<コンテンツ>
・総務部メルマガ、11年目に踏み込み
・今日本は、「混沌とした社会」ではない
・だから夢が必要! だから無謀な夢が。
・夢を語り・実験してみればよい!
・厚生年金基金の末路
・Facebookには、懸念がある。
・=書評=「イノベーションの達人」
§総務部メルマガ、11年目に踏み込み
今回で10年を突破、第121号となりました。
確かに、この分野では異質であり、総務人事部門のイノベーションを課題とするメルマガでは、唯一のものです。
1.営業や経営全般におよぼす総務関連の出来事を題材に
2.マスコミの書かない記事と解説に内容を絞り
3.経営全般のイノベーションに役立つインテリジェンス情報の提供を
4.(マスコミの読者向け文学的に反し)社会科学的裏づけのもと
5.パソコン通信を念頭に落ち着いて思考いただくようにしてきました。
さて、10年前と比べ、ICT技術革新が一段と進みつつあります。
ICT産業革命の中で、読者のみなさんの意識が変わり、かつ、今の日本のネット社会では、強気だけで抱えきれない現代リスクと、反面には無謀な期待感で惑わされそうです。
そこで、
これからの新時代に必要な、身近な目前の利益確保や、「あの時に…と悔やまないですむ」将来のリスク回避の工夫にも、Facebookでもって、様々試みようと思います。
名前を、≪総務の金星≫で検索ください。プライベートFacebookとは別です。
株式会社総務部、代表の村岡利幸が提供します。(その方法は後述)
http://www.Facebook.com/profile.php?id=100003821013379
「科学的学問的裏付けのある知恵」の発信をFacebookでも試みます。
コンピュータ原理を開発したウィーナーの力説する、「新しい通信には、新しい手段が必要」という訳です。だから、Facebookに蔓延している意味のない世間話ではありません。たぶん、日本人のFacebook世界では、リアリズム過ぎるでしょう。
何かと、混沌とした未来が見えてしまう昨今ですから、ひとつ、ご理解ご協力いただきたく、お願い申し上げます。 株式会社総務部 代表取締役 村岡利幸
§今日本は、「混沌とした社会」ではない
良くも悪くも世論に影響を与えるのはマスコミである。口を開けば「混沌とした社会」とばかり言っている。ところが、この状態にあって、次の時代をにらむ戦略家たちは、民間であろうが政府であろうが、まして霞ヶ関財務党の官僚たちまでもが、実際に目論んでいる内容を口にしようとはしないのである(個々の事例は省略)。これに合わせて保身を図るマスコミ関係者は、目の前にある特ダネやニュース解説を避けるのである。まるで中国のマスコミを観るようで、北朝鮮のピョンヤン放送になりはしないかと、感ずる所は冷や冷やものである。
昔から、ピラミッド型の組織の中でならば、
上から物事を実行しようとすれば、本当に目論んでいることは口に出さず、その本命以外のことをPRする方法が定石である。だから昔は、本命の話以外を議論に載せて話題にすれば、確かに組織は結束し、みんなが一丸となって組織的に行動した。その運営方法の具合が良かったから、55年体制と言われる、「保:革」が社会で機能をした。個別企業においても、人員が多くなれば不具合を生じることから、「労:使」が機能した。終身雇用・年功序列型賃金・企業別組合と言われた社員管理の三種の神器のことである。ところが、「本当に目論んでいることは口に出さず、その本命以外のことをPRする方法」は、エネルギーを持った人材たちに、いわゆる嫌気を与えたわけであるから、組織の活力も同時に消滅したわけである。すなわち、嫌気がさして組織では生きていけない人たちは、自ら事業を起こしたのである。
そして、現代になって時代が変わった。
だから今や、大手企業に、たとえ多額の投資(現実経済では実に夢物語だが)が行われたとしても、大手企業の社員の大半、あるいはその人たちが採用する新入社員の大半は、所詮は活力とは縁遠い者たちとなっているのである。仮に活力を目指せば村八分、せいぜい口先だけの不満分子に留まっておかないと、生活の糧まで閉ざされ(クビ)る。こういったレトリックである「労:使」の機能、これを必要としない中堅・中小企業だったから、そこでは大手企業と違って意識の差が生まれることとなった。だが、大手企業を見習って、「労:使」機能の真似をしようとした個別企業たちと、千差万別優劣付けがたい「夢を事業に吹き込んだ」個別企業家たちの二つに分かれた。世襲の二代目・三代目経営者たちで、どちらともはっきりしなかった個別企業は、真っ先に崩壊していったのが現実でもある。
このような歴史と学問的裏付けで観れば、
マスコミ流儀の政治ショーの如く、
口先だけで中身のないストーリーでは、暇潰しだとしとしても飽き飽きだ。世間でもてはやされる閉塞感、日本経済の転落・墜落感、奴隷でも受け取れる程度の報酬感、こういった人生や社会のとらえ方もレトリックだと気づけば、解消することができる。
実は、理論的にはどうでもいいことだが、こういった教養センスがイノベーションを起こす起動力であり、日本経済を「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供で復興することができるのである。
教養センスとはそういったもので、人生や社会共同体にはインテリジェンスが必要なのである。レトリックにとらわれないようになるには、インテリジェンス面での情報交換が必要ということなのだ。
ついでに解説すれば、
レトリックとは広辞苑でも調べれば死んだ情報ならば直ぐ見つけられる。が、レトリックのインテリジェンス情報ならば、「ギリシャは人の言うことを聞かない」からレトリック(修辞学)や詭弁学が発達し、「ローマは人の言うことを聞いたから合議制で発達した」歴史や法体系に進んだ…という具合になる。ちなみに日本文化はギリシャ風(伝来仏教もギリシャ風)だからレトリックの論理構成を受け入れやすい。だがグローバル展開はローマ風であり、「自由平等の社会共同体」の目指した市場経済がイニシアチブをもっているのだ。中国では儒教を信奉する者などは社会から抹殺され、中国経済の指導者は理学部系が多いとのこと。
ある面、無知や迷信に浸っている人たちには、
レトリックの手練手管を使ったときの効き目は絶大だ。マスコミも、レトリックが売れるから、そう書かなければ首……。だが、個別企業の発育も福祉の増進も、そのレトリックの時点から後退してしまう。自らも、無知や迷信に浸る危険をはらんでいる。フランスは大統領が代わり、ギリシャも与党が惨敗とのニュースが入ってきているが、EU統合や経済政策の前提として近代ヨーロッパの哲学が徹底的に研究され公表されているといったことを取り上げないマスコミ関係者も、レトリックを使って飯を食っている者が大半だ。
§だから夢が必要! だから無謀な夢が。
夢と白昼夢は違う。それが一緒だと言って、惑わすレトリックも前時代的だ。
例えば、大阪経済を復活させる夢には、
イ)「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供しかない↓
投下資金によって起こせる事業は避ける↓
世界の富豪に比べ日本企業に資金は無し、投資も無し↓
技術とか技能の切り売りを海外展開すれば自滅↓
ロ)大阪に経済拠点の復活、それには「場づくり」が必要↓
イノベーション、労働采配、契約采配、物流采配を握る必要↓
軍事力なくして人・物・金・情報の流通でカネは落ちない↓
情報プラットホームは、経済活動の動きにならない↓
ハ)Made in Japanの出荷先は、商習慣のある東ヨーロッパ↓
アジアは、商習慣が未発達だから金を回収できない↓
ニ)輸送は極東新幹線(大阪発~日本海フェリー~シベリア鉄道)↓
ホ)固有価値を持つ商品経済メッカ・大阪の象徴、ちんちん電車↓
路面電車は輸送手段ではなく経済活動復興象徴の手段↓
大阪を企画・投資・技術・販路の「楽市楽座:安心地帯」の象徴↓
へ)大阪の本町通2km、経済拠点たるべきオフィスを集中、その周辺に保育所。
……といった具合だ。レトリックではないからこそ、説明効果は抜群なのだ。
「ちんちん電車」は時速6キロ、飛び乗り飛び降り自由。こういった話を、この大阪で示したところ、みんなが大喜びしている。夢と分かっていても、経済復興の理屈は知らなくても、ああしようこうしようとのアイディアが続出して来るのである。
個別企業においても同じ、
たとえ守りを固める体制を固めようとしても、こういった夢が無ければ、社長も幹部も社員もパートも、「前向きの動き」にはならないのだ。…動きがとまれば、支払いと不良債権の波が押し寄せるばかりである。社長の強気で経営が持つ訳も無く、総務人事部門の参謀としての支えは欠かせない。
§夢を語り・実験してみればよい!
個別企業の中心・中核が意気消沈していては将来はない。
だから、貴方の企業でも、貴方の街でも、夢を語り・実験してみればよい。
街なら:皆が集まる場所でこそ、楽市楽座フリーマーケット
企業なら:楽市楽座のサークル活動(の雰囲気の仕事スタイル)
……前時代的(投下資金ありきの)マーケティング、人事制度、業務改善、販売活動、Web戦略などで事態は打開できない。せいぜい東南アジアに個別企業ごと出稼ぎに行って延命を図るだけである。その成功のコツは、語るだけではなく、実験してみることだ。すると、若者が付いて来る。
とにかくレトリックの好きな人は、
「労:使」も「保:革」も、口先ばかりで、実験が嫌いだ。実験が嫌いだから、もちろん本番の実行も出来ない。挙句に延命策の話ばかりだから、そんなことを見透かした若者は海外勤務の就職を嫌うのだ。そんな事実の確認はリクルート会社にアドバイスしてもらうよりも、直接インタビューすれば直ぐ分かること。だから、若者はチャンスを見てとると海外へ自費ででも飛ぶのである。
ちなみに、女性ばかりの店舗
を作る実験(西友)がなされているが、これがまさに、上記の「楽市楽座のサークル活動」の視点から分析すれば、新しい時代の人事・人材活用仕事スタイルである。男女平等というよりも、女性ばかりのほうが、夢を実験・実行する確率が高い組織コンビネーションという意味である。だから成功の秘訣は、女性の中にも部下の抑圧に気概を燃やす者が存在するから、「本当に目論んでいることは口に出さず、その本命以外のことをPRする方法」を、如何に当初から排除・阻止するかであるのだ。夢を語り・実験するというのは、この「当初から阻止」という所に、レトリックとは異なる具体的現象面な違いがある。最低限、昭和61年の雇用機会均等法施行の際に、日本生命某人事部長が言い放った、「男らしい女と、女らしい男を入れ替えるのだ」との前時代的発想(レトリック)とは、次元も世界も異なることをはっきり明言しないことには成功はおぼつかない。
実験して→実行してみて
要するに、あれこれ理屈を言っていないで、とにかく「楽しく自由に」やってみることである。(個別企業でも街づくりでも、この「楽しく自由に」という言葉を、無能な管理職から順番に忌み嫌う。有能な人は、もうそれなりにやっているのだが…)。
だがそれでも、比喩的にいえば、「国破れても、官僚は残る」と陰でコツコツ実行に走る、「優秀な官僚たち?」の仕事面だけは、他山の石として見習うべきなのである。
現代的楽市楽座、ICT産業革命中であるから、Webの世界でも中国流の統制・朝貢経済ではなく、自由・平等・資本主義の楽市楽座なのである。
§厚生年金基金の末路
AIJのニュースで厚生年金基金の将来が騒がれている。
筆者は、十数年前から今日の危機を予想して、心ある事業所に対して、厚生年金基金と健保組合の両方ともを脱退するコンサルティングを行った。だから言えることだ……。
実は十数年前から厚生年金基金の制度は破綻に陥っていたのだ。この制度の前提は右肩上がりの経済成長、ピラミッド型組織に次々と若者が就職して、最後までピラミッドの頂点に上り詰めた人たちを支える年金を予定した制度であった。こんな前提の制度に、何を錯覚したのか、中堅・中小企業までが参入をして行ったのだ。
もう十数年も前から
健保組合は協会健保(政管健保)よりも給付条件が落ちていたにも関わらず!だ。当時から厚生年金基金も原資に穴を開けていたので、仕方なく?投機(証券など金融商品)に手を出していたにも関わらず!だ。(健保組合と年金基金は原則共同歩調)。IT産業の厚生年金基金であっても、「若者が多い」と安心感を振りまいていたが、出入りの激しい業界だから実態は財務内容が良くなかった。とにかく、やばい事態に陥っている厚生年金基金は、新規事業所加入の意欲など全くなかった。もうすぐ危なくなる厚生年金基金は、様々な嘘を言って新規事業所の誘いを最後の最後まで行っていたし、そうしないと「やばい事態」になるからという理屈だ。最大の嘘は、「厚生年金基金加入は全会社ごとです」と口で言っていることだ。本当は、事業所ごとである。だから東京支店は健保組合と年金基金加入、大阪支店は協会健保と厚生年金と言う企業が現にあるにも関わらず。
さて、AIJニュースをリークしたのは厚生労働省に間違いない。
マスコミや国会で取り上げられた時点では、既に「やばい事態」に陥っている厚生年金基金では、
1.事業所の脱退阻止のための高いハードルの規約に改正
2.基金の加入員減少や偽装倒産等でも空保険料の回収制度
3.次に、保険料値上げや年金支給額の減額の検討に入っている。
この段取りと行政指導をした上で、厚生労働省がリークをしたのだ。
とにかくAIJは救いようが無い
くらい腐っているから、厚生労働省としては絶好の生贄にしたいのである。偶然にも、その甘い汁を吸ったのは、キリスト教系某大学(神戸市)の理事長である。その甘い汁は、旧約聖書(ユダヤ教・イスラム教)でも新約聖書(キリスト教)で禁止されている、「物作りに資することがない利息」=「利ザヤ稼ぎ」であった。おまけに、大学内で理事長は自称経済学者だから、「利ザヤ稼ぎ」と正当な利息とを混同したとの弁解はできない。だから、ここぞとばかりに、厚生労働省の「免罪符」としてAIJを叩き潰しても、世界の各国政権と投資家の賛同を受けられるといった思惑が出来上がっていた。
そして、そのリークの目的とは、
「やばい事態」に陥っている厚生年金基金がどのような社会評価を受けるかの問題だ。
今や基金の構成員は、社会保障という大義名分よりも、「自分たちだけが得したい」と思って基金に加入した履歴、バブル時代には欲が絡んで「取らぬ狸の皮算用」、次に失われた10年×2回の時代では穴が開いた原資に居直って「強欲が絡んで投機に走る」といった人たちの集団行動、もしくは「そうとは知らなかった」とは言えない欲張りたち、…といった評価である。したがって、(基金の不法行為は見出せず)自業自得だとして、救済の手を国から差し伸べるとは言語道断とか、せいぜい法改正によって厚生年金基金の連合体に連帯責任を負わせてしまおうとの、旧厚生官僚名演技である。
もはや手おくれ!
私どもに基金脱退のコンサルティングを依頼されても、社会制度に反して基金に残り続けた個別企業に対する不良債権の対策には、とてつもない困難さが付きまとうからである。その最大根拠は、脱退手続きの最中に、「オタクも元はといえば、甘い汁が吸いたかった仲間じゃないの」と年金基金側から誘惑されれば、それに乗ってしまう哲学だからだ。「自分たちだけが得したい」と思うのは自然ではあるが、基金の不良債権を免れる法的根拠の存在の仕様がないのだ。それは十数年前にリスク回避すべきであった所の失敗であるからだ。確かに前時代的レトリックに惑わされた犠牲者ではあるが、「他人の話を聞かなかったが故に」招かれた崩壊であるから仕方がない。
近代法の救済制度からいえば、「仕事を続けるために、会社解散」をしてチャレンジする道は残っている。確かに、「会社を残し、仕事を減らせば」、その方向の方法は無きにしも非ずだが、よほどの覚悟と費用がない限り不良債権を免れることはできない。
§Facebookには、懸念がある。
例えば、私の職業では、「人脈が可視化」されると支障が出る。
すなわち、封建時代など中世の経済制度の脱出基盤となった、「労働の配分によって価値を生む社会システム」が市場経済を支えているが、その中核的役割であるコンビネーションやアソシエーションをつかさどる職業では支障か出るのである。
すなわち、主に会社経営者、管理職、アウトソーシング、自由業といった、「人脈が可視化されない」から成り立つ職業の人たちである。この職業の人たち以外にもそういった要素を持つ人は多い。半面、肩書がそうであっても実態が「労働を配分されている人物」であれば、「人脈の可視化」はさしつかえなく、Facebookのイメージの、「御説」の通りである。ただし、Facebook発祥のアメリカ社会では、弁護士などの資格取得よりも、卒業した大学が重要な資格項目であり、卒業生OBも出身大学を精神的にも支え金銭的にも維持・寄付している仕組みである。だからアメリカのFacebookでは出身学校が重要となるのだ。
何人かのSNS専門家では、
☆1 会社の上司や局から友達申請されて拒めなかったり、
☆2 人間関係の相互監視で窮屈な事情でFacebook疲れが起こり、
☆3 仲間はずれを恐れ、当たり障りのない内容しか書けなくなったり、
☆4 誇れる仕事、学歴、人脈、容姿がないと劣等感を感じることになり、
★5 さらに日本では、戦時中の隣組と同じく社員監視に使われていると。
……こういったことが指摘されている。
http://www.cnn.co.jp/tech/30006492.html
さらに、Facebookを利用している事業者のほとんどが、個人もしくは個人事業を相手にしていたり、狭い事業領域で活動する人物(芸能界や政治家とか)といった者たちであると指摘している。要するに、同一商品を扱い販売先は親戚、知人友人から始まる職業(例=税理士、弁護士、行政書士、司法書士、社会保険労務士、保険代理店、美容師、小売販売などを指す)である。
だから、そうでない場合は、
日本でのFacebook使い方のイノベーションを起こさなければならない。相互情報の交換しやすさが、Facebookの利点であることは間違いなく、ICT産業革命の真っただ中にあることを忘れるわけにはいかない。Facebookブームに水をさす話だが、SNSとは携帯のメンテナンス機能を、「いつまでも噂話や無駄話に興じていたいティーンエイジャーのニーズに訴えた」アメリカの商品(『イノベーションの達人』p46)で、効率のよいコミュニケーション媒体とはいえない物だ。だが、この使い方をイノベーションすれば、有効な経済活動の基盤にもなる。
とりわけ、日本でFacebookを道具として使うには、
1.最低限ペンネームを使用(芸能界のように)すること、
2.組織的管理を行ってFacebookを編集(政治家のように)、
3.提供する情報や交流内容を、目的を定め限定すること。
4.Facebook内の「村社会」の人たちと摩擦しないことである。
私どもが今日まで一線を引いて来たFacebookに、
≪総務の金星≫を開始したのは、こういった意味である。
やはり、インテリジェンスな情報は交流を行わなければ伝達されないし、Facebookの個人ページ機能がアメリカのように活用されるのは良いことなのだ。(ちなみに、Facebookの友人は5,000人未満らしい)。よって、Facebookの開設するフィード購読では、また別の意味しか生じないのである。
要は目的的に使用すれば、市場経済を支えるコンビネーションやアソシエーションの道具にもなるし、ブームに乗せられただけならば、現在懸念されている人間関係相互監視の役割に使われて市場経済の阻害要因(販売活動のカモにされるだけとか)かもしれないのだ。また、次々とコミュニケーション?を図ったところで、濃度が薄くなるばかり、ましてインフォメーションや当たり障りのない内容であれば即座に利用されなくなるのだ。
§=書評=『イノベーションの達人!-発想する会社を作る10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン、早川書房、2006年6月
アメリカの有名なデザイン・ファームであるIDEOに集約されたイノベーション手法を披露している。IDEOは工業製品のデザインやイノベーションを扱っているものと誤解をされて、日本の経済や経営の分野では紹介されることがない。アメリカではれっきとした全般的なイノベーションとして経営学などにおいて紹介されている。シリコンバレーに本拠をおいたことや、当初はコンピュータ関連機器製品で成功させたのだが、メーカーから小売店、大学、病院に至るまで多種多様な業種において、高付加価値製品から高水準サービス(顧客集客改善など)までの商品を扱っているのが本当のところである。IDEOは、昨年の3・11東日本震災直後、復興に向けた東京オフィスを開設している。
この本には、イノベーションに必要な人材パターンを10種類あげている。その人材が行う具体的行動や考え方を具体的に示し、如何にイノベーションにかかわっているかを説明している。日本では、イノベーション業務に携わる者といえば、新商品開発担当といった限定的イメージにとらわれがちである。が、ここではビジネスの芽となるイノベーションの発見者(人類学者)から始まって、イノベーションされた商品や業務改善手法を企業文化や社会文化にまで定着させる人物(語り部)まで、10パターンの人材類型を取り上げている。産業育成における、地面の下の種の発見から社会経済に不可欠な大きな樹木までに至る、事業開発に欠かせない人材類型を説明している点で、経済学でもあり経営学でもあるのだ。(この人材・労働面での日本の学術はきわめて遅れている)。
1.人類学者
2.実験者
3.花粉の運び手
4.ハードル選手
5.コラボレーター
6.監督
7.経験デザイナー
8.舞台装置家
9.介護人
10.語り部
10パターンそれぞれの人材類型は、現在の日本語への翻訳が難しく、ひとつの言葉に概念をまとめられるものではない。だから直接読んでみて、それぞれの行動や考え方を具体的に知り、最後にそれを混ぜ合わせることが、この書物からの知恵の習得方法であり、この本自体がそのような編集を行っている。まるでヘーゲル哲学の手法が思い出される。イノベーションを話題にする本には、この本の二番煎じが多いから、オリジナルを読み解けば実力がつく。
したがって、イノベーションを管理しようとする者、イノベーションに携わる者共に必見の書物である。もちろん、今やイノベーションを抜きにして事業経営は成り立たないのであるから、総務人事部門に属する者は必読の書である。今日明日には必要ないのは事実だが、あさってからの仕事の的を外さないためには必読だ。
2012/05/08
2012/04/10
第120号
<コンテンツ>
・霞が関財務党、日本の引き廻し
・個別企業でも、方策により前途洋々とした道が
・固有価値が取引される、国際的「楽市楽座」なら?
・この年度末、消費税だの何だの陰で…
・マイナンバー制度の落とし穴(源泉・社保料)
・期間を定めた契約の場合の労働契約法改正
・労働者派遣法、役目を終える法改正成立
§霞が関財務党、日本の引き廻し
今や、政党の形式は持たず実態だけを持つ政治集団が、日本の社会経済を引き回している。それに対抗するのは、経済産業省から脱藩した形の元官僚たちである。この二大勢力に振り回されているのが、世界経済の暴風雨の中で、小さく身を潜めている経済活動家たちである。もちろん、デフレ経済の中では、投資をして経済活動することは致命傷、だから誰もがズッと時期を待っているのである。加えて、日本銀行が金融引き締めに入っているが、マスコミも含めひた隠しにされている。
「変化する新環境を読み取り、どう取り組むか!」が経営の本質だ。
ところが、ただ待っているだけの個別企業が多く、デフレ終息時に立ち上げる事業計画を練るとか、そのための教育訓練、職業能力の向上が行われていない。
世界をおしなべて物事の実行能力は、日本の官僚に勝るものはいなさそうだ。だからと云って、「画期的なこと」を表明しておきながら実際は官僚たちに妥協するのは裏切りである。また、経済活動で成功するはずもない官僚に、日本経済の先行きを任せることも、資本主義の原則に逸脱する行為である。だがこういった人たち、いずれの有名人も、心のどこかで「その地位にしがみ付きたい」とよぎった瞬間に、官僚言いなりの独裁者に変身するのである。
だから、総務人事部門は個別企業を拠りどころに、虎視眈々、毎日こつこつと手を打つことが大切なのだ。
最低限、
1.財務基盤を整備して現金を守る。現金を節約できる仕入れ在庫の流れ。
2.事業基盤を確保する。まず設備削減は大胆にする。
不得手な仕事はアウトソーシングして長期コスト削減する。
3.売り上げ基盤を再編成する。形骸化した「顧客ニーズ論」は否定する。
=社会合理性との整合性を保った商品開発=
例えば、商品を小分けすることで小家族向けの商品開発や販売工夫。
単位当たりの利益率が向上しても顧客から喜ばれる売り方。
サービスや仕様書の業務改善は、
個別企業のもっている固有価値を明文化することである。
それを生み出す体制づくり。
(ボストンコンサルティングの研究:世界大恐慌で生き残った企業実例などから)
…そのためのICT機器であり人材育成である、これを間違ってしまうと個別企業に利益が残らない。すなわち、売上高が高くとも、仕入れ先や販売先に利益が流れてしまい、(その個別企業の固有価値がないから)管理費が残らなくなるからだ。
官僚たちが資本主義と日本経済社会のために働くとすれば、こういった民間個別企業の方針を具体的に支援することである。ところが、日本の官僚は、国民支配欲望が強いから、無節操にソ連7ヵ年計画を真似て経済政策を実施したし、資本主義原理を無視して統制経済でもって商品流通を阻害もしたし、そんな歴史を繰り返しているのだ。(だいたい、キリスト教・イスラム教では、公務員は奴隷仕事と教わる)。
§個別企業でも、方策により前途洋々とした道が
さまざまな知恵を出せば開ける。それは、狙いは世界約1億人の富裕層に向けて、日本から「高付加価値製品&高水準サービス」の商品を提供することである。世界的な経済の影響を受けることは仕方がない。だがしかし、量産と薄利を求めて海外進出するばかりが生きる道ではなく、あげく中国系資本などに買収される落ち目は避けられるからだ。(企業も労働者も中国に買収されてしまうのは、ひとえに金融や金銭のみを追い求めて働かされていることによる)。
その国際市場は日本国内に作ることは可能で、そこから個別企業は日本国内を拠点とし、新たな語学もバイヤーも人材も不要なのである。その大きな根拠となるのは、およそで説明すれば
1.経済活動の場は都市であり、楽市楽座であること
2.そのためには法秩序と統治によって安心感と安全を確保すること
3.外敵や不正から守られて、初めてイノベーションの余裕が出ること
この条件に、日本国内の大都市は当てはまるところが多い。
ソウル、釜山、上海、北京、香港、マニラ、シンガポールと数えてみても、信号無視から始まり凶悪犯まで、安心感・安全都市ではない。実に世界の情報交流事情は様々で、ポイントは情報がICT機器で交わされるとしても、「経済取引の対面:場づくり」(共通空間)なのである。日本の西方面の国のような、誰かが情報を集約し、誰かが気に入らないからハッカー行為をするといった行政は、この「場づくり」を否定するから、新産業やイノベーションが衰退するのだ。あげく、商品に付加価値(特に固有価値)を含ませないで、(東京電力の様に)産業の足を引っ張ることにもなるのだ。
要するに、日本と日本人の安心感と安全を軸に、世界1億人富裕層の商品市場(場づくり)を日本に作ればよいのである。
§固有価値が取引される、国際的「楽市楽座」なら?
国内各地で「地域の活性化」のためのフリーマーケット(楽市楽座)が流行しようとしている。
1.商業ベースのフリーマーケット(自由ではなく規律と規則正しさを求められ、場所料は5千円以上)は衰退を待つしかない。事実、身近な公園などでの参加料の安いフリーマーケットは盛況である。身近な方がデフレ時代の波に乗っている。
2.フリマ開催規則など作らず、暴力団と刑事事件の未然防止対策だけに限り、あとは参加者自由運営だから盛況である。それは、大型都市の大規模店舗売り上げが低迷する一方で、近所のターミナル近くの専門店が売り上げを伸ばしていることと共通している。すなわち、精神的にも物理的にも「楽市楽座」の手法が必要なのである。
3.市場開拓は、従来のカテゴリーの組織や、その組織が行うマーケティング方式では不能を呈している。いずれにしても、国民総生産の統計数値に現われない「地下経済」だが、在日外国人は違和感を思っておらず、急速に膨張していることは間違いない。
4.いつのことやら分からない大言壮語に期待していても仕方がないし、何もしなければ即自滅である。
5.「付加価値」などといった、ぼーっとしたことを言っていないで、明文化できる固有価値が取引される、「フリーマーケット=楽市楽座」は、新たな「経済の豊かさ&成長」の視点になり得る。(次のHPの研究報告の欄)。
http://www.soumubu.jp/new.html
こういった根拠から、「国際的な楽市楽座」の場(共通空間)となれば、経済の世界的重要拠点になれるのだ。情報プラットホームでは、新規経済活動の役には立たない、それは、その場の即座の行動力が伴わないからだ。(その他、経済史や経済学的根拠の説明は、このメルマガでは、ただでさえ文章が長いと言われているので省略)。
§この年度末、消費税だの何だの陰で…
次々と重要法案を成立させている。まるで国民に知れわたる前に仕上げを急いでいる官僚のやり口そのものである。だから、海外に配信された情報を見てから、国内情報の把握を要している。
【税と社会保障一体化の関連法】
…これは個々人の人生設計を決めるから、国民の意識や勤労意欲を左右する。ところで、2010年の年金保険料未納率が40.7%、20歳から24歳は50.8%、25歳から29歳は53.7%と厚労省は発表しており、年金制度は崩壊している。若者が老人を支えると言いながら、既に支えることはやめているのだ。にも関わらず、官僚が生き延びるための財政構想としか言いようのない代物である。
【マイナンバー制度は】
…個々人番号付け、隅々から源泉徴収・社会保険料を徴収して、その年間額4兆円程度である。
(後のコンテンツで、その徴収手法を解説)
【法人の番号制度】(マイナンバーに含む)
…情報保護の対象に法人番号は入っていない。そのため、ありとあらゆる所で使用されるであろうし、それが官僚たちの思惑である。その狙いは年間6兆円を超えると言われる脱税額の回収である。個人の番号付けと併せて法案提出し、別目的なのにどさくさまぎれで決めてしまおうとする手法である。かつ脱税は悪との「正論」を掲げているので、国会議員・業界団体は反対したくても出来なくさせられている。
【労働者派遣制度・終了に向けて法改正】
…直接規制するというよりも今回の改正は、派遣業者の苦しい経営を直撃することで、制度や事業を縮小させようというものである。なぜなら、派遣制度には期間契約の労働契約が不可欠であるが、この有期の労働契約に関する法改正で本命を狙っているからだ。
(後のコンテンツで解説)
【期間を定めた労働契約の法改正の動き】
…戦前日本の期間5年の「労働契約&年季奉公システム」は労働生産性の足を引っ張るだけではなく資本主義経済の障害ともなっていた。戦後は終身雇用の理想を掲げて労働力を確保したかにみえたが、体を張って文句を言った世代だけは恩恵を受けたが、もとより実体のない年金制度と年功序列賃金によって国民に付けがまわってきた。
また、硬直した労働市場と職業能力向上を度外視したための弊害を、労働者派遣制度で克服(特に女性の技能労働市場の形成)しようと試みたが、1997年職安法改正&1999年派遣法改正で失敗、無秩序な労働市場&職業能力下落を引き起こしてしまった。この経緯のもとでの労働契約法改正が進められているわけだ。
(後のコンテンツで法改正骨子を解説)
¶マイナンバー制度の落とし穴(源泉・社保料)
税と社会保険料の一体化の具体策として、個人番号(マイナンバー制度)で国が納税と社会保険料を徴収一本化することは、前号の総務部メルマガで報告した通りである。扶養家族申告書、確定申告書、源泉徴収票、社会保険算定基礎届、賃金計算明細書その他、ありとあらゆる箇所に「マイナンバー」を記入させる方法だ。
だが、インフォーマルな事情・情報は、政府も官僚も、いずれも政党も議論から外している。
確かに、大手企業にあっては無関係な部分も多く、かつ、実際の給与・経理・税務事務を行っている者でなければ分からない部分がある。さて、当の税務行政や社会保険行政の公務員たちは百も承知、それを取り仕切る官僚たちも、この上なく承知している実態がある。だからこそ、一挙に実施しない策に出ており、とにかく、一挙に導入せず、社会問題化しないように計画している。その実務におけるそれは、
1.月額87,000円未満の者の源泉徴収の開始
中小企業の経営者で、87,000未満なら所得税非課税と思っている人も多く、そう思っている労働者も多い。これをマイナンバー記入がなければ、給与を経費と認めない制度としている。
2.毎年度末に集める扶養家族申告書に、被扶養者のマイナンバー記入
これにより、被扶養者の給与収入はすべて税務署が合算して計算するから、所得税の対象となる。高校生のバイト、主婦のパート、祖父母の収入など一目瞭然である。源泉徴収の還付を求めて確定申告をすれば、さらに家計収入は一目瞭然。
……ここに制度の狙いがあり、所得税5%+住民税10%が課税される。
3.個々人の給与所得額から社会保険の加入状況を洗い出す作業
昔々、給与所得と社会保険の突き合わせをやっていたが、これをICT技術で復活。
折しも厚労省は未加入被保険者を3年以内に半減させる目標の方針を決定した。
……ダブルで1週間に30時間以上働く者の保険加入に実施の地ならしである。
(社会保険料の支払は、より多くの時間働かせた事業主の義務である)。
4.雇用保険や労災保険の保険料算定基礎にも使用
……すぐさまではないにしろ、当然のごとくマイナンバーの使用は拡大される。
5.法人のマイナンバーは、個人ではないから情報保護の対象外
法人マイナンバーは調査会社も競合会社も利用出来るから、密告社会を促進するし、詐欺に使用することも想定内である。こういったマイナス社会とならないための具体策は検討されていない。現在日本のポピュリズムは、単なる付和雷同といった低レベル意識であるから危険極まりない。だが、「国破れても、官僚は残る」とする目的であるから、差支えないとしているにすぎない。さらに、法人の預金が金融機関を超えて名寄せされる道を開くことになる。
……これで、資本主義の原則である金融機関の情報守秘が崩される。
6.生産やサービスの現業部門の、経済システムを直撃
マイナンバー制度を回避する策は、外注(SOHOとか内職)しか残っていない。
だが、時間で労働者を指揮命令する方式を、完成品のみで納入させる方式に変更は不能だ。民法が改正されて、役務提供契約が施行されれば労働者性はますます高くなる。出来高制としても、出来高賃金を支払うのであればマイナンバー制度適用である。だから、無理に外注を推進すれば、近代経済システムの柱となっている、「労働の指揮と分配で価値創造を統制」することができなくなれば、資本主義の否定、すなわち、事業経営自体が運営不能となるのである。
……だかやはり、回避するために法の目をかいくぐっての外注は増加する。そこに(米国:禁酒法のアル・カポネ、戦前日本の年季奉公=人身売買の様に)新たなブラック経済が生まれ暴力やカルトが横行、ICT機器を使って商品経済・商品流通を阻害する形態が発生することは目に見えている。
官僚や政治家には、こういった経済原理の存在までの洞察が出来るはずもない。
その賃金関係の増収額は4兆円余り
と推測される。税と社会保険料の増加する総額なのだが、大論議となっている行財政収入見通しには含まれていない。なによりも、対象とされる賃金所得が現実に果たしている効果とは、いわゆる貧困層の生活費補てん、主婦のヘソクリその他、いわゆる社会の潤滑的役割なのである。それは確かに地下経済の部分ではある。だが、イタリアのナポリ地方ではないが、国民総生産よりも消費支出が多いといった統計が存在するとしても、それなりの経済的豊かさの象徴であることは否めない。こういった議論を抜きにして、マイナンバー制度は進んでいる。そのうちに、「暴力団排除です」との意味不明な屁理屈が持ちだされ、暴力団でなければ賛成しろとの踏み絵を踏まされることで本来の社会福祉が侵される、まるで日本の西方向にある「この世の楽園」のごとく。
法人その他の脱税は6兆円程度
との話もささやかれている。だとすれば、脱税防止システムにのみ焦点を当てた制度を作れば良いのである。だが、年間6兆円の脱税を焦点としただけでは、官僚の敵側に政治家が回ってしまうのは自明の理、そこで「税と社会保障一体化論」に潜り含ませ政治家の口封じをはかっているのだ。なにせ脱税資金は政治家の資金源でもあるのだから。
¶期間を定めた契約の場合の労働契約法改正
== 来年度までの対策が不可欠 ==
今、日本経済社会に求められている新しいビジネスモデルに対応した、新しい労働力需給(採用~退職)までの企業内システムを創る上で、重要な法改正となる。それは、ビジネスチャンスでもあり、旧来のモデルであれば経営難の引き金ともなり得るものである。
その法改正の骨子が固まった。形態は労働契約法の改正(3/23法案を閣議決定)で行われる。国会にも提出され、早ければ雇い止め規制は10月1日に施行かもしれない。
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/180.html
だとすると、4月1日の新年度からの雇用契約で、その準備が必要となってくる。とりわけ、労働契約のうち期間契約は法改正により直撃されることとなる。
労働契約の終期を定めた終期契約は、5年を超えて雇用していたときには影響を受ける。単なる期間契約であれば、裁判所は期間契約が4年目に突入した場合、常用雇用と見なすから、今から期間の途中であっても、終期契約への変更が推奨である。
http://www.soumubu.jp/download/template/template1/2-t-nyusha/2-02.html
●主な法案骨子は次の通りである。
1.5年を超えて更新を重ねれば、労働者の申し出によって無期契約に転化。
2.雇止めを規制する判例法理が法定法理となること
3.期間(終期)労働者の不合理な差別を違法と扱うこと
【5年を超えて更新された労働契約】
契約の名称の如何を問わない。すなわち、契約社員、パート・アルバイト、派遣社員の何れであっても適用である。1週間の出勤日数も関係がない。期間契約、終期契約のいずれにしても、5年を超えれば労働者の申し出で常用雇用(無期契約)に転化する。転化するとは雇用契約が自動的に存在し、賃金支払の義務が生じるというわけある。
問題となるのは、前の労働契約と後の労働契約の間に、期間が空いていれば更新されていないとするのかどうかである。が、現在の議論では、「6ヵ月間の空白」が存在すれば期間が空いているとするなどの解釈が有力、6ヵ月未満だと継続と見なす方向である。
終期契約であれば、これの全部を直接適用されることはないが、新法施行から5年経過で無期契約に転化する。
ただし、週に数日働く程度で期間を何ヵ月も拘束しなければ、もとより数日ごとの期間契約と見なされるから5年を超えても無期契約に転化することは無くなるが、労働者を期間拘束する企業側の権利はなくなる。
期間契約や終期契約が無期契約に転化したとしても、そのことで賞与・退職金の対象者にはならない。ただし、社員と、無期契約に転化した正規雇用者との差異に関して、退職金有無、賞与の有無を、就業規則に記載することが不可欠だ。
例:「賞与は、この就業規則に定める社員にのみ支給する。」
:「退職金は、この就業規則に定める社員にのみ支給する。」
【雇止めを規制する判例法理】
とは、解雇一般の要件事実に加えて、
イ)臨時的又は補助的業務を基礎づける事実
ロ)更新の回数が少ないこと
ハ)労働契約の通算期間(4年目に突入していない)
ニ)更新の手続実態の存在を基礎づける事実
ホ)継続雇用の期待の排除を基礎づける事実
ヘ)継続雇用への期待防止を基礎づける事実
これら6つの要件について、一貫性を以て証明でき、事実一致性を以て書証その他が提出出来ることを指している。
一般的な期間契約であれば、おそらく多くの実態は法律違反とされる。裁判所は、現在でも期間契約が4年目に突入した場合、これを訴訟提起されたときは常用雇用と見なしている。すると、新法施行日以後、個々のケースを重要視する判例法理→法定法理が適用となるので、裁判所は審理を省略して、「定年までの常用雇用」と法定の故で裁決し、契約不履行の賠償を、直ちにさせるという枠組みになる。(法定法理となれば、まともな弁護士は引き受けないことにもなる)。
現状実態で、一番気になるところは、この6つの要件について、それぞれの事案ごとに、一貫性を以て証明でき、事実一致性を以て書証その他の提出が出来るまでに至っているか?である。
なお、期間契約での期間内の契約解除には、期間満了日までの遺失利益(100%賃金等)を補償しなければならないことは、正規社員より厳しい裁判所の扱いとなっている。案外、本社から指示をしていても、何の気なしに現場では手を抜いていて、いざというとき、書証その他の物が出てこないことがよくあるから、二重三重の制度設計が大切となる。
【期間(終期)労働者の不合理な差別】
とは、「有期雇用であることを理由とした正規労働者との労働条件の格差が不合理とみなされるときは、裁判所は是正措置や損害賠償を命じることができる」との解釈である。昇進昇格の賃金、教育、仕事内容、労働時間が主な労働条件格差の項目である。昇進昇格などは、特段の定めがない限り対象となる労働者にはならないから、そういった事項は不合理な差別とはならないようである。
【全体を通して言えること】
は、今の政権に変更した際に議論された、「非正規労働者の社員化」の路線は、結局のところ採らなかったということだ。いわゆるヨーロッパ型ではなくアメリカ型の雇用政策となった。正規や非正規、社員や期間契約社員を問わず、実体的な格差を具体的に縮小させようというわけである。もちろん、TPPの動きも踏まえてのことである。
民法の役務契約規定とあいまって、こうなれば抜本対策が必要となり、労働力を、いかに効率よく採用し、働いてもらうかのビジネスモデルを考えて、それから、新しい法制度をうまく使えないか?といった思考方法が必要となる。
日本経済の流れは
A.従来型の社員の数は絞り込み、
B.5年を超えた正規雇用者(賃金は高いかもしれない?)、
C.契約社員、契約は終期契約の雇用者に絞って5年以内の、一区切りの者
の3パターンとなるであろう。
(雇用における期間とは、週の出勤日数や労働時間に関係なく、2日以上の契約すべてを含む。日雇いは1日限りなので期間にはならない。派遣法の30日といった規定とは、別概念である)。
加えて、いま国会審議中のマイナンバー制度(平成27年1月導入)を(税と社会保障の一体化と)併せ考えれば、
イ)どれだけ「30時間/週」未満の者を活用できるか、
(方法は、ICT活用や募集・登録制度などに)、
ロ)そして、個別企業の商品の固有価値を提供できる人物を育てること、
……ここに、ほぼ全てがかかってくるといえる。
こういった経営環境の中、
高付加価値製品&高水準サービス(いわゆる固有価値)へと、日本の主なリーダーが、経済政策の舵を切っているわけだから、個別企業のビジネスモデル(いわゆる理想形)を間違えれば、努力するまでもなく、荒波(TPP・FTAの以前に)に会社ごと飲まれるといったこととなる。
¶労働者派遣法、役目を終える法改正成立
もう、派遣の事業形態は、日本での役目が終わったと、労働官僚は考えたようだ。この制度や「業務請負の形態」に携わった私としても、たしかに同感である。
http://www.asahi.com/politics/update/0307/TKY201203070523.html?ref=reca
派遣業者は、現在、単体では多額の借金を抱え、返済の当てもなく、そこに、この改正で経営を直撃された。
1.マージン率の公表で、派遣先からの受注敬遠材料が増え、
2.派遣先のニーズであった人件費コスト低減であったところ
これを背景で支えていた直雇用回避が
「派遣先企業が労働者に直接雇用契約を申し込んだとみなす制度」
で、出来なくなってしまい(3年後といってもすぐのこと)、
専門業務以外はビジネスモデルが成り立たないことになった。
あとは、「業務請負の形態」だが
偽装請負だと、違法派遣の場合と同じで、請負要件を整えられるかがカギとなる。
…だとすると、外注かアウトソーシングに帰結するから、やはり派遣業は終焉ビジネスとしか言いようがない。
(その点やはり、官僚は頭脳だけは優秀、政治家と派遣業者はもてあそばれた)。
派遣法改正の本命は、すでに案内の通り、一昨年の派遣法が成立難航したときから「期間を定めた労働契約の法改正」(この3月23日に法案を国会提出)に労働政策が移っていたのである。この労働契約法改正が成立すれば、非技能系派遣業のビジネスモデルは崩壊する。
・霞が関財務党、日本の引き廻し
・個別企業でも、方策により前途洋々とした道が
・固有価値が取引される、国際的「楽市楽座」なら?
・この年度末、消費税だの何だの陰で…
・マイナンバー制度の落とし穴(源泉・社保料)
・期間を定めた契約の場合の労働契約法改正
・労働者派遣法、役目を終える法改正成立
§霞が関財務党、日本の引き廻し
今や、政党の形式は持たず実態だけを持つ政治集団が、日本の社会経済を引き回している。それに対抗するのは、経済産業省から脱藩した形の元官僚たちである。この二大勢力に振り回されているのが、世界経済の暴風雨の中で、小さく身を潜めている経済活動家たちである。もちろん、デフレ経済の中では、投資をして経済活動することは致命傷、だから誰もがズッと時期を待っているのである。加えて、日本銀行が金融引き締めに入っているが、マスコミも含めひた隠しにされている。
「変化する新環境を読み取り、どう取り組むか!」が経営の本質だ。
ところが、ただ待っているだけの個別企業が多く、デフレ終息時に立ち上げる事業計画を練るとか、そのための教育訓練、職業能力の向上が行われていない。
世界をおしなべて物事の実行能力は、日本の官僚に勝るものはいなさそうだ。だからと云って、「画期的なこと」を表明しておきながら実際は官僚たちに妥協するのは裏切りである。また、経済活動で成功するはずもない官僚に、日本経済の先行きを任せることも、資本主義の原則に逸脱する行為である。だがこういった人たち、いずれの有名人も、心のどこかで「その地位にしがみ付きたい」とよぎった瞬間に、官僚言いなりの独裁者に変身するのである。
だから、総務人事部門は個別企業を拠りどころに、虎視眈々、毎日こつこつと手を打つことが大切なのだ。
最低限、
1.財務基盤を整備して現金を守る。現金を節約できる仕入れ在庫の流れ。
2.事業基盤を確保する。まず設備削減は大胆にする。
不得手な仕事はアウトソーシングして長期コスト削減する。
3.売り上げ基盤を再編成する。形骸化した「顧客ニーズ論」は否定する。
=社会合理性との整合性を保った商品開発=
例えば、商品を小分けすることで小家族向けの商品開発や販売工夫。
単位当たりの利益率が向上しても顧客から喜ばれる売り方。
サービスや仕様書の業務改善は、
個別企業のもっている固有価値を明文化することである。
それを生み出す体制づくり。
(ボストンコンサルティングの研究:世界大恐慌で生き残った企業実例などから)
…そのためのICT機器であり人材育成である、これを間違ってしまうと個別企業に利益が残らない。すなわち、売上高が高くとも、仕入れ先や販売先に利益が流れてしまい、(その個別企業の固有価値がないから)管理費が残らなくなるからだ。
官僚たちが資本主義と日本経済社会のために働くとすれば、こういった民間個別企業の方針を具体的に支援することである。ところが、日本の官僚は、国民支配欲望が強いから、無節操にソ連7ヵ年計画を真似て経済政策を実施したし、資本主義原理を無視して統制経済でもって商品流通を阻害もしたし、そんな歴史を繰り返しているのだ。(だいたい、キリスト教・イスラム教では、公務員は奴隷仕事と教わる)。
§個別企業でも、方策により前途洋々とした道が
さまざまな知恵を出せば開ける。それは、狙いは世界約1億人の富裕層に向けて、日本から「高付加価値製品&高水準サービス」の商品を提供することである。世界的な経済の影響を受けることは仕方がない。だがしかし、量産と薄利を求めて海外進出するばかりが生きる道ではなく、あげく中国系資本などに買収される落ち目は避けられるからだ。(企業も労働者も中国に買収されてしまうのは、ひとえに金融や金銭のみを追い求めて働かされていることによる)。
その国際市場は日本国内に作ることは可能で、そこから個別企業は日本国内を拠点とし、新たな語学もバイヤーも人材も不要なのである。その大きな根拠となるのは、およそで説明すれば
1.経済活動の場は都市であり、楽市楽座であること
2.そのためには法秩序と統治によって安心感と安全を確保すること
3.外敵や不正から守られて、初めてイノベーションの余裕が出ること
この条件に、日本国内の大都市は当てはまるところが多い。
ソウル、釜山、上海、北京、香港、マニラ、シンガポールと数えてみても、信号無視から始まり凶悪犯まで、安心感・安全都市ではない。実に世界の情報交流事情は様々で、ポイントは情報がICT機器で交わされるとしても、「経済取引の対面:場づくり」(共通空間)なのである。日本の西方面の国のような、誰かが情報を集約し、誰かが気に入らないからハッカー行為をするといった行政は、この「場づくり」を否定するから、新産業やイノベーションが衰退するのだ。あげく、商品に付加価値(特に固有価値)を含ませないで、(東京電力の様に)産業の足を引っ張ることにもなるのだ。
要するに、日本と日本人の安心感と安全を軸に、世界1億人富裕層の商品市場(場づくり)を日本に作ればよいのである。
§固有価値が取引される、国際的「楽市楽座」なら?
国内各地で「地域の活性化」のためのフリーマーケット(楽市楽座)が流行しようとしている。
1.商業ベースのフリーマーケット(自由ではなく規律と規則正しさを求められ、場所料は5千円以上)は衰退を待つしかない。事実、身近な公園などでの参加料の安いフリーマーケットは盛況である。身近な方がデフレ時代の波に乗っている。
2.フリマ開催規則など作らず、暴力団と刑事事件の未然防止対策だけに限り、あとは参加者自由運営だから盛況である。それは、大型都市の大規模店舗売り上げが低迷する一方で、近所のターミナル近くの専門店が売り上げを伸ばしていることと共通している。すなわち、精神的にも物理的にも「楽市楽座」の手法が必要なのである。
3.市場開拓は、従来のカテゴリーの組織や、その組織が行うマーケティング方式では不能を呈している。いずれにしても、国民総生産の統計数値に現われない「地下経済」だが、在日外国人は違和感を思っておらず、急速に膨張していることは間違いない。
4.いつのことやら分からない大言壮語に期待していても仕方がないし、何もしなければ即自滅である。
5.「付加価値」などといった、ぼーっとしたことを言っていないで、明文化できる固有価値が取引される、「フリーマーケット=楽市楽座」は、新たな「経済の豊かさ&成長」の視点になり得る。(次のHPの研究報告の欄)。
http://www.soumubu.jp/new.html
こういった根拠から、「国際的な楽市楽座」の場(共通空間)となれば、経済の世界的重要拠点になれるのだ。情報プラットホームでは、新規経済活動の役には立たない、それは、その場の即座の行動力が伴わないからだ。(その他、経済史や経済学的根拠の説明は、このメルマガでは、ただでさえ文章が長いと言われているので省略)。
§この年度末、消費税だの何だの陰で…
次々と重要法案を成立させている。まるで国民に知れわたる前に仕上げを急いでいる官僚のやり口そのものである。だから、海外に配信された情報を見てから、国内情報の把握を要している。
【税と社会保障一体化の関連法】
…これは個々人の人生設計を決めるから、国民の意識や勤労意欲を左右する。ところで、2010年の年金保険料未納率が40.7%、20歳から24歳は50.8%、25歳から29歳は53.7%と厚労省は発表しており、年金制度は崩壊している。若者が老人を支えると言いながら、既に支えることはやめているのだ。にも関わらず、官僚が生き延びるための財政構想としか言いようのない代物である。
【マイナンバー制度は】
…個々人番号付け、隅々から源泉徴収・社会保険料を徴収して、その年間額4兆円程度である。
(後のコンテンツで、その徴収手法を解説)
【法人の番号制度】(マイナンバーに含む)
…情報保護の対象に法人番号は入っていない。そのため、ありとあらゆる所で使用されるであろうし、それが官僚たちの思惑である。その狙いは年間6兆円を超えると言われる脱税額の回収である。個人の番号付けと併せて法案提出し、別目的なのにどさくさまぎれで決めてしまおうとする手法である。かつ脱税は悪との「正論」を掲げているので、国会議員・業界団体は反対したくても出来なくさせられている。
【労働者派遣制度・終了に向けて法改正】
…直接規制するというよりも今回の改正は、派遣業者の苦しい経営を直撃することで、制度や事業を縮小させようというものである。なぜなら、派遣制度には期間契約の労働契約が不可欠であるが、この有期の労働契約に関する法改正で本命を狙っているからだ。
(後のコンテンツで解説)
【期間を定めた労働契約の法改正の動き】
…戦前日本の期間5年の「労働契約&年季奉公システム」は労働生産性の足を引っ張るだけではなく資本主義経済の障害ともなっていた。戦後は終身雇用の理想を掲げて労働力を確保したかにみえたが、体を張って文句を言った世代だけは恩恵を受けたが、もとより実体のない年金制度と年功序列賃金によって国民に付けがまわってきた。
また、硬直した労働市場と職業能力向上を度外視したための弊害を、労働者派遣制度で克服(特に女性の技能労働市場の形成)しようと試みたが、1997年職安法改正&1999年派遣法改正で失敗、無秩序な労働市場&職業能力下落を引き起こしてしまった。この経緯のもとでの労働契約法改正が進められているわけだ。
(後のコンテンツで法改正骨子を解説)
¶マイナンバー制度の落とし穴(源泉・社保料)
税と社会保険料の一体化の具体策として、個人番号(マイナンバー制度)で国が納税と社会保険料を徴収一本化することは、前号の総務部メルマガで報告した通りである。扶養家族申告書、確定申告書、源泉徴収票、社会保険算定基礎届、賃金計算明細書その他、ありとあらゆる箇所に「マイナンバー」を記入させる方法だ。
だが、インフォーマルな事情・情報は、政府も官僚も、いずれも政党も議論から外している。
確かに、大手企業にあっては無関係な部分も多く、かつ、実際の給与・経理・税務事務を行っている者でなければ分からない部分がある。さて、当の税務行政や社会保険行政の公務員たちは百も承知、それを取り仕切る官僚たちも、この上なく承知している実態がある。だからこそ、一挙に実施しない策に出ており、とにかく、一挙に導入せず、社会問題化しないように計画している。その実務におけるそれは、
1.月額87,000円未満の者の源泉徴収の開始
中小企業の経営者で、87,000未満なら所得税非課税と思っている人も多く、そう思っている労働者も多い。これをマイナンバー記入がなければ、給与を経費と認めない制度としている。
2.毎年度末に集める扶養家族申告書に、被扶養者のマイナンバー記入
これにより、被扶養者の給与収入はすべて税務署が合算して計算するから、所得税の対象となる。高校生のバイト、主婦のパート、祖父母の収入など一目瞭然である。源泉徴収の還付を求めて確定申告をすれば、さらに家計収入は一目瞭然。
……ここに制度の狙いがあり、所得税5%+住民税10%が課税される。
3.個々人の給与所得額から社会保険の加入状況を洗い出す作業
昔々、給与所得と社会保険の突き合わせをやっていたが、これをICT技術で復活。
折しも厚労省は未加入被保険者を3年以内に半減させる目標の方針を決定した。
……ダブルで1週間に30時間以上働く者の保険加入に実施の地ならしである。
(社会保険料の支払は、より多くの時間働かせた事業主の義務である)。
4.雇用保険や労災保険の保険料算定基礎にも使用
……すぐさまではないにしろ、当然のごとくマイナンバーの使用は拡大される。
5.法人のマイナンバーは、個人ではないから情報保護の対象外
法人マイナンバーは調査会社も競合会社も利用出来るから、密告社会を促進するし、詐欺に使用することも想定内である。こういったマイナス社会とならないための具体策は検討されていない。現在日本のポピュリズムは、単なる付和雷同といった低レベル意識であるから危険極まりない。だが、「国破れても、官僚は残る」とする目的であるから、差支えないとしているにすぎない。さらに、法人の預金が金融機関を超えて名寄せされる道を開くことになる。
……これで、資本主義の原則である金融機関の情報守秘が崩される。
6.生産やサービスの現業部門の、経済システムを直撃
マイナンバー制度を回避する策は、外注(SOHOとか内職)しか残っていない。
だが、時間で労働者を指揮命令する方式を、完成品のみで納入させる方式に変更は不能だ。民法が改正されて、役務提供契約が施行されれば労働者性はますます高くなる。出来高制としても、出来高賃金を支払うのであればマイナンバー制度適用である。だから、無理に外注を推進すれば、近代経済システムの柱となっている、「労働の指揮と分配で価値創造を統制」することができなくなれば、資本主義の否定、すなわち、事業経営自体が運営不能となるのである。
……だかやはり、回避するために法の目をかいくぐっての外注は増加する。そこに(米国:禁酒法のアル・カポネ、戦前日本の年季奉公=人身売買の様に)新たなブラック経済が生まれ暴力やカルトが横行、ICT機器を使って商品経済・商品流通を阻害する形態が発生することは目に見えている。
官僚や政治家には、こういった経済原理の存在までの洞察が出来るはずもない。
その賃金関係の増収額は4兆円余り
と推測される。税と社会保険料の増加する総額なのだが、大論議となっている行財政収入見通しには含まれていない。なによりも、対象とされる賃金所得が現実に果たしている効果とは、いわゆる貧困層の生活費補てん、主婦のヘソクリその他、いわゆる社会の潤滑的役割なのである。それは確かに地下経済の部分ではある。だが、イタリアのナポリ地方ではないが、国民総生産よりも消費支出が多いといった統計が存在するとしても、それなりの経済的豊かさの象徴であることは否めない。こういった議論を抜きにして、マイナンバー制度は進んでいる。そのうちに、「暴力団排除です」との意味不明な屁理屈が持ちだされ、暴力団でなければ賛成しろとの踏み絵を踏まされることで本来の社会福祉が侵される、まるで日本の西方向にある「この世の楽園」のごとく。
法人その他の脱税は6兆円程度
との話もささやかれている。だとすれば、脱税防止システムにのみ焦点を当てた制度を作れば良いのである。だが、年間6兆円の脱税を焦点としただけでは、官僚の敵側に政治家が回ってしまうのは自明の理、そこで「税と社会保障一体化論」に潜り含ませ政治家の口封じをはかっているのだ。なにせ脱税資金は政治家の資金源でもあるのだから。
¶期間を定めた契約の場合の労働契約法改正
== 来年度までの対策が不可欠 ==
今、日本経済社会に求められている新しいビジネスモデルに対応した、新しい労働力需給(採用~退職)までの企業内システムを創る上で、重要な法改正となる。それは、ビジネスチャンスでもあり、旧来のモデルであれば経営難の引き金ともなり得るものである。
その法改正の骨子が固まった。形態は労働契約法の改正(3/23法案を閣議決定)で行われる。国会にも提出され、早ければ雇い止め規制は10月1日に施行かもしれない。
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/180.html
だとすると、4月1日の新年度からの雇用契約で、その準備が必要となってくる。とりわけ、労働契約のうち期間契約は法改正により直撃されることとなる。
労働契約の終期を定めた終期契約は、5年を超えて雇用していたときには影響を受ける。単なる期間契約であれば、裁判所は期間契約が4年目に突入した場合、常用雇用と見なすから、今から期間の途中であっても、終期契約への変更が推奨である。
http://www.soumubu.jp/download/template/template1/2-t-nyusha/2-02.html
●主な法案骨子は次の通りである。
1.5年を超えて更新を重ねれば、労働者の申し出によって無期契約に転化。
2.雇止めを規制する判例法理が法定法理となること
3.期間(終期)労働者の不合理な差別を違法と扱うこと
【5年を超えて更新された労働契約】
契約の名称の如何を問わない。すなわち、契約社員、パート・アルバイト、派遣社員の何れであっても適用である。1週間の出勤日数も関係がない。期間契約、終期契約のいずれにしても、5年を超えれば労働者の申し出で常用雇用(無期契約)に転化する。転化するとは雇用契約が自動的に存在し、賃金支払の義務が生じるというわけある。
問題となるのは、前の労働契約と後の労働契約の間に、期間が空いていれば更新されていないとするのかどうかである。が、現在の議論では、「6ヵ月間の空白」が存在すれば期間が空いているとするなどの解釈が有力、6ヵ月未満だと継続と見なす方向である。
終期契約であれば、これの全部を直接適用されることはないが、新法施行から5年経過で無期契約に転化する。
ただし、週に数日働く程度で期間を何ヵ月も拘束しなければ、もとより数日ごとの期間契約と見なされるから5年を超えても無期契約に転化することは無くなるが、労働者を期間拘束する企業側の権利はなくなる。
期間契約や終期契約が無期契約に転化したとしても、そのことで賞与・退職金の対象者にはならない。ただし、社員と、無期契約に転化した正規雇用者との差異に関して、退職金有無、賞与の有無を、就業規則に記載することが不可欠だ。
例:「賞与は、この就業規則に定める社員にのみ支給する。」
:「退職金は、この就業規則に定める社員にのみ支給する。」
【雇止めを規制する判例法理】
とは、解雇一般の要件事実に加えて、
イ)臨時的又は補助的業務を基礎づける事実
ロ)更新の回数が少ないこと
ハ)労働契約の通算期間(4年目に突入していない)
ニ)更新の手続実態の存在を基礎づける事実
ホ)継続雇用の期待の排除を基礎づける事実
ヘ)継続雇用への期待防止を基礎づける事実
これら6つの要件について、一貫性を以て証明でき、事実一致性を以て書証その他が提出出来ることを指している。
一般的な期間契約であれば、おそらく多くの実態は法律違反とされる。裁判所は、現在でも期間契約が4年目に突入した場合、これを訴訟提起されたときは常用雇用と見なしている。すると、新法施行日以後、個々のケースを重要視する判例法理→法定法理が適用となるので、裁判所は審理を省略して、「定年までの常用雇用」と法定の故で裁決し、契約不履行の賠償を、直ちにさせるという枠組みになる。(法定法理となれば、まともな弁護士は引き受けないことにもなる)。
現状実態で、一番気になるところは、この6つの要件について、それぞれの事案ごとに、一貫性を以て証明でき、事実一致性を以て書証その他の提出が出来るまでに至っているか?である。
なお、期間契約での期間内の契約解除には、期間満了日までの遺失利益(100%賃金等)を補償しなければならないことは、正規社員より厳しい裁判所の扱いとなっている。案外、本社から指示をしていても、何の気なしに現場では手を抜いていて、いざというとき、書証その他の物が出てこないことがよくあるから、二重三重の制度設計が大切となる。
【期間(終期)労働者の不合理な差別】
とは、「有期雇用であることを理由とした正規労働者との労働条件の格差が不合理とみなされるときは、裁判所は是正措置や損害賠償を命じることができる」との解釈である。昇進昇格の賃金、教育、仕事内容、労働時間が主な労働条件格差の項目である。昇進昇格などは、特段の定めがない限り対象となる労働者にはならないから、そういった事項は不合理な差別とはならないようである。
【全体を通して言えること】
は、今の政権に変更した際に議論された、「非正規労働者の社員化」の路線は、結局のところ採らなかったということだ。いわゆるヨーロッパ型ではなくアメリカ型の雇用政策となった。正規や非正規、社員や期間契約社員を問わず、実体的な格差を具体的に縮小させようというわけである。もちろん、TPPの動きも踏まえてのことである。
民法の役務契約規定とあいまって、こうなれば抜本対策が必要となり、労働力を、いかに効率よく採用し、働いてもらうかのビジネスモデルを考えて、それから、新しい法制度をうまく使えないか?といった思考方法が必要となる。
日本経済の流れは
A.従来型の社員の数は絞り込み、
B.5年を超えた正規雇用者(賃金は高いかもしれない?)、
C.契約社員、契約は終期契約の雇用者に絞って5年以内の、一区切りの者
の3パターンとなるであろう。
(雇用における期間とは、週の出勤日数や労働時間に関係なく、2日以上の契約すべてを含む。日雇いは1日限りなので期間にはならない。派遣法の30日といった規定とは、別概念である)。
加えて、いま国会審議中のマイナンバー制度(平成27年1月導入)を(税と社会保障の一体化と)併せ考えれば、
イ)どれだけ「30時間/週」未満の者を活用できるか、
(方法は、ICT活用や募集・登録制度などに)、
ロ)そして、個別企業の商品の固有価値を提供できる人物を育てること、
……ここに、ほぼ全てがかかってくるといえる。
こういった経営環境の中、
高付加価値製品&高水準サービス(いわゆる固有価値)へと、日本の主なリーダーが、経済政策の舵を切っているわけだから、個別企業のビジネスモデル(いわゆる理想形)を間違えれば、努力するまでもなく、荒波(TPP・FTAの以前に)に会社ごと飲まれるといったこととなる。
¶労働者派遣法、役目を終える法改正成立
もう、派遣の事業形態は、日本での役目が終わったと、労働官僚は考えたようだ。この制度や「業務請負の形態」に携わった私としても、たしかに同感である。
http://www.asahi.com/politics/update/0307/TKY201203070523.html?ref=reca
派遣業者は、現在、単体では多額の借金を抱え、返済の当てもなく、そこに、この改正で経営を直撃された。
1.マージン率の公表で、派遣先からの受注敬遠材料が増え、
2.派遣先のニーズであった人件費コスト低減であったところ
これを背景で支えていた直雇用回避が
「派遣先企業が労働者に直接雇用契約を申し込んだとみなす制度」
で、出来なくなってしまい(3年後といってもすぐのこと)、
専門業務以外はビジネスモデルが成り立たないことになった。
あとは、「業務請負の形態」だが
偽装請負だと、違法派遣の場合と同じで、請負要件を整えられるかがカギとなる。
…だとすると、外注かアウトソーシングに帰結するから、やはり派遣業は終焉ビジネスとしか言いようがない。
(その点やはり、官僚は頭脳だけは優秀、政治家と派遣業者はもてあそばれた)。
派遣法改正の本命は、すでに案内の通り、一昨年の派遣法が成立難航したときから「期間を定めた労働契約の法改正」(この3月23日に法案を国会提出)に労働政策が移っていたのである。この労働契約法改正が成立すれば、非技能系派遣業のビジネスモデルは崩壊する。
2012/03/06
第119号
<コンテンツ>
・一挙に空洞化のおこる危険
・例えば半導体、なぜ日本から脱出
・だからといって、原子力発電で低価格?
・日本経済の外貨、もうけ頭
・ある人事労務担当者の悩み調査によると、
・だから起死回生=商品に固有価値を!
・商品形態の歴史的発生もそうであった。
・労働市場に激震=税と社会保険料の一体化
・解雇事件の判例・裁判例=動向(2012/02/21)
http://www.soumubu.jp/documents/kaikokenkyu.doc
・整理解雇事件の判決傾向(企業側敗訴率82%)
・整理解雇の4要件の政治的翻弄時期
・整理解雇4要件の、「人選の合理性基準」への疑義
・特定人物のプライバシーを調査することは
・解決金による自由解雇制度の行方
・解雇事件の判決直後の職場復帰
・整理解雇を避けるための配置転換の有効性
・専門職・専任職と言われる人たちの整理解雇
・社会制度や判例の将来展開
§一挙に空洞化のおこる危険
目先の空洞化対策が必要だ。日本経済は、うかうかしているどころではない。今や官僚の支配下となった日本政府の無策を話題にしていても仕方がない。
本省官僚は、マスコミ操作に躍起となっている。マスコミは肝心の、各省庁の経済や社会政策に及ぼすニュースを流さない。むしろ、記者クラブを通じての省庁記者会見や報道資料を流すだけ、これで世論誘導の協力者になっている。特ダネ、スクープは官僚から情報をもらえなくなるから(省庁からのリーク以外)扱わない。そこでマスコミの延命策なのか、コミックのような政策ネタに飛びついている。
「議論と問題提起」ばかり、あとの実行は無さそうなので、芸能ニュースより質が悪い。たとえば、大阪府は、財源借り入れ限度を引き上げて借金を増やし、府の帳簿を黒字化させた。マスコミは、「大阪府は赤字解消!」との、一貫性に欠ける事実を報道し、真実報道からは逃げた。官僚たちは、こういったマスコミが自社経営を優先する姿勢を見透かしている。
官僚は、「国破れても、官僚たちは残る」との経済体制転換に必死である。得意な計画経済を、いまだ法律と権力行使で続けたいようだ。OBや省庁から飛び出した官僚も同じ穴のムジナ、こぞって地方自治体に首を突っ込んでいる。
¶例えば半導体、なぜ日本から脱出
しているのかの原因である。根本的には半導体企業の電気コストが高いからである。撤退している半導体工場の経費の30~40%は電気料金と言われている。日本からアルミ精錬がなくなったのも電気料金であった。もとより人件費は高いのであるが、韓国の電気代は日本の半分だ(韓国からの電気輸入も検討されている)。だから、円高も原因のひとつだが、それは眼目の近因にすぎない。そこで、国内の半導体事業は長期展望でもって、工場を持たない研究・開発を進める方向である。だから、工場生産をイメージする経営哲学からは、空洞化の道しか残っていないとしか見えないのだ。そういう意味での空洞化ではあるが、うっかりすれば本当に経済全体が空洞化する。
¶だからといって、原子力発電で低価格?
の電気が製造できるわけでもない。それどころか、日本の電気料金が高いのは送電距離が長いために送電コストがかかるからだ。何も電力会社が独占価格で高値販売しているだけではない。そもそもヨーロッパでは、多くが電力発電は地域地場産業であり、原子力発電や大型発電は輸出用の電力商品である。ここに日本の電力価格の根本問題がある。終戦直後、日本の電力会社労使はGHQと対決して水力発電から火力発電へと発電方法を転換した。この段階では、発電所が地域分散していたから送電コストの割合は低かった。それが、原子力発電に移行するとともに送電費用が嵩んだことは否めない。だから電力産業は、原子力発電の代替発電が焦点ではなく、如何に日本の電力価格を引き下げるかなのである。このままでは、電力産業は空洞化するのである。ここが電力問題のポイント、下世話なマスコミの報道と異なるのだ。
¶日本経済の外貨、もうけ頭
であった自動車、家電、半導体はおろか、国内基幹産業の電源電力、通信、物流までもが空洞化しているはずである。なぜそれが見えないのか、なぜマスコミが取り上げないのかといえば、その経営哲学的理由は簡単である。それは、計画経済の着想で経営をするから、現実を調査分析して発想するわけにはいかないからだ。「イノベーションさえ出来れば!」と叫んでみても、所詮は計画経済の枠の中である。=よく考えてみよう、まるで昔のソ連や中国がやっていたことと、彼ら国営ニュースで流していた内容と、何ら変わり無いといった本質が今の日本である。それぞれの産業分析は省略。
こういった事情から、ニッチ産業とかサービス業といったすき間を狙う産業、これがもてはやされているのだから、たったそれだけのことにすぎない。日本経済全体の価値創造からすれば、どうみたところで経済効果が上がっているわけではない。所詮は、価値の奪い合いにしかすぎない現状だ。確かに、それは目前の会社経営では不可欠なポイントではあるが、
1.確実に社員の能力を低下させ、
2.組織として創造する価値は減少し、
3.顧客に価値を提供できないから値下げや契約解除を招来する。
すなわち、経営がジリ貧になっているのは、ここに問題の本質があるからなのだ。
¶ある人事労務担当者の悩み調査によると、
現在の大手企業における担当者の悩みは、「採用と育成」だとしている。その中身は求める人材が集まらないことと、教育訓練の効果が上がらないということだそうだ。この調査は、どのように考えてみてもアンケートの回答者の、表面意見を集計しただけで、物事の本質を調査するに至っていない。ただし、所詮は表面的な語句を並べて、調査結果を発表した方が調査機関としては無難であるから、本質を突くような結論を出すわけにはいかないのだが…。加えて、論議を沸騰させるような調査結果を出そうものなら、人事・経営労務の基礎を学んだことのない人事部門社員からは、無知が故の批判が調査結果に対して集中するからだ。そうなると、調査を行った会社の売り上げが落ちることになるから、老舗の調査機関であっても、やはり無難な線を歩むことになっている。(もとより、調査側の労働者も無知な社員の方が、無難商品を問題意識なく作るのだから)。
¶だから起死回生=商品に固有価値を!
固有価値とは、使用価値に付加される価値なのである。計画経済の下で使用価値(効用価値)ばかりの論理で会社経営をするから、顧客の商品に対する価値増殖ができないから、商品価格を買いたたかれる道しか残らない。
まして根本思想は、「よい財を、より安く」である。
商品だけでなく、人間までがそうなってくるから、労働集約型産業にあっては、「良く仕事をできる人間を、より安く」となるのである。だから、営業部門が値下げ攻勢に後ずさりするのも、売る側としての大義は、安く売るとの哲学だから、次々と発注単価が引き下げられるだけのことなのだ。
そこへ最低賃金とか社会保険料などと念仏を唱えるように、計画経済の官僚が持ち込むものだから、経営も破綻する。官僚も最近はグループに分かれ、地方行政に首を突っ込むグループもあるが、もとより官僚は計画経済のことしか考えないから、どのみち計画のスピードにしか差異がない。
だから民間経営管理では、商品価値を単に使用価値(効用価値)だけと決めつけるのではなく、固有価値という論理明解な付加価値を加えて、世界約1億人の富裕層に売り込むことが重要なのである。労働の固有価値をビジネスプランに組み込まない限り、価格戦略・販売戦略も成り立ち得ない。特に、中堅・中小企業は小回りが利くのだから、能のないコスト・カットはやめて、「固有価値:付加商品」を売りだせばよいのである。
1.最終輸出先(最終消費者の逆)は、世界約1億人富裕層である。
2.その市場は日本国内が拠点となる。海外拠点ではない!
3.個別企業に、語学もバイヤーも人材も不要である。
これをマスコミの素人に耳打ちされて、経営側が間違えてはいけないのである。
(研究報告を参照)http://www.soumubu.jp/new.html
¶商品形態の歴史的発生もそうであった。
そもそも、現在のような商品の概念ができたのは16世紀の半ばである。いみじくも450年ぶりの金融危機と言われる現代と一致しているのだ。商品についての経済学研究はもっぱらヨーロッパであり、日本での歴史的研究はやっと始まった(二宮尊徳ほか)ばかりだ。
中世は商品経済でなく、道具といえば農民が自家用に作った物、一部を除いては流通売買されるような代物ではなかった。それが16世紀になると交易品として商品が現れる。その時代、ニコラス・バーボン(1640~1698、貿易商、世界初の火災保険会社を設立)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%B3
が、「本来具わっている、光り輝くもの」(当時の英語ではintrinsick virtue)を提唱。これを名誉革命後に、ジョン・ロック(1632~1704、当時の政治経済社会の政策家)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF
とともに、封建的経済をつぶして、近代的経済政策を導入したのだ。今は当たり前になっている事柄ではあるが、その政策は次の3本柱だ。
1.市場での価格こそを公平正義ととらえることにする。
2.王様や貴族主導の貪欲的溜込経済政策を止める。
3.労働が組織され分配されることによる価値の創造。
……この経済哲学と経済政策でもって商品生産が支配的となり、制度充実とともに流通が発達したのである。
さて、これは昔話ではない。
固有価値という論理明解な付加価値は、まだ世界約1億人富裕層と、グローバルでは局所的ではあるが、現代はこれが実行出来るのである。その道具はICT産業革命であり、その主体と実行力は気の利いた若者なのである。
話を人事担当者の悩みに戻したとすれば、
果たして「採用と育成」に悩んでいるとした調査結果は、果たして何なのだろうか? 一部の大手企業のように、「日本育ちの学生は使い物にならない」との斬新的な話?は、まるっきり滑稽なのである。
§労働市場に激震=税と社会保険料の一体化
納税と社会保険料を個人番号(マイナンバー法)で国が徴収一本化をすることになると、労働集約産業の労働市場は大混乱となる。これを順次説明すると、
国税(所得税)+地方税(住民税)=賃金総額の約15%
社会保険料は、労使合わせて、賃金の27.5%
(労使折半!といえども、賃金削減に転嫁される)
【次のようなパターン】
1.税金を払わない労働者の例(非正規、学生バイト、専業主婦)
80,000円/月収(週20時間余の労働)=12,000円/月額税
2.最近多いダブルワークの例(非正規、学生バイト、共働主婦)
複数職場あわせ、150,000円/月収(週40時間弱の労働)
=22,500円/月額税&労使の社会保険料40,500円
※事業主に支払い義務があるから、当然、賃金は切り下がる。
※切り下がらなければ、その労働者は解雇される方向。
※社会保険料の複数箇所報酬の合算制度、既に法律に規定。
★家計収入マイナス63,000円/月額=家計収入は87,000円に激減。
★働かない方がまし!となると、また生活保護者が増える。
(ちなみに、現行都市部生活保護:ひとり125,700円/月)
さて、この直撃を受ける人達、
現在は個別事業所の源泉徴収とか、社会保険加入の対象者とはなっていない。だから間違いなく、労働関係の統計資料の上でも、非正規労働者にカウントされてもいない。日本全体の約5000万人の労働者に向けて、混乱が直撃することは間違いない。とりわけ、いわゆる中間層への打撃は、社会不安となって現れる。これはアメリカ政府が、中間層からの増税を進めたために社会不安が生じたことで実証されている。
パターン1 … 中間層家庭の専業主婦や親元生活若年層に集中
推計500万人~12,000円×12月×500万人=7200億円=増税額
パターン2 … 底辺層家庭の共働、生活保護寸前の低所得者
推計500万人~63,000円×12月×500万人=3兆7800億円
それぞれの推計人口を500万人としたが、この1000万人は、地下経済の労働者であるから、本当のところは分からない。現在は統計調査ができない部分だ。個人番号制である「マイナンバー」制度を導入すれば、確かに何万人ぐらいかの数字は、統計上で出て来る。そして徴収方法は、
扶養家族申告書、確定申告書、源泉徴収票、社会保険算定基礎届、賃金計算明細書その他、ありとあらゆる箇所に「マイナンバー」を記入させる方法だ。制度が出来ると、総務・人事・経理などの事務員に堅物優等生が活躍し、何でもパソコンに入力したがる単純頭脳者が蔓延している中、「税法の正義?」を振りかざされて、この直撃を受ける人達は「マイナンバー」を書かされるのである。そして、書いたが最後、突然収入が激減する世界に陥るのだ。
これでは、個別企業の労働者統制は混乱を来たしてしまう。
働いても収入増加につながらないから、労働意欲減退となり、そのツケは事業主に回って来る。もちろん、個人の購買力が低下することで益々売り上げが激減する。社会の治安は益々悪くなり、危険に遭遇する頻度が高くなる。
「国破れても、官僚たちは残る」そのものである。
この税額たるや、マスコミが話題にしている消費税の増税どころではない。
実は、税と社会保障の一体化の閣議決定書類(注目DATA)を流し読めば、ドサクサまぎれに累進課税強化など取れる税は何でも取ることがうかがえる。消費税増税案が国会で流れても、水面下で地下経済:労働者からかき集めようという意図が見えている。おそらく官僚たちは、「ボーっとしている女子供には文句は言えまい」と、タカをくくっているのは間違いなさそうだ。
けだし、仕事を受注し、労働者を雇い、労働の指揮と分配で価値創造を統制し、収益から納付義務(所得税&社会保険料)を負うのは、事業主である!
§解雇事件の判例・裁判例=動向(2012/02/21)
新年度から、ビジネスプランを転換しなければならないほどの経済環境がやってくることは否めない。リストラや経営改革どころではない。その場合、一挙に転換するビジネスプランに併せて整理解雇で切り抜ける時代である。そうでなければ借入金急増はおろか、労働集約型事業であれば売り上げ不振と人件費割合増で経営破綻を招くことが自然である。
この場合の整理解雇は、論理的には裁判所で認められているのである。ところが、それを理解しない法律家・専門家が多い。素人は「整理解雇」と名付けさえすれば、普通解雇も懲戒解雇も裁判では隠せると思い、敗訴しないと錯覚しているから恐ろしい。
先ほど来、筆者が提起している商品価値への固有価値の付加で経営を切り開くにしろ、何がしかの労働者の入れ替えは不可欠なのである。そういった場合、論理的には裁判所は認めることになるだろう。まして労働紛争に至ること自体を減少させることが可能なのである。だが、仮面だけ「整理解雇」としないためには、いったいどうすればよいのか。この論文は、銀行や経理部門などのコストカッターから、経営と仕事と商品を守る方策である。もとより単なる裁判敗訴を回避するためではない。
顧客需要の存在するビジネスプランを着想するイメージから、この研究論文を読んでいただければ、数限りないヒントが出て来ることは間違いないと思われる。
http://www.soumubu.jp/documents/kaikokenkyu.doc
この論文の目次は次の通り。
・整理解雇事件の判決傾向(企業側敗訴率82%)
・整理解雇の4要件の政治的翻弄時期
・整理解雇4要件の、「人選の合理性基準」への疑義
・特定人物のプライバシーを調査することは
・解決金による自由解雇制度の行方
・解雇事件の判決直後の職場復帰
・整理解雇を避けるための配置転換の有効性
・専門職・専任職と言われる人たちの整理解雇
・社会制度や判例の将来展開
こちらのWEB(当社の書式無料ダウンロードページ)の左下にも収録
http://www.soumubu.jp/download/
・一挙に空洞化のおこる危険
・例えば半導体、なぜ日本から脱出
・だからといって、原子力発電で低価格?
・日本経済の外貨、もうけ頭
・ある人事労務担当者の悩み調査によると、
・だから起死回生=商品に固有価値を!
・商品形態の歴史的発生もそうであった。
・労働市場に激震=税と社会保険料の一体化
・解雇事件の判例・裁判例=動向(2012/02/21)
http://www.soumubu.jp/documents/kaikokenkyu.doc
・整理解雇事件の判決傾向(企業側敗訴率82%)
・整理解雇の4要件の政治的翻弄時期
・整理解雇4要件の、「人選の合理性基準」への疑義
・特定人物のプライバシーを調査することは
・解決金による自由解雇制度の行方
・解雇事件の判決直後の職場復帰
・整理解雇を避けるための配置転換の有効性
・専門職・専任職と言われる人たちの整理解雇
・社会制度や判例の将来展開
§一挙に空洞化のおこる危険
目先の空洞化対策が必要だ。日本経済は、うかうかしているどころではない。今や官僚の支配下となった日本政府の無策を話題にしていても仕方がない。
本省官僚は、マスコミ操作に躍起となっている。マスコミは肝心の、各省庁の経済や社会政策に及ぼすニュースを流さない。むしろ、記者クラブを通じての省庁記者会見や報道資料を流すだけ、これで世論誘導の協力者になっている。特ダネ、スクープは官僚から情報をもらえなくなるから(省庁からのリーク以外)扱わない。そこでマスコミの延命策なのか、コミックのような政策ネタに飛びついている。
「議論と問題提起」ばかり、あとの実行は無さそうなので、芸能ニュースより質が悪い。たとえば、大阪府は、財源借り入れ限度を引き上げて借金を増やし、府の帳簿を黒字化させた。マスコミは、「大阪府は赤字解消!」との、一貫性に欠ける事実を報道し、真実報道からは逃げた。官僚たちは、こういったマスコミが自社経営を優先する姿勢を見透かしている。
官僚は、「国破れても、官僚たちは残る」との経済体制転換に必死である。得意な計画経済を、いまだ法律と権力行使で続けたいようだ。OBや省庁から飛び出した官僚も同じ穴のムジナ、こぞって地方自治体に首を突っ込んでいる。
¶例えば半導体、なぜ日本から脱出
しているのかの原因である。根本的には半導体企業の電気コストが高いからである。撤退している半導体工場の経費の30~40%は電気料金と言われている。日本からアルミ精錬がなくなったのも電気料金であった。もとより人件費は高いのであるが、韓国の電気代は日本の半分だ(韓国からの電気輸入も検討されている)。だから、円高も原因のひとつだが、それは眼目の近因にすぎない。そこで、国内の半導体事業は長期展望でもって、工場を持たない研究・開発を進める方向である。だから、工場生産をイメージする経営哲学からは、空洞化の道しか残っていないとしか見えないのだ。そういう意味での空洞化ではあるが、うっかりすれば本当に経済全体が空洞化する。
¶だからといって、原子力発電で低価格?
の電気が製造できるわけでもない。それどころか、日本の電気料金が高いのは送電距離が長いために送電コストがかかるからだ。何も電力会社が独占価格で高値販売しているだけではない。そもそもヨーロッパでは、多くが電力発電は地域地場産業であり、原子力発電や大型発電は輸出用の電力商品である。ここに日本の電力価格の根本問題がある。終戦直後、日本の電力会社労使はGHQと対決して水力発電から火力発電へと発電方法を転換した。この段階では、発電所が地域分散していたから送電コストの割合は低かった。それが、原子力発電に移行するとともに送電費用が嵩んだことは否めない。だから電力産業は、原子力発電の代替発電が焦点ではなく、如何に日本の電力価格を引き下げるかなのである。このままでは、電力産業は空洞化するのである。ここが電力問題のポイント、下世話なマスコミの報道と異なるのだ。
¶日本経済の外貨、もうけ頭
であった自動車、家電、半導体はおろか、国内基幹産業の電源電力、通信、物流までもが空洞化しているはずである。なぜそれが見えないのか、なぜマスコミが取り上げないのかといえば、その経営哲学的理由は簡単である。それは、計画経済の着想で経営をするから、現実を調査分析して発想するわけにはいかないからだ。「イノベーションさえ出来れば!」と叫んでみても、所詮は計画経済の枠の中である。=よく考えてみよう、まるで昔のソ連や中国がやっていたことと、彼ら国営ニュースで流していた内容と、何ら変わり無いといった本質が今の日本である。それぞれの産業分析は省略。
こういった事情から、ニッチ産業とかサービス業といったすき間を狙う産業、これがもてはやされているのだから、たったそれだけのことにすぎない。日本経済全体の価値創造からすれば、どうみたところで経済効果が上がっているわけではない。所詮は、価値の奪い合いにしかすぎない現状だ。確かに、それは目前の会社経営では不可欠なポイントではあるが、
1.確実に社員の能力を低下させ、
2.組織として創造する価値は減少し、
3.顧客に価値を提供できないから値下げや契約解除を招来する。
すなわち、経営がジリ貧になっているのは、ここに問題の本質があるからなのだ。
¶ある人事労務担当者の悩み調査によると、
現在の大手企業における担当者の悩みは、「採用と育成」だとしている。その中身は求める人材が集まらないことと、教育訓練の効果が上がらないということだそうだ。この調査は、どのように考えてみてもアンケートの回答者の、表面意見を集計しただけで、物事の本質を調査するに至っていない。ただし、所詮は表面的な語句を並べて、調査結果を発表した方が調査機関としては無難であるから、本質を突くような結論を出すわけにはいかないのだが…。加えて、論議を沸騰させるような調査結果を出そうものなら、人事・経営労務の基礎を学んだことのない人事部門社員からは、無知が故の批判が調査結果に対して集中するからだ。そうなると、調査を行った会社の売り上げが落ちることになるから、老舗の調査機関であっても、やはり無難な線を歩むことになっている。(もとより、調査側の労働者も無知な社員の方が、無難商品を問題意識なく作るのだから)。
¶だから起死回生=商品に固有価値を!
固有価値とは、使用価値に付加される価値なのである。計画経済の下で使用価値(効用価値)ばかりの論理で会社経営をするから、顧客の商品に対する価値増殖ができないから、商品価格を買いたたかれる道しか残らない。
まして根本思想は、「よい財を、より安く」である。
商品だけでなく、人間までがそうなってくるから、労働集約型産業にあっては、「良く仕事をできる人間を、より安く」となるのである。だから、営業部門が値下げ攻勢に後ずさりするのも、売る側としての大義は、安く売るとの哲学だから、次々と発注単価が引き下げられるだけのことなのだ。
そこへ最低賃金とか社会保険料などと念仏を唱えるように、計画経済の官僚が持ち込むものだから、経営も破綻する。官僚も最近はグループに分かれ、地方行政に首を突っ込むグループもあるが、もとより官僚は計画経済のことしか考えないから、どのみち計画のスピードにしか差異がない。
だから民間経営管理では、商品価値を単に使用価値(効用価値)だけと決めつけるのではなく、固有価値という論理明解な付加価値を加えて、世界約1億人の富裕層に売り込むことが重要なのである。労働の固有価値をビジネスプランに組み込まない限り、価格戦略・販売戦略も成り立ち得ない。特に、中堅・中小企業は小回りが利くのだから、能のないコスト・カットはやめて、「固有価値:付加商品」を売りだせばよいのである。
1.最終輸出先(最終消費者の逆)は、世界約1億人富裕層である。
2.その市場は日本国内が拠点となる。海外拠点ではない!
3.個別企業に、語学もバイヤーも人材も不要である。
これをマスコミの素人に耳打ちされて、経営側が間違えてはいけないのである。
(研究報告を参照)http://www.soumubu.jp/new.html
¶商品形態の歴史的発生もそうであった。
そもそも、現在のような商品の概念ができたのは16世紀の半ばである。いみじくも450年ぶりの金融危機と言われる現代と一致しているのだ。商品についての経済学研究はもっぱらヨーロッパであり、日本での歴史的研究はやっと始まった(二宮尊徳ほか)ばかりだ。
中世は商品経済でなく、道具といえば農民が自家用に作った物、一部を除いては流通売買されるような代物ではなかった。それが16世紀になると交易品として商品が現れる。その時代、ニコラス・バーボン(1640~1698、貿易商、世界初の火災保険会社を設立)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%B3
が、「本来具わっている、光り輝くもの」(当時の英語ではintrinsick virtue)を提唱。これを名誉革命後に、ジョン・ロック(1632~1704、当時の政治経済社会の政策家)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF
とともに、封建的経済をつぶして、近代的経済政策を導入したのだ。今は当たり前になっている事柄ではあるが、その政策は次の3本柱だ。
1.市場での価格こそを公平正義ととらえることにする。
2.王様や貴族主導の貪欲的溜込経済政策を止める。
3.労働が組織され分配されることによる価値の創造。
……この経済哲学と経済政策でもって商品生産が支配的となり、制度充実とともに流通が発達したのである。
さて、これは昔話ではない。
固有価値という論理明解な付加価値は、まだ世界約1億人富裕層と、グローバルでは局所的ではあるが、現代はこれが実行出来るのである。その道具はICT産業革命であり、その主体と実行力は気の利いた若者なのである。
話を人事担当者の悩みに戻したとすれば、
果たして「採用と育成」に悩んでいるとした調査結果は、果たして何なのだろうか? 一部の大手企業のように、「日本育ちの学生は使い物にならない」との斬新的な話?は、まるっきり滑稽なのである。
§労働市場に激震=税と社会保険料の一体化
納税と社会保険料を個人番号(マイナンバー法)で国が徴収一本化をすることになると、労働集約産業の労働市場は大混乱となる。これを順次説明すると、
国税(所得税)+地方税(住民税)=賃金総額の約15%
社会保険料は、労使合わせて、賃金の27.5%
(労使折半!といえども、賃金削減に転嫁される)
【次のようなパターン】
1.税金を払わない労働者の例(非正規、学生バイト、専業主婦)
80,000円/月収(週20時間余の労働)=12,000円/月額税
2.最近多いダブルワークの例(非正規、学生バイト、共働主婦)
複数職場あわせ、150,000円/月収(週40時間弱の労働)
=22,500円/月額税&労使の社会保険料40,500円
※事業主に支払い義務があるから、当然、賃金は切り下がる。
※切り下がらなければ、その労働者は解雇される方向。
※社会保険料の複数箇所報酬の合算制度、既に法律に規定。
★家計収入マイナス63,000円/月額=家計収入は87,000円に激減。
★働かない方がまし!となると、また生活保護者が増える。
(ちなみに、現行都市部生活保護:ひとり125,700円/月)
さて、この直撃を受ける人達、
現在は個別事業所の源泉徴収とか、社会保険加入の対象者とはなっていない。だから間違いなく、労働関係の統計資料の上でも、非正規労働者にカウントされてもいない。日本全体の約5000万人の労働者に向けて、混乱が直撃することは間違いない。とりわけ、いわゆる中間層への打撃は、社会不安となって現れる。これはアメリカ政府が、中間層からの増税を進めたために社会不安が生じたことで実証されている。
パターン1 … 中間層家庭の専業主婦や親元生活若年層に集中
推計500万人~12,000円×12月×500万人=7200億円=増税額
パターン2 … 底辺層家庭の共働、生活保護寸前の低所得者
推計500万人~63,000円×12月×500万人=3兆7800億円
それぞれの推計人口を500万人としたが、この1000万人は、地下経済の労働者であるから、本当のところは分からない。現在は統計調査ができない部分だ。個人番号制である「マイナンバー」制度を導入すれば、確かに何万人ぐらいかの数字は、統計上で出て来る。そして徴収方法は、
扶養家族申告書、確定申告書、源泉徴収票、社会保険算定基礎届、賃金計算明細書その他、ありとあらゆる箇所に「マイナンバー」を記入させる方法だ。制度が出来ると、総務・人事・経理などの事務員に堅物優等生が活躍し、何でもパソコンに入力したがる単純頭脳者が蔓延している中、「税法の正義?」を振りかざされて、この直撃を受ける人達は「マイナンバー」を書かされるのである。そして、書いたが最後、突然収入が激減する世界に陥るのだ。
これでは、個別企業の労働者統制は混乱を来たしてしまう。
働いても収入増加につながらないから、労働意欲減退となり、そのツケは事業主に回って来る。もちろん、個人の購買力が低下することで益々売り上げが激減する。社会の治安は益々悪くなり、危険に遭遇する頻度が高くなる。
「国破れても、官僚たちは残る」そのものである。
この税額たるや、マスコミが話題にしている消費税の増税どころではない。
実は、税と社会保障の一体化の閣議決定書類(注目DATA)を流し読めば、ドサクサまぎれに累進課税強化など取れる税は何でも取ることがうかがえる。消費税増税案が国会で流れても、水面下で地下経済:労働者からかき集めようという意図が見えている。おそらく官僚たちは、「ボーっとしている女子供には文句は言えまい」と、タカをくくっているのは間違いなさそうだ。
けだし、仕事を受注し、労働者を雇い、労働の指揮と分配で価値創造を統制し、収益から納付義務(所得税&社会保険料)を負うのは、事業主である!
§解雇事件の判例・裁判例=動向(2012/02/21)
新年度から、ビジネスプランを転換しなければならないほどの経済環境がやってくることは否めない。リストラや経営改革どころではない。その場合、一挙に転換するビジネスプランに併せて整理解雇で切り抜ける時代である。そうでなければ借入金急増はおろか、労働集約型事業であれば売り上げ不振と人件費割合増で経営破綻を招くことが自然である。
この場合の整理解雇は、論理的には裁判所で認められているのである。ところが、それを理解しない法律家・専門家が多い。素人は「整理解雇」と名付けさえすれば、普通解雇も懲戒解雇も裁判では隠せると思い、敗訴しないと錯覚しているから恐ろしい。
先ほど来、筆者が提起している商品価値への固有価値の付加で経営を切り開くにしろ、何がしかの労働者の入れ替えは不可欠なのである。そういった場合、論理的には裁判所は認めることになるだろう。まして労働紛争に至ること自体を減少させることが可能なのである。だが、仮面だけ「整理解雇」としないためには、いったいどうすればよいのか。この論文は、銀行や経理部門などのコストカッターから、経営と仕事と商品を守る方策である。もとより単なる裁判敗訴を回避するためではない。
顧客需要の存在するビジネスプランを着想するイメージから、この研究論文を読んでいただければ、数限りないヒントが出て来ることは間違いないと思われる。
http://www.soumubu.jp/documents/kaikokenkyu.doc
この論文の目次は次の通り。
・整理解雇事件の判決傾向(企業側敗訴率82%)
・整理解雇の4要件の政治的翻弄時期
・整理解雇4要件の、「人選の合理性基準」への疑義
・特定人物のプライバシーを調査することは
・解決金による自由解雇制度の行方
・解雇事件の判決直後の職場復帰
・整理解雇を避けるための配置転換の有効性
・専門職・専任職と言われる人たちの整理解雇
・社会制度や判例の将来展開
こちらのWEB(当社の書式無料ダウンロードページ)の左下にも収録
http://www.soumubu.jp/download/
2012/02/07
第118号
<コンテンツ>(…今月のメルマガは固定概念破壊の切り口から)
・徹底したイギリスの観光客受入
【硬直したインテリやエリート】
【目前の異文化民族との交易】
・国家情報機関の民営化
・実利(地下)で稼ぐ、イタリア営業の一端
・日銀レポートが1月27日に発表された。
・経団連=福利厚生調査結果報告
・裏側から経済情報を見られる素質を持つ日本人
【最大の消費者の層は】
【2番目の消費者層は】
【情報戦争を踏まえたマーケティング】
【文化性や芸術性の情報なら日本優位】
【ところが、困ったことには】
【ぬくぬく:が好き。=ぬくい所が好き。ぬくい所に集まる!】
§徹底したイギリスの観光客受入
次のユーチューブは、バッキンガム宮殿の衛兵交代式の映像だ。
http://www.youtube.com/watch?v=NkmkBOCQQsw
日本の若者も、これが見たいがためにイギリス旅行に出かける。それは、団塊の世代がイメージする衛兵交代式とは違っている。そこで、音楽に興味のある方は気付いただろうが、この交代楽曲はオペラ「フィガロの結婚」からのもの。この戯曲はフランスで作られ、オペラはパリで初演された。だから、昔の英仏関係からすれば、バッキンガム宮殿で演奏することはもってのほか!なのだ。ところが今や、EUが出来上がり、EU経済危機を逆手にとってEU体制が一段と強化しようとする中で、ドイツやフランスからの観光客がバッキンガム宮殿の観光に押し寄せるわけだ。よって、イギリス王室も、ヨーロッパ大陸でなじみのある楽曲をというものだ。日本の高校生の教科書にもでてくるから、日本の若者にも馴染みがあるのだ。
果たして日本の皇居での皇宮警察官の交代を連想してみれば…。賛否両論、まさかと着想するのは仕方がないが、とにかく問題なのは硬直した思考なのである。
【硬直したインテリやエリート】
が頭脳を柔軟にするには学問・研究しかないと思われる。日本ではEU統合について、ほとんど論議がされたことがない。EU経済危機とのニュースにあおられて、ちょこっと知っている程度である。EU統合の目的は、戦前からの「民族主義者による戦争発生の防止」(第二次世界大戦では、ヒットラーとムッソリーニに支配された)であった。今のEU経済危機と騒がれても、当事者たちは冷静沈着にEU体制強化を図っている。その後ろ盾には、社会体制と経済についての詳細な研究(例えば、エルンスト-ヨアヒム・メストメッカー著『EUの法秩序と経済秩序』法律文化社、その他)が存在する。ヨーロッパにおける哲学研究~経済構造の変遷~法律の果たした役割を徹底して研究しているのだ。日本のマスコミは報道していないが、大変な活発論議が今もなされている。
【目前の異文化民族との交易】
のために柔らかい発想をするにはショックが必要だ。偶然に筆者が知ったものが、次のユーチューブだ。
http://www.youtube.com/watch?v=LCPcq0ApxyI&feature=related
どうもロシアでは、ペレストロイカとともに、この曲はポップスになりロックにもなり流行している。この曲は、1958年にスターリン死去とともに制作された、日本軍シベリア出兵(大正7年)戦争での、抗日パルチザン闘争を題材にした映画の挿入歌である。これが、現ロシアの経済民主化やペレストロイカを進めている老若男女の愛唱歌である。すなわち、日露貿易を、極めて円滑に進めようとする極意は、この曲を現地で口ずさむことや、大陸流にロシア船入港の際に大音響で流すといったことなのだ。シベリア抑留された人は聞いたこともないこの曲、実行するか否かは商人や自治体職員の自由だが…。
現代中国でのそういった曲は、北京オリンピックの女児の口パクで流れた曲の原曲、
http://www.youtube.com/watch?v=jH1NG8ws298&feature=fvwrel
「社会主義を建設しよう」(日本語題名)だ。渡航するパスポートを入手できる資格のある中国人であれば愛着があるはずの歌。さすが連銀カードで買い物してもらうためとしても、商店街では躊躇しないでいられるだろうか!…。
§国家情報機関の民営化
今や国家権力機関の典型であった軍隊までもが民営化される時代である。アメリカ軍をはじめ各国は輸送、メンテナンス、ガードマンなどの業務は民間企業に発注している。そして、経済情報の収集に近年力を注いでいる、CIAとかMI6(007の本家)は、情報機関の民営化策としてグーグルなどに接近しているとのことだ。こういった国家情報機関が工作活動よりも、経済情報を集積・演出するようになったことは有名だ。が、直接傍受しなければならないエシュロン(日本には青森県の三沢基地に)と比べ、
http://www.kamiura.com/abc33.html
グーグル検索エンジンのチェックシステムは、飛躍的に情報質量が向上している。グーグルが急激に成長した背景には、「アンドロイド+Gメール+スマートフォンの携帯番号」の3セット(技術的には携帯番号は外せる)のシステム利用と、その背景にアメリカ政府が後押しした影があると言われている。ヤフーやマイクロソフトは政府に協力しなかったから成長しなかったとの説も流れている。過去にもエシュロンによる大手企業の情報漏えいが話題にされているが、大手企業のみなさんはアンドロイド+Gメールのセットに気をつけることだ。
ついでの話だが、中国政府公安部がマークしている人物がWEBを使って中国国内とネット交信すれば、即座にピックアップされる。建国以前から情報戦には長けており、こちらはICTを使って情報戦争、治安公安、朝貢貿易の集団である。それは、日本の国会議員のネット情報が監視されていたどころの規模ではない。
§実利(地下)で稼ぐ、イタリア営業の一端
1995年の段階で普及しつつあったイタリア営業手法は、今の日本よりも、はるかに先進的である。
イタリアの経営ノウハウは学術分析されたり、経営書が翻訳されたりすることは少ない。経営者教育では、アメリカ式経営管理と北欧諸国方面の経営管理を徹底して研究していると言われる。地場産業職人や若者の大学教育も充実させている。ボローニャ大学はグラスゴー大学(スコットランド)とともに神学校が母体ではなく、生徒たちが教授の採用権を持つ地場設立の大学である。
イタリア人の政治の壁を突き破る経済活動、例えば、世界が米ソ対立のさなか、冷戦構造による「鉄のカーテン」といった輸出規制が存在したが、その壁を素通りしてオリベッティはソヴィエトにタイプライターを輸出、だから今でもキーボードの仕様はオリベッティ方式が強い。あるいは、中国の文化大革命(~1976年)当時に使用された赤い本のビニールカバーは、すべてがシルクロードを運送したイタリア製であった。ナポリは、経済統計上では、収入に比べ支出が圧倒的に多い町として有名であるが、近年、ソマリアの海賊(この海賊基地の大半は「プントランド」という大統領、警察、裁判所機関も備えている各国未承認国)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89
に襲われる船舶は、ナポリ港に立ち寄っているという噂である、…あくまで噂?である。
イタリア営業手法の数少ないある本から紹介すると、
(フロランス・ヴィダル著『イタリア式マネジメント』三田出版会)
1.専門家によればとして、先進的な第3次産業とは、「高度な知識と専門性が要求される新しい分野において、企業の変化と革新を支援する多面的なサービス」(p173)としている。
2.複合的企業は、問題を提出する顧客と協力して思考することによってのみ、生き延びることができる。(同)
3.先進的な第3次産業の生産物は、明敏であると同時に大胆で滑らかな思考の結果なのである。(同)
4.この当時の商工会議所会頭は、「待ち時間をなくすこと、仲介者の依頼を限定すること、情報源と最終的な決定主体を直接接近させることは、政府と自治体の概念の転換の証拠である」(p174)
5.販売部門の「職業機会コンサルタント」の事務所が人材育成方式を整備した。「能力を自己分析させ、非効率の原因となる問題点や血管を意識させるために営業マンに難しい状況を疑似体験させる」として、薬品分野では、医師である監督者が難しい質問を投げかけて彼らの行動を分析し、人材を育成する。(同)
6.営業における対話の重要性として、「イタリア人は人が出会う方法と創造的な対話において、様々な仮定と解釈によってうまく立ち回る術、コード化、コードの分解、再コード化の技術に関する教師である」(p175)
7.そして、「この対話術は、創造的会話術の中だけ使われるわけではない。デザイナーの活動は完璧な対話術であって、デザイナーの役割は製品や環境を通して目に見えるコードを発明することである。対象の声なき言葉は形状や色彩に概念化され、相互に綿密な関係を持った品質を表現する。」(同)
要するに、17年ほど前にイタリアで研究発表されていた経営管理方式が、イタリアの場合は表の経済成長には現れることなく、経済の豊かさに発揮されているのだ。
それは、アメリカ式経営管理の色彩が強い中での日本での、今日における、顧客重視、大胆なイノベーション、中小企業に密着した行政、実務的人材育成、固有価値や創造性の明確化といった論議・方式なのである。(イタリアは企業のほとんどが中小零細企業、かつ地場産業体制をとっている、念のため)。
このインテリジェンス情報の言わんとするところは、日本の中小企業の営業方式は、20年弱の遅れがあるものの、中小企業だからこそ素早く導入・定着することが可能だから、目先の売り上げ向上に役立つ情報だ、ということである。ただし、そのコツは頭脳が柔らかい者、計画経済下の営業手法を知らない者から始めるところに、唯一の成功の道が開ける。
§日銀レポートが1月27日に発表された。
http://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2012/ron120127a.htm/
その内容は、日本企業の海外への展開と国内労働力を高付加価値製品に振り向けるべきとの内容である。すなわち、一般的な表現をするならば、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供をと言うわけで、自ずとターゲットは世界1億人富裕層となるのが自然である。日銀からレポートが発表されるということは、これからの日銀の金融政策が、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供する事業にシフトすることを意味している。機関投資家その他利回りを目的とした投資活動に資金供給しない方向である。加えて、マニュアルにもとづく事業とか単純労働力を使っての、単純な労働集約型事業には資金を貸し付けない方向でもある。(単純労働の集約型事業を純粋に行う企業は、今でも採算割れしているが)。
標準化・マニュアル化が可能な作業レベルの仕事は、それこそ人材とともにマニュアル化のノウハウ輸出も含めて海外で行うのが妥当だということである。「原価積み上げ方式+利益率低減」の価格決定方式のノウハウも、海外に比べ日本の労働者には習得・蓄積した者が多い。
商品に対して固有価値を付加するわけでもない=使用価値だけの商品であれば、「より良い品を、より安く」といった哲学からすれば、理想の経済活動を追求することにもなる。
ましてTPPを迎えるとなると国内で行う単純労働力集約事業の社会的役割は無い。それを見越しての日銀レポートであると言える。
§経団連=福利厚生調査結果報告
日本経団連は1月16日第55回福利厚生費調査結果報告を取りまとめた。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2012/005/index.html
労働組合との春闘?を前に発表したことは否めないが、日経連タイムスでの新聞紙面取り扱いは例年になく記事が大きい。
内容を要約すると、経団連加盟710社の正社員1ヵ月当たりの内訳平均額は次の通り。
現金給与総額が541,866円。
給与とは別に会社が負担する福利厚生費が100,076円。
給与とは別の通勤手当・通勤費が9,808円。
退職金に引き当てる額が70,183円となっている。
すなわち、給与外の人件費が180,067円というわけだ。毎月の給与総額の33%弱が、表面に現われない人件費との調査結果だ。
これを基準に経団連の政策が語られているのであり、労働省の調査とは別の意味をもっている。ここから分析できることは、経団連710社を中心に、こういった人事・給与制度は現代の日本経済とは不釣り合いの数値ということだ。
この調査結果は、専門職業チームであるアウトソーシング企業(人件費=使用価値に固有価値を大きく付加)にとっての活用方法と、人件費の安いだけが取り柄のアウトソーシング企業(人件費=おもに使用価値のみ)での活用方法とでは、大きな隔たりが生じる。先ほどの日銀レポートと併せて、この調査結果の情報分析をする場合、個別企業の生存年数の見通しも分かるというものだ。その意味で将来が分かり易い時代であり、昔に比べて先の読める時代でもあるのだ。
§裏側から経済情報を見られる素質を持つ日本人
さて、ここからは問題提起のインテリジェンス論述である。
商品販路やマーケット動向の戦略を立てるには、情報戦争の本質を知っておく必要がある。ただし、裏側から物事を見られる素質を持つ人物比率が、日本には多いということだけである。他国に比べて優位だが、次の注意点は気をつけておかなければならない。
【最大の消費者の層は】
日本国内の場合であれば、今年62歳から67歳になる団塊の世代である。年金改革の焦点も、実はこの年代をターゲットにしている。ところが、毒舌をすれば、「老人は長生きせぬよう、怒らせぬよう」と政策を設定したとしても、団塊の世代は1960年代後半の学生運動や市民運動の実行年代として、怒る世代なのである。団塊の世代の子どもたちは、今や子育て世代に突入。だから子ども手当や教育政策や教育産業は団塊世代のふところ具合を直撃する関心事なのである。そこに焦点と道具があてられた情報戦争であるから、新聞、テレビ、ラジオ、出版物から、そういった情報が流れるかが重要なマーケット情報なのだ。この年代のエリートたちは、日経新聞の記事を鵜呑みにする者がきわめて多い。
【2番目の消費者層は】
団塊の世代の子どもたちである。ところが現実には金を持っていない。団塊の世代から外れた1951年生まれ(今年61歳)から、支払った保険料よりも将来受け取る年金の方が少なく、賃金も低いから年金は累進的にガタ減りする実態だ。そういった将来の安心感もなく、今も貧乏であり、将来も貧乏な世代である。この世代が、がまん強く?怒ることが少ないのは日本的特徴である。
世界的にもICT世代であり、新しい物好きのスマートフォン世代でもある。そこに焦点があてられた情報戦争は、グーグルなどの検索エンジンが重要情報となっている。だから、この年代は情報量の整理と本質をつかみ方さえ習得すれば、その時点から飛躍する能力をもっている。
ところが、団塊の世代の影響を受けている(後に述べる「困ったことには」の項)から、インフォメーションをかき集めないと落ち着かない人物も多い。昔のことわざでいう、「知が多くなれば、知恵が回らぬ」である、周りを見渡してみよう…。知恵が回らないから、「この企画書なら上司に認められる!」といった、無能な上司の顔色を伺うことを判断基準に持ち出す企画課長さえも、大手企業にはチラホラ…なのだ。だから、グーグルに操られても分からないし、そんな商品は売れもしない。
【情報戦争を踏まえたマーケティング】
に日本人は長けているが、ただし活用しようとすれば、「ニッチ市場」と言われる商品と、使用価値に固有価値を付加した商品でしかない。大手市場の情報は日本人には入ってこない。情報収集体制がないので太刀打ちできない。だから、日本の大手企業であっても、「ニッチ市場」でしかないのだ。1960年代からの高度経済成長政策の元、大手企業の吸収合併を繰り返して来たのだが、世界の多国籍企業に比べれば、所詮は小企業である。このままでは、シンガポールや中国系に日本の大手は吸収される道にある。果敢に頑張ったところで、使用価値を主体とした商品の利益率は薄い。だから、固有価値を付加した商品で勝負をかける必要もあり、世界の富裕層1億人をターゲットにすれば、利益も確保できる戦略となるのだ。これは、先に書いた日銀レポートと共通した路線なのである。(ただし日本の大手企業は、アイデンティティーを捨てて、直ぐに合併したがる)。
情報を裏側から見られる素質があるのだから、訓練をすれば有能になれるのだ。シェール瓦斯の話題がTVに流れれば、原発依存のエネルギー政策で損をしている企業には収益増の可能性があり、周辺産業が潤う。その反面で原発を稼働させたい人たちは貧乏になるかもしれないのである。再生エネルギー発電は、ドイツでは工業商品ではなく、農家や中小零細企業が営む生活文化型商品である。ドイツやフランスの原発電力は輸出用電力、外貨稼ぎの工業品にすぎない。そこで、一般的に言うと、新聞・テレビで紹介される商品は、その似通った商品こそ売れていないからこそ、話題になっているのだ。……というようにものを観る訓練をすればよい。インテリジェンス情報は、情報のみならず観る目を養う。(最近流行している、商品のストーリー性とかコンテクストも、そういった目で見て診て訓練してみることだ)。
【文化性や芸術性の情報なら日本優位】
さて、この固有価値を付加した商品に関わる情報で、各国情報機関や多国籍企業と渡りあうには(いささか戦闘的着想かも)、生活文化や芸術性の分野で勝負をすることとなる。生活文化や芸術性の情報は、グーグル検索では情報量が多いから把握できない。実演するときのタレント性は、4次元的具現化だからDVDやPCでは再現されない。
幸いなことに、団塊の世代の子どもたちは、先進国に類を見ない習い事世代でもあり、その知識と我慢強さは芸術性向上には欠かせない。論理構成の理解度も、「実際の物事が存在する(人間の)間に真理が存在し、どこかに先ず真理が存在し、真理を理解した後に実践が続くのではない」とか、「人間二人の間で哲学はさほど必要ないが、ひとり対多数の人間関係にこそ哲学が不可欠である。」といった、…(現代イタリアでは、記号学:対:解釈学かとの哲学者論争)…も、日本の団塊の世代の子どもたちは、上手に解説しさえすれば何の話であるかは理解できる。そういった意味であれば、日本の文化水準を背景にする商品開発は重要な戦略ポイントだ。
折しも、ユーチューブなどの画像著作権をめぐっての争いがアメリカ議会で起こっているのも、旧来マスコミ勢力:対:ICT情報勢力の代理戦争となっている、経済戦争そのものなのである。
【ところが、困ったことには】
計画経済の哲学の型にはめられた団塊世代の思考パターン及び、団塊世代の親や教師たちに優等生と褒められた思考パターンが、着想・創造性や文化性の足を引っ張ることとなる。こういった人物の傾向は、
1.たいした競争をしたこともないのに競争意識だけは強く、
2.縄張り意識と同調者を求める愚かさは並外れている。
3.豊かな発想とは=アンチ体制と思っているかその逆説にしかすぎない。
4.→創造性よりも対決性を実は好んでいる。(勝ち組とか負け組とかが抜けない)
だから、たいした経験もないのに自らの経験を弱い者に説いて押し付けようとする。強い者には自らの経験を説かない。せいぜい反発するだけだ。
だから、その少し下の年代からは、その情けない姿が素で敬遠されている。
団塊世代は名誉が好きで、(嫌われない説明をするとすれば)、団塊世代より上の世代に経験を説いてもらって、その人たちの子分になるとか優等生だと認められ、今の地位と年金生活を確保できたのも事実であり、そうでない人は日陰者といった差別が了承されている社会だったのだ。その延長線上だから、個別企業や社会で安穏と暮らしている人物には、ガンバロウ=足を引っ張っていることすら解らないのである。
【ぬくぬく:が好き。=ぬくい所が好き。ぬくい所に集まる!】
と、10代~20代の若者の傾向を言い当てたのは、松下電産で松下幸之助に27歳で抜擢された照明器具部門責任者の中澤南海生(まちづくり大学院教授)氏のマーケティング名言である。この年代こそが10年~20年後の主力であるから、如何に育てるかが個別企業の知恵の出しどころとなっている。
なにせ、「ゆとり教育世代」は頼りなくって困ったものだと批判し、指図して縄張り争いに熱をあげる、おばさん&おじさん達が圧倒的多数だから・・・。
現代若者のキーワード、「ゆるゆる&ぬくぬく」
楽しく気持ちのいいところに、新しい時代を切り開くエネルギッシュな側面を見つけることは難しい。
たぶん、このメールをここまで読んで、&怒り心頭の貴方かもしれないが、ここまで読むほどに興味があり、&怒るほど心に突き刺さったのだろう。が、これがパラダイムの転換で役にたつのである。
★という筆者こそが、「困った思考パターンの年代」を錯覚してしまい、まちづくり政策の若者集めに大失敗して新たな発見をしたところでもあるのだ。
・徹底したイギリスの観光客受入
【硬直したインテリやエリート】
【目前の異文化民族との交易】
・国家情報機関の民営化
・実利(地下)で稼ぐ、イタリア営業の一端
・日銀レポートが1月27日に発表された。
・経団連=福利厚生調査結果報告
・裏側から経済情報を見られる素質を持つ日本人
【最大の消費者の層は】
【2番目の消費者層は】
【情報戦争を踏まえたマーケティング】
【文化性や芸術性の情報なら日本優位】
【ところが、困ったことには】
【ぬくぬく:が好き。=ぬくい所が好き。ぬくい所に集まる!】
§徹底したイギリスの観光客受入
次のユーチューブは、バッキンガム宮殿の衛兵交代式の映像だ。
http://www.youtube.com/watch?v=NkmkBOCQQsw
日本の若者も、これが見たいがためにイギリス旅行に出かける。それは、団塊の世代がイメージする衛兵交代式とは違っている。そこで、音楽に興味のある方は気付いただろうが、この交代楽曲はオペラ「フィガロの結婚」からのもの。この戯曲はフランスで作られ、オペラはパリで初演された。だから、昔の英仏関係からすれば、バッキンガム宮殿で演奏することはもってのほか!なのだ。ところが今や、EUが出来上がり、EU経済危機を逆手にとってEU体制が一段と強化しようとする中で、ドイツやフランスからの観光客がバッキンガム宮殿の観光に押し寄せるわけだ。よって、イギリス王室も、ヨーロッパ大陸でなじみのある楽曲をというものだ。日本の高校生の教科書にもでてくるから、日本の若者にも馴染みがあるのだ。
果たして日本の皇居での皇宮警察官の交代を連想してみれば…。賛否両論、まさかと着想するのは仕方がないが、とにかく問題なのは硬直した思考なのである。
【硬直したインテリやエリート】
が頭脳を柔軟にするには学問・研究しかないと思われる。日本ではEU統合について、ほとんど論議がされたことがない。EU経済危機とのニュースにあおられて、ちょこっと知っている程度である。EU統合の目的は、戦前からの「民族主義者による戦争発生の防止」(第二次世界大戦では、ヒットラーとムッソリーニに支配された)であった。今のEU経済危機と騒がれても、当事者たちは冷静沈着にEU体制強化を図っている。その後ろ盾には、社会体制と経済についての詳細な研究(例えば、エルンスト-ヨアヒム・メストメッカー著『EUの法秩序と経済秩序』法律文化社、その他)が存在する。ヨーロッパにおける哲学研究~経済構造の変遷~法律の果たした役割を徹底して研究しているのだ。日本のマスコミは報道していないが、大変な活発論議が今もなされている。
【目前の異文化民族との交易】
のために柔らかい発想をするにはショックが必要だ。偶然に筆者が知ったものが、次のユーチューブだ。
http://www.youtube.com/watch?v=LCPcq0ApxyI&feature=related
どうもロシアでは、ペレストロイカとともに、この曲はポップスになりロックにもなり流行している。この曲は、1958年にスターリン死去とともに制作された、日本軍シベリア出兵(大正7年)戦争での、抗日パルチザン闘争を題材にした映画の挿入歌である。これが、現ロシアの経済民主化やペレストロイカを進めている老若男女の愛唱歌である。すなわち、日露貿易を、極めて円滑に進めようとする極意は、この曲を現地で口ずさむことや、大陸流にロシア船入港の際に大音響で流すといったことなのだ。シベリア抑留された人は聞いたこともないこの曲、実行するか否かは商人や自治体職員の自由だが…。
現代中国でのそういった曲は、北京オリンピックの女児の口パクで流れた曲の原曲、
http://www.youtube.com/watch?v=jH1NG8ws298&feature=fvwrel
「社会主義を建設しよう」(日本語題名)だ。渡航するパスポートを入手できる資格のある中国人であれば愛着があるはずの歌。さすが連銀カードで買い物してもらうためとしても、商店街では躊躇しないでいられるだろうか!…。
§国家情報機関の民営化
今や国家権力機関の典型であった軍隊までもが民営化される時代である。アメリカ軍をはじめ各国は輸送、メンテナンス、ガードマンなどの業務は民間企業に発注している。そして、経済情報の収集に近年力を注いでいる、CIAとかMI6(007の本家)は、情報機関の民営化策としてグーグルなどに接近しているとのことだ。こういった国家情報機関が工作活動よりも、経済情報を集積・演出するようになったことは有名だ。が、直接傍受しなければならないエシュロン(日本には青森県の三沢基地に)と比べ、
http://www.kamiura.com/abc33.html
グーグル検索エンジンのチェックシステムは、飛躍的に情報質量が向上している。グーグルが急激に成長した背景には、「アンドロイド+Gメール+スマートフォンの携帯番号」の3セット(技術的には携帯番号は外せる)のシステム利用と、その背景にアメリカ政府が後押しした影があると言われている。ヤフーやマイクロソフトは政府に協力しなかったから成長しなかったとの説も流れている。過去にもエシュロンによる大手企業の情報漏えいが話題にされているが、大手企業のみなさんはアンドロイド+Gメールのセットに気をつけることだ。
ついでの話だが、中国政府公安部がマークしている人物がWEBを使って中国国内とネット交信すれば、即座にピックアップされる。建国以前から情報戦には長けており、こちらはICTを使って情報戦争、治安公安、朝貢貿易の集団である。それは、日本の国会議員のネット情報が監視されていたどころの規模ではない。
§実利(地下)で稼ぐ、イタリア営業の一端
1995年の段階で普及しつつあったイタリア営業手法は、今の日本よりも、はるかに先進的である。
イタリアの経営ノウハウは学術分析されたり、経営書が翻訳されたりすることは少ない。経営者教育では、アメリカ式経営管理と北欧諸国方面の経営管理を徹底して研究していると言われる。地場産業職人や若者の大学教育も充実させている。ボローニャ大学はグラスゴー大学(スコットランド)とともに神学校が母体ではなく、生徒たちが教授の採用権を持つ地場設立の大学である。
イタリア人の政治の壁を突き破る経済活動、例えば、世界が米ソ対立のさなか、冷戦構造による「鉄のカーテン」といった輸出規制が存在したが、その壁を素通りしてオリベッティはソヴィエトにタイプライターを輸出、だから今でもキーボードの仕様はオリベッティ方式が強い。あるいは、中国の文化大革命(~1976年)当時に使用された赤い本のビニールカバーは、すべてがシルクロードを運送したイタリア製であった。ナポリは、経済統計上では、収入に比べ支出が圧倒的に多い町として有名であるが、近年、ソマリアの海賊(この海賊基地の大半は「プントランド」という大統領、警察、裁判所機関も備えている各国未承認国)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89
に襲われる船舶は、ナポリ港に立ち寄っているという噂である、…あくまで噂?である。
イタリア営業手法の数少ないある本から紹介すると、
(フロランス・ヴィダル著『イタリア式マネジメント』三田出版会)
1.専門家によればとして、先進的な第3次産業とは、「高度な知識と専門性が要求される新しい分野において、企業の変化と革新を支援する多面的なサービス」(p173)としている。
2.複合的企業は、問題を提出する顧客と協力して思考することによってのみ、生き延びることができる。(同)
3.先進的な第3次産業の生産物は、明敏であると同時に大胆で滑らかな思考の結果なのである。(同)
4.この当時の商工会議所会頭は、「待ち時間をなくすこと、仲介者の依頼を限定すること、情報源と最終的な決定主体を直接接近させることは、政府と自治体の概念の転換の証拠である」(p174)
5.販売部門の「職業機会コンサルタント」の事務所が人材育成方式を整備した。「能力を自己分析させ、非効率の原因となる問題点や血管を意識させるために営業マンに難しい状況を疑似体験させる」として、薬品分野では、医師である監督者が難しい質問を投げかけて彼らの行動を分析し、人材を育成する。(同)
6.営業における対話の重要性として、「イタリア人は人が出会う方法と創造的な対話において、様々な仮定と解釈によってうまく立ち回る術、コード化、コードの分解、再コード化の技術に関する教師である」(p175)
7.そして、「この対話術は、創造的会話術の中だけ使われるわけではない。デザイナーの活動は完璧な対話術であって、デザイナーの役割は製品や環境を通して目に見えるコードを発明することである。対象の声なき言葉は形状や色彩に概念化され、相互に綿密な関係を持った品質を表現する。」(同)
要するに、17年ほど前にイタリアで研究発表されていた経営管理方式が、イタリアの場合は表の経済成長には現れることなく、経済の豊かさに発揮されているのだ。
それは、アメリカ式経営管理の色彩が強い中での日本での、今日における、顧客重視、大胆なイノベーション、中小企業に密着した行政、実務的人材育成、固有価値や創造性の明確化といった論議・方式なのである。(イタリアは企業のほとんどが中小零細企業、かつ地場産業体制をとっている、念のため)。
このインテリジェンス情報の言わんとするところは、日本の中小企業の営業方式は、20年弱の遅れがあるものの、中小企業だからこそ素早く導入・定着することが可能だから、目先の売り上げ向上に役立つ情報だ、ということである。ただし、そのコツは頭脳が柔らかい者、計画経済下の営業手法を知らない者から始めるところに、唯一の成功の道が開ける。
§日銀レポートが1月27日に発表された。
http://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2012/ron120127a.htm/
その内容は、日本企業の海外への展開と国内労働力を高付加価値製品に振り向けるべきとの内容である。すなわち、一般的な表現をするならば、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供をと言うわけで、自ずとターゲットは世界1億人富裕層となるのが自然である。日銀からレポートが発表されるということは、これからの日銀の金融政策が、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供する事業にシフトすることを意味している。機関投資家その他利回りを目的とした投資活動に資金供給しない方向である。加えて、マニュアルにもとづく事業とか単純労働力を使っての、単純な労働集約型事業には資金を貸し付けない方向でもある。(単純労働の集約型事業を純粋に行う企業は、今でも採算割れしているが)。
標準化・マニュアル化が可能な作業レベルの仕事は、それこそ人材とともにマニュアル化のノウハウ輸出も含めて海外で行うのが妥当だということである。「原価積み上げ方式+利益率低減」の価格決定方式のノウハウも、海外に比べ日本の労働者には習得・蓄積した者が多い。
商品に対して固有価値を付加するわけでもない=使用価値だけの商品であれば、「より良い品を、より安く」といった哲学からすれば、理想の経済活動を追求することにもなる。
ましてTPPを迎えるとなると国内で行う単純労働力集約事業の社会的役割は無い。それを見越しての日銀レポートであると言える。
§経団連=福利厚生調査結果報告
日本経団連は1月16日第55回福利厚生費調査結果報告を取りまとめた。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2012/005/index.html
労働組合との春闘?を前に発表したことは否めないが、日経連タイムスでの新聞紙面取り扱いは例年になく記事が大きい。
内容を要約すると、経団連加盟710社の正社員1ヵ月当たりの内訳平均額は次の通り。
現金給与総額が541,866円。
給与とは別に会社が負担する福利厚生費が100,076円。
給与とは別の通勤手当・通勤費が9,808円。
退職金に引き当てる額が70,183円となっている。
すなわち、給与外の人件費が180,067円というわけだ。毎月の給与総額の33%弱が、表面に現われない人件費との調査結果だ。
これを基準に経団連の政策が語られているのであり、労働省の調査とは別の意味をもっている。ここから分析できることは、経団連710社を中心に、こういった人事・給与制度は現代の日本経済とは不釣り合いの数値ということだ。
この調査結果は、専門職業チームであるアウトソーシング企業(人件費=使用価値に固有価値を大きく付加)にとっての活用方法と、人件費の安いだけが取り柄のアウトソーシング企業(人件費=おもに使用価値のみ)での活用方法とでは、大きな隔たりが生じる。先ほどの日銀レポートと併せて、この調査結果の情報分析をする場合、個別企業の生存年数の見通しも分かるというものだ。その意味で将来が分かり易い時代であり、昔に比べて先の読める時代でもあるのだ。
§裏側から経済情報を見られる素質を持つ日本人
さて、ここからは問題提起のインテリジェンス論述である。
商品販路やマーケット動向の戦略を立てるには、情報戦争の本質を知っておく必要がある。ただし、裏側から物事を見られる素質を持つ人物比率が、日本には多いということだけである。他国に比べて優位だが、次の注意点は気をつけておかなければならない。
【最大の消費者の層は】
日本国内の場合であれば、今年62歳から67歳になる団塊の世代である。年金改革の焦点も、実はこの年代をターゲットにしている。ところが、毒舌をすれば、「老人は長生きせぬよう、怒らせぬよう」と政策を設定したとしても、団塊の世代は1960年代後半の学生運動や市民運動の実行年代として、怒る世代なのである。団塊の世代の子どもたちは、今や子育て世代に突入。だから子ども手当や教育政策や教育産業は団塊世代のふところ具合を直撃する関心事なのである。そこに焦点と道具があてられた情報戦争であるから、新聞、テレビ、ラジオ、出版物から、そういった情報が流れるかが重要なマーケット情報なのだ。この年代のエリートたちは、日経新聞の記事を鵜呑みにする者がきわめて多い。
【2番目の消費者層は】
団塊の世代の子どもたちである。ところが現実には金を持っていない。団塊の世代から外れた1951年生まれ(今年61歳)から、支払った保険料よりも将来受け取る年金の方が少なく、賃金も低いから年金は累進的にガタ減りする実態だ。そういった将来の安心感もなく、今も貧乏であり、将来も貧乏な世代である。この世代が、がまん強く?怒ることが少ないのは日本的特徴である。
世界的にもICT世代であり、新しい物好きのスマートフォン世代でもある。そこに焦点があてられた情報戦争は、グーグルなどの検索エンジンが重要情報となっている。だから、この年代は情報量の整理と本質をつかみ方さえ習得すれば、その時点から飛躍する能力をもっている。
ところが、団塊の世代の影響を受けている(後に述べる「困ったことには」の項)から、インフォメーションをかき集めないと落ち着かない人物も多い。昔のことわざでいう、「知が多くなれば、知恵が回らぬ」である、周りを見渡してみよう…。知恵が回らないから、「この企画書なら上司に認められる!」といった、無能な上司の顔色を伺うことを判断基準に持ち出す企画課長さえも、大手企業にはチラホラ…なのだ。だから、グーグルに操られても分からないし、そんな商品は売れもしない。
【情報戦争を踏まえたマーケティング】
に日本人は長けているが、ただし活用しようとすれば、「ニッチ市場」と言われる商品と、使用価値に固有価値を付加した商品でしかない。大手市場の情報は日本人には入ってこない。情報収集体制がないので太刀打ちできない。だから、日本の大手企業であっても、「ニッチ市場」でしかないのだ。1960年代からの高度経済成長政策の元、大手企業の吸収合併を繰り返して来たのだが、世界の多国籍企業に比べれば、所詮は小企業である。このままでは、シンガポールや中国系に日本の大手は吸収される道にある。果敢に頑張ったところで、使用価値を主体とした商品の利益率は薄い。だから、固有価値を付加した商品で勝負をかける必要もあり、世界の富裕層1億人をターゲットにすれば、利益も確保できる戦略となるのだ。これは、先に書いた日銀レポートと共通した路線なのである。(ただし日本の大手企業は、アイデンティティーを捨てて、直ぐに合併したがる)。
情報を裏側から見られる素質があるのだから、訓練をすれば有能になれるのだ。シェール瓦斯の話題がTVに流れれば、原発依存のエネルギー政策で損をしている企業には収益増の可能性があり、周辺産業が潤う。その反面で原発を稼働させたい人たちは貧乏になるかもしれないのである。再生エネルギー発電は、ドイツでは工業商品ではなく、農家や中小零細企業が営む生活文化型商品である。ドイツやフランスの原発電力は輸出用電力、外貨稼ぎの工業品にすぎない。そこで、一般的に言うと、新聞・テレビで紹介される商品は、その似通った商品こそ売れていないからこそ、話題になっているのだ。……というようにものを観る訓練をすればよい。インテリジェンス情報は、情報のみならず観る目を養う。(最近流行している、商品のストーリー性とかコンテクストも、そういった目で見て診て訓練してみることだ)。
【文化性や芸術性の情報なら日本優位】
さて、この固有価値を付加した商品に関わる情報で、各国情報機関や多国籍企業と渡りあうには(いささか戦闘的着想かも)、生活文化や芸術性の分野で勝負をすることとなる。生活文化や芸術性の情報は、グーグル検索では情報量が多いから把握できない。実演するときのタレント性は、4次元的具現化だからDVDやPCでは再現されない。
幸いなことに、団塊の世代の子どもたちは、先進国に類を見ない習い事世代でもあり、その知識と我慢強さは芸術性向上には欠かせない。論理構成の理解度も、「実際の物事が存在する(人間の)間に真理が存在し、どこかに先ず真理が存在し、真理を理解した後に実践が続くのではない」とか、「人間二人の間で哲学はさほど必要ないが、ひとり対多数の人間関係にこそ哲学が不可欠である。」といった、…(現代イタリアでは、記号学:対:解釈学かとの哲学者論争)…も、日本の団塊の世代の子どもたちは、上手に解説しさえすれば何の話であるかは理解できる。そういった意味であれば、日本の文化水準を背景にする商品開発は重要な戦略ポイントだ。
折しも、ユーチューブなどの画像著作権をめぐっての争いがアメリカ議会で起こっているのも、旧来マスコミ勢力:対:ICT情報勢力の代理戦争となっている、経済戦争そのものなのである。
【ところが、困ったことには】
計画経済の哲学の型にはめられた団塊世代の思考パターン及び、団塊世代の親や教師たちに優等生と褒められた思考パターンが、着想・創造性や文化性の足を引っ張ることとなる。こういった人物の傾向は、
1.たいした競争をしたこともないのに競争意識だけは強く、
2.縄張り意識と同調者を求める愚かさは並外れている。
3.豊かな発想とは=アンチ体制と思っているかその逆説にしかすぎない。
4.→創造性よりも対決性を実は好んでいる。(勝ち組とか負け組とかが抜けない)
だから、たいした経験もないのに自らの経験を弱い者に説いて押し付けようとする。強い者には自らの経験を説かない。せいぜい反発するだけだ。
だから、その少し下の年代からは、その情けない姿が素で敬遠されている。
団塊世代は名誉が好きで、(嫌われない説明をするとすれば)、団塊世代より上の世代に経験を説いてもらって、その人たちの子分になるとか優等生だと認められ、今の地位と年金生活を確保できたのも事実であり、そうでない人は日陰者といった差別が了承されている社会だったのだ。その延長線上だから、個別企業や社会で安穏と暮らしている人物には、ガンバロウ=足を引っ張っていることすら解らないのである。
【ぬくぬく:が好き。=ぬくい所が好き。ぬくい所に集まる!】
と、10代~20代の若者の傾向を言い当てたのは、松下電産で松下幸之助に27歳で抜擢された照明器具部門責任者の中澤南海生(まちづくり大学院教授)氏のマーケティング名言である。この年代こそが10年~20年後の主力であるから、如何に育てるかが個別企業の知恵の出しどころとなっている。
なにせ、「ゆとり教育世代」は頼りなくって困ったものだと批判し、指図して縄張り争いに熱をあげる、おばさん&おじさん達が圧倒的多数だから・・・。
現代若者のキーワード、「ゆるゆる&ぬくぬく」
楽しく気持ちのいいところに、新しい時代を切り開くエネルギッシュな側面を見つけることは難しい。
たぶん、このメールをここまで読んで、&怒り心頭の貴方かもしれないが、ここまで読むほどに興味があり、&怒るほど心に突き刺さったのだろう。が、これがパラダイムの転換で役にたつのである。
★という筆者こそが、「困った思考パターンの年代」を錯覚してしまい、まちづくり政策の若者集めに大失敗して新たな発見をしたところでもあるのだ。
2012/01/10
第117号
<コンテンツ>
・マスコミや経済界、労働界が取り上げないインテリジェンス4つ
(1)TPPで仕事受注が激変
(2)国の財政危機
(3)消費税だけが増税手段
(4)日本国内資産の国内投資
・固有価値論で、経済のサービス化も価格反映が可能
・今年は、人材・労働力の棚卸し
・固有価値の見積書(例)
・【書評】『〈起業〉という幻想』
§マスコミや経済界、労働界が取り上げないインテリジェンス4つ
これだけの混乱と大変動にあっては、学者や経世家の施策(アイデア)も知った上で、経営管理や業績拡大を思考していく必要がある。良い大学を出ても、「話題が報道ステーションやネットの書き込みばかり」とか、「日本エコノミー新聞」の情報といった人物が増えつつあるが、これでは経営や新商品のイノベーションができない。こんな人物は、ひたすら我慢…、ところが突然爆発して支離滅裂になるといった共通パターンをもっている。犯罪に手を染めるパターンとも共通している。
(1)TPPで仕事受注が激変
農産物ばかりが大論議になったが、経営管理とか仕事受注にどのような影響を与えるかを研究しているものも少ない。どちらかといえば、TPPを迎え撃つ意気込みであったり、TPPからの悲愴感からのヤケクソ感情である。
実際に、学問的に想定できることは次の通りである。海外企業が仕事を受注する場合、自国の最低賃金や労働条件さえ守っておれば、労働法上は問題ない。受注した仕事に使う設備や原材料は、発注の要求水準が同一であれば、その仕入れ価格に大差はない。問題は人件費だ。EUやメキシコで生じた自由貿易圏によるトラブルも、主に人件費である。そうなったとき人件費額で国内企業と海外企業での競争となった場合、日本企業は勝てない。例えば、発展途上国の賃金水準で公共事業の入札が行われる場合、その外国の賃金・労働条件の最低基準が認められなければ、発展途上国の企業が差別されたとして、(日本の裁判所に訴えが出るのではなく)発展途上国の裁判所から命令が出て、発注者が罰金を支払わされることになっているのだ。特に官公庁は罰金刑を恐れる。ベトナムは昔から国を挙げて労働輸出をやっている。そればかりか、発展途上国は賃金が安いから、実は日系資本&人材が入った海外法人企業が安値の人件費で入札に参加して来るのだ。
これに対しては、日弁連が提言しているような公契約法などで対処するしかない。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2011/110414_3.html
民間企業間の取引場面で対処するには、高度労働能力の発揮を契約で定めておく方法などでなければ、やはり差別されたとして当該外国の裁判所から罰金命令が出され、日本の発注企業が罰金を払わなければならない。国内の日系企業は、そうなれば、のんびりしていてはTPPで倒産する。要は、外注業者と言われる個別企業には倒産・廃業の危機には違いないのだ。この急激な変化に対する対処は国をあげての経済政策を行う必要がある。美徳だの絆だの我慢だのと云っているよりも、生産の落ち込みとデフレ脱却のため、産業復興法(1933年アメリカの例)でも制定して「値崩れ防止の国民運動」のような施策をしろとの考え方がある。
http://www.c20.jp/1933/06nirak.html
(2)国の財政危機
国家財政安定には増税以外にも方法があるという施策がある。
現在、国が発行する国債のほとんどは銀行が買わされて保有している。実に現在も銀行の経営基盤は弱いから、利息支払いは国が金融機関を安定させることからも重要となっている。そして理屈では国債発行額を減らす必要があると口で唱えるだけで施策がないのだ。
ところが、この国債を個人年金目的の積み立て制度に転用すれば、個人貯蓄が直接国家財政を担保することとなって、潤沢な国民貯蓄が財政を安定させるといった施策だ。第二世界大戦での戦時国債は、価値が「ほぼゼロ円」となったことから、日本の高齢者は買わないが、年金としての国家への貸付である=年金国債=であれば、返済期間と支払いが非集中化することから、安定・安全性が保たれる。金融機関が買わされている国債を少なくすればよい。財務官僚の言うように「急ぐ!急ぐ!」と云って、焦ったりする必要はないとの施策だ。
(3)消費税だけが増税手段
消費税率UPを導入すれば、地元密着型の小売店とか食材加工販売(飲食店)は、今の経済状況からすれば大量に淘汰される。大手のネットワークもしくはチェーン店であれば、値上げかもしくは材料品質を落とす=手をかけた高級品は供給が少なくなる。旬産旬消といった消費は、そもそも大手のネットワークもしくはチェーン店にはなじまない。すなわち、味や見た目は刺激的・きれい的品ではあるが、粗悪化することは間違いない。現行流通ルートの改善で、旬産旬消や地産地消の維持(全面で行うと非効率)を促進する税制を考えた方が現行5%でも消費は増加し税収は上向くとする施策がある。
ところで、EUの経済危機の根底には、安易に消費税率を引き上げ過ぎたことで消費が回らなくなったとするのが定説である。財務省は都合が良いときに、「アメリカでは」とか、「ドイツでは」とか、「フランスでは」とかの様々な事例をあげる(これを学者の間では、「ではの神」という)。ところが、今回の消費税論議には、「ではの神」が出てこない。そして、ヨーロッパでは、ぜいたく品の消費税は高いが、基礎的食料品ではほとんど消費税が減免されていることを、マスコミも見過ごしている。そこで、消費税をアップした時点の不況対策、それ以前の景気刺激や準備対策こそが必要だとする施策がある。
http://www.777money.com/torivia/syouhizei_world.htm
累進課税論争は学問的には決着したが、官僚たちから導入の話は出てこない。年収5000万円以上の収入内訳は、90%以上が「報酬」や給与ではないとの統計資料が出ている。このことから、学問的に累進課税は、「勤労意欲を低下させる」といった論拠は消滅している。世界で初めて累進課税を導入した国はアメリカである。日本もそうだが、初めて導入した時代と、個々人の収入構成は大きく異なっているのだ。産業空洞化の防止策は累進課税だとする施策もあり、東北の地震・津波・原発の復興税に累進課税を含める施策もある。
(4)日本国内資産の国内投資
日本経済に投資する資金はない!と言われる。これも良く考えると、従来方式の資本投下による産業育成、すなわち古典的経済学でいえば、「利子生み資本」を投下する意味が、日本国内にはないということである。新自由主義的経済学となれば、「(俗称)利回り資本」の投資対象が日本国内にはないということである。
ところが、経済成長と別枠で考える経済的豊かさを回復するための資金がないわけではない。俗にいう「大企業群の内部留保=260兆余」である。そのすべてが使えるわけではないが、それを経済的豊かさ(個人消費や生活満足度などの向上)に投資することへの期待は強い。財務省も実はこれを狙っている。
いわゆる商品は大まかには生産財と消費財である。このうち消費財を扱う企業は大手・中小問わず、経済的豊かさへの投資を増加させ個人消費の引き上げ、業績向上を狙っている。その経済論理である大企業群の流動性資金過剰状態、賃金水準低下による国内需要低迷、個人家計消費の低迷などへの指摘に対して、そうではないと反対の論述をする学者は皆無である。
筋の通った学説としては次のようなものが存在する。労働・雇用基準を改善し労働市場の健全化による労働分配率向上。社会保障施策を大幅充実し教育・福祉・医療の雇用拡大。一次産業と零細企業を念頭に地域経済循環政策。大企業への課税・社会保険料の賦課強化といった施策である。(但し、こういった学説では、従事者10人未満の企業は、時間制or出来高制を問わず事業主も含め全員を労働者と位置付けているから、誤解のないように)。
第二次大戦直後、日本では税収を上げるために、戦災で焼け残った家屋に対して固定資産税を(焼け残って幸運な人に)追加で掛けたことがある。イギリスでは、民間保有資産に対して最高で30%の課税をしたこともある。いよいよとなれば、戦後そういった課税をしてでも、それを国が投資に回して経済成長を図ってきた。これが戦災で打撃を受けた経験のある先進国でもある。今それをしないのは、当時に比べGDPと資産規模がけた違いに大きいからだ。(年間国家予算程度はすぐ確保だ=といった官僚の脅しも?)
§固有価値論で、経済のサービス化も価格反映が可能
目的と自覚を持って固有価値の付加に高度労働力を投入すればよい。
現在の不況の原因は、昔のような過剰設備による反動から来たものではない。消費の拡大が出来ていないことから何時までも景気低迷を起こしている。だから、経営管理のイノベーション&商品技術のイノベーションを進め、時代を切り開く「高付加価値製品や高水準サービス」を、商品の固有価値として科学的に付加することで、適切な安定した価格決定が行われ、これが業績拡張と利益増を図ることとなる(固有価値の見積書↓)。
コスト切り下げと海外移転ではジリ貧を招き、あげく身売りも避けられない。固有価値を付加した「生活文化型商品」は、数人の町工場でも業績向上の事例は数限りなくある。今は大量生産されてはいないものの、実にそういった商品こそがグローバル多国展開されている。
ちなみに、日本円で1億円以上の預金等を持つ富裕層は世界に1億人余といわれる。預金等は投資可能資産だけでは推し量れないから、各国の表向き預金統計数値等では富裕層人数を把握できない。その内、日本国内は150万人余(一部のマスコミの言う富裕層は投資可能資産の保有者で計算)。中国国内は約4000千万人といわれ、中国進出しなくとも連銀カードで日本へ買物に来る。そこでは、日本企業の商品づくりに存在する潜在的「固有価値」が、ブランドその他の型として発揮されているから、富裕層が日本から買うのだ。
ところで、サービス産業の特質について、松下電器産業叩き上げの安積敏政教授(甲南大学)が、九州産業大学の鄭森豪准教授の研究成果を紹介している。それは、サービス産業には7つの特質があるとして
(1)(サービス)商品価値の多因子性
(2)総合価値の概念的曖昧性
(3)価格とコスト間の相互関連の不明確性
(4)需要者側における購入対象サービスの事前評価の不可能性
(5)ストックの不可能性
(6)流通の短絡性(一段階性)
(7)多系統サービスのシステム化の必然性
としている。
この研究の非常に評価出来ることは、松下電産のアジア展開で叩き上げて来た安積教授の推薦する分析だから、現象面では信憑性が強いといえる。が、決め手はその本質である。
だが加えて、論理的合理的に、というのはこの論理性合理性がなければ他人に伝達できないのだが、要は分析できないと論述しているのである。だとすれば、サービス産業は経済性や社会性に基づいて価格決定が行われていないとの理論展開に利用される分析かもしれないのだ。これを否定したところで、軍事力や世間体あるいは経済外的強制によってサービス産業の価格が左右することとなる論理となる。だとすると、古代略奪経済活動とか封建的支配経済活動のように、正当なサービス産業を衰退させようとする人たちに便利な学説にもなりかねない、…中国の経済論理(贋作やコピー商品もその身近な論理)のようだ。
サービスと言われるもの業態について、今日までさまざまな学説が唱えられできた。場合によっては学説に縛られて経済活動や経営裁量を自ら規制している状況もうかがえる。しかしながらそれは、サービスと言われるものが未発達な時代を反映し、かつ本質を避けた学説であったからにすぎない。古い学説ならば、商品には使用価値(限界効用)と交換価値の2つの側面の価値があるとされるのだが、この使用価値(限界効用)に加えて固有価値が存在し、この2つの価値合計が交換価値として取引されると分析した場合、サービスと言われるものの業態にも価格論理性が生まれてくるのだ。
§今年は、人材・労働力の棚卸し
それぞれの個別企業では、今年はこれが求められる。現下の経済状況というのは旧式の統計調査方法では分からない。その統計の成り立ち&統計学の知識を備えていてこそ、やっと統計の正確に意味するところが分かるところまで来ている。今の経済危機の原因の本質を消費低迷だと分かっておれば、設備投資や鉱工業生産の統計などは景気回復後に見ればよいことなのだ。だが消費傾向や推移統計等のそれも、正確に意味するところが判明したところで(現実には次世代経済構造に役立つ統計は無い)、何を行動するかが経営には重要なのである。ひとつの方向に向かって経営哲学と経営戦略に、あらゆることをまとめあげていくことが、事業を経営するということである。「数値は踏まえるが数値には左右されない」と、これを歴史の事実や経営学は解明している。
それからすると、TPPとか消費税などの動向を見つめながら、個別企業では人材・労働力の棚卸しをすることが重要なのだ。その棚卸しが出来ないとか行わない場合は、一挙に不採算を生み出す。これは昨年の夏あたりから如実に現れた傾向である。これを先送りした企業ははっきりと決算に影響している。
すなわち、これからの主流となる
1.経営管理手法(新しい管理職の評価方法=メルマガ12月号)
2.業績拡大手法(新しい経営哲学にもとづく教育方法=メルマガ12月号)
3.そして、これにもとづく人材・労働力の棚卸しなのである。
単に使用価値を製造・販売する業務では、マニュアルで作業方法を確立し、より賃金の低い、その作業に適した労働者に切り替える必要がある。これこそ職業分類統計にも、その実態が事務作業者と労務作業者の増加として現われている。
だが問題はその次である。使用価値を単純労働で遂行するほどに、価格低下を起こし採算を脅かされるのだ。それをジレンマととらえて経営管理を行えば個別企業の存在価値はなくなる。だからこれが、日本の大手製造業の製品が価格競争にさらされ、あげく海外企業に市場をとられてしまった結末なのである。海外に進出して激烈な環境の中であくせく働くか、足を国内に着けた高い利益率の経営をするかは、作戦参謀である貴方が選ばなければならない。高い利益率は固有価値を付加することであるが、その理論体系の研究報告はこちらのWEBでどうぞ。(管理職の評価方法、教育方法、固有価値の見積書例などの解説は、このWEBの下のコンテンツ)。
http://www.soumubu.jp/new.html
筆者の経験からすれば、売り上げ不振や経営危機に陥ってからでは、こういった本来の棚卸しを行うことは不可能である。今や裁判所の動向も整理解雇について将来的な経営計画にもとづく必要性を認める方向にあり、そこでは上記のような手法と棚卸しは認められているのである。
今年の事態は緊迫する。手遅れになれば企業を破産させ、並行して有能な人材を確保した新会社の設立しか方法がなくなる。だが、そこでは経営者と古参社員に血が流れる犠牲を払わせることになる。
§固有価値の見積書(例)
生活文化型商品であればこそ、使用価値に固有価値を付加するには明確さが必要だ。ぼんやりとした付加価値論とか部下に説明教育できないようでは、この経済の緊迫事態の売り上げ向上に間に合わない。そこで、その見積書の作成例を作ってみた。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/koyuukachi.html
各々の文章で書かれた項目は、業種により簡潔な語句に変換すれば短くなる。通常の人間関係と双方の倫理的取引関係ならば、センテンス文章表現でも単語語句表現でも意味が通じるようだ。それは、自らが仕事で生み出す付加価値を、誰しもが正当に認めてほしいからであろう。
1.商品の使用価値部分は、従来通りの原価積み上げ方式の内訳を記載。
2.使用価値に付加される部分を固有価値とし、その内訳を明記している。
3.加工作業、事務作業、服務(サービス)作業で固有価値が増殖することを明記。
4.付加される固有価値を「お客の暮らしぶり&欲しくてたまらない品」として追加。
5.付加価値の中で決定的役割を果たす固有価値は、お客の将来希望の提起。
6.すなわち、お客の購買意欲、お客毎の受容感動、お客の将来希望ごとに記載。
7.元に戻って、最低必要限度&生命維持限度が使用価値分であることを明記。
8.お客毎の受容する感動は、原則1回性の固有価値である。
9.よって固有価値を付加により、購入時、使用時、保存期間を通じ価値が増殖。
10.暮らしぶりは地域文化に根ざすから、その文化圏外には持出す経費を要す。
11.顧客との関係は、固有価値を長期に安定提供し続けることになる。
……こういった考え方で、貴方の企業の商品見積を検討してみても、業務改善の要領が解明されて来る。
もちろん、公認会計士、税理士、大学院卒の中にはいまだに、商品には使用価値だけが交換価値(現在では通貨)に転換することになると力説する人物もいる。これでは、経済学部・経営学部で教条的に「使用価値論・交換価値」学説を習っただけだから、付加価値のある商品で成功している事業の存在を知らないのか、あるいは学問的分析ができない人物にすぎない。
また、この固有価値見積方式を営業部門に見せたところで、不採算を承知で営業販売している人物とか経営哲学の備えの無い人物では、全く理解できないことは当然だ。有能な人物は鋭いから直ぐ理解してくれる。しかし、全社的に固有価値がどのように付加されているかを見積書に表現できなければ、どの国に行っても、どんな仕事をしても、固有価値が無いとして商品も企業も、買いたたかれることは自然なのである。
またそれは、先ほど紹介した、新しい時代の教育とリンクしている。
1.接客方法(親切行為を現すには、客からの世間話に応じる方法その他)
2.商品知識の活用(客の生活意欲・受容感動・将来希望の三つを同時に叶える)
3.提供する価値(効用価値や使用価値に、どんな固有価値をプラスしたか)
4.直接間接のリピート(再来してくれる客だけでなく、廻り回って経済循環するか)
要するに、一般的に「会社の利益は2割の顧客から8割の売り上げ、不採算客に利益が分配される」と言われるが、それを具体的に解決することにも通じるわけだ。第一線の専門家は、顧客満足度の引き上げに成功したとしても、リピート率は50%だと断言する。クレームが出たときこそ100%のリピート率のチャンスと力説している。(谷厚志著『「怒るお客様」こそ、神様です!』徳間書店 2011/10/31)これこそが「固有価値の提供」そのものの論理なのである。
無秩序社会の到来と懸念もされるが、それは商道徳が破壊された空間が社会の中にマダラ模様のように発生し、増殖増加するという概念である。決して社会全体が同率、均等の%に灰色化するとの商道徳の破壊ではない。但し、商道徳の破壊は、古い産業、古い会社、古い人物から起こる可能性の高いことは否めない。資産があるから倒産は免れてはいるが、Talentも含め滞留する資産は社会の損失でもあるのだ。マダラに存在する無秩序商道徳破壊領域は、とにかく回避するしかない。
生活文化型商品の固有価値にまつわる概念を表にすれば次の通りとなる。
(人間行為の区別) 物作り 商い 自律する行為
(商品価値入手前) 意欲 感動 希望(リピート)
(商品価値の実現) 期待 満足 要望(クレーム)
§【書評】『〈起業〉という幻想』
(副題:アメリカン・ドリームの現実) 著者はスコット・A・シェーン。
アメリカにおける起業家に対する幻想を各種統計のもとに暴いたものである。本の後に結論めいた要点を6ページにわたってまとめている。内容を読み進むうちに、これはまるで日本の現実ではないかと思わせるものである。いくつかの要点をあげると、
ほとんどの起業家が失敗する割合が高い産業を選択している、
たいていの起業家はビジネスアイデアを計画的に探求していない、
ビジネスアイデアがはっきりする前に会社を立ち上げている、
長続きする起業家は社会的ネットワークは補助的、コネより知識である、
チームによる起業は非常に珍しく成功例が少ない、
多くの起業家が儲からないにも関わらず成功のチャンスを過剰に楽観視、
大半はやっていることが間違い、新たなビジネスの経営手法を間違えている、
そして経済政策としては、ほとんどの起業家が新企業を創業するよりも平均的な既存企業の方が事業拡大・技術革新で雇用を生み出すと主張している。よって、「新たな自営業はやめさせた方が、政府の経済効果が大きい」と結論づけている。
本文の最後に、「無知な起業家には、ぶざまな決定しかできないということを知る必要がある」とし、起業家を判定する選抜基準のようなものを、例として記している(p226)。
1.より資本金が豊富で、
2.株式会社として組織され、
3.明確なビジネスプランを持つ起業家たちが、
4.チームがフルタイム・ベースで創業し、
5.他人が見逃している顧客に製品を売ろうとしている、
6.比較的大きなビジネス ……としている。
さらに起業家には、
A.マーケティングと資金のやりくりを重視し
B.一つの市場に集中し
C.価格引下競争に走らないことが業績向上と解っている
さらに加えて、高い業績をあげる起業家は、
D.教育を受けていて、
E.始めるビジネスの産業で働いた経験を持ち、
F.利益をあげることを目標に創業した企業
……として著者なりに統計分析した実態を描き出している。
自ら起業を考える人や、貴方の関係者で起業しようとする人がいる場合は、必読の書であるといえる。
・マスコミや経済界、労働界が取り上げないインテリジェンス4つ
(1)TPPで仕事受注が激変
(2)国の財政危機
(3)消費税だけが増税手段
(4)日本国内資産の国内投資
・固有価値論で、経済のサービス化も価格反映が可能
・今年は、人材・労働力の棚卸し
・固有価値の見積書(例)
・【書評】『〈起業〉という幻想』
§マスコミや経済界、労働界が取り上げないインテリジェンス4つ
これだけの混乱と大変動にあっては、学者や経世家の施策(アイデア)も知った上で、経営管理や業績拡大を思考していく必要がある。良い大学を出ても、「話題が報道ステーションやネットの書き込みばかり」とか、「日本エコノミー新聞」の情報といった人物が増えつつあるが、これでは経営や新商品のイノベーションができない。こんな人物は、ひたすら我慢…、ところが突然爆発して支離滅裂になるといった共通パターンをもっている。犯罪に手を染めるパターンとも共通している。
(1)TPPで仕事受注が激変
農産物ばかりが大論議になったが、経営管理とか仕事受注にどのような影響を与えるかを研究しているものも少ない。どちらかといえば、TPPを迎え撃つ意気込みであったり、TPPからの悲愴感からのヤケクソ感情である。
実際に、学問的に想定できることは次の通りである。海外企業が仕事を受注する場合、自国の最低賃金や労働条件さえ守っておれば、労働法上は問題ない。受注した仕事に使う設備や原材料は、発注の要求水準が同一であれば、その仕入れ価格に大差はない。問題は人件費だ。EUやメキシコで生じた自由貿易圏によるトラブルも、主に人件費である。そうなったとき人件費額で国内企業と海外企業での競争となった場合、日本企業は勝てない。例えば、発展途上国の賃金水準で公共事業の入札が行われる場合、その外国の賃金・労働条件の最低基準が認められなければ、発展途上国の企業が差別されたとして、(日本の裁判所に訴えが出るのではなく)発展途上国の裁判所から命令が出て、発注者が罰金を支払わされることになっているのだ。特に官公庁は罰金刑を恐れる。ベトナムは昔から国を挙げて労働輸出をやっている。そればかりか、発展途上国は賃金が安いから、実は日系資本&人材が入った海外法人企業が安値の人件費で入札に参加して来るのだ。
これに対しては、日弁連が提言しているような公契約法などで対処するしかない。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2011/110414_3.html
民間企業間の取引場面で対処するには、高度労働能力の発揮を契約で定めておく方法などでなければ、やはり差別されたとして当該外国の裁判所から罰金命令が出され、日本の発注企業が罰金を払わなければならない。国内の日系企業は、そうなれば、のんびりしていてはTPPで倒産する。要は、外注業者と言われる個別企業には倒産・廃業の危機には違いないのだ。この急激な変化に対する対処は国をあげての経済政策を行う必要がある。美徳だの絆だの我慢だのと云っているよりも、生産の落ち込みとデフレ脱却のため、産業復興法(1933年アメリカの例)でも制定して「値崩れ防止の国民運動」のような施策をしろとの考え方がある。
http://www.c20.jp/1933/06nirak.html
(2)国の財政危機
国家財政安定には増税以外にも方法があるという施策がある。
現在、国が発行する国債のほとんどは銀行が買わされて保有している。実に現在も銀行の経営基盤は弱いから、利息支払いは国が金融機関を安定させることからも重要となっている。そして理屈では国債発行額を減らす必要があると口で唱えるだけで施策がないのだ。
ところが、この国債を個人年金目的の積み立て制度に転用すれば、個人貯蓄が直接国家財政を担保することとなって、潤沢な国民貯蓄が財政を安定させるといった施策だ。第二世界大戦での戦時国債は、価値が「ほぼゼロ円」となったことから、日本の高齢者は買わないが、年金としての国家への貸付である=年金国債=であれば、返済期間と支払いが非集中化することから、安定・安全性が保たれる。金融機関が買わされている国債を少なくすればよい。財務官僚の言うように「急ぐ!急ぐ!」と云って、焦ったりする必要はないとの施策だ。
(3)消費税だけが増税手段
消費税率UPを導入すれば、地元密着型の小売店とか食材加工販売(飲食店)は、今の経済状況からすれば大量に淘汰される。大手のネットワークもしくはチェーン店であれば、値上げかもしくは材料品質を落とす=手をかけた高級品は供給が少なくなる。旬産旬消といった消費は、そもそも大手のネットワークもしくはチェーン店にはなじまない。すなわち、味や見た目は刺激的・きれい的品ではあるが、粗悪化することは間違いない。現行流通ルートの改善で、旬産旬消や地産地消の維持(全面で行うと非効率)を促進する税制を考えた方が現行5%でも消費は増加し税収は上向くとする施策がある。
ところで、EUの経済危機の根底には、安易に消費税率を引き上げ過ぎたことで消費が回らなくなったとするのが定説である。財務省は都合が良いときに、「アメリカでは」とか、「ドイツでは」とか、「フランスでは」とかの様々な事例をあげる(これを学者の間では、「ではの神」という)。ところが、今回の消費税論議には、「ではの神」が出てこない。そして、ヨーロッパでは、ぜいたく品の消費税は高いが、基礎的食料品ではほとんど消費税が減免されていることを、マスコミも見過ごしている。そこで、消費税をアップした時点の不況対策、それ以前の景気刺激や準備対策こそが必要だとする施策がある。
http://www.777money.com/torivia/syouhizei_world.htm
累進課税論争は学問的には決着したが、官僚たちから導入の話は出てこない。年収5000万円以上の収入内訳は、90%以上が「報酬」や給与ではないとの統計資料が出ている。このことから、学問的に累進課税は、「勤労意欲を低下させる」といった論拠は消滅している。世界で初めて累進課税を導入した国はアメリカである。日本もそうだが、初めて導入した時代と、個々人の収入構成は大きく異なっているのだ。産業空洞化の防止策は累進課税だとする施策もあり、東北の地震・津波・原発の復興税に累進課税を含める施策もある。
(4)日本国内資産の国内投資
日本経済に投資する資金はない!と言われる。これも良く考えると、従来方式の資本投下による産業育成、すなわち古典的経済学でいえば、「利子生み資本」を投下する意味が、日本国内にはないということである。新自由主義的経済学となれば、「(俗称)利回り資本」の投資対象が日本国内にはないということである。
ところが、経済成長と別枠で考える経済的豊かさを回復するための資金がないわけではない。俗にいう「大企業群の内部留保=260兆余」である。そのすべてが使えるわけではないが、それを経済的豊かさ(個人消費や生活満足度などの向上)に投資することへの期待は強い。財務省も実はこれを狙っている。
いわゆる商品は大まかには生産財と消費財である。このうち消費財を扱う企業は大手・中小問わず、経済的豊かさへの投資を増加させ個人消費の引き上げ、業績向上を狙っている。その経済論理である大企業群の流動性資金過剰状態、賃金水準低下による国内需要低迷、個人家計消費の低迷などへの指摘に対して、そうではないと反対の論述をする学者は皆無である。
筋の通った学説としては次のようなものが存在する。労働・雇用基準を改善し労働市場の健全化による労働分配率向上。社会保障施策を大幅充実し教育・福祉・医療の雇用拡大。一次産業と零細企業を念頭に地域経済循環政策。大企業への課税・社会保険料の賦課強化といった施策である。(但し、こういった学説では、従事者10人未満の企業は、時間制or出来高制を問わず事業主も含め全員を労働者と位置付けているから、誤解のないように)。
第二次大戦直後、日本では税収を上げるために、戦災で焼け残った家屋に対して固定資産税を(焼け残って幸運な人に)追加で掛けたことがある。イギリスでは、民間保有資産に対して最高で30%の課税をしたこともある。いよいよとなれば、戦後そういった課税をしてでも、それを国が投資に回して経済成長を図ってきた。これが戦災で打撃を受けた経験のある先進国でもある。今それをしないのは、当時に比べGDPと資産規模がけた違いに大きいからだ。(年間国家予算程度はすぐ確保だ=といった官僚の脅しも?)
§固有価値論で、経済のサービス化も価格反映が可能
目的と自覚を持って固有価値の付加に高度労働力を投入すればよい。
現在の不況の原因は、昔のような過剰設備による反動から来たものではない。消費の拡大が出来ていないことから何時までも景気低迷を起こしている。だから、経営管理のイノベーション&商品技術のイノベーションを進め、時代を切り開く「高付加価値製品や高水準サービス」を、商品の固有価値として科学的に付加することで、適切な安定した価格決定が行われ、これが業績拡張と利益増を図ることとなる(固有価値の見積書↓)。
コスト切り下げと海外移転ではジリ貧を招き、あげく身売りも避けられない。固有価値を付加した「生活文化型商品」は、数人の町工場でも業績向上の事例は数限りなくある。今は大量生産されてはいないものの、実にそういった商品こそがグローバル多国展開されている。
ちなみに、日本円で1億円以上の預金等を持つ富裕層は世界に1億人余といわれる。預金等は投資可能資産だけでは推し量れないから、各国の表向き預金統計数値等では富裕層人数を把握できない。その内、日本国内は150万人余(一部のマスコミの言う富裕層は投資可能資産の保有者で計算)。中国国内は約4000千万人といわれ、中国進出しなくとも連銀カードで日本へ買物に来る。そこでは、日本企業の商品づくりに存在する潜在的「固有価値」が、ブランドその他の型として発揮されているから、富裕層が日本から買うのだ。
ところで、サービス産業の特質について、松下電器産業叩き上げの安積敏政教授(甲南大学)が、九州産業大学の鄭森豪准教授の研究成果を紹介している。それは、サービス産業には7つの特質があるとして
(1)(サービス)商品価値の多因子性
(2)総合価値の概念的曖昧性
(3)価格とコスト間の相互関連の不明確性
(4)需要者側における購入対象サービスの事前評価の不可能性
(5)ストックの不可能性
(6)流通の短絡性(一段階性)
(7)多系統サービスのシステム化の必然性
としている。
この研究の非常に評価出来ることは、松下電産のアジア展開で叩き上げて来た安積教授の推薦する分析だから、現象面では信憑性が強いといえる。が、決め手はその本質である。
だが加えて、論理的合理的に、というのはこの論理性合理性がなければ他人に伝達できないのだが、要は分析できないと論述しているのである。だとすれば、サービス産業は経済性や社会性に基づいて価格決定が行われていないとの理論展開に利用される分析かもしれないのだ。これを否定したところで、軍事力や世間体あるいは経済外的強制によってサービス産業の価格が左右することとなる論理となる。だとすると、古代略奪経済活動とか封建的支配経済活動のように、正当なサービス産業を衰退させようとする人たちに便利な学説にもなりかねない、…中国の経済論理(贋作やコピー商品もその身近な論理)のようだ。
サービスと言われるもの業態について、今日までさまざまな学説が唱えられできた。場合によっては学説に縛られて経済活動や経営裁量を自ら規制している状況もうかがえる。しかしながらそれは、サービスと言われるものが未発達な時代を反映し、かつ本質を避けた学説であったからにすぎない。古い学説ならば、商品には使用価値(限界効用)と交換価値の2つの側面の価値があるとされるのだが、この使用価値(限界効用)に加えて固有価値が存在し、この2つの価値合計が交換価値として取引されると分析した場合、サービスと言われるものの業態にも価格論理性が生まれてくるのだ。
§今年は、人材・労働力の棚卸し
それぞれの個別企業では、今年はこれが求められる。現下の経済状況というのは旧式の統計調査方法では分からない。その統計の成り立ち&統計学の知識を備えていてこそ、やっと統計の正確に意味するところが分かるところまで来ている。今の経済危機の原因の本質を消費低迷だと分かっておれば、設備投資や鉱工業生産の統計などは景気回復後に見ればよいことなのだ。だが消費傾向や推移統計等のそれも、正確に意味するところが判明したところで(現実には次世代経済構造に役立つ統計は無い)、何を行動するかが経営には重要なのである。ひとつの方向に向かって経営哲学と経営戦略に、あらゆることをまとめあげていくことが、事業を経営するということである。「数値は踏まえるが数値には左右されない」と、これを歴史の事実や経営学は解明している。
それからすると、TPPとか消費税などの動向を見つめながら、個別企業では人材・労働力の棚卸しをすることが重要なのだ。その棚卸しが出来ないとか行わない場合は、一挙に不採算を生み出す。これは昨年の夏あたりから如実に現れた傾向である。これを先送りした企業ははっきりと決算に影響している。
すなわち、これからの主流となる
1.経営管理手法(新しい管理職の評価方法=メルマガ12月号)
2.業績拡大手法(新しい経営哲学にもとづく教育方法=メルマガ12月号)
3.そして、これにもとづく人材・労働力の棚卸しなのである。
単に使用価値を製造・販売する業務では、マニュアルで作業方法を確立し、より賃金の低い、その作業に適した労働者に切り替える必要がある。これこそ職業分類統計にも、その実態が事務作業者と労務作業者の増加として現われている。
だが問題はその次である。使用価値を単純労働で遂行するほどに、価格低下を起こし採算を脅かされるのだ。それをジレンマととらえて経営管理を行えば個別企業の存在価値はなくなる。だからこれが、日本の大手製造業の製品が価格競争にさらされ、あげく海外企業に市場をとられてしまった結末なのである。海外に進出して激烈な環境の中であくせく働くか、足を国内に着けた高い利益率の経営をするかは、作戦参謀である貴方が選ばなければならない。高い利益率は固有価値を付加することであるが、その理論体系の研究報告はこちらのWEBでどうぞ。(管理職の評価方法、教育方法、固有価値の見積書例などの解説は、このWEBの下のコンテンツ)。
http://www.soumubu.jp/new.html
筆者の経験からすれば、売り上げ不振や経営危機に陥ってからでは、こういった本来の棚卸しを行うことは不可能である。今や裁判所の動向も整理解雇について将来的な経営計画にもとづく必要性を認める方向にあり、そこでは上記のような手法と棚卸しは認められているのである。
今年の事態は緊迫する。手遅れになれば企業を破産させ、並行して有能な人材を確保した新会社の設立しか方法がなくなる。だが、そこでは経営者と古参社員に血が流れる犠牲を払わせることになる。
§固有価値の見積書(例)
生活文化型商品であればこそ、使用価値に固有価値を付加するには明確さが必要だ。ぼんやりとした付加価値論とか部下に説明教育できないようでは、この経済の緊迫事態の売り上げ向上に間に合わない。そこで、その見積書の作成例を作ってみた。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/koyuukachi.html
各々の文章で書かれた項目は、業種により簡潔な語句に変換すれば短くなる。通常の人間関係と双方の倫理的取引関係ならば、センテンス文章表現でも単語語句表現でも意味が通じるようだ。それは、自らが仕事で生み出す付加価値を、誰しもが正当に認めてほしいからであろう。
1.商品の使用価値部分は、従来通りの原価積み上げ方式の内訳を記載。
2.使用価値に付加される部分を固有価値とし、その内訳を明記している。
3.加工作業、事務作業、服務(サービス)作業で固有価値が増殖することを明記。
4.付加される固有価値を「お客の暮らしぶり&欲しくてたまらない品」として追加。
5.付加価値の中で決定的役割を果たす固有価値は、お客の将来希望の提起。
6.すなわち、お客の購買意欲、お客毎の受容感動、お客の将来希望ごとに記載。
7.元に戻って、最低必要限度&生命維持限度が使用価値分であることを明記。
8.お客毎の受容する感動は、原則1回性の固有価値である。
9.よって固有価値を付加により、購入時、使用時、保存期間を通じ価値が増殖。
10.暮らしぶりは地域文化に根ざすから、その文化圏外には持出す経費を要す。
11.顧客との関係は、固有価値を長期に安定提供し続けることになる。
……こういった考え方で、貴方の企業の商品見積を検討してみても、業務改善の要領が解明されて来る。
もちろん、公認会計士、税理士、大学院卒の中にはいまだに、商品には使用価値だけが交換価値(現在では通貨)に転換することになると力説する人物もいる。これでは、経済学部・経営学部で教条的に「使用価値論・交換価値」学説を習っただけだから、付加価値のある商品で成功している事業の存在を知らないのか、あるいは学問的分析ができない人物にすぎない。
また、この固有価値見積方式を営業部門に見せたところで、不採算を承知で営業販売している人物とか経営哲学の備えの無い人物では、全く理解できないことは当然だ。有能な人物は鋭いから直ぐ理解してくれる。しかし、全社的に固有価値がどのように付加されているかを見積書に表現できなければ、どの国に行っても、どんな仕事をしても、固有価値が無いとして商品も企業も、買いたたかれることは自然なのである。
またそれは、先ほど紹介した、新しい時代の教育とリンクしている。
1.接客方法(親切行為を現すには、客からの世間話に応じる方法その他)
2.商品知識の活用(客の生活意欲・受容感動・将来希望の三つを同時に叶える)
3.提供する価値(効用価値や使用価値に、どんな固有価値をプラスしたか)
4.直接間接のリピート(再来してくれる客だけでなく、廻り回って経済循環するか)
要するに、一般的に「会社の利益は2割の顧客から8割の売り上げ、不採算客に利益が分配される」と言われるが、それを具体的に解決することにも通じるわけだ。第一線の専門家は、顧客満足度の引き上げに成功したとしても、リピート率は50%だと断言する。クレームが出たときこそ100%のリピート率のチャンスと力説している。(谷厚志著『「怒るお客様」こそ、神様です!』徳間書店 2011/10/31)これこそが「固有価値の提供」そのものの論理なのである。
無秩序社会の到来と懸念もされるが、それは商道徳が破壊された空間が社会の中にマダラ模様のように発生し、増殖増加するという概念である。決して社会全体が同率、均等の%に灰色化するとの商道徳の破壊ではない。但し、商道徳の破壊は、古い産業、古い会社、古い人物から起こる可能性の高いことは否めない。資産があるから倒産は免れてはいるが、Talentも含め滞留する資産は社会の損失でもあるのだ。マダラに存在する無秩序商道徳破壊領域は、とにかく回避するしかない。
生活文化型商品の固有価値にまつわる概念を表にすれば次の通りとなる。
(人間行為の区別) 物作り 商い 自律する行為
(商品価値入手前) 意欲 感動 希望(リピート)
(商品価値の実現) 期待 満足 要望(クレーム)
§【書評】『〈起業〉という幻想』
(副題:アメリカン・ドリームの現実) 著者はスコット・A・シェーン。
アメリカにおける起業家に対する幻想を各種統計のもとに暴いたものである。本の後に結論めいた要点を6ページにわたってまとめている。内容を読み進むうちに、これはまるで日本の現実ではないかと思わせるものである。いくつかの要点をあげると、
ほとんどの起業家が失敗する割合が高い産業を選択している、
たいていの起業家はビジネスアイデアを計画的に探求していない、
ビジネスアイデアがはっきりする前に会社を立ち上げている、
長続きする起業家は社会的ネットワークは補助的、コネより知識である、
チームによる起業は非常に珍しく成功例が少ない、
多くの起業家が儲からないにも関わらず成功のチャンスを過剰に楽観視、
大半はやっていることが間違い、新たなビジネスの経営手法を間違えている、
そして経済政策としては、ほとんどの起業家が新企業を創業するよりも平均的な既存企業の方が事業拡大・技術革新で雇用を生み出すと主張している。よって、「新たな自営業はやめさせた方が、政府の経済効果が大きい」と結論づけている。
本文の最後に、「無知な起業家には、ぶざまな決定しかできないということを知る必要がある」とし、起業家を判定する選抜基準のようなものを、例として記している(p226)。
1.より資本金が豊富で、
2.株式会社として組織され、
3.明確なビジネスプランを持つ起業家たちが、
4.チームがフルタイム・ベースで創業し、
5.他人が見逃している顧客に製品を売ろうとしている、
6.比較的大きなビジネス ……としている。
さらに起業家には、
A.マーケティングと資金のやりくりを重視し
B.一つの市場に集中し
C.価格引下競争に走らないことが業績向上と解っている
さらに加えて、高い業績をあげる起業家は、
D.教育を受けていて、
E.始めるビジネスの産業で働いた経験を持ち、
F.利益をあげることを目標に創業した企業
……として著者なりに統計分析した実態を描き出している。
自ら起業を考える人や、貴方の関係者で起業しようとする人がいる場合は、必読の書であるといえる。
2011/12/06
第116号
<コンテンツ>
・急浮上!新エネルギーとして、シェールガス
・大阪ダブル選挙結果の経済学
・労働者派遣法改正、規制強化を見送った法案審議の裏側
・混沌とした社会では、経営哲学の変換が第一課題
☆使用価値とか効用価値さえあれば?
☆そこで、使用価値などに加えて固有価値を付加する必要
☆商品の使用価値ばかり目を向けていれば、
☆商品の効用価値ばかりに目を向けていれば、
☆固有価値とは、定義をすれば:納得される見積もりも
☆☆ハンバーガーを例にとれば☆☆
☆☆自動車を例にとれば☆☆
☆固有価値の具現化は、繁盛店や有能営業マンならば、
・この世は変わる、だから経営哲学の教育が必要!
・【書評】『日本人の9割に英語はいらない』
§急浮上!新エネルギーとして、シェールガス
頁岩(ケツガン)層に含まれる天然ガスがシェールガスと言われるものだ。けっこう昔から知られてはいたが、10年ほど前にアメリカのベンチャー企業が大量の水を使っての採掘技術を確立したことから、石油メジャーがこの企業を買い取り、アメリカで一挙に生産が開始されたのである。その価格は、今年春に従来の天然ガスの3分の1程度のであったものが、この秋には4分の1程度にまで下がり、まだ少しは値下がりを続けるとの見通しである。バイオマスエタノールのように話だけは数10年前からだが、いざ実用化と思えば一過性に過ぎたといったような代物ではない。
シェールガスが一挙に急浮上した背景には
アメリカの中東地域における立場が弱くなるにつれて、この20年間で原油価格は3倍に値上がりしている。現在の中東情勢は、アメリカの立場が益々なくなりつつあることで、石油メジャーがシェールガスに切り替えるといった動きなのだ。アメリカでは、オバマ大統領のグリーンニューディール政策による国の補助金が、米国財政ひっ迫(米国議会の今年8月と引き続く11月23日の動向)により、相当額の打ち切りが明らかになったことから、再生可能エネルギー分野のベンチャー企業の倒産(撤退して損得確定)も相次いでいる。加えて、従来からアメリカでは原子力発電所の新設が無理なこともあり、原料のウランとその後の鉱物をアメリカが確保できない事情があることを忘れてはならない。
こういった理由からアメリカでは、石油メジャーが一挙にシェールガスに進出しているのだ。経済産業省のブレインとなっている識者T氏は、「アメリカは石油エネルギーをもとに自動車工業を発展させた国だから、シェールガスに切り替えとなると産業構造が一変する可能性がある」としている。
ロシア政府までも、自国のシェールガスを日本に輸出したいと狙っており、今日まで日本政府を無視し続けていたが、最近は親睦的コンタクトを取ってきている。中国は、頁岩自体の埋蔵量が世界最大ではあるが、水資源がないためにシェールガスが採掘・産出できず、新たな生産イノベーションを待つしかない。
ところで、日本近海にはメタンガスが氷となって海底に眠っている。
1996年調査では、太平洋の静岡県沖から南南東へ紀伊半島、そして四国沖から九州の東沖に掛けて、少なく見積もっても日本の天然ガス消費量に換算すると96年分を超えて、確実に埋蔵されているとのことだ。今年の4月から実用化に向けての採掘調査が始まり、早ければ来年から一部商品化にこぎつける見通しだ。
そうなれば、益々日本のエネルギー事情は変化する。原発による発電も、政治的思惑と利権で促進してきたものだが、一挙に原発の高コストが問題となる。中部電力が原発停止をする際に、急きょカタールに天然ガスを買い付けに入ったが、こういった日本の天然ガス事情も、自動車産業の将来も変化が予想される。エネルギーが変化するから衣食住関連商品やその設備、自動車その他に新商品が現れることとなる。その新商品の波に乗って個別企業が経営改革を行ない、その商品の供給や流通をつかさどることが、これからの営業課題となってくる。だからこそ、理工系技術と並行して経営管理部門の創造的技術開発も要求されることとなるのだ。
薪、柴、炭、練炭といったエネルギーから、電気やガスに転換が進むことで、台所が土間から屋内、そしてリビングに中央移転するだけでなく、戸建て住宅からマンションなどの集合住宅に変化が図られた。そればかりか、集合住宅のおかげで大量の労働力を都市に集中させることができたのである。
大手や中小の企業規模を問わず、こういった見通しを知っていた個別企業は、成長をしたのだ。成功するには経営アイディアだけでは無理だ。それは経営管理部門の創造的技術開発を支える具体策を尽くした個別企業だったのである。今やそれは、ICT産業革命そのものであることは確かだ。
§大阪ダブル選挙結果の経済学
全国のマスコミは、意外な結果として社会的政治的な話題として取り上げている。筆者は政治は専門外であることから何とも言えないが、大阪市長選挙の投票率が60%を超えたことは、社会問題として認める必要はある。この高投票率に、マスコミに登場する目端の利く人たちは発言を変化させいった。大阪にいるから解るのだが、それは勝った側の応援勝手連の人までが微妙に開票日前までの発言を変化させているのだ。
最後まで、「大阪都構想」の中身は公表されず、二重行政克服ばかり、都構想にかかる経済政策は争点から外れていた。当選した人たちは、「だから大阪経済は再生する!」と一言もいわなかった。もちろん経済学分野から問題提起をした声も聞こえてこない。財政学の経済学的基本アプローチである、「府県というのは産業政策を担い、市町村は地元住民サービスをになう仕組み、これが現在の自治制度」といったことに関連する話も出なかった。とりわけ、大阪府の選挙争点に経済政策が、今まで持ち込まれないことは無かっただけに…、大阪は経済問題が関心事なのにも関わらず、である。
確かに、大阪都構想の経済政策かのようなHPも勝利者側WEBには公開されてはいるが、何ら従来と変わる理念や経済政策は見当たらず、大阪府と大阪市の二重行政さえ解消されれば、従来の政策が成功するとしているだけだ。現状の数字をあげて痛烈に批判は行うものの、実に選挙争点として出てきた経済政策は、大阪市交通局の民営化のほかに何もなかったのだ。さすがに選挙後、大阪都構想が実現する前でも、大阪府議会と大阪市議会&堺市議会のねじれ現象はあっても、経済特区、直通高速道路、府商工労働行政の市町村密着は何時でもできると、さっそく注文が付いている。
ところが、選挙が終わった途端の先週末、
大阪都構想に概要書の存在することが公表されたのだ。選挙前には、一切発表も報道もされずにいた構想だが、12月3日午前8時半ごろ(読売テレビ生中継)、作家の堺屋太一(元経済企画庁長官)から、「電話帳にして4冊分のページ数がある。中身は分厚いので、ここでは説明でききれない!」と発表されたのだ。
以前から筆者は不思議に思っていた。新しい大阪府知事M氏と大阪市長H氏の取り巻きや与党を見渡しても、いったいどこに経済政策通の人物が存在するのか、それが不思議でならなかった。選挙中に最も熱心に応援したのは「みんなの党」であったばかりか、11月27日夜の開票時点になってその渡辺党首や堺屋太一は、選挙事務所で当選の喜びを共にしていたのだ。開票日翌日の記者会見では、新大阪府M知事が府庁移転問題で前H知事と異なる発言をするなど、新大阪市長となった前H知事が客寄せパンダであるとの見方も裏付けられた。
そもそも、大阪都構想は、このH前知事の前任である元大阪府知事:太田房江が初めて提唱したものである。この太田房江は、当時の通産省本省の経済政策を大阪に持ち込もうとして知事に就任した通産官僚であった。しかし、当初は国の後押しによる経済再生を大阪府民は期待したのだが、府財政など公私共の金銭スキャンダルを追及され、大阪府財政の借入金急増と地元経済からの反発などで退任したとされる人物である。(大阪は官僚嫌い、官僚に対して評価は一段と厳しい)。
すなわち、今後の経済政策は堺屋太一が電話帳4冊と発表した、経済産業省本省の官僚でも躊躇するような経済政策を、大阪を中心に関西で劇的に推し進めようとする方針に間違いはなさそうだ。だが、これとて一般に公表されているものではない。少なくとも、経済産業省本省のありきたり官僚の経済政策も、彼らはすり寄るしか歩めない。大阪ダブル選挙が、現政権に隷属する本省官僚:>対決<:と野に下った元官僚たちとの代理戦争となった感も否めない。
そもそも、いまどきの政治家が、「経済政策コンペ」(優秀な経済政策を競う協議)を行えばとの意見もあるが、それでは政治家自らの命取りである。アメリカの経済学者コーエン(自称オーストリア学派:興味のある人は辞典を!)は、著書の『大停滞』(NTT出版)のなかで今のアメリカを述べている。「政治家がありのままに訴えれば選挙に勝つのは不可能に等しい」(p93)「アメリカの政治を単純化すると、“利益団体が経済のパイの大部分を奪おうとして政治に働きかけ、それを黙らせて政治の秩序を保つために、政府が何らかの形で補助金の類を与える”という構図になる」(p93)そして、2008年大統領選挙の共和党副大統領候補のサラ・ペインが、今は(著作は2010年)「急進派黒人解放組織ブラックパンサーや共産主義政治指導者さながらに過激な現状変革を訴えている」(p102)ことを紹介している。すなわち、コーエンは、経済成長が行き詰まった場合の政治家たちのとる行動を経済現象として説明しているのだ。
こういった意味で大阪ダブル選挙結果が、経済学的には、極めて財政学上奇異な現象を現し始めたと言える。
§労働者派遣法改正、規制強化を見送った法案審議の裏側
この臨時国会で、改正労働者派遣法の審議が開始された。2008年リーマンショック現象直後の「派遣切り」から、実に3年間の迷走ぶりだ。当初、その内容は派遣業を規制するものであったが、この臨時国会では殆どが骨抜き状態の法案審議となっていることから、社民党をはじめ労組側勢力は猛反発している。
ところが、当の厚生労働省は意外に平然としている。マスコミは、政府がその後の厚生労働省関係の法案成立に差し障りがあるとして自民党・公明党に譲歩したと報道しているが、それは素人の見方である。厚生労働省の本命は、今や期間雇用者(法律的には有期雇用という)をめぐっての争いである。
(判例法理の判断)。
広く用いられている期間契約(終期契約は異なる)は、いくら期間を短くしても、契約更新期間を概ね通算して4年目に突入すると終身雇用の契約成立(行政法である雇用保険も同様の考え方)となる。これが裁判所や紛争調整委員会の公機関に持ち込まれた場合は、自動的に就業規則に定める社員の雇用契約が形成されるわけではないが、定年もしくは65歳までの雇用延長が自動的に適用される。最も経営側寄りの弁護士だとしても、いくら事情があるとしても7年目に突入すれば常用雇用の契約成立は否定できないとしている。
……これが裏側に潜む動きで、この4年目に突入した期間雇用の終身雇用化を、厚生労働省は立法化しようと狙っていているのだ。
大手企業はきめ細かい対策
「派遣切り」の労働紛争で散々な目にあったことから、きめ細かい対策を打っている。それは、
イ)期間雇用の満了日前に解雇した場合は、最低でも契約期間満了までの賃金を遺失利益の賠償として支払う義務があるとの裁判例が定着したこと。それまでは、似非専門家から「30日分さえ払えば解雇可能」と間違った解釈を教えられていたが、いざ裁判を受けて立てば、期間雇用者の30日前解雇は違法と敗訴続きとなった。
ロ)整理解雇は、「四要素説」といえども、「四要件」をそろえなければ認められないといった判例を改めて理解したこと。これも似非専門家(一部の弁護士と社会保険労務士)に、四つの要件とも揃わなくても差し支えないケースもあると、「いい加減」な営業をされてしまって、酷い目にあっていた。似非専門家も次々と主張を変えてしまった。すなわち、期間雇用とは、業務用の波を緩和するために認められるもので、せいぜい通算は4年未満とされる扱い(雇用保険も同様の考え方)を知らされていなかった。あげく、似非専門家から、「期間雇用だったら、希望退職募集の前に解雇できる」と適当なことを言われ、大手企業の法規部あたりは踊らされてしまったのだ。
ハ)通算して4年未満の期間雇用者の契約解除であれば、合意書のペーパーさえあれば大丈夫といった絵空事に気がついたこと。通算して2年11ヵ月以内の期間契約で雇用し、満了する時には100~200万円の退職金を支給するとか、有給休暇を期間満了前にすべて消化させるとかの手立てを得た上で、自由意志にもとづく合意解約もしくは期間満了を迎えるようにするなど、訴訟に万全を期するようにした。
ニ)日雇い派遣その他の弊害は、都道府県労働局の権力行使的圧力でもって、ほぼ沈静化されているから、大手企業の経営に中小企業が市場侵食する危険性はなくなっていること。
さて、そこで厚生労働省は
こういった対策を打っていない企業、すなわち、中小企業の派遣先とか、偽装請負で労働者派遣を行っている企業とか、こういった中小企業の事業基盤実態をこの際無視して、厚生労働省は立法化しようと狙っていているのだ。だから今は、対策を打っていない中小企業の意見を反映したであろう自民党・公明党の、派遣業規制緩和の要求を受け入れたとしても、大枠では厚生労働省の目的が達成されるから、今臨時国会への規制を見送った法案提出となったのだ。対策を打っていない中小企業の兵糧を断とうというのだ。
裁判ともなれば事実、対策を打っていない場合では、訴えが起こされれば労働者側は必ず勝つ。まして、この1~2年の裁判所の動きは、不安定雇用労働者には理屈なく寛大で、常用労働者であれば年収3年分程度の和解金、パートであれば100万円程度の和解金を裁判官は迫って来る。経営側の弁護士の中には、この裁判官に対して迎合、誰の味方か分からないケースの弁護士もいて、解雇が事件化してしまえば多大な損害を招来するのが、現在の事件解決実状でもあるのだ。
【そもそも、労働力需給に関わる事業とは】
労働力需給は古代から行われている事業で、資本主義から生まれた事業ではない。民間企業経営者からすれば流れに任せ揺られながら経営することが定石であり、流れが変わる場合には船を岸に寄せて(借金をなくして)しばし停留することが鉄則なのだ。産業とは言いがたい事業に由縁するから、素人考えでは赤字を招きやすいのだ。結局のところ、派遣業規制反対の生半可な政治活動も、予想通り見事に厚生労働官僚に逆手を取られてしまった。素人ながらに、華々しく政治陳情を行ってカッコ良かったかもしれないが、自らの墓穴(赤字垂れ流しと借入金増)を負ってしまったという結果になりそうだ。
§混沌とした社会では、経営哲学の変換が第一課題
「金のために働く、売り上げ確保や、採算がPay出来さえすれば、生活のためにといっても要は金!」
……こういった経営哲学の変換が迫られているのである。これが、経済社会大変化の真っ只中にある、最大の経営課題である。担当は総務人事部門であり、大手では社長任せで逃げ腰と、担当部門がお茶を濁しているから、後退の一手でしかないのだ。
今の日本経済が立つ位置や経済動向からすれば、ただ単に金銭に交換できる商品を作っていれば流通するといった経済状況ではない。何をさておいても、日本には投資資金がないのだから、無いものねだりの経営哲学は通用しない。経営哲学を間違っていれば、経済理論も経営理論も間違ってしまう。精神論はさておいて、たとえば、「最終消費者向け製品や商品やサービスの重視」といった経営哲学ならば、次のような経済理論と経営展開になる。
☆使用価値とか効用価値さえあれば?
未だ、使用価値とか効用価値さえあれば製品として通用すると思っているから、国内では売れず、海外に行っても売れなくなり、新興国に真似され追い越され、軒並み売れない事態に陥っていると言えるのだ。経済学的にはこうなる。より少ない財の消費に向けての費用価格や生産価格認識といった概念は、基礎産品とか素材商品における供給管理費(粗利益率)の低い商品として低価格が形成されることも自然な成り行きとなっているのである。
☆そこで、使用価値などに加えて固有価値を付加する必要
が(経済経営学問上も)あるのだ。今日までの「付加価値を加える」といった発想は、使用価値・効用価値に毛が生えたような概念で、まだまだ主観的観念的、論理的には甘かった。科学的に解明されなかったから、商品を作る者や販売を担当する者たちに伝承されなかったのだ。固有価値を付加すれば、海外の富裕層1億人(世界で1億円以上の貯蓄を持つ人は1億人、そのうち日本には100万人居住)へ日本商品の展開も容易になる。固有価値を高めた商品の欧米圏への展開となると、経済・経営学的には、人の心を尽くし、精神を尽くし、日本文化を込めて商品を作れば、外国人は自国流文化で商品に理解を示し、日本から商品を取り寄せ、外国人顧客の要望を日本に伝え、あとは日本製商品を要望に応じて創れば、世界展開はできるといった具合である。この「外国人は自国流文化で商品に理解を示し」という部分は、資生堂:福原義春名誉会長の研究成果であり、日本流を押しつけてしまう場合は、文化的商品が売れない現実に通じるものである。
☆商品の使用価値ばかり目を向けていれば、
「より少ない財の消費」を追及する商品を多種多様に生産・販売し、結果的には安値を強いられる経済循環に陥らざるを得なかった。そして経済循環が出来なくなり、今や、「お金」がないから買えませんといった結末を迎えた。「より少ない財の消費」は、個人の消費購買力まで抑えることとなった。
☆商品の効用価値ばかりに目を向けていれば、
人間の心身に対する刺激に訴える付加価値に走る類のことしか思い付かず、結果は、継続的に生産・販売となる安定商品も作れず、(当然の帰結として)不採算商品出荷の連続を招いて、個別企業経営全体としては経営難に陥るしかなかったのだ。そして、本業で利益が出ないと考え、投機に手を出す企業も多くなった。そういう意味で、経済学を機械的に理解した似非専門家の罪は大きい。
☆固有価値とは、定義をすれば:納得される見積もりも
「需要者の購買・使用・保存の過程に具現化されるところの、購買意欲・受容感動・将来希望といった行動を生じさせる、商品に組み込まれたこの三つの要素を併せ持つ価値」
である。固有価値は、使用価値をベースにして、使用価値に上積みされる供給・需要が開花期である。受容感動とは購買者ごとに感動の微妙な受け入れ内容が違うことである。将来希望とは理に適った目的につながるものである。固有価値は、最終消費者が認識している生活文化に基づいて、その質量が判断され、流通に携わる商業従事者(供給者側代理人あるいは需要者側代理人)によって、(購買意欲・受容感動・将来希望の)定量定質化も可能となり得るのである。(効用価値、使用価値、そこに加える固有価値における価格決定メカニズムは、後日:学術発表)。
……このポイントで、成功する安定商品の要素、業務改善の要素が判明し、今までボンヤリしていた価値部分の見積もりが計算できるようになった。すなわち、
☆☆ハンバーガーを例にとれば☆☆
従来の工業文化型商品(価値論からいえば、効用価値あるいは使用価値)に重点が置かれているハンバーガーは、現在の多店舗展開販売に見られる商品型(マクドナルド等が典型)となり、まるで現在の民営配給制度である。食欲及び食欲をそそる+α程度の価値形成である。
これが固有価値に重点を置く生活文化型となれば、地域ごとの食材や味付けを活かし(単なる地産地消と異なるが)、顧客が中身を自ら選んで作るなどのハンバーガーとなる。生活文化的意欲は、単なる食欲などの意欲とは異なる。家族や友人との人間関係を通してこそ生まれる価値をハンバーガーで“意欲的”に求めるから、食材や味付けが話題や課題となり人間関係を通して“個人ごとに受容される感動”、改めて人間関係を新たに形成することでの“将来希望”を形成する価値を手に入れるためにハンバーガーを買うのである。利用者が固有価値を重視して買いに来た場合は、工業文化型ハンバーガーチェーンの利益源泉であるコーラとポテチの抱き合わせ販売作戦とは異なるのだ。
☆☆自動車を例にとれば☆☆
工業文化型重視であれば、バスやトラックが典型的で、輸送手段として自動車の機能や性能といった使用価値が重要な要因であり、「より少ない財の消費」法則が働くこととなる。これが、生活文化型重視となれば、購入目的に「家族で旅行する」とか「彼女と出かける」ためといった購買意欲・受容感動・将来希望の三つが重要な要因となる。だから、有能な販売員は、乗用車の機能を説明するのではなく、自動車を用いて人間関係を充実させる様を購買者に連想させて販売するのである
☆固有価値の具現化は、繁盛店や有能営業マンならば、
すでに行っていることなのだが、固有価値といった経済学上論理的な位置づけを行っていなかったから、業務遂行で甘さが起こり、教育訓練に落とし込めず、成功確率が低下する原因となっていたのである。もしくは、文化経済という視点がなかったから、固有価値を売り上げに結びつける属人的能力(意味不明)として、人事評価のお茶を濁さざるを得なかったのである。
工業文化型商品(効用価値あるいは使用価値の価値論を重視)から脱却しようとする人たちが多い国、すなわち、イタリア、フランス、デンマーク、スウェーデン、フィンランドといった地方では、表面的には芸術的雰囲気が強い人達と見えがちだが、実はこれらの国の経営学・経営管理学では、商品の持つ価値について極めて深い研究(有名どころは、ボローニア大学、ストックホルム経済大学など)がなされている。固有価値を交換価値に転換(売買成立)する成功率が高いということなのだ。
§この世は変わる、だから経営哲学の教育が必要!
こういった経営哲学の変換ができれば、要するに、利益体質の事業変換をさせることができる。だから大事を、一から個別企業で行う必要はないのだ。競合他社より一歩リードするだけで結果は直ぐに出る。
そして、
そのためには、教育から始めなければならないのだ。
会社の言うことを聞くように、事細かく「形」ばかりを教えるのは訓練であり、それは教育ではない。教育とは、言い換えれば、こういった「経営哲学を変換」する能力を身につけさせることでもあるのだ。前のメルマガにも述べたが、日本企業の社是・社訓というのは、創業時のものばかりであって、事業を継続するとか、時代環境に事業を合わせるといったものがないのである。おまけに、過去の経済環境時代のものばかりだ。
訓練しか受けてない人物に、一生懸命に勉強して仕事をしろといえば、益々訓練の成果は上がるかもしれない、ただし、それとて不安定不確実な話だが。ところが、その訓練を自ずと規定した経営哲学が未変換だとすれば、その訓練を重ねた末の賜物は業績不振を拡大するばかりだ。その現象をチェックする項目としては、手間の割には売り上げがないといった、作業単位当たりの人件費コストの増大である。この現象に経営者が気付かなければ、倒産を招くようなことになるのである。
とりわけ、対人サービスを行う労働者は、部門の長を先頭にお門違いの訓練を徹底している場合が多く、経営不振を自ら招いてしまうようなことは、日常茶飯事なのだ。倒産した後に自然淘汰だったと悔やむのは、まだ少しは経済感覚の残っている人だ。だから総務人事部門の仕事はここで重要なのだ。
今の経済状況に適合した経営哲学から導かれる教育の柱は、
1.接客方法
(親切行為を現すには、客からの世間話に応じる方法その他)
2.商品知識の活用
(客の生活意欲・受容感動・将来希望の三つを同時に叶える)
3.提供する価値
(効用価値や使用価値に、どんな固有価値をプラスしたか)
4.直接間接のリピート
(再来してくれる客だけでなく、廻り回って経済循環するか)
といた具合になるのである。
先ほど紹介した、アメリカの経済学者コーエン(自称オーストリア学派)でさえ、著書の『大停滞』(NTT出版)のなかで、「科学的なマネジメント手法」(p98)並びに「(教育にもとづく)科学者の重要性」(p125)を訴えている。コーエンは自称オーストリア学派なので、経済学でいうところの、「効用価値により消費財の価値は証明できる」とする学者である。人間の労働や努力に価値を見出さない学者だから、さほど固有価値を議論したがらないのだが、その彼であっても、経営の科学的手法と全学問分野の科学者の重要性を説いている。このコーエンの説は、本当の意味での経営哲学の変換と社員教育を、貴方が社内でアッピールするときも、個別企業再生の定石と言える根拠になるものである。貴方の職場では、手間の割に売上があがっているのか、「仕事がない!」と云ってブラブラさせていないで、メリハリをつけて今の仕事は効率的に片付け、あえて時間を作って、経営哲学を変換する教育を始めるべきなのである。
§【書評】『日本人の9割に英語はいらない』
こういった題名の本が出版(祥伝社)されている。著者は、2000年までマイクロソフト日本法人の社長をしていた成毛眞氏である。
著者は、20代~30代は仕事で覚えなければならないことが山ほどあるという。その大切な時期に英語の勉強に気をとられたら、肝心の仕事に集中できず、将来業績を左右する能力が取得できないと主張している。著者は、楽天の社内で日本人同士がつたない英語で話し合っているといったことでは活発な議論など望めない状況、ユニクロの英語重視とその反面では事業内外の調整手法、市場動向、販売・PRテクニック、企画力を軽視する状況について、冷ややかな視線を送っている。確かに、ネイティブな英語は、外資系企業のトップ3%には求められるが、TOEICの点数などあてにはならず、体当たりでコミュニケーション力を駆使して交渉を乗り切り、そこから学ぶしかないとしている。
それにもまして、欧米で知識人として認められ対等となるには、シェイクスピアと聖書を読み、その内容(日本人的理解ではなく)をつかんでいることが基本であり、歴史、芸術その他幅広い教養を身につけていることが普通であると推奨している。要するに、著者は人間性を高め教養を身につけることが仕事の基本だと言いたいようだ。
さらに第一章で著者は、「創造力のない人ほど英語を勉強する」と解説している。無意味で単調な作業を、如何に黙々と続けられるか。英単語や英文を暗記するのも仕事でルーティンワークをこなすのも根本的には同じだとし、求められるのは如何に効率よくこなすかであり、それは何かを生み出すクリエイティブな作業ではない。単調な作業を黙ってこなすのは、組織の命令に対して服従的な人だ。組織にとっては、ありがたい存在である、との、はっきりした主張だ。著者は、元外資系企業の社長経験者として、さまざま指摘している。
【筆者(むらおか)のコメント】
ちなみに、欧米流の努力プロセスとは、「心を尽くし、精神を尽くし、思い(思索)を尽くし、力を尽くし…」となる。だとすると、日本人ビジネスマンの主流である、「会社のため、金銭のため…」あるいは「日本製品で市場確保を…」などとは異なった人間性と教養こそが英語能力よりも重要だということとなる。
先ほども論じた、固有価値を高めた商品の欧米圏への展開は、さほど人間性や教養が身につかなくとも、日本人は、心を尽くし、精神を尽くし、日本文化を込めて商品を作れば、欧米人は自国流文化で商品に理解を示し、日本から商品を取り寄せ、欧米人顧客の要望を日本に伝え、あとは日本製商品を要望に応じて創れば、欧米に展開はできるのだから……といった具合になるのである。
・急浮上!新エネルギーとして、シェールガス
・大阪ダブル選挙結果の経済学
・労働者派遣法改正、規制強化を見送った法案審議の裏側
・混沌とした社会では、経営哲学の変換が第一課題
☆使用価値とか効用価値さえあれば?
☆そこで、使用価値などに加えて固有価値を付加する必要
☆商品の使用価値ばかり目を向けていれば、
☆商品の効用価値ばかりに目を向けていれば、
☆固有価値とは、定義をすれば:納得される見積もりも
☆☆ハンバーガーを例にとれば☆☆
☆☆自動車を例にとれば☆☆
☆固有価値の具現化は、繁盛店や有能営業マンならば、
・この世は変わる、だから経営哲学の教育が必要!
・【書評】『日本人の9割に英語はいらない』
§急浮上!新エネルギーとして、シェールガス
頁岩(ケツガン)層に含まれる天然ガスがシェールガスと言われるものだ。けっこう昔から知られてはいたが、10年ほど前にアメリカのベンチャー企業が大量の水を使っての採掘技術を確立したことから、石油メジャーがこの企業を買い取り、アメリカで一挙に生産が開始されたのである。その価格は、今年春に従来の天然ガスの3分の1程度のであったものが、この秋には4分の1程度にまで下がり、まだ少しは値下がりを続けるとの見通しである。バイオマスエタノールのように話だけは数10年前からだが、いざ実用化と思えば一過性に過ぎたといったような代物ではない。
シェールガスが一挙に急浮上した背景には
アメリカの中東地域における立場が弱くなるにつれて、この20年間で原油価格は3倍に値上がりしている。現在の中東情勢は、アメリカの立場が益々なくなりつつあることで、石油メジャーがシェールガスに切り替えるといった動きなのだ。アメリカでは、オバマ大統領のグリーンニューディール政策による国の補助金が、米国財政ひっ迫(米国議会の今年8月と引き続く11月23日の動向)により、相当額の打ち切りが明らかになったことから、再生可能エネルギー分野のベンチャー企業の倒産(撤退して損得確定)も相次いでいる。加えて、従来からアメリカでは原子力発電所の新設が無理なこともあり、原料のウランとその後の鉱物をアメリカが確保できない事情があることを忘れてはならない。
こういった理由からアメリカでは、石油メジャーが一挙にシェールガスに進出しているのだ。経済産業省のブレインとなっている識者T氏は、「アメリカは石油エネルギーをもとに自動車工業を発展させた国だから、シェールガスに切り替えとなると産業構造が一変する可能性がある」としている。
ロシア政府までも、自国のシェールガスを日本に輸出したいと狙っており、今日まで日本政府を無視し続けていたが、最近は親睦的コンタクトを取ってきている。中国は、頁岩自体の埋蔵量が世界最大ではあるが、水資源がないためにシェールガスが採掘・産出できず、新たな生産イノベーションを待つしかない。
ところで、日本近海にはメタンガスが氷となって海底に眠っている。
1996年調査では、太平洋の静岡県沖から南南東へ紀伊半島、そして四国沖から九州の東沖に掛けて、少なく見積もっても日本の天然ガス消費量に換算すると96年分を超えて、確実に埋蔵されているとのことだ。今年の4月から実用化に向けての採掘調査が始まり、早ければ来年から一部商品化にこぎつける見通しだ。
そうなれば、益々日本のエネルギー事情は変化する。原発による発電も、政治的思惑と利権で促進してきたものだが、一挙に原発の高コストが問題となる。中部電力が原発停止をする際に、急きょカタールに天然ガスを買い付けに入ったが、こういった日本の天然ガス事情も、自動車産業の将来も変化が予想される。エネルギーが変化するから衣食住関連商品やその設備、自動車その他に新商品が現れることとなる。その新商品の波に乗って個別企業が経営改革を行ない、その商品の供給や流通をつかさどることが、これからの営業課題となってくる。だからこそ、理工系技術と並行して経営管理部門の創造的技術開発も要求されることとなるのだ。
薪、柴、炭、練炭といったエネルギーから、電気やガスに転換が進むことで、台所が土間から屋内、そしてリビングに中央移転するだけでなく、戸建て住宅からマンションなどの集合住宅に変化が図られた。そればかりか、集合住宅のおかげで大量の労働力を都市に集中させることができたのである。
大手や中小の企業規模を問わず、こういった見通しを知っていた個別企業は、成長をしたのだ。成功するには経営アイディアだけでは無理だ。それは経営管理部門の創造的技術開発を支える具体策を尽くした個別企業だったのである。今やそれは、ICT産業革命そのものであることは確かだ。
§大阪ダブル選挙結果の経済学
全国のマスコミは、意外な結果として社会的政治的な話題として取り上げている。筆者は政治は専門外であることから何とも言えないが、大阪市長選挙の投票率が60%を超えたことは、社会問題として認める必要はある。この高投票率に、マスコミに登場する目端の利く人たちは発言を変化させいった。大阪にいるから解るのだが、それは勝った側の応援勝手連の人までが微妙に開票日前までの発言を変化させているのだ。
最後まで、「大阪都構想」の中身は公表されず、二重行政克服ばかり、都構想にかかる経済政策は争点から外れていた。当選した人たちは、「だから大阪経済は再生する!」と一言もいわなかった。もちろん経済学分野から問題提起をした声も聞こえてこない。財政学の経済学的基本アプローチである、「府県というのは産業政策を担い、市町村は地元住民サービスをになう仕組み、これが現在の自治制度」といったことに関連する話も出なかった。とりわけ、大阪府の選挙争点に経済政策が、今まで持ち込まれないことは無かっただけに…、大阪は経済問題が関心事なのにも関わらず、である。
確かに、大阪都構想の経済政策かのようなHPも勝利者側WEBには公開されてはいるが、何ら従来と変わる理念や経済政策は見当たらず、大阪府と大阪市の二重行政さえ解消されれば、従来の政策が成功するとしているだけだ。現状の数字をあげて痛烈に批判は行うものの、実に選挙争点として出てきた経済政策は、大阪市交通局の民営化のほかに何もなかったのだ。さすがに選挙後、大阪都構想が実現する前でも、大阪府議会と大阪市議会&堺市議会のねじれ現象はあっても、経済特区、直通高速道路、府商工労働行政の市町村密着は何時でもできると、さっそく注文が付いている。
ところが、選挙が終わった途端の先週末、
大阪都構想に概要書の存在することが公表されたのだ。選挙前には、一切発表も報道もされずにいた構想だが、12月3日午前8時半ごろ(読売テレビ生中継)、作家の堺屋太一(元経済企画庁長官)から、「電話帳にして4冊分のページ数がある。中身は分厚いので、ここでは説明でききれない!」と発表されたのだ。
以前から筆者は不思議に思っていた。新しい大阪府知事M氏と大阪市長H氏の取り巻きや与党を見渡しても、いったいどこに経済政策通の人物が存在するのか、それが不思議でならなかった。選挙中に最も熱心に応援したのは「みんなの党」であったばかりか、11月27日夜の開票時点になってその渡辺党首や堺屋太一は、選挙事務所で当選の喜びを共にしていたのだ。開票日翌日の記者会見では、新大阪府M知事が府庁移転問題で前H知事と異なる発言をするなど、新大阪市長となった前H知事が客寄せパンダであるとの見方も裏付けられた。
そもそも、大阪都構想は、このH前知事の前任である元大阪府知事:太田房江が初めて提唱したものである。この太田房江は、当時の通産省本省の経済政策を大阪に持ち込もうとして知事に就任した通産官僚であった。しかし、当初は国の後押しによる経済再生を大阪府民は期待したのだが、府財政など公私共の金銭スキャンダルを追及され、大阪府財政の借入金急増と地元経済からの反発などで退任したとされる人物である。(大阪は官僚嫌い、官僚に対して評価は一段と厳しい)。
すなわち、今後の経済政策は堺屋太一が電話帳4冊と発表した、経済産業省本省の官僚でも躊躇するような経済政策を、大阪を中心に関西で劇的に推し進めようとする方針に間違いはなさそうだ。だが、これとて一般に公表されているものではない。少なくとも、経済産業省本省のありきたり官僚の経済政策も、彼らはすり寄るしか歩めない。大阪ダブル選挙が、現政権に隷属する本省官僚:>対決<:と野に下った元官僚たちとの代理戦争となった感も否めない。
そもそも、いまどきの政治家が、「経済政策コンペ」(優秀な経済政策を競う協議)を行えばとの意見もあるが、それでは政治家自らの命取りである。アメリカの経済学者コーエン(自称オーストリア学派:興味のある人は辞典を!)は、著書の『大停滞』(NTT出版)のなかで今のアメリカを述べている。「政治家がありのままに訴えれば選挙に勝つのは不可能に等しい」(p93)「アメリカの政治を単純化すると、“利益団体が経済のパイの大部分を奪おうとして政治に働きかけ、それを黙らせて政治の秩序を保つために、政府が何らかの形で補助金の類を与える”という構図になる」(p93)そして、2008年大統領選挙の共和党副大統領候補のサラ・ペインが、今は(著作は2010年)「急進派黒人解放組織ブラックパンサーや共産主義政治指導者さながらに過激な現状変革を訴えている」(p102)ことを紹介している。すなわち、コーエンは、経済成長が行き詰まった場合の政治家たちのとる行動を経済現象として説明しているのだ。
こういった意味で大阪ダブル選挙結果が、経済学的には、極めて財政学上奇異な現象を現し始めたと言える。
§労働者派遣法改正、規制強化を見送った法案審議の裏側
この臨時国会で、改正労働者派遣法の審議が開始された。2008年リーマンショック現象直後の「派遣切り」から、実に3年間の迷走ぶりだ。当初、その内容は派遣業を規制するものであったが、この臨時国会では殆どが骨抜き状態の法案審議となっていることから、社民党をはじめ労組側勢力は猛反発している。
ところが、当の厚生労働省は意外に平然としている。マスコミは、政府がその後の厚生労働省関係の法案成立に差し障りがあるとして自民党・公明党に譲歩したと報道しているが、それは素人の見方である。厚生労働省の本命は、今や期間雇用者(法律的には有期雇用という)をめぐっての争いである。
(判例法理の判断)。
広く用いられている期間契約(終期契約は異なる)は、いくら期間を短くしても、契約更新期間を概ね通算して4年目に突入すると終身雇用の契約成立(行政法である雇用保険も同様の考え方)となる。これが裁判所や紛争調整委員会の公機関に持ち込まれた場合は、自動的に就業規則に定める社員の雇用契約が形成されるわけではないが、定年もしくは65歳までの雇用延長が自動的に適用される。最も経営側寄りの弁護士だとしても、いくら事情があるとしても7年目に突入すれば常用雇用の契約成立は否定できないとしている。
……これが裏側に潜む動きで、この4年目に突入した期間雇用の終身雇用化を、厚生労働省は立法化しようと狙っていているのだ。
大手企業はきめ細かい対策
「派遣切り」の労働紛争で散々な目にあったことから、きめ細かい対策を打っている。それは、
イ)期間雇用の満了日前に解雇した場合は、最低でも契約期間満了までの賃金を遺失利益の賠償として支払う義務があるとの裁判例が定着したこと。それまでは、似非専門家から「30日分さえ払えば解雇可能」と間違った解釈を教えられていたが、いざ裁判を受けて立てば、期間雇用者の30日前解雇は違法と敗訴続きとなった。
ロ)整理解雇は、「四要素説」といえども、「四要件」をそろえなければ認められないといった判例を改めて理解したこと。これも似非専門家(一部の弁護士と社会保険労務士)に、四つの要件とも揃わなくても差し支えないケースもあると、「いい加減」な営業をされてしまって、酷い目にあっていた。似非専門家も次々と主張を変えてしまった。すなわち、期間雇用とは、業務用の波を緩和するために認められるもので、せいぜい通算は4年未満とされる扱い(雇用保険も同様の考え方)を知らされていなかった。あげく、似非専門家から、「期間雇用だったら、希望退職募集の前に解雇できる」と適当なことを言われ、大手企業の法規部あたりは踊らされてしまったのだ。
ハ)通算して4年未満の期間雇用者の契約解除であれば、合意書のペーパーさえあれば大丈夫といった絵空事に気がついたこと。通算して2年11ヵ月以内の期間契約で雇用し、満了する時には100~200万円の退職金を支給するとか、有給休暇を期間満了前にすべて消化させるとかの手立てを得た上で、自由意志にもとづく合意解約もしくは期間満了を迎えるようにするなど、訴訟に万全を期するようにした。
ニ)日雇い派遣その他の弊害は、都道府県労働局の権力行使的圧力でもって、ほぼ沈静化されているから、大手企業の経営に中小企業が市場侵食する危険性はなくなっていること。
さて、そこで厚生労働省は
こういった対策を打っていない企業、すなわち、中小企業の派遣先とか、偽装請負で労働者派遣を行っている企業とか、こういった中小企業の事業基盤実態をこの際無視して、厚生労働省は立法化しようと狙っていているのだ。だから今は、対策を打っていない中小企業の意見を反映したであろう自民党・公明党の、派遣業規制緩和の要求を受け入れたとしても、大枠では厚生労働省の目的が達成されるから、今臨時国会への規制を見送った法案提出となったのだ。対策を打っていない中小企業の兵糧を断とうというのだ。
裁判ともなれば事実、対策を打っていない場合では、訴えが起こされれば労働者側は必ず勝つ。まして、この1~2年の裁判所の動きは、不安定雇用労働者には理屈なく寛大で、常用労働者であれば年収3年分程度の和解金、パートであれば100万円程度の和解金を裁判官は迫って来る。経営側の弁護士の中には、この裁判官に対して迎合、誰の味方か分からないケースの弁護士もいて、解雇が事件化してしまえば多大な損害を招来するのが、現在の事件解決実状でもあるのだ。
【そもそも、労働力需給に関わる事業とは】
労働力需給は古代から行われている事業で、資本主義から生まれた事業ではない。民間企業経営者からすれば流れに任せ揺られながら経営することが定石であり、流れが変わる場合には船を岸に寄せて(借金をなくして)しばし停留することが鉄則なのだ。産業とは言いがたい事業に由縁するから、素人考えでは赤字を招きやすいのだ。結局のところ、派遣業規制反対の生半可な政治活動も、予想通り見事に厚生労働官僚に逆手を取られてしまった。素人ながらに、華々しく政治陳情を行ってカッコ良かったかもしれないが、自らの墓穴(赤字垂れ流しと借入金増)を負ってしまったという結果になりそうだ。
§混沌とした社会では、経営哲学の変換が第一課題
「金のために働く、売り上げ確保や、採算がPay出来さえすれば、生活のためにといっても要は金!」
……こういった経営哲学の変換が迫られているのである。これが、経済社会大変化の真っ只中にある、最大の経営課題である。担当は総務人事部門であり、大手では社長任せで逃げ腰と、担当部門がお茶を濁しているから、後退の一手でしかないのだ。
今の日本経済が立つ位置や経済動向からすれば、ただ単に金銭に交換できる商品を作っていれば流通するといった経済状況ではない。何をさておいても、日本には投資資金がないのだから、無いものねだりの経営哲学は通用しない。経営哲学を間違っていれば、経済理論も経営理論も間違ってしまう。精神論はさておいて、たとえば、「最終消費者向け製品や商品やサービスの重視」といった経営哲学ならば、次のような経済理論と経営展開になる。
☆使用価値とか効用価値さえあれば?
未だ、使用価値とか効用価値さえあれば製品として通用すると思っているから、国内では売れず、海外に行っても売れなくなり、新興国に真似され追い越され、軒並み売れない事態に陥っていると言えるのだ。経済学的にはこうなる。より少ない財の消費に向けての費用価格や生産価格認識といった概念は、基礎産品とか素材商品における供給管理費(粗利益率)の低い商品として低価格が形成されることも自然な成り行きとなっているのである。
☆そこで、使用価値などに加えて固有価値を付加する必要
が(経済経営学問上も)あるのだ。今日までの「付加価値を加える」といった発想は、使用価値・効用価値に毛が生えたような概念で、まだまだ主観的観念的、論理的には甘かった。科学的に解明されなかったから、商品を作る者や販売を担当する者たちに伝承されなかったのだ。固有価値を付加すれば、海外の富裕層1億人(世界で1億円以上の貯蓄を持つ人は1億人、そのうち日本には100万人居住)へ日本商品の展開も容易になる。固有価値を高めた商品の欧米圏への展開となると、経済・経営学的には、人の心を尽くし、精神を尽くし、日本文化を込めて商品を作れば、外国人は自国流文化で商品に理解を示し、日本から商品を取り寄せ、外国人顧客の要望を日本に伝え、あとは日本製商品を要望に応じて創れば、世界展開はできるといった具合である。この「外国人は自国流文化で商品に理解を示し」という部分は、資生堂:福原義春名誉会長の研究成果であり、日本流を押しつけてしまう場合は、文化的商品が売れない現実に通じるものである。
☆商品の使用価値ばかり目を向けていれば、
「より少ない財の消費」を追及する商品を多種多様に生産・販売し、結果的には安値を強いられる経済循環に陥らざるを得なかった。そして経済循環が出来なくなり、今や、「お金」がないから買えませんといった結末を迎えた。「より少ない財の消費」は、個人の消費購買力まで抑えることとなった。
☆商品の効用価値ばかりに目を向けていれば、
人間の心身に対する刺激に訴える付加価値に走る類のことしか思い付かず、結果は、継続的に生産・販売となる安定商品も作れず、(当然の帰結として)不採算商品出荷の連続を招いて、個別企業経営全体としては経営難に陥るしかなかったのだ。そして、本業で利益が出ないと考え、投機に手を出す企業も多くなった。そういう意味で、経済学を機械的に理解した似非専門家の罪は大きい。
☆固有価値とは、定義をすれば:納得される見積もりも
「需要者の購買・使用・保存の過程に具現化されるところの、購買意欲・受容感動・将来希望といった行動を生じさせる、商品に組み込まれたこの三つの要素を併せ持つ価値」
である。固有価値は、使用価値をベースにして、使用価値に上積みされる供給・需要が開花期である。受容感動とは購買者ごとに感動の微妙な受け入れ内容が違うことである。将来希望とは理に適った目的につながるものである。固有価値は、最終消費者が認識している生活文化に基づいて、その質量が判断され、流通に携わる商業従事者(供給者側代理人あるいは需要者側代理人)によって、(購買意欲・受容感動・将来希望の)定量定質化も可能となり得るのである。(効用価値、使用価値、そこに加える固有価値における価格決定メカニズムは、後日:学術発表)。
……このポイントで、成功する安定商品の要素、業務改善の要素が判明し、今までボンヤリしていた価値部分の見積もりが計算できるようになった。すなわち、
☆☆ハンバーガーを例にとれば☆☆
従来の工業文化型商品(価値論からいえば、効用価値あるいは使用価値)に重点が置かれているハンバーガーは、現在の多店舗展開販売に見られる商品型(マクドナルド等が典型)となり、まるで現在の民営配給制度である。食欲及び食欲をそそる+α程度の価値形成である。
これが固有価値に重点を置く生活文化型となれば、地域ごとの食材や味付けを活かし(単なる地産地消と異なるが)、顧客が中身を自ら選んで作るなどのハンバーガーとなる。生活文化的意欲は、単なる食欲などの意欲とは異なる。家族や友人との人間関係を通してこそ生まれる価値をハンバーガーで“意欲的”に求めるから、食材や味付けが話題や課題となり人間関係を通して“個人ごとに受容される感動”、改めて人間関係を新たに形成することでの“将来希望”を形成する価値を手に入れるためにハンバーガーを買うのである。利用者が固有価値を重視して買いに来た場合は、工業文化型ハンバーガーチェーンの利益源泉であるコーラとポテチの抱き合わせ販売作戦とは異なるのだ。
☆☆自動車を例にとれば☆☆
工業文化型重視であれば、バスやトラックが典型的で、輸送手段として自動車の機能や性能といった使用価値が重要な要因であり、「より少ない財の消費」法則が働くこととなる。これが、生活文化型重視となれば、購入目的に「家族で旅行する」とか「彼女と出かける」ためといった購買意欲・受容感動・将来希望の三つが重要な要因となる。だから、有能な販売員は、乗用車の機能を説明するのではなく、自動車を用いて人間関係を充実させる様を購買者に連想させて販売するのである
☆固有価値の具現化は、繁盛店や有能営業マンならば、
すでに行っていることなのだが、固有価値といった経済学上論理的な位置づけを行っていなかったから、業務遂行で甘さが起こり、教育訓練に落とし込めず、成功確率が低下する原因となっていたのである。もしくは、文化経済という視点がなかったから、固有価値を売り上げに結びつける属人的能力(意味不明)として、人事評価のお茶を濁さざるを得なかったのである。
工業文化型商品(効用価値あるいは使用価値の価値論を重視)から脱却しようとする人たちが多い国、すなわち、イタリア、フランス、デンマーク、スウェーデン、フィンランドといった地方では、表面的には芸術的雰囲気が強い人達と見えがちだが、実はこれらの国の経営学・経営管理学では、商品の持つ価値について極めて深い研究(有名どころは、ボローニア大学、ストックホルム経済大学など)がなされている。固有価値を交換価値に転換(売買成立)する成功率が高いということなのだ。
§この世は変わる、だから経営哲学の教育が必要!
こういった経営哲学の変換ができれば、要するに、利益体質の事業変換をさせることができる。だから大事を、一から個別企業で行う必要はないのだ。競合他社より一歩リードするだけで結果は直ぐに出る。
そして、
そのためには、教育から始めなければならないのだ。
会社の言うことを聞くように、事細かく「形」ばかりを教えるのは訓練であり、それは教育ではない。教育とは、言い換えれば、こういった「経営哲学を変換」する能力を身につけさせることでもあるのだ。前のメルマガにも述べたが、日本企業の社是・社訓というのは、創業時のものばかりであって、事業を継続するとか、時代環境に事業を合わせるといったものがないのである。おまけに、過去の経済環境時代のものばかりだ。
訓練しか受けてない人物に、一生懸命に勉強して仕事をしろといえば、益々訓練の成果は上がるかもしれない、ただし、それとて不安定不確実な話だが。ところが、その訓練を自ずと規定した経営哲学が未変換だとすれば、その訓練を重ねた末の賜物は業績不振を拡大するばかりだ。その現象をチェックする項目としては、手間の割には売り上げがないといった、作業単位当たりの人件費コストの増大である。この現象に経営者が気付かなければ、倒産を招くようなことになるのである。
とりわけ、対人サービスを行う労働者は、部門の長を先頭にお門違いの訓練を徹底している場合が多く、経営不振を自ら招いてしまうようなことは、日常茶飯事なのだ。倒産した後に自然淘汰だったと悔やむのは、まだ少しは経済感覚の残っている人だ。だから総務人事部門の仕事はここで重要なのだ。
今の経済状況に適合した経営哲学から導かれる教育の柱は、
1.接客方法
(親切行為を現すには、客からの世間話に応じる方法その他)
2.商品知識の活用
(客の生活意欲・受容感動・将来希望の三つを同時に叶える)
3.提供する価値
(効用価値や使用価値に、どんな固有価値をプラスしたか)
4.直接間接のリピート
(再来してくれる客だけでなく、廻り回って経済循環するか)
といた具合になるのである。
先ほど紹介した、アメリカの経済学者コーエン(自称オーストリア学派)でさえ、著書の『大停滞』(NTT出版)のなかで、「科学的なマネジメント手法」(p98)並びに「(教育にもとづく)科学者の重要性」(p125)を訴えている。コーエンは自称オーストリア学派なので、経済学でいうところの、「効用価値により消費財の価値は証明できる」とする学者である。人間の労働や努力に価値を見出さない学者だから、さほど固有価値を議論したがらないのだが、その彼であっても、経営の科学的手法と全学問分野の科学者の重要性を説いている。このコーエンの説は、本当の意味での経営哲学の変換と社員教育を、貴方が社内でアッピールするときも、個別企業再生の定石と言える根拠になるものである。貴方の職場では、手間の割に売上があがっているのか、「仕事がない!」と云ってブラブラさせていないで、メリハリをつけて今の仕事は効率的に片付け、あえて時間を作って、経営哲学を変換する教育を始めるべきなのである。
§【書評】『日本人の9割に英語はいらない』
こういった題名の本が出版(祥伝社)されている。著者は、2000年までマイクロソフト日本法人の社長をしていた成毛眞氏である。
著者は、20代~30代は仕事で覚えなければならないことが山ほどあるという。その大切な時期に英語の勉強に気をとられたら、肝心の仕事に集中できず、将来業績を左右する能力が取得できないと主張している。著者は、楽天の社内で日本人同士がつたない英語で話し合っているといったことでは活発な議論など望めない状況、ユニクロの英語重視とその反面では事業内外の調整手法、市場動向、販売・PRテクニック、企画力を軽視する状況について、冷ややかな視線を送っている。確かに、ネイティブな英語は、外資系企業のトップ3%には求められるが、TOEICの点数などあてにはならず、体当たりでコミュニケーション力を駆使して交渉を乗り切り、そこから学ぶしかないとしている。
それにもまして、欧米で知識人として認められ対等となるには、シェイクスピアと聖書を読み、その内容(日本人的理解ではなく)をつかんでいることが基本であり、歴史、芸術その他幅広い教養を身につけていることが普通であると推奨している。要するに、著者は人間性を高め教養を身につけることが仕事の基本だと言いたいようだ。
さらに第一章で著者は、「創造力のない人ほど英語を勉強する」と解説している。無意味で単調な作業を、如何に黙々と続けられるか。英単語や英文を暗記するのも仕事でルーティンワークをこなすのも根本的には同じだとし、求められるのは如何に効率よくこなすかであり、それは何かを生み出すクリエイティブな作業ではない。単調な作業を黙ってこなすのは、組織の命令に対して服従的な人だ。組織にとっては、ありがたい存在である、との、はっきりした主張だ。著者は、元外資系企業の社長経験者として、さまざま指摘している。
【筆者(むらおか)のコメント】
ちなみに、欧米流の努力プロセスとは、「心を尽くし、精神を尽くし、思い(思索)を尽くし、力を尽くし…」となる。だとすると、日本人ビジネスマンの主流である、「会社のため、金銭のため…」あるいは「日本製品で市場確保を…」などとは異なった人間性と教養こそが英語能力よりも重要だということとなる。
先ほども論じた、固有価値を高めた商品の欧米圏への展開は、さほど人間性や教養が身につかなくとも、日本人は、心を尽くし、精神を尽くし、日本文化を込めて商品を作れば、欧米人は自国流文化で商品に理解を示し、日本から商品を取り寄せ、欧米人顧客の要望を日本に伝え、あとは日本製商品を要望に応じて創れば、欧米に展開はできるのだから……といった具合になるのである。
2011/11/08
第115号
<コンテンツ>
・世界経済の混乱ぶりをよく見てみると
★歴史的円高水準……
★タイの洪水……
★EUギリシャ危機……
★オイル産油国の内紛……
★TPP加盟問題……
・今から来年まで不況に向う!
・労働力・人材の棚卸し…一風変わった産業分類
・精神疾患急増は、日本経済の機能不全が原因か?
《メンタル対策義務化へ安衛法改正》
【労働安全衛生法改正のポイント】
【訴訟その他での法的効果】
【唐突な法改正の裏にある背景】
【公共機関の図るべき積極的対策の視点】
§世界経済の混乱ぶりをよく見てみると
その底流に流れているものが見えて来る。今日、明日の個別企業経営にとっても、この激動する数年間は、世界経済の行方が決着するまで、嵐の風向きや波の高さに注意する必要があるのだ。風向きは顧客動向であり、波は取引先や銀行の動きである。これらは、各人が一生をかけている個別企業の経営戦略も、一瞬にして吹き飛ばされることもあるのだ。
だが、マスコミは次々と話題を追いかけるばかりで、底流や本質を見ようとしない。所詮、日本のマスコミの多くは読者数や視聴率を追いかけて成長した産業であるから、「大衆の受け」さえよければ、底流や本質はどうでも良いのである。だから、日本のマスコミ産業は新聞配達網、総務省許認可制度、文学部出身などの記者、及びそれを補完する人たちから成り立っているのである。学者級の専門分野ジャーナリストが育たないのも無理は無い。
世界経済の課題と報じられる事件は、歴史的円高水準、タイの洪水、EUギリシャ危機、オイル産油国の内紛、TPP加盟問題など、次々と報じられるが、その底流にはドル経済基盤の崩壊が進行しているからこそ発生している混乱であると視れば、さほど驚くことは無い。
★歴史的円高水準……
リーマンショックの後、この8月のアメリカ国債デフォルト懸念の後処理を診れば、円高は当然の成り行きである。局面でいえば、円高を迎え内需拡大であるとか、輸入産業のテコ入れが無策だったので、大影響を受けたのだ。この切り替えが出来ている個別企業の影響は軽微で済んでいる。ただし、個別企業の大半は手を打っていなかったから仕方がない。次の円高局面は、年末に向けてのアメリカ国債格下げの動きである。
★タイの洪水……
先月末に入手した現地からの情報によると、まだ1ヵ月は十分に水没状態とのことである。その後10月31日夜には、現地上流に住む農民たちが水門を破壊して、下流に流す水量を増加させたとの事件が報道された。もとよりタイは常時洪水に見舞われ、10年に一度は大水没に見舞われる土地である。なのに、タイ工業団地の土地は非常に安かったので、「安かろう、悪かろう」といったことも忘れて進出したのである。洪水直前も、「タイに来れば何とかなる」と、日本の中小企業経営者が現地日本商工会議所を訪問、安易な進出を諌められていた始末である。
ところで、日本各地にも洪水被害の地域があり、そこでは1~2mの盛り土の上に家屋(輪中などが有名)などを立てているが、進出した日本人担当者は、そういった中学校の地理を忘れていたのだろうか。日本人サラリーマンは公私共に、すなわち社屋や工場そして自宅の購入についても、不動産屋に騙される特徴がある。とにかく、タイでは盛り土どころか設備の嵩上げすらなかったようだ。タイの人たちにサプライチェーンといった概念がないことも、これまた、日本人サラリーマンは忘れていたのである。どこまで幼いのか!
★EUギリシャ危機……
マスコミはデフォルトとか目新しい用語を使って注目を得ようとしている。そもそもユーロ経済圏の金融危機は、ドル経済圏のリーマンショックなどを受けて事件化してきたものであり、戦前から模索されてきたEU(ヨーロッパ連合構想)の、第2次大戦すらも乗り越えた紆余曲折からすれば、日常的な経済課題なのである。ドル経済圏とユーロ経済圏との市場圏争いのなかで発生しているギリシャ危機といった視点で見れば、何も一喜一憂することは無い。もとより、ギリシャがそういった国家であることは百も承知。ギリシャの次はイタリア、そういえばスペインやポルトガルも名前を出されたことがある。
並々ならぬヨーロッパ連合構想があり、これに無知な日本国内だけがEU通貨統合とかEU加盟問題の見識が甘いだけで、マスコミ報道で踊らされるような代物でもない。まして、ギリシャの国民投票といった話題は、もとよりパフォーマンスであることは最初から分かっている。ギクッと肝を冷やしたのは日本素人記者(事実上の通信員)だけで、日本国内で流行した報道とは別のところに本質的意味がある。すなわち、EUは各国の財政統合に向けて、これで半歩道を進めたと観るのが妥当なのだ。要は、EUの赤字結束であっても戦前からのヨーロッパ連合構想に適う概念という欧州思考と欧州文化なのだ。
★オイル産油国の内紛……
これだけの円高水準にも関わらず、灯油など石油製品の値段は上がり続けている。エジプト、リビア、シリア、カタールなどの政変は原油の供給体制にまつわる物事である。アメリカのクリントン国務長官が動くところに資源問題は付きまとっている。カザフィー、ビンラディン、アフガンの名前が話題となるばかりでなく、パレスチナの動きはイスラエル弱体化の象徴となっているが、その原因に石油やウラン鉱物などがかかわっているとのニュースも、一般日本人には遮断された状態である。
日本国内では原発・電力のことばかりの話題である。だから、こう見てみると、自然・再生エネルギーと日本国内の個別企業とのビジネス的関わりが、如何にも密にならざるを得なくなるのである。石油だ!放射性燃料だ!とマスコミによって視野狭窄的に振り回されると、ビジネスチャンスと利権を、他社にもっていかれるだけのことなのだ。テレビは連日、太陽光発電のパネル設置業者の宣伝を行っている…。
★TPP加盟問題……
この経済連携協定を結んだことによる想定を、一方は追求し、他方は分からない!といった論議になっている。いわゆる議論がかみ合わないのではなく、「この議論をしてはいけない!」ところに本質があるのだ。
TPPで話題になるのは関税問題ばかりで、経済協定の主要課題であるはずの為替安定は、誰からも相手にしてもらえない。すなわち、ドル経済圏の崩壊に替わり、仕方なしにアメリカはTPP新経済圏を形成しようという試みである。今、アメリカと日本がTPPを形作れば、アジアにおけるアングロサクソン・トライアングル(アメリカ、イギリス、オーストラリア)は安泰となり、エシュロンこそが立派に機能することとなるのだ。
だから、中国に対する「安全保障」といった突飛な話が出ているのも当然なのだ。もちろん韓国その他へのTPP加盟は後回しになっている。韓国は現在、アメリカからの自動車・牛肉輸入急増をもくろむ米韓FTA変更批准問題で大騒動とのこと。さらに引き続いて米中韓FTAの協議に移行するとのことだ。
TPP論議で農業問題ばかりを話題にするのは、この真相を覆い隠すためともいわれている。当のアメリカにとっては、東のEU経済圏への対抗、西への中国経済圏への対抗と、ドル経済圏防衛に忙しいといった具合である。ここに、TPPの加盟か延期かの選択ポイントがあるのだ。
§今から来年まで不況に向う!
ドル経済圏、中国経済圏、やはり遠くのEU経済圏と、世界経済体制にまつわる激変・新形成が行われることから、従来型にしがみつく体制では衰退を迎えることになる。
しがみつかない個別企業や個人にとっては、新しい需要とビジネスチャンスを迎えることとなる。
要は、個別企業の臨機応変体制である。
だとしても、激変・新形成の期間は誰もが、「成功の実感」を味わうことはなく、ひたすら未来と希望に向かって走る感覚だけを自覚する時期を過ごさざるを得ないのが歴史的事実である。反面、「未来も希望もなければ、店をたたんで」でも未来につなげる……しかないのである。幸いなことに、未来につなげるためにイザ!店を畳むなら、法制度的にも商道徳的にも、今のうちなら各種の現実的システムと条件整備はなされている。
そういった意味でいえば、繁栄していたとされた大手企業は、軒並み日本国内での経営が困難となり海外進出(海外逃亡)をせざるを得ない事態に至り、挙句進出したところでクローバル多国籍企業との企業間競争にさらされ、果敢に戦ったとしても外資に吸収される道を歩むしかない。投資資金の数量でいけば、日本の大手企業は勝てるはずもないのだが、ほとんどの大手企業はそれしか出来ない能力の人材ばかりの集まりであるから、自らが没落すると結論づけたのだ。(ロンドン大学:故森嶋通夫「何故日本は没落するのか」も参照を)。大手企業も経団連も連合も、徹底して覇気が無く脱力している根拠はここにある。大手企業の進出に伴い協力会社として成長した企業も海外進出を迫られ、海外での新規取引先を確保しない限り先行きがないといった、ほぼ身売り状態での海外進出(海外逃亡・海外出稼ぎ)でもある。
この時節柄のそういった姿は、太平洋戦争初期に、日本が海外市場を武力制圧して海外進出した、「つかの間の戦略」と雰囲気が酷似すると思えるほど、その手法は無能そのものなのだ。だから、早晩に破綻・崩壊する海外進出の流れは、当分は止まることがないかもしれないが、それでも、なおかつ未来も希望も見いだせない。
であるから、日本の資源(文化を含め)を活用して、世界の富裕層1億人への生活文化型商品の産業市場開拓をすることの戦略の方が、現実的であるのだ。日本の高級電化製品、生活文化型商品(アニメ、ファッション、農産畜産物)そして環境(雪、緑、風光など)に世界の富裕層は興味を示している。ここに販路を生み出し、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を行えば、日本の国内企業は間接・直接にクローバル多国籍展開するのである。生活文化型商品であれば、海外に向け発信さえしておけば、取り立てて「海外進出」とか海外出張する必要などない。
富裕層1億人が相手だから、今までのような供給サイドからのマーケットの着想はやめて、需要サイドからマーケットを発想すれば良いことである。この方法ならば、純国内産業だとしてもTPP経済連携協定締結においても個別企業には有利に働くことになる。要するに、出荷先民族の富裕層が欲しがるような、特注の日本製品を作れば良いのであって、国内の技術者や技能者は頭をちょっと柔らかくして作れば良いだけのことである。そして都合の良いことに、生活文化型商品は大量資本投資スタイルの多国籍企業では産業化できないのでもある。
§労働力・人材の棚卸し…一風変わった産業分類
経済学とは、みんなが経済的に豊かになるための学問であり、ひとつの経済パターンともいうべき経済方針たるものを、目的意識をもって理論化することである。この経済学に異論を唱える人たちは、単なる学術情報収集家、学術論文翻訳家、経済学教師に安住している人たちと言っても過言ではない。事実、歴史的に著名な経済学者には、こういった職業にしがみ付いていた人物は皆無に近い、すなわち、実務家でもあったのだ。
そこで、日本経済の最大資源といえるものは有能な労働力・人材であることは確かだから、今までとは異なる考え方の仮説を用いれば、発想も開けるというものである。ここで一風変わった産業分類を行うことは、労働力・人材のストック集計分析ではなく、いわゆる労働力・人材の棚卸しである。これは、個別企業でもあてはまることである。
多くの方が習った産業分類とは、第一次産業、第二次産業、第三産業といった分類である。最近ではこれを串刺しに足した「第六次産業」なる用語も流行している。この産業分類は1941年にイギリスの経済学者コーリン・クラークが提唱したものである。ところが今や、時代も異なれば、日本は資源大国でもなければ、イギリスのような植民地大国でもなかったのであるが…。さて、この一風変わった産業分類を、百年に一度の経済危機を乗り越えるために異なる仮説を提起してみるのである。
(1)事業を営み・流通させ・人々を組織化する産業
(役務提供、職安法上の請負はここに分類)
(2)創造性や創意工夫でもって商品をイノベーションする産業
(3)標準化された規格品の量産と低価格をイノベーションする産業
(アウトソーシングはここに分類)
(4)環境、保健衛生、生命安全の基盤を守る産業
筆者の仮説とは、こういった産業概念の分類方法である。
この一風変わった産業分類をもとに、貴方が活躍しようとする個別企業を分析してみればよいのである。
例1:昔は繊維織物、次は電気製品組立、今は介護福祉に進出している経営者が入る。この人は、規格量産でイノベーションを行った経験はない。もっぱら中高年女性労働力を取りまとめる才能をもっている。
例2:日本の医療制度である保険医制度は、民間用語流に説明すれば、保険点数や薬価による全国フランチャイズチェーンである。おかげで、ほぼ全国網羅のためのコスト増はあるとしても、全国標準化された規格医療が実施されている。
ここに二つの事例を挙げたが、従来の工業文化型産業イメージから、「企業というものは標準化された規格品の量産」であるといったドグマや固定観念に、われわれ自身が浸っているから、よくよく社内の人材を分析する必要がある。
すなわち、古代ローマ帝国では略奪経済であったから、賃貸、労働、請負は同一概念で、その区別はつけられなかった。ところが、もうすぐ日本の民法は、役務提供が賃貸、労働、請負、委任に追加されようとしている。役務提供契約とは完成を伴わない無形結果を目的とする請負契約のことである。また、完成を伴う有形結果を目的とする請負契約だとしても、発注者に標準化の作業マニュアルを指図され工程の進捗管理を受けておれば、それは職業安定法で法定されているからこそ認められる請負にすぎない。ただし、人材派遣業や偽装請負といったものは、産業ではなくて労働力需給システムであるから、念のため。
だとすると、
この四つの一風変わった産業分類に合わせて経営戦略と人材確保の企画立案をしてみることは、頭の体操に留まらず、総務人事部門の企画担当者としての重要な仕事でもあるのだ。
これは民間事業や公共事業を問わずに考えられる仮説だ。旧来、公共事業とは、民間企業では採算が合わないから、民意によって国や自治体が行うものと考えてきた。しかし、この延長線上に利権と非効率による税金の増加が起こり、その解決策として今や公共事業はNPOや企業が行えば良く、国や自治体はその「公共の場」を提供すれば良いといった考え方に流れつつある。日本標準産業分類:公務と他産業の関係や公共事業のプラットホーム(事業外注化を含む)は、「公共の場」とは異なり、利権・非効率並びに増税を温存するものと考えられている。
§精神疾患急増は、日本経済の機能不全が原因か?
《メンタル対策義務化へ安衛法改正》
厚生労働省は、10月24日、突如として職場メンタルヘルス対策義務化への労働安全衛生法改正を打ち出した。早ければ来年度から実施したいとしている。この24日に審議会に法案要綱が示され、その日のうちに審議会が妥当との結論を出したことは異例中の異例である。それもいまの臨時国会に提出するというのだ。官僚主導となっている現在の厚生労働省であるとしても、あまりにも唐突だ。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001slsj.html
報道発表も、NHK総合テレビで優先的に行われた。それによるとメンタルヘルス関連でも労災申請が急増しているなかで、何らかの対策をとっている企業が非常に少ないことを説明している。そこで、メンタル不調に陥る労働者増加に歯止めをかけるといった考えのようだ。この調査の出所はここだ。
http://www.jil.go.jp/press/documents/20110623.pdf
【労働安全衛生法改正のポイント】
1.精神的健康状況の把握のための検査を義務
2.労働者にも検査を受けることを義務付け
3.事業主への検査結果の通知義務、及び労働者の同意
4.健康保持要件での申し出があれば医師面接指導の義務
5.事業主の面接指導結果の記録
6.面接指導の結果に基づき、医師から措置の意見聴取
7.医師の意見を勘案し、配転時間短縮その他措置の義務
【訴訟その他での法的効果】
精神的状況を把握する検査と、精神的疾患を治療するための受診とは、はっきり区別されている。
この改正事項は、労働契約法第五条の、「労働者の安全配慮」にある必要な配慮についての具体的な合意を義務づけたものとなる。安全配慮義務は、労働契約上の契約履行義務であり、今回の改正内容をひとつの配慮基準に考えることとなる。
労働者にも検査を受けさせることを義務づけたことは、「検査を本人が拒否しているから仕方がない」といった言い訳が、事業主としては出来ないこととなる。その面では、社員の定期健康診断の扱いとは格段に厳格な法令である。また、検査を受けさせない行為とか、労働者本人の検査を受けることの拒否を理由としての検査の不作為行為は、事業主の不法行為を形成するから金銭的損害賠償の対象となる。
通知義務は労働者の同意を前提としている概念ではなく、労働者に同意をさせて通知するという趣旨と考えられる。もし仮に、同意を前提とするならば、法案は「労働者の同意の上で通知されるもの」といったような表現となるはずだ。労働者が同意しなかったとすれば、事業主にはなおさら問題視しなければならない公序義務が問われかねない。事業主の安全配慮義務からすれば、受診勧奨を行う必要も生じる。
面接指導結果の記録は、事業主の義務を履行したことの証拠となるものである。
医師からの意見聴取を、必要な手続き行為として具体化しているから、検査結果を記録した直後の行為を、事業主が形骸化するとか曖昧にさせることを防止する担保となっている。
そして、実状を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数減少その他措置を義務付けている。今後出される指針が問題である。さらに医師が組織的に勧告できるようにしている。
【唐突な法改正の裏にある背景】
この法改正を如何様に考えても、厚生労働省は社会の合意形成の上でメンタルヘルス対策を行うとしているようには思えない。ある筋に言わせると、「新型うつ病といったものの流行は企業の人事管理に問題があるようだが、それを企業が改善しようとしないから、行政が手を下した」といったたぐいのものだ。
確かに、筆者の経験などからすれば、企業の人事管理に対する国家権力の発動そのものにほかならないと考えられる。新型うつ病は大手企業に流行していることとか、中小企業の従来型うつ病の対策からすれば、自殺防止などの社会的効果とか労働市場の経済的効果を考えれば、労働安全衛生法改正で一挙にやってしまえと官僚たちは考えたのではなかろうか。反対する議員に対しては、労働保険財政をネタに抑え込めると踏んで、同時に「無為無策」の企業と議員の間を遮断してしまう効果も狙っているのだろう。とりわけ、メンタルヘルスに関連しての労働紛争多発の抑制、日本の労働力の能力維持を図ることを念頭に置いているとしても、これをうがった見方とはいえないだろう。まさか、うつ病患者120万人時代を迎え、投薬治療などで労働市場をコントロールしようとは、官僚たちが考えていることは無いだろうが。
この10月31日に大阪で行われた、専門家たちのメンタルヘルス対策研究座談会でも、
http://ohsakafu-hataraku.org/contents/mental/index.html
「医師や保健師の内で、誰が検査をするのだ、それが出来る者がいない」との発言その他が専門家などから相次いだ。状況からすれば、新たに「おせっかい」を生む、初歩的ケースも懸念される。だから、今回のメンタルヘルス対策の義務化は、時代錯誤的な官僚主義としか言いようがない。
こんなことを民間現場で無理強いをすれば、形骸化した対策に陥ることが促進されることで、個々人が精神的な管理までされていると受けとめてしまうことでメンタル疾患増加を助長させる結果になりかねないのだ、特に大手企業では。ひょっとすれば官僚たちは、この安衛法の改正で新たな政府予算措置と実施組織の膨張を狙い、疾患の多発している情報通信や医療福祉事業の労災保険料率引き上げを念頭に置いているのかもしれない。
【公共機関の図るべき積極的対策の視点】
ところが、現在の社会共同体(社会)というものは、当事者の要望がないのに施策を行えば、不平不満ばかりか対立や制度不具合を生じさせるのが自然の成り行きなのである。これが哲学や社会学での現代的科学的分析の到達点である。良かれと思ってする行為も、当事者が尊重されなかったと受け止めるケースは、障害者や女性その他の差別事件で良くある話である。すなわち、一方が親切を行っていると思っても、相手方からの救済を求めるサインを確認していない場合は、「おせっかい」と言われても仕方がないのである。要は、自己決定権の課題である。
積極的な対策とは、救済を求めるサインを、より受け止めやすくする措置のことを指すと筆者は考えるのである。例えば、対策を打つのであれば、監督署ごとに地元主体のメンタルNPO団体の活動を形成促進することで、実施組織や措置の形骸化を防ぎ、初めて地元や企業の賛同も得られた上での、発生源の実態に合わせた産業・福祉・経済に資すると思われる。
・世界経済の混乱ぶりをよく見てみると
★歴史的円高水準……
★タイの洪水……
★EUギリシャ危機……
★オイル産油国の内紛……
★TPP加盟問題……
・今から来年まで不況に向う!
・労働力・人材の棚卸し…一風変わった産業分類
・精神疾患急増は、日本経済の機能不全が原因か?
《メンタル対策義務化へ安衛法改正》
【労働安全衛生法改正のポイント】
【訴訟その他での法的効果】
【唐突な法改正の裏にある背景】
【公共機関の図るべき積極的対策の視点】
§世界経済の混乱ぶりをよく見てみると
その底流に流れているものが見えて来る。今日、明日の個別企業経営にとっても、この激動する数年間は、世界経済の行方が決着するまで、嵐の風向きや波の高さに注意する必要があるのだ。風向きは顧客動向であり、波は取引先や銀行の動きである。これらは、各人が一生をかけている個別企業の経営戦略も、一瞬にして吹き飛ばされることもあるのだ。
だが、マスコミは次々と話題を追いかけるばかりで、底流や本質を見ようとしない。所詮、日本のマスコミの多くは読者数や視聴率を追いかけて成長した産業であるから、「大衆の受け」さえよければ、底流や本質はどうでも良いのである。だから、日本のマスコミ産業は新聞配達網、総務省許認可制度、文学部出身などの記者、及びそれを補完する人たちから成り立っているのである。学者級の専門分野ジャーナリストが育たないのも無理は無い。
世界経済の課題と報じられる事件は、歴史的円高水準、タイの洪水、EUギリシャ危機、オイル産油国の内紛、TPP加盟問題など、次々と報じられるが、その底流にはドル経済基盤の崩壊が進行しているからこそ発生している混乱であると視れば、さほど驚くことは無い。
★歴史的円高水準……
リーマンショックの後、この8月のアメリカ国債デフォルト懸念の後処理を診れば、円高は当然の成り行きである。局面でいえば、円高を迎え内需拡大であるとか、輸入産業のテコ入れが無策だったので、大影響を受けたのだ。この切り替えが出来ている個別企業の影響は軽微で済んでいる。ただし、個別企業の大半は手を打っていなかったから仕方がない。次の円高局面は、年末に向けてのアメリカ国債格下げの動きである。
★タイの洪水……
先月末に入手した現地からの情報によると、まだ1ヵ月は十分に水没状態とのことである。その後10月31日夜には、現地上流に住む農民たちが水門を破壊して、下流に流す水量を増加させたとの事件が報道された。もとよりタイは常時洪水に見舞われ、10年に一度は大水没に見舞われる土地である。なのに、タイ工業団地の土地は非常に安かったので、「安かろう、悪かろう」といったことも忘れて進出したのである。洪水直前も、「タイに来れば何とかなる」と、日本の中小企業経営者が現地日本商工会議所を訪問、安易な進出を諌められていた始末である。
ところで、日本各地にも洪水被害の地域があり、そこでは1~2mの盛り土の上に家屋(輪中などが有名)などを立てているが、進出した日本人担当者は、そういった中学校の地理を忘れていたのだろうか。日本人サラリーマンは公私共に、すなわち社屋や工場そして自宅の購入についても、不動産屋に騙される特徴がある。とにかく、タイでは盛り土どころか設備の嵩上げすらなかったようだ。タイの人たちにサプライチェーンといった概念がないことも、これまた、日本人サラリーマンは忘れていたのである。どこまで幼いのか!
★EUギリシャ危機……
マスコミはデフォルトとか目新しい用語を使って注目を得ようとしている。そもそもユーロ経済圏の金融危機は、ドル経済圏のリーマンショックなどを受けて事件化してきたものであり、戦前から模索されてきたEU(ヨーロッパ連合構想)の、第2次大戦すらも乗り越えた紆余曲折からすれば、日常的な経済課題なのである。ドル経済圏とユーロ経済圏との市場圏争いのなかで発生しているギリシャ危機といった視点で見れば、何も一喜一憂することは無い。もとより、ギリシャがそういった国家であることは百も承知。ギリシャの次はイタリア、そういえばスペインやポルトガルも名前を出されたことがある。
並々ならぬヨーロッパ連合構想があり、これに無知な日本国内だけがEU通貨統合とかEU加盟問題の見識が甘いだけで、マスコミ報道で踊らされるような代物でもない。まして、ギリシャの国民投票といった話題は、もとよりパフォーマンスであることは最初から分かっている。ギクッと肝を冷やしたのは日本素人記者(事実上の通信員)だけで、日本国内で流行した報道とは別のところに本質的意味がある。すなわち、EUは各国の財政統合に向けて、これで半歩道を進めたと観るのが妥当なのだ。要は、EUの赤字結束であっても戦前からのヨーロッパ連合構想に適う概念という欧州思考と欧州文化なのだ。
★オイル産油国の内紛……
これだけの円高水準にも関わらず、灯油など石油製品の値段は上がり続けている。エジプト、リビア、シリア、カタールなどの政変は原油の供給体制にまつわる物事である。アメリカのクリントン国務長官が動くところに資源問題は付きまとっている。カザフィー、ビンラディン、アフガンの名前が話題となるばかりでなく、パレスチナの動きはイスラエル弱体化の象徴となっているが、その原因に石油やウラン鉱物などがかかわっているとのニュースも、一般日本人には遮断された状態である。
日本国内では原発・電力のことばかりの話題である。だから、こう見てみると、自然・再生エネルギーと日本国内の個別企業とのビジネス的関わりが、如何にも密にならざるを得なくなるのである。石油だ!放射性燃料だ!とマスコミによって視野狭窄的に振り回されると、ビジネスチャンスと利権を、他社にもっていかれるだけのことなのだ。テレビは連日、太陽光発電のパネル設置業者の宣伝を行っている…。
★TPP加盟問題……
この経済連携協定を結んだことによる想定を、一方は追求し、他方は分からない!といった論議になっている。いわゆる議論がかみ合わないのではなく、「この議論をしてはいけない!」ところに本質があるのだ。
TPPで話題になるのは関税問題ばかりで、経済協定の主要課題であるはずの為替安定は、誰からも相手にしてもらえない。すなわち、ドル経済圏の崩壊に替わり、仕方なしにアメリカはTPP新経済圏を形成しようという試みである。今、アメリカと日本がTPPを形作れば、アジアにおけるアングロサクソン・トライアングル(アメリカ、イギリス、オーストラリア)は安泰となり、エシュロンこそが立派に機能することとなるのだ。
だから、中国に対する「安全保障」といった突飛な話が出ているのも当然なのだ。もちろん韓国その他へのTPP加盟は後回しになっている。韓国は現在、アメリカからの自動車・牛肉輸入急増をもくろむ米韓FTA変更批准問題で大騒動とのこと。さらに引き続いて米中韓FTAの協議に移行するとのことだ。
TPP論議で農業問題ばかりを話題にするのは、この真相を覆い隠すためともいわれている。当のアメリカにとっては、東のEU経済圏への対抗、西への中国経済圏への対抗と、ドル経済圏防衛に忙しいといった具合である。ここに、TPPの加盟か延期かの選択ポイントがあるのだ。
§今から来年まで不況に向う!
ドル経済圏、中国経済圏、やはり遠くのEU経済圏と、世界経済体制にまつわる激変・新形成が行われることから、従来型にしがみつく体制では衰退を迎えることになる。
しがみつかない個別企業や個人にとっては、新しい需要とビジネスチャンスを迎えることとなる。
要は、個別企業の臨機応変体制である。
だとしても、激変・新形成の期間は誰もが、「成功の実感」を味わうことはなく、ひたすら未来と希望に向かって走る感覚だけを自覚する時期を過ごさざるを得ないのが歴史的事実である。反面、「未来も希望もなければ、店をたたんで」でも未来につなげる……しかないのである。幸いなことに、未来につなげるためにイザ!店を畳むなら、法制度的にも商道徳的にも、今のうちなら各種の現実的システムと条件整備はなされている。
そういった意味でいえば、繁栄していたとされた大手企業は、軒並み日本国内での経営が困難となり海外進出(海外逃亡)をせざるを得ない事態に至り、挙句進出したところでクローバル多国籍企業との企業間競争にさらされ、果敢に戦ったとしても外資に吸収される道を歩むしかない。投資資金の数量でいけば、日本の大手企業は勝てるはずもないのだが、ほとんどの大手企業はそれしか出来ない能力の人材ばかりの集まりであるから、自らが没落すると結論づけたのだ。(ロンドン大学:故森嶋通夫「何故日本は没落するのか」も参照を)。大手企業も経団連も連合も、徹底して覇気が無く脱力している根拠はここにある。大手企業の進出に伴い協力会社として成長した企業も海外進出を迫られ、海外での新規取引先を確保しない限り先行きがないといった、ほぼ身売り状態での海外進出(海外逃亡・海外出稼ぎ)でもある。
この時節柄のそういった姿は、太平洋戦争初期に、日本が海外市場を武力制圧して海外進出した、「つかの間の戦略」と雰囲気が酷似すると思えるほど、その手法は無能そのものなのだ。だから、早晩に破綻・崩壊する海外進出の流れは、当分は止まることがないかもしれないが、それでも、なおかつ未来も希望も見いだせない。
であるから、日本の資源(文化を含め)を活用して、世界の富裕層1億人への生活文化型商品の産業市場開拓をすることの戦略の方が、現実的であるのだ。日本の高級電化製品、生活文化型商品(アニメ、ファッション、農産畜産物)そして環境(雪、緑、風光など)に世界の富裕層は興味を示している。ここに販路を生み出し、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を行えば、日本の国内企業は間接・直接にクローバル多国籍展開するのである。生活文化型商品であれば、海外に向け発信さえしておけば、取り立てて「海外進出」とか海外出張する必要などない。
富裕層1億人が相手だから、今までのような供給サイドからのマーケットの着想はやめて、需要サイドからマーケットを発想すれば良いことである。この方法ならば、純国内産業だとしてもTPP経済連携協定締結においても個別企業には有利に働くことになる。要するに、出荷先民族の富裕層が欲しがるような、特注の日本製品を作れば良いのであって、国内の技術者や技能者は頭をちょっと柔らかくして作れば良いだけのことである。そして都合の良いことに、生活文化型商品は大量資本投資スタイルの多国籍企業では産業化できないのでもある。
§労働力・人材の棚卸し…一風変わった産業分類
経済学とは、みんなが経済的に豊かになるための学問であり、ひとつの経済パターンともいうべき経済方針たるものを、目的意識をもって理論化することである。この経済学に異論を唱える人たちは、単なる学術情報収集家、学術論文翻訳家、経済学教師に安住している人たちと言っても過言ではない。事実、歴史的に著名な経済学者には、こういった職業にしがみ付いていた人物は皆無に近い、すなわち、実務家でもあったのだ。
そこで、日本経済の最大資源といえるものは有能な労働力・人材であることは確かだから、今までとは異なる考え方の仮説を用いれば、発想も開けるというものである。ここで一風変わった産業分類を行うことは、労働力・人材のストック集計分析ではなく、いわゆる労働力・人材の棚卸しである。これは、個別企業でもあてはまることである。
多くの方が習った産業分類とは、第一次産業、第二次産業、第三産業といった分類である。最近ではこれを串刺しに足した「第六次産業」なる用語も流行している。この産業分類は1941年にイギリスの経済学者コーリン・クラークが提唱したものである。ところが今や、時代も異なれば、日本は資源大国でもなければ、イギリスのような植民地大国でもなかったのであるが…。さて、この一風変わった産業分類を、百年に一度の経済危機を乗り越えるために異なる仮説を提起してみるのである。
(1)事業を営み・流通させ・人々を組織化する産業
(役務提供、職安法上の請負はここに分類)
(2)創造性や創意工夫でもって商品をイノベーションする産業
(3)標準化された規格品の量産と低価格をイノベーションする産業
(アウトソーシングはここに分類)
(4)環境、保健衛生、生命安全の基盤を守る産業
筆者の仮説とは、こういった産業概念の分類方法である。
この一風変わった産業分類をもとに、貴方が活躍しようとする個別企業を分析してみればよいのである。
例1:昔は繊維織物、次は電気製品組立、今は介護福祉に進出している経営者が入る。この人は、規格量産でイノベーションを行った経験はない。もっぱら中高年女性労働力を取りまとめる才能をもっている。
例2:日本の医療制度である保険医制度は、民間用語流に説明すれば、保険点数や薬価による全国フランチャイズチェーンである。おかげで、ほぼ全国網羅のためのコスト増はあるとしても、全国標準化された規格医療が実施されている。
ここに二つの事例を挙げたが、従来の工業文化型産業イメージから、「企業というものは標準化された規格品の量産」であるといったドグマや固定観念に、われわれ自身が浸っているから、よくよく社内の人材を分析する必要がある。
すなわち、古代ローマ帝国では略奪経済であったから、賃貸、労働、請負は同一概念で、その区別はつけられなかった。ところが、もうすぐ日本の民法は、役務提供が賃貸、労働、請負、委任に追加されようとしている。役務提供契約とは完成を伴わない無形結果を目的とする請負契約のことである。また、完成を伴う有形結果を目的とする請負契約だとしても、発注者に標準化の作業マニュアルを指図され工程の進捗管理を受けておれば、それは職業安定法で法定されているからこそ認められる請負にすぎない。ただし、人材派遣業や偽装請負といったものは、産業ではなくて労働力需給システムであるから、念のため。
だとすると、
この四つの一風変わった産業分類に合わせて経営戦略と人材確保の企画立案をしてみることは、頭の体操に留まらず、総務人事部門の企画担当者としての重要な仕事でもあるのだ。
これは民間事業や公共事業を問わずに考えられる仮説だ。旧来、公共事業とは、民間企業では採算が合わないから、民意によって国や自治体が行うものと考えてきた。しかし、この延長線上に利権と非効率による税金の増加が起こり、その解決策として今や公共事業はNPOや企業が行えば良く、国や自治体はその「公共の場」を提供すれば良いといった考え方に流れつつある。日本標準産業分類:公務と他産業の関係や公共事業のプラットホーム(事業外注化を含む)は、「公共の場」とは異なり、利権・非効率並びに増税を温存するものと考えられている。
§精神疾患急増は、日本経済の機能不全が原因か?
《メンタル対策義務化へ安衛法改正》
厚生労働省は、10月24日、突如として職場メンタルヘルス対策義務化への労働安全衛生法改正を打ち出した。早ければ来年度から実施したいとしている。この24日に審議会に法案要綱が示され、その日のうちに審議会が妥当との結論を出したことは異例中の異例である。それもいまの臨時国会に提出するというのだ。官僚主導となっている現在の厚生労働省であるとしても、あまりにも唐突だ。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001slsj.html
報道発表も、NHK総合テレビで優先的に行われた。それによるとメンタルヘルス関連でも労災申請が急増しているなかで、何らかの対策をとっている企業が非常に少ないことを説明している。そこで、メンタル不調に陥る労働者増加に歯止めをかけるといった考えのようだ。この調査の出所はここだ。
http://www.jil.go.jp/press/documents/20110623.pdf
【労働安全衛生法改正のポイント】
1.精神的健康状況の把握のための検査を義務
2.労働者にも検査を受けることを義務付け
3.事業主への検査結果の通知義務、及び労働者の同意
4.健康保持要件での申し出があれば医師面接指導の義務
5.事業主の面接指導結果の記録
6.面接指導の結果に基づき、医師から措置の意見聴取
7.医師の意見を勘案し、配転時間短縮その他措置の義務
【訴訟その他での法的効果】
精神的状況を把握する検査と、精神的疾患を治療するための受診とは、はっきり区別されている。
この改正事項は、労働契約法第五条の、「労働者の安全配慮」にある必要な配慮についての具体的な合意を義務づけたものとなる。安全配慮義務は、労働契約上の契約履行義務であり、今回の改正内容をひとつの配慮基準に考えることとなる。
労働者にも検査を受けさせることを義務づけたことは、「検査を本人が拒否しているから仕方がない」といった言い訳が、事業主としては出来ないこととなる。その面では、社員の定期健康診断の扱いとは格段に厳格な法令である。また、検査を受けさせない行為とか、労働者本人の検査を受けることの拒否を理由としての検査の不作為行為は、事業主の不法行為を形成するから金銭的損害賠償の対象となる。
通知義務は労働者の同意を前提としている概念ではなく、労働者に同意をさせて通知するという趣旨と考えられる。もし仮に、同意を前提とするならば、法案は「労働者の同意の上で通知されるもの」といったような表現となるはずだ。労働者が同意しなかったとすれば、事業主にはなおさら問題視しなければならない公序義務が問われかねない。事業主の安全配慮義務からすれば、受診勧奨を行う必要も生じる。
面接指導結果の記録は、事業主の義務を履行したことの証拠となるものである。
医師からの意見聴取を、必要な手続き行為として具体化しているから、検査結果を記録した直後の行為を、事業主が形骸化するとか曖昧にさせることを防止する担保となっている。
そして、実状を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数減少その他措置を義務付けている。今後出される指針が問題である。さらに医師が組織的に勧告できるようにしている。
【唐突な法改正の裏にある背景】
この法改正を如何様に考えても、厚生労働省は社会の合意形成の上でメンタルヘルス対策を行うとしているようには思えない。ある筋に言わせると、「新型うつ病といったものの流行は企業の人事管理に問題があるようだが、それを企業が改善しようとしないから、行政が手を下した」といったたぐいのものだ。
確かに、筆者の経験などからすれば、企業の人事管理に対する国家権力の発動そのものにほかならないと考えられる。新型うつ病は大手企業に流行していることとか、中小企業の従来型うつ病の対策からすれば、自殺防止などの社会的効果とか労働市場の経済的効果を考えれば、労働安全衛生法改正で一挙にやってしまえと官僚たちは考えたのではなかろうか。反対する議員に対しては、労働保険財政をネタに抑え込めると踏んで、同時に「無為無策」の企業と議員の間を遮断してしまう効果も狙っているのだろう。とりわけ、メンタルヘルスに関連しての労働紛争多発の抑制、日本の労働力の能力維持を図ることを念頭に置いているとしても、これをうがった見方とはいえないだろう。まさか、うつ病患者120万人時代を迎え、投薬治療などで労働市場をコントロールしようとは、官僚たちが考えていることは無いだろうが。
この10月31日に大阪で行われた、専門家たちのメンタルヘルス対策研究座談会でも、
http://ohsakafu-hataraku.org/contents/mental/index.html
「医師や保健師の内で、誰が検査をするのだ、それが出来る者がいない」との発言その他が専門家などから相次いだ。状況からすれば、新たに「おせっかい」を生む、初歩的ケースも懸念される。だから、今回のメンタルヘルス対策の義務化は、時代錯誤的な官僚主義としか言いようがない。
こんなことを民間現場で無理強いをすれば、形骸化した対策に陥ることが促進されることで、個々人が精神的な管理までされていると受けとめてしまうことでメンタル疾患増加を助長させる結果になりかねないのだ、特に大手企業では。ひょっとすれば官僚たちは、この安衛法の改正で新たな政府予算措置と実施組織の膨張を狙い、疾患の多発している情報通信や医療福祉事業の労災保険料率引き上げを念頭に置いているのかもしれない。
【公共機関の図るべき積極的対策の視点】
ところが、現在の社会共同体(社会)というものは、当事者の要望がないのに施策を行えば、不平不満ばかりか対立や制度不具合を生じさせるのが自然の成り行きなのである。これが哲学や社会学での現代的科学的分析の到達点である。良かれと思ってする行為も、当事者が尊重されなかったと受け止めるケースは、障害者や女性その他の差別事件で良くある話である。すなわち、一方が親切を行っていると思っても、相手方からの救済を求めるサインを確認していない場合は、「おせっかい」と言われても仕方がないのである。要は、自己決定権の課題である。
積極的な対策とは、救済を求めるサインを、より受け止めやすくする措置のことを指すと筆者は考えるのである。例えば、対策を打つのであれば、監督署ごとに地元主体のメンタルNPO団体の活動を形成促進することで、実施組織や措置の形骸化を防ぎ、初めて地元や企業の賛同も得られた上での、発生源の実態に合わせた産業・福祉・経済に資すると思われる。
2011/10/04
第114号
<コンテンツ>
・アウトソーシングが、さらに本格化
・この30年、日本への資金投資は見込まれない!
・大手企業には身動きが取れない…!
・今の瞬間、具体的な人事労務の管理ポイント
・生活文化型商品とはいかなる概念なのか。
・これからも売れる商品には特色がある!
・生活文化型商品における価格決定権
・ところで、誰が人材を育成し、誰が雇用責任をとるか
・【お知らせ】日本初企画 メンタルヘルスの研究座談会
§アウトソーシングが、さらに本格化
内外の経済危機を受けて、いわゆる「競争力を持つ企業」は、事業基盤の整備に向けて、いち早くアウトソーシングを行ない不得意分野の長期コスト削減、非専門的業務社員の削減、設備の削減その他に踏み切り始めた。早いところは10月から、遅くとも来年4月1日からという動きだ。これは、経済危機(恐慌)状態で企業の守りを固める体制づくりの一環であり、以前のメルマガで解説したように、財務基盤強化と売上基盤強化に先行して、全国各地で進められようとしている。
これはよく見てみると、大手企業の危機的状況からの工場閉鎖やリストラとは、意味が異なっている。今や、工業型大規模生産方式に没頭していた大手企業とその系列は、突然の如く競争力を失ってしまった。かろうじて、市場規模の大きさで競争力を保っていた感に見えたが、一挙に新興国の企業に市場を奪われ、市場規模での競争力が消えたのだ。加えて、技術力においても、大手企業や系列企業がリストラを行ったところの技術者や技能者が、新興国の企業に就職していることから、それなりの高付加価値製品とか高度工業製品の競争力は、技術面において同水準のスタートラインに立ってしまったのだ。大手企業は、人材と人材の組織化において技術力を低下させてしまった上に、技術者にめしを食わせることが出来ないほどに企業力が落ちてしまったのだ。
とりわけ日系大手企業は産業を育成するといったビジネスの根本基盤を前提にしていないケースが多く、すなわち未だ内部留保を投資に回すことが出来ない事情(利回り金融投資に依存)があるためか、ことごとくイノベーションやマーケティングが減退・形骸化している。模倣型工業製品産業(おもに空洞化と懸念される家電、IT機器や自動車など)の技術者に対する海外からの引き抜きは激しく、日本から三ケタ以上の技術者が流出したかもしれないのだ。系列企業と言われる中には、海外進出と称して企業ごと身売りをした企業も続出である。系列企業の定年を迎えた技能者が海外に就職することも珍しくない。
ただし、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を、世界の富裕層約1億人に対して、地場産業や地域の個別企業が進めることにはさしたる影響が出ていない、大手企業によくある図体が大きく点滴治療(利回り金融依存)で永らえているわけではないから。
こういった事から政府や大規模自治体の経済政策は、今回の世界経済の大変動によって、ことごとく破綻状態に陥っている。この大変動後の事態を想定する学者や評論家は多数いたにも関わらず、官僚たちが意識的に無視を決め込んだところに原因がある。今や、日本を技術立国とする経済方針は崩れ去ろうとしている。
§この30年、日本への資金投資は見込まれない!
金融機関の投資に頼りきりで事業を運営してきた大手企業などにとっては、少々のマーケティングに励んだところで、競争力の回復にはつながらない。だから、経団連が9月16日に公表した「経団連成長戦略2011」も、色あせている内容であることは否めない。その柱も経費削減と目新しい典型事業プラン程度であって、根本的対策に踏み込めない内容と言わざるを得ないのだ。とにかく、急激な変化によって、競争力を支える人材の欠乏(有能ではあるが、ゼネラリストという素人では太刀打ち不能)、技術・技能及び資産の「含み蓄積」とか帳簿外資産と言われる物がないのだ。Just in timeとかカンバン方式は、ことごとく事業内部の余裕を企業の帳簿計上資産とか通貨に転換させたものだから、経営資産と言われる物の余裕がなくなってしまっている。大手企業のほとんどは、交換価値としての資産ばかりが増え、競争力低下で使用価値は下がり、人材欠乏で固有価値も失いつつある事態と評価判断をせざるを得ない。よって、投資の対象から外され、日本国内に存立する価値も疑われることになるのだ。……「海外進出」論議?
これに対して、地場産業や地域の個別企業には、未だ通貨(交換価値)に換金していない物的資産、知的資産(固有価値)が豊富にあり、ここには「利回り金融資本」から独立した基盤(資産→商品化→交換可能な使用価値)が、工夫次第でまだまだ存在している。世界の富裕層1億人(そのうち日本が100万人)に向けての、地場産業や生活に密着した生活文化型商品を供給すること、国内では地元経済と密着した経済循環システムの中に生活文化型商品を供給することで、マーケットを開発することが可能である。固有価値は富裕層に対する使用価値に転換することが出来る。ここで有効に作用する能力こそが、地場産業や地域の個別企業には、まだまだ保持されている。それは、商品開発意欲であり、地域共同体意識と誇りであり、長年にわたる技能と技術であり、働き手のプライベートと一体となった経済活動力なのである。
§大手企業には身動きが取れない…!
昔から巷の話に出て来る「大手企業のサラリーマンは潰しがきかない!」といった現象に表現されている通り、こういった能力が大手企業とその系列に無いことが、大手企業危機の根本原因である。大手企業では、何事も投資資金頼み、労働意欲も人事評価や労働条件向上頼み、場合によれば「生活安定」の将来幻想といった、人間の労働意欲とは一線引かれた位置にあるモチベーションばかりを重視していた(これは学者の責任が重い)ために、喫緊に必要な対策に有効に作用する能力が、ほぼ完全に萎えている。無難な道を歩むサラリーマン経営者を先頭に、大手企業での労働意欲の減退と新型うつ病の流行、(仮に意欲を持ったとしても)大手銀行や怠惰なサラリーマンによる仕事の妨害…といったことで、大手企業の内部からの即時改革や労働意欲醸造に可能性があるとは思えない状況である。
テレビでお馴染みの経済学的に無知な人とか官僚ポストにぶら下がっている人は、「大手企業が駄目なら、日本全部が駄目…」と結論づけたがるが、それは短絡的であり、心身が疲れるとついそう思ってしまいやすい。だがそれは、大手企業の現下の状況では出来ないだけのことである。
確かに、ボストンコンサルティングの人たちが主張する
1.イノベーション(革新)に注力する。
2.外部環境の変化を利用する。
3.マーケティングと広告の力を利用する。
4.競争相手と向かい合う。
5.事業売却やM&A(企業の合併・買収)によって、将来に投資する。
6.ゲームを一変させる戦略を採用する。
(『BCG流 競争戦略』朝日新聞出版 2010年発行 p152から引用)
こういったビジネス優先策が、組織優先思考が邪魔をして大手と言われる企業では実行出来ないのだ。その内部で孤軍奮闘して個人的に実行しようとしても、その人は次々と大手企業組織から排除されている。……だから、現実に大手の企業経営は海外進出と空洞化の路線を選ばざるを得なくなっているのだ。旧カネボウの某経営者は、「命が危ない」から手を打つのに躊躇したと過去を振り返ったが、そこに至らずとも孤軍奮闘する個人を擁護することすらしていないのが、ほとんどの大手企業の現状ではないのか!!
ところが、地場産業や地域の企業
と言われる個別企業には、こういった攻勢に転ずる余地は、条件的にも必要な力量的にも能力は残っている。図体が大きく点滴治療(利回り金融依存)で永らえているわけではないから。(経済学の真の学者や経世家が論説通り)ビジネス優先の意識を貫き、孤軍奮闘の後、大手から排除された有能な人材たちが、地場産業や地域企業からのアウトソーシングを引き受けている。(京都には、地場産業や地域企業からのアウトソーシングを受託する人材育成の大学院も開校され、筆者も通っている)。
結論及び結果は、
何らかの要因でもって、ほんの一部の大手企業と競争力のある個別企業は、不得意部門を課業単位で、有能人材とその集団にアウトソーシングし、さらなる競争力をつけていこうとしているのが、この10月からの動きなのである。
§今の瞬間、具体的な人事労務の管理ポイント
巷には、過去の市場原理と生産工程を前提とした人事労務管理に関する書籍や理論が溢れかえっている。基本的なポイントが分からない素人は、目新しいものすべてがバラ色の解決を呼び寄せると感動・錯覚する。しかし、筆者をはじめ実績で勝負している場合とは違って、10冊の書籍を読めば10回の感動を経験し、とかくサラリーマン生活に没頭すると、この感動自体を仕事のやりがい(矛盾&パラドックス研究の没頭も含め)と思い込んでしまう場合も多い……(こんな人物の注意点は)経済団体主催の勉強会に寄り集まるが、実行力に欠け専門的会話のポイントから外れているのが特徴である。
個別企業の管理職と中核社員は、緊急導入順に、
A.人事評価や報奨(インセンティブ)の導入は、複数年の業績目標の設定、並びに受給期間を長期に設計することで、目先の実績や(架空ともいえる)その場しのぎの業績を防止する。
B.人事評価は、個別企業内においては絶対評価方式、業界や同業他社人材との相対評価方式の二つを併用することで、同業他社より一歩リードする身近な目標設定で企業内活力を組織する。とりわけ商品の品質水準にばらつきがある業界では有効である。
C.全社的な業績に対する影響が限られている者、すなわち事業部長、部長、課長クラスの査定対象は、財務と業務の二面的業績から人事評価を行うことで、管理職クラスが組織力量の蓄積に関心を持つようにする。
D.損益とか売上額だけではなく、その人に託した設備や人件費の投資に対して、どういった価値(企業の固有価値、商品の使用価値、商品の交換価値など)を創造したかを人事評価の対象とすることで、事業育成といった個別企業の基盤への関心を養う。
E.投資に対する成功のインセンティブとともに、失敗に対するリスクを負わせる人事評価とすることで、組織にあぐらをかく安直な管理職の意識を変化させる。ここが利回りや金融がからむ財務部門では命綱となる。
そして、この元に一般職、専門職、専任職の労働者に対しては
1.仕事そのものが楽しいこと(共同体意識とかやりがいある仕事意識)
2.仕事の達成感があること(自己計画性と自己コントロール)
3.プライベートが充実していること……となるポイントである。
また、A~Eは、管理職の棚卸しあり、新型うつ病の抑制にも通じる。
ことに、国内市場から世界の富裕層約1億人への販売を目指す、現在の第一次産業から第三次産業と分類されている業種すべてが、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を通して行動することである。
この後は、
もう一度振り返って、有能な人材が活躍するステージがあるのかの解説へと続く…
§生活文化型商品とはいかなる概念なのか。
「文化的な生活の型に資する商品として取引されるもの」といった定義になる。だが、理念や性格についてはつかみづらいのが現実である。文化的生活とは、とりあえず命と健康を維持する状況から超えて、過去に蓄積された能力を発揮して主観的幸福を個々人が追求して将来設計を形づくりながら生きていることと考えられる。これは、厚生労働大臣の裁量とされる生活保護法の憲法論議とは異なる概念である。これに資するとは、個人差や多様性のもとに意欲が生まれ感動が生まれ、希望を実感しながら行う作業と考えられ、工業文化型商品との重要差異である。さらに「型」といった物が重要であるが、はっきり目に見えて具現化されなければならないし、型を変化させることによって発展を促すということである。
すなわち、無感動のうちに命と健康を維持するものでもなく、単なる五感を刺激するだけのものでもないのである。とかく工業文化型商品は、欲望を満たすことはあっても無感動であったし、せいぜい五感を刺激することが商品に組みこまれはしたが、意欲を生じさせることは無かった。例えば、半世紀以上前の若者の中にはガソリンの匂いを嗅いで自動車商品の刺激に酔いしれる者もいた程度であった。購入して消化した瞬間で意欲、感動、希望は完結した。要は、商品を入手するまでのことで、入手した翌日には飽きがきた。
ここに登場する意欲・感動・希望といった価値(固有価値の存在)を取引内容とするには、どうしても工業文化型の流通形態では無理が存在せざるを得ない。半製品を販売しながら価値を提供する料理のトッピングとか、半製品を購入してきて自宅でアレンジするとか、工業文化型商品やその流通形態を維持するには、こういった小さな創造的作業すら排除せざるを得なかったのである。自宅を建築する際に基礎と骨格と屋根は専門家に頼むとして、その後は半製品キットやリフォーム材料などで創造的に内装や外装を完成させるとの発想自体も、工業文化が支配的なときは非常識な発想とされたのであった。
§これからも売れる商品には特色がある!
それをここに挙げると、
(1)とにかく価格が安いこと
(2)とにかく機械的かつ合理的であること
(3)いわゆる本物、もしくは本物指向
(4)健康、遊びに関連していること
この4項目のうち、(1)と(2)は工業文化型が支配的な商品であった。(3)と(4)には、生活文化型が支配的になろうとする関係が存在する。生活文化型はいずれも、その商品を入手して使用することでもって人間関係を改めて充実させることにはなるのだが、(3)と(4)は命と健康の維持範囲を超えて人間同士の意思疎通をより充実させる商品なのである。したがって、こういった商品の販売が上手な営業マンたちの手法等は、常に人間関係を題材にした内容であった。例えば、ステーキ用の牛肉を売るときは、肉の栄養価よりも、「鉄板でジュージュー音がする」ことを連想させる言葉を使用したのである。自動車を売るときは、自動車の機能よりも、「彼女と出かける」様子だとか、「家族で旅行する」様子を連想する言葉を使用したのである。要するに、給食とか運輸会社のから購入といった工業文化型とは異なっている。
また、今日では誰もが固定概念としてもっている、第1次産業、第2次産業、第3次産業それを串刺したとする第6次産業といった、1941年にイギリスの経済学者コーリン・クラークが提唱した産業分類方式も、発展的に考察し直すことで、生活文化型商品の産業を育成していくことに焦点を当てる必要がでてくる。
例えば、ハンバーガーをたとえれば、
《工業文化型》であれば、
現在の多店舗展開販売にみられる商品型(マクドナルドなど)となり、まるで現代の配給制民営化のようなものである。
《生活文化型》となれば、
地域ごとの食材や味を生かし、(単なる地産地消とは異なるが)顧客が中身を自ら選んで作るなどのハンバーガーとなる。
《感性文化型》であれば、
顧客がハンバーガーに抱くイメージを店主が聞き取り、専門的創造性でもって見映え、味覚、雰囲気を、食材の店でもって醸し出すことになる。
だとすると、これから展開される生活文化型商品を開発する或いは産業として育成するには、法則性や論理の基盤に立つことは重要であることは言うまでもないが、それだけでは予測・予見することができない具体的な創造性作業が必要となる。あるロボット工学者によると、芸術には法則性や論理では説明のつかない作業でもって物事を具現化することが出来るとのことだ。生活文化型商品の開発には、大いに芸術的コンテクストの展開が不可欠となるだろう。
§生活文化型商品における価格決定権
これを、いったい誰が握るかが重要な問題となる。工業文化型商品の価格決定方式は、およそ原価積み上げ方式であり、その原価合計に企業の粗利益を積み上げるものである。土木建築の公共事業も同じ方式である。この価格を安定的に保つために独占的地位を確保するとか、競合相手方を弱体化させる謀略とか、安売り乱売を厳禁するといったマーケティングが工業文化型商品では不可欠となる。まして、工業文化型商品の生産は金融資金の先行投資で支えられていることが美徳(資金投資で資材や半製品が優先的に早く入手出来る)であったから、何としても死守しなければならない原価積み上げ価格決定方式となっている。さらに、生産価格や費用価格その他の経済学説概念が、原価積み上げ方式の裏付け根拠に悪用されているきらいがある。
これに対して、生活文化型商品は相場決定方式で交換が行われる。仕入れる資材半製品は金銭的価値一辺倒で入手されるプロセスを踏むことはなく、販売・交換の際には製造工程で生み出された使用価値のみならず、地場産業や地域に蓄積された固有価値も販売・交換の対象となるのである。加えて、生活文化型商品を入手した後に、購買者が商品使用作業を続けることでもって意欲・感動・希望が生み出されるわけだから、これも販売・交換の対象にその一部が加わることになる。こういった概念での価格は相場決定方式となる。したがって、価格決定権は生産者と購買者の双方に分散されることにはなるが、製造原価を割り込むような相場は基本的にはあり得ない。工業文化型商品のように倒産廃業による激安商品の発生といったことも生活文化型商品では考えられず、とりわけ地場産業として地域と関わる企業形態である場合には正当な評価が保全された価格決定が持続されることとなる。もちろん、工業文化型の原材料を使用して生活文化型商品を製造するのではあるが、原材料相場が値崩れしても、工業文化型商品のように直接打撃を受けることも緩和されるとか、専門的技能者の知恵でもって原材料を変更して生活文化型商品を提供することも出来るのである。
現在のような、商品の交換価値と使用価値の二つの価値評価に留まらず、また商品の、交換価値と使用価値の分離(倒産企業の商品は交換価値が激減、M&Aの売買には使用価値を除外)も抑制され、生活文化型商品では交換価値・使用価値・企業にまつわる固有価値が一体化する傾向が強まり、無駄な労働による無駄な消費行動の削減といった、現代社会の経済ロスの激減に資すると考えられるのだ。よって、生活文化型商品の産業規模が数値的に小さい結果になるとしても、この産業に関わる企業や人々の豊かさが縮小されるという訳ではないことになる。……税務署や今の財務官僚は怒るだろうけれど。
§ところで、誰が人材を育成し、誰が雇用責任をとるか
ここが人事や総務での、最も大切なことなのである。この責任を取ろうとしなかったがために、
1.大手企業が大量の技術者(本来、技術職は有能・無能の区分が出来ない)をリストラし、その技術者たちが新興国の企業に再就職していること。
2.会社収益を「資金の利回り」で追求した人たちが、技能職の労働者を育成することをやめて、作業単純化と労働者派遣でお茶を濁したこと。
3.業務請負業とは雇用責任を取って成り立つビジネスモデル(昭和61年構想)であるが、平成9年からの規制緩和で労働者派遣の偽装請負業者化を許し、労働者派遣の労働者供給業者化を許し、企業の雇用責任を曖昧にさせたこと。(これが現在の、労働者派遣関係の相次ぐ提訴の原因)。
4.国内の技術者確保や技能者育成を、(先進国では労働組合が技能育成する例が多い)厚生労働省が放棄、今もなお次世代産業の人材育成を放棄(具体的提案も無視し続け)していること。
5.失業手当給付と生活保護費給付の中間に位置する、(生活費10万円と授業料の)求職者支援制度では、経済政策や産業政策あるいは創造的人材育成に資する内容にしていないこと。手当や保護費給付を縮小して失業対策事業の就労、次世代産業の職業訓練受講を義務化していないこと。
……といった事態を引き起こしてきたのだ。それは、他人に依存してばかりの金銭経済に限った発想に故意に固執し、いろんな意味で貧困化を促進させる姿にすぎないのである。
※【お知らせ】日本初企画 メンタルヘルスの研究座談会
http://ohsakafu-hataraku.org/contents/mental/index.html
一般参加者には専門家レベルの実務家も来て、現在定員増も考えているとのこと。
何が初企画かといえば、最先端でメンタルヘルスに関わる専門家と言われる人たちの論戦である。奥歯にものが挟まれたような講演では、現場のメンタルヘルスにあって、どうすれば良いのかが分からない。結局、社内の素人的判断では無難な線との結論になるから、行きがかりも含めて担当者が困ってしまうのである。責任を取るのは企業であり現場である。そこで、従来の発言しっぱなしのシンポジウムとか、質問程度で終わるセミナーから、一歩踏み込んだものが今回の研究座談会である。今までは企画しようにも、専門家団体の影や流儀が邪魔をして、異なる立場からの同時論戦は難しかった。さらに今回は、未然の質問や意見集約をして、当日は参加者にも発言してもらえる時間をふんだんに設けている。主催者の意向や結論ありきの研究座談会ではないから、日本初企画なのである。
・平成23年10月31日(月曜日)13時から17時まで
・大阪市中央区本町橋 マイドームおおさか(新大阪駅から30分余)
・主催:大阪府産業支援型NPO協議会(一般社団法人)
・アウトソーシングが、さらに本格化
・この30年、日本への資金投資は見込まれない!
・大手企業には身動きが取れない…!
・今の瞬間、具体的な人事労務の管理ポイント
・生活文化型商品とはいかなる概念なのか。
・これからも売れる商品には特色がある!
・生活文化型商品における価格決定権
・ところで、誰が人材を育成し、誰が雇用責任をとるか
・【お知らせ】日本初企画 メンタルヘルスの研究座談会
§アウトソーシングが、さらに本格化
内外の経済危機を受けて、いわゆる「競争力を持つ企業」は、事業基盤の整備に向けて、いち早くアウトソーシングを行ない不得意分野の長期コスト削減、非専門的業務社員の削減、設備の削減その他に踏み切り始めた。早いところは10月から、遅くとも来年4月1日からという動きだ。これは、経済危機(恐慌)状態で企業の守りを固める体制づくりの一環であり、以前のメルマガで解説したように、財務基盤強化と売上基盤強化に先行して、全国各地で進められようとしている。
これはよく見てみると、大手企業の危機的状況からの工場閉鎖やリストラとは、意味が異なっている。今や、工業型大規模生産方式に没頭していた大手企業とその系列は、突然の如く競争力を失ってしまった。かろうじて、市場規模の大きさで競争力を保っていた感に見えたが、一挙に新興国の企業に市場を奪われ、市場規模での競争力が消えたのだ。加えて、技術力においても、大手企業や系列企業がリストラを行ったところの技術者や技能者が、新興国の企業に就職していることから、それなりの高付加価値製品とか高度工業製品の競争力は、技術面において同水準のスタートラインに立ってしまったのだ。大手企業は、人材と人材の組織化において技術力を低下させてしまった上に、技術者にめしを食わせることが出来ないほどに企業力が落ちてしまったのだ。
とりわけ日系大手企業は産業を育成するといったビジネスの根本基盤を前提にしていないケースが多く、すなわち未だ内部留保を投資に回すことが出来ない事情(利回り金融投資に依存)があるためか、ことごとくイノベーションやマーケティングが減退・形骸化している。模倣型工業製品産業(おもに空洞化と懸念される家電、IT機器や自動車など)の技術者に対する海外からの引き抜きは激しく、日本から三ケタ以上の技術者が流出したかもしれないのだ。系列企業と言われる中には、海外進出と称して企業ごと身売りをした企業も続出である。系列企業の定年を迎えた技能者が海外に就職することも珍しくない。
ただし、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を、世界の富裕層約1億人に対して、地場産業や地域の個別企業が進めることにはさしたる影響が出ていない、大手企業によくある図体が大きく点滴治療(利回り金融依存)で永らえているわけではないから。
こういった事から政府や大規模自治体の経済政策は、今回の世界経済の大変動によって、ことごとく破綻状態に陥っている。この大変動後の事態を想定する学者や評論家は多数いたにも関わらず、官僚たちが意識的に無視を決め込んだところに原因がある。今や、日本を技術立国とする経済方針は崩れ去ろうとしている。
§この30年、日本への資金投資は見込まれない!
金融機関の投資に頼りきりで事業を運営してきた大手企業などにとっては、少々のマーケティングに励んだところで、競争力の回復にはつながらない。だから、経団連が9月16日に公表した「経団連成長戦略2011」も、色あせている内容であることは否めない。その柱も経費削減と目新しい典型事業プラン程度であって、根本的対策に踏み込めない内容と言わざるを得ないのだ。とにかく、急激な変化によって、競争力を支える人材の欠乏(有能ではあるが、ゼネラリストという素人では太刀打ち不能)、技術・技能及び資産の「含み蓄積」とか帳簿外資産と言われる物がないのだ。Just in timeとかカンバン方式は、ことごとく事業内部の余裕を企業の帳簿計上資産とか通貨に転換させたものだから、経営資産と言われる物の余裕がなくなってしまっている。大手企業のほとんどは、交換価値としての資産ばかりが増え、競争力低下で使用価値は下がり、人材欠乏で固有価値も失いつつある事態と評価判断をせざるを得ない。よって、投資の対象から外され、日本国内に存立する価値も疑われることになるのだ。……「海外進出」論議?
これに対して、地場産業や地域の個別企業には、未だ通貨(交換価値)に換金していない物的資産、知的資産(固有価値)が豊富にあり、ここには「利回り金融資本」から独立した基盤(資産→商品化→交換可能な使用価値)が、工夫次第でまだまだ存在している。世界の富裕層1億人(そのうち日本が100万人)に向けての、地場産業や生活に密着した生活文化型商品を供給すること、国内では地元経済と密着した経済循環システムの中に生活文化型商品を供給することで、マーケットを開発することが可能である。固有価値は富裕層に対する使用価値に転換することが出来る。ここで有効に作用する能力こそが、地場産業や地域の個別企業には、まだまだ保持されている。それは、商品開発意欲であり、地域共同体意識と誇りであり、長年にわたる技能と技術であり、働き手のプライベートと一体となった経済活動力なのである。
§大手企業には身動きが取れない…!
昔から巷の話に出て来る「大手企業のサラリーマンは潰しがきかない!」といった現象に表現されている通り、こういった能力が大手企業とその系列に無いことが、大手企業危機の根本原因である。大手企業では、何事も投資資金頼み、労働意欲も人事評価や労働条件向上頼み、場合によれば「生活安定」の将来幻想といった、人間の労働意欲とは一線引かれた位置にあるモチベーションばかりを重視していた(これは学者の責任が重い)ために、喫緊に必要な対策に有効に作用する能力が、ほぼ完全に萎えている。無難な道を歩むサラリーマン経営者を先頭に、大手企業での労働意欲の減退と新型うつ病の流行、(仮に意欲を持ったとしても)大手銀行や怠惰なサラリーマンによる仕事の妨害…といったことで、大手企業の内部からの即時改革や労働意欲醸造に可能性があるとは思えない状況である。
テレビでお馴染みの経済学的に無知な人とか官僚ポストにぶら下がっている人は、「大手企業が駄目なら、日本全部が駄目…」と結論づけたがるが、それは短絡的であり、心身が疲れるとついそう思ってしまいやすい。だがそれは、大手企業の現下の状況では出来ないだけのことである。
確かに、ボストンコンサルティングの人たちが主張する
1.イノベーション(革新)に注力する。
2.外部環境の変化を利用する。
3.マーケティングと広告の力を利用する。
4.競争相手と向かい合う。
5.事業売却やM&A(企業の合併・買収)によって、将来に投資する。
6.ゲームを一変させる戦略を採用する。
(『BCG流 競争戦略』朝日新聞出版 2010年発行 p152から引用)
こういったビジネス優先策が、組織優先思考が邪魔をして大手と言われる企業では実行出来ないのだ。その内部で孤軍奮闘して個人的に実行しようとしても、その人は次々と大手企業組織から排除されている。……だから、現実に大手の企業経営は海外進出と空洞化の路線を選ばざるを得なくなっているのだ。旧カネボウの某経営者は、「命が危ない」から手を打つのに躊躇したと過去を振り返ったが、そこに至らずとも孤軍奮闘する個人を擁護することすらしていないのが、ほとんどの大手企業の現状ではないのか!!
ところが、地場産業や地域の企業
と言われる個別企業には、こういった攻勢に転ずる余地は、条件的にも必要な力量的にも能力は残っている。図体が大きく点滴治療(利回り金融依存)で永らえているわけではないから。(経済学の真の学者や経世家が論説通り)ビジネス優先の意識を貫き、孤軍奮闘の後、大手から排除された有能な人材たちが、地場産業や地域企業からのアウトソーシングを引き受けている。(京都には、地場産業や地域企業からのアウトソーシングを受託する人材育成の大学院も開校され、筆者も通っている)。
結論及び結果は、
何らかの要因でもって、ほんの一部の大手企業と競争力のある個別企業は、不得意部門を課業単位で、有能人材とその集団にアウトソーシングし、さらなる競争力をつけていこうとしているのが、この10月からの動きなのである。
§今の瞬間、具体的な人事労務の管理ポイント
巷には、過去の市場原理と生産工程を前提とした人事労務管理に関する書籍や理論が溢れかえっている。基本的なポイントが分からない素人は、目新しいものすべてがバラ色の解決を呼び寄せると感動・錯覚する。しかし、筆者をはじめ実績で勝負している場合とは違って、10冊の書籍を読めば10回の感動を経験し、とかくサラリーマン生活に没頭すると、この感動自体を仕事のやりがい(矛盾&パラドックス研究の没頭も含め)と思い込んでしまう場合も多い……(こんな人物の注意点は)経済団体主催の勉強会に寄り集まるが、実行力に欠け専門的会話のポイントから外れているのが特徴である。
個別企業の管理職と中核社員は、緊急導入順に、
A.人事評価や報奨(インセンティブ)の導入は、複数年の業績目標の設定、並びに受給期間を長期に設計することで、目先の実績や(架空ともいえる)その場しのぎの業績を防止する。
B.人事評価は、個別企業内においては絶対評価方式、業界や同業他社人材との相対評価方式の二つを併用することで、同業他社より一歩リードする身近な目標設定で企業内活力を組織する。とりわけ商品の品質水準にばらつきがある業界では有効である。
C.全社的な業績に対する影響が限られている者、すなわち事業部長、部長、課長クラスの査定対象は、財務と業務の二面的業績から人事評価を行うことで、管理職クラスが組織力量の蓄積に関心を持つようにする。
D.損益とか売上額だけではなく、その人に託した設備や人件費の投資に対して、どういった価値(企業の固有価値、商品の使用価値、商品の交換価値など)を創造したかを人事評価の対象とすることで、事業育成といった個別企業の基盤への関心を養う。
E.投資に対する成功のインセンティブとともに、失敗に対するリスクを負わせる人事評価とすることで、組織にあぐらをかく安直な管理職の意識を変化させる。ここが利回りや金融がからむ財務部門では命綱となる。
そして、この元に一般職、専門職、専任職の労働者に対しては
1.仕事そのものが楽しいこと(共同体意識とかやりがいある仕事意識)
2.仕事の達成感があること(自己計画性と自己コントロール)
3.プライベートが充実していること……となるポイントである。
また、A~Eは、管理職の棚卸しあり、新型うつ病の抑制にも通じる。
ことに、国内市場から世界の富裕層約1億人への販売を目指す、現在の第一次産業から第三次産業と分類されている業種すべてが、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を通して行動することである。
この後は、
もう一度振り返って、有能な人材が活躍するステージがあるのかの解説へと続く…
§生活文化型商品とはいかなる概念なのか。
「文化的な生活の型に資する商品として取引されるもの」といった定義になる。だが、理念や性格についてはつかみづらいのが現実である。文化的生活とは、とりあえず命と健康を維持する状況から超えて、過去に蓄積された能力を発揮して主観的幸福を個々人が追求して将来設計を形づくりながら生きていることと考えられる。これは、厚生労働大臣の裁量とされる生活保護法の憲法論議とは異なる概念である。これに資するとは、個人差や多様性のもとに意欲が生まれ感動が生まれ、希望を実感しながら行う作業と考えられ、工業文化型商品との重要差異である。さらに「型」といった物が重要であるが、はっきり目に見えて具現化されなければならないし、型を変化させることによって発展を促すということである。
すなわち、無感動のうちに命と健康を維持するものでもなく、単なる五感を刺激するだけのものでもないのである。とかく工業文化型商品は、欲望を満たすことはあっても無感動であったし、せいぜい五感を刺激することが商品に組みこまれはしたが、意欲を生じさせることは無かった。例えば、半世紀以上前の若者の中にはガソリンの匂いを嗅いで自動車商品の刺激に酔いしれる者もいた程度であった。購入して消化した瞬間で意欲、感動、希望は完結した。要は、商品を入手するまでのことで、入手した翌日には飽きがきた。
ここに登場する意欲・感動・希望といった価値(固有価値の存在)を取引内容とするには、どうしても工業文化型の流通形態では無理が存在せざるを得ない。半製品を販売しながら価値を提供する料理のトッピングとか、半製品を購入してきて自宅でアレンジするとか、工業文化型商品やその流通形態を維持するには、こういった小さな創造的作業すら排除せざるを得なかったのである。自宅を建築する際に基礎と骨格と屋根は専門家に頼むとして、その後は半製品キットやリフォーム材料などで創造的に内装や外装を完成させるとの発想自体も、工業文化が支配的なときは非常識な発想とされたのであった。
§これからも売れる商品には特色がある!
それをここに挙げると、
(1)とにかく価格が安いこと
(2)とにかく機械的かつ合理的であること
(3)いわゆる本物、もしくは本物指向
(4)健康、遊びに関連していること
この4項目のうち、(1)と(2)は工業文化型が支配的な商品であった。(3)と(4)には、生活文化型が支配的になろうとする関係が存在する。生活文化型はいずれも、その商品を入手して使用することでもって人間関係を改めて充実させることにはなるのだが、(3)と(4)は命と健康の維持範囲を超えて人間同士の意思疎通をより充実させる商品なのである。したがって、こういった商品の販売が上手な営業マンたちの手法等は、常に人間関係を題材にした内容であった。例えば、ステーキ用の牛肉を売るときは、肉の栄養価よりも、「鉄板でジュージュー音がする」ことを連想させる言葉を使用したのである。自動車を売るときは、自動車の機能よりも、「彼女と出かける」様子だとか、「家族で旅行する」様子を連想する言葉を使用したのである。要するに、給食とか運輸会社のから購入といった工業文化型とは異なっている。
また、今日では誰もが固定概念としてもっている、第1次産業、第2次産業、第3次産業それを串刺したとする第6次産業といった、1941年にイギリスの経済学者コーリン・クラークが提唱した産業分類方式も、発展的に考察し直すことで、生活文化型商品の産業を育成していくことに焦点を当てる必要がでてくる。
例えば、ハンバーガーをたとえれば、
《工業文化型》であれば、
現在の多店舗展開販売にみられる商品型(マクドナルドなど)となり、まるで現代の配給制民営化のようなものである。
《生活文化型》となれば、
地域ごとの食材や味を生かし、(単なる地産地消とは異なるが)顧客が中身を自ら選んで作るなどのハンバーガーとなる。
《感性文化型》であれば、
顧客がハンバーガーに抱くイメージを店主が聞き取り、専門的創造性でもって見映え、味覚、雰囲気を、食材の店でもって醸し出すことになる。
だとすると、これから展開される生活文化型商品を開発する或いは産業として育成するには、法則性や論理の基盤に立つことは重要であることは言うまでもないが、それだけでは予測・予見することができない具体的な創造性作業が必要となる。あるロボット工学者によると、芸術には法則性や論理では説明のつかない作業でもって物事を具現化することが出来るとのことだ。生活文化型商品の開発には、大いに芸術的コンテクストの展開が不可欠となるだろう。
§生活文化型商品における価格決定権
これを、いったい誰が握るかが重要な問題となる。工業文化型商品の価格決定方式は、およそ原価積み上げ方式であり、その原価合計に企業の粗利益を積み上げるものである。土木建築の公共事業も同じ方式である。この価格を安定的に保つために独占的地位を確保するとか、競合相手方を弱体化させる謀略とか、安売り乱売を厳禁するといったマーケティングが工業文化型商品では不可欠となる。まして、工業文化型商品の生産は金融資金の先行投資で支えられていることが美徳(資金投資で資材や半製品が優先的に早く入手出来る)であったから、何としても死守しなければならない原価積み上げ価格決定方式となっている。さらに、生産価格や費用価格その他の経済学説概念が、原価積み上げ方式の裏付け根拠に悪用されているきらいがある。
これに対して、生活文化型商品は相場決定方式で交換が行われる。仕入れる資材半製品は金銭的価値一辺倒で入手されるプロセスを踏むことはなく、販売・交換の際には製造工程で生み出された使用価値のみならず、地場産業や地域に蓄積された固有価値も販売・交換の対象となるのである。加えて、生活文化型商品を入手した後に、購買者が商品使用作業を続けることでもって意欲・感動・希望が生み出されるわけだから、これも販売・交換の対象にその一部が加わることになる。こういった概念での価格は相場決定方式となる。したがって、価格決定権は生産者と購買者の双方に分散されることにはなるが、製造原価を割り込むような相場は基本的にはあり得ない。工業文化型商品のように倒産廃業による激安商品の発生といったことも生活文化型商品では考えられず、とりわけ地場産業として地域と関わる企業形態である場合には正当な評価が保全された価格決定が持続されることとなる。もちろん、工業文化型の原材料を使用して生活文化型商品を製造するのではあるが、原材料相場が値崩れしても、工業文化型商品のように直接打撃を受けることも緩和されるとか、専門的技能者の知恵でもって原材料を変更して生活文化型商品を提供することも出来るのである。
現在のような、商品の交換価値と使用価値の二つの価値評価に留まらず、また商品の、交換価値と使用価値の分離(倒産企業の商品は交換価値が激減、M&Aの売買には使用価値を除外)も抑制され、生活文化型商品では交換価値・使用価値・企業にまつわる固有価値が一体化する傾向が強まり、無駄な労働による無駄な消費行動の削減といった、現代社会の経済ロスの激減に資すると考えられるのだ。よって、生活文化型商品の産業規模が数値的に小さい結果になるとしても、この産業に関わる企業や人々の豊かさが縮小されるという訳ではないことになる。……税務署や今の財務官僚は怒るだろうけれど。
§ところで、誰が人材を育成し、誰が雇用責任をとるか
ここが人事や総務での、最も大切なことなのである。この責任を取ろうとしなかったがために、
1.大手企業が大量の技術者(本来、技術職は有能・無能の区分が出来ない)をリストラし、その技術者たちが新興国の企業に再就職していること。
2.会社収益を「資金の利回り」で追求した人たちが、技能職の労働者を育成することをやめて、作業単純化と労働者派遣でお茶を濁したこと。
3.業務請負業とは雇用責任を取って成り立つビジネスモデル(昭和61年構想)であるが、平成9年からの規制緩和で労働者派遣の偽装請負業者化を許し、労働者派遣の労働者供給業者化を許し、企業の雇用責任を曖昧にさせたこと。(これが現在の、労働者派遣関係の相次ぐ提訴の原因)。
4.国内の技術者確保や技能者育成を、(先進国では労働組合が技能育成する例が多い)厚生労働省が放棄、今もなお次世代産業の人材育成を放棄(具体的提案も無視し続け)していること。
5.失業手当給付と生活保護費給付の中間に位置する、(生活費10万円と授業料の)求職者支援制度では、経済政策や産業政策あるいは創造的人材育成に資する内容にしていないこと。手当や保護費給付を縮小して失業対策事業の就労、次世代産業の職業訓練受講を義務化していないこと。
……といった事態を引き起こしてきたのだ。それは、他人に依存してばかりの金銭経済に限った発想に故意に固執し、いろんな意味で貧困化を促進させる姿にすぎないのである。
※【お知らせ】日本初企画 メンタルヘルスの研究座談会
http://ohsakafu-hataraku.org/contents/mental/index.html
一般参加者には専門家レベルの実務家も来て、現在定員増も考えているとのこと。
何が初企画かといえば、最先端でメンタルヘルスに関わる専門家と言われる人たちの論戦である。奥歯にものが挟まれたような講演では、現場のメンタルヘルスにあって、どうすれば良いのかが分からない。結局、社内の素人的判断では無難な線との結論になるから、行きがかりも含めて担当者が困ってしまうのである。責任を取るのは企業であり現場である。そこで、従来の発言しっぱなしのシンポジウムとか、質問程度で終わるセミナーから、一歩踏み込んだものが今回の研究座談会である。今までは企画しようにも、専門家団体の影や流儀が邪魔をして、異なる立場からの同時論戦は難しかった。さらに今回は、未然の質問や意見集約をして、当日は参加者にも発言してもらえる時間をふんだんに設けている。主催者の意向や結論ありきの研究座談会ではないから、日本初企画なのである。
・平成23年10月31日(月曜日)13時から17時まで
・大阪市中央区本町橋 マイドームおおさか(新大阪駅から30分余)
・主催:大阪府産業支援型NPO協議会(一般社団法人)
2011/09/06
第113号
<コンテンツ>
・ほとんどの中小企業も海外進出を迫られるのか?
・個別企業にとって役立つ、時代の経過
・労働コスト削減が、有能幹部も人材も削減、結果、競争力減退
・海外進出、その実態は奈落の底がほとんど
・だから、生活文化型商品産業ならば、
・王制復古や熱狂思想は癒し系と同じ
・未来を担う若者たちの意識変遷
・今の若者は洗脳、マインドコントロール、カルトを拒絶
・おそらく、ここが「新型うつ病」の発生原因
・学卒求人に対しても、今年から変化が
・筆者が取材を受けた。(9月1日朝 読売TV放映)
http://www.youtube.com/watch?v=CiX6ENU-i2M
§ほとんどの中小企業も海外進出を迫られるのか?
といった空洞化リスクの経済論議が浮上してきた。それはこの8月2日、アメリカの国債がデフォルトをやっとのことで回避したかに見えた直後の円高や金地金が高騰によって、大規模投資型産業や模倣型工業製品産業しか視野にない経済評論家や経済学者が、マスコミで言い始めたからだ。マスコミや金融会社から贔屓にされてきたこの人たちは、まるで自らのTVや新聞での出演を守り通すのが、第一目的のような姿に映ってしまう。政府もこれにのってしまったようだ。
生活文化型商品産業や地場産業と結合した量産体制&流通体制でもって、世界の1億人富裕層を相手に、日本経済を組み立てるといった方向性があることすら、考えることが出来ないのかもしれない。リーマンショックの直後に、TVで有名なN教授は、それまでの自らの経済学的考えを反省して退いたのであるが、どちらかといえば、N教授の学んだ経済理論が狭すぎたと言っても過言ではなかったのだ。このN教授の態度は立派だが、筆者も驚き・他山の石と考えて、この4月から大学院に通い始めたのだ。世の中、政策の貧困、哲学の貧困、生活の貧困といったところ、貧すれば鈍するそのものだ。
円はドルに対して、76円台に突入したが、それよりも驚くべきことは金地金が1グラム5,000円を突破しそうになったことだ。1944年ブレトンウッズ協定でドルが世界の基軸通貨となった。1971年のニクソン・ショックとはドルと金地金の交換が停止され、ドルの大量印刷や米国債大量発行の開始である。2008年リーマンショックに続く今年8月5日は、初めての米国債格下げとなったことだ。世界経済基盤の大変化であり、個別企業の経営管理や、個人の家庭生活にまで変化が現れることは、従前の歴史から想定できる。
地震・津波・原発事故が来ることは想定出来なかったというけれども、不測の事態が起こったとしても社会や経済を立て直すためにも経済学や経営学が存在している。数千年の昔から、「災害で潰れた都市はない、政治がしっかりしていないところに災害がきたから潰れた」と伝えられ、それは世界各地の教訓となっている。
§個別企業にとって役立つ、時代の経過
昭和20年は終戦、
ファシズム終焉・米ソ対立での構造転換による経済発展。とりわけ戦前の労働意欲減退、労働生産性低迷を解決するために、労働市場改革と科学的管理法や近代教育が導入された。
昭和47年には、
田中角栄の『日本列島改造論』が出され、国内・地方への経済インフラ充実が急速に図られた。高度経済成長の完成が最終的に行われた。48年オイルショック、55年オイルショックにより、拡大一辺倒から合理的・効率的生産も導入されるに至った。48年は土光臨調の行政改革を官僚に突きつけたものの失敗に終わっている。
昭和61年に前川リポート、
不況とインフレが同時進行するスタグフレーションを終息させる経済政策は常に先送りをされていた。そこで内需拡大の経済政策、新興国からの輸入急増を進めることが始められた。意識的にバブル経済を引き起こし、平成2年(1990年)に終息させたのもこの時期。失われた10年の第1回の始まりである。
平成9年は、
職安法改正と2年後の労働者派遣法改正での、労働コスト削減が始まった。
といったことが歴史年表的には節目が付けられる。だが、個別企業の経営管理役立つのは、その歴史的経過である。ここでも、歴史の波に乗った企業は成功し、乗れなかった企業は消滅した。
平成20年と23年、
リーマンショックと、引き続く米経済債券金融システムの崩壊が始まって、グローバル経済の中で日本が転落している。金融主導の米国市場の需要増が世界経済を主導してきたが、米金融が危機になって世界経済が大打撃を受けることとなった。
昭和61年からの内需拡大政策は、すそ野の中小企業から広範に行っていた半製品調達を、海外の新興国からの輸入に切り替えた。このため採算性の低い下請けから脱出する中小企業が増えてきた。これは新興国からの輸入急増による中小企業単位の削減でもあった。下請協力会も異業種交流会と名称を一新して技術開発を目指すこととなった。女性の社会進出を労働者派遣業システムが支えた。平成2年には、総務部門のアウトソーシング企業が初めて創設(株式会社総務部)され、NHKは特別番組で平成4年に金型製造、IBM人事制度とともに紹介、アウトソーシング業態が一挙に広まった。こういった経過から、中小企業=採算性の低い下請け企業といったイメージから脱却する中小企業が増え、事業規模の大きさ=優良企業といった個別企業のイメージも変化していった。
平成9年からは、大手企業の人件費削減が進められた。これは、昭和55年オイルショックから外注管理が徹底していた中小企業には影響はなかった。当時ほとんどニュースにならなかった職安法改正と労働者派遣法改正は、大手企業のホワイトカラー中高年の人件費削減を職安法の職業紹介システムが、製造部門の人件費削減が派遣社員導入によって、それぞれ一挙に進んだ。ところが、ここには大きな落とし穴があった。
§労働コスト削減が、有能幹部も人材も削減、結果、競争力減退
そもそも労働者派遣業の構想(昭和54年)にしても熟練労働者や女性労働者の就労機会確保が政策の狙いであった。業務請負(昭和61年誕生)も熟練技能者集団が仕事の完成を目的にして受注することにより単純パート労働の生産工程での弊害と雇用不安を解消することが構想であった。ところが、平成9年(1997年)からの労働力需給の規制緩和政策(その始まりは職安法改正、そして2年後の労働者派遣法改悪)は、利回り優先の金融資金の横行(新自由主義)に利用され、日本の製造業現場から技能や技術を排除する労働形態を蔓延させた。それが日本製品の品質低下と高水準サービス排除を引き起こし、日本企業の没落と個人消費の購買力低下の悪循環を蔓延させるに至ったのである。これは格差社会や不安定雇用労働者の増大に留まっている論議どころの事態ではなかった。実に、規制緩和とは法令を甘くするに留まらず、現場での法令違反を取り締まらなかったことが実態であった。したがって、高付加価値製品や高水準サービスを行ってきた企業自身が窮地に陥ってしまったのだ。
はっきり言えることは、日本企業の国際競争力が低下し空洞化を起こしたために日本経済が没落の一途を辿ったのではない。利回り優先の金融資金によって、高付加価値製品や高水準サービスといった経営の、その企業の柱となっていた経営幹部が、大手企業や中堅企業を問わず隅に追いやられ企業外に出された。これによって日本の企業経営管理ノウハウや人材育成ノウハウが日陰ものとされたのだから、イノベーション、経営の倫理的合理性、技術革新が無視されるようになって、日本企業の国際競争力が一挙に失われてしまったところに原因があって、その結果、日本企業の国際的役割低下といった現象が現れているのだ。
§海外進出、その実態は奈落の底がほとんど
したがって、今までのような海外進出を行ったとしても、既に国際競争力を失っている企業であれば、投資の見返りどころか無駄になる。まして海外進出した途端に技術を売り渡してしまう者も出て来る始末で、今日明日の生活の糧すら失ってしまう。「同じ日本人より先に売って金にする」といった退廃的精神の持ち主は、大概が新興国に弄ばれて、捨てられているのが現実だ。投資した資材や資金は現地への無償プレゼント、残ったものを回収することすら出来ないのだ。日本政府も外交が下手だけど、こういった日本人は自らを奴隷として売っているのと同じだ。
だが、これを冷静に科学的にみた場合、大手企業が、こういった奴隷的日本人を養う力量すら失った状態、そこまで大手企業が疲弊したと観るべきなのである。その疲弊ぶりは、国内でのイメージとは裏腹に、海外では多国籍巨大企業の傘下に入るとか、合併の名のもとに吸収されるとかの事例が相次いでいることからもうかがえる。
海外赴任や海外就職の労働者は現地に移民する姿勢がなければ、チヤホヤされたか舞い上がったかは知らないが、こういった時代には相手にされない。それこそ、アメリカに移民してきた多くの人たちのように、先祖はヨーロッパの○○○○出身ですといった具合だ。イギリス人は大英帝国を築く際に多くの植民地を取得していったが、実に権威と名誉をぶら下げて植民地に住みついて、原住民の自治組織を作っていったのだ。フランス人も目立たないように植民地に住みつき、徹底して資源・物資をかき集めフランス本土に送った。アメリカ人は、目立って植民地を確保出来なかったから、資金と軍事力にものを言わせて多国籍企業展開を図った。さて、日本人は今更ながら海外に行って、一体何ができると思っているのだろうか?
空洞化リスクには、こういったものも含まれている、閉鎖的日本人のポピュリズムでは、予想だに出来ないのだ。
§だから、生活文化型商品産業ならば、
地場産業と結合した量産体制&流通体制でもって、世界の1億人富裕層を相手に、日本経済を組み立てるといった方向性が有望であるのだ。経済産業省の官僚が経済政策として打ち出しているのも、そういった方向からである。
もちろん、今後の日本の人口減少や経済構造の変化を考えた上のことである。日本国内に対する投資であるとか経済インフラの整備充実が、今後見込まれないことははっきりしている。生活文化型商品産業で事業を展開するには、生活や感性の文化は欠かせないが、利回り優先の金融資金に依存して経営を行ってきた大手企業の多くは、この生活や感性の文化をほとんど持ち合わせてないのが現実である。だから、そんな大手企業と系列下請中小企業は、自らを奴隷として海外に身売りするしか、事実上経営を続ける道は残っていないのである。
ことに、生活文化型商品産業は地場産業と結合が重要である。まして、地場産業に敵対的態度をとってきた大手企業であれば、なおさら産業転換は難しい。いくら生活だと唱えてみても、単なる食品供給では生活文化型産業とはいえない。昔の配給制度や食糧事務所は、現在のMcハンバーガーとかY牛丼に民営化され、衣替えされている過ぎないことに気づく必要がある。
地場産業と結合その他の条件がそろわないとしても、各類型のアウトソーシング業態で事業を展開することも可能である。専門家集団としての特殊チームが、非科学的水準の低い分野を引き受けて、各地の生活文化型商品産業の量産体制&流通体制を作り上げることなどは、直ぐにでも行なえることのひとつだ。生活文化型商品の萌芽は各地で出ているから、広範囲に集め→広範囲に還元すれば良いことでもある。
生活文化型商品にも、高付加価値製品&高水準サービスは重要であり、生活文化という姿勢がポイントなのである。サービス(含む)を提供する際に、金子みすゞ、相田みつを、オノ・ヨーコとかを朗読することは感性を組み入れることとなり、コンテクスト(Context)は生活文化を組み入れることになるのだ。
筆者が取材を受けた。(9月1日朝 読売TV放映)
http://www.youtube.com/watch?v=CiX6ENU-i2M
「変わった社名特集」の放映を見て、時代を感じた。それは社名とその由来だ。
株式会社 総務部……機能(工業文化)系の社名
株式会社 △□○(みよまる)……生活文化系
株式会社 ギュギュギュギュギュイーン……感性文化系、であると。
(前号メルマガで生活文化型商品を解説)
§王制復古や熱狂思想は癒し系と同じ
だが、日本の現状を憂慮してかも知れないが、古典的思考の真髄や本質を勝手に解釈、ただ短絡的に昔の日本的経営を賛美するとか、古来日本の思想にもとづく経営姿勢の論議であるとか、「維新?」の熱病的イメージを持ち出すとか、創業者や創業当時の社是社訓を引き出すとか、その他根拠のない事柄を心のよりどころにするといった傾向が、経済界では大流行になりつつある。まるで新自由主義者が10数年前に、アダム・スミスの思考を都合よく歪曲して崇拝した思索と方法は同じである。思索には一貫性と事実一致性の両視点が不可欠であるが、この両視点も歴史背景も無視して、古典的語句を断片的に利用するにすぎない。
これは、イノベーション、技術革新、経営の倫理的合理性を忘れてしまったか、あるいは無視を決め込んでいる現在主流の経営幹部に対する、「受けを良くするため」の現代的ポピュリズム(視聴者読者への迎合)と診るべきである。仮にも、無難な線を選択した学説なのかもしれないが、それは人類の英知である科学的分析とは無縁であり、迷信や世間体で人心を惑わす手法と言っても過言ではない。
とりわけ、グローバル展開と言われる時代にあっては、その曲がりなりにも社会共同体(自由平等を現世のものとするための手段)を形成する思索が主流となっている。これと相反する世間体であるとか個人を集団にひれ伏させる組織優先生活などを選択するわけにはいかない。グローバル基準のイノベーションには、社会共同体形成を妨害する勢力への徹底抗戦といった大義名分も含まれているとの認識が必要である。
§未来を担う若者たちの意識変遷
(1)戦争世代の青年たちは、高度経済成長を迎え邁進した時期に物質経済的な豊かさを渇望し、怒涛のごとき集団行動が正義であると考えていたと言える。
(2)その後団塊の世代が青年の頃は貪欲で物質優先の社会経済に不合理を見いだし、矛盾解消や不正防止あるいは企業活動の社会合理性を主張する中での、生活の豊かさや生きざまを集団として追求することを正義として主張したと言える。
(3)そして今の中若年層たちは、企業組織を守るためと称して個人の基本的人権や自由が侵害され、様々な美名や大義名分の虚構に対する刹那と貧困化と病を抱えているようなもの、もちろんそこに正義を実感しているとは思えないと言えるのである。
注目を要するのは、正社員における、産業別にメンタルヘルスに問題を抱えている存在率が高いのは、医療福祉が76.6%、次いで情報通信業の73.0%、製造業の67.9%といった事態である。情報通信産業は対策をとっているにも関わらず正社員の1ヵ月以上休職が圧倒的に多い。
§今の若者は洗脳、マインドコントロール、カルトを拒絶
文化的背景や労働意欲の向上には、規則や社内納得性よりもリーダーシップが大きな影響を及ぼす。ここをシビアに分析してみると、幸いなことに、過去に何気なく受け入れられてきた洗脳、マインドコントロール、カルトといった、これら世間体の上に立脚した手法が、中若年層は見破り拒絶するに至っている。
洗脳とは:精神的物理的に脅迫して、その状況で新しい思想を納得したかのように植えつけること。「友達がなくなるぞ」とか「皆のひんしゅくをかうぞ!」と繰り返す程度でも洗脳は成り立ち、職場内でもリーダーシップと称して相当横行している。
マインドコントロールとは:様々な感情の揺さぶり行為を用いて、感情が揺さぶられたところで、特異な記憶や思想を生じさせること。日本では広く何気なく行われている。
カルトとは:道理も合理的な理由もなく、他人を精神的物理的に抑圧すること。洗脳、マインドコントロールがカルト集団の構成員末端にまで浸透しているとは限らない。(これがカルトとの境界線を曖昧にしている)社会一般であれば避難をすることで自己防衛できるのだが、職場内での権力欲的「仕切り」のグループ、陰湿な宗教活動、経営者の宗教的支配などに遭遇し、多数の被害を受けているのが現代若年層の特徴でもある。
幸いなことに日本の教育水準の高さのおかげで若年層に至るほど、文化や意欲を崩壊させる、こういった手練手管のチェックも出来つつある。真実を追求するための、「論理構成の一貫性及び事実との一致性」を意識してのものの見方も訓練養成されつつある。
§おそらく、ここが「新型うつ病」の発生原因
洗脳、マインドコントロール、カルトといった手法は、大なり小なり、従来から理想とされた工業文化型商品産業を前提とした、人事労務管理手法の中に含まれていたのである。洗脳というイメージは、広辞苑に「新しい思想を繰り返し教え込んで、それまでの思想を改めさせること」と掲載されているほどに、日本では非難をされるものではなかった。企業でも労働組合その他でも、昔は良くやっていたのだ。マインドコントロールは、体育会系企業の主要な管理手法である。カルトは、企業が官僚化すれば、事実上の監督職(職場ボスを含む)が保身のために(猿でも)使う手口である。
上意下達による人事労務管理の論理は崩壊、工業文化型商品産業の経営管理論は全面見直しを迫られている。いくら従業員の声に耳を傾けるとして論理構成の組み換えを行ったとしても、肝心の若者たちにその応対意思がないのである。終戦直後あたりの社是社訓に表されているような古典的経営哲学をいくら力説しても、それでは若者が働かなくなるから、労働意欲の面から一挙に事業縮小せざるを得なくなる。王政復古そのものの様にファンダメンタル的教条主義を愛好することも、事実、経営者の間で流行している。が、これこそカルトや洗脳と受け止められ、これではイノベーションに頭打ちを招くことは明らかである。
事態はそればかりではない。新型うつ病の特徴は、若年層に発生、自分自身への愛着、回避と他人非難、うつ病診断に超協力的、治療薬は部分的効果である、とされている。その他現象面としては、人事異動をすれば治るケースが多い。週末には元気になる人も多い。正社員に発症が多い。うつ病の知識が豊富といったものである。
すなわち、墜落しつつある工業文化型商品産業に、内部から精神的に抵抗して、「医学的なうつ病」と称してサボタージュやレジスタンスが、山猫ストの様に発生していると見た方が妥当なのだ。
1.筆者も、いくつもの個別企業の現象面を見ていると、
2.従来型の業務遂行をだらだら行っている職場に、
3.まず最初に返事や賛成はするがサボるものが出始める、
4.サボりが蔓延する中で中間管理職がムキになる、
5.賢そうな若者から順にうつ病の診断書を持ってくる、
6.人事部門としては診断書が出れば対応するしかない、
7.ラインの業務改善が進むと急に新型うつ病がなくなる、
といったステップが一般的のようだ。辞めたらしまいといった意識の強い派遣や非正規社員に、新型うつ病はめったにない。
§学卒求人に対しても、今年から変化が
筆者は、30年以上も労働力需給、いわゆる募集採用から退職までの個別企業のシステムにかかる仕事をしてきた。ところが、この春からに限っては急激な変化が生まれている。求人側は、良い学生を採用しようと、この際躍起になっている。ところが、大学3回生あたりから就職活動を始めるにあたって、“学生が企業を選ぶ”傾向が圧倒的である。
昔から、就職がいやで大学院に進学・逃避した者はいるのだが、有名無名の大学を問わず、自分にマイナスになる会社への就職はしない、生活のためであれば派遣社員や非正規で十分と考えているのだ。学生の側から、採用担当者をチェック、企業の将来性をチェック、コンプライアンスに反する仕事のチェック、職場の精神的圧迫の存在をチェックしているとのことだ。洗脳、マインドコントロール、カルトを拒絶する新鮮な感覚でこれを行っている。
これに対して企業側は、生活のために就職するだろうと、根拠もなくタカをくくっている。それが採用担当者の表情に現れるから、益々有能な学生から敬遠される。昔バブルの頃は、ゼミの学生をひとり捕まえ、1万円の交通費でゼミごと学生を説明会に釣ってきた。就職応募者数で人事採用部門は誉められた。今は、有能な学生をと命じられても集められないのが現実だ。学生のランクを下げて集めはするが、そこに会社の将来を確信して仕事をしている人事採用部門は存在しない。…大学進学率は約50%だから、カッコはなんとでもつけられる。
マスコミも厚生労働省も、こういった変化に気づいていない。
それは、若者は苦労してない、ハングリーにかける、生活が豊かになった、といった現代的ポピュリズムに安住しているから、こういった数千年前からのレトリックを使い続けているのだ。地位を保つには大衆の評判がなによりも最優先であるから、彼らなりの保身という就活に必死なのだ。
・ほとんどの中小企業も海外進出を迫られるのか?
・個別企業にとって役立つ、時代の経過
・労働コスト削減が、有能幹部も人材も削減、結果、競争力減退
・海外進出、その実態は奈落の底がほとんど
・だから、生活文化型商品産業ならば、
・王制復古や熱狂思想は癒し系と同じ
・未来を担う若者たちの意識変遷
・今の若者は洗脳、マインドコントロール、カルトを拒絶
・おそらく、ここが「新型うつ病」の発生原因
・学卒求人に対しても、今年から変化が
・筆者が取材を受けた。(9月1日朝 読売TV放映)
http://www.youtube.com/watch?v=CiX6ENU-i2M
§ほとんどの中小企業も海外進出を迫られるのか?
といった空洞化リスクの経済論議が浮上してきた。それはこの8月2日、アメリカの国債がデフォルトをやっとのことで回避したかに見えた直後の円高や金地金が高騰によって、大規模投資型産業や模倣型工業製品産業しか視野にない経済評論家や経済学者が、マスコミで言い始めたからだ。マスコミや金融会社から贔屓にされてきたこの人たちは、まるで自らのTVや新聞での出演を守り通すのが、第一目的のような姿に映ってしまう。政府もこれにのってしまったようだ。
生活文化型商品産業や地場産業と結合した量産体制&流通体制でもって、世界の1億人富裕層を相手に、日本経済を組み立てるといった方向性があることすら、考えることが出来ないのかもしれない。リーマンショックの直後に、TVで有名なN教授は、それまでの自らの経済学的考えを反省して退いたのであるが、どちらかといえば、N教授の学んだ経済理論が狭すぎたと言っても過言ではなかったのだ。このN教授の態度は立派だが、筆者も驚き・他山の石と考えて、この4月から大学院に通い始めたのだ。世の中、政策の貧困、哲学の貧困、生活の貧困といったところ、貧すれば鈍するそのものだ。
円はドルに対して、76円台に突入したが、それよりも驚くべきことは金地金が1グラム5,000円を突破しそうになったことだ。1944年ブレトンウッズ協定でドルが世界の基軸通貨となった。1971年のニクソン・ショックとはドルと金地金の交換が停止され、ドルの大量印刷や米国債大量発行の開始である。2008年リーマンショックに続く今年8月5日は、初めての米国債格下げとなったことだ。世界経済基盤の大変化であり、個別企業の経営管理や、個人の家庭生活にまで変化が現れることは、従前の歴史から想定できる。
地震・津波・原発事故が来ることは想定出来なかったというけれども、不測の事態が起こったとしても社会や経済を立て直すためにも経済学や経営学が存在している。数千年の昔から、「災害で潰れた都市はない、政治がしっかりしていないところに災害がきたから潰れた」と伝えられ、それは世界各地の教訓となっている。
§個別企業にとって役立つ、時代の経過
昭和20年は終戦、
ファシズム終焉・米ソ対立での構造転換による経済発展。とりわけ戦前の労働意欲減退、労働生産性低迷を解決するために、労働市場改革と科学的管理法や近代教育が導入された。
昭和47年には、
田中角栄の『日本列島改造論』が出され、国内・地方への経済インフラ充実が急速に図られた。高度経済成長の完成が最終的に行われた。48年オイルショック、55年オイルショックにより、拡大一辺倒から合理的・効率的生産も導入されるに至った。48年は土光臨調の行政改革を官僚に突きつけたものの失敗に終わっている。
昭和61年に前川リポート、
不況とインフレが同時進行するスタグフレーションを終息させる経済政策は常に先送りをされていた。そこで内需拡大の経済政策、新興国からの輸入急増を進めることが始められた。意識的にバブル経済を引き起こし、平成2年(1990年)に終息させたのもこの時期。失われた10年の第1回の始まりである。
平成9年は、
職安法改正と2年後の労働者派遣法改正での、労働コスト削減が始まった。
といったことが歴史年表的には節目が付けられる。だが、個別企業の経営管理役立つのは、その歴史的経過である。ここでも、歴史の波に乗った企業は成功し、乗れなかった企業は消滅した。
平成20年と23年、
リーマンショックと、引き続く米経済債券金融システムの崩壊が始まって、グローバル経済の中で日本が転落している。金融主導の米国市場の需要増が世界経済を主導してきたが、米金融が危機になって世界経済が大打撃を受けることとなった。
昭和61年からの内需拡大政策は、すそ野の中小企業から広範に行っていた半製品調達を、海外の新興国からの輸入に切り替えた。このため採算性の低い下請けから脱出する中小企業が増えてきた。これは新興国からの輸入急増による中小企業単位の削減でもあった。下請協力会も異業種交流会と名称を一新して技術開発を目指すこととなった。女性の社会進出を労働者派遣業システムが支えた。平成2年には、総務部門のアウトソーシング企業が初めて創設(株式会社総務部)され、NHKは特別番組で平成4年に金型製造、IBM人事制度とともに紹介、アウトソーシング業態が一挙に広まった。こういった経過から、中小企業=採算性の低い下請け企業といったイメージから脱却する中小企業が増え、事業規模の大きさ=優良企業といった個別企業のイメージも変化していった。
平成9年からは、大手企業の人件費削減が進められた。これは、昭和55年オイルショックから外注管理が徹底していた中小企業には影響はなかった。当時ほとんどニュースにならなかった職安法改正と労働者派遣法改正は、大手企業のホワイトカラー中高年の人件費削減を職安法の職業紹介システムが、製造部門の人件費削減が派遣社員導入によって、それぞれ一挙に進んだ。ところが、ここには大きな落とし穴があった。
§労働コスト削減が、有能幹部も人材も削減、結果、競争力減退
そもそも労働者派遣業の構想(昭和54年)にしても熟練労働者や女性労働者の就労機会確保が政策の狙いであった。業務請負(昭和61年誕生)も熟練技能者集団が仕事の完成を目的にして受注することにより単純パート労働の生産工程での弊害と雇用不安を解消することが構想であった。ところが、平成9年(1997年)からの労働力需給の規制緩和政策(その始まりは職安法改正、そして2年後の労働者派遣法改悪)は、利回り優先の金融資金の横行(新自由主義)に利用され、日本の製造業現場から技能や技術を排除する労働形態を蔓延させた。それが日本製品の品質低下と高水準サービス排除を引き起こし、日本企業の没落と個人消費の購買力低下の悪循環を蔓延させるに至ったのである。これは格差社会や不安定雇用労働者の増大に留まっている論議どころの事態ではなかった。実に、規制緩和とは法令を甘くするに留まらず、現場での法令違反を取り締まらなかったことが実態であった。したがって、高付加価値製品や高水準サービスを行ってきた企業自身が窮地に陥ってしまったのだ。
はっきり言えることは、日本企業の国際競争力が低下し空洞化を起こしたために日本経済が没落の一途を辿ったのではない。利回り優先の金融資金によって、高付加価値製品や高水準サービスといった経営の、その企業の柱となっていた経営幹部が、大手企業や中堅企業を問わず隅に追いやられ企業外に出された。これによって日本の企業経営管理ノウハウや人材育成ノウハウが日陰ものとされたのだから、イノベーション、経営の倫理的合理性、技術革新が無視されるようになって、日本企業の国際競争力が一挙に失われてしまったところに原因があって、その結果、日本企業の国際的役割低下といった現象が現れているのだ。
§海外進出、その実態は奈落の底がほとんど
したがって、今までのような海外進出を行ったとしても、既に国際競争力を失っている企業であれば、投資の見返りどころか無駄になる。まして海外進出した途端に技術を売り渡してしまう者も出て来る始末で、今日明日の生活の糧すら失ってしまう。「同じ日本人より先に売って金にする」といった退廃的精神の持ち主は、大概が新興国に弄ばれて、捨てられているのが現実だ。投資した資材や資金は現地への無償プレゼント、残ったものを回収することすら出来ないのだ。日本政府も外交が下手だけど、こういった日本人は自らを奴隷として売っているのと同じだ。
だが、これを冷静に科学的にみた場合、大手企業が、こういった奴隷的日本人を養う力量すら失った状態、そこまで大手企業が疲弊したと観るべきなのである。その疲弊ぶりは、国内でのイメージとは裏腹に、海外では多国籍巨大企業の傘下に入るとか、合併の名のもとに吸収されるとかの事例が相次いでいることからもうかがえる。
海外赴任や海外就職の労働者は現地に移民する姿勢がなければ、チヤホヤされたか舞い上がったかは知らないが、こういった時代には相手にされない。それこそ、アメリカに移民してきた多くの人たちのように、先祖はヨーロッパの○○○○出身ですといった具合だ。イギリス人は大英帝国を築く際に多くの植民地を取得していったが、実に権威と名誉をぶら下げて植民地に住みついて、原住民の自治組織を作っていったのだ。フランス人も目立たないように植民地に住みつき、徹底して資源・物資をかき集めフランス本土に送った。アメリカ人は、目立って植民地を確保出来なかったから、資金と軍事力にものを言わせて多国籍企業展開を図った。さて、日本人は今更ながら海外に行って、一体何ができると思っているのだろうか?
空洞化リスクには、こういったものも含まれている、閉鎖的日本人のポピュリズムでは、予想だに出来ないのだ。
§だから、生活文化型商品産業ならば、
地場産業と結合した量産体制&流通体制でもって、世界の1億人富裕層を相手に、日本経済を組み立てるといった方向性が有望であるのだ。経済産業省の官僚が経済政策として打ち出しているのも、そういった方向からである。
もちろん、今後の日本の人口減少や経済構造の変化を考えた上のことである。日本国内に対する投資であるとか経済インフラの整備充実が、今後見込まれないことははっきりしている。生活文化型商品産業で事業を展開するには、生活や感性の文化は欠かせないが、利回り優先の金融資金に依存して経営を行ってきた大手企業の多くは、この生活や感性の文化をほとんど持ち合わせてないのが現実である。だから、そんな大手企業と系列下請中小企業は、自らを奴隷として海外に身売りするしか、事実上経営を続ける道は残っていないのである。
ことに、生活文化型商品産業は地場産業と結合が重要である。まして、地場産業に敵対的態度をとってきた大手企業であれば、なおさら産業転換は難しい。いくら生活だと唱えてみても、単なる食品供給では生活文化型産業とはいえない。昔の配給制度や食糧事務所は、現在のMcハンバーガーとかY牛丼に民営化され、衣替えされている過ぎないことに気づく必要がある。
地場産業と結合その他の条件がそろわないとしても、各類型のアウトソーシング業態で事業を展開することも可能である。専門家集団としての特殊チームが、非科学的水準の低い分野を引き受けて、各地の生活文化型商品産業の量産体制&流通体制を作り上げることなどは、直ぐにでも行なえることのひとつだ。生活文化型商品の萌芽は各地で出ているから、広範囲に集め→広範囲に還元すれば良いことでもある。
生活文化型商品にも、高付加価値製品&高水準サービスは重要であり、生活文化という姿勢がポイントなのである。サービス(含む)を提供する際に、金子みすゞ、相田みつを、オノ・ヨーコとかを朗読することは感性を組み入れることとなり、コンテクスト(Context)は生活文化を組み入れることになるのだ。
筆者が取材を受けた。(9月1日朝 読売TV放映)
http://www.youtube.com/watch?v=CiX6ENU-i2M
「変わった社名特集」の放映を見て、時代を感じた。それは社名とその由来だ。
株式会社 総務部……機能(工業文化)系の社名
株式会社 △□○(みよまる)……生活文化系
株式会社 ギュギュギュギュギュイーン……感性文化系、であると。
(前号メルマガで生活文化型商品を解説)
§王制復古や熱狂思想は癒し系と同じ
だが、日本の現状を憂慮してかも知れないが、古典的思考の真髄や本質を勝手に解釈、ただ短絡的に昔の日本的経営を賛美するとか、古来日本の思想にもとづく経営姿勢の論議であるとか、「維新?」の熱病的イメージを持ち出すとか、創業者や創業当時の社是社訓を引き出すとか、その他根拠のない事柄を心のよりどころにするといった傾向が、経済界では大流行になりつつある。まるで新自由主義者が10数年前に、アダム・スミスの思考を都合よく歪曲して崇拝した思索と方法は同じである。思索には一貫性と事実一致性の両視点が不可欠であるが、この両視点も歴史背景も無視して、古典的語句を断片的に利用するにすぎない。
これは、イノベーション、技術革新、経営の倫理的合理性を忘れてしまったか、あるいは無視を決め込んでいる現在主流の経営幹部に対する、「受けを良くするため」の現代的ポピュリズム(視聴者読者への迎合)と診るべきである。仮にも、無難な線を選択した学説なのかもしれないが、それは人類の英知である科学的分析とは無縁であり、迷信や世間体で人心を惑わす手法と言っても過言ではない。
とりわけ、グローバル展開と言われる時代にあっては、その曲がりなりにも社会共同体(自由平等を現世のものとするための手段)を形成する思索が主流となっている。これと相反する世間体であるとか個人を集団にひれ伏させる組織優先生活などを選択するわけにはいかない。グローバル基準のイノベーションには、社会共同体形成を妨害する勢力への徹底抗戦といった大義名分も含まれているとの認識が必要である。
§未来を担う若者たちの意識変遷
(1)戦争世代の青年たちは、高度経済成長を迎え邁進した時期に物質経済的な豊かさを渇望し、怒涛のごとき集団行動が正義であると考えていたと言える。
(2)その後団塊の世代が青年の頃は貪欲で物質優先の社会経済に不合理を見いだし、矛盾解消や不正防止あるいは企業活動の社会合理性を主張する中での、生活の豊かさや生きざまを集団として追求することを正義として主張したと言える。
(3)そして今の中若年層たちは、企業組織を守るためと称して個人の基本的人権や自由が侵害され、様々な美名や大義名分の虚構に対する刹那と貧困化と病を抱えているようなもの、もちろんそこに正義を実感しているとは思えないと言えるのである。
注目を要するのは、正社員における、産業別にメンタルヘルスに問題を抱えている存在率が高いのは、医療福祉が76.6%、次いで情報通信業の73.0%、製造業の67.9%といった事態である。情報通信産業は対策をとっているにも関わらず正社員の1ヵ月以上休職が圧倒的に多い。
§今の若者は洗脳、マインドコントロール、カルトを拒絶
文化的背景や労働意欲の向上には、規則や社内納得性よりもリーダーシップが大きな影響を及ぼす。ここをシビアに分析してみると、幸いなことに、過去に何気なく受け入れられてきた洗脳、マインドコントロール、カルトといった、これら世間体の上に立脚した手法が、中若年層は見破り拒絶するに至っている。
洗脳とは:精神的物理的に脅迫して、その状況で新しい思想を納得したかのように植えつけること。「友達がなくなるぞ」とか「皆のひんしゅくをかうぞ!」と繰り返す程度でも洗脳は成り立ち、職場内でもリーダーシップと称して相当横行している。
マインドコントロールとは:様々な感情の揺さぶり行為を用いて、感情が揺さぶられたところで、特異な記憶や思想を生じさせること。日本では広く何気なく行われている。
カルトとは:道理も合理的な理由もなく、他人を精神的物理的に抑圧すること。洗脳、マインドコントロールがカルト集団の構成員末端にまで浸透しているとは限らない。(これがカルトとの境界線を曖昧にしている)社会一般であれば避難をすることで自己防衛できるのだが、職場内での権力欲的「仕切り」のグループ、陰湿な宗教活動、経営者の宗教的支配などに遭遇し、多数の被害を受けているのが現代若年層の特徴でもある。
幸いなことに日本の教育水準の高さのおかげで若年層に至るほど、文化や意欲を崩壊させる、こういった手練手管のチェックも出来つつある。真実を追求するための、「論理構成の一貫性及び事実との一致性」を意識してのものの見方も訓練養成されつつある。
§おそらく、ここが「新型うつ病」の発生原因
洗脳、マインドコントロール、カルトといった手法は、大なり小なり、従来から理想とされた工業文化型商品産業を前提とした、人事労務管理手法の中に含まれていたのである。洗脳というイメージは、広辞苑に「新しい思想を繰り返し教え込んで、それまでの思想を改めさせること」と掲載されているほどに、日本では非難をされるものではなかった。企業でも労働組合その他でも、昔は良くやっていたのだ。マインドコントロールは、体育会系企業の主要な管理手法である。カルトは、企業が官僚化すれば、事実上の監督職(職場ボスを含む)が保身のために(猿でも)使う手口である。
上意下達による人事労務管理の論理は崩壊、工業文化型商品産業の経営管理論は全面見直しを迫られている。いくら従業員の声に耳を傾けるとして論理構成の組み換えを行ったとしても、肝心の若者たちにその応対意思がないのである。終戦直後あたりの社是社訓に表されているような古典的経営哲学をいくら力説しても、それでは若者が働かなくなるから、労働意欲の面から一挙に事業縮小せざるを得なくなる。王政復古そのものの様にファンダメンタル的教条主義を愛好することも、事実、経営者の間で流行している。が、これこそカルトや洗脳と受け止められ、これではイノベーションに頭打ちを招くことは明らかである。
事態はそればかりではない。新型うつ病の特徴は、若年層に発生、自分自身への愛着、回避と他人非難、うつ病診断に超協力的、治療薬は部分的効果である、とされている。その他現象面としては、人事異動をすれば治るケースが多い。週末には元気になる人も多い。正社員に発症が多い。うつ病の知識が豊富といったものである。
すなわち、墜落しつつある工業文化型商品産業に、内部から精神的に抵抗して、「医学的なうつ病」と称してサボタージュやレジスタンスが、山猫ストの様に発生していると見た方が妥当なのだ。
1.筆者も、いくつもの個別企業の現象面を見ていると、
2.従来型の業務遂行をだらだら行っている職場に、
3.まず最初に返事や賛成はするがサボるものが出始める、
4.サボりが蔓延する中で中間管理職がムキになる、
5.賢そうな若者から順にうつ病の診断書を持ってくる、
6.人事部門としては診断書が出れば対応するしかない、
7.ラインの業務改善が進むと急に新型うつ病がなくなる、
といったステップが一般的のようだ。辞めたらしまいといった意識の強い派遣や非正規社員に、新型うつ病はめったにない。
§学卒求人に対しても、今年から変化が
筆者は、30年以上も労働力需給、いわゆる募集採用から退職までの個別企業のシステムにかかる仕事をしてきた。ところが、この春からに限っては急激な変化が生まれている。求人側は、良い学生を採用しようと、この際躍起になっている。ところが、大学3回生あたりから就職活動を始めるにあたって、“学生が企業を選ぶ”傾向が圧倒的である。
昔から、就職がいやで大学院に進学・逃避した者はいるのだが、有名無名の大学を問わず、自分にマイナスになる会社への就職はしない、生活のためであれば派遣社員や非正規で十分と考えているのだ。学生の側から、採用担当者をチェック、企業の将来性をチェック、コンプライアンスに反する仕事のチェック、職場の精神的圧迫の存在をチェックしているとのことだ。洗脳、マインドコントロール、カルトを拒絶する新鮮な感覚でこれを行っている。
これに対して企業側は、生活のために就職するだろうと、根拠もなくタカをくくっている。それが採用担当者の表情に現れるから、益々有能な学生から敬遠される。昔バブルの頃は、ゼミの学生をひとり捕まえ、1万円の交通費でゼミごと学生を説明会に釣ってきた。就職応募者数で人事採用部門は誉められた。今は、有能な学生をと命じられても集められないのが現実だ。学生のランクを下げて集めはするが、そこに会社の将来を確信して仕事をしている人事採用部門は存在しない。…大学進学率は約50%だから、カッコはなんとでもつけられる。
マスコミも厚生労働省も、こういった変化に気づいていない。
それは、若者は苦労してない、ハングリーにかける、生活が豊かになった、といった現代的ポピュリズムに安住しているから、こういった数千年前からのレトリックを使い続けているのだ。地位を保つには大衆の評判がなによりも最優先であるから、彼らなりの保身という就活に必死なのだ。
2011/08/09
第112号
<コンテンツ>
・形を変えて、新たな世界経済危機の波
・経済恐慌から「守りを固める体制づくり」
・この三つの守りを固める実行ポイントは、
・現時点、日本ならではの経済環境
・生活文化型商品産業へのシフト・育成の促進
・緊急対策:適格退職年金制度の廃止(財務基盤)
・【書評】『「新しい働き方」が出来る人の時代』(三笠書房)
§形を変えて、新たな世界経済危機の波
がやってきた。2008年のリーマンショック以来のものだ。報道はアメリカの国債がデフォルトと流すが、要するに米国債の一部が払い戻されない(不渡り)危機が8月2日に迫っていたのだ。リーマンショック(4ヵ月前に金融筋から投資引揚情報のみ)と異なり、2ヵ月前から危機の予測情報が流れ(日本の大手マスコミは無報道)たことと、その舞台がアメリカ議会であったことが、世界的に対策をとる余裕がほんの少しあったといえる。日本でも報道されたようにショックやクライシスは、かろうじて回避されたものの、やはり、経済分析数値の下落は如実に現われている。アメリカ政府もそうだが、経済悪化の時代には統計指標改善の名目で経済を良く見せようとするのは常套手段である。米国の失業率は9.2%程度と発表されるが、1993年の計算方法だと約20%前後のようだ。金融相場に良い影響が出るように金融界や政府は経済分析を行っていると疑われているが、にも関わらずこの経済分析数値だ。
株価や為替レートはそれなりに相場操作性があるから参考程度にしかならないが、相場操作性の低い金価格は急上昇、金先物も史上最高値だ。日本の金地金価格は1グラム当たり、リーマンショック半年前の3,400円程から、この1ヵ月ほどでも434円値上がり、8月9日現在は4,545円程に達している。ショックにならなかったからマスコミは今になって記事にはしているが、経済問題としては深刻な方向に転落しているのだ。
一説に、日本の地震・津波・原発がなかったとすれば、ドルの下落はさらに激しく、円相場1ドル60円程度になっていたとの予測がある。1ドル76円台までになった円相場を1ドル80円まで、史上最大資金での買い支えを日本単独ででも行わざるを得ないほど、日本経済へのボディブローは深刻なのだ。
リーマンショックの時点でさえ、2007年の経済数値水準に回復するのに、20~30年を要すると言われていたところへ、このアメリカ国債の債務問題である。ちなみに、有名な投機筋であったジョージ・ソロスは、これまでにも投機額を大幅に減らしてきたが、先月、自分のヘッジファンドをたたむとの情報だ。ところが、日本の大手も地銀もが、中堅・中小企業への貸付業務での営業マンの手間と煩わしい作業を「合理化?」したつもりで、多額のアメリカ国債を、そのまま保有しているのだ、貸出利息が手間いらずに稼げたといった理由で。
よって、「資金調達→資本投下→事業計画→資本回収」といった一辺倒な企業経営しか知らない人たちにとっては、顔を青ざめる事態となっているのだ。だが、黙々と上意下達・官僚的企業運営を行ってきた人たちにとっては、青ざめる事態に気づく由もない。
§経済恐慌から「守りを固める体制づくり」
ここに人事・総務部門の大仕事がある。日本経済は、間違いなく縮小均衡に向かって行く。ただしそれは、大手企業とその連携関係にある企業が主である。それは、大手以外の個別企業や圧倒的多くの個人は、既に縮小均衡を行っているからだ、自律的か他律的かを問わないが。それはミクロ経済を持ち出して合理的判断に基づいたとして行動を起こすことが予想される。すなわち、何とか販路拡大、海外進出、コスト削減、震災復興さえすれば持ちこたえられると夢みていた大手企業が、一斉にリストラ(本来的な意味で首切りだけではない)を行うということだ。現に、大手企業では工場閉鎖の時期をいつにするかの検討を水面下で入っているところも多い。
だから、この状況に対応する大仕事があるのだ。そのポイントは三つ。
1.財務基盤
昔の人は銀行との付き合いしか思い浮かばないが、いま必要なのは現金を守る具体策である。在庫整理に留まらず現金を節約出来る大枠的な在庫の流れを編成し直すことである。新しい仕入と在庫編成を行うことが出来る人事と人員の配置である。負債を圧縮するのはもちろんであり、必要に迫られる程度では危機を脱することにはならないから積極性が発揮出来る人事を先取りすることである。
2.事業基盤
設備を削減することである。それも大胆に行わなければ効果がないから、本社移転とか本社ビルの貸出は重要な検討課題である。工場移転や閉鎖も、いつ何時のことを考えておかなければならない。不得手な仕事を個別企業内で行うことも基盤を揺るがすから、いち早くアウトソーシングを行って効率を高めるとともに不毛消耗的な労働事件を未然防止する必要がある。すなわち、長期コストを削減することだ。
ただし、アウトソーシングは、そもそも不得手な課業に関わることであるから、品質・納期・コストについて外部専門家(当社も人事業務専門であるから良く知っているのだが)に診断してもらわないと、外注業者に騙され乗せられているケースが後をたたない。とりわけ、給与計算などの場合は表面化していない不都合なケース(素人業者だから気づかない)が目立っており、社会保険労務士でも事業主責任をとらない者も実在をする。(当社の業務であるから良く知っているのだが)。
3.売り上げ基盤
開発の根底に、人事総務部門もひと役買う必要がある。難しくいえば、「社会合理性との整合性を保った商品開発」である。すなわち、商品を小分けにすることによって小家族向けの商品開発をするが、単位当たりの利益率は向上しており、だとしても顧客から喜ばれている売り方である。少量販売のシステムを作って、単位当たりの利益率を向上させ売り上げを伸ばす方法である。「顧客ニーズに応じて」とは大義名分で、そこまで顧客は新商品を考えてくれるものではない。サービスや作業仕様書の業務改善を図り、顧客との連携で良い実績を残す姿勢である。こういった事は、右肩上がりの時代には金銭解決でごまかせたから必要なかった。
だが、それが出来なくなった今、営業販売部門や渉外担当者の課題だとの発想になるのだが(ここまでは素人でも考える)、元来こういった方法は手間がかかるから営業部門等からの根強い抵抗とサボりが繰り返される現実が待っている。研修や教育を施したところで、営業販売部門は部門長を先頭に無関心を貫くから、そういって先送りしているうちに販売実績がダウンして倒産するのだ。営業販売部門に任せれば、単なる安売りに陥ってしまうだけでもある。そういった戦略での教育・訓練・採用に人事総務部門が主役となるわけだ。1929年の世界大恐慌の際、IBMは人材確保の人事制度を先行させ事務機器業界で優位に躍り出た。GEは、工業用大型発電機からミキサーや洗濯機などの小型家電の量産に入った。クライスラーは高速道路が整備されるのを見越してスポーツカーの生産を始めた。当時これらの商品すべて、顧客のニーズはなかったどころか、顧客は思いつきもしなかったのだ。だから、上からの経営方針を実施するためなので人事総務部門の役割なのだ。
§この三つの守りを固める実行ポイントは、
1929年の世界大恐慌から脱出した企業が、当時とった作戦の集大成である。
もちろん、従業員の賛同を得なければならない時代であるから、労働基準法、労働契約法に照らして合法的であるように人員配置や制度を駆使しなければならない。法律の条文にとらわれていると、時代変化についていけない硬直した考え方になってしまう。まして、「常識?」をもとに実は法律に書いていないような事柄を連想して法律だと錯覚するのは、専門家でも失敗するところであるから注意が必要だ。要するに、法律とは、立法趣旨をよく踏まえてから解釈するものであり、国側の秩序形成の道具であるから、字面を読んでいるだけでは個別企業の守りを固めるためには、資することがないのである。
まずは守りを固めるためにイノベーションを考え、将来の方向性も念頭に置きながらイノベーションを考え、中途半端な妥協や支出を伴う経過措置を根拠のない恐怖感から行動せず、成功のコツである明確なイノベーションの旗色を鮮明にして実行することである。
また、若干景気が伸びるときは回復基調のコントロール、減退するときは低成長のコントロール→との早い切り替えが出来る体制と能力養成も、人事総務部門が段取りと準備をしなければならない。これらは、社長ひとりの出来る仕事ではないからだ。この経済危機においては、個別企業の古い慣習が命取りになる。
こういった守りを固める方法は十分実施可能であり、それが出来ないような人材能力と組織的制約が存在する企業ようであれば、それは今の時代に耐えられないから、それこそ本来の意味でのリストラが必要である。銀行が事実上の株主となっている個別企業であっても、それなりの負債圧縮方法はあるから、もう銀行融資を恐れることは無い。
場違いや的外れな情報や学説は経済条件が異なるので注意が必要だ。筆者もさまざま調べてみたが以上の研究がいちばん高水準であった。今話題のドラッガー経営理論は1946年発表、これは端的にいえば、第二次大戦直後のアメリカで、「官僚的企業が上意下達一辺倒により立ち直れなかった企業が、上からマネジメントに関して官僚的意識を排除し近代経営を図ろう」というものだ。いまや官僚的事業経営が根本から問われているのだ。ICT産業革命の基盤であるサイバネティックス=コンピューター理論発明(ウィーナー)は1948年である。何れも世界経済恐慌から脱出してからのことであり、ここに現在の恐慌状態から脱出する理論はない。また、震災直後、日銀、経団連をはじめ、イノベーションという言葉が目立つようになったが、これは経済学者シューペンターの発見したものであり、いわゆる「起業家」という現代用語のベースにある経済理論である。まして、コーポレートガバナンスなどといった経営論は、株主・労働者・顧客の三者の間に仲介役として調停作業を行う経営者にすぎない!といった経営学からの痛烈有力な批判にさらされており、リーマンショックの後は突如として流行しなくなっている。日本でも昭和大恐慌のあと従来の発想による改善程度に終始し個別企業は、当時の文献や経営雑誌を見るに、今は忘れ去られ消滅していった
§現時点、日本ならではの経済環境
には、個別企業が自力で立ち向かうしか残されていない!といった状況である。震災・津波・原発の危機を克服するためには、再生の観点が重要であるにも関わらず、現実は官僚主導によるこれまでの路線が継続するところの、「復旧」に向けた政策が優先されている。日本の官僚は国民を見捨てる伝統をもっているから暗雲が漂っている。経済界も、「復旧ではなく再生だ」としているものの具体策に乏しい。「ものづくり大国日本は、環境・エネルギー・安全・安心が成長に向けたキーワード。民間が企業家精神とイノベーションを促進し成長実現して行く」という決意ではあるものの、政府や官僚に注文をつけるが現実は具体策がない。第三次空洞化を覚悟した、こういった論評は経済界から発信されている。だから、企業や個人などはミクロ経済の視点での合理的判断として、とりわけ大手企業とその系列は縮小均衡に陥らざるを得ないのだ。
思い余って、海外生産シフトは当たり前→、公的年金の基礎部分を消費税20%で賄い+報酬比例部分は民営化→法人税率を10年間で10%引き上げ。そうすれば民間設備投資と民間消費は拡大→失業率低下→貯蓄率向上といった、「社会保険料負担金部分を企業経営投資に回せば良い」とする経済政策案まで、某財界新聞に掲載される始末だ。(そこまで切羽詰まったのか!)
某地方公共団体の産業支援担当幹部も、大手には技術開発力がないと明言している。新産業や地場産業活性化などについても、「今までやってきて、成功すると思っているものはない」と。そして、経済政策・公共政策として何かをする予算もなく、枝葉どころかは「葉っぱ」を見せて、その世話役人件費に予算を浪費する程度になっている!と憂いているのだ。「上は予算ありきというが、私たちは金で動いてはいない!」と情熱を傾けているのだが……。
§生活文化型商品産業へのシフト・育成の促進
先月のメルマガでも述べているが、生活文化型商品産業への期待は非常に高い。経済理論的背景もさることながら、そういった経済発展を説く人にもそれを聞いた人たちにも、今の日本には珍しく元気がみなぎり意欲的である。
今の段階で、生活文化型商品の産業化の理屈を考えてみると
1.工業型商品産業への投資は、今後日本にはやって来ない。
2.日本では模倣型商品が工業化されており、即海外企業に取られる。
3.日本人の文化水準、教育水準などは他国に比べ極めて高い。
4.技能者、技術者、経営者、管理者はある程度そろっている。
5.この人材を生活文化のベクトルに組織し、ブラッシュアップ出来る。
6.創造性を育むのは実験、日本人は私財を投じても実験が好きだ。
7.典型事例が生まれれば、日本人の学ぶ真似る能力は抜群である。
8.生活文化型商品の原材料は帳簿非計上だが随所に眠っている。
といったところである。これからの研究と実験が、細部までの理屈を穴埋めしてくれるであろう。
現実には、生活文化型商品の職人芸は手作りでしかないとか、とにかく量産化は品質を低下させるなどの、工業型商品産業の弊害としか言いようのない反機械化論・反量産化論がまだまだ根強い中であったとしても。迷信や人目にとらわれていない限り、経済的豊かさは保障されることは間違いないのだ。
§緊急対策:適格退職年金制度の廃止(財務基盤)
平成24年3月31日で、この制度がなくなる。その額は中堅・中小企業で数千万から数10億円、これは先ほど述べた経済恐慌での守りを固める体制:財務基盤で、重要な作戦となる。この対策に失敗(移行先の保険料急増、解約返戻金で給付激減)している例が多く、ここでの問題点は2点ある。
1.現実は、退職金の減額を強いられる経済状況なのに、保険金不足発生や要資金対策が必要な事態。
2.保険会社を解約した解約返戻金だけでは、退職金は未払い状況。合併の際には労働債務として計上。
この意味を解説するとこうである。
(一)中小企業を除けば、新年金制度に移行するには保険料の増額を覚悟しなければならないのが一般的である。これを十分に保険会社は説明しないで記名押印を迫るケースが多く、総務担当者も分かっていない場合が多い。退職金減額には、経営幹部を中心に反対が多く、相談相手である保険会社の担当は保険金の多額回収が営業目的だからであり、いくら社長といえども追い詰められている。
(二)保険会社に支払った保険料は、企業に返還されることなく、その解約返戻金の受給者は労働者であることを条件に、適格退職年金が国会で成立し、優遇税制が適用されている。ところが、退職金制度は、個別企業が独自の裁量で定め、就業規則の一部として形成(周知届出)しているから、ここで定めた退職金額は労働者の退職する時点で労働債権、会社の労働債務となる。退職金規定を労働基準監督署に届けた記憶がなくとも、適格退職年金制度の場合は保険会社が届出事務を完了してくれている。ところが解約返戻金は、この退職金規定にもとづく退職金ではなく、単なる一時所得となり税制優遇にもならない。どういうことかというと、保険を解約しただけでは従業員が金銭を受け取るだけで、この金銭を退職金の一部又は全額に充当することに法律上は出来ないのだ。「そんな馬鹿な!」と言っても、そういったことを踏まえて国会決議をしているから、いまさら仕方がないわけで、この事実を保険会社の営業から知らされていない個別企業も多いのだ。とりわけ、旧Y生命の営業傘下でのトラブル発生が目立っている。トラブルが起きた事例では、保険会社の営業担当は、「大丈夫です!」とゴリ押しするが、保険会社の支店担当者クラスが来て、契約が成立しているのだから後の祭りだと説明をする態度が多い。結局、解約返戻金は、保険料を支払った個別企業からのプレゼントという訳だ。
要するに、労働者が退職する時には、解約返戻金を含めずに、退職金全額を支払わなければならないのが法律であり、時効は退職の日から5年間、訴訟を起こされれば会社は必ず敗訴する。
〓〓では、その対策は〓〓
まずは、労働契約法第9条に基づいて、納得説明義務を果たし、納得する筋道と手続きを行って退職金規定を変更するしかない。この場合、個々の労働者から同意書を取り付けても、労働契約法上は無効である。それもこの経済状況では、不利益変更を伴うのが自然かつ通常であって、とにかく難しいのだが「合法的・客観的・合理的」に退職金規定を変更するしかない。
次に支払われた解約返戻金は、労働者にお願いして、将来発生する退職金額の前渡金とする方法がある。これも前述の退職金規定変更と合わせて行わなければならない。加えて、労働者の自由意思による、会社との自由対等契約による同意が必要である。労働者個人の金銭(不当利得かもしれないが会社に返還請求する権利はない)だから、自由意思や自由対等であることの証拠となるような同意書が必要である。一筆取ったような代物では、後日訴訟になったときに、「無理矢理書かされた!」と原告から主張される可能性が高い、それは退職金請求の時効は5年間もあり職場での人間関係も切れるからだ。
〓〓実行力のある専門家に頼むこと〓〓
こういった芸当は、保険会社では無理、税理士は専門外、社会保険労務士は大半が実力を備えていない。ここでの重要課題は、従業員である労働者全般と納得説明義務を果たす協議を行うことである。大半の中堅中小企業では行ったことのない手法である。不利益変更と言っても、納得説明義務の果たされた協議→その結果としての納得した筋道と法的手続きであれば、現在の法体系では許容されることであり、これが欠けておれば企業側は敗訴する。弁護士に依頼したとしても、書類を作ってくれるが納得説明義務を果たす協議とその証拠書類までは作ってくれない。この話し合いをしなくてはならない、だから難しいのである。
どうしても専門家による協議の仕方の指導は不可欠で、紛争調整委員会にあっせん申請してでも協議を治める必要があるのだ。
確かに、訴えを起こした労働者にのみ退職金債務を履行すれば良いかもしれないが、そういった話は全従業員に漏れるので、その時点で労働意欲の激減を覚悟しなければならない窮地に陥る。さらに、訴訟となった場合は、不利益変更の従業員代表選出選挙まで蒸し返さされるのが通例だから……たとえ1名であったとしても、納得説明義務と法的手続き及び書証の不備を追及されることになるのだ。
§【書評】『「新しい働き方」が出来る人の時代』(三笠書房)
元Yahoo!の副社長セス・ゴーディンの著。ちなみに、ドラッガーの発明は筆者なりに端的にいえば、第二次大戦直後のアメリカで、「官僚的企業が上意下達一辺倒により立ち直れなかった企業が、上からマネジメントに関して官僚的意識を排除し近代経営を図ろう」というものだ。だから、戦後の社会に大いに受け入れられた。だが、現代のアメリカでは、ドラッガー理論が浸透してもなお、大量資本投下というものは官僚的要素とか、投資側の思惑がものをいうことに対する批判が続出している。この著作は、ドラッガーとは発想を異にしているベストセラーである。随所にサイバネティックス=コンピューター理論を発明したウィーナーの影響を受けていると思われる節がある。ウィーナーの職業は数学者であるが、自然科学者系に与えた社会学的影響は強いとされ、ウィーナーの「人間の社会が学習に基づいたものである」とか、「他人を行動に転換する通信文は人間だけが作れる」と分析し、さらには人間社会の将来について、「猿とタイプライター」という比喩で、コンピューターという言葉が出来る前に、「いつの日か、猿は一生懸命働いてシェイクスピアを作るだろうが、それまでに膨大なゴミの山が出来あがる」とか、「社会の福祉に不可欠なコミュニケーションが益々複雑化しその費用はかかるようになり…知的創造性が切り捨てられる」と60年前に言い当てていた。
この著作は、現代アメリカのICT産業革命が進行しつつある中、どういった働き方と事業組織がこれからの経済社会をけん引するかの示唆を与えている。そして、監訳者が、「(行動が自然に始まったときからが、)本当に恐い。特に、この日本の組織で働く者にとってみれば、大いなる冒険が始まる」と警告する本なのだ。
・形を変えて、新たな世界経済危機の波
・経済恐慌から「守りを固める体制づくり」
・この三つの守りを固める実行ポイントは、
・現時点、日本ならではの経済環境
・生活文化型商品産業へのシフト・育成の促進
・緊急対策:適格退職年金制度の廃止(財務基盤)
・【書評】『「新しい働き方」が出来る人の時代』(三笠書房)
§形を変えて、新たな世界経済危機の波
がやってきた。2008年のリーマンショック以来のものだ。報道はアメリカの国債がデフォルトと流すが、要するに米国債の一部が払い戻されない(不渡り)危機が8月2日に迫っていたのだ。リーマンショック(4ヵ月前に金融筋から投資引揚情報のみ)と異なり、2ヵ月前から危機の予測情報が流れ(日本の大手マスコミは無報道)たことと、その舞台がアメリカ議会であったことが、世界的に対策をとる余裕がほんの少しあったといえる。日本でも報道されたようにショックやクライシスは、かろうじて回避されたものの、やはり、経済分析数値の下落は如実に現われている。アメリカ政府もそうだが、経済悪化の時代には統計指標改善の名目で経済を良く見せようとするのは常套手段である。米国の失業率は9.2%程度と発表されるが、1993年の計算方法だと約20%前後のようだ。金融相場に良い影響が出るように金融界や政府は経済分析を行っていると疑われているが、にも関わらずこの経済分析数値だ。
株価や為替レートはそれなりに相場操作性があるから参考程度にしかならないが、相場操作性の低い金価格は急上昇、金先物も史上最高値だ。日本の金地金価格は1グラム当たり、リーマンショック半年前の3,400円程から、この1ヵ月ほどでも434円値上がり、8月9日現在は4,545円程に達している。ショックにならなかったからマスコミは今になって記事にはしているが、経済問題としては深刻な方向に転落しているのだ。
一説に、日本の地震・津波・原発がなかったとすれば、ドルの下落はさらに激しく、円相場1ドル60円程度になっていたとの予測がある。1ドル76円台までになった円相場を1ドル80円まで、史上最大資金での買い支えを日本単独ででも行わざるを得ないほど、日本経済へのボディブローは深刻なのだ。
リーマンショックの時点でさえ、2007年の経済数値水準に回復するのに、20~30年を要すると言われていたところへ、このアメリカ国債の債務問題である。ちなみに、有名な投機筋であったジョージ・ソロスは、これまでにも投機額を大幅に減らしてきたが、先月、自分のヘッジファンドをたたむとの情報だ。ところが、日本の大手も地銀もが、中堅・中小企業への貸付業務での営業マンの手間と煩わしい作業を「合理化?」したつもりで、多額のアメリカ国債を、そのまま保有しているのだ、貸出利息が手間いらずに稼げたといった理由で。
よって、「資金調達→資本投下→事業計画→資本回収」といった一辺倒な企業経営しか知らない人たちにとっては、顔を青ざめる事態となっているのだ。だが、黙々と上意下達・官僚的企業運営を行ってきた人たちにとっては、青ざめる事態に気づく由もない。
§経済恐慌から「守りを固める体制づくり」
ここに人事・総務部門の大仕事がある。日本経済は、間違いなく縮小均衡に向かって行く。ただしそれは、大手企業とその連携関係にある企業が主である。それは、大手以外の個別企業や圧倒的多くの個人は、既に縮小均衡を行っているからだ、自律的か他律的かを問わないが。それはミクロ経済を持ち出して合理的判断に基づいたとして行動を起こすことが予想される。すなわち、何とか販路拡大、海外進出、コスト削減、震災復興さえすれば持ちこたえられると夢みていた大手企業が、一斉にリストラ(本来的な意味で首切りだけではない)を行うということだ。現に、大手企業では工場閉鎖の時期をいつにするかの検討を水面下で入っているところも多い。
だから、この状況に対応する大仕事があるのだ。そのポイントは三つ。
1.財務基盤
昔の人は銀行との付き合いしか思い浮かばないが、いま必要なのは現金を守る具体策である。在庫整理に留まらず現金を節約出来る大枠的な在庫の流れを編成し直すことである。新しい仕入と在庫編成を行うことが出来る人事と人員の配置である。負債を圧縮するのはもちろんであり、必要に迫られる程度では危機を脱することにはならないから積極性が発揮出来る人事を先取りすることである。
2.事業基盤
設備を削減することである。それも大胆に行わなければ効果がないから、本社移転とか本社ビルの貸出は重要な検討課題である。工場移転や閉鎖も、いつ何時のことを考えておかなければならない。不得手な仕事を個別企業内で行うことも基盤を揺るがすから、いち早くアウトソーシングを行って効率を高めるとともに不毛消耗的な労働事件を未然防止する必要がある。すなわち、長期コストを削減することだ。
ただし、アウトソーシングは、そもそも不得手な課業に関わることであるから、品質・納期・コストについて外部専門家(当社も人事業務専門であるから良く知っているのだが)に診断してもらわないと、外注業者に騙され乗せられているケースが後をたたない。とりわけ、給与計算などの場合は表面化していない不都合なケース(素人業者だから気づかない)が目立っており、社会保険労務士でも事業主責任をとらない者も実在をする。(当社の業務であるから良く知っているのだが)。
3.売り上げ基盤
開発の根底に、人事総務部門もひと役買う必要がある。難しくいえば、「社会合理性との整合性を保った商品開発」である。すなわち、商品を小分けにすることによって小家族向けの商品開発をするが、単位当たりの利益率は向上しており、だとしても顧客から喜ばれている売り方である。少量販売のシステムを作って、単位当たりの利益率を向上させ売り上げを伸ばす方法である。「顧客ニーズに応じて」とは大義名分で、そこまで顧客は新商品を考えてくれるものではない。サービスや作業仕様書の業務改善を図り、顧客との連携で良い実績を残す姿勢である。こういった事は、右肩上がりの時代には金銭解決でごまかせたから必要なかった。
だが、それが出来なくなった今、営業販売部門や渉外担当者の課題だとの発想になるのだが(ここまでは素人でも考える)、元来こういった方法は手間がかかるから営業部門等からの根強い抵抗とサボりが繰り返される現実が待っている。研修や教育を施したところで、営業販売部門は部門長を先頭に無関心を貫くから、そういって先送りしているうちに販売実績がダウンして倒産するのだ。営業販売部門に任せれば、単なる安売りに陥ってしまうだけでもある。そういった戦略での教育・訓練・採用に人事総務部門が主役となるわけだ。1929年の世界大恐慌の際、IBMは人材確保の人事制度を先行させ事務機器業界で優位に躍り出た。GEは、工業用大型発電機からミキサーや洗濯機などの小型家電の量産に入った。クライスラーは高速道路が整備されるのを見越してスポーツカーの生産を始めた。当時これらの商品すべて、顧客のニーズはなかったどころか、顧客は思いつきもしなかったのだ。だから、上からの経営方針を実施するためなので人事総務部門の役割なのだ。
§この三つの守りを固める実行ポイントは、
1929年の世界大恐慌から脱出した企業が、当時とった作戦の集大成である。
もちろん、従業員の賛同を得なければならない時代であるから、労働基準法、労働契約法に照らして合法的であるように人員配置や制度を駆使しなければならない。法律の条文にとらわれていると、時代変化についていけない硬直した考え方になってしまう。まして、「常識?」をもとに実は法律に書いていないような事柄を連想して法律だと錯覚するのは、専門家でも失敗するところであるから注意が必要だ。要するに、法律とは、立法趣旨をよく踏まえてから解釈するものであり、国側の秩序形成の道具であるから、字面を読んでいるだけでは個別企業の守りを固めるためには、資することがないのである。
まずは守りを固めるためにイノベーションを考え、将来の方向性も念頭に置きながらイノベーションを考え、中途半端な妥協や支出を伴う経過措置を根拠のない恐怖感から行動せず、成功のコツである明確なイノベーションの旗色を鮮明にして実行することである。
また、若干景気が伸びるときは回復基調のコントロール、減退するときは低成長のコントロール→との早い切り替えが出来る体制と能力養成も、人事総務部門が段取りと準備をしなければならない。これらは、社長ひとりの出来る仕事ではないからだ。この経済危機においては、個別企業の古い慣習が命取りになる。
こういった守りを固める方法は十分実施可能であり、それが出来ないような人材能力と組織的制約が存在する企業ようであれば、それは今の時代に耐えられないから、それこそ本来の意味でのリストラが必要である。銀行が事実上の株主となっている個別企業であっても、それなりの負債圧縮方法はあるから、もう銀行融資を恐れることは無い。
場違いや的外れな情報や学説は経済条件が異なるので注意が必要だ。筆者もさまざま調べてみたが以上の研究がいちばん高水準であった。今話題のドラッガー経営理論は1946年発表、これは端的にいえば、第二次大戦直後のアメリカで、「官僚的企業が上意下達一辺倒により立ち直れなかった企業が、上からマネジメントに関して官僚的意識を排除し近代経営を図ろう」というものだ。いまや官僚的事業経営が根本から問われているのだ。ICT産業革命の基盤であるサイバネティックス=コンピューター理論発明(ウィーナー)は1948年である。何れも世界経済恐慌から脱出してからのことであり、ここに現在の恐慌状態から脱出する理論はない。また、震災直後、日銀、経団連をはじめ、イノベーションという言葉が目立つようになったが、これは経済学者シューペンターの発見したものであり、いわゆる「起業家」という現代用語のベースにある経済理論である。まして、コーポレートガバナンスなどといった経営論は、株主・労働者・顧客の三者の間に仲介役として調停作業を行う経営者にすぎない!といった経営学からの痛烈有力な批判にさらされており、リーマンショックの後は突如として流行しなくなっている。日本でも昭和大恐慌のあと従来の発想による改善程度に終始し個別企業は、当時の文献や経営雑誌を見るに、今は忘れ去られ消滅していった
§現時点、日本ならではの経済環境
には、個別企業が自力で立ち向かうしか残されていない!といった状況である。震災・津波・原発の危機を克服するためには、再生の観点が重要であるにも関わらず、現実は官僚主導によるこれまでの路線が継続するところの、「復旧」に向けた政策が優先されている。日本の官僚は国民を見捨てる伝統をもっているから暗雲が漂っている。経済界も、「復旧ではなく再生だ」としているものの具体策に乏しい。「ものづくり大国日本は、環境・エネルギー・安全・安心が成長に向けたキーワード。民間が企業家精神とイノベーションを促進し成長実現して行く」という決意ではあるものの、政府や官僚に注文をつけるが現実は具体策がない。第三次空洞化を覚悟した、こういった論評は経済界から発信されている。だから、企業や個人などはミクロ経済の視点での合理的判断として、とりわけ大手企業とその系列は縮小均衡に陥らざるを得ないのだ。
思い余って、海外生産シフトは当たり前→、公的年金の基礎部分を消費税20%で賄い+報酬比例部分は民営化→法人税率を10年間で10%引き上げ。そうすれば民間設備投資と民間消費は拡大→失業率低下→貯蓄率向上といった、「社会保険料負担金部分を企業経営投資に回せば良い」とする経済政策案まで、某財界新聞に掲載される始末だ。(そこまで切羽詰まったのか!)
某地方公共団体の産業支援担当幹部も、大手には技術開発力がないと明言している。新産業や地場産業活性化などについても、「今までやってきて、成功すると思っているものはない」と。そして、経済政策・公共政策として何かをする予算もなく、枝葉どころかは「葉っぱ」を見せて、その世話役人件費に予算を浪費する程度になっている!と憂いているのだ。「上は予算ありきというが、私たちは金で動いてはいない!」と情熱を傾けているのだが……。
§生活文化型商品産業へのシフト・育成の促進
先月のメルマガでも述べているが、生活文化型商品産業への期待は非常に高い。経済理論的背景もさることながら、そういった経済発展を説く人にもそれを聞いた人たちにも、今の日本には珍しく元気がみなぎり意欲的である。
今の段階で、生活文化型商品の産業化の理屈を考えてみると
1.工業型商品産業への投資は、今後日本にはやって来ない。
2.日本では模倣型商品が工業化されており、即海外企業に取られる。
3.日本人の文化水準、教育水準などは他国に比べ極めて高い。
4.技能者、技術者、経営者、管理者はある程度そろっている。
5.この人材を生活文化のベクトルに組織し、ブラッシュアップ出来る。
6.創造性を育むのは実験、日本人は私財を投じても実験が好きだ。
7.典型事例が生まれれば、日本人の学ぶ真似る能力は抜群である。
8.生活文化型商品の原材料は帳簿非計上だが随所に眠っている。
といったところである。これからの研究と実験が、細部までの理屈を穴埋めしてくれるであろう。
現実には、生活文化型商品の職人芸は手作りでしかないとか、とにかく量産化は品質を低下させるなどの、工業型商品産業の弊害としか言いようのない反機械化論・反量産化論がまだまだ根強い中であったとしても。迷信や人目にとらわれていない限り、経済的豊かさは保障されることは間違いないのだ。
§緊急対策:適格退職年金制度の廃止(財務基盤)
平成24年3月31日で、この制度がなくなる。その額は中堅・中小企業で数千万から数10億円、これは先ほど述べた経済恐慌での守りを固める体制:財務基盤で、重要な作戦となる。この対策に失敗(移行先の保険料急増、解約返戻金で給付激減)している例が多く、ここでの問題点は2点ある。
1.現実は、退職金の減額を強いられる経済状況なのに、保険金不足発生や要資金対策が必要な事態。
2.保険会社を解約した解約返戻金だけでは、退職金は未払い状況。合併の際には労働債務として計上。
この意味を解説するとこうである。
(一)中小企業を除けば、新年金制度に移行するには保険料の増額を覚悟しなければならないのが一般的である。これを十分に保険会社は説明しないで記名押印を迫るケースが多く、総務担当者も分かっていない場合が多い。退職金減額には、経営幹部を中心に反対が多く、相談相手である保険会社の担当は保険金の多額回収が営業目的だからであり、いくら社長といえども追い詰められている。
(二)保険会社に支払った保険料は、企業に返還されることなく、その解約返戻金の受給者は労働者であることを条件に、適格退職年金が国会で成立し、優遇税制が適用されている。ところが、退職金制度は、個別企業が独自の裁量で定め、就業規則の一部として形成(周知届出)しているから、ここで定めた退職金額は労働者の退職する時点で労働債権、会社の労働債務となる。退職金規定を労働基準監督署に届けた記憶がなくとも、適格退職年金制度の場合は保険会社が届出事務を完了してくれている。ところが解約返戻金は、この退職金規定にもとづく退職金ではなく、単なる一時所得となり税制優遇にもならない。どういうことかというと、保険を解約しただけでは従業員が金銭を受け取るだけで、この金銭を退職金の一部又は全額に充当することに法律上は出来ないのだ。「そんな馬鹿な!」と言っても、そういったことを踏まえて国会決議をしているから、いまさら仕方がないわけで、この事実を保険会社の営業から知らされていない個別企業も多いのだ。とりわけ、旧Y生命の営業傘下でのトラブル発生が目立っている。トラブルが起きた事例では、保険会社の営業担当は、「大丈夫です!」とゴリ押しするが、保険会社の支店担当者クラスが来て、契約が成立しているのだから後の祭りだと説明をする態度が多い。結局、解約返戻金は、保険料を支払った個別企業からのプレゼントという訳だ。
要するに、労働者が退職する時には、解約返戻金を含めずに、退職金全額を支払わなければならないのが法律であり、時効は退職の日から5年間、訴訟を起こされれば会社は必ず敗訴する。
〓〓では、その対策は〓〓
まずは、労働契約法第9条に基づいて、納得説明義務を果たし、納得する筋道と手続きを行って退職金規定を変更するしかない。この場合、個々の労働者から同意書を取り付けても、労働契約法上は無効である。それもこの経済状況では、不利益変更を伴うのが自然かつ通常であって、とにかく難しいのだが「合法的・客観的・合理的」に退職金規定を変更するしかない。
次に支払われた解約返戻金は、労働者にお願いして、将来発生する退職金額の前渡金とする方法がある。これも前述の退職金規定変更と合わせて行わなければならない。加えて、労働者の自由意思による、会社との自由対等契約による同意が必要である。労働者個人の金銭(不当利得かもしれないが会社に返還請求する権利はない)だから、自由意思や自由対等であることの証拠となるような同意書が必要である。一筆取ったような代物では、後日訴訟になったときに、「無理矢理書かされた!」と原告から主張される可能性が高い、それは退職金請求の時効は5年間もあり職場での人間関係も切れるからだ。
〓〓実行力のある専門家に頼むこと〓〓
こういった芸当は、保険会社では無理、税理士は専門外、社会保険労務士は大半が実力を備えていない。ここでの重要課題は、従業員である労働者全般と納得説明義務を果たす協議を行うことである。大半の中堅中小企業では行ったことのない手法である。不利益変更と言っても、納得説明義務の果たされた協議→その結果としての納得した筋道と法的手続きであれば、現在の法体系では許容されることであり、これが欠けておれば企業側は敗訴する。弁護士に依頼したとしても、書類を作ってくれるが納得説明義務を果たす協議とその証拠書類までは作ってくれない。この話し合いをしなくてはならない、だから難しいのである。
どうしても専門家による協議の仕方の指導は不可欠で、紛争調整委員会にあっせん申請してでも協議を治める必要があるのだ。
確かに、訴えを起こした労働者にのみ退職金債務を履行すれば良いかもしれないが、そういった話は全従業員に漏れるので、その時点で労働意欲の激減を覚悟しなければならない窮地に陥る。さらに、訴訟となった場合は、不利益変更の従業員代表選出選挙まで蒸し返さされるのが通例だから……たとえ1名であったとしても、納得説明義務と法的手続き及び書証の不備を追及されることになるのだ。
§【書評】『「新しい働き方」が出来る人の時代』(三笠書房)
元Yahoo!の副社長セス・ゴーディンの著。ちなみに、ドラッガーの発明は筆者なりに端的にいえば、第二次大戦直後のアメリカで、「官僚的企業が上意下達一辺倒により立ち直れなかった企業が、上からマネジメントに関して官僚的意識を排除し近代経営を図ろう」というものだ。だから、戦後の社会に大いに受け入れられた。だが、現代のアメリカでは、ドラッガー理論が浸透してもなお、大量資本投下というものは官僚的要素とか、投資側の思惑がものをいうことに対する批判が続出している。この著作は、ドラッガーとは発想を異にしているベストセラーである。随所にサイバネティックス=コンピューター理論を発明したウィーナーの影響を受けていると思われる節がある。ウィーナーの職業は数学者であるが、自然科学者系に与えた社会学的影響は強いとされ、ウィーナーの「人間の社会が学習に基づいたものである」とか、「他人を行動に転換する通信文は人間だけが作れる」と分析し、さらには人間社会の将来について、「猿とタイプライター」という比喩で、コンピューターという言葉が出来る前に、「いつの日か、猿は一生懸命働いてシェイクスピアを作るだろうが、それまでに膨大なゴミの山が出来あがる」とか、「社会の福祉に不可欠なコミュニケーションが益々複雑化しその費用はかかるようになり…知的創造性が切り捨てられる」と60年前に言い当てていた。
この著作は、現代アメリカのICT産業革命が進行しつつある中、どういった働き方と事業組織がこれからの経済社会をけん引するかの示唆を与えている。そして、監訳者が、「(行動が自然に始まったときからが、)本当に恐い。特に、この日本の組織で働く者にとってみれば、大いなる冒険が始まる」と警告する本なのだ。
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