<コンテンツ>
・労働と経営、そのタブーを破る!
【低迷する世界経済のなかで、没落する日本経済】
・文化価値観 のタブー
【良心(Conscience)に基づく商品とは】
【詐欺や脅迫そして貧窮につけこむ行為】
【まず芸術の基本的構成の説明】
【芸術か否か、パフォーマンスとの比較差異】
【文化なれども、芸術ではないもの】
【芸術Art域の労働発揮】
・事業経営活動 のタブー 資本主義の本来的姿による経営管理項目
【近年日本での個別企業の誤った思い込み】
【大手に比べ有利なことは、中堅中小企業だからこそ】
・司法判断 =労働者は、使用者と何を交換するか、それは日本のタブー!
【スキルskill(技能) パフォーマンスperformance (職人技)】
【アートArt域は、労働全般を貸与を約する契約】
【謝礼は、取引における正当報酬には当たらない。だから保障はない。】
【労働や雇用といった契約の、歴史展開。】
§労働と経営、そのタブーを破る!
☆金融投資一辺倒での利益(利潤)を追い求めなくても、個別企業と個人(その家族)は充分やっていける。
「幸福追求」、並びに「厚生事業」とは異なる概念であり、各々を区別して究明することで、
その方法と、その方向へのベクトルについて、今の日本の公共や民間の社会インフラをもとに、研究をしてみた。
それは、【文化価値観】【事業経営活動】【司法判断】の三分野に渡り、労働と経営のタブーを破るものとなった。
司法判断と文化価値観のタブーは国際的新発見とのこと、事業経営活動のタブーは20世紀初頭の記録は存在。
(どなたでも学術論文への引用可能、論証根拠・エビデンス提供しますから広めてください)。
タブーとは、「なるほどと納得の行くもの、にも関わらず話題にならなかった」との意味である。
学問的見地から客観性合理性の検討をした。
一般の人に、「なんだ!それ知ってる」と評価されてこそ、初めて学問的成功なのである。
これは、日本人初のノーベル経済学賞候補になった森嶋通夫(略:ロンドン大学名誉教授)の教えである。
労働と経営のタブー、この解明は正当な商品取引、正当な経営権、正当な労働権の根拠となる。「弱い者いじめ」とか暴力団にも対抗できる。ことに芸術Art域の労働は、経済善循環を牽引する文化価値観の主役となり、それに携わる製造小売とか様々なサービス業務で芸術Art域の労働が正当に評価(その部分が貸与契約)できることとなり、個別企業での善循環を活発化させ、これが世界の客を呼び、これが世界に売れる商品を作り出すことになる。ラッキーなことに、このタブーを個別企業も個人も目的意識化をすれば、ICT機器で発信が出来るなど、もう国家の経済政策に頼らなくてもよいのである。
【低迷する世界経済のなかで、没落する日本経済】
これを打ち破るには、まず各々の個別企業が労働者とともに、
今月のメルマガで述べるタブーを破って、創造的経営展開をするしかない。
★今あたかも100年前と同じように、かすめとった政権を維持するため、旧態依然に浸りきった大多数が納得しそう?な経済政策話を、表向きは実行するかのような話だけで、その裏で実は財政破綻と民間大多数の非協力状況を招来し、その狂気の全体主義的経済政策で社会破綻の墓穴を掘り進んでいる。この5月24日と6月21日の総理官邸での「生産性向上国民運動推進協議会」(小売、飲食、宿泊、介護、道路貨物の5分野)は2回とも、社会主義経済手法を思い出させるサンタンたる内容だ。少し教養のある人ならば戦前のヒットラー経済、ソ連のスターリン経済、日本の軍部ファシズム統制抑圧、これを誰もが思い浮かべるだろう。今や日本企業の最大株主は日本銀行となり=霞のかかる白昼の社会主義的な幻想経済である。
★EUは崩壊どころか、筆者の推薦する識者の予測通り、EU結束は固まりつつある。英国の脱退で英国らにかき回された金融危機から2017年の今年は成長軌道に乗った。大手マスコミの根拠のないEU崩壊説も、今年の選挙がその結果を示し、改めてEU結束が強まった。EUへの日本経済進出は、意味不明なTPPとは大違いである。EUや東欧への日本商品進出ルートは未だ未開拓と言って良い。従来から貿易関係者の間では、日本文化の価値を含む商品なら売れると言われている。
★金融投資にしか興味のない人たちは、さんざんAIIBアジアインフラ投資銀行を敵対視していたが、AIIBへの産業投資は世界規模での資本動員に、AIIBは成功した。ここで日本の民間大多数はグローバル展開に格段の差で乗り遅れてしまった。併せて、北朝鮮が暴発(ミサイル発射ではなくして軍事南下)しないよう、中国の不安定さを解消する国際経済協調も進みつつあるようだ。(なお韓国へのアメリカ軍補給路となる日本には、新幹線、原発を狙った北朝鮮関係者の侵入を各県警が察知しているとの情報)。
★むしろ、金融情報資本の動きに誘惑された結果、東芝、日本郵政、もしかすれば三菱重工など、多額の資本が瞬時に海外へもち去られようとしている。金融投資に活路を見いだす事のみの「経済を語る者」は、口先ばかりで失敗続き、内通により餌食にされクイ荒らされていると見るのが妥当だ。その実態は霞が関の官僚とともに、「霞と泥沼」の様相である。
§文化価値観 のタブー
人間の行動は、その地域の文化の影響を、経済活動や政治・社会制度を通じ、受けている。
それは善くもあり悪くも有り、しかるにそのベースは良心(Conscience)である。
ただし、この論議は複雑怪奇でもあるから、全く別の機会に設けるとして、
経済活動における商品普及を見れば、その結果は判明している。
【良心(Conscience)に基づく商品とは】
①少なくとも売れる商品であり、
②長続きする商品には、良心(Conscience)に基づいて、
多少なりとも芸術性があり、芸術Art域の労働発揮によって成されている。
良心(Conscience:善悪より高次元概念)は有史以来、「愛と勇敢さ」の源泉。
それらは日本ではなじみの薄いが、ものづくりにもサービス(服務)にも通じるものである。
その芸術全般には、後で述べる基本的な構成が存在しており、
これを明確に示すことが出来なかった訳は、
「文化」といった用語に、ひとくくりにしてしまったことで、概念や思考がぼやけてしまったからである。
ここの芸術性に、文化の何事をも牽引する主体と力の源泉が存在するのは間違いない。
よって、文化を牽引する芸術性についての法則性その他の研究を進めることが、経済発展につながる。
それを取り入れた資生堂、ミキモト真珠、辻調理といった明確な企業事例である。
もっと身近な事例を示せば、
工業デザインの元祖は、ウィリアム・モリスの壁紙工房から始まり、芸術性を貫いたモリス商会である。
(モリスの妻をモデルに劇や映画マイフェアレディは創られた。)
【詐欺や脅迫そして貧窮につけこむ行為】
ところで市民革命をはじめとして、これを民主主義社会においては人権を踏みにじる行為と定められた。これが経済や商取引の経済であることは、王制時代の重農主義や重商主義でも論じられていた。だが、民主主義ではなかった中世などは、良心に反する行為と認識されていたものの、詐欺や脅迫そして貧窮につけこむ行為は日常的で、永らく貧窮は罪とさえ思われた時代もあったのだ。
こういった事は現代でも、「あいまいさ」を利用して全体主義者は利益をかすめ取ろうとするし、官僚主義者は事なきを得るために指摘されるまでは故意に見逃すことは通常である。だから、経済的民主的チェック機構を人類は各国で発明し続けるのである。ちなみにアメリカでは、こういった人権確保の考えは20世紀初頭に確立され、国内での全体主義は否定され、戦後一気に資本主義の世界展開を図るアメリカの基盤となったことは、誰もが否定出来ない事実である。また1937年から2年間にアメリカは芸術家の失業対策芸術事業をも行いアメリカ文化の基礎を築いたのである。
【まず芸術の基本的構成の説明】
どんな芸術も、基本は三つの構成であり、四番目になって装飾的なパフォーマンスである。
<次に示すスケッチ画で説明するが、詩にも音楽も造形にも共通する>
①時空を超えた不完全な部位の結合connectによる一つの想像物で構成する。
②受け止められる共感は無限性物語の核心テーマを想像して構成している。
③飛び出してくる誇張部位が受け止める者の瞑想的想像で幾重もの意思疎通を構成する。
④(装飾)ここで初めて、調和・純粋な装飾パフォーマンス(職人技:機械化理論化が未だ困難)が加わる。
ここで言えることは、
芸術の基本的構成の表面にパフォーマンス(機械化理論化が未だ困難))が散りばめられていることである。
パフォーマンス集積結果の上に芸術の基本構成が存在しているわけではない、素人はここで錯覚する。
すなわち、パフォーマンス能力がなかったとしても、芸術の基本的構成は成り立ち得るのである。
要するに結論は、
誰でも、①~③の芸術の基本的構成で組み立てれば、芸術Art域の労働発揮が可能なのである。
芸術Art域の労働発揮が、ものづくりやサービスの根本に存在すれば、その商品は売れる。
ここに、固有文化価値商品が、寵愛され、供給後も商品価値が増殖する要素が存在する。
すなわち、
労働力全般での「愛と勇敢さ」がなければ、高度なデジタル労働力のパフォーマンスにすぎない。
それは、街角の対面販売、小売業、ネット通販などで、成功している人たちには、知らず知らずのうちに用いられている。加えて、AI人工知能で成功するにも、その効率化に「愛と勇敢さ」でもって息を吹き込むことができるのである、失敗の成否はここにある。
固有文化価値の商品を担う人間の働きは、労働力全般であって、
予め企画計画(プラン、プロダクト、スケジュール)に、「はめこまれた労働力」の行使ではない。
……世界各国の大手企業が、事業や仕事の上辺だけとなり、労働意欲減退に陥る原因解明のヒントがここにある。
【芸術か否か、パフォーマンスとの比較差異】
パフォーマンスは、曲芸や珍しさの希少価値の展示や品評といった誘惑に陥ってしまう。
アートは、将来に向かっての明るさ(希望)を表現している、これに対し
パフォーマンスは、過去を振りかえるもので、理屈や人目を気遣うことから、過去への暗さは増長される。
過去の業務全般に対する、傾向と対策の範囲において、機械化(AI)の対象となる。
いくらパフォーマンスでも、AI人工知能での効率化にも息を吹き込むことは不可能である、だから売れない。
AI人工知能を駆使して、人々の傾向性を見つけたとしても、それは欲望の塊にすぎず、社会の価値増殖には寄与しない。
パフォーマンスによる高付加価値商品は、感動や気晴らし商品構成となり、消費者の不満が募る。
そのことから、パフォーマンスの希少価値を追い求めることとなり、気晴らしはあきられてしまい、それは現在のような経済的破綻を招くこととなる。
パフォーマンスは感受性を排除するから、心に浮かんだ絶対的美や価値のみのイメージを選び、芸術のごとくの時空を超えて他の物との結合や共鳴には注目しない。
パフォーマンスの結合とは、終始一貫して、心に浮かんだ絶対的美や価値を支えるためだけの、支柱だけであり杖の役割だけしかない。
パフォーマンス、それは現実的な存在物のリアルさを表現し、その善し悪しは表現の完成に比例して決まるのである。
観察者というパフォーマンスに長けた者の癖は、芸術の現実の実態を表現するのは観察力と誤解し、もっぱら表現の完全さを求める。
描く対象は征服されるものとしての、パフォーマンスの眼差しの対象となり、高級な芸術の装飾品には一般的に適さない。
グロテスクは、描く対象の法則性に不注意で、心に浮かんだ絶対的美や価値のみをイメージするから俗化するパフォーマンスである。
パフォーマンスの弁論家は、不意打ちや罠で話が構成され、オモシロ、おかしく気晴らしにはなるが、益々不満は募るばかりである。
パフォーマンスは、約束されたものや指示された限度を超えて、より多くを与えることはない。
【文化なれども、芸術ではないもの】
芸術性の存在とはかかわりなく、シンボルによって想像・構想される絵画も、例えば宗教画と言われるものも文化ではある。
芸術性に必要な想像力や構想力を排除して、事実や事実関係を記録するあるいは学問的に分析する文物録音録画も文化ではある。
ドキュメンタリー映像であっても、シンボルや事実の羅列では芸術性を構成しないし、それはパフォーマンスであって芸術Art域の労働発揮ではないからだ。
「固有文化価値の商品化なのか、文化的事業基盤形成事業の形成なのか」
結局は、
A.幸福や希望の実現を追い求める上でのことなのか、
B.厚生事業に柱を置くものなのか、それによって、その具体策が異なってくる。
過去に現れた事物の、「傾向と対策」から導き出されている事柄を目標にした客観的合理的思考習慣(システム概念)は、
幸福と希望の排除をもたらすこととなり、それが個人や社会に共通する価値増殖を逓減させて来た。
アートArt労働は、
その場の観客や需要者を巻き込み、集団を結合するプロデュースで具体化される。
そこには、異質で異なるものを結合Connectさせる芸術構想力の前提の基、
①アーティストの想像力に基づいた構想力の組み立てで、
②アーティストの技巧に導きリードされた法則によって、所謂美をその場に演出する。
③よって曲芸や珍しさの希少価値の展示や品評といったパフォーマンスの陥りやすさを解消することができる。
アートArt労働との用語法は、
芸術性労働の純粋集合体を抽象的に表現したものであり、
スキルやパフォーマンスが、芸術性労働によって導きリードされた場合は、
「固有文化価値の商品化なのか、文化的事業基盤形成事業の形成なのか」を問わず、
意欲・感動・希望の三分野がセットされた固有文化価値商品が形成される。
【芸術Art域の労働発揮
それの中身を確定することは、現段階では難しい。目的意識的にやってみて確立する必要がある。
労働力の所有権を使用者に譲渡する、この事例が20世紀初頭から始まったことで、新しい社会制度が確立された。
それと同じように、これから、
芸術Art域の労働の有形無形財産の貸与契約あるいは、有形固定物に限っては所有権譲渡契約が、
産業一般に流通する段階を進むにつれて、中身が充実確定する。だとしても100%確定は難しいとしてもだ。
§事業経営活動 のタブー 資本主義の本来的姿による経営管理項目
ここに示す項目は、日本ではタブーである。
だが、アメリカなど起業や事業の盛んな国では、当たり前の認識である。
エピソードだが、フィンランドでは介護資格取得には、近年は介護事業の起業独立経営のカリキュラム(公務員的画一思考是正を含め)が必須である。
なぜ日本では、この資本主義の本来的姿による経営管理項目がタブーとなったのかは6月号メルマガ参照。
http://soumubu1.blogspot.jp/#182-10
資本主義の本来的姿による経営管理項目 この三つは有機的に結びついたセットだ。
これこそが、経営トップの行うプロデュースである。
[1]個別企業の、
①人的物的な技術力、
②優位な取引&貨幣転化の迅速手法、
③市場や銀行での信用創造
を総合的に組織的に運用して資金回転率をあげること。
[2]その動きを形成・展開・まとめ収める、そのイニシアチブと実行力を個別企業内外で安定確保する。
個別企業で恒常的に実行ができるように、商品提供ネットワーク実行力も社内組織も独自で形成し、
そのための人材(いわゆる監督職ではなく管理職)を確保定着させること。
[3]事業や資金への天才的投資チャンスの適時適宜性を磨くことに専念すること。
及び日常的に個別企業独自の危険要因を探し出しておき、
その危険事態(それは内部では分からない、だから外部の専門家)を予防すること。
【近年日本での個別企業の誤った思い込み】
前述の1項目のみを、経営だと思いこんでいる経営者が圧倒的だ。
2項目や3項目の弱さで、そういった自覚を経営者が持つ前に崩壊する下請け企業が多い。
2項目が極めて特異な集団の一つにアウトソーシング会社が、日本では少しだけ存在する、
だが、人材派遣会社、国家資格を有する事務所には、(法規制で)アウトソーシング能力は全くない。
3項目にばかり専念して仕事の受注はするけれど、丸投げ発注するブローカー的企業も少なくない。
起業といえば日本では、1項~3項の何れかひとつと錯覚している、ことに中小企業庁がそうだ。
【大手に比べ有利なことは、中堅中小企業だからこそ】
官公庁や都市銀行などに頼らなくても、
【資金回転率】を引き上げることで効率的投資も叶うし、
【実行力】商品提供ネットワーク実行力も社内組織も独自で形成できるし、
【適宜適時力】機敏さもあり柔軟性もあり、機敏予防にも長けているのである。
§司法判断 =労働者は、使用者と何を交換するか、それは日本のタブー!
労働者が、使用者と交換するものは、法律、経済、経営いずれ本にも書いていない。
今やICT産業革命で社会に文化、そして経済構造が変わる。
それに応じた労働の交換概念も変化し、変化を先取りし定着させる個別企業こそが、有能で高価値を生み出す人材を確保する。
ICT産業革命時代での労働全般の所有や取引での権利義務概念を創造的にタブーに挑戦する。
ここでの「労働」といった用語は、民法の特別法である労働契約法、労働基準法その他の労働に係る行政法に定義されている事柄より広い意味で使用している。そのため労働という言葉の認識が、日本国内法令などによる狭い解釈にならないよう注意することが肝要だ。また意味不明だからと言ってギャラ、出演料、コマ代その百通りの概念を用いるのも誤解と不振、価値逓減のきっかけとなる。
スキルskill(技能)、パフォーマンスperformance(職人技)、アートArt域の労働三分野の解説(6月号メルマガ)
http://soumubu1.blogspot.jp/#182-12
【スキルskill(技能) パフォーマンスperformance (職人技)】
取引相手である経営者との、「労働力」の取引で、
「その労働力の所有権を、使用者に譲渡する契約」である。
①労働の内容が、既に概ね決められている。
②仕事を実施する場所が定められている。
③予め、そういった内容を労働者は了解したうえで仕事をする。
この論理の上に労働法は形成され、職業安定、職場環境や安全配慮義務、労災保障が成り立っている。
★スキルの労働力は、機械化の対象となる。
労働力賃金(所有権譲渡契約)が高ければ機械化が進み、機械化投資額が高ければ低賃金の労働力確保となる。
いずれにしても、純粋にスキルの労働力のみに頼れば、高価値製品・高水準サービスの商品構成は難しくなる。
★パフォーマンスの労働力は、個人もしくは小集団完結を追求する。
イ)過去の業務全般に対する、傾向と対策の範囲において、機械化(AI)の対象となる。それは、「一体となった職人気質&職人技」の排除に向かう。職人気質や職業倫理による技術の確保維持発展の阻害が証明されれば、一気に機械化(AI)される。法律制度が目指した「職人気質&職人技」(医師、弁護士、大学教授といった資格者)は文化価値を有するのか否か。
ロ)あくまでも「傾向と対策」のパターン処理は、在宅型業務処理(勤務)、小企業業務請負、フリーエージェント(案件ごとの労働契約)の表装を帯びていく。
ハ)すると、プロダクト(生産)・マネージャー、傾向と対策の調整を行うコーディネーターの概念となる。
ニ)パフォーマンスによる高価値製品・高水準サービスは、感動や気晴らし商品構成となり、消費者の不満が募ることから、希少価値を追い求めることとなり、経済的破綻を招くこととなる。
【アートArt域は、労働全般を貸与を約する契約】
アートArt域 と言われる労働全般は、
取引において、造形物理的要素や解釈要素を含み
①「労働全般能力の発揮によって形成した、有形無形財産の貸与を約する契約」であり。
もしくは、
②アートArtの「有形固定物に限っては、その所有権を譲渡する契約」なのである。
★さまざまなアートArt作品を形成する芸術的天才は
美しく良いもの、かつ希望を感じるものの、法則性をつかみ、作品への技巧の法則を行い、その疑似的再現を実行する。
まさしくこれが、パフォーマンスperformanceによる職人技とは異なる部分となる。
★アートArt労働は、
その場の観客や需要者を巻き込み、集団を結合するプロデュースで具体化される。
そこには、異質で異なるものを結合Connectさせる芸術構想力の前提の基、
①アーティストの想像力に基づいた構想力の組み立てで、
②アーティストの技巧に導きリードされた法則によって、所謂美をその場に演出する。
③よって曲芸や珍しさの希少価値の展示や品評といったパフォーマンスの陥りやすさを解消することができる。
【謝礼は、取引における正当報酬には当たらない。だから保障はない。】
あるいは、「お布施」と称するものも同じく、
委任契約における、無報酬を前提とした、慣習の変形にすぎない。
したがって、報酬を受け取る権利や支払う義務ともに原契約だけでは存在しない。
また、「格」とか人格権は著作権における保護要件には成りうるが、
実労働したものの報酬には一切かかわりがない。
これらいずれも、如何なる権利義務をも保障しない。
権利義務の形成には料金、場所及び時間その他の書面契約が不可欠となる。
★また別の論点だが、著作権の世界的認識は、
販売組織(会社)の売買取引の安定性を高めることに目的がある。労働能力の一部である労働力、或いは労働全般能力の発揮のいずれにしろ、これを重視して考えられた概念とは言い切れない。著作権は派生的に労働協約などの交渉根拠とされているのが世界先進国の傾向である。
【労働や雇用といった契約の、歴史展開。】
ちなみに労働契約とは、土地の付属物であった農民とは異なった契約である。
1st)労働力での成果物を取り上げ→生活費を労働再生産費用として賃金を支払う=搾取と言われる労働(力)交換システムである。立場が弱いから買いたたかれ→闘いとなる。ただし特筆するが、欧米では、奴隷制度名残の身分制度の影響が今も続くことは日本との違いである。
2nd)労働力を機械生産工程の代わりに使い→機械費用の代わりに通貨を支払う=労働力の所有権を譲渡契約し、代金の賃金を払う。→集団的労働関係を創り近代労使関係を築き産業の安定成長を図る。労災保険制度、失業保険制度、安全配慮義務などは、この「労働力の所有権譲渡契約制度」の充実保管の制度部分である。
3rd)ところが、こういった労働の交換概念の司法的研究は存在するが、こと日本では法定法理とされていない。司法判断にかかわる法曹界ではタブーである。したがって、司法研修所、労働基準監督官その他労働法がらみの公的職業人での学習が貧弱なのである。近代労使関係を学んでいない法曹関係者は、苦肉の策で人格権とか不法行為責任といった曖昧な範囲で処理をはかろうとする。どうも此処に、ICT産業革命での構造変化に応じきれない労使の人材概念の権利義務混乱(明解に納得できない)が産まれる所以があった、弁証法的にいえば。
4th)そこでもう一度、古代からの司法概念を振り返り、ICT産業革命時代での労働全般の所有や取引での権利義務概念を、タブーに挑戦し創造的に発明してみた。それは、およそ100年前アメリカで労働力所有権譲渡に因る賃金交換が発見され、司法判断が始まったようにである。また日本にあっては、約400年前に奴隷制度が禁止されていること、現行社会経済制度が欧米とは異なることから、現行の如くに労働に掛かる各種財産権が法定法理に成ることは未来話ではある。
5th)だが、とりわけArt芸術域の労働全般の契約が下支えとなり、職業能力の各自目標や希望となることで、司法判断も得て社会の経済や豊かさを広げるだろうと確信できる。タブーを破った今は、突飛な「発明」だけど、実利(高価値・短時間労働)にまつわる固定観念を打ち破る。それは法則化理論化によって良心の自由を奪われようが、またそれはグローバルな展開だとしても、それは保障されることになるからである。(そうなれば、極東アジアと東南アジアで、その保障は顕著な現象になるだろう。Art芸術域の労働とともに「発明」は輸出されるかもしれない)
2017/07/04
2017/06/06
第182号:個別企業の事業再生が図れる、そのポイントとは!
<コンテンツ>
・「働き方改革」での 厚労省実行計画の 個別企業に及ぼす影響
・「労働契約解消金」日本再興戦略を受けて厚生労働省:検討会報告書
・そこは取り急ぎ、個別企業の事業経営を浮かび上がらせる
1st)まずは経営のチェックポイント、価値と資産を生む労働(働き方)を整理
2nd)今や、サラ金地獄に陥ったような経済状況(金融情報資本主義の限界)
3rd)それは、商品の生産をスキルskill(技能)にばかり頼る経済・経営が限界
4th)日本の官僚や大手企業は、100年以上の昔のごとく
・この瞬間の中堅中小企業:経営チェックポイント。
☆資本主義の本来的姿による経営管理のチェック項目。
これらポイントを経営管理の通例としなかった日本
=経営技術水準が低く実力も実力無いと、見栄張りのガンコ者になる=
・労働能力の三分野、それが解れば変わる育成法
1A.アート Art と言われるもの
2A.パフォーマンス performance というものは何?
3A.スキル skill(技能)これが職業能力と思われているもの
4A.では、アートの労働全般能力、あるいはパフォーマンスの熟練労働力は、
5A.加えて、フォーマンスやスキル(技能)は、実のところ
6A.アート、パフォーマンス、スキル(技能)、この三つの分野の仕事スタイル
§「働き方改革」での 厚労省実行計画の 個別企業に及ぼす影響
政府の最大の柱とは、同一労働同一賃金&長時間労働の上限規制だとの、厚労省の認識となっている。以下、実行する監督行政部隊の方針である。
【同一労働同一賃金】の、厚生労働省の実行計画は、従来のガイドライン案を法制化する程度以上のものはない。したがって、一部には現状維持の定修正のセミナーも開催されるようになっている。それは「同一価値労働」ではない宿命にすぎないのだが。
【長時間労働の規制】は、原則月45時間以内などの現行告示を法律に格上げ罰則規定も設置程度である。
★信頼筋によると、官邸筋は経済界には会合でも発言を抑え込み、有無を言わせない姿勢との情報だ。また、多くのレクチャーでは、「実質は従来と変わらない」といった話ばかりである。
★厚労省独自の監督行政の動きは、何と言っても今年1月に公表された、「労働時間の把握」についての通達である。都道府県労働局の説明レクチャーでは、「徹底的な労働時間の監督を行う(おそらく秋以降?)」、そこで、「今から各事業所で準備をするように」、といった内容になっている。個別企業にとっては、こちらの対策が重要であることは間違いない。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html
§「労働契約解消金」日本再興戦略を受けて厚生労働省:検討会報告書
厚生労働省は5月31日、「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」の報告書を公表。報告はとにかく長く、労働法専門知識と紛争実務経験があってこそ読み解ける内容である。ここしばらくの内閣官房に対する省庁官僚たちの態度の変化が現われているのかもしれない。昔に厚生労働省内で解雇の金銭解決制度が建議されたことがあるが、それに比べると、筆者が読む限り大きくトーンダウンしている。
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11201250-Roudoukijunkyoku-Roudoujoukenseisakuka/0000166365.pdf
★金銭救済解決は、マスコミ報道の閣議決定から連想できるような制度を作ることが、現行法規の理念からは技術的に難しいとしている。むしろ金銭解決額は予想よりも高額を要し、労働者本人に責任がある解雇でも少なくとも3ヵ月とし、妥当な金額幅は示さないもの労働審判や紛争調整委員会の和解金額を、はるかに上回る必要とのニュアンスも否めない。これでは中小企業の支払い能力に懸念があるといたような内容となっている。
★また、労働者には、そういった金銭救済解決のニーズは無いと、報告書は断言している。巷のマスコミの一部には、この制度が実施されれば労働者に有利な制度ではとの憶測も出ているが、報告書の内容を追っていくと、それは、詳細に渡り打ち消されている。
§そこは取り急ぎ、個別企業の事業経営を浮かび上がらせる
1st)まずは経営のチェックポイント、価値と資産を生む労働(働き方)を整理、そのための調査研究をしてみた。巷の経済学は金融・情報・希少価値といった、肝心の価値と資産に関する話が見当たらない。経営のノウハウ本も浮ついた出版やネット広告が目立ち、戦後の経済成長を世界的に支えた経済理論とかノウハウを、読んだこともなさそうな下世話な話ばかりである。
あまりにも呆れたので、今回のメルマガは、緊急応急策を中心にまとめてみた。次回は経済学の根拠でもって、どうすれば発展的計画的事業経営の指針についてまとめる予定である。じゃあそれまではとなると、将来のために我慢して事業縮小(資産をはがされないように)することある。それは、会社の資金繰りを超えて、従業員の方の生活保護とか各種公費の減免手続きまでも考えてもの個別企業の存続計画である。
とにかく倒産してしまえば、価値と資産を生むノウハウ自体が喪失してしまうのである。
2nd)今や、サラ金地獄に陥ったような経済状況(金融情報資本主義の限界)とも言われ、個別企業の事業経営が行き詰まりを見せている。最終消費となる個人消費の激減どころか、労働者の将来希望喪失による労働意欲激減は人材不足をきたしている。企業の有効求人倍率は数字は高いがパートや契約社員ばかりである。契約社員の求人では応募ゼロの個別企業も増え続けている、すなわち、「そこまでして働かない!」といった労働意欲激減が、何もしない生活といった貧困化に流れているのである。その一方で、増加するのが詐欺、脅迫、貧困に付けいる取引といった犯罪や「半グレ」主宰のズル賢い系ニュービジネス犯罪である。
3rd)それは、商品の生産をスキル skill(技能)にばかり頼る経済・経営が限界にきている現在、100年以上昔と同じように、「産業の機械化及び人間の家畜化」といった方法で乗り切ろうとするから、一気に衰退を迎える様相なのである。ブラック企業のさまざまな現象、長時間の無給労働、職場の仲間同士の足の引っ張りあい、事業効率の徹底した悪さの蔓延に現われているのである。
むしろ、100年以上昔に、各国が経済を研究し社会制度を改革したことによって、第二次世界大戦の前後から以降の経済成長をみたのである。短絡的表現ではあるが、「経済を研究し社会制度を改革」しなかった国は、資金を海外投資から受け入れたのだが、根本の経済政策を間違い経済後退してしまい、さらに政権にしがみついた首脳たちは全体主義の道を選んだ。
ナチス:ヒットラー、イタリア:ムッソリーニ、旧ソ連:スターリン主義、そして旧大日本帝国がそうである。例えば、日本は正金銀行(金塊取引)で、アメリカ本土から借り集めた資金でもって、満州事変の戦争費用に充てた。昭和大恐慌から立ち直るやさきの経済政策には投資しなかったことから、益々悪化していったのである。「贅沢は敵」と言い出したのはこのころからである。挙げ句に、国民は国債を買わされ、会社員のボーナスを全て国債購入に、町内会隣組では国債の割り当て、そして終戦の時には「ほぼ〇円の国債価格」となった、超インフレ政策であった。
4th)日本の官僚や大手企業は、100年以上の昔のごとく「産業の機械化及び人間の家畜化」との、「経済を研究し社会制度を改革」を放棄した状況と基本は同じく、それでは選挙で負けないようにと考えて耳ざわりよく、「イノベーションと働き方改革」と言っている。だがその中には、本来のイノベーション(筆者の原典紹介)の一部分に似せたような似非な機械化(IoT,BigData,ITなど)への機器投資にすぎない。
「働き方改革」は現在の機能不全状況を法律で追認する程度の話であって、これには大手をはじめ中堅中小企業に至るまで無視しており、厚生労働省とそのシンクタンクも面従腹背を決めこみ機能停止状態である。すなわち戦前日本と同じように、資金を海外投資から得て(ただし、現在の夢物語)、いわゆる彼らのいう「ソフトやノウハウ」には注ぎこまずに、というわけである。「誠に戦争中の官僚たち」と同じく全体主義に流れていってるのである。
§この瞬間の中堅中小企業:経営チェックポイント。
消費動向は益々低迷、海外輸出はまだまだ不振、進出したところで会社身売りの公算が高い。それは、高度経済成長以来の政府主導の計画経済産業政策とバブル崩壊以後の低減縮小に原因がある。だから、最終消費である個人消費を向上させることになっていない。金融政策の中小企業の金づる(金融借入金が銀行の株主化に変質してしまった)でもって、システムから経営思考習慣までが社会主義化してしまっている。
☆資本主義の本来的姿による経営管理のチェック項目。
〔1〕
個別企業の、
①人的物的技術力、
②優位な取引&貨幣転化手法、
③市場や銀行での信用創造
を総合的に組織的に運用して資金回転率をあげること。
〔2〕
その動きを形成・展開・まとめ収めるイニシアチブと実行力を個別企業内外での安定確保する。個別企業で恒常的に実行ができるように、商品提供ネットワーク実行力も社内組織も独自で形成し、そのための人材(いわゆる管理職)を確保定着させること。
〔3〕
事業や資金への天才的投資チャンスの適時適宜性を磨くことに専念すること。及び日常的に個別企業独自の危険要因を探し出しておき、その危険事態(内部では分からない、だから外部の専門家)を予防すること。
……現実経済から出発すれば、こういったポイントなのだ。
海外の近代経済学と言われる研究は、不思議にも紹介されている例が少ない。じゃあ日本国内に、それが無かったかといえば、近江商人の商業資本主義には残存している。が、ほぼエピソード程度の表面的なものしか語られていない。
そして、最近の個別企業では、
前述の一項目を経営だと思いこみ、
二項目や三項目の弱さで崩壊する下請け企業が多い。
二項目が極めて特異な集団の一つにアウトソーシング会社がある、
だが人材派遣会社には能力は全くない。
三項目に集中して仕事の受注はするけれど、丸投げ発注するブローカー的企業も少なくない。
◎これらポイントを経営管理の通例としなかった日本
その時代に、何が原因で、何があったのか、
One. 日本の財務省や経済産業省の政策は、(社会主義と同様の)計画経済であるから、官公庁の官僚思考たちの政策にそぐわない。
Two. 日本の学術は官公庁の官僚にそぐわなければ予算がつかない。日陰者はメジャーから相手にされないといった経済や経営学の学術界のシステムがある。だから学校や周辺では知り様がない。
Three.あまりにも原因と結果に重きを置いた客観的合理的論理展開の学問でなければ、官僚の多くは理解し得ないからだ。
……大学受験のための勉学は、ひとえに「傾向と対策」であるから、客観性理性のない事象寄せ集めの断片知識による法則性や論理展開の無さに曝されてきたから、実社会では使い物にならない「飛びぬけた能力」だとしても、その「傾向と対策」能力では理解は出来ないと思われる。
おそらく多くの大学では、根本的なところからの科学思想史は教えてもらっていないだろう。所詮アカデミックな古代古典哲学の翻訳が目立つが、それでは社会経験の無いの学生には理解・思考・応用は出来ない。
……だが、現在から将来はグローバル時代であり、
実は官公庁が推薦する政策とは異なっている。
あれこれと官僚たちは独自解説をするが、彼らは官僚機構が在ってこその保身経済政策しか考えない。
……また、中堅中小企業だから、官公庁や都市銀行などに頼らなくても、前述のとおり、
【資金回転率】を引き上げることで効率的投資も叶うし、
【実行力】商品提供ネットワーク実行力も
社内組織も独自で形成できるし、
【適宜適時力】機敏さもあり柔軟性もあり、
機敏予防にも長けているのである。
=経営技術水準が低く実力も実力無いと、見栄張りのガンコ者になる=
★「おもてなし」といえども、
個々の客へのメニューや商品の微調整が出来なければ、回転率も実行力も適宜適時力適宜性も成り立つわけがない。
ここは最終消費財にかかわる個別企業の命取りである。
★伝統や文化あるいは緻密さにかかる職人技能だとしても、
外国客のニーズにこたえない、相手との意思疎通をしない、顧客に共感して工夫しない、といったことで売れないのである。
[もの作り]や[人をケアcareするサービス]のイノベーション
の教育要点は次の通りだ。
http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/22
☆近代経済学を切り開いた学者たちは、
経済学研究をすることで、およそ口をそろえて、
経営陣が安易に「機械化と家畜化」によって利潤を得ようとすることでの事業衰退を防ぎ、あげく左右の全体主義政治に陥って崩壊しないようにと、当時からすでに研究目標を置いてきた。
よって、(肝心な経営理念は各々読者に任せるとしても)
【資金回転率】、【実行力】、【適宜適時力】がなければ、
経営者筆頭の個別企業そのもの自体の「機械化と家畜化!」
でも、それさえも論外であり、それどころか、もう経営管理の資格外なのである。
現実に、失われた10年の30年目突入、この悩みが経営者の内心に漂っている。
§労働能力の三分野、それが解れば変わる育成法
アート Art、パフォーマンス performance、スキル skill(技能)、
これが労働能力の三分野である。詳細な定義付けとか経済学的分析は、未だ今日まで行われていない。経済学者たちの中で、分析が行われていない理由を聞いても仕方がない。むしろ、必要がなかったのだと思われる。
1A.アート Artと言われるもの
固有文化価値商品の機械的には理解できない品質の良さを醸し出す、そこがアートArtの部位である。これが類似商品と比べて売れる根拠であり、価格水準を維持している根拠である。
微力ながら、部分的ながらも、いわゆる芸術性を商品に持たせる創造労働である。ただ世間で会話している芸術性は、猫も杓子も風変わりな有形無形のものをイメージしている場合が多いから、これでは役に立たない。だが、売れる商品には質量は別として必ず芸術性による部位が存在する。むしろ何気ない配慮と細かい部分から順に機能と表現が表装される傾向が一般的だ。
そのことで、意欲・感動に加えて社会生活や人間関係に希望を抱くことができる。また、全体&細かい部分の機能と表現の人的技術が決定的要素なのである。それを具現化するものが、①提供する人や集団の労働全般能力であり、②有形無形を問わず需要側の希望にかかる共感作用に対する共感精度が、③本人の自覚の有無とは別にアーティストの分野ごとに優秀強力な能力だと推測できる。④またその共感作用に対する共感精度は、労働能力全般を発揮する技巧に法則を持たせるための測定器の役割を果たしている。
2A.パフォーマンス performance というものは何?
パフォーマンスと言われるの労働能力の、アートArtとの決定的違いは「他人に希望」を抱かせないことである。その代わりに買い手の主観に理解されうる論理構成の装いが必要となる。では、パフォーマンスperformanceとは何かと定義するならば、「いわゆる曲芸の領域」である。審美追及主義の文字通り、美を追求するとの名目で、アレコレ理屈を並べることを要する。鑑定書めいた「折り紙」を必要とするのだが、あくまでそれは、提供される側の好奇心や希少性の一体混合作用が主な注目を引く源泉なのである。
くどいけれど繰り返すと、商品そのものには他人に希望は抱かせない、その代わりに提供される側の好奇心や希少性の一体混合作用で目を引く仕組みが必要となるのだ。これが経済学でいう希少性である。それは決して、生産量が少ないから、希少価値があるというカラクリではないのだ。
アートArtとは異なり、決して社会生活や人間関係の構成にかかわる希望には触れないようだ。どうしても個人の内在に陥ってしまうマーケティングでなければ、パフォーマンスと言われる労働能力によって造られた商品には買い手がつかないのである。要は。曲芸の類であるから、そんな商品は入手すれば飽きが来てしまう、それは商品入手後の価値創造や価値加算が行われないからである。やはりパフォーマンスは、いくら熟練を積んだといえども、労働力(それは労働全般能力の一部分)の一種にすぎない。
ピアノ演奏だとしても、パフォーマンス労働力に因るものであればBGMである。壁に大きな絵画があったとしても、パフォーマンス労働力に因るものであれば装飾壁紙の一種である。大工場で作った壁紙のだとしてもアートArtの労働全般能力に因るものであれば芸術性がある。工業デザインの元祖と言われる英国人:ウィリアム・モリスは、19世紀に壁紙などの製造から出発したが、工芸品は拒絶し芸術品を目指した、それが工業デザインに開花するわけである。そして、その当時の工芸品や民芸品、いわゆる食器類、家具、民生用住宅は、職人のパフォーマンスが造るものが圧倒的のである。
いわゆるアートArtとなる芸術性を商品に持たせる創造労働は、目的意識的に計画的にでなければ製造出来ないし、パフォーマンス労働力を開発したり、身につけたりすることとは方法が異なるのである。
3A.スキル skill(技能)これが職業能力と思われているもの
スキル(技能)、これは長寿の人生からすれば、初期技能の労働力である。例えば、「学卒者は作業マニュアルを理解する語学力を身に付けている、それも一種のスキル(技能)」とされている、これは厚生労働省シンクタンク機関の考え方の一例である。スキル(技能)とは、ある程度の作業を、ほぼ自前で判断しなくても実行完成することができるといった、労働全般能力の労働力の部分的能力のことである。
近年は労働者の自主性に考慮することが流行しているけれど、やはり、スキル(技能)の労働力は、「指示待ち」が基本スタイルである。作業工程を企画した後に集団で組織的に労働力を発揮させるからである。スキル労働力とパフォーマンス労働力を混在させると、事務であれ販売であれ作業効率は激減する。パフォーマンス労働力のレベルは、とにかく単独で作業を行わせることである。
そして、スキル労働力の中でも、低価格もしくは訓練中の労働力は=時間単位商品として取引される。高価格かつ訓練完成の労働力は出来高制商品で取引される。月給制社員なのか時間給社員なのかは、個別企業により決めれば良い。この労働力が不足していた時代には、名目は正社員:実質は時間給や日額賃金とした個別企業が圧倒的であった。労働力不足が緩和されると、直ちに低賃金の非正規労働者への雇用の切り替えが進行した、それが近年の2008年リーマンショックの実態というわけである。
スキル(技能)労働力に、同時にアートArtの芸術性を商品に持たせる創造労働を行うことが出来ない。すなわち、売れない商品は、せいぜい購買の「意欲と感動」しか商品化されていないか、意欲の部分をスキル労働力か、感動の部分をパフォーマンス労働力か、その製造や業務を担うのである。
最も売れる固有文化を持つ商品は、ありふれたように見えるのだが「意欲と感動」に加えてセットで、購買すれば「希望」がかなう品だから売れるのであり、そこにはアートArtの芸術性を商品に持たせる創造労働が関わっているのである、それはどうしても労働全般能力の発揮しかあり得ない。
4A.では、アートの労働全般能力、あるいはパフォーマンスの熟練労働力は、
旧来から、それなりの賃金価値として取引されたかといえば、それらは正当に行われなかった。それは明確な取引根拠がなかったからである。労働全般能力や熟練を長期雇用保障との代替取引、30歳半ばまでの生業的独立といった社会システムで、芸術性といった労働全般能力を発揮する権利、熟練性の単純労働力の発揮を上回る労働の権利は、およそ概念化されることがなかったのである。
貨幣収入が必要な場合は、その培った労働全般能力を横に置いておいて、経営者に転身するしかなかったのである。こういった社会慣習は、アートやパフォーマンスそれぞれの能力を曖昧にして、能力向上や開発を放置してきたから、よく売れるレベルの商品が製造されるにいたらず、それなりの賃金価値を支払うといった労働契約も成り立つにいたらなかったのである。賃金を引き上げれば、売れる商品が生み出されると言うのは、このことからも真実でないことは明らかになる。
5A.加えて、パフォーマンスやスキル(技能)は、実のところ
労働力が時間単位商品や出来高制商品としているが、取引相手である経営者との取引で、「その労働力の所有権を譲渡する契約」であることが明快になったのは、労使取引関係に対する裁判所の介入でもっての労働に関する司法の判断においてであった。これによって経営者が所有権を保持するが、所有権個人にかかわる労働力の安全その他の配慮義務が使用者に備わったのである。同じく、仕事内容を了解することがなければ場内立ち入り拒否といった、経営者の統治権(統治義務)の考え方も法的に確立することになった。
ところが、いわゆる古典的経済学では、労働力が(労働にしろ)一体何と交換をしたのかが解明出来なかった。よってその部分の安全配慮とか長時間労働禁止の社会的資産(文化的資産になりうる)に対する解明さに論理発展の遅延を生じているから、そういった古典的な経済学を持ち出せないことは否めない。だが、日本の現状は、古典的経済学もしくはそれ以前の論理が定着している社会だから、労働者にも、「労働力の所有権譲渡契約」がパフォーマンスやスキル(技能)を発揮する人たちの労働契約であることを教える必要がある。それを教えていないから、曖昧どころか、古代へ古代へと迷信のような労働感が蔓延してくることになる。
では、アートの労働全般能力が労働力の所有権を譲渡するものではないとすれば、いったい何なんだろうか、その詳細まで詰めたところの通貨でもって交換されるもの、それはもう少し解明に時間がかかる、間違いなく大発見である。
6A.アート、パフォーマンス、スキル(技能)、この三つの分野の仕事スタイル
は、初歩段階では重なり合う部分が存在するように見えるけれど、それは基本部分では重複していない。三つのスタイルそれぞれの基本部分は、はっきりと異なっている。なので、異なるそれぞれ毎に微妙に訓練蓄積方法が異なるようである。それを最初に判断させるように教育しておくことが重要である。むしろパフォーマンスやスキルといった能力は、本来の労働全般能力を矯正してしまった結果にすぎないと考えたほうが妥当である。
発達障害の子供は、通常の子供と違って、通常以上に発達する部位や能力が存在するから歪な現象が生まれ、それを普通の基準に出っ張りを抑え込む矯正をしようとするから、その無理によって病的障害が現れると見た方が妥当である。それとよく似たことが起こると覚悟している育成姿勢こそ好ましい。加えて発達障害の子供は8歳ぐらいまでに成長する普通の児童と異なり、12歳ぐらいまでかかって、ゆっくり成長するといった経過を踏むらしく、秀才型と天才型どころか、いまだ成長していないと認識して育成に取り組み、アート、パフォーマンス、スキル(技能)の教育を、各々別途に試みる研究も注目に値するのである。
すなわち、スキル技能を積み、→パフォーマンスに発展し、→アートに到達する…といったことは全くあり得ないのである。これは、当社が設立前からの業務部門での実験結果でもある。
・「働き方改革」での 厚労省実行計画の 個別企業に及ぼす影響
・「労働契約解消金」日本再興戦略を受けて厚生労働省:検討会報告書
・そこは取り急ぎ、個別企業の事業経営を浮かび上がらせる
1st)まずは経営のチェックポイント、価値と資産を生む労働(働き方)を整理
2nd)今や、サラ金地獄に陥ったような経済状況(金融情報資本主義の限界)
3rd)それは、商品の生産をスキルskill(技能)にばかり頼る経済・経営が限界
4th)日本の官僚や大手企業は、100年以上の昔のごとく
・この瞬間の中堅中小企業:経営チェックポイント。
☆資本主義の本来的姿による経営管理のチェック項目。
これらポイントを経営管理の通例としなかった日本
=経営技術水準が低く実力も実力無いと、見栄張りのガンコ者になる=
・労働能力の三分野、それが解れば変わる育成法
1A.アート Art と言われるもの
2A.パフォーマンス performance というものは何?
3A.スキル skill(技能)これが職業能力と思われているもの
4A.では、アートの労働全般能力、あるいはパフォーマンスの熟練労働力は、
5A.加えて、フォーマンスやスキル(技能)は、実のところ
6A.アート、パフォーマンス、スキル(技能)、この三つの分野の仕事スタイル
§「働き方改革」での 厚労省実行計画の 個別企業に及ぼす影響
政府の最大の柱とは、同一労働同一賃金&長時間労働の上限規制だとの、厚労省の認識となっている。以下、実行する監督行政部隊の方針である。
【同一労働同一賃金】の、厚生労働省の実行計画は、従来のガイドライン案を法制化する程度以上のものはない。したがって、一部には現状維持の定修正のセミナーも開催されるようになっている。それは「同一価値労働」ではない宿命にすぎないのだが。
【長時間労働の規制】は、原則月45時間以内などの現行告示を法律に格上げ罰則規定も設置程度である。
★信頼筋によると、官邸筋は経済界には会合でも発言を抑え込み、有無を言わせない姿勢との情報だ。また、多くのレクチャーでは、「実質は従来と変わらない」といった話ばかりである。
★厚労省独自の監督行政の動きは、何と言っても今年1月に公表された、「労働時間の把握」についての通達である。都道府県労働局の説明レクチャーでは、「徹底的な労働時間の監督を行う(おそらく秋以降?)」、そこで、「今から各事業所で準備をするように」、といった内容になっている。個別企業にとっては、こちらの対策が重要であることは間違いない。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html
§「労働契約解消金」日本再興戦略を受けて厚生労働省:検討会報告書
厚生労働省は5月31日、「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」の報告書を公表。報告はとにかく長く、労働法専門知識と紛争実務経験があってこそ読み解ける内容である。ここしばらくの内閣官房に対する省庁官僚たちの態度の変化が現われているのかもしれない。昔に厚生労働省内で解雇の金銭解決制度が建議されたことがあるが、それに比べると、筆者が読む限り大きくトーンダウンしている。
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11201250-Roudoukijunkyoku-Roudoujoukenseisakuka/0000166365.pdf
★金銭救済解決は、マスコミ報道の閣議決定から連想できるような制度を作ることが、現行法規の理念からは技術的に難しいとしている。むしろ金銭解決額は予想よりも高額を要し、労働者本人に責任がある解雇でも少なくとも3ヵ月とし、妥当な金額幅は示さないもの労働審判や紛争調整委員会の和解金額を、はるかに上回る必要とのニュアンスも否めない。これでは中小企業の支払い能力に懸念があるといたような内容となっている。
★また、労働者には、そういった金銭救済解決のニーズは無いと、報告書は断言している。巷のマスコミの一部には、この制度が実施されれば労働者に有利な制度ではとの憶測も出ているが、報告書の内容を追っていくと、それは、詳細に渡り打ち消されている。
§そこは取り急ぎ、個別企業の事業経営を浮かび上がらせる
1st)まずは経営のチェックポイント、価値と資産を生む労働(働き方)を整理、そのための調査研究をしてみた。巷の経済学は金融・情報・希少価値といった、肝心の価値と資産に関する話が見当たらない。経営のノウハウ本も浮ついた出版やネット広告が目立ち、戦後の経済成長を世界的に支えた経済理論とかノウハウを、読んだこともなさそうな下世話な話ばかりである。
あまりにも呆れたので、今回のメルマガは、緊急応急策を中心にまとめてみた。次回は経済学の根拠でもって、どうすれば発展的計画的事業経営の指針についてまとめる予定である。じゃあそれまではとなると、将来のために我慢して事業縮小(資産をはがされないように)することある。それは、会社の資金繰りを超えて、従業員の方の生活保護とか各種公費の減免手続きまでも考えてもの個別企業の存続計画である。
とにかく倒産してしまえば、価値と資産を生むノウハウ自体が喪失してしまうのである。
2nd)今や、サラ金地獄に陥ったような経済状況(金融情報資本主義の限界)とも言われ、個別企業の事業経営が行き詰まりを見せている。最終消費となる個人消費の激減どころか、労働者の将来希望喪失による労働意欲激減は人材不足をきたしている。企業の有効求人倍率は数字は高いがパートや契約社員ばかりである。契約社員の求人では応募ゼロの個別企業も増え続けている、すなわち、「そこまでして働かない!」といった労働意欲激減が、何もしない生活といった貧困化に流れているのである。その一方で、増加するのが詐欺、脅迫、貧困に付けいる取引といった犯罪や「半グレ」主宰のズル賢い系ニュービジネス犯罪である。
3rd)それは、商品の生産をスキル skill(技能)にばかり頼る経済・経営が限界にきている現在、100年以上昔と同じように、「産業の機械化及び人間の家畜化」といった方法で乗り切ろうとするから、一気に衰退を迎える様相なのである。ブラック企業のさまざまな現象、長時間の無給労働、職場の仲間同士の足の引っ張りあい、事業効率の徹底した悪さの蔓延に現われているのである。
むしろ、100年以上昔に、各国が経済を研究し社会制度を改革したことによって、第二次世界大戦の前後から以降の経済成長をみたのである。短絡的表現ではあるが、「経済を研究し社会制度を改革」しなかった国は、資金を海外投資から受け入れたのだが、根本の経済政策を間違い経済後退してしまい、さらに政権にしがみついた首脳たちは全体主義の道を選んだ。
ナチス:ヒットラー、イタリア:ムッソリーニ、旧ソ連:スターリン主義、そして旧大日本帝国がそうである。例えば、日本は正金銀行(金塊取引)で、アメリカ本土から借り集めた資金でもって、満州事変の戦争費用に充てた。昭和大恐慌から立ち直るやさきの経済政策には投資しなかったことから、益々悪化していったのである。「贅沢は敵」と言い出したのはこのころからである。挙げ句に、国民は国債を買わされ、会社員のボーナスを全て国債購入に、町内会隣組では国債の割り当て、そして終戦の時には「ほぼ〇円の国債価格」となった、超インフレ政策であった。
4th)日本の官僚や大手企業は、100年以上の昔のごとく「産業の機械化及び人間の家畜化」との、「経済を研究し社会制度を改革」を放棄した状況と基本は同じく、それでは選挙で負けないようにと考えて耳ざわりよく、「イノベーションと働き方改革」と言っている。だがその中には、本来のイノベーション(筆者の原典紹介)の一部分に似せたような似非な機械化(IoT,BigData,ITなど)への機器投資にすぎない。
「働き方改革」は現在の機能不全状況を法律で追認する程度の話であって、これには大手をはじめ中堅中小企業に至るまで無視しており、厚生労働省とそのシンクタンクも面従腹背を決めこみ機能停止状態である。すなわち戦前日本と同じように、資金を海外投資から得て(ただし、現在の夢物語)、いわゆる彼らのいう「ソフトやノウハウ」には注ぎこまずに、というわけである。「誠に戦争中の官僚たち」と同じく全体主義に流れていってるのである。
§この瞬間の中堅中小企業:経営チェックポイント。
消費動向は益々低迷、海外輸出はまだまだ不振、進出したところで会社身売りの公算が高い。それは、高度経済成長以来の政府主導の計画経済産業政策とバブル崩壊以後の低減縮小に原因がある。だから、最終消費である個人消費を向上させることになっていない。金融政策の中小企業の金づる(金融借入金が銀行の株主化に変質してしまった)でもって、システムから経営思考習慣までが社会主義化してしまっている。
☆資本主義の本来的姿による経営管理のチェック項目。
〔1〕
個別企業の、
①人的物的技術力、
②優位な取引&貨幣転化手法、
③市場や銀行での信用創造
を総合的に組織的に運用して資金回転率をあげること。
〔2〕
その動きを形成・展開・まとめ収めるイニシアチブと実行力を個別企業内外での安定確保する。個別企業で恒常的に実行ができるように、商品提供ネットワーク実行力も社内組織も独自で形成し、そのための人材(いわゆる管理職)を確保定着させること。
〔3〕
事業や資金への天才的投資チャンスの適時適宜性を磨くことに専念すること。及び日常的に個別企業独自の危険要因を探し出しておき、その危険事態(内部では分からない、だから外部の専門家)を予防すること。
……現実経済から出発すれば、こういったポイントなのだ。
海外の近代経済学と言われる研究は、不思議にも紹介されている例が少ない。じゃあ日本国内に、それが無かったかといえば、近江商人の商業資本主義には残存している。が、ほぼエピソード程度の表面的なものしか語られていない。
そして、最近の個別企業では、
前述の一項目を経営だと思いこみ、
二項目や三項目の弱さで崩壊する下請け企業が多い。
二項目が極めて特異な集団の一つにアウトソーシング会社がある、
だが人材派遣会社には能力は全くない。
三項目に集中して仕事の受注はするけれど、丸投げ発注するブローカー的企業も少なくない。
◎これらポイントを経営管理の通例としなかった日本
その時代に、何が原因で、何があったのか、
One. 日本の財務省や経済産業省の政策は、(社会主義と同様の)計画経済であるから、官公庁の官僚思考たちの政策にそぐわない。
Two. 日本の学術は官公庁の官僚にそぐわなければ予算がつかない。日陰者はメジャーから相手にされないといった経済や経営学の学術界のシステムがある。だから学校や周辺では知り様がない。
Three.あまりにも原因と結果に重きを置いた客観的合理的論理展開の学問でなければ、官僚の多くは理解し得ないからだ。
……大学受験のための勉学は、ひとえに「傾向と対策」であるから、客観性理性のない事象寄せ集めの断片知識による法則性や論理展開の無さに曝されてきたから、実社会では使い物にならない「飛びぬけた能力」だとしても、その「傾向と対策」能力では理解は出来ないと思われる。
おそらく多くの大学では、根本的なところからの科学思想史は教えてもらっていないだろう。所詮アカデミックな古代古典哲学の翻訳が目立つが、それでは社会経験の無いの学生には理解・思考・応用は出来ない。
……だが、現在から将来はグローバル時代であり、
実は官公庁が推薦する政策とは異なっている。
あれこれと官僚たちは独自解説をするが、彼らは官僚機構が在ってこその保身経済政策しか考えない。
……また、中堅中小企業だから、官公庁や都市銀行などに頼らなくても、前述のとおり、
【資金回転率】を引き上げることで効率的投資も叶うし、
【実行力】商品提供ネットワーク実行力も
社内組織も独自で形成できるし、
【適宜適時力】機敏さもあり柔軟性もあり、
機敏予防にも長けているのである。
=経営技術水準が低く実力も実力無いと、見栄張りのガンコ者になる=
★「おもてなし」といえども、
個々の客へのメニューや商品の微調整が出来なければ、回転率も実行力も適宜適時力適宜性も成り立つわけがない。
ここは最終消費財にかかわる個別企業の命取りである。
★伝統や文化あるいは緻密さにかかる職人技能だとしても、
外国客のニーズにこたえない、相手との意思疎通をしない、顧客に共感して工夫しない、といったことで売れないのである。
[もの作り]や[人をケアcareするサービス]のイノベーション
の教育要点は次の通りだ。
http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/22
☆近代経済学を切り開いた学者たちは、
経済学研究をすることで、およそ口をそろえて、
経営陣が安易に「機械化と家畜化」によって利潤を得ようとすることでの事業衰退を防ぎ、あげく左右の全体主義政治に陥って崩壊しないようにと、当時からすでに研究目標を置いてきた。
よって、(肝心な経営理念は各々読者に任せるとしても)
【資金回転率】、【実行力】、【適宜適時力】がなければ、
経営者筆頭の個別企業そのもの自体の「機械化と家畜化!」
でも、それさえも論外であり、それどころか、もう経営管理の資格外なのである。
現実に、失われた10年の30年目突入、この悩みが経営者の内心に漂っている。
§労働能力の三分野、それが解れば変わる育成法
アート Art、パフォーマンス performance、スキル skill(技能)、
これが労働能力の三分野である。詳細な定義付けとか経済学的分析は、未だ今日まで行われていない。経済学者たちの中で、分析が行われていない理由を聞いても仕方がない。むしろ、必要がなかったのだと思われる。
1A.アート Artと言われるもの
固有文化価値商品の機械的には理解できない品質の良さを醸し出す、そこがアートArtの部位である。これが類似商品と比べて売れる根拠であり、価格水準を維持している根拠である。
微力ながら、部分的ながらも、いわゆる芸術性を商品に持たせる創造労働である。ただ世間で会話している芸術性は、猫も杓子も風変わりな有形無形のものをイメージしている場合が多いから、これでは役に立たない。だが、売れる商品には質量は別として必ず芸術性による部位が存在する。むしろ何気ない配慮と細かい部分から順に機能と表現が表装される傾向が一般的だ。
そのことで、意欲・感動に加えて社会生活や人間関係に希望を抱くことができる。また、全体&細かい部分の機能と表現の人的技術が決定的要素なのである。それを具現化するものが、①提供する人や集団の労働全般能力であり、②有形無形を問わず需要側の希望にかかる共感作用に対する共感精度が、③本人の自覚の有無とは別にアーティストの分野ごとに優秀強力な能力だと推測できる。④またその共感作用に対する共感精度は、労働能力全般を発揮する技巧に法則を持たせるための測定器の役割を果たしている。
2A.パフォーマンス performance というものは何?
パフォーマンスと言われるの労働能力の、アートArtとの決定的違いは「他人に希望」を抱かせないことである。その代わりに買い手の主観に理解されうる論理構成の装いが必要となる。では、パフォーマンスperformanceとは何かと定義するならば、「いわゆる曲芸の領域」である。審美追及主義の文字通り、美を追求するとの名目で、アレコレ理屈を並べることを要する。鑑定書めいた「折り紙」を必要とするのだが、あくまでそれは、提供される側の好奇心や希少性の一体混合作用が主な注目を引く源泉なのである。
くどいけれど繰り返すと、商品そのものには他人に希望は抱かせない、その代わりに提供される側の好奇心や希少性の一体混合作用で目を引く仕組みが必要となるのだ。これが経済学でいう希少性である。それは決して、生産量が少ないから、希少価値があるというカラクリではないのだ。
アートArtとは異なり、決して社会生活や人間関係の構成にかかわる希望には触れないようだ。どうしても個人の内在に陥ってしまうマーケティングでなければ、パフォーマンスと言われる労働能力によって造られた商品には買い手がつかないのである。要は。曲芸の類であるから、そんな商品は入手すれば飽きが来てしまう、それは商品入手後の価値創造や価値加算が行われないからである。やはりパフォーマンスは、いくら熟練を積んだといえども、労働力(それは労働全般能力の一部分)の一種にすぎない。
ピアノ演奏だとしても、パフォーマンス労働力に因るものであればBGMである。壁に大きな絵画があったとしても、パフォーマンス労働力に因るものであれば装飾壁紙の一種である。大工場で作った壁紙のだとしてもアートArtの労働全般能力に因るものであれば芸術性がある。工業デザインの元祖と言われる英国人:ウィリアム・モリスは、19世紀に壁紙などの製造から出発したが、工芸品は拒絶し芸術品を目指した、それが工業デザインに開花するわけである。そして、その当時の工芸品や民芸品、いわゆる食器類、家具、民生用住宅は、職人のパフォーマンスが造るものが圧倒的のである。
いわゆるアートArtとなる芸術性を商品に持たせる創造労働は、目的意識的に計画的にでなければ製造出来ないし、パフォーマンス労働力を開発したり、身につけたりすることとは方法が異なるのである。
3A.スキル skill(技能)これが職業能力と思われているもの
スキル(技能)、これは長寿の人生からすれば、初期技能の労働力である。例えば、「学卒者は作業マニュアルを理解する語学力を身に付けている、それも一種のスキル(技能)」とされている、これは厚生労働省シンクタンク機関の考え方の一例である。スキル(技能)とは、ある程度の作業を、ほぼ自前で判断しなくても実行完成することができるといった、労働全般能力の労働力の部分的能力のことである。
近年は労働者の自主性に考慮することが流行しているけれど、やはり、スキル(技能)の労働力は、「指示待ち」が基本スタイルである。作業工程を企画した後に集団で組織的に労働力を発揮させるからである。スキル労働力とパフォーマンス労働力を混在させると、事務であれ販売であれ作業効率は激減する。パフォーマンス労働力のレベルは、とにかく単独で作業を行わせることである。
そして、スキル労働力の中でも、低価格もしくは訓練中の労働力は=時間単位商品として取引される。高価格かつ訓練完成の労働力は出来高制商品で取引される。月給制社員なのか時間給社員なのかは、個別企業により決めれば良い。この労働力が不足していた時代には、名目は正社員:実質は時間給や日額賃金とした個別企業が圧倒的であった。労働力不足が緩和されると、直ちに低賃金の非正規労働者への雇用の切り替えが進行した、それが近年の2008年リーマンショックの実態というわけである。
スキル(技能)労働力に、同時にアートArtの芸術性を商品に持たせる創造労働を行うことが出来ない。すなわち、売れない商品は、せいぜい購買の「意欲と感動」しか商品化されていないか、意欲の部分をスキル労働力か、感動の部分をパフォーマンス労働力か、その製造や業務を担うのである。
最も売れる固有文化を持つ商品は、ありふれたように見えるのだが「意欲と感動」に加えてセットで、購買すれば「希望」がかなう品だから売れるのであり、そこにはアートArtの芸術性を商品に持たせる創造労働が関わっているのである、それはどうしても労働全般能力の発揮しかあり得ない。
4A.では、アートの労働全般能力、あるいはパフォーマンスの熟練労働力は、
旧来から、それなりの賃金価値として取引されたかといえば、それらは正当に行われなかった。それは明確な取引根拠がなかったからである。労働全般能力や熟練を長期雇用保障との代替取引、30歳半ばまでの生業的独立といった社会システムで、芸術性といった労働全般能力を発揮する権利、熟練性の単純労働力の発揮を上回る労働の権利は、およそ概念化されることがなかったのである。
貨幣収入が必要な場合は、その培った労働全般能力を横に置いておいて、経営者に転身するしかなかったのである。こういった社会慣習は、アートやパフォーマンスそれぞれの能力を曖昧にして、能力向上や開発を放置してきたから、よく売れるレベルの商品が製造されるにいたらず、それなりの賃金価値を支払うといった労働契約も成り立つにいたらなかったのである。賃金を引き上げれば、売れる商品が生み出されると言うのは、このことからも真実でないことは明らかになる。
5A.加えて、パフォーマンスやスキル(技能)は、実のところ
労働力が時間単位商品や出来高制商品としているが、取引相手である経営者との取引で、「その労働力の所有権を譲渡する契約」であることが明快になったのは、労使取引関係に対する裁判所の介入でもっての労働に関する司法の判断においてであった。これによって経営者が所有権を保持するが、所有権個人にかかわる労働力の安全その他の配慮義務が使用者に備わったのである。同じく、仕事内容を了解することがなければ場内立ち入り拒否といった、経営者の統治権(統治義務)の考え方も法的に確立することになった。
ところが、いわゆる古典的経済学では、労働力が(労働にしろ)一体何と交換をしたのかが解明出来なかった。よってその部分の安全配慮とか長時間労働禁止の社会的資産(文化的資産になりうる)に対する解明さに論理発展の遅延を生じているから、そういった古典的な経済学を持ち出せないことは否めない。だが、日本の現状は、古典的経済学もしくはそれ以前の論理が定着している社会だから、労働者にも、「労働力の所有権譲渡契約」がパフォーマンスやスキル(技能)を発揮する人たちの労働契約であることを教える必要がある。それを教えていないから、曖昧どころか、古代へ古代へと迷信のような労働感が蔓延してくることになる。
では、アートの労働全般能力が労働力の所有権を譲渡するものではないとすれば、いったい何なんだろうか、その詳細まで詰めたところの通貨でもって交換されるもの、それはもう少し解明に時間がかかる、間違いなく大発見である。
6A.アート、パフォーマンス、スキル(技能)、この三つの分野の仕事スタイル
は、初歩段階では重なり合う部分が存在するように見えるけれど、それは基本部分では重複していない。三つのスタイルそれぞれの基本部分は、はっきりと異なっている。なので、異なるそれぞれ毎に微妙に訓練蓄積方法が異なるようである。それを最初に判断させるように教育しておくことが重要である。むしろパフォーマンスやスキルといった能力は、本来の労働全般能力を矯正してしまった結果にすぎないと考えたほうが妥当である。
発達障害の子供は、通常の子供と違って、通常以上に発達する部位や能力が存在するから歪な現象が生まれ、それを普通の基準に出っ張りを抑え込む矯正をしようとするから、その無理によって病的障害が現れると見た方が妥当である。それとよく似たことが起こると覚悟している育成姿勢こそ好ましい。加えて発達障害の子供は8歳ぐらいまでに成長する普通の児童と異なり、12歳ぐらいまでかかって、ゆっくり成長するといった経過を踏むらしく、秀才型と天才型どころか、いまだ成長していないと認識して育成に取り組み、アート、パフォーマンス、スキル(技能)の教育を、各々別途に試みる研究も注目に値するのである。
すなわち、スキル技能を積み、→パフォーマンスに発展し、→アートに到達する…といったことは全くあり得ないのである。これは、当社が設立前からの業務部門での実験結果でもある。
| 幸せになる権利 | 私的利益・満足=厚生 | 他人より有利な地位利益 |
| アート | スキル | パフォーマンス |
| 創造する権利 「創造・独創・時空・結合」 |
労働力商品 & 労使関係制度 |
特許権、著作権、版権、 「発明・時系列変化・組合せ」 |
| 芸術性(意欲・感動さらに 人間関係での希望) |
生命維持性 (意欲・感動) |
希少性 (意欲・希少性や複雑な感動) |
| 創造の主張を認める文化 =固有文化価値 技巧の中に法則性保持 |
人的機械的技術に依存 =効用価値 企画の法則性に限る |
発明・曲芸の領域の希少性 審美追求主義の優位希少性 ビッグデータでの情報希少性 |
| 5次元の思考 X・Y・Z+time+Connect |
2次元X・Y もしくは 3次元X・Y・Z |
3次元X・Y・Z もしくは4次元X・Y・Z+time |
| アート 有形無形の完成品 |
スキル 企画による組織労働 |
パフォーマンス 単独で労働される |
2017/02/07
第178号:大統領は混乱のムードメーカー、それだけだ
<コンテンツ>
・経済混乱の ムードメーカー 登場
【結論をいえば、政治位置は変化しない】
【パフォーマンスも打上げ花火程度? にすぎない!】
【経済問題は、世界→国内へと軌道を転換する見通し】
<アメリカ国内第一とキッシンジャー>
<そこで米中国交回復とは何だったのか>
<彼と彼らの経済政策の大戦略>
<そのための、ISなどの対テロ対策>
<アメリカ企業のロシアへの直接投資>
【日本はどんな余波を受けるのか、いくつかの推測!】
【新大統領を支える政治・経済・社会志向とは】
【それを見通せたのは筆者独特の勘! ではなく大阪の経験だ。】
【そして、彼ら作戦スタッフの使っているかもしれない世論操作の学問】
・労働時間把握の、「新ガイドライン」(その解説第一弾)
(1)新たに現れた「労働基準法第41条に定める者」
(2)「名ばかり管理職」の理論的な封じ込め
(3)監督行政の法解釈での苦い経験
(4)4月から本格的に新ガイドライン指導 :筆者の予測。
(5)「働き方改革」と比べ実行力がある。
(6)【逐項解説】いよいよ「新ガイドライン」の詳細。
(7)留意しなければならない事柄がある。
§経済混乱の ムードメーカー 登場
アメリカをはじめとした世界の政治経済そして社会が一気に変わるのか?
といった雰囲気で、日本のマスコミはセンセーショナルな報道を続けている。
【結論をいえば、政治位置は変化しない】
よく見てみると、国の基本となる政治位置は変化をしそうにはない。新大統領の躍り出る様は、表面の混乱ムードを醸し出しているように見えるが、それは彼独特のパフォーマンスでしかなく、後ろに控える作戦スタッフの演出そのものが見えてくる。ヒットラーの再来か? スターリンの再来か? といった雰囲気をあえて得る新大統領が、演出することは、その当時その国の貧困層に受け入れられた、「刹那的な威勢のよさ」を、現代アメリカに適用する彼と彼らの作戦スタッフの演出と見てよい。だから、新大統領に反発する動きが出るほどに、かの新大統領はアメリカ社会での存在意義を見いだすというわけである。それは、彼の彼なりの政治経歴を見れば察しがつく。ただ今回は、とにかく「彼は大統領になりたかった + 共和党は政権を取りたかった」といった思惑が一致したにすぎない……。その理由は彼らの政治・経済・社会志向にある。
【パフォーマンスも打上げ花火程度? にすぎない!】
テロリスト入国阻止のパフォーマンスは直ちにとん挫。憲法裁判所の判決や公訴棄却、政府機関の回復対応の速さといったことは、かの新大統領は「瞬間花火であることを」十分に予測していたと見てよい。メキシコ国境の壁についても同様である。すなわち、センセーショナルな出来事は、選挙目当てと支持者存続のパフォーマンスということである。自動車の国内製造もパフォーマンスの領域を出ていない。日本のマスコミ報道に思惑があるのかもしれないが、トヨタ自動車に対する多くのアメリカ国民の認識は、「トヨタ=アメリカ企業」なのである。そして、それらのパフォーマンスに対する反対運動が巻き起こることは、彼と彼らの作戦スタッフは織り込み済みなのである。要するに、彼と彼らの作戦スタッフは、そういった反対運動を組み込んだうえでの、「一連のパフォーマンスの演出」で、支持者と世論の誘導を図っていると観ることが妥当だ。…その理由はここでも、政治・経済・社会志向にあるのだ。
【経済問題は、世界→国内へと軌道を転換する見通し】
<アメリカ国内第一とキッシンジャー>
を掲げているが、かの新大統領の話やツイッターだけでは、客観性も合理性も見いだせない。いやしくも、アメリカ合衆国の政府機関が機能しなければ、何事も夢物語に終わってしまう経済政策であるから、彼と彼らの底流の動きを見なければならない。ただその動きは、今回ばかりは筆者も時間を要した。そこには意外な動きが漂っていた。
米ソ冷戦さなかに、突然に米中国交回復が成り立つ、その立役者はキッシンジャーであった。かの新大統領とキッシンジャーの面談は目撃され、合衆国の新政府機関にはキッシンジャーの弟子と言われる人物たちが就任している。黒子に徹して国務長官などの表から目立つポストにはいない。
<そこで米中国交回復とは何だったのか>
を振り返ってみることにする。キッシンジャーの学説は、主要国の均衡バランス形成による平和秩序と外交である。当時、アメリカに対して強大となったソ連にブレーキをかけ均衡を図るために米中が手を結んだのである。中国は文化大革命による経済の崩壊に陥っていたからこそ応じ、そこにアメリカは手を差し伸べて中国の改革開放を後押し、その後のソ連のペレストロイカに至る過程で、アメリカ自身は世界経済の安定に伴い経済成長を果たした。そしてソ連は内部崩壊し社会主義国からロシア(実は正教のキリスト教国:志向)へと変化して、世界をかけめぐる利回り金融資本の横行と破綻(リーマンショック)へと、現在に至っている。そして中国は今や、経済経営的採算が合っていると思わないが、軍事力や経済外的強制で以って、表向きの世界経済を牛耳るような覇権と活躍(中国の文化大革命派に言わせれば「張子のトラ」)なのである。かのアメリカ新大統領は、これを危険と見ている。
<彼と彼らの経済政策の大戦略>
が浮かび上がってくる。米ロが経済で手を握り中国の覇権を阻止する。それはアメリカが旧来の世界警察で以って対峙するのではなく、今度はロシアが中国に対してブレーキをかけることで、世界均衡を図るとともにアメリカ経済が回復する基盤を形成しようとする戦略なのだ。その中国に対するロシアのブレーキのさなか、アメリカ国内の法人税率を15%まで引き下げるとする「税金天国」の合衆国を作ろうというわけだ。これが彼らの最大目標である経済政策と考えれば、彼らの発言や行動での矛盾は解消、筋が通ることなのである。
「税金天国」となった合衆国内での雇用増という政策志向だが、筆者の見解からすれば先行きは不透明だ。それは、アメリカ経済の発展基盤は
①第一大戦中の1913年からの体験教育(日本のゆとり教育の元祖、但し日本は失敗)から~。
②1929年大恐慌後のニューディール政策、同時に将来のアメリカを見据えた芸術家への失業対策事業による経済基盤(特にアメリカンドリームやアメリカ文化)の形成から~。
③戦後のアメリカ経済の技術革新と世界進出といった。アメリカ経済史を踏まえての政策~。
④どうしても筆者には、こういった成長過程を彼ら彼らには考えられないのではないかと推測するからである。突然、彼ら彼らの「この世の天国」は訪れるとは思えない。
<そのための、ISなどの対テロ対策>
なのである、あくまでも。ISを組織し昨年まで裏からの援助を絶やさなかったのは合衆国CIAである。それは世界警察としての策略ではあったが、今のCIAは新大統領側に付き、ISへの援助停止、それに続くロシアの大空爆によるIS殲滅(せんめつ)の容認に至っている。そして新大統領は、シリアのロシア海軍への港湾基地提供とかロシア空軍への飛行場提供について何も語らない。それこそが、ロシアの経済進出を認める行為そのものなのである。中東に進出する中国に対するロシアの進出動向に、新大統領は口をはさまない。(旧約聖書のエゼキエル書38章には、今で言うロシアが中東に進出する件があると言い出す解説者もいる)。イスラム:テロ対策とは、こういった背景があるから、イスラム入国拒否の大統領令が合衆国憲法違反となっても、彼と彼らはパフォーマンス以上のことをしないのである。新しい大統領は、その全てが経済である。確かにまた、彼と彼らの支持基盤は、「頭の中は、聖書とイエス・キリストの神秘で満杯」といった人たちなのである。
<アメリカ企業のロシアへの直接投資>
は盛んになってくる。そのためのエクソンモービル:ロシア通の国務長官就任である。それは、法人税15%の「税金天国」に世界の企業を誘致して、そこからアメリカ経由で再びロシアへの進出を狙っているのかもしれない。そこには、アメリカがEUへの進出を促進する基盤が、思わぬイギリスのEU離脱によって、失われた事情が存在もする。日本のマスコミでも、しばらくすれば、こういったアメリカ企業のロシア進出のニュースが次々と飛び込んでくることになるだろう。
ロシアからすれば事、経済投資の呼び込みならば、極東の軍事情勢、はたまた北方四島の領土問題などどうでもよいことである。まして、日本側が「北方領土の二島でよい」などと言い出す始末であり、シベリアからの石炭出荷を大量に受け入れる日本の状況からして、ロシアへのアメリカの経済投資は一気に優先課題となってくる。そして、その極東のロシアとの国境線に中国は大陸間弾道弾ミサイル基地を配備した。
【日本はどんな余波を受けるのか、いくつかの推測!】
★日本企業の本店のアメリカ移転が、二国間協定で以ってあり得る。
法人税15%であれば、アメリカに行きたい大手企業は目白押しである。日本での消費税の還付金で輸出企業は優遇されているが、いっそのことアメリカに移転してしまえばと考える企業が出てくるかもしれない。日米首脳会議では焦点となるだろう。
★日本の年金基金の資金をアメリカ国内インフラ投資に。
これは、さっさと進んでいるようである。現在年金資金の投資結果は大損状態である。これ以上のアメリカへの資金提供が日米首脳会議では焦点となる。
★日露の経済交流は、米ロ経済交流の「お墨付き」の範囲内。
おそらく、日米首脳会談で、そういった「お墨付き」程度のことが話し合われるであろう。アメリカの国防長官は韓国に対しても日本に対しても、「俺のいう通りにしろ」と迫るような人物だから、おそらくアメリカを差し置いて、日本が交易促進することはご法度であろう。ところが、日露の非公式取引(密輸)は、大手企業が介在して戦後も必要に応じて行われていたのだ。近いうちに、ロシア流行ブームが出現してくるであろう。
★日本の対中国経済への牽制(けんせい)。
ロシアを使って、中国経済にブレーキをかけようというさなかに、日本の中国との貿易増加をアメリカが歓迎することはない。世界銀行とアジア開発銀行(日本主導)と、そしてAIIB(中国主導?)の三つは、今現在は共同歩調をとっている。金融・投資の純然たる目的からすれば、本来は国境や国家は関係ないからだ。主要幹部の人事交流も存在している。AIIBに力をつけているのは、日本の官邸サイドだけだ。だから今後、その動きに注目する必要がある。どうなのか全く予想がつかない。
★日本の官僚は、今もそうだが、右往左往する。
官僚にとっては、間違いなく新アメリカ大統領の発想が分からない。政治家も右往左往するだろうし、すると政策も右往左往する。そういった右往左往は、ニュースのネタになるし、そういうニュースなら理解出来そうな読者・視聴者は多いから、益々マスコミのそういった商売っ気はひどくなるだろう。日本の教育が受験戦争一辺倒だったからなのか、戦前から続く計画経済を続けてきた官僚思考だからなのか、日本でメジャーと言われる思考パターンの人たちには、本当に、新アメリカ大統領の発想が分からないのである。
☆そこで筆者のお勧めは
世界各地のお金持ちに魅力のある商品を作ればよい。
お金持ち優先で観光などで買いに来てもらえばよい。世界は広いから、お金持ちに焦点を絞って商品を売りこめばよい。当分の間は、日本や日本各地域の独自文化を、物品にして観光やリゾートにして具現化することで売ればよいのである。世界で売れている日本料理(これが、割烹とは違う)がそうだし、日本にあって山村の自然との調和風景もそうだ。すなわち文化価値商品である。人海戦術や労働力だけの「ありふれた商品」から決別して、世界のお金持ち相手に高利潤商品・高水準サービスを提供すればよいのである。
☆なぜ高利潤や高サービスかといえば、日本の(広義の)労働者の労働全般能力・職業能力や、それを支える生活水準を維持するための費用や教育投資が不可欠だからである。「より良い物をより安く」といった世界の下請工場的な商品着想では、先進国から、途上国までの諸国との貿易摩擦を生むばかりである。今更日本は、植民地的な経済活動とか滅私奉公哲学では成り立たない、様々な評価は別として日本は17世紀初めに世界で初めて奴隷制度を廃止した国なのだ。
【新大統領を支える政治・経済・社会志向とは】
かのアメリカ新大統領はプロテスタントの長老派である。慣例なのか必ずイギリス国教会の流れを持つ聖公会の教会(ホワイトハウスの筋向い)で、就任前の礼拝に出席している。情報筋によると、その礼拝には聖公会の牧師に加え、バプティストとメソジスト(この二つはプロテスタントの派閥)の牧師も同席(アメリカの社会や教会では、重要な意思表示としての同席)したそうである。ことに共和党は聖公会の影響が強く、イラク戦争当時にブッシュ大統領の法案が、イギリス国教会のカンタベリー大主教の日曜礼拝での横槍で、多くの共和党の議員がブッシュ反対に回り、法案が流れたこともある。アメリカとは、そういった国である。身近な人物ならば、浦賀に来たペリー、戦後のGHQマッカーサー司令官らはアメリカの聖公会メンバーであった。こういった事情は、全く日本ではなじみがない話ではある。だが、ヨーロッパのEUにあっても、政策議論と同時並行でキリスト教にかかわる宗教と哲学の議論は必ず行われている。いわゆるキリスト教国と言われる一帯は、こういった政治・経済・社会志向を知らずして、その分析は極めて難しいのである。
これが、就任式前の礼拝があった、ワシントンの聖ヨハネ教会だ。
https://en.wikipedia.org/wiki/St._John%27s_Episcopal_Church,_Lafayette_Square
そして、副大統領に就任した人物が何者か、その人物が就任した意味が重要。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%B9
副大統領に就任した彼は自称エバンジェリカル、「頭の中は、聖書とイエス・キリストの神秘で満杯」と揶揄もされている。その存在はトランプを大統領を当選させた勢力の代弁者、トランプの不測の事態(暗殺や転向)のみならずエバンジェリカル勢力の大統領志向の担保機能と見た方が良い。これらは、日本では考えられない複雑な習慣でもある。
保守派キリスト教徒エバンジェリカルついての、某解説もある。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakaokanozomu/20161027-00063742/
これらの情報は、日本のマスコミでは報道されないのが通例、あるいは記者たちが、全く理解出来ない情報なので、アメリカ大統領の動きの見れない人が多いのだ。
【それを見通せたのは筆者独特の勘! ではなく大阪の経験だ。】
大阪では一昨年春に住民投票=「大阪市を先ず廃止して、大阪都構想?」なる大阪市民限定の投票が行われ、大阪市廃止は71万票の1万票僅差で否決された。それまでの、センセーショナルな言動で踊り、傍らでは政策後退を続けてきた、あの「お騒がせ知事→お騒がせ市長」は結果、事実上政界から失脚してしまった。大阪特有の昔から統制力を持った政党が存在しないといった状況にあって、マスコミの政党得票数を根拠にした勝敗予想は大きく外れ、住民投票は「空中戦」となって最後の一週間で決着した。その住民投票日の二週間後の住民投票の勝因と敗因の分析にあっては、実に両者の作戦参謀の勝敗根拠が一致していたのであった。そして大阪の諸政党やマスコミにいたっては、未だ勝因敗因をつかめないままでいるようである。
すなわち、この大阪の「お騒がせ知事→お騒がせ市長」の動きと、かのアメリカ新大統領の動きが、きわめて似つかわしいのだ。だからある程度、かのアメリカ新大統領勢力の成すことは予想ができるのだ。ただ、異なることは、かのアメリカ新大統領勢力には、先ほど述べた「彼を支える政治・経済・社会志向」の勢力が強く存在する。日本の「お騒がせ知事→お騒がせ市長」には、そういった「政治経済社会志向」の勢力は存在しなかったし、そういった勢力は味方をしなかった。大阪の「お騒がせ知事→お騒がせ市長」が業務委託し選挙ビジネス屋の算段した「オレンジシャツの国会議員・地方議員」集団(目標1,000人が政策も異なる300人しか集まらない)お粗末のところ、その闊歩(カッポ)する姿は大阪市民の強烈な反発を買い、感情的な裏目に出たのであった。
【そして、彼ら作戦スタッフの使っているかもしれない世論操作の学問】
今から紹介する学説は、マーケティングの世界でも定着しつつある。ただ、「バカとハサミは使いよう」ということであって、大阪の「お騒がせ知事→お騒がせ市長」が発注した選挙ビジネス屋は、その使い道を誤り、勝利した反対陣営の作戦参謀にその使い道を見透かされていたのだった。さてそれの要点を紹介しよう…。
アメリカ ジョナサン・ハイト 2014年
<道徳基盤・思考の偏り>
(アメリカ捜査結果の関心事を ○ 印の図表にしてみると次の通り)
§労働時間把握の、「新ガイドライン」(その解説第一弾)
平成29年1月20日、厚生労働省の本省:労働基準局監督課は、17年ぶりに、
「労働時間の適切な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」
を策定しWebで発表した。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html
いわゆるガイドラインとは、法令ではないが、事業場に対して労働基準監督官が監督指導をする際に話すべき内容を示すといった類のものである。
そのため現実には、勇み足の監督官も出てきたし、監督指導を権力からの圧力と感じて過剰サービスをする事業主も出てくることにもなっている。日本は全体主義や社会主義国ではないから、何でもかんでも監督官様の「お話」を鵜呑みにして従うことはない。無理をして従うと、結局は無理がたたり法違反を犯してしまう現実がある。だから、その新ガイドラインの理解には歴史的経過と高度経営センスを含む専門性を要するのである。表面の字面だけを追っていては誤解をしてしまう。そこで、幾つかの留意点を示しながら解説をする。
(1)新たに現れた「労働基準法第41条に定める者」 以前のガイドラインなどに存在した、「いわゆる管理監督者」の語句が、「労働基準法第41条に定める者」へと変更がなされている。これについて労働基準局監督課は電話インタビューで、「内容は変わっていないが、正確さを期するため」としている。ところが、この語句の変更こそが“新ガイドライン”の全体を貫く前提として念頭に置かれているのである。(あくまで行政機関の書面は、学生の作文ではない。だから各々それなりの背景や思考パターンを読み取る専門性が必要である)。
(2)「名ばかり管理職」の理論的な封じ込め すなわち、「いわゆる管理監督者」の語句が原因だとまでは言わないけれど、従来の本省:労働基準局監督課が、「いわゆる管理監督者」の語句を使い続けたことによって、いわゆる「名ばかり管理職」が世間に横行している現実を是正しようと図っていると監督課が考えるのは自然である。どうしても経営者も総務担当者もが社内だけを見てしまうから、広い視野に気がつかないのは当然だ。それは筆者の如く長年数多くの事例を見ていると一目瞭然である。またそれは、監督官たちも同様なのである。それは異なる角度から言えば、いわゆる「名ばかり管理職」と指摘されないように様々な経営者や総務担当者が浅知恵を絞ったところで、本省:労働基準局監督課からすれば全部を見通しているのであり、ある意味で浅知恵が後を絶たないことに対する用語対策なのである。「労働基準法第41条に定める者」と表現することで、改めてこの際、法令に基づいた判断基準を末端の監督官にまで徹底しようという訳なのである。社会保険労務士の大半も「右に倣え」である。そうすれば巷では、ほぼ間違いなく素人の考えた「名ばかり管理職」論は崩壊すると、彼ら官僚はみているのだろう、筆者もそうなるだろうと予測する。たぶん、これに法律論議で以って合理的に彼ら官僚に太刀打ちできる、そんな素人も専門家も存在しないだろうから。
(3)監督行政の法解釈での苦い経験 労働基準監督行政の歴史には、解雇に関する条文解釈にかかる苦い経験がある。現在の解釈通念は、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」(濫用=定められた以上に権利をミダリに用いるとの意味で乱用ではない)である。ところが2004年1月1日の法施行(当時は労働基準法第18条の2)当時までは、裁判所の判例とは裏腹に大半の監督官はそうでもなかったのである。それまで多くの監督官は、「30日分の解雇予告又は予告手当支給をすれば、解雇は可能です」と電話でも気軽に事業主に対し応答(書面でない方向で)していたのである。そう、それはつい13年前のことである。ここでピンと来た人もいるだろうけれど、旧ガイドラインの労働時間把握の時代である。ついでのことだが、労働時間把握に本省:労働基準局監督課が本腰を入れだしたのは、1988(昭和63)年の週40時間労働制(それまでは1日8時間労働制)の時点からである。当時のエピソードを話せば、Webが無かったから、「週刊労働ニュース」の新聞で以って監督官の意思統一の徹底を図っていた。ビル退出時刻の警備員記録、夜8時の事業場臨時検査、その後はパソコンの差し押さえ、メール発信時間解析などなど、そういったが摘発や監督のニュースを「週刊労働ニュース」が目白押しに掲載していた。
(4)4月から本格的に新ガイドライン指導 :筆者の予測。 =平成28年度内に、新ガイドラインの徹底を監督官に図り、4月からの一斉人事異動で従前の事業場と人間関係を断ち切り、4月から本格的に新ガイドラインを運用するであろう、これが毎度の労働省のノウハウである。経団連への説明会は、1月25日に行っているが、1月20日策定したとする「新ガイドライン」の説明を、本省:労働基準局監督課ではなく、労働基準局総務課長が行った事(多数の質問に対し、正確な微妙な説明が総務課長では出来ない)には意味がある。おそらく、4月まではマスコミに対する労働時間賃金未払いニュースを流して世論づくりをするであろう。4月以降は、有無を言わさず監督指導に入るであろう。だから、個別企業内での3月中の基盤整備は極めて効果的である。こういった事は、筆者が約40年に渡り携わってきた労働行政の底流に基づく独自考えである…。
(5)「働き方改革」と比べ実行力がある。 「1億総活躍」とか「働き方改革」とか「残業禁止の法改正」は、耳触りの良い口先だけのこと。現在の社会状況からすれば、それらに実行力が無いのは、いつもの通りである。だが、その陰にあって、政府の表面政策とは裏腹に、この「新ガイドライン」は徹底されるであろう。近年、旧労働省の労使が協調して労働基準監督行政を推し進め検察の書類送検を進めてきたのであり、それらに現大臣も同調している。ことに、大手企業の大半はサラリーマン経営者が占め、その許に人事部門が配置されていることから、そのほとんどの企業は行政機関の権力に弱く、後先考えずとりあえず従う実態だからである。終戦直後、労働省は戦前(工場法で)立案していた内容の労働基準法案を早速国会提出、法案がGHQの指示だと偽って、さっさと成立させたのである。ところで、新採用監督官の数は、来年度は3倍の150人、再来年は230人との情報で、その研修施設が不足との動きも存在するくらいであるから、徹底してくるのは間違いないだろう。監督署は何時もの如く、新入社員の「お試し営業」ではないけれど、今年秋から(約半年の宿泊研修後)は新入監督官を単独で事業場訪問をさせるであろう。その際に、「新ガイドライン」が効力を発揮するのである。そこには、使用者に対して「本ガイドラインを踏まえ…」労働者に自己申告をさせる様にといった、新たな手法の内容(4項(3)号のア)が監督官に指揮されているのである。
(6)【逐項解説】いよいよ「新ガイドライン」の詳細。 専門家でない方、ペーパーライセンス社会保険労務士、現場を知らない弁護士といったみなさんは、逐条とか逐一順を追って解説する手法が、とても好きなようである。だが、ここまでの背景と監督行政の底流を垣間見ていただいた読者の方は、既に貴方が深い視点になっていることに気づくだろう。気づくからこそ、貴方の話には共感と「深み」が備わり説得力が増していくことになるのである。実務能力が向上するのは、前回のメルマガ=共感精度の解説の通りである。逐条解説ばかりに気が向いている人に実行力は備わらない。ではとりあえず、気をつける必要がある箇所を指摘する。必要に応じ要望カ所や焦点になる部分を後日YouTubeを作成しようと考えている。
☆では順番に、
2項、5行目、「労働基準法第41条に定める者」→名ばかり管理職の排除!
3項、労働時間の考え方、→ここは新設項。
2行目、「黙示の指示」→アイコンタクトはもちろん無言も黙示の指示?
5行目、「使用者の指揮命令下」→自宅持ち帰り作業、一見自発的作業など
8行目、「指揮命令下に置かれたものと評価…客観的に」
11行目、「これを余儀なくされていたなどの状況の有無など」
ア~ウの具体例は、毎日の労働時間増、あるいは作業開始時刻の遅延と早退
4項、(2)号のイ 「パソコン使用時間記録等の客観的な記録を基礎として」
同じく2行目、「適正に記録すること。」→システム説明とタイムカード連携管理
(3)号のア
「労働者に対して、本ガイドラインを踏まえ、…十分な説明」→提示?
(3)号のイ
「実際に労働時間を管理するものに対して…説明」→チェック
(3)号のウ
「入退場記録やパソコンの使用時間記録など…労働時間の補正」
(3)号のエ
4行目は、電通事件の逃げ口上の=Netでの検索・調査・学習の事態含む
→自己申告の労働時間が少ないならば合理的説明の有無がポイント
(4)号、4行目、賃金台帳への無記載・虚偽記入への、30万の罰金を表示
………といったところである。こういった項目による未払い賃金の確定とか、賃金支払い並びに個人所得増は、間違いなく現労働大臣の了解を得ている。
したがって、労働時間管理に曖昧さを残さないためには、客観的な管理を求められることになるのである。時間外労働指示書とか、残業禁止指示書、退去命令といった客観性を要する。そうすれば、時代に適した適切な時間管理は可能というわけだ。後先考えずとりあえず従うといったことでは、事業経営(収益性、生産性、労働意欲、効率性)の各分野にわたって矛盾を起こし、それは労働者の反発を招く。いずれを選択するかの2次元的思考の知恵のなさでは対処できないことになるのだ。
(7)留意しなければならない事柄がある。
One. いくつもの事業場を抱える大手企業(中小企業基本法に規定する「中小企業者」以下を除く)に対して、2箇所の事業場の是正勧告で以って代表者の呼び出しをする。その場合は、本社(「中小企業者」以下を除く=第3次産業で資本金5000万以上の企業は相当数が対象)への立ち入り調査も行うとしている。
http://www.chusho.meti.go.jp/soshiki/teigi.html
もちろん、社会的影響のあるとする(大手などの)企業はマスコミ対策をあわせもって行うことは通例である。単なる氏名公表や単なる呼び出しの監督行政を行うことはない。すると、サラリーマン経営者などは、外注化で下請けに責任を回し、これも、乗り切ろうとする愚策も現れるだろうが、セブンイレブンFC加盟店の賃金カット事件の如く世論の風当たりは強い。本来なんとかアウトソーシング企業に委託したいところではあるが、労働者の経営センスを併せ持った職業訓練をなおざりにしてきた労働政策からは、真のアウトソーシング企業が数少ないのである。そのことから実に現在、アウトソーシングは売手市場であるから安値発注が出来ない。
http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/dl/151106-05.pdf
Two. 本省:労働基準局監督課の監督行政の戦略方向は、労働基準法などの取締法規を超えて、就業規則を細かく作成させる指導により労働契約扱いとすることで、結果的には労働契約法の適用を図ろうとしている。そうやって、裁判所、弁護士、社会保険労務士の機能や外部参加を組織しようとしているようだ。マスコミ対策との連動はもちろんだが、監督官の動員(例えば、捜査本部なら40名といった具合)だけには頼らない戦略のようだ。労働基準法や労働契約法の法律的論理展開は、裁判所、弁護士、社会保険労務士たちに反対される要素がないから、約2万人の労働基準監督官の人海戦術で功を奏するというわけだ。
Three. さて、対応の要点は、行動経済学や産業心理学を踏まえての高度な専門性のあるアドバイスを、貴方が手に入れた上で、貴方の個別企業が対策を打つ必要があるといったことだ。巷にあふれる判例や逐条解説は、冊子として売れるものだから数多く出版されるが、貴方のご理解の様に、個別企業内のジレンマと不毛な手間と暇にさいなまれるのである。ドラスティックな対策は、経営トップに押しつける仕事ではない。総務部門の貴方の創意工夫に委ねられているのである。
Four. 違法な長時間労働の要件を、現行の月100時間から月80時間へと引き下げ、加えて過労死や過労自殺等での労災支給決定の場合も違法要件とする。月の時間外・休日労働が100時間を超えれば、産業医への情報提供の省令を改正する。過重労働事業場への、医師の緊急面談問診の実施を、都道府県労働局長が指示できることも省令を改正する。これらは、企業にとっては、即効対策をとらなかった場合の損害賠償の民事事件での、敗訴や大幅不利を招来するものとなる。
・経済混乱の ムードメーカー 登場
【結論をいえば、政治位置は変化しない】
【パフォーマンスも打上げ花火程度? にすぎない!】
【経済問題は、世界→国内へと軌道を転換する見通し】
<アメリカ国内第一とキッシンジャー>
<そこで米中国交回復とは何だったのか>
<彼と彼らの経済政策の大戦略>
<そのための、ISなどの対テロ対策>
<アメリカ企業のロシアへの直接投資>
【日本はどんな余波を受けるのか、いくつかの推測!】
【新大統領を支える政治・経済・社会志向とは】
【それを見通せたのは筆者独特の勘! ではなく大阪の経験だ。】
【そして、彼ら作戦スタッフの使っているかもしれない世論操作の学問】
・労働時間把握の、「新ガイドライン」(その解説第一弾)
(1)新たに現れた「労働基準法第41条に定める者」
(2)「名ばかり管理職」の理論的な封じ込め
(3)監督行政の法解釈での苦い経験
(4)4月から本格的に新ガイドライン指導 :筆者の予測。
(5)「働き方改革」と比べ実行力がある。
(6)【逐項解説】いよいよ「新ガイドライン」の詳細。
(7)留意しなければならない事柄がある。
§経済混乱の ムードメーカー 登場
アメリカをはじめとした世界の政治経済そして社会が一気に変わるのか?
といった雰囲気で、日本のマスコミはセンセーショナルな報道を続けている。
【結論をいえば、政治位置は変化しない】
よく見てみると、国の基本となる政治位置は変化をしそうにはない。新大統領の躍り出る様は、表面の混乱ムードを醸し出しているように見えるが、それは彼独特のパフォーマンスでしかなく、後ろに控える作戦スタッフの演出そのものが見えてくる。ヒットラーの再来か? スターリンの再来か? といった雰囲気をあえて得る新大統領が、演出することは、その当時その国の貧困層に受け入れられた、「刹那的な威勢のよさ」を、現代アメリカに適用する彼と彼らの作戦スタッフの演出と見てよい。だから、新大統領に反発する動きが出るほどに、かの新大統領はアメリカ社会での存在意義を見いだすというわけである。それは、彼の彼なりの政治経歴を見れば察しがつく。ただ今回は、とにかく「彼は大統領になりたかった + 共和党は政権を取りたかった」といった思惑が一致したにすぎない……。その理由は彼らの政治・経済・社会志向にある。
【パフォーマンスも打上げ花火程度? にすぎない!】
テロリスト入国阻止のパフォーマンスは直ちにとん挫。憲法裁判所の判決や公訴棄却、政府機関の回復対応の速さといったことは、かの新大統領は「瞬間花火であることを」十分に予測していたと見てよい。メキシコ国境の壁についても同様である。すなわち、センセーショナルな出来事は、選挙目当てと支持者存続のパフォーマンスということである。自動車の国内製造もパフォーマンスの領域を出ていない。日本のマスコミ報道に思惑があるのかもしれないが、トヨタ自動車に対する多くのアメリカ国民の認識は、「トヨタ=アメリカ企業」なのである。そして、それらのパフォーマンスに対する反対運動が巻き起こることは、彼と彼らの作戦スタッフは織り込み済みなのである。要するに、彼と彼らの作戦スタッフは、そういった反対運動を組み込んだうえでの、「一連のパフォーマンスの演出」で、支持者と世論の誘導を図っていると観ることが妥当だ。…その理由はここでも、政治・経済・社会志向にあるのだ。
【経済問題は、世界→国内へと軌道を転換する見通し】
<アメリカ国内第一とキッシンジャー>
を掲げているが、かの新大統領の話やツイッターだけでは、客観性も合理性も見いだせない。いやしくも、アメリカ合衆国の政府機関が機能しなければ、何事も夢物語に終わってしまう経済政策であるから、彼と彼らの底流の動きを見なければならない。ただその動きは、今回ばかりは筆者も時間を要した。そこには意外な動きが漂っていた。
米ソ冷戦さなかに、突然に米中国交回復が成り立つ、その立役者はキッシンジャーであった。かの新大統領とキッシンジャーの面談は目撃され、合衆国の新政府機関にはキッシンジャーの弟子と言われる人物たちが就任している。黒子に徹して国務長官などの表から目立つポストにはいない。
<そこで米中国交回復とは何だったのか>
を振り返ってみることにする。キッシンジャーの学説は、主要国の均衡バランス形成による平和秩序と外交である。当時、アメリカに対して強大となったソ連にブレーキをかけ均衡を図るために米中が手を結んだのである。中国は文化大革命による経済の崩壊に陥っていたからこそ応じ、そこにアメリカは手を差し伸べて中国の改革開放を後押し、その後のソ連のペレストロイカに至る過程で、アメリカ自身は世界経済の安定に伴い経済成長を果たした。そしてソ連は内部崩壊し社会主義国からロシア(実は正教のキリスト教国:志向)へと変化して、世界をかけめぐる利回り金融資本の横行と破綻(リーマンショック)へと、現在に至っている。そして中国は今や、経済経営的採算が合っていると思わないが、軍事力や経済外的強制で以って、表向きの世界経済を牛耳るような覇権と活躍(中国の文化大革命派に言わせれば「張子のトラ」)なのである。かのアメリカ新大統領は、これを危険と見ている。
<彼と彼らの経済政策の大戦略>
が浮かび上がってくる。米ロが経済で手を握り中国の覇権を阻止する。それはアメリカが旧来の世界警察で以って対峙するのではなく、今度はロシアが中国に対してブレーキをかけることで、世界均衡を図るとともにアメリカ経済が回復する基盤を形成しようとする戦略なのだ。その中国に対するロシアのブレーキのさなか、アメリカ国内の法人税率を15%まで引き下げるとする「税金天国」の合衆国を作ろうというわけだ。これが彼らの最大目標である経済政策と考えれば、彼らの発言や行動での矛盾は解消、筋が通ることなのである。
「税金天国」となった合衆国内での雇用増という政策志向だが、筆者の見解からすれば先行きは不透明だ。それは、アメリカ経済の発展基盤は
①第一大戦中の1913年からの体験教育(日本のゆとり教育の元祖、但し日本は失敗)から~。
②1929年大恐慌後のニューディール政策、同時に将来のアメリカを見据えた芸術家への失業対策事業による経済基盤(特にアメリカンドリームやアメリカ文化)の形成から~。
③戦後のアメリカ経済の技術革新と世界進出といった。アメリカ経済史を踏まえての政策~。
④どうしても筆者には、こういった成長過程を彼ら彼らには考えられないのではないかと推測するからである。突然、彼ら彼らの「この世の天国」は訪れるとは思えない。
<そのための、ISなどの対テロ対策>
なのである、あくまでも。ISを組織し昨年まで裏からの援助を絶やさなかったのは合衆国CIAである。それは世界警察としての策略ではあったが、今のCIAは新大統領側に付き、ISへの援助停止、それに続くロシアの大空爆によるIS殲滅(せんめつ)の容認に至っている。そして新大統領は、シリアのロシア海軍への港湾基地提供とかロシア空軍への飛行場提供について何も語らない。それこそが、ロシアの経済進出を認める行為そのものなのである。中東に進出する中国に対するロシアの進出動向に、新大統領は口をはさまない。(旧約聖書のエゼキエル書38章には、今で言うロシアが中東に進出する件があると言い出す解説者もいる)。イスラム:テロ対策とは、こういった背景があるから、イスラム入国拒否の大統領令が合衆国憲法違反となっても、彼と彼らはパフォーマンス以上のことをしないのである。新しい大統領は、その全てが経済である。確かにまた、彼と彼らの支持基盤は、「頭の中は、聖書とイエス・キリストの神秘で満杯」といった人たちなのである。
<アメリカ企業のロシアへの直接投資>
は盛んになってくる。そのためのエクソンモービル:ロシア通の国務長官就任である。それは、法人税15%の「税金天国」に世界の企業を誘致して、そこからアメリカ経由で再びロシアへの進出を狙っているのかもしれない。そこには、アメリカがEUへの進出を促進する基盤が、思わぬイギリスのEU離脱によって、失われた事情が存在もする。日本のマスコミでも、しばらくすれば、こういったアメリカ企業のロシア進出のニュースが次々と飛び込んでくることになるだろう。
ロシアからすれば事、経済投資の呼び込みならば、極東の軍事情勢、はたまた北方四島の領土問題などどうでもよいことである。まして、日本側が「北方領土の二島でよい」などと言い出す始末であり、シベリアからの石炭出荷を大量に受け入れる日本の状況からして、ロシアへのアメリカの経済投資は一気に優先課題となってくる。そして、その極東のロシアとの国境線に中国は大陸間弾道弾ミサイル基地を配備した。
【日本はどんな余波を受けるのか、いくつかの推測!】
★日本企業の本店のアメリカ移転が、二国間協定で以ってあり得る。
法人税15%であれば、アメリカに行きたい大手企業は目白押しである。日本での消費税の還付金で輸出企業は優遇されているが、いっそのことアメリカに移転してしまえばと考える企業が出てくるかもしれない。日米首脳会議では焦点となるだろう。
★日本の年金基金の資金をアメリカ国内インフラ投資に。
これは、さっさと進んでいるようである。現在年金資金の投資結果は大損状態である。これ以上のアメリカへの資金提供が日米首脳会議では焦点となる。
★日露の経済交流は、米ロ経済交流の「お墨付き」の範囲内。
おそらく、日米首脳会談で、そういった「お墨付き」程度のことが話し合われるであろう。アメリカの国防長官は韓国に対しても日本に対しても、「俺のいう通りにしろ」と迫るような人物だから、おそらくアメリカを差し置いて、日本が交易促進することはご法度であろう。ところが、日露の非公式取引(密輸)は、大手企業が介在して戦後も必要に応じて行われていたのだ。近いうちに、ロシア流行ブームが出現してくるであろう。
★日本の対中国経済への牽制(けんせい)。
ロシアを使って、中国経済にブレーキをかけようというさなかに、日本の中国との貿易増加をアメリカが歓迎することはない。世界銀行とアジア開発銀行(日本主導)と、そしてAIIB(中国主導?)の三つは、今現在は共同歩調をとっている。金融・投資の純然たる目的からすれば、本来は国境や国家は関係ないからだ。主要幹部の人事交流も存在している。AIIBに力をつけているのは、日本の官邸サイドだけだ。だから今後、その動きに注目する必要がある。どうなのか全く予想がつかない。
★日本の官僚は、今もそうだが、右往左往する。
官僚にとっては、間違いなく新アメリカ大統領の発想が分からない。政治家も右往左往するだろうし、すると政策も右往左往する。そういった右往左往は、ニュースのネタになるし、そういうニュースなら理解出来そうな読者・視聴者は多いから、益々マスコミのそういった商売っ気はひどくなるだろう。日本の教育が受験戦争一辺倒だったからなのか、戦前から続く計画経済を続けてきた官僚思考だからなのか、日本でメジャーと言われる思考パターンの人たちには、本当に、新アメリカ大統領の発想が分からないのである。
☆そこで筆者のお勧めは
世界各地のお金持ちに魅力のある商品を作ればよい。
お金持ち優先で観光などで買いに来てもらえばよい。世界は広いから、お金持ちに焦点を絞って商品を売りこめばよい。当分の間は、日本や日本各地域の独自文化を、物品にして観光やリゾートにして具現化することで売ればよいのである。世界で売れている日本料理(これが、割烹とは違う)がそうだし、日本にあって山村の自然との調和風景もそうだ。すなわち文化価値商品である。人海戦術や労働力だけの「ありふれた商品」から決別して、世界のお金持ち相手に高利潤商品・高水準サービスを提供すればよいのである。
☆なぜ高利潤や高サービスかといえば、日本の(広義の)労働者の労働全般能力・職業能力や、それを支える生活水準を維持するための費用や教育投資が不可欠だからである。「より良い物をより安く」といった世界の下請工場的な商品着想では、先進国から、途上国までの諸国との貿易摩擦を生むばかりである。今更日本は、植民地的な経済活動とか滅私奉公哲学では成り立たない、様々な評価は別として日本は17世紀初めに世界で初めて奴隷制度を廃止した国なのだ。
【新大統領を支える政治・経済・社会志向とは】
かのアメリカ新大統領はプロテスタントの長老派である。慣例なのか必ずイギリス国教会の流れを持つ聖公会の教会(ホワイトハウスの筋向い)で、就任前の礼拝に出席している。情報筋によると、その礼拝には聖公会の牧師に加え、バプティストとメソジスト(この二つはプロテスタントの派閥)の牧師も同席(アメリカの社会や教会では、重要な意思表示としての同席)したそうである。ことに共和党は聖公会の影響が強く、イラク戦争当時にブッシュ大統領の法案が、イギリス国教会のカンタベリー大主教の日曜礼拝での横槍で、多くの共和党の議員がブッシュ反対に回り、法案が流れたこともある。アメリカとは、そういった国である。身近な人物ならば、浦賀に来たペリー、戦後のGHQマッカーサー司令官らはアメリカの聖公会メンバーであった。こういった事情は、全く日本ではなじみがない話ではある。だが、ヨーロッパのEUにあっても、政策議論と同時並行でキリスト教にかかわる宗教と哲学の議論は必ず行われている。いわゆるキリスト教国と言われる一帯は、こういった政治・経済・社会志向を知らずして、その分析は極めて難しいのである。
これが、就任式前の礼拝があった、ワシントンの聖ヨハネ教会だ。
https://en.wikipedia.org/wiki/St._John%27s_Episcopal_Church,_Lafayette_Square
そして、副大統領に就任した人物が何者か、その人物が就任した意味が重要。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%B9
副大統領に就任した彼は自称エバンジェリカル、「頭の中は、聖書とイエス・キリストの神秘で満杯」と揶揄もされている。その存在はトランプを大統領を当選させた勢力の代弁者、トランプの不測の事態(暗殺や転向)のみならずエバンジェリカル勢力の大統領志向の担保機能と見た方が良い。これらは、日本では考えられない複雑な習慣でもある。
保守派キリスト教徒エバンジェリカルついての、某解説もある。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakaokanozomu/20161027-00063742/
これらの情報は、日本のマスコミでは報道されないのが通例、あるいは記者たちが、全く理解出来ない情報なので、アメリカ大統領の動きの見れない人が多いのだ。
【それを見通せたのは筆者独特の勘! ではなく大阪の経験だ。】
大阪では一昨年春に住民投票=「大阪市を先ず廃止して、大阪都構想?」なる大阪市民限定の投票が行われ、大阪市廃止は71万票の1万票僅差で否決された。それまでの、センセーショナルな言動で踊り、傍らでは政策後退を続けてきた、あの「お騒がせ知事→お騒がせ市長」は結果、事実上政界から失脚してしまった。大阪特有の昔から統制力を持った政党が存在しないといった状況にあって、マスコミの政党得票数を根拠にした勝敗予想は大きく外れ、住民投票は「空中戦」となって最後の一週間で決着した。その住民投票日の二週間後の住民投票の勝因と敗因の分析にあっては、実に両者の作戦参謀の勝敗根拠が一致していたのであった。そして大阪の諸政党やマスコミにいたっては、未だ勝因敗因をつかめないままでいるようである。
すなわち、この大阪の「お騒がせ知事→お騒がせ市長」の動きと、かのアメリカ新大統領の動きが、きわめて似つかわしいのだ。だからある程度、かのアメリカ新大統領勢力の成すことは予想ができるのだ。ただ、異なることは、かのアメリカ新大統領勢力には、先ほど述べた「彼を支える政治・経済・社会志向」の勢力が強く存在する。日本の「お騒がせ知事→お騒がせ市長」には、そういった「政治経済社会志向」の勢力は存在しなかったし、そういった勢力は味方をしなかった。大阪の「お騒がせ知事→お騒がせ市長」が業務委託し選挙ビジネス屋の算段した「オレンジシャツの国会議員・地方議員」集団(目標1,000人が政策も異なる300人しか集まらない)お粗末のところ、その闊歩(カッポ)する姿は大阪市民の強烈な反発を買い、感情的な裏目に出たのであった。
【そして、彼ら作戦スタッフの使っているかもしれない世論操作の学問】
今から紹介する学説は、マーケティングの世界でも定着しつつある。ただ、「バカとハサミは使いよう」ということであって、大阪の「お騒がせ知事→お騒がせ市長」が発注した選挙ビジネス屋は、その使い道を誤り、勝利した反対陣営の作戦参謀にその使い道を見透かされていたのだった。さてそれの要点を紹介しよう…。
アメリカ ジョナサン・ハイト 2014年
<道徳基盤・思考の偏り>
(アメリカ捜査結果の関心事を ○ 印の図表にしてみると次の通り)
| 配慮ケア | 公 正 | 自由解放 | 忠 誠 | 権威敬意 | 神聖ピュア | |
| リベラル | 〇 | 〇 | 〇 | |||
| 保 守 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
| ◎ | ◎ | ◎ | ||||
| ↑ 教養層・高収入層・若者層・クリエイティブ層 ↑ | ||||||
| ◎ | ◎ | ◎ | ||||
| ↑ 低学歴層・低収入層・ルーティンワーク層・高年齢層 ↑ | ||||||
§労働時間把握の、「新ガイドライン」(その解説第一弾)
平成29年1月20日、厚生労働省の本省:労働基準局監督課は、17年ぶりに、
「労働時間の適切な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」
を策定しWebで発表した。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html
いわゆるガイドラインとは、法令ではないが、事業場に対して労働基準監督官が監督指導をする際に話すべき内容を示すといった類のものである。
そのため現実には、勇み足の監督官も出てきたし、監督指導を権力からの圧力と感じて過剰サービスをする事業主も出てくることにもなっている。日本は全体主義や社会主義国ではないから、何でもかんでも監督官様の「お話」を鵜呑みにして従うことはない。無理をして従うと、結局は無理がたたり法違反を犯してしまう現実がある。だから、その新ガイドラインの理解には歴史的経過と高度経営センスを含む専門性を要するのである。表面の字面だけを追っていては誤解をしてしまう。そこで、幾つかの留意点を示しながら解説をする。
(1)新たに現れた「労働基準法第41条に定める者」 以前のガイドラインなどに存在した、「いわゆる管理監督者」の語句が、「労働基準法第41条に定める者」へと変更がなされている。これについて労働基準局監督課は電話インタビューで、「内容は変わっていないが、正確さを期するため」としている。ところが、この語句の変更こそが“新ガイドライン”の全体を貫く前提として念頭に置かれているのである。(あくまで行政機関の書面は、学生の作文ではない。だから各々それなりの背景や思考パターンを読み取る専門性が必要である)。
(2)「名ばかり管理職」の理論的な封じ込め すなわち、「いわゆる管理監督者」の語句が原因だとまでは言わないけれど、従来の本省:労働基準局監督課が、「いわゆる管理監督者」の語句を使い続けたことによって、いわゆる「名ばかり管理職」が世間に横行している現実を是正しようと図っていると監督課が考えるのは自然である。どうしても経営者も総務担当者もが社内だけを見てしまうから、広い視野に気がつかないのは当然だ。それは筆者の如く長年数多くの事例を見ていると一目瞭然である。またそれは、監督官たちも同様なのである。それは異なる角度から言えば、いわゆる「名ばかり管理職」と指摘されないように様々な経営者や総務担当者が浅知恵を絞ったところで、本省:労働基準局監督課からすれば全部を見通しているのであり、ある意味で浅知恵が後を絶たないことに対する用語対策なのである。「労働基準法第41条に定める者」と表現することで、改めてこの際、法令に基づいた判断基準を末端の監督官にまで徹底しようという訳なのである。社会保険労務士の大半も「右に倣え」である。そうすれば巷では、ほぼ間違いなく素人の考えた「名ばかり管理職」論は崩壊すると、彼ら官僚はみているのだろう、筆者もそうなるだろうと予測する。たぶん、これに法律論議で以って合理的に彼ら官僚に太刀打ちできる、そんな素人も専門家も存在しないだろうから。
(3)監督行政の法解釈での苦い経験 労働基準監督行政の歴史には、解雇に関する条文解釈にかかる苦い経験がある。現在の解釈通念は、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」(濫用=定められた以上に権利をミダリに用いるとの意味で乱用ではない)である。ところが2004年1月1日の法施行(当時は労働基準法第18条の2)当時までは、裁判所の判例とは裏腹に大半の監督官はそうでもなかったのである。それまで多くの監督官は、「30日分の解雇予告又は予告手当支給をすれば、解雇は可能です」と電話でも気軽に事業主に対し応答(書面でない方向で)していたのである。そう、それはつい13年前のことである。ここでピンと来た人もいるだろうけれど、旧ガイドラインの労働時間把握の時代である。ついでのことだが、労働時間把握に本省:労働基準局監督課が本腰を入れだしたのは、1988(昭和63)年の週40時間労働制(それまでは1日8時間労働制)の時点からである。当時のエピソードを話せば、Webが無かったから、「週刊労働ニュース」の新聞で以って監督官の意思統一の徹底を図っていた。ビル退出時刻の警備員記録、夜8時の事業場臨時検査、その後はパソコンの差し押さえ、メール発信時間解析などなど、そういったが摘発や監督のニュースを「週刊労働ニュース」が目白押しに掲載していた。
(4)4月から本格的に新ガイドライン指導 :筆者の予測。 =平成28年度内に、新ガイドラインの徹底を監督官に図り、4月からの一斉人事異動で従前の事業場と人間関係を断ち切り、4月から本格的に新ガイドラインを運用するであろう、これが毎度の労働省のノウハウである。経団連への説明会は、1月25日に行っているが、1月20日策定したとする「新ガイドライン」の説明を、本省:労働基準局監督課ではなく、労働基準局総務課長が行った事(多数の質問に対し、正確な微妙な説明が総務課長では出来ない)には意味がある。おそらく、4月まではマスコミに対する労働時間賃金未払いニュースを流して世論づくりをするであろう。4月以降は、有無を言わさず監督指導に入るであろう。だから、個別企業内での3月中の基盤整備は極めて効果的である。こういった事は、筆者が約40年に渡り携わってきた労働行政の底流に基づく独自考えである…。
(5)「働き方改革」と比べ実行力がある。 「1億総活躍」とか「働き方改革」とか「残業禁止の法改正」は、耳触りの良い口先だけのこと。現在の社会状況からすれば、それらに実行力が無いのは、いつもの通りである。だが、その陰にあって、政府の表面政策とは裏腹に、この「新ガイドライン」は徹底されるであろう。近年、旧労働省の労使が協調して労働基準監督行政を推し進め検察の書類送検を進めてきたのであり、それらに現大臣も同調している。ことに、大手企業の大半はサラリーマン経営者が占め、その許に人事部門が配置されていることから、そのほとんどの企業は行政機関の権力に弱く、後先考えずとりあえず従う実態だからである。終戦直後、労働省は戦前(工場法で)立案していた内容の労働基準法案を早速国会提出、法案がGHQの指示だと偽って、さっさと成立させたのである。ところで、新採用監督官の数は、来年度は3倍の150人、再来年は230人との情報で、その研修施設が不足との動きも存在するくらいであるから、徹底してくるのは間違いないだろう。監督署は何時もの如く、新入社員の「お試し営業」ではないけれど、今年秋から(約半年の宿泊研修後)は新入監督官を単独で事業場訪問をさせるであろう。その際に、「新ガイドライン」が効力を発揮するのである。そこには、使用者に対して「本ガイドラインを踏まえ…」労働者に自己申告をさせる様にといった、新たな手法の内容(4項(3)号のア)が監督官に指揮されているのである。
(6)【逐項解説】いよいよ「新ガイドライン」の詳細。 専門家でない方、ペーパーライセンス社会保険労務士、現場を知らない弁護士といったみなさんは、逐条とか逐一順を追って解説する手法が、とても好きなようである。だが、ここまでの背景と監督行政の底流を垣間見ていただいた読者の方は、既に貴方が深い視点になっていることに気づくだろう。気づくからこそ、貴方の話には共感と「深み」が備わり説得力が増していくことになるのである。実務能力が向上するのは、前回のメルマガ=共感精度の解説の通りである。逐条解説ばかりに気が向いている人に実行力は備わらない。ではとりあえず、気をつける必要がある箇所を指摘する。必要に応じ要望カ所や焦点になる部分を後日YouTubeを作成しようと考えている。
☆では順番に、
2項、5行目、「労働基準法第41条に定める者」→名ばかり管理職の排除!
3項、労働時間の考え方、→ここは新設項。
2行目、「黙示の指示」→アイコンタクトはもちろん無言も黙示の指示?
5行目、「使用者の指揮命令下」→自宅持ち帰り作業、一見自発的作業など
8行目、「指揮命令下に置かれたものと評価…客観的に」
11行目、「これを余儀なくされていたなどの状況の有無など」
ア~ウの具体例は、毎日の労働時間増、あるいは作業開始時刻の遅延と早退
4項、(2)号のイ 「パソコン使用時間記録等の客観的な記録を基礎として」
同じく2行目、「適正に記録すること。」→システム説明とタイムカード連携管理
(3)号のア
「労働者に対して、本ガイドラインを踏まえ、…十分な説明」→提示?
(3)号のイ
「実際に労働時間を管理するものに対して…説明」→チェック
(3)号のウ
「入退場記録やパソコンの使用時間記録など…労働時間の補正」
(3)号のエ
4行目は、電通事件の逃げ口上の=Netでの検索・調査・学習の事態含む
→自己申告の労働時間が少ないならば合理的説明の有無がポイント
(4)号、4行目、賃金台帳への無記載・虚偽記入への、30万の罰金を表示
………といったところである。こういった項目による未払い賃金の確定とか、賃金支払い並びに個人所得増は、間違いなく現労働大臣の了解を得ている。
したがって、労働時間管理に曖昧さを残さないためには、客観的な管理を求められることになるのである。時間外労働指示書とか、残業禁止指示書、退去命令といった客観性を要する。そうすれば、時代に適した適切な時間管理は可能というわけだ。後先考えずとりあえず従うといったことでは、事業経営(収益性、生産性、労働意欲、効率性)の各分野にわたって矛盾を起こし、それは労働者の反発を招く。いずれを選択するかの2次元的思考の知恵のなさでは対処できないことになるのだ。
(7)留意しなければならない事柄がある。
One. いくつもの事業場を抱える大手企業(中小企業基本法に規定する「中小企業者」以下を除く)に対して、2箇所の事業場の是正勧告で以って代表者の呼び出しをする。その場合は、本社(「中小企業者」以下を除く=第3次産業で資本金5000万以上の企業は相当数が対象)への立ち入り調査も行うとしている。
http://www.chusho.meti.go.jp/soshiki/teigi.html
もちろん、社会的影響のあるとする(大手などの)企業はマスコミ対策をあわせもって行うことは通例である。単なる氏名公表や単なる呼び出しの監督行政を行うことはない。すると、サラリーマン経営者などは、外注化で下請けに責任を回し、これも、乗り切ろうとする愚策も現れるだろうが、セブンイレブンFC加盟店の賃金カット事件の如く世論の風当たりは強い。本来なんとかアウトソーシング企業に委託したいところではあるが、労働者の経営センスを併せ持った職業訓練をなおざりにしてきた労働政策からは、真のアウトソーシング企業が数少ないのである。そのことから実に現在、アウトソーシングは売手市場であるから安値発注が出来ない。
http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/dl/151106-05.pdf
Two. 本省:労働基準局監督課の監督行政の戦略方向は、労働基準法などの取締法規を超えて、就業規則を細かく作成させる指導により労働契約扱いとすることで、結果的には労働契約法の適用を図ろうとしている。そうやって、裁判所、弁護士、社会保険労務士の機能や外部参加を組織しようとしているようだ。マスコミ対策との連動はもちろんだが、監督官の動員(例えば、捜査本部なら40名といった具合)だけには頼らない戦略のようだ。労働基準法や労働契約法の法律的論理展開は、裁判所、弁護士、社会保険労務士たちに反対される要素がないから、約2万人の労働基準監督官の人海戦術で功を奏するというわけだ。
Three. さて、対応の要点は、行動経済学や産業心理学を踏まえての高度な専門性のあるアドバイスを、貴方が手に入れた上で、貴方の個別企業が対策を打つ必要があるといったことだ。巷にあふれる判例や逐条解説は、冊子として売れるものだから数多く出版されるが、貴方のご理解の様に、個別企業内のジレンマと不毛な手間と暇にさいなまれるのである。ドラスティックな対策は、経営トップに押しつける仕事ではない。総務部門の貴方の創意工夫に委ねられているのである。
Four. 違法な長時間労働の要件を、現行の月100時間から月80時間へと引き下げ、加えて過労死や過労自殺等での労災支給決定の場合も違法要件とする。月の時間外・休日労働が100時間を超えれば、産業医への情報提供の省令を改正する。過重労働事業場への、医師の緊急面談問診の実施を、都道府県労働局長が指示できることも省令を改正する。これらは、企業にとっては、即効対策をとらなかった場合の損害賠償の民事事件での、敗訴や大幅不利を招来するものとなる。
2019/08/06
第208号:激動とは=踏み外せば転落とのこと!
<コンテンツ>
・7月21日の参院選結果は、歴史上の経済ターニングポイント
・益々“口先だけの実行伴わない政策”は頓挫
①世界経済に国民経済の根幹が左右されることのない、有効な地域経済が主流となりつつある。
②首相官邸側の経済政策は妄想のITデジタルシステム
③しかし“文化とは不合理なもの
④全体主義者の傘下で軍事産業を営むとか生活配給物資を納入するとかいった事業は
⑤没落中間層が急速に増え、大阪では一大政治勢力にもなっている。
【3つの労働分野=労働分野 Art域 スキル技能 パフォーマンス職人技】
・VR(Virtual Reality)バーチャル・リアリティ=その職業教育に役立つこと
・身近に可能なVRによる職業教育を検討する
・“VR技術の入り口”は神経科学・脳科学・心理学の発展
・たとえそれを技術的側面にのみ限って歴史を振り返ったとしても
*1.スキル(技能)に該当するVR教育
*2.パフォーマンス(職人技)の次元を高めるVRソフト
*3.VRで有機物人間ロボット化が早い?産業のロボット
★人間有機物ロボット___
★加えてそこでのストレス解消メカニズムも整う
☆ちなみにVRでは叶わない“幸せ”とは…他
*4.Art域の労働全般能力はVRで飛躍する
・Art域労働の要件要素は「労働力」とか「希少価値」とは異なる概念
§7月21日の参院選結果は、歴史上の経済ターニングポイント
世界的な経済変化はさておき、
参院選後も金地金は値上がりを続け、1ヵ月弱で20%高、最高値は1g当り5,437円だ。株価暴落は、買い支え不能だけのことである。G20の直前で米中経済対立は一旦休憩が、注目は直ちに米朝会談に移った。
◆5Gのファーウェイ・テクノロジーズ(華為)
をめぐる動きも一気に沈静化。ところが、米中貿易戦争の再開へ。これが香港のゼネストと米中貿易戦争は表裏一体となっている。
◆日米経済交渉の内容発表は8月中に行われる。
表向きは軍事製品、自動車、農産物が中心項目だが、ITネット産業も事実上の軍事産業にカウントされると見てよい。
◆そこに日韓の半導体部品の事件化である。
韓国の半導体部品市場に米国が一気に乗り出すための画策をアメリカ発で行っているとの情報がある。それは北朝鮮の資源争奪戦に発展し、これを日か米か、何れが射止めるかの、一帯一路の中央アジア経済網から、日本が“はみご”にされかねない動きに持ち込まれている。
★A.こういった予兆の中での選挙イベントは、
日本の浮き沈みを決めるものであった。結果は、野党+αが政党の存続を賭けての戦いに、“9条改憲勢力”が敗北した。すなわち3分の2に至らない3年間となったわけだ。
これで軍事産業と国家予算増大への「軍産企業ぬか歓びの期待」は無期延期にはなった。ついでの話だが、純粋な防衛課題としても、日本が大量購入しようとする最新F35ジェット戦闘機は、ロシア製のS400遊撃ミサイル(ウクライナが配備)には撃墜は一溜まりもないそうだ。
★B.対米日本の対外経済政策も軌道修正せざるを得ないわけだ。あくまでも首相官邸側の参院選での投票率投票数の誘導策は効果を示したけれど、“9条改憲勢力敗北”の結果は、省庁政策や地方経済までをも、首相官邸政策が誘導することはできないことになった。たぶん筆者個人の観測だが、アメリカ仕込みの選挙作戦方式は、首相官邸側の大敗北を免れた程度だけだ、=だから「勝った」と言っている。
★C.結局は経済と豊かさを確保しなければ、個人も国も、経営や運営が“見栄張り”に,“強がり”み、“内弁慶”では、利ザヤ稼ぎの輩からは、足元を見られるだけだ。
§益々“口先だけの実行伴わない政策”は頓挫
これからは“口先だけの実行伴わない政策”は益々頓挫し、首相官邸側からすれば経済混乱=全体主義者の経済政策の頓挫となる。
権利や利害を守ろうとする頑強な保守層や社会層の抵抗に全体主義者は弱い。現実的物事や世論の反対にあうと、官僚業務の技術的基準が、全体主義者の政治的基準と衝突することとなるからだ。
☆1.これが、中堅中小企業にとってはビジネスチャンス、地域経済の再生の手立てにつながる訳である。配給物資はいざ知らず、地域経済から外へ持ち出されるから商品となる。
☆2.円安→原因その他の輸入品価格値上がり、これに対抗する地域経済は中小企業が担っている。
☆3.一極集中の物流管理の無駄・ロス・利権かすめ取りといった、市場一極集中原理の矛盾による商品価格値上りと対抗物流。大手企業の資金需要を満たしても矛盾は解決しない。
☆4.軍事産業と国家予算増大への「ぬか喜びの期待」、“9条改憲勢力の敗北”で3年間は軍事産業予算の増加は3年間遠のく、3年は事業経営には痛い長さだ。
☆5.次のごとくの「日本文化・国土リゾート・福祉の極東国」は経済再生の一例だ。
http://www.soumubu.jp/alliance/index2.html
①世界経済に国民経済の根幹が左右されることのない、有効な地域経済が主流となりつつある。
筆者も世界先進国の実例を調査研究している。中でも、国際経済に対抗する国内資本による原油や原油価格に翻弄されないエネルギー確保。輸入農産物や抱き合わせの有害農薬の輸入品縮小。公共施設や公共機関の民営化と利用料金値上げ阻止といった具合である。
②首相官邸側の経済政策は妄想のITデジタルシステム
によって成り立つといった無知で組み立てられている。
行政コストのデジタル化による削減といっても、
★よく見てみれば外注予算でもって公務員の人件費を減らしたかのように見せても、実のところは膨大な設備投資と外注維持費を抱えているのである。
★マイナンバーカードの保有者は2019年4月で1657万人、国民の13%でしかない。マイナンバー制度に期待された相続に関する戸籍謄本の入手が便利になると言っていたが、実際にはとんでもない煩雑さで、2015年までに死亡した親族はマイナンバーの扱いがない、そればかりか相続人の子の人数を確定するには、明治時代の(例えば父母の)原戸籍(〇番屋敷と記載されたもの)まで遡ることとなり、その写しは数部十数ページにわたる物まである。また、政府のデジタル化法といっても、
★“実印の制度”は残すこととなり、その実印の使用は近頃拡大傾向にある。実印を押し印鑑証明を添付するという制度方式は、契約行為の事実関係を正確綿密に立証させない民事裁判制度の後進性と相まって、詐欺事件や不当取引などの温床となっている前近代的な経済システムだ。デジタル制度に反対した印鑑製造業者の産業保護?とは口実で、前近代的な金融事業とか不良債権はたまた“スルガ銀行のような不正融資”の道具となっている。
もとより、AI人工知能とは、
★「我々コンピューター科学者がずっと昔に研究資金を手に入れるために考え出した作り話だ」と、研究当事者のJaron Lanier(『人間はガジェットではない』の著者)は語っている。続けて「実利目的の作り話はAI物語として試作者の手を離れている」そして、「AIには何が成功かを測る客観的基準がないのだから。どのプログラムを人工知能と呼ぶのかを一体誰が決めるのか?」とのことだ。
さらにアルゴリズムはカオス理論に基づく“想定枠外に踏み込むための方式にもかかわらず、
★単なるBig Dataの計算方式なのにアルゴリズムと装う者まで出てきた。
★首相官邸側のITデジタルシステムとは、“完璧な合理的出来事を前提として、文明Civilizationの進展を取り入れない”といった代物だから、作っても作っても不都合(官僚業務の技術的基準との矛盾)が生じてくるから、目まぐるしくプログラムを根本から作り直さなければならないのである。それは全体主義者(低技術水準)を手玉に取るIT企業にとっては至極甘い蜜に他ならない。
★さらに、SNSといった産業はGoogle Mapを始めGAFAは軍事産業化してしまっており、その中心はいずれもアメリカ国防省筋である。とは言っても、著者はたくさんGoogleにFBとか使っているが。
③しかし“文化とは不合理なもの
その不合理は自ら招いているもの”なのである。自由市場(資本主義)経済の商品とは、この文化の上に成り立っている産物(方式)であって、人民公社や配給ではない。個別企業の経営者は、その地域やその時代の文化を見極め、文明Civilizationを取り入れ進展に頼ってこそ事業に成功してきたのが歴史なのである。確かに、“自ら招いた不合理な文化”を基盤にした商品であるから、所詮は不完全な方法で解決するための商品を創造するのであるが、それは文明Civilizationを取り入れ進展した文化水準に支持されなければ、新商品として普及することは考えられないのだ。極めて科学的技術的で合理的な商品といったことだけでは売れる訳がない。いわゆるイノベーションで成功する経営者は、商品だけでなく文明Civilizationに裏打ちされた先駆的先進的仕事の仕方を導入している。
④全体主義者の傘下で軍事産業を営むとか生活配給物資を納入するとかいった事業は
先に述べたような文明Civilizationを取り入れ進展した文化水準に支持されてもいないから、自由市場(資本主義)経済では存在する意味すらない。だから当然の結末として、経済の仕組みや様々な商品は、固有価値を失い、自由や希望に資する価値も失い、人々の意欲を失わせる結果を招くのである。いくら年金・医療その他物資といった、“厚生事業”を充実させるとする夢物語を語ったとしても、日本の年金制度のように白昼夢でしかないのである。希望を失えば意欲は減退、様々な意味で貧困となれば様々な犯罪や秩序の裏をかく行為が横行する。全体主義者は、なんとかこれをコントロールしようと、現代ならばICT機器やスマホを使って誘導しようとする(戦争中なら覚醒剤)。けれど、全体主義者自らの秩序というものの裏側末端での無秩序とか健全な道徳や身体の例え話に対する堕落が目立つから、所詮無理があるのである。もちろん、軍事産業を営むとか生活配給物資を納入するといった事業者個人の能力とは、国が集めた税金とか集められた投資資金を、ただ単に円滑に消化する職業能力しか持ち合わせがない。ちなみに大阪中心部の“谷町界隈”は、明治時代に大阪城の陸軍に隣接していたため、軍服関係の衣類繊維産業の地であったけれど、終戦とともにそういった職業能力の経営者は一気に姿を消し産業の中心も船場へと移り、いまはマンションが林立する住宅街だ。
⑤没落中間層が急速に増え、大阪では一大政治勢力にもなっている。
日本の没落中間層の特徴は、例えばアメリカと比べれば保守的秩序といったものは全くない。したがって、ほぼ完璧にICT機器やスマホを使って誘導されている。ことに大阪市内は一極集中の政策によって「大阪市内」は周辺衛星都市と比べ経済陥没した。そこに登場した政治勢力は新風でも政治結社でも何でもない、利権集団の過激派で構成されているに過ぎない。
表向きの政策の裏に“身内の幹部やスポンサーの利権”が一体となって付きまとっている。この過激利権集団の道具が、“議会制度であり民主主義であり地方自治制度”なのである。筆者も何年も前に保守系からの依頼があって、経済政策立案に協力したけれど、結局彼らは“身内の幹部やスポンサーの利権”といった本性を現したのだ。そのときに協力した保守系の人たちは、完全に元の鞘(保守)に収まっている。「清廉潔白・品行方正な保守」の色彩が一段と強くなった。
それに対して、この過激利権集団は、
「“スキあらば抜け駆けする、寝れば寝首を掻く”」
といった人物の集まりである。支持者とか運動員のターゲットを「没落中間層&自律心が弱く依存症が強い者」に絞っている。生活自体から焦りが見られるからICT機器やスマホを使っての誘導に乗せられやすい。彼らの話題はもっぱら経済政策に関係して、実際に筆者は聞かされた内容は、他人の批判や文句ばかり&意気込みと称して日露戦争の軍事作戦の解説まで聞かされた。
【3つの労働分野=労働分野 Art域 スキル技能 パフォーマンス職人技】
§VR(Virtual Reality)バーチャル・リアリティ=その職業教育に役立つこと
VRの技術は1962年に開発されたとされている。
それはオリジナルな現物・実物ではないが、機能としての本質は同じであるような環境を、五感を含む諸感覚に対して、理工学的に刺激することにより造りだす、技術およびその体系であった。当初は軍事関係のパイロットや降下部隊その他の訓練に使われた。それが神経科学・脳科学・心理学を含めた研究の進展と開発で、「没入感」ととともに強い心理効果で脳細胞部分に知識と記憶を刻みこむに成功したのである。そのことで脳卒中の後遺症とか義手義足のリハビリ、PTSD患者とか鎮痛剤の代用品といった医療関係などにも応用され始めている。VRと(有機的無機的を問わず)ロボットとの結合も実証実験が進んでいる。
¶身近に可能なVRによる職業教育を検討する
「AI人工知能に大半の仕事や職業が取られる」といった幻想よりもVR教育の方が、直近の身近で現実だからだ。
とりあえず、身近に出回っている機器により、可能な分野、VRの限界その他について具体的に提示する、ここでは論理構成に集中してしまうと、VRのような新技術を使っての着想は、「スキルやパフォーマンスといった労働力」に固執している人にとっては難解だからだ。
さて、少しだけ前置きの説明をすれば、
ギリシャ時代のArtとは“まるで鏡のような実物の写実”といった概念であった。それはルネサンスまで続く。その後は少しずつ変化はするものの、写実から離れる傾向はあった。突然に「写真photo」の発明でArtの概念は大激変する。また例えば、絵と音楽と詩が重なりあえば小説から歌劇が登場し、映写機の発明で映画が登場した。その映画もカメラ位置固定から→レールの上の移動カメラ→重機の先に取り付けたアングルや焦点を変化させるカメラへと変わる。ここでは20世紀以降に登場した様々なコンパクト化技術(発明品)があらゆる場所で活用されるに至った。戦後になれば芸術家やArt域労働によって商業・サービスその他に広まり現在のICT産業革命を迎えている。ところでパフォーマンスの範疇である技能や芸能といったものは、現代の技術水準に比べ古い伝統様式のものである。
¶“VR技術の入り口”は神経科学・脳科学・心理学の発展
によって無機物的な技術が有機物技術に浸透することとなったわけだ。
かといっても、今のところ人間しか持ち得ない能力として“文化なるものは不合理性を含むもの”だから現存をしている。
すなわち、新たな着想などの能力といった、5次元思考(X・Y・Z+time+Connect)に見られるような思考パターン。それは、異なる角度からVR技術を説明すれば、
①「絵」などによる色彩表現、
②「音」による空間表現、
③「詩」などの時系列表現
といった表現・脳内模倣・共感(共感作用&共感精度)に関わる表象の重要な三要素については、今から当分の間は“人類の普遍的能力”という未知の物事として扱うしかないのである。この①から③はVRでは出来ない、人間が有能な労働能力でもってプログラムするしかないのだ。ちなみに、新商品開発、組織や技術イノベーション、真実の芸術的労働は、(5次元思考&表象の重要な三要素」よって行われている。こういった有能な労働能力の醸成基盤は、せいぜい「高い天井の広い部屋」に住まわせ、日ごろから瞬時に周辺までを見て全体を把握する練習程度の人類経験則でしか解明されていない。むしろ世間一般では迷信も神業も混同して思考停止に等しい。
したがって、要するに、既存の労働能力醸成基盤の限度の範囲で、
スキルやパフォーマンスといった労働力(労働能力全般の中の一部分)は、徒弟制度、OJT、off-JTといった煩雑で長時間を要する職業教育に比べて、VR教育は早くて充実しているというわけだ。ただ個々人の持つ能力醸成基盤をはみ出してしまっているようなArt域労働における“5次元思考”の訓練を、受け皿もないのに無理強いしたとすれば精神疾患を引き起こしてしまうかもしれない。それは、中毒症状とか共同体生活の文化からハミ出す個人行動によって引き起こされる社会的コスト増大となって現れると専門家は指摘している。その指摘はあたかも、文明Civilization進展を肌感覚で認知できない個人がフェイクニュースや反社会行動に陥るようなITネット弊害と同様のものでもある。それは、新しいコミュニケーションのための道具が登場するたびに悪用されるとか、現代というフェイク情報とか詐欺の道具に使われるという懸念が繰り返された経過と同様である。
歴史は、自由平等のための社会共同体の形成とその充実=文明Civilizationよって、そういった経過を消滅させてきた。
¶たとえそれを技術的側面にのみ限って歴史を振り返ったとしても
・同じ人類文明でも“過去・現在・未来”を区別できる言語を持つ集団(インド・ヨーロッパ語族など)は、道具や農耕牧畜の技術を磨き上げ、その末裔は世界に浸透した。
・ソクラテスは文字の普及によって読み書きができるようになると、人々の記憶力が低下すると恐れた。
・中世の絵画では、はしゃぐとか微笑む(モナリザの微笑)とか、非写実空想的な物はグロテスクとされた。カトリック教会の陰に隠れ“グロッタ”という庭施設で造られた。
・イギリス名誉革命におけるジョン・ロックは、大量枚数を印刷する印刷機が登場すると、そういった印刷物で迷信や悪事が広がると恐れた。
・19世紀には、小説を読むと現実と作り話を見分ける能力は劣化すると考えられていた。
・映画館の画面から、向かってくる電車が映し出されると、ひかれる瞬間?に人々は椅子からのけぞった。つい70年ほど前の白黒映画館での、“いつもの出し物”だった。
・白黒テレビが普及すれば青少年の白痴化が進むと懸念されたのは、つい60年ほど前の日本の姿であった。
*1.スキル(技能)に該当するVR教育
マニュアル教育と比べ格段のVRソフトが誕生し、それは集団教育から→個別教育への転換が図れることから中途採用者教育に向いている。VRによって、その「没入感」ととともに強い心理効果で脳細胞部分に知識と記憶を刻みこむことが最も効果的である。
しかしながらVRソフトでは相対反応は期待できず一方的であるにすぎない。Art域労働の能力を持つ人物がVRソフトの作成プロデュースをすればスキル教育には有用なVRソフトを作ることができる。
そしてVRソフトによる学習の時間帯は、深夜時間帯の短時間に海馬から大脳皮質に組み込むことであるである。一般に普及しているヘッドセットでは装着感も悪く目の前数センチの画面に焦点を合わせるために、眼精疲労を起こしやすい。
ちなみに、幼少の頃からのスキル(技能)教育は殆ど無駄ばかりであり、それよりも能力醸成基盤限度の広さと深さの範囲内で、VRによるスキル(技能)組み込み質量は定まる。
子供の頃や青年期には「高い天井の広い部屋」に住まわせることのほうが重要で、地方での暮らしの方がよっぽど可能性を持たせられる。地方であれば、デジタル世界を歩き回り真の没入感を味わえる“ひと部屋サイズ”のVRが設置できるからだ。
*2.パフォーマンス(職人技)の次元を高めるVRソフト
とりわけ、その「没入感」ととともに強い心理効果で脳細胞部分に知識と記憶を刻みこむことが最も効果的である。パフォーマンスの技量は、およそは複雑な順序や段取りといったものであり物理的な課題である。今の世間では、これを才能の無さと錯覚する人が多いのである。
技能の動きを習得するには21日間の継続(途中1日のサボりは可能)練習を少なくとも必要としている、高度なものは66日間の継続練習を要するとの実験データが主流である。習得技能の種類によって練習時間は異なるけれど、1日1回を必ず行うことが重要となる。“とりあえずは”と言って、むやみヤタラに練習を重ねることは精神的肉体的疲労の蓄積ばかりである。これをやめて、VRソフトから受け取る感覚と動作を発見することが(職人技)技能習得の最初のコツである。
ここから目的を明確にした意識的な練習の展開が始まる。例えば楽器の練習は極めて高度であるが、世界一流の人物がプロデュースするVRは極めて効果が高いと予想される。それは現在でもYouTubeなどによっても、「超一流の演奏家のフォームと艶のある音色」を読み取る以上でもだ。
加えて素人の機能障害も防ぐことから、VRソフトの五感を含む感覚の教育には目覚ましいものが期待される。そもそもパフォーマンス(職人技)技量の習得は、絵画・音楽・詩とその複合物を使った芸術(「意欲感動希望」のレベルに達する)の技術面を組み込むには不可欠だからである。
そこで、意外な例として取り上げるが、アバターを使ったSexVRの技術的見本はこれだ。
(この分野は、経済学者ならば実は避けて通れない学問分野であるが)
=現場は劣化の極みであるポルノ産業は、だが最も資本投下が少ない業種であるけれど。
https://youtu.be/y9TJLBAKnLM
https://www.bing.com/videos/search?q=VR
このVRように、顔の表情とか身体の仕草といったものをアバターに組み込んでも五感を含む感覚を伝えることができる。下手な人間演技表情よりもアバターは有能であるとの学術研究結果の応用だ。そのうちに、肉体生理機能を伴う顔の赤らみ或いは心拍数が組み込まれるのも間近だ。このアバターの細かな表象を習得すれば“売春技能”は自宅でも習得できポルノ労働者の技能は成長することは明らかだ。だとしても本気のオーガニズム体験は得られないから所詮はVRソフトでしかない。
そのことを、映画監督の佐々木正は、“目合い(まぐあい=思考を落とし、見つめあい、気持ちを言葉にして、自らを明け渡すセックス体験、生殖行為は重要では無い)”といったような、“つながり合うこと”が体験できなければ、快感の刺激を求めていつまでも不倫し続けていることになる。」と語っている。
そして、実物でないと得られない最も重要な要素は共感作用&共感精度であり、
1.言葉を合わせ
2.仕草を合わせ
3.呼吸を合わせる。
といった行動が、行為の前段階から行われること(友達なるときも同様)が、心理学では定説法則になっている、それは人類経験則しかない。
【Loveliness in a friendly manner(日本語翻訳不能)】といった西洋キリスト教概念は、実物でないと得られない最も重要な要素の範疇と考えられる。
*3.VRで有機物人間ロボット化が早い?産業のロボット
とにかく、無機物の機械を使ってのロボット化は開発投資が異常に高くなる。
だから、異なる文化だから固有商品の価値は劣り低いものの、どの国も安上がりの外国人労働力を導入しようとする。
★人間有機物ロボット___
人々でも個人でも彼彼女らを、スマホその他のオンラインに、もっともっと縛り付けることで操縦可能になる。
これに感覚的な反発をする彼彼女らでも、人間は自分自身の社会的知覚を頼りに来ているから、この知覚をコントロールすれば操縦できるであるのだ。
★(それが錯覚にせよ)哲学者ゲーテは、
「自発的な依存こそは、最もうるわしき状態である」と見通している。
依存症の人は苛立ちやすく、自分が置かれた状況に於ける夢を募らせる。自分は恵まれていないと感じ他者から認められたくて仕方がない。人は依存が深まると、現実の世界や生身の人間とのつながりを徐々に失っていく。そして更にスマホその他のオンラインに依存するようになる。あげくに客観性で物事を見ることができなくなり事実関係性も解らなくなる、そして彼らは有機物人間のロボットと化すのである。「半グレ集団」のボスが操る末端売人や受け子といったような者もその典型である。彼彼女らがDV加害者や反社会勢力の被害者と異なるのは、彼彼女らは精神的圧迫や暴力による洗脳ではなく、自発的な依存でもって有機ロボットに育成していることである。
★加えてそこでのストレス解消メカニズムも整う
例えば、うつ病患者は自分自身に極めて厳しい。他人に対しては発揮できる忍耐や寛容を、自分に対しては出来ないケースが多い。そこでVR世界での“仮想の子供”を体験させたところ、自分自身への思いやりが極めて大幅に増大した、こうすれば益々依存症は強まり、彼彼女らは有機ロボット化する。
★日本企業のNECは
スタンフォード大学に資金提供して、身体の左腕と右腕に加えてVRによる第3の腕を出現させて生産性を向上したという実験を済ませている。
★一般的に育った人間有機ロボットは、
未来のパフォーマンス(職人技)の労働者として、行動経済学でいう満足を味わう。その満足とは周囲の他人と比較して得られる、“つながり合うこと”が存在しない孤独な感覚である。
☆ちなみにVRでは叶わない“幸せ”とは…他
=社会や集団の中で自由拡大を他人と“つながり合うこと”を通して認識する状況である。ここで言う“自由”とは=生活全般にわたり、自らが希望する他人に対する特定の人間関係を、労働生産や消費その他生活行為を通じて自由を感じ取ること、その場合には義務(ルール)も自由として感じられる概念である(ジンメルが発見)。それはアドラー心理学や行動経済学に引き継がれている論理展開でもある。「恋とは自由の拡大であり、愛とはその充実である」とされており、自由が保障されていない恋愛は虐待とされている概念だ。
*4.Art域の労働全般能力はVRで飛躍する
Art域の労働が作り出す商品には、体験でしか理解できない要素が圧倒的支配的に含まれている。それは言語や言葉で説明すれば錯誤を犯す。もとより言語や言葉で説明できるのものでは無い。体験が重要な基本パターンは
①「絵」などによる色彩表現、
(服装は絵画、それはデザイン向上力。アクセサリーはアクセント装飾技)
②「音」による空間表現、
(リズムと拍子は異なりリズムは話し上手。メロディが品質を決める。小節の間合いで伝達)
③「詩」などの時系列表現、共感作用の物語、
(それは品物の意味を語る。地味に、地味に、最後はあでやかにまとめる、それが基本)
__といった表現・脳内模倣・共感(共感作用&共感精度)に関わる表象の重要な三要素についてである。①~③の具体的な手法は、中堅中小企業で導入されている事例が多い。それはともかく、
「真の芸術性の要件である“意欲・感動・希望”のセットが存在するから活き活きとしてくる」
__のである。
「本物の芸術に触れれば、人は計画的な行動を起こす、そのために学びもする」
__とされる。Art域の労働あるいは本物の芸術的労働と「スキルやパフォーマンスといった労働力」産物との見極めは、未だこういった人類の経験則しか存在しかなかった。が、しかしながら、受け止めている表現=表象は、脳内模倣・共感(共感作用&共感精度)のプロセスを経ていることは神経科学や脳科学で解明された。
イ)Art域の労働全般能力の発揮は、VR技術により、守→破→離の各段階を踏むのではなく、守→破→離の各々をVR教育によって行うことができる。ところが詳しく深く見てみると、天才とか芸術家とかイノベーション事業家は、守→破→離とは異なるプロセスで、その能力に到達していることが分かった。むしろ、スキル技能、パフォーマンス職人技、Art域の労働全般能力が全く別々のものとして取り組まれているのであった。では必要な技量はいつ身に付けたのかというと、守→破→離の順序ではなく、必要と思ったときに各々が身につけていたのだ。それは、仕事の分量とか作業の分解といった思考パターンが定着するにつれて、自由平等の社会共同体を基盤とした文明Civilization進展とともに、守、破、離は独自成長したことが歴史から読み取れる。
ロ)Art域の労働、スキル技能、パフォーマンス職人技、これらは別分野の能力だ。段階を置くのではない、Art域の労働は直に飛び込むと上達が早い、段階を念頭におけば粗悪な品質でしかない。それが国家資格などでも力量の差に表れる。
ハ)ことに、Art域の労働全般能力を発揮する場合の技量を見つけるには、VR学習を使っての、こういった重要な表象の三要素の身体化認知は有効とされている。それも動きで認知するだけでなく改めて、出来る限り口頭で説明する訓練が重要であることもわかった。
ニ)Art域の労働には時間の量にかかわりなく、質のよいコミュニケーションを必要とする。そこでの作業には、需要側との“相互同期性の質の高さ”が非常に重要となる。その質の良いコミュニケーションとは非言語行動による相互同期性のあるコミュニケーションであることが1970年に心理学者コンドンにより発見された。
「話し手は身体の発する言葉に合わせて踊る、さらに聴き手の身体も話し手のリズムに合わせて踊るのだ」(=心理学でいう模倣)とコンドンは記した。その後、ここでのリズムの遅れる人たちは、行動や作業にミスが多いことも発見された。(ちなみに、戦後しばらくして松下電器産業=パナソニックは、ベルトコンベヤー労働者に“北海道民謡のソーラン節”を踊らせてリズムをとった)。
ホ)アーティストあるいは熟練者に至らずとも、Art域の労働全般能力を発揮しようとする人であれば、VR収録は“黙々と語りながら行い”、それは決して説明にはあらず。なぜならVR収録の撮影側の“Artstカメラ位置”こそが遥かに説明語学力を超越しているからである。これがVR技術による“共感Empathy(共感作用&共感精度)の力を高めるための方法である「視点交換」なのである。
ヘ)筆者は実際に自分でやってみた“Art域の労働全般能力”の自己育成
(練習や研究に費やす根気も体力もないが、高質結果の習得効率は高い)
熟練を要する技量練習はリズミカルにし、21日間の練習を継続する。
物理的に神経科学も含め解明できる、練習量や才能ではない。
記憶に刻む物事は、睡眠前にリズミカルに暗記する。無暗に練習研究しない
頭脳は出力重視の癖があるから、体でも口でもリズミカルに表現する。
好奇心を持つことは、頭脳での高速計算処理を可能とする。
音楽のリズムrhythmと拍子timeは違う、小節ごとに間を入れリズミカルに。
早いリズムは、貧乏ゆすりをヤッてリズムを安定させる。
VR技術やIT機器の使用では運動機能が委縮し、物理的動作フォームが出来ず、
頭痛・腰痛・肘や手首痛を生じる。投薬や鍼灸ではない医療範囲だ。
ストレッチ体操では改善を図れない。障害部位に集中するストレッチだ。
整形外科医と連携して個々人にあった手法を探すことだ(骨に痛みはない)。
頭痛個所や小指第一関節にまで行き渡らせるポーズを自ら発見することだ。
(動画例)
https://youtu.be/2FbLP9mQRI4
§Art域労働=芸術労働の要件要素には、「労働力」とか「希少価値」とは異なる概念の存在
「―」は労働過程で考慮がない。 「×」は、その該当する労働過程では否定をする。
・7月21日の参院選結果は、歴史上の経済ターニングポイント
・益々“口先だけの実行伴わない政策”は頓挫
①世界経済に国民経済の根幹が左右されることのない、有効な地域経済が主流となりつつある。
②首相官邸側の経済政策は妄想のITデジタルシステム
③しかし“文化とは不合理なもの
④全体主義者の傘下で軍事産業を営むとか生活配給物資を納入するとかいった事業は
⑤没落中間層が急速に増え、大阪では一大政治勢力にもなっている。
【3つの労働分野=労働分野 Art域 スキル技能 パフォーマンス職人技】
・VR(Virtual Reality)バーチャル・リアリティ=その職業教育に役立つこと
・身近に可能なVRによる職業教育を検討する
・“VR技術の入り口”は神経科学・脳科学・心理学の発展
・たとえそれを技術的側面にのみ限って歴史を振り返ったとしても
*1.スキル(技能)に該当するVR教育
*2.パフォーマンス(職人技)の次元を高めるVRソフト
*3.VRで有機物人間ロボット化が早い?産業のロボット
★人間有機物ロボット___
★加えてそこでのストレス解消メカニズムも整う
☆ちなみにVRでは叶わない“幸せ”とは…他
*4.Art域の労働全般能力はVRで飛躍する
・Art域労働の要件要素は「労働力」とか「希少価値」とは異なる概念
§7月21日の参院選結果は、歴史上の経済ターニングポイント
世界的な経済変化はさておき、
参院選後も金地金は値上がりを続け、1ヵ月弱で20%高、最高値は1g当り5,437円だ。株価暴落は、買い支え不能だけのことである。G20の直前で米中経済対立は一旦休憩が、注目は直ちに米朝会談に移った。
◆5Gのファーウェイ・テクノロジーズ(華為)
をめぐる動きも一気に沈静化。ところが、米中貿易戦争の再開へ。これが香港のゼネストと米中貿易戦争は表裏一体となっている。
◆日米経済交渉の内容発表は8月中に行われる。
表向きは軍事製品、自動車、農産物が中心項目だが、ITネット産業も事実上の軍事産業にカウントされると見てよい。
◆そこに日韓の半導体部品の事件化である。
韓国の半導体部品市場に米国が一気に乗り出すための画策をアメリカ発で行っているとの情報がある。それは北朝鮮の資源争奪戦に発展し、これを日か米か、何れが射止めるかの、一帯一路の中央アジア経済網から、日本が“はみご”にされかねない動きに持ち込まれている。
★A.こういった予兆の中での選挙イベントは、
日本の浮き沈みを決めるものであった。結果は、野党+αが政党の存続を賭けての戦いに、“9条改憲勢力”が敗北した。すなわち3分の2に至らない3年間となったわけだ。
これで軍事産業と国家予算増大への「軍産企業ぬか歓びの期待」は無期延期にはなった。ついでの話だが、純粋な防衛課題としても、日本が大量購入しようとする最新F35ジェット戦闘機は、ロシア製のS400遊撃ミサイル(ウクライナが配備)には撃墜は一溜まりもないそうだ。
★B.対米日本の対外経済政策も軌道修正せざるを得ないわけだ。あくまでも首相官邸側の参院選での投票率投票数の誘導策は効果を示したけれど、“9条改憲勢力敗北”の結果は、省庁政策や地方経済までをも、首相官邸政策が誘導することはできないことになった。たぶん筆者個人の観測だが、アメリカ仕込みの選挙作戦方式は、首相官邸側の大敗北を免れた程度だけだ、=だから「勝った」と言っている。
★C.結局は経済と豊かさを確保しなければ、個人も国も、経営や運営が“見栄張り”に,“強がり”み、“内弁慶”では、利ザヤ稼ぎの輩からは、足元を見られるだけだ。
§益々“口先だけの実行伴わない政策”は頓挫
これからは“口先だけの実行伴わない政策”は益々頓挫し、首相官邸側からすれば経済混乱=全体主義者の経済政策の頓挫となる。
権利や利害を守ろうとする頑強な保守層や社会層の抵抗に全体主義者は弱い。現実的物事や世論の反対にあうと、官僚業務の技術的基準が、全体主義者の政治的基準と衝突することとなるからだ。
☆1.これが、中堅中小企業にとってはビジネスチャンス、地域経済の再生の手立てにつながる訳である。配給物資はいざ知らず、地域経済から外へ持ち出されるから商品となる。
☆2.円安→原因その他の輸入品価格値上がり、これに対抗する地域経済は中小企業が担っている。
☆3.一極集中の物流管理の無駄・ロス・利権かすめ取りといった、市場一極集中原理の矛盾による商品価格値上りと対抗物流。大手企業の資金需要を満たしても矛盾は解決しない。
☆4.軍事産業と国家予算増大への「ぬか喜びの期待」、“9条改憲勢力の敗北”で3年間は軍事産業予算の増加は3年間遠のく、3年は事業経営には痛い長さだ。
☆5.次のごとくの「日本文化・国土リゾート・福祉の極東国」は経済再生の一例だ。
http://www.soumubu.jp/alliance/index2.html
①世界経済に国民経済の根幹が左右されることのない、有効な地域経済が主流となりつつある。
筆者も世界先進国の実例を調査研究している。中でも、国際経済に対抗する国内資本による原油や原油価格に翻弄されないエネルギー確保。輸入農産物や抱き合わせの有害農薬の輸入品縮小。公共施設や公共機関の民営化と利用料金値上げ阻止といった具合である。
②首相官邸側の経済政策は妄想のITデジタルシステム
によって成り立つといった無知で組み立てられている。
行政コストのデジタル化による削減といっても、
★よく見てみれば外注予算でもって公務員の人件費を減らしたかのように見せても、実のところは膨大な設備投資と外注維持費を抱えているのである。
★マイナンバーカードの保有者は2019年4月で1657万人、国民の13%でしかない。マイナンバー制度に期待された相続に関する戸籍謄本の入手が便利になると言っていたが、実際にはとんでもない煩雑さで、2015年までに死亡した親族はマイナンバーの扱いがない、そればかりか相続人の子の人数を確定するには、明治時代の(例えば父母の)原戸籍(〇番屋敷と記載されたもの)まで遡ることとなり、その写しは数部十数ページにわたる物まである。また、政府のデジタル化法といっても、
★“実印の制度”は残すこととなり、その実印の使用は近頃拡大傾向にある。実印を押し印鑑証明を添付するという制度方式は、契約行為の事実関係を正確綿密に立証させない民事裁判制度の後進性と相まって、詐欺事件や不当取引などの温床となっている前近代的な経済システムだ。デジタル制度に反対した印鑑製造業者の産業保護?とは口実で、前近代的な金融事業とか不良債権はたまた“スルガ銀行のような不正融資”の道具となっている。
もとより、AI人工知能とは、
★「我々コンピューター科学者がずっと昔に研究資金を手に入れるために考え出した作り話だ」と、研究当事者のJaron Lanier(『人間はガジェットではない』の著者)は語っている。続けて「実利目的の作り話はAI物語として試作者の手を離れている」そして、「AIには何が成功かを測る客観的基準がないのだから。どのプログラムを人工知能と呼ぶのかを一体誰が決めるのか?」とのことだ。
さらにアルゴリズムはカオス理論に基づく“想定枠外に踏み込むための方式にもかかわらず、
★単なるBig Dataの計算方式なのにアルゴリズムと装う者まで出てきた。
★首相官邸側のITデジタルシステムとは、“完璧な合理的出来事を前提として、文明Civilizationの進展を取り入れない”といった代物だから、作っても作っても不都合(官僚業務の技術的基準との矛盾)が生じてくるから、目まぐるしくプログラムを根本から作り直さなければならないのである。それは全体主義者(低技術水準)を手玉に取るIT企業にとっては至極甘い蜜に他ならない。
★さらに、SNSといった産業はGoogle Mapを始めGAFAは軍事産業化してしまっており、その中心はいずれもアメリカ国防省筋である。とは言っても、著者はたくさんGoogleにFBとか使っているが。
③しかし“文化とは不合理なもの
その不合理は自ら招いているもの”なのである。自由市場(資本主義)経済の商品とは、この文化の上に成り立っている産物(方式)であって、人民公社や配給ではない。個別企業の経営者は、その地域やその時代の文化を見極め、文明Civilizationを取り入れ進展に頼ってこそ事業に成功してきたのが歴史なのである。確かに、“自ら招いた不合理な文化”を基盤にした商品であるから、所詮は不完全な方法で解決するための商品を創造するのであるが、それは文明Civilizationを取り入れ進展した文化水準に支持されなければ、新商品として普及することは考えられないのだ。極めて科学的技術的で合理的な商品といったことだけでは売れる訳がない。いわゆるイノベーションで成功する経営者は、商品だけでなく文明Civilizationに裏打ちされた先駆的先進的仕事の仕方を導入している。
④全体主義者の傘下で軍事産業を営むとか生活配給物資を納入するとかいった事業は
先に述べたような文明Civilizationを取り入れ進展した文化水準に支持されてもいないから、自由市場(資本主義)経済では存在する意味すらない。だから当然の結末として、経済の仕組みや様々な商品は、固有価値を失い、自由や希望に資する価値も失い、人々の意欲を失わせる結果を招くのである。いくら年金・医療その他物資といった、“厚生事業”を充実させるとする夢物語を語ったとしても、日本の年金制度のように白昼夢でしかないのである。希望を失えば意欲は減退、様々な意味で貧困となれば様々な犯罪や秩序の裏をかく行為が横行する。全体主義者は、なんとかこれをコントロールしようと、現代ならばICT機器やスマホを使って誘導しようとする(戦争中なら覚醒剤)。けれど、全体主義者自らの秩序というものの裏側末端での無秩序とか健全な道徳や身体の例え話に対する堕落が目立つから、所詮無理があるのである。もちろん、軍事産業を営むとか生活配給物資を納入するといった事業者個人の能力とは、国が集めた税金とか集められた投資資金を、ただ単に円滑に消化する職業能力しか持ち合わせがない。ちなみに大阪中心部の“谷町界隈”は、明治時代に大阪城の陸軍に隣接していたため、軍服関係の衣類繊維産業の地であったけれど、終戦とともにそういった職業能力の経営者は一気に姿を消し産業の中心も船場へと移り、いまはマンションが林立する住宅街だ。
⑤没落中間層が急速に増え、大阪では一大政治勢力にもなっている。
日本の没落中間層の特徴は、例えばアメリカと比べれば保守的秩序といったものは全くない。したがって、ほぼ完璧にICT機器やスマホを使って誘導されている。ことに大阪市内は一極集中の政策によって「大阪市内」は周辺衛星都市と比べ経済陥没した。そこに登場した政治勢力は新風でも政治結社でも何でもない、利権集団の過激派で構成されているに過ぎない。
表向きの政策の裏に“身内の幹部やスポンサーの利権”が一体となって付きまとっている。この過激利権集団の道具が、“議会制度であり民主主義であり地方自治制度”なのである。筆者も何年も前に保守系からの依頼があって、経済政策立案に協力したけれど、結局彼らは“身内の幹部やスポンサーの利権”といった本性を現したのだ。そのときに協力した保守系の人たちは、完全に元の鞘(保守)に収まっている。「清廉潔白・品行方正な保守」の色彩が一段と強くなった。
それに対して、この過激利権集団は、
「“スキあらば抜け駆けする、寝れば寝首を掻く”」
といった人物の集まりである。支持者とか運動員のターゲットを「没落中間層&自律心が弱く依存症が強い者」に絞っている。生活自体から焦りが見られるからICT機器やスマホを使っての誘導に乗せられやすい。彼らの話題はもっぱら経済政策に関係して、実際に筆者は聞かされた内容は、他人の批判や文句ばかり&意気込みと称して日露戦争の軍事作戦の解説まで聞かされた。
【3つの労働分野=労働分野 Art域 スキル技能 パフォーマンス職人技】
| 幸せになる権利 | 私的利益・満足=厚生 | 他人より有利な地位利益 |
| アートArt域(技術) | スキル(技能) | パフォーマンス(職人技) |
| 想像・創造する権利 「創造・独創・時空・結合」 |
労働力商品 &労使関係制度 |
特許権、著作権、版権、 「発明・時系列変化・組合せ」 |
| 芸術性(意欲・感動さらに 人間関係での希望) |
生命維持性 (意欲・感動) |
虚偽意識内の希少性 (意欲・希少性や複雑な感動) |
| 創造の主張を認める文化 =固有文化価値 技巧の中に法則性保持 |
人的機械的技術に依存 =効用価値 企画の法則性に限る |
発明・曲芸の領域の希少性 審美追求主義の優位希少性 ビッグデータでの情報希少性 |
| 5次元の思考 X・Y・Z+time+Connect |
2次元X・Y もしくは3次元X・Y・Z |
3次元X・Y・Z もしくは4次元X・Y・Z+time |
| アート 有形無形の完成品 |
スキル 企画による組織労働 |
パフォーマンス 単独で労働される |
§VR(Virtual Reality)バーチャル・リアリティ=その職業教育に役立つこと
VRの技術は1962年に開発されたとされている。
それはオリジナルな現物・実物ではないが、機能としての本質は同じであるような環境を、五感を含む諸感覚に対して、理工学的に刺激することにより造りだす、技術およびその体系であった。当初は軍事関係のパイロットや降下部隊その他の訓練に使われた。それが神経科学・脳科学・心理学を含めた研究の進展と開発で、「没入感」ととともに強い心理効果で脳細胞部分に知識と記憶を刻みこむに成功したのである。そのことで脳卒中の後遺症とか義手義足のリハビリ、PTSD患者とか鎮痛剤の代用品といった医療関係などにも応用され始めている。VRと(有機的無機的を問わず)ロボットとの結合も実証実験が進んでいる。
¶身近に可能なVRによる職業教育を検討する
「AI人工知能に大半の仕事や職業が取られる」といった幻想よりもVR教育の方が、直近の身近で現実だからだ。
とりあえず、身近に出回っている機器により、可能な分野、VRの限界その他について具体的に提示する、ここでは論理構成に集中してしまうと、VRのような新技術を使っての着想は、「スキルやパフォーマンスといった労働力」に固執している人にとっては難解だからだ。
さて、少しだけ前置きの説明をすれば、
ギリシャ時代のArtとは“まるで鏡のような実物の写実”といった概念であった。それはルネサンスまで続く。その後は少しずつ変化はするものの、写実から離れる傾向はあった。突然に「写真photo」の発明でArtの概念は大激変する。また例えば、絵と音楽と詩が重なりあえば小説から歌劇が登場し、映写機の発明で映画が登場した。その映画もカメラ位置固定から→レールの上の移動カメラ→重機の先に取り付けたアングルや焦点を変化させるカメラへと変わる。ここでは20世紀以降に登場した様々なコンパクト化技術(発明品)があらゆる場所で活用されるに至った。戦後になれば芸術家やArt域労働によって商業・サービスその他に広まり現在のICT産業革命を迎えている。ところでパフォーマンスの範疇である技能や芸能といったものは、現代の技術水準に比べ古い伝統様式のものである。
¶“VR技術の入り口”は神経科学・脳科学・心理学の発展
によって無機物的な技術が有機物技術に浸透することとなったわけだ。
かといっても、今のところ人間しか持ち得ない能力として“文化なるものは不合理性を含むもの”だから現存をしている。
すなわち、新たな着想などの能力といった、5次元思考(X・Y・Z+time+Connect)に見られるような思考パターン。それは、異なる角度からVR技術を説明すれば、
①「絵」などによる色彩表現、
②「音」による空間表現、
③「詩」などの時系列表現
といった表現・脳内模倣・共感(共感作用&共感精度)に関わる表象の重要な三要素については、今から当分の間は“人類の普遍的能力”という未知の物事として扱うしかないのである。この①から③はVRでは出来ない、人間が有能な労働能力でもってプログラムするしかないのだ。ちなみに、新商品開発、組織や技術イノベーション、真実の芸術的労働は、(5次元思考&表象の重要な三要素」よって行われている。こういった有能な労働能力の醸成基盤は、せいぜい「高い天井の広い部屋」に住まわせ、日ごろから瞬時に周辺までを見て全体を把握する練習程度の人類経験則でしか解明されていない。むしろ世間一般では迷信も神業も混同して思考停止に等しい。
したがって、要するに、既存の労働能力醸成基盤の限度の範囲で、
スキルやパフォーマンスといった労働力(労働能力全般の中の一部分)は、徒弟制度、OJT、off-JTといった煩雑で長時間を要する職業教育に比べて、VR教育は早くて充実しているというわけだ。ただ個々人の持つ能力醸成基盤をはみ出してしまっているようなArt域労働における“5次元思考”の訓練を、受け皿もないのに無理強いしたとすれば精神疾患を引き起こしてしまうかもしれない。それは、中毒症状とか共同体生活の文化からハミ出す個人行動によって引き起こされる社会的コスト増大となって現れると専門家は指摘している。その指摘はあたかも、文明Civilization進展を肌感覚で認知できない個人がフェイクニュースや反社会行動に陥るようなITネット弊害と同様のものでもある。それは、新しいコミュニケーションのための道具が登場するたびに悪用されるとか、現代というフェイク情報とか詐欺の道具に使われるという懸念が繰り返された経過と同様である。
歴史は、自由平等のための社会共同体の形成とその充実=文明Civilizationよって、そういった経過を消滅させてきた。
¶たとえそれを技術的側面にのみ限って歴史を振り返ったとしても
・同じ人類文明でも“過去・現在・未来”を区別できる言語を持つ集団(インド・ヨーロッパ語族など)は、道具や農耕牧畜の技術を磨き上げ、その末裔は世界に浸透した。
・ソクラテスは文字の普及によって読み書きができるようになると、人々の記憶力が低下すると恐れた。
・中世の絵画では、はしゃぐとか微笑む(モナリザの微笑)とか、非写実空想的な物はグロテスクとされた。カトリック教会の陰に隠れ“グロッタ”という庭施設で造られた。
・イギリス名誉革命におけるジョン・ロックは、大量枚数を印刷する印刷機が登場すると、そういった印刷物で迷信や悪事が広がると恐れた。
・19世紀には、小説を読むと現実と作り話を見分ける能力は劣化すると考えられていた。
・映画館の画面から、向かってくる電車が映し出されると、ひかれる瞬間?に人々は椅子からのけぞった。つい70年ほど前の白黒映画館での、“いつもの出し物”だった。
・白黒テレビが普及すれば青少年の白痴化が進むと懸念されたのは、つい60年ほど前の日本の姿であった。
*1.スキル(技能)に該当するVR教育
マニュアル教育と比べ格段のVRソフトが誕生し、それは集団教育から→個別教育への転換が図れることから中途採用者教育に向いている。VRによって、その「没入感」ととともに強い心理効果で脳細胞部分に知識と記憶を刻みこむことが最も効果的である。
しかしながらVRソフトでは相対反応は期待できず一方的であるにすぎない。Art域労働の能力を持つ人物がVRソフトの作成プロデュースをすればスキル教育には有用なVRソフトを作ることができる。
そしてVRソフトによる学習の時間帯は、深夜時間帯の短時間に海馬から大脳皮質に組み込むことであるである。一般に普及しているヘッドセットでは装着感も悪く目の前数センチの画面に焦点を合わせるために、眼精疲労を起こしやすい。
ちなみに、幼少の頃からのスキル(技能)教育は殆ど無駄ばかりであり、それよりも能力醸成基盤限度の広さと深さの範囲内で、VRによるスキル(技能)組み込み質量は定まる。
子供の頃や青年期には「高い天井の広い部屋」に住まわせることのほうが重要で、地方での暮らしの方がよっぽど可能性を持たせられる。地方であれば、デジタル世界を歩き回り真の没入感を味わえる“ひと部屋サイズ”のVRが設置できるからだ。
*2.パフォーマンス(職人技)の次元を高めるVRソフト
とりわけ、その「没入感」ととともに強い心理効果で脳細胞部分に知識と記憶を刻みこむことが最も効果的である。パフォーマンスの技量は、およそは複雑な順序や段取りといったものであり物理的な課題である。今の世間では、これを才能の無さと錯覚する人が多いのである。
技能の動きを習得するには21日間の継続(途中1日のサボりは可能)練習を少なくとも必要としている、高度なものは66日間の継続練習を要するとの実験データが主流である。習得技能の種類によって練習時間は異なるけれど、1日1回を必ず行うことが重要となる。“とりあえずは”と言って、むやみヤタラに練習を重ねることは精神的肉体的疲労の蓄積ばかりである。これをやめて、VRソフトから受け取る感覚と動作を発見することが(職人技)技能習得の最初のコツである。
ここから目的を明確にした意識的な練習の展開が始まる。例えば楽器の練習は極めて高度であるが、世界一流の人物がプロデュースするVRは極めて効果が高いと予想される。それは現在でもYouTubeなどによっても、「超一流の演奏家のフォームと艶のある音色」を読み取る以上でもだ。
加えて素人の機能障害も防ぐことから、VRソフトの五感を含む感覚の教育には目覚ましいものが期待される。そもそもパフォーマンス(職人技)技量の習得は、絵画・音楽・詩とその複合物を使った芸術(「意欲感動希望」のレベルに達する)の技術面を組み込むには不可欠だからである。
そこで、意外な例として取り上げるが、アバターを使ったSexVRの技術的見本はこれだ。
(この分野は、経済学者ならば実は避けて通れない学問分野であるが)
=現場は劣化の極みであるポルノ産業は、だが最も資本投下が少ない業種であるけれど。
https://youtu.be/y9TJLBAKnLM
https://www.bing.com/videos/search?q=VR
このVRように、顔の表情とか身体の仕草といったものをアバターに組み込んでも五感を含む感覚を伝えることができる。下手な人間演技表情よりもアバターは有能であるとの学術研究結果の応用だ。そのうちに、肉体生理機能を伴う顔の赤らみ或いは心拍数が組み込まれるのも間近だ。このアバターの細かな表象を習得すれば“売春技能”は自宅でも習得できポルノ労働者の技能は成長することは明らかだ。だとしても本気のオーガニズム体験は得られないから所詮はVRソフトでしかない。
そのことを、映画監督の佐々木正は、“目合い(まぐあい=思考を落とし、見つめあい、気持ちを言葉にして、自らを明け渡すセックス体験、生殖行為は重要では無い)”といったような、“つながり合うこと”が体験できなければ、快感の刺激を求めていつまでも不倫し続けていることになる。」と語っている。
そして、実物でないと得られない最も重要な要素は共感作用&共感精度であり、
1.言葉を合わせ
2.仕草を合わせ
3.呼吸を合わせる。
といった行動が、行為の前段階から行われること(友達なるときも同様)が、心理学では定説法則になっている、それは人類経験則しかない。
【Loveliness in a friendly manner(日本語翻訳不能)】といった西洋キリスト教概念は、実物でないと得られない最も重要な要素の範疇と考えられる。
*3.VRで有機物人間ロボット化が早い?産業のロボット
とにかく、無機物の機械を使ってのロボット化は開発投資が異常に高くなる。
だから、異なる文化だから固有商品の価値は劣り低いものの、どの国も安上がりの外国人労働力を導入しようとする。
★人間有機物ロボット___
人々でも個人でも彼彼女らを、スマホその他のオンラインに、もっともっと縛り付けることで操縦可能になる。
これに感覚的な反発をする彼彼女らでも、人間は自分自身の社会的知覚を頼りに来ているから、この知覚をコントロールすれば操縦できるであるのだ。
★(それが錯覚にせよ)哲学者ゲーテは、
「自発的な依存こそは、最もうるわしき状態である」と見通している。
依存症の人は苛立ちやすく、自分が置かれた状況に於ける夢を募らせる。自分は恵まれていないと感じ他者から認められたくて仕方がない。人は依存が深まると、現実の世界や生身の人間とのつながりを徐々に失っていく。そして更にスマホその他のオンラインに依存するようになる。あげくに客観性で物事を見ることができなくなり事実関係性も解らなくなる、そして彼らは有機物人間のロボットと化すのである。「半グレ集団」のボスが操る末端売人や受け子といったような者もその典型である。彼彼女らがDV加害者や反社会勢力の被害者と異なるのは、彼彼女らは精神的圧迫や暴力による洗脳ではなく、自発的な依存でもって有機ロボットに育成していることである。
★加えてそこでのストレス解消メカニズムも整う
例えば、うつ病患者は自分自身に極めて厳しい。他人に対しては発揮できる忍耐や寛容を、自分に対しては出来ないケースが多い。そこでVR世界での“仮想の子供”を体験させたところ、自分自身への思いやりが極めて大幅に増大した、こうすれば益々依存症は強まり、彼彼女らは有機ロボット化する。
★日本企業のNECは
スタンフォード大学に資金提供して、身体の左腕と右腕に加えてVRによる第3の腕を出現させて生産性を向上したという実験を済ませている。
★一般的に育った人間有機ロボットは、
未来のパフォーマンス(職人技)の労働者として、行動経済学でいう満足を味わう。その満足とは周囲の他人と比較して得られる、“つながり合うこと”が存在しない孤独な感覚である。
☆ちなみにVRでは叶わない“幸せ”とは…他
=社会や集団の中で自由拡大を他人と“つながり合うこと”を通して認識する状況である。ここで言う“自由”とは=生活全般にわたり、自らが希望する他人に対する特定の人間関係を、労働生産や消費その他生活行為を通じて自由を感じ取ること、その場合には義務(ルール)も自由として感じられる概念である(ジンメルが発見)。それはアドラー心理学や行動経済学に引き継がれている論理展開でもある。「恋とは自由の拡大であり、愛とはその充実である」とされており、自由が保障されていない恋愛は虐待とされている概念だ。
*4.Art域の労働全般能力はVRで飛躍する
Art域の労働が作り出す商品には、体験でしか理解できない要素が圧倒的支配的に含まれている。それは言語や言葉で説明すれば錯誤を犯す。もとより言語や言葉で説明できるのものでは無い。体験が重要な基本パターンは
①「絵」などによる色彩表現、
(服装は絵画、それはデザイン向上力。アクセサリーはアクセント装飾技)
②「音」による空間表現、
(リズムと拍子は異なりリズムは話し上手。メロディが品質を決める。小節の間合いで伝達)
③「詩」などの時系列表現、共感作用の物語、
(それは品物の意味を語る。地味に、地味に、最後はあでやかにまとめる、それが基本)
__といった表現・脳内模倣・共感(共感作用&共感精度)に関わる表象の重要な三要素についてである。①~③の具体的な手法は、中堅中小企業で導入されている事例が多い。それはともかく、
「真の芸術性の要件である“意欲・感動・希望”のセットが存在するから活き活きとしてくる」
__のである。
「本物の芸術に触れれば、人は計画的な行動を起こす、そのために学びもする」
__とされる。Art域の労働あるいは本物の芸術的労働と「スキルやパフォーマンスといった労働力」産物との見極めは、未だこういった人類の経験則しか存在しかなかった。が、しかしながら、受け止めている表現=表象は、脳内模倣・共感(共感作用&共感精度)のプロセスを経ていることは神経科学や脳科学で解明された。
イ)Art域の労働全般能力の発揮は、VR技術により、守→破→離の各段階を踏むのではなく、守→破→離の各々をVR教育によって行うことができる。ところが詳しく深く見てみると、天才とか芸術家とかイノベーション事業家は、守→破→離とは異なるプロセスで、その能力に到達していることが分かった。むしろ、スキル技能、パフォーマンス職人技、Art域の労働全般能力が全く別々のものとして取り組まれているのであった。では必要な技量はいつ身に付けたのかというと、守→破→離の順序ではなく、必要と思ったときに各々が身につけていたのだ。それは、仕事の分量とか作業の分解といった思考パターンが定着するにつれて、自由平等の社会共同体を基盤とした文明Civilization進展とともに、守、破、離は独自成長したことが歴史から読み取れる。
ロ)Art域の労働、スキル技能、パフォーマンス職人技、これらは別分野の能力だ。段階を置くのではない、Art域の労働は直に飛び込むと上達が早い、段階を念頭におけば粗悪な品質でしかない。それが国家資格などでも力量の差に表れる。
ハ)ことに、Art域の労働全般能力を発揮する場合の技量を見つけるには、VR学習を使っての、こういった重要な表象の三要素の身体化認知は有効とされている。それも動きで認知するだけでなく改めて、出来る限り口頭で説明する訓練が重要であることもわかった。
ニ)Art域の労働には時間の量にかかわりなく、質のよいコミュニケーションを必要とする。そこでの作業には、需要側との“相互同期性の質の高さ”が非常に重要となる。その質の良いコミュニケーションとは非言語行動による相互同期性のあるコミュニケーションであることが1970年に心理学者コンドンにより発見された。
「話し手は身体の発する言葉に合わせて踊る、さらに聴き手の身体も話し手のリズムに合わせて踊るのだ」(=心理学でいう模倣)とコンドンは記した。その後、ここでのリズムの遅れる人たちは、行動や作業にミスが多いことも発見された。(ちなみに、戦後しばらくして松下電器産業=パナソニックは、ベルトコンベヤー労働者に“北海道民謡のソーラン節”を踊らせてリズムをとった)。
ホ)アーティストあるいは熟練者に至らずとも、Art域の労働全般能力を発揮しようとする人であれば、VR収録は“黙々と語りながら行い”、それは決して説明にはあらず。なぜならVR収録の撮影側の“Artstカメラ位置”こそが遥かに説明語学力を超越しているからである。これがVR技術による“共感Empathy(共感作用&共感精度)の力を高めるための方法である「視点交換」なのである。
ヘ)筆者は実際に自分でやってみた“Art域の労働全般能力”の自己育成
(練習や研究に費やす根気も体力もないが、高質結果の習得効率は高い)
熟練を要する技量練習はリズミカルにし、21日間の練習を継続する。
物理的に神経科学も含め解明できる、練習量や才能ではない。
記憶に刻む物事は、睡眠前にリズミカルに暗記する。無暗に練習研究しない
頭脳は出力重視の癖があるから、体でも口でもリズミカルに表現する。
好奇心を持つことは、頭脳での高速計算処理を可能とする。
音楽のリズムrhythmと拍子timeは違う、小節ごとに間を入れリズミカルに。
早いリズムは、貧乏ゆすりをヤッてリズムを安定させる。
VR技術やIT機器の使用では運動機能が委縮し、物理的動作フォームが出来ず、
頭痛・腰痛・肘や手首痛を生じる。投薬や鍼灸ではない医療範囲だ。
ストレッチ体操では改善を図れない。障害部位に集中するストレッチだ。
整形外科医と連携して個々人にあった手法を探すことだ(骨に痛みはない)。
頭痛個所や小指第一関節にまで行き渡らせるポーズを自ら発見することだ。
(動画例)
https://youtu.be/2FbLP9mQRI4
§Art域労働=芸術労働の要件要素には、「労働力」とか「希少価値」とは異なる概念の存在
| Art域労働の、定義、特徴、その現象 | Art域 | スキル | パフォーマンス | |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 無意識におけるパターンの認知作用により、 | ○ | ― | ○ |
| 2 | そして、Art域労働の行為は、目的意識的に計画的である。がしかし 無意識におけるドラスティックな進化でなく革命的な行為であって、 他人に対し、それも個々人ひとり一人ごとに、影響を与える。 | ○ | ― | ×有意識 |
| 3 | その創造力、発明発見、創作とは、他人に対し その所見の表現が学問的科学的計画(希望に通ずる素)を 生じさせるところの、共感Empathy →共鳴を与える。(神経科学) | ○ | ― | ×秘匿性 |
| 4 | 五次元思考~X・Y・Z+Time+Connect結合~で以て、 脳科学や神経科学で解明されている共感作用&共感精度であって | ○ | × | ×非共感 |
| 5 | 「音」による空間表現、「絵」などによる色彩表現、「詩」など時系列表現を、論理学では解明できない分野の方法を用いて | ○ | ― | ○ |
| 6 | 細かな物質的モノゴトの配慮を用い、形態とは意識され難い作用を、 もっぱら個々人に対して大量に与えている行為、その存在を認識。 | ○ | × | ×希少性 |
| 7 | このArt域労働が、従前は明瞭行為ではなかったし、この労働価値は貨幣に限られた交換には値しないとされてきた労働能力であった。 | ○ | ― | ×銭目的 |
| 8 | 世界経済の再生には、Art域労働が重要なカギを持つ。 個別企業では先ず幅広く薄く進めるだけでも事業業績が伸びる。 それは、スキーマに最も作為されない中高年女性労働がカギになる。 | ○ | × | ×隠匿性 |
| 9 | 既に、人手不足解消とか、素早いフィードバックでの早期利益を確保 それは、行動の前に完璧な知識を求めず、新規商品開発に向かう。 | ○ | × | ×希少性 |
| 10 | 市場主義・資本主義の要とは、次の3要件となる。 ①自由平等思想、 ②自由の基盤である自由市場、 ③自由に横行できる、(個人番号等で)捕捉されない貨幣制度。 | ○ | × | ×非市場 |
| 11 | 遊休使用価値商品に、貨幣価値を超える交換価値を蘇らせる。 交換価値の無い建造物にも、使用価値の蘇りを可能とする。 | ○ | ― | ×銭目的 |
2018/09/04
第197号:何処も 笛吹けど踊らず、それともブラック企業の蔓延か
<コンテンツ>
・合理一貫性&事実一致性で見抜かなければ、「旨い話」に乗せられる。
・経済経営学の原点とは、物事を見抜くこと&アイディア創造にある。
・Art域労働=芸術能力要素育成と賃貸型賃金形態を折り込む
・子供たちの読解力が低下しているという話
【AI等の甘い未来予測には、大間違いがある!】
・「働き方改革」が平成30年6月29日、可決成立。迷走する政省令の作業へ。
問題点のポイント そのポイントは、何を意味するのか。
……実務家とか識者からすれば、実のところはこうだ
【長時間労働の是正】
【中小企業の割増賃金猶予措置】
【年次有給休暇の時期指定付与】
【労働時間の、状況把握】
【勤務時間インターバル】
【その他、高度プロ、フレックス、産業医、同一労働同一賃金】
§合理一貫性&事実一致性で見抜かなければ、「旨い話」に乗せられる。
実体経済は深刻である。
ありとあらゆる投資は進まず、新商品の開発は停滞し、豊かさを実感することはできない状況だ。これを実体経済の不況というわけだ。
これは世界的に進んでいることも確かであるが、大枠で見れば生産性を増やし→供給を増やし→豊かさを増加させることで→さらに生産性を増やすといった好循環の、真逆の悪循環を起こしているからである。
マヤカシやウップンばらし、世界中が、こればかりである。
〔 日本で言うならば、〕
★ここ5年余りであまりにも就労者が減ってしまったから失業者が減っているだけのこと。
★雇用不安政策を激しくしたものだから、消費の低下、賃金ダウンにより商品供給しても需要する購買力がない。賃上げ要求も起こらないのが現実の末路だ。
★法人税や所得税の税収ダウン、社会保険料収入の制度的低下で国家財政は回らなくなった。
★国債の不正流用で紙幣流通量を増やし物価高を狙ったが失敗、株価を保ったが、円$崩壊の危機は先送りで激烈となっている。
★ウップン溜まって目先に走り、マヤカシにも乗せられ、生活不安を煽られて甘いスローガンに乗る人が増える。そんなレールに乗せられるから、新商品の開発は停滞し、生産性は落ち→供給は減り→豊かさも減る。あげく、人間の最も大切な再生産である子作り子育てまで落ち込む。
ところが、経済や経営学の視点から見れば
ICT産業革命の転換点であるから、社会や経済の病的現象は生じる。ところが、実際に病気になったり、熱病になってしまっては没落・崩壊してしまう。~全体主義といったことになる。
そこでの、個別企業や個人の解決策は、
儲かる一方で、損をするといった封建時代の迷信では無い。傾向と対策では限度がある。
「誰もが経済成長し豊かになるための理由と方策」といったものを考える、この経済経営学の原点に帰る必要がある。
#1いわゆる時代の支配者の論理代弁、また知ったかぶりぶりして冗舌にはなるが、話はTVと同じ。
#2これに抵抗する運動のための論理構成、それが単なるウケ狙い論理であることに気がつかない。
#3政権執着のためのマヤカシ理屈、生活が最も不安な階層に受ける甘いスローガンを思いつくだけ。
#4ただひたすら世間のウップンを表象する迷信や世間に蔓延る気のない話、
……およそこういったものの類は、一目で経済経営学ではない。
さてそれは、
不思議なのか偶然なのか、そういったエセ論理は、合理一貫性があるものの、事実一致性が欠けるのである。このポイントで見分けられる。
≪ 少し解説すれば ≫、
ガリレオでお馴染みの天動説と地動説が解りやすい。天動説はローマカトリックで考えぬいた挙句の学問的であり合理一貫性が貫かれていた。ところがガリレオは望遠鏡をのぞいて星の動きを研究したところ、それが事実と一致しなかったのである。「事実と一致しない」と言っただけで、その瞬間、未だガリレオは地動説を口にするには至っていなかった。ガリレオは宗教裁判(ほぼ迷信や世間体)にかけられた!という次第である。
この合理一貫性&事実一致性が世界で意識付けされたのは
ニュ―ルンベルク裁判である。ナチスドイツ戦犯容疑の将校が共通して力説するのは、「私はユダヤ人を貨車に詰め込む指図や命令をしただけで、ユダヤ人虐殺には関わっていない」との主張だった。確かにこれは筋の通った話であり、容疑とされる言動だけを見れば合理一貫性がある。ところが裁判官は、「その戦犯被告は、貨車の目的地は強制収容所であり、虐殺の目的で貨車に詰め込み移送をしているものであることを、被告自身が知っていたから有罪である」との法廷法理の判決を下した。「知っていながら」とは民法で言う悪意のことである。すなわち、ナチスドイツの戦犯容疑など弁護の論理構成はことごとく成り立たなかったのであった。このニュールンベルク裁判の法廷法理は、直後の日本の東京裁判に影響を与え、たとえ弁護人が雄弁に語ったとしても事実一致性に欠けることで、弁護が成り立たなかったのである。これこそが事実に基づいて物事を見破るということである。今で言う証拠万能主義を排除した「客観的合理的」ふうな概念となる。
§経済経営学の原点とは、物事を見抜くこと&アイディア創造にある。
(長々とお持たせしました)次に示す一覧表は、その例示である。
新商品、経営管理、仲介販売、学問、芸術などといった、「労働の成果が個々人に対し影響を与える」こととなる。最も利潤率の高い労働(Art域労働)を分析したものである。哲学とは、父母子といったふうな人間が3人寄れば、意思疎通に必要となる一般向け論理である。それとは違い芸術や宗教(但し団体教義に非ず)は個々人に対し影響を与える論理学では解明できない分野である。むしろArt域芸術労働と市場取引は、「自由がなければ恋愛はできない。自由のない恋愛は、単なるDVドメスティックバイオレンスそのものである」と言われる倫理観に近似している。新商品、経営管理、仲介販売その他は、“哲学”を用いて対応ができるわけがない。
ここまで見抜いて、アイディアを創造し→個々人に対しその所見の表現が学問的科学的計画(希望に通ずる素)を生じさせる、これが本物と言われるものである。
学問をする者はここまで必要である。ゴタゴタ事物を並べ整理整頓するだけでは職人技パフォーマンスにすぎない。“人事評価”の英文訳は performance!要するに品評会である。
先日の9月2日京都で、筆者が経済系学会に出した書面発言用 discussion paper のPDFがこれである。
20180902_discussion_paper.pdf
この学会でも総括議論は、ジョン・ロックの労働権所有、その市場性と市場から排除される労働権、職能資格能力主義の曖昧論調の弊害などにも及んだ。この discussion paper は極度に難解なことは確かである。けれども読者のみなさんご安心を、大学や大学院教授といっても、職人技パフォーマンスには長けていても、こういった社会人学者の議論にはついていけない先生方は多い。これが今の官僚たちに翻弄されてきた大学教育の姿だ。ところどころでもピンとくる社会人の貴方とは異なるところだ。
Art域労働=芸術労働の要件要素には、「労働力」とか「希少価値」とは異なる概念の存在
「―」は労働過程で考慮がない。 「×」は、その該当する労働過程では否定をする。
¶Art域労働=芸術能力要素育成と賃貸型賃金形態を折り込む
例えば、
(労働時間とは別建ての月額2,000円~)
パートタイマーといえども、
年間や月決めの給与手当に、
Art域労働の貸借契約要件を含める。
他人や社会への共感作用と共感精度
の程度を正当な労働能力と認め、
その職能資格給を支払う。
≪色彩表現≫服装は絵画、アクセサリーはアクセント装飾、それらはデザイン力向上
≪空間表現≫音楽リズムは話し上手、リズムと拍子は異なり、歌が仕事の品質を高める
≪時系列表現≫詩は共感の物語、それは品物の意味を語る。コンテンツの芸術的表現
(表現の展開は、地味に、地味に、そして最後は艶やかにまとめる、それが基本方式)
§子供たちの読解力が低下しているという話
実際に使用されたテスト問題がこれだ!その一部と結果を示している。
さて、これを、あなたのお子さんは、職場の若手は?
~すぐに正解は出せたでしょうか?
______
これについてのさまざまな原因は、学習塾での一辺倒な受験勉強、スマホやネットで能力低下、ゲームばかりで本も読まなくなった、大人に混じり話を聞いていない、といった様々な仮説とか実験結果が出ている。けれども決定的なところまでは分かっていない。
そこで私が思うのは
【AI等の甘い未来予測には、大間違いがある!】
★スキルやパフォーマンスの労働力発揮にまつわる、非人間的な悪夢到来!
それは、スキルやパフォーマンスの労働分野がAI人工知能に取って代わられるのではない。
VR仮想現実、電子DATA通貨、資料蓄積加工機能、3D端末製作機などで、生身の人間が有機的AI人工知能人物身体として養殖される時代こそが先に来る。人間活動の最も重要な再生産である子供も、VR結婚~親から子への“転移”&幼少子育て~基礎教育に至るまで、個々の家庭内で有機的AI人物両親が養殖する。
有機的AI人物身体は、生きる上では「満足や厚生」に満たされる。学問のつまみ喰いも大いに利用され、そんな人物身体の大量生産を促す官僚主義も現れる。そこには、幸福を知る由もなく、幸福を体験する由もない。愛を要しないから、愛を知る人にはなれない。
(これらを、ナチスドイツの初歩的実験との結合?させれば?)
これらは因みに、脳科学や神経科学という知識が「もろ刃のやいば」でもって人間性を絶たれるからである。AI投資額に比べ、人間の人物変質経費は、安くってコンパクトで家庭的なので、社会問題化せず進行する。
だが、これらに抗して、「人間性たるカギは、『愛を知る人』のArt域労働による」との学説がある。…それは後日。
「自由がなければ恋愛はできない。自由のない恋愛は、単なるDVドメスティックバイオレンスそのものである」と言われる倫理観とも、真っ向から対立する。
§「働き方改革」が平成30年6月29日、可決成立。迷走する政省令の作業へ。
ところが、シビアに問題点のポイント見てみると
民間経営者・企業や労働者を代表する諸団体の切望や解決策に耳もかさず、内容と裏付け根拠のない「人気取り話題」を提供しただけに、「働き方改革」の形成は終わっている。だから、多数決で国会成立を押し切れたのだが、実務専門家や研究に携わる学識経験者はこぞって、内容そのものを相手にすることはなかった。同一賃金同一労働も話題から消えた。
¶問題点のポイント そのポイントは、何を意味するのか。
1.近頃は影の薄くなった人事部門や総務部門は、「働き方改革」を、閑散となった部門の仕事ネタ程度に扱っていることは否めない。ことに大手企業は、それに掛る暇さと、部門の影の薄さはは否めない。
2.個別企業でボロボロ吹き出る人事労務の制度矛盾やトラブルに対し、この「働き方改革」を通じては、あまりにもの幼さから、識者は実務経験や研究成果での対応をしていない。躍起になっているのは、行政官僚も資格者も人事担当者も素人ばかりである現実は否めない。
3.そういった個別企業における人事や総務部門の実施主体の弱みが生んでいる事態は、すなわち輪をかけて社内のモチベーションを下げる事例と傾向が多発している。これも肩書きがあっても、やはり素人のなせる業である。
4.要するに、年功序列型賃金、職能資格賃金といった過去の人事体系改革に現れた、個別企業各々のモチベーション意欲や改革改善といった、前向きの体系施策が働いていないのである。それは形骸化の目立つ素人企画だから、収益性、生産性、労働意欲、効率性といった経営4要素の足を引っ張る結果となることは否めない。
¶……実務家とか識者からすれば、実のところはこうだ
「『働き方改革』では、混乱しか招かなかった」といったふうな認識が、なみなみと底流に流れているのである。
それは、行政側の労働基準や職業安定その他の行政最前線職員にも共通している。
だから、
実力ある経営側の評論家も、労働現場の肝を握る労組幹部も、ジャーナリストもが
「とにかく『名前と内容が違う』と言い放っている。法案では影の薄い『多様な働きかた』の美辞麗句の裏では、正社員の減少、非正規の急増、所得格差の拡大、不毛な労働による過労死などで、『世の中の安定した生活や生きがいまで奪っている』との認識」これを、一般社会にも持ってしまった。
そういった現状が、出来上がってしまったと見るのが妥当なのである。
従前の人事制度が労働問題大改革の時代に比べ、全くと言っていいほど経営者側の賛同が少ない。多くの有能な識者の賛同はおろか反応すら少ない。確かに、野党とか労働組合というものは、「文句と不毛な批判」の表現方法が常である。
その真意を読み取り、経営者側との合意調整を従来から行政機関は成してきた!
しかしながら、
今回ばかりは低迷する日本経済の先頭を走る一部大手企業、+政府歳出と公共事業に群がるハイエナ企業に、エールを送ってもらう演出を首相官邸が行っただけにしか見えないのである。ここに、“大本営”如くの日本全体のモチベーション崩壊を誘発した責任がある。
「アホくさ!」といった経営者や労働者の心理は、経済改革とか発展の足を止める。
それでは以下に、法改正の主要項目ごとに、筆者の見通しをコメントしてみる。
最後尾までの期間がわかりやすいように、便宜上、平成年号使用。
【長時間労働の是正】
施行日は、大手企業は平成31年4月1日、中小企業は平成32年4月1日である。
そこへ、いわゆる3年間の“施行猶予期間”が加わることで、事実上3年間延長だ。
さらに現下の労働基準監督官の行動は、“刑事訴追を前提にせよ”といった本省からの指示で、事実上、行政監督の動きは停止してしまっている。
したがって、
よほどの理不尽な、あるいは死亡につながらない限り、本省とか労働局の「監督官に対する臨検許可」が下りない状況のようだ。ただそれは、労働者の意欲減退の毒を産む。
すなわち、長々と法改正の中身を分析することがなくとも、結論は明確だ。
“現状通り”であり、“監督署のトラブル対策は“金銭解決で済ませよう”なのである。
長時間労働時間を悪用、残業賃金不払い利用した、「商品とか業務のダンピング」が横行して、企業間の値下げ競争は激しくなる。
個別企業は正当な利潤率を確保できない社会問題は激化する。
【中小企業の割増賃金猶予措置】
施行日は、平成35年4月1日である。それまでに多くの中小企業は淘汰される。
月60時間を超える時間外労働の割増率が50%となる。週1の割合で設けなければならない法定休日の休日労働は除かれる。その他の休日とされるものは時間外労働の割増率50%に含めることとなっている。休日とは暦日の午前0時から24時までの24時間が労働から除外をされている日を指す。なお法定休日は企業横断して定めることを要する。
【年次有給休暇の時期指定付与】
施行日は、大手も中小企業ともに、平成31年4月1日である。
本人の有休請求とか企業の計画的付与を行えば、この5日の付与義務は消える。
ただし、有休買取は労基法違反であるとの法定法理が貫かれるから、実際に有給で労働者を休ませなければならない。パートや短時間労働者にも適用なのだが。
#お正月休みがなかった会社は、この期間に5日の付与義務消化~といった発想での法解釈が可能だ。
#稼働率の低いシーズンに5日付与、“仕事は通年の如くこなす”といった着想も。
#“とりあえず職場に存在していることだけ=出勤だけで売り上げ”といった,前時代的労働集約型の事業は、「改革の必要」がある。
#民法でいう「委任」とか、いわゆる委託契約の形で当座はしのげるとしても、その場合の品質低下による発注先との契約終了の覚悟は必要である。
【労働時間の、状況把握】
施行日は、大手・中小とも、平成31年4月1日である。
労働基準法による労働時間の把握義務は、過去にも無かったし今後もない。
労働基準監督官も、把握義務があるかのような話をしてきたし、素人風の社会保険労務士有資格者までが、義務があるかのような話をした。
裁判所の考え方は、
「会社は就業規則などで、労働者に始業終業の時刻把握やタイム打刻を指揮命令しているから、少なくともその分の賃金支払い義務がある」といったものだ。そして、「会社の指揮命令に基づく労働の有無が、黙認も含めて裁判所で容認されれば賃金支払い義務(会社の債務決定)がある」との審判を下す。
★だが今回の労働時間把握は、労働安全衛生法改正にて行われる。
現実には、監督所内でも安全衛生の課題は事務的に済まされる。
したがって、根本的な監督署の人員その他での体制整備が行われない限り実効性は弱い。2019年度から、「働き方改革推進支援センター」の予算枠内で、中小企業への支援体制として社労士や中小企業診断士を常駐させるとしている。ところが、ここで選ばれる専門家は、過去からの慣習・実体として事業主に“甘くささやく程度”のものとされているから、監督行政を行う訳では無い。もちろん、労働基準監督の如く専門的教育を受けた水準ではないから、彼らに力は無い。
ただし、使用者や管理職が、意味もわからず闇雲にタイム打刻を労働者に対し、指揮命令した場合は、それを「労働時間把握には該当しない」と会社が主張出来ないのは、自業自得としか言いようがない。
☆反面、書面にて残業禁止命令を3回通告をすれば、賃金支払の必要を無くす措置もある。
【勤務時間インターバル】
施行日は、平成31日4月1日。これは義務ではなく努めなければならないとの努力。
1日の一労働が6時間を超える場合、途中に休憩を入れる、これは休憩時間だけのこと。
労働日と翌日の労働日との間に、休息時間を設ける=インターバル。
諸外国労働法制の休息時間は11時間程度である。
「一労働日の残業終了時刻から、翌日の早出開始時刻の休憩時間」である。
「労働時間等の設定改善に関する特別措置法」の改正で対処されることになるがその中身もこれから決めていこうというもの。
一般の企業も労働者も労働組合までが、日本ではほとんど知らない休息時間の事柄である。
ケースA 某バス会社の実際に行っていた方式
・勤務シフトによると、1日目の終業時刻は23時50分、2日目の始業時刻は0時10分=この間の休息時間20分となっていた。
ケースB 夜討ち朝駆け
・深夜11時ごろに残業を終えた、翌朝7時には早出した=休息時間8時間となる。
ただし、倫理観の在る企業では既に、昔も今も休息時間を確保している。
……休息時間は、労働基準法に記載されることなく、“インターバル”といった名称で、突然あやふや浮上した意味不明のものである。
【その他、高度プロ、フレックス、産業医、同一労働同一賃金】
こういったところの法律改正は、
筆者からすれば“倫理観とかフェア公正手続き”から対処する視点が重要だと考えられる。
「高度プロ」は、それ以前の初歩的事態=採決寸前に厚労大臣が苦し紛れに「業務の裁量あり」と言い放ったものだから、政省令がどのように落ち着くのかは、相当の混迷が予想される。
≪倫理≫とは、
禁止や戒めの項目といった色合いが強いが、実は職業能力水準や基本的労働能力確保、日常生活水準維持の為のベースとなる手段でもある。
≪フェア公正手続≫とは、
違法行為を犯す(そのほとんどはなんらかの刑事訴追につながる)ダンピングとか、不公正競争や口利き優先といった事態を、排除する社会共同体維持または排除手段であって、あれこれと理屈を並べるといった善悪や倫理問題では無い。
それをあたかも、全体主義者たちは昔も今も、
「考え方の自由」だとか「自由の選択」の上にある事柄だと言いくるめるが、
あるいは、その言いくるめに乗せられてしまっていること自体が、それは単純なる社会秩序の破壊に過ぎないのである。それは、無節操な違法業者たちの横暴を防ぐといった、世界初の穀物取引所の規則であり、17世紀フランス市民革命当初からの資本主義や市場経済を維持するための保守的思考である。
・合理一貫性&事実一致性で見抜かなければ、「旨い話」に乗せられる。
・経済経営学の原点とは、物事を見抜くこと&アイディア創造にある。
・Art域労働=芸術能力要素育成と賃貸型賃金形態を折り込む
・子供たちの読解力が低下しているという話
【AI等の甘い未来予測には、大間違いがある!】
・「働き方改革」が平成30年6月29日、可決成立。迷走する政省令の作業へ。
問題点のポイント そのポイントは、何を意味するのか。
……実務家とか識者からすれば、実のところはこうだ
【長時間労働の是正】
【中小企業の割増賃金猶予措置】
【年次有給休暇の時期指定付与】
【労働時間の、状況把握】
【勤務時間インターバル】
【その他、高度プロ、フレックス、産業医、同一労働同一賃金】
§合理一貫性&事実一致性で見抜かなければ、「旨い話」に乗せられる。
実体経済は深刻である。
ありとあらゆる投資は進まず、新商品の開発は停滞し、豊かさを実感することはできない状況だ。これを実体経済の不況というわけだ。
これは世界的に進んでいることも確かであるが、大枠で見れば生産性を増やし→供給を増やし→豊かさを増加させることで→さらに生産性を増やすといった好循環の、真逆の悪循環を起こしているからである。
マヤカシやウップンばらし、世界中が、こればかりである。
〔 日本で言うならば、〕
★ここ5年余りであまりにも就労者が減ってしまったから失業者が減っているだけのこと。
★雇用不安政策を激しくしたものだから、消費の低下、賃金ダウンにより商品供給しても需要する購買力がない。賃上げ要求も起こらないのが現実の末路だ。
★法人税や所得税の税収ダウン、社会保険料収入の制度的低下で国家財政は回らなくなった。
★国債の不正流用で紙幣流通量を増やし物価高を狙ったが失敗、株価を保ったが、円$崩壊の危機は先送りで激烈となっている。
★ウップン溜まって目先に走り、マヤカシにも乗せられ、生活不安を煽られて甘いスローガンに乗る人が増える。そんなレールに乗せられるから、新商品の開発は停滞し、生産性は落ち→供給は減り→豊かさも減る。あげく、人間の最も大切な再生産である子作り子育てまで落ち込む。
ところが、経済や経営学の視点から見れば
ICT産業革命の転換点であるから、社会や経済の病的現象は生じる。ところが、実際に病気になったり、熱病になってしまっては没落・崩壊してしまう。~全体主義といったことになる。
そこでの、個別企業や個人の解決策は、
儲かる一方で、損をするといった封建時代の迷信では無い。傾向と対策では限度がある。
「誰もが経済成長し豊かになるための理由と方策」といったものを考える、この経済経営学の原点に帰る必要がある。
#1いわゆる時代の支配者の論理代弁、また知ったかぶりぶりして冗舌にはなるが、話はTVと同じ。
#2これに抵抗する運動のための論理構成、それが単なるウケ狙い論理であることに気がつかない。
#3政権執着のためのマヤカシ理屈、生活が最も不安な階層に受ける甘いスローガンを思いつくだけ。
#4ただひたすら世間のウップンを表象する迷信や世間に蔓延る気のない話、
……およそこういったものの類は、一目で経済経営学ではない。
さてそれは、
不思議なのか偶然なのか、そういったエセ論理は、合理一貫性があるものの、事実一致性が欠けるのである。このポイントで見分けられる。
≪ 少し解説すれば ≫、
ガリレオでお馴染みの天動説と地動説が解りやすい。天動説はローマカトリックで考えぬいた挙句の学問的であり合理一貫性が貫かれていた。ところがガリレオは望遠鏡をのぞいて星の動きを研究したところ、それが事実と一致しなかったのである。「事実と一致しない」と言っただけで、その瞬間、未だガリレオは地動説を口にするには至っていなかった。ガリレオは宗教裁判(ほぼ迷信や世間体)にかけられた!という次第である。
この合理一貫性&事実一致性が世界で意識付けされたのは
ニュ―ルンベルク裁判である。ナチスドイツ戦犯容疑の将校が共通して力説するのは、「私はユダヤ人を貨車に詰め込む指図や命令をしただけで、ユダヤ人虐殺には関わっていない」との主張だった。確かにこれは筋の通った話であり、容疑とされる言動だけを見れば合理一貫性がある。ところが裁判官は、「その戦犯被告は、貨車の目的地は強制収容所であり、虐殺の目的で貨車に詰め込み移送をしているものであることを、被告自身が知っていたから有罪である」との法廷法理の判決を下した。「知っていながら」とは民法で言う悪意のことである。すなわち、ナチスドイツの戦犯容疑など弁護の論理構成はことごとく成り立たなかったのであった。このニュールンベルク裁判の法廷法理は、直後の日本の東京裁判に影響を与え、たとえ弁護人が雄弁に語ったとしても事実一致性に欠けることで、弁護が成り立たなかったのである。これこそが事実に基づいて物事を見破るということである。今で言う証拠万能主義を排除した「客観的合理的」ふうな概念となる。
§経済経営学の原点とは、物事を見抜くこと&アイディア創造にある。
(長々とお持たせしました)次に示す一覧表は、その例示である。
新商品、経営管理、仲介販売、学問、芸術などといった、「労働の成果が個々人に対し影響を与える」こととなる。最も利潤率の高い労働(Art域労働)を分析したものである。哲学とは、父母子といったふうな人間が3人寄れば、意思疎通に必要となる一般向け論理である。それとは違い芸術や宗教(但し団体教義に非ず)は個々人に対し影響を与える論理学では解明できない分野である。むしろArt域芸術労働と市場取引は、「自由がなければ恋愛はできない。自由のない恋愛は、単なるDVドメスティックバイオレンスそのものである」と言われる倫理観に近似している。新商品、経営管理、仲介販売その他は、“哲学”を用いて対応ができるわけがない。
ここまで見抜いて、アイディアを創造し→個々人に対しその所見の表現が学問的科学的計画(希望に通ずる素)を生じさせる、これが本物と言われるものである。
学問をする者はここまで必要である。ゴタゴタ事物を並べ整理整頓するだけでは職人技パフォーマンスにすぎない。“人事評価”の英文訳は performance!要するに品評会である。
先日の9月2日京都で、筆者が経済系学会に出した書面発言用 discussion paper のPDFがこれである。
20180902_discussion_paper.pdf
この学会でも総括議論は、ジョン・ロックの労働権所有、その市場性と市場から排除される労働権、職能資格能力主義の曖昧論調の弊害などにも及んだ。この discussion paper は極度に難解なことは確かである。けれども読者のみなさんご安心を、大学や大学院教授といっても、職人技パフォーマンスには長けていても、こういった社会人学者の議論にはついていけない先生方は多い。これが今の官僚たちに翻弄されてきた大学教育の姿だ。ところどころでもピンとくる社会人の貴方とは異なるところだ。
Art域労働=芸術労働の要件要素には、「労働力」とか「希少価値」とは異なる概念の存在
| Art域労働の、定義、特徴、その現象 | Art域 | スキル | パフォーマンス | |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 無意識におけるパターンの認知作用により、 | ○ | ― | ○ |
| 2 | そして、Art域労働の行為は、目的意識的に計画的である。がしかし 無意識におけるドラスティックな進化でなく革命的な行為であって、 他人に対し、それも個々人ひとり一人ごとに、影響を与える。 | ○ | ― | ×有意識 |
| 3 | その創造力、発明発見、創作とは、他人に対し その所見の表現が学問的科学的計画(希望に通ずる素)を 生じさせるところの、共感Empathy →共鳴を与える。(神経科学) | ○ | ― | ×秘匿性 |
| 4 | 五次元思考~X・Y・Z+Time+Connect結合~で以て、 脳科学や神経科学で解明されている共感作用&共感精度であって | ○ | × | ×非共感 |
| 5 | 「音」による空間表現、「絵」などによる色彩表現、「詩」など時系列表現を、論理学では解明できない分野の方法を用いて | ○ | ― | ○ |
| 6 | 細かな物質的モノゴトの配慮を用い、形態とは意識され難い作用を、 もっぱら個々人に対して大量に与えている行為、その存在を認識。 | ○ | × | ×希少性 |
| 7 | このArt域労働が、従前は明瞭行為ではなかったし、この労働価値は貨幣に限られた交換には値しないとされてきた労働能力であった。 | ○ | ― | ×銭目的 |
| 8 | 世界経済の再生には、Art域労働が重要なカギを持つ。 個別企業では先ず幅広く薄く進めるだけでも事業業績が伸びる。 それは、スキーマに最も作為されない中高年女性労働がカギになる。 | ○ | × | ×隠匿性 |
| 9 | 既に、人手不足解消とか、素早いフィードバックでの早期利益を確保 それは、行動の前に完璧な知識を求めず、新規商品開発に向かう。 | ○ | × | ×希少性 |
| 10 | 市場主義・資本主義の要とは、次の3要件となる。 ①自由平等思想、 ②自由の基盤である自由市場、 ③自由に横行できる、(個人番号等で)捕捉されない貨幣制度。 | ○ | × | ×非市場 |
| 11 | 遊休使用価値商品に、貨幣価値を超える交換価値を蘇らせる。 交換価値の無い建造物にも、使用価値の蘇りを可能とする。 | ○ | ― | ×銭目的 |
¶Art域労働=芸術能力要素育成と賃貸型賃金形態を折り込む
例えば、
(労働時間とは別建ての月額2,000円~)
パートタイマーといえども、
年間や月決めの給与手当に、
Art域労働の貸借契約要件を含める。
他人や社会への共感作用と共感精度
の程度を正当な労働能力と認め、
その職能資格給を支払う。
≪色彩表現≫服装は絵画、アクセサリーはアクセント装飾、それらはデザイン力向上
≪空間表現≫音楽リズムは話し上手、リズムと拍子は異なり、歌が仕事の品質を高める
≪時系列表現≫詩は共感の物語、それは品物の意味を語る。コンテンツの芸術的表現
(表現の展開は、地味に、地味に、そして最後は艶やかにまとめる、それが基本方式)
§子供たちの読解力が低下しているという話
実際に使用されたテスト問題がこれだ!その一部と結果を示している。
さて、これを、あなたのお子さんは、職場の若手は?
~すぐに正解は出せたでしょうか?
______
これについてのさまざまな原因は、学習塾での一辺倒な受験勉強、スマホやネットで能力低下、ゲームばかりで本も読まなくなった、大人に混じり話を聞いていない、といった様々な仮説とか実験結果が出ている。けれども決定的なところまでは分かっていない。
そこで私が思うのは
【AI等の甘い未来予測には、大間違いがある!】
★スキルやパフォーマンスの労働力発揮にまつわる、非人間的な悪夢到来!
それは、スキルやパフォーマンスの労働分野がAI人工知能に取って代わられるのではない。
VR仮想現実、電子DATA通貨、資料蓄積加工機能、3D端末製作機などで、生身の人間が有機的AI人工知能人物身体として養殖される時代こそが先に来る。人間活動の最も重要な再生産である子供も、VR結婚~親から子への“転移”&幼少子育て~基礎教育に至るまで、個々の家庭内で有機的AI人物両親が養殖する。
有機的AI人物身体は、生きる上では「満足や厚生」に満たされる。学問のつまみ喰いも大いに利用され、そんな人物身体の大量生産を促す官僚主義も現れる。そこには、幸福を知る由もなく、幸福を体験する由もない。愛を要しないから、愛を知る人にはなれない。
(これらを、ナチスドイツの初歩的実験との結合?させれば?)
これらは因みに、脳科学や神経科学という知識が「もろ刃のやいば」でもって人間性を絶たれるからである。AI投資額に比べ、人間の人物変質経費は、安くってコンパクトで家庭的なので、社会問題化せず進行する。
だが、これらに抗して、「人間性たるカギは、『愛を知る人』のArt域労働による」との学説がある。…それは後日。
「自由がなければ恋愛はできない。自由のない恋愛は、単なるDVドメスティックバイオレンスそのものである」と言われる倫理観とも、真っ向から対立する。
§「働き方改革」が平成30年6月29日、可決成立。迷走する政省令の作業へ。
ところが、シビアに問題点のポイント見てみると
民間経営者・企業や労働者を代表する諸団体の切望や解決策に耳もかさず、内容と裏付け根拠のない「人気取り話題」を提供しただけに、「働き方改革」の形成は終わっている。だから、多数決で国会成立を押し切れたのだが、実務専門家や研究に携わる学識経験者はこぞって、内容そのものを相手にすることはなかった。同一賃金同一労働も話題から消えた。
¶問題点のポイント そのポイントは、何を意味するのか。
1.近頃は影の薄くなった人事部門や総務部門は、「働き方改革」を、閑散となった部門の仕事ネタ程度に扱っていることは否めない。ことに大手企業は、それに掛る暇さと、部門の影の薄さはは否めない。
2.個別企業でボロボロ吹き出る人事労務の制度矛盾やトラブルに対し、この「働き方改革」を通じては、あまりにもの幼さから、識者は実務経験や研究成果での対応をしていない。躍起になっているのは、行政官僚も資格者も人事担当者も素人ばかりである現実は否めない。
3.そういった個別企業における人事や総務部門の実施主体の弱みが生んでいる事態は、すなわち輪をかけて社内のモチベーションを下げる事例と傾向が多発している。これも肩書きがあっても、やはり素人のなせる業である。
4.要するに、年功序列型賃金、職能資格賃金といった過去の人事体系改革に現れた、個別企業各々のモチベーション意欲や改革改善といった、前向きの体系施策が働いていないのである。それは形骸化の目立つ素人企画だから、収益性、生産性、労働意欲、効率性といった経営4要素の足を引っ張る結果となることは否めない。
¶……実務家とか識者からすれば、実のところはこうだ
「『働き方改革』では、混乱しか招かなかった」といったふうな認識が、なみなみと底流に流れているのである。
それは、行政側の労働基準や職業安定その他の行政最前線職員にも共通している。
だから、
実力ある経営側の評論家も、労働現場の肝を握る労組幹部も、ジャーナリストもが
「とにかく『名前と内容が違う』と言い放っている。法案では影の薄い『多様な働きかた』の美辞麗句の裏では、正社員の減少、非正規の急増、所得格差の拡大、不毛な労働による過労死などで、『世の中の安定した生活や生きがいまで奪っている』との認識」これを、一般社会にも持ってしまった。
そういった現状が、出来上がってしまったと見るのが妥当なのである。
従前の人事制度が労働問題大改革の時代に比べ、全くと言っていいほど経営者側の賛同が少ない。多くの有能な識者の賛同はおろか反応すら少ない。確かに、野党とか労働組合というものは、「文句と不毛な批判」の表現方法が常である。
その真意を読み取り、経営者側との合意調整を従来から行政機関は成してきた!
しかしながら、
今回ばかりは低迷する日本経済の先頭を走る一部大手企業、+政府歳出と公共事業に群がるハイエナ企業に、エールを送ってもらう演出を首相官邸が行っただけにしか見えないのである。ここに、“大本営”如くの日本全体のモチベーション崩壊を誘発した責任がある。
「アホくさ!」といった経営者や労働者の心理は、経済改革とか発展の足を止める。
それでは以下に、法改正の主要項目ごとに、筆者の見通しをコメントしてみる。
最後尾までの期間がわかりやすいように、便宜上、平成年号使用。
【長時間労働の是正】
施行日は、大手企業は平成31年4月1日、中小企業は平成32年4月1日である。
そこへ、いわゆる3年間の“施行猶予期間”が加わることで、事実上3年間延長だ。
さらに現下の労働基準監督官の行動は、“刑事訴追を前提にせよ”といった本省からの指示で、事実上、行政監督の動きは停止してしまっている。
したがって、
よほどの理不尽な、あるいは死亡につながらない限り、本省とか労働局の「監督官に対する臨検許可」が下りない状況のようだ。ただそれは、労働者の意欲減退の毒を産む。
すなわち、長々と法改正の中身を分析することがなくとも、結論は明確だ。
“現状通り”であり、“監督署のトラブル対策は“金銭解決で済ませよう”なのである。
長時間労働時間を悪用、残業賃金不払い利用した、「商品とか業務のダンピング」が横行して、企業間の値下げ競争は激しくなる。
個別企業は正当な利潤率を確保できない社会問題は激化する。
【中小企業の割増賃金猶予措置】
施行日は、平成35年4月1日である。それまでに多くの中小企業は淘汰される。
月60時間を超える時間外労働の割増率が50%となる。週1の割合で設けなければならない法定休日の休日労働は除かれる。その他の休日とされるものは時間外労働の割増率50%に含めることとなっている。休日とは暦日の午前0時から24時までの24時間が労働から除外をされている日を指す。なお法定休日は企業横断して定めることを要する。
【年次有給休暇の時期指定付与】
施行日は、大手も中小企業ともに、平成31年4月1日である。
本人の有休請求とか企業の計画的付与を行えば、この5日の付与義務は消える。
ただし、有休買取は労基法違反であるとの法定法理が貫かれるから、実際に有給で労働者を休ませなければならない。パートや短時間労働者にも適用なのだが。
#お正月休みがなかった会社は、この期間に5日の付与義務消化~といった発想での法解釈が可能だ。
#稼働率の低いシーズンに5日付与、“仕事は通年の如くこなす”といった着想も。
#“とりあえず職場に存在していることだけ=出勤だけで売り上げ”といった,前時代的労働集約型の事業は、「改革の必要」がある。
#民法でいう「委任」とか、いわゆる委託契約の形で当座はしのげるとしても、その場合の品質低下による発注先との契約終了の覚悟は必要である。
【労働時間の、状況把握】
施行日は、大手・中小とも、平成31年4月1日である。
労働基準法による労働時間の把握義務は、過去にも無かったし今後もない。
労働基準監督官も、把握義務があるかのような話をしてきたし、素人風の社会保険労務士有資格者までが、義務があるかのような話をした。
裁判所の考え方は、
「会社は就業規則などで、労働者に始業終業の時刻把握やタイム打刻を指揮命令しているから、少なくともその分の賃金支払い義務がある」といったものだ。そして、「会社の指揮命令に基づく労働の有無が、黙認も含めて裁判所で容認されれば賃金支払い義務(会社の債務決定)がある」との審判を下す。
★だが今回の労働時間把握は、労働安全衛生法改正にて行われる。
現実には、監督所内でも安全衛生の課題は事務的に済まされる。
したがって、根本的な監督署の人員その他での体制整備が行われない限り実効性は弱い。2019年度から、「働き方改革推進支援センター」の予算枠内で、中小企業への支援体制として社労士や中小企業診断士を常駐させるとしている。ところが、ここで選ばれる専門家は、過去からの慣習・実体として事業主に“甘くささやく程度”のものとされているから、監督行政を行う訳では無い。もちろん、労働基準監督の如く専門的教育を受けた水準ではないから、彼らに力は無い。
ただし、使用者や管理職が、意味もわからず闇雲にタイム打刻を労働者に対し、指揮命令した場合は、それを「労働時間把握には該当しない」と会社が主張出来ないのは、自業自得としか言いようがない。
☆反面、書面にて残業禁止命令を3回通告をすれば、賃金支払の必要を無くす措置もある。
【勤務時間インターバル】
施行日は、平成31日4月1日。これは義務ではなく努めなければならないとの努力。
1日の一労働が6時間を超える場合、途中に休憩を入れる、これは休憩時間だけのこと。
労働日と翌日の労働日との間に、休息時間を設ける=インターバル。
諸外国労働法制の休息時間は11時間程度である。
「一労働日の残業終了時刻から、翌日の早出開始時刻の休憩時間」である。
「労働時間等の設定改善に関する特別措置法」の改正で対処されることになるがその中身もこれから決めていこうというもの。
一般の企業も労働者も労働組合までが、日本ではほとんど知らない休息時間の事柄である。
ケースA 某バス会社の実際に行っていた方式
・勤務シフトによると、1日目の終業時刻は23時50分、2日目の始業時刻は0時10分=この間の休息時間20分となっていた。
ケースB 夜討ち朝駆け
・深夜11時ごろに残業を終えた、翌朝7時には早出した=休息時間8時間となる。
ただし、倫理観の在る企業では既に、昔も今も休息時間を確保している。
……休息時間は、労働基準法に記載されることなく、“インターバル”といった名称で、突然あやふや浮上した意味不明のものである。
【その他、高度プロ、フレックス、産業医、同一労働同一賃金】
こういったところの法律改正は、
筆者からすれば“倫理観とかフェア公正手続き”から対処する視点が重要だと考えられる。
「高度プロ」は、それ以前の初歩的事態=採決寸前に厚労大臣が苦し紛れに「業務の裁量あり」と言い放ったものだから、政省令がどのように落ち着くのかは、相当の混迷が予想される。
≪倫理≫とは、
禁止や戒めの項目といった色合いが強いが、実は職業能力水準や基本的労働能力確保、日常生活水準維持の為のベースとなる手段でもある。
≪フェア公正手続≫とは、
違法行為を犯す(そのほとんどはなんらかの刑事訴追につながる)ダンピングとか、不公正競争や口利き優先といった事態を、排除する社会共同体維持または排除手段であって、あれこれと理屈を並べるといった善悪や倫理問題では無い。
それをあたかも、全体主義者たちは昔も今も、
「考え方の自由」だとか「自由の選択」の上にある事柄だと言いくるめるが、
あるいは、その言いくるめに乗せられてしまっていること自体が、それは単純なる社会秩序の破壊に過ぎないのである。それは、無節操な違法業者たちの横暴を防ぐといった、世界初の穀物取引所の規則であり、17世紀フランス市民革命当初からの資本主義や市場経済を維持するための保守的思考である。
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