産整理が行われる。金融庁も「正当な範囲」だとしてこれを後押ししている。ただし、この「正当な範囲」とは、自由平等を目的とした社会共同体の秩序が壊されない限りという意味であって、金融機関の支店長や銀行員の口から出まかせ話ではない。その基本になるのは、平たくいえば、
「健康的で文化的な生活」を捨ててまで、借金返済をする必要はないという原則。
生活保護水準の最低限度まで生活を落とす必要もないのだ。
そのコンプライアンスで、金融機関も裁判所も認めざるを得ない具体策をまとめてみた。
さて、このいくつかは、株式会社総務部でアドバイス済の手法である。
■個別企業でチェックしてみましょう■
・新規事業融資、リストラ資金名目で、今のうち融資を借りておく。
・銀行が、小出しに金利引き上げを言ってきたら、初動でハッキリ断る。
・すべてカード決済はやめる。余計な出費がなくなる。
・信販やリースの返済は大幅カット。「持って帰ってくれ!」といえば良い。
・どうせ割れない手形なら、手形支払をやめて「支払証書」に変更。
・売掛金を入金する口座は、借入の無い銀行口座に変える。
・今のうち、会社所在地、住所地から遠くの銀行口座に預金を異動する。
・ゆうちょ銀行、信用金庫、信用組合の預金差押対策は複雑専門手法が必要。
・公共料金などの引き落とし専用口座の余分な預金はすべて出す。
・定期預金を外し、普通預金を引き出すのに、理屈や正当性はいらない。
・遅延損害金を払わない。実は元金返済充当にあてている場合も。
・住宅ローンでさえ、注意!金利を引き上げて来る時代である。
・銀行に担保を渡せば、返済残額は年度末には貸出帳簿から削除される。
・銀行と協議を続け、担保物件を任意売却して融資額ゼロにする方法がある。
・「粉飾決算」芸当を逆手にとって、銀行は融資回収に襲いかかる。
■こうやって、保証人は身を守る!■
(保証人になったことを忘れている人も多い。)
・銀行から、この3年~5年以内に保証人の意思確認があったか思い出す。
・保証人宛に全額返済の内容証明が来てもあわてない。返信しない。
・今のうち、会社所在地、住所地から遠くの銀行口座に預金を移動する。
・素人では、ゆうちょ銀行、信用金庫、信用組合の差し押さえに対抗できない。
・無担保のマイホームは妻に贈与。結婚20年以上なら評価額2千万円までは相続税なし。
・妻が保証人の場合は、子供にマイホームの十分の一程度を生前贈与して競売不能にしておく。
・マイホームに住宅ローンが設定されていれば、差し押さえられても競売にはならない。
・ローンのないマイホームは、友人との間で登記をして抵当権を設定する。
・何れにしろ保証人の最大防御は、「話さない、払わない、行かない。」
■虎視眈々(こしたんたん)と、■
あなたが次々に対策を打っておけば、不測の融資返済が襲いかかってきても、あなたの家庭と個別企業を守ることができる。事実、昭和大恐慌のケース(そのまま応用出来ないが)では、事業失敗だけでなく、保証人になって田畑の財産を失ったケースが多かったことも事実だ。
同じ方法で、この際有能な社員を借金苦から守ることも、総務人事部門の重要な仕事だ。
¶労働契約方の解説(おしなべて間違いやすい事柄の解説)
労働契約の成立は分かりやすいが、変更となると実務上、順番を間違えてしまう場合が多い。これを整理すると次のようになる。
1.使用されて労働+賃金を支払うことの2要件で労働契約は成立する。
(二つの要件がそろわなければ、契約は成立しない)
2.合理的労働条件の就業規則周知で労働条件成立。
(合理的とは道理のあることが、概ねの意味)
3.労使が合意すれば、労働条件を変更することができる。
4.合意できなければ、合理的なものに限り就業規則変更で可能。
5.労使が個々に特約労働条件を結んでいれば、最優先する。
6.個々の特約や就業規則よりも、労組との労働協約が優先する。
7.安全配慮、出向、懲戒、解雇は、何よりも労働契約法の条文が優先する。
したがって、本人との合意が取れたならば、
安全配慮、出向、懲戒、解雇の条文→労働協約→本人との特約→就業規則
の順序で、変更手続のチェックをすることとなる。
ところが、合意がとれない場合は、
就業規則(賃金規定、退職金規定、その他別規定)の変更をすることとなる。
この場合に、従業員代表選出、不利益変更7要件などを満たしていなければ無効とされる。
出先で労働提供を行うような業種では詳細な労働条件、すなわち勤務地、賃金額、週労働時間などを個別労働契約の締結に(就業規則で)委ねている場合が一般的であるが、そういう方法をとっている場合は、労働契約変更の合意を本人から取るしかないことになる。
事務手続き優先の発想とか、現場を知らない専門家?の類は、すぐさま不利益変更7要件とか就業規則条文語句を、あれこれ取り沙汰する。これに対し、実務専門家や真の法律家は、労働契約法や労働基準法の基本趣旨と条文の両方を踏まえることで本質を見抜いた運用を、本質的なところからアプローチするのである。
業務遂行、労働者統制、人間関係、法令関係、紛争の可能性などを総合的に判断できるようになるのは、「本質からアプローチと工学的分析の訓練」、これを日常的に積み重ねているからなのである。
・新自由主義と言われる時代に、乗りに乗った社長
・世界中が大不況でも、衣食住関連は強い!
・今、切実となっている労働力(商品)はどうなる?
・経営者も労働者も借金苦から逃れる!未然防止!
・労働契約方の解説(おしなべて間違いやすい事柄の解説)
¶新自由主義と言われる時代に、乗りに乗った社長
何をもって新自由主義というのか定かではないにしろ、こういった経営者たちは、「今に景気は回復する!」と力説する人生観しかないのだ。昨年7月に世界的な金融収縮情報が流れ、秋に向けて次々と収縮が実行されていったにもかかわらず、リーマンショックが出るまで「動きのとれなかった経営者」なのであった。経済が落ち込むことが見えなかった経営者というよりは、経済は右肩上がり以外は存在しないといった人生観に凝り固まっているのである。
身近な例でいえば、元大手銀行員を経理部長などに据え置き、社長より高い給料を出し、「銀行融資と銀行返済、そのために売上高拡大とリストラの繰り返し、銀行との付き合いを止めれば、会社はつぶれるぞ!」としか言うことがなく、権限と恫喝を繰り返している頑固者と同じような者である。経営者の相談相手と言われる税理士にも、「銀行の言う通りしないと、大変なことになる。取引できなくなる!」と銀行の方ばかり向き、「税金は払っておかないと大変なことになる。税務署に突かれて潰される!」が口癖の人物、経営者の方を向いてくれていないのだ。時節柄の例えでは、「景気対策で真水が来るから、少しは潤うみたい!」といった巷の話と同じであり、実のところは政府の官僚と官僚OBで食い散らしてしまうだけ、バブル崩壊以降は民間に潤いが回って来た例もないのだ。
個別企業は一丸となり、個人は性根を据えて「豊かさと安定」を考えなければならない。巷のニュースや心地良い情報ばかりを追っかけているばかりでは、「自ら望んで他人の餌食になって行く道のりを歩んでいるかもしれない。
¶世界中が大不況でも、衣食住関連は強い!
詐欺やインチキ商法も横行しているが、知恵を出して今までとは全く違う新しい商品の考え方、新しい価値観を開拓している個別企業は強い。最近、マスコミでも紹介される衣料や外食に関する「激安」といった商品がそれだ。衣料はおしなべて旧来の非効率な作業、すなわちマーケティング、デザイン、素材、縫製の常識を革新して商品を提供しているようだ。そのためには、旧態依然とした業界のシガラミから(国外生産などで)脱却する方法もとっている。外食は、食材調理に力を入れるのではなく、ある程度加工した食材の販売に焦点を絞り、店舗に投資せず立地重視で展開しているようだ。いずれも、バブル時代に乗りに乗った業界人から、「業界の常識ではない!」と否定された非科学的圧力で潰されていたところの考え方と顧客の価値観が、今や(常識脱出!)花盛りになろうとしているのだ。明治の産業革命の時もそうであったし、昭和大恐慌の時もそうであったが、こういった知恵が経済回復を進めるのである。昭和大恐慌の時は、それまでの不景気が昭和4年にパニック、昭和12年には民需を回復させたから、現代の経営環境を工夫すれば速いのであり、現代の経済構造からすれば、それぞれの個別企業ごとに回復するのは明らかだ。
「福祉、介護、医療の分野で内需拡大!」と、
これをうたい文句とするストリーは選挙目当て、世論誘導であり、それだけでは将来経済に誤解を生ずる。
高付加価値製品や高水準サービスを提供すれば、日本の商品は世界貿易に通用する。もうすぐアメリカは輸入国から輸出立国に転換するが、その時日本が、全く違う新しい商品の考え方&新しい価値観を開拓して高付加価値製品や高水準サービスを提供していれば、アメリカと肩を並べていることは目に見える。資本力、多国籍海外投資、こんなもので日本が勝てるわけがない。豊かさを犠牲にしてまで勝ちたくないのが日本の文化だ。
¶今、切実となっている労働力(商品)はどうなる?
サラリーマン、正社員、非正規社員その他、何をどう言おうとも労働力を商品として、民間個別企業は受け入れるしかない。労働者はその代金(賃金)で生活しなければならない。代表取締役の肩書があっても、自分の意思にかかわらず働かなければならない人も、労働力を商品として他社から報酬を得るしかないのだ。
個別企業からすると、雇っている人の、「能力とか使い道」の使用価値が重要となる時代になった。銀行から融資が転がってきて、専門的能力は程々に、頭数をそろえて事業を運営すれば資金が回転した時代は過ぎ去った。その意味で450年ぶりの金融危機を肌身に感じるのである。
片や、専門的能力を持ちながら、又その芽を持ちながら、活躍できるステージに立っていない人材が巷には溢れて出てきていることも確かなのである。人材を金銭価値ばかりで判断したものだから、要するに、判断要素の大半が年齢、職歴、通勤などを賃金額に置き換えていたので、「能力とか使い道」の客観的合理的判断はなおざりにされていたのである。日雇い派遣とか製造業派遣に至っては、能力・経歴を消し去って、完璧、「頭数と利ザヤ」の世界観で運営されていた。受け入れ側の必要性から面接→採用決定→解雇指示に手を染めて、職業安定法違反の労働者供給の片棒を担がされる犯罪者の立場に立たされた者も発生した。労働組合も昔ながらの金銭に固執するばかり、産業別とか職種別というよりも会計別労働組合(金銭を取りやすいところに矛先を向ける組織形態)の様相を持つに至っている。
人材派遣の方式では、こういった労働力の需給を解決することはできない時代だ。日雇い派遣とか製造業派遣は、ミスマッチをますます拡大させた。それどころか、ニーズが無くなったばかりでなく、この分野の派遣業を事業として行えば資本滞留が甚だしい業態になっている。既に多くの派遣会社がその前に倒産・夜逃げをしている。
「能力とか使い道」を重視すれば、労働者からしても職業紹介が今のニーズに適合している。
もちろん、旧来の職業紹介のイメージではない。「箱物:パソコン検索施設」ハローワークのイメージでもない。週に2日程度だけ働きたい主婦層も数多い。労働力提供はそこそこにして、社会参加や社会貢献が主な目的な人物も存在する。一つの会社にフルタイムで働く煩わしさを避けたい労働者もいる。もちろん、正社員希望者の数が多いのではあるが、職業能力向上が「高付加価値製品や高水準サービスの提供」に不可欠であることを、個別企業と労働者に徹底訓練することも重要である。これも、今までとは全く違う新しい商品の考え方、新しい価値観なのである。この方法、既に職業安定法の法律では整備されているから、新規事業としての実効あるのみなのだ。有能な人材が腐ってしまわないうちに、活躍するステージが無いことから転落して再起不能にならないうちに、個別企業が「能力とか使い道」のある人物を確保できるように、社会的事業を民間・個別企業が行うことは、日本経済を立て直す具体的な手段でもあるのだ。
¶経営者も労働者も借金苦から逃れる!未然防止!
注意! 帳簿に振り回されてはいけない。
時に、会計帳簿は見つめているうちに虚構を生み出す装置だ。時価会計、原価会計いずれも、所詮は経営・経済の社会科学とは縁遠い代物、時の政策が都合で立案したものだ。公認会計士の制度も、「帳簿や会計制度が悪いから、1929年の恐慌が起こった!」とする、いまや非科学極まりない理屈(現下の金融危機到来が証拠)がまかり通り、当時占領下の日本、アメリカGHQの肝いりで導入した虚構なのだ。
金融機関の今は序の口、これから絶大な資金回収と資産整理が行われる。金融庁も「正当な範囲」だとしてこれを後押ししている。ただし、この「正当な範囲」とは、自由平等を目的とした社会共同体の秩序が壊されない限りという意味であって、金融機関の支店長や銀行員の口から出まかせ話ではない。その基本になるのは、平たくいえば、
「健康的で文化的な生活」を捨ててまで、借金返済をする必要はないという原則。
生活保護水準の最低限度まで生活を落とす必要もないのだ。
そのコンプライアンスで、金融機関も裁判所も認めざるを得ない具体策をまとめてみた。
さて、このいくつかは、株式会社総務部でアドバイス済の手法である。
■個別企業でチェックしてみましょう■
・新規事業融資、リストラ資金名目で、今のうち融資を借りておく。
・銀行が、小出しに金利引き上げを言ってきたら、初動でハッキリ断る。
・すべてカード決済はやめる。余計な出費がなくなる。
・信販やリースの返済は大幅カット。「持って帰ってくれ!」といえば良い。
・どうせ割れない手形なら、手形支払をやめて「支払証書」に変更。
・売掛金を入金する口座は、借入の無い銀行口座に変える。
・今のうち、会社所在地、住所地から遠くの銀行口座に預金を異動する。
・ゆうちょ銀行、信用金庫、信用組合の預金差押対策は複雑専門手法が必要。
・公共料金などの引き落とし専用口座の余分な預金はすべて出す。
・定期預金を外し、普通預金を引き出すのに、理屈や正当性はいらない。
・遅延損害金を払わない。実は元金返済充当にあてている場合も。
・住宅ローンでさえ、注意!金利を引き上げて来る時代である。
・銀行に担保を渡せば、返済残額は年度末には貸出帳簿から削除される。
・銀行と協議を続け、担保物件を任意売却して融資額ゼロにする方法がある。
・「粉飾決算」芸当を逆手にとって、銀行は融資回収に襲いかかる。
■こうやって、保証人は身を守る!■
(保証人になったことを忘れている人も多い。)
・銀行から、この3年~5年以内に保証人の意思確認があったか思い出す。
・保証人宛に全額返済の内容証明が来てもあわてない。返信しない。
・今のうち、会社所在地、住所地から遠くの銀行口座に預金を移動する。
・素人では、ゆうちょ銀行、信用金庫、信用組合の差し押さえに対抗できない。
・無担保のマイホームは妻に贈与。結婚20年以上なら評価額2千万円までは相続税なし。
・妻が保証人の場合は、子供にマイホームの十分の一程度を生前贈与して競売不能にしておく。
・マイホームに住宅ローンが設定されていれば、差し押さえられても競売にはならない。
・ローンのないマイホームは、友人との間で登記をして抵当権を設定する。
・何れにしろ保証人の最大防御は、「話さない、払わない、行かない。」
■虎視眈々(こしたんたん)と、■
あなたが次々に対策を打っておけば、不測の融資返済が襲いかかってきても、あなたの家庭と個別企業を守ることができる。事実、昭和大恐慌のケース(そのまま応用出来ないが)では、事業失敗だけでなく、保証人になって田畑の財産を失ったケースが多かったことも事実だ。
同じ方法で、この際有能な社員を借金苦から守ることも、総務人事部門の重要な仕事だ。
¶労働契約方の解説(おしなべて間違いやすい事柄の解説)
労働契約の成立は分かりやすいが、変更となると実務上、順番を間違えてしまう場合が多い。これを整理すると次のようになる。
1.使用されて労働+賃金を支払うことの2要件で労働契約は成立する。
(二つの要件がそろわなければ、契約は成立しない)
2.合理的労働条件の就業規則周知で労働条件成立。
(合理的とは道理のあることが、概ねの意味)
3.労使が合意すれば、労働条件を変更することができる。
4.合意できなければ、合理的なものに限り就業規則変更で可能。
5.労使が個々に特約労働条件を結んでいれば、最優先する。
6.個々の特約や就業規則よりも、労組との労働協約が優先する。
7.安全配慮、出向、懲戒、解雇は、何よりも労働契約法の条文が優先する。
したがって、本人との合意が取れたならば、
安全配慮、出向、懲戒、解雇の条文→労働協約→本人との特約→就業規則
の順序で、変更手続のチェックをすることとなる。
ところが、合意がとれない場合は、
就業規則(賃金規定、退職金規定、その他別規定)の変更をすることとなる。
この場合に、従業員代表選出、不利益変更7要件などを満たしていなければ無効とされる。
出先で労働提供を行うような業種では詳細な労働条件、すなわち勤務地、賃金額、週労働時間などを個別労働契約の締結に(就業規則で)委ねている場合が一般的であるが、そういう方法をとっている場合は、労働契約変更の合意を本人から取るしかないことになる。
事務手続き優先の発想とか、現場を知らない専門家?の類は、すぐさま不利益変更7要件とか就業規則条文語句を、あれこれ取り沙汰する。これに対し、実務専門家や真の法律家は、労働契約法や労働基準法の基本趣旨と条文の両方を踏まえることで本質を見抜いた運用を、本質的なところからアプローチするのである。
業務遂行、労働者統制、人間関係、法令関係、紛争の可能性などを総合的に判断できるようになるのは、「本質からアプローチと工学的分析の訓練」、これを日常的に積み重ねているからなのである。
2009/05/07
第85号
<コンテンツ>
・経済悪化を示すデータが次々と出て来る。
・連休明けから事件の多発!の兆候が出ている。
・極めて厳しい?個別企業に共通する2点
・大規模な貸し渋りの波が、5年以内にやってくる。
・今の景気対策を専門的視点から見れば、
・売れる現実・売れない現実
・労働契約法の解説 就業規則違反の労働契約(第12条)
・何が?いったい?基準に達しない?労働条件?
¶経済悪化を示すデータが次々と出て来る。
右肩上がりの統計資料に慣れているから、あまりにも急降下する実態が読み切れない。もとより、右肩上がり向けに作った統計資料であるから、額面通りに見てはいけない。医療・福祉関連、情報サービス、宿泊業・飲食サービスが、堅調といっても中身が中身だ。要するに、業種別にみるということ自体が、大変な誤りを引き起こすのである。右肩上がり向けの統計資料の Information では判断できない。
業界ごとに現場で起こっている Intelligence情報が重要だ。
¶連休明けから事件の多発!の兆候が出ている。
3月末の整理解雇などが事件化。個別企業の決算が進むにつれリストラを迫られる。この動きに銀行融資は促進圧力を掛ける。旧態依然の個別企業にリストラが必要で、整理解雇対象も旧態依然の人物に集中するのが当然だ。4月からの期待も、毎年5月には裏目に出ることも確か。
食い合いの様相は広がりつつあり、「チャンスがあれば貰っておこう!」との考えは浸透している。
事件やトラブルは、早期解決の道しか今はない。未然防止の資金が個別企業にない。裁判所とか公的機関への訴えは、事件から60日前後に集中、3ヵ月を過ぎることは無い。
ほとんどの専門家が旧態依然の現状、この人たちに対策は打てない。
¶極めて厳しい?個別企業に共通する2点
初歩的ミスが多く、これによる出費が多い。
打合せ・判断に時間がかかりすぎて、コストもかかればチャンスも失う。
さっさと手慣れた人たちに任せ、判らなければコンサルタントに聞けば良いが、そうしないから、体力消耗もしくは、致命傷を受けるケース(業態で異なる)が共通しているのだ。
不採算部門撤退、事業縮小、整理解雇など、早くしなければならない。
ズルズルと遅れてしまっては元も子もなくなる。所詮、ズルズルと波風を立てずに経営を行う能力は過去・旧態依然経営者の必須素質であった。右肩上がり成長時代の成功体験の「塊」だから、一挙に切り替えようというのは無理かもしれない。無理ならば、期限を決めれば割り切りもつくのだが、無期限延命の(成功体験)白昼夢を見るものだから、やがて、彼は行き倒れとなるのだ。
「早くする!」ことを活躍の柱と見て、現場のインテリジェンス情報を収集、それで以って個別企業の経営管理を行うことが重要である。だから、「解決に至るインテリジェンス情報」を収集できる人事総務部門が重要な役割を果たすのである。
¶大規模な貸し渋りの波が、5年以内にやってくる。
金融庁もその方向で動いている。メガバンクのみならず、地銀や信金までもが貸付資金を海外投資に回すからだ。その理由は、海外の運用利息なら5%以上を稼げるからだ。中堅中小企業に足がついていないメガバンクからすれば、銀行営業マンを回らせるなど、特に非効率・無駄と考えている。たとえ、メガバンク同士で貸し出し競争をするとなると、国内で5%の貸し付け利息など回収できるわけがない。加えて、大手銀行統合メガバンク誕生時代とは状況が激変をしていて、メガバンク3行とも世界における地位は急落した。三菱東京UFJでも第10位程度、何と同行の実質貸付可能額自体が15兆円ぐらいしかないという話も流れている。
「低利貸付金融資金がない+もとより貸付資金がない=大規模貸し渋り」
である。そうだからこそ、時代にあった事業内容への転換を進めるには、
「元金棚上げ:利息だけ払うといった覚悟」の資金繰り発想が不可欠となるのだ。
生きて事業継続!をするには、こうせざるを得ない経済状態を大恐慌と言わずに、一体?何と言うのか! 人々の気持ちの問題ではない!
経済を活発にするための貨幣マネーは、今や金融自己保身のために個別企業をつぶす。だから、心をこめて、精神をこめて、
「資金確保に万策を尽くすこと+(資金使用料の)利息のみ支払!」
をセットで進めることが重要なのだ。
¶今の景気対策を専門的視点から見れば、
まるで、“サラ金から金を無理矢理借りて、ビフテキを無理矢理食べる”ようなものだ。無理矢理食べるから後からツケが回る。あまりヘルシーでもないビフテキを食べれば、体力のないメタボになる可能性は高い。長くて成人病、早ければ突然死と、→ 死んでしまう可能性が高くなるのだ。日本国の事といっても他人事ではないが、マスコミの「景気対策話」に引きずられ、メタボになる個別企業も出るだろう。一説には、景気対策の真水は、半分程度といわれている。本来、景気対策は景気刺激策であって、真水を当てにするものではない。だが、選挙運動と絡んで、真水で生き返るのではないか??との錯覚を、マスコミが言い振らすものだから、昔から旧態依然の人たちは乗せられるのだ。
(一説によると)実態経済の3.7倍に膨らんだ信用経済。
これで成り立っていた信用経済が一挙に収縮しているのだ。風船は膨らませていないと経済発展は無いが、割れる前にシボませて、シボミすぎるとシワが出来るから、ちょっと(景気対策)空気を、またを入れて、また、シボませてである。
この金融危機は450年ぶりのシボミ様なのだ。
¶売れる現実・売れない現実
同じ業種でも、違いが出ると言われて久しいが、どうすれば良いかの答えは出てこない。筆者は、その分野の専門家ではないから断定は避けるが、大阪の街中飲食店ではこんな現象がある。売れる店は、値段は高いが本物を売って繁盛している。ここまでは昔の話。
もう一つは、若者向けに、安くてボリュームがあって、味がイマイチ?なのだが、ポイントは店で働く人が親切!であることで、大繁盛しているのだ。
すなわち、料理のプロ指向に徹する店と、飲食物販売指向に徹している店なのである。
ここでは、メリハリが大切で、それを支える労働力とその配置の問題である。
もう少し掘り下げた場合、経済活動や事業目的そのものを3つの側面から、整理し直すことが重要となる。
ビジネス : 利益追求目的の事業 (粗利益率は30%以上)
コミュニティ : 人間関係・生活関係重視事業 (NPO等利益目的が無)
パブリック : おもに公共機関の事業 (事業採算は赤字を想定)
◇ビジネスは、
利益追求目的の事業であるのに、20%以下の粗利益しか出ない。それは、元来の事業計画が中途半端であるからビジネスとして行えないのである。この原因は、会社は利益追求!とか、ビジネスマン!などと、外形や形式だけで指向してしまうから失敗するのである。もちろんメリハリの利いた労働力とその配置はない。確かに、高度経済成長政策が終わるまで、日本政府が行って来たことは社会主義計画経済であった。だから、中途半端な事業でも抱えることができたのだ。
◇コミュニティは、
ビジネスとは異なる。問題は、利益率の低いビジネスとコミュニティの見分けがつかないことである。ビジネスにおいても環境問題、日本流社会的責任、日本流コンプライアンスを掲げるものだから間違うのだ。その見分け方法は、うたい文句を外して、運営制度の実態が人間関係や生活関係重視になっているか?である。ここは思い切って、病院、学校、街の衣・食・住関連商店は、NPOと考えた方が妥当である。共済保険事業の全労済は財源が豊からしいが、NPOに変わりは無い。
NPO=Non Profit Organization そのものである。
◇パブリックは、
税金などの徴収権と徴収システムとの抱き合わせが不可欠であるから民間企業にはできない。民間が行えば慈善事業等といわれる小規模なもの。過去に、公共事業にあって利益追求を行おうとしたものが企業局とか、利益追求型第三セクターと言われるものであった。社会主義計画経済では、これも便利な行政機関として抱え込めたが、今や経済体制が変われば、赤字の山が表面化するのは当たり前なのである。
時代の変化は、経営環境の変化である。
◇原理・原則ともいえる現代事業の3つの側面
から会社分析をはじめれば、大恐慌・大混乱の時代にあっても、物事も整理しやすく割り切りも早くできるのだ。メリハリの利いた労働力とその配置の社風が定着しないのも、ここに原因があったと思われる。
経済活動や事業目的がはっきりしていなかったから、→
「メリハリの利いた労働力が正直に発揮されない」ことになる。その中途半端な実態であるところに、→
金融と物資の動きのブレーキがかかるから、→
なおさら事業の原動力である労働力の扱いが極めて重要になる。
来年は、経済全体が今より落ちるのは間違いない。
そこで、あなたの活躍企業が今年で決まる。
早速、日本の個別企業に見切りをつけて、有能な若い労働力は我先にと、競争のやりがいのある海外へ流出している。
¶労働契約法の解説 就業規則違反の労働契約(第12条)
第12条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
労働基準法93条の就業規則の最低基準無効規定を移行させたものである。
従前の労働基準法第93条は、この条文とまったく同じものが定められていた。労働契約法の成立(平成19年11月28日)とともに、労働基準法第93条は、(労働契約との関係)「労働契約と就業規則との関係については、労働契約法(平成19年法律第128号)第12条の定めるところによる。」と改められたのである。
成果主義賃金、複線型個人別人事、労働時間の個別的管理、企業間異動(出向、事業譲渡、会社分割)、転職者の職業能力キャリア評価、労務提供義務内容の個別的合意、年俸制社員、執行役員制度、期間契約、派遣労働者契約、請負労働その他様々な方式・形式の個別的労働契約が増加していることから、就業規則を下回ることに気がつかないうちに労働契約を結んでしまっていることも多い。
★「基準に達しない労働条件を定める労働契約」とは、
就業規則に定める労働時間よりも長い労働時間とか、就業規則に定められた賃金より低い賃金、就業規則に定める労働時間と異なる特約労働時間が定められていない、就業規則に定める時間外手当を支払わない賃金制度(疑似:年俸制)などがこれに該当する。よく外資企業に見られるアンフェアー・トリートメントもそうだ。もちろん、就業規則は労動基準法をクリアしていなければならない。
★「その部分について無効とする。」とは、
その部分外は有効とするもので、その部分が無効だからといって、労働契約全体の効力を消滅などさせるものではない。すべて解除ではない。
★「無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」とは、
無効となった部分を就業規則の規定に従って、労使の権利義務関係を改めて定めることを意味する。すぐさま労動基準法を適用するのではない。(大星ビル管理事件:最高裁平成14年2月28日)賃金の時効は2年、退職金は5年だ。
¶何が?いったい?基準に達しない?労働条件?
なのか。これを事例知識だけでバラバラに考えれば考えるほど、分からなくなってしまうのは自然だ。その場合の決め手は、
「私的自治の原則及び労働条件対等決定の原則」
である。この決め手(チェックポイント)が備わっていなければ、必ずと言っていいほど基準に達しないのである。そうでない場合も、民法上効力のない契約となっているとか、外形上は整っているが別目的の形骸契約であるのだ。
◇私的自治とは、
「契約の自由」とともに「自らに統治義務」あることを合わせ持つと考えればよく分かる。すなわち、契約当事者は自由に契約すると同時に契約を守らなければならず、部下にも守らせなければならないとなるのである。例えば、派遣先が事前面接・採用決定・指名解雇を行ない、何かトラブルが発生すると派遣労働者であるとして取り合わないというケースは、本質は労働者供給、外形は労働者派遣といった別目的の形骸契約であるが、労働契約の実態は派遣先にあるが雇用責任はとらないというように私的自治の原則に反するのである。たとえ、パナソニック系列、トヨタ系列、三菱電機名古屋でもやっていたとしても、ただの人事総務部門の初歩的ミスなのである。
◇労働条件対等決定とは、
労働者の生活や権利義務の情報量の少なさを考慮せずに、実態として会社の言いなりで契約を結んでしまうことが対等決定ではないと言っているのだ。この対等の概念は時代によって異なる。今の時代、苦痛や精神的圧迫を伴って就業規則を下回る労働契約が結ばれることはない。楽しい美味しい話に乗せられて労働契約をしてしまったときで、錯誤であったり・公序良俗に反している場合には、契約は無効とされるが、もちろん対等決定の原則から外れていたのである。最初に労働契約を結ぶ時点が過ぎてから精神的圧迫をかけられ、労働契約変更が対等決定できない場合も原則から外れる。例えば、生活サイクルに合った短時間とうたっていても、週の労働時間に特約はなく、店長が一方的に決め、店長に嫌われると労働時間が減らされるケースなどは原則から外れる典型である。ここで登場するのが第12条である。労働時間の定めがなければ基本的には週40労働時間、その下回った時間数についても時間給の支払義務が生ずることになるわけで、「それはトンでもない!」といっても、労働契約を破棄はできなくなっている。
現代は、労使双方いずれも、「私的自治の原則及び労働条件対等決定の原則」を守らなかった側が損をする仕組みになっている。自由平等の社会共同体を維持することに、現在の法は目的をおいているから、これが、
「法を知らないあなたが悪い!」と、
あっさり冷たく言われてしまう由縁なのである。確かに法令違反を、していないかもしれないが、この二原則(コンプライアンス)に反していては、元(管理)も子(利益)もないのである。
・経済悪化を示すデータが次々と出て来る。
・連休明けから事件の多発!の兆候が出ている。
・極めて厳しい?個別企業に共通する2点
・大規模な貸し渋りの波が、5年以内にやってくる。
・今の景気対策を専門的視点から見れば、
・売れる現実・売れない現実
・労働契約法の解説 就業規則違反の労働契約(第12条)
・何が?いったい?基準に達しない?労働条件?
¶経済悪化を示すデータが次々と出て来る。
右肩上がりの統計資料に慣れているから、あまりにも急降下する実態が読み切れない。もとより、右肩上がり向けに作った統計資料であるから、額面通りに見てはいけない。医療・福祉関連、情報サービス、宿泊業・飲食サービスが、堅調といっても中身が中身だ。要するに、業種別にみるということ自体が、大変な誤りを引き起こすのである。右肩上がり向けの統計資料の Information では判断できない。
業界ごとに現場で起こっている Intelligence情報が重要だ。
¶連休明けから事件の多発!の兆候が出ている。
3月末の整理解雇などが事件化。個別企業の決算が進むにつれリストラを迫られる。この動きに銀行融資は促進圧力を掛ける。旧態依然の個別企業にリストラが必要で、整理解雇対象も旧態依然の人物に集中するのが当然だ。4月からの期待も、毎年5月には裏目に出ることも確か。
食い合いの様相は広がりつつあり、「チャンスがあれば貰っておこう!」との考えは浸透している。
事件やトラブルは、早期解決の道しか今はない。未然防止の資金が個別企業にない。裁判所とか公的機関への訴えは、事件から60日前後に集中、3ヵ月を過ぎることは無い。
ほとんどの専門家が旧態依然の現状、この人たちに対策は打てない。
¶極めて厳しい?個別企業に共通する2点
初歩的ミスが多く、これによる出費が多い。
打合せ・判断に時間がかかりすぎて、コストもかかればチャンスも失う。
さっさと手慣れた人たちに任せ、判らなければコンサルタントに聞けば良いが、そうしないから、体力消耗もしくは、致命傷を受けるケース(業態で異なる)が共通しているのだ。
不採算部門撤退、事業縮小、整理解雇など、早くしなければならない。
ズルズルと遅れてしまっては元も子もなくなる。所詮、ズルズルと波風を立てずに経営を行う能力は過去・旧態依然経営者の必須素質であった。右肩上がり成長時代の成功体験の「塊」だから、一挙に切り替えようというのは無理かもしれない。無理ならば、期限を決めれば割り切りもつくのだが、無期限延命の(成功体験)白昼夢を見るものだから、やがて、彼は行き倒れとなるのだ。
「早くする!」ことを活躍の柱と見て、現場のインテリジェンス情報を収集、それで以って個別企業の経営管理を行うことが重要である。だから、「解決に至るインテリジェンス情報」を収集できる人事総務部門が重要な役割を果たすのである。
¶大規模な貸し渋りの波が、5年以内にやってくる。
金融庁もその方向で動いている。メガバンクのみならず、地銀や信金までもが貸付資金を海外投資に回すからだ。その理由は、海外の運用利息なら5%以上を稼げるからだ。中堅中小企業に足がついていないメガバンクからすれば、銀行営業マンを回らせるなど、特に非効率・無駄と考えている。たとえ、メガバンク同士で貸し出し競争をするとなると、国内で5%の貸し付け利息など回収できるわけがない。加えて、大手銀行統合メガバンク誕生時代とは状況が激変をしていて、メガバンク3行とも世界における地位は急落した。三菱東京UFJでも第10位程度、何と同行の実質貸付可能額自体が15兆円ぐらいしかないという話も流れている。
「低利貸付金融資金がない+もとより貸付資金がない=大規模貸し渋り」
である。そうだからこそ、時代にあった事業内容への転換を進めるには、
「元金棚上げ:利息だけ払うといった覚悟」の資金繰り発想が不可欠となるのだ。
生きて事業継続!をするには、こうせざるを得ない経済状態を大恐慌と言わずに、一体?何と言うのか! 人々の気持ちの問題ではない!
経済を活発にするための貨幣マネーは、今や金融自己保身のために個別企業をつぶす。だから、心をこめて、精神をこめて、
「資金確保に万策を尽くすこと+(資金使用料の)利息のみ支払!」
をセットで進めることが重要なのだ。
¶今の景気対策を専門的視点から見れば、
まるで、“サラ金から金を無理矢理借りて、ビフテキを無理矢理食べる”ようなものだ。無理矢理食べるから後からツケが回る。あまりヘルシーでもないビフテキを食べれば、体力のないメタボになる可能性は高い。長くて成人病、早ければ突然死と、→ 死んでしまう可能性が高くなるのだ。日本国の事といっても他人事ではないが、マスコミの「景気対策話」に引きずられ、メタボになる個別企業も出るだろう。一説には、景気対策の真水は、半分程度といわれている。本来、景気対策は景気刺激策であって、真水を当てにするものではない。だが、選挙運動と絡んで、真水で生き返るのではないか??との錯覚を、マスコミが言い振らすものだから、昔から旧態依然の人たちは乗せられるのだ。
(一説によると)実態経済の3.7倍に膨らんだ信用経済。
これで成り立っていた信用経済が一挙に収縮しているのだ。風船は膨らませていないと経済発展は無いが、割れる前にシボませて、シボミすぎるとシワが出来るから、ちょっと(景気対策)空気を、またを入れて、また、シボませてである。
この金融危機は450年ぶりのシボミ様なのだ。
¶売れる現実・売れない現実
同じ業種でも、違いが出ると言われて久しいが、どうすれば良いかの答えは出てこない。筆者は、その分野の専門家ではないから断定は避けるが、大阪の街中飲食店ではこんな現象がある。売れる店は、値段は高いが本物を売って繁盛している。ここまでは昔の話。
もう一つは、若者向けに、安くてボリュームがあって、味がイマイチ?なのだが、ポイントは店で働く人が親切!であることで、大繁盛しているのだ。
すなわち、料理のプロ指向に徹する店と、飲食物販売指向に徹している店なのである。
ここでは、メリハリが大切で、それを支える労働力とその配置の問題である。
もう少し掘り下げた場合、経済活動や事業目的そのものを3つの側面から、整理し直すことが重要となる。
ビジネス : 利益追求目的の事業 (粗利益率は30%以上)
コミュニティ : 人間関係・生活関係重視事業 (NPO等利益目的が無)
パブリック : おもに公共機関の事業 (事業採算は赤字を想定)
◇ビジネスは、
利益追求目的の事業であるのに、20%以下の粗利益しか出ない。それは、元来の事業計画が中途半端であるからビジネスとして行えないのである。この原因は、会社は利益追求!とか、ビジネスマン!などと、外形や形式だけで指向してしまうから失敗するのである。もちろんメリハリの利いた労働力とその配置はない。確かに、高度経済成長政策が終わるまで、日本政府が行って来たことは社会主義計画経済であった。だから、中途半端な事業でも抱えることができたのだ。
◇コミュニティは、
ビジネスとは異なる。問題は、利益率の低いビジネスとコミュニティの見分けがつかないことである。ビジネスにおいても環境問題、日本流社会的責任、日本流コンプライアンスを掲げるものだから間違うのだ。その見分け方法は、うたい文句を外して、運営制度の実態が人間関係や生活関係重視になっているか?である。ここは思い切って、病院、学校、街の衣・食・住関連商店は、NPOと考えた方が妥当である。共済保険事業の全労済は財源が豊からしいが、NPOに変わりは無い。
NPO=Non Profit Organization そのものである。
◇パブリックは、
税金などの徴収権と徴収システムとの抱き合わせが不可欠であるから民間企業にはできない。民間が行えば慈善事業等といわれる小規模なもの。過去に、公共事業にあって利益追求を行おうとしたものが企業局とか、利益追求型第三セクターと言われるものであった。社会主義計画経済では、これも便利な行政機関として抱え込めたが、今や経済体制が変われば、赤字の山が表面化するのは当たり前なのである。
時代の変化は、経営環境の変化である。
◇原理・原則ともいえる現代事業の3つの側面
から会社分析をはじめれば、大恐慌・大混乱の時代にあっても、物事も整理しやすく割り切りも早くできるのだ。メリハリの利いた労働力とその配置の社風が定着しないのも、ここに原因があったと思われる。
経済活動や事業目的がはっきりしていなかったから、→
「メリハリの利いた労働力が正直に発揮されない」ことになる。その中途半端な実態であるところに、→
金融と物資の動きのブレーキがかかるから、→
なおさら事業の原動力である労働力の扱いが極めて重要になる。
来年は、経済全体が今より落ちるのは間違いない。
そこで、あなたの活躍企業が今年で決まる。
早速、日本の個別企業に見切りをつけて、有能な若い労働力は我先にと、競争のやりがいのある海外へ流出している。
¶労働契約法の解説 就業規則違反の労働契約(第12条)
第12条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
労働基準法93条の就業規則の最低基準無効規定を移行させたものである。
従前の労働基準法第93条は、この条文とまったく同じものが定められていた。労働契約法の成立(平成19年11月28日)とともに、労働基準法第93条は、(労働契約との関係)「労働契約と就業規則との関係については、労働契約法(平成19年法律第128号)第12条の定めるところによる。」と改められたのである。
成果主義賃金、複線型個人別人事、労働時間の個別的管理、企業間異動(出向、事業譲渡、会社分割)、転職者の職業能力キャリア評価、労務提供義務内容の個別的合意、年俸制社員、執行役員制度、期間契約、派遣労働者契約、請負労働その他様々な方式・形式の個別的労働契約が増加していることから、就業規則を下回ることに気がつかないうちに労働契約を結んでしまっていることも多い。
★「基準に達しない労働条件を定める労働契約」とは、
就業規則に定める労働時間よりも長い労働時間とか、就業規則に定められた賃金より低い賃金、就業規則に定める労働時間と異なる特約労働時間が定められていない、就業規則に定める時間外手当を支払わない賃金制度(疑似:年俸制)などがこれに該当する。よく外資企業に見られるアンフェアー・トリートメントもそうだ。もちろん、就業規則は労動基準法をクリアしていなければならない。
★「その部分について無効とする。」とは、
その部分外は有効とするもので、その部分が無効だからといって、労働契約全体の効力を消滅などさせるものではない。すべて解除ではない。
★「無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」とは、
無効となった部分を就業規則の規定に従って、労使の権利義務関係を改めて定めることを意味する。すぐさま労動基準法を適用するのではない。(大星ビル管理事件:最高裁平成14年2月28日)賃金の時効は2年、退職金は5年だ。
¶何が?いったい?基準に達しない?労働条件?
なのか。これを事例知識だけでバラバラに考えれば考えるほど、分からなくなってしまうのは自然だ。その場合の決め手は、
「私的自治の原則及び労働条件対等決定の原則」
である。この決め手(チェックポイント)が備わっていなければ、必ずと言っていいほど基準に達しないのである。そうでない場合も、民法上効力のない契約となっているとか、外形上は整っているが別目的の形骸契約であるのだ。
◇私的自治とは、
「契約の自由」とともに「自らに統治義務」あることを合わせ持つと考えればよく分かる。すなわち、契約当事者は自由に契約すると同時に契約を守らなければならず、部下にも守らせなければならないとなるのである。例えば、派遣先が事前面接・採用決定・指名解雇を行ない、何かトラブルが発生すると派遣労働者であるとして取り合わないというケースは、本質は労働者供給、外形は労働者派遣といった別目的の形骸契約であるが、労働契約の実態は派遣先にあるが雇用責任はとらないというように私的自治の原則に反するのである。たとえ、パナソニック系列、トヨタ系列、三菱電機名古屋でもやっていたとしても、ただの人事総務部門の初歩的ミスなのである。
◇労働条件対等決定とは、
労働者の生活や権利義務の情報量の少なさを考慮せずに、実態として会社の言いなりで契約を結んでしまうことが対等決定ではないと言っているのだ。この対等の概念は時代によって異なる。今の時代、苦痛や精神的圧迫を伴って就業規則を下回る労働契約が結ばれることはない。楽しい美味しい話に乗せられて労働契約をしてしまったときで、錯誤であったり・公序良俗に反している場合には、契約は無効とされるが、もちろん対等決定の原則から外れていたのである。最初に労働契約を結ぶ時点が過ぎてから精神的圧迫をかけられ、労働契約変更が対等決定できない場合も原則から外れる。例えば、生活サイクルに合った短時間とうたっていても、週の労働時間に特約はなく、店長が一方的に決め、店長に嫌われると労働時間が減らされるケースなどは原則から外れる典型である。ここで登場するのが第12条である。労働時間の定めがなければ基本的には週40労働時間、その下回った時間数についても時間給の支払義務が生ずることになるわけで、「それはトンでもない!」といっても、労働契約を破棄はできなくなっている。
現代は、労使双方いずれも、「私的自治の原則及び労働条件対等決定の原則」を守らなかった側が損をする仕組みになっている。自由平等の社会共同体を維持することに、現在の法は目的をおいているから、これが、
「法を知らないあなたが悪い!」と、
あっさり冷たく言われてしまう由縁なのである。確かに法令違反を、していないかもしれないが、この二原則(コンプライアンス)に反していては、元(管理)も子(利益)もないのである。
2009/04/07
第84号
<コンテンツ>
・雇用対策予算の額に議論が集中するけれど、
・「450年ぶりの金融危機(1556年)」が背景
・現代の労働紛争のパターンは大きく分けて三つだ。
・社会保険労務士の業務をめぐって珍しい裁判が終結
・個別企業内での無秩序状態が
・労働契約法の解説 有期労働契約(第17条)
・さて、第17条第2項を理解するには、
・有期労働契約の中途解約は、
・有期労働契約の法的規制の方向は、
・違法行為や脱法行為は、総務人事部門の仕事?
¶雇用対策予算の額に議論が集中するけれど、
これでは、どう見ても、抜本的な雇用対策(&経済対策)とはならない。
ことさら雇用対策と歌い上げているが、経済と雇用は表裏一体どころか、団子のように完全に一体なのである。日本経済の豊かさや未来を切り開く分野への対策が散在をするものの、その予算規模は、今や時代遅れとなろうとする分野への資金投入ばかりである。政治とは一線を引く筆者であっても、これでは選挙対策!と言わざるを得ない。
農業分野(今の方法では即効性はない)、現役労働力を確保するための介護分野、世界最先端技術を持つ技術・技能分野、これらに多額の雇用調整助成金などが回される見通しはない。金融危機で打撃を受けた輸出産業、それも打撃を受けた原因を分析もせず、復活の見通しもない業種に対して、解雇回避するためとして、またもや雇用調整助成金などが投入される見通しである。この年度末3月31日施行の雇用保険法改正は、昨年7月の金融危機到来の予兆を見逃して採用の失敗をしてしまった。労働力、この失敗の復旧、すなわち、昨年4月以降採用した労働力の調整は、6ヵ月以上の被保険者への失業手当給付は、政策的な面で効果があることは間違いない。
(金融危機の予兆を察知して厚生労働省が昨年10月の失業給付条件の施行を取りやめられなかったのは、自由平等の社会共同体維持の上で、無理からぬことであった。まさか?ヒットラーの「失業者400万人吸収政策」とか、日本軍の幻想:「満蒙開拓団構想」の類は、ファシズムの常套手段である国家の詐欺なのである)。
¶「450年ぶりの金融危機(1556年)」が背景
専門的にはこれが、存在することを押さえておかなければならない。最近やっと巷で、「100年に一度の経済危機」と言われるようになったにもかかわらずだ。景気対策資金や投資は、将来見通しに立った使い道が重要なのであるが、割り切って、社会・産業構造転換に向けて投入しなければ、無駄ガネで終わるか食い散らすだけのことである。
すなわち、イメージするには450年前を省みて、
資本主義や近世の国家形成が動き出し、
工業社会以前の農業や手工業生産、
大航海時代の真っ最中、植民地政策アイディアの検討中、
世界経済・流通なるものが存在しない:自給経済、
貨幣が生活費として流通していない生活感&未分業労働社会、
ほとんどが自作農民で労働者はわずかな存在、
こういった時代から現代に至る社会経済の変遷を震撼させている事態と考える必要があるのだ。
歴史に学んで、この450年を振り返れば、抜本的に割り切って、どのようにすれば次の未来を切り開くことができるのか、自ずと様々なアイディアが湧いて来るのだ。
それは、ほぼ個人の能力がきっかけとなり、個別企業での新事業展開として現れるのである。IT革命でスピードは速く、100年は10年でやってくる。こうやってみて来ると、昭和大恐慌回復直後、日本が戦時体制のために取り入れた経済政策の柱(高度経済政策まで続く、社会主義計画経済の方式を導入)が、今ともなれば、如何にお粗末で、個別企業が翻弄され、豊かさとは程遠いものであったかが、歴史から見えて来るのだ。
¶現代の労働紛争のパターンは大きく分けて三つだ。
1.残業代や解雇予告手当などで、
少額訴訟提起や司法書士に依頼するケース
2.直属上司(社長と部長も含む)とのトラブルで監督署に訴え出て、
紛争調整委員会のあっせんを利用手段にするケース
3.個別企業自体に、恨み・怨念を抱き、
人生をかけて労働組合で闘って来るケース
こういったパターンの、2項と3項に、失速急降下で「乱心乱行の暴れる鳥」が混ざっている。優雅に飛んで、「事業の立役者」の顔をもっていた鳥だから、個別企業内で手におえないのだ。
加えて、職場の人間関係、労働力のコントロールが、混乱状態になっていると見て良い。
個別企業に将来の希望がないとなれば、職場内で協力することもない。
当たり障りのない会話にとどめる無難な関係では、他人が信頼できなくなるから利己主義に陥る。
自ら個人は幸せになろうとするが、情報のつまみ食いに走り、「共感&共同作業」と一体にしないから、批判と対決と刹那の心理を繰り返している。
個別企業の中で、こういった現象の原因を究明し、解決を図ることが人事・労務管理と言われるものである。この側面も、ここ数年来は危機的状況を迎えている。
¶社会保険労務士の業務をめぐって珍しい裁判が終結
ここには、先ほど述べた背景が大いに関係している。社会保険労務士(国家が影響を持つ労務関係資格)あっせん代理人の業務をめぐって、実質的には法令などの解釈、表面的には名誉棄損が争われていた。社会保険労務士の全国組織の総会でも、法律解釈の一部(社会保険労務士の代理権)が論議されていたが、うやむやにされていたものだ。この論議を持ち込むなどした、「批判と対決と刹那」を繰り返す2名(原告)の社会保険労務士(自らは有名と称している?)から、まるで言論妨害を思わせる様相で、被告(私、村岡利幸)の発言や解説に対しての名誉棄損訴訟を提起されたのだ。
2名の原告は自ら社会保険労務士を「法律家」と規定し、そのうち1人は岡山地裁の公判で、恥じることなく「法律家である」と主張した。被告は、法律家ではなく、「社会保険労務士はコンサルタントの職業能力と位置づけ」であり、おそらく法学部出身は5分の1にも達していないであろうことも解説していた。4年8ヵ月にわたる一連の論戦、引き続く裁判の末、彼ら知識偏重主義の主張と論理展開は全国的になりを潜めるに至った。
そこで、
被告(私、村岡利幸)が考える、重要な概要と裁判結果は次の通りだ。
(判決文の必要な方は連絡ください)。
1つ目は、労使紛争解決:専門家の「代理権」の扱い
である。特定社会保険労務士という制度をめぐって、原告らは「特定社労士」の資格が無くても、「紛争解決手続代理」が行なえると主張、数冊の本を出版したのだ。確かに、原告の知名度(社会保険労務士関連の解説本の発行は多い)は、ある意味その様ではある。この暴論を筆者(被告)がインターネットなどで全面否定したものだから、彼らは名誉棄損の表現を探して550万円余の損害賠償を請求して来たのである。
判決は、
平成19年7月25日東京地裁 平成18年(ワ)第11149号
原告:河野順一 被告:村岡利幸
河野順一損害賠償請求事件:確定判決文14ページ6行目から引用
「社労士法第2条1項1号の4ないし1号の6にあげる紛争解決手続き代理業務は、報酬を得る目的があるか否かに関わらず、特定社労士に限り行うことができることとされているのであって、(同条2項。このことは、地方裁判所の訴訟事件については、報酬を得る目的があるか否かに関わらず、原則として弁護士でなければ訴訟代理人になれないとされている(民事訴訟法54条)との同様である。)、本件著書の上記引用部分に係る原告の見解が誤りである、又は誤解を与えるものであるとする被告の意見には、理由があるというべきであり、それが論評の域を逸脱したものとは到底いえない。」
注1:本件著書とは、河野順一&寺田知佳子著
「特定社会保険労務士がまるごとわかる」
注2:判決文中の「上記引用部分」
とは、原告ら著書「特定社会保険労務士がまるごとわかる」8頁
「業としても報酬を受ける目的でなければ、労働争議の相対交渉、個別労働関係紛争解決の手続代理もすべて行うことができる」
その他にも判決は、「労働争議」とか、「仲裁・調停・あっせん」とか、「あっせん制度」とか、「あっせん制度の沿革」とかの原告の主張内容を被告が否定した理論も、裁判所は容認した。
あっせん制度の手続論や和解形成論の一部に、裁判所は被告に言い過ぎがあるとはしたものの、20分の1を被告、その余を原告の負担とした訴訟費用の割合であった。(損害賠償額は、原告の精神的損害などに35万円)。
社会保険労務士の委託契約に関係する裁判例として、とても重要なもの、初の裁判例である。
2つ目は、労働問題研究の論戦妨害事件
である。被告のインターネットやセミナーを通じての学術・研究議論に対して、表面は名誉棄損、実は意見を異にするとして、論戦に負けた原告が訴訟を提起した事件である。
論戦内容は、「不当解雇した労働者に、ノーワーク:ノーペイを掲げて、賃金を払わない」といった原告の珍説に、被告が民法536条2項の危険負担の原則でもって、「不当解雇であれば、賃金支払い義務がある」ことを解説、法的知識の未熟な社会保険労務士を対象に説明したものであった。今では労働契約法第16条の法廷法理(論戦当時は、労働基準法18条の2)となっている事柄なのだ。
また、法的判断のみならず、被告は、「和解交渉というものは、相手方に精神的圧迫を加えてはいけない」との、あっせん代理人の倫理・職務姿勢を自由平等原則から解説、原告の交渉方法を否定したのだ。折しも、社会保険労務士が紛争調整委員会などでの、あっせん代理人資格を得るための、「特定社会保険労務士試験」直前(倫理の試験問題が出題)に行われた論戦であった。裁判所は、論戦になった「解雇権濫用の法廷法理」とか「あっせん代理人の倫理・職務姿勢」について、被告の理論を全面的に認めた。
ただし、社会共同体の秩序形成を度外視した原告の「批判と対決と刹那の論理」のひどさに、被告が、それも労使の団体交渉現場なみに激論を加えていたものだから、裁判所は被告の名誉棄損を一部認定してしまった。ところが不思議にも、被告の損害賠償額は、岡山地裁の和解勧告額が30万円であったところ、岡山地裁の判決は原告の精神的損害などに15万円、原告が控訴した広島高裁は25万円の判決と、極めて稀な裁判ケースとなった。もちろん10分の9は原告、その余を被告の負担とした訴訟費用の割合である。
(裁判係争中であったことから、コメントを差し控え、ご心配をおかけしました)。
¶個別企業内での無秩序状態が、
これから10年弱は、人事労務や業務管理の分野で瞬間的に起こることを覚悟しなければならない。これに対処するにあたって、先ほどの裁判例は、一般の総務人事労務担当者に、底流で役立つ。知識偏重主義に侵されたと懸念される国家資格者団体も現存、企業の法人経営に怪しい悪影響を与えている節があることは否めない。
被告とされた著者(村岡利幸)が、言論妨害に屈しないで裁判所の判断を臨んだのも、少なからず人事労務分野に影響力を持つところの社会保険労務士の、「能力・倫理及び能力水準向上」を司法判断によって担保させるため。人事労務管理の専門家と自称する社会保険労務士の業界内部では、実に無政府状態や一部無法者が横行していたのである。中小零細企業にアドバイスをする立場に立って、彼らは少し頭が良いからこそ、社会一般に先駆けて、理性的理論混乱(知識偏重主義者)が発生、これによる倫理の堕落も懸念されていたので、その秩序回復(メンバーの自浄努力)が待たれていたのであった。
社会保険労務士界の知識偏重主義は全国的になりを潜め、一般の個別企業の経営に悪影響を与える危機は去った。だが、これから労働者間には理性的理論混乱が散在する予兆もある。
まだまだ有能な総務人事の専門家は少ない。
¶労働契約法の解説 有期労働契約(第17条)
第17条 使用者は、期間の定めのある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。
2 使用者は、期間の定めのある労働契約について、その労働契約により労働者を使用する目的に照らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない。
期間の定めある労働契約のことを有期労働契約という(以下、有期労働契約)。
有期労働契約は、当該期間中の賃金・労働時間・職種などの労働条件を固定的に定めて、労使の間で一定期間中だけ労働契約を存続させる合意を形成したものである。こういったことから、中途解約や労働条件の変更を認めていないのである。
第17条第1項に、「やむを得ない事情がある場合」は、労働者の負傷・疾病などでの労働提供の不能であるとか、労働者の悪質な法律違反とか、天災・戦争・経済的事情による事業継続が困難になった場合などに限られている。ここに、使用者がやむを得ないと決断する事柄などは関係しない。
労働条件の変更も、労働者の自由意思による同意がない限り、変更できない。同意がないからとして仕事をさせないとしても、有期労働契約期間中は、賃金を100パーセント支払わなければならない。職種変更の同意を得たとしても、賃金は別ものだからダウンをすることはできない。その日の仕事が契約した労働時間を下回ったとしても、その分の賃金は保障しなければならない。(週当たりの労働時間が明記されていない場合は40時間と自動的になる)。また、人事考課を設定した労働契約であっても、道理が通った理由と手続きがなされなければ賃金切り下げは出来得ないのである。
¶さて、第17条第2項を理解するには、
この条文を設けるにあたっての立法の意図する背景を知ることが重要である。それは、正社員として終身雇用することを如何に避けるか、これをめぐって「労働契約期間を細分化すればよい?」と着想した企業が現れたことから始まる。すなわち、客観的な合理的理由がなく、社会通念上相当でなくとも、労働契約期間満了となれば解雇がしやすいとの脱法行為である。これに規制をかけようというものが、第17条第2項の目的である。(一定期間契約の必要性から期間が定められ、その満了でもって雇うことを止めるから、「雇止め」いう)。
第17条2項は決して、臨時的もしくは期間的な労働契約を否定しようというものではない。ところが、
・有期労働契約が反復継続しても、書面の交付すらないケース
・上司が、「期間満了しても真面目に働いていれば解雇しない」と期待させたケース
といったものが典型的な「雇止め」の無効なのであるが、ここでも、
本来の期間的な必要性を背景にした有期労働契約なのか、
それとも、単に解雇をしやすいようにしただけの有期労働契約なのか、
の、判断の分かれ目となるのである。すなわち、第17条第2項は後者の、いわゆる「解雇のしやすさ」についての規制をしようと意図しているのである。1ヵ月ごと、2ヵ月ごと、3ヵ月ごと、4ヵ月ごと、6ヵ月ごとのように期間を定める根拠が、果たして本当に存在するのかを問うているのである。
本来の有期労働契約を結んだと判断されるには、正社員と異なる仕事、異なる人事運用、更新が4年未満、外形のみの更新手続でない、契約継続を期待させる使用者の言動や認識がない、当事者双方の更新都度の意思確認などが必要である。
これらの客観的事情から、有期労働契約ではないとなれば解雇権濫用法理(労働契約法第16条)の適用もしくは類推適用となるのである。加えて、整理解雇の目的を持った「雇止め」となれば、整理解雇の四要件も考慮されなければならないことになるのだ。
とりわけ近年、当事者双方の意思の推定・認定が難しくなりつつあることから、更新の手続きにおいて、「適切に行われたこと」を、より重要視することとなっている。これを使用者側が立証しなければならない。公正とか正義を追求するよりも適切な手続きが行われたかに重点をおく、「法手続きパラダイム」といった近年の社会共同体維持のあり方なのである。国会審議で当初の政府案を修正し、第17条第1項を「やむを得ない事情がある場合でなければ」と条文を改め、立証責任を使用者に負わせたのも、この「法手続きパラダイム」の流れなのである。
そして、「必要以上に短い期間を定めることにより、」を第2項に条文を加えたことで、当事者の一方に道理ある合理的理由が存在しないとなれば、配慮したことにはならないと判断される法的仕組み(要件事実)である。
¶有期労働契約の中途解約は、
期間の定めのない労働契約の解雇権濫用法理に比べ、一段と厳格になっている。すなわち、中途解約を原則認めていない。それは、有期労働契約が、労使間で当該期間中だけに労働契約を存続させる合意を行ったものだからである。したがって、使用者側が中途解約したとしても、労働者側には損害賠償として、100パーセントの賃金請求権が存在するのである。使用者側が、道理の有る正当な理由でもって、休業措置を行わない限り、60%などの休業手当をもってして損害賠償を免れることは出来無い。たしかに、労働基準法上は、平均賃金の60%を休業させた日に限って支払えば、たとえばそれは、所定出勤日数が1ヵ月20日程度であれば20日分を支払いさえすれば、刑事罰を受けることは無い。(平均賃金1ヵ月分の40%程度で済む)。しかしながら、民法628条、労働契約法17条1項は強行規定であるから、訴訟や労政課題にあっては、使用者側は全く耐えられないのである。
¶有期労働契約の法的規制の方向は、
1.使用者が労働契約期間の書面明示を怠れば、期間の定めのない契約
2.正当な更新手続きが証明できなければ、期間の定めのない契約
3.差別的な雇止め、正当な権利行使を嫌悪する雇止めの禁止
に流れており、労働契約法第17条第2項の反復更新の回避配慮義務は、昨今の経済状況や不安定雇用改善のベクトルからして、早晩改正される方向なのである。
これに対策済みの書式例
http://www.soumubu.jp/download/template/template1/2-t-nyusha/2-02.html
¶違法行為や脱法行為は、総務人事部門の仕事?
と考えている人たちがいる。非合法でもって、利益をあげて、「良い給料をもらおう」と考えているようである。ところが、そういった労働力市場や人事管理の現場は、きわめて利益率が低いのが実状である。「貧乏人が、貧乏人を作る」とのことわざの通り、非合法だから労働者の稼ぎは少なく、稼ぎの少ない労働者を管理する者に、「高給を支払う経営者はいない!」が実態である。日雇い派遣、派遣切りなどの実態は、やはり貧乏であり、貧乏であるからこそ経済外的強制(ごまかし、だまし、ペテン)が用いられているのである。
あなたも現実を直視していただきたい。昔、暴力団は貧乏であるがゆえに、麻薬や管理売春を営んだ。今でも貧乏だから、バイアグラ粗悪品の通販や出会い系サイトを営んでいる。非合法や闇の世界でボロ儲けをしたとすると、「振込め詐欺」のように必ず検察や警察が介入して、社会共同体秩序を維持することになっている。検察から相手にされない素人の「非合法荒稼ぎ?」は、所詮、経済犯罪にカウントされない、「愚かなハツカネズミ」と同じなのである。ある外資系の人事部長は、退職者に規定の退職金を支払わないことで、外資支配人から僅か数%の報奨金を分け与えられていたが、「貧乏な日本人が貧乏な日本人を作らされていた」のだ。
大恐慌の中、社会や経済が一挙に再編される状況で、高い収益性と利益率を引き上げるには、合法的に事業を行わなければならない。あなたが通う個別企業も、高い収益性と利益率が実現できるよう、客先と労働力を合法的に組織し直さなければならない、その組織の上に新商品(高付加価値製品or高水準サービス商品)を載せることこそ、企業の大小にかかわらず、あなたの将来が開ける道なのである。
合法?となると、「悪法も、また法なり」の言葉と矛盾してしまうから、「合法←→非合法」の二者択一の二元論を超越するために、コンプライアンス(法秩序の遵守)という言葉が流行しているのだ。
・雇用対策予算の額に議論が集中するけれど、
・「450年ぶりの金融危機(1556年)」が背景
・現代の労働紛争のパターンは大きく分けて三つだ。
・社会保険労務士の業務をめぐって珍しい裁判が終結
・個別企業内での無秩序状態が
・労働契約法の解説 有期労働契約(第17条)
・さて、第17条第2項を理解するには、
・有期労働契約の中途解約は、
・有期労働契約の法的規制の方向は、
・違法行為や脱法行為は、総務人事部門の仕事?
¶雇用対策予算の額に議論が集中するけれど、
これでは、どう見ても、抜本的な雇用対策(&経済対策)とはならない。
ことさら雇用対策と歌い上げているが、経済と雇用は表裏一体どころか、団子のように完全に一体なのである。日本経済の豊かさや未来を切り開く分野への対策が散在をするものの、その予算規模は、今や時代遅れとなろうとする分野への資金投入ばかりである。政治とは一線を引く筆者であっても、これでは選挙対策!と言わざるを得ない。
農業分野(今の方法では即効性はない)、現役労働力を確保するための介護分野、世界最先端技術を持つ技術・技能分野、これらに多額の雇用調整助成金などが回される見通しはない。金融危機で打撃を受けた輸出産業、それも打撃を受けた原因を分析もせず、復活の見通しもない業種に対して、解雇回避するためとして、またもや雇用調整助成金などが投入される見通しである。この年度末3月31日施行の雇用保険法改正は、昨年7月の金融危機到来の予兆を見逃して採用の失敗をしてしまった。労働力、この失敗の復旧、すなわち、昨年4月以降採用した労働力の調整は、6ヵ月以上の被保険者への失業手当給付は、政策的な面で効果があることは間違いない。
(金融危機の予兆を察知して厚生労働省が昨年10月の失業給付条件の施行を取りやめられなかったのは、自由平等の社会共同体維持の上で、無理からぬことであった。まさか?ヒットラーの「失業者400万人吸収政策」とか、日本軍の幻想:「満蒙開拓団構想」の類は、ファシズムの常套手段である国家の詐欺なのである)。
¶「450年ぶりの金融危機(1556年)」が背景
専門的にはこれが、存在することを押さえておかなければならない。最近やっと巷で、「100年に一度の経済危機」と言われるようになったにもかかわらずだ。景気対策資金や投資は、将来見通しに立った使い道が重要なのであるが、割り切って、社会・産業構造転換に向けて投入しなければ、無駄ガネで終わるか食い散らすだけのことである。
すなわち、イメージするには450年前を省みて、
資本主義や近世の国家形成が動き出し、
工業社会以前の農業や手工業生産、
大航海時代の真っ最中、植民地政策アイディアの検討中、
世界経済・流通なるものが存在しない:自給経済、
貨幣が生活費として流通していない生活感&未分業労働社会、
ほとんどが自作農民で労働者はわずかな存在、
こういった時代から現代に至る社会経済の変遷を震撼させている事態と考える必要があるのだ。
歴史に学んで、この450年を振り返れば、抜本的に割り切って、どのようにすれば次の未来を切り開くことができるのか、自ずと様々なアイディアが湧いて来るのだ。
それは、ほぼ個人の能力がきっかけとなり、個別企業での新事業展開として現れるのである。IT革命でスピードは速く、100年は10年でやってくる。こうやってみて来ると、昭和大恐慌回復直後、日本が戦時体制のために取り入れた経済政策の柱(高度経済政策まで続く、社会主義計画経済の方式を導入)が、今ともなれば、如何にお粗末で、個別企業が翻弄され、豊かさとは程遠いものであったかが、歴史から見えて来るのだ。
¶現代の労働紛争のパターンは大きく分けて三つだ。
1.残業代や解雇予告手当などで、
少額訴訟提起や司法書士に依頼するケース
2.直属上司(社長と部長も含む)とのトラブルで監督署に訴え出て、
紛争調整委員会のあっせんを利用手段にするケース
3.個別企業自体に、恨み・怨念を抱き、
人生をかけて労働組合で闘って来るケース
こういったパターンの、2項と3項に、失速急降下で「乱心乱行の暴れる鳥」が混ざっている。優雅に飛んで、「事業の立役者」の顔をもっていた鳥だから、個別企業内で手におえないのだ。
加えて、職場の人間関係、労働力のコントロールが、混乱状態になっていると見て良い。
個別企業に将来の希望がないとなれば、職場内で協力することもない。
当たり障りのない会話にとどめる無難な関係では、他人が信頼できなくなるから利己主義に陥る。
自ら個人は幸せになろうとするが、情報のつまみ食いに走り、「共感&共同作業」と一体にしないから、批判と対決と刹那の心理を繰り返している。
個別企業の中で、こういった現象の原因を究明し、解決を図ることが人事・労務管理と言われるものである。この側面も、ここ数年来は危機的状況を迎えている。
¶社会保険労務士の業務をめぐって珍しい裁判が終結
ここには、先ほど述べた背景が大いに関係している。社会保険労務士(国家が影響を持つ労務関係資格)あっせん代理人の業務をめぐって、実質的には法令などの解釈、表面的には名誉棄損が争われていた。社会保険労務士の全国組織の総会でも、法律解釈の一部(社会保険労務士の代理権)が論議されていたが、うやむやにされていたものだ。この論議を持ち込むなどした、「批判と対決と刹那」を繰り返す2名(原告)の社会保険労務士(自らは有名と称している?)から、まるで言論妨害を思わせる様相で、被告(私、村岡利幸)の発言や解説に対しての名誉棄損訴訟を提起されたのだ。
2名の原告は自ら社会保険労務士を「法律家」と規定し、そのうち1人は岡山地裁の公判で、恥じることなく「法律家である」と主張した。被告は、法律家ではなく、「社会保険労務士はコンサルタントの職業能力と位置づけ」であり、おそらく法学部出身は5分の1にも達していないであろうことも解説していた。4年8ヵ月にわたる一連の論戦、引き続く裁判の末、彼ら知識偏重主義の主張と論理展開は全国的になりを潜めるに至った。
そこで、
被告(私、村岡利幸)が考える、重要な概要と裁判結果は次の通りだ。
(判決文の必要な方は連絡ください)。
1つ目は、労使紛争解決:専門家の「代理権」の扱い
である。特定社会保険労務士という制度をめぐって、原告らは「特定社労士」の資格が無くても、「紛争解決手続代理」が行なえると主張、数冊の本を出版したのだ。確かに、原告の知名度(社会保険労務士関連の解説本の発行は多い)は、ある意味その様ではある。この暴論を筆者(被告)がインターネットなどで全面否定したものだから、彼らは名誉棄損の表現を探して550万円余の損害賠償を請求して来たのである。
判決は、
平成19年7月25日東京地裁 平成18年(ワ)第11149号
原告:河野順一 被告:村岡利幸
河野順一損害賠償請求事件:確定判決文14ページ6行目から引用
「社労士法第2条1項1号の4ないし1号の6にあげる紛争解決手続き代理業務は、報酬を得る目的があるか否かに関わらず、特定社労士に限り行うことができることとされているのであって、(同条2項。このことは、地方裁判所の訴訟事件については、報酬を得る目的があるか否かに関わらず、原則として弁護士でなければ訴訟代理人になれないとされている(民事訴訟法54条)との同様である。)、本件著書の上記引用部分に係る原告の見解が誤りである、又は誤解を与えるものであるとする被告の意見には、理由があるというべきであり、それが論評の域を逸脱したものとは到底いえない。」
注1:本件著書とは、河野順一&寺田知佳子著
「特定社会保険労務士がまるごとわかる」
注2:判決文中の「上記引用部分」
とは、原告ら著書「特定社会保険労務士がまるごとわかる」8頁
「業としても報酬を受ける目的でなければ、労働争議の相対交渉、個別労働関係紛争解決の手続代理もすべて行うことができる」
その他にも判決は、「労働争議」とか、「仲裁・調停・あっせん」とか、「あっせん制度」とか、「あっせん制度の沿革」とかの原告の主張内容を被告が否定した理論も、裁判所は容認した。
あっせん制度の手続論や和解形成論の一部に、裁判所は被告に言い過ぎがあるとはしたものの、20分の1を被告、その余を原告の負担とした訴訟費用の割合であった。(損害賠償額は、原告の精神的損害などに35万円)。
社会保険労務士の委託契約に関係する裁判例として、とても重要なもの、初の裁判例である。
2つ目は、労働問題研究の論戦妨害事件
である。被告のインターネットやセミナーを通じての学術・研究議論に対して、表面は名誉棄損、実は意見を異にするとして、論戦に負けた原告が訴訟を提起した事件である。
論戦内容は、「不当解雇した労働者に、ノーワーク:ノーペイを掲げて、賃金を払わない」といった原告の珍説に、被告が民法536条2項の危険負担の原則でもって、「不当解雇であれば、賃金支払い義務がある」ことを解説、法的知識の未熟な社会保険労務士を対象に説明したものであった。今では労働契約法第16条の法廷法理(論戦当時は、労働基準法18条の2)となっている事柄なのだ。
また、法的判断のみならず、被告は、「和解交渉というものは、相手方に精神的圧迫を加えてはいけない」との、あっせん代理人の倫理・職務姿勢を自由平等原則から解説、原告の交渉方法を否定したのだ。折しも、社会保険労務士が紛争調整委員会などでの、あっせん代理人資格を得るための、「特定社会保険労務士試験」直前(倫理の試験問題が出題)に行われた論戦であった。裁判所は、論戦になった「解雇権濫用の法廷法理」とか「あっせん代理人の倫理・職務姿勢」について、被告の理論を全面的に認めた。
ただし、社会共同体の秩序形成を度外視した原告の「批判と対決と刹那の論理」のひどさに、被告が、それも労使の団体交渉現場なみに激論を加えていたものだから、裁判所は被告の名誉棄損を一部認定してしまった。ところが不思議にも、被告の損害賠償額は、岡山地裁の和解勧告額が30万円であったところ、岡山地裁の判決は原告の精神的損害などに15万円、原告が控訴した広島高裁は25万円の判決と、極めて稀な裁判ケースとなった。もちろん10分の9は原告、その余を被告の負担とした訴訟費用の割合である。
(裁判係争中であったことから、コメントを差し控え、ご心配をおかけしました)。
¶個別企業内での無秩序状態が、
これから10年弱は、人事労務や業務管理の分野で瞬間的に起こることを覚悟しなければならない。これに対処するにあたって、先ほどの裁判例は、一般の総務人事労務担当者に、底流で役立つ。知識偏重主義に侵されたと懸念される国家資格者団体も現存、企業の法人経営に怪しい悪影響を与えている節があることは否めない。
被告とされた著者(村岡利幸)が、言論妨害に屈しないで裁判所の判断を臨んだのも、少なからず人事労務分野に影響力を持つところの社会保険労務士の、「能力・倫理及び能力水準向上」を司法判断によって担保させるため。人事労務管理の専門家と自称する社会保険労務士の業界内部では、実に無政府状態や一部無法者が横行していたのである。中小零細企業にアドバイスをする立場に立って、彼らは少し頭が良いからこそ、社会一般に先駆けて、理性的理論混乱(知識偏重主義者)が発生、これによる倫理の堕落も懸念されていたので、その秩序回復(メンバーの自浄努力)が待たれていたのであった。
社会保険労務士界の知識偏重主義は全国的になりを潜め、一般の個別企業の経営に悪影響を与える危機は去った。だが、これから労働者間には理性的理論混乱が散在する予兆もある。
まだまだ有能な総務人事の専門家は少ない。
¶労働契約法の解説 有期労働契約(第17条)
第17条 使用者は、期間の定めのある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。
2 使用者は、期間の定めのある労働契約について、その労働契約により労働者を使用する目的に照らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない。
期間の定めある労働契約のことを有期労働契約という(以下、有期労働契約)。
有期労働契約は、当該期間中の賃金・労働時間・職種などの労働条件を固定的に定めて、労使の間で一定期間中だけ労働契約を存続させる合意を形成したものである。こういったことから、中途解約や労働条件の変更を認めていないのである。
第17条第1項に、「やむを得ない事情がある場合」は、労働者の負傷・疾病などでの労働提供の不能であるとか、労働者の悪質な法律違反とか、天災・戦争・経済的事情による事業継続が困難になった場合などに限られている。ここに、使用者がやむを得ないと決断する事柄などは関係しない。
労働条件の変更も、労働者の自由意思による同意がない限り、変更できない。同意がないからとして仕事をさせないとしても、有期労働契約期間中は、賃金を100パーセント支払わなければならない。職種変更の同意を得たとしても、賃金は別ものだからダウンをすることはできない。その日の仕事が契約した労働時間を下回ったとしても、その分の賃金は保障しなければならない。(週当たりの労働時間が明記されていない場合は40時間と自動的になる)。また、人事考課を設定した労働契約であっても、道理が通った理由と手続きがなされなければ賃金切り下げは出来得ないのである。
¶さて、第17条第2項を理解するには、
この条文を設けるにあたっての立法の意図する背景を知ることが重要である。それは、正社員として終身雇用することを如何に避けるか、これをめぐって「労働契約期間を細分化すればよい?」と着想した企業が現れたことから始まる。すなわち、客観的な合理的理由がなく、社会通念上相当でなくとも、労働契約期間満了となれば解雇がしやすいとの脱法行為である。これに規制をかけようというものが、第17条第2項の目的である。(一定期間契約の必要性から期間が定められ、その満了でもって雇うことを止めるから、「雇止め」いう)。
第17条2項は決して、臨時的もしくは期間的な労働契約を否定しようというものではない。ところが、
・有期労働契約が反復継続しても、書面の交付すらないケース
・上司が、「期間満了しても真面目に働いていれば解雇しない」と期待させたケース
といったものが典型的な「雇止め」の無効なのであるが、ここでも、
本来の期間的な必要性を背景にした有期労働契約なのか、
それとも、単に解雇をしやすいようにしただけの有期労働契約なのか、
の、判断の分かれ目となるのである。すなわち、第17条第2項は後者の、いわゆる「解雇のしやすさ」についての規制をしようと意図しているのである。1ヵ月ごと、2ヵ月ごと、3ヵ月ごと、4ヵ月ごと、6ヵ月ごとのように期間を定める根拠が、果たして本当に存在するのかを問うているのである。
本来の有期労働契約を結んだと判断されるには、正社員と異なる仕事、異なる人事運用、更新が4年未満、外形のみの更新手続でない、契約継続を期待させる使用者の言動や認識がない、当事者双方の更新都度の意思確認などが必要である。
これらの客観的事情から、有期労働契約ではないとなれば解雇権濫用法理(労働契約法第16条)の適用もしくは類推適用となるのである。加えて、整理解雇の目的を持った「雇止め」となれば、整理解雇の四要件も考慮されなければならないことになるのだ。
とりわけ近年、当事者双方の意思の推定・認定が難しくなりつつあることから、更新の手続きにおいて、「適切に行われたこと」を、より重要視することとなっている。これを使用者側が立証しなければならない。公正とか正義を追求するよりも適切な手続きが行われたかに重点をおく、「法手続きパラダイム」といった近年の社会共同体維持のあり方なのである。国会審議で当初の政府案を修正し、第17条第1項を「やむを得ない事情がある場合でなければ」と条文を改め、立証責任を使用者に負わせたのも、この「法手続きパラダイム」の流れなのである。
そして、「必要以上に短い期間を定めることにより、」を第2項に条文を加えたことで、当事者の一方に道理ある合理的理由が存在しないとなれば、配慮したことにはならないと判断される法的仕組み(要件事実)である。
¶有期労働契約の中途解約は、
期間の定めのない労働契約の解雇権濫用法理に比べ、一段と厳格になっている。すなわち、中途解約を原則認めていない。それは、有期労働契約が、労使間で当該期間中だけに労働契約を存続させる合意を行ったものだからである。したがって、使用者側が中途解約したとしても、労働者側には損害賠償として、100パーセントの賃金請求権が存在するのである。使用者側が、道理の有る正当な理由でもって、休業措置を行わない限り、60%などの休業手当をもってして損害賠償を免れることは出来無い。たしかに、労働基準法上は、平均賃金の60%を休業させた日に限って支払えば、たとえばそれは、所定出勤日数が1ヵ月20日程度であれば20日分を支払いさえすれば、刑事罰を受けることは無い。(平均賃金1ヵ月分の40%程度で済む)。しかしながら、民法628条、労働契約法17条1項は強行規定であるから、訴訟や労政課題にあっては、使用者側は全く耐えられないのである。
¶有期労働契約の法的規制の方向は、
1.使用者が労働契約期間の書面明示を怠れば、期間の定めのない契約
2.正当な更新手続きが証明できなければ、期間の定めのない契約
3.差別的な雇止め、正当な権利行使を嫌悪する雇止めの禁止
に流れており、労働契約法第17条第2項の反復更新の回避配慮義務は、昨今の経済状況や不安定雇用改善のベクトルからして、早晩改正される方向なのである。
これに対策済みの書式例
http://www.soumubu.jp/download/template/template1/2-t-nyusha/2-02.html
¶違法行為や脱法行為は、総務人事部門の仕事?
と考えている人たちがいる。非合法でもって、利益をあげて、「良い給料をもらおう」と考えているようである。ところが、そういった労働力市場や人事管理の現場は、きわめて利益率が低いのが実状である。「貧乏人が、貧乏人を作る」とのことわざの通り、非合法だから労働者の稼ぎは少なく、稼ぎの少ない労働者を管理する者に、「高給を支払う経営者はいない!」が実態である。日雇い派遣、派遣切りなどの実態は、やはり貧乏であり、貧乏であるからこそ経済外的強制(ごまかし、だまし、ペテン)が用いられているのである。
あなたも現実を直視していただきたい。昔、暴力団は貧乏であるがゆえに、麻薬や管理売春を営んだ。今でも貧乏だから、バイアグラ粗悪品の通販や出会い系サイトを営んでいる。非合法や闇の世界でボロ儲けをしたとすると、「振込め詐欺」のように必ず検察や警察が介入して、社会共同体秩序を維持することになっている。検察から相手にされない素人の「非合法荒稼ぎ?」は、所詮、経済犯罪にカウントされない、「愚かなハツカネズミ」と同じなのである。ある外資系の人事部長は、退職者に規定の退職金を支払わないことで、外資支配人から僅か数%の報奨金を分け与えられていたが、「貧乏な日本人が貧乏な日本人を作らされていた」のだ。
大恐慌の中、社会や経済が一挙に再編される状況で、高い収益性と利益率を引き上げるには、合法的に事業を行わなければならない。あなたが通う個別企業も、高い収益性と利益率が実現できるよう、客先と労働力を合法的に組織し直さなければならない、その組織の上に新商品(高付加価値製品or高水準サービス商品)を載せることこそ、企業の大小にかかわらず、あなたの将来が開ける道なのである。
合法?となると、「悪法も、また法なり」の言葉と矛盾してしまうから、「合法←→非合法」の二者択一の二元論を超越するために、コンプライアンス(法秩序の遵守)という言葉が流行しているのだ。
2009/03/10
第83号
<コンテンツ>
・個別企業が、如何に成長分野に進出するか。
・バブル崩壊(キッカケは:89年秋に日本政府は政策転換)
・産業構造の転換を、政策が如何に促すか。
・ところが、政府の雇用調整助成金は、
・自由に変化できる労働市場とは何か
・マスコミの「派遣切り」の一斉報道は静か?になった。
・労働契約法の解説 第15条 懲戒
¶個別企業が、如何に成長分野に進出するか。
ここが、雇用問題をはじめ、総務人事部門の重要な仕事なのである。
輸出型産業が昨年のような業績に回復することはあり得ない。まずは状況分析が必要である。
とりわけ、内需に関連したサービス分野の効率(生産性)が、先進諸外国と比べ、あまりにも低い水準に放置されていた、このいびつさが大きなあだとなっている。
たしかに、如何に成長分野に進出するかは、誰も正確に予想することはできない。
だが、要するに、経済危機→大恐慌の原因とメカニズムが分かれば、個別企業こそ、小回りがきき危機対策を早く打つことができるのだ。
そこで、「風が吹けば桶屋が儲かる!」といった方式のマーケティングに役立つ議論を、日本国の政策論議を借りて紹介・取りまとめてみた。
¶バブル崩壊(キッカケは:89年秋に日本政府は政策転換)
と同じように、今回の金融危機の引き金(昨年7月のイギリスの金融政策の転換がキッカケ)がインターネットであれだけ流されても、サラリーマン経営者では情報を読みきれなかったのである。
学者の中でも、終戦直後の経済に比べれば大丈夫との認識を、先週末の時点でも示す人もいるが、それは違う。終戦直後は、リュックサックに野菜を詰めて都会の駅にたどり着けば、改札を出たところで野菜は完売したそうなのだ。叩き上げの経営者、代々事業に携わる家系であれば、理屈抜きに経験則で金融危機の判断を教え込まれている。
頼みの輸出型産業はグローバル経済の競争にさらされていたのだが、だからといって政策が目先の輸出産業に無為無策で偏ってしまっていたことで、加えて、その政策が金融資本の輸出型産業の投資に保障効果を与え、投資を誘発、アメリカの金融危機の到来を読み誤って、輸出型メーカーの生産が軒並み80%減という大打撃を受けたのである。
事実、つい数年前からの景気回復の明るい見通しが話題となっていた地方での大打撃が目立つのである。激変でダントツに中部が危ない、次に北関東、そして広島・岡山である。
¶産業構造の転換を、政策が如何に促すか。
といった論議が、有識者の間から始まっている。その議論の中心は、産業構造が変化する場合には、自由に変化できる労働市場や金融市場が必要だとのものである。マーケティングの原則から、サービス分野であっても、今の客先に新しい商品を売ること(アンゾフの成長戦略)となる。
だから、個別企業で一挙に、「真のリストラ」が必要となるのであり、そのための人員整理も成長には欠かせないのである。正当に道理を通して労働力を流動化させ、生活費保障の職業訓練で、能力を向上させ、成長戦略と成功の見通しがある個別企業に雇用調整助成金を投入することなどが重要なのである。すなわち、失業者の自助努力とか自己責任、セーフティーネットといった議論では紛争や不幸が多発するばかりなのである。先送りが皮肉にも、小説漫画:蟹工船(漫画本もあり)、漫画:資本論、マルクス経済学入門(漫画と図解)がベストセラーになるのも、ここにそのマーケティングの背景が存在するからだ。
ところが、新聞テレビなどは、こういった議論の紹介をしない。話題性がなければ、購読部数拡大や視聴率アップにはつながらないからとする編集が、その理由である。
¶ところが、政府の雇用調整助成金は、
困ったことにうなぎ登りに急増している事態。ということは、本来淘汰されるべき企業が銀行や政府の援助によって生き長らえ、これにより収益力の高いはずの企業の拡大を妨げ、有望企業の新規参入を抑え込んでいる、この実態にあって、追い銭のように助成金を投入しているのである。
実は、円為替レートを支える資金投入も本来淘汰されるべき企業を政府が援助していることになるのだが。
やっと、与党のプロジェクトチームは、雇用調整助成金の支給対象企業を見直し、雇用創出に使えるように検討しているとのことだが、それでは極めて遅い。出荷販売数が伸びている企業(価格値下げで数値では判別できない)に、雇用調整助成金を投入すれば、自動的に内需拡大や成長分野における能力開発や労働力確保に効果が出て来るのだ。
コーポレートガバナンスと称して、正社員の解雇を防ぐ一方で、ことごとく非正規社員を解雇し、会社側敗訴の裁判結果を招いている実態も、よく裏側まで観察する必要があるのだ。労働者派遣法改正で、上手に非正規社員を活用したつもりが、企業の信用度からすれば裏目に出た。日雇い派遣は、単純作業労働者の、ただのピンハネであったから規制もかけられた。コーポレートガバナンス(企業統治)の実像は無秩序と言われかねないのだ。
¶自由に変化できる労働市場とは何か
を考えてみる必要がある。規制緩和といえば自由変化のことか!と錯覚したのが良くなかったのか、実態は無法無秩序だけだったのだ。そこで、現実的な自由に変化できる労働市場は、
A.男は、終身雇用保障してやるというだけで、残業もいとわず、だらだら非効率な仕事をして、一生過ごそうとする。だから労働市場は硬直化。いっそのこと女性をたくさん雇って、業務改善をやった方が速い。女性はだらだら残業できないから、業務効率も良くなり労働市場は流動化、物分りの遅い男を説得する手間も省けるのだ。
B.来年(平成22年)4月1日からは、月60時間(注:法定休日の労働時間は含まず)を超える時間外労働の割増率が50%となる。中小企業は企業単位で人数を数えるから、週40時間労働へ移行した時代のような緩和措置もない。法定休日に出勤すれば、35%の割増で済むという逆転現象も起こる。が、通常の経営管理をしているとすれば、時間外労働を削減させて効率アップを図ることに行き着くだろう。昔、企業内組合結成が華やかな時代、多くの経営者は労組の時間外拒否闘争を逆手にとって、実はサービス分野の効率アップを図ったのだ。月額2万5千円(春闘最高記録)のベースアップも十分吸収しえた企業さえあった。
C.現代成長分野に必要な労働者と成長企業のための職業紹介事業の民間拡大が待たれている。日雇い派遣のような詐欺師が介在する業態は止めて、毎日紹介(1日ごとに適切職場と適切人材を仲介:職業紹介)すればよい。これは、今から3年内に、派遣以上に大流行する。
¶マスコミの「派遣切り」の一斉報道は静か?になった。
あまり法律問題がとやかく言われない雰囲気ではある。が、実態は整理解雇四要件が整っていないこと(四要素説と誤って解雇したケースが多い)に留まらず、労働者派遣法違反どころか、職業安定法44条に違反する労働者供給を行っていた実態が浮き彫りになっている。労働者派遣を装いながら、派遣先と派遣元担当者が派遣労働者を、仕事探し・生活する寮・給与の支払いをめぐって支配従属の関係に置いている実態が少なからずある。松下プラズマディスプレイ事件のように派遣元が職安法違反を誘惑した例もあれば、某大手部品メーカーが職安法違反を強行しているケースもある。派遣先が事前面接、派遣先社員登用を約し、賃金支払いの糸を引き、派遣先が月の半分以上休業させ、その休業手当を払わない、解雇を決定・指示までしているといった、事実上の派遣先との労働契約関係の形成である。
そもそも労働者供給事業禁止の趣旨というのは、
1.中間搾取が行われる可能性
2.安全配慮がおろそかになる可能性
3.労働者の雇用が不安定になる可能性
の三項目なのである。したがって、合法かつ推薦されるとはならないが、この三項目が十分に確保されておれば、検察に書類送検されることはないのである。まして、職安法違反が歴然としていても、その時代の社会・経済・産業などの発展に資すると判断されれば、1986年当時の労働者派遣法の如く法律は整備されて行くのである。86年当時、最初に許可を得るには、安定所に申立書を添え、そこに「労働力の需給調整に資するので、一般労働者派遣業の許可を配慮願いたい」と、派遣事業の意思を明確にした企業は、対象業務その他で有利な許可を受けられたのである。ところが、(正確には)1997年以降の労働力流動化政策は無法無秩序状態、「発展に資する裏目」に出てしまっている。
経済合理性の粗利益は、決して中間搾取とは言われない。労働力を効率的に確保するための募集・配置・教育訓練であるとか、生産効率を向上させるための工程管理や生産技術に携わる職業紹介で、自由平等の社会共同体秩序に役立つものであれば、様々なアイデアの宝庫も犯罪には問われないのである。
思いつきの事業では、ビジネスが大きく展開された時点を見計らって、労働局が弾圧に入る。日本の職業紹介のはじまりは、奈良・東大寺の大仏建立であるが、現代のイメージとは大違いなのだ。すなわち、労働市場にまつわる事業は労働力流動化政策の先駆けに時代を開くチャンスがある。
大恐慌は、ほんの一部の超大金持ちを生み、後は収入減の一途をたどるといわれるが、現下の日本系税構造では、衣食住&サービス分野の「生産性」を上げれば、個別企業はまだまだ成長するのだ。
課題は、頭の切り替えと視点である。
¶労働契約法の解説 第15条 懲戒
ここ最近、どこの個別企業でも懲戒処分の事案が増加している。その原因は解明できないが、筆者の30年以上にわたる経験からすると、時代の変化による増加と思われる。
第15条
「使用者が、労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒にかかる労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」
「客観的に合理的な理由を欠き、……」のくだりは、
解雇権濫用禁止の第16条とほぼ似たものであるが、この第15条の懲戒の規定は、始末書(経過報告書などを除く)、減給、出勤停止、懲戒解雇その他実質的懲戒状態(客観的不利益性の有無)への処分に対する、懲戒権濫用禁止の条文である。
労働契約とは、使用者が組織する業務組織に労働者を組み込んで、他の労働者とともに共同作業に従事させることによって、初めて実態が成り立つことから、企業・職場の秩序維持が必要になってくるのである。この秩序を維持する手段として、経営側が行使できるものは損害賠償と懲戒処分に限られており、損害賠償では現実の損害発生が要件事実として必要となるため、有効な欠如破壊に対抗する手段として、労働契約のもとに懲戒処分を行うこととなるのである。ここが肝心であり、この前提に立たない懲戒処分は、好き嫌いによる恣意的判断、感情的判断、支配独善的判断として無効とされてしまうのである。
「労働者の行為の性質及び態様」の意味は、
秩序を破壊した具体的内容・動機、業務への影響、損害の程度並びに、その労働者の態度・情状の余地・処分歴のことなどを指している。
「その他の事情」の意味は、
経営側の落ち度などを指している。すなわち、中間管理職も含め使用者側原因の有無、別件を用いて本件の処分をしようとしていないか、他とのバランスも考えず重い処分になっていないか、懲戒処分の手続きに曖昧さがないかどうかである。秩序を乱した者とはいえ、本人に弁明の機会を与えることは最低限必要なことである。加えて、経営側が不法行為(民法709条)に手を染めた結果とならないかの注意も必要となる。これからの新時代、不当解雇で未払い賃金を支払った取締役が、今度は善管注意義務違反や忠実義務違反で株主代表訴訟を起こされ、未払い賃金相当額を取締役個人が支払わされる裁判例(渡島信用金庫事件)などが多発するかもしれないのだ。
「客観的に合理的な理由を欠き、」の意味は、
第16条の解雇と同じであるが、客観的とは外部の第三者が確かめられる事実で証明できるかどうか、合理的とは懲戒理由の事実が真実で道理をもって(合理的とは法律用語)証明することができ、その裏付けとなる証拠が存在して、その時点の就業規則の懲戒規定に該当しているのかどうかを指している。
「社会通念上相当」の意味は、
社会(世間体や常識とは異なる)で広く受け入れられるであろう判断のことを指している。ただし、極めて専門的であるから、重大な懲戒事件となれば専門家の判断を仰ぐ必要がでてくる。
ところで、そもそもの懲戒の意味や目的は、
秩序を乱した労働者に対するダメージを与えることに加えて、いわゆる「見せしめ」を行ない再発の防止をするところにある。したがって、懲戒処分の発表をしたくないのであれば、懲戒目的に反することとなり、ひいては「その他の事情」を考慮したときに、不正な懲戒処分と結論づけされてしまう可能性もあるのだ。例えば、普通解雇であれば、就業規則の普通解雇規定(旧来の六~十項目では立証不能)に該当さえすれば、個別企業内で闇のうちに解雇してしまうことができるのであるが、そこに普通解雇と懲戒解雇の差が存在する。したがって、懲戒処分全般にいえることだが、刑罰に類する制裁であることから、刑事法並の扱いが必要となる。(普通解雇は、労働契約法・民事法の扱いの範疇)。すなわち、懲戒事由と手段を就業規則に明記する必要があり、それ以外の懲戒処分は許されないことになる。使用者が懲戒処分をする場合に、軽い処分にしろ重い処分にしろ、厳格な意味で就業規則違反を行ったのであれば、すぐさま懲戒権根拠の欠如となってしまう。だからと言って、曖昧な包括的懲戒条項を作成すれば、厳格性とか該当性の欠如となってしまい、懲戒処分ができなくなるのだ。
この法律のいう合理性とは、この程度の固い話の展開が用意されていなければならないことを必要としているのだ。もちろん、不遡及の原則、すなわち新しく懲戒規定を設け、それ以前の事案に適用することはできない。また、一事不再理の原則(二重処分の禁止)、過去の懲戒対象事案の行為について、重ねて懲戒処分を行うこともできない。例えば、本来懲戒解雇にすべきところを、始末書の提出をさせたばかりに、二重に処分ができなくなり、懲戒解雇が無効となったとの事例、これはよく発生する事例で、労働組合との事件になれば約3年分の賃金を支払わなければならなくなるものである。
なお、懲戒処分の形式的な種類は一般的に軽いものから、
戒告→譴責(戒告+始末書)
→減給(一件は1日分の半額、10分の1を超えれば翌月回しの制限)
→出勤停止(賃金不支給、勤続年数不算入)
→(懲戒処分としての)降格
→諭旨解雇(退職金の支給がある)
→懲戒解雇(退職金の支給はない。解雇予告手当は任意)
自宅待機は賃金や休業手当の支払い義務があり、支払いを怠れば懲戒処分と判断され、その期間をめぐって懲戒処分無効とされるケースが多いので注意が必要である。
懲戒処分となる事由は、
個別企業の産業・業種・職種によってさまざまとなる。
それによって、経歴詐称、職務怠慢、業務命令違反、職場規律違反などの詳細が定められることになる。毛染めが許される職場と禁止の職場、飲酒が認められる職場と禁止の職場、衣服、言葉遣い、来客者への応対、その他は、すべて個別企業や職場の秩序維持の目的によって異なる。
なによりも、必要維持のための禁止事項を労働者に周知徹底しなければならず、周知徹底は予防効果であるのだが、処分効果(周知して処分も可能)も存在することとなり、これが労働契約に基づく経営側の懲戒処分権となっているのである。解雇や懲戒の規定参考例は、次のURL。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/syugyo/kisoku.html
・個別企業が、如何に成長分野に進出するか。
・バブル崩壊(キッカケは:89年秋に日本政府は政策転換)
・産業構造の転換を、政策が如何に促すか。
・ところが、政府の雇用調整助成金は、
・自由に変化できる労働市場とは何か
・マスコミの「派遣切り」の一斉報道は静か?になった。
・労働契約法の解説 第15条 懲戒
¶個別企業が、如何に成長分野に進出するか。
ここが、雇用問題をはじめ、総務人事部門の重要な仕事なのである。
輸出型産業が昨年のような業績に回復することはあり得ない。まずは状況分析が必要である。
とりわけ、内需に関連したサービス分野の効率(生産性)が、先進諸外国と比べ、あまりにも低い水準に放置されていた、このいびつさが大きなあだとなっている。
たしかに、如何に成長分野に進出するかは、誰も正確に予想することはできない。
だが、要するに、経済危機→大恐慌の原因とメカニズムが分かれば、個別企業こそ、小回りがきき危機対策を早く打つことができるのだ。
そこで、「風が吹けば桶屋が儲かる!」といった方式のマーケティングに役立つ議論を、日本国の政策論議を借りて紹介・取りまとめてみた。
¶バブル崩壊(キッカケは:89年秋に日本政府は政策転換)
と同じように、今回の金融危機の引き金(昨年7月のイギリスの金融政策の転換がキッカケ)がインターネットであれだけ流されても、サラリーマン経営者では情報を読みきれなかったのである。
学者の中でも、終戦直後の経済に比べれば大丈夫との認識を、先週末の時点でも示す人もいるが、それは違う。終戦直後は、リュックサックに野菜を詰めて都会の駅にたどり着けば、改札を出たところで野菜は完売したそうなのだ。叩き上げの経営者、代々事業に携わる家系であれば、理屈抜きに経験則で金融危機の判断を教え込まれている。
頼みの輸出型産業はグローバル経済の競争にさらされていたのだが、だからといって政策が目先の輸出産業に無為無策で偏ってしまっていたことで、加えて、その政策が金融資本の輸出型産業の投資に保障効果を与え、投資を誘発、アメリカの金融危機の到来を読み誤って、輸出型メーカーの生産が軒並み80%減という大打撃を受けたのである。
事実、つい数年前からの景気回復の明るい見通しが話題となっていた地方での大打撃が目立つのである。激変でダントツに中部が危ない、次に北関東、そして広島・岡山である。
¶産業構造の転換を、政策が如何に促すか。
といった論議が、有識者の間から始まっている。その議論の中心は、産業構造が変化する場合には、自由に変化できる労働市場や金融市場が必要だとのものである。マーケティングの原則から、サービス分野であっても、今の客先に新しい商品を売ること(アンゾフの成長戦略)となる。
だから、個別企業で一挙に、「真のリストラ」が必要となるのであり、そのための人員整理も成長には欠かせないのである。正当に道理を通して労働力を流動化させ、生活費保障の職業訓練で、能力を向上させ、成長戦略と成功の見通しがある個別企業に雇用調整助成金を投入することなどが重要なのである。すなわち、失業者の自助努力とか自己責任、セーフティーネットといった議論では紛争や不幸が多発するばかりなのである。先送りが皮肉にも、小説漫画:蟹工船(漫画本もあり)、漫画:資本論、マルクス経済学入門(漫画と図解)がベストセラーになるのも、ここにそのマーケティングの背景が存在するからだ。
ところが、新聞テレビなどは、こういった議論の紹介をしない。話題性がなければ、購読部数拡大や視聴率アップにはつながらないからとする編集が、その理由である。
¶ところが、政府の雇用調整助成金は、
困ったことにうなぎ登りに急増している事態。ということは、本来淘汰されるべき企業が銀行や政府の援助によって生き長らえ、これにより収益力の高いはずの企業の拡大を妨げ、有望企業の新規参入を抑え込んでいる、この実態にあって、追い銭のように助成金を投入しているのである。
実は、円為替レートを支える資金投入も本来淘汰されるべき企業を政府が援助していることになるのだが。
やっと、与党のプロジェクトチームは、雇用調整助成金の支給対象企業を見直し、雇用創出に使えるように検討しているとのことだが、それでは極めて遅い。出荷販売数が伸びている企業(価格値下げで数値では判別できない)に、雇用調整助成金を投入すれば、自動的に内需拡大や成長分野における能力開発や労働力確保に効果が出て来るのだ。
コーポレートガバナンスと称して、正社員の解雇を防ぐ一方で、ことごとく非正規社員を解雇し、会社側敗訴の裁判結果を招いている実態も、よく裏側まで観察する必要があるのだ。労働者派遣法改正で、上手に非正規社員を活用したつもりが、企業の信用度からすれば裏目に出た。日雇い派遣は、単純作業労働者の、ただのピンハネであったから規制もかけられた。コーポレートガバナンス(企業統治)の実像は無秩序と言われかねないのだ。
¶自由に変化できる労働市場とは何か
を考えてみる必要がある。規制緩和といえば自由変化のことか!と錯覚したのが良くなかったのか、実態は無法無秩序だけだったのだ。そこで、現実的な自由に変化できる労働市場は、
A.男は、終身雇用保障してやるというだけで、残業もいとわず、だらだら非効率な仕事をして、一生過ごそうとする。だから労働市場は硬直化。いっそのこと女性をたくさん雇って、業務改善をやった方が速い。女性はだらだら残業できないから、業務効率も良くなり労働市場は流動化、物分りの遅い男を説得する手間も省けるのだ。
B.来年(平成22年)4月1日からは、月60時間(注:法定休日の労働時間は含まず)を超える時間外労働の割増率が50%となる。中小企業は企業単位で人数を数えるから、週40時間労働へ移行した時代のような緩和措置もない。法定休日に出勤すれば、35%の割増で済むという逆転現象も起こる。が、通常の経営管理をしているとすれば、時間外労働を削減させて効率アップを図ることに行き着くだろう。昔、企業内組合結成が華やかな時代、多くの経営者は労組の時間外拒否闘争を逆手にとって、実はサービス分野の効率アップを図ったのだ。月額2万5千円(春闘最高記録)のベースアップも十分吸収しえた企業さえあった。
C.現代成長分野に必要な労働者と成長企業のための職業紹介事業の民間拡大が待たれている。日雇い派遣のような詐欺師が介在する業態は止めて、毎日紹介(1日ごとに適切職場と適切人材を仲介:職業紹介)すればよい。これは、今から3年内に、派遣以上に大流行する。
¶マスコミの「派遣切り」の一斉報道は静か?になった。
あまり法律問題がとやかく言われない雰囲気ではある。が、実態は整理解雇四要件が整っていないこと(四要素説と誤って解雇したケースが多い)に留まらず、労働者派遣法違反どころか、職業安定法44条に違反する労働者供給を行っていた実態が浮き彫りになっている。労働者派遣を装いながら、派遣先と派遣元担当者が派遣労働者を、仕事探し・生活する寮・給与の支払いをめぐって支配従属の関係に置いている実態が少なからずある。松下プラズマディスプレイ事件のように派遣元が職安法違反を誘惑した例もあれば、某大手部品メーカーが職安法違反を強行しているケースもある。派遣先が事前面接、派遣先社員登用を約し、賃金支払いの糸を引き、派遣先が月の半分以上休業させ、その休業手当を払わない、解雇を決定・指示までしているといった、事実上の派遣先との労働契約関係の形成である。
そもそも労働者供給事業禁止の趣旨というのは、
1.中間搾取が行われる可能性
2.安全配慮がおろそかになる可能性
3.労働者の雇用が不安定になる可能性
の三項目なのである。したがって、合法かつ推薦されるとはならないが、この三項目が十分に確保されておれば、検察に書類送検されることはないのである。まして、職安法違反が歴然としていても、その時代の社会・経済・産業などの発展に資すると判断されれば、1986年当時の労働者派遣法の如く法律は整備されて行くのである。86年当時、最初に許可を得るには、安定所に申立書を添え、そこに「労働力の需給調整に資するので、一般労働者派遣業の許可を配慮願いたい」と、派遣事業の意思を明確にした企業は、対象業務その他で有利な許可を受けられたのである。ところが、(正確には)1997年以降の労働力流動化政策は無法無秩序状態、「発展に資する裏目」に出てしまっている。
経済合理性の粗利益は、決して中間搾取とは言われない。労働力を効率的に確保するための募集・配置・教育訓練であるとか、生産効率を向上させるための工程管理や生産技術に携わる職業紹介で、自由平等の社会共同体秩序に役立つものであれば、様々なアイデアの宝庫も犯罪には問われないのである。
思いつきの事業では、ビジネスが大きく展開された時点を見計らって、労働局が弾圧に入る。日本の職業紹介のはじまりは、奈良・東大寺の大仏建立であるが、現代のイメージとは大違いなのだ。すなわち、労働市場にまつわる事業は労働力流動化政策の先駆けに時代を開くチャンスがある。
大恐慌は、ほんの一部の超大金持ちを生み、後は収入減の一途をたどるといわれるが、現下の日本系税構造では、衣食住&サービス分野の「生産性」を上げれば、個別企業はまだまだ成長するのだ。
課題は、頭の切り替えと視点である。
¶労働契約法の解説 第15条 懲戒
ここ最近、どこの個別企業でも懲戒処分の事案が増加している。その原因は解明できないが、筆者の30年以上にわたる経験からすると、時代の変化による増加と思われる。
第15条
「使用者が、労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒にかかる労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」
「客観的に合理的な理由を欠き、……」のくだりは、
解雇権濫用禁止の第16条とほぼ似たものであるが、この第15条の懲戒の規定は、始末書(経過報告書などを除く)、減給、出勤停止、懲戒解雇その他実質的懲戒状態(客観的不利益性の有無)への処分に対する、懲戒権濫用禁止の条文である。
労働契約とは、使用者が組織する業務組織に労働者を組み込んで、他の労働者とともに共同作業に従事させることによって、初めて実態が成り立つことから、企業・職場の秩序維持が必要になってくるのである。この秩序を維持する手段として、経営側が行使できるものは損害賠償と懲戒処分に限られており、損害賠償では現実の損害発生が要件事実として必要となるため、有効な欠如破壊に対抗する手段として、労働契約のもとに懲戒処分を行うこととなるのである。ここが肝心であり、この前提に立たない懲戒処分は、好き嫌いによる恣意的判断、感情的判断、支配独善的判断として無効とされてしまうのである。
「労働者の行為の性質及び態様」の意味は、
秩序を破壊した具体的内容・動機、業務への影響、損害の程度並びに、その労働者の態度・情状の余地・処分歴のことなどを指している。
「その他の事情」の意味は、
経営側の落ち度などを指している。すなわち、中間管理職も含め使用者側原因の有無、別件を用いて本件の処分をしようとしていないか、他とのバランスも考えず重い処分になっていないか、懲戒処分の手続きに曖昧さがないかどうかである。秩序を乱した者とはいえ、本人に弁明の機会を与えることは最低限必要なことである。加えて、経営側が不法行為(民法709条)に手を染めた結果とならないかの注意も必要となる。これからの新時代、不当解雇で未払い賃金を支払った取締役が、今度は善管注意義務違反や忠実義務違反で株主代表訴訟を起こされ、未払い賃金相当額を取締役個人が支払わされる裁判例(渡島信用金庫事件)などが多発するかもしれないのだ。
「客観的に合理的な理由を欠き、」の意味は、
第16条の解雇と同じであるが、客観的とは外部の第三者が確かめられる事実で証明できるかどうか、合理的とは懲戒理由の事実が真実で道理をもって(合理的とは法律用語)証明することができ、その裏付けとなる証拠が存在して、その時点の就業規則の懲戒規定に該当しているのかどうかを指している。
「社会通念上相当」の意味は、
社会(世間体や常識とは異なる)で広く受け入れられるであろう判断のことを指している。ただし、極めて専門的であるから、重大な懲戒事件となれば専門家の判断を仰ぐ必要がでてくる。
ところで、そもそもの懲戒の意味や目的は、
秩序を乱した労働者に対するダメージを与えることに加えて、いわゆる「見せしめ」を行ない再発の防止をするところにある。したがって、懲戒処分の発表をしたくないのであれば、懲戒目的に反することとなり、ひいては「その他の事情」を考慮したときに、不正な懲戒処分と結論づけされてしまう可能性もあるのだ。例えば、普通解雇であれば、就業規則の普通解雇規定(旧来の六~十項目では立証不能)に該当さえすれば、個別企業内で闇のうちに解雇してしまうことができるのであるが、そこに普通解雇と懲戒解雇の差が存在する。したがって、懲戒処分全般にいえることだが、刑罰に類する制裁であることから、刑事法並の扱いが必要となる。(普通解雇は、労働契約法・民事法の扱いの範疇)。すなわち、懲戒事由と手段を就業規則に明記する必要があり、それ以外の懲戒処分は許されないことになる。使用者が懲戒処分をする場合に、軽い処分にしろ重い処分にしろ、厳格な意味で就業規則違反を行ったのであれば、すぐさま懲戒権根拠の欠如となってしまう。だからと言って、曖昧な包括的懲戒条項を作成すれば、厳格性とか該当性の欠如となってしまい、懲戒処分ができなくなるのだ。
この法律のいう合理性とは、この程度の固い話の展開が用意されていなければならないことを必要としているのだ。もちろん、不遡及の原則、すなわち新しく懲戒規定を設け、それ以前の事案に適用することはできない。また、一事不再理の原則(二重処分の禁止)、過去の懲戒対象事案の行為について、重ねて懲戒処分を行うこともできない。例えば、本来懲戒解雇にすべきところを、始末書の提出をさせたばかりに、二重に処分ができなくなり、懲戒解雇が無効となったとの事例、これはよく発生する事例で、労働組合との事件になれば約3年分の賃金を支払わなければならなくなるものである。
なお、懲戒処分の形式的な種類は一般的に軽いものから、
戒告→譴責(戒告+始末書)
→減給(一件は1日分の半額、10分の1を超えれば翌月回しの制限)
→出勤停止(賃金不支給、勤続年数不算入)
→(懲戒処分としての)降格
→諭旨解雇(退職金の支給がある)
→懲戒解雇(退職金の支給はない。解雇予告手当は任意)
自宅待機は賃金や休業手当の支払い義務があり、支払いを怠れば懲戒処分と判断され、その期間をめぐって懲戒処分無効とされるケースが多いので注意が必要である。
懲戒処分となる事由は、
個別企業の産業・業種・職種によってさまざまとなる。
それによって、経歴詐称、職務怠慢、業務命令違反、職場規律違反などの詳細が定められることになる。毛染めが許される職場と禁止の職場、飲酒が認められる職場と禁止の職場、衣服、言葉遣い、来客者への応対、その他は、すべて個別企業や職場の秩序維持の目的によって異なる。
なによりも、必要維持のための禁止事項を労働者に周知徹底しなければならず、周知徹底は予防効果であるのだが、処分効果(周知して処分も可能)も存在することとなり、これが労働契約に基づく経営側の懲戒処分権となっているのである。解雇や懲戒の規定参考例は、次のURL。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/syugyo/kisoku.html
2009/02/10
第82号
<コンテンツ>
・政府の雇用対策に弾みがつかない。
・民間個別企業の経営者や管理職の気持ちが、
・個別企業がチャンスとしてつかまえる事業分野、
・もっと身近な適切なチャンスの例
・この10年ほど、新商品を支える創意工夫が後退の一途
・非常用労働者の増加が足を引っ張った原因ではない!
・日系外国人問題が、日本経済の起爆になるかも。
・労働契約法の解説 労働者と使用者の定義(第2条関係)
・「労働者」とは、
・「使用者」とは、
¶政府の雇用対策に弾みがつかない。
なぜ今一つの雇用対策になってしまうのか。それは、民間個別企業を育成するための雇用対策になっていないからだ。世の中には、雇用対策といえば、生活底辺層の下支えにしか発想が及ばない人もいて、経済的豊かさに目を向ける雇用対策などが考えられない人もいるのだ。その最たるものが選挙目当ての雇用対策である。
雇用保険の改正も4月1日分から行われる見通しで、失業手当の受給資格を得るには1年間の暦日が必要と、(つい先日改正されたばかりなのに)元通りの6ヵ月間の暦日となるようだ。給付日数も若干増加する見通し。
雇用調整助成金も、労働者を解雇しないで教育訓練するならば、大幅に支給しようとのことになっているが、成長企業を対象にした雇用調整助成金、失業者を吸収したい企業の雇用調整助成金は、未だ立案されたことがないのである。OECDの先進諸外国の多くは、勤め先が変更しても生活に支障がないから、成長企業がタイムリーに教育訓練で受け入れできる仕組みを作っている。工場の技能工が3年以上掛かってSEを習得する場合でも、ほぼ現役時代と同じ生活費が失業保険から支給されるのだ。
¶民間個別企業の経営者や管理職の気持ちが、
こぞって明るくなるような雇用対策が必要なのだ。確かに、筆者には、自動車産業は60%減、電機産業は50%減と、海外輸出向け産業は一斉に縮小しなければならない現実であるように思われる。ところが、内需消費関連、流通販売、生活密着産業は人手不足の兆しがはっきりしてきており、成長するマグマが溜まっているのである。なぜスムーズに成長が盛り上がらないかといえば、事業資金財源が成長マグマを抱える産業に回っていないからである。事業資金財源が投入されれば、いくつかの成長産業は爆発的に拡大する。成長するマグマが溜まっている成長産業が失業者を採用すれば、雇用調整助成金(今は解雇する事業所が中心)を支給する方法があるのだ。
現下の財政政策と経済状況では、適切に資金財源注入がされるはずもない。一般の銀行は、金融庁が恐いから、思い切って、事業資金を民間企業に投入するわけにもいかないのである。
昨年末に、アメリカ経済が立ち直れば経済回復と言った人も、今では沈黙。
自動車が景気回復したときにと、未だ、取引量が増えると錯覚している人たちもいるが、ここまで来れば、「迷信にとらわれ、救いようがない」とだれでもがサジを投げた。
¶個別企業がチャンスとしてつかまえる事業分野、
そこに有能な人材を確保し新体制を組み替えることと、その後の新たな労働力確保の方法を設定するのである。
これなら、中小・中堅企業でもできる。すなわち、
売れる商品と売れない商品がはっきりして来た今、
売れる客先と売れない客先がはっきりして来た今、
伸びる産業と落ちる産業がはっきりして来た今、
そこに
1.商品を売り込む新体制と有能人材配置、
2.その商品の定型的効率生産を実施する体制を新たに設定することなのである。
一般の人たちにとっては、きわめて頭の切り替えが難しいところであるが、総務人事部門の人たちの頭の切り替えは速い。誰でも本当は、営業現場最先端を歩き、よく観察していれば、はっきりと随所にチャンスは見えている。
このチャンスポイントこそは、日本の文化水準の高さから来るものであり、
精神的心理的余裕が芽生えるところに今回の経済大恐慌の特徴と明るさがあるのだ。
80年前の昭和大恐慌とは、このチャンスポイントの部分こそが異なり、某実務学者が450年ぶり(中世荘園制度基盤崩壊以来)の金融システム変化だ!と言っているところなのである。
学問と真の経済学は大切である。
¶もっと身近な適切なチャンスの例
をあげてみる。新商品(創造や開発方法は過去のメルマガ参照)は、発明ではなくとも十分に、その地域の文化社会に適合するように組み替えればよいのである。
事業として成り立たせるためには、
A.それを継続的に行なえる人的体制が重要なのである。
B.最初に、この人的体制=特殊チームを一挙に作り上げることが重要なのである。
C.自社で「特殊チーム」ができなければ、本当の意味でのアウトソーシングでもって、
D.素早く、個別企業の体制固めを行うのが良い。
E.時間をかけている分だけ損失は膨らむ。
F.生産性・収益性・労働意欲・労働効率性、この4分野だけを検討するのが定石
G.「新体制と有能人材」、加えて次に「新定型的効率生産体制」が収益・利益を上げる。
(ここに、資金財源投入すれば、こぞって明るくなるような雇用対策となる。金融に限らず雇用保険財源も投入可能。だが、繰り返すが、政府に頼ることは無いのだ)
¶この10年ほど、新商品を支える創意工夫が後退の一途
は、人材派遣や偽装請負の流行で、人海戦術に頼るばかりであったから、創意工夫が後退となって来たのである。どこの個別企業でも、大なり小なり工程管理が「お粗末」になってしまい、35歳ぐらいまでの若年労働者層には、生産性・収益性・労働効率性の工程管理といった発想や訓練が、まったく出来ていないと言える。良くて、残りの一つの分野:労働意欲が、個人的にチラホラ残っている程度、今回の経済大恐慌が押し寄せて来る中、意欲をなくす若者も数多くいる。
要するに、会社組織を、今述べたように適切な新体制に組み換えればよいのである。
とにかく、人材派遣や偽装請負による、発展途上国並みの人海戦術、あるいは、そういった惰性発想が個別企業を停滞させているのである。あなたの会社が思わしくないのは経済危機が原因ばかりではない。
¶非常用労働者の増加が足を引っ張った原因ではない!
人材派遣や偽装請負の方式を取り入れたために、非常用労働者の能力発揮を押しつぶし、能力を活用しようにもできなくなり、個別企業の個々において、豊かさと経済発展を後退させたのだ。悪質派遣会社の誘惑と賄賂によって、社員が腐ってしまった工場が多い。
ところで、
昭和55年オイルショックころより前は、会社は「ピラミッド型組織と組織に貼りついた社員」であったから能力発揮が禁止をされていた。自ら進んで能力発揮を行えば、組織から排除されたのであった。排除された人は、中小企業の社長となった。が、全員成功したわけではない。
昭和61年労働者派遣法と男女均等法、これが労働力流動化と女性能力発揮を相まらせることによって、経済を押し上げた。これがバブル崩壊前後当時の労働生産性アップであった。ところで、その道のりというと、立法(昭和54年)の着想がされたとき、当時の日経連が大反対し、労働省は本省の存立をかけて6年間ほど地下活動を行う。昭和54年の派遣法の着想が、人材派遣会社でもなければ、当時の労働省でもなく、意外なことに日本の最底辺労働者を組織していた十数万人(全国47都道府県に展開する単一組織)の民間労働組合であったこと、昭和54年までの着想時点から元より非常用労働者のみが派遣労働者と想定、主な舞台は自民党労働部会での激論であったことは、まず知られていない。
(歴史の真実は、高校世界史で習う経済歴史を、脳裏に振り返えらせる)。
もう、半年や1年もすれば、
いくつかの個別企業の成長マグマの噴火!が目立つことは間違いない。
だが、世間の多くの人たちは、自分以外の会社が倒産してしまう方が心の慰めとなる。
だから、あなたは世間に流されないことが肝心だ。
¶日系外国人問題が、日本経済の起爆になるかも。
これは、経済の質的豊かさには寄与するが、量的発展にはあまり関係ないかもしれない。だが、経済の質的豊かさは、最終利益の高さと可処分所得の増加を意味する。筆者の35年ほどの、日本の労働力需給と開発の経験と研究に根拠をおいた、あまりにも唐突な話ではある。
ここ数日の取材中、今週末も取材予定、どうもここに社会的チャンスがありそうだ。
¶労働契約法の解説 労働者と使用者の定義(第2条関係)
(定義)
「第二条 この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。
2 この法律において「使用者」とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。」
第2条は労働者と使用者の定義を定めている。それぞれの法律で、用語の定義を行うのは、人によって考えが違ったり、諸説氾濫して法律の適用が混乱するからである。定義に定める用語については、広辞苑などの国語辞書に書いてある内容で解釈をしないことになっている。
¶「労働者」とは、
1.「使用者」と相対する労働契約の締結当事者、
契約は一方の申し込みの意思と、他方の承諾の意思の合致したときに締結されたことになる。書面がないからといって労働契約締結が無効になることはない。
2.「使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者」とは、
指揮命令その他によって使用されている事実と、
名称のいかんに関わらず賃金が支払われていること
それぞれの要件を備えていることが必須条件である。したがって、いつの時点で労働契約が締結されたがが証明されなければならず、使用者に使用されて労働していたことを証明(その裏付けはタイムカードなど)、加えて、賃金が支払われていた証明(その裏付けは賃金台帳や明細書)が必要となるのである。賃金は、賃金、給料、手当、賞与その他名称を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。賃金は、労働基準法第11条の「賃金」と同義語である。「対償」は辞書に載っていない用語、定義はないが、憲法25条の健康で文化的生活を営む権利であるところの生活保護の金額を上回っていなければならないとする立法趣旨であって、決して労働の対価としての意味に限定されている解釈ではない。
ところで、労働基準法での労働者の定義は、「事業又は事務所に使用される者」に限られる。
労働契約法では、実際に事業所で労働していたかどうかを問わない。賃金を支払われる者は労働契約法と同じである。そうすると、労働契約法では、使用従属関係が認められるか否かにより判断されるものであり、事業所に出勤していない人たちも、賃金に相当するものを受け取っていれば、労働契約法の労働者に該当するのだ。
すなわち、労働基準法では労働者ではなくとも、労働契約法では労働者となるのだ。(労働組合法では失業者も労働者として扱う)。民法第632条の「請負」、同法第643条の「委任」又は非典型契約で労務を提供する者だとしても、外形の契約形式にとらわれずに、使用従属関係の実態が認められれば、労働契約法では労働者と定めているのである。一匹狼、インディペンデント、外注、業務委託など、タイムカードなどの時間管理がされていなくとも、使用従属関係の実態が認められれば労働者である。ひとり親方は労働者となるが、子方も親方が数人使用していたとしても、単に報酬を分け合っているのであれば、親方・子方ともに、全員が労働契約法でいう労働者(元請会社との使用従属関係の実態)となる。
¶「使用者」とは、
「労働者」と相対する労働契約の締結当事者、「その使用する労働者に対して賃金を支払う者」をいう。個人企業の場合はその企業主個人、会社その他の法人組織であれば法人そのものである。
その要件は、労働者に対する内容の反対側証明(その裏付けは同様のもの)となる。
労働基準法で定める使用者とは、「事業主のために行為をする人」、すなわち使用者のために行為をする人である。だから、部長、課長などの職務権限が明確にされている人たち、その他名称立場にかかわりなく事業主のために行為をする人は、労働基準法で定める使用者である。
労働契約法でこの人たちは、賃金を支払う者の代理で指揮命令その他を行っている範囲内に限って、労働契約法で定める使用者となる。使用者の特定に注意を要する。
また、個別企業の外部の人物、例えば弁護士や社会保険労務士も、事業主のために行為をする代理や事務代理を行えば、使用者としての責任を問われることになっているのである。
労働契約法で定める、労働者の定義は労働基準法よりも幅広く、使用者の定義は労働基準法より幅が狭い。労働契約法で定める労働者もしくは使用者に該当しなければ、この法律の適用はない。労働基準法での適用があったとしても、労働契約法では適用がない場合がある。
なお、労働契約法に関する解釈を厚生労働省労働基準局長が、基発第0123004号通達を平成20年1月23日に発してはいるが、その内容はあくまでも厚生労働省の考え方、厚生労働省の職員に考え方を徹底するための目的である。民間個別企業に、その考えを厚生労働省が強要するものでは決してない。したがって、裁判所がそのような判断を行うかは、また別であるから、くれぐれも注意を要する。
・政府の雇用対策に弾みがつかない。
・民間個別企業の経営者や管理職の気持ちが、
・個別企業がチャンスとしてつかまえる事業分野、
・もっと身近な適切なチャンスの例
・この10年ほど、新商品を支える創意工夫が後退の一途
・非常用労働者の増加が足を引っ張った原因ではない!
・日系外国人問題が、日本経済の起爆になるかも。
・労働契約法の解説 労働者と使用者の定義(第2条関係)
・「労働者」とは、
・「使用者」とは、
¶政府の雇用対策に弾みがつかない。
なぜ今一つの雇用対策になってしまうのか。それは、民間個別企業を育成するための雇用対策になっていないからだ。世の中には、雇用対策といえば、生活底辺層の下支えにしか発想が及ばない人もいて、経済的豊かさに目を向ける雇用対策などが考えられない人もいるのだ。その最たるものが選挙目当ての雇用対策である。
雇用保険の改正も4月1日分から行われる見通しで、失業手当の受給資格を得るには1年間の暦日が必要と、(つい先日改正されたばかりなのに)元通りの6ヵ月間の暦日となるようだ。給付日数も若干増加する見通し。
雇用調整助成金も、労働者を解雇しないで教育訓練するならば、大幅に支給しようとのことになっているが、成長企業を対象にした雇用調整助成金、失業者を吸収したい企業の雇用調整助成金は、未だ立案されたことがないのである。OECDの先進諸外国の多くは、勤め先が変更しても生活に支障がないから、成長企業がタイムリーに教育訓練で受け入れできる仕組みを作っている。工場の技能工が3年以上掛かってSEを習得する場合でも、ほぼ現役時代と同じ生活費が失業保険から支給されるのだ。
¶民間個別企業の経営者や管理職の気持ちが、
こぞって明るくなるような雇用対策が必要なのだ。確かに、筆者には、自動車産業は60%減、電機産業は50%減と、海外輸出向け産業は一斉に縮小しなければならない現実であるように思われる。ところが、内需消費関連、流通販売、生活密着産業は人手不足の兆しがはっきりしてきており、成長するマグマが溜まっているのである。なぜスムーズに成長が盛り上がらないかといえば、事業資金財源が成長マグマを抱える産業に回っていないからである。事業資金財源が投入されれば、いくつかの成長産業は爆発的に拡大する。成長するマグマが溜まっている成長産業が失業者を採用すれば、雇用調整助成金(今は解雇する事業所が中心)を支給する方法があるのだ。
現下の財政政策と経済状況では、適切に資金財源注入がされるはずもない。一般の銀行は、金融庁が恐いから、思い切って、事業資金を民間企業に投入するわけにもいかないのである。
昨年末に、アメリカ経済が立ち直れば経済回復と言った人も、今では沈黙。
自動車が景気回復したときにと、未だ、取引量が増えると錯覚している人たちもいるが、ここまで来れば、「迷信にとらわれ、救いようがない」とだれでもがサジを投げた。
¶個別企業がチャンスとしてつかまえる事業分野、
そこに有能な人材を確保し新体制を組み替えることと、その後の新たな労働力確保の方法を設定するのである。
これなら、中小・中堅企業でもできる。すなわち、
売れる商品と売れない商品がはっきりして来た今、
売れる客先と売れない客先がはっきりして来た今、
伸びる産業と落ちる産業がはっきりして来た今、
そこに
1.商品を売り込む新体制と有能人材配置、
2.その商品の定型的効率生産を実施する体制を新たに設定することなのである。
一般の人たちにとっては、きわめて頭の切り替えが難しいところであるが、総務人事部門の人たちの頭の切り替えは速い。誰でも本当は、営業現場最先端を歩き、よく観察していれば、はっきりと随所にチャンスは見えている。
このチャンスポイントこそは、日本の文化水準の高さから来るものであり、
精神的心理的余裕が芽生えるところに今回の経済大恐慌の特徴と明るさがあるのだ。
80年前の昭和大恐慌とは、このチャンスポイントの部分こそが異なり、某実務学者が450年ぶり(中世荘園制度基盤崩壊以来)の金融システム変化だ!と言っているところなのである。
学問と真の経済学は大切である。
¶もっと身近な適切なチャンスの例
をあげてみる。新商品(創造や開発方法は過去のメルマガ参照)は、発明ではなくとも十分に、その地域の文化社会に適合するように組み替えればよいのである。
事業として成り立たせるためには、
A.それを継続的に行なえる人的体制が重要なのである。
B.最初に、この人的体制=特殊チームを一挙に作り上げることが重要なのである。
C.自社で「特殊チーム」ができなければ、本当の意味でのアウトソーシングでもって、
D.素早く、個別企業の体制固めを行うのが良い。
E.時間をかけている分だけ損失は膨らむ。
F.生産性・収益性・労働意欲・労働効率性、この4分野だけを検討するのが定石
G.「新体制と有能人材」、加えて次に「新定型的効率生産体制」が収益・利益を上げる。
(ここに、資金財源投入すれば、こぞって明るくなるような雇用対策となる。金融に限らず雇用保険財源も投入可能。だが、繰り返すが、政府に頼ることは無いのだ)
¶この10年ほど、新商品を支える創意工夫が後退の一途
は、人材派遣や偽装請負の流行で、人海戦術に頼るばかりであったから、創意工夫が後退となって来たのである。どこの個別企業でも、大なり小なり工程管理が「お粗末」になってしまい、35歳ぐらいまでの若年労働者層には、生産性・収益性・労働効率性の工程管理といった発想や訓練が、まったく出来ていないと言える。良くて、残りの一つの分野:労働意欲が、個人的にチラホラ残っている程度、今回の経済大恐慌が押し寄せて来る中、意欲をなくす若者も数多くいる。
要するに、会社組織を、今述べたように適切な新体制に組み換えればよいのである。
とにかく、人材派遣や偽装請負による、発展途上国並みの人海戦術、あるいは、そういった惰性発想が個別企業を停滞させているのである。あなたの会社が思わしくないのは経済危機が原因ばかりではない。
¶非常用労働者の増加が足を引っ張った原因ではない!
人材派遣や偽装請負の方式を取り入れたために、非常用労働者の能力発揮を押しつぶし、能力を活用しようにもできなくなり、個別企業の個々において、豊かさと経済発展を後退させたのだ。悪質派遣会社の誘惑と賄賂によって、社員が腐ってしまった工場が多い。
ところで、
昭和55年オイルショックころより前は、会社は「ピラミッド型組織と組織に貼りついた社員」であったから能力発揮が禁止をされていた。自ら進んで能力発揮を行えば、組織から排除されたのであった。排除された人は、中小企業の社長となった。が、全員成功したわけではない。
昭和61年労働者派遣法と男女均等法、これが労働力流動化と女性能力発揮を相まらせることによって、経済を押し上げた。これがバブル崩壊前後当時の労働生産性アップであった。ところで、その道のりというと、立法(昭和54年)の着想がされたとき、当時の日経連が大反対し、労働省は本省の存立をかけて6年間ほど地下活動を行う。昭和54年の派遣法の着想が、人材派遣会社でもなければ、当時の労働省でもなく、意外なことに日本の最底辺労働者を組織していた十数万人(全国47都道府県に展開する単一組織)の民間労働組合であったこと、昭和54年までの着想時点から元より非常用労働者のみが派遣労働者と想定、主な舞台は自民党労働部会での激論であったことは、まず知られていない。
(歴史の真実は、高校世界史で習う経済歴史を、脳裏に振り返えらせる)。
もう、半年や1年もすれば、
いくつかの個別企業の成長マグマの噴火!が目立つことは間違いない。
だが、世間の多くの人たちは、自分以外の会社が倒産してしまう方が心の慰めとなる。
だから、あなたは世間に流されないことが肝心だ。
¶日系外国人問題が、日本経済の起爆になるかも。
これは、経済の質的豊かさには寄与するが、量的発展にはあまり関係ないかもしれない。だが、経済の質的豊かさは、最終利益の高さと可処分所得の増加を意味する。筆者の35年ほどの、日本の労働力需給と開発の経験と研究に根拠をおいた、あまりにも唐突な話ではある。
ここ数日の取材中、今週末も取材予定、どうもここに社会的チャンスがありそうだ。
¶労働契約法の解説 労働者と使用者の定義(第2条関係)
(定義)
「第二条 この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。
2 この法律において「使用者」とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。」
第2条は労働者と使用者の定義を定めている。それぞれの法律で、用語の定義を行うのは、人によって考えが違ったり、諸説氾濫して法律の適用が混乱するからである。定義に定める用語については、広辞苑などの国語辞書に書いてある内容で解釈をしないことになっている。
¶「労働者」とは、
1.「使用者」と相対する労働契約の締結当事者、
契約は一方の申し込みの意思と、他方の承諾の意思の合致したときに締結されたことになる。書面がないからといって労働契約締結が無効になることはない。
2.「使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者」とは、
指揮命令その他によって使用されている事実と、
名称のいかんに関わらず賃金が支払われていること
それぞれの要件を備えていることが必須条件である。したがって、いつの時点で労働契約が締結されたがが証明されなければならず、使用者に使用されて労働していたことを証明(その裏付けはタイムカードなど)、加えて、賃金が支払われていた証明(その裏付けは賃金台帳や明細書)が必要となるのである。賃金は、賃金、給料、手当、賞与その他名称を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。賃金は、労働基準法第11条の「賃金」と同義語である。「対償」は辞書に載っていない用語、定義はないが、憲法25条の健康で文化的生活を営む権利であるところの生活保護の金額を上回っていなければならないとする立法趣旨であって、決して労働の対価としての意味に限定されている解釈ではない。
ところで、労働基準法での労働者の定義は、「事業又は事務所に使用される者」に限られる。
労働契約法では、実際に事業所で労働していたかどうかを問わない。賃金を支払われる者は労働契約法と同じである。そうすると、労働契約法では、使用従属関係が認められるか否かにより判断されるものであり、事業所に出勤していない人たちも、賃金に相当するものを受け取っていれば、労働契約法の労働者に該当するのだ。
すなわち、労働基準法では労働者ではなくとも、労働契約法では労働者となるのだ。(労働組合法では失業者も労働者として扱う)。民法第632条の「請負」、同法第643条の「委任」又は非典型契約で労務を提供する者だとしても、外形の契約形式にとらわれずに、使用従属関係の実態が認められれば、労働契約法では労働者と定めているのである。一匹狼、インディペンデント、外注、業務委託など、タイムカードなどの時間管理がされていなくとも、使用従属関係の実態が認められれば労働者である。ひとり親方は労働者となるが、子方も親方が数人使用していたとしても、単に報酬を分け合っているのであれば、親方・子方ともに、全員が労働契約法でいう労働者(元請会社との使用従属関係の実態)となる。
¶「使用者」とは、
「労働者」と相対する労働契約の締結当事者、「その使用する労働者に対して賃金を支払う者」をいう。個人企業の場合はその企業主個人、会社その他の法人組織であれば法人そのものである。
その要件は、労働者に対する内容の反対側証明(その裏付けは同様のもの)となる。
労働基準法で定める使用者とは、「事業主のために行為をする人」、すなわち使用者のために行為をする人である。だから、部長、課長などの職務権限が明確にされている人たち、その他名称立場にかかわりなく事業主のために行為をする人は、労働基準法で定める使用者である。
労働契約法でこの人たちは、賃金を支払う者の代理で指揮命令その他を行っている範囲内に限って、労働契約法で定める使用者となる。使用者の特定に注意を要する。
また、個別企業の外部の人物、例えば弁護士や社会保険労務士も、事業主のために行為をする代理や事務代理を行えば、使用者としての責任を問われることになっているのである。
労働契約法で定める、労働者の定義は労働基準法よりも幅広く、使用者の定義は労働基準法より幅が狭い。労働契約法で定める労働者もしくは使用者に該当しなければ、この法律の適用はない。労働基準法での適用があったとしても、労働契約法では適用がない場合がある。
なお、労働契約法に関する解釈を厚生労働省労働基準局長が、基発第0123004号通達を平成20年1月23日に発してはいるが、その内容はあくまでも厚生労働省の考え方、厚生労働省の職員に考え方を徹底するための目的である。民間個別企業に、その考えを厚生労働省が強要するものでは決してない。したがって、裁判所がそのような判断を行うかは、また別であるから、くれぐれも注意を要する。
2009/01/06
第81号
<コンテンツ>
・(総務部メールマガジン)恐慌関連バックナンバー案内
・「8万5千人失業」の作り話
・現代社会制度の崩壊は、道理ある識者の誰しもが
・昨年末から約3年間、経済急落、
・もう一つの身近な例、「規律社会から管理社会へ」
・裁判員制度の具体的な影響
・テレビや新聞で話題になっていたような事柄は
・当の裁判官たちは、圧倒的に反対が多い。
・解説・労働契約法:不利益変更
・実務では、解釈や運用の基礎となる理解が難解な部分
・「就業規則優先か?労働契約優先か?」
・有名となった最初の裁判は、「秋北バス事件」
・労働契約法では、不利益変更の基準を、
・歴史的論争の展開を知った上で、
・似非専門家は、「本人の同意を得ています!」と
¶(総務部メールマガジン)恐慌関連バックナンバー案内
第76号(2008/8/5発行)
今年秋からの金融危機は、
フィンランドの基礎教育システムを研究
第77号(2008/9/9発行)
個別企業をとりまく、経済・経営・労働市場
筆者の「占い」は次のとおりだ。
第78号(2008/10/7発行)
恐慌の防衛策
金融危機が恐慌に至った
不渡りで一番恐いのは
担保を捨て、無借金経営の覚悟 ほか
第79号(2008/11/4発行)
株価暴落は、いつ下げ止まるのか
81年前の昭和大恐慌のような状況?
昭和大恐慌から実体経済が立ち直ったのは
資源のない日本経済にあっては
個別企業での、もう少し具体的な話 ほか
第80号(2008/12/9発行)
一挙に人員削減・整理解雇が! 年末までに100万人が失職!
そこで個別企業で、何をどうすればよいのか
政府でしか出来ない雇用対策、本当の公共事業とは ほか
¶「8万5千人失業」の作り話
が一人歩きをしている。厚生労働省発表は、「沖縄の15人」のみ?といったように、調査方法に瑕疵・欠陥があるのは一目瞭然のようだ。そもそもマスコミが、この調査自体が「非正規労働者の雇止め等の状況」に限定したものであり、「全国の労働局及び公共職業安定が12月19日時点で把握できたもの」であるとの注意書きを報道していないところに、作り話と受け取らざるを得ない根拠がある。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/12/dl/h1226-8a.pdf
確かに、正式な統計資料を見ることも大切だが、今時点たとえば、建設業の就業者数が約500万人であったところ、昨秋からの工事激減や失職状況を見れば、年末までに全体で100万人が失職したことは間違い無いと、専門家のコメントを報道すべきである。政府発表:85,012人の数字のみ報道するのでは、ジャーナリストどころか、ただの通信員にも至らない。
¶現代社会制度の崩壊は、道理ある識者の誰しもが
認めることとなった。今や、政府、企業、労組その他各種団体の事業運営に携わる人たちの誰もが、立場により表現を工夫はするものの、現行制度を維持するための前提が崩れてしまった!ことを認めているのだ。
この前、社会制度が崩壊した昭和大恐慌の当時は、「長引く不景気」と報道され大恐慌とは言わなかった。その後の歴史と学問は、これを「昭和大恐慌」と位置付け、当時の分析と反省を行った。昨年末からの金融危機から、これに続く不況について、世界大恐慌とは、なかなか言いたがらない人たちも数多く存在する。
アメリカ大統領選挙で、オバマ候補の当選が決まった途端、日本のマスコミやテレビに出演する評論家たちは、一斉に新自由主義の批判を始めた。新春をまたがりテレビ討論会などでは、新自由主義を賞賛していた学者たちも、よくよく観れば、手のひらを返すように新自由主義の弁明を繰り返すようになった。マスコミから干されていた評論家たちも、再び登場して来ることとなった。
ところで、経済学者や社会学者の間では、有名な哲学者カント、国富論のアダム・スミス、社会契約論のジョン・ロックの名前が、今日になって浮かび上がってきている。この人たちは、現代社会の文化・経済・政治、それぞれ学問的基盤の形成を遂げた人たちだ。が、現在、論議の的となっているのは、今まで教科書で習ってきた概念や認識を覆しかねない、新たな研究成果を浮かび上がらせているのである。決して、アダム・スミスを新自由主義経済の元祖と誤認した有名人物の類の珍説でもなければ、従来認識の復活を訴える原理主義の類ではない。現代社会基盤の文化・経済・政治が前提としていた背景、これが崩壊していることを学者たちは分析し、次の社会基盤への準備を始めているのである。
¶昨年末から約3年間、経済急落、
これは間違いない。道理や合理的判断をする経済学者であるほど、経済回復矢印が上向く時点が3年から5年へと延期をしている。(ただし、肝心の個別企業にあっては、人目や世間体を気にせず、大胆正確に手を打てば、もちろんのこと、約3年で回復させることができることに間違いはない)。民主主義政府の対応からは無理からぬことではあるが、心配や不安が加わるものの、経済対策が上滑りするより被害が少ない。
その根拠は、哲学的?かもしれないが、次の通りだ。
経済学とは、「誰もが豊かさが追及できるようにするには、どうすればよいか?」を科学的に分析する学問である。「一方で儲かる者がいて、他方で損する者がいる!」とは迷信そのものなのである。そもそも、経済理論は100通りほど在ると考えて差し支えない。たとえば経済専門のNK新聞といっても、およそ100分の3程度の経済理論だけで編集されているから、さほど役立たないと評価されるのである。ましてこの新聞社の記者は文学部出身者が圧倒的で、まるで「読者好評の経済文学&各種経済指標の通信項目」が毎日発行されていると断定する学者もいるくらいだ。もとより、かの話題の金融工学と称するものも、場末の経済理論であって、戦争ビジネスを回避させた平和論?なのかもしれないが、まともに信じるに値する理論なんかではない。
時流経済学の欠点を簡単な例で説明すると、
:個別企業であっても、様々な事業方針を立てるにあたって、今日明日、この3ヵ月、この6ヵ月、この3年間、この10年といった具合に時期を考えて、「理論と実践(現実)を識別」しながら策定することが基本パターンとなるのである。ところが、テレビ出演目的なのか、政府審議会に選ばれたいのか、「一時的、短期、長期」といった近代経済学での「政策と時期のマッチ&バランス」をも無視して、規制緩和や経済政策原理を力説し、常に口を開けば幻想の「危機感」をあおり、抽象的に「市場原理に任せる」とする類がほとんどで、まともに信じるに値する経済理論ではないのである。
¶もう一つの身近な例、「規律社会から管理社会へ」
といった理論の「見直し」が始まっている。身近に話すと、規律社会とは要するに、規則を定め、自ら善悪の判断を個人にさせることによって、規律を重んじる社会のことである。管理社会とは、ITを含め情報テクノロジーで、仕事や日常生活に管理の網の目を張り巡らせれば、効率的に運営できると想定した社会のことである。「見直し」のポイントは、今では当たり前のことではあるが、当時は頭脳明晰に反論することは難しく、回りは反論する人を理解できなかった。その中身は、
1.個人の規律や訓練が完成した上で、初めて管理社会が到来することを忘れていた
2.管理の網の目から、こぼれ出る人物が多く、この個人が社会基盤を揺るがす
3.近代以降の自由平等の原則を忘れて、管理社会=封建的支配と勘違いした
といったものだ。現場から遊離したエリートでは気づきにくいのも当然であった。こうやって「管理社会」を誤って認識したために、労働力需給、労働能力育成、次世代労働力生産(学校教育他など)の方向性を誤ってしまったのが現状であると言っても過言ではない。その背景には、今話題の金融資本主義(その萌芽は、著者が以前説明した「利回り資本」や、ヒルファディングの金融資本論とはちょっと違う)が追いかけた、単なる拝金主義・市場経済理論の影があるのだ。
「経済学を学ぶことは、似非経済学者にだまされないことである」と言われる由縁なのでもある。
¶裁判員制度の具体的な影響
について、単なる制度説明では、実態が分からない。最高裁のホームページは次々と追加更新されるが、ますます読みづらい。そこで、経営管理や人事労務に与える影響の本質をつかみやすいよう、前提となるポイント解説を試みる。
「裁判員候補者名簿」に、あなたの名前が掲載される場合は、毎年12月ごろに通知される。掲載されれば、くじ引きで担当事件が決まり、第1回公判期日6週間前に呼出状が来る。郵便調査票はあなたの都合を優先するものではない。裁判員候補者になったことを、インターネットなどで言触らすことは禁止されているが、あくまでも被告関係者からあなたを守るためのものである。だから、妻、子供(口が固いこと)、上司、同僚(口が固いこと)、友人に話すことは差支えないのだ。
裁判員候補者といえども、身分は裁判所臨時職員、この職務を妨害すれば、労働基準法第7条により「公務執行妨害」として、上司は懲役6ヵ月・罰金30万円、会社は罰金30万円となるかもしれないのだ。さて、あなたに呼出が来たときに、単に仕事が忙しいとか、ずる休みしたときには過料10万円となるかも。裁判員の職務は無報酬、ただし経済的損失を補てんする国家賠償との日当・交通費・宿泊費が支給される。損害賠償だから、所得税がかからないからと言って喜んでいる場合ではない。その日の賃金を会社は支払う義務は無い。そうすると、身近なイメージとしては、(人を殺す組織に組み込むから)徴兵制のようなものだという人がいるが、それはその通り。
本人の希望は一切聞き入れられないのだ。裁判に支障が出ることを未然に防ぐ程度の様々な配慮がされるだけだ。要約すればこんなところなのである。
¶テレビや新聞で話題になっていたような事柄は
裁判員制度導入では無視されているようだ。司法改革の導入背景は、検察官の就職希望者がほとんどいない実態、並んで刑事事件第一審での事実認定に手間暇を食っている実状を一挙に解決しようと、「ヨーロッパ:参審制」と「米英:陪審制」の都合のよいトコ取りといったもの、これが、関係者の共通認識なのだ。だから、現在の刑事裁判で横行している、裁判官・検事・弁護士の談合判決、無意味な長時間証人尋問、裁判官の居眠りや内職、最高裁の顔色をうかがう判決などは改善されて行くとして歓迎ムードは強い。確かに、誰もが被告とならざるを得ないことや社会秩序維持のキーに関わることであるから、総論としては賛成の声は多いが、実施その他の各論となれば反対意見も根強い。
裁判員制度の対象となる事件の実態は、介護や看護疲れの親殺し・子殺し、婚姻届を出していないだけの夫婦間の殺人などといった、加害者と被害者が親戚である事件が多いのだ。テレビのワイドショーでおなじみのような加害者が他人の凶悪犯罪は数少ない。なので、裁判員職務は、「真面目に悩む」こととなり、それが3日から5日間続き、最後に判決言い渡しに立ち会わされることから、精神的圧迫は極めて強いのである。自分の意見を述べさせられるなどの評議を適度にサボるとか、嫌気がさしてズルして休むことはできないから、憲法18条の「苦役からの自由」に反するとする意見は根強いのだ。裁判員候補者に選ばれたならば、すぐさま訴訟を起こすと予定をしている人も少なくない。果たしてこれが事業活動に影響を及ぼさないと本当に言えるのか。疑問である。うつ病を罹患すれば公務災害扱ではあるが、それでは、個別企業が済ますことができる問題ではない。
¶当の裁判官たちは、圧倒的に反対が多い。
裁判官の職業は国家に対して物申す立場になく、それを厳格にわきまえているからこそ裁判官の職業に就くことが許されている者であることに因って、公には発言しない。が、その反対とする中心意見は、裁判員の守秘が多すぎること、裁判は真実を見定めることで多数決ではないこと、裁判員に苦役を課すことになるなどとしており、そのことで憲法76条3項、「すべての裁判官は、その良心に従ひ独立してその職務を行ないひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」を守ることができなくなると言っているのだ。
これに対して、国民からすれば、不思議な理解できない手法が最高裁事務総局から打ち出されつつある。法廷で被告を弁護士の前に座らせていたものを、弁護士と同列の机の前に座らせることとなった。被告のネクタイは首吊り自殺を図るとして禁止されていたのだが、被告がノーネクタイであれば裁判員が偏見を持つとして、バネ付フック式ネクタイをつけさせるとのこと。被告が逃亡ができないように、履物をサンダルとしていたのだが、これも裁判員が偏見を持つとして、前から見れば革靴・後から見ればサンダルという風な改善サンダルを用意する。とのこと。
結局のところ、まるで判決理由のように長い文章で最高裁事務総局から説明がなされるのではあるが、どうも「苦役であること」は間違いなさそうだし、裁判所は事業活動への影響も考えた事はなさそうだし、何につけても裁判所と裁判官の都合だけで進められそうなのである。慣れない裁判員職務、これのリフレッシュ休暇や費用すらも考えているつもりもなさそうだ。
¶解説・労働契約法:不利益変更
(第7条~第11条関係)(第12条・第13条関係)
労働契約の不利益変更について、さまざまな変更条件が明記されている。要約すると
(1)就業規則の改訂による不利益変更には、就業規則の周知が前提
(2)就業規則を上回っていた労働契約条件は、
新就業規則で改訂を行っても、その部分は変更不可
(3)就業規則を改訂して不利益変更をする場合には、
労働者への「合意納得義務」が求められ、
6項目(周知、不利益程度、必要性、社会相当性、交渉経過、合理性)
にわたる、変更の有効:無効の判断基準が示されている。
ただし、労働組合(個人加盟の組合含む)は特別扱い、労働協約の締結行為があれば、社会通念上相当とされる範囲内である限り、不利益変更だとしても変更は容易であり、労働協約優先のオールマイティ性の原則を貫いている。
次に、
就業規則が効力を発するための条件が定められている。(第11条関係)
(ア)労働基準法に定める必要事項の記載
(イ)合法的に選出された労働者の過半数代表者の意見聴取
(ウ)労働基準監督署への届出と受理
の三項目が済まされていない限りは、事実上就業規則としての体をなさなくなった。
とりわけ、従来は周知さえすれば、労働基準監督署への届出を遅滞していても、就業規則の効力そのものに影響はないとされる扱いの判例法理が存在したが、労働条件に関わる部分については、適正な手続が欠落していれば、「改訂した就業規則」としては使い物にならないと定め(法定法理)られた。いわゆる近時代を反映した「手続主義の法のパラダイム」を定着させることとなった。厚生労働省の通達では、この辺を曖昧にする経営側への配慮をしているが、労働審判や裁判ともなれば、先ほどのア~ウの項目が第10条に定める合理的かどうかの判断基準となることは言うまでもない。
加えて、
労働契約や就業規則あるいは労働協約の優先順位も定められた。
従来からの諸説氾濫によって → 間違った判断が社会保険労務士や弁護士の一部で流布されていたが、これに終止符を打つことになった。すなわち、
(イ)労働基準法や労働契約法などの法律に反する労働条件は無効
(ロ)就業規則の労働条件を下回る労働契約は無効
(ハ)就業規則の労働条件を上回る労働契約は有効
(ニ)就業規則や労働契約よりも労働協約(労働組合との契約)が優先する
といったものである。
¶実務では、解釈や運用の基礎となる理解が難解な部分
が、この労働条件の不利益変更である。そこへ、似非法律家などからの判例や解釈論を持ち込まれると、真偽のほどは遠のき、正常な判断基準まで悩まされてしまうこととなる。また、そういったことをテクニックとして、クライアントを煙にまこうとする似非専門家も国家資格の肩書を利用して近寄って来るから要注意である。
そこで、個別企業の実務において、これを解き明かす2つのヒントがある。
第一は、法律家と言われる法曹三者(裁判官、検事、弁護士)、プラス大学の法学部教授・准教授と言われる人たちには、法令が国会で決議され施行されたからには、憲法に基づいて法律の解釈論議をする以上の物事は、職業としては扱わないといった鉄則の存在だ。
第二は、とりわけ労働法は、社会共同体の維持を保つための妥協の産物であり、刻々と激変する個別企業の実情にあっては、「労働者の労働意欲⇔経営管理における経済性」との間に、秩序の折り合いをつける紛争解決手段に過ぎないのだ。
¶「就業規則優先か?労働契約優先か?」
少し専門的な解説をすれば、就業規則に記載してある規範や秩序でもって、自由平等のためには職場内を統制することに重きをおく考え方が就業規則優先(就業規則法理)、これに対して自由対等な立場で労働契約を結んでいることが前提であることから、本人の同意がなければ、ことごとく拒否できるとするのが労働契約法理。この両者は、どちらが理想かと何十年間も議論し、裁判所でも争われ続けられているところなのだが、なかなか結論が出ないところに、労働契約法は、今回のひとつの具体的仲裁的な法廷法理を提起したのだ。(自由平等に反することは、もとより否定されているから、典型的に労働契約法で否定されている)。
一例をあげると、自分が知らないうちに、就業規則変更によって退職金規定がダウンされた場合、労働者は知らなかったし、期待をしていたことから、退職金ダウンが無効となるのが労働契約法理である。では、説明してあれば良かったのか、払えない事情があれば良かったのか、就業規則変更手続に不備があったのか、などなどの疑問や会社の手抜かりをめぐって労働事件としての訴訟が提起されていた。こういった疑問や会社の手抜かりをクリアしさえすれば、職場内秩序の維持のためには就業規則の変更を優先させることが必要ではないかとするのが就業規則法理である。
¶有名となった最初の裁判は、「秋北バス事件」
就業規則優先か?労働契約優先か?といった裁判は、数多くが定年制導入をきっかけに、労働者側と会社側の対決・争議となって争われた。就業規則法理か労働契約法理かの判断として、最初に有名となった裁判は、キリタンポと比内鶏で有名な秋田県大館市の「秋北バス事件」である。S32秋田地裁仮処分決定、S37秋田地裁、S39仙台高裁と、次々に労働契約法理が認められていった。この判決が当時、60年安保で華やかな日本全国の労働組合運動に利用されて行ったのである。ところが、昭和43年12月25日に最高裁判所大法廷が、労働契約法理支持の少数意見を付帯して、「就業規則法理」の初めての判例を言い渡したことで、この時点から「規則か契約か?の大論戦」となったのである。
この秋北バス事件そのものは、ほとんど秋田県北部の地元で知られることはなかった。昭和18年4月1日に戦争遂行のため、「秋北乗合自動車株式会社」に13業者を統合させられた怨念が残っているかもしれない、当時の経営陣と役員待遇であった者との定年をめぐる争いであった。裁判に秋北バス労働組合が関与した事実もない。したがって筆者の2回にわたる現地取材は困難を伴った(取材詳細をご希望の方はメールで連絡を)。今日からすると、合理性の事実認定には疑問の残る判例でもあった。
この後、大曲農協事件(最高裁昭和63年2月16日)、第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日)、みちのく銀行事件(最高裁平成12年9月7日)、フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日)などの、労働運動側の一連の反撃ともいえる労働契約法理論争の展開となっていったのである。
この秋北バス事件後の歴史的展開は、似非専門家あるいは法律家でも専門分野を異に人物を見分けるチェック・ポイントである。
¶労働契約法では、不利益変更の基準を、
とりあえず具体的に、こういった判例論争の展開を踏まえて定められた。不利益の程度、必要性、就業規則の内容(社会のこと)相当性、交渉状況、就業規則変更事情をチェックしてみて、道理が通っている(これを法律用語で合理性と称す)上であれば、就業規則を優先させようとの決着を、国会において見たのである。したがって、上記チェック項目の欠落とか道理が通らない説明であれば、不利益変更は無効とされる。無効とはもとより無かったこととする意味で、元通りの退職金や賃金などを支払わなければならないことになる。
さて、そうだとすれば、個別企業の側からすれば、安易な思いつきではなく、代替措置や将来措置が具体的であり、かつ従業員またはその代表らとの交渉を行ない、誠実な対応に徹して、就業規則改訂を実施さえすれば、不利益変更は十分可能であるということであれば問題はないとのことなのである。ただし、これらに事業計画、敗者復活や努力実現の可能性、独断偏向の排除などの措置が付随し、交渉経過については、誠実説明義務ではなく合意納得性が要求されることから、(専門家の力を借りるなどして)大規模に実施しても良いことなのだ。加えて、形式主義に陥らないように注意しなければならない。それは、形式の陰に信義則、権利濫用、公序良俗のポイントが欠落するからだ。信義則の原則とは、簡単にいえば、ウソ、だまし、抜け駆け、ペテンにかけることを指し、一般的に形式主義を見破るポイントは、この信義則でのチェックと言われている。(ちなみに公務員には民法の信義則の適用はないから、労働基準監督官などの公務員社会の例え話に乗るのは危険)。
¶歴史的論争の展開を知った上で、
先ほどの、解き明かす2つのヒントを参考にすれば、個別企業での個別な事例であっても、無理せず対処する道が開けて来るのである。ここでいう無理せずとは、例えていえば、昨年末の「I自動車」「Nディーゼル」、デジカメの「K」といったところは、整理解雇4要件(最新動向:整理解雇4要素説は時流から消滅したことに注意)と不備と思えるが、そういった場合の個別企業側の敗訴と労働争議を覚悟する必要がないという意味である。昨年秋以来、プロの専門家は整理解雇の通告アドバイスを数多く行っているが、その個別企業なりに整理解雇4要件その他合理性を措置することで、未だ予定外の解雇紛争を引き起こすことはないのである。もちろん、措置することにより労働側弁護士や労働組合からの反撃、凶悪事件の引き金を直接引くこと(K工業)などにもならないのだ。
¶似非専門家は、「本人の同意を得ています!」と
いった形式主義を主張?アドバイス?する。ところが、これは詭弁もしくはあなたを誘惑する類なのだ。退職金規定があっても、「本人から請求がなければ払わなくてもよい」と、いわゆるアンフェア・トリートメント(不公正な取扱い)をアドバイスする多国籍金融会社に至っては、TVのごとく火事場泥棒である。グローバル社会の負の部分に対抗するため、また、現代の紛争解決潮流のひとつである、「手続主義の法パラダイム」(公正や正義というよりも、変更手続のプロセスを重視する時代的潮流)を逆手にとって、さも問題がないかのように「形式や手続きを踏んでいますから!」を理由に、不正を強制する行為に対しても、労働契約法の第7条~第13条で規制をかけることとなっているのだ。
・(総務部メールマガジン)恐慌関連バックナンバー案内
・「8万5千人失業」の作り話
・現代社会制度の崩壊は、道理ある識者の誰しもが
・昨年末から約3年間、経済急落、
・もう一つの身近な例、「規律社会から管理社会へ」
・裁判員制度の具体的な影響
・テレビや新聞で話題になっていたような事柄は
・当の裁判官たちは、圧倒的に反対が多い。
・解説・労働契約法:不利益変更
・実務では、解釈や運用の基礎となる理解が難解な部分
・「就業規則優先か?労働契約優先か?」
・有名となった最初の裁判は、「秋北バス事件」
・労働契約法では、不利益変更の基準を、
・歴史的論争の展開を知った上で、
・似非専門家は、「本人の同意を得ています!」と
¶(総務部メールマガジン)恐慌関連バックナンバー案内
第76号(2008/8/5発行)
今年秋からの金融危機は、
フィンランドの基礎教育システムを研究
第77号(2008/9/9発行)
個別企業をとりまく、経済・経営・労働市場
筆者の「占い」は次のとおりだ。
第78号(2008/10/7発行)
恐慌の防衛策
金融危機が恐慌に至った
不渡りで一番恐いのは
担保を捨て、無借金経営の覚悟 ほか
第79号(2008/11/4発行)
株価暴落は、いつ下げ止まるのか
81年前の昭和大恐慌のような状況?
昭和大恐慌から実体経済が立ち直ったのは
資源のない日本経済にあっては
個別企業での、もう少し具体的な話 ほか
第80号(2008/12/9発行)
一挙に人員削減・整理解雇が! 年末までに100万人が失職!
そこで個別企業で、何をどうすればよいのか
政府でしか出来ない雇用対策、本当の公共事業とは ほか
¶「8万5千人失業」の作り話
が一人歩きをしている。厚生労働省発表は、「沖縄の15人」のみ?といったように、調査方法に瑕疵・欠陥があるのは一目瞭然のようだ。そもそもマスコミが、この調査自体が「非正規労働者の雇止め等の状況」に限定したものであり、「全国の労働局及び公共職業安定が12月19日時点で把握できたもの」であるとの注意書きを報道していないところに、作り話と受け取らざるを得ない根拠がある。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/12/dl/h1226-8a.pdf
確かに、正式な統計資料を見ることも大切だが、今時点たとえば、建設業の就業者数が約500万人であったところ、昨秋からの工事激減や失職状況を見れば、年末までに全体で100万人が失職したことは間違い無いと、専門家のコメントを報道すべきである。政府発表:85,012人の数字のみ報道するのでは、ジャーナリストどころか、ただの通信員にも至らない。
¶現代社会制度の崩壊は、道理ある識者の誰しもが
認めることとなった。今や、政府、企業、労組その他各種団体の事業運営に携わる人たちの誰もが、立場により表現を工夫はするものの、現行制度を維持するための前提が崩れてしまった!ことを認めているのだ。
この前、社会制度が崩壊した昭和大恐慌の当時は、「長引く不景気」と報道され大恐慌とは言わなかった。その後の歴史と学問は、これを「昭和大恐慌」と位置付け、当時の分析と反省を行った。昨年末からの金融危機から、これに続く不況について、世界大恐慌とは、なかなか言いたがらない人たちも数多く存在する。
アメリカ大統領選挙で、オバマ候補の当選が決まった途端、日本のマスコミやテレビに出演する評論家たちは、一斉に新自由主義の批判を始めた。新春をまたがりテレビ討論会などでは、新自由主義を賞賛していた学者たちも、よくよく観れば、手のひらを返すように新自由主義の弁明を繰り返すようになった。マスコミから干されていた評論家たちも、再び登場して来ることとなった。
ところで、経済学者や社会学者の間では、有名な哲学者カント、国富論のアダム・スミス、社会契約論のジョン・ロックの名前が、今日になって浮かび上がってきている。この人たちは、現代社会の文化・経済・政治、それぞれ学問的基盤の形成を遂げた人たちだ。が、現在、論議の的となっているのは、今まで教科書で習ってきた概念や認識を覆しかねない、新たな研究成果を浮かび上がらせているのである。決して、アダム・スミスを新自由主義経済の元祖と誤認した有名人物の類の珍説でもなければ、従来認識の復活を訴える原理主義の類ではない。現代社会基盤の文化・経済・政治が前提としていた背景、これが崩壊していることを学者たちは分析し、次の社会基盤への準備を始めているのである。
¶昨年末から約3年間、経済急落、
これは間違いない。道理や合理的判断をする経済学者であるほど、経済回復矢印が上向く時点が3年から5年へと延期をしている。(ただし、肝心の個別企業にあっては、人目や世間体を気にせず、大胆正確に手を打てば、もちろんのこと、約3年で回復させることができることに間違いはない)。民主主義政府の対応からは無理からぬことではあるが、心配や不安が加わるものの、経済対策が上滑りするより被害が少ない。
その根拠は、哲学的?かもしれないが、次の通りだ。
経済学とは、「誰もが豊かさが追及できるようにするには、どうすればよいか?」を科学的に分析する学問である。「一方で儲かる者がいて、他方で損する者がいる!」とは迷信そのものなのである。そもそも、経済理論は100通りほど在ると考えて差し支えない。たとえば経済専門のNK新聞といっても、およそ100分の3程度の経済理論だけで編集されているから、さほど役立たないと評価されるのである。ましてこの新聞社の記者は文学部出身者が圧倒的で、まるで「読者好評の経済文学&各種経済指標の通信項目」が毎日発行されていると断定する学者もいるくらいだ。もとより、かの話題の金融工学と称するものも、場末の経済理論であって、戦争ビジネスを回避させた平和論?なのかもしれないが、まともに信じるに値する理論なんかではない。
時流経済学の欠点を簡単な例で説明すると、
:個別企業であっても、様々な事業方針を立てるにあたって、今日明日、この3ヵ月、この6ヵ月、この3年間、この10年といった具合に時期を考えて、「理論と実践(現実)を識別」しながら策定することが基本パターンとなるのである。ところが、テレビ出演目的なのか、政府審議会に選ばれたいのか、「一時的、短期、長期」といった近代経済学での「政策と時期のマッチ&バランス」をも無視して、規制緩和や経済政策原理を力説し、常に口を開けば幻想の「危機感」をあおり、抽象的に「市場原理に任せる」とする類がほとんどで、まともに信じるに値する経済理論ではないのである。
¶もう一つの身近な例、「規律社会から管理社会へ」
といった理論の「見直し」が始まっている。身近に話すと、規律社会とは要するに、規則を定め、自ら善悪の判断を個人にさせることによって、規律を重んじる社会のことである。管理社会とは、ITを含め情報テクノロジーで、仕事や日常生活に管理の網の目を張り巡らせれば、効率的に運営できると想定した社会のことである。「見直し」のポイントは、今では当たり前のことではあるが、当時は頭脳明晰に反論することは難しく、回りは反論する人を理解できなかった。その中身は、
1.個人の規律や訓練が完成した上で、初めて管理社会が到来することを忘れていた
2.管理の網の目から、こぼれ出る人物が多く、この個人が社会基盤を揺るがす
3.近代以降の自由平等の原則を忘れて、管理社会=封建的支配と勘違いした
といったものだ。現場から遊離したエリートでは気づきにくいのも当然であった。こうやって「管理社会」を誤って認識したために、労働力需給、労働能力育成、次世代労働力生産(学校教育他など)の方向性を誤ってしまったのが現状であると言っても過言ではない。その背景には、今話題の金融資本主義(その萌芽は、著者が以前説明した「利回り資本」や、ヒルファディングの金融資本論とはちょっと違う)が追いかけた、単なる拝金主義・市場経済理論の影があるのだ。
「経済学を学ぶことは、似非経済学者にだまされないことである」と言われる由縁なのでもある。
¶裁判員制度の具体的な影響
について、単なる制度説明では、実態が分からない。最高裁のホームページは次々と追加更新されるが、ますます読みづらい。そこで、経営管理や人事労務に与える影響の本質をつかみやすいよう、前提となるポイント解説を試みる。
「裁判員候補者名簿」に、あなたの名前が掲載される場合は、毎年12月ごろに通知される。掲載されれば、くじ引きで担当事件が決まり、第1回公判期日6週間前に呼出状が来る。郵便調査票はあなたの都合を優先するものではない。裁判員候補者になったことを、インターネットなどで言触らすことは禁止されているが、あくまでも被告関係者からあなたを守るためのものである。だから、妻、子供(口が固いこと)、上司、同僚(口が固いこと)、友人に話すことは差支えないのだ。
裁判員候補者といえども、身分は裁判所臨時職員、この職務を妨害すれば、労働基準法第7条により「公務執行妨害」として、上司は懲役6ヵ月・罰金30万円、会社は罰金30万円となるかもしれないのだ。さて、あなたに呼出が来たときに、単に仕事が忙しいとか、ずる休みしたときには過料10万円となるかも。裁判員の職務は無報酬、ただし経済的損失を補てんする国家賠償との日当・交通費・宿泊費が支給される。損害賠償だから、所得税がかからないからと言って喜んでいる場合ではない。その日の賃金を会社は支払う義務は無い。そうすると、身近なイメージとしては、(人を殺す組織に組み込むから)徴兵制のようなものだという人がいるが、それはその通り。
本人の希望は一切聞き入れられないのだ。裁判に支障が出ることを未然に防ぐ程度の様々な配慮がされるだけだ。要約すればこんなところなのである。
¶テレビや新聞で話題になっていたような事柄は
裁判員制度導入では無視されているようだ。司法改革の導入背景は、検察官の就職希望者がほとんどいない実態、並んで刑事事件第一審での事実認定に手間暇を食っている実状を一挙に解決しようと、「ヨーロッパ:参審制」と「米英:陪審制」の都合のよいトコ取りといったもの、これが、関係者の共通認識なのだ。だから、現在の刑事裁判で横行している、裁判官・検事・弁護士の談合判決、無意味な長時間証人尋問、裁判官の居眠りや内職、最高裁の顔色をうかがう判決などは改善されて行くとして歓迎ムードは強い。確かに、誰もが被告とならざるを得ないことや社会秩序維持のキーに関わることであるから、総論としては賛成の声は多いが、実施その他の各論となれば反対意見も根強い。
裁判員制度の対象となる事件の実態は、介護や看護疲れの親殺し・子殺し、婚姻届を出していないだけの夫婦間の殺人などといった、加害者と被害者が親戚である事件が多いのだ。テレビのワイドショーでおなじみのような加害者が他人の凶悪犯罪は数少ない。なので、裁判員職務は、「真面目に悩む」こととなり、それが3日から5日間続き、最後に判決言い渡しに立ち会わされることから、精神的圧迫は極めて強いのである。自分の意見を述べさせられるなどの評議を適度にサボるとか、嫌気がさしてズルして休むことはできないから、憲法18条の「苦役からの自由」に反するとする意見は根強いのだ。裁判員候補者に選ばれたならば、すぐさま訴訟を起こすと予定をしている人も少なくない。果たしてこれが事業活動に影響を及ぼさないと本当に言えるのか。疑問である。うつ病を罹患すれば公務災害扱ではあるが、それでは、個別企業が済ますことができる問題ではない。
¶当の裁判官たちは、圧倒的に反対が多い。
裁判官の職業は国家に対して物申す立場になく、それを厳格にわきまえているからこそ裁判官の職業に就くことが許されている者であることに因って、公には発言しない。が、その反対とする中心意見は、裁判員の守秘が多すぎること、裁判は真実を見定めることで多数決ではないこと、裁判員に苦役を課すことになるなどとしており、そのことで憲法76条3項、「すべての裁判官は、その良心に従ひ独立してその職務を行ないひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」を守ることができなくなると言っているのだ。
これに対して、国民からすれば、不思議な理解できない手法が最高裁事務総局から打ち出されつつある。法廷で被告を弁護士の前に座らせていたものを、弁護士と同列の机の前に座らせることとなった。被告のネクタイは首吊り自殺を図るとして禁止されていたのだが、被告がノーネクタイであれば裁判員が偏見を持つとして、バネ付フック式ネクタイをつけさせるとのこと。被告が逃亡ができないように、履物をサンダルとしていたのだが、これも裁判員が偏見を持つとして、前から見れば革靴・後から見ればサンダルという風な改善サンダルを用意する。とのこと。
結局のところ、まるで判決理由のように長い文章で最高裁事務総局から説明がなされるのではあるが、どうも「苦役であること」は間違いなさそうだし、裁判所は事業活動への影響も考えた事はなさそうだし、何につけても裁判所と裁判官の都合だけで進められそうなのである。慣れない裁判員職務、これのリフレッシュ休暇や費用すらも考えているつもりもなさそうだ。
¶解説・労働契約法:不利益変更
(第7条~第11条関係)(第12条・第13条関係)
労働契約の不利益変更について、さまざまな変更条件が明記されている。要約すると
(1)就業規則の改訂による不利益変更には、就業規則の周知が前提
(2)就業規則を上回っていた労働契約条件は、
新就業規則で改訂を行っても、その部分は変更不可
(3)就業規則を改訂して不利益変更をする場合には、
労働者への「合意納得義務」が求められ、
6項目(周知、不利益程度、必要性、社会相当性、交渉経過、合理性)
にわたる、変更の有効:無効の判断基準が示されている。
ただし、労働組合(個人加盟の組合含む)は特別扱い、労働協約の締結行為があれば、社会通念上相当とされる範囲内である限り、不利益変更だとしても変更は容易であり、労働協約優先のオールマイティ性の原則を貫いている。
次に、
就業規則が効力を発するための条件が定められている。(第11条関係)
(ア)労働基準法に定める必要事項の記載
(イ)合法的に選出された労働者の過半数代表者の意見聴取
(ウ)労働基準監督署への届出と受理
の三項目が済まされていない限りは、事実上就業規則としての体をなさなくなった。
とりわけ、従来は周知さえすれば、労働基準監督署への届出を遅滞していても、就業規則の効力そのものに影響はないとされる扱いの判例法理が存在したが、労働条件に関わる部分については、適正な手続が欠落していれば、「改訂した就業規則」としては使い物にならないと定め(法定法理)られた。いわゆる近時代を反映した「手続主義の法のパラダイム」を定着させることとなった。厚生労働省の通達では、この辺を曖昧にする経営側への配慮をしているが、労働審判や裁判ともなれば、先ほどのア~ウの項目が第10条に定める合理的かどうかの判断基準となることは言うまでもない。
加えて、
労働契約や就業規則あるいは労働協約の優先順位も定められた。
従来からの諸説氾濫によって → 間違った判断が社会保険労務士や弁護士の一部で流布されていたが、これに終止符を打つことになった。すなわち、
(イ)労働基準法や労働契約法などの法律に反する労働条件は無効
(ロ)就業規則の労働条件を下回る労働契約は無効
(ハ)就業規則の労働条件を上回る労働契約は有効
(ニ)就業規則や労働契約よりも労働協約(労働組合との契約)が優先する
といったものである。
¶実務では、解釈や運用の基礎となる理解が難解な部分
が、この労働条件の不利益変更である。そこへ、似非法律家などからの判例や解釈論を持ち込まれると、真偽のほどは遠のき、正常な判断基準まで悩まされてしまうこととなる。また、そういったことをテクニックとして、クライアントを煙にまこうとする似非専門家も国家資格の肩書を利用して近寄って来るから要注意である。
そこで、個別企業の実務において、これを解き明かす2つのヒントがある。
第一は、法律家と言われる法曹三者(裁判官、検事、弁護士)、プラス大学の法学部教授・准教授と言われる人たちには、法令が国会で決議され施行されたからには、憲法に基づいて法律の解釈論議をする以上の物事は、職業としては扱わないといった鉄則の存在だ。
第二は、とりわけ労働法は、社会共同体の維持を保つための妥協の産物であり、刻々と激変する個別企業の実情にあっては、「労働者の労働意欲⇔経営管理における経済性」との間に、秩序の折り合いをつける紛争解決手段に過ぎないのだ。
¶「就業規則優先か?労働契約優先か?」
少し専門的な解説をすれば、就業規則に記載してある規範や秩序でもって、自由平等のためには職場内を統制することに重きをおく考え方が就業規則優先(就業規則法理)、これに対して自由対等な立場で労働契約を結んでいることが前提であることから、本人の同意がなければ、ことごとく拒否できるとするのが労働契約法理。この両者は、どちらが理想かと何十年間も議論し、裁判所でも争われ続けられているところなのだが、なかなか結論が出ないところに、労働契約法は、今回のひとつの具体的仲裁的な法廷法理を提起したのだ。(自由平等に反することは、もとより否定されているから、典型的に労働契約法で否定されている)。
一例をあげると、自分が知らないうちに、就業規則変更によって退職金規定がダウンされた場合、労働者は知らなかったし、期待をしていたことから、退職金ダウンが無効となるのが労働契約法理である。では、説明してあれば良かったのか、払えない事情があれば良かったのか、就業規則変更手続に不備があったのか、などなどの疑問や会社の手抜かりをめぐって労働事件としての訴訟が提起されていた。こういった疑問や会社の手抜かりをクリアしさえすれば、職場内秩序の維持のためには就業規則の変更を優先させることが必要ではないかとするのが就業規則法理である。
¶有名となった最初の裁判は、「秋北バス事件」
就業規則優先か?労働契約優先か?といった裁判は、数多くが定年制導入をきっかけに、労働者側と会社側の対決・争議となって争われた。就業規則法理か労働契約法理かの判断として、最初に有名となった裁判は、キリタンポと比内鶏で有名な秋田県大館市の「秋北バス事件」である。S32秋田地裁仮処分決定、S37秋田地裁、S39仙台高裁と、次々に労働契約法理が認められていった。この判決が当時、60年安保で華やかな日本全国の労働組合運動に利用されて行ったのである。ところが、昭和43年12月25日に最高裁判所大法廷が、労働契約法理支持の少数意見を付帯して、「就業規則法理」の初めての判例を言い渡したことで、この時点から「規則か契約か?の大論戦」となったのである。
この秋北バス事件そのものは、ほとんど秋田県北部の地元で知られることはなかった。昭和18年4月1日に戦争遂行のため、「秋北乗合自動車株式会社」に13業者を統合させられた怨念が残っているかもしれない、当時の経営陣と役員待遇であった者との定年をめぐる争いであった。裁判に秋北バス労働組合が関与した事実もない。したがって筆者の2回にわたる現地取材は困難を伴った(取材詳細をご希望の方はメールで連絡を)。今日からすると、合理性の事実認定には疑問の残る判例でもあった。
この後、大曲農協事件(最高裁昭和63年2月16日)、第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日)、みちのく銀行事件(最高裁平成12年9月7日)、フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日)などの、労働運動側の一連の反撃ともいえる労働契約法理論争の展開となっていったのである。
この秋北バス事件後の歴史的展開は、似非専門家あるいは法律家でも専門分野を異に人物を見分けるチェック・ポイントである。
¶労働契約法では、不利益変更の基準を、
とりあえず具体的に、こういった判例論争の展開を踏まえて定められた。不利益の程度、必要性、就業規則の内容(社会のこと)相当性、交渉状況、就業規則変更事情をチェックしてみて、道理が通っている(これを法律用語で合理性と称す)上であれば、就業規則を優先させようとの決着を、国会において見たのである。したがって、上記チェック項目の欠落とか道理が通らない説明であれば、不利益変更は無効とされる。無効とはもとより無かったこととする意味で、元通りの退職金や賃金などを支払わなければならないことになる。
さて、そうだとすれば、個別企業の側からすれば、安易な思いつきではなく、代替措置や将来措置が具体的であり、かつ従業員またはその代表らとの交渉を行ない、誠実な対応に徹して、就業規則改訂を実施さえすれば、不利益変更は十分可能であるということであれば問題はないとのことなのである。ただし、これらに事業計画、敗者復活や努力実現の可能性、独断偏向の排除などの措置が付随し、交渉経過については、誠実説明義務ではなく合意納得性が要求されることから、(専門家の力を借りるなどして)大規模に実施しても良いことなのだ。加えて、形式主義に陥らないように注意しなければならない。それは、形式の陰に信義則、権利濫用、公序良俗のポイントが欠落するからだ。信義則の原則とは、簡単にいえば、ウソ、だまし、抜け駆け、ペテンにかけることを指し、一般的に形式主義を見破るポイントは、この信義則でのチェックと言われている。(ちなみに公務員には民法の信義則の適用はないから、労働基準監督官などの公務員社会の例え話に乗るのは危険)。
¶歴史的論争の展開を知った上で、
先ほどの、解き明かす2つのヒントを参考にすれば、個別企業での個別な事例であっても、無理せず対処する道が開けて来るのである。ここでいう無理せずとは、例えていえば、昨年末の「I自動車」「Nディーゼル」、デジカメの「K」といったところは、整理解雇4要件(最新動向:整理解雇4要素説は時流から消滅したことに注意)と不備と思えるが、そういった場合の個別企業側の敗訴と労働争議を覚悟する必要がないという意味である。昨年秋以来、プロの専門家は整理解雇の通告アドバイスを数多く行っているが、その個別企業なりに整理解雇4要件その他合理性を措置することで、未だ予定外の解雇紛争を引き起こすことはないのである。もちろん、措置することにより労働側弁護士や労働組合からの反撃、凶悪事件の引き金を直接引くこと(K工業)などにもならないのだ。
¶似非専門家は、「本人の同意を得ています!」と
いった形式主義を主張?アドバイス?する。ところが、これは詭弁もしくはあなたを誘惑する類なのだ。退職金規定があっても、「本人から請求がなければ払わなくてもよい」と、いわゆるアンフェア・トリートメント(不公正な取扱い)をアドバイスする多国籍金融会社に至っては、TVのごとく火事場泥棒である。グローバル社会の負の部分に対抗するため、また、現代の紛争解決潮流のひとつである、「手続主義の法パラダイム」(公正や正義というよりも、変更手続のプロセスを重視する時代的潮流)を逆手にとって、さも問題がないかのように「形式や手続きを踏んでいますから!」を理由に、不正を強制する行為に対しても、労働契約法の第7条~第13条で規制をかけることとなっているのだ。
2008/12/09
第80号
<コンテンツ>
・マスコミや出版界では、100年に一度の経済危機と大騒ぎ
・一挙に人員削減・整理解雇が! 年末までに100万人が失職!
・そこで個別企業で、何をどうすればよいのか
・政府でしか出来ない:雇用対策、本当の公共事業とは
・残業代引上げの労基法改正:解説 平成22年4月1日施行
・労働市場・需給調整行政が明らかに変化
¶マスコミや出版界では、100年に一度の経済危機と大騒ぎ
昭和大恐慌以来の恐慌と言われ始めた。出版業界も、日本経済が崩壊するとか、経済危機などの言葉を表紙に並べて、皮肉にも、出版業界自身も経済危機の様相なのである。自費出版の陰には、お金を出せばビジネス書であっても、老舗のK社は700万円、新書で有名になったT社のグループは1,000万円、日経新聞によく広告の出るN社は600~1,000万円を支払えば、全国有名書店に配本するとの誘いをかけて来る(200ページ本の初版1,000部:製造原価は300万円止まり)。著作者の買い取り増刷どころではない。すべての本が、こういった類とまでは言わないが、出版社や出版業界のノウハウを信頼した上での情報の集積としてのビジネス書といった有り様は昔話、ここにきて信頼できる情報の宝庫との書籍イメージは崩壊をしてしまったようだ。
あるジャーナリストは、日本の新聞社やテレビなどはジャーナリズムではないという。本来のジャーナリズムと言うのは、自らの信条や主観に一貫性を貫き、それを読者などに踏まえてもらった上で、事象を報じるに留まらず、一歩踏み込んで解説や批評を加えるものだと主張する。確かに、グローバルのジャーナリズムはそうなっている。今時の日本の新聞・テレビ記者は、「通信員」が圧倒的に多く、マスコミは通信社に脱落したと話す。だから、単なる通信員なのに、それを覆い隠したいがため、「客観報道?」という耳ざわりのよい言葉を持ち出し、観念的幼稚なマスコミ理論をまぶしているにすぎないと指摘しているのだ。グローバルなジャーナリズムは、自らの立場を明確にする記者が多く、保守かリベラルか、政府寄りか市民寄りか、権力寄りか反権力かの如く、「客観報道?」など不可能と考えているのだ。多くの人がマスコミの「客観報道?」情報に翻弄されたくないと思っているのだ。まして、文学部出身者の経済記者たちの、職業的裏付けに疑問を抱き、彼らの「読み物として面白いだけ」の根拠の薄い観念的記事に危険を感じているのだ。
¶一挙に人員削減・整理解雇が! 年末までに100万人が失職!
この11月から進んでいる。厚生労働省は3万人云々と発表したが、どう見ても調査方法に瑕疵・欠陥がある。有識者の間では、年末までに100万人が失職するのではと予想している人が多い。大手企業の経営破たんニュースどころではなく、何れにしろ、少なくとも、「まる3年間」は経済急降下なのである。
昭和大恐慌と違って、高度に発達した日本だから食糧問題は起こらないようだ。生活のためにどんな仕事でも就く若者が少ないから、労働力のミスマッチは激しくなる。この30年間ほどは、「母性愛」が注目される時代(:現代社会学理論)だからこそ、その裏返しなのか親子殺人や夫婦間トラブルなどの社会問題が顕在化、家族を基盤とする社会の崩壊を予測する学者もいる。昭和大恐慌時代の農家の娘の身売り話は、現代ではOLの身近な風俗への流入として既に始まっている。さらにこれから、社会秩序の混乱で、企業内秩序や職制秩序が混乱、職場での縄張り争いとなり、それは「いじめ・嫌がらせ」の現象となって表面化するのが、この恐慌の特徴だろう。放置すれば、個別企業の業務運営能力の崩壊だ。
こういった余波を、個別企業は受けるのだ。
¶そこで個別企業で、何をどうすればよいのか
が重要なテーマとなって来る。何といっても、この年末に考えなければならないテーマは、事業継続と人員削減なのだ。売り上げグラフを見て、資金繰り表を見て、先月までの試算表を見ていては、事業継続など辞めてしまいたくなる結論しか出てこない。一昔前に流行した、「従業員の生活のために!」との発想では、「そんな取引はしない!」とか「そんなための商品いらない!」と言われる。今や、それは事業継続の理由としては受け入れられない。
直面の現実を見れば、個別企業での課題は、経済が立ち直ったときに、すぐさま読み取り、打って出るための人材育成と体制固めなのである。すなわち、
第一弾は、今働いている人物の中から開拓力のある人材を探し出し(イノベーション力の人材は第二弾)、今のうちに“その時打って出る”ための人材に育てることである。
年齢、性別などは関係ない。少しだけの経験の者で十分である。
「属人的能力」はエクセルで分解・分析できるまで学問(:文化経済学)は発達している。
さあ、「これからはイノベーションだ!」といっても、
装置産業
(鉄鋼、資源、農業、観光、ホテル、総合病院、スーパーなど装置が主要な設備の産業)と
受注型産業
(建設、教育、飲食、医療、文化、技術、法律事務サービスなどは出向く産業)とでは、
業態と教育訓練内容は全く異なるのである。
“開拓力のある人材”に、
※個別企業の現在もっている技術、ノウハウ、技能を計画的に叩き込むこと
が必要である。
次に、恐慌後の次世代に不可欠な
※コミュニケーション能力を商品開発力と共に育てて行く。
(第76号=8月5日=メルマガで紹介のフィンランド方式は中堅中小企業には最適)
そのための軍資金に、
早々と「雇用調整助成金」とか、「中小緊急雇用安定助成金」も申請、「キャリア形成促進助成金」の受給も計画し、政府からもらえる助成金は大いに活用すればよい。
“開拓力が身に付きそうにない人物”は、
整理解雇を、早めに決断するしかない。
ただし、相手のあることと見ておく必要があり、「整理解雇の四要件(検索)」を整え、合法的に進め、賠償金、補償金、解決金などの労働債務を背負うようなリスクを避けることである。裁判になれば、判決は2年分の年収を覚悟しなければならない。(弁護士費用:70万円の着手金プラスαは別だ)。
ワークシェアリング、
短時間正社員への労働契約切り替え
などを進めていっても差し支えないのだ。
むしろ法人組織自体は何とでも出来るから、事業継続の一点にベクトルを集中する必要があるのだ。
¶政府でしか出来ない:雇用対策、本当の公共事業とは
派遣、業務請負、期間工その他余剰労働力に対して、今こそ、国家が職業能力育成開発を行うことが重要なのである。それを民間の個別企業にさせるのは酷、国家の責任放棄である。
例えば、雇用保険の失業手当を支給する際は、1日5時間の職業能力開発教育を受けさせれば、恐慌後の次世代経済にかならず役立つ。それこそ
※朝の挨拶ができない(業務上意思疎通を朝から)
※業務上文書が書けない、
※業務用信書の宛名が書けない、
※パソコンが使えない、
※インターネットができない、
※報告・連絡・相談ができない といったことに対する、
職業やコミュニケーションの基礎能力の開発から行えばよい。
※職業能力評価基準を政府が整えつつあるので、これをモバイルやパソコンと共に、教育すればよいのである。
※足し算、※引き算、※九九算・掛算
のできない若者には、小学校や私塾と協力して訓練することだ。
仕事は団体戦であるから、個人の人生に、国が意欲を持たせる手を打つことも要るのだ。
こういった基礎的職業訓練を国家が行えば、日本経済や日本文化の基礎力は一段と引き上げることができる。北欧諸国などでは何年も前からやっている。
その後に失業対策として、「環境、介護、福祉などの公的就労事業」を行えばよいのではないか。
民間が雇用保険料とか所得税その他を納付しているのだから、こういった財源の使い道こそ重要なのである。新しい日本経済のインフラも整備できる。
「金を渡すだけ」の失業対策、「金を貸すだけ」の政策融資は、人間の意欲を減退させ、刹那・堕落を煽り、危機の根本解決先送りの末に、切羽詰まった破局を招くだけなのだ。官僚たちが保身と権益を前提とした経済政策を進めるのであれば、日本は沈没し荒廃してしまう。
¶残業代引上げの労働基準法改正:解説 平成22年4月1日施行
12月5日、参議院で、投票総数230票、賛成217票で可決された。
とりわけ重要な時間外労働の割増率等についての解説は次の通り。
改正条文
「第三十七条第一項に次のただし書を加える。
ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」
……の解説。
時間外労働として法律でカウントされるのは、1週間40時間を超える労働時間である。これは事業場ごとに扱われ、合法的に時間外労働を労働者に依頼するためには36協定が必要であり、重要なポイントなのだが、就業規則や労働契約に「時間外労働の規定」を盛り込んでおかなければ、労働者の義務とはならないことである。正確にいえば、自動的に残業命令を出せば不法行為となり損害賠償の対象にもなり得るのだ。ただし、義務と規定されても強制労働はさせることができない。
ところで、この事業場は、個別企業が「事業場の範囲」を定めることが可能な部分がある。場所的に労働者が働く所在地が一つであれば事業場は一つである。注目は、この事業場は場所が異なるのであれば、事業主が個々に独立した事業場とするかしないかを決めることができるのである。事業主が決めた事業場の範囲に基づいて法律が適用される。すると、10人未満の事業場も発生することとなり、就業規則その他労働基準法の適用方法が変わって来る。ただし、中小企業主に対する「60時間」の経過措置(3年後に検討)は、個別企業単位の人数であって、事業場の人数ではないから、事業場を分割したとしても経過措置は受けられない。
さらに、特例措置対象事業場、すなわち常時使用する労働者が10人未満であって、商業、映画演劇、理美容、倉庫、保健衛生、社会福祉、接客娯楽、飲食の業種であれば、18歳以上の者は1週間44時間を超える部分からが時間外労働としてカウントされる緩和措置がある。したがって、1ヵ月60時間といっても、この場合は実際75時間を超えてから150%の割増賃金といった具合なのだ。
改正条文
「第三十七条第二項の次に次の一項を加える。
使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して、当該割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において、当該労働者が当該休暇を取得したときは、当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については、同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。」
……の解説。
60時間を超えた部分の時間について、別途に休日を与えた場合は、その時間分の割増賃金(150%分)を支払わなくてもよいことになる。休日であるから、午前零時から24時までを労働させない暦日の所定労働時間に休ませなければならない。この休日には時間外労働ができない。有給休暇の取得とは別途に休日を与えなければならないということである。別途の休日は、60時間を超えた賃金計算期間内に与えるのが原則となるだろうが、実際に与える方法は施行規則や厚生労働省の通達を見て判断することになる。
影響としては、業務遂行と労働時間の詳細管理が必要となり、生産性や効率性の向上が不可欠、働き方に変化が生まれることになる。高付加価値製品や高水準サービス提供の商品構成で恐慌から経済を脱出させようとする戦略と一致する法改正であるのだ。
改正条文
「附則に次の一条を加える。
第百三十八条 中小事業主(その資本金の額又は出資の総額が三億円(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については五千万円、卸売業を主たる事業とする事業主については一億円)以下である事業主及びその常時使用する労働者の数が三百人(小売業を主たる事業とする事業主については五十人、卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については百人)以下である事業主をいう。)の事業については、当分の間、第三十七条第一項ただし書の規定は、適用しない。」
……の解説。
中小事業主であれば、月60時間超過時間外でも125%のままでよいという規定である。150%が実施されるとしても、3年後の平成25年4月1日の話である。中小事業主の定義は、ここにあるように、
資本金の額又は出資の総額が、
3億円以下で常時使用する労働者の数が300人以下
小売業又は5,000万円以下で労働者の数が50人以下
卸売業は1億円以下で労働者の数が100人以下
サービス業は5,000万円以下で労働者の数が100人以下
に該当すれば中小事業主となる。一旦、何れにも該当しなくなれば、あとで資本金減資とか人員削減に至ったとしても150%が適用される。
ここで注意しなければならないのは、事業場ごとの人数ではなくて、企業全体の人数としていることである。昔、1日8時間労働制から1週間40時間労働制に労働基準法が改正されたときには、事業場の人数によって週46時間や週44時間の経過措置があったから、多くの中小企業で、事業所(事業場)の分割が行われた。その後週40時間なれば、再び事業所を結合していたのである。今回は、“事業場”ではないことから、分割するのであれば法人を分割しなければならないことになる。特例措置対象事業場をはじめとして、法人分割が得策と判断する事業主も出て来るのである。
条文
「 附 則 (施行期日)
第一条 この法律は、平成二十二年四月一日から施行する。」
……の解説。
施行の日を法律で定めたことは珍しい。これは、改正内容の施行や下準備を、施行日から逆算方式で厚生労働省に実施させるところのものである。ややもすると、官僚に任せておくと業界団体などとの折衝などで、事実上の監督指導の緩和や猶予期間の設定を生むことになるかもしれないので、これを防止する意味でもあるのだ。
¶労働市場・需給調整行政が明らかに変化
派遣法改正に先立って、都道府県労働局の民間需給部門も一斉に動き始めた。現在の法令で実行できる指導を進めているようだ。「規制緩和」の波に乗って、現行法令の違反自体を見逃す傾向にあったかの様だったのが、一挙に風向きが切り替わったため、現行法令通りの適正水準まで引き上げようといった感がある。
そもそも、97年、99年の職安法・派遣法改正とともに、厚生労働省の民間需給部門(旧:民営職業紹介部門)は、提出書類中心の業務処理になってしまい、現在までそれが続いている。立ち入り調査の交通費までが削減されたとの情報もあったぐらいだから、多くの都道府県労働局の民間需給部門では、今、活気が生まれているようだ。
だが、労働局の職員は、長年に渡って現地調査を手控えていたために、昭和61年の派遣法施行当時と比べれば、立ち入り調査のノウハウ、質問技法、書類調査技法などの機能水準は低下しているのが現状のようだ。ただし、立ち入り調査に長けた職員も、OBとして未だ健在であることから、一挙に立ち入り調査ノウハウの向上は図られる。
今回の派遣法改正が労働市場の再編、とくに派遣先の労働力調達に大いに関係する。経済恐慌を控え、今から、「恐慌から立ち直る」ための労働市場政策に着手し出したといっても過言ではない。
・マスコミや出版界では、100年に一度の経済危機と大騒ぎ
・一挙に人員削減・整理解雇が! 年末までに100万人が失職!
・そこで個別企業で、何をどうすればよいのか
・政府でしか出来ない:雇用対策、本当の公共事業とは
・残業代引上げの労基法改正:解説 平成22年4月1日施行
・労働市場・需給調整行政が明らかに変化
¶マスコミや出版界では、100年に一度の経済危機と大騒ぎ
昭和大恐慌以来の恐慌と言われ始めた。出版業界も、日本経済が崩壊するとか、経済危機などの言葉を表紙に並べて、皮肉にも、出版業界自身も経済危機の様相なのである。自費出版の陰には、お金を出せばビジネス書であっても、老舗のK社は700万円、新書で有名になったT社のグループは1,000万円、日経新聞によく広告の出るN社は600~1,000万円を支払えば、全国有名書店に配本するとの誘いをかけて来る(200ページ本の初版1,000部:製造原価は300万円止まり)。著作者の買い取り増刷どころではない。すべての本が、こういった類とまでは言わないが、出版社や出版業界のノウハウを信頼した上での情報の集積としてのビジネス書といった有り様は昔話、ここにきて信頼できる情報の宝庫との書籍イメージは崩壊をしてしまったようだ。
あるジャーナリストは、日本の新聞社やテレビなどはジャーナリズムではないという。本来のジャーナリズムと言うのは、自らの信条や主観に一貫性を貫き、それを読者などに踏まえてもらった上で、事象を報じるに留まらず、一歩踏み込んで解説や批評を加えるものだと主張する。確かに、グローバルのジャーナリズムはそうなっている。今時の日本の新聞・テレビ記者は、「通信員」が圧倒的に多く、マスコミは通信社に脱落したと話す。だから、単なる通信員なのに、それを覆い隠したいがため、「客観報道?」という耳ざわりのよい言葉を持ち出し、観念的幼稚なマスコミ理論をまぶしているにすぎないと指摘しているのだ。グローバルなジャーナリズムは、自らの立場を明確にする記者が多く、保守かリベラルか、政府寄りか市民寄りか、権力寄りか反権力かの如く、「客観報道?」など不可能と考えているのだ。多くの人がマスコミの「客観報道?」情報に翻弄されたくないと思っているのだ。まして、文学部出身者の経済記者たちの、職業的裏付けに疑問を抱き、彼らの「読み物として面白いだけ」の根拠の薄い観念的記事に危険を感じているのだ。
¶一挙に人員削減・整理解雇が! 年末までに100万人が失職!
この11月から進んでいる。厚生労働省は3万人云々と発表したが、どう見ても調査方法に瑕疵・欠陥がある。有識者の間では、年末までに100万人が失職するのではと予想している人が多い。大手企業の経営破たんニュースどころではなく、何れにしろ、少なくとも、「まる3年間」は経済急降下なのである。
昭和大恐慌と違って、高度に発達した日本だから食糧問題は起こらないようだ。生活のためにどんな仕事でも就く若者が少ないから、労働力のミスマッチは激しくなる。この30年間ほどは、「母性愛」が注目される時代(:現代社会学理論)だからこそ、その裏返しなのか親子殺人や夫婦間トラブルなどの社会問題が顕在化、家族を基盤とする社会の崩壊を予測する学者もいる。昭和大恐慌時代の農家の娘の身売り話は、現代ではOLの身近な風俗への流入として既に始まっている。さらにこれから、社会秩序の混乱で、企業内秩序や職制秩序が混乱、職場での縄張り争いとなり、それは「いじめ・嫌がらせ」の現象となって表面化するのが、この恐慌の特徴だろう。放置すれば、個別企業の業務運営能力の崩壊だ。
こういった余波を、個別企業は受けるのだ。
¶そこで個別企業で、何をどうすればよいのか
が重要なテーマとなって来る。何といっても、この年末に考えなければならないテーマは、事業継続と人員削減なのだ。売り上げグラフを見て、資金繰り表を見て、先月までの試算表を見ていては、事業継続など辞めてしまいたくなる結論しか出てこない。一昔前に流行した、「従業員の生活のために!」との発想では、「そんな取引はしない!」とか「そんなための商品いらない!」と言われる。今や、それは事業継続の理由としては受け入れられない。
直面の現実を見れば、個別企業での課題は、経済が立ち直ったときに、すぐさま読み取り、打って出るための人材育成と体制固めなのである。すなわち、
第一弾は、今働いている人物の中から開拓力のある人材を探し出し(イノベーション力の人材は第二弾)、今のうちに“その時打って出る”ための人材に育てることである。
年齢、性別などは関係ない。少しだけの経験の者で十分である。
「属人的能力」はエクセルで分解・分析できるまで学問(:文化経済学)は発達している。
さあ、「これからはイノベーションだ!」といっても、
装置産業
(鉄鋼、資源、農業、観光、ホテル、総合病院、スーパーなど装置が主要な設備の産業)と
受注型産業
(建設、教育、飲食、医療、文化、技術、法律事務サービスなどは出向く産業)とでは、
業態と教育訓練内容は全く異なるのである。
“開拓力のある人材”に、
※個別企業の現在もっている技術、ノウハウ、技能を計画的に叩き込むこと
が必要である。
次に、恐慌後の次世代に不可欠な
※コミュニケーション能力を商品開発力と共に育てて行く。
(第76号=8月5日=メルマガで紹介のフィンランド方式は中堅中小企業には最適)
そのための軍資金に、
早々と「雇用調整助成金」とか、「中小緊急雇用安定助成金」も申請、「キャリア形成促進助成金」の受給も計画し、政府からもらえる助成金は大いに活用すればよい。
“開拓力が身に付きそうにない人物”は、
整理解雇を、早めに決断するしかない。
ただし、相手のあることと見ておく必要があり、「整理解雇の四要件(検索)」を整え、合法的に進め、賠償金、補償金、解決金などの労働債務を背負うようなリスクを避けることである。裁判になれば、判決は2年分の年収を覚悟しなければならない。(弁護士費用:70万円の着手金プラスαは別だ)。
ワークシェアリング、
短時間正社員への労働契約切り替え
などを進めていっても差し支えないのだ。
むしろ法人組織自体は何とでも出来るから、事業継続の一点にベクトルを集中する必要があるのだ。
¶政府でしか出来ない:雇用対策、本当の公共事業とは
派遣、業務請負、期間工その他余剰労働力に対して、今こそ、国家が職業能力育成開発を行うことが重要なのである。それを民間の個別企業にさせるのは酷、国家の責任放棄である。
例えば、雇用保険の失業手当を支給する際は、1日5時間の職業能力開発教育を受けさせれば、恐慌後の次世代経済にかならず役立つ。それこそ
※朝の挨拶ができない(業務上意思疎通を朝から)
※業務上文書が書けない、
※業務用信書の宛名が書けない、
※パソコンが使えない、
※インターネットができない、
※報告・連絡・相談ができない といったことに対する、
職業やコミュニケーションの基礎能力の開発から行えばよい。
※職業能力評価基準を政府が整えつつあるので、これをモバイルやパソコンと共に、教育すればよいのである。
※足し算、※引き算、※九九算・掛算
のできない若者には、小学校や私塾と協力して訓練することだ。
仕事は団体戦であるから、個人の人生に、国が意欲を持たせる手を打つことも要るのだ。
こういった基礎的職業訓練を国家が行えば、日本経済や日本文化の基礎力は一段と引き上げることができる。北欧諸国などでは何年も前からやっている。
その後に失業対策として、「環境、介護、福祉などの公的就労事業」を行えばよいのではないか。
民間が雇用保険料とか所得税その他を納付しているのだから、こういった財源の使い道こそ重要なのである。新しい日本経済のインフラも整備できる。
「金を渡すだけ」の失業対策、「金を貸すだけ」の政策融資は、人間の意欲を減退させ、刹那・堕落を煽り、危機の根本解決先送りの末に、切羽詰まった破局を招くだけなのだ。官僚たちが保身と権益を前提とした経済政策を進めるのであれば、日本は沈没し荒廃してしまう。
¶残業代引上げの労働基準法改正:解説 平成22年4月1日施行
12月5日、参議院で、投票総数230票、賛成217票で可決された。
とりわけ重要な時間外労働の割増率等についての解説は次の通り。
改正条文
「第三十七条第一項に次のただし書を加える。
ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」
……の解説。
時間外労働として法律でカウントされるのは、1週間40時間を超える労働時間である。これは事業場ごとに扱われ、合法的に時間外労働を労働者に依頼するためには36協定が必要であり、重要なポイントなのだが、就業規則や労働契約に「時間外労働の規定」を盛り込んでおかなければ、労働者の義務とはならないことである。正確にいえば、自動的に残業命令を出せば不法行為となり損害賠償の対象にもなり得るのだ。ただし、義務と規定されても強制労働はさせることができない。
ところで、この事業場は、個別企業が「事業場の範囲」を定めることが可能な部分がある。場所的に労働者が働く所在地が一つであれば事業場は一つである。注目は、この事業場は場所が異なるのであれば、事業主が個々に独立した事業場とするかしないかを決めることができるのである。事業主が決めた事業場の範囲に基づいて法律が適用される。すると、10人未満の事業場も発生することとなり、就業規則その他労働基準法の適用方法が変わって来る。ただし、中小企業主に対する「60時間」の経過措置(3年後に検討)は、個別企業単位の人数であって、事業場の人数ではないから、事業場を分割したとしても経過措置は受けられない。
さらに、特例措置対象事業場、すなわち常時使用する労働者が10人未満であって、商業、映画演劇、理美容、倉庫、保健衛生、社会福祉、接客娯楽、飲食の業種であれば、18歳以上の者は1週間44時間を超える部分からが時間外労働としてカウントされる緩和措置がある。したがって、1ヵ月60時間といっても、この場合は実際75時間を超えてから150%の割増賃金といった具合なのだ。
改正条文
「第三十七条第二項の次に次の一項を加える。
使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して、当該割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において、当該労働者が当該休暇を取得したときは、当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については、同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。」
……の解説。
60時間を超えた部分の時間について、別途に休日を与えた場合は、その時間分の割増賃金(150%分)を支払わなくてもよいことになる。休日であるから、午前零時から24時までを労働させない暦日の所定労働時間に休ませなければならない。この休日には時間外労働ができない。有給休暇の取得とは別途に休日を与えなければならないということである。別途の休日は、60時間を超えた賃金計算期間内に与えるのが原則となるだろうが、実際に与える方法は施行規則や厚生労働省の通達を見て判断することになる。
影響としては、業務遂行と労働時間の詳細管理が必要となり、生産性や効率性の向上が不可欠、働き方に変化が生まれることになる。高付加価値製品や高水準サービス提供の商品構成で恐慌から経済を脱出させようとする戦略と一致する法改正であるのだ。
改正条文
「附則に次の一条を加える。
第百三十八条 中小事業主(その資本金の額又は出資の総額が三億円(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については五千万円、卸売業を主たる事業とする事業主については一億円)以下である事業主及びその常時使用する労働者の数が三百人(小売業を主たる事業とする事業主については五十人、卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については百人)以下である事業主をいう。)の事業については、当分の間、第三十七条第一項ただし書の規定は、適用しない。」
……の解説。
中小事業主であれば、月60時間超過時間外でも125%のままでよいという規定である。150%が実施されるとしても、3年後の平成25年4月1日の話である。中小事業主の定義は、ここにあるように、
資本金の額又は出資の総額が、
3億円以下で常時使用する労働者の数が300人以下
小売業又は5,000万円以下で労働者の数が50人以下
卸売業は1億円以下で労働者の数が100人以下
サービス業は5,000万円以下で労働者の数が100人以下
に該当すれば中小事業主となる。一旦、何れにも該当しなくなれば、あとで資本金減資とか人員削減に至ったとしても150%が適用される。
ここで注意しなければならないのは、事業場ごとの人数ではなくて、企業全体の人数としていることである。昔、1日8時間労働制から1週間40時間労働制に労働基準法が改正されたときには、事業場の人数によって週46時間や週44時間の経過措置があったから、多くの中小企業で、事業所(事業場)の分割が行われた。その後週40時間なれば、再び事業所を結合していたのである。今回は、“事業場”ではないことから、分割するのであれば法人を分割しなければならないことになる。特例措置対象事業場をはじめとして、法人分割が得策と判断する事業主も出て来るのである。
条文
「 附 則 (施行期日)
第一条 この法律は、平成二十二年四月一日から施行する。」
……の解説。
施行の日を法律で定めたことは珍しい。これは、改正内容の施行や下準備を、施行日から逆算方式で厚生労働省に実施させるところのものである。ややもすると、官僚に任せておくと業界団体などとの折衝などで、事実上の監督指導の緩和や猶予期間の設定を生むことになるかもしれないので、これを防止する意味でもあるのだ。
¶労働市場・需給調整行政が明らかに変化
派遣法改正に先立って、都道府県労働局の民間需給部門も一斉に動き始めた。現在の法令で実行できる指導を進めているようだ。「規制緩和」の波に乗って、現行法令の違反自体を見逃す傾向にあったかの様だったのが、一挙に風向きが切り替わったため、現行法令通りの適正水準まで引き上げようといった感がある。
そもそも、97年、99年の職安法・派遣法改正とともに、厚生労働省の民間需給部門(旧:民営職業紹介部門)は、提出書類中心の業務処理になってしまい、現在までそれが続いている。立ち入り調査の交通費までが削減されたとの情報もあったぐらいだから、多くの都道府県労働局の民間需給部門では、今、活気が生まれているようだ。
だが、労働局の職員は、長年に渡って現地調査を手控えていたために、昭和61年の派遣法施行当時と比べれば、立ち入り調査のノウハウ、質問技法、書類調査技法などの機能水準は低下しているのが現状のようだ。ただし、立ち入り調査に長けた職員も、OBとして未だ健在であることから、一挙に立ち入り調査ノウハウの向上は図られる。
今回の派遣法改正が労働市場の再編、とくに派遣先の労働力調達に大いに関係する。経済恐慌を控え、今から、「恐慌から立ち直る」ための労働市場政策に着手し出したといっても過言ではない。
2008/11/04
第79号
<コンテンツ>
・《改正》労働者派遣法:取舵いっぱい:法案要綱
・株価暴落は、いつ下げ止まるのか
・81年前の昭和大恐慌のような状況?
・昭和大恐慌から実体経済が立ち直ったのは
・資源のない日本経済にあっては
・個別企業での、もう少し具体的な話
・個別企業に秩序を、柱を一本通して構築することが第一に重要!
(労働契約法の解説は休み)
¶《改正》労働者派遣法:取舵いっぱい:法案要綱
厚労省は、“派遣制度のあり方の根幹にかかわる問題にメスを加える”考えだ。
労働者派遣法改正の法案要綱が発表された。施行日は来年、平成21年10月1日からとしていることは、現時点から着々と行政指導の範囲で促進することを示している。改正法案要綱の内容は、マスコミなどで報道されている問題点を超え、規制緩和や新自由主義の名のもとに人材派遣会社が不安定雇用を助長しての「荒稼ぎ」と疑われていた利益部分を、ことごとく消滅させる内容だ。平成11年の派遣業規制緩和、そのずっと以前の状態にまで落ち着かせる狙い。
結束力の弱い派遣業者団体だから、これから人材派遣会社などはビジネスモデルとマーケティングの変更を余儀なくされる。すなわち、専門的技術や専門的技能の裏付けがあるアウトソーシングや、請負要件を満たした業務請負業に転換することを迫られるのだ。派遣業の規制は世界先進国の時流でもある。高付加価値製品や高水準サービス商品などを提供する労働力の裏付けを整備しての経済立国を目指す日本戦略でもあるようだ。個別企業の労働力政策は、一挙に変化する。
改正要綱の 主なもの は次の通り。
1.派遣先に厚生労働大臣が、賃金を低下させることなく労働契約の申込をするよう勧告するようになる。勧告に反することも自由ではあるが、ハローワークの恩恵が制限されることは間違いない。勧告するとしている対象は、港湾、建設、警備の禁止業務の派遣の場合、派遣会社以外の派遣の場合、派遣期間制限の規定に違反した派遣の場合、派遣法の脱法行為の恐れがある派遣の場合である。本人の訴えは、すぐさま派遣先の直雇用となる。
2.いわゆる対象業務26にあって、定年又は65歳まで終身雇用の派遣労働者を除いて、3年を超える期間を継続している派遣労働者に対しては、派遣会社が労働契約の申込をしなければならないこととなる。(そもそも、4年目突入の有期契約は終身雇用の扱い)。
3.派遣労働者を、履歴書や面接などで特定することが一部で認められる。ただし、その部分は、「期間を定めないで雇用される労働者」、すなわち定年又は65歳まで終身雇用する派遣労働者に限られる。実際には、いわゆる対象業務26のうちの、ほんの一部である。もちろんこの場合、年齢、又は性別を理由としての差別的取扱いを禁止されている。事実上の事前面接禁止。
4.派遣先は、特殊な場合を除き1年を経過する期間内に、以前働いていた労働者を再び派遣で受け入れられないこととなる。すなわち、同一人物を忙しいシーズンだけに来てもらうような派遣契約は出来なくなる。もちろん、不法行為となれば、非派遣期間の収入損害を賠償することにもなる。
5.派遣法違反をしていた派遣先に対して、あくまで行政処分または司法上の処分を行う前に指導又は助言をした上で、今は、是正勧告をすることになっているが、これからは指導や助言を要しないこととなる。すなわち、突然の是正命令となる。フライングや“言われてから改善”はできなくなる。
6.労災事故が起こった場合は、派遣先にも、必要な報告、文書の提出、出頭を命ずることとなる。派遣先事業場への立ち入り、関係者の質問、帳簿書類などの検査も実施する。不法行為を形成するに至るので、派遣先は、完璧に安全配慮義務が問われることとなる。
7.派遣会社が派遣実績総時間のうち“特定派遣先”に対して80%を超えて労働者派遣することが禁止される。80%以下となるよう特定の派遣先以外への新規開拓ができなければ、勧告の後、派遣事業の取り消しや廃止命令を受けることとなる。企業の第2人事部的な派遣会社は、猶予期間の後、廃業を迫られる。
8.日雇い労働者の形態で労働者派遣することが禁止となる。この法案要綱でいう日雇いとは、日々改めて雇用する者又は30日以内の期間を定めて雇用する者を指す。例えば今日と明日に来て欲しいと雇用すれば、これは2日間の「期間雇用」である。ただし、日雇い労働者の派遣は行政指導によって、現在も事実上実施することが難しくなっており、特殊な業務を除いて採算が合わなくなっている。日雇い派遣が許可される特殊な業務は、1号、2号、5号、6号、7号、8号、9号、10号、11号、12号、13号、16号、17号、18号、19号、20号、23号、25号の18個との見通しが強い。
9.人材派遣業会社は、事業所ごとにスタッフの賃金と派遣料金の差額であるマージン率の平均を発表させるとしている。多くの派遣会社が平均的な派遣料金を公表しているなかで、マージン率はスタッフの平均賃金を公表することとなる。派遣労働者を雇用する場合、募集や面接の段階で、賃金の見込額だけでなく、労働条件その他の待遇の説明も義務となる。こうなると、労働者の賃金・労働条件を向上確保し、半面に人材派遣業者の利益率を一方的に低下制限することにつながって行く。いくつかの地方自治体では、これが既に入札条件となっているところもある。加えて、派遣労働者の賃金を、派遣対象業務と同じ業務を行う派遣先社員の賃金相場を下回らないよう、賃金決定努力を課せられる。これによって、派遣会社のマーケットが縮小に向かうことが考えられる。
10.派遣労働者の希望に応じて、定年又は65歳まで終身雇用すること、職業紹介許可を持つ派遣元は就職紹介をすること、教育訓練を施すなどで終身雇用を推進することの3つの措置を、派遣会社は努力しなければならなくなる。努力措置といえども、1ヵ月から3ヵ月程度の細切れ雇用契約を反復更新することで成り立っている非技能系パートタイマーの派遣を規制することとなる。
11.紹介予定派遣を行う場合、派遣する前に、社員入社就職の業務内容、賃金その他の労働条件などを定めておかなければならないこととした。就職紹介を予定して派遣されている労働者の労働条件が、土壇場で変更されることによるトラブルを防ぐ狙いがある。
12.新たに一般派遣業の許可基準として、派遣業の取り消しや廃止命令を受けた法人の当時の執行役員、取締役その他支配力を有していた者が、取り消しや廃止命令から5年を経過していなければならないこととなった。5年を経過すれば事実上業界から手を引くことになる。これは、かのクリスタルグループの企業が、摘発を受ける度に新しい法人に作り替え処分を免れた。そのグループ企業の数が約70社も存在していたことからの教訓である。また、行政手続法を持ち出したのは、厚生労働大臣からの取り消しや廃止命令が行われる前に、自ら廃止届を提出して処分を免れようとする企業に対する防止策である。
¶株価暴落は、いつ下げ止まるのか
巷に関心を呼び起こすようなマスコミ報道が流れている。だが、実のところは、現在の経済状況について、専門家筋は何らかの「恐慌」状態に突入することは間違いないと見ている。
3年内までに株暴落と実体経済破たんの神出鬼没が繰り返され、落ちきってから、初めて成長の可能性が生まれるとするのが、経済学の常識だ。
この疑いのない見通しに対して、要するに
A.経済政策や金融対策を次々と実施しようとの人たちと、
B.「人間のばかげた行為」が原因だから落ちるところまで落ちろ!とする人たち
の二手に意見が分かれているのが根本のようだ。ただし、このA/B二手の人たちそれぞれは、心理状態むきだしで原則を貫くばかりでは政権や地位が脅かされることになるから、何らかの激変緩和政策を打ち出すことともなっている。「緊急経済対策」などは、その典型的なものである。
だとしても、今の経済状況の分析は、
経済専門家でも見通しがつかず、「これから先が分からない」と言い、
経済素人は、何が起こっているのか見当がつかず、「ワケが分からない」状態に陥り、
何かの専門性をもつ評論家は、専門家特有の心理的不安から、的外れながらも何か専門的なことを口にするにすぎないのだ。
町内の評論家も平穏な心を求めて、その人が得意とする趣味と専門分野が、「時代分析の話によく現れる」といった、心理的逃避現象や「我田引水」までが横行、これに陥った文学部出身のマスコミ記者も続出。そこまで人心も混乱しているのだ。
¶81年前の昭和大恐慌のような状況?
は再来しないとの話がある。確かに、それはその通り当然だ。当時の日本は農業中心、国内向け消費財産業は皆無に等しく、生産財産業革命が一段落した明治経済の延長線であった。当時は、今の日本の経済構造とは異なっていたのである。だから、当時の現象は、都市での経済破たんが農業経済を破壊、直に飢餓や貧困をもたらし、株式大暴落の金融危機、被害は地方や農村の保証人への取り立てとなって現われたのである。
今回の恐慌での現象は、
既に始まっている金融資産の大幅目減り、政府が緊急金融政策を実施する後の大幅増税、国民の長期借金返済生活である。恐慌に因る一発クラッシュ惨事は分散され神出鬼没の形態には出来たものの、今から始まる恐慌の展開は、まだまだ現象の予測不能なのである。本質は恐慌、これから繰りひろげられる現代的現象は81年前とは大きく異なるというわけだ。
ひょっとして恐慌という経済現象を学んだことのない人にとっては、この単なる現象だけで、天地のヒックリ返る思いになるのは間違いない。また、旧東側諸国の計画経済学者は、こぞって、「経済恐慌!だから何? 独占(寡占)資本主義が破たんして、独占資本を救うために国家が介入する“国家独占資本主義”になるだけだ! それは歴史の必然!」と、極めて冷ややかな反応ばかりである。
まるで社会現象が、“一喜一憂と冷淡”が織りなす下世話な世相にもなりかねない。
¶昭和大恐慌から実体経済が立ち直ったのは
昭和12年ごろの恐慌から8年後であった。それは、洋服、洋食、洗面器、弁当箱、キャベツ、リンゴなど、それまで存在しなかった内需向け消費財の商品が大量に出回ることによって、実態経済が回復していったのである。実に、日本の「社会」制度を左右する法律とか、「社会」保障の着想・第一歩は、戦前の、この時期だったのである。金融経済面での回復は戦後しばらくまでなされなかった。実態経済が回復の途端、昭和12年から、戦時計画経済に切り換えたため、成長は小幅にとどまり続けた。
戦後の経済民主化による輸出立国、人口増加政策、自動車、住宅政策、家電を柱とする高度経済成長政策に至ったのである。その後に経済をバブルさせ、はじかせ、不良債権の穴埋めをし、今の世界的な金融危機となり、経済恐慌を迎えることとなったのである。
従って、
今からの恐慌後に実体経済を立ち直らせるには、今までになかった新商品を、今度は世界的に売り出すことが肝要となるのである。歴史的所産を引き継ぐ都道府県の豊かで多様な地域性は経済民主主義の要となる。こういった社会の動きを、個別企業は見ていれば浮上できる。
決め手は、とにかく、直接・間接を問わず衣食住の生活関連商品マーケットが軸だ。
原則的には経済学者のシュウペンターが発見した新商品理論
1.新しい財貨、新しい物の発見
2.新しい生産方式の導入
3.新しい市場の開拓
4.新しい原材料、半製品の発見
5.新しい(社内&社外)組織の実現
加えて、先進国や外国人客に売り込むには、文化経済に裏打ちされた新商品
A.他社他店にない特色を出すこと
B.取扱商品の絞り込み、販売地域の絞り込み
C.他社とは変わった技術(技能ではない)を売ること
D.高水準のサービス(非セルフ・非効率)を売ること
が、個別企業ごとで必要となるのだ。
¶資源のない日本経済にあっては
このような新商品(例:高付加価値製品&高水準サービス商品)を提供するための労働力の育成・確保に、成功のすべてがかかっている。
ということは、労働基準法(戦前は工場法)、職業安定法、健康保険や厚生年金その他の、昭和大恐慌からの脱却のために、戦後の高度経済成長政策を支えるために着想・制定されて来た法律も、時代に即することができるように、体系から根本的に見直す必要があることになるのだ。もちろん、商法をはじめとした会社法も然り。憲法や民法が変わることはないが、そこから派生した民事法の類は、改めて着想改訂されることとなる。労働契約法は出来たばかりで玉虫色であるので、そのまま。派遣法は、ここに来て、制度問題にメスが加えられる。
中小企業向け融資に不可欠とされる個人保証人制度も、その廃止が望まれる民事法のひとつだ。恐慌の時期だからこそ、個別企業の経営体力を蓄えるためにも、融資返済の3年間元本棚上げといった法律制定も着想(徳政令?)されるべきなのだ。
例えば、注目の年金制度(文化・価値観の変化を招く)
そもそも厚生年金は昭和17年当時、退職金が充実していないことを背景として、退職手切れ金の性格をもって制度化した。国民年金は、米ソ対立を背景に、日本国民の西側確保のため、財源確保の見通しの無いまま、無理強いで作った社会保障であった。いずれも今、既に破たん状態。そこに、この10月15日にアメリカ政府は確定拠出年金(401K)充実の規制改革を要求。このアメリカの「年次改革要望書」、実は在日アメリカ商工会議所の綿密なマーケティング調査が基本になっている。だから、今は悪評の401Kも、ここ数年内に資産が目減り仕切った所(実体は御破算)で新たな401Kとして再出発する可能性も高くなってくるという具合だ。
ただし、
従前からの新自由主義の名のもとでの規制緩和、これは単なる昔の焼き直しの発想であったし、失敗続きの原因でもあったことから、どうも新しい時代に即するという評価は、長い歴史に立ち返るほどに、今後はあり得えない代物とされる。
¶個別企業での、もう少し具体的な話
新自由主義の名のもとでの規制緩和とは、経済や社会秩序を維持する制度(法律など)が存在しても、制度を無視してやり放題=新自由といったもの。その展開パターンは、個人さえ納得すれば良いとする個人の新自由とか、未必の故意まがいの自己責任といった方式が実態であった。
この展開パターンに対して、どの法律制度も、誰もがストップをかけなかったことから、経済や社会の秩序が崩壊するとともに、経済構造がイビツになり → ゆがみが生じ → ストレスがかかり → 亀裂が入り、一挙に経済が崩壊したと分析し、教訓とすることだ。
よって、再び時代にあった経済や社会の秩序を、
“柱を1本通して構築”することが、最重要課題となるのだ。これは、個別企業の秩序、組織の構成、受注販売方式、生産方式、業務遂行・運営方式での話であり、政府や社会が行ってくれるというものではない。バブル崩壊後に慣れ親しんだところの、出来上がった企業秩序を長持ちさせるための調整具合とか妥協延命ではないのだ。もちろん、政府官僚の行って来た、社会主義経済模倣の計画経済でもない。
¶個別企業に秩序を、柱を1本通して構築することが第一に重要!
経営資源(人、物、金、情報、ノウハウ)を個別企業の外壁や間取りの如く、新しい時代へと組み直す、その実行は、今年内は二の次となるのだ。
企業は個人プレーではなく団体戦、その中で
総務部門は個別企業の経営情報を集積・加工し、経営戦略や方針草案を提起する舵取りセクション。
人事部門は個別企業を運転するのに必要な人材・労働力を確保・育成・配置するセクションなのある。
・《改正》労働者派遣法:取舵いっぱい:法案要綱
・株価暴落は、いつ下げ止まるのか
・81年前の昭和大恐慌のような状況?
・昭和大恐慌から実体経済が立ち直ったのは
・資源のない日本経済にあっては
・個別企業での、もう少し具体的な話
・個別企業に秩序を、柱を一本通して構築することが第一に重要!
(労働契約法の解説は休み)
¶《改正》労働者派遣法:取舵いっぱい:法案要綱
厚労省は、“派遣制度のあり方の根幹にかかわる問題にメスを加える”考えだ。
労働者派遣法改正の法案要綱が発表された。施行日は来年、平成21年10月1日からとしていることは、現時点から着々と行政指導の範囲で促進することを示している。改正法案要綱の内容は、マスコミなどで報道されている問題点を超え、規制緩和や新自由主義の名のもとに人材派遣会社が不安定雇用を助長しての「荒稼ぎ」と疑われていた利益部分を、ことごとく消滅させる内容だ。平成11年の派遣業規制緩和、そのずっと以前の状態にまで落ち着かせる狙い。
結束力の弱い派遣業者団体だから、これから人材派遣会社などはビジネスモデルとマーケティングの変更を余儀なくされる。すなわち、専門的技術や専門的技能の裏付けがあるアウトソーシングや、請負要件を満たした業務請負業に転換することを迫られるのだ。派遣業の規制は世界先進国の時流でもある。高付加価値製品や高水準サービス商品などを提供する労働力の裏付けを整備しての経済立国を目指す日本戦略でもあるようだ。個別企業の労働力政策は、一挙に変化する。
改正要綱の 主なもの は次の通り。
1.派遣先に厚生労働大臣が、賃金を低下させることなく労働契約の申込をするよう勧告するようになる。勧告に反することも自由ではあるが、ハローワークの恩恵が制限されることは間違いない。勧告するとしている対象は、港湾、建設、警備の禁止業務の派遣の場合、派遣会社以外の派遣の場合、派遣期間制限の規定に違反した派遣の場合、派遣法の脱法行為の恐れがある派遣の場合である。本人の訴えは、すぐさま派遣先の直雇用となる。
2.いわゆる対象業務26にあって、定年又は65歳まで終身雇用の派遣労働者を除いて、3年を超える期間を継続している派遣労働者に対しては、派遣会社が労働契約の申込をしなければならないこととなる。(そもそも、4年目突入の有期契約は終身雇用の扱い)。
3.派遣労働者を、履歴書や面接などで特定することが一部で認められる。ただし、その部分は、「期間を定めないで雇用される労働者」、すなわち定年又は65歳まで終身雇用する派遣労働者に限られる。実際には、いわゆる対象業務26のうちの、ほんの一部である。もちろんこの場合、年齢、又は性別を理由としての差別的取扱いを禁止されている。事実上の事前面接禁止。
4.派遣先は、特殊な場合を除き1年を経過する期間内に、以前働いていた労働者を再び派遣で受け入れられないこととなる。すなわち、同一人物を忙しいシーズンだけに来てもらうような派遣契約は出来なくなる。もちろん、不法行為となれば、非派遣期間の収入損害を賠償することにもなる。
5.派遣法違反をしていた派遣先に対して、あくまで行政処分または司法上の処分を行う前に指導又は助言をした上で、今は、是正勧告をすることになっているが、これからは指導や助言を要しないこととなる。すなわち、突然の是正命令となる。フライングや“言われてから改善”はできなくなる。
6.労災事故が起こった場合は、派遣先にも、必要な報告、文書の提出、出頭を命ずることとなる。派遣先事業場への立ち入り、関係者の質問、帳簿書類などの検査も実施する。不法行為を形成するに至るので、派遣先は、完璧に安全配慮義務が問われることとなる。
7.派遣会社が派遣実績総時間のうち“特定派遣先”に対して80%を超えて労働者派遣することが禁止される。80%以下となるよう特定の派遣先以外への新規開拓ができなければ、勧告の後、派遣事業の取り消しや廃止命令を受けることとなる。企業の第2人事部的な派遣会社は、猶予期間の後、廃業を迫られる。
8.日雇い労働者の形態で労働者派遣することが禁止となる。この法案要綱でいう日雇いとは、日々改めて雇用する者又は30日以内の期間を定めて雇用する者を指す。例えば今日と明日に来て欲しいと雇用すれば、これは2日間の「期間雇用」である。ただし、日雇い労働者の派遣は行政指導によって、現在も事実上実施することが難しくなっており、特殊な業務を除いて採算が合わなくなっている。日雇い派遣が許可される特殊な業務は、1号、2号、5号、6号、7号、8号、9号、10号、11号、12号、13号、16号、17号、18号、19号、20号、23号、25号の18個との見通しが強い。
9.人材派遣業会社は、事業所ごとにスタッフの賃金と派遣料金の差額であるマージン率の平均を発表させるとしている。多くの派遣会社が平均的な派遣料金を公表しているなかで、マージン率はスタッフの平均賃金を公表することとなる。派遣労働者を雇用する場合、募集や面接の段階で、賃金の見込額だけでなく、労働条件その他の待遇の説明も義務となる。こうなると、労働者の賃金・労働条件を向上確保し、半面に人材派遣業者の利益率を一方的に低下制限することにつながって行く。いくつかの地方自治体では、これが既に入札条件となっているところもある。加えて、派遣労働者の賃金を、派遣対象業務と同じ業務を行う派遣先社員の賃金相場を下回らないよう、賃金決定努力を課せられる。これによって、派遣会社のマーケットが縮小に向かうことが考えられる。
10.派遣労働者の希望に応じて、定年又は65歳まで終身雇用すること、職業紹介許可を持つ派遣元は就職紹介をすること、教育訓練を施すなどで終身雇用を推進することの3つの措置を、派遣会社は努力しなければならなくなる。努力措置といえども、1ヵ月から3ヵ月程度の細切れ雇用契約を反復更新することで成り立っている非技能系パートタイマーの派遣を規制することとなる。
11.紹介予定派遣を行う場合、派遣する前に、社員入社就職の業務内容、賃金その他の労働条件などを定めておかなければならないこととした。就職紹介を予定して派遣されている労働者の労働条件が、土壇場で変更されることによるトラブルを防ぐ狙いがある。
12.新たに一般派遣業の許可基準として、派遣業の取り消しや廃止命令を受けた法人の当時の執行役員、取締役その他支配力を有していた者が、取り消しや廃止命令から5年を経過していなければならないこととなった。5年を経過すれば事実上業界から手を引くことになる。これは、かのクリスタルグループの企業が、摘発を受ける度に新しい法人に作り替え処分を免れた。そのグループ企業の数が約70社も存在していたことからの教訓である。また、行政手続法を持ち出したのは、厚生労働大臣からの取り消しや廃止命令が行われる前に、自ら廃止届を提出して処分を免れようとする企業に対する防止策である。
¶株価暴落は、いつ下げ止まるのか
巷に関心を呼び起こすようなマスコミ報道が流れている。だが、実のところは、現在の経済状況について、専門家筋は何らかの「恐慌」状態に突入することは間違いないと見ている。
3年内までに株暴落と実体経済破たんの神出鬼没が繰り返され、落ちきってから、初めて成長の可能性が生まれるとするのが、経済学の常識だ。
この疑いのない見通しに対して、要するに
A.経済政策や金融対策を次々と実施しようとの人たちと、
B.「人間のばかげた行為」が原因だから落ちるところまで落ちろ!とする人たち
の二手に意見が分かれているのが根本のようだ。ただし、このA/B二手の人たちそれぞれは、心理状態むきだしで原則を貫くばかりでは政権や地位が脅かされることになるから、何らかの激変緩和政策を打ち出すことともなっている。「緊急経済対策」などは、その典型的なものである。
だとしても、今の経済状況の分析は、
経済専門家でも見通しがつかず、「これから先が分からない」と言い、
経済素人は、何が起こっているのか見当がつかず、「ワケが分からない」状態に陥り、
何かの専門性をもつ評論家は、専門家特有の心理的不安から、的外れながらも何か専門的なことを口にするにすぎないのだ。
町内の評論家も平穏な心を求めて、その人が得意とする趣味と専門分野が、「時代分析の話によく現れる」といった、心理的逃避現象や「我田引水」までが横行、これに陥った文学部出身のマスコミ記者も続出。そこまで人心も混乱しているのだ。
¶81年前の昭和大恐慌のような状況?
は再来しないとの話がある。確かに、それはその通り当然だ。当時の日本は農業中心、国内向け消費財産業は皆無に等しく、生産財産業革命が一段落した明治経済の延長線であった。当時は、今の日本の経済構造とは異なっていたのである。だから、当時の現象は、都市での経済破たんが農業経済を破壊、直に飢餓や貧困をもたらし、株式大暴落の金融危機、被害は地方や農村の保証人への取り立てとなって現われたのである。
今回の恐慌での現象は、
既に始まっている金融資産の大幅目減り、政府が緊急金融政策を実施する後の大幅増税、国民の長期借金返済生活である。恐慌に因る一発クラッシュ惨事は分散され神出鬼没の形態には出来たものの、今から始まる恐慌の展開は、まだまだ現象の予測不能なのである。本質は恐慌、これから繰りひろげられる現代的現象は81年前とは大きく異なるというわけだ。
ひょっとして恐慌という経済現象を学んだことのない人にとっては、この単なる現象だけで、天地のヒックリ返る思いになるのは間違いない。また、旧東側諸国の計画経済学者は、こぞって、「経済恐慌!だから何? 独占(寡占)資本主義が破たんして、独占資本を救うために国家が介入する“国家独占資本主義”になるだけだ! それは歴史の必然!」と、極めて冷ややかな反応ばかりである。
まるで社会現象が、“一喜一憂と冷淡”が織りなす下世話な世相にもなりかねない。
¶昭和大恐慌から実体経済が立ち直ったのは
昭和12年ごろの恐慌から8年後であった。それは、洋服、洋食、洗面器、弁当箱、キャベツ、リンゴなど、それまで存在しなかった内需向け消費財の商品が大量に出回ることによって、実態経済が回復していったのである。実に、日本の「社会」制度を左右する法律とか、「社会」保障の着想・第一歩は、戦前の、この時期だったのである。金融経済面での回復は戦後しばらくまでなされなかった。実態経済が回復の途端、昭和12年から、戦時計画経済に切り換えたため、成長は小幅にとどまり続けた。
戦後の経済民主化による輸出立国、人口増加政策、自動車、住宅政策、家電を柱とする高度経済成長政策に至ったのである。その後に経済をバブルさせ、はじかせ、不良債権の穴埋めをし、今の世界的な金融危機となり、経済恐慌を迎えることとなったのである。
従って、
今からの恐慌後に実体経済を立ち直らせるには、今までになかった新商品を、今度は世界的に売り出すことが肝要となるのである。歴史的所産を引き継ぐ都道府県の豊かで多様な地域性は経済民主主義の要となる。こういった社会の動きを、個別企業は見ていれば浮上できる。
決め手は、とにかく、直接・間接を問わず衣食住の生活関連商品マーケットが軸だ。
原則的には経済学者のシュウペンターが発見した新商品理論
1.新しい財貨、新しい物の発見
2.新しい生産方式の導入
3.新しい市場の開拓
4.新しい原材料、半製品の発見
5.新しい(社内&社外)組織の実現
加えて、先進国や外国人客に売り込むには、文化経済に裏打ちされた新商品
A.他社他店にない特色を出すこと
B.取扱商品の絞り込み、販売地域の絞り込み
C.他社とは変わった技術(技能ではない)を売ること
D.高水準のサービス(非セルフ・非効率)を売ること
が、個別企業ごとで必要となるのだ。
¶資源のない日本経済にあっては
このような新商品(例:高付加価値製品&高水準サービス商品)を提供するための労働力の育成・確保に、成功のすべてがかかっている。
ということは、労働基準法(戦前は工場法)、職業安定法、健康保険や厚生年金その他の、昭和大恐慌からの脱却のために、戦後の高度経済成長政策を支えるために着想・制定されて来た法律も、時代に即することができるように、体系から根本的に見直す必要があることになるのだ。もちろん、商法をはじめとした会社法も然り。憲法や民法が変わることはないが、そこから派生した民事法の類は、改めて着想改訂されることとなる。労働契約法は出来たばかりで玉虫色であるので、そのまま。派遣法は、ここに来て、制度問題にメスが加えられる。
中小企業向け融資に不可欠とされる個人保証人制度も、その廃止が望まれる民事法のひとつだ。恐慌の時期だからこそ、個別企業の経営体力を蓄えるためにも、融資返済の3年間元本棚上げといった法律制定も着想(徳政令?)されるべきなのだ。
例えば、注目の年金制度(文化・価値観の変化を招く)
そもそも厚生年金は昭和17年当時、退職金が充実していないことを背景として、退職手切れ金の性格をもって制度化した。国民年金は、米ソ対立を背景に、日本国民の西側確保のため、財源確保の見通しの無いまま、無理強いで作った社会保障であった。いずれも今、既に破たん状態。そこに、この10月15日にアメリカ政府は確定拠出年金(401K)充実の規制改革を要求。このアメリカの「年次改革要望書」、実は在日アメリカ商工会議所の綿密なマーケティング調査が基本になっている。だから、今は悪評の401Kも、ここ数年内に資産が目減り仕切った所(実体は御破算)で新たな401Kとして再出発する可能性も高くなってくるという具合だ。
ただし、
従前からの新自由主義の名のもとでの規制緩和、これは単なる昔の焼き直しの発想であったし、失敗続きの原因でもあったことから、どうも新しい時代に即するという評価は、長い歴史に立ち返るほどに、今後はあり得えない代物とされる。
¶個別企業での、もう少し具体的な話
新自由主義の名のもとでの規制緩和とは、経済や社会秩序を維持する制度(法律など)が存在しても、制度を無視してやり放題=新自由といったもの。その展開パターンは、個人さえ納得すれば良いとする個人の新自由とか、未必の故意まがいの自己責任といった方式が実態であった。
この展開パターンに対して、どの法律制度も、誰もがストップをかけなかったことから、経済や社会の秩序が崩壊するとともに、経済構造がイビツになり → ゆがみが生じ → ストレスがかかり → 亀裂が入り、一挙に経済が崩壊したと分析し、教訓とすることだ。
よって、再び時代にあった経済や社会の秩序を、
“柱を1本通して構築”することが、最重要課題となるのだ。これは、個別企業の秩序、組織の構成、受注販売方式、生産方式、業務遂行・運営方式での話であり、政府や社会が行ってくれるというものではない。バブル崩壊後に慣れ親しんだところの、出来上がった企業秩序を長持ちさせるための調整具合とか妥協延命ではないのだ。もちろん、政府官僚の行って来た、社会主義経済模倣の計画経済でもない。
¶個別企業に秩序を、柱を1本通して構築することが第一に重要!
経営資源(人、物、金、情報、ノウハウ)を個別企業の外壁や間取りの如く、新しい時代へと組み直す、その実行は、今年内は二の次となるのだ。
企業は個人プレーではなく団体戦、その中で
総務部門は個別企業の経営情報を集積・加工し、経営戦略や方針草案を提起する舵取りセクション。
人事部門は個別企業を運転するのに必要な人材・労働力を確保・育成・配置するセクションなのある。
2008/10/07
第78号
金融危機・経済恐慌からの防衛対策特集(知人の方への転送可能)
<コンテンツ>
・恐慌の防衛策
・金融危機が恐慌に至った
・不渡りで一番恐いのは
・担保を捨て、無借金経営の覚悟
・社会保険料未払いは利率14.6%の緊急融資
・投資先、貸付金や未収金の
・貴方の会社を銀行が切り捨てたサイン
・連帯保証人の方の防衛対策
・不動産差し押さえの防衛対策
・預金差し押さえの防衛対策
・止む無く、従業員を整理解雇するときの順序
・賃金切り下げなど、労働条件の変更方法は
・未払い賃金を残したまま破産する緊急策とは?
・その他リスクの診断とコンサルタントのアドバイス
・協会健保で変わる手続は
(労働契約法の解説は休み)
¶恐慌の防衛策
数年前の平成不況どころではない!金融危機→恐慌が襲ってきそうだ。そのときの防衛策を考えてみた。もちろん、マスコミや出版物では、こういった情報が流れることは極めて少ない。
古今東西、時の政府が、その国の社会共同体の経済秩序を守る役割を果たすとは限らない。金融機関の欠損を補てんするための銀行の資金回収が、個別企業の資金繰りに影響を与えるのは当然のことである。
アメリカ政府の75兆円金融安定対策提案が、「日曜をはさんで一変!」。与党であるはずの共和党から反対が急増し下院の議会で否決、金曜ぎりぎりに骨抜きで修正可決。与党共和党下院は、最後まで反対票が上回った。この原因は、最終的な対策資金が、資本注入その他で5倍程度が必要(アメリカ政府の年間予算は400兆円弱)なこと、米英のキリスト教が「金融の仮想現実は偶像崇拝」と9月28日の日曜めざし反対した特殊事情からである。全世界同時パニックは避けられたが、恐慌の様相は神出鬼没の各地のクライシスへと変化、「もぐらたたきゲーム」がスタート、当りの確率は分散したが、やっぱり当たれば大変である。
日本国内では9月下旬に恐慌に向けての金融対策が必要となるところ、打つ手なしの論評ばかり。多くのマスコミ報道は、アメリカの金融安定化法案に世界中の人たちが、すがり付いていたかのようなニュースを流した。7日午前の閣僚懇談会で、初めて追加対策に意欲。
ところが、筋の良い経済学者たちからは、危機打開の切り札は別にあるとしている。それは、投資系企業および、いわゆる自前調達が可能な一定規模以上の多国籍企業はさておき、
3年間:元金返済棚上の緊急時限立法、すなわち、
「個別企業の銀行からの借入金元本を、3年間返済を猶予する法律制定」
が、緊急抜本的に恐慌を回避する手法とのことだ。ただし、利息については支払の厳格履行をさせ、金融機関の経営を安定させる。こういった経済基盤補強で、金融の乱高下から実体経済を安定させると。投機・投資による損は、もとより覚悟があったはずとする政策だ。すでに、多国籍大手企業は緊急の資本金増資や融資枠確保の手を打っている。
この手法に対して、日本国内の中堅中小企業の実体、経済構造をよく見極めたものだとする評価は高い。
¶金融危機が恐慌に至った
としても、それが100年に1度とでもいわれるからこそ、個別企業ごとに如何に経営を安定させるのか、社会共同体の経済秩序を守るのかが重要となるのである。旧態依然の経営管理方法に固執すれば、個別企業ごと吹き飛ばされる。仮に実体経済が堅調と言われていても、恐慌はその実体経済をも破壊してしまうのである。とりわけ、事件・事故・不渡りに遭遇するのは当たり前で、そのときの傷の浅さが恐慌対応策として効果を発揮する。それは、
・心の準備(過去の執着排除、物への固執停止、うつ病対策)
・資金の準備(緊急融資、元本返済棚上げ)
・新商品の準備(高付加価値・高水準サービス)
が大切なのである。経営者と総務担当者は、不渡り=倒産でないことを認識して、自社他社ともに、ショックによる個別企業崩壊の防衛策を考える必要がある。組織統制に主眼を置いた、「呉子の兵法」は、気力、経営環境、方針、力のモーメントの順に説いている。
¶不渡りで一番恐いのは
銀行の信用よりも仕入れ先の信用である。
「利は仕入れにある!」ことを思い出すことが重要だ。支払手形をやめて支払証書が仕入れ先の信用を築くことにもなる。とにかく、不渡りと聞いて、ショック状態となり、手形ジャンプなど、不渡り直行策の道を選ぶ企業が、あまりにも多いのだ。
自己破産と言うのは、その道にかかわる事件処理業者に報酬利益があるから、「いざというときの、おすすめ!」との誘いをするのが、事の本質である。自己破産をして立ち直る人は、きわめて少ない。長年サラリーマンとしての経験しかなく、その上つぶしがきかないといった人物のための、最終手段でしかないのだ。とくに経営者は、元来頭が良いのだが、自己破産をすると「自らを敗北者」と考え、自分で無能力者と決め込んでしまうのが常である。民事再生にしても、東京で申請件数の半分以下しか認められず、地方にいけば3分の1以下といった状況である。
民事再生の決定基準は、無担保債務の8割カット、残り2割の債務を3年以内に支払えるメドが存在するかどうかが分かれ目、だから民事再生にはその程度の効果しかないのである。
経済恐慌のときこそ、戦う必要があるのだ。セイフティーネットは、戦う上で障害のある人のためのもの、あくまで、ここに限定してこその社会共同体の支え合いであるのだ。権利の上にあぐらをかく者、権利があっても泣き寝入りする者が、恐慌の歴史のなかで救われたことはない。
¶担保を捨て、無借金経営の覚悟
とくにこの3年は、金融機関への元金返済棚上げが切り札。平常時でも資金繰りが無理であれば、金融機関への元金返済をストップすることが定石。だが、恐慌ともなれば、緊急資金手当ての確実な原資が問題なのだ。
さらに苦しくなれば、利息の支払いも停止をすることだ。間違っても利息の軽減を発想してはならない。銀行の延滞扱いは利息3ヵ月の未納、不良債権とは、6ヵ月以上利息支払いが停止された債権の中から、銀行から不良債権として取り扱う旨の通知が来てからのことを言うのだ。
要は、担保を捨てて返済を完了させ、無借金経営になることを目指すのが、金融危機に於いては重要なのだ。担保物件のない債権は、銀行から債権回収会社に、何十億円の債権だろうと、1債権当たり1千円で譲渡されているのだ。個別企業が、今や金融機関を怖がることはない。昔のような資本金注入といった役割を金融機関が果たす時代は、もう来ない。
すでに、数年前から金融庁の方針は、不良債権化懸念不動産の即刻処理が重点なのだ。
とりわけ、サラリーマン経験が長いと、金融機関その他からの書面を受け取っただけで、ショック状態に陥りやすい性格が形成されているので、冷静に判断して早まってはいけない。政府が動かなければ、合法的自力救済で個別企業を守ることだ。
¶社会保険料未払いは利率14.6%の緊急融資
恐慌には、緊急融資枠が不可欠である。社会保険料は毎月の人件費の23%を占める。年金問題で取りざたされている届出保険料の偽装、被保険者の無届けは犯罪である。ところが、保険料の支払い滞納は、踏み倒す意思がなければ犯罪ではない。14.6%単利ではあるが、事実上無担保資金に早変わりするのだ。同じ滞納でも、数ヵ月払えなかったものと、緊急融資枠に当てるものでは、気構えも段取りも異なる。
国家の社会保障制度であるから、保険料未納であっても、個人の健康保険の利用や年金額に何ら影響することも無い。この3年の間の金融恐慌対策として、保険料の銀行引き落としを止め(実際には、銀行に連絡せずに、社会保険事務所に引落口座の変更を出すこと)、事業経営の緊急事態に充てる資金と考えなければならない。そして、社会保険事務所には返済計画を提出することも欠かしてはならない。国税の執行官に比べ、社会保険料より税金徴収が優先するため、社会保険事務所調査官の権限が弱い分だけ、今でも社会保険事務所の調査能力は抜群の水準を誇っている。が、事実、社会保険事務所は倒産を呼び起こすような差し押さえをかけることは無い。おおまかな金融機関情報も踏まえた上で、社会保険事務所は最終版になった段階で差し押さえをかける。
具体的には、地元以外の社会保険労務士に一般的アドバイスを受けながら、社会保険事務所徴収課長と直接交渉をするのがベターである。銀行担当者より、よほどの誠意があるかもしれないからだ。
¶投資先、貸付金や未収金の
「すでに、点検チェックをしています!」といった答えが、社内の担当者から返ってくる。ところが、投資、貸付金、未収金は、そもそも相手方との妥協の産物であり、相手方と貴方の企業担当者は利害関係が一致しているから、未だこの状況が続いていると判断しなければならない。恐慌となれば、相手方との利害関係の基盤が激変するかもしれないので、その意味から見直さなければならないのである。ところで、果たして、何らかの一定基準でチェックがなされているかどうかが、もう一度最初からの点検チェック手法である。よくある例ではあるが、パソコン入力の好きな担当者が一覧表を作成しているだけで、何らの判断基準もないものだから、会議を行うほどに、「悪貨は良貨を駆逐する」ことになっているのだ。問題山積みで会議参加者を疲れさせ、無責任な者は罪のないことを確信するに至るのだ。
とくに注意しなければならないのは、経理部門社員が知らず知らずのうちに、相手先に情報を流してしまっていることである。これは、金融機関に対しても同じことで、銀行の担当者は情報収集のプロであり、経営トップから情報を引き出そうとの愚策を行うこともない。未収金を抱えている営業担当者も然りである。
¶貴方の会社を銀行が切り捨てたサイン
銀行から次のような話が出てくれば、銀行は貸付金の回収に入るばかりで、もはや会社は切り捨てられることを覚悟しておかなければならない。
おおむね次の順序だ。
・金利引き上げの要請
・元金返済額の増額要請
・「社債」の発行勧誘
・担保とは無関係の預金払い出し拒否
・M&Aを銀行から勧誘
といったところである。
¶連帯保証人の方の防衛対策
ほとんど金融機関が、中小企業の社長には個人保証を要求するが、上場企業の経営者に個人保証を要求することがない。
それはさておき、保証人の権利義務が発生するのは、回収する側から、「貸付期限の利益を喪失したので、ただちに全額を支払え」との内容証明郵便物が到達した時点からである。それまでの連帯保証人にかかる話は、他人に「お願い」しているのと同じ効果しか発生していないのだ。
さて、そういった内容証明が来た後は、相手とは「話さず、聞かず、払わず」の対策程度しか残っていない。相手方から、「5千円でも1万円でも?」との甘い言葉に乗って、少しでも払ってしまうと、支払いの意思を示してしまうことになるから要注意だ。とくに、債権回収会社とは話がまとまるまではいっさい払ってはならない。基本的な防衛対策は、次に説明する不動産や預金の防衛策を取るしかないのだ。連帯保証人になってもらった方へ防衛対策を説明するには、「取引銀行が何時倒産するか分からない御時世だから、不動産を共有名義するなどしてください!」と早めに頼みに行くことだ。訴訟になればどうしようと不安が走るかもしれないが、恐慌になれば、そもそもの経済原則に基づいて、担保物件以上に返済を迫られることはなく、差し押さえられたとしても競売に至るのは困難となることから、その道の専門家のアドバイスを受けながら事故処理交渉をすればよいことになる。ところで、80年ほど前の昭和大恐慌の時には、保証人であったがために転落していった事例が多かったが、今やそういったことは法律で或る程度の規制が掛けられており、身ぐるみ剥がされてしまうことはないのだ。
¶不動産差し押さえの防衛対策
一般的に、借入金返済延滞の発生で、会社と保証人の居住地の不動産登記の有無調査が開始される。不動産に多額の抵当権が設定されていれば、実際には競売申し立て不受理となり、競売にかかることは無い。不動産が共有名義となっている場合は、これも競売落札が難しいので、きわめて重要な防衛策と言えるのだ。結婚20年以上の配偶者に対しての居住用資産であれば、評価額2千万円までなら贈与しても無税となる。子供に一部贈与して共有財産とすることもできる。
意外と無担保且つ単独名義の不動産を内緒としている場合があるが、実は差し押さえのプロからすれば、絶好の差し押さえ物件なのだ。
取り立てる方の側は、あることないことの不安をあおりたて、示談に持ち込もうとする。ところが、元来の経済原則からすれば担保物件以上の貸付を行った金融機関に責任があるとされるのが社会共同体の法律の扱いだ。ここに金融機関の不当利益画策の意図が見られ、被害者は封建時代の世間体のような話術でもって、陥れられている。この世間体を利用してヤクザが介在するのが特徴である。
¶預金差し押さえの防衛対策
売掛金入金のための銀行口座は、すぐさま、実質的な差し押さえの対象となる。それ以外の預金差し押さえは、差し押さえる側が口座番号や口座名義を知っていなければ不可能である。居住地周辺の銀行に対しては、似通った口座名義で差し押さえがかけられるから要注意。同じ銀行であっても、居住地から離れた別支店の預金は発見されることが少ない。郵便貯金は全国27ヵ所のセンターに対して、いっせいに差し押さえをかけてくるので、ひとたまりもなく危険。こういった事は、会社名義、個人名義ともに共通する対策である。銀行からの差し押さえ対策は、
・売掛金入金口座を他銀行に移す
・売り上げ金のプールを別銀行口座に移す
・生命保険の入金口座を変える
・郵便貯金はやめる
・定期預金は保証人になっていない家族名義に変更して家から離れた銀行に移す
などの方法がある。銀行は、こういったことに対して、「詐害行為だ!」と言ってくるが、まず法的それが認められることはありえない。大きな声や脅し文句の世間体に負けてはならない。
¶止む無く、従業員を整理解雇するときの順序
部門、経費、人材のいずれにも共通することであるが、少しでも迷いがあるのであれば、実は不要なものと見るべきなのだ。そのコツは、「売れない商品の扱いをやめて、売り上げを落とす」と考えて、足を引っ張る商品を売らないことである。もともとが、いつの間にか売れない状況になるのではなく、売れていると確信できるものだけが必要なのである。恐慌の際は、確実堅実なところへの生産縮小と、チャンス発見が重要である。
労働法のトラブルは会社のリスクがきわめて高い。したがって、人員の整理解雇には順序がきわめて重要である。
・労働者に説明して了解を求める、誠実説明義務と協議した証拠が大切
・整理解雇が避けられない経営悪化状況と中長期再建計画が必要
・アルバイト・パートなど雇用者の削減、配置転換、希望退職の募集
・整理解雇者の人選は合理的(道理などが通った)基準によること
の4要件である。
ところが、意外と効果の高い方法としては、
・報酬の高い役員、生活余裕のある高齢者、不具合な人物の順位での退職交渉
・有能な役員や高齢者は、独立請負として仕事を発注
・その後に初めて、賃金の一律カット
といった方法と順序を取ることが、法的トラブルを防ぐコツである。
これも、ショック状態のまま、素人の独断で行うことが危険なことは言うまでもない。
前述したように、労働に関する債務処理の手抜きは、突然裁判所からのリスクとなってやってくるからである。
¶賃金切り下げなど、労働条件の変更方法は
法律や判例の側面から許されるのは、
・労働条件変更にあたっての高度の必要性
・労働者の被る不利益の程度
・変更後の就業規則の相当性
・従業員との協議や納得性
がクリアにされる場合だけである。ところが、こういった裁判判例の背景には、労働組合との争議が間違いなくからんでおり、労使トラブルを踏まえての、実際に応用できる解釈は、きわめて難しい分野なのである。恐慌ともなれば法律体系自体がひっくり返る社会状況であり、いわゆる法律家の多くが、個別企業の現場での紛争対応にたけているとは言えないので、法律や判例が実際には通用しないことが多いのだ。だからといって、無法者・ならず者が許されるという訳ではない。社会共同体の原則に基づいての判断が必要なのである。
3割の人件費カットは、3割の人員削減と同じ計算にはなるが、労働意欲の低下と経営者への依存心が高まるばかりで、恐慌に対しては足かせとなることを踏まえておかなければならない。手かせ足かせの従業員が増えるという訳だ。
事業縮小・戦線縮小を余儀なくされた場合は、労働条件変更どころではない。退職金の廃止も、手続きその他に不備があれば、裁判所の判決に基づき差し押さえがやってくる。恐慌の可能性寸前の今の時期に、退職金に手をつけるのは、突然のリスクを誘発するようなもの、時期的に危険である。
本当に危険な一時期を、個別企業と社員が一時的に耐え忍ぶために、労働時間短縮とそれに伴う賃金低下の協議同意を取り付けるのが、現実的得策である。この場合も、賃金規則変更などの手続きを労働契約法などに基づいて行うことが重要で、手続きに手抜かりがあると、これも裁判所の判決に基づく押さえの可能性を含むのだ。
この時期の差し押さえは、個別企業にショックを与えるから、たとえ1人の訴えであっても危険そのものである。
¶未払い賃金を残したまま破産する緊急策とは?
いよいよ経営が行き詰まるとか、営業譲渡といった場合には、合法的な国の助けを仰ぎ、個別企業自体が、切羽つまらないことが大切である。
破産状態時点前から半年間の未払い賃金は、国が建て替える制度がある。中堅中小企業であれば、今の賃金水準からすれば十分な金額である。元の賃金の8割が支給されるが、税金や社会保険料の支払いが免除となるので、実質収入は微妙に多くなる。退職金も支給対象である。また、破産後の事務処理のために残った人たち、すなわち総務部門などの給与計算や離職票の発行手続きに携わった人の賃金も保障されるという訳だ。
破産手続きの理念は、失敗した人に対するリセット制度であり、これに対応した国の制度が未払い賃金確保法であるから、この範囲の目的であれば合法的且つ社会共同体秩序の範囲内なのである。したがって、未払い賃金立て替えの手続きを、事業主が行う必要はなく、総務担当者でも可能であるし、残った従業員がお金を出し合って社会保険労務士に依頼してもよいのである。
ただし、労働者が給料なしで何ヵ月ぐらい働いてくれるかという問題がある。筆者の経験からすれば、賃金支払いのめどがなくとも3ヵ月程度は働きにくるケースが多く、専門家からの未払い賃金の説明があったとすれば、半年程度は十分働きに来てくれると思われる。
その後に、「同業他社」に就職する人なれば、労働者のパニック状態を防ぐことができ、経営者も「不毛な覚悟」をする必要もないのである。
この場合も、経営者も従業員も世間体に振り回され、パニックに陥ってはならない。
¶その他リスクの診断とコンサルタントのアドバイス
これだけの金融危機や恐慌の可能性が話題となっていても、旧態依然の体質、同業者間の常識、銀行からの誘惑・恐怖に振り回されている個別企業が多いのである。あまりにも、経営者のリサーチする情報が偏っているのである。世間体を利用して経営していた事業こそ、きわめて危険である。
個別企業の経営見通し、資金繰り見通しで危険を感じた段階から、思い切って、他業種・他分野のコンサルタントのアドバイスをもらうのが得策である。相談を受ける側の専門家のコツは、「半年で出来なければ失敗、取締役会は10回が限度」である。電話での予備相談であっても、「ならず者ではないコンサルタント」であれば、個別企業に十分なひらめきを与える。
とりわけ、年齢の若い経営管理者の人生にとっては、今回の経済状況(恐慌?)は、100年に1度のチャンスでもあるのだ。
¶協会健保で変わる手続は
この10月から、政管健保は「協会けんぽ」に変わりました(全国健康保険協会)。
健康保険への加入や保険料の納付手続は、従来と同様会社を通じて、社会保険事務所で、厚生年金と併せて手続き。
ただし、退職した場合の任意継続被保険者の手続は協会で直接行います。
10月1日以降に新たに入社した者や被保険者証の再交付手続では、全国健康保険協会名の新しい被保険者証が発行。
従前からの加入者は順次、協会名の新たな被保険者証へ切替え。
切替え手続は会社を通じて実施(任意継続被保険者は直接、自宅に郵送)。
被保険者証の切替えが完了するまで、現在の被保険者証を使用。
傷病手当金等の健康保険の給付申請は協会健保の各都道府県支部。
当面、協会健保の職員巡回等により、社会保険事務所に受付窓口を開設。
なお、健康保険の給付等の申請は、出向く必要はなく、郵送です。
<コンテンツ>
・恐慌の防衛策
・金融危機が恐慌に至った
・不渡りで一番恐いのは
・担保を捨て、無借金経営の覚悟
・社会保険料未払いは利率14.6%の緊急融資
・投資先、貸付金や未収金の
・貴方の会社を銀行が切り捨てたサイン
・連帯保証人の方の防衛対策
・不動産差し押さえの防衛対策
・預金差し押さえの防衛対策
・止む無く、従業員を整理解雇するときの順序
・賃金切り下げなど、労働条件の変更方法は
・未払い賃金を残したまま破産する緊急策とは?
・その他リスクの診断とコンサルタントのアドバイス
・協会健保で変わる手続は
(労働契約法の解説は休み)
¶恐慌の防衛策
数年前の平成不況どころではない!金融危機→恐慌が襲ってきそうだ。そのときの防衛策を考えてみた。もちろん、マスコミや出版物では、こういった情報が流れることは極めて少ない。
古今東西、時の政府が、その国の社会共同体の経済秩序を守る役割を果たすとは限らない。金融機関の欠損を補てんするための銀行の資金回収が、個別企業の資金繰りに影響を与えるのは当然のことである。
アメリカ政府の75兆円金融安定対策提案が、「日曜をはさんで一変!」。与党であるはずの共和党から反対が急増し下院の議会で否決、金曜ぎりぎりに骨抜きで修正可決。与党共和党下院は、最後まで反対票が上回った。この原因は、最終的な対策資金が、資本注入その他で5倍程度が必要(アメリカ政府の年間予算は400兆円弱)なこと、米英のキリスト教が「金融の仮想現実は偶像崇拝」と9月28日の日曜めざし反対した特殊事情からである。全世界同時パニックは避けられたが、恐慌の様相は神出鬼没の各地のクライシスへと変化、「もぐらたたきゲーム」がスタート、当りの確率は分散したが、やっぱり当たれば大変である。
日本国内では9月下旬に恐慌に向けての金融対策が必要となるところ、打つ手なしの論評ばかり。多くのマスコミ報道は、アメリカの金融安定化法案に世界中の人たちが、すがり付いていたかのようなニュースを流した。7日午前の閣僚懇談会で、初めて追加対策に意欲。
ところが、筋の良い経済学者たちからは、危機打開の切り札は別にあるとしている。それは、投資系企業および、いわゆる自前調達が可能な一定規模以上の多国籍企業はさておき、
3年間:元金返済棚上の緊急時限立法、すなわち、
「個別企業の銀行からの借入金元本を、3年間返済を猶予する法律制定」
が、緊急抜本的に恐慌を回避する手法とのことだ。ただし、利息については支払の厳格履行をさせ、金融機関の経営を安定させる。こういった経済基盤補強で、金融の乱高下から実体経済を安定させると。投機・投資による損は、もとより覚悟があったはずとする政策だ。すでに、多国籍大手企業は緊急の資本金増資や融資枠確保の手を打っている。
この手法に対して、日本国内の中堅中小企業の実体、経済構造をよく見極めたものだとする評価は高い。
¶金融危機が恐慌に至った
としても、それが100年に1度とでもいわれるからこそ、個別企業ごとに如何に経営を安定させるのか、社会共同体の経済秩序を守るのかが重要となるのである。旧態依然の経営管理方法に固執すれば、個別企業ごと吹き飛ばされる。仮に実体経済が堅調と言われていても、恐慌はその実体経済をも破壊してしまうのである。とりわけ、事件・事故・不渡りに遭遇するのは当たり前で、そのときの傷の浅さが恐慌対応策として効果を発揮する。それは、
・心の準備(過去の執着排除、物への固執停止、うつ病対策)
・資金の準備(緊急融資、元本返済棚上げ)
・新商品の準備(高付加価値・高水準サービス)
が大切なのである。経営者と総務担当者は、不渡り=倒産でないことを認識して、自社他社ともに、ショックによる個別企業崩壊の防衛策を考える必要がある。組織統制に主眼を置いた、「呉子の兵法」は、気力、経営環境、方針、力のモーメントの順に説いている。
¶不渡りで一番恐いのは
銀行の信用よりも仕入れ先の信用である。
「利は仕入れにある!」ことを思い出すことが重要だ。支払手形をやめて支払証書が仕入れ先の信用を築くことにもなる。とにかく、不渡りと聞いて、ショック状態となり、手形ジャンプなど、不渡り直行策の道を選ぶ企業が、あまりにも多いのだ。
自己破産と言うのは、その道にかかわる事件処理業者に報酬利益があるから、「いざというときの、おすすめ!」との誘いをするのが、事の本質である。自己破産をして立ち直る人は、きわめて少ない。長年サラリーマンとしての経験しかなく、その上つぶしがきかないといった人物のための、最終手段でしかないのだ。とくに経営者は、元来頭が良いのだが、自己破産をすると「自らを敗北者」と考え、自分で無能力者と決め込んでしまうのが常である。民事再生にしても、東京で申請件数の半分以下しか認められず、地方にいけば3分の1以下といった状況である。
民事再生の決定基準は、無担保債務の8割カット、残り2割の債務を3年以内に支払えるメドが存在するかどうかが分かれ目、だから民事再生にはその程度の効果しかないのである。
経済恐慌のときこそ、戦う必要があるのだ。セイフティーネットは、戦う上で障害のある人のためのもの、あくまで、ここに限定してこその社会共同体の支え合いであるのだ。権利の上にあぐらをかく者、権利があっても泣き寝入りする者が、恐慌の歴史のなかで救われたことはない。
¶担保を捨て、無借金経営の覚悟
とくにこの3年は、金融機関への元金返済棚上げが切り札。平常時でも資金繰りが無理であれば、金融機関への元金返済をストップすることが定石。だが、恐慌ともなれば、緊急資金手当ての確実な原資が問題なのだ。
さらに苦しくなれば、利息の支払いも停止をすることだ。間違っても利息の軽減を発想してはならない。銀行の延滞扱いは利息3ヵ月の未納、不良債権とは、6ヵ月以上利息支払いが停止された債権の中から、銀行から不良債権として取り扱う旨の通知が来てからのことを言うのだ。
要は、担保を捨てて返済を完了させ、無借金経営になることを目指すのが、金融危機に於いては重要なのだ。担保物件のない債権は、銀行から債権回収会社に、何十億円の債権だろうと、1債権当たり1千円で譲渡されているのだ。個別企業が、今や金融機関を怖がることはない。昔のような資本金注入といった役割を金融機関が果たす時代は、もう来ない。
すでに、数年前から金融庁の方針は、不良債権化懸念不動産の即刻処理が重点なのだ。
とりわけ、サラリーマン経験が長いと、金融機関その他からの書面を受け取っただけで、ショック状態に陥りやすい性格が形成されているので、冷静に判断して早まってはいけない。政府が動かなければ、合法的自力救済で個別企業を守ることだ。
¶社会保険料未払いは利率14.6%の緊急融資
恐慌には、緊急融資枠が不可欠である。社会保険料は毎月の人件費の23%を占める。年金問題で取りざたされている届出保険料の偽装、被保険者の無届けは犯罪である。ところが、保険料の支払い滞納は、踏み倒す意思がなければ犯罪ではない。14.6%単利ではあるが、事実上無担保資金に早変わりするのだ。同じ滞納でも、数ヵ月払えなかったものと、緊急融資枠に当てるものでは、気構えも段取りも異なる。
国家の社会保障制度であるから、保険料未納であっても、個人の健康保険の利用や年金額に何ら影響することも無い。この3年の間の金融恐慌対策として、保険料の銀行引き落としを止め(実際には、銀行に連絡せずに、社会保険事務所に引落口座の変更を出すこと)、事業経営の緊急事態に充てる資金と考えなければならない。そして、社会保険事務所には返済計画を提出することも欠かしてはならない。国税の執行官に比べ、社会保険料より税金徴収が優先するため、社会保険事務所調査官の権限が弱い分だけ、今でも社会保険事務所の調査能力は抜群の水準を誇っている。が、事実、社会保険事務所は倒産を呼び起こすような差し押さえをかけることは無い。おおまかな金融機関情報も踏まえた上で、社会保険事務所は最終版になった段階で差し押さえをかける。
具体的には、地元以外の社会保険労務士に一般的アドバイスを受けながら、社会保険事務所徴収課長と直接交渉をするのがベターである。銀行担当者より、よほどの誠意があるかもしれないからだ。
¶投資先、貸付金や未収金の
「すでに、点検チェックをしています!」といった答えが、社内の担当者から返ってくる。ところが、投資、貸付金、未収金は、そもそも相手方との妥協の産物であり、相手方と貴方の企業担当者は利害関係が一致しているから、未だこの状況が続いていると判断しなければならない。恐慌となれば、相手方との利害関係の基盤が激変するかもしれないので、その意味から見直さなければならないのである。ところで、果たして、何らかの一定基準でチェックがなされているかどうかが、もう一度最初からの点検チェック手法である。よくある例ではあるが、パソコン入力の好きな担当者が一覧表を作成しているだけで、何らの判断基準もないものだから、会議を行うほどに、「悪貨は良貨を駆逐する」ことになっているのだ。問題山積みで会議参加者を疲れさせ、無責任な者は罪のないことを確信するに至るのだ。
とくに注意しなければならないのは、経理部門社員が知らず知らずのうちに、相手先に情報を流してしまっていることである。これは、金融機関に対しても同じことで、銀行の担当者は情報収集のプロであり、経営トップから情報を引き出そうとの愚策を行うこともない。未収金を抱えている営業担当者も然りである。
¶貴方の会社を銀行が切り捨てたサイン
銀行から次のような話が出てくれば、銀行は貸付金の回収に入るばかりで、もはや会社は切り捨てられることを覚悟しておかなければならない。
おおむね次の順序だ。
・金利引き上げの要請
・元金返済額の増額要請
・「社債」の発行勧誘
・担保とは無関係の預金払い出し拒否
・M&Aを銀行から勧誘
といったところである。
¶連帯保証人の方の防衛対策
ほとんど金融機関が、中小企業の社長には個人保証を要求するが、上場企業の経営者に個人保証を要求することがない。
それはさておき、保証人の権利義務が発生するのは、回収する側から、「貸付期限の利益を喪失したので、ただちに全額を支払え」との内容証明郵便物が到達した時点からである。それまでの連帯保証人にかかる話は、他人に「お願い」しているのと同じ効果しか発生していないのだ。
さて、そういった内容証明が来た後は、相手とは「話さず、聞かず、払わず」の対策程度しか残っていない。相手方から、「5千円でも1万円でも?」との甘い言葉に乗って、少しでも払ってしまうと、支払いの意思を示してしまうことになるから要注意だ。とくに、債権回収会社とは話がまとまるまではいっさい払ってはならない。基本的な防衛対策は、次に説明する不動産や預金の防衛策を取るしかないのだ。連帯保証人になってもらった方へ防衛対策を説明するには、「取引銀行が何時倒産するか分からない御時世だから、不動産を共有名義するなどしてください!」と早めに頼みに行くことだ。訴訟になればどうしようと不安が走るかもしれないが、恐慌になれば、そもそもの経済原則に基づいて、担保物件以上に返済を迫られることはなく、差し押さえられたとしても競売に至るのは困難となることから、その道の専門家のアドバイスを受けながら事故処理交渉をすればよいことになる。ところで、80年ほど前の昭和大恐慌の時には、保証人であったがために転落していった事例が多かったが、今やそういったことは法律で或る程度の規制が掛けられており、身ぐるみ剥がされてしまうことはないのだ。
¶不動産差し押さえの防衛対策
一般的に、借入金返済延滞の発生で、会社と保証人の居住地の不動産登記の有無調査が開始される。不動産に多額の抵当権が設定されていれば、実際には競売申し立て不受理となり、競売にかかることは無い。不動産が共有名義となっている場合は、これも競売落札が難しいので、きわめて重要な防衛策と言えるのだ。結婚20年以上の配偶者に対しての居住用資産であれば、評価額2千万円までなら贈与しても無税となる。子供に一部贈与して共有財産とすることもできる。
意外と無担保且つ単独名義の不動産を内緒としている場合があるが、実は差し押さえのプロからすれば、絶好の差し押さえ物件なのだ。
取り立てる方の側は、あることないことの不安をあおりたて、示談に持ち込もうとする。ところが、元来の経済原則からすれば担保物件以上の貸付を行った金融機関に責任があるとされるのが社会共同体の法律の扱いだ。ここに金融機関の不当利益画策の意図が見られ、被害者は封建時代の世間体のような話術でもって、陥れられている。この世間体を利用してヤクザが介在するのが特徴である。
¶預金差し押さえの防衛対策
売掛金入金のための銀行口座は、すぐさま、実質的な差し押さえの対象となる。それ以外の預金差し押さえは、差し押さえる側が口座番号や口座名義を知っていなければ不可能である。居住地周辺の銀行に対しては、似通った口座名義で差し押さえがかけられるから要注意。同じ銀行であっても、居住地から離れた別支店の預金は発見されることが少ない。郵便貯金は全国27ヵ所のセンターに対して、いっせいに差し押さえをかけてくるので、ひとたまりもなく危険。こういった事は、会社名義、個人名義ともに共通する対策である。銀行からの差し押さえ対策は、
・売掛金入金口座を他銀行に移す
・売り上げ金のプールを別銀行口座に移す
・生命保険の入金口座を変える
・郵便貯金はやめる
・定期預金は保証人になっていない家族名義に変更して家から離れた銀行に移す
などの方法がある。銀行は、こういったことに対して、「詐害行為だ!」と言ってくるが、まず法的それが認められることはありえない。大きな声や脅し文句の世間体に負けてはならない。
¶止む無く、従業員を整理解雇するときの順序
部門、経費、人材のいずれにも共通することであるが、少しでも迷いがあるのであれば、実は不要なものと見るべきなのだ。そのコツは、「売れない商品の扱いをやめて、売り上げを落とす」と考えて、足を引っ張る商品を売らないことである。もともとが、いつの間にか売れない状況になるのではなく、売れていると確信できるものだけが必要なのである。恐慌の際は、確実堅実なところへの生産縮小と、チャンス発見が重要である。
労働法のトラブルは会社のリスクがきわめて高い。したがって、人員の整理解雇には順序がきわめて重要である。
・労働者に説明して了解を求める、誠実説明義務と協議した証拠が大切
・整理解雇が避けられない経営悪化状況と中長期再建計画が必要
・アルバイト・パートなど雇用者の削減、配置転換、希望退職の募集
・整理解雇者の人選は合理的(道理などが通った)基準によること
の4要件である。
ところが、意外と効果の高い方法としては、
・報酬の高い役員、生活余裕のある高齢者、不具合な人物の順位での退職交渉
・有能な役員や高齢者は、独立請負として仕事を発注
・その後に初めて、賃金の一律カット
といった方法と順序を取ることが、法的トラブルを防ぐコツである。
これも、ショック状態のまま、素人の独断で行うことが危険なことは言うまでもない。
前述したように、労働に関する債務処理の手抜きは、突然裁判所からのリスクとなってやってくるからである。
¶賃金切り下げなど、労働条件の変更方法は
法律や判例の側面から許されるのは、
・労働条件変更にあたっての高度の必要性
・労働者の被る不利益の程度
・変更後の就業規則の相当性
・従業員との協議や納得性
がクリアにされる場合だけである。ところが、こういった裁判判例の背景には、労働組合との争議が間違いなくからんでおり、労使トラブルを踏まえての、実際に応用できる解釈は、きわめて難しい分野なのである。恐慌ともなれば法律体系自体がひっくり返る社会状況であり、いわゆる法律家の多くが、個別企業の現場での紛争対応にたけているとは言えないので、法律や判例が実際には通用しないことが多いのだ。だからといって、無法者・ならず者が許されるという訳ではない。社会共同体の原則に基づいての判断が必要なのである。
3割の人件費カットは、3割の人員削減と同じ計算にはなるが、労働意欲の低下と経営者への依存心が高まるばかりで、恐慌に対しては足かせとなることを踏まえておかなければならない。手かせ足かせの従業員が増えるという訳だ。
事業縮小・戦線縮小を余儀なくされた場合は、労働条件変更どころではない。退職金の廃止も、手続きその他に不備があれば、裁判所の判決に基づき差し押さえがやってくる。恐慌の可能性寸前の今の時期に、退職金に手をつけるのは、突然のリスクを誘発するようなもの、時期的に危険である。
本当に危険な一時期を、個別企業と社員が一時的に耐え忍ぶために、労働時間短縮とそれに伴う賃金低下の協議同意を取り付けるのが、現実的得策である。この場合も、賃金規則変更などの手続きを労働契約法などに基づいて行うことが重要で、手続きに手抜かりがあると、これも裁判所の判決に基づく押さえの可能性を含むのだ。
この時期の差し押さえは、個別企業にショックを与えるから、たとえ1人の訴えであっても危険そのものである。
¶未払い賃金を残したまま破産する緊急策とは?
いよいよ経営が行き詰まるとか、営業譲渡といった場合には、合法的な国の助けを仰ぎ、個別企業自体が、切羽つまらないことが大切である。
破産状態時点前から半年間の未払い賃金は、国が建て替える制度がある。中堅中小企業であれば、今の賃金水準からすれば十分な金額である。元の賃金の8割が支給されるが、税金や社会保険料の支払いが免除となるので、実質収入は微妙に多くなる。退職金も支給対象である。また、破産後の事務処理のために残った人たち、すなわち総務部門などの給与計算や離職票の発行手続きに携わった人の賃金も保障されるという訳だ。
破産手続きの理念は、失敗した人に対するリセット制度であり、これに対応した国の制度が未払い賃金確保法であるから、この範囲の目的であれば合法的且つ社会共同体秩序の範囲内なのである。したがって、未払い賃金立て替えの手続きを、事業主が行う必要はなく、総務担当者でも可能であるし、残った従業員がお金を出し合って社会保険労務士に依頼してもよいのである。
ただし、労働者が給料なしで何ヵ月ぐらい働いてくれるかという問題がある。筆者の経験からすれば、賃金支払いのめどがなくとも3ヵ月程度は働きにくるケースが多く、専門家からの未払い賃金の説明があったとすれば、半年程度は十分働きに来てくれると思われる。
その後に、「同業他社」に就職する人なれば、労働者のパニック状態を防ぐことができ、経営者も「不毛な覚悟」をする必要もないのである。
この場合も、経営者も従業員も世間体に振り回され、パニックに陥ってはならない。
¶その他リスクの診断とコンサルタントのアドバイス
これだけの金融危機や恐慌の可能性が話題となっていても、旧態依然の体質、同業者間の常識、銀行からの誘惑・恐怖に振り回されている個別企業が多いのである。あまりにも、経営者のリサーチする情報が偏っているのである。世間体を利用して経営していた事業こそ、きわめて危険である。
個別企業の経営見通し、資金繰り見通しで危険を感じた段階から、思い切って、他業種・他分野のコンサルタントのアドバイスをもらうのが得策である。相談を受ける側の専門家のコツは、「半年で出来なければ失敗、取締役会は10回が限度」である。電話での予備相談であっても、「ならず者ではないコンサルタント」であれば、個別企業に十分なひらめきを与える。
とりわけ、年齢の若い経営管理者の人生にとっては、今回の経済状況(恐慌?)は、100年に1度のチャンスでもあるのだ。
¶協会健保で変わる手続は
この10月から、政管健保は「協会けんぽ」に変わりました(全国健康保険協会)。
健康保険への加入や保険料の納付手続は、従来と同様会社を通じて、社会保険事務所で、厚生年金と併せて手続き。
ただし、退職した場合の任意継続被保険者の手続は協会で直接行います。
10月1日以降に新たに入社した者や被保険者証の再交付手続では、全国健康保険協会名の新しい被保険者証が発行。
従前からの加入者は順次、協会名の新たな被保険者証へ切替え。
切替え手続は会社を通じて実施(任意継続被保険者は直接、自宅に郵送)。
被保険者証の切替えが完了するまで、現在の被保険者証を使用。
傷病手当金等の健康保険の給付申請は協会健保の各都道府県支部。
当面、協会健保の職員巡回等により、社会保険事務所に受付窓口を開設。
なお、健康保険の給付等の申請は、出向く必要はなく、郵送です。
2008/09/09
第77号
<コンテンツ>
・二人続けて、内閣総理大臣突然の辞任、政変続きのイタリアもびっくり!?
・個別企業をとりまく、経済・経営・労働市場の筆者の「占い」は次のとおりだ。
・解説・労働契約法:労働契約の成立(第6条・第7条)と終了(退職)
¶二人続けて、内閣総理大臣突然の辞任、政変続きのイタリアもびっくり!?
この背景にある経済や社会状況を、よく検討しておく必要がある。すなわち、目前に迫った世界的金融危機と経済不況期間の到来、日本社会はグローバル化=社会共同体のあり方も、「法手続主義」(何事も正当な手続きを必要とする法概念)を超えての変化が、この秋から巷にあふれることは間違いない。ところが誰しも、どういった具体的事象となって現れるかを確証できるシミュレーションを持ち得ないのである。ただひとついえることは、この数年間のコンプライアンス無視も含めた規制緩和や違法事業の横行といった状況の惰性では、個別企業は経営環境適応不全を起こしてしまうということである。アメリカ経済は金融危機、中国経済は(バブル崩壊ではなく)支払い遅延の不良債権化が問題となるのである。
¶個別企業をとりまく、経済・経営・労働市場の筆者の「占い」は次のとおりだ。
1.すでに、金融庁は無担保不良債権を、毎年度3月31日の年度末までに処分せよと言っている。その価格は何十億の債権でも、一律たったの壱千円だ。不良債権の絶対総額の多い銀行は、吸収・解散対象銀行となる。……こういったことを知らないで、いつまでも借金返済に苦しむ個別企業は、さほど生き残る必要がないと、これは誰もが思う時代が到来するのではないだろうか。これがマスコミの言う、焦げ付き担保の流動化、焦げ付き資産の流動化政策である。
2.日本政府がどのような政策を立てようと、日本経済は、「高付加価値製品&高水準サービス」商品の提供でしか、世界で生き残る道は無い。それも、国外の富裕層に直接販売をする方式が必要となる。商品を直送するか:訪日外国人販売となるかは販売テクニックの問題でしかない。(昔は韓国人が樋屋奇応丸を自国へ直送、今や中国人は正露丸やパンシロンを一杯詰めて帰国)。5億円以上の金融資産を持つ日本人は百数十万人程度と言われるが、同じ富裕層が、中国はその10倍と言われ、アジア・東欧・中東・南アメリカとなれば、その数は無限である。その多くが made in Japan を追い求めているのである。
3.日本は世界の金融経済で太刀打ちできる能力・実力はない。まして、金融経済に国籍は無いのである。ブルドックソース事件は、年間経常利益ほどの7億円を弁護士事務所に支払ってでも、企業防衛を果たそうとする日本文化の姿勢を世界に知らせた。これが、日本企業に対する投資にブレーキがかかり、東京はじめ日本への金融投資市場は、当分の間、活性化することもなくなった。日本の金融業界は海外へ進出することになるが、金融資金総額も小さく、まして軍事的背景のない金融資金など、世界で誰も相手にするわけがないからである。
4.「高付加価値製品&高水準サービス」商品の提供の目的に向けた、個別企業での人材確保(ただし、正社員採用ばかりが定石ではない)、人材育成(現行日本の教育では限界)、が重要となってくる。そういった意味での、「非正規労働者問題」である…方向は、「常用労働者」がキーポイントであり、(社員ではない)「常用労働者」とすることで、職人芸的技能と技術者を育てる施策が本命である。忠誠心や非効率温存のための正社員化を押し付けると、労働者は拒絶することに注意をする必要がある。
5.社会が変わり、文化が変わることから、それに適した自社の商品を、新商品に転換させることは定石である。新しい財貨やものの発見、新しい生産方式、新しい市場の開拓、新しい原材料・半製品の発見、新しい事業組織といった、経済理論の原点に立ち返る必要がある。究極的なものの考え方をすると、グローバル時代の到来とは、国内販売は国際販売のためのモニター市場の役割となるのでもある。
6.企業間競争が激しくなり、それまで蓄積した資金力を、(米国社会と同様)コンプライアンスに疎い会社は、労働者の公益通報や消費者の商品排斥によって、一挙に損害賠償や補償に回さざるを得なくなる。泣き寝入りは罪悪、正当な損害賠償請求!その基礎となる法律知識の宣伝・啓蒙や解決期間は、経済産業省や厚生労働省から、盛んに行われつつある。
7.「ひとつの大企業を育て、その組織力で事業を安定させる?」ことはできない。「大きな組織に所属すれば?」…、労働者の能力開発は頭打ち、自ずと年収も頭打ち、果ては年々収入が低下する法則が待っているのみだ。こういった社会経済環境に歯向かえば、個別企業は倒産、労働者はいずれ解雇となる。その時代の社会や経済の要望に合わせるためには、適切な事業転換と地域をひとまとめにした労働力移動が必要となる。そのための事業転換に関わる法整備、労働市場に関する法整備、労働紛争解決に関わる法整備などの基盤は、着々と整いつつある。その方向性世論づくりも経済産業省や厚生労働省あたりでは盛んである。
8.おそらく、政府や現社会制度からすれば、「セーフティーネットの網を張るから…」、これを活用することができない無能力者は救済されなくても良いといった発想になるであろう。社会制度や経済に無関心であれば、もちろん網目の間から落ちてしまうといったわけだ。日本人の数は救済される人数だけで十分とするとする「救済人数制限論」まで現れるかもしれない。「経済格差が学歴格差を生み、階級格差を作る」といった短絡思考は、救済人数制限論の裏返しでもある。アマルティア・センのケイパビリティーに似ているが、究極のセーフティーネットは北欧のような超高水準教育(デンマークやフィンランドを過去のメルマガで紹介)を施し、個人ごとの生産能力を高める教育をすることだとの考え方は、経済発展&豊かな日本を合わせて考える人たちの主流となるだろう。中国やインドの技術者1000人に匹敵する日本の技術者1人を育成できるかだ。
9.ところで、こういった新商品開発、企業間競争、事業転換、労働力移動、高水準教育は、時の政府や社会制度の変化を待つまでもなく、個別企業の中から、個別企業だけでも、十分に行なえることである。こういった個別企業の蓄積が、初めて政治に影響を与えることを歴史は物語っている。さて問題は、こういったことを成し遂げる逸材である人物を、逸材を、如何にして個別企業ごとに確保・育成するかである。高水準教育というものは、個々の事業所で来週からでも実施できるものだ。
10.社会の変化に伴い、民間経営者だけが事業の担い手になるとは限らない。今は世間の中に潜んでいるが、社会起業家と言われる逸材たちも、いよいよ日本でも活躍する時代が来る。NPO法人の流行とは異なり、「Everyone a chengemaker」との声が出て来るだろう。とはいえ、日本の中小・中堅企業は、事実上社会起業家と同様の役割を果たしていたり、経営者の報酬は社会起業家程度の収入かもしれないのである。
個別企業の作戦参謀である読者のあなたは、どのように「占い」ますか?時代を見据える力は、「まず、自らの考えを持つことから…」と言われる由縁である。
¶解説・労働契約法:労働契約の成立(第6条・第7条)と終了(退職)
この第6条は、日本で初めて労働契約の成立について定めた法律条文である。労働契約法成立までは民法第623条に雇用契約の成立を定め、労働基準法13条、15条及び93条で、いわゆる公共の利益のために制限をかけているといった状況であったため、雇用契約と労働契約の区別も曖昧となっていた。そもそも、民法の規定だけであれば、「雇用に関する、申し込みの意思表示と承諾の意思表示の合致によって契約が成立する」との想定しかしておらず、労働の現場に適応しないものであった。
すなわち、(労働)契約締結においては、就職インタビュー、面接、採用に至るまでの交渉過程で、だんだんに合意が形成されて行くのは現実である。意思表示の合致の時点以前には、何らの債権債務も存在せず、合致時点以降は債権債務関係が存在するというような単純なものでもない。また退職をしても、秘密保持義務であるとか、競業禁止義務などは雇用関係が終了したからといって、こういった義務が消滅するものではない。したがって、契約締結前の段階から移行完了後に至る連続的な一連のプロセスを念頭において、この第6条が定められることになったのである。
第6条条文は、裁判官が判決を作成する際に用いる要件事実という手法(労働基準法の場合は構成要件)の通説を導入した。すなわち、
「使用者に使用されて労働者が労働」すること、
「これに対して使用者が賃金を支払うこと」、このことに関して、
「労働者と使用者が合意すること」
が要件事実である。この3つの要件事実のうち、ひとつでも欠ければ労働契約が成立したことにはならない。たとえば、労働はするがお金を払わないとか、労働しなくてもお金を払うとか、労働者の代わりに友人が合意するとか、使用者の代わりに単なる従業員が合意したケースなどは、労働契約が成立したことにならない。
したがって、解雇や雇止めの紛争が生じたときには、最初に必ず、この3つの要件事実を確認して労働契約が成立しているかどうかを確かめなければならないのである。労働契約が成立していないのに、労働契約の解除である解雇あるいは退職は存在し得ないからだ。反対に労働契約が成立しておれば、使用者の都合で労働者が働けない場合は、その賃金を支払わなければならない(民法536条の危険負担の法理)ことになるのである。
解雇と言われるには、先ほどの雇用契約成立のための3つの要件事実にあって、
「使用者が労働契約終了と主張した事実」があり、
契約終了の合意がされていないこと
が補足される必要がある。解雇とは労働契約を将来に向かって解約する使用者側の一方的意思表示であるから、労働者及び使用者の合意がなされるとか、労働者からの一方的意思表示は解雇とはならない。
解雇権濫用とならないのは、今述べた一連の解雇に関する要件事実に加えて、労働契約法第16条に定める要件事実、すなわち
解雇理由の客観性を基礎づける事実、
解雇理由の合理性を基礎づける事実、
解雇は社会通念上相当であること
の3つの要件事実が、使用者側から立証されなければならないことになるのである。
もとより労働契約の期間が定められている場合は、その契約満了期日が到来することによって契約が終了するから、解雇の要件事実が存在し得ることはない。すなわち、雇止めが有効となる要件事実が整わない場合は、形式は雇止めでもその実態によっては解雇同様に取り扱われて、解雇無効との判断が下される。雇止めが有効となる要件事実は、労働契約が成立の3つの要件事実に加えて、およそ
「臨時的又は補助的業務を基礎づける事実」
「労働契約の更新回数が少ないこと」
「労働契約が通算して3年を超えていないこと」
「更新手続の実態が存在したことを基礎づける事実」
「労働者の継続雇用期待を排除したことを基礎づける事実」
「労働者の継続雇用期待の防止をしたことを基礎づける事実」
といったことになる。
労働契約に関して紛争が生じた場合には、その7割方を要件事実でもって、今述べたような論理展開で判断して行くことになる。
ところで、注意しなければならないのは、労働基準法の適用範囲は事業所に使用される者を念頭においているが、労働契約法の適用範囲は第2条で、使用者に使用され賃金を支払われる労働者と使用する労働者に対して賃金を支払う者を念頭においているため、業務委託、外注、請負労働、インデペンデントなどの名称の如何に関わらず、第2条の定義に該当すれば、労働契約法の適用となる。就労場所も何所でもかまわない。
(第2条の適用範囲や定義については、後日のメルマガで解説)
第7条は、労働契約に際しての労働条件の提示についての規定である。就業規則が、労働契約の内容になるための、2つの要件が定められている。
ひとつは、「合理的な労働条件が定められている就業規則」、
2つ目は、「労働者に周知させていた場合」である。
合理的な:とは、労働契約法の9条から13条の内容である。また、これとは別に就業規則の変更にあたって注意しなければならない事柄は、労働者に対して誠実説明義務、合意納得努力義務の内容程度である。加えて、従業員代表者選出に不備がある場合は、誠実説明義務などと相まって、原則的には合理的と判定されないこととなる。
周知させていた:とは、既に、書面、パソコンで公開するとか、就業場所にいつでも張り付けまたは吊り下げられて何時でも見られる状態にあることをいう。こういったことが使用者から立証されなければならないことになっている。
第7条の但し書きは、就業規則よりも、労働者にとって良い条件は有効とする規定である。第12条は、就業規則よりも低い労働条件の労働契約内容は無効として、就業規則を適応させることを言っている。就業規則を上回る労働条件が、優先されるべきことは、労働契約施行前どおりの取り扱いとなる。
・二人続けて、内閣総理大臣突然の辞任、政変続きのイタリアもびっくり!?
・個別企業をとりまく、経済・経営・労働市場の筆者の「占い」は次のとおりだ。
・解説・労働契約法:労働契約の成立(第6条・第7条)と終了(退職)
¶二人続けて、内閣総理大臣突然の辞任、政変続きのイタリアもびっくり!?
この背景にある経済や社会状況を、よく検討しておく必要がある。すなわち、目前に迫った世界的金融危機と経済不況期間の到来、日本社会はグローバル化=社会共同体のあり方も、「法手続主義」(何事も正当な手続きを必要とする法概念)を超えての変化が、この秋から巷にあふれることは間違いない。ところが誰しも、どういった具体的事象となって現れるかを確証できるシミュレーションを持ち得ないのである。ただひとついえることは、この数年間のコンプライアンス無視も含めた規制緩和や違法事業の横行といった状況の惰性では、個別企業は経営環境適応不全を起こしてしまうということである。アメリカ経済は金融危機、中国経済は(バブル崩壊ではなく)支払い遅延の不良債権化が問題となるのである。
¶個別企業をとりまく、経済・経営・労働市場の筆者の「占い」は次のとおりだ。
1.すでに、金融庁は無担保不良債権を、毎年度3月31日の年度末までに処分せよと言っている。その価格は何十億の債権でも、一律たったの壱千円だ。不良債権の絶対総額の多い銀行は、吸収・解散対象銀行となる。……こういったことを知らないで、いつまでも借金返済に苦しむ個別企業は、さほど生き残る必要がないと、これは誰もが思う時代が到来するのではないだろうか。これがマスコミの言う、焦げ付き担保の流動化、焦げ付き資産の流動化政策である。
2.日本政府がどのような政策を立てようと、日本経済は、「高付加価値製品&高水準サービス」商品の提供でしか、世界で生き残る道は無い。それも、国外の富裕層に直接販売をする方式が必要となる。商品を直送するか:訪日外国人販売となるかは販売テクニックの問題でしかない。(昔は韓国人が樋屋奇応丸を自国へ直送、今や中国人は正露丸やパンシロンを一杯詰めて帰国)。5億円以上の金融資産を持つ日本人は百数十万人程度と言われるが、同じ富裕層が、中国はその10倍と言われ、アジア・東欧・中東・南アメリカとなれば、その数は無限である。その多くが made in Japan を追い求めているのである。
3.日本は世界の金融経済で太刀打ちできる能力・実力はない。まして、金融経済に国籍は無いのである。ブルドックソース事件は、年間経常利益ほどの7億円を弁護士事務所に支払ってでも、企業防衛を果たそうとする日本文化の姿勢を世界に知らせた。これが、日本企業に対する投資にブレーキがかかり、東京はじめ日本への金融投資市場は、当分の間、活性化することもなくなった。日本の金融業界は海外へ進出することになるが、金融資金総額も小さく、まして軍事的背景のない金融資金など、世界で誰も相手にするわけがないからである。
4.「高付加価値製品&高水準サービス」商品の提供の目的に向けた、個別企業での人材確保(ただし、正社員採用ばかりが定石ではない)、人材育成(現行日本の教育では限界)、が重要となってくる。そういった意味での、「非正規労働者問題」である…方向は、「常用労働者」がキーポイントであり、(社員ではない)「常用労働者」とすることで、職人芸的技能と技術者を育てる施策が本命である。忠誠心や非効率温存のための正社員化を押し付けると、労働者は拒絶することに注意をする必要がある。
5.社会が変わり、文化が変わることから、それに適した自社の商品を、新商品に転換させることは定石である。新しい財貨やものの発見、新しい生産方式、新しい市場の開拓、新しい原材料・半製品の発見、新しい事業組織といった、経済理論の原点に立ち返る必要がある。究極的なものの考え方をすると、グローバル時代の到来とは、国内販売は国際販売のためのモニター市場の役割となるのでもある。
6.企業間競争が激しくなり、それまで蓄積した資金力を、(米国社会と同様)コンプライアンスに疎い会社は、労働者の公益通報や消費者の商品排斥によって、一挙に損害賠償や補償に回さざるを得なくなる。泣き寝入りは罪悪、正当な損害賠償請求!その基礎となる法律知識の宣伝・啓蒙や解決期間は、経済産業省や厚生労働省から、盛んに行われつつある。
7.「ひとつの大企業を育て、その組織力で事業を安定させる?」ことはできない。「大きな組織に所属すれば?」…、労働者の能力開発は頭打ち、自ずと年収も頭打ち、果ては年々収入が低下する法則が待っているのみだ。こういった社会経済環境に歯向かえば、個別企業は倒産、労働者はいずれ解雇となる。その時代の社会や経済の要望に合わせるためには、適切な事業転換と地域をひとまとめにした労働力移動が必要となる。そのための事業転換に関わる法整備、労働市場に関する法整備、労働紛争解決に関わる法整備などの基盤は、着々と整いつつある。その方向性世論づくりも経済産業省や厚生労働省あたりでは盛んである。
8.おそらく、政府や現社会制度からすれば、「セーフティーネットの網を張るから…」、これを活用することができない無能力者は救済されなくても良いといった発想になるであろう。社会制度や経済に無関心であれば、もちろん網目の間から落ちてしまうといったわけだ。日本人の数は救済される人数だけで十分とするとする「救済人数制限論」まで現れるかもしれない。「経済格差が学歴格差を生み、階級格差を作る」といった短絡思考は、救済人数制限論の裏返しでもある。アマルティア・センのケイパビリティーに似ているが、究極のセーフティーネットは北欧のような超高水準教育(デンマークやフィンランドを過去のメルマガで紹介)を施し、個人ごとの生産能力を高める教育をすることだとの考え方は、経済発展&豊かな日本を合わせて考える人たちの主流となるだろう。中国やインドの技術者1000人に匹敵する日本の技術者1人を育成できるかだ。
9.ところで、こういった新商品開発、企業間競争、事業転換、労働力移動、高水準教育は、時の政府や社会制度の変化を待つまでもなく、個別企業の中から、個別企業だけでも、十分に行なえることである。こういった個別企業の蓄積が、初めて政治に影響を与えることを歴史は物語っている。さて問題は、こういったことを成し遂げる逸材である人物を、逸材を、如何にして個別企業ごとに確保・育成するかである。高水準教育というものは、個々の事業所で来週からでも実施できるものだ。
10.社会の変化に伴い、民間経営者だけが事業の担い手になるとは限らない。今は世間の中に潜んでいるが、社会起業家と言われる逸材たちも、いよいよ日本でも活躍する時代が来る。NPO法人の流行とは異なり、「Everyone a chengemaker」との声が出て来るだろう。とはいえ、日本の中小・中堅企業は、事実上社会起業家と同様の役割を果たしていたり、経営者の報酬は社会起業家程度の収入かもしれないのである。
個別企業の作戦参謀である読者のあなたは、どのように「占い」ますか?時代を見据える力は、「まず、自らの考えを持つことから…」と言われる由縁である。
¶解説・労働契約法:労働契約の成立(第6条・第7条)と終了(退職)
この第6条は、日本で初めて労働契約の成立について定めた法律条文である。労働契約法成立までは民法第623条に雇用契約の成立を定め、労働基準法13条、15条及び93条で、いわゆる公共の利益のために制限をかけているといった状況であったため、雇用契約と労働契約の区別も曖昧となっていた。そもそも、民法の規定だけであれば、「雇用に関する、申し込みの意思表示と承諾の意思表示の合致によって契約が成立する」との想定しかしておらず、労働の現場に適応しないものであった。
すなわち、(労働)契約締結においては、就職インタビュー、面接、採用に至るまでの交渉過程で、だんだんに合意が形成されて行くのは現実である。意思表示の合致の時点以前には、何らの債権債務も存在せず、合致時点以降は債権債務関係が存在するというような単純なものでもない。また退職をしても、秘密保持義務であるとか、競業禁止義務などは雇用関係が終了したからといって、こういった義務が消滅するものではない。したがって、契約締結前の段階から移行完了後に至る連続的な一連のプロセスを念頭において、この第6条が定められることになったのである。
第6条条文は、裁判官が判決を作成する際に用いる要件事実という手法(労働基準法の場合は構成要件)の通説を導入した。すなわち、
「使用者に使用されて労働者が労働」すること、
「これに対して使用者が賃金を支払うこと」、このことに関して、
「労働者と使用者が合意すること」
が要件事実である。この3つの要件事実のうち、ひとつでも欠ければ労働契約が成立したことにはならない。たとえば、労働はするがお金を払わないとか、労働しなくてもお金を払うとか、労働者の代わりに友人が合意するとか、使用者の代わりに単なる従業員が合意したケースなどは、労働契約が成立したことにならない。
したがって、解雇や雇止めの紛争が生じたときには、最初に必ず、この3つの要件事実を確認して労働契約が成立しているかどうかを確かめなければならないのである。労働契約が成立していないのに、労働契約の解除である解雇あるいは退職は存在し得ないからだ。反対に労働契約が成立しておれば、使用者の都合で労働者が働けない場合は、その賃金を支払わなければならない(民法536条の危険負担の法理)ことになるのである。
解雇と言われるには、先ほどの雇用契約成立のための3つの要件事実にあって、
「使用者が労働契約終了と主張した事実」があり、
契約終了の合意がされていないこと
が補足される必要がある。解雇とは労働契約を将来に向かって解約する使用者側の一方的意思表示であるから、労働者及び使用者の合意がなされるとか、労働者からの一方的意思表示は解雇とはならない。
解雇権濫用とならないのは、今述べた一連の解雇に関する要件事実に加えて、労働契約法第16条に定める要件事実、すなわち
解雇理由の客観性を基礎づける事実、
解雇理由の合理性を基礎づける事実、
解雇は社会通念上相当であること
の3つの要件事実が、使用者側から立証されなければならないことになるのである。
もとより労働契約の期間が定められている場合は、その契約満了期日が到来することによって契約が終了するから、解雇の要件事実が存在し得ることはない。すなわち、雇止めが有効となる要件事実が整わない場合は、形式は雇止めでもその実態によっては解雇同様に取り扱われて、解雇無効との判断が下される。雇止めが有効となる要件事実は、労働契約が成立の3つの要件事実に加えて、およそ
「臨時的又は補助的業務を基礎づける事実」
「労働契約の更新回数が少ないこと」
「労働契約が通算して3年を超えていないこと」
「更新手続の実態が存在したことを基礎づける事実」
「労働者の継続雇用期待を排除したことを基礎づける事実」
「労働者の継続雇用期待の防止をしたことを基礎づける事実」
といったことになる。
労働契約に関して紛争が生じた場合には、その7割方を要件事実でもって、今述べたような論理展開で判断して行くことになる。
ところで、注意しなければならないのは、労働基準法の適用範囲は事業所に使用される者を念頭においているが、労働契約法の適用範囲は第2条で、使用者に使用され賃金を支払われる労働者と使用する労働者に対して賃金を支払う者を念頭においているため、業務委託、外注、請負労働、インデペンデントなどの名称の如何に関わらず、第2条の定義に該当すれば、労働契約法の適用となる。就労場所も何所でもかまわない。
(第2条の適用範囲や定義については、後日のメルマガで解説)
第7条は、労働契約に際しての労働条件の提示についての規定である。就業規則が、労働契約の内容になるための、2つの要件が定められている。
ひとつは、「合理的な労働条件が定められている就業規則」、
2つ目は、「労働者に周知させていた場合」である。
合理的な:とは、労働契約法の9条から13条の内容である。また、これとは別に就業規則の変更にあたって注意しなければならない事柄は、労働者に対して誠実説明義務、合意納得努力義務の内容程度である。加えて、従業員代表者選出に不備がある場合は、誠実説明義務などと相まって、原則的には合理的と判定されないこととなる。
周知させていた:とは、既に、書面、パソコンで公開するとか、就業場所にいつでも張り付けまたは吊り下げられて何時でも見られる状態にあることをいう。こういったことが使用者から立証されなければならないことになっている。
第7条の但し書きは、就業規則よりも、労働者にとって良い条件は有効とする規定である。第12条は、就業規則よりも低い労働条件の労働契約内容は無効として、就業規則を適応させることを言っている。就業規則を上回る労働条件が、優先されるべきことは、労働契約施行前どおりの取り扱いとなる。
2008/08/05
第76号
<コンテンツ>
・今年秋からの金融危機は、
・フィンランドの基礎教育システムを研究
・フィンランド教育の研究(社員教育の視点)
・フィンランド国語教育=児童生徒の評価方法
・解説・労働契約法:労働契約の原則(第3条)
・かんぽの宿:偽装請負の公然
¶今年秋からの金融危機は、
今より一層の物価上昇と賃金引下げを招くこととなる。賃金引下げの理由や手続きをめぐって、個別企業との個別労働者の間では、トラブルが誘発される社会状況を生み出すこととなる。銀行の個別企業への融資が激減されている中で、従来の金銭解決というわけにはいかなくなって来た。
最低賃金をめぐる動きは、数年間で800円に近づき、1,000円を目指すことは間違いのない状況、労働市場が大きな変化を起こすことは間違いない。
最近の社会状況は、「泣き寝入りをすれば損をする」との契約思考が定着して来た現象に見られるように、解雇・条件変更の理由や手続きをめぐって、労働者が勉強していることも間違いない。解雇事件になれば、組合が介入すると正社員400万円、パート100万円との、ざっくりとした相場に変わりはない。紛争調整委員会などでは、対組合相場の半額程度が現在の相場であるようだが、労働者側の代理人や労働審判制度を背景にして、その額はセリ上がりつつある。とりわけ、労働集約型産業においては、労働力の仕入れ(採用・条件変更・退職)に際して、事件が多発しており、労働組合、紛争調整委員会に持ち込まれる割合が、この春から急増している。
そういった事件が発生したとき、会社側が法律やコンプライアンスに反するとなると、会社の主張に合理性(道理その他)は認められなくなり、誰もが会社の主張を信用しないといった社会状況なのである。とりわけ偽装請負は使用者側にとって分が悪い、会社の主張を受け入れてもらえない根拠の典型でもある。したがって、ある財閥系で、「お上の、お達しには全面服従」を営業方針に掲げる資本グループは、この初夏から、期間制限を超える派遣を直雇用に、偽装請負を派遣に一斉切り替え、これを一挙に経費をかけてでも行うとしている。大手メーカー関係も、この傾向にあるのだ。よって、それなりの賃金コスト切り下げも、もちろん行われるのである。
¶フィンランドの基礎教育システムを研究
銀行の融資激減によって、労働力の量に対しても資金投入ができなくなった場合は、労働力の質を向上するしかない。経済のグローバル化に伴って、「高付加価値製品」&「高水準サービス」の商品提供を生み出す経済構造が不可欠とされるなかで、日本の労働市場は、個々の労働者の、一層の労働能力水準向上が必要となっているのだ。はっきりいえば、今までの学校教育、小学校・中学・高校・大学、この学校教育の延長線上の社内教育はやめてしまって、目的意識的に、個別企業内で社員教育を行う必要があるのだ。独自教育でもって、画期的優秀な事業を維持している個別企業は事実存在するのだが、まだまだ、「芽」の状態にすぎない。
そもそも、会社の仕事というのは、個人戦ではなく団体戦である。有能なエリートがいたところで、組織は動かず、詰まるところは水準の低さにエリートも迎合しなければ、民間企業の仕事は進まないのである。民間企業は、あくまで自由契約思考で運営されており、公務員の支配:服従思考を持ちこむことはできないのだ。エリートが分かっていても、実際に仕事をする人たちが消化不良では、底辺に合わせざるを得ない。公務員の例であってさえ、戦時下の日本陸軍がそのものであり、海軍でも、その影響は一部に存在した。
現在、中国やインドが全土にエリートを養成・配置をしても、ゆがめない事実として、「労働者の手に職が付かない」といった非エリートの実状が原因して、資金投資=経済成長の構造範囲でしかなく、投資がなくなれば経済崩壊が必至との経済構造は、十数年たっても未だに存在しているのだ。日本の個別企業の中でも、短絡的に、「資金とエリートの人数」によって会社経営ができると考えている、エリートが少なからず存在するが、経済学や経営学をまともに教えてこなかった所に、こういった不幸なエリート?の原因があるのかもしれない。
フィンランドは、PISA(OECD学習到達度調査)で、おおむね学力世界一である。ビジネスに不可欠となる読解力、日本は15位(2006年の統計では57ヵ国・地域の15歳を対象)である。
フィンランドの基礎教育は、生徒間の比較や競争をさせない。
「底上げ手法」と「物事の関連性教育」の2つを、基本中の基礎においているようだ。この2つは、個別企業の団体戦において、「高付加価値製品」&「高水準サービス」の商品提供を生み出す上では、不可欠な能力を養うのは間違いなさそうだ。
昔の産業といえば、「資源があってそれを売る→売るためには加工する→窮乏のため選択の余地なく売れる」の前提に立っていた。経営資源は「人、物、金」と言われた時代だ。今現在は、世界中どこへ行っても、アフリカの奥地でさえ、こういった前提の経済は存在しない。ところが日本の教育といえば、昔の産業を想定して、そこでの職業生活を念頭においての教育が議論されている。個別企業内の教育でも、学校教育でも、こういった想定や念頭には大差がない。
フィンランドの基礎教育が注目されるのは、いろいろな理由があげられそうである。たとえば、
・細部にわたる「気遣い」は労働者の自発性に頼るしかない。
・商品を買う個人消費者は、労働者であり、労働者の文化内容に合わせなければならない。
・商品の信頼性のための規格やブランドは最低条件であり、買ってもらうには詳細な使用価値の情報交換が必要である。
・日本や日本人は、頑張ったところで利回り資金や投資(交換価値)には縁が薄く、その分野で舞台に上がれるわけがない、
といったところである。ただし、あとの理由づけは研究者や学者に任すしかない。
「図解フィンランド・メソッド入門」(経済界:税込1,500円)の入門解説本が出されているが、「底上げ手法」と「物事の関連性教育」の2つが、徹底してグループ内で行われていることを想定して、読んで行くことによって、フィンランド・メソッドの誤解は取り除かれ、個別企業への活用にもつながって行く。日本の教育界では、企業や学校を問わず、手法だけに目が向いている場合も多い。(学校教育界では、フィンランド・ブームとのことらしい)。手法だけをみて居れば、法科大学院の論述教育であったり、中間管理職の自己啓発セミナーに似通った版に見えてしまったりする。ところが、「底上げ手法」と「物事の関連性教育」の2つを基盤においているのだから、実物は、そうではないのである。
産業革命が起こったとき以来、規格品を生産することが目標であった。
この目標を大きく前進させたのがテーラーシステム(科学的管理法)の発明であった。そのために、ハーバード大学で開発された訓練方式が大いにもてはやされ、その基本となる、「やってみせて、やらせてみて、ホメた上で、教え込む」は、あくまでも、規格品を維持するための最低基準でしかないのだ。
フィンランドの基礎教育では、「混合教育」、すなわち、理科の授業の時に国語の話をする、数学の授業のときに音楽の話をする、国語の時間に数学の話をする、といったように、常に物事を関連させて考えるための教育訓練を子供の時から行うのだ。大人になってから想定外の事態に対応できるように小学生から教育をする。それも、「分らない生徒」のレベルを底上げすることに重点をおいている。フィンランドでは、エリート少人数教育は効果がないと踏んで、頭の良い子は集団グループ活動のなかで、ほっておくことで自ら、より成長するとしている。
¶フィンランド教育の研究(社員教育の視点)
とりわけ国語教育においては、団体戦の仕事に不可欠な、(1)発想力、(2)論理力、(3)表現力、(4)批判的思考力、(5)コミュニケーション力の5つを教え訓練している。5つの事柄が自由にできる能力を養うために、具体的な型や技も、教えているのだ。日本では、作文を教えても、物語、説明その他目的別の作成方法を教えることはない。そして、グループディスカッションすることで、グループ全体を底上げする能力を生徒自身が養っている。
(1)発想力
…人間の脳の機能に沿った思考法に基づいて、真ん中にテーマをおき、発想した事柄をカードに記しつなげて行く。ひとりで行っても発想力の訓練にはならないから、これをグループで行う。半面、分析力を養うためにもカードを使用する。これが創造の全体構想を練る力にもつながるという訳だ。携帯電話で有名なノキアの事業展開も、こういった発想力と同様らしい。「目標に向かって物事を達成する訓練ばかり」をして来た日本の受験勉強などとは、根本的に異なる能力分野を訓練している。
(2)論理力
…ディスカッションでの意見には、必ず理由を求められる。理由のない意見は相手にされない。
訓練にあっては、3つ以上の理由を問われ、3つ目の理由を考えることこそが客観的な論理力を向上させることにつながるとしている。ディスカッションの訓練では、相手が納得しないことを実感することを通して教育訓練するのだ。「雰囲気」や「味わい」とか「常識」といったものが、他人には通用しないとして、意思表示を明確に行う職務遂行能力を向上させようというわけだ。
(3)表現力
…言葉を巧みに使いこなす技術を習得させる教育である。
日本のような作文の書きっぱなしではない。まず最初に、言いたいことの重要な語句、いくつかを指定し、これを関連させて作文を作らせる技法だ。小説にしろ説明文にしろ作文技法は存在するのだが、日本では大学教育に至っても、まったく作文技法は教えていない。文章を不要とする職業とみなされれば、生涯、作文技法に出会うこともない。何かの職業に就いてから、その職種分野の作文技法を教わることになっているのが日本の原状。その理由は、仕事とは「言われたことだけ」をやるもので、自分で考え進んで行うものではないと、日本の昔は、そうして来たからだ。
(4)批判的思考力
…日本の学校教育ではこれを教えない。授業では合理的な物事しか教えていない。
だから、社会に出てから合理性と不合理性との区別がつかないのだ。思い込みを排除し、自分の発想・論理・表現の不完全さを気付く訓練でもある。「本当にそうなのかな?」と見直す訓練で、大量の情報から必要な情報だけを取り出し見極めるといったコミュニケーションの基本を身につけさせる。インターネットの情報洪水に巻き込まれて取捨選択判断ができない人が、日本に多いのは、ここに原因がある。取捨選択判断ができない人に限って、「情報制限」を主張しがちなのである。
他人の書いた作文を、設定を変えたり、同義語を使って書き直すなどの訓練もする。批判的思考力を養うことで、目的に沿った理由を考え、相手の意見の理由に応じて自分の意見の理由を調整する能力を身につけさせるのだ。
(5)コミュニケーション力
…ディスカッションの際に、ふざけた意見でもさえぎったりすること、怒ったり、泣いたりは禁物とのことである。不必要に前提をくつがえすための、「議論の蒸し返しも禁止」である。大人びた子供ほど、ディスカッションの、こういった「いわゆるルール」違反をやりたがるらしく、ここだけは先生の出番とのこと。
「自分が言われて嫌なことは、相手にも言わない」といった日本の世間体(&相手の内面や内心干渉)特有の発想は存在しない。「自分の意見を論理構成する前に、相手の意見を論理構成してみる」といった技法が、相手の立場になって考えるという意味である。相手の論理構成を踏まえた上で、自分の論理構成を調整するといったディスカッション方式である。フィンランドでは、「あまり特殊な例は挙げない方がいいんじゃないかな?」とか、「直感的な意見もいいけど、もう少し論理的に行った方がいいと思うよ?」といったアドバイスが、小学生から大人に対しても出されるのは、日常当然のことのようだ。
まさしく、ディスカッションの際に「物事の関連性教育」そのものを行っている。企業組織の一員であればコミュニケーションなどは不要であった時代から、コミュニケーション力を養い、組織を超えて物事の関連性をネットワークして行くことで、業務を進めて行く仕事スタイルに沿った教育訓練をしているのだ。
¶フィンランド国語教育=児童生徒の評価方法
フィンランドでは、国際社会において、自分ひとりで生きて行くことのできる人間を育てるために、コミュニケーション能力を身につけさせ、その訓練として、質問に答える場合は必ず理由を答えさせ、その理由の論述能力を評価の対象にしている。プロセス重視の教育における評価方法だ。
フィンランド国語教育における児童生徒の答えは、「児童生徒の示した意見」としてとらえられ、正解はない。生徒の示した意見の評価は、「意見そのものを評価するのではなく、根拠との関連において、あるいは根拠として挙げた事実の正当性について、評価すべきものだということです。意見そのものが正しいかどうかなど、誰にも評価できない--これが基本的な考え方です」(フィンランド国語教科書:小学5年生p.107)としている。さらに、「先生は、児童生徒の挙げた理由が適切かどうか、理由と意見がうまく関連付けされているかどうか、根拠として挙げた事実に間違いがないかどうかを重点的にチェックするのです」(同p.107~108)という具合だ。
ところで日本では、唯一、これとよく似た論述能力の教育訓練を教育機関として行っているのは、法科大学院であり司法研修所だけのようだ。たとえば人事総務部門での、「事件の事実があった。理由の事実が真実(合理的に道理をもって証明)である。その裏付証明の証拠がある」といった、解雇や懲戒処分における客観的合理的理由の論述構成がそうである。司法研修所での国語力は公立高校程度以上は求めないとのことであるが、最終的な一人前としての仕上げは、これを就職先弁護士事務所などの職人的教育訓練に託しているのが原状でもある。そういった論述能力をフィンランドでは、それなりに児童生徒の段階で、コミュニケーション能力の手法として身につけさせているのだ。
グローバル経済、もしかすれば日本が沈没するかもしれない瀬戸際に、個別企業だけでも浮かび上がるためには、こういった目的意識的な社員教育が、そこは重要なのである。フィンランドは、人口500万人強程度、この国が自前で国際的に活躍しようとすれば、こういった教育を徹底して行っているところの理由が解る。授業時間は日本より少ないうえに、遅刻やサボりも日本の2~3倍と、フィンランドの子供は学校嫌いなのかもしれないのだ。
学校嫌いの高卒ばかりを抱えていても、団体戦で勝負している個別企業であれば、フィンランド手法を参考にすると、明るく開けて来るのだ。そのきっかけづくりは、総務人事部門のあなたにかかっている。
¶解説・労働契約法:労働契約の原則(第3条)
この第3条について解説している書籍はほとんどない。解説できる人もほとんどいない。それは、法律学の視点に立ってしまうと、関連する判例が見当たらず、明確な自信を持った解説の仕様がないからである。したがって、法律家と自称すればするほど、解説するのが不可能となってくる。学術的姿勢、客観的視点の保持、強い良心による論述は難しくなってくるのが当たり前である。
ところが、労働や経営労務の最前線現場の担当者にとっては、現場の視点からの解説が必要なのである。そこで、この法律の成立をめぐっての数々の情報の中から取捨選択して、本当の所は何を念頭においているのかのヒントを、(あくまで著者の推測との建前で)提供する。
第3条は、政府案は3項目であったが、政府案の前の段階では、それ以上の項目が存在した。その後政府案3項目に民主党から2項目の修正が提案される形で、現在の合計5項目になったものである。
第1項は、
労使対等の原則での契約の締結解除である。これはもとより存在した。民法の自由契約の原則を引きついでいるもので、現在の憲法になって以来は、これに異議を唱える者は極めて数少ない。唱えたとすれば、社会的排除は覚悟しなければならない。
第2項は、
修正案が示されて加えられたもので、「実態に応じて均衡の考慮」である。実態に応じてとは、形式的な「申し込みと承諾の意思の合致」といった契約にとらわれず、実態を重視することにより、民法の雇用契約といった狭い範囲ではなく、いわゆる「労働契約」として広い範囲で取り扱うことを意味する。均衡考慮するということの念頭に置かれていたものは、パート労働法の内容である。要するに、パートや契約社員その他が、正社員との格差が実態として存在する場合について、この条文の内容(要件事実など)が重要になるのである。現在までに、目立った判例が出ていないことから、解説が少ないだけで、決してお飾りや基本理念の原則を述べた条項ではない。考慮しなかったとは、検討した事実が証明及び裏づけ証拠がないと想定する。
第3項は、
これも修正案により追加されたもの、「仕事と生活の調和」の配慮義務である。念頭においていたものは、たとえ労働基準法で、事業主が自由な労働時間設定ができるとしても、その時の社会に受け入れられないようなシフトやローテーションを組まないようにしなければならないとしているのである。例をあげると、〔始業時刻8時~終業時刻22時、休憩が12時から18時まで〕とか、〔当日の労働日の終業時刻が23時55分、翌日の労働日の始業時刻は午前零時5分〕といったようなものである。配慮しなかったとは、何らかの措置をしようとの努力もなかった状況を想定する。
現在、内閣府や厚生労働省で提案されている、「仕事と生活の調和」は、この労働契約法の話ではない。同一の語句を使ってはいるが、労働契約法を根拠とする表現はない。基準法、均等法、パート法などの名称は出ていても、労働契約法の名称は見当たらない。労働契約法の「仕事と生活の調和」を変質させ、「ワーク・ライフ・バランス」としているのだとの批判まで沸いている。
仮に労働契約法が行政関係の法令ではないとの言い分が出たとしても、現に、労働基準監督官は労働契約法の範囲であれば労働局のあっせん等を紹介し、都道府県労働局の紛争調整委員会、府県の労働委員会では労働契約法を取り扱い、紛争調整委員会では判例ならぬ合議あっせん案を提示する機能と権限を備えているのだ。あっせんや司法の現場では、労働契約が念頭においている仕事と生活の調和なのだ。
第4項は、
労働契約を遵守して、「信義に従い誠実に」権利と義務の行使を定めている。政府案の第2項が第4項に項目が繰り下げられたもの。信義に従いとは、いわゆるペテンにかけてはいけないということ。誠実にとは、聞かれたことはすべて説明する誠実義務とか、協議で一致した意思を守る義務とか、就業規則に定められた利益はくまなく適用する義務がある、などのことである。たとえば、有給休暇の存在に気が付いた者に限定して付与する実態、退職金規定の存在を知った者に限り退職金を支給する実態が、その他、労働条件の制度の存在を知られなければ情報公開しないといった手法と結果が、この第4項に反するのである。
第5項は、
労働者と使用者が、契約を超えての権利を、それぞれ超えて行使してはいけない、権利濫用は、定まった権利以上にあふれて用いることであり、職権濫用とは、職務権限以上の権利をあふれて用いることである。乱用とは、みだれることであり、あふれることではない。乱心・狂乱のみだれるのが乱用であり、その場合は、第3条第1項と第4項、第9条、第14条~第16条などが、主に用いられることとなる。第5項があることで、職権濫用が、不法行為として取り扱われるとか、民法第1条第3項の権利の濫用として裁判官の判断を待たなければならないなどのことを防止し、契約不履行として労使双方の不利益を早期に救済する効果をもつものとなった。
労働契約法は、労使が紛争したとしても、社会共同体の秩序を維持するためのルールを定めたものであるから、使用者側にとっても有利な側面をもっているのである。グローバル経済とか社会共同体に反する会社経営を行ないたい場合には、確かに、都合の悪い法律である。
労働契約法では賃金に関して、あまり触れず、第3条に象徴されるように、権利義務に力点をおいているのである。
¶かんぽの宿:偽装請負の公然
日本郵政が経営するかんぽの宿では、夜の10時ごろから朝の8時頃まで、職員を誰ひとりとしておいていない。すべてを警備会社に外注して、効率化を図っているというのだ。ところが、ここで事故が発生し、それをめぐって偽装請負の実態が判明した。
7月13日夜、ある宿泊客が、深夜11時頃にポットに入った飲料氷水を求めたところ、トイレの汚物入れポットに氷水を入れて、警備員が部屋に届けたのだ。翌14日の朝7時過ぎ、誰か職員が居るだろうとの期待から、氷水ポットを再び求めた。今度は、プラスチックの水差しを厨房から持ってきたと言って部屋に届けた。
そこで騒ぎになった。
これに対して、ルームサービスを警備員にさせること自体が、警備業法や労働者派遣法に反する行為であるとなったのだ。そこには、深夜以外は食堂もフロントも、たとえ夏休みシーズンを迎え、予備人員を配置しているとしても、人員が多すぎることは一目瞭然。
だとしても、なぜ深夜には「かんぽの宿」の職員が、誰ひとりとして常駐してないのか?といったことになった。エレベーターには、時給900円の契約社員の募集広告が張られているが、深夜時間帯の募集がない。見るからに業務効率は低いようで、まさに「お役所仕事」、民間宿泊施設のような、従業員の自主性に期待して業務効率を上げようといった優秀性は、まったく感じられない。
さて、ルームサービスといえば、客からの、何が出て来るか分からないような要望に対処する業務である。警備会社に外注することができたとしても、それをこなせる警備会社は存在するはずがない。こなす能力がある会社であれば、ホテル業務請負業となり警備業ではなくなる。そういったニュービジネスが生まれれば、ホテル業界の人材不足や業務改善の苦労は一挙に解決する。
まして、警備業は人の生命・安全や財産など守る業務であり、ルームサービスと併合して行うことは矛盾が生じ、業務遂行は不可能なのである。
そうすると、多種多様なルームサービスが分からない警備員が、派遣先である「かんぽの宿」の職員に聞くとか教育を受けることとなる→これが頻繁に発生する+サービス向上を図ろうとすると、職員が警備員に事実上指揮命令するといった実体なることは、十分に予見できることなのである。日本郵政の宿泊事業部責任者は、あっさりこのことを認めた。
確かに、全国を統括する宿泊事業部責任者が言うには、日本郵政の職員などが、外注先の警備員にルームサービスなどをするようになどとの、直接な指揮命令は行わないことにしたとのことであった。教育についても、直接教育することがないように、「かんぽの宿」ごとに警備員のリーダー格に教育を行うとしている。だとしても、ルームサービスのノウハウを持つ外注業者に依頼するのならともかく、ノウハウがないことを認識しているから教育を行うとしているであり、やはり、「かんぽの宿」の職員が、直接指揮命令することに何ら変わりがないと判断されるのは目に見えている。
宿泊事業部責任者は、いろいろな意見は聞いてくれるが、最後に一言、重要な話をした。
郵政が民営化になって5年以内に、個々の「かんぽの宿」の施設自体が他人に譲渡されるか廃止されるかとなっているので、(今更)改善も遵法も計画にはないというのだ。
これに対し、「かんぽの宿」を経営する日本郵政の本社を管轄する東京労働局は、警備員にルームサービスなど行わせ、派遣労働者として扱っている情報提供(7月16日)を受け付けたものの、その後の行政指導内容までは申し上げられないとしたようだ。官公庁とか外郭団体に対する派遣や偽装請負に関する行政指導は、昭和61年の派遣法成立以前から、厚生労働省は弱腰と言われているが、現在もそうなのだろうか?
民営化された後の、日本郵政本社からの意欲の低下と、将来失望による投げやり的偽装請負の継続、これでは公共宿泊施設の役割である、日本の観光産業の下支えは、一体、どのようになるのであろうか。もとより、簡易保険の余ったカネを使いたかっただけの話だったのだろうか。
「かんぽの宿」は、高齢者や庶民には人気の場所であったが、安かろう悪かろうの、あと5年の寿命を待つだけとなったのであろうか?
そこまでひどいサービス内容の施設であれば、誰が買い取っても、華やかに再生したように見せかけることができるかもしれないのだ。
・今年秋からの金融危機は、
・フィンランドの基礎教育システムを研究
・フィンランド教育の研究(社員教育の視点)
・フィンランド国語教育=児童生徒の評価方法
・解説・労働契約法:労働契約の原則(第3条)
・かんぽの宿:偽装請負の公然
¶今年秋からの金融危機は、
今より一層の物価上昇と賃金引下げを招くこととなる。賃金引下げの理由や手続きをめぐって、個別企業との個別労働者の間では、トラブルが誘発される社会状況を生み出すこととなる。銀行の個別企業への融資が激減されている中で、従来の金銭解決というわけにはいかなくなって来た。
最低賃金をめぐる動きは、数年間で800円に近づき、1,000円を目指すことは間違いのない状況、労働市場が大きな変化を起こすことは間違いない。
最近の社会状況は、「泣き寝入りをすれば損をする」との契約思考が定着して来た現象に見られるように、解雇・条件変更の理由や手続きをめぐって、労働者が勉強していることも間違いない。解雇事件になれば、組合が介入すると正社員400万円、パート100万円との、ざっくりとした相場に変わりはない。紛争調整委員会などでは、対組合相場の半額程度が現在の相場であるようだが、労働者側の代理人や労働審判制度を背景にして、その額はセリ上がりつつある。とりわけ、労働集約型産業においては、労働力の仕入れ(採用・条件変更・退職)に際して、事件が多発しており、労働組合、紛争調整委員会に持ち込まれる割合が、この春から急増している。
そういった事件が発生したとき、会社側が法律やコンプライアンスに反するとなると、会社の主張に合理性(道理その他)は認められなくなり、誰もが会社の主張を信用しないといった社会状況なのである。とりわけ偽装請負は使用者側にとって分が悪い、会社の主張を受け入れてもらえない根拠の典型でもある。したがって、ある財閥系で、「お上の、お達しには全面服従」を営業方針に掲げる資本グループは、この初夏から、期間制限を超える派遣を直雇用に、偽装請負を派遣に一斉切り替え、これを一挙に経費をかけてでも行うとしている。大手メーカー関係も、この傾向にあるのだ。よって、それなりの賃金コスト切り下げも、もちろん行われるのである。
¶フィンランドの基礎教育システムを研究
銀行の融資激減によって、労働力の量に対しても資金投入ができなくなった場合は、労働力の質を向上するしかない。経済のグローバル化に伴って、「高付加価値製品」&「高水準サービス」の商品提供を生み出す経済構造が不可欠とされるなかで、日本の労働市場は、個々の労働者の、一層の労働能力水準向上が必要となっているのだ。はっきりいえば、今までの学校教育、小学校・中学・高校・大学、この学校教育の延長線上の社内教育はやめてしまって、目的意識的に、個別企業内で社員教育を行う必要があるのだ。独自教育でもって、画期的優秀な事業を維持している個別企業は事実存在するのだが、まだまだ、「芽」の状態にすぎない。
そもそも、会社の仕事というのは、個人戦ではなく団体戦である。有能なエリートがいたところで、組織は動かず、詰まるところは水準の低さにエリートも迎合しなければ、民間企業の仕事は進まないのである。民間企業は、あくまで自由契約思考で運営されており、公務員の支配:服従思考を持ちこむことはできないのだ。エリートが分かっていても、実際に仕事をする人たちが消化不良では、底辺に合わせざるを得ない。公務員の例であってさえ、戦時下の日本陸軍がそのものであり、海軍でも、その影響は一部に存在した。
現在、中国やインドが全土にエリートを養成・配置をしても、ゆがめない事実として、「労働者の手に職が付かない」といった非エリートの実状が原因して、資金投資=経済成長の構造範囲でしかなく、投資がなくなれば経済崩壊が必至との経済構造は、十数年たっても未だに存在しているのだ。日本の個別企業の中でも、短絡的に、「資金とエリートの人数」によって会社経営ができると考えている、エリートが少なからず存在するが、経済学や経営学をまともに教えてこなかった所に、こういった不幸なエリート?の原因があるのかもしれない。
フィンランドは、PISA(OECD学習到達度調査)で、おおむね学力世界一である。ビジネスに不可欠となる読解力、日本は15位(2006年の統計では57ヵ国・地域の15歳を対象)である。
フィンランドの基礎教育は、生徒間の比較や競争をさせない。
「底上げ手法」と「物事の関連性教育」の2つを、基本中の基礎においているようだ。この2つは、個別企業の団体戦において、「高付加価値製品」&「高水準サービス」の商品提供を生み出す上では、不可欠な能力を養うのは間違いなさそうだ。
昔の産業といえば、「資源があってそれを売る→売るためには加工する→窮乏のため選択の余地なく売れる」の前提に立っていた。経営資源は「人、物、金」と言われた時代だ。今現在は、世界中どこへ行っても、アフリカの奥地でさえ、こういった前提の経済は存在しない。ところが日本の教育といえば、昔の産業を想定して、そこでの職業生活を念頭においての教育が議論されている。個別企業内の教育でも、学校教育でも、こういった想定や念頭には大差がない。
フィンランドの基礎教育が注目されるのは、いろいろな理由があげられそうである。たとえば、
・細部にわたる「気遣い」は労働者の自発性に頼るしかない。
・商品を買う個人消費者は、労働者であり、労働者の文化内容に合わせなければならない。
・商品の信頼性のための規格やブランドは最低条件であり、買ってもらうには詳細な使用価値の情報交換が必要である。
・日本や日本人は、頑張ったところで利回り資金や投資(交換価値)には縁が薄く、その分野で舞台に上がれるわけがない、
といったところである。ただし、あとの理由づけは研究者や学者に任すしかない。
「図解フィンランド・メソッド入門」(経済界:税込1,500円)の入門解説本が出されているが、「底上げ手法」と「物事の関連性教育」の2つが、徹底してグループ内で行われていることを想定して、読んで行くことによって、フィンランド・メソッドの誤解は取り除かれ、個別企業への活用にもつながって行く。日本の教育界では、企業や学校を問わず、手法だけに目が向いている場合も多い。(学校教育界では、フィンランド・ブームとのことらしい)。手法だけをみて居れば、法科大学院の論述教育であったり、中間管理職の自己啓発セミナーに似通った版に見えてしまったりする。ところが、「底上げ手法」と「物事の関連性教育」の2つを基盤においているのだから、実物は、そうではないのである。
産業革命が起こったとき以来、規格品を生産することが目標であった。
この目標を大きく前進させたのがテーラーシステム(科学的管理法)の発明であった。そのために、ハーバード大学で開発された訓練方式が大いにもてはやされ、その基本となる、「やってみせて、やらせてみて、ホメた上で、教え込む」は、あくまでも、規格品を維持するための最低基準でしかないのだ。
フィンランドの基礎教育では、「混合教育」、すなわち、理科の授業の時に国語の話をする、数学の授業のときに音楽の話をする、国語の時間に数学の話をする、といったように、常に物事を関連させて考えるための教育訓練を子供の時から行うのだ。大人になってから想定外の事態に対応できるように小学生から教育をする。それも、「分らない生徒」のレベルを底上げすることに重点をおいている。フィンランドでは、エリート少人数教育は効果がないと踏んで、頭の良い子は集団グループ活動のなかで、ほっておくことで自ら、より成長するとしている。
¶フィンランド教育の研究(社員教育の視点)
とりわけ国語教育においては、団体戦の仕事に不可欠な、(1)発想力、(2)論理力、(3)表現力、(4)批判的思考力、(5)コミュニケーション力の5つを教え訓練している。5つの事柄が自由にできる能力を養うために、具体的な型や技も、教えているのだ。日本では、作文を教えても、物語、説明その他目的別の作成方法を教えることはない。そして、グループディスカッションすることで、グループ全体を底上げする能力を生徒自身が養っている。
(1)発想力
…人間の脳の機能に沿った思考法に基づいて、真ん中にテーマをおき、発想した事柄をカードに記しつなげて行く。ひとりで行っても発想力の訓練にはならないから、これをグループで行う。半面、分析力を養うためにもカードを使用する。これが創造の全体構想を練る力にもつながるという訳だ。携帯電話で有名なノキアの事業展開も、こういった発想力と同様らしい。「目標に向かって物事を達成する訓練ばかり」をして来た日本の受験勉強などとは、根本的に異なる能力分野を訓練している。
(2)論理力
…ディスカッションでの意見には、必ず理由を求められる。理由のない意見は相手にされない。
訓練にあっては、3つ以上の理由を問われ、3つ目の理由を考えることこそが客観的な論理力を向上させることにつながるとしている。ディスカッションの訓練では、相手が納得しないことを実感することを通して教育訓練するのだ。「雰囲気」や「味わい」とか「常識」といったものが、他人には通用しないとして、意思表示を明確に行う職務遂行能力を向上させようというわけだ。
(3)表現力
…言葉を巧みに使いこなす技術を習得させる教育である。
日本のような作文の書きっぱなしではない。まず最初に、言いたいことの重要な語句、いくつかを指定し、これを関連させて作文を作らせる技法だ。小説にしろ説明文にしろ作文技法は存在するのだが、日本では大学教育に至っても、まったく作文技法は教えていない。文章を不要とする職業とみなされれば、生涯、作文技法に出会うこともない。何かの職業に就いてから、その職種分野の作文技法を教わることになっているのが日本の原状。その理由は、仕事とは「言われたことだけ」をやるもので、自分で考え進んで行うものではないと、日本の昔は、そうして来たからだ。
(4)批判的思考力
…日本の学校教育ではこれを教えない。授業では合理的な物事しか教えていない。
だから、社会に出てから合理性と不合理性との区別がつかないのだ。思い込みを排除し、自分の発想・論理・表現の不完全さを気付く訓練でもある。「本当にそうなのかな?」と見直す訓練で、大量の情報から必要な情報だけを取り出し見極めるといったコミュニケーションの基本を身につけさせる。インターネットの情報洪水に巻き込まれて取捨選択判断ができない人が、日本に多いのは、ここに原因がある。取捨選択判断ができない人に限って、「情報制限」を主張しがちなのである。
他人の書いた作文を、設定を変えたり、同義語を使って書き直すなどの訓練もする。批判的思考力を養うことで、目的に沿った理由を考え、相手の意見の理由に応じて自分の意見の理由を調整する能力を身につけさせるのだ。
(5)コミュニケーション力
…ディスカッションの際に、ふざけた意見でもさえぎったりすること、怒ったり、泣いたりは禁物とのことである。不必要に前提をくつがえすための、「議論の蒸し返しも禁止」である。大人びた子供ほど、ディスカッションの、こういった「いわゆるルール」違反をやりたがるらしく、ここだけは先生の出番とのこと。
「自分が言われて嫌なことは、相手にも言わない」といった日本の世間体(&相手の内面や内心干渉)特有の発想は存在しない。「自分の意見を論理構成する前に、相手の意見を論理構成してみる」といった技法が、相手の立場になって考えるという意味である。相手の論理構成を踏まえた上で、自分の論理構成を調整するといったディスカッション方式である。フィンランドでは、「あまり特殊な例は挙げない方がいいんじゃないかな?」とか、「直感的な意見もいいけど、もう少し論理的に行った方がいいと思うよ?」といったアドバイスが、小学生から大人に対しても出されるのは、日常当然のことのようだ。
まさしく、ディスカッションの際に「物事の関連性教育」そのものを行っている。企業組織の一員であればコミュニケーションなどは不要であった時代から、コミュニケーション力を養い、組織を超えて物事の関連性をネットワークして行くことで、業務を進めて行く仕事スタイルに沿った教育訓練をしているのだ。
¶フィンランド国語教育=児童生徒の評価方法
フィンランドでは、国際社会において、自分ひとりで生きて行くことのできる人間を育てるために、コミュニケーション能力を身につけさせ、その訓練として、質問に答える場合は必ず理由を答えさせ、その理由の論述能力を評価の対象にしている。プロセス重視の教育における評価方法だ。
フィンランド国語教育における児童生徒の答えは、「児童生徒の示した意見」としてとらえられ、正解はない。生徒の示した意見の評価は、「意見そのものを評価するのではなく、根拠との関連において、あるいは根拠として挙げた事実の正当性について、評価すべきものだということです。意見そのものが正しいかどうかなど、誰にも評価できない--これが基本的な考え方です」(フィンランド国語教科書:小学5年生p.107)としている。さらに、「先生は、児童生徒の挙げた理由が適切かどうか、理由と意見がうまく関連付けされているかどうか、根拠として挙げた事実に間違いがないかどうかを重点的にチェックするのです」(同p.107~108)という具合だ。
ところで日本では、唯一、これとよく似た論述能力の教育訓練を教育機関として行っているのは、法科大学院であり司法研修所だけのようだ。たとえば人事総務部門での、「事件の事実があった。理由の事実が真実(合理的に道理をもって証明)である。その裏付証明の証拠がある」といった、解雇や懲戒処分における客観的合理的理由の論述構成がそうである。司法研修所での国語力は公立高校程度以上は求めないとのことであるが、最終的な一人前としての仕上げは、これを就職先弁護士事務所などの職人的教育訓練に託しているのが原状でもある。そういった論述能力をフィンランドでは、それなりに児童生徒の段階で、コミュニケーション能力の手法として身につけさせているのだ。
グローバル経済、もしかすれば日本が沈没するかもしれない瀬戸際に、個別企業だけでも浮かび上がるためには、こういった目的意識的な社員教育が、そこは重要なのである。フィンランドは、人口500万人強程度、この国が自前で国際的に活躍しようとすれば、こういった教育を徹底して行っているところの理由が解る。授業時間は日本より少ないうえに、遅刻やサボりも日本の2~3倍と、フィンランドの子供は学校嫌いなのかもしれないのだ。
学校嫌いの高卒ばかりを抱えていても、団体戦で勝負している個別企業であれば、フィンランド手法を参考にすると、明るく開けて来るのだ。そのきっかけづくりは、総務人事部門のあなたにかかっている。
¶解説・労働契約法:労働契約の原則(第3条)
この第3条について解説している書籍はほとんどない。解説できる人もほとんどいない。それは、法律学の視点に立ってしまうと、関連する判例が見当たらず、明確な自信を持った解説の仕様がないからである。したがって、法律家と自称すればするほど、解説するのが不可能となってくる。学術的姿勢、客観的視点の保持、強い良心による論述は難しくなってくるのが当たり前である。
ところが、労働や経営労務の最前線現場の担当者にとっては、現場の視点からの解説が必要なのである。そこで、この法律の成立をめぐっての数々の情報の中から取捨選択して、本当の所は何を念頭においているのかのヒントを、(あくまで著者の推測との建前で)提供する。
第3条は、政府案は3項目であったが、政府案の前の段階では、それ以上の項目が存在した。その後政府案3項目に民主党から2項目の修正が提案される形で、現在の合計5項目になったものである。
第1項は、
労使対等の原則での契約の締結解除である。これはもとより存在した。民法の自由契約の原則を引きついでいるもので、現在の憲法になって以来は、これに異議を唱える者は極めて数少ない。唱えたとすれば、社会的排除は覚悟しなければならない。
第2項は、
修正案が示されて加えられたもので、「実態に応じて均衡の考慮」である。実態に応じてとは、形式的な「申し込みと承諾の意思の合致」といった契約にとらわれず、実態を重視することにより、民法の雇用契約といった狭い範囲ではなく、いわゆる「労働契約」として広い範囲で取り扱うことを意味する。均衡考慮するということの念頭に置かれていたものは、パート労働法の内容である。要するに、パートや契約社員その他が、正社員との格差が実態として存在する場合について、この条文の内容(要件事実など)が重要になるのである。現在までに、目立った判例が出ていないことから、解説が少ないだけで、決してお飾りや基本理念の原則を述べた条項ではない。考慮しなかったとは、検討した事実が証明及び裏づけ証拠がないと想定する。
第3項は、
これも修正案により追加されたもの、「仕事と生活の調和」の配慮義務である。念頭においていたものは、たとえ労働基準法で、事業主が自由な労働時間設定ができるとしても、その時の社会に受け入れられないようなシフトやローテーションを組まないようにしなければならないとしているのである。例をあげると、〔始業時刻8時~終業時刻22時、休憩が12時から18時まで〕とか、〔当日の労働日の終業時刻が23時55分、翌日の労働日の始業時刻は午前零時5分〕といったようなものである。配慮しなかったとは、何らかの措置をしようとの努力もなかった状況を想定する。
現在、内閣府や厚生労働省で提案されている、「仕事と生活の調和」は、この労働契約法の話ではない。同一の語句を使ってはいるが、労働契約法を根拠とする表現はない。基準法、均等法、パート法などの名称は出ていても、労働契約法の名称は見当たらない。労働契約法の「仕事と生活の調和」を変質させ、「ワーク・ライフ・バランス」としているのだとの批判まで沸いている。
仮に労働契約法が行政関係の法令ではないとの言い分が出たとしても、現に、労働基準監督官は労働契約法の範囲であれば労働局のあっせん等を紹介し、都道府県労働局の紛争調整委員会、府県の労働委員会では労働契約法を取り扱い、紛争調整委員会では判例ならぬ合議あっせん案を提示する機能と権限を備えているのだ。あっせんや司法の現場では、労働契約が念頭においている仕事と生活の調和なのだ。
第4項は、
労働契約を遵守して、「信義に従い誠実に」権利と義務の行使を定めている。政府案の第2項が第4項に項目が繰り下げられたもの。信義に従いとは、いわゆるペテンにかけてはいけないということ。誠実にとは、聞かれたことはすべて説明する誠実義務とか、協議で一致した意思を守る義務とか、就業規則に定められた利益はくまなく適用する義務がある、などのことである。たとえば、有給休暇の存在に気が付いた者に限定して付与する実態、退職金規定の存在を知った者に限り退職金を支給する実態が、その他、労働条件の制度の存在を知られなければ情報公開しないといった手法と結果が、この第4項に反するのである。
第5項は、
労働者と使用者が、契約を超えての権利を、それぞれ超えて行使してはいけない、権利濫用は、定まった権利以上にあふれて用いることであり、職権濫用とは、職務権限以上の権利をあふれて用いることである。乱用とは、みだれることであり、あふれることではない。乱心・狂乱のみだれるのが乱用であり、その場合は、第3条第1項と第4項、第9条、第14条~第16条などが、主に用いられることとなる。第5項があることで、職権濫用が、不法行為として取り扱われるとか、民法第1条第3項の権利の濫用として裁判官の判断を待たなければならないなどのことを防止し、契約不履行として労使双方の不利益を早期に救済する効果をもつものとなった。
労働契約法は、労使が紛争したとしても、社会共同体の秩序を維持するためのルールを定めたものであるから、使用者側にとっても有利な側面をもっているのである。グローバル経済とか社会共同体に反する会社経営を行ないたい場合には、確かに、都合の悪い法律である。
労働契約法では賃金に関して、あまり触れず、第3条に象徴されるように、権利義務に力点をおいているのである。
¶かんぽの宿:偽装請負の公然
日本郵政が経営するかんぽの宿では、夜の10時ごろから朝の8時頃まで、職員を誰ひとりとしておいていない。すべてを警備会社に外注して、効率化を図っているというのだ。ところが、ここで事故が発生し、それをめぐって偽装請負の実態が判明した。
7月13日夜、ある宿泊客が、深夜11時頃にポットに入った飲料氷水を求めたところ、トイレの汚物入れポットに氷水を入れて、警備員が部屋に届けたのだ。翌14日の朝7時過ぎ、誰か職員が居るだろうとの期待から、氷水ポットを再び求めた。今度は、プラスチックの水差しを厨房から持ってきたと言って部屋に届けた。
そこで騒ぎになった。
これに対して、ルームサービスを警備員にさせること自体が、警備業法や労働者派遣法に反する行為であるとなったのだ。そこには、深夜以外は食堂もフロントも、たとえ夏休みシーズンを迎え、予備人員を配置しているとしても、人員が多すぎることは一目瞭然。
だとしても、なぜ深夜には「かんぽの宿」の職員が、誰ひとりとして常駐してないのか?といったことになった。エレベーターには、時給900円の契約社員の募集広告が張られているが、深夜時間帯の募集がない。見るからに業務効率は低いようで、まさに「お役所仕事」、民間宿泊施設のような、従業員の自主性に期待して業務効率を上げようといった優秀性は、まったく感じられない。
さて、ルームサービスといえば、客からの、何が出て来るか分からないような要望に対処する業務である。警備会社に外注することができたとしても、それをこなせる警備会社は存在するはずがない。こなす能力がある会社であれば、ホテル業務請負業となり警備業ではなくなる。そういったニュービジネスが生まれれば、ホテル業界の人材不足や業務改善の苦労は一挙に解決する。
まして、警備業は人の生命・安全や財産など守る業務であり、ルームサービスと併合して行うことは矛盾が生じ、業務遂行は不可能なのである。
そうすると、多種多様なルームサービスが分からない警備員が、派遣先である「かんぽの宿」の職員に聞くとか教育を受けることとなる→これが頻繁に発生する+サービス向上を図ろうとすると、職員が警備員に事実上指揮命令するといった実体なることは、十分に予見できることなのである。日本郵政の宿泊事業部責任者は、あっさりこのことを認めた。
確かに、全国を統括する宿泊事業部責任者が言うには、日本郵政の職員などが、外注先の警備員にルームサービスなどをするようになどとの、直接な指揮命令は行わないことにしたとのことであった。教育についても、直接教育することがないように、「かんぽの宿」ごとに警備員のリーダー格に教育を行うとしている。だとしても、ルームサービスのノウハウを持つ外注業者に依頼するのならともかく、ノウハウがないことを認識しているから教育を行うとしているであり、やはり、「かんぽの宿」の職員が、直接指揮命令することに何ら変わりがないと判断されるのは目に見えている。
宿泊事業部責任者は、いろいろな意見は聞いてくれるが、最後に一言、重要な話をした。
郵政が民営化になって5年以内に、個々の「かんぽの宿」の施設自体が他人に譲渡されるか廃止されるかとなっているので、(今更)改善も遵法も計画にはないというのだ。
これに対し、「かんぽの宿」を経営する日本郵政の本社を管轄する東京労働局は、警備員にルームサービスなど行わせ、派遣労働者として扱っている情報提供(7月16日)を受け付けたものの、その後の行政指導内容までは申し上げられないとしたようだ。官公庁とか外郭団体に対する派遣や偽装請負に関する行政指導は、昭和61年の派遣法成立以前から、厚生労働省は弱腰と言われているが、現在もそうなのだろうか?
民営化された後の、日本郵政本社からの意欲の低下と、将来失望による投げやり的偽装請負の継続、これでは公共宿泊施設の役割である、日本の観光産業の下支えは、一体、どのようになるのであろうか。もとより、簡易保険の余ったカネを使いたかっただけの話だったのだろうか。
「かんぽの宿」は、高齢者や庶民には人気の場所であったが、安かろう悪かろうの、あと5年の寿命を待つだけとなったのであろうか?
そこまでひどいサービス内容の施設であれば、誰が買い取っても、華やかに再生したように見せかけることができるかもしれないのだ。
2008/07/08
第75号
個別的労働関係の紛争が急増
5月から6月にかけて、解雇、労働条件切り下げ、就業態度などをめぐっての個別企業と労働者の紛争が急増している。労働組合関係のうわさをきいても、労働協約に関するトラブルではなく、個別的な労働者の相談や団体交渉が増加しつつあるとのことである。
紛争の真っただ中で、会社側のあっせん代理人or団体交渉員の視点から分析をしてみた。
いわゆる格差社会のワーキングプア転落への恐怖感から、労働者は反応している。
1.そのきっかけは、上司の強圧的態度、信義則違反の態度に起因する感情問題である。
2.理不尽・不利益条件変更や解雇問題でも、事件に結びつくことは少なく、金銭で落ち着く。
3.感情問題の深刻さの程度により、労働審判 → 紛争調査委員会 → 労組団交へ進化する。
4.「労基署に行く!」の発言の裏には金銭、労基署に行くのは比較的少ない。
5.精神的損害の金銭要求!の奥底には、上司や会社との感情問題が粘着している。
6.偽装食品表示、偽装請負などのニュースは追い風! 法律条文は口実事由となっている。
7.当事者の納得する和解解決には時間がかかり、労働者ひとりの問題域を超えることになる。
8.和睦、和議、示談、裁判での取引の手段は、中間管理職の企業精神を腐らせている。
最近取り沙汰されている労働者派遣業界においては、厚生労働省が日雇派遣を中心に弾圧を行っていることから、この系統の業者は「貧すれば鈍する」、トラブルを抱え込みやすい。その余波は発注企業にまで及んでおり、これが残念なことに、人事や総務部門には聞こえてこない現実でもある。
派遣業者でも、いくつかの業態パターンに分かれる。
いちばんトラブルを起こしやすいのは、アメリカ系発想の派遣会社である。その昔、ニューヨーク港に到着した移民に対して、架空の職業を1~2ドルで紹介し、汽車や馬車を乗り継ぎ現地に辿り着けば、何百人と騙された人の集まりだけ、といったような人身売買が、業界の始まりだった。これを州政府が賃金を支払わせるよう規制したのが、アメリカ系派遣会社である。したがって、派遣労働者のスキルとか能力にはおかまいなしであるから、トラブルが続出するのは当然のことである。日本的人事管理や日本的労働市場から生まれた純日本系派遣会社、ヨーロッパ系派遣会社などにあっては、格段にトラブルは少ないようだ。
ネットカフェやホームレス問題を取材!
大阪西成には、釜ヶ崎支援機構というNPO法人がある。
事実上、政府や自治体のホームレス支援、ネットカフェ難民問題を現場の最先端で取り組んでいる非営利民間団体である。
西成「三角公園」の隣にある、元職業安定所の労働出張所跡二階で、この団体の本年度総会が6月21日開かれた。
大阪市西成区の、「釜ヶ崎」といえば、
「釜ヶ崎にいけば、物も安いし、何とかなる!」
と、全国のホームレスに陥った人たちに、うわさされている地域だ。
一概にすべて「何とかなる」と言うわけでもないのだが、確かに自動販売機の缶ジュースは50円程度、三角公園周辺のキリスト教団体に行けば、1日1食は無料で食べられる。今時、炊き出しは流行していない。近所にあるスーパー:イズミヤも食料品は驚くほどに安い。
ところが、関西のほとんどの人であってもが、釜ヶ崎の名前は知っているものの、ほとんど、この周辺にすら足を踏み入れたことがない。
昔から、「ネクタイをしていると襲われる!」と言われるが、実際は、金持ち風:鼻高々とかオドオド:ビクビクしている人物が危ないだけである。
とくに雨の日は危険ではあるが、決して無法地帯ではない。アニメの「じゃりン子チエ」の舞台は、釜ヶ崎と南海電車の線路で隔てられた高架をくぐったところの街である。
釜ヶ崎に存在するホームレスなどの支援組織、関係団体、労働組合などは、様々な思惑なども絡み合い奇奇怪怪! ここに、南北朝鮮・日中台湾問題の国際情勢末端での悲劇も絡んで来る。
夜の9時半ともなれば、繁華街とは異なり、ほぼ通行人もいない、静かな状況。ただし、一旦事件が起こると、寝床から起きて来て、野次馬、投石、放火などの騒ぎになるのである。
さて、NPO釜ヶ崎支援機構総会での特徴的な話を取材。
昨年秋から、政府予算でネットカフェ難民と言われる100人に、インタビュー調査を行って、本年度末に結果発表に至ったとのこと。
数値で表せないインテリジェンス情報が、確かによく集められている。
この調査から、ネットカフェ難民主流の解明ができたとしている。
それは、
地方などから工場派遣などに働きに来た人が寮付の派遣に就職したが、高収入とは裏腹の過酷な労働と賃金、短期雇用契約による解雇の繰り返し、離職前の寮付住込派遣仕事から次の寮付住込派遣仕事の間の、「つなぎの瞬間」に、一時的なネットカフェ生活と思って、ネットカフェ、深夜のファミレス、お金がなければ路上生活をしているといった状況とのこと。
体が健康であれば、収入は概ね1ヵ月17~18万円の手取りはあるようだが、段ボールやブルーシートを手に入れる知恵すらなく、その方法も知らないとしている。
こんな話も。
釜ヶ崎とその周辺での支援対象となる人たちは、この1年余りに急激な変化しており、あまりにも社会で生きて行く知識が少なく、「ボクだけの話を聞いてくれ!」に象徴される若者が多く、社会での共同生活が出来ない人が増えていると分析。
人間関係構築能力欠如、→ 社会参加訓練欠如の末、→ 孤独志向に至っていると話していた。
現象としては、「もっと早く、声をかけて欲しかった」との感想を述べる30代の人が増えている様子だそうだ。半面、他人からの「ほどこし」は絶対受けないとする人たちも目立つとしている。
そういったことから、統合失調症などの精神疾患に陥っている人が急増とのことである。
強調されていた事柄は、
最近急速に30~40代の若年者にとっては、「ただ単に仕事、ただ単に援助金、ただ単に食事、ただ単に生活保護」といったような、旧来の標準パターンの流れで支援ケアすることは不可能で、何らかでも「心のケア」とか、「心の支え」に結びつくような支援が必要であるとの話。
釜ヶ崎に集まる人たちの取材と合わせて考えると、人手不足!人材不足!外国人労働力の輸入を!と言うより先に、釜ヶ崎を訪ねて来る、「まだしも日本文化を理解している」若者たちに、デンマークやスウェーデンのような、再教育や再訓練といった労働力確保施策の考え方も、ひとつの方法とヒラメいた。
その理由は、日本製品の背景には、日本文化があり、この文化を外国人が理解するには並大抵ではなく、ここのネットカフェには、「極めて日本文化にこだわっている」人たちが、窮乏しながらも生きているからである。
労働契約法の解説 (第5条:安全配慮義務)
「第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
労働契約法に関する書籍や解説が数多く出されているが、この安全配慮義務を定めた条項の解説は少ないようだ。そもそもの事件は、安全配慮義務の概念が存在しなかった当時、昭和50年2月25日最高裁判決が出された。それは、自衛隊八戸駐屯地車両整備工場で起こった事故をめぐって、国が公務遂行の設置場所、施設・器具などの設置管理、上司の指示のもとにする公務管理にあたって、生命、健康などを危険から保護・配慮する義務(安全配慮義務)を負っているとしたものである。この判例には、通常表面に現れない考え方ではあるが、「法の支配」とは何か!との社会共同体の原則ともいえるべき思索概念が含まれていたのだ。
安全配慮の概念を信義則上に負う義務として認めたものの、不法行為責任損害賠償ではなく、契約不履行責任損害賠償を当てはめることで、消滅時効を10年間として延長し、不法行為の消滅時効3年を排除して、救済することを優先させた判例である。すなわち、時効についての条文を丸暗記した程度では、最高裁のこの判例が理解ができないのである。この判例によって、その後、雇用・労働関係に限らず、医療、学校、請負事業その他多方面に安全配慮義務の考え方が広まった。
労働契約法を制定した主要な立法目的は、労働関係に関する判例を整理して、法律に成文化し法廷法理となし、法律の基準として国内に周知することで、未然に労使間の紛争発生を防止し、不毛な判例解釈を排除することにあった。したがって、ことさら労働契約法の解説・学習に過去の判例を持ち出すも必要なく、法律家にあっては、如何に法的な解釈行うかが役割となってくるのである。個別企業の実務担当者やあっせん代理人にあっては、紛争発生を防止し、発生のときには当事者の納得が得られるような和解を促進し、そのために労働契約法を駆使することになるのである。労使対決を招くための口実たるべき法律構成になっていないのがこの労働契約法である。個別企業の担当者は、一部の法律家と称する者たちに、対決を促され、惑わされ、煽られてはいけないのである。
「労働契約に伴い、」…とは新たに契約を結ぶ段階から契約が終了する間のことを指す。
「労働者」…とはこの法律によれば、使用者に使用されて労働し賃金を支払われる者であり、正社員、契約社員、パートなどの名称や身分を問わず、サラリーマン以外に独立一匹狼(インディペンデント?)などの外注も専属性や時間拘束性があれば、該当することになる。
「生命、身体等の安全」…とは肉体的、精神的いずれもの安全を指し、負傷、疾病、被爆、第三者からの危険を問わず、予見できる状態も含むことを指す。
「必要な配慮をする」…のは使用者であって、労働者から指摘をされた上に配慮を怠れば、安全配慮義務とは別に不法行為責任を問われることにもなる。使用者が安全の指示をしたが、労働者が従わない場合でも、責任が使用者に負わされることになる。
安全配慮義務の条項は、訴訟での対決ばかりを念頭においてしまうと、条文を読んだ通りを超えての発想が浮かばず、今述べた程度の貧困な解釈内容になってしまう。今や事故やうつ病が発生したときに、その損害賠償をめぐって多額の金銭出費を強いられる現代において、会社方針に反して危険作業を繰り返す労働者を抑制する根拠となるのだ。個別企業の実務担当者からすれば、安全配慮を無視しがちな現場労働者とか中間管理職を業務現場から排除する法律根拠となるのだ。「それは安全配慮義務違反となるから、業務停止!」といった具合だ。安全配慮義務違反の指揮命令をしたとして中間管理職を懲戒処分にすることもできる。
そこには、これからの「日本経済を高付加価値製品or高水準サービスの商品提供」でもって、世界各地の富裕層に絞って輸出進出して行くなどの戦略上にあたっては、労働者の安全配慮を軽視するような企業内労働態様は害悪となり、ひとえに人材育成とノウハウ蓄積によらなければ企業の経済展開が成り立たない!といった背景根拠が存在するからである。ひいては、労働者の安全や消費者の安全を重視することになれば、ますます日本が得意とする技術開発・ソフト開発が進展することにもなるのだ。
人命軽視の文化を持つ中国・インド・ロシアにあっては、いくら投資したところで、こういった技術開発や経済発展は国家としての経済政策目標にはなりえないのだ。貧すれば鈍する!では、企業経営は成り立たない。暴力団の世界でも、貧すれば「覚せい剤や売春」に手を出し、鈍して「警察に弾圧」されるのだ。
専門的な話ではあるが、数10年前に労働組合運動あたりから、「就労拒否権」なる概念が持ち出されたが、時代の流れは「新たな権利の確立」よりも、自由平等のための「法の支配」に至ることになったのだ。
☆彡 有給休暇の管理ソフト ☆ミ
少し時期が遅れて7月末発売です。読者の方にはメールでお知らせします。
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・労働基準法バージョンですが、全日休、半日休の対応も可能。
・オプションはオーダーメイド。
(例1)全社員マスターのテキスト(CSV)取り込み
(例2)初期マスター設定を各社ごとに対応
5月から6月にかけて、解雇、労働条件切り下げ、就業態度などをめぐっての個別企業と労働者の紛争が急増している。労働組合関係のうわさをきいても、労働協約に関するトラブルではなく、個別的な労働者の相談や団体交渉が増加しつつあるとのことである。
紛争の真っただ中で、会社側のあっせん代理人or団体交渉員の視点から分析をしてみた。
いわゆる格差社会のワーキングプア転落への恐怖感から、労働者は反応している。
1.そのきっかけは、上司の強圧的態度、信義則違反の態度に起因する感情問題である。
2.理不尽・不利益条件変更や解雇問題でも、事件に結びつくことは少なく、金銭で落ち着く。
3.感情問題の深刻さの程度により、労働審判 → 紛争調査委員会 → 労組団交へ進化する。
4.「労基署に行く!」の発言の裏には金銭、労基署に行くのは比較的少ない。
5.精神的損害の金銭要求!の奥底には、上司や会社との感情問題が粘着している。
6.偽装食品表示、偽装請負などのニュースは追い風! 法律条文は口実事由となっている。
7.当事者の納得する和解解決には時間がかかり、労働者ひとりの問題域を超えることになる。
8.和睦、和議、示談、裁判での取引の手段は、中間管理職の企業精神を腐らせている。
最近取り沙汰されている労働者派遣業界においては、厚生労働省が日雇派遣を中心に弾圧を行っていることから、この系統の業者は「貧すれば鈍する」、トラブルを抱え込みやすい。その余波は発注企業にまで及んでおり、これが残念なことに、人事や総務部門には聞こえてこない現実でもある。
派遣業者でも、いくつかの業態パターンに分かれる。
いちばんトラブルを起こしやすいのは、アメリカ系発想の派遣会社である。その昔、ニューヨーク港に到着した移民に対して、架空の職業を1~2ドルで紹介し、汽車や馬車を乗り継ぎ現地に辿り着けば、何百人と騙された人の集まりだけ、といったような人身売買が、業界の始まりだった。これを州政府が賃金を支払わせるよう規制したのが、アメリカ系派遣会社である。したがって、派遣労働者のスキルとか能力にはおかまいなしであるから、トラブルが続出するのは当然のことである。日本的人事管理や日本的労働市場から生まれた純日本系派遣会社、ヨーロッパ系派遣会社などにあっては、格段にトラブルは少ないようだ。
ネットカフェやホームレス問題を取材!
大阪西成には、釜ヶ崎支援機構というNPO法人がある。
事実上、政府や自治体のホームレス支援、ネットカフェ難民問題を現場の最先端で取り組んでいる非営利民間団体である。
西成「三角公園」の隣にある、元職業安定所の労働出張所跡二階で、この団体の本年度総会が6月21日開かれた。
大阪市西成区の、「釜ヶ崎」といえば、
「釜ヶ崎にいけば、物も安いし、何とかなる!」
と、全国のホームレスに陥った人たちに、うわさされている地域だ。
一概にすべて「何とかなる」と言うわけでもないのだが、確かに自動販売機の缶ジュースは50円程度、三角公園周辺のキリスト教団体に行けば、1日1食は無料で食べられる。今時、炊き出しは流行していない。近所にあるスーパー:イズミヤも食料品は驚くほどに安い。
ところが、関西のほとんどの人であってもが、釜ヶ崎の名前は知っているものの、ほとんど、この周辺にすら足を踏み入れたことがない。
昔から、「ネクタイをしていると襲われる!」と言われるが、実際は、金持ち風:鼻高々とかオドオド:ビクビクしている人物が危ないだけである。
とくに雨の日は危険ではあるが、決して無法地帯ではない。アニメの「じゃりン子チエ」の舞台は、釜ヶ崎と南海電車の線路で隔てられた高架をくぐったところの街である。
釜ヶ崎に存在するホームレスなどの支援組織、関係団体、労働組合などは、様々な思惑なども絡み合い奇奇怪怪! ここに、南北朝鮮・日中台湾問題の国際情勢末端での悲劇も絡んで来る。
夜の9時半ともなれば、繁華街とは異なり、ほぼ通行人もいない、静かな状況。ただし、一旦事件が起こると、寝床から起きて来て、野次馬、投石、放火などの騒ぎになるのである。
さて、NPO釜ヶ崎支援機構総会での特徴的な話を取材。
昨年秋から、政府予算でネットカフェ難民と言われる100人に、インタビュー調査を行って、本年度末に結果発表に至ったとのこと。
数値で表せないインテリジェンス情報が、確かによく集められている。
この調査から、ネットカフェ難民主流の解明ができたとしている。
それは、
地方などから工場派遣などに働きに来た人が寮付の派遣に就職したが、高収入とは裏腹の過酷な労働と賃金、短期雇用契約による解雇の繰り返し、離職前の寮付住込派遣仕事から次の寮付住込派遣仕事の間の、「つなぎの瞬間」に、一時的なネットカフェ生活と思って、ネットカフェ、深夜のファミレス、お金がなければ路上生活をしているといった状況とのこと。
体が健康であれば、収入は概ね1ヵ月17~18万円の手取りはあるようだが、段ボールやブルーシートを手に入れる知恵すらなく、その方法も知らないとしている。
こんな話も。
釜ヶ崎とその周辺での支援対象となる人たちは、この1年余りに急激な変化しており、あまりにも社会で生きて行く知識が少なく、「ボクだけの話を聞いてくれ!」に象徴される若者が多く、社会での共同生活が出来ない人が増えていると分析。
人間関係構築能力欠如、→ 社会参加訓練欠如の末、→ 孤独志向に至っていると話していた。
現象としては、「もっと早く、声をかけて欲しかった」との感想を述べる30代の人が増えている様子だそうだ。半面、他人からの「ほどこし」は絶対受けないとする人たちも目立つとしている。
そういったことから、統合失調症などの精神疾患に陥っている人が急増とのことである。
強調されていた事柄は、
最近急速に30~40代の若年者にとっては、「ただ単に仕事、ただ単に援助金、ただ単に食事、ただ単に生活保護」といったような、旧来の標準パターンの流れで支援ケアすることは不可能で、何らかでも「心のケア」とか、「心の支え」に結びつくような支援が必要であるとの話。
釜ヶ崎に集まる人たちの取材と合わせて考えると、人手不足!人材不足!外国人労働力の輸入を!と言うより先に、釜ヶ崎を訪ねて来る、「まだしも日本文化を理解している」若者たちに、デンマークやスウェーデンのような、再教育や再訓練といった労働力確保施策の考え方も、ひとつの方法とヒラメいた。
その理由は、日本製品の背景には、日本文化があり、この文化を外国人が理解するには並大抵ではなく、ここのネットカフェには、「極めて日本文化にこだわっている」人たちが、窮乏しながらも生きているからである。
労働契約法の解説 (第5条:安全配慮義務)
「第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
労働契約法に関する書籍や解説が数多く出されているが、この安全配慮義務を定めた条項の解説は少ないようだ。そもそもの事件は、安全配慮義務の概念が存在しなかった当時、昭和50年2月25日最高裁判決が出された。それは、自衛隊八戸駐屯地車両整備工場で起こった事故をめぐって、国が公務遂行の設置場所、施設・器具などの設置管理、上司の指示のもとにする公務管理にあたって、生命、健康などを危険から保護・配慮する義務(安全配慮義務)を負っているとしたものである。この判例には、通常表面に現れない考え方ではあるが、「法の支配」とは何か!との社会共同体の原則ともいえるべき思索概念が含まれていたのだ。
安全配慮の概念を信義則上に負う義務として認めたものの、不法行為責任損害賠償ではなく、契約不履行責任損害賠償を当てはめることで、消滅時効を10年間として延長し、不法行為の消滅時効3年を排除して、救済することを優先させた判例である。すなわち、時効についての条文を丸暗記した程度では、最高裁のこの判例が理解ができないのである。この判例によって、その後、雇用・労働関係に限らず、医療、学校、請負事業その他多方面に安全配慮義務の考え方が広まった。
労働契約法を制定した主要な立法目的は、労働関係に関する判例を整理して、法律に成文化し法廷法理となし、法律の基準として国内に周知することで、未然に労使間の紛争発生を防止し、不毛な判例解釈を排除することにあった。したがって、ことさら労働契約法の解説・学習に過去の判例を持ち出すも必要なく、法律家にあっては、如何に法的な解釈行うかが役割となってくるのである。個別企業の実務担当者やあっせん代理人にあっては、紛争発生を防止し、発生のときには当事者の納得が得られるような和解を促進し、そのために労働契約法を駆使することになるのである。労使対決を招くための口実たるべき法律構成になっていないのがこの労働契約法である。個別企業の担当者は、一部の法律家と称する者たちに、対決を促され、惑わされ、煽られてはいけないのである。
「労働契約に伴い、」…とは新たに契約を結ぶ段階から契約が終了する間のことを指す。
「労働者」…とはこの法律によれば、使用者に使用されて労働し賃金を支払われる者であり、正社員、契約社員、パートなどの名称や身分を問わず、サラリーマン以外に独立一匹狼(インディペンデント?)などの外注も専属性や時間拘束性があれば、該当することになる。
「生命、身体等の安全」…とは肉体的、精神的いずれもの安全を指し、負傷、疾病、被爆、第三者からの危険を問わず、予見できる状態も含むことを指す。
「必要な配慮をする」…のは使用者であって、労働者から指摘をされた上に配慮を怠れば、安全配慮義務とは別に不法行為責任を問われることにもなる。使用者が安全の指示をしたが、労働者が従わない場合でも、責任が使用者に負わされることになる。
安全配慮義務の条項は、訴訟での対決ばかりを念頭においてしまうと、条文を読んだ通りを超えての発想が浮かばず、今述べた程度の貧困な解釈内容になってしまう。今や事故やうつ病が発生したときに、その損害賠償をめぐって多額の金銭出費を強いられる現代において、会社方針に反して危険作業を繰り返す労働者を抑制する根拠となるのだ。個別企業の実務担当者からすれば、安全配慮を無視しがちな現場労働者とか中間管理職を業務現場から排除する法律根拠となるのだ。「それは安全配慮義務違反となるから、業務停止!」といった具合だ。安全配慮義務違反の指揮命令をしたとして中間管理職を懲戒処分にすることもできる。
そこには、これからの「日本経済を高付加価値製品or高水準サービスの商品提供」でもって、世界各地の富裕層に絞って輸出進出して行くなどの戦略上にあたっては、労働者の安全配慮を軽視するような企業内労働態様は害悪となり、ひとえに人材育成とノウハウ蓄積によらなければ企業の経済展開が成り立たない!といった背景根拠が存在するからである。ひいては、労働者の安全や消費者の安全を重視することになれば、ますます日本が得意とする技術開発・ソフト開発が進展することにもなるのだ。
人命軽視の文化を持つ中国・インド・ロシアにあっては、いくら投資したところで、こういった技術開発や経済発展は国家としての経済政策目標にはなりえないのだ。貧すれば鈍する!では、企業経営は成り立たない。暴力団の世界でも、貧すれば「覚せい剤や売春」に手を出し、鈍して「警察に弾圧」されるのだ。
専門的な話ではあるが、数10年前に労働組合運動あたりから、「就労拒否権」なる概念が持ち出されたが、時代の流れは「新たな権利の確立」よりも、自由平等のための「法の支配」に至ることになったのだ。
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