2010/05/06

第97号

<コンテンツ>
実体経済が低迷していることは
中国に頼って景気回復を見込んでも、
上海万博ならぬ上海パクリ博
個別企業の大局的戦略
新日本経済に合わせた個別企業の社内制度作り
時代に合わせ、賃金規定のどこを変えるか
 1.賃金の決定とは、
 2.計算・支払の方法とは、
 3.賃金の締め切り及び支払の時期とは、
 4.昇給に関する事項とは、
 5.勤続手当の目的は?
 6.住宅手当も経営側の自由
 7.家族手当にはどんな意味が?
 8.通勤手当も考え直す必要が
 9.役職手当と役職給は違う
 10.退職手当(金)は労基法上の賃金ではない
 ・それを処理する事務処理能力も


実体経済が低迷していることは
統計数値がどうであれ確かだ。男性の完全失業率は5.6%と異常だ。個別企業のほとんどは、概ね企業防衛に入ったままであり、かつ次の事業計画のリサーチ、シミュレーション、スタンバイといったところである。好調ともてはやされている業態だとしても、利益幅の薄い中で何とか資金回転をさせているにすぎない。5月1日からの上海万博に、世界中の経済が、この博覧会に期待を掛けているかのような報道が続いている。4月に入ってからの大手マスコミ報道に経済ニュースが少ないか、または断片的なものばかりに、上海万博のニュースが大きく見えてしまう。断片的な大手マスコミ報道などに惑わされていると、個別企業の対策は迷路に入ってしまう。インフォメーションに振り回されて分析に明け暮れるだけでは、道は切り開けない…ここにインテリジェンスが必要になるのだ。


中国に頼って景気回復を見込んでも、
数年前の二の舞、あのときに個別企業にとっては豊かさの方向に働いた訳ではない。むしろ、人件費削減、人材育成後退、新商品開発劣化と、将来の企業経営にはマイナス方向に動いた。貯蓄や利息は増えた?かもしれないが、日本の経済構造の長期的スパンでは低迷の期間であったのだ。
中国は、改革開放路線として低付加価値製品の組み立て加工でやってきた。いわゆる文化大革命で、高付加価値製品や通常サービスを実施するための人材教育が中断したから、この道しか出来なかったのである。すなわち、文化大革命の内戦(上海を除く地域での銃撃戦)と、下放(高学歴青少年の農村追放)の二つによって、この年代の高付加価値労働の基礎となる高等教育がすっぽり抜けてしまったからだ。
それは、組み立て加工産業で生計を立てる労働者が多いということは、高付加価値の産業革命を起こそうとしても、低付加価値労働に慣れ切った人たちの抵抗が、並大抵ではないことを意味する。その意味で、上海万博で高付加価値製品の世界工場を目指すとする意気込みは、30年ほど経ってから、やっと実現するとの見通ししか立たないのだ。
学校教育を含め、今から文化、教育、労働価値観の変更をなさせようとしても、新生児から進めなければならないからだ。Google事件の如く、知識の国家統制を行っていては、知識も知恵も広く積み上がることは出来ず、いつまでも低付加価値労働に頼るしかない。科学進歩の花火は打ち上げられても、高付加価値産業が燃え盛るには無理があるのだ。
科学・技術よりも国家の権力体制維持を優先した場合、経済が停滞するのは、当の中国歴史が物語っている。唐の時代までは世界唯一の先進国家であった。が、ヨーロッパに抜かれ(理性と科学重視の文化に因るとの学説がある)、欧州産業革命で衰退し、あげくに列強の植民地支配となり、そしてアメリカと国連の後押しで間隙を縫って独立できたといっても、過言ではない。広大な中国をひとつにまとめ、間隙を縫うことができた統率力と組織力、この種の主体的力量では、高付加価値製品や高水準サービスを生み出す経済環境を作り上げることは不可能なのである。近代の列強植民地支配の下での商習慣の衰退(騙し、抜け駆け、横槍、賄賂などの手法への堕落)を経て、戦後の経済外的強制である統率力・組織力(人民解放軍とヤクザ)が支配する中国構造が出来上がった、と説明すれば、誰もが容易に納得できる話である。(これが現地からの中国深層内部のインテリジェンスだ)。


上海万博ならぬ上海パクリ博
素人に中国投資とか取引は危ない。先ほど説明した中国構造と渡り合えるだけの人材は、日本の通常の個別企業には、ほとんどいない。生半可に台湾や香港を仲介したばかりに、輪をかけてハメられてしまった会社も少なくない。天安門事件(1989年)以降の現地からの中国深層内部のインテリジェンスを聞いたとしても、次々と自信過剰な日本人(中国から見下げられる者)は後を絶たないのが現実ではあるが。
日本人の既成概念からの万国博覧会を想定するから間違うわけで、上海万博に出展されたモノのコピーが世界中に出回ると覚悟しておいた方が良いのである。技術を盗まれるのではない。コピーされるという事態である。コピーされたくなければ、「中国に進出してきたらどうだ」といった、中国政府からの誘い?恫喝?も予想される。
その前に、汚職の分配システムで成り立つ中国構造であるとか、中国全土の富をピンポイント(オリンピックや上海万博など)にかき集めた反作用、低付加価値の組み立て加工産業の停滞が問題となる。俗に中国バブルの崩壊である。


個別企業の大局的戦略
を考えれば、それは高付加価値製品や高水準サービスの商品提供でもって、世界各地に Made in Japan を直接販売すれば良いだけの話である。それを支える日本国内の産業&文化経済に寄与する事業を行うことも大局的戦略につながっている。世界には、中間所得者層が8億人とも、中流階層が10億人ともいわれている。
金融資本に振り回され、次は中国に振り回されることはないのだ。中国には、1億円以上の貯金をもっている富豪が、数年前で4千万人いたから、この人たちに直接買い出しに来日してもらえば良い。そういったビジネスは経営としても賢い。日本の経済構造として世界を相手にしておれば、中国がどうなろうと、さほど影響はない。そういう意味では、政府や知事が日本製品を世界に売り込む、この政治の出番である。過去のような、個別企業や国民から富を吸い取ることしか考えていない官僚(株式会社日本)とか、民間個別企業を後押しない自由放任政治(新自由主義と金融資本)では、日本経済がやっていけないのは確かである。


新日本経済に合わせた個別企業の社内制度作り
が、日本の経済構造では、とても重要になる。個別企業の業務実態は、特に末端の事業オペレーションの現場では、旧態依然の運営がなされ、実際のビジネス成果との矛盾を起こし、事実上の組織崩壊とか受注低下を起こしているところが少なくない。とりわけ、社内規則が事業オペレーションを疎外しているか若しくは、社内規則を無視しなければ事業が進まないといった事態も引き起こしている。この事態が、個人プレー&無政府・無法経営を引き起こすに至ることもあり、事業実態が傾いているケースが目立つのである。資金繰りの行き詰まりに至るパターンは、過去の経営学で研究され尽くして来た通りである。研究された倒産パターンの道を阻止出来得ないのは、時代の事業に適合したオペレーションを行おうとする労働意識が形成されていないからである。
労働意識改革の形成、その中心的底流(労働意欲)に位置しているのが就業規則や賃金規定である。賃金体系も人事体系も、法的整備は就業規則や賃金規定でなされることになっているから、これらの整備不良は個別企業の組織的オペレーション自体が成されてないことになる。本来のコンプライアンス尊重というのは、事業オペレーションが反社会的なものではないとの証明である。個別企業と労働意識改革とが反目しないための証明をするための手段でもある。反社会的事業では、多人数を組織的にオペレーション出来ないから、すなわち事業が成り立たないから、反社会的でない証明が必要なのだ。賃金不払い、解雇無効、労災事件が発生し、それが経営側敗訴の裁判となったときに意味するところは、事業オペレーションが反社会的であると「認定」され、それにより意欲低下を含めての労働意識改革の中断する典型的ケースである。
中堅・中小企業の事業発展に、ブレーキがかかっているのは、いわゆる意識改革中断がはびこっており、これを経営陣の力量でカバー出来ていないからである。経済・経営・社会学的には、それだけのことで、こういった社会科学に関心のない個別企業であるからこそ、事業の発展とは無縁なだけである。労働意欲が出れば、意識改革がなされれば、…と経営側が念願するとしても、そのキーポイントになる、具体的仕掛けが重要なのだ、「愛とは眼差しと仕草」と言われる様に。これが就業規則&賃金規定(労働力の仕入れ規則)であるのだ。


時代に合わせ、賃金規定のどこを変えるか
とりわけ、労働契約の成立が、「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する」と、労働契約法第6条が制定されたからには、賃金規定が極めて重要になる。
労働基準法では、労働時間の明示を前提に、賃金について、「…決定、計算及び支払の方法、賃金の締め切り及び支払の時期、並びに証拠に関する事項」を必ず記載した就業規則(この部分が賃金規定)を周知しなければならないとしている。労働時間の明示がなければ週40時間労働である。
これは、法律に定められているわけだから、公の秩序である。だから、これに反すると反社会的と非難を受けても、それは仕方がないのである。企業であるから、小さくとも社会的責任が在るから、何としても合法的でなければならない。ここに、知識不足や認識取り違えがあり、経営陣の主張の合理性のない事態も出没して、労働意欲の低下と惰性の労働姿勢が蔓延するのである。最低限の賃金規定について解説すると………

1.賃金の決定とは、
学歴、職歴、技術、役職、年齢、経験、資格、技能、素質、就労する職務、業務遂行手法その他の、賃金決定要素のうち、個別企業でどれを選択しているかの表示のことである。「総合的に勘案して決定する」と記載すれば、賃金は総合決定給となる。いくつかの決定要素を選び、職能資格としてランク付けすれば、職能資格給となる。ある能力水準以上の職種に就くのであれば職務給である。
労働基準法では、どの決定要素を取り入れ、どのように運用しようが、差別にならない限り、個別企業で勝手にやってくれと言っている。賃金表(給与表)などは、これらの決定要素を取りまとめ、昇給条件と合わせて一覧表にしたものである。賃金表などの書き換えを、ベースアップ(ペースダウン)という。昇格は職能資格が上がること、昇進は役職が上がること、昇給は制度的に給与が上がることをいう。渡し切りの時間外手当は、何時間分と賃金規定や労働契約書に記載がなければ、時間外手当にはならない。
「賃金とはこういうものだ。」とのぼんやりした概念は、幻想であり、事業目的に合わせた労働力の仕入れをしてないということだ。ぼんやり仕入れをしているということは、当然ぼんやりした仕事の成果しか期待出来ない。成果主義の賃金理論は、同一の職能資格内での評価判断方法であり、コンサルタントに騙されて単なる歩合給に変質しているようでは、ぼんやりしているのと結果は同じである。30年ほど前のぼんやりした時代に、今更戻ることはあり得ないのだ。

2.計算・支払の方法とは、
単位時間当りの賃金をいくらとする時間給、1日当たりであれば日給、一週間となれば週給、暦日数や出勤にするに拘らず一箇月いくらとする月給制、1年間が年俸制、出来高に応じると出来高払制である。
時間給や日給は、出勤日数を積み上げて計算することになる。週給や月給は、決まった額から欠勤した分を控除して計算することになる。一切控除しない月給は完全月給制、これは管理職に多い。月給といっても日給の積み上げ計算するのであれば日給月給(注:雇用保険の離職票は違う意味の計算方法に注意)である。年俸制も管理職が多いから、欠勤控除の運用は少ない。
時間外労働などの割増賃金は、労働基準法を上回る方法で割増率を定めることになるので、事実上、計算・支払方法の記載が必要である。「52週×40時間÷12月=173時間/月」でもって、割増賃金の基礎賃金時間単価を出した場合、わずかながらも労働基準法を上回ることになるからだ。賃金の端数計算処理も、わずかながら労働基準法を上回ることになるから、その記載も必要となる。
不備があるパソコンの某パッケージソフトがテレビで宣伝され、単純な計算間違いを起こしているにも関わらずトラブルが起こらないのは、仕事実績は二の次の給与方式だから、労働者にそれなりの納得があるからだ。だが、使用者からすれば、仕事二の次の労働者を必要とはしていないはずだが…。また、経営者のポケットマネーで雇った方が透明度の高くなる労働者も存在するのだ。(10人未満の事業所ならば、賃金の決定、計算、支払方法は、どうでも良い。ただ、法律の使用者保護はなくなるが)。

3.賃金の締め切り及び支払の時期とは、
賃金計算の期間の末日が締め切り、支給する日が支払の時期である。
締切日の設定は、毎月1回以上定期的に支払われることを前提にすれば、毎月何回締め切りにしようが自由である。要するに、作業ごとに、現場ごとに、その労働者ごとに締め切っても良い。
支払いも、事業ごとに、部門ごとに、役職ごとに、社員やパートの身分ごとに、支払日を変えても良い。定期的であれば、売掛金回収に合わせて支払っても良いのだ。ただし、一箇月以上先の支払いは、公序良俗の善良な風俗に反し問題はある。
口座振り込みは、あくまでも労働者の希望によるものとされ、その希望は銀行口座の届け出で希望があったと確認されるが、口座振り込み希望に応じるか否かは、事業主の自由である。
給与(サラリー)、賃金(wage)は、いずれであっても労働基準法上は賃金であるが、経済のグローバル化のなかでは、支払日が異なって来ることになる。

4.昇給に関する事項とは、
社会通念は制度的に給与が上がる条件のことを指す。ただし、実態は昇給とともに降給もあり得るから、降給の条件も記載が必要である。個人との労働契約において、制度外で個別に昇給する場合は、就業規則を上回る労働契約が成立したことになるので、就業規則に優先することとなる。
役職を解任されて給与総額が下がる場合は、労働基準法に定める「昇給に関する事項」には該当しないが、労働契約法の関連でその旨を規定する必要がある。
役職手当とは異なって、役職給を支給する場合には、現在の社会通念との相違を明確にして、経営側の予期しない、労働者の期待を防止するためは、具体的な記載が必要となる。

5.勤続手当の目的は?
仕事実績よりも年功序列意識を温存するか否かは、事業主の自由であるからだ。終戦直後当時の経験給(経験を積めば給料が上がる)とは意味が違う。電産型賃金体系も人材確保の目的のため経験給(勤続給ではない)であった。そして高度経済成長の準備に向けて年功序列意識を強化するために勤続給が導入された。現代は、一人前になるまでの半人前を個別企業がすべて育成する時代ではない。だから、これからの時代、勤続手当の制度は弊害となるのだ。

6.住宅手当も経営側の自由
終戦直後からしばらくの間の住宅事情に対応して導入・流行した手当である。欧米の如く、成年になれば親から独立する社会構造であれば、住宅手当などは発想する余地はない。まして、仕事の成果とは全く何の関係もない。半人前の子供を親から預かり、一人前になれば別居をするといった意識、すなわち親と同居の労働者の責任感を低下させる制度、と揶揄されても仕方がない、現場の新入社員の子供たちはそういう意識なのだ。

7.家族手当にはどんな意味が?
さすが、家族手当の実態がある賃金は割増賃金の計算基礎から外されている。家族手当の発祥は、戦時中の統制賃金しか払わなかった国家動員のさなか、家族の扶養義務と相まって考案されたものである。事業所によって、支給する自由ではあるが、それでもって仕事の成果を期待するのは見当違いである。将来の取締役や部長の候補として特別育成期間を10数年ほど設けて、目前の仕事の成果を期待しない特定社員のためであれば、家族手当は必要かもしれない。
だが、政権が変わって子ども手当が半永久的に支給されることになり、子供を育てる責任が家庭から社会に変わることや、男女の両方が働き・家事などを分担する社会に切り替わることからすれば、個別企業の負担は問われることとなる。

8.通勤手当も考え直す必要が
労働基準法では、実際の距離に応じて算定する場合は通勤手当、距離に関わらず一律に支給する場合の距離によらない部分は割増賃金の基礎となる。これも、戦時中の国家動員のさなかに無理矢理な工場配属をしたものだから通勤手当を支給したことが発祥である。
現代的に見れば、通勤時間は労働時間に計算されないから、その損失補てんの要素は存在するかもしれない。だが、仕事の成果とか、作業の実績からすれば、通勤手当を誰もに支給するとの概念に根拠はない。すると、別居手当も通勤手当には共通した支給根拠があるかもしれない。

9.役職手当と役職給は違う
いずれも、個別企業で自由に選択すれば良い賃金である。ところが、役職に昇進した苦労に対する手当を支払うことと、役職としての仕事の成果を期待する給与とは、根本から意味が違う。
高度経済成長期の役職手当の内訳は、時間外手当の補てん費用、部下を管理するための飲食茶の費用、管理職の自己啓発学習費用、営業職にあっては接待交際費使用などであった。
だが、多くの場合の役職手当は、実態として生活費に変質させられている。そこで、様々な費用の透明性と相まって仕事評価を優先することを目的とした役職給が導入されているのである。

10.退職手当(金)は労基法上の賃金ではない
退職金は、大正時代に工場間の職人の引き抜きを防止するために、5年ないし10年間さえ勤めれば支給するとした引き抜き防止策であった。戦後は、高度経済成長の準備のための終身雇用、その名のもとに給与(サラリー)を支払われていた者に対する、50歳(定年)時点での「手切れ金」に、その目的と金額が変化した。若年労働力を確保するためには、当時の平均寿命に合わせた高年齢者の卒業・排除が必要だったのである。厚生年金も然り、会社退職後の11年間の死亡年齢個人差による採算を想定した年金支給方式の手切れ金として、国家の大政策として導入したのである。もとより、仕事実績とか作業実績を重視する企業にあっては、社員であっても退職金の額は非常に低いのが実態なのだ。その場合は、老後の積み立て貯金にも至らない額にすぎず、賃金支払目的としては、確かに合理的ではある。
グローバルな経済展開が求められる今、個別企業の負担する退職金の意味は考え直さざるを得ない。国の年金政策、退職金引当優遇税制などは、東西冷戦の世界体制、持ち家政策、国家金融政策の手段として繰り返されて来たから…。

それを処理する事務処理能力も
賃金を賃金決定要素などに基づいて計算するとすれば必要となってくる。確かに、社員だけで1000人以上の企業規模がなければ、職能資格給など正常な運用が出来ないのだが、もちろんコンピューターによる賃金シミュレーションが不可欠なことからすれば、コンピューター設備投資もはなはだしい。まして、企業規模は1000人を超えたとしても、全員が社員である必要は全くない経済環境である。むしろ社員にこだわれば、賃金体系は矛盾と逆説だらけになってしまう。
パートタイマーの勤怠管理で、POSシステムを利用する、カードで出勤チェックをする、指紋認証制度でチェックする…これだけでは、現場でのパートの過剰採用の防止は出来ず、チェックさえすれば労働密度を低下させるベクトルが働いてしまうのだ。設備投資に費用がかかり、店舗や事業所ごとに過剰人員を抱え(過剰理由にきりはない)、本社人員がすっきりして喜んでいても、利益は減少しているケースはいくらでも目立つ。この場合に、反面して過剰人員を抑制すると、本人の意に沿わない短時間パートが増えることにより、全員の不満増加と意欲低下を招くのが通例だ。左右に振り子が極端に揺れないように、中間の中途半端な道を歩めば、設備投資の意味がなくなり、せっかくの勤怠管理設備の稼働が止まっているケースもある。だからこそ、振り子の揺れの課題ではなく、揺れる軸を引き上げる課題を解決するために、賃金問題専門家のひらめきは大切なのである。
そういった意味から、専門的に賃金計算をする部署は必要となり、それをアウトソーシングして社会的分業を進める必要も出て来るのだ。

2010/04/06

第96号

<コンテンツ>
新年度を迎え、いよいよ具体策の発揮が、
新規事業仕込み人とか、総務人事部門担当など
地代rent、賃金wage、利潤profit、の視点から、
これからの時代、現実に通用する賃金の考え方
日本国内で理想として来た賃金。
 【給与】とは、
 【賃金】とは、
 高度経済成長は再び望めない今、
労働者派遣契約の成立要件
 現場実務からすれば労働者派遣を行う前提は、
 労働者派遣だとすれば、労働者の労働提供義務は
 この受領権限を超えた権限を派遣先が
 新自由主義・規制緩和での実態


新年度を迎え、いよいよ具体策の発揮が、
100年に一度と言われる経済危機による市場の激変に対して、必要な時期に突入した。個別企業は、経費削減の領域をはるかに超えて、抜本的というか、企業を一から立ち上げる気概での経営方針、それも即実行を迫られている。比較的市場の変化が遅く出て来る、「住」に関わる業種(ビル管理、警備業、マンション管理)でも、この新年度からの受注は1割から2割程度減少した。一般的中堅中小企業だと、6割減少の程度との実感が、識者の多くの意見のようだ。もちろん、個別企業ごとには、ゼロになったところもある。
すなわち、旧態依然とした事業であれば、収益減少まっしぐらであり、新しい経営方針で望んでいる場合にのみ、成功の道も存在する、といった岐路に立たされている。
これが現状である。さて、どこに需要の拡大を求めるか?
それは、個別企業ごとに異なるし、諸説アイディアが成功するかどうかは、ひとえに新規事業を仕込む能力がある「新規事業仕込み人」の有無にかかっている。中流層と従来日本で概念化していた人たちは、世界で約10億人いると推定されている。数年前、日本で1億円以上の貯蓄を持つ人は100万人、中国では4000万人いると報じられていた。由緒ある某スイス系銀行は、貯蓄は2億円以上の人だけがクライアントだとして、日本では半身の構えになりつつある。
今や、本質は、
組織体制、国政方向、安価な労働力の追求といった、「パイの配分方法」をめぐっての方針どころではないのだ。一昨年6月までの如くの世界経済の形は、縮小に向かいつつあり、それまでとは違う世界経済成長が構築・創造されなければ、いわゆる繁栄は見込まれないのだ。だから、中国の上海万国博覧会と言っても、現代版紫禁城、万里の長城、ピラミッド、バベルの塔などと本質が同じで、資本主義自由経済の発展とは異質の産物なのだ。今日のメシを食わんがために、緊急避難として中国貿易をするとしても、抜本的需要拡大ではないのだ。(現に中国経済は、官製バブル:汚職蔓延:富の一極集中が加速している)。


新規事業仕込み人とか、総務人事部門担当など
そこで、いわゆる専門的能力を持った人材が、個別企業にとっては、その有無が重要である。ところが、経営者は、こういった人たちを、「使いづらい」と、共通して悩んでいるのも現実。また、専門的能力を持った人材は、「どうして会社は、分からず屋なのか」と、憤慨している。
実に、こういった悩みや憤慨を解決するために、費やしている時間=
○瞑想の時間、
○ストレス解消の時間、
○解決研究の時間、
などに多大なエネルギーを割いている。おそらく、日本の場合であれば、経営者や管理職の仕事の6割が、これに掛かっていると思われる。
「運営の問題!」とか、「能力の問題!」とか、こう表現されるものがそうで、今までからナオザリにされている。経営コンサルティングの会社は、これに付き合うと利益激減を招くので、「社長の決断!」と言ったり、「あの社長は馬鹿!」と言ったり、「無能な担当者を変えろ!」と言って、コンサルタントが責任転嫁して、会社を切り捨てるのだ。(加えて、責任転嫁されても、会社は納得している始末でもある。)。
さてさて、こういった鬱憤晴らし的方針では、古今東西、前向きに進んだ例はない。
「良い人材を使いこなす!」として、
「人間は社会的動物」と冷静に考え、
この二つを進めた個別企業(これは部下を使いこなすとは混同してはいけないのだが)、唯一こういった個別企業でしか成功にはたどり着いていないのだ。
テーラーシステム(科学的管理法)と言われるものは、
20世紀に経済の豊かさをもたらし、人類の富の増加に大きく寄与したことは間違いない。ところが、最近の研究からすると、あらゆる立場の専門的能力を持った人材から強力な反発・憤慨を招来したことが歴史的事実である。皮肉にも、心理学の人文科学者、社会学の社会科学者たちからは、非科学的と決め付けられ、事実、日本のような文化水準の高い労働者の労働意欲減退(人間性の疎外)を招いてしまったのである。そこに、1999年以降の規制緩和による非正規社員、派遣労働者らの人件費削減は、テーラーシステム、フォードシステムの条件基盤となっていた賃金構造、すなわち、職人の仕事方法ではないから大幅に給料を優遇するといった条件基盤とは、全く逆のこととなってしまったのだ。
○中軸であるべき正社員の拝金意識へ溺れ、
○専門家分野社員の憤慨を招来し、
○現場作業者の人間疎外とテーラーシステムの条件基盤の崩壊、
これを一挙に解決することも、新規事業の仕込みに含まれるのだ。


地代rent、賃金wage、利潤profit、の視点から、
個別人間の労働意欲が、どういった意識に影響されるのか、といった研究は注目に値する。生産の三要素(中高校生時代の教科書)と、合わせて考える研究がある。この古典的経済学であり、今も通用している生産の三要素は…専門的にはアダムスミスの分析から始まるのだが、彼はスコットランドの経済学者、当時の絶対君主制での社会経済活動に対抗した意味での、「自由主義」経済の元祖(現在の新自由主義の先祖ではない)である。中国政府関係者などを除いて、経済学の父と全世界の経済学者は認めている存在である。
さて、その研究内容は、詐欺、脅迫、略奪、戦争などの経済外的強制の行為を除いて、専門分野での能力を発揮する人たちが、地代rent、賃金wage、利潤profitといった奥底にある三つの所得源泉によって、「知識生産」の方法や成果が異なると、発表しているのである。誤解を覚悟して簡単要約すると

★地代 rent
とは、学術団体、政府機関、政府系経済アドバイザー、OB会と名の付く集団などに蓄積された知識の集合体から、知識を借りるために賃貸料を払う概念としている。知識を土地のような蓄積物ととらえる人たちだ。弁護士、司法書士、税理士、行政書士、社会保険労務士が、国家行政や裁判所の方角を向いて仕事をしている場合が、そういった専門知識を発揮する典型である。現代では確かに、こういった専門分野の人たちは、(国家その他の)資格を持たなければ仕事が出来ない仕組みとなっており、知識の水準を維持するには、社会的には必要である。
だが、仕事の姿勢は地主と同様の発想で、個別企業に対して、「注意しなさい。過去の知識の通りにしなさい」ばかりであり、新規事業に対してただの、「油断するな!」の一言で終わってしまうのである。
こういう人が、コンプライアンスを紐とくから、経営の足を引っ張る。実務に携わる専門家からすれば、放任されれば自由な経済環境を好むとして、彼らとは対立関係に陥らざるを得ない。……して、彼らは国家その他の権力に頼ることになり、ますます権力の発想に擦り寄り、「地主は賃借人を信用しない」との原則を貫くのである。

★賃金 wage
とは、遂行された労働力の総量に応じて払う概念とされている。労働力であるから、後日、商品が消費市場で売れた結果の価格には左右されないことになっている。また、その人個人の、それまで過去の実績でもって賃金額は決定されるが、無能な専門家と比べて、(所詮は賃金であるから)はるかに多くを稼ぐことはない。
時間の許す限り、専門知識の研究開発に携わることは出来るが、必ず花咲き実るとは限らない。だから、地主の仕事姿勢とは異なり、作物を育てる農民イメージであると言われる。個別企業の中とか業界における専門家となるのには、資格などの必要はない。
専門知識や知的技能には関心があるが、その使われ方には、関心もこだわりも持たない。それどころか、専門知識や知的技能が導くところなら、パラドックスや難問に情熱を感じる人たちとなる。

★利潤 profit
とは、伝統的には、土地と労働への投資に対する見返りである。その決定は消費市場での価格である。近年、ナレッジマネジメントと呼びかけられるものの目的は、この見返りの効率的回収である。が、現実は、地代rent及び賃金wageの所得を当てにしている人たちからの反発・憤慨を受け、「ナレッジマネジメント」のシステムと言っても、ただ単純な「共通データベース」の構築でお茶を濁さざるを得ないのが現実だ。産学協同とか特許権活用が、個別企業で遅れがちである理由も、この反発・憤慨にある。
研究によると、利潤profit追求の専門知識を発揮する人たちは、まず、地代rent(資格)追求の傾向示す。利潤profitは、はじめ外形的には、地代rent(資格)所得や賃金wage所得を得ているように見えるが、「万が一のとき(Just in cace)」ではなく、「必要なとき(Just in time)」なのである。Time is money ではなく、Timing is momey なのである。
知識が利潤profitの源泉である場合は、新規事業を切り開き、新市場を形成することになる。それは、この日本でも、耳にタコが出来るほど言われている論理である。歴史的にも、元来中国やインドは、ヨーロッパに比べ政治的、経済的に発展した社会だったが、ヨーロッパの「科学革命」によるイノベーションの風土が育つとか、社会(共同体)という制度が中国やインドに定着しなかった背景には、地代rent重視の権力構造があったとの研究も紹介されている。
だとすれば、(ここからが筆者の意見だが)、
戦後日本で高度経済成長が止まり、その後グローバル化するなかでも、いつまでたっても実現出来なかった原因を、すなわち、その主体的原動力がどこにあるかを研究・見定めていないから、バブル崩壊後もお題目に終わっているのである。筆者は、スウェーデンにおける学界と経済界の共同提案による管理職博士号(Executive Ph D)であるとか、アメリカのアウトソーシング(Outsourcing=専門家チーム)などが、大きな主体的原動力としての可能性をもっていると考えている。
いくら、個別企業の中だけで、あるいは日本国内だけで、専門知識や知的技能を駆使したところで、やはり外部からの専門的利潤追求の専門家アプローチがなければ(18世紀:自由経済発祥、19世紀:産業革命のときのように)、大きな変革を迎えることは出来ないのだ。
変革の第一歩は、いつの時代でも、あるひとつの個別企業から始まる。
そして、貴方の会社だけが再生復活する。


これからの時代、現実に通用する賃金の考え方
とは何なのだろうか。そもそも賃金とは何かといった概念を論議規定化したところで、労働者はそのように働いてくれるわけではない。特に専門家として働く労働者の多くの人でも、その論議規定に耳を傾けることもしない。親や地域から人生観を教わり、毎日を生きているとすれば、その周辺からの分析と考え方を探ることは必要である。


日本国内で理想として来た賃金。
終戦直後の混乱期に、GHQ政策に対抗して導入されて賃金体系が、「電産型賃金」と言われるものである。これは、日本の電力供給を水力発電から火力発電に転換するために必要な人材確保をするためのものであった。ここに目的があったから、当時のGHQや政府の職能給一辺倒の考え方と大きく対決したのだ。当時の電力会社(日本発送電)は、GHQと戦うために、「電源スト」(ストは労組)である送電停止(停止作業は会社オペレーション)を行ない、この賃金体系を導入したのだ。会社も労組も、GHQ本部との交渉、逮捕の危険、国内逃亡を繰り返し、電産型賃金は全国に定着した。それは現代人事総務部門の担当者の仕事からは想像も出来ない。その後、電力会社は九つの電力会社体制になった。この賃金体系が銀行業界に広まり、そして全企業に波及し、いわゆる年功序列型賃金体系となったのである。実は、私の伯父は日本発送電の人事部におり、当時は、賃金対策委員会で企画から導入の仕事を行っていたから、生前私にこの話を彼は伝授したのである。中央労働委員会や日本政府は、「蚊帳の外」であったから、この事情は知らない。賃金問題の学者や研究者と言っても、ここまでのことは知らずに、単なる統計や資料の分析で、年功序列型賃金などを話題にしているにすぎない。
この年功序列型賃金も制度疲労を起こし、若手社員が能力を思う存分発揮出来るようにしようとの考えから、大阪の国光製鋼で、日本で初めて職能資格制度が賃金体系に導入された。ここには全国金属の労組があった。コンピュータで、賃金総額の積分計算ができたから、体系を組むことも可能となったのである。最近流行した成果主義とは、この職能資格制度の、ひとつの資格内での成果を評価しようとの目的で、制度疲労を解消しようとしたものである。だから、職能資格を超えて成果を評価しようとは想定していない。そして、現在の世界的・歴史的経済危機の中、大々的な市場変化にあって、国内外の需要を拡大するために、有能なパートや短時間社員への期待が高まり、改めて賃金体系が見直されつつある。

§【給与】とは、
一般的にはサラリーSalayのことがイメージされる。会社のために就職し、本来の素質はあるが能力がない者に対し、会社が職業訓練を施し、一人前として成長させて行くが、会社は成長期待に応じて報酬を支払っているものである。会社への大きな忠誠を誓うから、全身全霊を捧げる関係が通例であるから、家族手当、住宅手当、通勤手当、退職金(賃金理論上は手切れ金)といった、実態として発揮した能力や労働力とは無関係な報酬が支払われるのである。これが、日本での扱いである。

§【賃金】とは、
実際に発揮された能力とか労働力に対して支払われる賃金Wageを指す。日本では、戦前戦後を通じてイメージが悪かった(労務者)ことから、「賃金ではなく、職員に出世して給与がほしい」といった意識から、会社も「実態は賃金=名称は給与」として形をつけたものである。ただ、パートタイマー、派遣社員、契約社員といった人たちには、賃金という名称が使われている。賃金は時間制であっても、出来高制であっても、計算の仕方が違うだけで、賃金の本質に変わりはない。契約Guarantyとは根本的に異なる。昭和大恐慌の時代は、賃金とは言わず労銀と言っていた。
労銀であっても当時から、週給や月給は存在していた。慶応義塾大学の「工場管理」の426ページによると、(原文)「1日欠勤する時は週給は七分の一乃至六分の一を減給させられ、月給にありては1箇月中三日以上の欠勤に対しては、その欠勤1日につき、月給の30分の一を引くもある。又た一箇月の連続欠勤は月給の三分の一乃至二分の一を支給するもあれども、週給又は月給における定規条件なるものには、緩厳差がはなはだ大きいのである。」(現物は旧漢字)とある。ただし、当時の休日は2週間に1日とか、10日に1日であったのだが。

§高度経済成長は再び望めない今、
農村から都市への大量の労働異動もなく、世界10億人にMade in Japan製品を供給するとなると、その製品のバックヤードを支える産業や衣食住関連事業においても、賃金体系を考え直さざるを得ないのだ。
個別企業には、幾つもの事業体があるが、そこには必ず責任者、副責任者、参謀役の三人が不可欠である。この三人には給与Salayとすることが原則である。ひとりの管理者に対して、現代は、10人弱の作業者を配置することに所詮無理があるのであって、ICT化を進めれば、実は配置作業者を減少させることが重要となる。
賃金Wageを所得とする労働者は、契約した作業を超えて仕事することはなく、
契約作業を行ったから賃金Wage支払いは当然だと思っている。
だから、それを超えて期待をすればトラブルの原因となるし、賃金労働者の側も、契約を越えた作業をすれば同僚とのトラブルを招くことも知っている。これは、有能なパート社員であるほどその意識が強く、契約した作業遂行には責任をもっている。ここは、短時間社員とは異なる点だ。
新しい市場変化と、新しい時代とに適合した労働力配置や賃金体系、これが客観的合理的なものであれば、管理職博士号(Executive Ph D)とか、アウトソーシング(Outsourcing=専門家チーム)の応援も得ながら、今まで社内では解決出来なかった障壁を乗り換えて、新規事業の仕込み・新制度の、展開・定着も容易となってくるのである。


労働者派遣契約の成立要件
をめぐって、法曹界では論理の真っ盛りである。これは、松下PDPの最高裁判決で、黙示の労働契約は成立していなとする最高裁判例に対して、全国で約60件あるとされる偽装請負や偽装派遣に関係する訴訟に関わる議論である。諸説氾濫はしているが、労働者派遣業の成立から、1997年まで事業の推進に尽力して来た筆者からすれば、労働者派遣契約成立要件について、法律家たちの議論が不十分だと思われる点がある。折しも、労働者派遣法改正案は、3月29日国会提出されている。

§現場実務からすれば労働者派遣を行う前提は、
具体的事柄として、就労場所、業務内容、指揮命令者、派遣契約の人数、時間外労働の時刻などの項目が、実態として、
→ 派遣契約が成立する前に明確となっており、
→ それに基づいて派遣先が労働者派遣の申し込みを行ない、
→ 派遣元が承諾する。
→ それから、人物を探す、募集する
といったプロセスである。
もちろん、派遣元の契約誘引活動(営業・受注開拓)は否定されるものではない。
さきほどの具体的事柄の主なものが、労働者派遣契約の法定記載事項とされているものである。
法定記載事項は、労働者派遣契約書に記載する必要は無い。
契約自体は、口頭契約で成立する。
法定事項の派遣契約書の記載は、契約成立の要件ではない。
だが、法定記載事項として、何かの書面に記載・保管しておく必要があるとしているのだ。法定記載事項は、派遣先と派遣元が、各々記載・保管しておればよく、その書面を突き合わせたり、摺り合わせたりすることまで、法律では要求されていない。
したがって、書面に記載し保管するという義務よりも、具体的事柄の有無が、労働者派遣を形成する要件となっているのだ。

§労働者派遣だとすれば、労働者の労働提供義務は
派遣先に対しては無い。派遣労働者は、派遣元に対してのみ労働提供義務、誠実勤務義務、職務専念義務などを負っているのだ。
従って、労働者派遣は、派遣元が、自己の所有する労働者のもっている労働力を、労働者派遣契約に従って、派遣先に提供する契約である。すなわち、労働者個人ではなく、派遣元に提供される労働力を賃貸するレンタル契約と解釈して差し支えないのだ。
だから派遣先は、派遣契約の範囲内で、派遣元からの労働力の受領権限のみをもっているのだ。
派遣先は、単に労働力の賃借人として指揮命令(使用・収益)するにすぎない。
これが、経営側や厚生労働省の定説と言っても過言ではない。

§この受領権限を超えた権限を派遣先が
行使すれば、派遣先と派遣労働者の間に雇用関係を成立させることになる。受領権限を超えた事柄の申し込みを派遣先が行ない、派遣元が承諾すれば、労働者派遣ではなく、雇用契約が成立する。この雇用契約にあたって、派遣元が介在するから、派遣元は結果的に、「他人の執行に介入」することになってしまい労働者供給に該当するのだ。とりわけ、偽装請負や偽装派遣の営業マンが個人として、派遣先と派遣労働者双方の使者・代理人として介在すれば、黙示ではなく明確な雇用契約成立となり、これが労働者供給事業である。
具体的に解説すると、
1.労働力のレンタルであるから、個人の履歴書は必要ないことになる。
  (業務料金を支払うのであるから、労働力の鑑定書類は差し支えない)
2.労働者を特定して、派遣元が派遣契約を誘引すれば、職業紹介である。
3.労働者の履歴書や面接結果の採用は、直接雇用契約の成立である。
4.派遣先が有給休暇の指図、労働者を指名解雇の指示をすれば、直接雇用の証明である。
5.派遣の前提である具体的業務(法定記載事項など)を度外視して、「良い人がいますよ」は職業紹介。
6.それを、派遣先が受け入れれば労働者供給となる。
7.労働者供給にも関わらず、派遣契約の名を借りれば偽装派遣、派遣先通知書は労働者紹介状となる。
8.労働者供給となると、賃金を派遣元が払うのは代理支払にすぎず、「派遣元が払っている」とは詭弁にすぎない。

§新自由主義・規制緩和での実態
労働者派遣の法律が緩和されたとか、派遣法の法定書類作成不備が横行したに留まらず、次のような実態が現われ、これを厚生労働省が見逃してしまったところに、問題の本質があったのだ。
営業マンが、派遣労働者の意向を受けて派遣先に雇用の申し込みをする、派遣先は履歴書や面接の上で採用を承諾し、この営業マンを使者として労働者に使わす。ここで雇用契約が成立するが、「他人の就業に介入」することになるので労働者供給となる。労働者供給事業は違法であるから、某派遣契約書もしくは架空契約書の存在といった方法を利用し、労働者派遣であると装う。御丁寧に、派遣先通知書として、この供給した労働者の紹介状を交付する。派遣先は、派遣契約では無いにも関わらず、派遣料金を支払う。ところが、支払金額は労働力レンタル料金ではなく、紹介料を上乗せした時間給(例:賃金1,000円、支払1,500円)を支払っている。これは、ノンフィクションなのである。
こういった明確な労働者供給のもとで、明確に雇用契約が代理人・使者を通じて行われた場合は、「黙示の労働契約成立」といった論述では支えきれない。派遣契約や請負契約の書類不備=黙示の労働契約成立ではないと、それだけを言っているのが松下PDPの最高裁判例である。先ほどの具体的な解説や規制緩和で見逃されたノンフィクション実態は、労働者供給事業そのものである。松下PDPの最高裁判例は関係ない。
経済構造の大転換を迎え、大転換法律改正を控え、労働者派遣契約の成立要件から、現場実務や法規対策を、もう一度見直さなければならない必要があるのだ。

2010/03/09

第95号

<コンテンツ>
トヨタ自動車→ アメリカ市場から撤退の見通し
1980年代からの日米自動車摩擦
ここで、豊田社長の有能さが発揮された!

日本のマスコミ論調は、物事を分析することに終始

人材派遣業者を弾圧! 予算不要の雇用安定策
監督指導の主要な点は、いわゆる26業務
S61年以来の変化が・・・・それ以上に市場激変

未払い賃金請求訴訟用のエクセル開発
訴訟用エクセル活用して、書証として提出しよう!
訴訟用エクセルは公開

社員が事件に巻き込まれたら…? 初動方法WEB開設

トヨタ自動車→ アメリカ市場から撤退の見通し
は、有識者の間では根強い判断である。豊田社長の、アメリカ議会公聴会での証言は、アメリカ社会に受け入れられるような論理ではなかった、というのがその主要な根拠だ。
苦情対応遅れなどの「不都合」について、アメリカ社会が最も嫌悪拒絶する論理と論述をしたからだ。例えば、「不都合な対応をした幹部数10名を解雇しました。神に誓って謝罪いたします」と弁明すれば、アメリカ社会は、謝罪があったとして、大いに受け入れ、トヨタ自動車を許すことになる。アメリカ社会というものを、少しでも研究した人ならば、これはすぐ解ることである。それにも関わらず、豊田社長は、アメリカ社会が排除(嫌悪拒絶)して来た世間体重視の弁明を行ったのだ。
ところが、電子部品の技術性能については、評価を守り切ったのかもしれない。「電子欠陥」の疑惑にも、3月8日にトヨタは異例の公開実験で反論、「トヨタ車の電子制御システムに欠陥を示す証拠はない」と改めて広報、技術面では徹底して論述展開した。
中国向けの記者会見における豊田社長の弁明内容、日本でのテレビ朝日(報道ステーション)での豊田社長の弁明内容、そしてこのアメリカ議会証言、これら各地の論理、その奥底から読み取れる趣旨は異なっていた。すなわち、これから伸ばそうとする中国市場と、撤退方向のアメリカ市場とでは、対応が異なるといったわけだ。


1980年代からの日米自動車摩擦
の問題が、その背景にある。それまで日本は、完成車を超大型輸送船に積み込み出荷していたものを、日米摩擦以後は現地の労働力と部品をアメリカ側から強制的に購入させられた経過がある。不本意ながらではあっても、労働力を受け入れ、(Kaizenn, Kiretuなどのアメリカ英語まで登場するぐらいにまで)教育訓練で何とか克服をした。ところが、部品については、今回問題になったように、現地の形状その他、完成車の性能レベルを発揮させるに十分さが不明な部品の購入を強制されているのだ。そこに追い討ち、アメリカ国内での個人需要見通しがリーマンショックを境にして超緊縮に突入して来た。ここから、アメリカ国内の状況は、トヨタ車の販売増加が見込める市場ではなくなったのだ。GMの株主であるアメリカ政府、このGM救済政策と対決しても、トヨタ自動車は売れない。


ここで、豊田社長の有能さが発揮された!
それまでの副社長クラスの、頑固とまでもいえる一本調子を豊田社長は切り替えたのだ。アメリカ市場から撤退する場合、トヨタ側からの意思表示を出せば、部品工場やアメリカ政府からの賠償金請求を招来することは間違いない。アメリカ文化というものは、海兵隊グアム島移転費の日本政府負担の如く、そういったものである。
もとより、トヨタ自動車の技術水準は非常に高いが、市場を制圧するのが技術力でないことは、トヨタが創業以来、身にしみて熟知しており、まして欧米の市場とはそういうもの(WTO協定理念)だからである。
→ トヨタが頑固な態度をとれば、訴訟がアメリカ全土で起こされる。
→ トヨタ自動車側の曖昧な態度は、アメリカ文化での違和感招来は必然。
→ GMはトヨタ車両下取りで販売促進、…米国政府政策を逆利用。
→ 曖昧な態度に徹すれば、文化的違和感のテーマとして客離れが発生。
と、あえて自然な装いでもって市場撤退策、といったシナリオである。
計算された円滑な戦略、「豊田家」ならではだ。
さて、自動車業界だけでなく、家電業界でも日米摩擦が発生する傾向である。
他山の石とし、貴方の携わる事業は、どういった教訓を得ただろうか。


日本のマスコミ論調は、物事を分析することに終始
ああだ!こうだ!と、不毛な論争をしている。
どうしても、国民はそれに流されて、「物事の分析めいた思考」、これに長けるようになってしまっている。そこに、あたかも一石を投じたように、100にひとつの事例を持ち出し、ペテン師めいた詭弁や修辞学が用いられる。これを現代日本の特徴と指摘する学者もいる。
古代ギリシャは、反対意見を認めない文化であったから、詭弁学や修辞学が、瞬く間に発展した。
ところが、反対意見を聞き、議論をし、多数行為で物事を進める文化を用いたローマ文化は、一挙にギリシャ文化を制圧した。
その後、現代実社会にあっては、物事分析(インフォメーション)は将来構想実現のための限定情報に限られ、将来構想に役立つ情報(インテリジェンス)こそ重要な役割を果たしているとして、(特にグローバル社会は)見識と決断力を、情報(インテリジェンス)に加えて重視する文化である。すなわち、「どうしたら良いのかを探るために情報を集める」といった情報の扱い方である。これがICT社会の流儀とされている。
その意味で、五大紙の新聞などが、
物事(インフォメーションは数値とは限らない)の分析に終始するのであれば、ますます無用の長物ならぬ、重たい紙の山、その「読者もが過去の遺物」とならざるを得ないであろう。加えて、正義か不正かは一先ずおいて、五大紙を中心に検察側に偏った報道の有様は、これに拍車をかけたのだ。
ところが現に、インテリジェンスを報道する地方紙や海外の新聞社は、健全経営、今もジャーナリズムの地位は確固としている。国内ジャーナリストも、このことに気が付き始めたのか、インテリジェンスを報道する視点からの経済政策論議も活発になってきたようである。
日本の社会経済で、ツイッター、2ch、携帯電話が幅を利かせている現象に通じているのかもしれない。


人材派遣業者を弾圧! 予算不要の雇用安定策
に厚生労働省が、火ぶたを切った。
このメルマガ号外で報じたように、派遣業の適正化として2月8日付で通達が出された。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000048f3.html
ところが、労働者派遣法施行の昭和61年(三協工業:偽装請負事件)以来と言っていいほどの、新たな動きが出て来た。この2月8日通達では、3月と4月に業界団体を通じて、監督指導を行うとしていた。
だが、3月1日になった途端、リクルート系のスタッフサービス(リクルートが1700億円で買収)などに改善命令が東京労働局から出された。
http://www.roudoukyoku.go.jp/news/index.html
この種の命令は、本省主幹課の指示や了解がなければ出せない仕組みがあり、東京労働局の独断ではない。また、各地の営業所に対する改善命令も含まれていることから、この日までに溜め込んでおいた事件であることも間違いない。加えて、スタッフサービスは人材派遣業界団体の理事長職、もう1社のヒューマンリソシアは副理事長職の立場にある業者なのである。
http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010030101000884.html
業界団体には厚生労働省のOBが送り込まれているのだが、業界団体内部のOBの手引きの上で、理事長職に改善命令を出すことは、極めて政治的かつ特異な監督指導なのである。
3月1日の改善命令は、極めて世論誘導の手法ではあるが、全国労働局の担当職員が、監督指導をするにあたっての意気込みに、強力な追い風となる効果である。


監督指導の主要な点は、いわゆる26業務、
とりわけ
=事務機器操作における単純入力作業の禁止、
=ファイリングでのマニュアル仕分作業の禁止、
=付帯業務が時間数で10%を超える作業の禁止、
=全く関係ない作業を含む対象業務の禁止
として、派遣対象26業務から排除するといった狙いである。26業務から外れた派遣業務の期間は3年内であるが、既に3年経過している。すなわち、この10年ほどの、緩和された実態を禁止するのである。
それも、3月から4月の新入社員受け入れと派遣契約始期に照準を合わせている。
厚生労働省の言い方の論述構成は
「期間制限を免れるため、ファイリング業務などと称している」といった方法であるが、26業務の範囲外であれば、3年以内の期間制限が法律で定められている。「免れた業務?」とされれば、既に3年が経過しているのがほとんど、即刻、「派遣先は派遣労働者に直接雇用の申し込みをしなければならない」との法律規定に従いなさい!といったカラクリになるのだ。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000048f3-img/2r985200000048gl.pdf
こういった事態を、マスコミ関係者は理解出来ないから、記事にもしていない。
また、巷では、改正派遣法は国会で決まっていないのでは?と、その呟きが流れているのだが、改正法施行時点で改正内容を事前定着させておく作戦は、官僚の良識的責務として、行政機関の作為としては当然のこととされているから、社会問題にもなりそうにないのである。


S61年以来の変化が……それ以上に市場激変
26業務対象外の事務処理業務を派遣に頼っていた企業は、先々の情報を昨年の内からキャッチ、この4月1日から派遣社員を一斉にパートタイマーとして直雇用するとしていた。うっかり、マスコミ報道の論調に乗ってしまった人たちは、「派遣業を規制したら、雇用不安が再燃?まだまだ大丈夫!」と、高をくくっていた。しかし、監督指導を直撃されることとなった。
従前から、実態的には日雇派遣は弾圧され、採算面では合わなくなっている。
そこに、26業務の監督指導である。さらに、派遣の実態は、派遣スタッフを探すにも、一般求人募集に頼らざるを得ず、その分が派遣料金のコスト高要因となっているのが現状だ。
加えて、
労働者派遣業のそもそも論、これを振り返ると、
昭和55年オイルショック以来の、仕事の外注化・外注業者の活用で人件費削減といった長期戦略(背景には経済のグローバル化)の波に乗って、
昭和61年の派遣法施行は男女雇用機会均等法と共に派遣法が想定した女性雇用安定の側面をしのいで、
会社経理帳簿上の人件費を外注費に付け替えられるとの思惑で、いわゆる金融資本に翻弄されながらも、猫も杓子も積極活用した。
平成9年からは、規制の箍(タガ)が外れ、労働省の事業保護(社会保険適用の緩和)も無くなり、いわゆる自由化となって、悪徳業者の参入を許してしまったのである。
ここに至っては、労働者需給システムの柱であった、派遣労働者の業務・作業の水準や成果よりも、「派遣先担当者に従うか否か」の拝金主義思考が優先することとなり、これが刹那的な影響を社会問題に及ぼした。
それだけに留まらず、個別企業の「高付加価値製品や高水準サービス」の技術や技能に悪影響を及ぼし始めたのだ。
一時の風潮は、派遣労働者を正社員化すれば、悪影響を排除出来るとする意見が世論の主流ではあったが、今は薄れてしまっている。「中高年の発想」などと揶揄された末に、学識経験者・有識者には、正社員化による雇用安定論を支持する者はいなかったのである。「正社員化!」で踊ったのは、大手マスコミ関係者だけであった。当然、選挙戦でも正社員化?がマニフェストに、雰囲気利用されただけのことであった。むしろ、労働運動の研究家からすれば、「直接雇用を通しての労働条件の改善」といった、パート・期間雇用→雇用の安定改善が、現実的であると提唱されたのである。もちろん、これが世界の労働運動の潮流であるとしている。そこで、小さいながらも日本の労働組合運動は、この提唱に基づき、パートタイマーの組織化を進めているのである
したがって、社会・経済構造は変化する。
労働者派遣を取り巻く環境で、期間的には四半世紀、昭和61年以来の変化が来る。
100年に一度経済危機と市場激変に対応するため、ICTと相まって働き方の概念が変化する。


未払い賃金請求訴訟用のエクセル開発
したとの発表がなされた。京都の某弁護士が開発したとしている。
http://www.daiichi.gr.jp/syoukai/work/overtime.htm
このインテリジェンスの重要ポイントは、これを開発した弁護士が、自由法曹団の弁護士であるということだ。消費者金融の債務整理に奔走している弁護士たちが、将来の債務整理代理人の受注量激減を見越して、ビジネスのためにソフト開発したといった代物ではないことだ。
自由法曹団といえば、
高度経済成長以来、新たな労働判例を次々と導き出している労働者側の弁護士集団なのである。東大、京大などの法学部在学中に司法試験合格、あえて裁判官や法学者の道を歩まずに、労働運動などのために身を投じている人たち、といった人材の塊である。したがって、能力的には裁判官や一流大学教授の上を行く人物にも事欠かない。この弁護士たちの集団活動が、新しい労働判例を導くといった結果にもつながっているのだ。兎にも角にも、その方面の根性が入っているから、当然の如く、著しい能力が発揮されるという訳だ。


訴訟用エクセル活用して、書証として提出
しようとの呼びかけである。日本労働弁護団と自由法曹団所属の弁護士らの限定使用としている。ところが、彼らは一声かければ、数百人の志を同じくする弁護士が集まるつながりをもっている。自由法曹団は全国の都道府県全域に窓口をもっており、全労連系の組合への労働相談も、ここに流れている。松下PDPの労働者側弁護団は203名の弁護士とのことだが、これが1例である。
http://www.minpokyo.org/jihou/2010/1001.html
だから、この集団ガが動き出したとすれば、サービス残業・賃金未払い等の事件は、個別企業にとって脅威なのである。大量の訴訟を提起することにより、「量から質への転換」といった彼らの命題も実現、すなわち労働基準法や労働契約法の法改正を迎えることを目指すといったことなのだろう。


訴訟用エクセルは公開
されている範囲でしか判断出来ないが、賃金計算ソフトとしては、未熟さを含んでいるように思われる。それは「これからの研究課題」としている部分に、その課題は集中しているようである。始業終業時刻の定めがない場合、1ヵ月内変形労働(週休2日など)の場合、法定休日を定めない場合の計算方法など、巷で主流となっている事柄への対応は、今からのように思える。賃金計算の分野に、「専門的職業人の存在しない」のが、日本的労務管理の特徴なのである。だから、この訴訟用エクセルは、巷の計算ソフトに比べ勝ると誇ってはいるが、確かに優位だと見受けられるが、それはあくまでも巷の計算ソフトが、あまりにも、お粗末その物であるからにすぎないだけのことである。
「刑事事件は金の流れを追っかける」
「労働問題は絵図に書いてみる」これが原則である。
労働時間の集計は、加減乗除の計算ではなく、積分&マトリックス計算であることが根本となる。労働基準法に積分方程式やマトリックスが、どのように組み込まれているかは、賃金理論の専門家の分野である。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/jinji/labortime.html
とはいっても、この訴訟用未払い賃金計算エクセルは、裁判所に提出する書証であれば、十分満足出来るものであることには間違いない。
☆【要するに、
いい加減かつ、「業務改善や付加価値など何のその!」といった個別企業が、狙い撃ちにされることには間違いない。
「30時間以上の残業カット」といった個別企業は、有名企業であるほど、(彼らのいう)独占大企業であるほど、ファイト!ファイト!と、狙い撃ちされるのである。
☆【経営側弁護士にとって、
この分野は、ほぼ「お手上げ状態」などであり、権威高い有能な弁護士は引き受けたがらない。
未払い訴訟が発生すれば即決請求額支払で、弁護士費用節約を優先する個別企業も少なくない。
適切経営管理・高水準監督体制をもってして、会社側が優位に切り返せる裁判例(互光建物事件:大阪地裁。平成17・3・11)は、まだまだ少ないのである。
☆【反面、「残業禁止命令」といった手法
などで、会社から通達するなどして、抜本的業務改善を促進している個別企業は、狙い撃ちにされることもありえないのだ。


社員が事件に巻き込まれたら…? 初動方法WEB開設
社会や経済が激変期に入ると、必ず事件が多発する。市場の変化に合わせて事業改革を断行すれば、ここでも事件が多発する。それは、社会でも個別企業でも、変革するときには、一時的にせよ、それまでの秩序が崩壊するからである。だから事件が多発する。また、変化に対する注意が行き届かないとこから事件に巻き込まれる確率も高くなる。
社員が通勤中に痴漢で逮捕された。宴会の帰りに、喧嘩で逮捕された。飲酒運転で逮捕された。大麻や覚せい剤で、逮捕された。社員に対して、恐喝や横領の脅迫が来た。会社に脅迫状が届いた!
このとき、貴方は、総務部門の責任者として、どう対処しますか?
警察や逮捕された社員の家族から連絡があったときからの初動方法を公開しました。
専門家へのコンタクトルートも紹介
http://www.soumubu.jp/contact/free/f014.html

2010/02/09

第94号

<コンテンツ>
グローバル経済と言われ出してからの日本経済は、
個別企業戦略に関連した成長方針
政府の営業開拓力が不可欠な商品
「金融」というものが現れて550年ほど
さて、これで個別企業の歩み方は決まり、
 ・【リストラクチャリング】
 ・【新規事業の「仕込み人」の確保】
個別企業の経営管理、特に総務人事部門は

グローバル経済と言われ出してからの日本経済は、
80年代は消費と設備投資(投資は金融資本へ、外注化の時代へ)、
90年代は政府需要喚起(バブル崩壊で民間資金弱体化)、
2000年代は外需と設備投資(製造業、パート労働者までが、労働者派遣に)、
2010年代は、外需の落ち込みと消費低迷、
といった経緯を、おおまかにはたどっている。
近時、外需の落ち込みが反転していると報道されているが、未だ1番底にあることには変わりない。今から、外需がさらに落ち込む可能性も出ており、いつ何時に2番底に転落するかもわからない。そこに、政府の需要拡大政策いかんでは、2番底も抜けてしまうのだ。アメリカ経済が回復とのニュースだが、G7は復活せずG20の役割が広がりを見せていることは、回復の可能性が遠のいている証である。
エピソードではあるが、トヨタ自動車の国内のプリウスは3月の販売が好調予定のはずであった。ところが、マスコミ報道とは裏腹に、1月早々販売に陰りが生まれ、もとより不足人員(正社員のサービス残業)で製造していた工場が、今度は社員の人員がダブつくといったところであった。そこに、今回の世界的なトヨタ自動車のリコール事件である。


個別企業戦略に関連した成長方針
の具体的動きが民間から、曖昧模糊とした「新経済成長戦略」をしり目に、生まれつつある。それらは、すべてが、海外投資ではなく、国内での現物製造なのである。これ以上の経費削減では、持ちこたえられるはずもないのである。
☆彡 食品製造は、
地方であっても成長している。単位工場当たりの規模は数10人等と小さいが、それなりの利益幅がある。意外と地方経済にとっては、雇用吸収が見込める安定的な産業である。産直有機野菜、各地の名産品、地酒地ビール、特産魚介類、そしてその加工食品こそが有望である。ここに、市場動向の監視システムICTが事業運用に組み込まれれば、農産物加工品の需要(内需・アジア向け)は、利益率を確保しながらの飛躍成長となるのである。徳島県上勝町の葉っぱ(いろどり)とか、イタリア現地の安価なチーズ産業などは、その例である。一昨日も、下郷農協、馬路村農協がTV(サンプロ)で紹介された。一説には、こういった成長の先には食糧自給率も50%クリア、70%も夢ではないとのことだ。今までは、米づくり中心?の農業、市場動向を無視して農産品を生産、不採算を農協金融(国の財政信用)でごまかし、消費者は貧素な食生活を強いられできた。
☆彡 高齢化に伴う医療介護産業は、
アンチエイジングに向かう。老人養護や障害者介護といった「社会保障の金銭処理?」の着想からでは、財政が持つわけがない。健康サプリメントに留まらず、メタボ予防スポーツジム、ビタミン投与医療、超低原材料健康茶その他である。アンチエイジング指向の化粧品類も含まれるイメージである。これが、高齢化社会での、70歳を目標にした高技能労働力の可能性を開くということにもなる。またこれが、安全と健康が保証されることにより、中国人向けの消費財となって、需要拡大に役立つのである。今でも中国からの観光客が、健康サプリ、消化薬その他を背負って帰国している。(日本の都市部の量販店では、2月は旧正月だから販売が伸びている)。
☆彡 「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供は、G20各国にも有望である。日本国内製造の商品は、日本の文化経済に支えられ、アジアや東欧その他への、現物出荷商品として有望なのである。いわゆる、大田区周辺、川崎周辺、東大阪周辺の町工場集積地は、部品点数の多い量産品の加工組み立て産業(今までは自動車産業)を支える地場産地(地場産地としては、イタリアのアパレルや装飾品も同様)、此処での最先端企業は、その優位性を発揮して、(国のYS-11生産中止の失策から30年の遅れを抱えながらも)、航空機産業へと向かおうとしている。人工衛星がPRとなっている。
☆彡 アフリカ大陸向け、この市場は、
未だ商品流通による文化経済が発展途上であり、Made in Japan の良さを理解し、価値を認めて、購入するには至っていない様である。資本主義や自由主義の基盤である個人主義自体が未開であり、自我というもの自体が形成途中なのである。中国の[超個人主義]とかインドの[超自己主義]といったようなものではないのだ。中国のアフリカ進出の方針も、高付加価値商品の量産が困難な中国事情と相まって、それなりに整合するのだが。
☆彡 そこに、トヨタ自動車のプリウス:リコール、
確かに、三菱自動車よりも対応は早く、やる気のない役員を押しのけて、豊田社長が先陣を切っている。この事件処理で、Made in Japan の信頼は上向きもすれば:下向きもするといった微妙な状況である。


政府の営業開拓力が不可欠な商品
太陽光パネル、風力発電、地熱発電などの環境エネルギー産業は運用システムパッケージ商品でもある。
新幹線技術も無事故、商品としての運用システムパッケージ商品である。
電気自動車産業であっても、インフラを伴う運用システムパッケージ商品である。
東南アジアの軟弱地盤(日本も軟弱地盤)の土木工事も運用システムパッケージ商品とすることで安価な商品となる。
日本国内の社会構造を支えるインフラは、ICTと結合させることにより、何もかもが運用システムパッケージ商品となるのである。
この、運用システムパッケージ商品は、どうしても政府の営業開拓力が必要なのである。個別企業では無理があり、総合商社とか多国籍企業でも、障害が多すぎるのである。日本のグローバル展開の、「地に着けた足」は、一体どうなっているのか?


「金融」というものが現れて550年ほど
(今が、その450年ぶりの激震幅の金融不安なのだが)、
イギリス、アメリカ、オーストラリアを
軸とするアングロ・サクソン・トライアングルは、エシュロンという諜報国家機関を運用して経済活動を行っている。日本企業の海外進出を、CIAを先頭に情報戦で妨げている。国家的資源争いでは、イギリスに勝てる国はない。
スウェーデンは、
高度精密小型武器の製造販売で、社会福祉事業の財源を得ているが、これを突破口に、独自の経済経営理論にもとづいての、経済情報と独自の商品販売網を確立しているのだ。フィンランドは徹底した教育改革で有能な人材宝庫を作り、デンマークは製造技能ノウハウを積み上げ、輸出立国(食品や軽工業)となっている。北欧諸国は、人口規模が数百万人と小さいが、経済活動ダントツである。ヨーロッパで独占的地位を占めるノキアなどは、その一端と見ておく必要があるのだ。
イタリアは、
千数百年の交易の歴史がある。イタリア経済は、国家なんかどうでも良いと考えており、数百年以上にわたって地方産業を基軸としている。戦後の鉄のカーテン時代でも、ソヴィエトにキーボード技術を提供し、中国文化大革命の際には、ココムの取引禁止国際協定にも関わらず、ビニール製造品の輸出(シルクロード密輸)を行うなど、日本では予想もつかない交易ルートと、(イタリアの産業は家内工業中心で、企業と言えるものは数社しかない)独特の経済経営管理の理論を持っている。
日本の歴史、千数百年をみると、
草の道(現在のシベリア鉄道)、シルクロード(日明貿易・朝鮮半島経由)、東南アジア沿岸の3本が、財貨産品の主なルートである。江戸期の鎖国、世界大戦、日米同盟などの大きなうねりの中で江戸時代以前の交易ルートは、事実上途絶えた。この交易ルート復活の是非を含め、グローバルな海外進出網と、その経営管理理論が、真剣に問われることとなるのだ。3本の財貨産品ルートの集積地が日本であり、現代日本の文化経済として、日本の生産システム、労働力システム、消費傾向システムなどの面にわたって、この3本財貨ルートは、未だに影響を残しているのだ。(身近な、商売の方法、食品の好き嫌い、日常の世界観、先祖の民族などの地域差も)。
日本のグローバル経済政策展開の、「地に着けた足」は、100年に一度の経済危機、450年に一度の金融不安の中で、一体どう判断すれば良いのか?…である。


さて、これで個別企業の歩み方は決まり、
第一課題:直近をにらんでの、リストラクチャリング
第二課題:新規事業の「仕込み人」の確保
この二つの課題が基本となる。
目先の売り上げ確保に邁進していては、数年後に破たんが来るのは目に見えている。事業終息の軟着陸の道を…といった選択の余地など、今や残ってはいない。これ以上の経費削減では本業がやっていけなくなった。今のうちに無借金、資産売却、地金でも買って、運を天に任せて極貧生活…余命を生きながらえることも、ままならない。
ただでさえ、ICT機器への投資効率が悪い実態である。こちらが良くても、相手の乗りが悪ければ、低いレベルのICTに収斂してしまう。現在のICT技術レベルでは、無理やりメールやグループウェアを導入すると、収益・生産・効率・労働意欲レベルを落としてしまうから、個別企業が関わる文化経済に適合した電子ネットワークを越える設備投資も危険である。

【リストラクチャリング】
の最重要ポイントは人件費である。今まで経費削減でつないで来たとしても、これ以上は削減する経費もなくなっている。
昭和61年に開発された業務請負とは、今でいうところの、OEMとかEMSといったものであるが、平成9年の職安法規制緩和により、業務請負は偽装請負の代名詞となった。ここから順次、費用のかかる技術技能開発の教育育成をサボりにさぼって、安いからとかペイするからとして、資材部門の非熟練労働力(労働者派遣)の安価仕入れを容認した。そのため、この10年余はなおさら生産技術や生産技能の空洞化を招いてしまったのだ。金融資本に振り回されて、グローバルに売れる商品づくりに、日本は遅れをとった。いまだに、ほんの一部の経済学者(竹中系統?)は、偽装請負(製造業労働者派遣)をなくすと、国内工場が海外へ逃げると主張する。だけれども、適法な業務請負すらが、そもそもアウトソーシングとは全く関係のない代物なのである。
そこで、国内とグローバルの需要に応えるには、短時間労働力による技術技能の発揮による、高付加価値製品&高水準サービスの商品提供に切り替える必要があるのだ。数年後の経済社会を予測すれば、個別企業の事業に対して、忠誠心を持ったパートタイマー、この人たちの人員を確保することで、リストラクチャリングの成功・失敗が決まる。極端ではあるが、社員は管理職だけで十分である。最近流行している、個別企業にもたれかかりたい正社員が、ますます安定と保障のみを追求する同類の新卒新入社員を採用して、個別企業を構成して行くのであれば、運営機能分野で、事業目的からますます離れる実態が生じるだけである。
将棋やお絵描きのように、組織形態ばかりを考えていても、その原動力となる運営機能が強くなければ組織も稼働しないのである。事業目的と社員の人生目的の整合性(最近はディーセントワークという新語)が図れなければ、安定正社員思考の生真面目な性格の子は「うつ病(脳内物質セロトニン不足?)」に罹り、安定正社員思考の頭の回転の速い子は「統合失調症(脳内物質ドーパミン過多?)」に罹る、こういった現象は、まったく自然なことなのである。
今も昔も、短時間労働者や非正規社員の仕事への忠誠心が、社員よりも高いとする事例は山のように存在する。要は、短時間労働者などの「待遇を改善して主力戦力にすれば良い!」のだ。1970年代までの高度経済成長時期に、かの日本の家電産業の社員の忠誠心を国際比較した研究があったが、確か日本は意外にも十数位、当時のユーゴスラビアよりも下に位置していた。それぐらいに、仕事への忠誠心は、実は日本は低かったのである。
そして、リストラクチャリングの後の、運営機能ルールも旧来とは切り替わる。
1.自己顕示欲は捨てさせ、にじみ出る権威を持たせること
2.隙間に配慮する気構え、親切が隙間の入り口になる
3.仕事の動作自体が、軽快でスマートなこと
4.仕事や生活での、時間・時刻を厳守すること
5.物事には、念には、念を入れ、失敗や失念のリスク回避
6.ICT革命では、法則性や技術を身につける(技能をみがくことではない)
7.物事の受付・入り口や、作業の案内をよくすること
8.それぞれの段階での、受付体制がしっかりしていること
9.次の段階への移行や引継手続きを簡単にすること
10.どの人も、突っ張らないで、リラックスして仕事をする工夫
11.何事も明るく振る舞うこと、それが出来る措置を図ること
12.人に対して、(信用ではなく)心からの信頼感をもつ工夫をすること
といったところで、こういったことが現象として現われるようにする。工夫と、実現される組織と運営が経営管理の柱となるようにすることなのだ。TVのビジネス番組、書店のビジネス本のおおよそが、とどのつまりはこういった運用機能ルールのことを紹介しているにすぎないのだ。

【新規事業の「仕込み人」の確保】
ICTによる産業革命が進行している。18世紀の産業革命は、開始から凡そ100年間で一段落した。今のICT産業革命は数10年で一段落するとの観測が強い。一段落の後は、それまでの機能システムに頼っている事業は、少し位は残存するが、極端に利益率が悪くなり、補助や慈善でもない限り、成り立つものではない。その典型は、これから必然的に迎えるところの、例えば現状の医療・介護分野、現状の農業分野、現状対事業所サービス分野の事例である。このICT産業革命の進展を見越して、新規事業の仕込みが必要なのである。要は、市場の変化に合わせて、新商品を開発することである。それは、
シューペンターのいうところの新商品開発
1.新しい財貨、新しい物の発見
2.新しい生産方式の導入
3.新しい市場の開拓
4.新しい原材料、半製品の発見
5.新しい組織(事業内外のネットワーク)の実現
から始めることが定石となる。
ただし、その成功の可否は文化経済の視点である。なぜなら、新商品を、実際に購入する行動の動機は、文化であり、加減乗除の計算・理屈では買わないからである。また、行動経済学とかの、理屈の後づけ二番煎じでは、(条件一致の場合のみだから)法則性が弱く、マーケティングの成功確率が小さすぎる。まして、現場の先駆的な販売促進活動力に、行動経済学が活躍する場面は、販売促進の範疇でしかないからだ。特に、需要地域における、その地域での「規格競争」が求められるから、(よく似た商品を複数競合会社が販売すれば共倒れとなる)、なおさらである。他山の石ではあるが例えば、中国はグーグルを締め出し、twitter を禁止することによって、ICTはしばらく停止=中国イントラネットを形成しようとしており、これはG20での規格競争からの脱落を意味する。
規格競争を展開するには、類似関連商品を取り扱う事業者の間で、アライアンス(alliance=同盟関係)を進める必要がある。(ANAスターアライアンスなどのイメージ)ブランド戦略からアライアンスへの進化であり、リアルタイムの連係行動である。連携関係(究極はM&A)なるものではない。難しく学術的にいえば、外部性の縦横ネット=規格競争での陣地取りとなるのである。先ほどのリストラクチャリングに関わる、能力の高い短時間労働者による業務遂行の必要性も、こういった市場の変化からも要請されているのである。
アライアンスは、M&Aによる大型企業形成とは全く逆の形をとる。いわゆる、ONLY-ONE 企業などが同盟や協調をとるということである。それぞれが自律的個別企業であり、相互に特性を生かし、需要地域の市場を押さえることで、各々の個別企業の目的を達成しようとするものである。だから、必然的に産業や業種の枠を超えて進むことになる。サントリーとキリンの経営統合は流れ、それは、サントリーはアライアンスを求めたが、キリンは吸収型M&A(企業合併は、法的には必ず吸収会社と被吸収会社に区別され、対等合併などはあり得ない)を求めていたところ、この市場変化の認識のズレが統合解消(もとより無理?)に至ったと分析するのが筆者の診るところである。
アライアンスによる規格競争、この水準での新規事業の「仕込み人」の確保が大切なのである。その役割を経営者が果たすのか、総務部門の貴方が果たすのか、それとも誰か雇うのか…。
さて、その「新規事業:仕込み人」の人材の素質は、比喩的には、今まで失敗し続けている若者の中から、
1.いつも問題意識がある
2.市場テストや実験をよくする
3.統計的なものの考え方(話を数字を使って表現)
4.他人の話が理解出来る
5.その事業の仕事が大好きである
6.楽天的で、取り越し苦労がない
といったところがチェックポイントである。「新規事業:仕込み人」には、
ア.思いつめて考えさせる癖をつけること
イ.人の話を聞ききに行く癖をつけること
ウ.何事もまず書いてみる癖をつけること
だからこそ、今の瞬間は、中堅・中小企業こそ、ここに資金投資をして、「仕込み人」を確保する必要があるのだ。経営者自らを含め、総務部門担当者自らも含め、「新規事業:仕込み人」を、探し出し、育成し、冷静にチェックし、確実に確保するために…。


個別企業の経営管理、特に総務人事部門は、
4月1日からの労働基準法改正(時間外60時間以上の割増賃金率増加など)、改正育児休業法、雇用保険法改正、労働者派遣法改正、その他に、振り回されることになってはいけない。日本の経済社会と貴方の個別企業の立ち位置、次に将来を考え、ここで思い切った方針をとることが必要である。
ハツカネズミの如く仕事をしていないか?
賽の河原の石積み仕事になっていないか?
欧米:グローバル風にいえばバベルの塔になっていないか?
と真剣に見つめ直す必要がある。
今こそ、将来の事業基盤を見つめ、事業基軸を組み立てて行くことが大切で、そのための総務人事部門が必要とされているのだ。
ちなみに、私ども株式会社総務部も、
リストラクチャリング応援のために、「パート賃金計算センター」を
新規事業の「仕込み人」の確保の資金ために、「グリーンシート促進事業」を
私どもの職種や職業や常識の範囲を打ち破って、この4月からの開始に向けての準備を進めている。

2010/01/05

第93号

<コンテンツ>
謹賀新年 元気が出るためのインテリジェンス!
官僚制資本主義?を、
在庫処分が経済危機(恐慌)の打開策
80年前の戦争を繰り返さない政策
個別企業の現実では、生臭い話もあり得る
だとすると、自立して努力する個別企業、
だが、若者のやる気、
個別企業の給与計算方法
個別企業の労使紛争、この解決方法も様変わり
【書評】『労働争議―ある調停者の記録』 サイラス・チング


謹賀新年 元気が出るためのインテリジェンス!
日本の社会や経済をめぐる年末年始の議論、政府の新成長戦略が出たとはいえ、あまりにも、マスコミの論調はボンヤリしている。表向きの話と綺麗事に終始をして、誰もが突っ込んだ論議に入ろうとしない。この100年に一度の経済危機、450年に一度の金融不安と言いながら、評論家でさえ、問題提起がないのだ。これでは、新年からのスタートは、何をどのように切ればよいのか分からない。
そこで幾つかの、あえて刺激的な議論を、紹介または展開(筆者の願いにあらず)することとした。

官僚制資本主義?を、
日本は明治維新以来貫いているというもの。途中、軍国資本主義経済に傾き、次にアメリカの下請け経済で大成長となり、利回り金融資本に傾き痛手を負って、現在に至るといったところであろう考え方となる。官僚制資本主義を抑制するための、「官庁や公務の労働者」の労働運動(官公労、電産、郵政、国鉄、電々ほか)を、終戦から順次抑圧したから官僚は暴走したのだとの主張までが、一方の学者から飛び出しても来た。であるから、脱官僚依存を目指さない限り、それを主張する人たちにとって有利な経済社会が訪れないとの結論である。よって、具体的経済政策の議論よりも先に、官僚によるコントロールを排除することで、「富の再配分」を成し遂げようといったことに意味があるのだ。もちろん、国家(官僚)による統制にきわめて強い警戒感を持っていることとなる。官僚の進めて来た(社会主義風)計画経済を排除して、民間主導の経済活動を育成したいということになる。その抜本的具体策としての新成長戦略の内の、東アジア共同体、環境・エネルギー、(革新的)健康(医療介護)産業、と言われるものなのであろう。さて、此処で読者の貴方は、どう考えるのか?


在庫処分が経済危機(恐慌)の打開策
というか議論である。これは、「まさしく正しい理論」である。エコポイント施策での自動車や家電製品の在庫処分を国をあげて行うことは正解である。延命価値のない企業には資金融資をしない、塩漬けの土地をたたき売らせる、後期高齢者医療制度の継続、現行老齢年金制度の継続・ご破算、これらも単なる帳尻あわせの在庫処分といった視点ならば正しい議論である。ところが昔はもっと酷い打開策を実行していた。
日本は昭和大恐慌のとき、いち早く内需拡大政策で経済回復を果たした。それは、洋服、洋食、リンゴ、キャベツなどが生活の目の前に現れ、日本は8年後には回復した。ところが、世界的には、世界恐慌の解決は第二次世界大戦による在庫処分であった。過剰となった在庫とは、工場・生産財、国民の消費財、国家の公共財、軍事の設備や消費財といった誰でも思いつくものに限らず、 余った労働力も在庫処分(戦死)の対象だったのだ。日本の軍国資本主義経済に群がった低生産性の在庫(モノ&ヒト)は、日本軍の超愚鈍級官僚のおかげで在庫処分が進んだ。そこでは止まらず、昭和20年の半年間だけで、全国の老朽工場設備(工場空爆)、女、子どもなど予備的労働力(新型焼夷弾で都市空襲)、精神論的生産意識(極めつけは原爆)に至るまで、陸海軍大臣らの連合軍への挑発が、結果的には戦後経済成長の礎となる在庫処分を進めたのだった。これは、皮肉ではなく、歴史の真実である。
最近は、経済学者のアダム・スミスやケインズの理論を、自分に都合良く中途半端に持ち出す人がいる。あまりにも酷いので、昨年秋から筆者は昔を振り返り、研究し直してみた。アダム・スミスは、王様主導による国家統制経済に対しての自由貿易主義の理念を説いたのであって、そのイメージだけで現代に適合出来る理論ではない。ケインズは、フォード主義労使関係(労働生産性上昇と賃金上昇が連動)を前提にした論理であり、その上でも、ニューディール政策や福祉国家で大恐慌が解決出来るとは言わなかった。むしろ、大恐慌発生源の金融バブルを抑え、モノ&ヒトは国内需給重視、金融も国内に留めるといった国家的管理を主張していたようだ。


80年前の戦争を繰り返さない政策
これが、現代日本にはきわめて受けが良いのは事実だ。大戦争による在庫処分との戦争待望議論が起こるかも知れないが、現代は戦争方法が様変わりしている。本国のエアコンの効いた部屋から、GPSと無人飛翔体による攻撃、加えて宇宙戦争の方法だから戦争は極度の金食い虫にすぎないのだ。過剰生産物の在庫処分は期待出来ず、イラク戦争はアメリカの軍事品在庫処分を兼ね、陸軍の動員は失業対策事業とまで揶揄されている。こうなってくると、戦争を繰り返さない政策に経済環境は傾いて行くのは必至だ。
個別企業における、新しいビジネスは、ここの経済環境に適合する必要がある。(ただし、個別企業における在庫処分が有効に進められての話である)。経済環境の判断を誤れば、製造部門への人材派遣業のように、企業単位の在庫処分が待っている。
それは、個別企業内外で、人・物・金それぞれの「信用格付」での効率性の向上である。もちろん、北欧諸国に見習って、きわめて高い利益率を生み出す能力とシステムも、一層のことに不可欠である。
そうすると、次のような議論に発展するのは自然だ。
1.格差解消に留まらず、富の格差縮小促進とセーフティーネットの充実
2.金融資本への投資を、産業資本への投資に転換(環境・エネルギー?)
3.モノ&ヒトの在庫処分ではなく、活用と発育発達の戦略・対策
4.(裏舞台では)人・物・金の急激な在庫一掃と富の再配分の強行


個別企業の現実では、生臭い話もあり得る
ことになるのだ。イギリス産業革命のとき、職人達は機械化による失業を恐れ、「機械打ちこわし運動」を行ったが、それより先に職人の作った品物は売れなくなった。日本でも、自動車の輸入により人力車夫が失業を恐れ、「車会党」を結成、その後、人力車に縁のなかった人たちが自動車を買い求めた。現代中国の労働力は、あまりにも非熟練労働だから、技術革新の障害になると言われている。(昨年10月の中国情報で、都市部で人手不足発生、労働力需給バランス悪化、大学進学率上昇とのことだが、労働力調達基盤は相変わらず変わっていないと)。
そして、日本の新政権の政策理念は、「個人自立型の民主主義」を基盤にしている。昨年秋の事業仕分けで、旧政府・外郭団体や族議員の「恩恵」に群がる勢力を狙い撃ちにしている。要するに、セーフティーネットの充実で、「友愛?」とは言いながらも、個人で自立して努力しない人たち(個別企業)には、報いることのない経済社会となって行くのだ。すなわち、自立しない人と付随する財貨・財産は、在庫処分の対象となることが是とされる経済社会に向かっているのである。個別企業の努力が報われなかった時代(金融資本からは下請業態を迫られた時代)から、自立した努力で脱却を一層に目指さなければ!という訳だ。下請け根性一本で努力もせず経営してきた事業が、当然、在庫処分の対象になる経済社会である。製造業派遣の会社が廃業・夜逃げ・倒産の嵐にさらされているが、法律も社会もがこの在庫処分を歓迎している事例は、「在庫処分が是とされる論より証拠」そのものである。
これは国際的にも言える。東アジア共同体構想といっても、「個人自立型の民主主義」を基盤にした上での話、ということだ。日本が中国やインドに依存しても報いはない。日本が東アジア諸国に依存されても、報いを施す特権的な余裕はない。過去分析してみると、中国に進出して損害を被った企業とは、他人依存型(日本の金融機関?日本政府?中国共産党?人民政府?へ依存?)のビジネス展開であったことは間違いなかった。ところで、マスコミ評論家はEUを例えに挙げるが、(マスコミの不勉強の影響で)EUの基本理念は日本人に理解されていない。その根本理念の論点は、ヨーロッパで民族主義を根絶やしにし、社会民主主義を定着させ、民族主義の根源となる国家は崩壊させることであった。個人自立型の民主主義の更なる先を行く哲学であり、政治、経済、文化、宗教をめぐっての大論争である。庶民は街中の日常生活のこととして、他人依存型の勢力との熾烈な争の末での選択であり続けているのだ。


だとすると、自立して努力する個別企業、
自立して努力する個人の集団は救われることなり、その自立と努力の度合いが、経済や社会の発展と連動することになるのだ。要するに、セーフティーの網に掛からずに、寄りかかって生きる人&努力しない人を、社会的経済的に踏み台にして成り立つこと(在庫処分)は是とされる。ここの激論は、日本の民主主義の発展度合いとならざるを得ない。
経済社会が変わったから、元請けの「おっしゃる通り」の仕事をしていても、(在庫処分も含め)早晩報いられることはない。上司の言う通りだけの仕事する部下は使い物にならず、部下に報いを施す余裕はなくなり整理解雇(=在庫処分)、部下の依存心が反転すれば憎悪と恨みは強烈となる。
社会(通念)の考え方は、事実上のハンディキャップをつけて、平等にはするが、「貴方には教育もするが、援助もするが、努力せずに寄りかかるばかりなら、在庫処分の対象ですよ」といった具合に、均等にはしないとなるだろう。これでも人類の歴史からすれば、福祉と幸福の進歩には違いないのである。自立のチャンスは平等にやってくるからといったところだ。


だが、若者のやる気、
これは元旦のNHKスペシャルでも議論になったが、おいそれとは解決策が出て来るわけではない。そこで、筆者の問題提起ではあるが、「良心が抑圧されない状態」となれば、やる気を出す者が、徐々に若者などから現われはじめるであろう。本来の良心とは、「何らの後ろめたさも感ずることなく意思表示ができる心裏状態」の概念である。もとより良い性格とか善意とは無関係の概念、良心が強いとか弱い、曲った良心とか素直な良心といった形容がなされる概念である。ところが日本では、本来の概念が誤解され、今や死語(解説・研究も未熟)になりかけようとしているが、世界数千年来の歴史的転換点には、古今東西、必ず必ず出現する概念なのだ。すなわち「良心の自由」なのである。
老人は老婆心で若者の良心を抑圧し、成熟老化した組織は体制維持のため、若者の良心を抑圧する。老いさき逝くしかない、何れ潰れ消滅するしかない、そんな人や組織に付き合う生活を送っておれば、若者に限らず、やる気など湧き出て来るほうが不自然なのである。


個別企業の給与計算方法
に至るまで、時代の変化は影響して来る。「時代」が変われば、職務に見合った賃金体系が必要で、見合っていないことからサービス残業などの賃金トラブルが発生している兆し向きもある。だから一番に、銀行取引を盾に、銀行のコンピュータ稼働率をあげるために、銀行の給与計算業務に依存している個別企業などは変化を迫られる。金融機関に依存する程度が低くなった今、銀行コンピュータシステムに適合する勤怠データ社内整理に、大量の時間と労力をかけて、非効率極まりない給与計算を銀行に依存する意味はなくなった。それどころか、「労働時間に出社さえすれば働いた」と考えるとか、「残業でダラダラ稼ぎたい」と思っている会社依存型人間の発想を、ますます助長するような給与計算方式では、職務に見合った職務に見合った賃金体系に基づく、給与管理とか就業管理には程遠いのである。それでは、社員のやる気などが湧き出てこないように、経営者が抑圧しているようなもので、成果主義やコーチィングなど空回りするのは当たり前である。
自立して努力する個別企業に見合った給与管理となれば、コンピュータソフトに縛られた代物で無意識のうちに、システムが社員の働き方を縛っているのでは困るのだ。労働基準法を咀嚼(そしゃく)して給与計算を行うことは、健全な給与管理である。ところが、労働基準法の遵守と違反の堂々巡りで給与計算するなら、それは個別企業を国家統制の許に置くことになる。先進諸外国と比べ日本は個別企業ごとに賃金額決定がなされるが、(法で定める賃金に該当すれば)計算方式は事実上、綿密に労働基準法で国家統制されている。その国家統制は、意外なことに社会保険労務士などの専門家であっても、統制されていることにすら気づかず、無意識のうちに浸透しているのだ。だから、多くの経営者が、社会保険労務士に給与計算を外注するに至らない感覚的理由が、どうも此処にあるようだ。
さて現実は、ありとあらゆる個別企業が、「給与計算担当者」の長期確保に苦慮している。諸外国では、「給与計算係」は、一つの専門的な職業である。しかし日本では、賃金計算に関する国家統制が厳重であるから、素人でも職務遂行可能?との錯覚が生まれ、結果は素人だから遂行不能=高離職率が常態化しているのである。ほとんどの女性は3〜4年もすれば、精神的にも体力的にも疲れ果てて、監督職(係長)に昇進するまでに転職をしてしまう。転職が生じないケースは、発注者依存型・受注型業種の個別企業に多く見られ、今でも30年前と変わらぬ給与体系と就業成り行き管理であり、機械化と言っても、ボールペンからパソコンへと変化(投資効果は最悪)しただけのことである。給与明細書の見栄(みばえ)の効果は在るとしても、(女性でも監督職に多く在り)業務自体の生産性は低下そのものとなっているのだ。
「職業=給与計算担当者」にとっては、個別企業の経営方針の変化に伴って、給与の体系が微妙に変化することは承知の事柄である。この人が賃金規程の変更も手掛けるから、イレギュラーな賃金計算も予想が出来、したがって、計算業務の労働強度や労働密度が極端に高くなることにはならない。素人的発想からすると、責任感ばかり強調するものだから、担当者(素人仕事)の失敗と疲労が繰り返されることになるのである。職業人としての給与計算担当者は、法律で定められたものだけが給与といった考えは改め、賃金明細書に現れる外の、「貸与されている物、供与されている物、将来受ける財貨」をも考慮していているのが当然なのである。「賃金は法律で規定されている」と、これに固執する者は、似非法律家と国の行政職員でしかない。
時代の変化は、自立して努力する社員の集団=個別企業を求めている。その働き方は、仕事の完成が優先され、その結果が労働時間である。およそ、自立努力型社員は出来高制の賃金体系で、短時間労働を結果として選択しようとする。自立努力型労働者は労働と休息にメリハリをつけた短時間労働指向である。他人依存型労働者は長時間労働に陥りやすく非能率的である。他人依存型社員にフレックスタイムはなじまない。
こういった自立努力型労働者にこそ、個別の事業(企業)に連動した給与管理や就業管理が大切なのであり、その「給与管理アウトソーシング」が可能な外注先も、チラホラ出現して来ている。「個人自立型の民主主義」の社会経済構造に転換して行くとなれば、個々の「給与管理アウトソーシング」業者においての、「職業=給与計算担当者」の人材育成が進むかもしれない。


個別企業の労使紛争、この解決方法も様変わり
することになる。紛争とは、当事者双方の主張が一致しない状態のことであり、決して(役人のような)、公的機関に訴えが出た事案に限られるものではない。自立して努力する個別企業にあっては、それはそれで建設的な議論から、場合によっては建設的紛争にまで至るかもしれない。例えば、発注者依存型・受注型の事業であれば、都合が悪ければ労働者の在庫処分をすれば良かったし、労働者の給与が上がれば棚卸し処分をすれば良かった。だがこれでは、これからの社会では、当該個別企業自体が在庫処分される憂き目をみるかもしれないのだ。一昨年末の「派遣切り」のときの如く、個別企業レベルでは、さしたる労働問題に発展することは無い。ただし、それなりに事件化して、怨念に基づく労働裁判、上司の暴行や金銭決着は後を絶たない。運悪く連続すれば(実は運命ではなく必然と社会科学は診るが)、社員の労働意欲は再起不能、(人材派遣業のように)廃業や倒産にも至る。
今まで蓄積された日本国裁判所の判例や裁判例は、あくまで基本ベースが官僚制資本主義の計画経済に基づく個別企業とか、他人依存型哲学の企業であったりしていることがほとんどである。もとより、労働法の目的は、「公共の利益のために、いかなる行動をとるべきか、いかなる責任を負わせるべきか」が論点となっている。現行憲法のもとで、労働組合法、労働基準法、労働関係法は、こういった目的でもって整備され、今もそれは変わっていない。今や、その、「公共の利益」が世界的に変化しているのであるから、法律条文自体の変化はなくとも、今後は判例や裁判例が変更されるのは自然なのである。また、1〜2年前には、予想もしなかった課題での紛争解決に対処するには判例などない。そればかりか、新しい判例のだされることを期待して、弁護士に訴訟代理を依頼しなければならない。昔も今も、労使の力関係バランスを保つためとの考え方が出て来るが、それは法律の目的にも趣旨にも存在し得ないのだ。
ところが、似非法律家は、過去の判例などにとらわれて、自立して努力する個別企業にも、自立努力型個人にも、遠く離れた、「お門違いの判断」を下してしまう。労働審判ばかりが流行すると、一般国民からすると労働審判は事実上の強制裁判であり、裁判所や労働行政に盲従することとなり、労使双方が自ら解決案を練る意欲と責任感が壊されてしまうことになる。一部弁護士の、「裁判をやってみなければ分からない」との営業トークでは困るのだ。現在の労働審判では、十把ひとからげに金銭示談を裁判官が迫って来るが、それ(判事の業績評価)に組みする似非法律家では困るのだ。これは、自立して努力する人格からすれば、受け入れがたい生活態度である。時代は、共感に基づくルール(義務)を指向しているとの論議が法曹界でも華やかであるにも関わらず……である。
昨年の12月18日に、松下プラズマディスプレイに関わる最高裁判決判断が出され、労働側が敗れた。早速経営側の一部似非法律家は浮き足立って喜んでいるようであるが、実のところは労働側の手抜かり、おおざっぱな労働側の論証を最高裁判所が見抜いたにすぎない。これとて、労使紛争に関わる人間関係をよく理解出来てないから、法律の字句ばかりで物事を考えている現象なのだ。同類の訴訟が60件ほど控えているとの情報もあるが、その中には明確に職業安定法違反の要件事実が十分に論述されている事件もあるのだ。日産自動車、いすゞ自動車の期間雇用に関する裁判例を見ても、経営側が整理解雇四要素説にこだわり、(要素でも要件でも、現在の裁判所傾向は4個必要)、時代を見ず人間関係を理解せずに、会社側担当者が拘ったことによる敗北であった。裁判例の結果は、正社員に比べ厳しい期間契約中の権利保護、すなわち整理解雇より契約期間を優先すべきとの裁判例であった。筆者の言いたい趣旨は、大局的にみた場合、こういった裁判所での争い自体が、労使双方が力を誇示しようとするために、裁判自体を武器に扱っているとしか思えない、といったことなのだ。「公共の利益のために、いかなる行動をとるべきか、いかなる責任を負わせるべきか」が司法の場でも語られるべきであって、実態として経営者や労働者が、「裁判所や労働行政に盲従する」とか、解決案を「労使自ら練る意欲と責任感が壊されてしまう結果」になれば、やはりそれは官僚制資本主義とか統制経済にほかならないことになるからだ。
こういったことでは、経済や社会の発展は阻害されるばかりである。力の誇示や陣地の維持を本来目的として、事業を経営する者や労働を闘争に巻き込む者は、確かに存在する。が、それは、北米、EU、東アジア共同体の理念とは異なる。労使共々、自立して努力する人格は戦後の歴史にあっては、
斡旋 conciliation、 調停 mediation、 和解 reconciliation
といった道を選択して来たのである。戦後の経済復興期、日本だけでなく欧米各国は(行政などの)経済統制や(裁判所その他の)強制裁定の道は選ばなかった。これが、経営者や労働者を問わず個人の、労働意欲や研究開発意欲の根源となったことは間違いない。これによりアメリカは、世界での先端的優位の地位を独占できたのだ。一部に、アメリカの発展は資金(資本)財貨を投資できたからだとの説も出されるが、昨今の北欧諸国の成長を見れば、経営者や労働者が自立して努力する意欲に因ることは証明されている。
「にわか仕込みの一夜城」だとしても、新成長戦略と謳うのであれば、
「個人自立型の民主主義」を理念とするのであれば、
自立して努力する意欲をもとに、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を醸成するような労使紛争解決制度を育成することが重要となるはずなのだが、……ここは、今後に、期待するしかない。


【書評】『労働争議-ある調停者の記録』 サイラス・チング
  時事通信社 昭和31年10月20日翻訳発行 絶版(当時100円)
労働関係調整法、労働組合法の、理論的背景には、今でも不明な分野が多い。この本は、その背景を示唆・裏づけしているものだ。著者は、経営側の立場であり、アメリカの経済に労使関係の調停が貢献し、当時のアメリカ経済活動の発展を裏付けたとしている。パワー・オブ・バランスが労働法の目的ではないと、この時代に説いていた。 p.250 法律の字句ばかりで物を考える人は、団体交渉の一員としては、明らかに不適格と断定。p.217 労使双方の意欲と責任感が壊れるとして労働法廷制度には反対。p.159 この論述は、現日本の労働審判(個別斡旋制度に対抗して設立)の、示談の横行と金銭解決の強要といった昨今の現状に、60年前に警鐘を鳴らす理論である。
また、『秘訣はこうです。私は私のオフィスの戸をいつもあけておきます。苦情のあるものはいつでも飛び込んで来いというということにしてあります』……しかし、これはじつはみずからをあざむく愚鈍きわまることなのだ。」p.195 と説き、人事労務管理や人間関係の本質を説いている。
絶版だから、全国の図書館、労働関係資料室で借りて読むしかない。当時と今では日本語の語句の概念が異なることがあるとか、(活版印刷の)活字切れで漢字字句が違うとかで、文脈から判断して読み込みを必要とするが、労働法の底流ともなっている、とても貴重な書物である。

2009/12/08

第92号

<コンテンツ>
「!これで、住友銀行の、大きな子分にならずにすんだ」
デフレ対策? 景気2番底?
変わりゆく労働力需給システム、
社会保険料の滞納問題は
時間外60時間以上の割増率1.50%、「労働時間の考え方」


「!これで、住友銀行の、大きな子分にならずにすんだ」
と、今回の「ゆうちょ銀行」の行方に、ほっとした様子の独り言が聞こえて来る。これは、住友銀行の発祥の地、その大阪の中心からの話題である。金融資本の巨大最先端企業に仕立てあげる計画はとん挫、そこには経済学の前提が影響していた。
実は、旧来の経済学は、「人間はカネ勘定さえあれば元気に働くはず」とする前提であった。ところが、昨今の文化経済学と言われるものは、その前提を覆すことをしている。また、関西地方で住友系の信奉者が多いとするのは大間違いで、実に昔から根強い「住友系嫌い」も存在しているのである。住友系は大阪商人ではないので、住友系と聞くだけで、目を△にして一切取り引きしない企業も関西には少なくない。そういった経験や習わしを抱える文化も、ある面で関西経済を支えているのだ。
この住友銀行の大きな子分の話は逆説的ではある。要するに、社会経済の転換期には、由緒ある(地方ごとの)文化が経済を支えているといった視点からも、物事を研究し尽くさなければならないのだ。
「市場経済最優先の新自由主義弊害」とか拝金主義ばかりが経済危機を招いたものではない。古代から日本各地は世界経済・東の最端国であり、ガラパゴス化しているかもしれないけれどもやはり文化の集積地、しかし、「高付加価値やサービスのグローバルな事業展開operation能力」を軽視し続けた(高利回り優先の)企業戦略だったからこそ、現下の経済危機を深刻化させている。(ただ、ガラパゴス化?文化は、今や観光資源だ)。
一方、拝金主義には反対だ!として、むやみに歴史や科学を度外視して、自給自足だとかエコだとかいった理論は、経済学とは別の趣味の世界である。中東やアフガンだけに限らず、古今東西、あらゆる〇〇〇〇原理主義と言われるものは、歴史でいえば13~14世紀の世界に戻そうといった代物で、これも趣味(もしくは宗教)の発想である。
趣味を貫けば経済は豊かにならず、経済が豊かになれば趣味は多種多様化するものである。職場カルト、宗教カルト、共にカルトとなれば経済外的強制が優先される。(フランスは社会集団全般の、カルト・セクト取締強化法=2001年=がある)。いずれにしろ、事業経営は事業環境に合わせなければならないと、「耳にタコ」が出来ていても、マスコミ関係者も官僚も、事業環境の文化経済的な視点が、まだまだ弱いのである。
何故そこまで筆者が断定出来るのか、その根拠は、
「経済学とは、みんなを豊かにする学問」との基礎を前提に研究されてきたからだ。「世の中には、儲かる人と損する人がいる」との説は、これも世間話や趣味の類であって、インテリジェンス情報ではない。この経済学の中途半端な知識を悪用して、「一攫千金一儲け」を目論み、金融工学?そして破たん…。
評論家の言い方を借りれば、次の通りだ。
「高付加価値製品や高水準サービス、この商品提供基盤は文化経済である。日本が世界に活躍する過渡期として、今や、日本経済や個別企業が再編・再構築されている」。


デフレ対策? 景気2番底?
と目まぐるしく世論は変化をする。年末年始に気を付けなければならないことは、個別企業に役立つ情報ならば、色々な角度からのインテリジェンス情報を集めなければならないことである。テレビ受けの良いキャスター、新聞マスコミの文学家(読まれる記事を書くのが上手)による、経済ニュースばかりを鵜呑みにしてはいけないのだ。金融庁の金融検査マニュアル改正とか返済猶予法令の中身詳細などは、ほとんどニュースで流されていない。
そもそも、景気の落ち込みといった表現はあっても、デフレそのものを解説するニュースも少ないのである。「この期に及んでのデフレ宣言」、これ自体が、円高基調の為替相場一旦停止作戦であり、海外向けアピール大成功であった。
ちなみに、デフレと言っても、
借金の多い企業や在庫が多い企業にとっては死神の到来であるが、そうではない財務安定企業とっては、十分やりくりできるから、これといって政府にデフレ対策を迫る必要もないのである。それよりも円高であるから、海外からの原材料価格が安い、…今のうちに仕入れておいて…と考えは、いわゆる素材産業(意外と日本の有力な産業)で広まっているのである。急激では困るが、ソコソコの円高ならば…。そこには、これから巨額の政府系融資(終戦後の傾斜産業)をつぎ込むことも視野に入れるべきとの意見も出始めている。
雇用調整助成金も、
セイフティネットの概念ばかりが強調されるが、「コンクリートから人への投資」というならば、新産業や人材への投資が必要である。戦後政府の雇用政策のうち、昭和30年代後半の石炭産炭地から都市への雇用促進、農村から都市への集団就職そして…来年度は、雇用が流動化している若年層の介護・医療への集団投入就職…これに反対はしないけれど、いまひとつ、国家の計画経済政策には在らず!との証しがほしいところだ。「借金できる」のも財産のうちなのであるから、日本の新産業育成に的(証し)を絞った雇用調整助成金が不可欠である。
今日が政権交替101日目。
経済先行きのセミナーも目白押し、変わったところのインテリジェンス話も仕入れておく必要ありだ。そこで、着想の具体的転換に、『民主党政権で中小企業はこう変わる! 』(著者:八木宏之、サンマーク出版、2009/10/30)とかは、一読して知っておく必要ありである。テレビとかでは、「民主は中小企業対策中心!」と報道されてはいるが、租税特別措置法の恩恵を浴びている大手企業にとっては、財務官僚から「恩恵を返上したいの?」と質問をされたくないから、そろって沈黙・ホッカムリ(…エコ…エコ)をしている状況も要注視だ!
であるから、100あるうちの3つの経済理論体系だけで記事を書こうとする新聞社の記事では、一生懸命読んでいても時間と体力の無駄かもしれないのだ。確かに、セールスマンの営業ネタ新聞、それは筆者も40年来、この目で確認しているが…。


変わりゆく労働力需給システム、
すなわち求職や募集の方法が変わろうとしている。職安は、「時間制限のお茶も出ないネットカフェ」と揶揄されるに至った。今や、需給システム不具合が経済の足を引っ張ることとなり、市場に適合した労働力需給システムが必要である。ところで、これだけの転換期にも関わらず、労働力に関する専門家は極めて少ない。テレビに出てくるコンサルタントともなれば、その多くがバックに人材ビジネスを抱えており、クライアントに対して利益相反の立場にいる者も少なくない。そこで、労働力の専門家のひとりとして、目の前の課題の背景にある歴史的変遷をまとめた。
・「労働者派遣」は、
昭和50年代中ごろに労働力需給で職安が機能不十分だと指摘される中、多数の与野党国会議員や自民党労働部会から労働省に対して、失業者の公的就労事業が突き付けられ、それがきっかけで立案された民間システムである。当時は雇用期間が4ヵ月以下の者を想定していた。すなわち、受皿論とは異なり、常用労働者として経済的に抱えきれない人たちの積極的雇用施策であった。当初、労働省が構想を発表した途端に、日経連から猛烈な反対運動が起こり、それから労働省は内部地下潜行させ、昭和59年の年末土壇場での発表としたのである。テレビ朝日の報道事案も、クレームを出した側が真実だ。グローバル経済など、未だ考えもつかない時代の法案構想が労働者派遣法なのだ。
・昭和60年に法案要綱
としてまとめられ、これまた土壇場に、ビル管理、清掃、受付といった職種を抱える都合から、常用労働者も適用範囲とすることとしたのである。だから、非常用を許可制の一般労働者派遣、常用を届出制の特定労働者派遣としたのだ。平成9年までは、与野党にまたがる抵抗勢力を排して派遣業の育成を図るために、社会保険の適用緩和で業者の利益確保を図るなど、労働省は必死であった。そこから労働省内では、「許可制として禁止事業をやらせてやっているのだから」といったお仕着せがましい発想もあった。
・「業務請負」は、
昭和61年の労働大臣告示を受けて筆者が立案・名付け、人材派遣S社の子会社が大阪北部地域から始めたものである。松下テレビ事業部700人のパート削減と松下掃除機組立会社の200人の募集などが数キロ範囲内で行われていたことに対し、地元の茨木職安では対応できなかった背景があった。業務請負により労働力需給を果たしたのだ。この地域は大阪と京都の間にあり、多くの工場が立ち並ぶ。業務請負が広がった極めつけは各工場の人事課長、資材課長などの妻たちが近隣で働いており、上に述べたような労働力需給で、パート雇用が切れ目なく&比較的高時給&余裕をもってパートを続けることができたことである。まったくもって構内下請とは別概念、当時は偽装請負を次々と駆逐し、業務請負が高い利益率も確保したのだ。
・ところが時代は、
グローバル社会と一緒にやってきた、「利回り優先の金融資本」による予算管理や目標管理に侵されたので、派遣先は外注化(派遣は外注費勘定)による予算消化に、派遣元は売掛金至上主義と銀行融資額増加による派遣会社延命策に走ってしまったのだ。その発端は、1999年派遣法改正ではなく、1997年の職安法改正が始まりである労働市場の規制緩和からである。ここから派遣業界の水ぶくれが始まり、今回経済社会から「お暇」が出て、潰れたまでのことだ。
業務請負も先ほど述べたスタートではあったが、偽装請負業者のダンピングにさらされた。そこに製造業派遣の解禁(みずから要望)で、派遣元自体の利益低下(自業自得)を招き、ここでの無茶が労働力需給システムの破壊と法令違反を招いた。金融資本に踊らされた素人経営者には、利益率低下の法則など知る由もなかったのである。当時は、新自由主義により法令を犯しても取り締まられることが無かったから、資本だけ回ればとの素人考えが、経営者も銀行員にも主流の考え方だったのである。そして、偽装請負と製造業派遣は、この経済危機(お暇)で破たん、転業・廃業・夜逃げの横行する業界となってしまった。
・来年3月からは、
厚生労働省が、一般派遣事業の許可更新に関しても3ヵ月前申請を義務づけ、事務所や書類を徹底的に洗い出すこととしている。毎年の事業報告も社会保険の厳格適用などで厳しくなる。昭和61年の派遣法施行の当時は、許可を下ろすにあたって徹底して現地調査が行われ、超大手のT社など書類不備で解禁日付の許可が危ぶまれたり、(当時筆者の事務所での許可手続きを除けば)M社、S社その他多くが指定業務の許可数を制限されたりしたのである。グッドウィルのような「話題になった系」の派遣業者は、ことごとく当時の安定所窓口は不許可にしていた。さて、現段階の厚生労働省の動きからすれば、人材派遣業は法律改正を待たずに、業者は利益率低下・煩雑さの頻発で採算が合わないようにもって行き、一部の職種を除いて一挙に事業縮小して行かせることに間違はない。
・ところが、経済危機から立ち直ろう
とする個別企業の有能人材ニーズは高く、派遣が駄目となれば、職業紹介のニーズは一挙に高まる。今後の日本経済、ますます、あらゆる業種での業務量繁閑差の大きくなる時代を見越せば、とりわけ「複数事業場への毎日紹介と有能な労働者の流動性」、これは個別企業にとって不可欠となってくるからだ。求人広告・求人媒体誌では費用対効果は薄く空回りするし、ネット求人では上部をなでている程度にしかすぎないからである。そこに、職業紹介会社が、面接・配置、福利厚生その他計算などの事務作業を行えば、毎日紹介システム事業にも資する。
ただし、「日々紹介」の概念は、ほぼ日雇い派遣の脱法行為に過ぎない。だから、既に各地の労働局の取り締まりが始まっている。そういうレッテルは貼られているし、ネットで日々紹介を検索すれば、またぞろ日雇い派遣の2番煎じの理屈ばかりである。
[派遣業はニュービジネス]と思っていた素人や若者たちが、またまた引っかかっているが…今度は銀行からのジャブジャブ融資は無い。


社会保険料の滞納問題は
いよいよ社会保険事務所も強行策に打って出て来た。保険料滞納が続く事業所に対して、何の予告もなく過去に遡り、被保険者資格を切ってしまっているのだ。ある日病院に行って保険カードを提出しても、健康保険が使えなかったとの事例がある。社会保険事務所に問い合わせてみると、過去に遡って内緒で職権喪失手続きを行っていたのだ。仕方なく国民健康保険に加入することとなるが、こういった場合は、過去に遡って、国民健康保険に加入する方法があるとしても、被保険者である従業員はビックリ仰天である。
確かに、この経済危機で、社会保険料を払わないという効果は、事業主が何らの手続きもなく、14.6%の利息でもって借金することに等しい。危機的な個別企業からすれば、銀行のカードローンに比べ、手続き無用の方法に走ることになるのだ。折しも、今年4月に、社会保険料や労働保険料の「延滞金軽減法」が議員立法で成立、来年1月1日以降の納付期限分の保険料から適用されるが、納付日から3ヵ月(労働保険は2ヵ月)が、14.6%→(当面)4.5%となり、現実には滞納に拍車をかけることになりそうだ。
社会保険事務所の徴収課職員が、「払ってくれ」と言ったぐらいでは払わない、「従業員からの控除分だけでも払ってくれ」と言っても払わない。この現象は現行社会保険制度の末期的症状である。保険料を払わなくとも、強制適用という法律の制度からは、「いついつまでが被保険者期間」との社会保険事務所が確認作業を行えば、事業主からの保険料未納が存在しても健康保険は使えるし、年金額が減額されることもない。法解釈的には、納付義務がある事業主が未納しただけであって、社会保険事務所の保険料回収の(ここが肝心)怠慢であったと行政は処分決着するにすぎない。被保険者である労働者からの取り漏れ(事業主の控除権放棄)分は、法律上も事業主負担とされることとなる。
ところが、社会保険庁がからすれば、給料の安い被保険者が増大すれば、健康保険も厚生年金も採算が悪化するから、全労働者が全員加入することを嫌がっている。現に、給料の安い労働者を大量に抱えている事業所には、社会保険に正常加入しているかどうかの調査など行われていないのである。保険料の多い少ないを問わず、注射1本の価格は同額だからだ。
このような事態からすれば、正常な個別企業の社会保険加入維持は、高度成長期やバブル時代の「加入の説得、脱退防止の説得」といった手法では間に合わないことになる。そこで、数年後の歳入庁発足といった話がでてくるわけである。また、中小企業に対する健康保険が協会健保(旧:政管健保)の旧来の加入維持促進制度を社会保険労務士制度が支えてきたが、こういった事情からその役割も終焉しつつある。民間の生保代理店と肩を並べて、社会保険労務士の、「公営生保代理店」は、果たして社会に資することになる制度であろうか?


時間外60時間以上の割増率1.50%
この施行(2010年4月1日)に向けて、「労働時間の考え方」を設置。
弊社サイトのダウンロードのページの、右下から10個目
http://www.soumubu.jp/download/
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/jinji/labortime.html
いろいろな労働時間の考え方の疑問が出される傾向は、
たとえば、
年間休日制、年間カレンダーを実施しているが、104日の休日のうち、法定休日とその他休日の区別が混乱。(そもそも、104休日といったことを、昔どこかのキャリア官僚が素人着想するから混同の元となった)。
また、
変形労働、1昼夜交替などのところは、そもそも労働時間の計算方法が複雑。ビルメン・警備などの業界にいても解らない担当者の方が数多く、都市部でも解らない労働基準監督官がいるのだ。
1911年、日本の工場法からの労働基準法約100年の、条文構成論理の変遷を踏まえた知識(労働時間の数え方もそのひとつ)を知っていれば良いのだが、自力で自前で分析するから、先人の知恵についていけない超有能なエリートも少なくないのだ。
労働基準法どおり、まずは素直に真似しておけば、そのカラクリとも言えるほどの仕組みも簡単に理解出来る。その後に初めて、個別企業ごとに上手な方法を考えてみれば良いのである。
労働基準法は規制や取り締まりの最たるものではあるが、
一方では、個別企業の自治や統制権を認めているから、
就業規則その他を工夫して自治権発揮・統治能力向上すれば、
それ次第で、個別企業にとっては極めて柔軟に労働力管理を行なえるようになっている。
要するに、
今時:経営管理能力のない者は取り締まる、といったカラクリなのである。
中小企業の猶予措置もあるし、残業なんか無いし、(正社員に「サービス残業させる?」だけだし…)と、色々あるかもしれないが、役立つよう簡単図表にまとめたつもりだが、
まずはクリック。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/jinji/labortime.html

2009/11/10

第91号

<コンテンツ>
産業構造が、「ものづくり」産業資本に急旋回
そして、「一層の金融資本に頼る社会構造転換」を拒否
借り入れ:返済猶予法案が
社会の変動時期だからと言って
そのための労働力育成と確保が
経営環境の根本的変化に対応することを
言わずと知れた最大級の雇用対策は
厚生労働省の官僚や地方事務官などの政治運動


産業構造が、「ものづくり」産業資本に急旋回
するから、重要視される労働力や能力開発の方向性が変わることは確実となった。とりわけ大手企業は、大局的にはトヨタや日本郵便のように経営幹部が切り替えられているが、部長クラスまでの管理職の差し替えが行われるであろう。出向させていた幹部や冷や飯を食わされていた幹部などを呼び戻すこともあり得る。金融資本とは、「それは水増しした輸血の流れの如く」にまで発展したものだが、そのもとで活躍する能力と、産業資本のもとで活躍する能力が異なるからである。
そしていま、多額の資本・投資が金融資本は止めて、産業資本に振り向けられている。大々的資金投入が、世界では、昨年6月から金融資本向けは止められているからだ。一部に報道されるような、金融資本の再活発化といった揺り戻しは、少なくとも数十年先まで起こることはない。同じ福沢諭吉の顔を持った紙切れは金融機関から湧いてくるけれど、金融資本なのか産業資本なのかは、(使い道さえ診れば区別できるが)一般普通人には判らない。

【過去の産業資本の活躍】
第二次世界大戦後、一斉に資本・投資が産業資本に向かった。産業資本の活躍に力が入ったのは、終戦直後の社会構造転換から30年余の期間であった。日本の場合では、傾斜生産から始まり、高度経済成長政策が進められ、金融機関の護送船団方式を使い、その資金は中堅中小企業(産業資本の集合体)にまでも至った。その資金は、今もって中小企業への恒常的資金貸付として資本金状態となっている、それが名残である。

【昨年までの金融資本の活躍】
その後、1980(昭和55)年代からは、資本・投資が金融資本に振り向けられた。巷では、「投資利回り」が話題となり、「Payできるかどうか、Payできれば、Go!」といったことが、新規事業とか、受注・販売するか否かの判断基準となった。大手企業の新事業も、「5億円投入すれば本気、それ未満の投資は、お試しかアンテナ」などの判断基準も生まれた。金融機関の貸付が消費者金融、貸金業者に回っただけではない。資本・投資が証券、保険業界に回っただけでもない。製造業メーカーも金融資本を扱っていたし、真似をして失敗したメーカーも続出した。経済のサービス化と言われた。この時点から、日本のマーケティング能力水準は停滞し始めた。
金融資本は「利回り資本」であっただけでなく、様々な「証券化」が法律上可能となるや、一斉に架空金融(信用取引)が進行したのである。こういった時代も通して、バブル経済が認知されるようになり、金融資本向け資金投入が昨年6月から止められ、それから金融危機が発生、経済危機にと至ったのである。経済のグローバル化と言われた。この間の、「利回りさえよければ」といった発想が、個別企業の経営管理能力の衰退を早めた。


そして、「一層の金融資本に頼る社会構造転換」を拒否
したのが、日本の社会共同体の意識であり、結果、8月30日の政権交代となったのであり、その意味からも、産業構造が「ものづくり」の産業資本に転換されることは確実なのである。
世界の主要な動きも、「ものづくり」に転換の道を歩んでおり、金融機関をはじめとする資本・投資が、産業資本に振り向けられることとなった。第一級エピソードは、イギリス最大手金融機関の香港上海銀行頭取が、産業資本への投資に向けて、ロンドンから香港に居を変えたとの情報だ。
アメリカも日本も、金融資本に対し過度の投資を振り向けすぎて、産業その他の空洞化が極度に進むに至っていた経過から、経済政策の柱は、両国とも空洞化を新産業で穴埋めしようということになっている、若しくは、なりつつあるのだ。もちろん、グリーンニューディールやCO2削減といった政策も穴埋めの意味を含んで進められている。


借り入れ:返済猶予法案が
国会に提出されているが、それに先立ち、三井住友、みずほ、三菱東京UFJの大手3銀行が、年末の返済条件変更対応や住宅ローン返済対応に、窓口を開設するとかの準備をしていることが報道された(8日日曜12時のNHKニュース)。金融庁の水面下の動き(緊急雇用対策も含め)は勿論であるが、金融機関の側の動きも、明らかに転換してきていることは確かだ。日本最大の納税法人である日本郵便の動きでも、とりわけ中堅中小企業融資へのアプローチが注目の的でもある。


社会の変動時期だからと言って
落ち着いて状況を静観することが大切とする時点は過ぎた。まして、社長も社員も会社内に閉じこもっていては、受注・販売減少で → することが無くなって → 社内が雑談に明け暮れていると → マスコミやテレビの話題に翻弄されて → 全員がネガティブになって行くのは当然なのである。だからと言って、闇雲に外へ出れば、体力消耗するばかりで → 心身共、さらにネガティブを促進することになるのだ。
この際、『産業構造が「ものづくり」に転換する』と、安心して、腹を決める!ことが大切なのだ。「高付加価値製品」を商品とする会社は、製品の技術や製造技能に力を入れることであり、そのための人づくりである。「高水準サービス」を商品とする会社は、サービス提供の技術やサービス技能に力を入れることであり、そのための人づくりである。
昔、産業資本の活躍期、某鉄鋼メーカーが販売するときに出荷許可証を発行していたが、そういった30年前の、「作ったものを売ってやる」式の発想ではない。経済がサービス化したというのは、それは金融資本の「利回り」のための道具にされた側面はあるが、これからの産業資本の育成には、ここで学んで蓄積したノウハウを道具にする必要もあるのだ。
さて、その舞台は世界市場に向けての、
「高付加価値製品&高水準サービス商品」の提供(原則は直送)にある。多国籍展開をするときは、産業資本であれば進出先の国家に体よく没収されることは覚悟しなければならない、金融資本であれば、とりあえず目先は、回転はするかもしれないが。


そのための労働力育成と確保が
今からの重要な仕事となる。日本社会全体でいえば、今まで確保していた優秀な労働力を、倒産などで分散させ、再起不能にさせているのが現状である。したがって、頭を切り替えて、社内で育成し直すこと、巷から拾い集めることなのである。日本文化や文化経済が優勢を誇っているうちに。
フィンランドは、もともと林業と造船業の構造不況の国であったが、当時29歳の文部大臣が、小学生からの教育を組みかえることによって、今日の産業構造の転換に成功し、豊かな国になった。子供たちの「能力底上げ」を徹底(子供のエリート教育を排除)することにより、有能な人材を高率で育成することに成功したのだ。
今後の総務・人事部門の仕事は、こういったことに重点がおかれるようになるのは間違いない。その戦略目的で、業務改善・業務推進のシステム、人事評価システムや項目、人事制度の構造、職業能力育成方法などが一挙に作り直されることになる。旧来の方式は道具として使えても、戦略目的が変更されたから、その道具の使い道が変わることになるのだ。画一的業務推進、相対的人事評価、受動的人事制度、そのためであった職業能力育成方法は消されることとなる。
現に、従来の枠組みにハマった、総務・人事部門の出版物や著作は激減している。法律解釈、判例研究、人事制度情報の出版物を読んだところで、個別企業のマーケティングや経営管理には役立たない。人事トラブル発生の時のテクニックの参考にはなっても、生き生きとした業務推進や、受注活動には役立たないのである。売れない本は出版しないとの出版社の職業感覚は鋭いからこそ、破たんした従来の理屈の著作出版物は出さないし、売れ筋ではない出版物も出さないのである。事実、金融資本に翻弄される出版社のビジネス書では、読者が今よく知る・納得する内容に絞って書いてくれと、出版社が著作内容を制限するそうだ。(私も、内容制限に反抗して書いていると執筆依頼は減り、打ち合わせ段階で話は消えた)。とはいっても、従来の蓄積の上に発明されるのだが。
もっと平たい話をすると、高度経済成長までは繊維産業が華やかであり、高度経済成長期は家電産業に転換し、金融資本利回りの道具として経済のサービス化と今日の様々な外食やサービス産業へと、移り変わってきたのだ。……ここで共通する事柄は、数多くの非熟練女性を吸収する産業であったことと、非熟練女性を管理・取りまとめる能力の高い中堅中小企業の経営者の存在なのである。それは、今後も、ひとつのキーポイントだ。


経営環境の根本的変化に対応することを
すなわち『産業構造が「ものづくり」に転換する』との経営戦略を定めたとすれば、そのための戦術目的である様々な経営システムを築いていけば良いことである。如何に早く新経営戦略を定めるかの話である。
このメルマガを書いている最中、2日連続でNTT光電話が故障(夕刻から)、NTTは通信不通が多発するが、翌日にしか復旧工事に来ない、加えて事故関連の技術情報交換システムも存在しないというから、こんな(発展途上国並み?)身近な問題でも、戦略と戦術を変更しなければ解決しないのだ。ICT関連の各種コンピューターシステムの事故は、利回り優先の金融資本に蝕まれていて、すなわち資本回転の計算期末(例えば年度末)に追われて不具合を起こす製品でも納入してしまう現実、まだまだ未知の分野での技術開発をするわけでもなく労働力削減をする現実、こういったことから脱出するには、ここでも戦略と戦術が重要なのだ。
ICT関連の話を例に出したが、そういう意味での産業革命が、世界各国の政権交代で推進されようとしている。一般国民が、政治や政権のニュースに関心を寄せているのは、生活というよりも、「産業革命の進行に取り残されないように?」を肌で感じているからと見た方が妥当である。旧来の金融資本利回り時代の発想、古くは高度経済成長時代の思い出でもって、社会や経済の目先分析をしていては、(多くのTVコメンテーターのように)今どこを向いているのか判らなくなる。18世紀の産業革命は約100年間であったが、今回は数十年と言われている。


言わずと知れた最大級の雇用対策は、
<1>労働基準法や労働契約法を、現行の範囲内で行政機関や司法機関あげて、徹底して規制強化をする方法である。軽く200万人ぐらいは雇用吸収出来る。一部の経済学者はそう主張しているし、こういった少数の経済学者たちの主張によって、「ホワイトカラー・エグゼンプション」法案(年収400万以上は残業手当なし法)が沈没させられた事実もあるのだ。派遣村の有名人物が国家戦略局の顧問になった程度の甘い話とは違う。
<2>整理解雇の四要件は訴訟提起を背景に効力が出ているにすぎないのが現実であるが、これを行政機関が徹底すれば、(筆者の勘どころでは)9割方の解雇事案(雇止め?)がストップする。
<3>トヨタ系列では、期間工や派遣社員の増加では来春の解雇ができないとして、現下の一時期は系列会社の社員にサービス残業をさせているとの情報だ。これによく似た事情が現時点のサービス残業の特徴であるが、中堅中小の個別企業が所定時間分の仕事がなくて、雇用調整助成金に目移りしていることを前提にすれば、「ここに監督署がメスを入れれば、数十万人の雇用が生まれる」と労働組合の一部が昨年まで主張していたサービス残業をなくせば100万人の雇用が増えるとの話はもう消えてしまった経済状況である。
<4>年次有給休暇の取得、育児休業や介護休業の取得、これらを政府機関あげてPRすれば、人手不足を生み出すことは間違いない。とりわけ大手企業では有給休暇取得が、今もって出世の妨げになるとの実態からすれば、順次、雇用量の増加が見込まれるのである。
<5>そして、究極の雇用対策として、就職中であろうが失業中(ただし、安易な失業防止?)であろうが、収入に差を設けない制度の提案まで存在する。が、あくまで社会構造自体の転換で初めて可能との学説とのことだが。
とはいっても、肝心の労働者たちに、このような最大級の雇用対策を求める意識は小さく、こういった雇用対策を本気で呼びかけようとする労働組合も極めて少ないのが現実である。これについて、旧来からの左系論客は、貧すれば鈍する式に、格差のために労働者には、「無知、野蛮化、道徳的退廃」が、はびこっているにすぎないと反論する。
はたまた、今度は、そこには具体性がないとの再反論も生み出し、数千年来の論議に突入している。
要するに、前向きに、積極的に、生きようとする意思を持った人たちは、産業構造転換や個別企業の活躍に将来を託していると思われる状況なのだ。だから、誰にも託すことが出来ないとなった場合に限って、資本投下量にリンクして労働組合運動が復活する可能性も考えられる、それは、終戦直後の産業資本が活躍したころのように。
新政権の緊急雇用対策は、緊急性と方向性を示したものの、
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kinkyukoyou/
(厚労省は10月30日全国職業安定部長等会議を開催)
雇用課題の把握は、まだまだこれからのようで、具体策となっていない。雇用維持・創出政策は“貧弱”とまで評価されるとか、旧労働省のシンクタンクや人材とか、現場の専門家の英知の集約が待たれるところだ。
なお、厚労省は、意見・苦情の集計結果と現時点での対応等をとりまとめ、週1回発表していく予定とのことである。(厚生労働省に対する意見・苦情の集計報告について)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000029vz.html
政策提言その他、「ご意見・ご要望」の、入力フォーム
http://www.mhlw.go.jp/iken/bosyu_voice.html



厚生労働省の官僚や地方事務官などの政治運動
といった話題は、マスコミをはじめ、役人の中でもタブーである。しかし、連日報道される官僚動向や政府陳情取りまとめといったニュースは、表面的な話だけでは理解出来ない。実際は、官僚や有力地方事務官での政党影響力のつばぜりあいが続いているのだ。政治運動と言っても国家公務員であるから、党員であることが分かれば、表向き解雇される危険性があるから、政党の後援会活動とか(社会党では)党員協になっていた。
1980(昭和55)年代までは、旧労働省内部では田中派や三木派の自民党後援会が強かった。それに対抗する形で、今でも共産党の後援会が非常に強い。旧厚生省では、今でいう自民党の橋本派・津島派が活躍、厚生労働省に再編されてからは、それが一層有力となった。津島派といえば、財政投融資の名目で大蔵省に押さえられていた、約140兆円の年金資金を厚生労働省の自由な財源に取り戻した派閥であり、今でもそれを自慢している。
これを資金運用として株式などに投資を行ない、年金制度の構造的不備(昭和34年の国民皆年金の時点から支払い不能)を回避しようとしたが失敗に終わったのが年金改革である。この失敗尻拭いの責任追及を回避するため、官僚たちの「長妻大臣への抵抗」といった側面があるようだ。もとより支払不能だから年金記録はずさんが当たり前でもあったのだ。
共産党後援会は、厚労省内部で組織的に動くことはあり得ないが、共産党本部の政策的呼びかけには、個々末端の後援会員が同調して、草の根で陰に陽に行動する。共産党後援会は監督署、安定所、社保事務所に「しんぶん赤旗」が散在するにしても、後援会員の人物特定は難しい。法務省や裁判所あたりに進出していた公明党(創価学会の政治部門窓口)ではあるが、過日8月30日の衆議院選挙後は沈静して、厚労省内部に進出するどころではないようだ。旧社会党の後援組織である「党員協」は、社会党系労働組合の幹部であったからこその団体であったから、今事実上は壊滅状態である。民主党の後援組織は、小選挙区制を前提とした国会議員を中心に形成されていることから、厚労省内部を動かすようなものにはなっていない。また、民主党は国会議員によって政策が千差万別、「みんな独自で元気が良い!」のが民主党の取り柄といったところなので、厚労省内部でまとまる可能性はないと見て良い。
いわゆる55年体制といった、政党やその関係組織に所属していたことでのステータスが、この8月30日からは崩壊の一途をたどっていることは間違いない。しかし、それとは違ったネットワークの政治運動が生まれて来るのも当然と見ておくべきである、そもそもが、政権政治の中心直属舞台(ステージ)であるから…。

2009/10/06

第90号

<コンテンツ>
CO2=25%削減のグローバル的ビジネスチャンス
銀行借入の「返済猶予」の施策は、猫に小判?
退職(離職)後の健康保険料などの「支払猶予」はどうなる?
政権交替、フロンティアな政権運営に未来をかけた
臨時国会に派遣法改正案を提出する予定
労働裁判 裁判官は示談屋に変身か?
【書評】『中国貧困絶望工場』『菜根譚(さいこんたん)』


CO2=25%削減のグローバル的ビジネスチャンス
9月22日に開かれた国連気候変動首脳会合で鳩山由紀夫首相が演説、途上国支援の原則として4つのポイントを示した。
(1)わが国を含む先進国による追加的な官民資金での貢献
(2)途上国の排出削減について測定、報告、検証可能な形でのルール作り
(3)資金の使途の透明性、実効性確保のための国際システム構築
(4)低炭素技術の移転に絡んだ知的所有権の保護
これにより、日本の環境保護関連産業、すなわち、ばい煙防止装置や脱硫装置プラント産業、自然エネルギー(太陽、風、波など)産業、農地開発・かんがい用水路工事その他の発展途上国援助の方向が定まった。日本と途上国との“2国間協定”であれば、途上国援助にかかるプラントや工事の受注を日本企業が独占することが可能となる。OECD:経済協力開発機構の援助であっても、日本の環境技術でもってすれば、相当のものを受注することが可能である。排出削減ルール、資金使途の透明性、知的所有権が制度化されれば、途上国側の資金の不透明な雲隠れも抑制され、工事代金へと還元されるといった仕組みだ。
中堅中小企業であっても、JICA:国際協力機構を通じれば、こういった国際貢献としての進出は十分可能なのである。個別企業の総務人事部門では、「高付加価値製品&高水準サービス」の人材確保を今から計画する必要がある。そのための個別企業内の予算配分や政府に対する景気対策助成金を企画することも重要である。
とかく、人事問題といえば、受動的な削減の話ばかりであるが、この分野については、積極的な起業の話が中心になりそうだ。


銀行借入の「返済猶予」の施策は、猫に小判?
金融担当大臣の、「返済猶予の提言」に対して、マスコミ関係や多くの評論家の素人発言には呆れる。財務大臣の論評は次元の異なる内容でもある。とりわけ、「貸付金」とか「返済猶予」などの表面的語句の解釈に、素人的にこだわるばかりで、内容が独り歩き、真意も確かめることなく、国語辞典程度の論議が繰り返されているに至っている。経済専門家からすれば、それなりの経済政策も、「猫に小判なのか?」と投槍的にもなる。
日本の中小企業の金融機関の融資というのは、8割方の本質は「資本注入」といったものだ。高度経済成長政策を始めるにあたって、当時の商工中金、中小金融公庫、国民金融公庫主導によって、大手工場のすそ野である中小企業に対し、民間金融機関からの資本注入をして、産業構造の補完を図ったのが中小企業向け金融の始まりである。株式投資では配当に不安があるとの金融機関への配慮から、利息回収の形式をとったにすぎない。だから、融資を完済しても改めて融資を開始、以後も延々と銀行との付き合いが繰り返され、その利息(配当)で金融機関は生き延びて来たのである。中堅中小企業経営者が銀行に盾突くことが出来ないのは、大株主だからである。その後、護送船団方式により、その基本的構造は今も続いている。
【銀行の経営が立ち行かなくなる?】
というが、先ほど説明した通り、利息を回収している限り、銀行収益としては極めて安定的なのである。元本棚上げが不本意な中小企業は、一生懸命元本を返してから、改めて融資を開始してもらえば良いだけだ。銀行経営が不安に…の裏には、手間のかかる中小企業向け貸付手続であり、利息も2%程度では採算も合わないから、アメリカをはじめ外国の国債を買えば利息は4%が間違いないから、中小企業向けの貸付資金を回収して、外国の国債買い付けに資金投入したいとの計画があるからだ。ここには、都銀・大手地銀と、地銀・信用金庫・信用組合との経営計画に目論見の差があるのは歴然としている。
【不良債権が発生するのでは?】
と、ある人は言うが、それは実態経済からかけ離れた、(架空の)理屈である。住宅ローンも然りである。中小企業の経営が立ち行かなくなり、不良債権が次々と発生しつつあり、裁判所が競売価格を引き下げ、これが今や、資産デフレを引き起こす最大要因になりつつあるのだ。マスコミ関係者の多くが、こういった視点からの指摘が出来ないのは、文学部出身の記者ばかりが多すぎるからである。
【10月9日予定の金融庁の法案は?】
具体的にはどのようなものが出て来るかわからない。が、妥当なところは、
(1)中小企業のうち、希望者に対して3年以内の元本棚上げ、利息だけの返済
(2)銀行が拒否する「対等な返済条件変更」を、不良債権扱いすることの禁止
(3)不良債権化(現行:利息支払が3ヵ月以上停止)防止には、利息棚上げ
(4)住宅ローンは、住宅金融支援機構(旧:住宅金融公庫)主導での不良債権化の防止
その後に、不良債権化しそうな不動産は、景気が回復してから担保不動産を任意売却させて回収した方が、銀行としても有利なのである。


退職(離職)後の健康保険料などの「支払猶予」はどうなる?
といったことは、意外と知られていない。職を失ったことによる、市民税(正確には住民税)、国民健康保険、国民年金の支払いが不安となり、トラブルの原因にもなる。
【住民税】:減免措置があるが年齢や扶養家族によりバラバラ、妻1人子1人の中高年なら前年収入300万以下程度は無税になるようだ。それ以上なら減額、所得が多いと減免は無い。離職票(雇用保険受給者証)か雇用保険受給者証を持って市役所へ。
【国民健康保険】:保険料決定に所得割部分があり、これが免除となる。1ヵ月1万数千円程度(自治体によって差がある)の保険料になるようだ。健康保険の傷病手当を受給しないのなら国民健康保険への切り替えでも治療費負担は同じだ。離職票(雇用保険受給者証)か雇用保険受給者証を持って、離職後20日以内に市役所へ行くと円滑処理できる。
【国民年金】:減額と免除は、早く行かないと期限切れがある。年金手帳と離職票(雇用保険受給者証)を持って市役所か社会保険事務所へ。減免措置をしておけば、保険料は1人14,600円/月。減免措置をしておけば、基礎年金国庫負担2分の1を納付したことになる。数年後に加算額上乗せで正規分の追納も出来る。
【失業保険】:正確には雇用保険の失業給付である。離職者が、離職票に退職の旨を記入したことを根拠に退職が成立するわけではない。各種保険手続きによって労働契約の有無の決定はされない。解雇無効の訴訟を提起した訴状の写しがあれば、失業保険は受給できるから注意が必要だ。病気になれば雇用保険の傷病手当がもらえる。
「返済猶予の提言」と比べ、個々人の規模は小さいが、こういった猶予施策は、ニュースにならないところで行われている。旧厚生省(戦前の内務省系)の「言ってきた人だけに対応を」といった姿勢が、まだ残っている現われだ。


政権交替、フロンティアな政権運営に未来をかけた
ものが無党派層の意思である。だとしても、具体的な政策にまで提案が及ぶかといえば、まだまだ無党派と言われる人たちは、そこまで慣れ親しんでいいない。
労働分野に限っていえば、従来、厚生労働省本省の官僚に企業や労働組合が接触して、その圧力でもって本省各課の課長代理などに、政策の企画立案をしてもらっていたのだ。誰かの紹介なしに行くのが怖いから、行政から目を付けられると怖いから、“議員さん”にお願いすることが流行していた。でも、実のところは腹さえ決めれば、電話で十分なこともあり、会社や労組の名刺を持って本省を訪ねることもできたのだが……。私も、要するに代理人として、電話もするし訪ねることもして、阪神大震災の雇用調整助成金や失業給付、あっせん代理人(特定社会保険労務士)派遣禁止などを実現したことがある。トヨタ自工・販売&トヨタ労連の事業外みなし労働、関東百貨店業界の3ヵ月変形労働制、といったところだ。話題の労働者派遣は、昭和50年代の中ごろに某全国労組が提案:労働省が運命をかけて労働政策の転換をして今日に至ったものだ。要するに、政治家や官僚では、そこまでの政策立案アイディアは持ちきれないのである。今の官僚があわてて作ると、旧来の(社会主義:○ヵ年計画と同じような)発想だから、補正予算の7000億が執行停止になるのも当然なのだ。やはり現場の実態からの着想がものをいうのだ。
さて、今度の政権は、企業その他からは、何処へ政策提言を持っていけば良いのか調べてみた。どうやら労働問題は、衆議院第二議員会館(〒100-8982 千代田区永田町2-1-2)細川律夫:厚生労働副大臣あての書簡が有効なようだ。
そこで私も、日本のこれからの産業育成と雇用創出・人材育成の場を創造する観点から、とりわけ、「高付加価値製品と高水準サービス」の人材育成のための雇用調整助成金の使い道を立案(厚労省10/01提出)してみた。
1.現在の雇用調整助成金の一定部分は、解雇・失業を防止するあまり、衰退産業のマイナス方向の延命策効果や、衰退産業での労働者滞留が懸念されている。中小企業であれば助成額「賃金の10分の9」ともなると、日本経済の育成とか財源の有効な使い道からすれば疑念が生じるかもしれない。また、労働者の国家資格その他の取得やoff-JT訓練は、新産業・事業分野育成を想定して実施されていないことから、これらの手法では日本経済育成に役立っているとは言い切れない。まして、産業育成とか人材育成は、大手企業や大手事業所からすそ野に広がって行くといった時代や社会経済構成ではなくなった。
2.これからの日本を支える産業・事業分野の人材確保や育成のために、雇用調整助成金を活用することが重要である。この産業・事業分野の常用労働者を採用すれば、1ヵ月10万円を2年間助成することで、「一人前」への教育育成を促し、労働条件を改善し、有能な労働者の確保育成に資することができる。
3.助成対象は、日本の「ものづくり」とか「匠」や「文化経済」を支えることが出来る産業・事業分野の職種を確保しようとする事業所や事業場等である。
(ア)中小製造業の「ものづくり」や「匠」の事業所
(イ)介護分野(グループホーム、教育制度を確立した介護施設)の事業所
(ウ)安全安心事業分野(教育制度を確立した中小警備業者)の事業場
(エ)建築物・マンション等維持分野(教育制度を確立したビルメンテナンス業)の事業場
(オ)省エネ・エコ事業分野(ソフト部門人材育成思考を持つ事業所)
(カ)アニメ芸術分野(人材育成思考を持つ事業場)
(キ)料理飲食加工分野(料亭その他の教育制度を持つ料理飲食業)の事業所
(ク)音楽家分野(芸術育成と週3日常用雇用の事業場)
などが挙げられる。
4.医療、農林水産業は、日本を支える産業・事業分野としては期待されるところであるが、前項と同じに雇用調整助成金を支給するには、今少しの検討を要する。例えば、開業医は、「健康保険適用」の看板を掲げた厚生労働省のフランチャイズチェーン化とされている実態がある。農業も「農協システム」に組み込まれた下請け制度化が実態として残り、漁業も「漁協システム」に組み込まれて然り、林業に至っては産業そのものとして壊滅状態にあると思われる。したがって、闇雲に助成金投入をした場合の効果は不明であって、産業育成や人材育成に資するとは限らない。したがって、医療、農林水産業は、こういった分野の改革とともに考えるべきものである。
5.助成金受給事業所(場)等は、都道府県単位に受給アドバイザーを配置し、目的に適う事業所(場)等を訪問開拓し支給事業所(場)等を掘り起こし、支給審査ノウハウを蓄積する方法(大まかな支給審査基準)が、積極的な産業育成と雇用・人材育成の場を創造するに有効であると思われる。支給期間は、採用者1人当たり2年間を区切りとし、採用者の離職率が20%又は離職者が5人を超える事業所(場)等は、その時点で支給対象事業所(場)等から排除することで、教育育成に関心のない事業主には支給しない。
6.受給アドバイザーは2人ペアで活動を行ない、ひとりは地元情報をよく知る職業安定所職員、もうひとりは民間でマーケティングなどを知る者を配置する。たとえば、(財)産業雇用安定センターの準備・設立当初は「職安と民間のペア」が行われたから、ある程度のノウハウ蓄積はあるものと思われる。ただし、(財)産業雇用安定センターと助成金の使い道は目的が異なるので、大手企業の人事部門などからの出向を一律に配置するわけにはいかない。また、「緊急人材育成・就職支援基金」により(財)産業雇用安定センターが受託したものとも目的が異なる。
7.助成金の1ヵ月当たり10万円は、事業主を経由するも採用者に賃金等の上積みがされるものとし、労働契約に反映させるものとする。支給期間は2年ではあるが、その間に労働基準法、労働契約法に違反で告訴や民事処分を受けた事業主には、違反該当労働者が在籍するまでの助成とし、悪質な事業主には返還をさせる。
8.初年度は、ある程度の予算額を計画確保するも追加予算を認めることとし、次年度からは受給アドバイザーによる受給事業所(場)等の掘り起こし状況や見通しに基づいて予算計画を立てることとする。決して、「予算取り完全消化合戦」には巻き込まれず、無理に予算枠を消化しようとすることもしない。有効な予算消化と計画確保のためには、受給アドバイザーその他のメンバーによる全国研修の実施、あるいは受給事業所(場)等の掘り起こしや支給審査ノウハウを蓄積の全国研究集会を充実させ、積極的な産業育成と雇用・人材育成の場を創造する観点から、地方任せ、担当者任せによる無駄遣いを抑制する。
以上 - といったものである。
読者のみなさんのご意見やご批判を募集する。
加えて、皆さんからも、様々な政策提言をお願いする。


臨時国会に派遣法改正案を提出する予定
と政府筋の話である。法案要綱の政府案は出ていないようであるが、民主・社民・国民新党3党合意の派遣法改正案の概要は次の通りであった。
1)派遣労働者の保護を法律の名称に盛り込む
2)原則として日雇い派遣禁止
3)直接雇用みなし規定
すなわち、禁止業務派遣、無許可・無届業者派遣、期間制限を超えた派遣、その他違法行為を行った派遣を直接雇用とみなす
4)就業の実態に応じ、社員との均等待遇の派遣労働条件
5)派遣元からの、派遣労働者や派遣先への通知義務事項を拡大
6)マージン率等の、HP等への公開
7)未払賃金や社会保険未払いでの派遣先の連帯責任
8)グループ企業への派遣は単一の派遣先とみなす
9)原則として製造業派遣は禁止
10)罰則の最高額を300万円から3億円に引上
これらに対して、実態にそぐわないとの意見が根強いが、今の政府が「チームで論議」する手法をとっていることから、参議院で可決される瞬間まで結果は分からない。
雇用政策全体から判断すると、日雇い派遣や製造業派遣は原則禁止となり、いわゆる「新自由主義」的な派遣会社の営業方式は大きく規制されることになると思われる。すなわち、「派遣法や職安法違反をしても摘発されない」と豪語するに至った行政指導の甘さ(職員の人手不足との言い訳も含め)の時代は、再び訪れることがないということだ。


労働裁判 裁判官は示談屋に変身か?
正確な統計資料があるわけではないが、各方面から流入して来る情報によると、労働関係の裁判は、とにかく裁判官が示談を強硬に進めている。その傾向は、この夏以降と推測できる。
日本の裁判制度において、示談や取引は、「裁判上の和解」の中に含まれる。端的にいえば、裁判上の和解とは、
第一に訴訟を取り下げることであり、
第二には、そのための条件を整備すること、
と言えるのだ。この傾向は、労働事件だけではなく、損保関係の事故にかかる事件、金銭トラブルの事件でも、和解?を裁判官が強硬に持ちかけるとのことである。
はっきり言えることは、うなぎ登りとなっている裁判件数に対して、これを裁判官が処理をすれば裁判官として出世出来るといった制度に原因があるのだ。一つの事件の判決を書くのに、おそらく4時間程度は必要となる。ところが、とにかく和解だろうが判決だろうが、処理できたかどうかが成績となるシステムなのだから、成績をあげるには効率の良い和解を目指すしかないのだ。「判決文を書くのが邪魔くさい」とは質的に悪化している。その方法は解雇事件の場合、ほぼ全国共通の強硬パターンのようである。
(1)労働者に対しては、
「確かに、貴方の主張はよく分かる。ところが、仮に金銭解決するとすれば、何年分で納得出来るか、考えてください。次回期日までの宿題です」と密室で話す。
(2)他方、会社に対しては、
「会社が勝てると思いますか。負けたらどうするのですか。勝算は薄いですよ。ところで話は変わりますが、仮に金銭解決するとすれば、会社は何年分出せますか」と。これも密室で裁判官は話を持ちかける。弁護士を代理人として立てていない場合、裁判官が直接、社長に電話して来る場合もあった。
(3)労使双方ほとんどの場合、弁護士を代理人として
立てている。すると、日頃から培っている法曹界(裁判官・検事・弁護士)の、資格者のみの独占業務であるから、『暗に明』に密室がシガラミとともに形成され、「偉大な裁判官」からの和解の持ちかけが行われるのである。
(4)それは裁判所では
労働事件を取り扱う裁判官は限られていることから、「あの(弁護士)先生は変わっている」と偏見を持たれないために、弁護士の多くは萎縮してしまう。こんなことだから、若手の裁判官の中には、(成績優秀?もあってか?)弁護士をなめてかかる「若僧」まで出る始末なのだ。こういった悪循環が、裁判所の中では渦巻いている。なので、弁護士を雇わず、本人が期日に裁判所に来るとなると、裁判官からすれば、それは非常事態となるかもしれないのだ。
(5)強硬パターンに話を戻せば、
仮の話を繰り返し、裁判官が敗訴ポイントの懸念を示し、示談額の接点が見えた途端、仮の話が突然、和解の話に化けてしまうのである。
(6)裁判官からすれば、
「会社があれこれ理由を並べるよりも、さっさと金を出して和解してくれ。要は、金があるでしょ」といった具合が、あちらこちらで目に付く。こんな裁判官は、不安をあおろうとし、足元を伺うような発言を繰り返し、とにかく若手の出世欲系?裁判官はシツコイ。
加えて、これを悪用する労働側(示談目当ての雑駁な訴状とか)も湧き出てきている。
これでは、真理がどこにあるのか探求するといった「裁判の精神はどこやら!」なのだ。裁判を起されたら、会社側はとにかく損をするといった、自由平等とは程遠い世間体の論理が、またもや浮上しそうである。
厚生労働省が、個別労働紛争解決制度(紛争調整委員会、府県労働委員会のいくつか)を平成13年に創設・順次に制度改善すれば、これに“負けじ”と法曹界が労働審判制度を、あわてて平成18年に制度化した。これを受けて、労働行政は監督署や総合労働相談コーナーを総動員、他方の法曹界は弁護士を通じ裁判所を挙げて事件獲得と調停促進、この両者が労働事件の「あっせん」とか「調停」での解決制度陣地を奪いあっている構図が見えて来る。民間人の感覚からすれば、この両方の公務員が、当事者の利益を片隅に追いやって、熾烈な数字と法制度陣地争いをしているようにしか、見受けられないのである。
私の診るところはこうだ!
【労働行政側】には、「真の(創造的)和解」を成立させるだけの素質と理論を備えた、相談員、あっせん委員、あっせん代理人の不足が目立ち、
【法曹界や裁判所】にあっては、なによりも「対決システムに陥った裁判制度」を元に養成された裁判官や代理人に、調停をさせるとしても、「真の(創造的)和解」を取仕切れる社会的訓練をどう施すかの課題が目立つのである。
封建時代の如く武力・暴力に訴え出ることは少ないかもしれないが、「真の(創造的)和解」とか「再分配の正義」の視点を追い求めない限り、「法廷での正義(目には目を、歯には歯を)」では、表面的に解決したとしても、紛争当事者の「心に怨念」が残ってしまうのである。これも現代社会共同体の意思である。


【書評】『中国貧困絶望工場』『菜根譚(さいこんたん)』
『中国貧困絶望工場』:日経BP社(本体 2,2000円+税)は、
元フィナンシャルタイムズの女性記者が書いた中国工場地帯の実態報告である。中国輸出産品が、どのような実態で製造され、偽造され、汚染を広めているかは、中国との付き合いを避けて通れないグローバル展開にとっては、非常に考えさせられるインテリジェンス情報である。また、品質・製造・労働をめぐる社会的責任が、如何に「監査人制度」によって覆い被さることとなり、それに対抗して偽造がはびこり、挙げ句には、「監査人代行コンサルタントが=実は偽造請負人」に化けている実態が浮き彫りにされている。その社会システムに一歩踏み込み、この社会システムがある限り、中国の工場が高付加価値製品製造には絶望的であると結論づけている。なぜ中国では、そうなってしまったのかを考えさせられるインテリジェンス情報である。日本国内での、「他山の石」となるであろう。元の題名は、「The China Price」である。

『菜根譚(さいこんたん)』:日本能率協会(本体 1,500円+税)は、
元々は中国の明代の書物であるが、日本では流行・座右の書とする人も多い。最近、改革解放政策で、日本から逆輸入されていた、「日本風菜根譚」ではあるが、中国国内の寺院から清朝時代のものが発見され、毛沢東の愛読書であったことも知れわたったこともあってか、現代中国人の編集・解説で出版しなおされたものが、この書籍である。従って、従来日本で出版されていた項目編集とは大いに異なり、これが現代中国大陸人の間で受け止められているトレンドかと、改めて中国社会なるものを考えさせられるインテリジェンス情報である。この本は、処世術に類するものであって、いわゆる儒教・仏教・道教の混合思想に因る。欧米西欧社会はキリスト教思想と言われるものはフォーマルな話で、実は旧約聖書の中の「箴言」の題名での処世術(著者はソロモン王?)が存在し、インフォーマルな世間体を形成しているが、それと似かよった位置づけになるのが、新しく出版された菜根譚である。おそらく、東南アジア全域に共通性があると思われる。ところで、中国のフォーマルな話とは一体何であるのか、私には知識偏重型刹那的マルクス主義?と思えるのだが、実のところは不明である。中国大陸の権力順位は、1番:人民解放軍、2番:地元暴力団、3番:共産党組織、4番:各地の人民政府であることは間違いない。この構図を理解した上で中国と付き合うことが大切なのだが、この本は極めて現代中国を理解するに有用である。

2009/09/08

第89号

<コンテンツ>
昨年の8月、世界金融危機前夜から
政権交代を選択した社会(共同体)の意識
政権交代によって国家予算も
新型インフルエンザ対策にも変化が出る?
債権回収事件の取り下げ、チラホラ?

来年4月1日から、労働基準法が改正施行
  賃金割増率の引き上げ:中小企業として猶予の対象
  60時間のカウント対象には
  労働基準法の原理原則から改正を理解すると
  労働基準法の原理原則で、労働時間帯の把握をすれば
  平成22年4月1日施行とは
  有休の時間単位取得:労使協定の締結が
  そもそも年次有給休暇付与の対象は
  遅刻や早退の代わりに、時間有休?!
  有休管理の事務処理は


昨年の8月、世界金融危機前夜から
先見性のある個別企業は警戒体制に入っていた。その時日本は、内閣総理大臣突然辞任の二人目が出たところであった。トヨタやキヤノンなどの有名どころは、金融危機を間近に控えてもボーッ?としていたのか、生産増加・売り逃げ?を狙っていたのか、実際のところは不明だが、…その後、経済恐慌の波を真正面から受けてしまった。
昨年の9月9日号メルマガで、筆者は冒頭、「社会共同体のあり方も、『法手続主義』(何事も正当な手続を必要とする法概念)を超えての変化が、この秋から巷にあふれることは間違いない」と書いていた。とはいっても、筆者も、「ところが誰しも、どういった具体的事象となって現れるのかを確証出来るシミュレーションを持ち得ないのである」としていた。それが歴史的事実は、オバマ大統領当選から始まる新自由主義の否定となり、日本での政権交代につながったのである。個別企業にとっては、それまでの経営環境適応不全を起こしそうな閉塞状況、口を開けば規制緩和という神頼み的抽象論、そして経済恐慌の引き金が引かれたのである。
経済構造は、この1年で、「ご破算」がかけられたのだ。今年1~3月の約3割の生産後退に続いて、4~6月は株価操作とか、必死で経済数値を回復させ表面的景気底打ちを演出したものの、実のところは正社員の大量解雇が発生し続け、6月・7月と戦後最悪の失業率を記録更新したのである。豊かさを含めた実体経済は、失業率で判断した方が分かりやすい。その失業率は、7月が5.7%だが、雇用調整助成金支給者約240万人を加えると、換算失業率は9.5%と、世界最高水準となっているのだ。


政権交代を選択した社会(共同体)の意識
は、こういった閉塞感を打ち破る方法として、旧来の、「大人の対応」を採らなかったのである。
「生き残るため」とか、「他に道がない」とか、「正義」をかざすとか、「リーダーに依存」するといった思考方法を選ばなかったのである。だから、こういった思考方法にどっぷりつかった政党は、激減若しくは現状維持にとどまった。「結論先にありき」といった説得姿勢自体が嫌われたのである。社会共同体の意識は、自己決定の第一歩を選んだのだ。
すなわち、民主党には整合性のある政策がないにもかかわらず、政権を「チーム民主党」に委託する思考方法、「物事を一度ご破算にして再度チームで組み立てる考え方」に賛同を寄せたのだ。これは、1980年代から生まれてきている、『法手続主義のパラダイム』の思考方法そのものでもある。この社会共同体の意識は、個別企業の労働者の意識変化をもたらす。法律や政府の政策変転は、マスコミなどを通じて社会に影響を与え、国民の意識に変化を与えるからである。
経営管理も変転する。従来からの経営管理に関する主流の定説といえば、「仕事や予算は上(出どころは金融資本)から与えられて、それを消化するための予算管理や目標管理が行われていた」ものである。だから、売上高が多ければ成果とされ、銀行への借入利息さえ払えば利益率など大して気にしなかった姿勢である。ところがこれからは、従来の主流の定説がマイナーになり、箱もの作り、設備投資をし、ハードさえそろえれば事業経営が成り立つとの姿勢は否定される。旧来の定説が100に一つでも残っていれば、事業は危険だという結論になるのである。おそらく、意識は時代とともに一挙に変化するであろう。
具体的な方向性は、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供、これを世界に向けて行うことが時代の流れであり、経営環境の追い風である。要するに、ICT活用による産業革命が進展、これが時代の経営環境である。Made in Japan の商品、工業品、製品素材、消費財、農業産品、文化商品などを日本から世界各地の富裕層に直送することである。
社会共同体との関わりは法手続主義のパラダイムでクリアされ、ケイパビリティ(経済学者セン)の社会経済学説とも衝突することはない経営思考が必要である。
中国やインドでは、それなりの良い商品を見つけて買い付け輸入といった商業的なことはあり得るかもしれないが、資本投下をしてまで大事業をなし遂げようとするには、経営環境は逆風であるということなのだ。中国は今までもそうだが、上海万博後は、「経済侵略者」とレッテル(現在まで、内心の反日意識)を貼られて、国有化・財産没収されるのが落ちである。インドも階級差別がありすぎて機械制大工業にブレーキが掛かり続けている。安い自動車とかでは、日本では文化経済の側面から、欲しくはなくなる。


政権交代によって国家予算も
選挙公約どおりに組み換えられようとしている。マスコミ報道によると、財務省は4兆円ほどの予算の執行停止をした。補正予算も見直しに入った。一旦財務省が交付した金銭の回収についても検討しているとのことだ。各省庁から、予算の執行停止も出始めた。
国の予算をたてる場合、その実務的なスケジュールは、前年8月いっぱいまでに財務省が、各省庁からの来年度予算の意見をヒアリングすることになっている。そのため、各省庁は6月いっぱいまでに、来年度予算の枠組みを検討し終わらなければならない。したがって、個別企業(業界団体も含め)が、法律改正や予算措置を求めるのであれば、6月頭までに、各省担当主管課までに届くようにしなければならないのである。個別企業からの政府予算アプローチは、ほぼ馴染みがないであろうが、取締法規や助成金に関わることであっても、すべて予算に関係しているから、年間の内でも、この時期が大切なのである。100円でも予算がつかなければ、政府機関としては一切手をつけないことになっている。変形労働、事業場外みなし労働、男女平等その他であれば、数年がかりの予算要求となったが、タイミングがよければ1回だけで済ませることも出来る。
政府機関の、こういった運営状況に、今回は政権交代が入って来たわけであるから、大変といえば大変である。ところが、「物事を一度ご破算にして再度チームで組み立てる考え方」といった方式で進むであろうから、個別企業にとっては、改めて関係省庁に提案してみる価値が出ているのである。もちろん、業界通の国会議員の先生に頼む事など何もない。個別企業からは、チーム民主党に対して政策提言を出すことになる。政府機関の意見公募も、個別企業には効果が高い。(筆者の経験:特定社会保険労務士の、労働紛争あっせん代理人業務の人材派遣をストップ。業界団体が黙認の中、本省通達前に主管課と電話&パブリックコメントで論述)
http://www.meti.go.jp/feedback/index.html
http://www.mhlw.go.jp/public/index.html


新型インフルエンザ対策にも変化が出る?
5日の土曜朝、読売テレビの番組で、民主党のS議員は、新型インフルエンザ対策変更の可能性を示唆した。発病後のタミフルや予防のワクチンばかりでなく、「コンビニ診療」などの充実を提言していた。すでに新型インフルエンザは蔓延しており、蔓延を前提として対策が必要である。余談ではあるが、年金問題が取りざたされた当初、厚生労働省の官僚は、コンピューターシステムさえできれば解決すると言い逃れ、結果はコンピュータープログラムが不発に終わった、といった話を筆者は思い起こした。
いまだに、夏風邪、お腹風邪などと奇妙な病名をつける医師が出る始末である。風邪なら38℃も熱は出ない、鼻と喉に細菌による顕著な炎症が現れるが、同様の炎症はインフルエンザでは現われず、咳のでないケースも多い。風邪の抗生物質を飲んでも、解熱もされず頭痛も激しいばかりで、症状に全く効果がない。
新型インフルエンザは、空気中にウイルスが漂っている状態で、目の粘膜、鼻腔の粘膜に付着して、10分で感染する。なので、マスクだけではなく、ゴーグルで目を覆う必要もあるのだ。基礎疾患者は人混みでは眼鏡だ。手洗いは効果的であるが、意外に忘れやすいのが頭髪衣服に付着したウイルスを吹き払わないで家庭内や職場内に持ち込んでいること。今回の豚インフルエンザウイルスと、東南アジアの鳥インフルエンザウイルスでは、感染と症状が違う。そして潜伏期間については未だよく分からないようだ。
この春の流行で、もう免疫を持つ人は、「例年の予防ワクチンを受けた後、ウイルスがはいりこんだときのような、まぶた先端の痛さ、鼻の奥と喉の間付近の乾燥したような違和感を幾度も感じる。とくに人混みに行ったときは必ず」と言っている。また、子供は初日の夜38℃前後の発熱し、親は38℃までの発熱が1日とか鼻の奥と喉の間付近の乾燥とか極度の疲労感を覚えた、といった家庭は筆者の周辺だけでも10人以上に及ぶ。発熱は38℃までで1晩程度、あとは微熱といった事例も多い。発熱したからといって、すぐに新型インフルエンザが検出されるわけでもなく、2日目の熱が下がった頃に検査をしても仕方がない。熱が下がった頃にはタミフル(副作用が激しい)も不要である。加えて、体内に新型インフルエンザウイルスの抗体を作るためには、発熱した際に解熱剤や鎮痛剤を服用していては、抗体が出来ることがないのである。すなわち、すでに14万人どころではない多くの人が罹患し、抗体をもっていると見てもよいのだ。
(詳細情報は、このメールの巻末に総務部メルマガ号外(5月18日号)を掲載した)。
蔓延を前提とした対策であれば、例えば新聞全面広告、
熱が出た時には、とくに子供は徹底して頭を冷やすこと、
水分と糖分(0.3%食塩水+砂糖類)を補給して体力維持すること、
などの初動治療であるとか、予防についても、
職場や自宅に入る前に頭髪をとかす、衣服を叩く風で飛ばす等、ゴーグル着用、
の手立てを紹介するなど、効果的と思われる方向を何でも紹介することである。マスクとタミフルとワクチンばかりの話に終わらないようにすることである。
数千年の昔から、天災が起こっても政策が安定しておれば潰れる国はないと言われている。


債権回収事件の取り下げ、チラホラ?
が、この数週間前から目立っている。そのほとんどは、訴額が合計140万円以下の簡易裁判所扱いの、クレジットの返済不能となった債権回収事件である。一つの事件について債権者と債務者双方にインタビュー出来ないので、正確な分析は分からないが、およその推測をすると…。
債権者が訴訟をするまで債務者は返済を行っていない。そこで、債権者は訴訟を提起する。だが、債務者はすぐに払うことが出来ないので、「月額1000~2000円の返済を」と返答して和解を求める。裁判所ではこの手の事件が急増している中、判決文まで作成し手間をかけることが出来ない事情から、なんとか債権者側に和解を求める。すると、債権者からすれば、いくら自社の社員を代理人として裁判所に出頭させ弁護士費用を浮かせているとしても、債権額の回収速度と照らし合わせれば、裁判手続準備、当日の日当その他経費を考えると、膨大な赤字が出ることになるのだ。だとすると、赤字になってまで、債権回収するわけにはいかないことから、訴訟の取り下げに至るという役割である。
債権者が債権回収に赤字を見込めば、債権回収会社に債権を、1件当たり1000円で売ることになる。だとしても、債権回収会社にしたところで、振出から裁判手続準備、当日の日当その他経費が必要となるわけだ。訴訟提起する前に、債務者に幾度も電話するとか、何通も督促書を発送するとかの作業が省略出来るわけでもない。
自由平等のための社会共同体であるから、個人の生活や命を引き換えには債権回収出来ないから、生活破壊寸前の債務者を、事実上保護していることになっている現象だ。いわゆる新自由主義の反省に立って、「回収出来ない相手に金を貸す者の方が馬鹿」であることが、明確になっている。ここでも社会共同体の意識に変化をもたらす。
残るは、暴力団金融に対して、どういった対策を講じるかである。司法書士事務所の一部に、暴力団金融の債務は、見て見ぬ振りをして放置、通常債務は解決しても、暴力団債務が膨れ上がっているといった事件が、司法書士の倫理問題として浮かび上がっている。こうなれば、刑事事件の領域である。


来年4月1日から、労働基準法が改正施行
される。そこで、業務や作業の進め方、人件費の計算を、来年度に向けて進めるにあたって、巷の一般解説では不十分なポイントを、実務で消化出来るための解説をする。そのまえに労働基準法の各種休日の定義を押さえることが不可欠である。法定休日は週1回の割りで与えなければならない。
休日は、労働契約の期間中に発生するものでしかない。
法定休日に働かせた場合、代休を与えることが出来る。が、35%の割増分は必要。
振替休日は、あらかじめ法定休日を所定労働日と入れ替えること。
代替(だいがえ)休日は、法定休日外の日の時間外60時間超過分を帳消しに出来る休日である。
有休日の所定労働時間に働けば、有休不消化に過ぎない。

賃金割増率の引き上げ:中小企業として猶予の対象
となる企業は、事業所や事業場単位ではなく、会社全体の規模で判断される。個別企業の主な事業活動の業種(日本産業分類)によって異なる。主な事業活動とは売上金額を指すものではなく、会社定款などに示される一定の設備や人員を配置して行っている事業である。企業単位の判断のための図表が出回っているが、通常8個の枠が示され、企業全体としてそのどれかに該当すれば中小企業として猶予の適用がされるのである。資本金がオーバーしても、常用使用人数が未満となっておれば猶予適用である。「雇用」なのか「使用」なのかの区別は、雇用契約書の有無などではなく、実態として労働契約が結ばれて使用する人数が問題になるといった意味である。したがって、常時使用する労働者とは、1日の労働時間や週の労働時間にかかわらず、常時使用(臨時の労働契約を除く者)のすべての人数、すなわちパート、アルバイト、嘱託、一匹狼、インディペンデントなどの労働時間や名称の如何を問わず、臨時と明示して使用する者以外の総人数である。
例えばサービス業であれば、常時使用する労働者が100人を超えていても、資本金が5000万円以下であれば猶予適用となる。小売業、サービス業、卸売業以外の業種は、資本金にかかわらず300人以下であれば、猶予適用となる。
なお、労働契約とは、使用されて労働し、労働に対して賃金を支払うとの2つの要件を労働者と使用者の意思が合致していること(労働契約法第6条)である。

60時間のカウント対象には、
法定休日労働と週40時間以内の労働が除外される。ただし、あらかじめ法定休日と週40時間以内の所定労働時間が、各日ごとに定められていなければならない。すなわち、毎日、毎週のタイムスケジュールであれば、所定労働時間帯が網掛け表示出来るようにしておかなければならないのだ。これが、最低基準を定めた労働基準法の規定であり、この最低基準を上回る部分について個別企業の労使間手続を経て、初めて自治決定が出来るのである。
法定休日や「所定休日」の区別が論議される原因は、労働基準法の理解で、最初のボタンをかけ間違えているからである。というのは、経済団体とか勉強不足の専門家が、1980年代に休日増加の対策として、年間休日の発想を持ち込み、年間休日104日(=週休2日×52週/年)といった具合に、法定休日と「所定労働時間帯の無い日」を混同させてしまったことによる。法定休日は、毎週1日の割合で、あらかじめ指定しておかなければならない。この指定がない場合は、賃金締切日から遡って毎週1日の割合の日数が法定休日(通常は連続した4日)として扱われる。したがって、その4日程度が所定労働の曜日であっても、8時間を超えても超えなくても、その日に働けば35%以上増しで計算することになる。法定休日は「60時間カウント対象」ではないから、50%になることはない。この場合の休日とは、午前零時から午後24時を指し、前日から働いておれば、午前零時をもって35%以上増しの労働時間帯に切り替わる。
1日の所定労働時間を8時間未満と定めていれば、1日8時間を超えた時点から「60時間カウント対象」時間帯となる。時間外労働(残業又は早出)は、1日の所定労働時間帯の始業時刻と終業時刻のタイムスケジュール網掛け時間帯からはみ出た部分を指し、翌日の始業時刻に到達すれば、時間外労働帯から所定労働時間帯に戻る。1日の始業(早出もあり得る)から翌日の始業時刻まで、休憩を挟みながらも、労働時間帯を1労働日と言い、機械的に午後24時で当日労働分と翌日労働分に区別することは出来ない。
また、土曜日とかの所定労働時間帯の無い日であれば、週の労働時間が40時間を超えた時点から「60時間カウント対象」時間帯となる。なお、1週間とは、何らの定めもなければ、日曜日から始まり、土曜日に終了、翌週の日曜日午前零時になればリセットされる。

労働基準法の原理原則から改正を理解すると
1週間のタイムスケジュールを升目のグラフで表示し、
第1番目に法定休日の日を決定し、
次に所定労働時間帯に網をかけ、
時間外労働を記入していき、
このうち、週40時間を超えた部分(就業規則にシフトの定めがなければ1日8時間)に対して割増賃金を払うことになる。この割増賃金支払い対象の時間が60時間を超えれば、割増が50%以上になるというのが、今回の改正である。
(こういった原理であるから、加減乗除のプログラムソフトでは、コンピューターによるカバーが出来ないのである。もちろん、ソフト開発者に原理原則が分からないから、ソフト開発が出来るはずもない。せいぜい、加減乗除のプログラムに、ほんの一部を組み込む程度でしかないのだ。年次有給休暇の管理手続きが、300人以下であれば、紙ベース作業の方が速いのはこのためである。特に時間有休ともなればパソコン処理の方が時間を要する。ビジュアル処理出来るパソコンは、まだまだ開発に時間がかかるのだ)。
いっそのことではあるが、休日労働=法定休日に限定、所定労働時間帯以外は、その全部を時間外労働といった具合に、就業規則を改めてしまえば、労働基準法の原理原則に即した発想が個別企業内に定着する。

労働基準法の原理原則で、労働時間帯の把握をすれば
2ヵ月以内の半日単位の代替(だいがえ)休日付与、
代替(だいがえ)休日関連の労使協定での取り決め事項、
年次有給休暇の時間付与と処理手続き作業、
所定労働時間帯の無い日の時間外労働割増、
といった課題は、至極合理的に簡便に理解することが出来るのだ。
最初にボタンの掛け違いをしているから、いくら勉強しても無駄となり、努力の末の労働基準法違反を招くのである。1千数百年にわたって研究された太陽暦、1週間が日曜休日から出発するとし、19世紀の機械大工業(事業場に出勤し、集団が分業し、市場動向で作業内容が変遷するところに特徴)とともに開発、日本でも戦前から工場法によって研究され、その研究成果が労働基準法に引き継がれた。
こういった歴史の経緯と合理性を無視して、「何とかしよう!」とするから、素人には失敗が付きまとうのだ。
労働基準監督官の中には、24時間サービス業やセキュリティー産業などの24時間交替勤務、連日夜勤、三交替変形勤務となると、意味不明な解釈をする者も存在する。が、だからといってその人の言うことを聞くわけにいかない。民間企業の専門部門職は安心するわけにはいかない。社会主義や官僚主導の国ではないはずであるから、自由平等の社会共同体であるからには、民間の能力と知恵が官公庁より上回っている必要があるのだ。

平成22年4月1日施行とは、
先に述べた「60時間カウント対象」時間帯の労働が、4月1日から賃金締切日(例えば4月20日)の間に60時間を超えてしまえば、超えた時点から50%以上の割増賃金を付けなければならない。一部の解説に、4月1日を経過して後の賃金締切日から、60時間のカウントをすれば良いとの間違った解釈が見受けられる。ところが、正確にいえば、4月1日から最初の賃金締切日、次に4月1日を経た最初の起算日から賃金締切り日まで、といった具合になるのだ。ソフト開発業をはじめ長時間労働の個別企業で、時間外が毎月100時間を超えているとすれば、4月1日から賃金締切日だけで時間外60時間を超えている。可能性が強いのである。

有休の時間単位取得:労使協定の締結が
時間単位取得には必要である。その理由は、本来の年次有給休暇の趣旨と異なる目的が含まれることから、事業場単位の協定を結ばせることとしたのである。事業場単位とは、原則は労働者が働いている地理的場所ごととの意味であって、一つの事業所が単位事業場と見なされるには、指揮命令が事業所単位で1本化されていることが要件である。
年次有給休暇の立法趣旨とは、病気やリフレッシュ外の私的用事ではなく、労働者がリフレッシュするための心身健康状態における休暇であって、そのためには連続した数日単位の取得が望ましいとするものである。この立法趣旨を変更するわけにはいかない中で、便宜を図ろうとする制度なのである。
よって、年間5日分までとか、1時間単位で分単位は切り上げ、就業規則記載義務などの煩わしさで規制をかけているのである。

そもそも年次有給休暇付与の対象は
1週間の枠組みしたタイムスケジュールの中の、所定労働時間帯として網掛けされた部分の労働を免除して、出勤したものとみなす時間帯である。単に1日8時間分の賃金を支払うといったものではない。1日単位の取得は、午前零時から開始し午後24時に終了する。仮に、タイムスケジュールの所定労働時間帯の枠外に働いたとすれば、もとより時間外労働時間帯となる。有給休暇を取得したにもかかわらず、労働した場合は、有給休暇の取り消しとなるとなるのであって、その日の所定労働時間を満たさずに出退勤した場合は、賃金カットをする必要があるのだ。有給休暇の日に就労したからといって、休日出勤の割増賃金を請求するのは、不当利得の請求である。

遅刻や早退の代わりに、時間有休?!
を使用するケースが増えて来ると思われる。これは、病欠の代わりに有休を事後申請するのと同じである。有休は、原則始業時刻までに申請があれば、時季変更権を使わない限り有休取得回避が出来ない。事後に申請があって、時間有休を認めるかどうかは個別企業側の権利放棄であるから、それに伴うリスクの一切は、個別企業が負わなければならない。有休は、理由を聞くことなどによって、事実上取得に制限をかけることが出来ないから、時間有休の事後承認は、個別企業自らが秩序を崩すことになりかねない。ある意味、いっそのこと始業時刻をフレックスにしてしまった方が、労働規律や秩序維持に資するのである。もちろん、時間有休の計画付与は出来ないことになっている。
育児や介護、単身赴任のために時間有休を勧奨することはさしつかえない。が、慎重な労使協定手続きを進める必要がある。冬タイム(時間有休を1~2月に集中・毎朝10時出社)。ひどくなれば、サボタイム(嫌な仕事の時間帯に時間有休)も発生する。有休に理由は不要であり、余人に替えがたい業務とは簡単にいえないことから、時季変更権も行使するのは難しいのだ。

有休管理の事務処理は
先ほども述べたが、紙ベース作業の方が速いのだが、肝心の有休取得の管理となれば、今でもそのほとんどが管理不能状態である。やっているといっても、有休取得結果の単なる事後集計程度である。労働者に、「仕事に差し支えないように回りと協議して取得」してもらう程度の対策しか取れないのだ。大手企業では有給休暇を取得すれば出世に差し障ると揶揄されるのはこのためである。そこに、時間有休が入り込み、仕事や同僚(行為があるのを上司が知らないケースがほとんど)の負担など無視して、サイボウズなどで取得するともなれば、確かに混乱を招くのである。そのためにパソコン処理を何とか出来ないかとソフト開発しようとするのだが、やはり労働基準法の原理原則があるから、紙ベース作業と集計作業で行うしかないのである。ビジュアル処理出来るパソコンソフト開発のメドが立たないから、せいぜい有休専門部門作業、アウトソーシング、片手間作業といった対策程度であり、ややもすれば、そこまでして有休管理する必要があるのか?といったジレンマに陥ってしまうのだ。するとまたもや、日頃の労務管理だ!などと曖昧な思考でごまかされ、仕事に差し支えないように回りと協議して取得してもらう程度の対策となってしまうのだ。だが、仕事に差し支えるような有休取得を繰り返しても、これは解雇理由には出来ないのである。
ところで、時代は経済危機の真っ最中、20~30代の若者の意識動向からすれば、こんなジレンマに付き合わずに済む方法を、個別企業ごとに考えるしかないのだ。
(若者意識を反映した事例のURL)
http://www.woopie.jp/video/watch/1aa0d66baad00f1e?kw=foomoo&page=1

2009/08/04

第88号

<コンテンツ>
「景気悪化に歯止めがかかった」との情報?
ここまで経済や社会が混乱するから、
最新インテリジェンス(情報)の実例
個別企業や経済を回復させる力が萎えてきている
個別企業の賃金は、「職能」「職責・役割」をより重視


「景気悪化に歯止めがかかった」との情報?
が流れているが、それは悪徳金融業者のまやかしか、それとも金融・経済恐慌が信じられない経営者の思い込みに過ぎない。統計を診るだけでも、09年1~3月期の生産の落ち込みは日本-30.7%に至り、アメリカの-5.7%、欧州の-9.7%の何倍もだ。09年4~6月期統計の発表待ちだが、明るい兆しがない。雇用保険に加入する正社員の離職が09年4~6月期は09年1~3月期をはるかに超えて急拡大しているから、生産がさらに落ち込んでいると診るしかないのだ。「歯止め」の情報が流れるたびに、都合の良い統計資料を検証しても、垂直落下の加速度が鈍っただけなのだ。
多くの専門家の見方は、累積の過剰生産、貧富格差、過剰金融の構造に、未曾有の財政出動を世界的に行っても手をつけられないとしている。昭和大恐慌(1929年)を引き合いに出してはいるが、まったく打開のめどが立っていないのだ。企業内失業者は推計607万人、6月の失業率は5.4%にアップ、雇用調整助成金支給者も約230万人の微増、生活保護対象は約160万人である。
8月1日土曜朝の読売テレビによると、生活保護申請の多い大阪市では、月収16万円以下が生活保護対象になると推測される受給例示を報道した。労働運動の研究機関は、埼玉で17万円、東北地方都市でも13万円を保護経費として試算している。主要都市では、最低賃金が生活保護を下回っているから、働けば「健康で文化的な最低限度の生活」が営めなくなるといった構造的問題を引き起こしている。通常景気循環なら、最終経済である個人所得が低くなれば、物価が下がってもよさそうなものであるが、実はここでも流通や生産に構造的問題を起こしているのだ。
内需拡大 → 硬質な労働力の確保 → 外需拡大で、日本商品の多国籍展開を図る戦略に、日本の将来はかかっている。景気対策の緊急融資や雇用調整助成金を、錬金術的中抜で金融業者に迂回させているどころではないのだ。高度経済成長時代から此の方、経済の景気循環の度毎に、マインドコントロールにかかる経営者が続出するくらいに、「あと半年で景気がよくなる。総選挙の後は景気がよくなる!」と聞かされ続けできたが、今度ばかりは予断を許さない。


ここまで経済や社会が混乱するから、
さすがに筆者も、このメルマガの読者に何を知らせようか、何を書くのが良いのか、ここしばらく困ってしまうことにもなってしまった。やる気を出して、元気を出して、個別企業の経営は進めなければならない。が、この私に限っては「空元気」を出してしまうと、インテリジェンス情報を提供する上では誤報記事となるから、空元気は禁物なのである。ところがやはり、「空元気」でも出したくなる経済・社会の混乱ぶりであるから、職業上のジレンマもはなはだしいのである。もとより筆者は、無責任な金融経済を対象としてないから、「記事を書く人は孤独である」なのだ。「他人に同調を求めるのは愚かだ」と、娘が中学校で習ってきたゲーテの言葉を読み返す始末である。
思い切って、昔の古典的経済の勉強も始めた。労働問題の古典もだ。リカード、アダム・スミス、マルクス、ケインズなどの経済や、パスカル、ジョン・ロック、ルソー、ウェッブ夫妻、職工事情なども引っ張り出してきた。その方面では蟹工船に留まらず「資本論ブーム」(NHK教育TVの番組にも)が起こっているようで、再び日本では労働問題の専門家であれば、「資本論」の柱の知識が不可欠となった。(この知識の有無は、あっせん代理や団体交渉の結果を、確かに左右する)。
大恐慌の真っ最中、経済や社会の悲惨な現実や現象面をいくら訴えたところで、個別企業の社会での活躍の幅が拡大するわけではない。問題提起には、「もう!うんざり」となるのは、情報がインフォメーションであるからだ。若年層にはそっぽを向かれる、「部長、お先に失礼します。お手柄横取りご苦労様です。僕は帰ってグルメ・ナイト!」といったリクルートのテレビコマーシャルが堂々と流れる時代なのである。


最新インテリジェンス(情報)の実例
「近年は暴力団対策に使われてきた職業安定法、この09年7月から厚生労働省の本省は、各地で確かに職業安定法44条の労働者供給の摘発に踏み込んだ」
これこそがインテリジェンスは最新情報である。だがインテリジェンスであっても、所詮は労働者派遣に関係する分野に限られているにすぎない。
日本経済の将来は、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供にあり、衣・食・住+生活+環境に関わることが不可欠…といったことは言い古されているインテリジェンス。「今や詐欺師でも、中国やインドその他への資本投資など口にすることはなくなった」
と判断するインテリジェンスが重要なのだ。銀行の話に乗せられて、中国投資した人の経営判断を助けるのが、このインテリジェンスの役目だ。
「日朝国交正常化の話には、超キケンなインフラ建設工事が見え隠れする。その額1兆円と悪魔の誘惑話が見え隠れ?」
といったものもインテリジェンス。ただし、接触厳禁・超高度に危険。
「正社員(Seishain)のセ・リーグに対して、パート(Part Time)のパ・リーグ、セ・パ両リーグの交流試合といったパロディーに似通った労働経済政策が一方から提案され、他方からは頭ごなしに交流を否定するなど、こういった双方の感情的理論の応酬では、格差社会が解消されない論議であることは学問的に明白で、改善したいのならば、同一労働同一賃金を個別企業ではなく、(ヨーロッパ各国や一部アメリカのように)日本国中で行うしかない…」
と、ここまで記事に練り上げでこそ重要なインテリジェンス情報となるのである。
こういうインテリジェンスが、個別企業の総務人事部門に役立つのだ。
パソコンや大手新聞論調といったインフォメーションでは、個別企業や個人の営みに資することはあり得ない。本来、ジャーナリズムはインテリジェンスを扱い、インフォメーション分析だけには留まらず、今後を見通す記事などが中心で、記事の一貫した方向性は試金石となる。インテリジェンスで「生きる勇気」が湧いて来れば、それも芸術と言われるらしい。インフォメーションは通信社の領域である。100ある経済理論のうち3つほどの理論で書いている日経新聞では、個別企業の成長には役立たない。日本のインターネットのWebサイトでは、インフォメーションの情報が大流行している。IT技術からICT技術(コミュニケーション)と、IT革命も進化しているのだ。


個別企業や経済を回復させる力が萎えてきている
と思われる節がある。個別企業の集団運営そのもの、個々人の生活そのものに、筆者はその現象を感じ取る。個別企業の成長にブレーキがかかると、相当の注意をしていないと、管理職、監督職が組織自体の保持や個人の地位保身に走るのは一般的成り行きである。個別企業の利益と、企業組織自体の利益とが相反して来るのだ。場合によっては体を張って、個別企業の経営方針に反旗をひるがえす監督職が現われ、少なからずの者は職場秩序を陰で(ゴキブリのように)乱す。
ここでいう監督職とは、係長、主任、班長、リーダーなど、最先端の現場で監督する職についている者である。通常、仕様書やマニュアルなどに従って業務遂行をさせるが、監督職には不適切な職人的気質も発生しやすく、労働意欲や効率に与える悪影響は大きい。

≪企業組織自体を保持&個人の地位保身≫
これを如何に防止するかが人事管理の理論とも言える。だが、現在の経済大恐慌状態は誰もが想定外である。だから、管理職、監督職のいずれでも、個別企業の成長その他に期待出来ないとの自己判断をすると、強気の人物から順に自己の利益は自分で守ると「自力救済」の如く、自己の地位と職権で他人を押しのける活動を始めるのである。もちろん、会社に秘密の裏取引も、顧客との取引や、従業員との間で行われる。
その根底に、個別企業の事業発展とか事業転換の発想はない(そのほとんどは発想する能力がない)。個別企業の組織の強みを発揮して打開しようといった考えもない。自分自身と自分が支配したい子分を確保したいだけの、超自己中心的な欲望なのである。
そこで用いられる理屈などは、よく考えれば道理の通ったもの(合理性)は皆無だ。まるで新興宗教のカルト(ヨーロッパではセクトという)そのものを連想させる手法、カルト的な論理構成まで同じである。

≪カルト(セクト)を一言で定義≫
しようとすれば、「表面的自由とか気まま勝手を口実にはするが、合理的理由がないにもかかわらず、他人に精神的物理的な圧力を加える行為。職場では全体主義的カルトとなる」
と言える。この場合の合理的とは、道理があり論理的な要件が整って説明できることである。教育訓練不足、男女差別、セクハラとは、どれをとっても当てはまらない領域である。
カルトは、本来は宗教とは関係ないものの様であるが、これを例に出したのは、その方面の情報収集によってイメージがつかみやすいからである。個人崇拝を強要することからすれば、その種の超ミニ新興宗教ではある。名称が違っても内容や実態は共通するのである。昔の労働運動におけるセクト主義も研究資料となる。戦前の日本社会や日本陸軍はカルトと見てほぼ良く、カルト構造の上に軍部指導者は胡坐をかいた。海軍はTWI監督者訓練の前身の教育手法を行ったからカルトではない。国防婦人会は典型的カルトである。フランスでは世界にさきがけ、民主主義と基本的人権に反するとして、カルト(セクト)は宗教ではないとして排除の方向を出している。

≪カルト(セクト)の特徴≫
職場で身近に発生するカルトを整理・特徴づけると、
○職場で発生するのは全体主義的カルトである。要するに個人崇拝を強要する形態だから規模は数名程度に留まる。稀に宗教が絡むが、個人崇拝では信用がないから宗教カルトに頼る形だ。経営者がカルトを持ち込む場合がある。反社会カルトならば個別企業の外で形成される。
○加害者になる者は、能力がないのに、他人を「仕切る」ことが好きな性格である。
○精神論など空理空論、地に足の着いた話になっていない。うそ、でたらめ、個人攻撃がいっぱいである。
○会話は、金銭がらみ、作業は量で質を否定、行きつく先は「組織防衛論」となる傾向。
○カルトに陥った加害者個人のメンツで、あれもダメ!これもダメ!となる。
○反面、セクハラ、パワハラ、わいせつを「息抜き手段」に用いるのである。ニュースに流れる、わいせつ宗教カルトや仲間内リンチ殺人の「連合赤軍」の軽い版である。
○常套句は、「あなたのため、だから!」とか、「あなたへの愛、だから!」と、「だから」がやたら強調、やっぱり加害者への見返りは要求されている。
○カルトに組み込むには、一種の軽い洗脳(職場八分、友達なくなる!などの恐怖感を与え、思考停止・強制同調させる)が行われる。マインドコントロール(感情的高ぶりで共感を得る)ではない。
○カルト(セクト)に陥ると、取引契約書の目的と条文、業務の仕様書の趣旨・項目、日頃改良済みのマニュアル、就業規則の趣旨・条文など、こういったものを事あるごとに無視・違反を繰り返すことになる。当然、商品は品質劣化を起こす。ふたを開いてみると、営業上の多大な損害を抱えているケースも少なくない。
○他人や会社を批判する行為で、自己の存在価値を保とうとする者は知識偏重主義者、カルトとは別領域である。(宗教、慈善団体、テロ集団では重複することもあるようだ)。
○名誉欲がないから誉めても効果なし。給与増の金銭欲では動かない。子分を持ちたい権力欲は旺盛。超自己中心なので経営方針からはハミ出すことになる。
○カルトは管理者の目を盗んで、自分が支配したい子分を確保したいだけの、超自己中心的な権力欲望で暗躍する。管理者が甘いと、いくつものカルトが発生、その小集団が相互に競い合うことになる。加害者より有能な後輩、子分にならない後輩をハジキ出してしまう。
○カルト小集団間の派閥争いは、見る見るうちにカルト構成員の職業能力を低下させる。
○男女を問わず、面の顔が厚く、イヤミ100連発を武器、強きに媚び・弱きにキツく当たるのが共通で、社会経験が少ない加害者は仮面も被らないからストレートな現象となる。メイクも相まって顔の表情にまで、特徴がうかがえるのは筆者だけだろうか?
○カルトに女性は狙われやすい。(戦前日本の国防婦人会の様相や役割とまったく同じ)。女性加害者は男女差別の被害者意識を利用してカルトを作りやすい。だから、女性パートが多い職場ではカルトの多発・悪化の一途をたどる現象が多いと思われる。
○女性だから狙われるのではなく、加害者は不安定な立場の新採用を狙う。女は男を狙うが、男は女をカルトに誘わない。擬似同性愛は入り込まない。
○女性差別の被害者意識が強い加害者は、自分のことを「できる女!」に仕立てる手段に子分を作り、自ら男女差別を克服した女と錯覚・自負するといった特徴もある。混同しやすいが、男女差別ではない。男を根っから無能力と決め込んでいる。新入女性社員の離職が激しい部署は要注意。出来る女性は徒党を組まない、まして女だけで。
○職場八分で脅し、経営方針より個人崇拝をと選択を迫るから、カルトである。
こういった特徴から、
正常な人間関係を保とうとする周りの者は敬遠し、正常な顧客、正常な労働力、有能な労働力は寄り付かない!のである。

≪カルト(セクト)が精神疾患多発の原因≫
精神疾患のこの数年の多発、とりわけ去年の秋以降の職場での「統合失調症」や「うつ病」の激増続出の原因を、私もリサーチしているところであるが、どう考えてもカルト(セクト)に焦点を当てざるを得ないのだ。気の弱い人物、生真面目な人物、優しい人物の順に、カルト(セクト)に接触すると、精神疾患を起こしているのではないかと思われる。ことに、リーダー、主任や係長の肩書を持つ先端の監督職の者がカルト(セクト)の中心的加害者に陥り、部下の精神疾患を引き起こしやすい。これは管理職教育がなされず、または管理職の素質欠落によるものと考えられる。先ほど述べたカルト(セクト)の特徴を、そのまま地に出すものだから、すぐさまいじめ、いやがらせ、イヤミとなってしまう。
明確に本人には悪意があるが、これを隠ぺいする。一種の軽い洗脳に対して抵抗出来なくなって精神疾患を発症するケースも大いに考えられる。
したがって、合理的な理由もなく、他人に精神的物理的、圧力を加えるから、正常な職場環境が保たれないことになる。
そうなると、個別企業には、労働者が円滑に労働能力をできるように人間関係をはじめとした職場環境を整える義務があるから、個別企業の監督責任としてこれを放置していると、法的にも不法行為責任を負わなければならないことになるのだ。それは、セクハラ、パワハラ、わいせつ、過度の不合理な仕事の指示など、今話題となっている現象になって現れる。最近、都道府県労働局の個別労働紛争で、ハラスメント(いじめを含む)の相談が急増している。確かに、刑法に触れることはないが、様々な取締法に反していることから不法行為を形成している。カルトが法令違反を引き起こす原因にはなるが、カルト自体は法令の条文違反ではない。条文違反でないと誤認しているから犯罪意識はない。

≪業務遂行に、カルト(セクト)の影響≫
を受けてしまうと、個別企業の商品はみるみるうちに品質劣化して行く。売る側の立場、作る側の立場が、カルトの異様な精神論に影響されるから、その部門はクライアントのニーズから、ますます離れて行くのだ。各種サービス業、小売販売、飲食店などは大きな打撃を受ける。挙げ句には、「客が馬鹿だから買わない!」とか、「利用者に常識がないからだ!」などの理屈ばかりを、その部門の社員が言いだす。
その部門自らの能力の無さや仕事の手抜きを棚にあげて、部門内にスケープゴート(排斥、ハラスメント、精神疾患など)を作り上げて、「アイツのせいで、みんなが困る!」と仲間割れに問題点をすりかえるのである。
ここでの「みんなが」といった抽象的なことを言い出すところにカルト達のポイントがある。中間管理職であれば、「これでは会社組織が潰れます!!」などの経営者には耳ざわりの良い語句を使う(実のところは、我が身の地位と給与の保身目的を言い換えたもの)といった現象が現れるが、これがカルト(セクト)に陥る兆しである。この耳ざわりの良い言葉に喜んで、経営者や上司管理職はカルトを見逃すとか、カルトを助長してしまうのである。

≪そこで、個別企業での対応策≫
カルト(セクト)に陥った管理職や監督職は、個別企業が選任する際には正当順当な評価と方法でもって任命しているのだが、後日になってカルトに陥るのである。だから、発見したと同時に即刻排除するわけにはいかないし、今の状況で排除すれば個別企業の骨組みが抜けてしまう個別企業も存在しているのだ。カルト(セクト)の加害者に陥った者を、不正常であるからといって攻撃してしまうと、本人なりには精神的に切羽詰まっているから、これも精神疾患に陥るケースが多い。宗教やテロのカルトたちは、自分たちの被害妄想も加わって、「攻撃する・される」の被害関係を着想してしまうので、知らないうちに戦争を仕掛けられるが、これと同じく、ときに職場内でも発生するのである。
個別企業の収益性、生産性、労働意欲、効率が、カルトやセクトに掻き回わされないようにするには、今の時代のように成長が見込めない場合にあっては、
A.洗練整備された業務仕様書
B.日常的改良の施されたマニュアル
C.時代や事業に合目的な就業規則
D.これらはミーティングを通じて徹底すること
これらを組織的に行うことが効果的である。
カルト加害者は、一種の軽い洗脳(職場八分、友達なくなる!などの恐怖感を与え、思考を強制同調させる)を行うから、目先の対処は、
1.会社方針・作業計画を公に全員に伝え、カルト達の余地をなくす。
2.管理者は部下に対する、分け隔てない応対をする。
3.仕事の内容・教育・予定などの情報遮断が無いかチェックする。
4.醜い顔つき・濁り目つき・暗い発想と、突然転換が認められれば、カルトの構成員。
もちろん、目先の対処は個別企業の経営理念や方針に沿った事柄が柱である。個人的悩みの解消には、いっさい触れないことが技芸である。被害者への目配せは、もぐら叩き、被害者の救済にならないと覚悟しておくことで。
それよりも、以前のように目が輝いていた時の運営を思い起こしてみることである。


個別企業の賃金は、「職能」「職責・役割」をより重視
する傾向に向うようだ。
独立行政法人労働政策研究・研修機構の昨年12月のアンケート調査結果は次のURL、
http://www.jil.go.jp/press/documents/20090616.pdf
内閣府経済社会総合研究所の、2004~06年の景気回復期において、製造業大企業を中心に賃金抑制が続いた要因についての分析は次のURL、
http://www.esri.go.jp/jp/archive/new_wp/new_wp020/new_wp012.pdf
従来の賃金カーブは、年齢とともに上昇し45歳後は頭打ちであったが、将来は「早期立ち上げ高年齢層下降型」が予想される。一時期のトレンドであった「成果主義」などは何処かへ飛んでいったようだ。一般社会的には、金融業者主導?影響の正社員の人件費削減では商品劣化を生じるとの認識に立ったようだ。
もとより、本来の成果主義は、ある特定ランクの職能資格の枠内だけでの成果を他人と比較することを想定した理論。そこに目新しくコーチングが付着したから見栄がよくなったのだ。所詮は賃金体系関連のコンサルティング商品でしかないのだ。基盤が職能資格制度だから、社員1000人以上で、コンピュータ計算も当然のこととして前提にした制度である。
ところがこれでは、中堅の個別企業に販売出来ないから、想定理論を無視して単なる歩合給に書き換える商品として、コンサルタント会社が販売した。この書き換えを、セミオーダーとまで命名しているのだ。販売した者は素人、購入した個別企業も素人、役に立たないのは当たり前のことである。
芸技の領域にある専門コンサルタントとは、個別企業の理念、戦略、経営方針をもとに、賃金体系の中に、職務型、年功型、職能型、成果型などを織り交ぜ、忠誠心散布を施すことができる職業である。
(…これこそ、毒舌を極めたインテリジェンス:情報である)。