<コンテンツ>
・原発事故の「レベル7」と発表させられた思惑
・OECDが政府や経団連に要求した内容
・「日本を世界経済から孤立させるぞ」の外圧
・社会や経済の崩壊の中で個別企業が
・原発事故による電力不足、その他の追い打ち
・モノマネの模倣商品は限界
・岐路に立たされた時代、個別企業での
・とりわけ、若い労働力が確保されなければ、
・労働者性は実態優先で判断する、最高裁判決の波紋
・人事管理者の「素質」育成教育プログラム 日程を決定
§原発事故の「レベル7」と発表させられた思惑
原子力安全・保安院が4月12日、「レベル7」発表、その時点から日本政府の態度は一変した。アメリカ政府は日本に対して、「レベル7」と発表するよう相当の圧力を加えたとされている。一説によると、東芝や日立の原発輸出を封じ込め米国製原子炉輸出の目的があるとさえ言われている。給水バルブは全品がアメリカ製、日本の原発システム技術には不具合があると言いたいのだ。
この「レベル7」の発表に乗る形で、世界各国が日本の工業製品の放射能汚染を口実に、自国の産業保護政策に転じる姿勢を示している。日本が放射線量測定値を詳細に公開しなかったばかりに、競争相手国に隙を突かれた形だ。
これに慌てた政府は、それまで故意に隠していた放射線量の情報公開、被災産業や被災地への謝罪とテコ入れ、エネルギー政策転換へと政策の舵を切り替えている。そもそも、情報公開、地場産業育成、エネルギー転換といった政策の哲学を持って政権に就いたにも関わらず、座についても一向に実行する気配なく、今回の地震・津波・原発事故が起こっても、「淀みに浮かぶ泡沫ならぬ、浮草の如く」日々を過ごす毎日から、アメリカをはじめ外圧が掛かるや否や、日本政府は「レベル7」の発表を機に一転している。マスコミの多くは、政権の延命策と報じているが、実際はグローバルな展開をもとに、「世界から孤立する日本」を突き付けられたゆえの「恐怖心」が原因で、政策転換を行ないつつあると見た方が妥当だ。世論が政府を動かしたわけでもない。
§OECDが政府や経団連に要求した内容
OECD(経済協力開発機構=自称:民主主義を原則とする34ヵ国の先進諸国が集まる唯一の国際機関)は、4月下旬にOECDのグリア事務総長を日本に送り、復興国債、一時的増税、消費税引き上げ、法人税引き下げなどの政策提言を示し、「日本は短期間で回復を告げると確信している」との強力なグローバル世界との協調を日本に求めてきたのだ。これには「恐怖心」が原因の政策転換だけでなく、財務省をはじめとした官僚たちも完全に面従腹背した。(戦後、日本の官僚は外圧を利用して生き延びたとの説がある)。
OECDが求めている骨子は、他の資料を合わせて考察すると、次のように日本経済に対して決断を求めたことがうかがえるのである。
□新成長戦略の推進
グリーン・イノベーション(エネルギー転換など含む)、
ヘルスケア(単なる医療介護ではない)、
アジアとの経済連携、地域活性化などをあげている。
□労働市場の改革
日本の労働市場に圧力がかけられたのは、50数年前にアメリカが行って以来である。
二極化の是正(非正規労働者のセーフティーネットや安定的雇用の労働市場など)、
職業訓練の充実(雇用調整助成金の規模縮小、職業能力標準化と訓練システムなど)、
女性の社会進出(税制、給付制度、保育施設などで有能な労働力)を重要課題として、
これを企業行動に求めている。
□教育分野の改革
幼児教育の充実(端的にいえば、マニュアル習得・改良に重点をおいた教育の変更)、
研究開発での大学の役割向上(要するに、大学を「学習の場」としてきた約15年来を改め「研究開発の場」に変更)を求めている。
§「日本を世界経済から孤立させるぞ」の外圧
を受けて、日本が世界の中で「いないふり」を続けようとした政策から突如転換、OECDのお導きに従い進路変更しようとしている。さて、OECDの動きをマスコミはどの程度報道したのか? グリアOECD事務総長は、4月20日から24日までの日程で訪日している。4月21日:経団連、夕刻:外務大臣、22日:総理大臣と面談。マスコミは報道もせず、何かを隠したいのだろうか?
筆者は、OECDの回し者でもなければ、これといったファンでもない。あまりにも日本が官僚に支配され続け、民間の有効な建議やアイディアが踏みつけられた歴史から、OECDは一つの問題提起をしているにすぎないと、筆者は見ている。とにかく日本は、OECD34ヵ国の諸指標でも下から数える方が早いのが現実なのである。
こういったOECDの政策提言を日本が進めない限り、日本を世界経済から孤立させるという訳だ。これに対して現政権は迎合した。前政権であれば自発的に迎合ポーズだけ取ったであろうことは間違いない。
(4月21日発表のOECD対日審査報告書2011年版)
http://www.oecd.emb-japan.go.jp/Overview%20Japan%202011_JAP.pdf
だとすると、これを踏まえて、賛成であろうが反対であろうが、個別企業はOECDからの要求への対応を、何かの方策で迫られることになるのである。とりわけ、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を、直接間接にもグローバル展開する必要があるのだから、思い切って「隗より始めよ」なのである。
§社会や経済の崩壊の中で個別企業が
如何に成長して行くかが、このメルマガを読んでいる貴方の「ミッション」という訳である。
ちなみに、焼肉屋チェーンと食肉業界の大腸菌O111食中毒事件のみならず、地方での大事業所である地方公共団体の財政破たん、中堅中小企業の資産枯渇と疲弊、労働者個人の購買力激減といったことがデフレ脱却を阻害する要因とする経済学説がある。近年、カール・マルクスの「資本論」がブームになり、漫画本が出され、2007年リーマンショック後の米英では評価が高まった。こういった学説に対抗する、一時期華やかだった経済学者たちは、全くの反論が出来ないでいる。その人たちは、「資本論」は労働者階級が戦うための理論としてまとめられた学説であるといった目的論にすら気がつかず、アダム・スミスやジョン・スチュアート・ミルの論理を誤借用した新自由主義の経済学者でもあった。そればかりか、今ほぼ三十六計で影を潜めてしまっている。経済学説が100あるとして、そのうち3つほどの金融論に限定して弁舌を振っていた者たちの末路であった。
頼みの個人消費は、地震・津波・原発事故後、「買いだめ?」があったにもかかわらず3月は8%ほど激減した。一気に他の経済指標もダウンしている。売掛金名とか債権といった語句に惑わされず、売れて入金して初めて経済が成り立つ=これが原則=を踏まえることである。社会や経済の崩壊を肌で感じ取ったから、一時実態は、流通経済からストック経済(封建時代の主流)に変化している。資本主義経済に戻る転機がいつなのかが問題なのである。
§原発事故による電力不足、その他の追い打ち
これに加えて、原発事故による重要な課題は工業地帯電力不足(東電・中電の料金値上げ)が影響して来るのだ。地元の原発反対運動が強かった原発では比較的安全設備が充実しているとのことからすると、原発の発送電コストは高くついていたのだ。また、電力会社の官僚的体質は、原発など元来重視していなかった電力会社が、「意欲のない原発運転」を今も進めているようで、(例えば、この3月末は下請け業者への支払延期や賃金ダウン)、エネルギー供給を担っている責任企業とは考えられない。
戦前の水力発電から戦後の火力発電に電力源転換を図るため、終戦直後は政府官僚を蚊帳の外に出して、GHQと対峙して戦った電力会社(日本発送電と9配電会社)の歴史があるが、今は忘れさられている。このときGHQは、労働者の賃金は職務給で良いとして「技能や年功」を無視せよと言ってきたのだ。これに対しで労使が協力して(裏で一体となり)、火力発電の技術・技能者を育成獲得するために電産型賃金(後に銀行業界に導入され、年功序列型賃金となり日本に広まる)導入のため、電力スト(停電作業)を繰り返し(占領軍基地のみ停電させるストライキも)、こうやって労使がGHQと体を張って戦い、火力発電の事業体制を作ったのである。闘いの矢面は、日本電気産業労働組合であり、送電停止は会社の「送電指令所」が指示を出して、きめ細かく配電を停止してストライキを行った。したがって、病院は停電させず占領軍基地は集中して電力配電を止めた。さて、今の発送電・配電事業に携わる者に、頭だけは明晰であることは間違いないが、体を張って経済産業を支える気概があるのだろうか?
冒頭に述べた通り、官僚は自らが生き延びることを目的としているから、今回のOECDの要求に対しても面従腹背(欧米の発想=公務労働は奴隷の仕事だとしても)は常であるから、個別企業にとっての、いわゆる東日本復興需要は来年以降の話である。阪神大震災を引き合いに出しても仕方がないが、あの時は規模が小さいながらも、「復興事業と公共事業は予算保障する」と言い切ったものだから、供給基地である大阪から瞬時一斉に業者は出かけた。ところが、今はそういった経済状況とは、全く異なっているのだ。
したがって、
ある意味では、日本の経済政策は、「株式会社ニッポン!」を辞めてしまったことでもあるのだから、個別に民間の個別企業がガンバルしかないのである。企業が集まってとか、事業を共同して等の話が湧いて出るが、「リーダー&作戦家」に事をゆだねない限り、成功した例はない。ただ集まっているだけでは、調整を繰り返すだけにすぎない。大手企業のサラリーマン出身の経営者が、株主・顧客・労働者の間に立って調整役(コーポレートガバナンスの実態?)として濁してきた事実が、これを物語っている。
§モノマネの模倣商品は限界
大阪の某大手電気メーカーで、中心的に商品開発を行ってきたN氏によると、日本の工業は、世界の先駆者の真似をして模倣品を、日本流にマーケティングをしてできただけだと、過去の反省を語っている。そして、市場ニーズの変化で一転して瞬時に模倣商品は終焉するのであり、地震・津波・原発事故の後は、日本国内産業の役割は模倣の工業製品にはないと断言している。
まして、技術技能を頼りに部品供給をしてきた個別企業の復活を急がなければ、海外の非精密部品に市場をとられてしまう。東北や北関東の部品供給地域に限定して復興を考えてしてしまうと、日本国内を通り越して海外から供給に頼ってしまうことになるのだ。まして、偽装請負や製造業派遣労働が茨城・福島に、時間給870円止まりと高速道路に近い立地を理由に集中していた形態の部品供給事業の復興には実りがない。日本の高級精密部品を敬遠して、アジア各地に散在する普及部品を使用して、ソフト面を充実させ、低価格の便利な商品を提供しようという商品戦略に、輸出相手国が切り替えることになるのは当然である。だとしても日本のことだから、「国破れて、官僚は太って行く」ことは当面続きそうである。
§岐路に立たされた時代、個別企業での
総務部門の役割はこうなる。労働者の待遇向上などが労働意欲を向上させた事例はない。出世も労働意欲を向上させた事例はない。世界経済での日本の位置を考えれば、ありとあらゆる個別企業の新しい経営スタイルへの変更対策は、次の3つが柱となる。
■その産業に応じた労働者の標準的職業教育を開発し、訓練を施し、
(その手段は:競争相手をよく観る&日本一になる幹部の気概)
このことで、企業の発展法則である
1.競争力のある企業が
2.若い労働力を集め
3.新商品・新市場に進出して行くことが出来るようになる。
■いち早く女性の社会進出の受け入れ、
社内作戦的には母子家庭の母に焦点を当てた雇用やキャリアモデルと、その情報提供と助言に人材育成の議論と試みを実行することである。(OECDの労働市場改革2010年版でも母子家庭の母への支援を特別掲載)。
このことは、現代的モチベーションである
ア.仕事そのものが楽しいこと
イ.仕事の達成感がある(それなりの計画性)
ウ.プライベートが充実している
といった若年層の労働意欲と合致する、最も近道である。
■その上で、恐慌の中を企業が残るための守りが
A.在庫編成、負債圧縮、肝心なのは現金を守る具体策
B.設備削減、アウトソーシングで長期コスト削減
C.社会整合性のある業務改善や低価格イメージ
すなわち、財務基盤強化、事業基盤強化、売り上げ基盤強化を行うことなのである。要するに、それをやりとげる素質と能力のある労働者を育成確保することが肝要だと言うのである。
旧来からの経営スタイルをとりたいのであれば、
それは経営者の自由ではあるが、旧来型であることの事前説明を採用前に行う必要があり、時代の経営環境に合わせないことによる多大な出費を覚悟する必要がある、といっただけの話ではある。この■3つの柱を経営者に提言し、こういった細かいチェックを的に行うのが、総務部門本来の役割、社長ではなく貴方の仕事なのである。
ちなみに、最近の筆者が携わっている労使トラブルのあっせん代理人業務は、もっぱら会社側であるが、この新しい経営スタイルへの変更に伴う前向き解決のものが多くなってきた。
§とりわけ、若い労働力が確保されなければ、
個別企業にとっては致命的である。今から深刻になる恐慌においては、住宅ローンを抱える50代の男性とその妻の負債返済欲が高まることから、ややもすれば若年労働者を職場から追い出す動きが出ても当然なのである。この動きはストレートに現れるものではないから注意が必要であるのだが、経営者が高齢者の誘惑にはめられてしまえば、「報われない苦労の連続」経営に陥ってしまうのは間違いないのだ。
とにかく、大卒・短大卒、高学歴女性を、とりあえずは非正規で良いから採用して、
◇業務改善としての仕事標準化
◇予見計画性を高くして業務を遂行
◇個別性を分析して能力別業務分担をする方法
を進める必要があるのだ。採用面接の事前提出用職業経歴書(簡易職務経歴書)もこのほど開発、事業所ごとに加筆でき、ジョブカードよりも汎用性と利便性を重視した物だ。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/jinji/skeireki.html
現在の生活保護は、1ヵ月の生活保護費が定められ、ここから前3ヵ月の平均額を算出して手取りの収入を差し引かれた額が支給される。大都市圏なら住宅扶助を合わせ、20~40歳の単身者は月額125,700円である。だとするとフルタイムのパートが、生活保護を受給すれば、最低賃金+生活保護=1,100円程度の時給となる仕組みだ。また、母子家庭で子供3人の母であれば他の社会保障を合わせれば月額手取30万円程度であり、最低賃金で月に20時間残業した場合の3倍弱となる。ただし、貯金を使い果たし、必要不可欠でない家財道具を売り払うまでは、生活保護の認定をされないから、仕事に対する意欲さえ持っていればという条件付きではあるが…。個別企業がそういった方法で、職業能力素質を持っている母子家庭の母を確保する方法(これこそが現行制度の趣旨に沿うもの、不正受給排除対策だ)があるのだ。
非正規労働者であっても、勤務時間短縮、短時間労働力、育児中労働力を導入することで、個別企業全体の労働生産性を思い切って引き上げることは可能である。
こういった思索(思い)を繰り返すことで、時代に適合した個別企業に急速接近することが出来るのだ。他人依存では何事も進まない時代である。
§労働者性は実態優先で判断する、最高裁判決の波紋
個人請負とか業務委託といった契約を結んで仕事をしていても、業務実態を優先して労働組合法上の労働者に当たるとする判例が、平成23年4月12日最高裁第3小法廷から出された。直接に契約を結んでいる場合はともかく、派遣会社や業務請負会社が間に入っていた場合に業務実態が労働者と判断されれば、職安法の労働者供給に該当する「二重派遣」と見なされることとなる。
・住宅設備大手INAX(現在LIXIL)の子会社の製品修理の業務委託契約個人事業主の事件。
INAX事業運営に不可欠な労働力として組み入れ、委託契約内容は一方的に決定、子会社の指揮監督を受け個別の修理業務に応じる実態だったと認定した。この個人事業主とされていた人たちが待遇改善を求めた団体交渉に応じないのは不当労働行為としたもの。
▽平成21(行ヒ)473 不当労働行為救済命令取消請求事件/裁判判例情報
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=81243&hanreiKbn=02
・新国立劇場運営団(東京)のオペラ合唱団女性メンバーとの契約更新事件。
合唱団メンバーは決まった公演に従い、財団の指揮監督下で歌唱の労務を提供しており、劇場に通った回数も年間230日に上り、時間や場所的にも一定の拘束があったと認定した。メンバーらが加入する労働組合との団体交渉拒否が不当労働行為に当たるとしたもの。
▽平成21(行ヒ)226 不当労働行為救済命令取消請求事件/裁判判例情報
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=81241&hanreiKbn=02
これらの事件をめぐって、経営側と労働側の激しい対立や戦いが行われていた。経営側が主張していた個人事業主との契約が書面でなされている点を、最高裁は否定して、「業務実態を優先」としたものだ。出来高制労働者をはじめとして業務委託の名目で個人事業主の名目で契約すれば労働者ではないとの奇策で、個人に対して発注がなされているケースは非常に多い。とくに昭和61年の労働者派遣業法施行と同時に労働者派遣となることを回避するために個人事業主として業務委託したケースも多い。
その導入理由は、労働法上の責任が回避されると誤解したことと、国民健保&国民年金の適用で社会保険料負担を免れる目的とか、確定申告による所得税節税につながるといった金銭的利害が労使双方に存在したからだ。
ところが、今回の最高裁判決で事態が変わった。
従来から業務実態を重視して、労働基準法、労働者災害保険法などが適用されていた。
労働契約法においては、第2条で、「この法律において労働者とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われるものをいう。」とし、第2項で「この法律において使用者とはその使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。」と定められ、厚生労働省 労働基準局長の施行通達 (平成21年1月23日)の、法第2条(定義)の解説において、「名称のいかんを問わず労働の対償として支払われる全てのもの」として、使用者に使用されて報酬を受けた場合は実態として労働契約に定め労働者としている。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoukeiyaku01/dl/11.pdf
これで労働基準法、労働契約法、労働組合法の3つの法律解釈が出そろったとなるが、
労働組合法に基づく団体交渉権が、現代社会においてオールマイティの実行力を持つことから、大きな波紋が生まれているのだ。
もとより労働法の基本概念からすれば実態優先は当然のことだったところ、似非法律家に乗せられて業務委託名目の契約を結んだ可能性が高い。実際、目先の各種保険料金の負担回避を理由に、そういった奇策を着想する事例は後を絶たず、長期的リスクを考えて改善していった個別企業も多かったのである。とりわけ、現在の経済状況からすると、労働力管理=有能な労働力を確保し、労働意欲を引き上げ、業務改善を進めることが至上命令である段階であって、経営側が労働者の良識を真っ向から否定するような行為は取れないのである。
労働団体の連合もが早速談話を発表した。
http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/danwa/2011/20110412_1302608852.html
全労連は、早速メール配信を行い
【労働実態に基づく労働者性を認めた最高裁判決を活かそう】と呼びかけをしている。
http://www.zenroren.gr.jp/jp/opinion/2011/opinion110413_01.html
加えて、
有期契約雇用の更新手続をめぐって、労働側弁護団では、「日立メディコ事件」の判旨を取り上げて、論理的攻勢をかけようとしている。
その主な攻勢ポイントは、次の日立メディコの場合での4点としている。
(1)採用が簡易な手続で行われた
(学科試験・技能試験がなく、家族構成、健康状態、趣味等を尋ねるのみだった)、
(2)同じ時期に採用された90名の臨時工のうち約1年後の本件雇止めの時点で雇用継続していたのは14名のみだった、
(3)臨時工は前作業的要素の作業、単純な作業、精度がさほど重要視されていない作業等に従事させる方針がとられていた、
(4)上告人自身も比較的簡易な作業に従事していた、等の事実が認定
今回の最高裁の判例と相まって、正規労働者と非正規労働者の、いわゆる「二極化」にブレーキがかかることになる。
§人事管理者の「素質」育成教育プログラム 日程を決定
新時代・新経済環境に応じえる人事施策の創造力や立案能力を次の養成プログラムに基づいて、人事管理者としての素質育成をはかります。
http://osakafu-hataraku.org/contents/personal/education.html
前回(昨年末から本年2月24日、全7回)の参加者のアンケートです。
◆法律・経済・コンプライアンス等々、抽象的ではなく、具体的な内容で分かりやすかった。
◆ある課題の答えを導き出すために、全く別の題材を用いてディスカッションするといった手法を取り入れることで、発想力、創造性が培われる内容となっていた。世間にありがちなセミナーでは経験できない深みのある内容であった。
◆新時代の人事・総務の担うべき業務の重要性について、目からうろこが落ちる思いだった。
◆将来の経済を見据えた人事管理社内システム全般の方向性が見えた。
◆ディスカッションに積極的に入り込めなかった場合であっても、やりとりを聞くだけでも勉強になった。
◆講師の進行が巧みであるため、ディスカッションが充実したと思う。
◆激変する社会で生き残るために、このセミナーは必見である。
◆受講料は、世間にあるうわべだけのセミナーの場合、2、3回でこのプログラム費用以上の金額が必要なものもあるのに、これだけの内容でこの金額は安いと思った。
◆部下にも今回の研修を受けさせたい。
◆配布された資料についても、非常に参考になるものであった。
◆最後に近づくにつれてだんだん難しく感じてきました。しかし、労働紛争を経験するうえで疑問に感じていたことが、何点か答えが見出せました。資料は今後役立つものだと思います。
◆旧来の凝り固まった考え方から、新時代に向け、発想の転換、着想のポイントなどが新たな視点で見ることができるようになったと思う。
◆「新時代・新経済環境に向け人事管理者の「素質」育成教育」セミナーは、「訓練型」であると思うので、この教育プログラムは重ねて受講するほど、スキルアップが図れると思う。
2011/05/10
2011/04/05
第108号
津波、地震、原発により
被災された皆様に 心よりお見舞い申し上げます。
がんばれ日本 転じて、発がん大国&、このままでは東日本転落!?
<コンテンツ>
・4月からの事業計画が一転した個別企業!
・情報を正しく分析する基礎ポイント
・アメリカが80キロ圏内から脱出した訳
・「誰のために、貴方は危険にさらされるのか?」
・東日本転落は、必至かもしれない。
・災い転じて福となす= 豊かな経済の基盤
・経済基盤を固める為の、個別企業からの動きは
・自然災害で滅亡した国は太古の昔からない。
¶4月からの事業計画が一転した個別企業!
その最大の焦点は、東京一極集中となっていた多くの企業が、一転して今年度計画を見直し、日本国中の個別企業も見直す必要が出てきたことだ。その重要なポイントは、放射能汚染と計画停電である。事業推進にあたって、一番肝心なことを誰も言わないといった、この姿勢こそが危機的なのである。
個別企業も、場合によっては安全配慮義務を問われることになり、なによりも、「発がん大国」では、日本の豊かな経済活動の経済基盤(長期にわたる職業ノウハウ)が形作られるわけがないのである。発がんしても病気ではない…といった生命保険の保険料不払い再発をも招きたいのであろうか、ただし放射能による発がん率は若者が高い。
関東地方の放射能汚染で、経済活動への資本投下をするキーマンの多くが東京を去っている。日本の大手企業はサラリーマン出身の役員で固められ、その投資家たちは東京にもういない。残るは、将軍ばかりで、王様は残っていないのだ。
取り残された部隊、これは戦争の常識ではあるが、最後まで前面突破で戦う以外に生き残る道はなく、今や心理的にはその様相である。その現象とは、放射能に対する強気、交通・電気などのインフラ激減への諦めと納得、理由のない復興期待感などである。
そもそも、放射能汚染に対しては、正確な情報を知り、正確な人材と財産の配置がなによりも大切なのである。それは、個別企業や個々人が、自らのことを自分で決めるためである。
¶情報を正しく分析する基礎ポイント
そもそも情報とは、目的があって、それを達成するための事実関係であり、一貫性のあるストーリー&事実一致性の両方が必要なのである。すなわち、「生きて行くためのものが情報」である。一貫性のない事実の羅列は誤魔化しと虚偽につながる。これ以外は必要ない。これをマスコミは伝えようとしていない。マスコミなどから流れる話のほとんどは、「パニックを防ぐ」との合言葉で、正確な情報を伝えないことになっている、世論誘導だ。ちなみに筆者は、幸いなことに高校3年の物理の試験が、原爆と水爆の爆発理論であった。
1.放射能を発する物は、気体(ヨウ素など)と粒子(セシウム、プルトニウムなど)。
2.放射能を帯びた気体は、しばらくの間、塊となって空をマダラに飛んでいる。
3.粒子は風などで飛び散り、人や動物の体毛でも運ばれる。
海では、カキ、ヒラメ、カレイの体内に蓄積、海流などで薄まることはない。
4.放射線量の計算方式(瞬間の放射線量は無意味)
単位シーベルト/時間 × 24時間 × 経過日数 = 被ばく量
これが、労働者の生涯被ばく量基準(がん発症急増):100mSvである。
(11.5μSv/h × 24h ×365日 = 100.7mSv)
5.プルトニウムは、主に厄介な肺がんを発症
0.02g(2mg)の微粒子(黄砂と同程度の大きさ)の吸引で、1ヵ月以内に死亡。
6.シーベルト…人体の被ばく程度を表す単位。
100mSv(積算)は白血球の急激な減少や脱毛などの急性障害が生じ始める基準値。放射線は自然に存在、人体は日常から年間2.4mSvを浴びている。福島第一原発から漏れる放射能は自然量に上乗せ。
7.「国際放射線防護委員会(ICRP)」の見解:
被ばくの健康被害は1mSv/時(1000μSv)でも起こる1mSv/hを浴びると、数年から10数年後に1万人中1人が発ガンすることは明らか。2mSv/hなら2人、10mSv/h は10人と放射線量の上昇に正比例してリスクは高まる。
8.放射線で発ガンするメカニズム:
放射線を浴びると細胞核に1本の放射線が貫かれる。細胞の化学結合は放射線エネルギーよりもはるかに弱いから細胞は破壊。これを体が修復するときにミスが生じ発ガンする。そこで、育ち盛りの10代、胎児に危険が集中する。子供の生涯被ばく量基準は:30mSv(積算)とされている。
東京電力から、5億円の研究費をもらっている東京大学をはじめ、東京工大などの専門家が、やたらテレビに登場するのも、コッケイな物語である。少しくらいの原発反対学者を出せないほどに余裕のない事態なのか!
専門家のコメントよりも、最も恐い放射性微粒子の飛散に対して、花粉や地震と同じように飛散情報を毎日随時に報道すべきなのである。光化学スモッグでは出来て、放射性微粒子では行っていないのだ。ドイツ大使館が大阪に移転したのは、放射線分布シミュレーションに基づいていた判断だった。
http://www.spiegel.de/images/image-191816-galleryV9-nhjp.gif
情報から安全を判断するのは、住民や個別企業である。
¶アメリカが80キロ圏内から脱出した訳
の真髄ともなれば、全く報道もされていない。アメリカは、イラク戦争で活躍した無人偵察機を飛ばして、すぐさま放射線量を測定した。日本政府の発表する数値と、あまりにも食い違うために、まずは日本政府を問い詰めた。これは、外国の政府(日本政府の自決権)への干渉とならないように内々で行ったのだが、日本政府は無視して返答をしなかった。そこで、アメリカは、日本政府に統治能力がないとして自国の判断として50マイルとしたのだ。
アメリカをはじめ欧米政府の発想は、統治能力などである。統治能力、すなわち統治権と統治義務を有効に発揮しない人物や団体とは、双務・片務を問わず契約行為をすることがないのである。したがって、そこから先は自国の利益を考えながらの行動となり、せいぜい、チャリティーであるにすぎなくなる。その後、アメリカは、東京の大使館、名古屋領事館の家族の帰国を許可(許可とは=旅費は政府負担)、本州の在日米軍の家族の帰国も認めている。少なくとも欧米各国や欧米企業は、自らの安全配慮義務を履行しているのである。
……首都圏の安全バロメーターは、今や欧米各国の動きをみるしかない。
4月4日、米海兵隊専門部隊155人が来日、大規模放射能漏れに備え横田基地で待機に入った。
¶「誰のために、貴方は危険にさらされるのか?」
このテーマが極めて重要なのだ。これが解決されない限り、個人も、個別企業も、行政機関も力が入らない。ちなみに、現在の放射線量なら安全だと、国営放送?を筆頭にPRをしているが、大きな疑問は一向に解決されていない。
……放射能被害に遭うかもしれない、それを承知した人はいない。
ベストセラーとなっている、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の、『これからの「正義」の話をしよう』の中にある、暴走した路面電車を誰が止めるかという話がある。端的にいえば、暴走した電車を人の少ない方に向けるか、多人数の方に向けるか。極めつけは、陸橋の上から、「太っちょ」を暴走電車の前に落とせば止まるのであれば、本人の承諾をえてから落とすのか、それとも、「太っちょ」が気付かぬうちに、みんなで抱えて一瞬のうちに落としてしまうのかである。これが、東京電力や政府に対する、関東地域に住む人や企業の納得し得ない論理、すなわち不法行為なのだ。
頭脳明晰な東京電力や国は、その結論を急いで、不法行為は「細かい被害」と言っているのだ。
気体の形をとるヨウ素131の甲状腺:発がんは、早ければ7~8年、多くは10年前後。セシウムやプルトニウムの微粒子を吸ってしまった体内被曝は、もっと早いようだ。
……だから、発がん大国は、日本の唯一資産である、文化水準の高い人材の蓄積を直撃するのである。「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供に悪影響が出ないように、10代の子供や胎児を先頭に民族移動が始まっているのである。小中学校の転校に、親も不要だし、住民票もいらないのだ。
¶東日本転落は、必至かもしれない。
現行の経済対策見通しを見ていると、「東日本切り捨て」に見えてしまう。
よく見なければならないことは、地震・津波などの救援対策は、
第1期、初動の遭難対策:救急救命、水・光・熱と食料、連絡ルートなど
第2期、その後の支援対策:収容施設、支援物資輸送、財産保全、治安など
の二つを明確に分類しなければならない。
この初動であるべき遭難対策で、連絡ルートが確立されてないから滞りが出ている。全国からの物資が家庭単位で届けられるような連絡ルートの確立は、600キロ弱の被災地への物資輸送には欠かせない方法なのに、まるで阪神大震災(被災地は10キロほど、40キロ離れた大阪が物資供給基地で、当日から通信・通行可能)と間違えたようだ。だから、多くの支援物資が集積地に滞留し行き渡っていない。義援金は未だ蓄積されたままだ。この遭難対策こそ、自衛隊、消防の仕事であり、ボランティアの待機は当然のことだった、にも関わらず。
だから、その後の支援対策に大きな支障をきたしているのだ。所詮、官僚は役に立たなかった。
¶災い転じて福となす=豊かな経済の基盤
とは、将来の豊かな経済に向けて、個々人、個別企業が知恵を出してこそ、経済の基盤は整うのだ。そこには構想力がものをいう。戦略的な構想力と、戦術的作業の構想力がある。戦略的な構想力がなければ、官僚や行政機関が戦術的作業ばかりを、「復興対策やっています」と弁解出来るように資金を浪費してしまう。このままであれば、「画一的?な掛け声」だけで、バラックが立ち並び、生活保護世帯が急増するにすぎない。そこで再び津波がやって来れば、また、流されるだけだ。
就労中の被災労働者の労災保険適用、雇用調整助成金、社会保険の給付と保険料延納、失業保険の支給基準緩和、未払い賃金立替払、こういった措置は経済対策ではない。多くの立法趣旨の通り、あくまで紛議紛争回避制度であり、治安対策にすぎない。個々人や個別企業は、一斉に給付申請に走ることが、豊かな経済基盤づくりの理にかなっている。
日本政府や官僚は、この失われた20年間、経済を豊かにすることをしなかったし、今日の時点でも有効かつ中身のある具体策の募集、採用、取りまとめ等を停止したままでいるのだ。官僚や元官僚(大臣や県知事)と民間の考える発想は大違いだ。
では、戦略的な構想力と戦術的作業の構想力を例示すれば
1.東日本災害支援:義援消費税1%の1年間時限立法
被災地を除けば、賛同者は多い。約2兆円は通貨レートに影響なし。
2.被災地の部品工場は、一挙に元請け工場の敷地に、住居ごと移転
復旧に時間的な猶予はなく、時間がかかれば注文は来ない。特に、福島県臨海部の工業団地等は、民間企業をリードする特例緊急対策を。
3.被災地の失職者を吸収(職安)して、インフラ整備の緊急就労事業
流通業にお願いして雇用吸収率を定め、日雇い現金払いで、連絡ルートや水・光・熱・食料→支援物資輸送事業で、ボランティアよりも現地失業者の失業対策。
4.一極集中の解消、東日本の労働力と物資の移動、「経済産業再立地安定本部」
終戦直後の経済安定本部、高度経済成長前夜のエネルギー転換政策など、日本は経験済み。労働力大移動と物資移動ルートの再編で、効率的経済と効率的エネルギー消費に切り替え、産業構造高度化する。在宅勤務、時間外労働削減で労働生産性を引き上げる。
5.漁業・水産業・農業構造の高度化=海外輸出産業への転換
ワカメ、帆立、フカヒレ、椎茸など、中国等への海外輸出産品に。漁船の高度化で輸出産業の育成へ。
ノルウェーは日本に鯖を大量に輸出しているが、船員の年収は800万円、船長は1500万円、自然保護のために乱獲制限までしている。例年なら、6月からはカツオ漁が始まる。鮪、鮭、鰹、秋刀魚などの漁業が日本の貧困層の巣窟であってはならない。
6.漁業、水産業、農業、工業の高度化育成の転機
基本は、「高付加価値製品&高水準サービス」商品を下支えする産業立地基盤である。絶対に、津波や地震に強い町づくりではない。だとすれば、漁港の近くには6階建て鉄筋コンクリート、1~2階は吹き抜け、3~4階は加工工場、5~6階を住居とし、屋上にはヘリポートを作る…といった施設となる。
7.東北地方の、最大のイノベーションのカギは労働力
明治以来、経済構造の改革を幾度も実施できた地域である。昔のような人身売買、日本陸軍の主力部隊、出稼ぎ労働者の根拠地といったものではなく、適切な労働力の移動を目指す需給関係と産業構造。極めて厳しいかもしれないが、経済的理由もなく東北地方にしがみつくことは苦境と不幸を招く。
戦略的な構想力が抜けた融資は、この地方にあっては不良債権どころか惨禍を招来する。官僚や元官僚が考える、「増税→復興対策費→経済成長低下・消費低迷…」といった道とは大違いである。事実、この40年間は官僚の着想した「産業の育成」で、労働力の衰退を招き、離散を繰り返した。
8.緊急就労事業、失業対策事業、生活保護による下支えである。
富国強兵にもとづく、昭和13年の国民健康保険は、東北の農山漁村の労働資源育成であった。現代日本においては、学歴と文化水準の高い労働者を必要とする。これは、外国人労働力では賄うことが出来ない。
とりわけ生活保護での下支えは、親子4人ならば月額十数万円となる。この十数万円の基準金額から、その月ごとに入金した給与、休業手当、労災、年金、傷病手当、失業手当、未払い賃金立替払などが差し引かれ残りの額を支給される仕組みだ。生活保護の支給決定は平時でも2週間内である。分配に不公平があるという訳で義援金が滞留しているならば、この生活保護予算に寄付をすれば良い。
東北経済は事情が違うから、こうやって元気を出して生活費を確保しよう。
9.前項の事業を職安に既設のワンストップ・サービスで促進。
製造、漁業、水産、農業その他の当面の仕事の全国広域紹介と雇用促進住居でもって、日本全体の生産力と労働力を、「前向き維持」すれば良いのだ。
¶経済基盤を固める為の、個別企業からの動きは
貴方が活躍する会社からも始めることが出来る。大量の資本投下が見込まれない日本経済であれば、こういった処から経済発展の可能性を追及して、個別企業の事業展開が存在しうることを肝に銘じるしかない。被災地で、これから育成されるべき産業は、全国との関連が強い。
東日本の地震と津波、原発崩壊は、個別企業のビジネスチャンスである。
あなたも、上記のような事柄を考えてみて構想力を養い、以って東北被災地と呼応した、個別企業の事業計画の修正アイデアを発見することから開始だ。もちろん、ビジネスは火事場泥棒ではない。ここでの構想力が沸いてこないのであれば、経営や経営管理の職業は捨てた方が良い、貴方が何かの錯覚に陥っているかもしれないから。
明るく、意思が強く、他人を説得して職業を全うする気力があれば、現代社会で幸せになることが出来る。これは、経済学的にも裏づけされた理論である。それは、現行の家族関係や会社単位の人間関係を転換させるかもしれないが、
反対に無気力に陥ってしまった人が、人間として相手にされない時代が来ることも、経済学的・歴史学的にも間違がいない。
明るく意思が強ければ、「新しい人間関係のつながり」を形成することにもなるだろうけれど……。
(たとえば資源活用サイト)
http://www.soumubu.jp/reuse/index.html
¶自然災害で滅亡した国は太古の昔からない。
その国の制度が疲弊しきって、そこに、地震や津波などの自然災害をきっかけに、その国の滅亡過程に終止符が打たれるというのが真実だ。それは人類の歴史で数千年前から言い伝えられている。津波については、そういった記述はなさそうだ。
それは今回の津波被害も阪神大震災の沿岸部の被災でも、経済学の見地からすれば、そもそも人間が手におえない自然に無理矢理に挑戦、経済的失敗をした結果にすぎない。
このうち、原発は法律学では明らかに天災とは認められず、不法行為となるから損害賠償責任が生じる。
その意味でも、人間が制御出来ない原子力に利権が密集、その結果が示すように、
福島原発の放射能遮断、これは素人の発想と対処だ。土質工学・土木・建築の技術者が協力できないのは、東電の排他・隠蔽・独善姿勢の大原因は明らかだ。
空には、水蒸気シュッポシュッポと風で飛び散る放射性物質が飛散、
海に(防ぐ技術がありながら)放射性物質汚染水をドッと、東電は独断排出。
ここ数日の、汚染水排出と粒子飛散は、日本経済の「高付加価値製品&高水準サービス」イメージに、致命的打撃をあたえる。
___災い転じて福となす。 それとも 国敗れて山河あり。___
個別企業のビジネスチャンスが、この災いだからこそ大胆奇抜な事業が出来るのだと考えれば、そこに生まれている。だが、「なぜ日本は没落するのか」(経済学者の故森嶋通夫)が1999年に指摘した「無気力」の暗雲がたちこめ、官僚依存と幼稚な政治感覚で日本を駄目にするかもしれないのだ。この国の制度の疲弊を嘆いたとして、その立て直しを官僚に頼んだとすれば、またもや第二次世界大戦の二の舞である。
被災された皆様に 心よりお見舞い申し上げます。
がんばれ日本 転じて、発がん大国&、このままでは東日本転落!?
<コンテンツ>
・4月からの事業計画が一転した個別企業!
・情報を正しく分析する基礎ポイント
・アメリカが80キロ圏内から脱出した訳
・「誰のために、貴方は危険にさらされるのか?」
・東日本転落は、必至かもしれない。
・災い転じて福となす= 豊かな経済の基盤
・経済基盤を固める為の、個別企業からの動きは
・自然災害で滅亡した国は太古の昔からない。
¶4月からの事業計画が一転した個別企業!
その最大の焦点は、東京一極集中となっていた多くの企業が、一転して今年度計画を見直し、日本国中の個別企業も見直す必要が出てきたことだ。その重要なポイントは、放射能汚染と計画停電である。事業推進にあたって、一番肝心なことを誰も言わないといった、この姿勢こそが危機的なのである。
個別企業も、場合によっては安全配慮義務を問われることになり、なによりも、「発がん大国」では、日本の豊かな経済活動の経済基盤(長期にわたる職業ノウハウ)が形作られるわけがないのである。発がんしても病気ではない…といった生命保険の保険料不払い再発をも招きたいのであろうか、ただし放射能による発がん率は若者が高い。
関東地方の放射能汚染で、経済活動への資本投下をするキーマンの多くが東京を去っている。日本の大手企業はサラリーマン出身の役員で固められ、その投資家たちは東京にもういない。残るは、将軍ばかりで、王様は残っていないのだ。
取り残された部隊、これは戦争の常識ではあるが、最後まで前面突破で戦う以外に生き残る道はなく、今や心理的にはその様相である。その現象とは、放射能に対する強気、交通・電気などのインフラ激減への諦めと納得、理由のない復興期待感などである。
そもそも、放射能汚染に対しては、正確な情報を知り、正確な人材と財産の配置がなによりも大切なのである。それは、個別企業や個々人が、自らのことを自分で決めるためである。
¶情報を正しく分析する基礎ポイント
そもそも情報とは、目的があって、それを達成するための事実関係であり、一貫性のあるストーリー&事実一致性の両方が必要なのである。すなわち、「生きて行くためのものが情報」である。一貫性のない事実の羅列は誤魔化しと虚偽につながる。これ以外は必要ない。これをマスコミは伝えようとしていない。マスコミなどから流れる話のほとんどは、「パニックを防ぐ」との合言葉で、正確な情報を伝えないことになっている、世論誘導だ。ちなみに筆者は、幸いなことに高校3年の物理の試験が、原爆と水爆の爆発理論であった。
1.放射能を発する物は、気体(ヨウ素など)と粒子(セシウム、プルトニウムなど)。
2.放射能を帯びた気体は、しばらくの間、塊となって空をマダラに飛んでいる。
3.粒子は風などで飛び散り、人や動物の体毛でも運ばれる。
海では、カキ、ヒラメ、カレイの体内に蓄積、海流などで薄まることはない。
4.放射線量の計算方式(瞬間の放射線量は無意味)
単位シーベルト/時間 × 24時間 × 経過日数 = 被ばく量
これが、労働者の生涯被ばく量基準(がん発症急増):100mSvである。
(11.5μSv/h × 24h ×365日 = 100.7mSv)
5.プルトニウムは、主に厄介な肺がんを発症
0.02g(2mg)の微粒子(黄砂と同程度の大きさ)の吸引で、1ヵ月以内に死亡。
6.シーベルト…人体の被ばく程度を表す単位。
100mSv(積算)は白血球の急激な減少や脱毛などの急性障害が生じ始める基準値。放射線は自然に存在、人体は日常から年間2.4mSvを浴びている。福島第一原発から漏れる放射能は自然量に上乗せ。
7.「国際放射線防護委員会(ICRP)」の見解:
被ばくの健康被害は1mSv/時(1000μSv)でも起こる1mSv/hを浴びると、数年から10数年後に1万人中1人が発ガンすることは明らか。2mSv/hなら2人、10mSv/h は10人と放射線量の上昇に正比例してリスクは高まる。
8.放射線で発ガンするメカニズム:
放射線を浴びると細胞核に1本の放射線が貫かれる。細胞の化学結合は放射線エネルギーよりもはるかに弱いから細胞は破壊。これを体が修復するときにミスが生じ発ガンする。そこで、育ち盛りの10代、胎児に危険が集中する。子供の生涯被ばく量基準は:30mSv(積算)とされている。
東京電力から、5億円の研究費をもらっている東京大学をはじめ、東京工大などの専門家が、やたらテレビに登場するのも、コッケイな物語である。少しくらいの原発反対学者を出せないほどに余裕のない事態なのか!
専門家のコメントよりも、最も恐い放射性微粒子の飛散に対して、花粉や地震と同じように飛散情報を毎日随時に報道すべきなのである。光化学スモッグでは出来て、放射性微粒子では行っていないのだ。ドイツ大使館が大阪に移転したのは、放射線分布シミュレーションに基づいていた判断だった。
http://www.spiegel.de/images/image-191816-galleryV9-nhjp.gif
情報から安全を判断するのは、住民や個別企業である。
¶アメリカが80キロ圏内から脱出した訳
の真髄ともなれば、全く報道もされていない。アメリカは、イラク戦争で活躍した無人偵察機を飛ばして、すぐさま放射線量を測定した。日本政府の発表する数値と、あまりにも食い違うために、まずは日本政府を問い詰めた。これは、外国の政府(日本政府の自決権)への干渉とならないように内々で行ったのだが、日本政府は無視して返答をしなかった。そこで、アメリカは、日本政府に統治能力がないとして自国の判断として50マイルとしたのだ。
アメリカをはじめ欧米政府の発想は、統治能力などである。統治能力、すなわち統治権と統治義務を有効に発揮しない人物や団体とは、双務・片務を問わず契約行為をすることがないのである。したがって、そこから先は自国の利益を考えながらの行動となり、せいぜい、チャリティーであるにすぎなくなる。その後、アメリカは、東京の大使館、名古屋領事館の家族の帰国を許可(許可とは=旅費は政府負担)、本州の在日米軍の家族の帰国も認めている。少なくとも欧米各国や欧米企業は、自らの安全配慮義務を履行しているのである。
……首都圏の安全バロメーターは、今や欧米各国の動きをみるしかない。
4月4日、米海兵隊専門部隊155人が来日、大規模放射能漏れに備え横田基地で待機に入った。
¶「誰のために、貴方は危険にさらされるのか?」
このテーマが極めて重要なのだ。これが解決されない限り、個人も、個別企業も、行政機関も力が入らない。ちなみに、現在の放射線量なら安全だと、国営放送?を筆頭にPRをしているが、大きな疑問は一向に解決されていない。
……放射能被害に遭うかもしれない、それを承知した人はいない。
ベストセラーとなっている、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の、『これからの「正義」の話をしよう』の中にある、暴走した路面電車を誰が止めるかという話がある。端的にいえば、暴走した電車を人の少ない方に向けるか、多人数の方に向けるか。極めつけは、陸橋の上から、「太っちょ」を暴走電車の前に落とせば止まるのであれば、本人の承諾をえてから落とすのか、それとも、「太っちょ」が気付かぬうちに、みんなで抱えて一瞬のうちに落としてしまうのかである。これが、東京電力や政府に対する、関東地域に住む人や企業の納得し得ない論理、すなわち不法行為なのだ。
頭脳明晰な東京電力や国は、その結論を急いで、不法行為は「細かい被害」と言っているのだ。
気体の形をとるヨウ素131の甲状腺:発がんは、早ければ7~8年、多くは10年前後。セシウムやプルトニウムの微粒子を吸ってしまった体内被曝は、もっと早いようだ。
……だから、発がん大国は、日本の唯一資産である、文化水準の高い人材の蓄積を直撃するのである。「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供に悪影響が出ないように、10代の子供や胎児を先頭に民族移動が始まっているのである。小中学校の転校に、親も不要だし、住民票もいらないのだ。
¶東日本転落は、必至かもしれない。
現行の経済対策見通しを見ていると、「東日本切り捨て」に見えてしまう。
よく見なければならないことは、地震・津波などの救援対策は、
第1期、初動の遭難対策:救急救命、水・光・熱と食料、連絡ルートなど
第2期、その後の支援対策:収容施設、支援物資輸送、財産保全、治安など
の二つを明確に分類しなければならない。
この初動であるべき遭難対策で、連絡ルートが確立されてないから滞りが出ている。全国からの物資が家庭単位で届けられるような連絡ルートの確立は、600キロ弱の被災地への物資輸送には欠かせない方法なのに、まるで阪神大震災(被災地は10キロほど、40キロ離れた大阪が物資供給基地で、当日から通信・通行可能)と間違えたようだ。だから、多くの支援物資が集積地に滞留し行き渡っていない。義援金は未だ蓄積されたままだ。この遭難対策こそ、自衛隊、消防の仕事であり、ボランティアの待機は当然のことだった、にも関わらず。
だから、その後の支援対策に大きな支障をきたしているのだ。所詮、官僚は役に立たなかった。
¶災い転じて福となす=豊かな経済の基盤
とは、将来の豊かな経済に向けて、個々人、個別企業が知恵を出してこそ、経済の基盤は整うのだ。そこには構想力がものをいう。戦略的な構想力と、戦術的作業の構想力がある。戦略的な構想力がなければ、官僚や行政機関が戦術的作業ばかりを、「復興対策やっています」と弁解出来るように資金を浪費してしまう。このままであれば、「画一的?な掛け声」だけで、バラックが立ち並び、生活保護世帯が急増するにすぎない。そこで再び津波がやって来れば、また、流されるだけだ。
就労中の被災労働者の労災保険適用、雇用調整助成金、社会保険の給付と保険料延納、失業保険の支給基準緩和、未払い賃金立替払、こういった措置は経済対策ではない。多くの立法趣旨の通り、あくまで紛議紛争回避制度であり、治安対策にすぎない。個々人や個別企業は、一斉に給付申請に走ることが、豊かな経済基盤づくりの理にかなっている。
日本政府や官僚は、この失われた20年間、経済を豊かにすることをしなかったし、今日の時点でも有効かつ中身のある具体策の募集、採用、取りまとめ等を停止したままでいるのだ。官僚や元官僚(大臣や県知事)と民間の考える発想は大違いだ。
では、戦略的な構想力と戦術的作業の構想力を例示すれば
1.東日本災害支援:義援消費税1%の1年間時限立法
被災地を除けば、賛同者は多い。約2兆円は通貨レートに影響なし。
2.被災地の部品工場は、一挙に元請け工場の敷地に、住居ごと移転
復旧に時間的な猶予はなく、時間がかかれば注文は来ない。特に、福島県臨海部の工業団地等は、民間企業をリードする特例緊急対策を。
3.被災地の失職者を吸収(職安)して、インフラ整備の緊急就労事業
流通業にお願いして雇用吸収率を定め、日雇い現金払いで、連絡ルートや水・光・熱・食料→支援物資輸送事業で、ボランティアよりも現地失業者の失業対策。
4.一極集中の解消、東日本の労働力と物資の移動、「経済産業再立地安定本部」
終戦直後の経済安定本部、高度経済成長前夜のエネルギー転換政策など、日本は経験済み。労働力大移動と物資移動ルートの再編で、効率的経済と効率的エネルギー消費に切り替え、産業構造高度化する。在宅勤務、時間外労働削減で労働生産性を引き上げる。
5.漁業・水産業・農業構造の高度化=海外輸出産業への転換
ワカメ、帆立、フカヒレ、椎茸など、中国等への海外輸出産品に。漁船の高度化で輸出産業の育成へ。
ノルウェーは日本に鯖を大量に輸出しているが、船員の年収は800万円、船長は1500万円、自然保護のために乱獲制限までしている。例年なら、6月からはカツオ漁が始まる。鮪、鮭、鰹、秋刀魚などの漁業が日本の貧困層の巣窟であってはならない。
6.漁業、水産業、農業、工業の高度化育成の転機
基本は、「高付加価値製品&高水準サービス」商品を下支えする産業立地基盤である。絶対に、津波や地震に強い町づくりではない。だとすれば、漁港の近くには6階建て鉄筋コンクリート、1~2階は吹き抜け、3~4階は加工工場、5~6階を住居とし、屋上にはヘリポートを作る…といった施設となる。
7.東北地方の、最大のイノベーションのカギは労働力
明治以来、経済構造の改革を幾度も実施できた地域である。昔のような人身売買、日本陸軍の主力部隊、出稼ぎ労働者の根拠地といったものではなく、適切な労働力の移動を目指す需給関係と産業構造。極めて厳しいかもしれないが、経済的理由もなく東北地方にしがみつくことは苦境と不幸を招く。
戦略的な構想力が抜けた融資は、この地方にあっては不良債権どころか惨禍を招来する。官僚や元官僚が考える、「増税→復興対策費→経済成長低下・消費低迷…」といった道とは大違いである。事実、この40年間は官僚の着想した「産業の育成」で、労働力の衰退を招き、離散を繰り返した。
8.緊急就労事業、失業対策事業、生活保護による下支えである。
富国強兵にもとづく、昭和13年の国民健康保険は、東北の農山漁村の労働資源育成であった。現代日本においては、学歴と文化水準の高い労働者を必要とする。これは、外国人労働力では賄うことが出来ない。
とりわけ生活保護での下支えは、親子4人ならば月額十数万円となる。この十数万円の基準金額から、その月ごとに入金した給与、休業手当、労災、年金、傷病手当、失業手当、未払い賃金立替払などが差し引かれ残りの額を支給される仕組みだ。生活保護の支給決定は平時でも2週間内である。分配に不公平があるという訳で義援金が滞留しているならば、この生活保護予算に寄付をすれば良い。
東北経済は事情が違うから、こうやって元気を出して生活費を確保しよう。
9.前項の事業を職安に既設のワンストップ・サービスで促進。
製造、漁業、水産、農業その他の当面の仕事の全国広域紹介と雇用促進住居でもって、日本全体の生産力と労働力を、「前向き維持」すれば良いのだ。
¶経済基盤を固める為の、個別企業からの動きは
貴方が活躍する会社からも始めることが出来る。大量の資本投下が見込まれない日本経済であれば、こういった処から経済発展の可能性を追及して、個別企業の事業展開が存在しうることを肝に銘じるしかない。被災地で、これから育成されるべき産業は、全国との関連が強い。
東日本の地震と津波、原発崩壊は、個別企業のビジネスチャンスである。
あなたも、上記のような事柄を考えてみて構想力を養い、以って東北被災地と呼応した、個別企業の事業計画の修正アイデアを発見することから開始だ。もちろん、ビジネスは火事場泥棒ではない。ここでの構想力が沸いてこないのであれば、経営や経営管理の職業は捨てた方が良い、貴方が何かの錯覚に陥っているかもしれないから。
明るく、意思が強く、他人を説得して職業を全うする気力があれば、現代社会で幸せになることが出来る。これは、経済学的にも裏づけされた理論である。それは、現行の家族関係や会社単位の人間関係を転換させるかもしれないが、
反対に無気力に陥ってしまった人が、人間として相手にされない時代が来ることも、経済学的・歴史学的にも間違がいない。
明るく意思が強ければ、「新しい人間関係のつながり」を形成することにもなるだろうけれど……。
(たとえば資源活用サイト)
http://www.soumubu.jp/reuse/index.html
¶自然災害で滅亡した国は太古の昔からない。
その国の制度が疲弊しきって、そこに、地震や津波などの自然災害をきっかけに、その国の滅亡過程に終止符が打たれるというのが真実だ。それは人類の歴史で数千年前から言い伝えられている。津波については、そういった記述はなさそうだ。
それは今回の津波被害も阪神大震災の沿岸部の被災でも、経済学の見地からすれば、そもそも人間が手におえない自然に無理矢理に挑戦、経済的失敗をした結果にすぎない。
このうち、原発は法律学では明らかに天災とは認められず、不法行為となるから損害賠償責任が生じる。
その意味でも、人間が制御出来ない原子力に利権が密集、その結果が示すように、
福島原発の放射能遮断、これは素人の発想と対処だ。土質工学・土木・建築の技術者が協力できないのは、東電の排他・隠蔽・独善姿勢の大原因は明らかだ。
空には、水蒸気シュッポシュッポと風で飛び散る放射性物質が飛散、
海に(防ぐ技術がありながら)放射性物質汚染水をドッと、東電は独断排出。
ここ数日の、汚染水排出と粒子飛散は、日本経済の「高付加価値製品&高水準サービス」イメージに、致命的打撃をあたえる。
___災い転じて福となす。 それとも 国敗れて山河あり。___
個別企業のビジネスチャンスが、この災いだからこそ大胆奇抜な事業が出来るのだと考えれば、そこに生まれている。だが、「なぜ日本は没落するのか」(経済学者の故森嶋通夫)が1999年に指摘した「無気力」の暗雲がたちこめ、官僚依存と幼稚な政治感覚で日本を駄目にするかもしれないのだ。この国の制度の疲弊を嘆いたとして、その立て直しを官僚に頼んだとすれば、またもや第二次世界大戦の二の舞である。
2011/03/08
第107号
<コンテンツ>
・日本経済:救世主?との、話題のソーシャル・ビジネスとは
・経済学で言えば、「イノベーション」がソーシャル・ビジネス
・今や、日本にマネー投下をする者がいない現実
・個別企業でのイノベーションができれば、経済発展
・資本投下? 潜在在庫、根底の経済システムの見直しは
・総務・人事部門で活躍している貴方は、
・日本人の驚くべき、就業実態総合調査結果
・この調査と併せて、この十数年の経済社会環境変化は、
・この春の厚生労働行政の現状は
・総務・人事の何が、目前の仕事課題と見えるのか?
¶日本経済:救世主?との、話題のソーシャル・ビジネスとは
本来、社会システム(制度)を劇的に変化させるような貢献をするビジネスを指す。少なくとも世界基準ではそうだ。
だが日本政府やマスコミでは、何かの社会福祉や社会問題を解決する奉仕的な小規模事業といったイメージ。介護・医療産業が成長すると政府がPRし、高齢者や女性の労働参加率の上昇が…と日銀総裁が発言することもあって、ソーシャルを「社会政策」と誤解する人が多い。
そもそも、社会政策の目的や傾向には二つの側面がある。
(1)個人の自由平等を追求するための社会共同体を形成する過程での立場の弱い者の保護
(2)人間の集団生活の中で弱者となった者への慈悲
である。
したがって、
前者は初めに権利の主張があり、後に社会ルール(義務)となり、
後者は名誉欲や体制維持と+少しばかりの愛に基づくとされている。
要するに、ソーシャル・ビジネスは社会政策とは無縁の理念であることが本質なのだ。そして社会権やその行使とは無縁であるほどに、実は、目指すビジネス規模は大きいのである。
そういった世界基準の本質からすると、
日本における明治維新とその後の産業革命はソーシャル・ビジネスそのものだったと言える。戦後の米ソ対立に因るアメリカの対日投資~高度経済成長~全国各地への工場建設と金融支援なども、その意味ではソーシャル・ビジネスなのだ。
環境・自然エネルギー産業、地産地消や産業分散化もソーシャル・ビジネスだ。
ところが、
現在の日本で論じられる「ソーシャル・ビジネス」説は、
今の経済社会から、これから引退する勢力と、
今から代替わりし経済社会に、これから進出する勢力間での力くらべ
を反映した「マスコミや行政機関の政治的思惑」に、どっぷり漬かった代物(論説)なのだ。だから、社会政策や社会権の一部かのような印象を一般人に持たせようといった思惑を持っている。
そう、こんなことを述べるジャーナリストもマスコミから排斥している。
¶経済学で言えば、「イノベーション」がソーシャル・ビジネス
である。それは、言葉の表現方法が異なるだけであり、およその概念は同一である。イノベーションとは、経済学者シューペンターが重厚長大産業を題材に発見した経済理論である。日本では、「技術革新」などとの不正確な用語に翻訳したものだから、半世紀に渡って誤解されているが、要するに「刷新」である。
=新商品開発の新商品の定義=
(1)新しい財貨、新しい物の発見
(2)新しい生産方式の導入
(3)新しい市場の開拓
(4)新しい原材料、新しい半製品の発見
(5)社内から社会に渡る、新しい事業組織の開発
と同様の事柄なのだ。
個別企業のイノベーション発展=新商品開発である。
このイノベーションが、ICT産業革命によって、重厚長大の大規模事業から中堅中企業や小零細企業・個人事業へと、イノベーションの受け皿が移行しつつあるのだ。
だから、大規模企業では情報の集積集中型管理によってイノベーションを取り仕切るから、多面的イノベーションの萌芽を踏みつけている事態も生まれているのだ。多くの高学歴研究者が、これにより浮かばれない境遇にもなっている。
そこで、個別企業は、
より影響力を持つ事業は「外部」にある資源やノウハウへの依存が進み、
影響力のある事業を進めるためには、
「開かれた企業、社会的責任を持つ企業への転換」
が必要となってくるのである。
だから、大手マスコミや評論家の類が持ち出すところの、社会的世論や時代の変化などとの社会的責任論などの根拠は的外れなのだ。
ここが、貴方が活躍する個別企業の経営管理やビジネスチャンスにつながるインテリジェンスのポイントなのである。
¶今や、日本にマネー投下をする者がいない現実
この十数年間の金融資本投下では、経済が成長したかもしれないが、経済の豊かさは落ちた。
成長を阻害していた規制制度と、
豊かさのためにブレーキを掛けていた社会規制が、
新自由主義(アダム・スミスの自由主義とは無縁)の名のもとに、乱暴に規制緩和されたのが日本の姿である。「規制が外れて日本国が空っぽ」になってしまったものだから、誰もマネーを投下するわけがない。この10年余も、戦時中と同じく、日本国民は大して異を唱えなかった。
法人税減税や外資誘致活動を
今更、昔の夢をもう一度とばかりに進めてみたところで、日本にマネーを投下する利便性など生まれて来るはずもない。
むしろ、使い勝手の良い日本労働者が
ある程度存在(受験と選別に慣れ親しんだサラリーマン化)するのだから、これに英語でもしゃべらせて発展途上国での多国籍企業展開で働かせた方が、効率が良い!という結論になっているのだ。国際社会の美名のもとに、出稼ぎのための英語教育、現地労働に欠かせない記憶力鍛錬の義務教育なんかは、旧来との政策変化が見られない。
アメリカはマネーが無いから
TPPをやろうという訳だ。オイル・マネーは日本に投資する意義など考えていないこともハッキリした。中国は幻想マネーであり、彼らと深く関係すれば日本企業は不良債権をつかまされる。そして、身近なはずの日本政府は、NHKテレビ日曜討論2月20日の放送で亀井議員が指摘した通り「今、財務省は財政危機と考えていない」と、金はあるのだが、経済対策にマネーを使う気は無い。だから経済産業省も仕方なく、「文化産業新興政策」などと言い始めている。
したがって、日本にマネーを投下する人や勢力がいないから、日本国内に事業基盤を置く限り、マネー投資による個別企業の経済成長はあり得ないのだ。
¶個別企業でのイノベーションができれば、経済発展
(豊かさ&成長)することが出来る。やはりそこには、経済学や経営学の人類の叡智に解決のヒントがある。
ただ冷静に見なければならない残念な事実もある。
それは、日本国内には産業資本のもとで産業を育成する能力を持つ管理職が、新自由主義とともに十数年前から冷や飯を食わされ、あげく定年などで第一線から退いていることだ。金融資本のもとでの模範的な経営者や管理職は、今意気消沈、もとより産業育成など出来る人材ではない。某電気メーカーでは、50歳過ぎの早期退職制度によって、中国に技術者がスカウトされている。本当に技術者の人たちは人が良いから、中国企業にだまされ、捨てられてもいるのだが…。
¶資本投下? 潜在在庫、根底の経済システムの見直しは
「100年に1度の経済危機」とか「450年ぶりの金融振幅危機」というほどには、物事がドラスティックには考えられていない。
だいたい、
過去にとらわれ、過去の経済システムでしか考えないからこそ、考えるほどに明日から将来にわたって気力は落ち込み、心も精神力も慣れて行く。これは自然の成り行きである。が、歴史や経済学(100ある経済学説のうち、巷で流れるのは3~4程なので)を紐とけば、次に何をすれば良いかが予見出来るのである。
…予見ステップ1
商品や物が取り引きされる市場が劇的に変化したので、旧来のような資本投下方法では生産された商品在庫が消化されない。ゆえに経済成長が見込めず、無理に成長を追い求めて金融・信用手段で経済を水ぶくれさせたものだから、これが破裂:リーマンショック前夜となったのである。
…予見ステップ2
ところで、(商品)在庫とは、日本人唯一のノーベル経済学賞受賞候補となったロンドン大学:森嶋通夫教授によれば、「貨幣や証券の形をとり、在庫の代替物として、企業の流動性選択活動に登場する」としている。
だとすると、個別企業が帳簿に載せない在庫(中小企業主が励む蓄財形態)だとか、個人が所有する在庫も、現在のところは如何なる市場でも商品としては流れていない。
また、貨幣や証券の形をとらない在庫として個人の職業能力はどうなっているのか?
すなわち、ここでも頭の中の能力在庫が多く蓄積されていれば多額貨幣の形をとる。だが、頭の中の在庫は労働市場に流れにくく、金融市場には流れてはいない。
今日まで経済学上は、簿外在庫、個人在庫、頭の中の在庫は、(商品)在庫とみなされなかったから、いわゆる潜在在庫である。
…予見ステップ3
こういった潜在在庫は、今まで何故?市場に登場しなかったのか。
それは今日までの資本投下システムでは、生産と消費の橋渡し役にセールスマンやトレーダー、マネージャーやブローカー、代理店や流通業者が主役となる事業展開の組織構造であったから、そこには潜在在庫を橋渡しさせる組織的目的はなかったし、潜在在庫を橋渡しさせれば、「取引コスト」が莫大にかかりすぎたからである。
…予見ステップ4
ある人は、この「取引コスト」をこう説明する
「例えばスーパーに行って食品を買うときにかかる費用には、その食品の値段だけでなく、買い物リストを創り、お店まで往復し、カートを運んで品物を選び、レジに並び、家に帰って買った物をしまうのに使うエネルギーと時間と労力が含まれる。だからトータルなコストはレシートにある値段よりも高くつく」(『シェア〈共有〉からビジネスを生みだす新戦略』NHK出版、164ページから引用)。
こういった考え方は、近年のビジネス教育の中では教えられなかった。未開の地や未開の地方に産業資本投下をして、商品を供給し、生産価格なるものを回収し、次の産業資本投下を行うことを前提としていたからだ。
だが、日本の室町時代から江戸時代の国内経済には、これ以外のものもあった。
例えば「買い手よし、売り手よし、世間よし」といった類であり、木綿反物、呉服、蚊帳、鰊、昆布、酒、麹などの商品流通が支えられていた。「手形やクレジットよりも現金で払うから値引きしてくれ」といった発想は、この時代のものだ。
…予見ステップ5
市場の劇的変化と、
表向き在庫(貨幣・証券の形となる)
及び潜在在庫(簿外在庫&個人所有在庫)
の消費をめぐって、ICT産業革命が進行しているとの視点から、これからの個別企業の経済発展を模索して行くことができるのだ。
…予見ステップ6
なおそれでも、十分に流通していないのが、在庫としての職業能力である。
これを個別企業の潜在在庫に蓄積(正確にいえば企業と個人で分散蓄積)へと形成することが人事労務政策の柱となるのである。この「能力在庫」は、今や「職業能力の個人属性」もノウハウ蓄積の学問的研究も進み、ICT産業革命により流通し始めている。
困ったことに、現行の雇用調整助成金や職業訓練は、それとは逆行している。意味を見出せないから、不正や授業サボりは増加の一途だ。
=職業能力向上(頭の中の在庫)への投資と職業能力の流通=
でもって、ICT産業革命の受け皿となっている分野への、
1.あらゆるイノベーション能力と
2.イノベーションを管理コントロールする人材(ここは特筆を要す)
を投入する具体的行動が重要なのだ。個別企業内や知り合いの間で行うだけでも効果がある。
…予見ステップ7
この一連のステップが、個別企業で進めば経済は発展する、大枠の方向性である。
貴方が、
衰退する産業や業種とか、イノベーションをせずして廃業に軟着陸する個別企業と、残り7~8年を付き合うのであれば、予見しない方がましである。
将来、爪に火をともすような生活がしたいのであれば、(仕事と生命の)節約と財産整理に走るのが良い。
いずれにしても、大枠の方向性を間違えば、すぐに悲劇がやって来るしかない。
¶総務・人事部門で活躍している貴方は、
上記の解説で、もしや腐っていたかも知れないけれど、この経済社会激変の時点にあって、ひとつの希望の兆しを見ることができただろうか。
「ハット気づくだけ!」で、気づいただけで、あなたの道は開ける。
経済は、「根拠のないやる気」では回復しない。ましてJapanな精神力は論外である。
丸山眞男という哲学者は、人物の行動の基盤にある物の見方・考え方について、「事実によって事実を批判することは出来ない」とし、事実を批判出来るのは理念(根拠のある主観)であるとの人文科学の研究成果を残している。すなわち、貴方自身が、(あえて主観的に)個別企業における新経済システムのビジネスモデル理念を思索(思い)し、提示(行ない)することが重要だということになる。(これは、マーフィーの法則より時代の早い研究だ)。
戦略路線は、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供
となるのだろうけれど、貴方自身が行う、この思索・提示こそが、個別企業や貴方自身の経済発展(豊かさ&成長)の原動力を保障するものだ。
¶日本人の驚くべき、就業実態総合調査結果
が発表された。労働者の意欲低下には意気消沈しそうだ!
http://www.jil.go.jp/press/documents/20101228.pdf
http://www.jil.go.jp/press/documents/20101228_siryo.pdf
この調査は厚生労働省のシンクタンクが昨年12月に第1回目として実施した。
マスコミや評論家の観測と大きく異なると思われる特徴点は次の通りである。
1.雇用者の平均勤続年数は11.3年、正社員でも14.5年だ
2.この2~3年、仕事の出来る人と出来ない人の差が目立ってきた
3.リーマンショック後、トップダウンで決まることが多くなった
4.だが半面、お互いに助けようという雰囲気が強くなり
5.仕事をめぐる職場内のトラブルは増えてはいない
6.会社との運命共同体意識は一段と減少傾向した
7.同じ仕事が正社員から契約社員に切り替わって行く
8.労組に雇用不安や賃金向上を期待するが、自分ではイヤ
9.若いうちの生きがいは、余暇・趣味、中年では家庭となる
だから、現在の就業者に、
日本経済発展の何だけが期待出来るかが、自ずと明らかになってきたという訳だ。
「格段に年収が高く、人の倍ほど働いている環境」になってから、
やっと「仕事が生きがい」との回答となる。高い年収を目指さないのである。まさに自律・自活出来ない就労者人口の増加である。この20年ほどで育ったこの者たちのツケは、もう解消出来ないかもしれない。
¶この調査と併せて、この十数年の経済社会環境変化は、
日本の経済発展障害要因であった古い因習や経済根拠のない「しきたり」を破壊もした。
同時に、基本的人間的なつながりも破壊した。
だとすると、この調査結果と考え合わせると、集団でも個人でも、次のことが言える。
1.「生活のための就労時間帯」と、「生きがいのための余暇や家庭といった時間帯」を設定した就業理念では、必ず日本は崩壊する。「自分の自由な時間が欲しいといって、自由時間が出来た者がいた例はない」。
2.また、若者の就労時間帯を、「生活部分」と「生きがい部分」の二つの時間帯に区分するといった、複線時間帯型就労理念だとしても、経済社会を維持するメドはなかなか難しい。
3.たぶん、「職業能力向上への投資と職業能力の流通」の中に、「生活と生きがいが一致する就業理念」が見いだされると思われる。
しかしながら、
それをどう経済社会の中で実現するのかが問題である。昨年の経団連調査でも、ワークライフバランスの阻害要因に、「ひとりひとりの働き方に対する意識の不足」をトップにあげているのだ。
「短時間で価値を生み出す自由人的労働」といった形態も考えられるが、今の日本の教育水準では、ほとんどの労働者に、そこまでの意識が備わっていないのが現実だ。
¶この春の厚生労働行政の現状は
マスコミ記者たちが取材しないから一般には報道されないのだから、実際には官僚たちのやりたい放題になっているのだ。官僚たちに豊富なアイデアを集める意思がないのは、政権交代前よりもひどくなった。それは、今話題となっている、国民年金の専業主婦扱いでの救済措置を厚生労働省が勝手にやっていた程度のものではない。
その現われとして、小宮山厚生労働副大臣は、今年1月12日の日本労働ペンクラブの総会で、(うっかりと)「政府としても政労使の戦略対話を通じて力を入れて取り組んで行きたい」とあいさつをしてしまった。
ここでいう政労使の「政」とは事実上官僚のことである。確かに、厚生労働省の官僚たちは大臣らの言うことを聞かない、それは前厚生労働大臣退任の例にもある。
「労」とは連合のことであり、幅広く労働界の叡智を集めようなどとの話ではない。
「使」とは経団連のことで、ここでも産業界の叡智を集めるわけでもない。
すなわち、政府は、この三者の調整をやっているに過ぎないのだ。今回の基礎年金第3号被保険者の事件も、もちろん自然な成り行きだ。…誰がリークした?
ここまで酷い状態のなかで、現厚生労働大臣は、求職者支援制度の法制化に、今、熱を入れている。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000011fns.html
ところが、この着想がどこから出てきたのか、生活保護への転落直通阻止策なのか?趣旨は未だ不明だ。
ちなみに、生活保護とは
憲法上の制度で、都市部では単身者月額15万円余の基準額。最賃フルタイム就業を上回る額だ。また、失業中の者よりも、基準額に満たない賃金収入でしかない者の生活を補てんする保護が、実は中心施策であるとのこと。子供3人の母子家庭であるならば、都市部の生活基準額は30万円余、基準額に不足前の額を補てんして生活保護する。極悪不正な事件を起こす者、生活保護に滞留する者も少なくない。
それでも、騒ぎにさえならなければ良いとの官僚たち特有の思考なのか。
あるいは、ハローワークの職員増強を必要とするので、その官僚機構の増殖目的なのか?
前回のメルマガで、就職のための職業訓練=「基金訓練」が官僚たちの予算消化の道具に使われ、公表される失業率低下の偽装手段とされ、就職にはほとんど役立たない訓練内容になっていることは述べた通りである。マスコミが「基金訓練」の受講サボりを取り上げているが、こんなことは官僚が野放しにしてきたからにすぎない。
労働者派遣法改正は国会上程のメドもなくなり、どこに行ったのか…激変緩和策を講ずれば、この方が救済対策となる。
大手企業に蔓延している長時間労働に手を打てば、ここでも救済対策となる。
しかし、本質は産業の後退、事業の後退で仕事がなくなっているところにある。何とか社会政策で対処しようと思っているところに間違いがあるのだ。
さて、この数日のスキャンダルが報道される裏には、何があるのか?
¶総務・人事の何が、目前の仕事課題と見えるのか?
個別企業の新時代ビジネスモデル、(表現を変えれば、日本の経済環境での生き残り)とは、
A.新時代に向けての、企業の機能目的と、
B.組織に所属する個人の名誉や模範性のまつわる目的、
この二つの目的が、職場で衝突することになるから、これの整合性を個別企業での組織運営の中で、いかに図るのかが課題となる。企業の機能目的を、頑固に押し付ければ、若者に敬遠され、若者がいなくなれば事業は縮小となる。
この「衝突の解決道筋」
が経営管理や人事管理の柱であり、トラブルとなれば社会の紛争解決制度(あっせん、訴訟など)をいかに駆使して早期解決するかが重要となるのである。
すなわち、
いくら企業の機能目的(A)を訴えたとしても、今日までの訓練がなされていない労働者にとっては、経営者の話よりも自らの名誉(B)が重要であり、
旧経済システムの元で模範(B)となって活躍した人の人格否定にまつわる話なので、一段と抵抗が激しいのである。
加えて、彼・彼女らは名誉や模範性によって賃金を確保していると錯覚しているのだ。本気で、労働力発揮の対償(労基法)と考えているならば、もめることは無い。
(ただし、賃金体系と賃金額は、労働再生産費用&地位&名誉で決まるのが現実)。
そこで貴方が、
社内外の抵抗を避けて経営管理をしようとすれば、
人件費と業務経費が増加(労働者の不満を金銭で代替・解消するから)の一途をたどる。また単純に、精神力だけで企業の機能目的を押しつけていけば失敗する。
優しく説明するとか、先送りして時間を掛けて行くことも失敗のリスクを激増させる。
経済激変や産業革命の時期における経営管理の基本は、
企業の機能目的に合わせた経営理念
→ 業務秩序・職場秩序理念
→ 業務運営理念(労働契約や経営方針など)
を確立することである。
その理念のもとに、基準や規則の全般的整備を進め
→ 基準や規則(就業規則など)を根拠に職場における善悪の判断(個人判断や常識に非ず)をさせ
そのもとに、客観的な合理的な事由でもって物事の決済を図ることである。
実際には、
紆余曲折、補正修正を繰り返しながら進むわけであるが
とりわけ貴方が、こういった展望と計画性(原則)を持っていればこそ、個別企業は持ちこたえることが出来るのだ。
「物事は原則があるから柔軟に対応出来る。
原則がなければ存在手段は硬直しかない!」
たとえ、その尽力をした上にも事業が倒産・崩壊したとしても、
その貴方の姿勢は次のチャンスを呼び込み、新たな人物の出会いも生まれるのだ。
・日本経済:救世主?との、話題のソーシャル・ビジネスとは
・経済学で言えば、「イノベーション」がソーシャル・ビジネス
・今や、日本にマネー投下をする者がいない現実
・個別企業でのイノベーションができれば、経済発展
・資本投下? 潜在在庫、根底の経済システムの見直しは
・総務・人事部門で活躍している貴方は、
・日本人の驚くべき、就業実態総合調査結果
・この調査と併せて、この十数年の経済社会環境変化は、
・この春の厚生労働行政の現状は
・総務・人事の何が、目前の仕事課題と見えるのか?
¶日本経済:救世主?との、話題のソーシャル・ビジネスとは
本来、社会システム(制度)を劇的に変化させるような貢献をするビジネスを指す。少なくとも世界基準ではそうだ。
だが日本政府やマスコミでは、何かの社会福祉や社会問題を解決する奉仕的な小規模事業といったイメージ。介護・医療産業が成長すると政府がPRし、高齢者や女性の労働参加率の上昇が…と日銀総裁が発言することもあって、ソーシャルを「社会政策」と誤解する人が多い。
そもそも、社会政策の目的や傾向には二つの側面がある。
(1)個人の自由平等を追求するための社会共同体を形成する過程での立場の弱い者の保護
(2)人間の集団生活の中で弱者となった者への慈悲
である。
したがって、
前者は初めに権利の主張があり、後に社会ルール(義務)となり、
後者は名誉欲や体制維持と+少しばかりの愛に基づくとされている。
要するに、ソーシャル・ビジネスは社会政策とは無縁の理念であることが本質なのだ。そして社会権やその行使とは無縁であるほどに、実は、目指すビジネス規模は大きいのである。
そういった世界基準の本質からすると、
日本における明治維新とその後の産業革命はソーシャル・ビジネスそのものだったと言える。戦後の米ソ対立に因るアメリカの対日投資~高度経済成長~全国各地への工場建設と金融支援なども、その意味ではソーシャル・ビジネスなのだ。
環境・自然エネルギー産業、地産地消や産業分散化もソーシャル・ビジネスだ。
ところが、
現在の日本で論じられる「ソーシャル・ビジネス」説は、
今の経済社会から、これから引退する勢力と、
今から代替わりし経済社会に、これから進出する勢力間での力くらべ
を反映した「マスコミや行政機関の政治的思惑」に、どっぷり漬かった代物(論説)なのだ。だから、社会政策や社会権の一部かのような印象を一般人に持たせようといった思惑を持っている。
そう、こんなことを述べるジャーナリストもマスコミから排斥している。
¶経済学で言えば、「イノベーション」がソーシャル・ビジネス
である。それは、言葉の表現方法が異なるだけであり、およその概念は同一である。イノベーションとは、経済学者シューペンターが重厚長大産業を題材に発見した経済理論である。日本では、「技術革新」などとの不正確な用語に翻訳したものだから、半世紀に渡って誤解されているが、要するに「刷新」である。
=新商品開発の新商品の定義=
(1)新しい財貨、新しい物の発見
(2)新しい生産方式の導入
(3)新しい市場の開拓
(4)新しい原材料、新しい半製品の発見
(5)社内から社会に渡る、新しい事業組織の開発
と同様の事柄なのだ。
個別企業のイノベーション発展=新商品開発である。
このイノベーションが、ICT産業革命によって、重厚長大の大規模事業から中堅中企業や小零細企業・個人事業へと、イノベーションの受け皿が移行しつつあるのだ。
だから、大規模企業では情報の集積集中型管理によってイノベーションを取り仕切るから、多面的イノベーションの萌芽を踏みつけている事態も生まれているのだ。多くの高学歴研究者が、これにより浮かばれない境遇にもなっている。
そこで、個別企業は、
より影響力を持つ事業は「外部」にある資源やノウハウへの依存が進み、
影響力のある事業を進めるためには、
「開かれた企業、社会的責任を持つ企業への転換」
が必要となってくるのである。
だから、大手マスコミや評論家の類が持ち出すところの、社会的世論や時代の変化などとの社会的責任論などの根拠は的外れなのだ。
ここが、貴方が活躍する個別企業の経営管理やビジネスチャンスにつながるインテリジェンスのポイントなのである。
¶今や、日本にマネー投下をする者がいない現実
この十数年間の金融資本投下では、経済が成長したかもしれないが、経済の豊かさは落ちた。
成長を阻害していた規制制度と、
豊かさのためにブレーキを掛けていた社会規制が、
新自由主義(アダム・スミスの自由主義とは無縁)の名のもとに、乱暴に規制緩和されたのが日本の姿である。「規制が外れて日本国が空っぽ」になってしまったものだから、誰もマネーを投下するわけがない。この10年余も、戦時中と同じく、日本国民は大して異を唱えなかった。
法人税減税や外資誘致活動を
今更、昔の夢をもう一度とばかりに進めてみたところで、日本にマネーを投下する利便性など生まれて来るはずもない。
むしろ、使い勝手の良い日本労働者が
ある程度存在(受験と選別に慣れ親しんだサラリーマン化)するのだから、これに英語でもしゃべらせて発展途上国での多国籍企業展開で働かせた方が、効率が良い!という結論になっているのだ。国際社会の美名のもとに、出稼ぎのための英語教育、現地労働に欠かせない記憶力鍛錬の義務教育なんかは、旧来との政策変化が見られない。
アメリカはマネーが無いから
TPPをやろうという訳だ。オイル・マネーは日本に投資する意義など考えていないこともハッキリした。中国は幻想マネーであり、彼らと深く関係すれば日本企業は不良債権をつかまされる。そして、身近なはずの日本政府は、NHKテレビ日曜討論2月20日の放送で亀井議員が指摘した通り「今、財務省は財政危機と考えていない」と、金はあるのだが、経済対策にマネーを使う気は無い。だから経済産業省も仕方なく、「文化産業新興政策」などと言い始めている。
したがって、日本にマネーを投下する人や勢力がいないから、日本国内に事業基盤を置く限り、マネー投資による個別企業の経済成長はあり得ないのだ。
¶個別企業でのイノベーションができれば、経済発展
(豊かさ&成長)することが出来る。やはりそこには、経済学や経営学の人類の叡智に解決のヒントがある。
ただ冷静に見なければならない残念な事実もある。
それは、日本国内には産業資本のもとで産業を育成する能力を持つ管理職が、新自由主義とともに十数年前から冷や飯を食わされ、あげく定年などで第一線から退いていることだ。金融資本のもとでの模範的な経営者や管理職は、今意気消沈、もとより産業育成など出来る人材ではない。某電気メーカーでは、50歳過ぎの早期退職制度によって、中国に技術者がスカウトされている。本当に技術者の人たちは人が良いから、中国企業にだまされ、捨てられてもいるのだが…。
¶資本投下? 潜在在庫、根底の経済システムの見直しは
「100年に1度の経済危機」とか「450年ぶりの金融振幅危機」というほどには、物事がドラスティックには考えられていない。
だいたい、
過去にとらわれ、過去の経済システムでしか考えないからこそ、考えるほどに明日から将来にわたって気力は落ち込み、心も精神力も慣れて行く。これは自然の成り行きである。が、歴史や経済学(100ある経済学説のうち、巷で流れるのは3~4程なので)を紐とけば、次に何をすれば良いかが予見出来るのである。
…予見ステップ1
商品や物が取り引きされる市場が劇的に変化したので、旧来のような資本投下方法では生産された商品在庫が消化されない。ゆえに経済成長が見込めず、無理に成長を追い求めて金融・信用手段で経済を水ぶくれさせたものだから、これが破裂:リーマンショック前夜となったのである。
…予見ステップ2
ところで、(商品)在庫とは、日本人唯一のノーベル経済学賞受賞候補となったロンドン大学:森嶋通夫教授によれば、「貨幣や証券の形をとり、在庫の代替物として、企業の流動性選択活動に登場する」としている。
だとすると、個別企業が帳簿に載せない在庫(中小企業主が励む蓄財形態)だとか、個人が所有する在庫も、現在のところは如何なる市場でも商品としては流れていない。
また、貨幣や証券の形をとらない在庫として個人の職業能力はどうなっているのか?
すなわち、ここでも頭の中の能力在庫が多く蓄積されていれば多額貨幣の形をとる。だが、頭の中の在庫は労働市場に流れにくく、金融市場には流れてはいない。
今日まで経済学上は、簿外在庫、個人在庫、頭の中の在庫は、(商品)在庫とみなされなかったから、いわゆる潜在在庫である。
…予見ステップ3
こういった潜在在庫は、今まで何故?市場に登場しなかったのか。
それは今日までの資本投下システムでは、生産と消費の橋渡し役にセールスマンやトレーダー、マネージャーやブローカー、代理店や流通業者が主役となる事業展開の組織構造であったから、そこには潜在在庫を橋渡しさせる組織的目的はなかったし、潜在在庫を橋渡しさせれば、「取引コスト」が莫大にかかりすぎたからである。
…予見ステップ4
ある人は、この「取引コスト」をこう説明する
「例えばスーパーに行って食品を買うときにかかる費用には、その食品の値段だけでなく、買い物リストを創り、お店まで往復し、カートを運んで品物を選び、レジに並び、家に帰って買った物をしまうのに使うエネルギーと時間と労力が含まれる。だからトータルなコストはレシートにある値段よりも高くつく」(『シェア〈共有〉からビジネスを生みだす新戦略』NHK出版、164ページから引用)。
こういった考え方は、近年のビジネス教育の中では教えられなかった。未開の地や未開の地方に産業資本投下をして、商品を供給し、生産価格なるものを回収し、次の産業資本投下を行うことを前提としていたからだ。
だが、日本の室町時代から江戸時代の国内経済には、これ以外のものもあった。
例えば「買い手よし、売り手よし、世間よし」といった類であり、木綿反物、呉服、蚊帳、鰊、昆布、酒、麹などの商品流通が支えられていた。「手形やクレジットよりも現金で払うから値引きしてくれ」といった発想は、この時代のものだ。
…予見ステップ5
市場の劇的変化と、
表向き在庫(貨幣・証券の形となる)
及び潜在在庫(簿外在庫&個人所有在庫)
の消費をめぐって、ICT産業革命が進行しているとの視点から、これからの個別企業の経済発展を模索して行くことができるのだ。
…予見ステップ6
なおそれでも、十分に流通していないのが、在庫としての職業能力である。
これを個別企業の潜在在庫に蓄積(正確にいえば企業と個人で分散蓄積)へと形成することが人事労務政策の柱となるのである。この「能力在庫」は、今や「職業能力の個人属性」もノウハウ蓄積の学問的研究も進み、ICT産業革命により流通し始めている。
困ったことに、現行の雇用調整助成金や職業訓練は、それとは逆行している。意味を見出せないから、不正や授業サボりは増加の一途だ。
=職業能力向上(頭の中の在庫)への投資と職業能力の流通=
でもって、ICT産業革命の受け皿となっている分野への、
1.あらゆるイノベーション能力と
2.イノベーションを管理コントロールする人材(ここは特筆を要す)
を投入する具体的行動が重要なのだ。個別企業内や知り合いの間で行うだけでも効果がある。
…予見ステップ7
この一連のステップが、個別企業で進めば経済は発展する、大枠の方向性である。
貴方が、
衰退する産業や業種とか、イノベーションをせずして廃業に軟着陸する個別企業と、残り7~8年を付き合うのであれば、予見しない方がましである。
将来、爪に火をともすような生活がしたいのであれば、(仕事と生命の)節約と財産整理に走るのが良い。
いずれにしても、大枠の方向性を間違えば、すぐに悲劇がやって来るしかない。
¶総務・人事部門で活躍している貴方は、
上記の解説で、もしや腐っていたかも知れないけれど、この経済社会激変の時点にあって、ひとつの希望の兆しを見ることができただろうか。
「ハット気づくだけ!」で、気づいただけで、あなたの道は開ける。
経済は、「根拠のないやる気」では回復しない。ましてJapanな精神力は論外である。
丸山眞男という哲学者は、人物の行動の基盤にある物の見方・考え方について、「事実によって事実を批判することは出来ない」とし、事実を批判出来るのは理念(根拠のある主観)であるとの人文科学の研究成果を残している。すなわち、貴方自身が、(あえて主観的に)個別企業における新経済システムのビジネスモデル理念を思索(思い)し、提示(行ない)することが重要だということになる。(これは、マーフィーの法則より時代の早い研究だ)。
戦略路線は、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供
となるのだろうけれど、貴方自身が行う、この思索・提示こそが、個別企業や貴方自身の経済発展(豊かさ&成長)の原動力を保障するものだ。
¶日本人の驚くべき、就業実態総合調査結果
が発表された。労働者の意欲低下には意気消沈しそうだ!
http://www.jil.go.jp/press/documents/20101228.pdf
http://www.jil.go.jp/press/documents/20101228_siryo.pdf
この調査は厚生労働省のシンクタンクが昨年12月に第1回目として実施した。
マスコミや評論家の観測と大きく異なると思われる特徴点は次の通りである。
1.雇用者の平均勤続年数は11.3年、正社員でも14.5年だ
2.この2~3年、仕事の出来る人と出来ない人の差が目立ってきた
3.リーマンショック後、トップダウンで決まることが多くなった
4.だが半面、お互いに助けようという雰囲気が強くなり
5.仕事をめぐる職場内のトラブルは増えてはいない
6.会社との運命共同体意識は一段と減少傾向した
7.同じ仕事が正社員から契約社員に切り替わって行く
8.労組に雇用不安や賃金向上を期待するが、自分ではイヤ
9.若いうちの生きがいは、余暇・趣味、中年では家庭となる
だから、現在の就業者に、
日本経済発展の何だけが期待出来るかが、自ずと明らかになってきたという訳だ。
「格段に年収が高く、人の倍ほど働いている環境」になってから、
やっと「仕事が生きがい」との回答となる。高い年収を目指さないのである。まさに自律・自活出来ない就労者人口の増加である。この20年ほどで育ったこの者たちのツケは、もう解消出来ないかもしれない。
¶この調査と併せて、この十数年の経済社会環境変化は、
日本の経済発展障害要因であった古い因習や経済根拠のない「しきたり」を破壊もした。
同時に、基本的人間的なつながりも破壊した。
だとすると、この調査結果と考え合わせると、集団でも個人でも、次のことが言える。
1.「生活のための就労時間帯」と、「生きがいのための余暇や家庭といった時間帯」を設定した就業理念では、必ず日本は崩壊する。「自分の自由な時間が欲しいといって、自由時間が出来た者がいた例はない」。
2.また、若者の就労時間帯を、「生活部分」と「生きがい部分」の二つの時間帯に区分するといった、複線時間帯型就労理念だとしても、経済社会を維持するメドはなかなか難しい。
3.たぶん、「職業能力向上への投資と職業能力の流通」の中に、「生活と生きがいが一致する就業理念」が見いだされると思われる。
しかしながら、
それをどう経済社会の中で実現するのかが問題である。昨年の経団連調査でも、ワークライフバランスの阻害要因に、「ひとりひとりの働き方に対する意識の不足」をトップにあげているのだ。
「短時間で価値を生み出す自由人的労働」といった形態も考えられるが、今の日本の教育水準では、ほとんどの労働者に、そこまでの意識が備わっていないのが現実だ。
¶この春の厚生労働行政の現状は
マスコミ記者たちが取材しないから一般には報道されないのだから、実際には官僚たちのやりたい放題になっているのだ。官僚たちに豊富なアイデアを集める意思がないのは、政権交代前よりもひどくなった。それは、今話題となっている、国民年金の専業主婦扱いでの救済措置を厚生労働省が勝手にやっていた程度のものではない。
その現われとして、小宮山厚生労働副大臣は、今年1月12日の日本労働ペンクラブの総会で、(うっかりと)「政府としても政労使の戦略対話を通じて力を入れて取り組んで行きたい」とあいさつをしてしまった。
ここでいう政労使の「政」とは事実上官僚のことである。確かに、厚生労働省の官僚たちは大臣らの言うことを聞かない、それは前厚生労働大臣退任の例にもある。
「労」とは連合のことであり、幅広く労働界の叡智を集めようなどとの話ではない。
「使」とは経団連のことで、ここでも産業界の叡智を集めるわけでもない。
すなわち、政府は、この三者の調整をやっているに過ぎないのだ。今回の基礎年金第3号被保険者の事件も、もちろん自然な成り行きだ。…誰がリークした?
ここまで酷い状態のなかで、現厚生労働大臣は、求職者支援制度の法制化に、今、熱を入れている。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000011fns.html
ところが、この着想がどこから出てきたのか、生活保護への転落直通阻止策なのか?趣旨は未だ不明だ。
ちなみに、生活保護とは
憲法上の制度で、都市部では単身者月額15万円余の基準額。最賃フルタイム就業を上回る額だ。また、失業中の者よりも、基準額に満たない賃金収入でしかない者の生活を補てんする保護が、実は中心施策であるとのこと。子供3人の母子家庭であるならば、都市部の生活基準額は30万円余、基準額に不足前の額を補てんして生活保護する。極悪不正な事件を起こす者、生活保護に滞留する者も少なくない。
それでも、騒ぎにさえならなければ良いとの官僚たち特有の思考なのか。
あるいは、ハローワークの職員増強を必要とするので、その官僚機構の増殖目的なのか?
前回のメルマガで、就職のための職業訓練=「基金訓練」が官僚たちの予算消化の道具に使われ、公表される失業率低下の偽装手段とされ、就職にはほとんど役立たない訓練内容になっていることは述べた通りである。マスコミが「基金訓練」の受講サボりを取り上げているが、こんなことは官僚が野放しにしてきたからにすぎない。
労働者派遣法改正は国会上程のメドもなくなり、どこに行ったのか…激変緩和策を講ずれば、この方が救済対策となる。
大手企業に蔓延している長時間労働に手を打てば、ここでも救済対策となる。
しかし、本質は産業の後退、事業の後退で仕事がなくなっているところにある。何とか社会政策で対処しようと思っているところに間違いがあるのだ。
さて、この数日のスキャンダルが報道される裏には、何があるのか?
¶総務・人事の何が、目前の仕事課題と見えるのか?
個別企業の新時代ビジネスモデル、(表現を変えれば、日本の経済環境での生き残り)とは、
A.新時代に向けての、企業の機能目的と、
B.組織に所属する個人の名誉や模範性のまつわる目的、
この二つの目的が、職場で衝突することになるから、これの整合性を個別企業での組織運営の中で、いかに図るのかが課題となる。企業の機能目的を、頑固に押し付ければ、若者に敬遠され、若者がいなくなれば事業は縮小となる。
この「衝突の解決道筋」
が経営管理や人事管理の柱であり、トラブルとなれば社会の紛争解決制度(あっせん、訴訟など)をいかに駆使して早期解決するかが重要となるのである。
すなわち、
いくら企業の機能目的(A)を訴えたとしても、今日までの訓練がなされていない労働者にとっては、経営者の話よりも自らの名誉(B)が重要であり、
旧経済システムの元で模範(B)となって活躍した人の人格否定にまつわる話なので、一段と抵抗が激しいのである。
加えて、彼・彼女らは名誉や模範性によって賃金を確保していると錯覚しているのだ。本気で、労働力発揮の対償(労基法)と考えているならば、もめることは無い。
(ただし、賃金体系と賃金額は、労働再生産費用&地位&名誉で決まるのが現実)。
そこで貴方が、
社内外の抵抗を避けて経営管理をしようとすれば、
人件費と業務経費が増加(労働者の不満を金銭で代替・解消するから)の一途をたどる。また単純に、精神力だけで企業の機能目的を押しつけていけば失敗する。
優しく説明するとか、先送りして時間を掛けて行くことも失敗のリスクを激増させる。
経済激変や産業革命の時期における経営管理の基本は、
企業の機能目的に合わせた経営理念
→ 業務秩序・職場秩序理念
→ 業務運営理念(労働契約や経営方針など)
を確立することである。
その理念のもとに、基準や規則の全般的整備を進め
→ 基準や規則(就業規則など)を根拠に職場における善悪の判断(個人判断や常識に非ず)をさせ
そのもとに、客観的な合理的な事由でもって物事の決済を図ることである。
実際には、
紆余曲折、補正修正を繰り返しながら進むわけであるが
とりわけ貴方が、こういった展望と計画性(原則)を持っていればこそ、個別企業は持ちこたえることが出来るのだ。
「物事は原則があるから柔軟に対応出来る。
原則がなければ存在手段は硬直しかない!」
たとえ、その尽力をした上にも事業が倒産・崩壊したとしても、
その貴方の姿勢は次のチャンスを呼び込み、新たな人物の出会いも生まれるのだ。
2011/02/08
第106号
<コンテンツ>
・世界経済が2007年水準に戻るには
・おかげで、正社員の年収は増加、
・固意地を張って「霞」を食べ続けるのか、
・景気低迷にあって、繰り返すが、経済の発展とは
・経済事件が表面化しない「経済恐慌」の中で
・「お猿」でも、収入が減った途端に
¶世界経済が2007年水準に戻るには
20年から30年を要すると言われている。それほどに、今回の金融資本経済の破たんは、いわゆる景気の循環の振幅を飛び落ちた事態だったのである。そればかりか、100年に一度の経済危機、450年振りの振幅幅を持った金融危機と言われている。
もちろん、景気は紆余曲折するものであるから個別企業の経営管理は、
若干景気が伸びるときは回復基調のコントロール、
減退するときは低成長のコントロールとの
それぞれでの、素早い切りかえが必要である。
ところが注意しなければならないのは、この紆余曲折は2007年の恐慌(クラッシュ)の激変を、現在必死で、各国政府が緊急緩和政策を行ない、表面上見えなくしているだけのことである。要するに、恐慌ビッグニュース事件が起きないように(=マスコミ報道されないように)、社会がギリギリのところで、表面的に平穏がコントロールされていることを忘れてはならないのだ。それは即政権の後退を招かないように。生活保護は142万世帯、198万人、これはバブル崩壊の後1995年の2倍であって、こちらの方が真実に近い。
労働市場の状況は、_______
失業者数は政府統計で2007年比30%増であり、先進各国に比べて過小統計とさえなっている日本政府発表でも、失業者は三百数十万人、雇用調整助成金対象者は百数十万人の合計四百数十万人が常に失業しているとの事態なのである。これが過小統計と言われる由縁は、この数字に長期失業労働者は含まれず、短期雇用を繰り返す者も、短時間労働者も含まれてはいないからだ。
加えて、職業安定所が失業者に対して、「基金訓練」と称する緊急職業教育対策(失業給付の代わりに10万or12万/月額受給)への誘導を積極的に進めている実態もあるのだ。その基金訓練の内容といえば、どう見ても職業能力向上の代物とはなっておらず、実態は単なる失業対策の生活資金支給事業であり、将来経済に資する投資ではない。さらに、訓練の3ヵ月コースや6ヵ月コースを幾種類もの基金訓練を何度も受講するといった失業滞留を引き起こしてもいる。
とにかく厚生労働官僚の無為無策、上っ面だけを整えてビッグニュース事件(とりわけ労働問題で官僚が恐れるのは自殺事件だ)の回避しか考えていないのである、……これは全省庁の官僚に共通した意識ではあるが。
(昨年度からの各省庁政策立案のための調査は、「先に結論ありき」の調査予算の増額が行われ、その調査結果内容は要注意だ)。
¶おかげで、正社員の年収は増加、
失業者や不安定労働者の増加を反映して、時間外労働が増加しているのである。
50代の男性正社員の住宅その他のローンの返済に必死な労働者の残業欲望だ。これは世界的に予想された動きである。2007年の恐慌クラッシュ時点で世界的にも予見されていた事態ではあるが、ここでも厚生労働官僚の無為無策であった。加えて、50代男性のその妻が40代後半であるから、ローン返済と家計を支える行動に追いつめられ、必死で就労活動を繰り広げ、挙げ句には需要と供給バランスによる時給相場下落を招きつつあるのである。
これでは新学卒者といった職業能力の身に付いてない若者、社会経験の未熟な若者などが、労働市場からはじきだされるのは当たり前である。世界的にも、今よりも増して若年労働者の失業率が、25%から40%に上昇するのは目に見えている。ただ単に、新卒の就職率(これも進学や非就職者を基礎数から除外)を繰り返していても、個別企業経営や若者の対策は見えてこない。
極めつけは、正社員はどんどん減少、低賃金の非正規労働者(未熟な職業能力)が増加するため、消費が冷え込む事態はもちろんのこと、価値を生み出す能力が正社員も非正規ともに衰えるスパイラル事態を招いているのだ。
あれこれ現状分析をするだけでは仕事ではない。今は将来ビジョンや行動に結びつく情報収集と分析が重要なのだ。
直近の労働力調査によると、1週間に60時間以上働く労働者、すなわち月に80数時間の残業を行っている労働者は、700万人程度とのことである。片や深刻な不安定・非正規労働者は1,000万人ほどである。日本経済復活の基本である、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供から見れば、いびつな労働力需給バランスどころではないのだ。
今後将来性のある産業・業種、個別企業に対して、労働力の重点配置換えが行われていない失策・不作為である。実態は、職業安定行政も、求人広告会社も、職業紹介や労働者派遣事業も、てんでバラバラ烏合の労働力需給状態なのである。
これは個別企業にあって、大なり小なり各社はこれと同じ実態を抱えており、国家の問題・国の政策とか国家統制に何とか頼る問題ではない。加えて、その非正規1,000万人の中に、大卒女性や高学歴主婦が多くを占めていることから、日本経済回復のポイントとして女性地位の向上・進出が狙い目であり、アメリカのハーバード大学の経済学教授からも、アメリカ経済のパートナー必須要件として指摘されてもいるのである。
¶固意地を張って「霞」を食べ続けるのか、
それとも、豊かな経済を創り、飯を食うのかの選択でもある。
しかしながら、権謀術策は世の常である。経済活動の主力となる人は古来の世から、あくまで政治とは一線を画して個別企業の経営にも励んでいるが(例えば日本周辺での近江商人系が然り)、各方面の情報収集と動きには敏感である。筆者の専門外であるから紹介は止めるが、今の政治状況を、「民主党内部での、悪者8人組によるクーデターが起こった」として、現政治経済の状況を定義づける学者も存在している。クーデターに負けた複数議員や有力シンパの学者たちは検察に追跡されているという訳である!と言うものだ。
突然の話ではあるが→____官僚組織自己増殖の例
今、厚生労働省系の出先機関である年金事務所と労働基準監督署には、数多くの社会保険労務士が臨時採用されて、この人たちが職員の補助を行っている。ところが、「相談員」などとの名称で呼ばれているこの人たちに、国民への間違った法律説明事案が多発しているのである。一般の事業主や労働者からすれば、「相談員」なのか正規職員なのかの区別はつかない。だから、その人たちの電話対応とか窓口説明は、「行政の正しい見解」としか受け止めざるを得ない。
にも関わらず、「相談員」である社会保険労務士が、社会保険料の算定基礎届の算出方法を間違って労働者に説明をしている。これに抗して事業主が問い合わせても、「間違った説明をしたのは相談員で、職員の間違いではない」として、年金事務所職員が責任をとらないケースが多発している。30年以上も前から、社会保険事務所の時代から、「法律を知らない者が悪い」とするのが厚生省の姿勢ではあった。
ほかにも、「労働局の者だ」と強圧的口調で会社に電話をかけてきて、社会保険労務士が労働基準法や均等法の間違った解釈を押し付けで来る事例も多い。一所懸命に調べて、労働局の者に反論を繰り広げれば、挙げ句には「多くの企業が居るから、何とか頼む!」と、根も葉もない世間体で民間企業人事課長に覆いかぶさるのである。昔から監督官の多くは、まず相談者に、事業主が労働者かいずれかを聞いた上で、足元を見て監督行政を行うとか、強い者の味方をするケースが多かった。ところが、今や、「労働局の者」は、根も葉もない世間体で労働基準法の解説をして来る事案が多発しているのだ。
国民が労働基準監督署に電話をすれば、大概最初に電話対応するのは、この「相談員」である。「相談員」となっている社会保険労務士は現場実務から遊離している者が多い。だから、より正確な法律解説を聞くには、監督官に電話口に出てもらった上で、聞かざるを得ないのが現状である。
個別企業の総務人事担当者は、こういった社会保険労務士の世間話なんか聞きたくもないのである。事実、このような目に余る「相談員」に限っての実質解雇を、厚労省側が実施している事例が多発しているが、それが不都合・不具合の証なのである。
こうやって行政機構は肥大化をしている。
この「相談員」の採用について、これを劣悪な労働条件(日額8,000円程度から)として官制ワーキングプアーとして批判もされているが、就労条件が安定した「相談員」が実現したとすれば、やはり行政機関は肥大化である。…国民は「霞」を食べることになるのだ。
さらに、社会保険労務士の団体の会長の弁によると、政府や地方公共団体の発注する公共事業における労働者の労働条件確保等の労務監査を行ない、そのために社会保険労務士を採用する働きかけをしようとの構想もあるとのことだ。社会保険労務士会の全国組織と都道府県組織のほとんどは、厚生労働省職員の天下り先である。さてさて「霞」を食べたいが為の目的としか考えられず、社会保険労務士は一般国民である依頼人の味方なのか、それとも官僚たちの犬となっていこうとするのか、専門家としての倫理感が問われることになる。
厚生労働官僚機構の増殖に寄与しても、公私共に豊かに、経済繁栄するわけがない。
郵政事業の非正規労働者を正社員化
するといった一昨年に話題の国会答弁ではあったが、今ではほんの一部の正社員化にとどまっている。
労働者派遣法も、
日雇い派遣は行政弾圧で潰したが、法改正であるとか製造業派遣の規制などは次々と遠のいている。
自己増殖のためなら
誰の味方でもする官僚組織なのであるから、本質は世の中の浮き草の如く漂い増殖するだけである。官僚組織は、経済発展や政策などに関係なく税金を食い荒らして自己増殖する。その主要構成員は自己保身にもとづく権益に群がる傾向が強い。かつて戦前の陸軍官僚たちが満州のPR(陸軍佐官の全国2万ヵ所演説会)→昭和6年の満州事変、昭和12年盧溝橋事件へと、とことん政治を無視して独自行動を進めた傾向と同様なのである。昭和4年の大恐慌から立ち直りつつあった日本経済再建を、戦争拡大の自己保身にもとづく権益に群がった陸軍官僚たちに阻止されてしまった歴史教訓でもあるのだ。自己増殖のためなら、何でもありの官僚組織なのである。だから、日本国憲法では、公務員の横暴阻止、公務員の権利の抑圧を定めているのは、日本では必要性があるからなのだ。
¶景気低迷にあって、繰り返すが、経済の発展とは
1.競争力のある企業が
2.若い労働力を集め
3.新商品・新市場に進出することなのである。
多くの中高年の偏向した習慣________________
・善を述べても善人ぶってみても、正しさがない生活態度
・目的のために手段を選ばず+片や身近な者への愛着といった非道徳
・集団目的や経験則で、若者の人生の目的や目標を不自由にする抑圧
といったような行動パターンの繰り返しでは、若い労働力を確保出来るはずがないのである。
ところで、「これからの正義の話をしよう」との、マイケル・サンデルというハーバード大学の法哲学教授の書いた本が、異常に売れている。白熱教室といったNHKの番組で取り上げられ、何度も最放送されているから本が売れている、という訳でもなさそうだ。どうも、今述べた中高年偏向習慣に対決・克服する知恵を求めて、そういうニーズもとに、若者の間で本が売れているのであれば納得(既に電子出版)なのである。
また、日本の法曹は法哲学を学ばないとの指摘が、法曹関係者から指摘されている。「なぜ人を殺してはいけないのか」とか「なぜ盗みはいけないのか」といった根本問題を、法曹(裁判官、検事、弁護士など)は、この分野の教育を受けてはいないし、ほぼ学んでいない実状との指摘なのだ。
すなわち、若者からは_____________
「裏切り者+ガンコ者」の中高年は相手にされず、
→若い労働力が確保出来ないから、
→そういった個別企業であれば早晩崩壊するという予見が必要なのだ。
ガンコ者ならまだしも裏切り者と映れば、実の子供でも親の言うことを聞かない時代だ。子供や若者は、理屈ではなく姿勢を見て信頼感を寄せる。(ニートや引きこもり)。
半面、団塊世代より上の老人が口にする、「所詮、金は汚いもの、それで飯を食っているのだ」程度の口車、これに乗って働く程度の若者は、それこそ所詮は使いものにならない。とにかく、多くの若者を集めてこそ、初めて個別企業の成長条件なのである。
こういった傾向を、若者がグローバル基準に影響されたとする識者もテレビではトレンドだが、事実はグローバルという言葉が流行する以前から、そういった萌芽はあった。「正当な手続きが正義の前提にはある」とする法手続きパラダイムが1980年代から若者に定着していったように。
若者を確保出来ない負け惜しみとして、
「アメリカ文化批判」を繰り返す課題と、
「ドル経済崩壊→TPP新経済体制形成」の課題を、
混同・混乱させているような意識水準や論理展開では、まずもって現経済の苦境を乗り切ることは出来ないのである、…その意味では、地に足がついた気力(気概)と冷静な分析が重要ではある。
中高年の曖昧な発言こそが、若者からの信頼感減滅の根本なのだ。
¶経済事件が表面化しない「経済恐慌」の中で
当面、個別企業が生き残るためには「守りを固める」ことが最優先である。
総務人事部門はその視点でこそ、仕事する意味がある。
例えば、米国ボストン・コンサルタント系は、「BCC流競争戦略」(朝日新聞出版)を出版して、近年の調査結果と将来を論じている。
A.現金を守る具体策を優先…在庫編成、負債圧縮などの財務基盤
とにかく常日頃から現金を確保すること、在庫調整ではなく在庫そのもののあり方を、現代的に組み合わせること、そして負債額の借り換えや削減などとのことだ。売掛金は現金を貸していることであり、買掛金は借金をしていること、これを再認識すべきだ。
B.設備廃棄&アウトソーシングなどで長期コスト削減での事業基盤
本社であろうが主力工場であろうが、大胆に設備廃棄も行ない、アウトソーシング(米国では人材派遣は含まない)の活用で非効率な社内業務の削減を長期視野で図るとのことだ。今後の事業基盤で、本社現所在地にある必要はない。外注を社内処理することは、固定費を増やし、損益分岐点を引き上げることになるから、本来のアウトソーシングが必要とされる。
C.見せかけの「低価格イメージ」で売り上げを確保する収益基盤
もちろん、アメリカのコンサルタントであるから、社会合理性との整合性、すなわち、嘘は言わない、正しさや道徳が優先、効能と価格バランスの取れた自由取引(ペテン排除)…を前提にした低価格イメージ商品であり、業務改善による売り上げで構成される収益とのことだ。(日本では未熟な基盤である)。言い方を変えれば、商品の供給の中身を市場ニーズに変えることではあるが、日本流の小手先の発想ではなく、この本の全趣旨・文脈からいえば、長期的には社会合理性が勝負を決めると読み取れるのだ。
D.その後に、この三分野の基盤を固めた上で先鋭部隊を形成し、個別企業は攻めに転じることが重要だと、
ボストン・コンサルタント系は主張しているのだ。
¶「お猿」でも、収入が減った途端に
在庫削減、設備削減、人員削減などのリストラを実行している。長年の(社会主義)計画経済を基本とした官僚主導の経済成長と、同じく官僚主導の「失われた10年」×2=20年に浸ってきた、経営者が多いものだから、日本人も何人かは「お猿」程度に退化してしまったようだ。
今までは、計画経済主導の右肩上がりの経済政策だから、経営者も無難かつ円満にこやかな人物がもてはやされた。その名を受けて、総務人事部門は、当時裏方の尻拭いをした。
しかしながら、好業績企業の成功要因は、
「断固たる手が打てる強いリーダーを持ち、いち早く決断と対策に乗り出し、競争相手と戦う勇気と覚悟を持ち、ビジネスモデル全体をすっかり見通すことをいとわない(聖域を設けない)。そして、変革実現に向けて組織を動かす能力がある」との調査結果を、ボストンコンサルティング系は指摘している。
そして、その縁の下の支えの仕事(情報収集、企画立案、実施定着対策など)を、総務人事部門が担うことを求められているのだ。
たとえ未熟練労働者であっても、
(高学歴主婦や女性などで)基礎能力をもっていれば、
☆業務改善を通しての仕事の標準化(マニュアルだけでは形骸化する)
☆予見計画性を高くして業務遂行し効率化を図る
☆労働者の個別性を分析し能力別業務分担を図る
などといった方式を、ICT機器が利用可能なこともあり、身近に工夫して導入すれば、
・勤務時間短縮(例えばオランダ式ワークシェアリング)
・長期休暇制度(リフレッシュとか育児)
・短時間労働力の個別性を活かした効率的投入
・育児の男女労働力の活用 などで
個別企業全体の労働生産性を思い切って引き上げることも可能なのである。労働者を正社員化すれば、技術水準が向上するとか、労働生産性が向上すると思うのは、「お猿」程度(経験主義)でしかないのだ。
労働力の個別性(人物ごとに得意分野が異なる)を活かした効率的投入は、商品提供における高水準サービス(顧客からの信頼感と親近感の増加)を保障するのである。
信頼感のある販売とは、
その商品分野の良いことや悪いことのディスカッションを顧客と行えば良いのである。
顧客にとって感じのいい雰囲気が、
販売には決定的な要素を持つのであるが、例えば「客が世間話をすれば、世間話をすること」を徹底した接客に努めれば効果が上がる(親近感)のだ。
ズバリこれと同じ意味を、量販店のヨドバシカメラ(後で述べる22年度顧客満足度業界1位)が、さきほどもテレビCMで流していた。
その反対が、ガンコ者とペテン師が、「サービス」を論じている姿である。
この高水準(信頼感&親近感を生み出す余裕をもって)の効率的労働力投入と、例えば、「日本版顧客満足度指数」が有機結合すれば、
http://www.service-js.jp/cms/news_attach/20110125_jcsi_news7.pdf
高学歴女性労働力の進出にはめざましいものが予想される。不毛な「筋肉と脳みその肉体労働」から解放されてこそ、高水準サービスの量的提供も可能なのだ。
心身共に疲れ果ててサービス労働など出来るはずもない。
将来日本の個別企業の利益の源泉がここにあることを、再認識して、行動を選択し施策を企画立案することが重要な時代である。
・世界経済が2007年水準に戻るには
・おかげで、正社員の年収は増加、
・固意地を張って「霞」を食べ続けるのか、
・景気低迷にあって、繰り返すが、経済の発展とは
・経済事件が表面化しない「経済恐慌」の中で
・「お猿」でも、収入が減った途端に
¶世界経済が2007年水準に戻るには
20年から30年を要すると言われている。それほどに、今回の金融資本経済の破たんは、いわゆる景気の循環の振幅を飛び落ちた事態だったのである。そればかりか、100年に一度の経済危機、450年振りの振幅幅を持った金融危機と言われている。
もちろん、景気は紆余曲折するものであるから個別企業の経営管理は、
若干景気が伸びるときは回復基調のコントロール、
減退するときは低成長のコントロールとの
それぞれでの、素早い切りかえが必要である。
ところが注意しなければならないのは、この紆余曲折は2007年の恐慌(クラッシュ)の激変を、現在必死で、各国政府が緊急緩和政策を行ない、表面上見えなくしているだけのことである。要するに、恐慌ビッグニュース事件が起きないように(=マスコミ報道されないように)、社会がギリギリのところで、表面的に平穏がコントロールされていることを忘れてはならないのだ。それは即政権の後退を招かないように。生活保護は142万世帯、198万人、これはバブル崩壊の後1995年の2倍であって、こちらの方が真実に近い。
労働市場の状況は、_______
失業者数は政府統計で2007年比30%増であり、先進各国に比べて過小統計とさえなっている日本政府発表でも、失業者は三百数十万人、雇用調整助成金対象者は百数十万人の合計四百数十万人が常に失業しているとの事態なのである。これが過小統計と言われる由縁は、この数字に長期失業労働者は含まれず、短期雇用を繰り返す者も、短時間労働者も含まれてはいないからだ。
加えて、職業安定所が失業者に対して、「基金訓練」と称する緊急職業教育対策(失業給付の代わりに10万or12万/月額受給)への誘導を積極的に進めている実態もあるのだ。その基金訓練の内容といえば、どう見ても職業能力向上の代物とはなっておらず、実態は単なる失業対策の生活資金支給事業であり、将来経済に資する投資ではない。さらに、訓練の3ヵ月コースや6ヵ月コースを幾種類もの基金訓練を何度も受講するといった失業滞留を引き起こしてもいる。
とにかく厚生労働官僚の無為無策、上っ面だけを整えてビッグニュース事件(とりわけ労働問題で官僚が恐れるのは自殺事件だ)の回避しか考えていないのである、……これは全省庁の官僚に共通した意識ではあるが。
(昨年度からの各省庁政策立案のための調査は、「先に結論ありき」の調査予算の増額が行われ、その調査結果内容は要注意だ)。
¶おかげで、正社員の年収は増加、
失業者や不安定労働者の増加を反映して、時間外労働が増加しているのである。
50代の男性正社員の住宅その他のローンの返済に必死な労働者の残業欲望だ。これは世界的に予想された動きである。2007年の恐慌クラッシュ時点で世界的にも予見されていた事態ではあるが、ここでも厚生労働官僚の無為無策であった。加えて、50代男性のその妻が40代後半であるから、ローン返済と家計を支える行動に追いつめられ、必死で就労活動を繰り広げ、挙げ句には需要と供給バランスによる時給相場下落を招きつつあるのである。
これでは新学卒者といった職業能力の身に付いてない若者、社会経験の未熟な若者などが、労働市場からはじきだされるのは当たり前である。世界的にも、今よりも増して若年労働者の失業率が、25%から40%に上昇するのは目に見えている。ただ単に、新卒の就職率(これも進学や非就職者を基礎数から除外)を繰り返していても、個別企業経営や若者の対策は見えてこない。
極めつけは、正社員はどんどん減少、低賃金の非正規労働者(未熟な職業能力)が増加するため、消費が冷え込む事態はもちろんのこと、価値を生み出す能力が正社員も非正規ともに衰えるスパイラル事態を招いているのだ。
あれこれ現状分析をするだけでは仕事ではない。今は将来ビジョンや行動に結びつく情報収集と分析が重要なのだ。
直近の労働力調査によると、1週間に60時間以上働く労働者、すなわち月に80数時間の残業を行っている労働者は、700万人程度とのことである。片や深刻な不安定・非正規労働者は1,000万人ほどである。日本経済復活の基本である、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供から見れば、いびつな労働力需給バランスどころではないのだ。
今後将来性のある産業・業種、個別企業に対して、労働力の重点配置換えが行われていない失策・不作為である。実態は、職業安定行政も、求人広告会社も、職業紹介や労働者派遣事業も、てんでバラバラ烏合の労働力需給状態なのである。
これは個別企業にあって、大なり小なり各社はこれと同じ実態を抱えており、国家の問題・国の政策とか国家統制に何とか頼る問題ではない。加えて、その非正規1,000万人の中に、大卒女性や高学歴主婦が多くを占めていることから、日本経済回復のポイントとして女性地位の向上・進出が狙い目であり、アメリカのハーバード大学の経済学教授からも、アメリカ経済のパートナー必須要件として指摘されてもいるのである。
¶固意地を張って「霞」を食べ続けるのか、
それとも、豊かな経済を創り、飯を食うのかの選択でもある。
しかしながら、権謀術策は世の常である。経済活動の主力となる人は古来の世から、あくまで政治とは一線を画して個別企業の経営にも励んでいるが(例えば日本周辺での近江商人系が然り)、各方面の情報収集と動きには敏感である。筆者の専門外であるから紹介は止めるが、今の政治状況を、「民主党内部での、悪者8人組によるクーデターが起こった」として、現政治経済の状況を定義づける学者も存在している。クーデターに負けた複数議員や有力シンパの学者たちは検察に追跡されているという訳である!と言うものだ。
突然の話ではあるが→____官僚組織自己増殖の例
今、厚生労働省系の出先機関である年金事務所と労働基準監督署には、数多くの社会保険労務士が臨時採用されて、この人たちが職員の補助を行っている。ところが、「相談員」などとの名称で呼ばれているこの人たちに、国民への間違った法律説明事案が多発しているのである。一般の事業主や労働者からすれば、「相談員」なのか正規職員なのかの区別はつかない。だから、その人たちの電話対応とか窓口説明は、「行政の正しい見解」としか受け止めざるを得ない。
にも関わらず、「相談員」である社会保険労務士が、社会保険料の算定基礎届の算出方法を間違って労働者に説明をしている。これに抗して事業主が問い合わせても、「間違った説明をしたのは相談員で、職員の間違いではない」として、年金事務所職員が責任をとらないケースが多発している。30年以上も前から、社会保険事務所の時代から、「法律を知らない者が悪い」とするのが厚生省の姿勢ではあった。
ほかにも、「労働局の者だ」と強圧的口調で会社に電話をかけてきて、社会保険労務士が労働基準法や均等法の間違った解釈を押し付けで来る事例も多い。一所懸命に調べて、労働局の者に反論を繰り広げれば、挙げ句には「多くの企業が居るから、何とか頼む!」と、根も葉もない世間体で民間企業人事課長に覆いかぶさるのである。昔から監督官の多くは、まず相談者に、事業主が労働者かいずれかを聞いた上で、足元を見て監督行政を行うとか、強い者の味方をするケースが多かった。ところが、今や、「労働局の者」は、根も葉もない世間体で労働基準法の解説をして来る事案が多発しているのだ。
国民が労働基準監督署に電話をすれば、大概最初に電話対応するのは、この「相談員」である。「相談員」となっている社会保険労務士は現場実務から遊離している者が多い。だから、より正確な法律解説を聞くには、監督官に電話口に出てもらった上で、聞かざるを得ないのが現状である。
個別企業の総務人事担当者は、こういった社会保険労務士の世間話なんか聞きたくもないのである。事実、このような目に余る「相談員」に限っての実質解雇を、厚労省側が実施している事例が多発しているが、それが不都合・不具合の証なのである。
こうやって行政機構は肥大化をしている。
この「相談員」の採用について、これを劣悪な労働条件(日額8,000円程度から)として官制ワーキングプアーとして批判もされているが、就労条件が安定した「相談員」が実現したとすれば、やはり行政機関は肥大化である。…国民は「霞」を食べることになるのだ。
さらに、社会保険労務士の団体の会長の弁によると、政府や地方公共団体の発注する公共事業における労働者の労働条件確保等の労務監査を行ない、そのために社会保険労務士を採用する働きかけをしようとの構想もあるとのことだ。社会保険労務士会の全国組織と都道府県組織のほとんどは、厚生労働省職員の天下り先である。さてさて「霞」を食べたいが為の目的としか考えられず、社会保険労務士は一般国民である依頼人の味方なのか、それとも官僚たちの犬となっていこうとするのか、専門家としての倫理感が問われることになる。
厚生労働官僚機構の増殖に寄与しても、公私共に豊かに、経済繁栄するわけがない。
郵政事業の非正規労働者を正社員化
するといった一昨年に話題の国会答弁ではあったが、今ではほんの一部の正社員化にとどまっている。
労働者派遣法も、
日雇い派遣は行政弾圧で潰したが、法改正であるとか製造業派遣の規制などは次々と遠のいている。
自己増殖のためなら
誰の味方でもする官僚組織なのであるから、本質は世の中の浮き草の如く漂い増殖するだけである。官僚組織は、経済発展や政策などに関係なく税金を食い荒らして自己増殖する。その主要構成員は自己保身にもとづく権益に群がる傾向が強い。かつて戦前の陸軍官僚たちが満州のPR(陸軍佐官の全国2万ヵ所演説会)→昭和6年の満州事変、昭和12年盧溝橋事件へと、とことん政治を無視して独自行動を進めた傾向と同様なのである。昭和4年の大恐慌から立ち直りつつあった日本経済再建を、戦争拡大の自己保身にもとづく権益に群がった陸軍官僚たちに阻止されてしまった歴史教訓でもあるのだ。自己増殖のためなら、何でもありの官僚組織なのである。だから、日本国憲法では、公務員の横暴阻止、公務員の権利の抑圧を定めているのは、日本では必要性があるからなのだ。
¶景気低迷にあって、繰り返すが、経済の発展とは
1.競争力のある企業が
2.若い労働力を集め
3.新商品・新市場に進出することなのである。
多くの中高年の偏向した習慣________________
・善を述べても善人ぶってみても、正しさがない生活態度
・目的のために手段を選ばず+片や身近な者への愛着といった非道徳
・集団目的や経験則で、若者の人生の目的や目標を不自由にする抑圧
といったような行動パターンの繰り返しでは、若い労働力を確保出来るはずがないのである。
ところで、「これからの正義の話をしよう」との、マイケル・サンデルというハーバード大学の法哲学教授の書いた本が、異常に売れている。白熱教室といったNHKの番組で取り上げられ、何度も最放送されているから本が売れている、という訳でもなさそうだ。どうも、今述べた中高年偏向習慣に対決・克服する知恵を求めて、そういうニーズもとに、若者の間で本が売れているのであれば納得(既に電子出版)なのである。
また、日本の法曹は法哲学を学ばないとの指摘が、法曹関係者から指摘されている。「なぜ人を殺してはいけないのか」とか「なぜ盗みはいけないのか」といった根本問題を、法曹(裁判官、検事、弁護士など)は、この分野の教育を受けてはいないし、ほぼ学んでいない実状との指摘なのだ。
すなわち、若者からは_____________
「裏切り者+ガンコ者」の中高年は相手にされず、
→若い労働力が確保出来ないから、
→そういった個別企業であれば早晩崩壊するという予見が必要なのだ。
ガンコ者ならまだしも裏切り者と映れば、実の子供でも親の言うことを聞かない時代だ。子供や若者は、理屈ではなく姿勢を見て信頼感を寄せる。(ニートや引きこもり)。
半面、団塊世代より上の老人が口にする、「所詮、金は汚いもの、それで飯を食っているのだ」程度の口車、これに乗って働く程度の若者は、それこそ所詮は使いものにならない。とにかく、多くの若者を集めてこそ、初めて個別企業の成長条件なのである。
こういった傾向を、若者がグローバル基準に影響されたとする識者もテレビではトレンドだが、事実はグローバルという言葉が流行する以前から、そういった萌芽はあった。「正当な手続きが正義の前提にはある」とする法手続きパラダイムが1980年代から若者に定着していったように。
若者を確保出来ない負け惜しみとして、
「アメリカ文化批判」を繰り返す課題と、
「ドル経済崩壊→TPP新経済体制形成」の課題を、
混同・混乱させているような意識水準や論理展開では、まずもって現経済の苦境を乗り切ることは出来ないのである、…その意味では、地に足がついた気力(気概)と冷静な分析が重要ではある。
中高年の曖昧な発言こそが、若者からの信頼感減滅の根本なのだ。
¶経済事件が表面化しない「経済恐慌」の中で
当面、個別企業が生き残るためには「守りを固める」ことが最優先である。
総務人事部門はその視点でこそ、仕事する意味がある。
例えば、米国ボストン・コンサルタント系は、「BCC流競争戦略」(朝日新聞出版)を出版して、近年の調査結果と将来を論じている。
A.現金を守る具体策を優先…在庫編成、負債圧縮などの財務基盤
とにかく常日頃から現金を確保すること、在庫調整ではなく在庫そのもののあり方を、現代的に組み合わせること、そして負債額の借り換えや削減などとのことだ。売掛金は現金を貸していることであり、買掛金は借金をしていること、これを再認識すべきだ。
B.設備廃棄&アウトソーシングなどで長期コスト削減での事業基盤
本社であろうが主力工場であろうが、大胆に設備廃棄も行ない、アウトソーシング(米国では人材派遣は含まない)の活用で非効率な社内業務の削減を長期視野で図るとのことだ。今後の事業基盤で、本社現所在地にある必要はない。外注を社内処理することは、固定費を増やし、損益分岐点を引き上げることになるから、本来のアウトソーシングが必要とされる。
C.見せかけの「低価格イメージ」で売り上げを確保する収益基盤
もちろん、アメリカのコンサルタントであるから、社会合理性との整合性、すなわち、嘘は言わない、正しさや道徳が優先、効能と価格バランスの取れた自由取引(ペテン排除)…を前提にした低価格イメージ商品であり、業務改善による売り上げで構成される収益とのことだ。(日本では未熟な基盤である)。言い方を変えれば、商品の供給の中身を市場ニーズに変えることではあるが、日本流の小手先の発想ではなく、この本の全趣旨・文脈からいえば、長期的には社会合理性が勝負を決めると読み取れるのだ。
D.その後に、この三分野の基盤を固めた上で先鋭部隊を形成し、個別企業は攻めに転じることが重要だと、
ボストン・コンサルタント系は主張しているのだ。
¶「お猿」でも、収入が減った途端に
在庫削減、設備削減、人員削減などのリストラを実行している。長年の(社会主義)計画経済を基本とした官僚主導の経済成長と、同じく官僚主導の「失われた10年」×2=20年に浸ってきた、経営者が多いものだから、日本人も何人かは「お猿」程度に退化してしまったようだ。
今までは、計画経済主導の右肩上がりの経済政策だから、経営者も無難かつ円満にこやかな人物がもてはやされた。その名を受けて、総務人事部門は、当時裏方の尻拭いをした。
しかしながら、好業績企業の成功要因は、
「断固たる手が打てる強いリーダーを持ち、いち早く決断と対策に乗り出し、競争相手と戦う勇気と覚悟を持ち、ビジネスモデル全体をすっかり見通すことをいとわない(聖域を設けない)。そして、変革実現に向けて組織を動かす能力がある」との調査結果を、ボストンコンサルティング系は指摘している。
そして、その縁の下の支えの仕事(情報収集、企画立案、実施定着対策など)を、総務人事部門が担うことを求められているのだ。
たとえ未熟練労働者であっても、
(高学歴主婦や女性などで)基礎能力をもっていれば、
☆業務改善を通しての仕事の標準化(マニュアルだけでは形骸化する)
☆予見計画性を高くして業務遂行し効率化を図る
☆労働者の個別性を分析し能力別業務分担を図る
などといった方式を、ICT機器が利用可能なこともあり、身近に工夫して導入すれば、
・勤務時間短縮(例えばオランダ式ワークシェアリング)
・長期休暇制度(リフレッシュとか育児)
・短時間労働力の個別性を活かした効率的投入
・育児の男女労働力の活用 などで
個別企業全体の労働生産性を思い切って引き上げることも可能なのである。労働者を正社員化すれば、技術水準が向上するとか、労働生産性が向上すると思うのは、「お猿」程度(経験主義)でしかないのだ。
労働力の個別性(人物ごとに得意分野が異なる)を活かした効率的投入は、商品提供における高水準サービス(顧客からの信頼感と親近感の増加)を保障するのである。
信頼感のある販売とは、
その商品分野の良いことや悪いことのディスカッションを顧客と行えば良いのである。
顧客にとって感じのいい雰囲気が、
販売には決定的な要素を持つのであるが、例えば「客が世間話をすれば、世間話をすること」を徹底した接客に努めれば効果が上がる(親近感)のだ。
ズバリこれと同じ意味を、量販店のヨドバシカメラ(後で述べる22年度顧客満足度業界1位)が、さきほどもテレビCMで流していた。
その反対が、ガンコ者とペテン師が、「サービス」を論じている姿である。
この高水準(信頼感&親近感を生み出す余裕をもって)の効率的労働力投入と、例えば、「日本版顧客満足度指数」が有機結合すれば、
http://www.service-js.jp/cms/news_attach/20110125_jcsi_news7.pdf
高学歴女性労働力の進出にはめざましいものが予想される。不毛な「筋肉と脳みその肉体労働」から解放されてこそ、高水準サービスの量的提供も可能なのだ。
心身共に疲れ果ててサービス労働など出来るはずもない。
将来日本の個別企業の利益の源泉がここにあることを、再認識して、行動を選択し施策を企画立案することが重要な時代である。
2011/01/07
第105号
<コンテンツ>
・最大の景気後退がやってくる。
・緊縮&緊縮ばかりでは、企業も経済も後退
・戦後における「第二の敗戦」
・企業の利益活動を、グレーゾーンと錯覚
‥こんな逸話がある。
‥企業の経営理念や方針は時代によって変化
‥問題があるとすれば、総務人事部門に、
‥就業規則が実態的な経営方針に沿っていない。
‥1980年代から法手続きのパラダイム、
‥そして、現代は集団的合意の誠実形成
¶最大の景気後退がやってくる。
それは、バブル崩壊後の最大のもの、日本ではリーマンショックをしのぐものとなりそうだ。多くの経済見通しも、今年の3月の年度末までとしていたものを、今年上半期の6月まで景気後退との見通しに修正してきている。だが、何をどう分析しようが、日本経済の活路の先行きは、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を内外に進めるとの道であるとされる。「競争力のある企業が、若い労働力を獲得し、新市場・新商品を提供して、経済成長を図る」というのも原則である。とにかく、よく勉強して能力も身に付け、新しい内外経済ゾーンへの進出が不可欠である。
他企業はさておいてでも、貴方の企業だけは浮かびあがれば良いのである。
¶緊縮&緊縮ばかりでは、企業も経済も後退
★新しい経済構造あるいは経済中核に向けて浮上している巷の論理は、
「金を持ち、金を生み出す企業の改革」とされ、一時は500兆円経済であった日本が、現在の相当落ち込み(300兆円との説も)から、内需主導で600兆円規模に引き上げ安定させるといった対策案である。簡単に言えば、これはお金持ちに頼る政策でしかないから、これには次々と実現には疑問がもたらされている。
★新自由主義の政策は、リーマンショックと世に言われる信用恐慌、不況の長期化、格差拡大で、破たんしてしまった。その混乱の中で、それまで流行していた成果主義賃金とかコンピテンシーとかコーチングなどの人事管理手法は、瞬間のうちに消え去ってしまった。
★片や流行を追わない駅ナカの立ち食いソバ屋ですら、経済変化を見越して、安いのがとりえの小種類×低価格の品ぞろえを止め、味にも気を使う多種類メニューの高級立ち食いソバ屋となり、そこではきっちり若者が働き、新規事業展開を成功させている。
★今や鋭い経営学者からは、「株主・労働者・顧客などの利害関係者の仲裁役としての経営者はどうあるべきか」といった経営学の流行話は、お茶を濁す誤魔化し経営だと批判されている。コーポレートガバナンスと言うならば、個別企業の主要な決定事項の基本機能のあり方を、「決定→実行→統制」といった原点でとらえ直す必要があるとまで指摘されているのだ。要するに、投資・生産・付加価値配分を一体的動態的にとらえる経営方針に集中させる必要があると言われているのだ。ということは学問的にいえば、日本では有効な経営管理が欠落していると、この学者は分析しているのである。
★戦前と戦後の高度経済成長までは、日本政府はソ連型計画経済で官僚主導のもとに経済成長していた。とりわけ戦後は、米ソ対立から日本社会を豊かな経済の対共産圏防波堤にする命題があったから、アメリカからの莫大な投資によって金回りが良かった。東アジア諸国と比べ、一時は30年分の経済格差が開いたとの指摘もある。ところが現代では、対中国の経済防波堤など着想する気配もなくなった日本社会と位置づけられ、自国からも他国からも投資対象から外された日本社会であることの認識は、まだまだ一般認識が弱いのである。
★日本政府の財政赤字などは、大して深刻な問題となってはいない。政府内部はそう考えている。日銀の計算によると日本の民間企業の内部留保は206兆円ほどあるとされている。ここしばらく、マスコミにこの206兆円が取り上げられ、まるで政府が民間の206兆円から集金(増税)すれば、簡単に財政赤字解消といった論法だ。206兆円の多くは、余裕資金過多にある輸出系大手企業に蓄積されている。だとすると、企業従業員出身の雇われ経営者層は気弱だから反発は少ないとみている。民間企業の大手になるほど、すぐ金を払うひ弱さは、官僚たちによく知られていることである。また、大手企業の従業員は、長時間労働もいとわず、社畜(家畜)化した価値観をもっているから、不平不満を言うだけで、(過去のように、大手企業労組を隠れ蓑に)反発することもないと見ている。その例をあげれば、終戦直後の電気発電配電産業の如く、労使が結託しGHQと戦い、その矢面に労組の電源ストを実行したような時代ではないと思っている如くだ。場合によっては、検察特捜部を使って威嚇するぞ…と思わせれば良いと、官僚たちが思っているフシがある。こういった背景があってこそ、官僚勢力:対決:小沢グループの争いが、政治の世界では表面化しているとの見方も流れているのだ。
¶戦後における「第二の敗戦」
と確かに現代情況の分析が言われている。終戦直後と比べ物は溢れているが、精神力が疲弊しているとの意味では、その通り敗戦状態である。とにかく、就業者はサラリーマン化してしまって、経営者とか経営管理者といった骨のある人材が、社会の中で埋もれてしまっている状況なのだ。自営業者といえば、そのほとんどが半失業状態の個人請負労働者とまで言い切る、そういった学術統計分析も出されている。
活力を取り戻すための
個別企業の人材教育ポイントは、政府の失業対策のポイントでも同じだが、今大切なものは
1.一般的な知識能力ではなく、より専門的な職業能力向上であり
例として【成長分野等人材育成支援奨励金】
https://krs.bz/roumu/c?c=1767&m=736&v=56c5c109
2.チームワークを形成して業務を行なえる能力習得であり
3.チームを、組織を、事業を、経営を運営する能力習得である。
失業手当給付後の基金訓練のような初歩的訓練では意味がない。雇用調整助成金の対象となる訓練では、総じて時代遅れな訓練でしかないのだ。従来の教育訓練のほとんどが、自信と意欲をもって就労出来るような代物とはなっていない。また、チームワークは旧来概念の「協調性」とは異なることも念頭において教育訓練をする必要がある。
そういった意味では、北欧経済のような「高度成長と実質失業率の低下」モデルもヒントに、日本経済立て直しを主体的力量から考えることも重要となってくるのだ。(現在日本の失業率はヨーロッパ方式で計算すれば10%超、雇用調整助成金受給も基金訓練も失業者群である)。
だがしかし、
萎縮の道をたどらずに、まずは貴方の企業が浮かび上がっていなければ、それは元も子もないストーリーなのだ。
¶企業の利益活動を、グレーゾーンと錯覚
させられている実情がある。詐欺、横領、窃盗などとの刑法に違反しているわけでもないのに、なぜか非合法な企業の利益活動だと、経営者も社員も誤解をしている。挙げ句には、こういったグレーゾーンに踏み込んでいるからこそ、「金もうけ」が出来るのだと、誤解もはなはだしい認識で、この世を憂っている人たちも多いのだ。「生きて行くために」と、毎日を悔いながら仕事をしている人たちも少なくない。
だが、このグレーゾーンというものは、論理的にも法律的にも幽霊そのものなのだ。ちなみに社会というものは共同体の秩序を形成する。これは個別企業においても然り、経営目的に応じて職場秩序が形成される。ここに世間体がはびこると、無秩序がまん延することになり、企業の共同体の秩序崩壊あるいは経営目的の秩序混乱を招くこととなる。そもそも、コンプライアンスというのは、法律条文を形式的に守るのではなく、この社会共同体の秩序を維持形成するということなのである。世間体であれ単なる無法者であれ、これを抑止して秩序を維持するのがコンプライアンスでもあるのだ。そして法治国家とされるものも、「正しい法律のみが法とされる上での法の支配」のことなのである。悪法もまた法なりといった形式的法治国家は封建時代の代物、いわば世間体の理屈なのである。
とりわけ、経営目的に応じて職場(社会)秩序を形成する手続き(その最強のものは就業規則)を創意工夫により整備すれば、世にいうグレーゾーンといったものは存在しないことになるのである。無知や無理解によって、グレーゾーンといった錯覚が残るのかもしれないが、それは所詮は幻想であるから、しばらくすれば錯覚は消え去るものだ。なお、後学のためではあるが、英語で言う社会の語源はソキエタス(societas):目的が達成されるまでの戦時同盟のような概念である。
本当にグレーゾーンであれば、詐欺、横領、窃盗などであり、経営管理者には予見できたとして刑事的責任がかかって来るが、そういった「金もうけ」をしている企業は存在しないし、経済活動でもありえない。たまに、グレーゾーンと意気がっている輩の程度であるが、論理的に紐とけば、いとも簡単なレトリックにすぎない。
¶こんな逸話がある。
近江商人が、江戸からの帰りに北関東のある庄屋の屋敷を訪れ、娘に綺麗な反物(実は江戸での売れ残り)を勧めた。庄屋は、お金がないから買えないと断ったところ、近江商人は、「お代はまた今度でいいよ」と言って、その綺麗な反物を置いて帰った。庄屋の娘は、早速着物に仕立て愛用、そして1年が過ぎた。近江商人が再びやって来て、お代を請求・集金をして帰った。その直後に庄屋は怒って、「近江商人は強盗と同じだ」と言い振らした。だが、江戸:日本橋をはじめ各地で近江商人の分家の商いが流行り、呉服・反物を一手大量に扱うようになった。なぜなら、庄屋たちには、年貢徴収などの経済外的強制による取引感覚しか理解出来ず、経済的な商取引の世界での恩恵には預かっていなかったのである。
すなわち、
新しい経済構造に沿った経済活動は、確かに旧来経済構造から生じる感覚的倫理に反すると、世間体では錯覚することがある。これを愛着ある人から感情的に訴えられれば同感してしまうのも当然である。愛着もなければ利害関係の反する者からの要求であれば、不当だと感覚的反発をすることも当然なのである。新規事業だと意気込んでみても、「従前のやり方では大損をする」といった時代感覚をもっての深い洞察が、されていない場合が多い。だから、この逸話のように感覚的倫理に反すると思いこんでしまい、実行を躊躇、失敗を重複、部下の不作為などが重なったあげく、とうとう諦めざるを得ないことになるのである。
¶企業の経営理念や方針は時代によって変化
させる必要があり、経済構造の変化で組み直し、常日頃からの補正と修正を繰り返す必要がある。例えば、就業規則の類は、集団的人事管理方式を国家が強制(監督署への届け出など)する仕組みとなっているが、この就業規則を経営理念や経営方針に沿って常に改定していればこそ、時代にあった労務管理や業務管理を実施することが出来るものなのだ。個々人を個別管理するようでは産業育成に弊害が生ずることから、統一的就業内容や条件管理を導入させているのである。また、信義則や公序良俗に反するような事業を行ないたい場合は、徹底して法令違反を繰り返し、警察機関から逃げのびる経営理念・方針をもつことの結論が、論理上は導き出される。(ただし、日本国内で、そんな事業は実現不可能ではあるが…。)
経営理念や経営方針に沿った人物を獲得定着させるのであれば、就業規則の服務規定や解雇規定そして懲戒規定を変更すれば良いのである。多くの人が誤解していることは、個別企業に適する人とその個別企業に適さない人とを満遍なく雇用し続けなければならないと法律を誤解していることだ。必要であれば、大幅に就業規則を変更し従業員の入れ替えをすることも可能である。国家も個別企業が本当にそうしたいと思うのであれば、合法でさえあれば、そこから先は監督署に介入させることをしないことになっている。長時間労働の社員か、短時間労働社員か、仕事さえしてくれれば良い社員か、管理職に終日付き合って待機・はべらす社員か、すべて個別企業がどんな社員を選ぶかは自由である。
¶問題があるとすれば、総務人事部門に、
そういった管理の術が蓄積されていないことである。無ければ外部コンサルタントに知恵を借りれば良いにも関わらず、独善孤立しているところにある。これでは、ノウハウを積む以前の障壁であって、こういったケースは意外と大企業に多い。
先の話を繰り返すが、戦前と戦後の高度経済成長までは、日本政府はソ連型計画経済を官僚主導のもとで実施、とにかく戦後は、アメリカからの莫大な投資によって、政府主導で金回りが良かった。だから、個別企業の経営者は、ことに大手企業になるにしたがって、大して経営の知恵を出さずにすんだのである。言わば政府の言う通りにしていれば良かったし、政府とのつながりを密にしておれば良かったし、その範囲での努力であれば報われたのである。余計な知恵を巡らせれば損を招くことにもなった。おかげで、先ほども述べた通りだが、今や鋭い経営学者からは、「株主・労働者・顧客などの利害関係者の仲裁役としての経営者はどうあるべきか」といった経営学の話が、お茶を濁す誤魔化し経営と批判されるまでに至ったのだ。投資・生産・付加価値配分を一体的動態的にとらえる経営方針に集中させる必要があり、そのためのマニュアル(労働力管理の仕様書)としての就業規則形成、その他の制度が求められているのである。とりわけ就業規則は、周知義務が法定されていることから、経営や管理方針徹底に重要不可欠となっているのだ。ところが…。
¶就業規則が実態的な経営方針に沿っていない。
だから、あるいは、経営方針の個別企業内での集団的合意を形成する手続き(例えば従業員代表の意見書など)が、経営目的に応じて職場(社会)秩序の形成を念頭に進められていないものだから、なぜかグレーゾーンといった幽霊がはびこってしまうのである。無理解や物事を事あるごとに批判する意見が出て来るのは、集団を扱う限り避けられない現象である。が、現代社会にあって、こういった傾向に翻弄されるのは、唯一、集団的合意を形成する手続きが適切に実施されていないところに原因があるのだ。従業員代表意見書に留まらず、全従業員の集団ミーティング、業務改善基準書の整備、経営方針の徹底など、集団的合意の形成に重点をおいて管理手法を進めるところに、グレーゾーンの幽霊と、その幽霊に惑わされる従業員の退治の管理方策があるのだ。少数意見も取り入れた多数意見は、当初の多数意見とは異なっているのだ。
¶1980年代から法手続きのパラダイム、
すなわち、経営理念や方針の内容自体の正当性を問うよりも、内容を変更する手続きが正当に行われたかどうかが優先される(法手続きのパラダイム)社会となってきた。整理解雇の四要件においては誠実説明義務が最重要とされ、労働条件不利益変更の七要件では納得説明義務が最重要とされるのはこのためである。何が正しいことかの基準は、手続きの正当性が最重要となっているのだ。それは、「何が正義か?」の議論の前の判断基準だとされている。また、社是社訓の大半が創業者等の経験的信念に偏り、科学的に根拠づけられていないものであることから、実のところは社是社訓の正当性に疑問を持たれている個別企業も少なくない。だからこそ、法手続きのパラダイムが決定的に重要さをもつようになったのである。事実、いくら良いことを言ってもワンマン社長の個別企業は成功していない。
¶そして、現代は集団的合意の誠実形成
実際の社会運営で、経営目的に応じて職場(社会)秩序の形成を、集団的合意を誠実に形成しようとしたのかどうかが重要な要件となって来ている。また、なによりも、経営とは経済環境に合わせることが最重要ポイントであるから、個別企業の経営にとって今後不可欠な、チームワークやチームの運営の視点からすれば、集団的合意を誠実に形成することは、重要な利益の源泉であるのだ。ここ1~2年は法的にも「誠実に形成」する意思が認められなければ、信義則違反、公序良俗違反とされつつある。順次その方面の最高裁判決が目白押しである。
さて、貴方の会社の制度や規則は、新しい経済環境に向かって切り替えが進んでいますか。
・最大の景気後退がやってくる。
・緊縮&緊縮ばかりでは、企業も経済も後退
・戦後における「第二の敗戦」
・企業の利益活動を、グレーゾーンと錯覚
‥こんな逸話がある。
‥企業の経営理念や方針は時代によって変化
‥問題があるとすれば、総務人事部門に、
‥就業規則が実態的な経営方針に沿っていない。
‥1980年代から法手続きのパラダイム、
‥そして、現代は集団的合意の誠実形成
¶最大の景気後退がやってくる。
それは、バブル崩壊後の最大のもの、日本ではリーマンショックをしのぐものとなりそうだ。多くの経済見通しも、今年の3月の年度末までとしていたものを、今年上半期の6月まで景気後退との見通しに修正してきている。だが、何をどう分析しようが、日本経済の活路の先行きは、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を内外に進めるとの道であるとされる。「競争力のある企業が、若い労働力を獲得し、新市場・新商品を提供して、経済成長を図る」というのも原則である。とにかく、よく勉強して能力も身に付け、新しい内外経済ゾーンへの進出が不可欠である。
他企業はさておいてでも、貴方の企業だけは浮かびあがれば良いのである。
¶緊縮&緊縮ばかりでは、企業も経済も後退
★新しい経済構造あるいは経済中核に向けて浮上している巷の論理は、
「金を持ち、金を生み出す企業の改革」とされ、一時は500兆円経済であった日本が、現在の相当落ち込み(300兆円との説も)から、内需主導で600兆円規模に引き上げ安定させるといった対策案である。簡単に言えば、これはお金持ちに頼る政策でしかないから、これには次々と実現には疑問がもたらされている。
★新自由主義の政策は、リーマンショックと世に言われる信用恐慌、不況の長期化、格差拡大で、破たんしてしまった。その混乱の中で、それまで流行していた成果主義賃金とかコンピテンシーとかコーチングなどの人事管理手法は、瞬間のうちに消え去ってしまった。
★片や流行を追わない駅ナカの立ち食いソバ屋ですら、経済変化を見越して、安いのがとりえの小種類×低価格の品ぞろえを止め、味にも気を使う多種類メニューの高級立ち食いソバ屋となり、そこではきっちり若者が働き、新規事業展開を成功させている。
★今や鋭い経営学者からは、「株主・労働者・顧客などの利害関係者の仲裁役としての経営者はどうあるべきか」といった経営学の流行話は、お茶を濁す誤魔化し経営だと批判されている。コーポレートガバナンスと言うならば、個別企業の主要な決定事項の基本機能のあり方を、「決定→実行→統制」といった原点でとらえ直す必要があるとまで指摘されているのだ。要するに、投資・生産・付加価値配分を一体的動態的にとらえる経営方針に集中させる必要があると言われているのだ。ということは学問的にいえば、日本では有効な経営管理が欠落していると、この学者は分析しているのである。
★戦前と戦後の高度経済成長までは、日本政府はソ連型計画経済で官僚主導のもとに経済成長していた。とりわけ戦後は、米ソ対立から日本社会を豊かな経済の対共産圏防波堤にする命題があったから、アメリカからの莫大な投資によって金回りが良かった。東アジア諸国と比べ、一時は30年分の経済格差が開いたとの指摘もある。ところが現代では、対中国の経済防波堤など着想する気配もなくなった日本社会と位置づけられ、自国からも他国からも投資対象から外された日本社会であることの認識は、まだまだ一般認識が弱いのである。
★日本政府の財政赤字などは、大して深刻な問題となってはいない。政府内部はそう考えている。日銀の計算によると日本の民間企業の内部留保は206兆円ほどあるとされている。ここしばらく、マスコミにこの206兆円が取り上げられ、まるで政府が民間の206兆円から集金(増税)すれば、簡単に財政赤字解消といった論法だ。206兆円の多くは、余裕資金過多にある輸出系大手企業に蓄積されている。だとすると、企業従業員出身の雇われ経営者層は気弱だから反発は少ないとみている。民間企業の大手になるほど、すぐ金を払うひ弱さは、官僚たちによく知られていることである。また、大手企業の従業員は、長時間労働もいとわず、社畜(家畜)化した価値観をもっているから、不平不満を言うだけで、(過去のように、大手企業労組を隠れ蓑に)反発することもないと見ている。その例をあげれば、終戦直後の電気発電配電産業の如く、労使が結託しGHQと戦い、その矢面に労組の電源ストを実行したような時代ではないと思っている如くだ。場合によっては、検察特捜部を使って威嚇するぞ…と思わせれば良いと、官僚たちが思っているフシがある。こういった背景があってこそ、官僚勢力:対決:小沢グループの争いが、政治の世界では表面化しているとの見方も流れているのだ。
¶戦後における「第二の敗戦」
と確かに現代情況の分析が言われている。終戦直後と比べ物は溢れているが、精神力が疲弊しているとの意味では、その通り敗戦状態である。とにかく、就業者はサラリーマン化してしまって、経営者とか経営管理者といった骨のある人材が、社会の中で埋もれてしまっている状況なのだ。自営業者といえば、そのほとんどが半失業状態の個人請負労働者とまで言い切る、そういった学術統計分析も出されている。
活力を取り戻すための
個別企業の人材教育ポイントは、政府の失業対策のポイントでも同じだが、今大切なものは
1.一般的な知識能力ではなく、より専門的な職業能力向上であり
例として【成長分野等人材育成支援奨励金】
https://krs.bz/roumu/c?c=1767&m=736&v=56c5c109
2.チームワークを形成して業務を行なえる能力習得であり
3.チームを、組織を、事業を、経営を運営する能力習得である。
失業手当給付後の基金訓練のような初歩的訓練では意味がない。雇用調整助成金の対象となる訓練では、総じて時代遅れな訓練でしかないのだ。従来の教育訓練のほとんどが、自信と意欲をもって就労出来るような代物とはなっていない。また、チームワークは旧来概念の「協調性」とは異なることも念頭において教育訓練をする必要がある。
そういった意味では、北欧経済のような「高度成長と実質失業率の低下」モデルもヒントに、日本経済立て直しを主体的力量から考えることも重要となってくるのだ。(現在日本の失業率はヨーロッパ方式で計算すれば10%超、雇用調整助成金受給も基金訓練も失業者群である)。
だがしかし、
萎縮の道をたどらずに、まずは貴方の企業が浮かび上がっていなければ、それは元も子もないストーリーなのだ。
¶企業の利益活動を、グレーゾーンと錯覚
させられている実情がある。詐欺、横領、窃盗などとの刑法に違反しているわけでもないのに、なぜか非合法な企業の利益活動だと、経営者も社員も誤解をしている。挙げ句には、こういったグレーゾーンに踏み込んでいるからこそ、「金もうけ」が出来るのだと、誤解もはなはだしい認識で、この世を憂っている人たちも多いのだ。「生きて行くために」と、毎日を悔いながら仕事をしている人たちも少なくない。
だが、このグレーゾーンというものは、論理的にも法律的にも幽霊そのものなのだ。ちなみに社会というものは共同体の秩序を形成する。これは個別企業においても然り、経営目的に応じて職場秩序が形成される。ここに世間体がはびこると、無秩序がまん延することになり、企業の共同体の秩序崩壊あるいは経営目的の秩序混乱を招くこととなる。そもそも、コンプライアンスというのは、法律条文を形式的に守るのではなく、この社会共同体の秩序を維持形成するということなのである。世間体であれ単なる無法者であれ、これを抑止して秩序を維持するのがコンプライアンスでもあるのだ。そして法治国家とされるものも、「正しい法律のみが法とされる上での法の支配」のことなのである。悪法もまた法なりといった形式的法治国家は封建時代の代物、いわば世間体の理屈なのである。
とりわけ、経営目的に応じて職場(社会)秩序を形成する手続き(その最強のものは就業規則)を創意工夫により整備すれば、世にいうグレーゾーンといったものは存在しないことになるのである。無知や無理解によって、グレーゾーンといった錯覚が残るのかもしれないが、それは所詮は幻想であるから、しばらくすれば錯覚は消え去るものだ。なお、後学のためではあるが、英語で言う社会の語源はソキエタス(societas):目的が達成されるまでの戦時同盟のような概念である。
本当にグレーゾーンであれば、詐欺、横領、窃盗などであり、経営管理者には予見できたとして刑事的責任がかかって来るが、そういった「金もうけ」をしている企業は存在しないし、経済活動でもありえない。たまに、グレーゾーンと意気がっている輩の程度であるが、論理的に紐とけば、いとも簡単なレトリックにすぎない。
¶こんな逸話がある。
近江商人が、江戸からの帰りに北関東のある庄屋の屋敷を訪れ、娘に綺麗な反物(実は江戸での売れ残り)を勧めた。庄屋は、お金がないから買えないと断ったところ、近江商人は、「お代はまた今度でいいよ」と言って、その綺麗な反物を置いて帰った。庄屋の娘は、早速着物に仕立て愛用、そして1年が過ぎた。近江商人が再びやって来て、お代を請求・集金をして帰った。その直後に庄屋は怒って、「近江商人は強盗と同じだ」と言い振らした。だが、江戸:日本橋をはじめ各地で近江商人の分家の商いが流行り、呉服・反物を一手大量に扱うようになった。なぜなら、庄屋たちには、年貢徴収などの経済外的強制による取引感覚しか理解出来ず、経済的な商取引の世界での恩恵には預かっていなかったのである。
すなわち、
新しい経済構造に沿った経済活動は、確かに旧来経済構造から生じる感覚的倫理に反すると、世間体では錯覚することがある。これを愛着ある人から感情的に訴えられれば同感してしまうのも当然である。愛着もなければ利害関係の反する者からの要求であれば、不当だと感覚的反発をすることも当然なのである。新規事業だと意気込んでみても、「従前のやり方では大損をする」といった時代感覚をもっての深い洞察が、されていない場合が多い。だから、この逸話のように感覚的倫理に反すると思いこんでしまい、実行を躊躇、失敗を重複、部下の不作為などが重なったあげく、とうとう諦めざるを得ないことになるのである。
¶企業の経営理念や方針は時代によって変化
させる必要があり、経済構造の変化で組み直し、常日頃からの補正と修正を繰り返す必要がある。例えば、就業規則の類は、集団的人事管理方式を国家が強制(監督署への届け出など)する仕組みとなっているが、この就業規則を経営理念や経営方針に沿って常に改定していればこそ、時代にあった労務管理や業務管理を実施することが出来るものなのだ。個々人を個別管理するようでは産業育成に弊害が生ずることから、統一的就業内容や条件管理を導入させているのである。また、信義則や公序良俗に反するような事業を行ないたい場合は、徹底して法令違反を繰り返し、警察機関から逃げのびる経営理念・方針をもつことの結論が、論理上は導き出される。(ただし、日本国内で、そんな事業は実現不可能ではあるが…。)
経営理念や経営方針に沿った人物を獲得定着させるのであれば、就業規則の服務規定や解雇規定そして懲戒規定を変更すれば良いのである。多くの人が誤解していることは、個別企業に適する人とその個別企業に適さない人とを満遍なく雇用し続けなければならないと法律を誤解していることだ。必要であれば、大幅に就業規則を変更し従業員の入れ替えをすることも可能である。国家も個別企業が本当にそうしたいと思うのであれば、合法でさえあれば、そこから先は監督署に介入させることをしないことになっている。長時間労働の社員か、短時間労働社員か、仕事さえしてくれれば良い社員か、管理職に終日付き合って待機・はべらす社員か、すべて個別企業がどんな社員を選ぶかは自由である。
¶問題があるとすれば、総務人事部門に、
そういった管理の術が蓄積されていないことである。無ければ外部コンサルタントに知恵を借りれば良いにも関わらず、独善孤立しているところにある。これでは、ノウハウを積む以前の障壁であって、こういったケースは意外と大企業に多い。
先の話を繰り返すが、戦前と戦後の高度経済成長までは、日本政府はソ連型計画経済を官僚主導のもとで実施、とにかく戦後は、アメリカからの莫大な投資によって、政府主導で金回りが良かった。だから、個別企業の経営者は、ことに大手企業になるにしたがって、大して経営の知恵を出さずにすんだのである。言わば政府の言う通りにしていれば良かったし、政府とのつながりを密にしておれば良かったし、その範囲での努力であれば報われたのである。余計な知恵を巡らせれば損を招くことにもなった。おかげで、先ほども述べた通りだが、今や鋭い経営学者からは、「株主・労働者・顧客などの利害関係者の仲裁役としての経営者はどうあるべきか」といった経営学の話が、お茶を濁す誤魔化し経営と批判されるまでに至ったのだ。投資・生産・付加価値配分を一体的動態的にとらえる経営方針に集中させる必要があり、そのためのマニュアル(労働力管理の仕様書)としての就業規則形成、その他の制度が求められているのである。とりわけ就業規則は、周知義務が法定されていることから、経営や管理方針徹底に重要不可欠となっているのだ。ところが…。
¶就業規則が実態的な経営方針に沿っていない。
だから、あるいは、経営方針の個別企業内での集団的合意を形成する手続き(例えば従業員代表の意見書など)が、経営目的に応じて職場(社会)秩序の形成を念頭に進められていないものだから、なぜかグレーゾーンといった幽霊がはびこってしまうのである。無理解や物事を事あるごとに批判する意見が出て来るのは、集団を扱う限り避けられない現象である。が、現代社会にあって、こういった傾向に翻弄されるのは、唯一、集団的合意を形成する手続きが適切に実施されていないところに原因があるのだ。従業員代表意見書に留まらず、全従業員の集団ミーティング、業務改善基準書の整備、経営方針の徹底など、集団的合意の形成に重点をおいて管理手法を進めるところに、グレーゾーンの幽霊と、その幽霊に惑わされる従業員の退治の管理方策があるのだ。少数意見も取り入れた多数意見は、当初の多数意見とは異なっているのだ。
¶1980年代から法手続きのパラダイム、
すなわち、経営理念や方針の内容自体の正当性を問うよりも、内容を変更する手続きが正当に行われたかどうかが優先される(法手続きのパラダイム)社会となってきた。整理解雇の四要件においては誠実説明義務が最重要とされ、労働条件不利益変更の七要件では納得説明義務が最重要とされるのはこのためである。何が正しいことかの基準は、手続きの正当性が最重要となっているのだ。それは、「何が正義か?」の議論の前の判断基準だとされている。また、社是社訓の大半が創業者等の経験的信念に偏り、科学的に根拠づけられていないものであることから、実のところは社是社訓の正当性に疑問を持たれている個別企業も少なくない。だからこそ、法手続きのパラダイムが決定的に重要さをもつようになったのである。事実、いくら良いことを言ってもワンマン社長の個別企業は成功していない。
¶そして、現代は集団的合意の誠実形成
実際の社会運営で、経営目的に応じて職場(社会)秩序の形成を、集団的合意を誠実に形成しようとしたのかどうかが重要な要件となって来ている。また、なによりも、経営とは経済環境に合わせることが最重要ポイントであるから、個別企業の経営にとって今後不可欠な、チームワークやチームの運営の視点からすれば、集団的合意を誠実に形成することは、重要な利益の源泉であるのだ。ここ1~2年は法的にも「誠実に形成」する意思が認められなければ、信義則違反、公序良俗違反とされつつある。順次その方面の最高裁判決が目白押しである。
さて、貴方の会社の制度や規則は、新しい経済環境に向かって切り替えが進んでいますか。
2010/12/07
第104号
<コンテンツ>
・10月からの需要の落ち込みは深刻
・地道な経済:建て直しの基盤について
・建て直し:例えば=1
・建て直し:例えば=2
・建て直し:例えば=3
・この低迷時期、個別企業で蓄積しなければならないもの
・その次の段階として、企業発展法則
・そこに、民法改正が事実上水面下で
……そもそも、債権債務とは、
……雇用関係については、
……ところが役務提供契約について
……そんなことよりも大変な役務提供契約
……その労働者供給基準が民法の側からも提起
……市場や経済の需要面からだけではなく
……実は、職業安定法の行きがかりで、請負事業
¶10月からの需要の落ち込みは深刻
である。来年春まで、回復する兆しも無いというのが、経済学者の見通しだ。
10月中は、7~9月期の経済指標が発表されていたから、景気の悪化は表面的な議論にならなかった。ところが、肌で感じる末端経済は、早ければ9月末から一挙に低迷しだしたのだ。エコポイントの効果が消えてしまえば、大きな反動がやってくることがないと言われているが、この政策が自動車や家電業界に対する「在庫一掃セール」政策であることの本質が見逃されていることには警戒が必要だ。
失業率も10月は悪化した。この失業率だが、雇用調整助成金の受給者、失業保険が切れた人たちへの職業訓練(基金訓練:3~6ヵ月、月額10万ないし12万円支給)の受講者急増はすさまじいようだ。
ハローワークの求人もピタッと止まった。
衰退産業延命策となっている雇用調整助成金、水準の低い知識訓練で職業能力の取得には縁のない職業訓練、こういった目に見えない失業対策事業を含めると、失業率は欧米並みに10%を超えていることは間違いない。とにかく、10月から企業の職安への求人は一挙に減ってきている。ということは相当の業績落ち込みと見て良い。
¶地道な経済:建て直しの基盤について
大方の識者の意見はまとまりつつあるようだ。それは、労働力の移動を図って個人消費を引き上げ、ノウハウ技術や観光立国を進めるための安定基盤を形成する方向性である。それは、「政府の空回り雇用掛け声対策」とは大違いである。ひょっとすれば、「戦艦ヤマトの雇用政策」は学識経験者から見放されてしまったのかもしれない。
¶建て直し:例えば=1
1週間に60時間以上働く労働者は、労働力調査によると、700万人程度の数値が出ている。月にすれば、80数時間の残業ということである。60時間以上の割増率1.5であるとか、高賃金男性正社員の時間外労働といったコストが、個別企業では問題になりつつある。サービス残業として賃金不払いというわけにはいかない時代にもなった。片や、深刻な不安定、非正規労働者は1000万人ほどと言われているが、その中には大卒・短大卒の高学歴女性とか主婦が圧倒的に多いのである。
仕事の標準化、
予見計画性を高くして業務遂行、
能力別業務分担といったものを、
ICT機器を駆使することで、
こういった女性パートタイム労働力を安定提供することで、
個別企業の全体の労働生産性を思い切って引き上げることは可能なのである。これを先駆けて行う個別企業は、自ずと付加価値率も高まる。そして、消費財の需要拡大により経済の良い循環が始まるのである。旧態依然のような金融資本投下政策や国家計画経済政策とは異なり、貴方の個別企業だけが浮かび上がるといった方式なのである。
¶建て直し:例えば=2
太陽光発電などの省エネ産業にも意外と発想が乏しい。建設業者の受注や雇用増加にもつながるのだが、アイディアよりも、旧態依然の「出来ない言い訳」が目立っている。ところが、
☆太陽熱温水器(エネルギー変換効率50%)を戸建住宅のみならず、マンション、ホテル、病院、福祉施設などの屋根にまで利用する発想は少ない。
☆太陽光発電も、学校・体育館、公共建物、工場、ビル、高速道路の路肩・中央分離帯、鉄道の路肩、海岸線、海面発電とまでの発想である。
☆風力発電も、発電機騒音が問題ならば陸上にこだわることなく、無人島や海洋に設置すれば良い。
☆波力発電とか潮流発電も有望なのである。
☆地中(海中)の地下熱は、地下数メートルでさえ表面温度との差は10度以上あることから、水道管で循環させることにより、冷暖房費を節約出来るといった発想だ。
こういったところまでの発想で考えれば、政府の掛け声政策など待つまでもなく、個別企業でも十分事業化出来るのである。本当に必要なのは、こういった省エネ産業を制度面で育成する方面での具体策ぐらいであり、民間から具体的な省エネ製品システムを持ち込まないと、行政は動くはずがないのだ。
¶建て直し:例えば=3
仕分け事業といったイベントで、お茶を濁している場合ではなく、生活に密接な公共施設の再活用アイディアがある。これも、その道での個別企業のビジネスチャンスである。小学校の空き教室に保育園ができれば、非常に安い経費で待機保育児問題はなくなり、もっと多くの有能な母親や父親が労働の場に進出することが出来る。マスコミなどが流す「子供手当の活用論議」といった愚策な論議ではない。事業主体として民間NPOが進出すればよく、利益率は民間営利の個別企業よりも十分に見込まれるものだ。民間営利企業だったとしても、役所主導の公共事業を待っているのではなく、街づくり・地元経済・観光リゾートといった視点から見れば、数多くの公共施設がビジネスチャンスを待っていると言えるのである。
¶この低迷時期、個別企業で蓄積しなければならないもの
それは、個別企業としての組織的能力向上と個々人の職業能力である。
筆者は、各企業の技術を披露するビジネスイベントに出かけて各々担当者にインタビューをするも、世界に通用する技術であっても、それを流通(経済学での交通も同じ)させる取り組みやノウハウが全くないのには驚かされた。高水準技術を持つ各社は、口をそろえて技術は自慢するけれど、
1.取引ルートにはどんな種類があるのかを調べたことがないとか、
2.見ればわかる結果が一目瞭然な製品を扱っていても言葉の壁があると不安が走り、
3.日本まで買いに来てもらえば良い製品にも関わらず現地まで集金に行く不安、
といったような、この三つの共通点があるようだ。
なるほど具体的に動く能力がないから、だから商社や大手企業の「お目にとまり」、召抱えられ、ひいきにされようとする受注活動展開しか知らないのかもしれない。これでは、まるで水商売や風俗の販売方法と同じ水準である。
旧来のように、資本投下を図って人海戦術で売り上げ向上→利益の確保といった時代ではないのである。ICT産業革命の真っただ中、従業員の能力向上を図り、一人当たりの労働生産性を引き上げ、今よりも一歩でいいから、ワンランク上の「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を図る以外に道はないのだ。個別企業としての組織的能力向上から手始めに進めることが定石であり、経営幹部から個人の能力向上を始めるといった方法が、極めて現実的な定石である。
例えば、人事総務部門の幹部養成とすれば、今必要な教育は次のようなもので、知識の習得ではない。書籍やウェブサイトを見れば見つけられる山のような知識情報から、
リサーチ→発見→応用→定着させる「器」である職業能力が今こそ必要なのである。
《新時代・新経済環境にむけ人事管理者の「素質」育成教育》
http://osakafu-hataraku.org/contents/personal/education.html
¶その次の段階として、企業発展法則
「競争力のある企業が、若い労働力を集め、新商品・新市場に進出して行く」
といった経済発展の法則が存在するのである。職業能力もなしに、旧態依然の惰性の毎日の中に現場を打開する道など存在するはずがない。
体得された知識がないと創造型経営は難しいと言われる。だから、個別企業の幹部の少なくとも30%は、高卒者にするべきだとの研究も、経済学の視点から進んでいる。日本の大学がサラリーマン養成機関になり下がり、個別企業が「高校生に頼り、経営者は創意工夫出来る人と組むことで活力回復をするのか、それとも既成の大学生に頼って没落するか、あるいは企業経営の自殺の道か」といった選択を迫る経済学者もいる。余談ではあるが、この経済学者に言わせれば、難関の末に伝統的大学に入学し卒業した者は義務教育などの教育機関で吸収すれば丁度良い(民間企業で働く能力に疑問)とまで言い切っている。
とりわけ、
その道のプロであるとか、その道の専門家にといったものに近づいて行くほど、よほどの注意をしていないと、「専門家の勘違い」を起こしやすい。すなわち、その方面の専門的知識でもって、何でも見通しを立て、解決が図れると勘違いしてしまうのだ。まるで、「善い道を探し歩もうとする」思考パターンの人に限って、独善的になり、神がかり的になるのと同じで、一般社会や経済社会では通用しなくなる。そこには、真実や正しさは善に優先するといったような思考パターンこそが個別企業の発展に寄与するのであり、経済発展や社会発展に500年間ほど寄与してきたのである。(ただし、この500年の中で、今が450年ぶりの信用・金融の危機だ)。
もっと平たく言えば、経理事務担当者や資格取得マニアとか典型的サラリーマンには、個別企業発展の牽引力はないということだ。
¶そこに、民法改正が事実上水面下で
進められているが、これは重要なインテリジェンスである。関係するビジネスモデルや業態で、消えてなくなるものが出て来るのだ。
明治時代の民法制定以来の大改正と言われ、商取引の根底にある債権債務の取り扱いが論議されている。政府は、平成24年の通常国会に改正法案提出を進めているが、そうなると、3~4年後には新しい裁判例や判決が出て来ることとなり、これにより集金出来る業務と代金支払いを拒絶される請負が発生して来るのである。知識ばかりを追い求める似非専門家には、たとえ弁護士資格があったとしても、これが何のことか解説が出来ないのである。
では、何が改正されようとしているのかは、あとで紹介するウェブサイトを見れば、詳しく分かるが、まずは、どんな論議になっているのか大まかな概略説明をする。これが、日本国内のビジネスモデルの在り様を定めるので、難しいも何も、企業経営や商業をするのであれば、認識することは不可欠である。
……そもそも、債権債務とは、
辞書を調べても意味不明である。この場合、歴史と発生源を見れば理解に役立つ。時はアヘン戦争、債権債務の言葉は元来中国語である。アヘンを中国にどれだけ持ち込んだのか分らないイギリスは、相手先からの「給付を実行させることを内容とする権利」を確定させて、売り上げを回収しようとしたのである。ちなみに、どんなアヘンを、どれだけの量で、確かに届けて、相手側も確認したのであれば、債権債務といった「カラクリ?」を考える必要すらなかったのである。すなわち、香港や上海に陸揚げしても、途中で中抜きされ、消えて無くなり、最終末端まで届いた物の内容など判らなかったという事なのだ。だから、現代中国人には、この「カラクリ?」は分からないし、「帝国主義者や資本家の理屈だ」と言って、中国共産党などは論陣を張って来るのだ。(これ以上の話の展開は、中国経済問題にハマってしまうので、ここで中止)。
……雇用関係については、
いわゆる民法の雇用と、労働基準法や労働契約法の条文条項との整合性について話し合われているが、それはそれで、既に裁判例や判例で動かしがたい現実があるので、読めばだいたい理解出来、目新しいものは無い。
労働契約法の解雇条文の、「その権利の濫用」とは、民法1条3項とは異なる解雇権濫用法理であることを明確にして、むしろ、民法にかぶれ気味の弁護士が労働法の通念を身につける効果を期待するものと思われる。
……ところが役務提供契約について
重大な改正案を提起している。現在の請負の中で、何らかの完成を伴わない無形な結果を目的とする場合は請負から外して、「役務提供契約」といったものを新設しようという、改正案の提起だ。
役務提供すなわち、「役務提供契約」というものが新たに設けられた場合、雇用されていないが役務提供をしている労働者という概念が生まれて来るのだ。個人請負…業務個人委託、軽貨便、学習塾講師、WEB製作とかいった人たちが労働者と法定法理とされると、現在の複雑な立証を伴わなくとも労働基準法や労働契約法の定めに従って労働者との法律適用を受けるのである。「個人事業主では?ならば労働者ではない」といった議論は一掃されることになる。
……そんなことよりも大変な役務提供契約
の新設がビジネスモデルに大影響するのである。役務提供=労務提供(労働者供給)といった要素を多分に含んでいるから、先に述べた個人請負か雇用かといった論議とは別に、集団的な役務提供契約として、請負契約から切り離す部分の(現行の)「請負」があることを指摘しているわけである。すなわち業務請負と言われる形態の中で、目的物が存在しないものは請負契約ではないから、労働者供給契約と判断されることになる。完成を目的とする目的物が無いとなれば、それは役務提供契約であり、そして労働者供給契約と見なされることになるのだ。すると、請負代金はもらえない。
……その労働者供給基準が民法の側からも提起
されて来ることになるのだ。職業安定法、労働者派遣法、そして請負と労働者派遣の区分基準(大臣告示)の解釈について、民法の側からも決定的な判断が下されることになる。告示改正や新しい通達が出されることになるのは予見出来る。もちろん、偽装請負なのか業務請負なのかの曖昧さは、民法の判断基準からすれば、そんなものは一掃されることにもなり得る。ビルメンテナンス業や警備業などの旧来からの業務請負、新しいサービス(服務)業態その他も、最初から洗い出されることになる。洗い出された後は、もちろん、個別企業の事業として継続することは不可能となる。
……市場や経済の需要面からだけではなく
ここでは民法の側面からも、「高付加価値&高水準サービス」の商品提供といった完成を目的とする目的物を備えた業務となるように、業務改善を迫られることになるのである。その現われ方は、代金を支払わないとの行動になるのだ。単なる人員供給や人海戦術ではないことが鮮明になっている事業であれば、完成を目的とする目的物を備えているので問題はない。もとより、時代に逆行して価値ある目的物を提供出来ない業務請負やサービス業態であれば、すなわち、単なる人員供給や人海戦術を続けているのであれば、民法改正どころか、今や延命の余地は経済的にもなくなって、それは経済的にも、職業紹介事業と見なされるかもしれないのだ。
……実は、職業安定法の行きがかりで、請負事業
と見なされているが故に、それが税法の成り行きから株式会社を形成、そこで事業代表者が社長となったものだから、本来的に経営者ではない者が社長となったがために、下請け外注構造が歪になっていることも事実なのだ。法律の形にとらわれ、税制の仕組みに惑わされていると、こういったことが見えなくなる。
法務省:民法の債権に関する規定改正を法制審議会に諮問
http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900044.html
(雇用契約 準委任契約 役務提供型契約)
さて、その民法改正の実効性といえば、金銭支払の有無が関わって来るので民間主導・生活目線の日常的営利行為となり、その実効力といえば税務署、労働基準監督署、職業安定所などの行政施策力どころではないのだ。
・10月からの需要の落ち込みは深刻
・地道な経済:建て直しの基盤について
・建て直し:例えば=1
・建て直し:例えば=2
・建て直し:例えば=3
・この低迷時期、個別企業で蓄積しなければならないもの
・その次の段階として、企業発展法則
・そこに、民法改正が事実上水面下で
……そもそも、債権債務とは、
……雇用関係については、
……ところが役務提供契約について
……そんなことよりも大変な役務提供契約
……その労働者供給基準が民法の側からも提起
……市場や経済の需要面からだけではなく
……実は、職業安定法の行きがかりで、請負事業
¶10月からの需要の落ち込みは深刻
である。来年春まで、回復する兆しも無いというのが、経済学者の見通しだ。
10月中は、7~9月期の経済指標が発表されていたから、景気の悪化は表面的な議論にならなかった。ところが、肌で感じる末端経済は、早ければ9月末から一挙に低迷しだしたのだ。エコポイントの効果が消えてしまえば、大きな反動がやってくることがないと言われているが、この政策が自動車や家電業界に対する「在庫一掃セール」政策であることの本質が見逃されていることには警戒が必要だ。
失業率も10月は悪化した。この失業率だが、雇用調整助成金の受給者、失業保険が切れた人たちへの職業訓練(基金訓練:3~6ヵ月、月額10万ないし12万円支給)の受講者急増はすさまじいようだ。
ハローワークの求人もピタッと止まった。
衰退産業延命策となっている雇用調整助成金、水準の低い知識訓練で職業能力の取得には縁のない職業訓練、こういった目に見えない失業対策事業を含めると、失業率は欧米並みに10%を超えていることは間違いない。とにかく、10月から企業の職安への求人は一挙に減ってきている。ということは相当の業績落ち込みと見て良い。
¶地道な経済:建て直しの基盤について
大方の識者の意見はまとまりつつあるようだ。それは、労働力の移動を図って個人消費を引き上げ、ノウハウ技術や観光立国を進めるための安定基盤を形成する方向性である。それは、「政府の空回り雇用掛け声対策」とは大違いである。ひょっとすれば、「戦艦ヤマトの雇用政策」は学識経験者から見放されてしまったのかもしれない。
¶建て直し:例えば=1
1週間に60時間以上働く労働者は、労働力調査によると、700万人程度の数値が出ている。月にすれば、80数時間の残業ということである。60時間以上の割増率1.5であるとか、高賃金男性正社員の時間外労働といったコストが、個別企業では問題になりつつある。サービス残業として賃金不払いというわけにはいかない時代にもなった。片や、深刻な不安定、非正規労働者は1000万人ほどと言われているが、その中には大卒・短大卒の高学歴女性とか主婦が圧倒的に多いのである。
仕事の標準化、
予見計画性を高くして業務遂行、
能力別業務分担といったものを、
ICT機器を駆使することで、
こういった女性パートタイム労働力を安定提供することで、
個別企業の全体の労働生産性を思い切って引き上げることは可能なのである。これを先駆けて行う個別企業は、自ずと付加価値率も高まる。そして、消費財の需要拡大により経済の良い循環が始まるのである。旧態依然のような金融資本投下政策や国家計画経済政策とは異なり、貴方の個別企業だけが浮かび上がるといった方式なのである。
¶建て直し:例えば=2
太陽光発電などの省エネ産業にも意外と発想が乏しい。建設業者の受注や雇用増加にもつながるのだが、アイディアよりも、旧態依然の「出来ない言い訳」が目立っている。ところが、
☆太陽熱温水器(エネルギー変換効率50%)を戸建住宅のみならず、マンション、ホテル、病院、福祉施設などの屋根にまで利用する発想は少ない。
☆太陽光発電も、学校・体育館、公共建物、工場、ビル、高速道路の路肩・中央分離帯、鉄道の路肩、海岸線、海面発電とまでの発想である。
☆風力発電も、発電機騒音が問題ならば陸上にこだわることなく、無人島や海洋に設置すれば良い。
☆波力発電とか潮流発電も有望なのである。
☆地中(海中)の地下熱は、地下数メートルでさえ表面温度との差は10度以上あることから、水道管で循環させることにより、冷暖房費を節約出来るといった発想だ。
こういったところまでの発想で考えれば、政府の掛け声政策など待つまでもなく、個別企業でも十分事業化出来るのである。本当に必要なのは、こういった省エネ産業を制度面で育成する方面での具体策ぐらいであり、民間から具体的な省エネ製品システムを持ち込まないと、行政は動くはずがないのだ。
¶建て直し:例えば=3
仕分け事業といったイベントで、お茶を濁している場合ではなく、生活に密接な公共施設の再活用アイディアがある。これも、その道での個別企業のビジネスチャンスである。小学校の空き教室に保育園ができれば、非常に安い経費で待機保育児問題はなくなり、もっと多くの有能な母親や父親が労働の場に進出することが出来る。マスコミなどが流す「子供手当の活用論議」といった愚策な論議ではない。事業主体として民間NPOが進出すればよく、利益率は民間営利の個別企業よりも十分に見込まれるものだ。民間営利企業だったとしても、役所主導の公共事業を待っているのではなく、街づくり・地元経済・観光リゾートといった視点から見れば、数多くの公共施設がビジネスチャンスを待っていると言えるのである。
¶この低迷時期、個別企業で蓄積しなければならないもの
それは、個別企業としての組織的能力向上と個々人の職業能力である。
筆者は、各企業の技術を披露するビジネスイベントに出かけて各々担当者にインタビューをするも、世界に通用する技術であっても、それを流通(経済学での交通も同じ)させる取り組みやノウハウが全くないのには驚かされた。高水準技術を持つ各社は、口をそろえて技術は自慢するけれど、
1.取引ルートにはどんな種類があるのかを調べたことがないとか、
2.見ればわかる結果が一目瞭然な製品を扱っていても言葉の壁があると不安が走り、
3.日本まで買いに来てもらえば良い製品にも関わらず現地まで集金に行く不安、
といったような、この三つの共通点があるようだ。
なるほど具体的に動く能力がないから、だから商社や大手企業の「お目にとまり」、召抱えられ、ひいきにされようとする受注活動展開しか知らないのかもしれない。これでは、まるで水商売や風俗の販売方法と同じ水準である。
旧来のように、資本投下を図って人海戦術で売り上げ向上→利益の確保といった時代ではないのである。ICT産業革命の真っただ中、従業員の能力向上を図り、一人当たりの労働生産性を引き上げ、今よりも一歩でいいから、ワンランク上の「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を図る以外に道はないのだ。個別企業としての組織的能力向上から手始めに進めることが定石であり、経営幹部から個人の能力向上を始めるといった方法が、極めて現実的な定石である。
例えば、人事総務部門の幹部養成とすれば、今必要な教育は次のようなもので、知識の習得ではない。書籍やウェブサイトを見れば見つけられる山のような知識情報から、
リサーチ→発見→応用→定着させる「器」である職業能力が今こそ必要なのである。
《新時代・新経済環境にむけ人事管理者の「素質」育成教育》
http://osakafu-hataraku.org/contents/personal/education.html
¶その次の段階として、企業発展法則
「競争力のある企業が、若い労働力を集め、新商品・新市場に進出して行く」
といった経済発展の法則が存在するのである。職業能力もなしに、旧態依然の惰性の毎日の中に現場を打開する道など存在するはずがない。
体得された知識がないと創造型経営は難しいと言われる。だから、個別企業の幹部の少なくとも30%は、高卒者にするべきだとの研究も、経済学の視点から進んでいる。日本の大学がサラリーマン養成機関になり下がり、個別企業が「高校生に頼り、経営者は創意工夫出来る人と組むことで活力回復をするのか、それとも既成の大学生に頼って没落するか、あるいは企業経営の自殺の道か」といった選択を迫る経済学者もいる。余談ではあるが、この経済学者に言わせれば、難関の末に伝統的大学に入学し卒業した者は義務教育などの教育機関で吸収すれば丁度良い(民間企業で働く能力に疑問)とまで言い切っている。
とりわけ、
その道のプロであるとか、その道の専門家にといったものに近づいて行くほど、よほどの注意をしていないと、「専門家の勘違い」を起こしやすい。すなわち、その方面の専門的知識でもって、何でも見通しを立て、解決が図れると勘違いしてしまうのだ。まるで、「善い道を探し歩もうとする」思考パターンの人に限って、独善的になり、神がかり的になるのと同じで、一般社会や経済社会では通用しなくなる。そこには、真実や正しさは善に優先するといったような思考パターンこそが個別企業の発展に寄与するのであり、経済発展や社会発展に500年間ほど寄与してきたのである。(ただし、この500年の中で、今が450年ぶりの信用・金融の危機だ)。
もっと平たく言えば、経理事務担当者や資格取得マニアとか典型的サラリーマンには、個別企業発展の牽引力はないということだ。
¶そこに、民法改正が事実上水面下で
進められているが、これは重要なインテリジェンスである。関係するビジネスモデルや業態で、消えてなくなるものが出て来るのだ。
明治時代の民法制定以来の大改正と言われ、商取引の根底にある債権債務の取り扱いが論議されている。政府は、平成24年の通常国会に改正法案提出を進めているが、そうなると、3~4年後には新しい裁判例や判決が出て来ることとなり、これにより集金出来る業務と代金支払いを拒絶される請負が発生して来るのである。知識ばかりを追い求める似非専門家には、たとえ弁護士資格があったとしても、これが何のことか解説が出来ないのである。
では、何が改正されようとしているのかは、あとで紹介するウェブサイトを見れば、詳しく分かるが、まずは、どんな論議になっているのか大まかな概略説明をする。これが、日本国内のビジネスモデルの在り様を定めるので、難しいも何も、企業経営や商業をするのであれば、認識することは不可欠である。
……そもそも、債権債務とは、
辞書を調べても意味不明である。この場合、歴史と発生源を見れば理解に役立つ。時はアヘン戦争、債権債務の言葉は元来中国語である。アヘンを中国にどれだけ持ち込んだのか分らないイギリスは、相手先からの「給付を実行させることを内容とする権利」を確定させて、売り上げを回収しようとしたのである。ちなみに、どんなアヘンを、どれだけの量で、確かに届けて、相手側も確認したのであれば、債権債務といった「カラクリ?」を考える必要すらなかったのである。すなわち、香港や上海に陸揚げしても、途中で中抜きされ、消えて無くなり、最終末端まで届いた物の内容など判らなかったという事なのだ。だから、現代中国人には、この「カラクリ?」は分からないし、「帝国主義者や資本家の理屈だ」と言って、中国共産党などは論陣を張って来るのだ。(これ以上の話の展開は、中国経済問題にハマってしまうので、ここで中止)。
……雇用関係については、
いわゆる民法の雇用と、労働基準法や労働契約法の条文条項との整合性について話し合われているが、それはそれで、既に裁判例や判例で動かしがたい現実があるので、読めばだいたい理解出来、目新しいものは無い。
労働契約法の解雇条文の、「その権利の濫用」とは、民法1条3項とは異なる解雇権濫用法理であることを明確にして、むしろ、民法にかぶれ気味の弁護士が労働法の通念を身につける効果を期待するものと思われる。
……ところが役務提供契約について
重大な改正案を提起している。現在の請負の中で、何らかの完成を伴わない無形な結果を目的とする場合は請負から外して、「役務提供契約」といったものを新設しようという、改正案の提起だ。
役務提供すなわち、「役務提供契約」というものが新たに設けられた場合、雇用されていないが役務提供をしている労働者という概念が生まれて来るのだ。個人請負…業務個人委託、軽貨便、学習塾講師、WEB製作とかいった人たちが労働者と法定法理とされると、現在の複雑な立証を伴わなくとも労働基準法や労働契約法の定めに従って労働者との法律適用を受けるのである。「個人事業主では?ならば労働者ではない」といった議論は一掃されることになる。
……そんなことよりも大変な役務提供契約
の新設がビジネスモデルに大影響するのである。役務提供=労務提供(労働者供給)といった要素を多分に含んでいるから、先に述べた個人請負か雇用かといった論議とは別に、集団的な役務提供契約として、請負契約から切り離す部分の(現行の)「請負」があることを指摘しているわけである。すなわち業務請負と言われる形態の中で、目的物が存在しないものは請負契約ではないから、労働者供給契約と判断されることになる。完成を目的とする目的物が無いとなれば、それは役務提供契約であり、そして労働者供給契約と見なされることになるのだ。すると、請負代金はもらえない。
……その労働者供給基準が民法の側からも提起
されて来ることになるのだ。職業安定法、労働者派遣法、そして請負と労働者派遣の区分基準(大臣告示)の解釈について、民法の側からも決定的な判断が下されることになる。告示改正や新しい通達が出されることになるのは予見出来る。もちろん、偽装請負なのか業務請負なのかの曖昧さは、民法の判断基準からすれば、そんなものは一掃されることにもなり得る。ビルメンテナンス業や警備業などの旧来からの業務請負、新しいサービス(服務)業態その他も、最初から洗い出されることになる。洗い出された後は、もちろん、個別企業の事業として継続することは不可能となる。
……市場や経済の需要面からだけではなく
ここでは民法の側面からも、「高付加価値&高水準サービス」の商品提供といった完成を目的とする目的物を備えた業務となるように、業務改善を迫られることになるのである。その現われ方は、代金を支払わないとの行動になるのだ。単なる人員供給や人海戦術ではないことが鮮明になっている事業であれば、完成を目的とする目的物を備えているので問題はない。もとより、時代に逆行して価値ある目的物を提供出来ない業務請負やサービス業態であれば、すなわち、単なる人員供給や人海戦術を続けているのであれば、民法改正どころか、今や延命の余地は経済的にもなくなって、それは経済的にも、職業紹介事業と見なされるかもしれないのだ。
……実は、職業安定法の行きがかりで、請負事業
と見なされているが故に、それが税法の成り行きから株式会社を形成、そこで事業代表者が社長となったものだから、本来的に経営者ではない者が社長となったがために、下請け外注構造が歪になっていることも事実なのだ。法律の形にとらわれ、税制の仕組みに惑わされていると、こういったことが見えなくなる。
法務省:民法の債権に関する規定改正を法制審議会に諮問
http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900044.html
(雇用契約 準委任契約 役務提供型契約)
さて、その民法改正の実効性といえば、金銭支払の有無が関わって来るので民間主導・生活目線の日常的営利行為となり、その実効力といえば税務署、労働基準監督署、職業安定所などの行政施策力どころではないのだ。
2010/11/09
第103号
<コンテンツ>
・今この、内需経済の落ち込みは
・日本の戦前戦後にわたる労働経済の研究で
・「競争力の強い企業が
若年労働者を集めて、
新技術・新市場で
発展するのが経済成長である」
・そこで、有能な若年労働者を集めるには
★色々な求人手段の特徴
★求人の募集文面も工夫が必要だ。
★面接で人物を見抜くノウハウとは、
★女性労働力が狙い目だ!
★女性労働者が扶養家族の状態で
★実は、いわゆる賃金理論において、
・留意点、中小企業の経営者の心とは
・【映画評論】「武士の家計簿」
¶今この、内需経済の落ち込みは
激しさを増している。それは、円高による不況ではなく、いわゆるリーマンショク以来の、落ち込んだ内需部門の回復が遅れていることに原因があるようだ。円安になれば景気回復するかのように思わせるニュースが毎日流されているが、実態はそうではない。2008年6月、世界の主な金融機関が、金融資本を撤収させると発表して以来、世界の大手企業は徹底して現地生産の方向に向かった。日本の大手は半年余り遅れて現地生産の方針に切り替え、今や国内生産物を現地市場に運んで輸出する方法は最小限にとどめている。また、どうしても Made in Japan 製品の代替品のない製品は円高など関係がない。だから、円高による影響というのは意外と少なく、円高での不況といった結論には至らないのだ。
現在の国内経済や生活環境は、
1.新商品・新市場に向けての投資萎縮、
2.資金回収目的の安売り競争やダンピング、
3.個人や家計所得の低下による買い控え
といった状況である。本来の「デフレ」によく似た現象であるが、デフレ経済とは異なる。そもそも「デフレ」などと語句の定義によって現象を当てはめてみたところで、どうしようもないからだ。インフレと不況が重なる=スタグフレーションは、1970年代から時折発生したが、インフレでもデフレでもなく、今やこれがデフレのような表情を現しているにすぎないとするのが妥当である。
大胆な金融政策で切り抜けようとの議論も盛んではあるが、経済学の視点から身も蓋もない話をすると、日銀をはじめ銀行には通貨が蓄積されているのだが、資本として貸し出せる資金量が把握出来得ないのが、銀行業というものの本質なのである。
¶日本の戦前戦後にわたる労働経済の研究で
有名な、孫田良平氏は
「競争力の強い企業が 若年労働者を集めて、 新技術・新市場で 発展するのが経済成長である」
と今年の労働経済白書を書評している。加えて、「相対的に労働生産性が劣化して行く産業は、同時に労働者の老化を伴う」との指摘だ。さらに、労働者世帯の所得税は11%減となった家計調査や女性の3分の1が月収18万円以下といった現状からは、旧来の「デフレ対策」すら取られていないと指摘している。(日本労働ペンクラブ10/10)
平成21年度の労働力調査によると、女性パート労働者が961万人となり過去最高、男性パートも470万人となり、派遣労働者減少の中でのパート労働者が増加傾向である。
こういった背景から、9月に入り景気の足踏み、
そして今、肌で感じる所は将来不安と買い控えによる急速な落ち込みである。人を採用するどころか、如何に削減するかが課題となり、その整理解雇の失敗(四要件の欠如)からトラブルを起こし、賠償金を払わされている個別企業は増加傾向にある。筆者への相談も、人員削減や指名解雇(能力がない?との不満)といったものばかりである。
ただし、残念なことに、まだまだ職業能力やモチベーション向上、新しい労働力との入れ替えといった、今切に前向きな経営労務方針に至っていないのが現状だ。いわゆる放心状態である。
だからこそ、尖閣沖の漁船衝突事件ビデオとか、TPPとかの経済外交問題に多くの国民が目移りし、個別企業での目前の地道な積み重ねがおろそかになりかねない現象が出ているのだ。
ひとえに、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を行うしかないにも関わらず、…。
¶「競争力の強い企業が
若年労働者を集めて、
新技術・新市場で
発展するのが経済成長である」
との戦後一貫して、調査活動(労働省ほか)を基にして雇用、賃金、労働生産性を研究してきた孫田良平氏の発言には重みがある。この言葉から離れて成長した個別企業は、統計調査その他、存在しなかったという訳である。
要するに、競争力の弱い企業はもとより駄目。
競争力があっても若年労働者を集められなかった企業も駄目。
種類はともかく新技術・新市場を開拓出来なかった企業は駄目
との、統計数値にもとづく指摘なのだ。
もう一言付け加えれば、今は、市場変化によるICT産業革命の真っただ中、市場のニーズにこたえられる新技術と人材と、実行する労働力部隊を組織する必要があるのだ。
厳しい話をすれば、旧来の働き方しか出来ない人物は、東南アジア、インド、アフリカへの進出とともに、家族ともども現地に溶け込み、適材適所で活躍することに幸せを生み出すしかないと言えるのだ。ところが、ここに中国は入っていない。それは、近いうちに軍閥経営に傾く中国の経済バブルは弾けるであろうし、現に日本からの中国進出企業は、そのほとんどが赤字転落を余儀なくされているのである。
¶そこで、有能な若年労働者を集めるには
(11月5日開催=募集・直採用能力のセミナーの内容の公開)
★色々な求人手段の特徴
公共職業安定所=ハローワークの信頼度はなんといっても、労使双方共に高い。労働者の定着割合は他の求人方法よりも良い。
個別企業の柱として人を求める場合に限って、紙面スペースの多い求人誌紙は有効である。求人誌紙は広告料金の効果が低すぎる。
WEB媒体は意外にもあてにならない。
本格的にパート・アルバイトを集めたいと思うのであれば、その地元での新聞折込やタウン誌である。
人数が少ないのであれば、店先の求人貼り紙で十分である。住宅地域の駅やバス停近くに求人の貼り紙を出し、市街地通勤者を狙うのも効果的だ。なぜなら、これからの時代は地元密着型の技能を有するパートが当たり前に必要となるからだ。ICT社会であるからこそ、地元の人が働いていない企業は信用されない。
新しい時代に向けて、高卒採用は重要であり、純粋な新卒ではなく、学校紹介の出戻り生徒も狙い目である。
厳しいようだが、中高年労働者にはセーフティーネットが少しは存在するから、若年労働者の確保に努める必要があるのだ。
ところで、大量採用もするための知人紹介制度にもとづく求人は別として、絶対に友人、フィアンセなどのコネ採用は厳禁、必ず事業の重荷になる。
★求人の募集文面も工夫が必要だ。
業務請負(旧来からビルメンテナンス業、警備業、IT開発などがある)と定義づけられる業種は、労働者派遣業とは異なって成長過程にある。適正な業務請負であれば、厚生労働省は規制をかけることはない。こういった企業では、「真面目な人には残業が沢山あります」のようなキャッチが募集の成功ポイントとなる。
「賃金の日払い可能」といった文言は社員登録者募集とともに、有能な労働力を確保する手段でもある、それは消費者金融にも走らない生真面目な人物にとっては助かるからだ。
どんなことがあっても、「明るい職場です!」とか、「やる気のある人募集!」や「いっしょに働きませんか??」といった、若者から意味不明と判断される文言は書かないことである。
とにかく、職種と作業内容をより詳しく明確に、そして時間と賃金を書くだけで募集効果としては良いのだ。そのうえで、キャッチフレーズを考えるのが定石である。
★面接で人物を見抜くノウハウとは、
それなりの特技があるわけではない。そういった特技があると自負する採用担当者こそが、実は怪しい。
履歴書とともに職務経歴書の二つを見て人選をすることから始める。一名の求人に対して何十人を人選しようとするには、ハローワークの求人票や求人誌に「履歴書と職務経歴書を送付、不採用の場合には返却いたします」と記載すれば良いことである。
面接票は必ず使う。個別企業の事業に適した面接票を使い、より精度の高い面接を行っている企業も意外と少ない。仕事が出来る人ほどよく知っておくことが重要なのだ。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/jinji/mensetsu.html
個別企業の事業の柱になってもらおうとする人物には、何のテーマでも良いから400字以上の作文を提出してもらい、論理性があるかどうかを見極める必要がある。なぜなら、近代の仕事というものは、職制には論理で納得させ、作業者には監督者の人柄で納得してもらって、初めて実のあるものになるからだ。
面接の時は、履歴書の内容を空で説明してもらうことで、経歴詐称だけではなく、嘘をつく人物を排除することが出来る。
そして、指揮命令をする者(店長、課長など)との波長が合うかどうかをチェックし適材適所を図ることも重要である。
採用担当セクションの専業として、採用後3日目のチェック、10日目のチェックを現場に対して行うことで、試用期間14日以内(解雇予告手当不要期間)の労働契約解除も忘れないことである。
管理職の採用は、必ず社長が夜の食事をして見極める、これは社長の仕事である。
古今東西「平社員から将来は幹部に…」といったものは、励ましにすぎず、そういった人事政策を用いて成功した個別企業はひとつもない。
さらに、専門的業種の場合には、その業種の取扱商品の好きな人は採用してはいけない。人材派遣会社で成功した企業は、女性が特別好きな人物を排除、その手段としてスタッフとの恋愛禁止を倫理としたのだ。学習塾で子供が好きという人物は排除しないと、児童わいせつ事件を発生させる。子供が嫌いな保育士は有能な保育をすることが出来る。などなど、要するに組織的かつ専門的かつ高度な作業を行うためには、趣味・嗜好・興味に陥ることなく、なによりも事業として成り立たせるには、冷静・トラブル回避の指向を持った仕事集団を作り上げなければならないからだ。
★女性労働力が狙い目だ!
女性就労人口が今より10%増えれば、それだけでも国内の個人購買力は大きく変化する。それよりも家計収入増加のために短時間働きたいとの女性が増加している。
週に3日であるとか、1日4時間であるとか、多忙な時間と曜日だけといった組み合わせである。
現時点で、人に困っている個別企業は、少々の工夫をしても有能な人材は来ないと推察されるから、そこは思い切って(安易・簡便に)、短時間女性労働者の採用を狙うと良いのである。
そこには、理想を追求する採用方針ではなく、同業他社よりも一歩先を行く方針で十分だからだ。そのために、12時間操業の工場であれば、三交替4時間労働にするとか、来客数にリンクした短時間採用もすれば良いのだ。
そのためのICT機器の活用である。そして、専業主婦などの中には、四大卒、短大卒の学歴の高い女性が多く含まれており、やはりその分の成果は認められるからだ。
女性労働力に反対する雰囲気を封じるには、保育所、子育てママ、女性障がい者の採用を手始めにやってみて、ICT在宅ワークなども導入して、女性に対する労働観を変化させれば、差支えはなくなる。
ここでの注意点は、女性が女性を差別するから、現在いる女性の労働観を変化させることがキーポイントである。
★女性労働者が扶養家族の状態で
働き続けるには、年収103万円以下に維持することが現実的対処だ。
これを超えると世帯主の配偶者控除38万円が無くなることで、年収141万円を超えて働かないと、家計がプラスに転じない。
さらに、年収130万円を超えると、健康保険に入らざるを得なくなり保険料分を合わせると、本人の手取り&家計収入は少なくとも年収160万円を超えないと、家計収入がダウンすることになっている。
源泉徴収はしない、市民税も払わない、社会保険も免れる…といったことを受け入れる女性労働者は、その95%ほどが有能な人材であるはずがないことを考えると、103万円は課題なのである。
女性パートの人たちは、同僚、親戚、友達の間で、こんなことをいつも研究している、にも係わらず、シフトを編成する個別企業の監督者クラス(店長、係長、人事課員)が、企業規模の大小を問わず全国的に、これをよく認識していないのが現実だ。
こういった女性たちは、有能であるからこそ時間給も高く、仕事の効率は高く、労働時間も少なく、長期間働きたいという希望がある…この希望と事業のマッチングをICT機器を活用して成り立たせれば良いわけだ。
★実は、いわゆる賃金理論において、
女性パートタイマーの時間給決定がなされている論理的根拠はここにあるのだ。世間相場だの、統計資料を追いかけても何も出てこない。
年収103万円を年間52週で割って、週の労働時間を30時間とすれば、660円という時間給が出て来る。実態は、この数値がすべての基本となっており、年間52×30=1560時間も働かないことや、最低賃金法での下限制限が織り込まれているにすぎないのだ。
労働者派遣業が解禁される昭和61年までは、この660円の時間給そのままがパート大量募集の時間給となっていた。そこに、当時13職種の技能パート労働が派遣として認められると、660円の倍近い千数百円の時間給パートの需要と供給が一致(派遣会社の仲介)して、技能女性フルタイムパートが現われてきたのである。
その労働政策は、それまで300万人程度のパートといった状況に押し込められていた女性労働力が、男女雇用機会均等法施行と相まって、当初の派遣法の趣旨通りに社会進出を果たすことになったのである。1997年の職安法改正、1999年の労働者派遣法改正により、技能・職業能力が低下する政策に政府が走ったのだが…。
派遣法を制定当時の背景には、当時の厚生省と大多数の国会議員との力関係による政治課題が存在したのだが、現在の法改正案に反対する大きな政治勢力は見受けられない。現実に派遣業者の経営は赤字転落ひっ迫状態、派遣労働者実数もみるみる減っており、さらに派遣元の不当利得を労働者から追求されているといった末期的症状なのだ。
¶留意点、中小企業の経営者の心とは
とりわけ、たたき上げの経営者の歩んできた人生に注目すると、実は起業に至る秘密の中には、企業組織に馴染んで生きることが出来なかったから、組織から飛び出して事業を興し、必至で頑張ったといった苦労が存在するのである。
そこで有能なのは、失敗にもめげず、叩けば埃が出る体であっても、意志を強く強くして会社を創り上げた逸材人物なのである。
この点をよく理解認識して、作戦参謀である総務人事部門は仕事をする必要があるのだ。
新しい時代、新しい経済成長へと開拓的講座や研修を実施中である。この事業では、株式会社総務部が講座や研修をプロデュースしている。すなわち口先だけの理論ではなく、実践の事例である。(大阪府=働く環境整備推進事業)
・使用者向け:なんでも相談
http://osakafu-hataraku.org/contents/personal/index.html
・募集・直採用能力の人事労務担当者教育
http://osakafu-hataraku.org/contents/training/index.html
・メンタルヘルス対策管理者育成講座
http://osakafu-hataraku.org/contents/mental/index.html
中小企業経営者に対する、その視点があるからこそ、こういったプロデュースが可能となるのだ。今回の募集・直採用能力のセミナーは、毎年5月と11月の半年ごとに実施予定である。それは、半年もすれば、刻々と変わる雇用情勢や採用ノウハウ、あるいは労働力適材適所に対応するためなのだ。セミナーの内容は足が速いので、11月5日に開かれた分のビデオも近日頒布することも予定している。すなわち、刻々と変わるシリーズもののノウハウ提供だからだ。
¶【映画評論】「武士の家計簿」12月4日(土)ロードショー
この映画は、168年前の武士(加賀藩)の家計簿をもとに、再現された時代考証豊かなコメディータッチのものである。この武士の仕事と株式会社総務部の仕事がよく似たものであるのではないかとのことで、映画配給会社の紹介により筆者は試写会を訪れたのである。
時代は幕末から明治維新にかけて、「家」を維持するために生き抜いた、三代にわたる武士の姿を、ただ単に現しているだけではなかった。安定的に出世をした祖父、機能不全を起こした加賀藩にあって内部告発により藩主直属となった父、官軍に敵対する徳川側として京都伏見まで派遣されたが、官軍側からのヘッドハンティングにより官軍のために働き、後に海軍のために働いた子らの、三代にわたる技能伝承と、時代と共に事務能力(パソコンの代わりに算盤)を発揮した活躍が源流に流れているストーリーなのである。
算盤が出来るから家族を守ったとの軽薄な筋書きではない。仕事が出来るとはどういうことか、仕事をやり遂げるとはどういうことか、「家」を守るとはどういうことかといったことを問い掛ける作品である。
それは、これからの時代の幹部社員と一般社員の明確な差異を、誠実な職業観の視点から呼び掛けていると思われる。家族を守るのか、「家」を守るのかのいずれかの目的性には、やや曖昧さを感じた所ではあるが、岐路に立つ現代人の人生を勇気づける芸術性も汲み取れる作品である。
・今この、内需経済の落ち込みは
・日本の戦前戦後にわたる労働経済の研究で
・「競争力の強い企業が
若年労働者を集めて、
新技術・新市場で
発展するのが経済成長である」
・そこで、有能な若年労働者を集めるには
★色々な求人手段の特徴
★求人の募集文面も工夫が必要だ。
★面接で人物を見抜くノウハウとは、
★女性労働力が狙い目だ!
★女性労働者が扶養家族の状態で
★実は、いわゆる賃金理論において、
・留意点、中小企業の経営者の心とは
・【映画評論】「武士の家計簿」
¶今この、内需経済の落ち込みは
激しさを増している。それは、円高による不況ではなく、いわゆるリーマンショク以来の、落ち込んだ内需部門の回復が遅れていることに原因があるようだ。円安になれば景気回復するかのように思わせるニュースが毎日流されているが、実態はそうではない。2008年6月、世界の主な金融機関が、金融資本を撤収させると発表して以来、世界の大手企業は徹底して現地生産の方向に向かった。日本の大手は半年余り遅れて現地生産の方針に切り替え、今や国内生産物を現地市場に運んで輸出する方法は最小限にとどめている。また、どうしても Made in Japan 製品の代替品のない製品は円高など関係がない。だから、円高による影響というのは意外と少なく、円高での不況といった結論には至らないのだ。
現在の国内経済や生活環境は、
1.新商品・新市場に向けての投資萎縮、
2.資金回収目的の安売り競争やダンピング、
3.個人や家計所得の低下による買い控え
といった状況である。本来の「デフレ」によく似た現象であるが、デフレ経済とは異なる。そもそも「デフレ」などと語句の定義によって現象を当てはめてみたところで、どうしようもないからだ。インフレと不況が重なる=スタグフレーションは、1970年代から時折発生したが、インフレでもデフレでもなく、今やこれがデフレのような表情を現しているにすぎないとするのが妥当である。
大胆な金融政策で切り抜けようとの議論も盛んではあるが、経済学の視点から身も蓋もない話をすると、日銀をはじめ銀行には通貨が蓄積されているのだが、資本として貸し出せる資金量が把握出来得ないのが、銀行業というものの本質なのである。
¶日本の戦前戦後にわたる労働経済の研究で
有名な、孫田良平氏は
「競争力の強い企業が 若年労働者を集めて、 新技術・新市場で 発展するのが経済成長である」
と今年の労働経済白書を書評している。加えて、「相対的に労働生産性が劣化して行く産業は、同時に労働者の老化を伴う」との指摘だ。さらに、労働者世帯の所得税は11%減となった家計調査や女性の3分の1が月収18万円以下といった現状からは、旧来の「デフレ対策」すら取られていないと指摘している。(日本労働ペンクラブ10/10)
平成21年度の労働力調査によると、女性パート労働者が961万人となり過去最高、男性パートも470万人となり、派遣労働者減少の中でのパート労働者が増加傾向である。
こういった背景から、9月に入り景気の足踏み、
そして今、肌で感じる所は将来不安と買い控えによる急速な落ち込みである。人を採用するどころか、如何に削減するかが課題となり、その整理解雇の失敗(四要件の欠如)からトラブルを起こし、賠償金を払わされている個別企業は増加傾向にある。筆者への相談も、人員削減や指名解雇(能力がない?との不満)といったものばかりである。
ただし、残念なことに、まだまだ職業能力やモチベーション向上、新しい労働力との入れ替えといった、今切に前向きな経営労務方針に至っていないのが現状だ。いわゆる放心状態である。
だからこそ、尖閣沖の漁船衝突事件ビデオとか、TPPとかの経済外交問題に多くの国民が目移りし、個別企業での目前の地道な積み重ねがおろそかになりかねない現象が出ているのだ。
ひとえに、「高付加価値製品&高水準サービス」の商品提供を行うしかないにも関わらず、…。
¶「競争力の強い企業が
若年労働者を集めて、
新技術・新市場で
発展するのが経済成長である」
との戦後一貫して、調査活動(労働省ほか)を基にして雇用、賃金、労働生産性を研究してきた孫田良平氏の発言には重みがある。この言葉から離れて成長した個別企業は、統計調査その他、存在しなかったという訳である。
要するに、競争力の弱い企業はもとより駄目。
競争力があっても若年労働者を集められなかった企業も駄目。
種類はともかく新技術・新市場を開拓出来なかった企業は駄目
との、統計数値にもとづく指摘なのだ。
もう一言付け加えれば、今は、市場変化によるICT産業革命の真っただ中、市場のニーズにこたえられる新技術と人材と、実行する労働力部隊を組織する必要があるのだ。
厳しい話をすれば、旧来の働き方しか出来ない人物は、東南アジア、インド、アフリカへの進出とともに、家族ともども現地に溶け込み、適材適所で活躍することに幸せを生み出すしかないと言えるのだ。ところが、ここに中国は入っていない。それは、近いうちに軍閥経営に傾く中国の経済バブルは弾けるであろうし、現に日本からの中国進出企業は、そのほとんどが赤字転落を余儀なくされているのである。
¶そこで、有能な若年労働者を集めるには
(11月5日開催=募集・直採用能力のセミナーの内容の公開)
★色々な求人手段の特徴
公共職業安定所=ハローワークの信頼度はなんといっても、労使双方共に高い。労働者の定着割合は他の求人方法よりも良い。
個別企業の柱として人を求める場合に限って、紙面スペースの多い求人誌紙は有効である。求人誌紙は広告料金の効果が低すぎる。
WEB媒体は意外にもあてにならない。
本格的にパート・アルバイトを集めたいと思うのであれば、その地元での新聞折込やタウン誌である。
人数が少ないのであれば、店先の求人貼り紙で十分である。住宅地域の駅やバス停近くに求人の貼り紙を出し、市街地通勤者を狙うのも効果的だ。なぜなら、これからの時代は地元密着型の技能を有するパートが当たり前に必要となるからだ。ICT社会であるからこそ、地元の人が働いていない企業は信用されない。
新しい時代に向けて、高卒採用は重要であり、純粋な新卒ではなく、学校紹介の出戻り生徒も狙い目である。
厳しいようだが、中高年労働者にはセーフティーネットが少しは存在するから、若年労働者の確保に努める必要があるのだ。
ところで、大量採用もするための知人紹介制度にもとづく求人は別として、絶対に友人、フィアンセなどのコネ採用は厳禁、必ず事業の重荷になる。
★求人の募集文面も工夫が必要だ。
業務請負(旧来からビルメンテナンス業、警備業、IT開発などがある)と定義づけられる業種は、労働者派遣業とは異なって成長過程にある。適正な業務請負であれば、厚生労働省は規制をかけることはない。こういった企業では、「真面目な人には残業が沢山あります」のようなキャッチが募集の成功ポイントとなる。
「賃金の日払い可能」といった文言は社員登録者募集とともに、有能な労働力を確保する手段でもある、それは消費者金融にも走らない生真面目な人物にとっては助かるからだ。
どんなことがあっても、「明るい職場です!」とか、「やる気のある人募集!」や「いっしょに働きませんか??」といった、若者から意味不明と判断される文言は書かないことである。
とにかく、職種と作業内容をより詳しく明確に、そして時間と賃金を書くだけで募集効果としては良いのだ。そのうえで、キャッチフレーズを考えるのが定石である。
★面接で人物を見抜くノウハウとは、
それなりの特技があるわけではない。そういった特技があると自負する採用担当者こそが、実は怪しい。
履歴書とともに職務経歴書の二つを見て人選をすることから始める。一名の求人に対して何十人を人選しようとするには、ハローワークの求人票や求人誌に「履歴書と職務経歴書を送付、不採用の場合には返却いたします」と記載すれば良いことである。
面接票は必ず使う。個別企業の事業に適した面接票を使い、より精度の高い面接を行っている企業も意外と少ない。仕事が出来る人ほどよく知っておくことが重要なのだ。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/jinji/mensetsu.html
個別企業の事業の柱になってもらおうとする人物には、何のテーマでも良いから400字以上の作文を提出してもらい、論理性があるかどうかを見極める必要がある。なぜなら、近代の仕事というものは、職制には論理で納得させ、作業者には監督者の人柄で納得してもらって、初めて実のあるものになるからだ。
面接の時は、履歴書の内容を空で説明してもらうことで、経歴詐称だけではなく、嘘をつく人物を排除することが出来る。
そして、指揮命令をする者(店長、課長など)との波長が合うかどうかをチェックし適材適所を図ることも重要である。
採用担当セクションの専業として、採用後3日目のチェック、10日目のチェックを現場に対して行うことで、試用期間14日以内(解雇予告手当不要期間)の労働契約解除も忘れないことである。
管理職の採用は、必ず社長が夜の食事をして見極める、これは社長の仕事である。
古今東西「平社員から将来は幹部に…」といったものは、励ましにすぎず、そういった人事政策を用いて成功した個別企業はひとつもない。
さらに、専門的業種の場合には、その業種の取扱商品の好きな人は採用してはいけない。人材派遣会社で成功した企業は、女性が特別好きな人物を排除、その手段としてスタッフとの恋愛禁止を倫理としたのだ。学習塾で子供が好きという人物は排除しないと、児童わいせつ事件を発生させる。子供が嫌いな保育士は有能な保育をすることが出来る。などなど、要するに組織的かつ専門的かつ高度な作業を行うためには、趣味・嗜好・興味に陥ることなく、なによりも事業として成り立たせるには、冷静・トラブル回避の指向を持った仕事集団を作り上げなければならないからだ。
★女性労働力が狙い目だ!
女性就労人口が今より10%増えれば、それだけでも国内の個人購買力は大きく変化する。それよりも家計収入増加のために短時間働きたいとの女性が増加している。
週に3日であるとか、1日4時間であるとか、多忙な時間と曜日だけといった組み合わせである。
現時点で、人に困っている個別企業は、少々の工夫をしても有能な人材は来ないと推察されるから、そこは思い切って(安易・簡便に)、短時間女性労働者の採用を狙うと良いのである。
そこには、理想を追求する採用方針ではなく、同業他社よりも一歩先を行く方針で十分だからだ。そのために、12時間操業の工場であれば、三交替4時間労働にするとか、来客数にリンクした短時間採用もすれば良いのだ。
そのためのICT機器の活用である。そして、専業主婦などの中には、四大卒、短大卒の学歴の高い女性が多く含まれており、やはりその分の成果は認められるからだ。
女性労働力に反対する雰囲気を封じるには、保育所、子育てママ、女性障がい者の採用を手始めにやってみて、ICT在宅ワークなども導入して、女性に対する労働観を変化させれば、差支えはなくなる。
ここでの注意点は、女性が女性を差別するから、現在いる女性の労働観を変化させることがキーポイントである。
★女性労働者が扶養家族の状態で
働き続けるには、年収103万円以下に維持することが現実的対処だ。
これを超えると世帯主の配偶者控除38万円が無くなることで、年収141万円を超えて働かないと、家計がプラスに転じない。
さらに、年収130万円を超えると、健康保険に入らざるを得なくなり保険料分を合わせると、本人の手取り&家計収入は少なくとも年収160万円を超えないと、家計収入がダウンすることになっている。
源泉徴収はしない、市民税も払わない、社会保険も免れる…といったことを受け入れる女性労働者は、その95%ほどが有能な人材であるはずがないことを考えると、103万円は課題なのである。
女性パートの人たちは、同僚、親戚、友達の間で、こんなことをいつも研究している、にも係わらず、シフトを編成する個別企業の監督者クラス(店長、係長、人事課員)が、企業規模の大小を問わず全国的に、これをよく認識していないのが現実だ。
こういった女性たちは、有能であるからこそ時間給も高く、仕事の効率は高く、労働時間も少なく、長期間働きたいという希望がある…この希望と事業のマッチングをICT機器を活用して成り立たせれば良いわけだ。
★実は、いわゆる賃金理論において、
女性パートタイマーの時間給決定がなされている論理的根拠はここにあるのだ。世間相場だの、統計資料を追いかけても何も出てこない。
年収103万円を年間52週で割って、週の労働時間を30時間とすれば、660円という時間給が出て来る。実態は、この数値がすべての基本となっており、年間52×30=1560時間も働かないことや、最低賃金法での下限制限が織り込まれているにすぎないのだ。
労働者派遣業が解禁される昭和61年までは、この660円の時間給そのままがパート大量募集の時間給となっていた。そこに、当時13職種の技能パート労働が派遣として認められると、660円の倍近い千数百円の時間給パートの需要と供給が一致(派遣会社の仲介)して、技能女性フルタイムパートが現われてきたのである。
その労働政策は、それまで300万人程度のパートといった状況に押し込められていた女性労働力が、男女雇用機会均等法施行と相まって、当初の派遣法の趣旨通りに社会進出を果たすことになったのである。1997年の職安法改正、1999年の労働者派遣法改正により、技能・職業能力が低下する政策に政府が走ったのだが…。
派遣法を制定当時の背景には、当時の厚生省と大多数の国会議員との力関係による政治課題が存在したのだが、現在の法改正案に反対する大きな政治勢力は見受けられない。現実に派遣業者の経営は赤字転落ひっ迫状態、派遣労働者実数もみるみる減っており、さらに派遣元の不当利得を労働者から追求されているといった末期的症状なのだ。
¶留意点、中小企業の経営者の心とは
とりわけ、たたき上げの経営者の歩んできた人生に注目すると、実は起業に至る秘密の中には、企業組織に馴染んで生きることが出来なかったから、組織から飛び出して事業を興し、必至で頑張ったといった苦労が存在するのである。
そこで有能なのは、失敗にもめげず、叩けば埃が出る体であっても、意志を強く強くして会社を創り上げた逸材人物なのである。
この点をよく理解認識して、作戦参謀である総務人事部門は仕事をする必要があるのだ。
新しい時代、新しい経済成長へと開拓的講座や研修を実施中である。この事業では、株式会社総務部が講座や研修をプロデュースしている。すなわち口先だけの理論ではなく、実践の事例である。(大阪府=働く環境整備推進事業)
・使用者向け:なんでも相談
http://osakafu-hataraku.org/contents/personal/index.html
・募集・直採用能力の人事労務担当者教育
http://osakafu-hataraku.org/contents/training/index.html
・メンタルヘルス対策管理者育成講座
http://osakafu-hataraku.org/contents/mental/index.html
中小企業経営者に対する、その視点があるからこそ、こういったプロデュースが可能となるのだ。今回の募集・直採用能力のセミナーは、毎年5月と11月の半年ごとに実施予定である。それは、半年もすれば、刻々と変わる雇用情勢や採用ノウハウ、あるいは労働力適材適所に対応するためなのだ。セミナーの内容は足が速いので、11月5日に開かれた分のビデオも近日頒布することも予定している。すなわち、刻々と変わるシリーズもののノウハウ提供だからだ。
¶【映画評論】「武士の家計簿」12月4日(土)ロードショー
この映画は、168年前の武士(加賀藩)の家計簿をもとに、再現された時代考証豊かなコメディータッチのものである。この武士の仕事と株式会社総務部の仕事がよく似たものであるのではないかとのことで、映画配給会社の紹介により筆者は試写会を訪れたのである。
時代は幕末から明治維新にかけて、「家」を維持するために生き抜いた、三代にわたる武士の姿を、ただ単に現しているだけではなかった。安定的に出世をした祖父、機能不全を起こした加賀藩にあって内部告発により藩主直属となった父、官軍に敵対する徳川側として京都伏見まで派遣されたが、官軍側からのヘッドハンティングにより官軍のために働き、後に海軍のために働いた子らの、三代にわたる技能伝承と、時代と共に事務能力(パソコンの代わりに算盤)を発揮した活躍が源流に流れているストーリーなのである。
算盤が出来るから家族を守ったとの軽薄な筋書きではない。仕事が出来るとはどういうことか、仕事をやり遂げるとはどういうことか、「家」を守るとはどういうことかといったことを問い掛ける作品である。
それは、これからの時代の幹部社員と一般社員の明確な差異を、誠実な職業観の視点から呼び掛けていると思われる。家族を守るのか、「家」を守るのかのいずれかの目的性には、やや曖昧さを感じた所ではあるが、岐路に立つ現代人の人生を勇気づける芸術性も汲み取れる作品である。
2010/10/05
第102号
<コンテンツ>
・労働者のやる気:モチベーションの激変
・「会社に通いつつも…」目的や理念のない毎日の生活。
・時代の混乱がメンタル疾患急増
・就労適応不全:メンタル対策は社会的急務!
・片や、ちっともメンタル疾患が発生しない職場
・うつ病の原因は長時間労働とする珍説
・メンタル疾患:増加阻止の水際作戦がある!
☆早期発見方法
☆早期発見の社内体制
☆医師への受診をさせる根拠
☆2週間の通院治療
・経営管理の視点からのメンタルヘルス対策とはどれか?
・抜本的経営対策の結論は
・アカデミックのメンタルヘルス議論
・アカデミック色の強い学習訓練手法だが
¶労働者のやる気:モチベーションの激変
が急速に進んでいる。企業の資金需要を、銀行を通じた(利回優先)金融資本に頼った時代は終わり、新しい経済環境のなかで、労働者の意欲の源泉は日本においても激変した。
1.活動自体から、もたらされる内的な満足感
2.仕事で成功を収め、
3.プライベートを充実
の3項目を一体とさせる為にやる気を出すとの研究(モチベーション3.0:ダニエル・ピンク著:講談社)成果は、日本でもこの数年で一挙に自然定着した。
「信賞必罰」(外的な名誉や金銭といった報酬を中心に構成)は、大規模生産を行うためのルーティンワーク(科学的管理法:テーラー)の仕事方式には有効であった。が、それは今やお題目となってしまった。アメとムチは短絡的思考、依存性、倫理観欠落を助長するばかりにもなった。かの有名な、「マズローの欲求五段階説」でさえも、現在のICT産業革命のもう一つ前の産業革命期(20世紀初頭)を基盤にしていたから、グレードアップした解説をしない限りは、老人が説いたところで、若者はフィクションと受け止めてしまっている。
¶「会社に通いつつも…」目的や理念のない毎日の生活。
戦前からの計画経済(日本政府:歴代の官僚たちが真似た旧ソ連の経済計画方式)に、どっぷり漬かって抜け出せないばかりか、「失われた10年×2回=20年」を過ごした現時点でも、大半の人たちが、政府をあてにしないとする、「自力更生」の経済や豊かさのあり方に挑戦出来ていないのが現実である。
だから、ほとんど関係無いはずの尖閣諸島の事件ショックが、経営者のモチベーション低下の口実にもなっている現象が出るほど、これが巷の現実なのだ。携帯の通話数量は極東地域が断トツに多く、メールでの意思伝達やKYへの気遣いは日本が最高とのことで……。これを日本人の自由意思の薄弱さと依存性の高さから来る現象とする学説もあるのだ。
そういった社会や経済の混沌とした中で、親や子供への優しさがあるのだから…日本の技術者や技能者は海外へ出稼ぎに行って仕送りをする経済対策!と、真面目に論説する某女性経済学者まで出現する始末である。それは、労働輸出と言って、昔の中国、北朝鮮、ベトナム、そしてフィリピンのお家芸。労働能力の違いはあっても、単にその後追いである。労働輸出を迫られる場合とは、個別企業にシステムとしての技術やノウハウ蓄積が行われておらず、システム販売(今話題なら、原子力発電、新幹線など、このメルマガ前101号で紹介)が出来ないことによるものだ。家電の技術者数百人、町工場の技能者数百人、金型技能者数百人と、今後も増加するであろうが、これは頭脳流出とは全く異次元の事柄である。
ついでの話だが、日本国内において、システム販売を苦境に立たせた政策こそが、1997年の職安法緩和、1999年の労働者派遣法緩和である。とにかく、官僚も学者も、それを報道する大手マスコミ記者も、どこまで依存心が強いのか、時代の混乱によって右往左往するのはインテリの「業&性」なのだろうか?
¶時代の混乱がメンタル疾患急増
の要因、これが最も妥当な話である。では、この時代の混乱とは何かといえば、様々な論説が混在しているが、経営管理の視点からすると、個別企業が「時代や経営環境に適した働き方」を運営&組織化することが出来ていないから、労働者に混乱が生じているところに根幹があると見ておく必要がある。すなわち、大局的に解説すると、20世紀初頭から開発され進められてきた、大規模生産を行うためのルーティンワーク(科学的管理法:テーラー)の仕事方式、これの変更を迫られている事態に、個別企業が対応出来ていない運営&組織で頻発しているのである。そんなことでは、日本経済が進むべき、「高付加価値製品&高水準サービス」を組織的に商品提供が出来ないと解っているにも関わらず、実態は(戦略や戦術、その準備を整えた上で)個人プレーの労働力に頼ってしまうから、有能な人材の労働力毀損続出となっているのだ。これがメンタル疾患急増の原因である。
¶就労適応不全:メンタル対策は社会的急務!
経済(市場)・経営環境の急激変化による「就労適応不全」が、各々の個別企業内で起こっていると見るべきであって、これは社会や経済構造に翻弄されて発生しているから、メンタルヘルス対策は社会的急務なのである。20世紀初頭のアメリカでの、農業労働者から工場労働者の労働力異動期に見られた、産業心理学の開発、禁酒法の社会実験、科学的管理法の発明、そういった時代を思い起こさせる。この時代に翻弄されている社会から浮かび上がったのが、フォード自動車(学説はフォーディズム)であった。小説:「怒り葡萄」にも、その心理描写が満載である。
これを世界的に見れば、戦前戦後を経て、浮かび上がった戦勝国・先進国と、結局は浮かび上がった敗戦国や発展途上国に区分けされたのも、このあたりの社会的急務の解決であったとも言えるるのだ。旧ソ連でも、革命家レーニンが、この科学的管理法を取り入れ、小集団活動と合わせて、「НОТ(ノット)」という生産労務管理システムを作って、農業から工業国にと奇跡の無理矢理:経済転換を図ったのだ。日本では、世界に類をみない寺子屋制度→戦前の学校制度、戦後は科学的管理法の論理に依拠したマニュアルの読解と改良に適した学校制度が、それなりの役割を果たし、官僚主導の計画経済(ソ連を真似た)を繰り広げてきた。が、そういった程度では敗戦国になり、戦後は先進国になれたところを、よく認識しておくべきなのだ。
現在のICT産業革命の真っただ中で、結果的に日本が何処へ向かって行くのかは、はなはだ不安といったところだ。
社会的急務であるから、アカデミック色の強い学習訓練手法に頼っていては解決出来るはずもない。その中身と理由はこのメルマガのインテリジェンス巻末で解説する。
¶片や、ちっともメンタル疾患が発生しない職場
が存在する。今述べた急増原因に基づけば、発生しない職場の説明も簡単に出来るのである。科学的管理法を大枠で徹底し、その実に良好な人間関係を保つための不合理な行為を織り交ぜている職場では、とりあえずのところ発生しない。たまに、業務上外に原因があるとしか考えられないメンタル疾患が、忘れた頃に発生するにすぎない。共感やルールに基づくチームワークでビジネスをこなしている職場も発生はわずかであり、北欧をはじめ欧米には数多い。各国に文化の差はあるとしても、このメルマガの冒頭で述べた、「一体となった3項目のやる気」が存在している。
メンタル疾患が特に多発しているのはICT業界と思われる。あふれる中堅・中小零細のICT個別企業にあっては、業務管理や人事管理など無為無策、現場は、まるで高校3年生が高校1年生に向かって熱狂的に叫んでいるに過ぎない実態である、納期を目指して「太陽に向かって進め!」と。
大手ICT企業を先頭に、協力会社の傘下に総動員してメンタル対策を進めているようである。ところが、参加者の評判といえば、「明日から、どうすれば良いのだ?」に対する解説は全くなく、単なる知識の披露にすぎないといった批判が大多数である。今時、WEBを見れば、様々な情報は流れ、それを加工してメンタル対策の報告書を製本するぐらい、いとも簡単である。確かに、対策のための勉強会などに参加しておれば、下世話な話ではあるが、裁判所に訴訟が提起されたときの安全配慮義務違反での自殺事件対策にはなり、労働基準監督官への顔を向けも多少はよくなる。
¶うつ病の原因は長時間労働とする珍説
は完全な論理の的外れと構成間違いであり、全くの噂話や迷信の類である。時間外休日労働の労使協定(36協定)の内容とか、就業規則整備などは、メンタルヘルス対策からすれば、関係がない。うつ病の原因が長時間労働にあるとか、衛生委員会でとかの対策などは、長時間労働を規制するための労働時間短縮政策の監督行政あたりから湧いて出た、単なるおとぎ話である。個人情報保護の重要性ともなれば、うつ状態などの疾患の疑いとなった者が、解雇その他排斥されないための防止策そのものである。労働局あたりから出ただろうと思われる、噂話や迷信に、アマチュアや若者たちが乗ってしまったと思われる。当の厚生労働省から発信される書面では、そんな類の話は言っていない。
厚生労働省はメンタルヘルス指針を出している。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/03/h0331-1.html
ところが、何が言いたくて、何がしたいのか、先月の本省の検討状況をみても、実際の対策にまで落とし込むには、意味不明としか言いようがない。公共職業安定所における自殺対策まで飛び出してきて、社会性トピックスに敏感な社会科学系の、個別企業のアマチュア人事担当者向けの政治的配慮なのかもしれない。だが、昭和50年代ごろからの、こういった労働省官僚たちの、「バランス&世論誘導」手法が、噂や迷信の発生要因になっていると言わざるを得ない。
そういったものの受け皿が、アマチュア人事担当者やアマチュア社会保険労務士である。彼らがWEB検索して、うつ病と長時間労働と安全衛生の文章検索=プリントアウトすれば、「よくぞ、ここまで研究したね」と誰からも褒められる数センチに及ぶ資料の製本ができあがる。この分厚さで勝負、他人を煙に巻く者が幾人も存在する現象が現れる程に、うつ病などを防ぐ実務ノウハウが定着していない現実があるのだ。
¶メンタル疾患:増加阻止の水際作戦がある!
今述べた急増原因を前提に、筆者が実行している作戦は次の通りだ。人を育てるには莫大な投資が必要であり、実戦配備にはその事業所なりの教育訓練と経費が欠かせないのだから、なおさら、メンタル疾患者の職場復帰は経営にとって必要なのだ。
☆早期発見方法
人間は生まれてから、軽いうつ病を繰り返し、その都度治っている。だが、要因が重なり重度に再発、医学的に薬物等で治療しなければならない。この一線に踏み入れた時点の発見方法が重要である。
朝4時半に目が覚め再び寝られない:早朝覚醒は顕著な再発現象、意外なことに、この時期は寝付きが良いのである。これを一つのポイントとして、仕事のパフォーマンス激減、周囲を歩き回るといったWEBによくでてくる一般的兆候を観察することである。
中間管理職や監督職が、雑談のうちに早朝覚醒に耳を傾けるだけで、水際作戦は相当成功している。
☆早期発見の社内体制
業務の工程管理を改善促進する中に、早期発見体制を組み込むことがコツである。そもそも、工程管理がズサンであるとか、工程管理のやりようがないと知識も持たないのに豪語しているとか、こういった管理職?や監督職のもとにメンタル疾患は発生しやすい。
知識ばかりのメンタルヘルスを提唱すると、経営者や管理職は、これを「工程管理:納期との矛盾」と勘違いするのが当然の帰結である。業務・効率・労働意欲の改善と一体になった対策を建議するまでに、メンタルヘルス対策は立案を落とし込まなければならない。「メンタル戦死者」の発生阻止方法こそを、経営者や管理職は、今知りたいのである。(メンタル負傷者が、現に非効率に働いているのだが…)
☆医師への受診をさせる根拠
メンタル疾患を個人的問題ととらえていると、受診させる根拠は見つけ出せない。事故原因はすべて個人の自己責任といった論調と同じだ。
ちょっと難解な話にはなるが、現在の社会共同体を維持するために、契約の自由が根幹となっている。その中には、私的自治の原則が存在するのだが、経営側には、個別企業の統治権並びに統治義務が存在する。これとともに労働者側には、労働契約に基づく正常な労働を提供する義務があるからこそ、賃金を支払ってもらう権利が存在するといったルールである。そうなると、期待された労働提供義務が履行できない場合は、経営側は履行催告をすることが出来るルールだが、これが受診をさせる根拠なのだ。労働契約がなければ、労働提供義務も受診催告の権利も存在しない。
もう一つの根拠は法律制度としてではあるが、労働契約法第5条に定められた安全配慮義務である。法定法理であるから、契約履行義務である。そもそもの考え方は私的所有権の権利に基づいており、すなわち提供された「労働力のみ」を所有する権利は存在しても、労働力の源である心身までを私的所有していないから、これを破壊・毀損させてはいけないとの注意義務である。言い換えれば、人間の心身まで所有するのではなく、心身から発生する労働力を提供され、この労働を所有する契約であるから、その範囲での私的所有権なのである。家族等の保護責任、公序良俗、信義則、権利の濫用などと比べ格段の違いが実務上も出るのである。
だから、労働提供義務不履行の疑いがあるから、医師の受診を業務命令することが出来、「受診しない場合は解雇になるかもしれない」との最後通牒も可能となるのだ。ただし受診は、会社の産業医とか精神科でなければならないといった医師の指定だと違法性があり、医療機関は本人に選ばせる必要がある。社員数名が付き添って受診に行くことに問題はない。数年前からメンタル疾患を内科でも受け付けており、心療内科と言われていても内科の一分野であるから、受診先はいくらでもある。
☆2週間の通院治療
多くの医師によると、こういった早期発見の段階であれば、仕事を離脱する必要もなく、早ければ2週間で医学的治療が一段落するとのことだ。ところがうつ病の場合は、本人が受診を拒絶することもあって、相当の段階を経てしまうことがある。ところで、「新型うつ」の場合は、ことさら自らがうつ症状であると主張するケースが目立ち、既に医師の受診を受けているといった特徴がある。
筆者が多種多様年中扱っているケースからすると、
うつ病・うつ状態により「診断書が1ヵ月」の自宅療養の場合、職場復帰プログラムを厳格に完備できたならば、半年程度で元来の労働生産性は回復可能だ。
「診断書が3ヵ月」ともなれば、残念ながら筆者の見てきたすべてが、ほぼ人生は台無し状態である。
「診断書2ヵ月」の場合は、やってみなければ分からない。3ヵ月に延長となると、それでおしまいである。微妙な2ヵ月からの復帰には、外部の専門家を張り付け、その厳格な指示のもとで職場復帰の成功を祈るしかない。その場合の職場復帰プログラムも特殊となり、1日3分間出勤、通用口のタイムカードを押すだけで帰宅させる程の行為から始めるのである。
親として、配偶者として何ら打つ手はないことから、家族は生き地獄の生活と不毛な争いに突入しやすい、もしかすれば突入するのが当たり前なのかもしれない。このきわめて微妙な時期に、労働紛争とか人権侵害事件に進展する要因となる、「怨念」が形成されるから注意が必要だ。
うつ病発生の一報を聞けば、親御さんに連絡をする…といった対策は30年前の学説、定年前の労働者の親御さんの年齢を考えるまでもない。障害年金、生活保護、労災保障、傷病手当金などのセーフティーネットに、経営管理の一環としてメンタル疾患者の保護を載せる必要がある。
¶経営管理の視点からのメンタルヘルス対策とはどれか?
豊かな日本の社会や経済を再生するには、「高付加価値製品&高水準サービス」を商品として、世界中に直接提供することでしかなし得ないことは、現代社会の共通認識だ。個別企業の再生も個人生活確保も、このポイントから外れれば、きわめてマニアックな道である。だが、共通認識があっても、的を絞って経営管理とか業務運営が進行しているわけではない。
ことに、労働者一人当たりが生み出す価値の質量が増加しつつあるものだから、これに対する労働者の育成投資も増加、そこに労働者の責任負担の気遣いが重圧となっている、さらには、空回りしていたとしても精神的気遣いで乗り越えようとしていることは確かである。
ところが、この責任負担の気遣いを軽減するためのシステムが、業務運営や作業に組み込まれていないから、きわめてストレスが掛かることになっているのだ。うつ病などになりやすい人物の性格が取り沙汰されているが、要するにこういった経営管理の不具合なのだ。またストレス解消法を個人習得したところで、それにも増して「気遣いの重圧」が、輪をかけて増えて来るのが現場の現実である。ストレス解消の極論は無責任、こうなれば、うつ病に陥る心配はないが、労働契約の意味もなくなる。悟りを開いて、「出家」でもされようものなら、個別企業としては、泣いて良いのか自慢して良いのか?……優秀さがゆえに変わった宗教?に走るケースも後を絶たない。
¶抜本的経営対策の結論は
気遣いを軽減するためのシステムとは、
工程管理であり、業務運営基準であり、合理性がある職場秩序であり、無駄な作業の排除といった諸施策である。業務推進が二の次となっている事が目白押しなのだ。コントロールの原則から外れて、空回りを起こすに留まらず、採算割れでもまだ走っている現実もある。
人間性回復だとか人間疎外論を持ち出す以前の無駄作業に無駄会合、成り行き作業、これらを中止して、「業務改善」を図ることから始めれば良いのだ。こういった諸施策のためにコンピューターをはじめとするICT機器を活用することが大切なのだ。ある学説だと、PCといえども十数年前のスーパーコンピューターの能力を超えている、にも関わらず、ソフトを含めた設備投資効果が最悪だと断言しているのだ(サービス産業生産性協議会会報)。個別企業の会議でも、間接部門であれば、「自由出席制度」を導入して、後で希望者に議事録をメール配信しておけば成り立つケースである。
なによりも、個別企業の経営管理にあたっては、
その企業、その事業所の目的や業務運営を円滑に進める上で、その事業所に応じたメンタルヘルス疾患を如何に食い止めて、労働力の毀損や損失を防いで、労働生産性を高めることなのである。極論すれば、軽度のメンタルヘルス疾患者の割合が多ければ、世の中には繁盛する事業もあるかもしれないのだ。A社でうつ病になったとしても、B社ではちょうどよく働いていることになのだ。要するに、その事業所の目的や業務運営によって線引きされた、メンタルヘルス対策が重要なのである。
メンタルヘルス水際作戦を成功させるコツは、
ひとえに、水際作戦の実務アプローチを、社内職場で納得させる中身の解説が出来ることである。出来なければ、上滑りを起こし理解されない。ちょっと知恵を使って、社内行事のセレモニーとして、外部の専門家を導入し個別企業内の認識を変えるといった手法も活用すべきである。旧来の人間関係だけで意識改革をしようとしても、社長の決断をもってしても不可能なのである。そのうち日が暮れてしまうのだ。
水際作戦のその後に
初めて、経営管理の視点からすれば、「収益・生産・効率・労働意欲の業務改善」を目的とした予防対策の計画実行の着手が可能となる。水際作戦も無しに予防対策などとは、アマチュアの空理空論もはなはだしいのである。
¶アカデミックのメンタルヘルス議論
は、経営管理の必要性若しくは視点からすれば、まるで的ハズレの対策、無為無策である。それどころか、水際作戦でメンタル疾患発生の防止から目をそらしてしまい、目前の「戦死者・負傷者」の続発、現場の第一線への復帰に時間的ロスを与えることにもなる。アカデミックの世界とは、時間との勝負のない世界のことである。個別企業の経営管理は、アカデミックとは次元が違うのである。アカデミックなストーリーを題材に精神医学系群、産業心理学系群、営利目的群といった縄張り争いを繰り広げているのが現状と言ってもさしつかえがない。巷の紙誌には、縄張りが重複する図面が描かれ、この重複こそに個別企業の責任を負わせるとの学説がはびこっているが、実態は縄張り争いが発生しないよう重複箇所には相互不可侵が行われ、無為無策の空白地帯が生まれているのだ(アカデミックの限界だ)。アカデミックな話を聞いても、益々、明日から何も出来ないことになって当然である。
精神医学系群は、
医科大学を先頭に百花繚乱の学説が繰り広げられているが、「ゆりかごから墓場まで」を対象にアプローチすることが前提で、その事業所の目的や運営と程遠く、合理性がある職場秩序の形成までを、治療の目的としているわけではない。増加傾向にある大手企業かつ若年層を中心とした「新型うつ」などには、職場秩序の混乱がもたらす要因は否めないのだが、精神科医や産業医では理解が出来ないようで、アカデミックの未熟かつ限界なのだ。
産業心理学系は、
産業心理カウンセラーと称しての活躍が期待されているが、所詮はカウンセリングといったメンタル疾患者や疑念者の事後処理であって、予防や集団的対策に至っていない実状である。せいぜいが、産業医や衛生管理者の選任、職場巡回?とか衛生委員会、挙げ句にはメンタルヘルス・マネジメント検定といった、成功している水際作戦と比較すれば、暗中模索の夢物語といった実状だ。巷の占師よりも、社会の施策としてカウンセラーの配置に意味がある。
営利目的ともなれば、
講演会の後に終身所得保障団体保険(うつ病で廃人に…?)の販促があるとか、「メンタル診断アンケート」などと大げさな品物を売りつけるとか、時流の「メンタルヘルス」と称して客寄せを図るとか、金銭が介在しなければ存在し得ない代物である。
どれもこれも個別企業の切望する水際作戦及び、予防対策を含めた業務・効率・労働意欲の改善にはつながっていないのが共通点だ。メンタル疾患の増加で潤う悪徳商売とまでは言わないが…。
アカデミックに乗せられてしまったのか、単に新知識を得て舞い上がったのか、理由はどうであれ経営管理や経営労務を進める上で、疑問視をされる手法も有る。あの対策から、この対策へと次々に新しい対策に目移りして、「対策の貧困」そのものである。それは、コミュニケーションスキル、メンタルスキルケア、ワークライフバランス、コーチングと言われるようなものだ。WEBを検索すれば、掲載されているものだけでも読みきるまでに数週間もかかるほど種類は豊富である。さすがにうつ病対策との案内はないが、ゴルフスクールのメンタル強化まで登場してきた。
ところが例えば、本来の「うつ病」ならば、こういった学習訓練の手法を集団で行った場合、強靭な者はより強靭に成長するが、強靭でなかった人物が対等な強靭精神を身に付けることなど考えられない。また、こういった手法によって、うつ病発生の病原と言われる中間管理職の動きを抑え込んでしまえば、目先の売り上げとか実績の低下に陥ることは確実である。どう考えても、業績向上の現実路線を可能とする根拠にもならない。あくまで、こういった学習訓練は、自由個人の単位で行われるから、手法の効果に期待出来る意味があるのだ。
加えて、「新型うつ病」に、これらの学習訓練手法は逆効果とさえ言われており、前号のメルマガで述べたように、WEBなどで流れている労働者レジスタンス(当メルマガ101号)のネタを人事部自ら提供するようなものだ。これでは益々、職場での不毛な刹那的な秩序混乱を醸成することになる。……「新型うつ病」の多発流行地域は、ほぼ大手企業に限られている。
これらの学習訓練手法は、豊かな学識経験を根拠に伴って紹介されるものだから、素人は一瞬立ち止まって耳を傾けるのだが、元来うつ状態発生後の代物なのだ。新型うつは、米国の診断基準(DMS-Ⅳ-TR)を用いることで、初期うつ状態の早期概念を比較的広く捕えることが出来る発見診療手法の功罪のうち、罪の部分だと指摘する主張も強い。とにかく、深刻度の高いメンタル疾患事例は、そのほとんどの相談が外部機関に寄せられ、社内にカウンセリングコーナーを設けても閑散としているのが現状のようだ。
こういった対策の現状は、人事労務の真の専門家からすれば、単純に納得の行く話なのである。
¶アカデミック色の強い学習訓練手法だが
どうしてもやりたいのであれば、国家の義務教育として、抜本からこういった学習訓練手法を、小学校1年生から導入して意思疎通能力の向上を図る道を選ぶべきだ。フィンランド:メソッドの事例は、当時35歳の文部大臣が、研究し尽くされた教育手法を突然導入したから、林業と造船業でしかやっていけなかった貧窮国を、携帯電話のノキア社をはじめよみがえらせたのだ。この事例は、スウェーデンに、デンマークに、現在はノルウェーに拡大し、500万人から1000万人の国がよみがえりつつあるのだ。
日本の一般社会人向けには、今更成年に達してからの全人格的な意思疎通能力の向上は困難を極めるから、営業販売、研究開発、スーパーバイザー、間接部門などの職種ごとに、意思疎通メソッド訓練であるとか、素質養成のケースメソッドを行ってみることが1丁目1番地だ。ライバル同士を一同に会してとか、マニュアルの型どおり実施すると効果は激減する。だから、外部機関・公的機関における社外労働者混在の学習訓練から進めるべきだ。これを、現場非正規労働者を対象に考えられた実施例を紹介すると、次の通りだ。
http://osakafu-hataraku.org/contents/training/communication.html
http://osakafu-hataraku.org/contents/training/talk.html
・労働者のやる気:モチベーションの激変
・「会社に通いつつも…」目的や理念のない毎日の生活。
・時代の混乱がメンタル疾患急増
・就労適応不全:メンタル対策は社会的急務!
・片や、ちっともメンタル疾患が発生しない職場
・うつ病の原因は長時間労働とする珍説
・メンタル疾患:増加阻止の水際作戦がある!
☆早期発見方法
☆早期発見の社内体制
☆医師への受診をさせる根拠
☆2週間の通院治療
・経営管理の視点からのメンタルヘルス対策とはどれか?
・抜本的経営対策の結論は
・アカデミックのメンタルヘルス議論
・アカデミック色の強い学習訓練手法だが
¶労働者のやる気:モチベーションの激変
が急速に進んでいる。企業の資金需要を、銀行を通じた(利回優先)金融資本に頼った時代は終わり、新しい経済環境のなかで、労働者の意欲の源泉は日本においても激変した。
1.活動自体から、もたらされる内的な満足感
2.仕事で成功を収め、
3.プライベートを充実
の3項目を一体とさせる為にやる気を出すとの研究(モチベーション3.0:ダニエル・ピンク著:講談社)成果は、日本でもこの数年で一挙に自然定着した。
「信賞必罰」(外的な名誉や金銭といった報酬を中心に構成)は、大規模生産を行うためのルーティンワーク(科学的管理法:テーラー)の仕事方式には有効であった。が、それは今やお題目となってしまった。アメとムチは短絡的思考、依存性、倫理観欠落を助長するばかりにもなった。かの有名な、「マズローの欲求五段階説」でさえも、現在のICT産業革命のもう一つ前の産業革命期(20世紀初頭)を基盤にしていたから、グレードアップした解説をしない限りは、老人が説いたところで、若者はフィクションと受け止めてしまっている。
¶「会社に通いつつも…」目的や理念のない毎日の生活。
戦前からの計画経済(日本政府:歴代の官僚たちが真似た旧ソ連の経済計画方式)に、どっぷり漬かって抜け出せないばかりか、「失われた10年×2回=20年」を過ごした現時点でも、大半の人たちが、政府をあてにしないとする、「自力更生」の経済や豊かさのあり方に挑戦出来ていないのが現実である。
だから、ほとんど関係無いはずの尖閣諸島の事件ショックが、経営者のモチベーション低下の口実にもなっている現象が出るほど、これが巷の現実なのだ。携帯の通話数量は極東地域が断トツに多く、メールでの意思伝達やKYへの気遣いは日本が最高とのことで……。これを日本人の自由意思の薄弱さと依存性の高さから来る現象とする学説もあるのだ。
そういった社会や経済の混沌とした中で、親や子供への優しさがあるのだから…日本の技術者や技能者は海外へ出稼ぎに行って仕送りをする経済対策!と、真面目に論説する某女性経済学者まで出現する始末である。それは、労働輸出と言って、昔の中国、北朝鮮、ベトナム、そしてフィリピンのお家芸。労働能力の違いはあっても、単にその後追いである。労働輸出を迫られる場合とは、個別企業にシステムとしての技術やノウハウ蓄積が行われておらず、システム販売(今話題なら、原子力発電、新幹線など、このメルマガ前101号で紹介)が出来ないことによるものだ。家電の技術者数百人、町工場の技能者数百人、金型技能者数百人と、今後も増加するであろうが、これは頭脳流出とは全く異次元の事柄である。
ついでの話だが、日本国内において、システム販売を苦境に立たせた政策こそが、1997年の職安法緩和、1999年の労働者派遣法緩和である。とにかく、官僚も学者も、それを報道する大手マスコミ記者も、どこまで依存心が強いのか、時代の混乱によって右往左往するのはインテリの「業&性」なのだろうか?
¶時代の混乱がメンタル疾患急増
の要因、これが最も妥当な話である。では、この時代の混乱とは何かといえば、様々な論説が混在しているが、経営管理の視点からすると、個別企業が「時代や経営環境に適した働き方」を運営&組織化することが出来ていないから、労働者に混乱が生じているところに根幹があると見ておく必要がある。すなわち、大局的に解説すると、20世紀初頭から開発され進められてきた、大規模生産を行うためのルーティンワーク(科学的管理法:テーラー)の仕事方式、これの変更を迫られている事態に、個別企業が対応出来ていない運営&組織で頻発しているのである。そんなことでは、日本経済が進むべき、「高付加価値製品&高水準サービス」を組織的に商品提供が出来ないと解っているにも関わらず、実態は(戦略や戦術、その準備を整えた上で)個人プレーの労働力に頼ってしまうから、有能な人材の労働力毀損続出となっているのだ。これがメンタル疾患急増の原因である。
¶就労適応不全:メンタル対策は社会的急務!
経済(市場)・経営環境の急激変化による「就労適応不全」が、各々の個別企業内で起こっていると見るべきであって、これは社会や経済構造に翻弄されて発生しているから、メンタルヘルス対策は社会的急務なのである。20世紀初頭のアメリカでの、農業労働者から工場労働者の労働力異動期に見られた、産業心理学の開発、禁酒法の社会実験、科学的管理法の発明、そういった時代を思い起こさせる。この時代に翻弄されている社会から浮かび上がったのが、フォード自動車(学説はフォーディズム)であった。小説:「怒り葡萄」にも、その心理描写が満載である。
これを世界的に見れば、戦前戦後を経て、浮かび上がった戦勝国・先進国と、結局は浮かび上がった敗戦国や発展途上国に区分けされたのも、このあたりの社会的急務の解決であったとも言えるるのだ。旧ソ連でも、革命家レーニンが、この科学的管理法を取り入れ、小集団活動と合わせて、「НОТ(ノット)」という生産労務管理システムを作って、農業から工業国にと奇跡の無理矢理:経済転換を図ったのだ。日本では、世界に類をみない寺子屋制度→戦前の学校制度、戦後は科学的管理法の論理に依拠したマニュアルの読解と改良に適した学校制度が、それなりの役割を果たし、官僚主導の計画経済(ソ連を真似た)を繰り広げてきた。が、そういった程度では敗戦国になり、戦後は先進国になれたところを、よく認識しておくべきなのだ。
現在のICT産業革命の真っただ中で、結果的に日本が何処へ向かって行くのかは、はなはだ不安といったところだ。
社会的急務であるから、アカデミック色の強い学習訓練手法に頼っていては解決出来るはずもない。その中身と理由はこのメルマガのインテリジェンス巻末で解説する。
¶片や、ちっともメンタル疾患が発生しない職場
が存在する。今述べた急増原因に基づけば、発生しない職場の説明も簡単に出来るのである。科学的管理法を大枠で徹底し、その実に良好な人間関係を保つための不合理な行為を織り交ぜている職場では、とりあえずのところ発生しない。たまに、業務上外に原因があるとしか考えられないメンタル疾患が、忘れた頃に発生するにすぎない。共感やルールに基づくチームワークでビジネスをこなしている職場も発生はわずかであり、北欧をはじめ欧米には数多い。各国に文化の差はあるとしても、このメルマガの冒頭で述べた、「一体となった3項目のやる気」が存在している。
メンタル疾患が特に多発しているのはICT業界と思われる。あふれる中堅・中小零細のICT個別企業にあっては、業務管理や人事管理など無為無策、現場は、まるで高校3年生が高校1年生に向かって熱狂的に叫んでいるに過ぎない実態である、納期を目指して「太陽に向かって進め!」と。
大手ICT企業を先頭に、協力会社の傘下に総動員してメンタル対策を進めているようである。ところが、参加者の評判といえば、「明日から、どうすれば良いのだ?」に対する解説は全くなく、単なる知識の披露にすぎないといった批判が大多数である。今時、WEBを見れば、様々な情報は流れ、それを加工してメンタル対策の報告書を製本するぐらい、いとも簡単である。確かに、対策のための勉強会などに参加しておれば、下世話な話ではあるが、裁判所に訴訟が提起されたときの安全配慮義務違反での自殺事件対策にはなり、労働基準監督官への顔を向けも多少はよくなる。
¶うつ病の原因は長時間労働とする珍説
は完全な論理の的外れと構成間違いであり、全くの噂話や迷信の類である。時間外休日労働の労使協定(36協定)の内容とか、就業規則整備などは、メンタルヘルス対策からすれば、関係がない。うつ病の原因が長時間労働にあるとか、衛生委員会でとかの対策などは、長時間労働を規制するための労働時間短縮政策の監督行政あたりから湧いて出た、単なるおとぎ話である。個人情報保護の重要性ともなれば、うつ状態などの疾患の疑いとなった者が、解雇その他排斥されないための防止策そのものである。労働局あたりから出ただろうと思われる、噂話や迷信に、アマチュアや若者たちが乗ってしまったと思われる。当の厚生労働省から発信される書面では、そんな類の話は言っていない。
厚生労働省はメンタルヘルス指針を出している。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/03/h0331-1.html
ところが、何が言いたくて、何がしたいのか、先月の本省の検討状況をみても、実際の対策にまで落とし込むには、意味不明としか言いようがない。公共職業安定所における自殺対策まで飛び出してきて、社会性トピックスに敏感な社会科学系の、個別企業のアマチュア人事担当者向けの政治的配慮なのかもしれない。だが、昭和50年代ごろからの、こういった労働省官僚たちの、「バランス&世論誘導」手法が、噂や迷信の発生要因になっていると言わざるを得ない。
そういったものの受け皿が、アマチュア人事担当者やアマチュア社会保険労務士である。彼らがWEB検索して、うつ病と長時間労働と安全衛生の文章検索=プリントアウトすれば、「よくぞ、ここまで研究したね」と誰からも褒められる数センチに及ぶ資料の製本ができあがる。この分厚さで勝負、他人を煙に巻く者が幾人も存在する現象が現れる程に、うつ病などを防ぐ実務ノウハウが定着していない現実があるのだ。
¶メンタル疾患:増加阻止の水際作戦がある!
今述べた急増原因を前提に、筆者が実行している作戦は次の通りだ。人を育てるには莫大な投資が必要であり、実戦配備にはその事業所なりの教育訓練と経費が欠かせないのだから、なおさら、メンタル疾患者の職場復帰は経営にとって必要なのだ。
☆早期発見方法
人間は生まれてから、軽いうつ病を繰り返し、その都度治っている。だが、要因が重なり重度に再発、医学的に薬物等で治療しなければならない。この一線に踏み入れた時点の発見方法が重要である。
朝4時半に目が覚め再び寝られない:早朝覚醒は顕著な再発現象、意外なことに、この時期は寝付きが良いのである。これを一つのポイントとして、仕事のパフォーマンス激減、周囲を歩き回るといったWEBによくでてくる一般的兆候を観察することである。
中間管理職や監督職が、雑談のうちに早朝覚醒に耳を傾けるだけで、水際作戦は相当成功している。
☆早期発見の社内体制
業務の工程管理を改善促進する中に、早期発見体制を組み込むことがコツである。そもそも、工程管理がズサンであるとか、工程管理のやりようがないと知識も持たないのに豪語しているとか、こういった管理職?や監督職のもとにメンタル疾患は発生しやすい。
知識ばかりのメンタルヘルスを提唱すると、経営者や管理職は、これを「工程管理:納期との矛盾」と勘違いするのが当然の帰結である。業務・効率・労働意欲の改善と一体になった対策を建議するまでに、メンタルヘルス対策は立案を落とし込まなければならない。「メンタル戦死者」の発生阻止方法こそを、経営者や管理職は、今知りたいのである。(メンタル負傷者が、現に非効率に働いているのだが…)
☆医師への受診をさせる根拠
メンタル疾患を個人的問題ととらえていると、受診させる根拠は見つけ出せない。事故原因はすべて個人の自己責任といった論調と同じだ。
ちょっと難解な話にはなるが、現在の社会共同体を維持するために、契約の自由が根幹となっている。その中には、私的自治の原則が存在するのだが、経営側には、個別企業の統治権並びに統治義務が存在する。これとともに労働者側には、労働契約に基づく正常な労働を提供する義務があるからこそ、賃金を支払ってもらう権利が存在するといったルールである。そうなると、期待された労働提供義務が履行できない場合は、経営側は履行催告をすることが出来るルールだが、これが受診をさせる根拠なのだ。労働契約がなければ、労働提供義務も受診催告の権利も存在しない。
もう一つの根拠は法律制度としてではあるが、労働契約法第5条に定められた安全配慮義務である。法定法理であるから、契約履行義務である。そもそもの考え方は私的所有権の権利に基づいており、すなわち提供された「労働力のみ」を所有する権利は存在しても、労働力の源である心身までを私的所有していないから、これを破壊・毀損させてはいけないとの注意義務である。言い換えれば、人間の心身まで所有するのではなく、心身から発生する労働力を提供され、この労働を所有する契約であるから、その範囲での私的所有権なのである。家族等の保護責任、公序良俗、信義則、権利の濫用などと比べ格段の違いが実務上も出るのである。
だから、労働提供義務不履行の疑いがあるから、医師の受診を業務命令することが出来、「受診しない場合は解雇になるかもしれない」との最後通牒も可能となるのだ。ただし受診は、会社の産業医とか精神科でなければならないといった医師の指定だと違法性があり、医療機関は本人に選ばせる必要がある。社員数名が付き添って受診に行くことに問題はない。数年前からメンタル疾患を内科でも受け付けており、心療内科と言われていても内科の一分野であるから、受診先はいくらでもある。
☆2週間の通院治療
多くの医師によると、こういった早期発見の段階であれば、仕事を離脱する必要もなく、早ければ2週間で医学的治療が一段落するとのことだ。ところがうつ病の場合は、本人が受診を拒絶することもあって、相当の段階を経てしまうことがある。ところで、「新型うつ」の場合は、ことさら自らがうつ症状であると主張するケースが目立ち、既に医師の受診を受けているといった特徴がある。
筆者が多種多様年中扱っているケースからすると、
うつ病・うつ状態により「診断書が1ヵ月」の自宅療養の場合、職場復帰プログラムを厳格に完備できたならば、半年程度で元来の労働生産性は回復可能だ。
「診断書が3ヵ月」ともなれば、残念ながら筆者の見てきたすべてが、ほぼ人生は台無し状態である。
「診断書2ヵ月」の場合は、やってみなければ分からない。3ヵ月に延長となると、それでおしまいである。微妙な2ヵ月からの復帰には、外部の専門家を張り付け、その厳格な指示のもとで職場復帰の成功を祈るしかない。その場合の職場復帰プログラムも特殊となり、1日3分間出勤、通用口のタイムカードを押すだけで帰宅させる程の行為から始めるのである。
親として、配偶者として何ら打つ手はないことから、家族は生き地獄の生活と不毛な争いに突入しやすい、もしかすれば突入するのが当たり前なのかもしれない。このきわめて微妙な時期に、労働紛争とか人権侵害事件に進展する要因となる、「怨念」が形成されるから注意が必要だ。
うつ病発生の一報を聞けば、親御さんに連絡をする…といった対策は30年前の学説、定年前の労働者の親御さんの年齢を考えるまでもない。障害年金、生活保護、労災保障、傷病手当金などのセーフティーネットに、経営管理の一環としてメンタル疾患者の保護を載せる必要がある。
¶経営管理の視点からのメンタルヘルス対策とはどれか?
豊かな日本の社会や経済を再生するには、「高付加価値製品&高水準サービス」を商品として、世界中に直接提供することでしかなし得ないことは、現代社会の共通認識だ。個別企業の再生も個人生活確保も、このポイントから外れれば、きわめてマニアックな道である。だが、共通認識があっても、的を絞って経営管理とか業務運営が進行しているわけではない。
ことに、労働者一人当たりが生み出す価値の質量が増加しつつあるものだから、これに対する労働者の育成投資も増加、そこに労働者の責任負担の気遣いが重圧となっている、さらには、空回りしていたとしても精神的気遣いで乗り越えようとしていることは確かである。
ところが、この責任負担の気遣いを軽減するためのシステムが、業務運営や作業に組み込まれていないから、きわめてストレスが掛かることになっているのだ。うつ病などになりやすい人物の性格が取り沙汰されているが、要するにこういった経営管理の不具合なのだ。またストレス解消法を個人習得したところで、それにも増して「気遣いの重圧」が、輪をかけて増えて来るのが現場の現実である。ストレス解消の極論は無責任、こうなれば、うつ病に陥る心配はないが、労働契約の意味もなくなる。悟りを開いて、「出家」でもされようものなら、個別企業としては、泣いて良いのか自慢して良いのか?……優秀さがゆえに変わった宗教?に走るケースも後を絶たない。
¶抜本的経営対策の結論は
気遣いを軽減するためのシステムとは、
工程管理であり、業務運営基準であり、合理性がある職場秩序であり、無駄な作業の排除といった諸施策である。業務推進が二の次となっている事が目白押しなのだ。コントロールの原則から外れて、空回りを起こすに留まらず、採算割れでもまだ走っている現実もある。
人間性回復だとか人間疎外論を持ち出す以前の無駄作業に無駄会合、成り行き作業、これらを中止して、「業務改善」を図ることから始めれば良いのだ。こういった諸施策のためにコンピューターをはじめとするICT機器を活用することが大切なのだ。ある学説だと、PCといえども十数年前のスーパーコンピューターの能力を超えている、にも関わらず、ソフトを含めた設備投資効果が最悪だと断言しているのだ(サービス産業生産性協議会会報)。個別企業の会議でも、間接部門であれば、「自由出席制度」を導入して、後で希望者に議事録をメール配信しておけば成り立つケースである。
なによりも、個別企業の経営管理にあたっては、
その企業、その事業所の目的や業務運営を円滑に進める上で、その事業所に応じたメンタルヘルス疾患を如何に食い止めて、労働力の毀損や損失を防いで、労働生産性を高めることなのである。極論すれば、軽度のメンタルヘルス疾患者の割合が多ければ、世の中には繁盛する事業もあるかもしれないのだ。A社でうつ病になったとしても、B社ではちょうどよく働いていることになのだ。要するに、その事業所の目的や業務運営によって線引きされた、メンタルヘルス対策が重要なのである。
メンタルヘルス水際作戦を成功させるコツは、
ひとえに、水際作戦の実務アプローチを、社内職場で納得させる中身の解説が出来ることである。出来なければ、上滑りを起こし理解されない。ちょっと知恵を使って、社内行事のセレモニーとして、外部の専門家を導入し個別企業内の認識を変えるといった手法も活用すべきである。旧来の人間関係だけで意識改革をしようとしても、社長の決断をもってしても不可能なのである。そのうち日が暮れてしまうのだ。
水際作戦のその後に
初めて、経営管理の視点からすれば、「収益・生産・効率・労働意欲の業務改善」を目的とした予防対策の計画実行の着手が可能となる。水際作戦も無しに予防対策などとは、アマチュアの空理空論もはなはだしいのである。
¶アカデミックのメンタルヘルス議論
は、経営管理の必要性若しくは視点からすれば、まるで的ハズレの対策、無為無策である。それどころか、水際作戦でメンタル疾患発生の防止から目をそらしてしまい、目前の「戦死者・負傷者」の続発、現場の第一線への復帰に時間的ロスを与えることにもなる。アカデミックの世界とは、時間との勝負のない世界のことである。個別企業の経営管理は、アカデミックとは次元が違うのである。アカデミックなストーリーを題材に精神医学系群、産業心理学系群、営利目的群といった縄張り争いを繰り広げているのが現状と言ってもさしつかえがない。巷の紙誌には、縄張りが重複する図面が描かれ、この重複こそに個別企業の責任を負わせるとの学説がはびこっているが、実態は縄張り争いが発生しないよう重複箇所には相互不可侵が行われ、無為無策の空白地帯が生まれているのだ(アカデミックの限界だ)。アカデミックな話を聞いても、益々、明日から何も出来ないことになって当然である。
精神医学系群は、
医科大学を先頭に百花繚乱の学説が繰り広げられているが、「ゆりかごから墓場まで」を対象にアプローチすることが前提で、その事業所の目的や運営と程遠く、合理性がある職場秩序の形成までを、治療の目的としているわけではない。増加傾向にある大手企業かつ若年層を中心とした「新型うつ」などには、職場秩序の混乱がもたらす要因は否めないのだが、精神科医や産業医では理解が出来ないようで、アカデミックの未熟かつ限界なのだ。
産業心理学系は、
産業心理カウンセラーと称しての活躍が期待されているが、所詮はカウンセリングといったメンタル疾患者や疑念者の事後処理であって、予防や集団的対策に至っていない実状である。せいぜいが、産業医や衛生管理者の選任、職場巡回?とか衛生委員会、挙げ句にはメンタルヘルス・マネジメント検定といった、成功している水際作戦と比較すれば、暗中模索の夢物語といった実状だ。巷の占師よりも、社会の施策としてカウンセラーの配置に意味がある。
営利目的ともなれば、
講演会の後に終身所得保障団体保険(うつ病で廃人に…?)の販促があるとか、「メンタル診断アンケート」などと大げさな品物を売りつけるとか、時流の「メンタルヘルス」と称して客寄せを図るとか、金銭が介在しなければ存在し得ない代物である。
どれもこれも個別企業の切望する水際作戦及び、予防対策を含めた業務・効率・労働意欲の改善にはつながっていないのが共通点だ。メンタル疾患の増加で潤う悪徳商売とまでは言わないが…。
アカデミックに乗せられてしまったのか、単に新知識を得て舞い上がったのか、理由はどうであれ経営管理や経営労務を進める上で、疑問視をされる手法も有る。あの対策から、この対策へと次々に新しい対策に目移りして、「対策の貧困」そのものである。それは、コミュニケーションスキル、メンタルスキルケア、ワークライフバランス、コーチングと言われるようなものだ。WEBを検索すれば、掲載されているものだけでも読みきるまでに数週間もかかるほど種類は豊富である。さすがにうつ病対策との案内はないが、ゴルフスクールのメンタル強化まで登場してきた。
ところが例えば、本来の「うつ病」ならば、こういった学習訓練の手法を集団で行った場合、強靭な者はより強靭に成長するが、強靭でなかった人物が対等な強靭精神を身に付けることなど考えられない。また、こういった手法によって、うつ病発生の病原と言われる中間管理職の動きを抑え込んでしまえば、目先の売り上げとか実績の低下に陥ることは確実である。どう考えても、業績向上の現実路線を可能とする根拠にもならない。あくまで、こういった学習訓練は、自由個人の単位で行われるから、手法の効果に期待出来る意味があるのだ。
加えて、「新型うつ病」に、これらの学習訓練手法は逆効果とさえ言われており、前号のメルマガで述べたように、WEBなどで流れている労働者レジスタンス(当メルマガ101号)のネタを人事部自ら提供するようなものだ。これでは益々、職場での不毛な刹那的な秩序混乱を醸成することになる。……「新型うつ病」の多発流行地域は、ほぼ大手企業に限られている。
これらの学習訓練手法は、豊かな学識経験を根拠に伴って紹介されるものだから、素人は一瞬立ち止まって耳を傾けるのだが、元来うつ状態発生後の代物なのだ。新型うつは、米国の診断基準(DMS-Ⅳ-TR)を用いることで、初期うつ状態の早期概念を比較的広く捕えることが出来る発見診療手法の功罪のうち、罪の部分だと指摘する主張も強い。とにかく、深刻度の高いメンタル疾患事例は、そのほとんどの相談が外部機関に寄せられ、社内にカウンセリングコーナーを設けても閑散としているのが現状のようだ。
こういった対策の現状は、人事労務の真の専門家からすれば、単純に納得の行く話なのである。
¶アカデミック色の強い学習訓練手法だが
どうしてもやりたいのであれば、国家の義務教育として、抜本からこういった学習訓練手法を、小学校1年生から導入して意思疎通能力の向上を図る道を選ぶべきだ。フィンランド:メソッドの事例は、当時35歳の文部大臣が、研究し尽くされた教育手法を突然導入したから、林業と造船業でしかやっていけなかった貧窮国を、携帯電話のノキア社をはじめよみがえらせたのだ。この事例は、スウェーデンに、デンマークに、現在はノルウェーに拡大し、500万人から1000万人の国がよみがえりつつあるのだ。
日本の一般社会人向けには、今更成年に達してからの全人格的な意思疎通能力の向上は困難を極めるから、営業販売、研究開発、スーパーバイザー、間接部門などの職種ごとに、意思疎通メソッド訓練であるとか、素質養成のケースメソッドを行ってみることが1丁目1番地だ。ライバル同士を一同に会してとか、マニュアルの型どおり実施すると効果は激減する。だから、外部機関・公的機関における社外労働者混在の学習訓練から進めるべきだ。これを、現場非正規労働者を対象に考えられた実施例を紹介すると、次の通りだ。
http://osakafu-hataraku.org/contents/training/communication.html
http://osakafu-hataraku.org/contents/training/talk.html
2010/09/07
第101号
<コンテンツ>
・円高不況という、マスコミ大宣伝の嵐
・「円高事態?」の本質的インテリジェンスをいくつか
・総務人事部門は、収益性向上を支える部隊へ
・労働者のレジスタンスが
・知識習得の勉強では現代社会に通用しない
¶円高不況という、マスコミ大宣伝の嵐
の中で、日本経済社会の将来を見据えた、地に足の着いた論評は余りにも少ない。マスコミは断片的根拠で、日本経済の将来が危ぶまれると言っているのだ。100ある経済学理論のうち、三つ程度の論理展開で日経新聞は編集されていると揶揄する経済学者は多い。いくらなんでも、社会科学系はアマチュアリズムの傾向が強いとはいえである。事実、日経新聞の記者は文学部出身ばかりなのだ。
新聞・テレビなどマスコミの読みきり三文経済記事とか、インターネットに振り回されて、ニュースからニュースへとわたり歩きながら、もっぱらスキャンダラスでセンセーショナルな些細な事柄にとらわれていないか、すなわち、「言説の貧困化」(ハーバード大学:マイケル・サンデル教授)に陥っていないか、自問自答が重要なのだ。加えて、「言説の貧困化」をしている烏合の衆に感化されていていないかにも、よほどの厳重注意(心を離すこと)が必要である。
¶「円高事態?」の本質的インテリジェンスをいくつか
☆円通貨以外の主要通貨が切り下げられ円高
になっているのだ。が、日本と按分比較すると、内需拡大政策とか社会保障・雇用保障政策を進めたがために通貨価値が下がっていることが分かる。主要先進国で日本が、その意味で「置いてきぼり」となったから、日本は財力があると決めつけられたのだ。それがIMFの消費税導入干渉(本年7月14日)の口実である。
☆輸出主導で資金繰りや日本経済の金融
を支えてきた大手企業は、今や多国籍展開が華々しい。自動車、家電、半導体その他、現在では国内生産品を海外へ輸送することは少なく、従って円高為替変動の影響をまともには受けない企業体制である。
☆今回の円高をきっかけに受注減
となった中小企業は少なくない。だが、実のところは円高でなくとも受注減に至るのであって、問題は急激であったことに焦点があるのだ。だから、救済策は「急激な円高」対策の範囲であり、円高への軟着陸の範囲なら、どんな政府も対策を打つことはない。
☆従来型産業構造の個別事業は空洞化
するに任せざるを得ない。そこに働く労働者には、個人のもっている高度技能または技術を頼りに、「労働輸出」が始まっている。その意味では日本も、フィリピン、中国、韓国、北朝鮮、ベトナムなどと同じく、「国際的出稼ぎ産業」の流行(産業と言えるのか?)である。家電技術者、工作加工技能者、金型技能者など、国際的人材派遣だ。先日のNHKスペシャルでは、タイ資本に買収された関東の金型工場の技能者が紹介されたが、派遣代金は人材派遣料金形態とは限られない。
☆企業自体に技術・技能ノウハウの蓄積が
備わっていなければ、「労働輸出」は当然の経済原理だ。日本国内には、職業安定法が施行されているから、技能者を雇いさえすれば外形的には、小零細企業たり得た。……これが経済学の原則そのものである。
☆およそシステムとして、
すなわち、環境システム、道路交通システム、電車運行の電鉄システム、新幹線システム、宅配便システム、建築土木施工管理システム、水道システム、電力システム、訪日「観光」産業システム、素材産業システム、医療・介護・静養システム、(地場産業システム)のその他企業規模を問わず、個別企業にシステムとして技術・技能が蓄積されているからこそ、高付加価値製品や高水準サービス(服務)として輸出=需要拡大(含むFTAも)が出来るのである。システムを売るに、円高は悪影響が無いのだ。
☆一方では円高で利益をあげている、
(…円高還元セールの真相は別として)、個別企業は少なくない。将来日本で有望な素材産業は、その一例である。韓国のサムスンやLG製品の素材にも日本産が多い。個別企業のやることはハッキリしている(メルマガ前100号参照)。人気目当てや寄生思考から湧いて出ている円高対策手法に期待をして、個別企業の経営管理の怠慢には、明日の経済的豊かさすら無いのだ。
☆日銀の3月末の国内資金調査によると、
国内企業の手元資金(使う予定のないもの)は202兆円、銀行の預金-貸出等の差額滞留は149兆円、これを合わせると350兆円ほど資金が余っている。ところで、銀行の貸出等には、膨大な内外国債の買い付けを含んでおり、「失われた10年」時期の以前のように産業資本には資金が回っていない。……今の銀行は、利回り目的の金融資本から、国債買い付けと資金の使い道を変えているが、一般市中には高い利率のカードローン(高利貸)なら売るという訳だ。ここが新産業育成(産業資本への資金投入)にとって、極めつけの着眼ポイントとされているのである。
☆所詮、今日の政府の経済政策は、
経済構造転換期の緩和策でしかあり得ない。日本国内では、「重厚長大産業」に投資する意味がなくなり、重厚長大産業育成のための哲学や法制度も邪魔になるばかりか、新しい日本の経済成長には害となって来ている。労働問題等の最高裁の新時代向け判例も目白押しだ。日本のメガバンク全社参加型の「重厚長大産業」支援ファンド設立は、財務省主導であることはもちろんであるが、日本経済はそこまでも来ているのだ。その移行期の日本経済は、みるみるうちに転落し続け、昔に戻る可能性はゼロである。
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/100904/fnc1009040138000-n1.htm
☆大卒の就職率が60%程度
とマスコミも政府でも騒がれているが…。政府の的外れな雇用・経済政策(新卒対策)の出現である。
ちなみに、現代の大学進学率は50%前後。進学者のうち30%程度の卒業時就職率となる。そこでよく考えてみると、団塊の世代の大学進学率は20%弱であったところ、努力すれば卒業時就職は果たすことができた。「就職率30%>:<進学率20%」の数値に着目する必要があるのだ。まして、昔の大学は、学びの「学問の府」であったが、この15年ほどは、「学習の場」に変化しているのである。(だから、今の新卒は、「研究会」といったものを好むのである。…ここに改善ヒントがある)。
☆日本のセーフティーネットや社会保障は、
米ソ対立:冷戦時代が反映して、理念は結果平等を理想としていた。それが、近年の施策基準が機会均等に変わりつつあり、過日の厚生労働省と政府政策は、明確に機会均等の理念に踏み込んだ。政府の「雇用、雇用、雇用」も然りである。今年の4月~6月の労働力調査で、非正規雇用者が、被雇用者の約34%と、はっきり3分の1を超えた。労働者の非正規化は確実に進んでいる。
理念変更に伴い、セーフティーネットは貧困ビジネスに利用され、各老齢年金受給の詐欺事件、障害者passの不正売買が横行し始めている。(政策理念の変更により、自治体職員には、悪事に対処するすべもない)。
さて、こういったインテリジェンスからは………
今こそ、知恵を出して、新時代・新経済環境に応じた、事業と組織を固める時期なのである。それが出来なければ、産業革命や経済恐慌で没落していった個別事業と同じ運命が確実なのだ。
いや、純然たる経済側面ではそれ以上に、NHK大河ドラマの如く、変質をしていると見るべきなのだ。
この沈む日本にあって、浮かび上がる人たち、その社会経済規模は江戸幕府や江戸時代をはるかに超えている。
¶総務人事部門は、収益性向上を支える部隊へ
再編する必要がある。収益とは、要するに売り上げのことである。
高度経済成長時期、その後の金融資本投下事業において、とかく日本の間接部門は、生産性、効率性、かろうじて労働意欲の順に関わる程度であった。だから、総務人事部門などは、販売営業部門やライン部門から、「金食い虫=稼がない部門」と批判され続けてきたのである。どれだけ、「総務部門は、利益蓄積と企業の屋台骨に関わる部門です」と訴えても、社内で真剣に耳を貸してもらえるような土壌すら無かったのだ。
だから、間接部門の仕事は投下された資本を、
如何に効率よく回転させ、如何に節約して、如何に生産性(省力コスト)をあげるのかといった方向で組み立てられてきた。すなわち、業務運営機能、業務規則、決済伝票、業務日誌、出勤簿、シフト表などの書面を、
→ これからは収益性向上、顧客拡大、顧客ニーズ収集の目的のための書面や図表に組み換え・作り直し
→ これを制度として運用して行くことが重要となるのである。
この組み換え作業から始めないから、「意識改革の」だとか、「戦略的」などと、誰が何十年も言い続けて見ても、いっこうに変わらなかったのである。
決して、過去の成長過程で作りあげられてきた運営機能を、全部を全面否定するものではない。が、これから国内の個別事業が進める内外の需要拡大による収益増加方針には、過去の成長過程を乗り越え・克服した仕事をする間接部門が不可欠なのである。
その意味で、個別企業が従前にとらわれ、従前の仕事方法を習得する程度に、改善目標を設定することでは、要するに問題点を羅列し改善を促す程度であれば、それは個別企業の事業全体の日常運営を危うくしてしまうことになるのだ。そしてそこには、舵を切り、切り開く知恵を、経営者以上に必要とする。
個別企業の日常をつかさどる総務人事部門は、きわめて責任が重いのである。収益性向上、顧客ニーズ収集に向け、組織的に大量の人材集団の舵を取る役目だからである。
ちなみに、
アウトソーシングと言われる業態も、従前横行したコスト削減の手段ではなく、これからの時代は収益増加&社内には無い特殊チームとして発展する。品質・コスト・納期に重点をおくのであれば、「業務請負」の業態を活かすのが良い。ただし、ここでも業務請負企業の内部に技術・技能が蓄積されなければ、偽装請負として職業安定法や労働者派遣法の規制を受けるばかりか、事業の経済性も保てない。(なぜ、職安法違反などが厳罰なのかは、事業経済性がなくなると→暴力や精神的圧迫でもって事業利益確保を図るに至るから、これが理由である)。
¶労働者のレジスタンスが
現在の日本で、散発的に、自然発生的に、繰り返されていると診て良い。その主要なものは、若年層を中心とした、「現代型うつ」と呼ばれているものである。「新型うつ」とも呼ばれている。
これは、20~30代に多く見られ、従来型うつ病とは、明確な違いがあることが解明されてきた。一概に原因を決め付けるわけにはいかないが、「現代型うつ」の場合は、自らがうつであることを強く表明する。それに対して、従来型うつ病は、同僚や上司から、顕著な症状を指摘されても、突然のパフォーマンス低下が明らかでも、なおかつ医師の診察を受けようとはしない。したがって、人事担当者は、健康でない者の労働契約履行義務の催促とか、企業の安全配慮義務を、一生懸命に本人に説明し、それでも強要未遂ぎりぎりのところで、医師の診断を受けさせたのである。
「現代型うつ」の場合は、さっさと心療内科の診察を受け、診断書を提出して来るのだが、なかなか自分で治療しようという意思が見受けられない。「従来型うつ」の場合は、診断結果が出れば一転して、自ら治療しようと励むケースが多い。人事担当者個人が、いくつもの事例に遭遇して研究するわけにいかないのだが、筆者のような立場であれば、ほとんどのケースが前述した通りである。
それは、アカデミック?な専門紙誌に掲載されているような病状の種類と医学的な解説からは、想定することが出来ない現実である。従来型うつ病、統合失調症は、確かに症状がはっきり現われ、これは医学の賜物である。うつ病が増加傾向にあることは、様々な統計資料からうかがい知ることが出来る。厚生労働省や医師会などの取り組みもあって、産業医や内科医全般の初期受け入れ体制は出来上がっているが、心療内科医の増加により、内科医にうつ病疑いの患者が集中することは下火のようだ。
だが、症状が出てからの個別企業の対応が、圧倒的にお粗末でもある。某ケースでは、弁護士に相談したが、訴状が来るまで静観と言われたから、放置していたが…といったものもあった。しかしどうも、ここが、労働者のレジスタンスの発生源と思われるのだ。「うつ病」と報告すれば、直属上司や総務人事部門がうろたえる事(中間管理職の管理能力評価の減点対象となる)から、まして診断に戸惑う心療内科医や精神科医の足元を見て診断書入手、そのまま「現代型うつ」生活に入ろうとする。「現代型うつ」と言われるものは、本来人事管理が充実しているはずの大手企業に、「よく見られる」とささやかれている。その期間は、結果からすると、数ヵ月から3年程度に及ぶ。とにかく、一定の症状が2週間以上継続すれば、「うつ」と診断する基準が、今の医師の間では広く用いられているから、休職期間中に海外旅行に行く、土日の休日になると晴れ晴れするというのは一般的な序の口で、病院を抜け出し毎日、パチスロでフィーバーとの話も流れて来る。ところで、この診断基準、実は従来型うつ病の早期発見のためのもので、知的障害の早期発見に用いる知能指数の80未満の信頼域(それ以上は原則測定不能)といった代物なのだ。
本題の労働者のレジスタンスに話を戻すと
筆者の相談事例や取組みケースの解決からすると、次のような仮説が成り立つ。ただし、経営学&医学による精密研究ではないけれど、ほぼ百発的中である。
気が合わない上司、管理育成能力の無い上司、会社のことより実は我が身の上司、いじめ嫌がらせ常習の上司などのもとで、「現代型うつ」は発生するのではないか。それは…、仕事をしていても「無能な上司」のために、全く面白くなく、人生将来の見通しも立たず、顔を合わせるのが嫌になって落ち込んでいる姿である。
そこへ、いじめ嫌がらせとか、セクハラで労働事件に持ち込む程度でもなく、雇用情勢も悪いから、今の会社にしがみつく必要もあり、合法的に考えられた、合目的的に考えられた、家族や周囲も納得しやすい手法などである。
前述のように、少なくない企業においては、「うつ病」と報告すれば、直属上司や総務人事部門がうろたえるから、労働基準監督署、裁判所、個人加盟労働組合に比べれば、きわめて気軽な手段でもあるのだ。まして、毎日が憂鬱な者からすれば、わらをもつかむ気分である。
そう考えてみると
「現代型うつ」の疑いを強引に「強調」する者は、逆説的な意味では頭がよく、意思が強く、ある程度融通がきき、理想を追求する良さのある可能性が、本当に強い。同じく、会社側の人事や能力管理が、現場段階では不都合や不具合を起こしている現象として、これこそ早期発見のチェックポイントである。
「産業資本に、大量の資金が投下されると、労働組合運動が増強する」…これが、世界の研究到達点にある学術理論だ。多国籍企業が進出する東アジアも、今後も例外ではない。インドあたりは、労働運動を敬遠して、進出を敬遠する多国籍企業も多い。経済発展のブラジルは、この20年で労働組合が圧倒的強さにまで成長した。この日本では、そういった意味での労働組合運動が、大きくなる見通しは無い。
しかしながら、ここにきて日本は、こういった労働者レジスタンスに見舞われているのかもしれない。サボタージュ(サボるの語源)は、れっきとした労働争議の手段である。フランスのように、顕著な争議行為と認識されないのは、日本の企業内組合の特徴から、経営側も目くじらを立ててこなかったから、すなわち生産性よりも穏便な世間体を選んだからである。
ちなみに、産業心理学とは、アメリカで農業労働者を工場労働者に転用する際の、適応不全(アル中、二日酔いの現象)解消のために開発された学問である。当時、工場の規則的労働に適応させるため、真面目にアメリカでは禁酒法を施行した。経営者のフォードは、禁酒法を推進するだけでなく、生真面目な労働者を他社に比べ倍以上の賃金で採用し、生産性を飛躍的に向上させた。
さて、昔話には、ピーターパンシンドローム、新人類と若者批判のストーリーもあったが、今度ばかりはICT産業革命の進行中であり、一人当たりの労働生産性に期待する労働能力が高いことから、こういった労働者レジスタンスを単なる医学的話として静観するわけにはいかない。障害者のマイノリティー問題に飛びついて、事件を起こす障害者団体や労働組合は、身近に存在するし、誘いもかけて来る。医学の分野だ、個人のキャリア形成だ、経営管理の問題だと、解決を他に押しつけているどころではない。
現代社会に共通していることは、
=解決回避の姿勢からは、偽りの敬意が生じやすく、偽りの敬意は抑圧と受け止められ、そこから反感と反発が生じるのである。
¶知識習得の勉強では現代社会に通用しない
これは世界的経済再編時代の基本である。さらに、ICTによる産業革命時期であるから、知識よりも意思疎通の能力が欠かせないといった特徴もある。
そこでとりわけ、
重要なのは知恵の習得であり、知恵の発揮のための勉強が必要なのだ。
まして、受験勉強が得意とばかりに、知識偏重の勉学に励んでも、時間の無駄となるのが、今の時代である。戦後、日本の経済成長において、さほど知恵は必要なく、中途半端に知恵があれば出世の妨げにもなったのである。
だが、いまだに大概のところは、「戦略的〇〇〇」というだけで、具体的な戦術がない。コンサルタント系、企業教育系、銀行系のいずれものセミナーや講演が、旧態依然のテーマを取り上げているに過ぎず、それでは新時代・新経済環境に応じた知恵の分野に役立つことが出来ていないのだ。
そこで、筆者が蓄えてきた知恵の分野ための教育事業構想を、このほど大阪府の事業として開始することになった。その実例の手始めは次のものである。
http://osakafu-hataraku.org/kanrishaikusei.htm
まずこれは、メンタルヘルスの組織的対処と業務改善推進のセミナーである。メンタルヘルスの種類や知識の習得といった、従来よくあるものとは全く異なっている。ここまで話し込むことで企業は対策を立てられるのだ。訴訟や重篤になってからは、もっての外である。
http://osakafu-hataraku.org/boshu.htm
こちらは、労働力確保を人材派遣業に頼ったがために、個別企業の自力での募集・採用能力が廃れてしまったものを、復活再生しようというセミナーである。採用者の不都合を見破る法則や、有能な人物の受け入れと育てることの一体化にコツがあるのである。
いずれも、アカデミックとか、知識情報の提供といった、単なる「お話し」ではない。
知恵を提供し、企業体質を改革して知恵を発揮する技術とノウハウを提供するセミナーである。
とかく、「社長の決断」に負わせていた改革の成り行きを、これは「社長へ建議」するものだ。
この20年間ほどに、なおざりにされてきた「学び」を提供するのである。
手始めは、「大阪府=働く環境整備推進事業」ではあるが、
決して巷でよくありがちな就業規則整備、賃金改善、労働法令リスクといった、それも知識習得にとどまる時代遅れのセミナーではない。筆者が30年ほどに渡り、個別企業各社で進めてきた改善・改革の成果に基づく実践実行型なのである。もちろん、このセミナーはロングランを目指している。
さらに、
今日まで日本では、事業として手を付けられることがなかった人事管理者の、「素質育成」を、日本での全く初めての事業として、本年12月22日(来年2月までの7回シリーズ)の開講に向け、シラバスの詰めに入っている。すなわち、その事業コンテンツの大方は新時代・新経済環境に焦点を合わせた、創造的人事管理の素質を身に付けていただこうとするもので、これこそ行政機関の事業でしか困難(民間事業だと集客・採算面が合わない)なのである。
なので、それぞれが、全国から大阪出張していただいても価値があるセミナー等であり、他にも社会保険労務士、キャリアコンサルタント、産業カウンセラー、経営指導員のみなさんにも推奨するセミナーなのである。……こうやって、個別企業に「息吹」を吹き込む、実践実行である。
★臨時インテリジェンス情報
北朝鮮の44年ぶり労働党代表者会議は、北朝鮮が中国の下請けとして、「改革開放路線」に大転換するかどうかが焦点との情報。転換に踏み切れば日朝貿易再開、在日朝鮮経営者の経営管理激変などへの影響は大きい。後継者問題は、その表向きに過ぎないとの観測で、注目に値するものは経済動向とのこと。
・円高不況という、マスコミ大宣伝の嵐
・「円高事態?」の本質的インテリジェンスをいくつか
・総務人事部門は、収益性向上を支える部隊へ
・労働者のレジスタンスが
・知識習得の勉強では現代社会に通用しない
¶円高不況という、マスコミ大宣伝の嵐
の中で、日本経済社会の将来を見据えた、地に足の着いた論評は余りにも少ない。マスコミは断片的根拠で、日本経済の将来が危ぶまれると言っているのだ。100ある経済学理論のうち、三つ程度の論理展開で日経新聞は編集されていると揶揄する経済学者は多い。いくらなんでも、社会科学系はアマチュアリズムの傾向が強いとはいえである。事実、日経新聞の記者は文学部出身ばかりなのだ。
新聞・テレビなどマスコミの読みきり三文経済記事とか、インターネットに振り回されて、ニュースからニュースへとわたり歩きながら、もっぱらスキャンダラスでセンセーショナルな些細な事柄にとらわれていないか、すなわち、「言説の貧困化」(ハーバード大学:マイケル・サンデル教授)に陥っていないか、自問自答が重要なのだ。加えて、「言説の貧困化」をしている烏合の衆に感化されていていないかにも、よほどの厳重注意(心を離すこと)が必要である。
¶「円高事態?」の本質的インテリジェンスをいくつか
☆円通貨以外の主要通貨が切り下げられ円高
になっているのだ。が、日本と按分比較すると、内需拡大政策とか社会保障・雇用保障政策を進めたがために通貨価値が下がっていることが分かる。主要先進国で日本が、その意味で「置いてきぼり」となったから、日本は財力があると決めつけられたのだ。それがIMFの消費税導入干渉(本年7月14日)の口実である。
☆輸出主導で資金繰りや日本経済の金融
を支えてきた大手企業は、今や多国籍展開が華々しい。自動車、家電、半導体その他、現在では国内生産品を海外へ輸送することは少なく、従って円高為替変動の影響をまともには受けない企業体制である。
☆今回の円高をきっかけに受注減
となった中小企業は少なくない。だが、実のところは円高でなくとも受注減に至るのであって、問題は急激であったことに焦点があるのだ。だから、救済策は「急激な円高」対策の範囲であり、円高への軟着陸の範囲なら、どんな政府も対策を打つことはない。
☆従来型産業構造の個別事業は空洞化
するに任せざるを得ない。そこに働く労働者には、個人のもっている高度技能または技術を頼りに、「労働輸出」が始まっている。その意味では日本も、フィリピン、中国、韓国、北朝鮮、ベトナムなどと同じく、「国際的出稼ぎ産業」の流行(産業と言えるのか?)である。家電技術者、工作加工技能者、金型技能者など、国際的人材派遣だ。先日のNHKスペシャルでは、タイ資本に買収された関東の金型工場の技能者が紹介されたが、派遣代金は人材派遣料金形態とは限られない。
☆企業自体に技術・技能ノウハウの蓄積が
備わっていなければ、「労働輸出」は当然の経済原理だ。日本国内には、職業安定法が施行されているから、技能者を雇いさえすれば外形的には、小零細企業たり得た。……これが経済学の原則そのものである。
☆およそシステムとして、
すなわち、環境システム、道路交通システム、電車運行の電鉄システム、新幹線システム、宅配便システム、建築土木施工管理システム、水道システム、電力システム、訪日「観光」産業システム、素材産業システム、医療・介護・静養システム、(地場産業システム)のその他企業規模を問わず、個別企業にシステムとして技術・技能が蓄積されているからこそ、高付加価値製品や高水準サービス(服務)として輸出=需要拡大(含むFTAも)が出来るのである。システムを売るに、円高は悪影響が無いのだ。
☆一方では円高で利益をあげている、
(…円高還元セールの真相は別として)、個別企業は少なくない。将来日本で有望な素材産業は、その一例である。韓国のサムスンやLG製品の素材にも日本産が多い。個別企業のやることはハッキリしている(メルマガ前100号参照)。人気目当てや寄生思考から湧いて出ている円高対策手法に期待をして、個別企業の経営管理の怠慢には、明日の経済的豊かさすら無いのだ。
☆日銀の3月末の国内資金調査によると、
国内企業の手元資金(使う予定のないもの)は202兆円、銀行の預金-貸出等の差額滞留は149兆円、これを合わせると350兆円ほど資金が余っている。ところで、銀行の貸出等には、膨大な内外国債の買い付けを含んでおり、「失われた10年」時期の以前のように産業資本には資金が回っていない。……今の銀行は、利回り目的の金融資本から、国債買い付けと資金の使い道を変えているが、一般市中には高い利率のカードローン(高利貸)なら売るという訳だ。ここが新産業育成(産業資本への資金投入)にとって、極めつけの着眼ポイントとされているのである。
☆所詮、今日の政府の経済政策は、
経済構造転換期の緩和策でしかあり得ない。日本国内では、「重厚長大産業」に投資する意味がなくなり、重厚長大産業育成のための哲学や法制度も邪魔になるばかりか、新しい日本の経済成長には害となって来ている。労働問題等の最高裁の新時代向け判例も目白押しだ。日本のメガバンク全社参加型の「重厚長大産業」支援ファンド設立は、財務省主導であることはもちろんであるが、日本経済はそこまでも来ているのだ。その移行期の日本経済は、みるみるうちに転落し続け、昔に戻る可能性はゼロである。
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/100904/fnc1009040138000-n1.htm
☆大卒の就職率が60%程度
とマスコミも政府でも騒がれているが…。政府の的外れな雇用・経済政策(新卒対策)の出現である。
ちなみに、現代の大学進学率は50%前後。進学者のうち30%程度の卒業時就職率となる。そこでよく考えてみると、団塊の世代の大学進学率は20%弱であったところ、努力すれば卒業時就職は果たすことができた。「就職率30%>:<進学率20%」の数値に着目する必要があるのだ。まして、昔の大学は、学びの「学問の府」であったが、この15年ほどは、「学習の場」に変化しているのである。(だから、今の新卒は、「研究会」といったものを好むのである。…ここに改善ヒントがある)。
☆日本のセーフティーネットや社会保障は、
米ソ対立:冷戦時代が反映して、理念は結果平等を理想としていた。それが、近年の施策基準が機会均等に変わりつつあり、過日の厚生労働省と政府政策は、明確に機会均等の理念に踏み込んだ。政府の「雇用、雇用、雇用」も然りである。今年の4月~6月の労働力調査で、非正規雇用者が、被雇用者の約34%と、はっきり3分の1を超えた。労働者の非正規化は確実に進んでいる。
理念変更に伴い、セーフティーネットは貧困ビジネスに利用され、各老齢年金受給の詐欺事件、障害者passの不正売買が横行し始めている。(政策理念の変更により、自治体職員には、悪事に対処するすべもない)。
さて、こういったインテリジェンスからは………
今こそ、知恵を出して、新時代・新経済環境に応じた、事業と組織を固める時期なのである。それが出来なければ、産業革命や経済恐慌で没落していった個別事業と同じ運命が確実なのだ。
いや、純然たる経済側面ではそれ以上に、NHK大河ドラマの如く、変質をしていると見るべきなのだ。
この沈む日本にあって、浮かび上がる人たち、その社会経済規模は江戸幕府や江戸時代をはるかに超えている。
¶総務人事部門は、収益性向上を支える部隊へ
再編する必要がある。収益とは、要するに売り上げのことである。
高度経済成長時期、その後の金融資本投下事業において、とかく日本の間接部門は、生産性、効率性、かろうじて労働意欲の順に関わる程度であった。だから、総務人事部門などは、販売営業部門やライン部門から、「金食い虫=稼がない部門」と批判され続けてきたのである。どれだけ、「総務部門は、利益蓄積と企業の屋台骨に関わる部門です」と訴えても、社内で真剣に耳を貸してもらえるような土壌すら無かったのだ。
だから、間接部門の仕事は投下された資本を、
如何に効率よく回転させ、如何に節約して、如何に生産性(省力コスト)をあげるのかといった方向で組み立てられてきた。すなわち、業務運営機能、業務規則、決済伝票、業務日誌、出勤簿、シフト表などの書面を、
→ これからは収益性向上、顧客拡大、顧客ニーズ収集の目的のための書面や図表に組み換え・作り直し
→ これを制度として運用して行くことが重要となるのである。
この組み換え作業から始めないから、「意識改革の」だとか、「戦略的」などと、誰が何十年も言い続けて見ても、いっこうに変わらなかったのである。
決して、過去の成長過程で作りあげられてきた運営機能を、全部を全面否定するものではない。が、これから国内の個別事業が進める内外の需要拡大による収益増加方針には、過去の成長過程を乗り越え・克服した仕事をする間接部門が不可欠なのである。
その意味で、個別企業が従前にとらわれ、従前の仕事方法を習得する程度に、改善目標を設定することでは、要するに問題点を羅列し改善を促す程度であれば、それは個別企業の事業全体の日常運営を危うくしてしまうことになるのだ。そしてそこには、舵を切り、切り開く知恵を、経営者以上に必要とする。
個別企業の日常をつかさどる総務人事部門は、きわめて責任が重いのである。収益性向上、顧客ニーズ収集に向け、組織的に大量の人材集団の舵を取る役目だからである。
ちなみに、
アウトソーシングと言われる業態も、従前横行したコスト削減の手段ではなく、これからの時代は収益増加&社内には無い特殊チームとして発展する。品質・コスト・納期に重点をおくのであれば、「業務請負」の業態を活かすのが良い。ただし、ここでも業務請負企業の内部に技術・技能が蓄積されなければ、偽装請負として職業安定法や労働者派遣法の規制を受けるばかりか、事業の経済性も保てない。(なぜ、職安法違反などが厳罰なのかは、事業経済性がなくなると→暴力や精神的圧迫でもって事業利益確保を図るに至るから、これが理由である)。
¶労働者のレジスタンスが
現在の日本で、散発的に、自然発生的に、繰り返されていると診て良い。その主要なものは、若年層を中心とした、「現代型うつ」と呼ばれているものである。「新型うつ」とも呼ばれている。
これは、20~30代に多く見られ、従来型うつ病とは、明確な違いがあることが解明されてきた。一概に原因を決め付けるわけにはいかないが、「現代型うつ」の場合は、自らがうつであることを強く表明する。それに対して、従来型うつ病は、同僚や上司から、顕著な症状を指摘されても、突然のパフォーマンス低下が明らかでも、なおかつ医師の診察を受けようとはしない。したがって、人事担当者は、健康でない者の労働契約履行義務の催促とか、企業の安全配慮義務を、一生懸命に本人に説明し、それでも強要未遂ぎりぎりのところで、医師の診断を受けさせたのである。
「現代型うつ」の場合は、さっさと心療内科の診察を受け、診断書を提出して来るのだが、なかなか自分で治療しようという意思が見受けられない。「従来型うつ」の場合は、診断結果が出れば一転して、自ら治療しようと励むケースが多い。人事担当者個人が、いくつもの事例に遭遇して研究するわけにいかないのだが、筆者のような立場であれば、ほとんどのケースが前述した通りである。
それは、アカデミック?な専門紙誌に掲載されているような病状の種類と医学的な解説からは、想定することが出来ない現実である。従来型うつ病、統合失調症は、確かに症状がはっきり現われ、これは医学の賜物である。うつ病が増加傾向にあることは、様々な統計資料からうかがい知ることが出来る。厚生労働省や医師会などの取り組みもあって、産業医や内科医全般の初期受け入れ体制は出来上がっているが、心療内科医の増加により、内科医にうつ病疑いの患者が集中することは下火のようだ。
だが、症状が出てからの個別企業の対応が、圧倒的にお粗末でもある。某ケースでは、弁護士に相談したが、訴状が来るまで静観と言われたから、放置していたが…といったものもあった。しかしどうも、ここが、労働者のレジスタンスの発生源と思われるのだ。「うつ病」と報告すれば、直属上司や総務人事部門がうろたえる事(中間管理職の管理能力評価の減点対象となる)から、まして診断に戸惑う心療内科医や精神科医の足元を見て診断書入手、そのまま「現代型うつ」生活に入ろうとする。「現代型うつ」と言われるものは、本来人事管理が充実しているはずの大手企業に、「よく見られる」とささやかれている。その期間は、結果からすると、数ヵ月から3年程度に及ぶ。とにかく、一定の症状が2週間以上継続すれば、「うつ」と診断する基準が、今の医師の間では広く用いられているから、休職期間中に海外旅行に行く、土日の休日になると晴れ晴れするというのは一般的な序の口で、病院を抜け出し毎日、パチスロでフィーバーとの話も流れて来る。ところで、この診断基準、実は従来型うつ病の早期発見のためのもので、知的障害の早期発見に用いる知能指数の80未満の信頼域(それ以上は原則測定不能)といった代物なのだ。
本題の労働者のレジスタンスに話を戻すと
筆者の相談事例や取組みケースの解決からすると、次のような仮説が成り立つ。ただし、経営学&医学による精密研究ではないけれど、ほぼ百発的中である。
気が合わない上司、管理育成能力の無い上司、会社のことより実は我が身の上司、いじめ嫌がらせ常習の上司などのもとで、「現代型うつ」は発生するのではないか。それは…、仕事をしていても「無能な上司」のために、全く面白くなく、人生将来の見通しも立たず、顔を合わせるのが嫌になって落ち込んでいる姿である。
そこへ、いじめ嫌がらせとか、セクハラで労働事件に持ち込む程度でもなく、雇用情勢も悪いから、今の会社にしがみつく必要もあり、合法的に考えられた、合目的的に考えられた、家族や周囲も納得しやすい手法などである。
前述のように、少なくない企業においては、「うつ病」と報告すれば、直属上司や総務人事部門がうろたえるから、労働基準監督署、裁判所、個人加盟労働組合に比べれば、きわめて気軽な手段でもあるのだ。まして、毎日が憂鬱な者からすれば、わらをもつかむ気分である。
そう考えてみると
「現代型うつ」の疑いを強引に「強調」する者は、逆説的な意味では頭がよく、意思が強く、ある程度融通がきき、理想を追求する良さのある可能性が、本当に強い。同じく、会社側の人事や能力管理が、現場段階では不都合や不具合を起こしている現象として、これこそ早期発見のチェックポイントである。
「産業資本に、大量の資金が投下されると、労働組合運動が増強する」…これが、世界の研究到達点にある学術理論だ。多国籍企業が進出する東アジアも、今後も例外ではない。インドあたりは、労働運動を敬遠して、進出を敬遠する多国籍企業も多い。経済発展のブラジルは、この20年で労働組合が圧倒的強さにまで成長した。この日本では、そういった意味での労働組合運動が、大きくなる見通しは無い。
しかしながら、ここにきて日本は、こういった労働者レジスタンスに見舞われているのかもしれない。サボタージュ(サボるの語源)は、れっきとした労働争議の手段である。フランスのように、顕著な争議行為と認識されないのは、日本の企業内組合の特徴から、経営側も目くじらを立ててこなかったから、すなわち生産性よりも穏便な世間体を選んだからである。
ちなみに、産業心理学とは、アメリカで農業労働者を工場労働者に転用する際の、適応不全(アル中、二日酔いの現象)解消のために開発された学問である。当時、工場の規則的労働に適応させるため、真面目にアメリカでは禁酒法を施行した。経営者のフォードは、禁酒法を推進するだけでなく、生真面目な労働者を他社に比べ倍以上の賃金で採用し、生産性を飛躍的に向上させた。
さて、昔話には、ピーターパンシンドローム、新人類と若者批判のストーリーもあったが、今度ばかりはICT産業革命の進行中であり、一人当たりの労働生産性に期待する労働能力が高いことから、こういった労働者レジスタンスを単なる医学的話として静観するわけにはいかない。障害者のマイノリティー問題に飛びついて、事件を起こす障害者団体や労働組合は、身近に存在するし、誘いもかけて来る。医学の分野だ、個人のキャリア形成だ、経営管理の問題だと、解決を他に押しつけているどころではない。
現代社会に共通していることは、
=解決回避の姿勢からは、偽りの敬意が生じやすく、偽りの敬意は抑圧と受け止められ、そこから反感と反発が生じるのである。
¶知識習得の勉強では現代社会に通用しない
これは世界的経済再編時代の基本である。さらに、ICTによる産業革命時期であるから、知識よりも意思疎通の能力が欠かせないといった特徴もある。
そこでとりわけ、
重要なのは知恵の習得であり、知恵の発揮のための勉強が必要なのだ。
まして、受験勉強が得意とばかりに、知識偏重の勉学に励んでも、時間の無駄となるのが、今の時代である。戦後、日本の経済成長において、さほど知恵は必要なく、中途半端に知恵があれば出世の妨げにもなったのである。
だが、いまだに大概のところは、「戦略的〇〇〇」というだけで、具体的な戦術がない。コンサルタント系、企業教育系、銀行系のいずれものセミナーや講演が、旧態依然のテーマを取り上げているに過ぎず、それでは新時代・新経済環境に応じた知恵の分野に役立つことが出来ていないのだ。
そこで、筆者が蓄えてきた知恵の分野ための教育事業構想を、このほど大阪府の事業として開始することになった。その実例の手始めは次のものである。
http://osakafu-hataraku.org/kanrishaikusei.htm
まずこれは、メンタルヘルスの組織的対処と業務改善推進のセミナーである。メンタルヘルスの種類や知識の習得といった、従来よくあるものとは全く異なっている。ここまで話し込むことで企業は対策を立てられるのだ。訴訟や重篤になってからは、もっての外である。
http://osakafu-hataraku.org/boshu.htm
こちらは、労働力確保を人材派遣業に頼ったがために、個別企業の自力での募集・採用能力が廃れてしまったものを、復活再生しようというセミナーである。採用者の不都合を見破る法則や、有能な人物の受け入れと育てることの一体化にコツがあるのである。
いずれも、アカデミックとか、知識情報の提供といった、単なる「お話し」ではない。
知恵を提供し、企業体質を改革して知恵を発揮する技術とノウハウを提供するセミナーである。
とかく、「社長の決断」に負わせていた改革の成り行きを、これは「社長へ建議」するものだ。
この20年間ほどに、なおざりにされてきた「学び」を提供するのである。
手始めは、「大阪府=働く環境整備推進事業」ではあるが、
決して巷でよくありがちな就業規則整備、賃金改善、労働法令リスクといった、それも知識習得にとどまる時代遅れのセミナーではない。筆者が30年ほどに渡り、個別企業各社で進めてきた改善・改革の成果に基づく実践実行型なのである。もちろん、このセミナーはロングランを目指している。
さらに、
今日まで日本では、事業として手を付けられることがなかった人事管理者の、「素質育成」を、日本での全く初めての事業として、本年12月22日(来年2月までの7回シリーズ)の開講に向け、シラバスの詰めに入っている。すなわち、その事業コンテンツの大方は新時代・新経済環境に焦点を合わせた、創造的人事管理の素質を身に付けていただこうとするもので、これこそ行政機関の事業でしか困難(民間事業だと集客・採算面が合わない)なのである。
なので、それぞれが、全国から大阪出張していただいても価値があるセミナー等であり、他にも社会保険労務士、キャリアコンサルタント、産業カウンセラー、経営指導員のみなさんにも推奨するセミナーなのである。……こうやって、個別企業に「息吹」を吹き込む、実践実行である。
★臨時インテリジェンス情報
北朝鮮の44年ぶり労働党代表者会議は、北朝鮮が中国の下請けとして、「改革開放路線」に大転換するかどうかが焦点との情報。転換に踏み切れば日朝貿易再開、在日朝鮮経営者の経営管理激変などへの影響は大きい。後継者問題は、その表向きに過ぎないとの観測で、注目に値するものは経済動向とのこと。
2010/08/03
第100号
<コンテンツ>
・重大事件:IMF(国際通貨基金)が干渉…
・「失われた10年」の30年目が…
・国の財政再建? そこには大きなジレンマが…
・民間の経営者センスを発揮して
・大量資本投資と事業規模では、もう負けている
・「お客様は神様」と念じても…
・要領無視:自分流仕事の人物
・(メルマガ100号記念・納涼記事)
猛暑を涼しくする発想=パラダイム転換
¶重大事件:IMF(国際通貨基金)が干渉…、
7月14日、消費税を15%にせよとの外圧を、日本政府に対してかけてきた。
これこそ、この10年の国内経済を左右する重大事件だ。
IMFといえば、米国ドル通貨を基軸とする要の機関であり、文書で要請してきたものだ。こういった動きは、国民の知らないところで起こっていたから、先の参議院選挙で、「唐突な争点」になったのだ。過去、隣の韓国などは、IMFからの干渉を受け、一挙に経済構造の激変を行わざるを得なくなり、地方の農民などが一挙に都市部に流入するなどして、現在のいわゆる格差社会に至ったのだ。当時も今も、韓国経済は厚みがないので、経済は国際化する一方であるが、国内経済は貧困化、結婚平均年齢が10年弱上昇、少子化を起こすなどの歪みを抱えてしまったことは、生々しい記憶である。
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-16293420100714
http://www.imf.org/external/japanese/np/sec/pn/2010/pn1087j.pdf
¶「失われた10年」の30年目が…
消費税の日本での論議は、誤解を覚悟で二元論的に言えば、「社会福祉に使うか、政府の一般会計に使うか」である。たとえ、公務員人件費20%ダウン、年金の高額部分支給延期(死亡時払い?)、累進課税、租税特別措置廃止などの政策がアイディアとして出されても、消費税を15%(10%アップ)は、現在の日本経済には重大事件、多大な悪影響を与える。
日本の景気は、伸びている海外取引が超極薄利益にも関わらず、回復の兆しと言われるほど弱々しいのが現実だ。国内景気は、どの個別企業も、社員を→契約社員へ、良くて人件費の安い新卒を採用、パートは時間給切り下げ、交通費支給は打ち切り…というほどに事業規模が収縮の一途をたどっている。ただし、正確にいえば、未だに旧態依然の感覚や論理で事業を行っている個別企業が、事実上の終息に向かっていると見た方が正確で、バブル崩壊直後は、中小企業庁曰く、=中小企業の倒産が経済調節弁=といっていたものが、今や大小を問わず調節弁となってきたのだ。
「失われた10年」と日本は評されるが、1991年からすれば、2001年は2回目の、2011年から3回目の、「失われた10年」を迎える見通しだ。
¶国の財政再建? そこには大きなジレンマが…
ところが、日本の場合、ヨーロッパ先進国のように、もとより年金水準が高く、労働者派遣業を早期に規制するなどで、庶民の生活水準を向上させた上での国家財政赤字とは、根本的に異なることを、新聞・マスコミは無知そのものなので、報道すら不可能なようだ。日本の場合は、産業や事業の最終消費である個人消費が、この20年の「失われた10年」×2回=20年によって、日本の経済規模に比較して疲弊し切っているから、その状況はEU諸国とは全く異なるのだ。
そもそも、人間の幸福感は主観的(奈良時代=干物と乾燥チーズは豪華グルメであった)な問題であるが、経済は発展度合いにおける安定したバランス配分の比較問題である。
≫個別企業で警戒が必要なことは、
どうあがいてみても消費税引き上げ分が、人件費勘定へのシワ寄せ、個人の可処分所得の減少となり、個人消費を極度に落ち込ませ、益々経済活動が低迷することである。個別企業が目先のコスト対策として取る行動は、人件費部分の外注化、契約社員やパートへの労働力の切り替えなどを進め、目先の人件費を削減する方向の対策ばかりが予想される。ところが、この目先の対策は即:焼け石に水となる。
≫そこには大きなジレンマがある。
確かに、消費税を導入しなければ、国の財政の破たんは目に見えている。
片や、政権が崩壊するので消費税を導入しないとなれば、それでも国の財政破たんは目に見えている。要するに、何れにしろ、破たんするのだ。
この類をマスコミは不安を煽るが、破たんすると分かっていれば、もう「安心出来る」のであって、何とか別の道を考えれば良いだけである。
≫個々人の生活でも同じこと。
光熱費まで切り詰めて生活費を節約する…それならば、デフレ時代の緊急対策として、住んでいる賃貸マンションの家賃の値下げを交渉しに不動産業者に電話した方が、よほど家計出費は浮いて来る。持ち家ならば処分して、収入と家計の流れを変えれば、生活は楽になる。踏み倒しは不道徳ではあるが、個人の豊かな生活(経済)を追及することなくして、新しい時代の経済構造は論じることは出来ない。
生活保護や雇用保険などのセーフティーネットを使わずに、労働者がひとえに、個別企業に頼られても困るのだ。
¶民間の経営者センスを発揮して
だとしても、日本経済回復処方箋の結論は、既に出されている。
今や、「高付加価値製品&高水準サービス」を商品提供する戦略は、
常識的となり、具体的な実行が待たれるのみである。
大手、中小、零細を問わず、海外出荷(直取引)に打ち出るとか、中国人富豪などの個人をターゲットにすれば良いのである。
素材産業や Made in Japan の物づくり、
新しい感覚の、外国人向けの観光産業
(雪や緑などの資源に限らず日本は清潔、礼儀正しく、親切のノウハウを持つ)、
アンチ・エイジ医療・介護・静養、
新食材・新料理・飲食その他の高水準の加工・供給サービスである。
こういった業種の人材育成にこそ、国や自治体が直接人件費補助(月10万円×3年間=詳細はメルマガ90号・下記URL記事の中ほど)するなどすれば、新時代の産業基盤が出来上がるのである。
http://soumubu1.blogspot.com/2009/10/blog-post.html
雇用調整助成金や中小企業融資のバラマキでお茶を濁していてはいけないのだ。セーフティーネットの拡充、高齢者の介護や医療、戦略なき経済政策といった「従来型の政府官僚の主導」には、先行き破たんしかない。
¶大量資本投資と事業規模では、もう負けている
日本は、オイルマネー、中国朝貢経済、シンガポールその他には、資本でも規模でも、もう負けている。日本企業が多国籍展開をするには、こういった海外巨大事業体に寄り添うしかなさそうだ。すでに、中途半端な個別企業は、中国等の外資に飲み込まれ、このままでは中堅企業は(手ごろに)乗っ取られてしまう。
たとえ国の財政破たんが起きようとも、個別企業が経営出来る道を真剣に考えなければならない。すなわち、明治以来の国家・政府というものにぶら下がって生きてきた経営方法から、ICT時代、別の方法に事業を切り替えることである。商人の旧家に伝わる家訓などが、なぜ勉強になるかといえば、滅亡した一族(民族)が、それ以外の哲学を用いたからに他ならないからである。
…………………………………………
日本で利益率の高い事業を行うには、
文化経済向上、
職業能力向上、
中堅企業育成、
安全都市・治安確保、
社会経済への男女参加、
日本独自文化育成などで、
「ブランドの島国:JAPAN」にするしかない。
…………………………………………
だから、このための人事施策・労働力確保が必要なのだ。
日本の労働力の中心は、猛烈に突っ走った団塊の世代以上の戦後年代ではない。
何をどう、おだてようが、その後の年代は、「既に敷かれたレールを、順調に歩くこと」しか知らないのである。学校を卒業し社会に出た途端、踊って狂って造花が咲いたバブル経済を経験した年代は、社会での生活力さえ失いかけている。「金融資本の活躍をもう一度」とばかりに、一攫千金の白昼夢を見ている者も、まだいる。
まるで、その人たちは、
会社の将来見通し、極貧生活脱出の見通し、片想いの恋愛見通しが立たないときに、占いに走るようなものである。
¶「お客様は神様」と念じても…
そういった精神論や宗教めいた意思統一で、業績向上するような、おめでたい時代ではない。お客様の発言の通りに何でも引き受けるのは、消費者目線ではない。
いわゆる「お客様」自身が、本来的には、「有益な新たな高付加価値製品や高水準サービスである新商品」、これを考えることは無理な話なのである。それは、近年の経営学では、常識的な理論となっている、今流行りのドラッガー経営学よりも後の学問発展段階でもある。
もとより、実態が消費者目線(=商品は文化経済でもある)に立っていないから、せいぜい、カユイところに手が届く程度のことで、ドラスティックな抜本的商品には至っていない。
▼商品が行き渡っていない地域
(過疎地販売、高齢者宅への配達、WEB販売)とか、
▼商品の販売形態
(小分で売る、色彩、簡易品、超高級品など)の程度なのである。
あなたの身近な例だと、
巷のコンサルタント会社が売り込んで来る社員教育のプログラムは、既にみんながよく知る代物ばかりであり、ちょっと毛色の違ったテーマが入っている程度で、新しい時代の戦略に対応しているとする代物は皆無だ。その理由は、みんながよく知る代物でないと、担当者が無難に飛びついてくれず、安定した売り上げが見込めないだけのことなのだ。
(実は、この新時代の社員教育に政府や自治体の支援が必要!)
消費者目線を持たない企画は、無い物ねだりの商品開発に等しい。
だからこそ、新しい時代の戦略にマッチした新事業を立ち上げることが出来ないのだ。このように分析するのが正解なのであって、今の時代、うかつに動こうとしない資産旧家や叩上げの商売人には、肌で感じるところの、失敗敬遠のブレーキがかかっているのである。
新事業とか起業などと念じるだけが、今流行の素人発想であるから、何も起こるはずがない。銀行を通じての資本投下がないからといって何も出来ないのは、実は旧態依然商品の販売促進事業に慣れっこになっている現状の証でもあるのだ。
ドラスティックな抜本的商品は、海外にも直販できる。
¶要領無視:自分流仕事の人物
こういった人たちは、先行き不安の時代になると目立って来る。
ここに、労働紛争のある程度の発生原因が存在する。一般的に、労働者の面子や人権に関わる事件は労働基準監督署に相談に行って、直属上司の鼻をあかしてやろうとなる。経営者や会社に対する怨みを持てば、労働組合の威力を借りて怨みを晴らそうとする。「他人に同調を求めるのは愚かだ」とゲーテが語るように、社会共同体の原則である、「統治権と統治義務」及び「私的所有と注意配慮義務」のルールでもって、未然に労働紛争を防ぎ、紛争が事件となれば、早期解決するしかないのだ。
そもそも、ある程度成功した個別企業には、
物事をうまく処理する手続きやコツである「要領」というものが存在する。それを表現する手法に、マニュアル、社内規則とか訓練カリキュラムなどが存在している。ところが、要領を無視して自分流の仕事の進め方を進める人物を生み出しているのも、明確な原因は不明だが、現代日本の学校教育や社内教育なのでもあるのだ。
知識偏重で仕事をする人物は、大学出身者の中にも数多く存在し、この自分流仕事の人たちの範囲に含まれている。大学教育が、ここ15年ほどは、過去の「学ぶ」場から、「学習トレーニング」の場に変わっているので、輪をかけているかもしれない。
そもそも、その会社の「要領」等というのを軽蔑して、人の話を聞こうとしない現象が現れる。あくまでも本人は自分流仕事であって、たまたま自分流仕事の8割程度が「要領」と一致しているだけのことである。だから、ある程度以上の仕事の発育は無い。
会社の「要領」等との不一致が多いと、業務に差し支え、普通解雇の対象にさえなる。本人が努力すればするほど、「要領」から遊離した作業を行うことになり、本人は正しいと思っているから他人を批判するに至り、さらに職場トラブルの原因を作り出す。
うつ病や統合失調症の精神疾患も生み出す。
これに中間管理職が対応する能力がなければ、職場の同僚同士の争いと見えてしまうのだ。同僚同士の一方が相手方を押さえつけようとすると、職場カルトにも発展する。
≫対処療法としては、
◎仕事全体を把握させ、そこでの作業境界設定と他作業との関連を認知させる。加えて、
◎仕事とは、過去の積み重ねのノウハウの上に、初めて成功することを叩き込むしかない。それでもダメなら、
◎個人行動が規律違反になることを理解(就業規則の禁止条項の整備が必要)させるといった応急措置しかない。
新しい時代の戦略に転換する場合は、残念ながら必ずと言ってよいほど、日本の終戦後にノイローゼが多発したように、適応不全のために精神疾患者は出て来る。
≫イギリスの老人介護施設の例
が、抜本対策として参考になる。何故か、その施設の介護士には、次々とうつ病などの精神疾患が現れ、職業柄、安全衛生上で対策を必要とした。それまでは、ケア・マネージャーが介護士に対して細かく仕事の指図をしていた。そこで、ケア・マネージャーの職務を、介護士が分からないことを質問して来た場合にのみ、アドバイスさせることにした。ケア・マネージャーから綿密な作業指示をするのではなく、介護士に現在の担当老人のケア計画を立てさせ、それを実行させたのだ。すると、精神疾患の発生が激減したのだ。ところが、介護士の労働密度は、およそ1.5倍と高くなった。業務改善の事前予測でも、労働密度の向上は介護士の不満を生み、労働紛争になるのではと懸念されたが、きわめて順調に良く安定しているとのレポートだ。これは大いに研究価値のあるケース、日本でも局所的には巷によくあるものである。
★(メルマガ100号記念・納涼記事)
猛暑を涼しくする発想=パラダイム転換
個別企業が立ち上がるには、総務人事部門の刺激が決定的だ。
仕事の素質能力向上に役立つ、新時代の戦略を現場で考える上で、気付いたものを羅列してみた。消費税の有無、財政再建可否のマスコミが仕掛けたジレンマの相手はしていられない。
【もちろん、科学的学術的裏付けのあるものばかりだ】。
☆ジャスト・イン・タイムからジャスト・イン・ケースへと、市場が変化するとともに、新しい時代の戦略には有効とされている。産業革命は市場の変化から起こる、それが今の、ICT産業革命である。
☆生産性の高い会社の働き方を現象面でみると、フィンランドでは午後3時に子供の習い事の送迎のために父親が退社するのはよくある話。隣の韓国は、経済規模、人材の質、職業教育の質などは薄っぺらいが、サムスンでは、社員が午後4時に退社、その後は能力向上の自己啓発のために通い、帰宅は夕刻6時である。
☆教育研究者(ベンジャミン・ブルーム)の調査によると、達人を生み出す家庭環境は、子供の育成支援を重視していたのみならず、両親は、強い職業倫理の会話、遊びよりも義務を果たす、目標を立て追及する、そして、「他者より秀でる、全力を尽くす、懸命に努力する、時間を建設的に使う、ということが何度も何度も強調されていた」としている。
☆戦後日本の多くの子供たちは、受験勉強をやりすぎて、知識増殖の思考パターン(知識偏重)に矯正されてしまったようだ。だから、自らの力で職業能力を向上させることは、もはや難しい。世界の優良企業の若手新入社員に対する最大の不満は、話すこと、書くこと、聞くことなどの意思疎通能力が低いことにある。
☆何らかの才能を持つ人物は、やることを探しあてたのではなく、やることが何かを知ることに努めたから、その才能が直接訓練されたのである。また、「この程度で十分」と思った時点で、才能は水準を下降し始めて行く。
☆苦労を重ね習得した職業知識は、新しい業務として開発された仕事では無用となる。苦労を重ね習得した技能でも、消費者や買い手のニーズに適合して発展しなければ、無用となる。ところが、その技能基盤の上に発明された商品は少なくない。ただしその技能とは、「習うより、慣れろ」といったものではなく、具体化された鍛錬のことである。
☆社会で一人前に通用する才能は、およそ10年間の鍛錬が必要と言われ、「1万時間説」とも通じているようだ。この10年は、少し上のレベルの作業を毎回達成するまで追及し、紙を一枚ずつ積み重ねるようにノウハウを蓄積する過程と言われる。方向が独り善がりだと元も子もない。同レベルの作業を繰り返すことは鍛錬にならない。そして、通用するまでが、おもしろくないから、目移りする人も多い。一人前でなければ無である。
☆有能な経営者や経営幹部の才能は、経済的意思決定のミスが少ないことに尽きる。実家が事業家であるなど、幼少の頃から、自然と確率や統計の意味を教わり、実社会における非合理な意思決定を回避している。旧家の商売人、商売人の民族などに育った子供は、幼少期から商習慣、習わし、商道徳による成功の体験、戒めとしての失敗ストーリーを教わっているから、高い確率で経営の才能が開花する。だから、大学院クラスで、これらを学ばせたいとするニーズは世界中で根強いようだ。
☆伝統技能の教育訓練方式に、「守・破・離」というのがある。「守る」とは、師匠や先輩に教えられた通りに作業を行なえるという段階である。「破る」というのは、教えられた技能が出来るようになった後、これを破壊して教えられなかった作業まで自分で習得する段階である。出来もしないうちから破壊するものではない。そして、「離れる」とは、習い・破壊した作業の概念から離れて、一段上の創造的な仕事に進むことである。すなわち、師を超えることが重要なのである。これは、明治の産業革命以来、上からの資本投下で産業育成を行ってきた場合の、宛がい扶持(あてがいぶち)に基づく教育方式とは異なる。
☆発明やイノベーションに、「ひらめき」が役だった例がない。これらは、何時間もの思考と研究の結果に成されるもので、素人を説得する手段として「ひらめきの結果」とか、逸話に仕立てて、善意に説明しているにすぎない。ワットは蒸気機関をコンパクトに改良したのだが、これがすごかった。
☆ビジネススクールでの管理職博士号の学位(スウェーデンなど)は世界的新しい試みだ。ハーバードビジネススクールのMBAは過去のものになっている。イタリアの経営管理は、家内工業的なのか、なかなか表に学術理論として出てこない。
☆新しい物が発明され、それが次第に普及することによって売れなくなる物が出る。そのことで損害を受ける人たちが発生する。この人たちに対して、一定の保護を与えるといった考え方が成り立つはずだが、これが経済規制である。片や特許権は過去に発明をした企業の利益を保護することで、商品の安定供給をはかっている。世界経済で、この整合性が問い直されている。(中国市場を始め世界に商品を売るコツが…)
☆著作権法は、出版社の利害から生まれたものであり、著作者の保護が優先されていた時代には、著作権保護期間は(アメリカ独立の当初は13年間と)短かった。
☆擬似科学とは、本当の科学的権威をもっている人々へのアクセスを制限することによって、擬似科学者が、知識の権力的な性質を模倣・悪用するものである。これは科学とは著しく異なる。知識に関するあらゆる科学的な主張は、(少なくとも原理的には)、例えば、計算、測定、討論によって提供される公に理解可能な言葉に翻訳可能である。政府官僚やマスコミ論調の論理展開の誤りを発見するための一つの方法でもある。
☆事実との一致性が真理の定義を定めるもの、これに対して論理の一貫性が真理の基準を提供する。例えば、工学は物理学に「概念的に依存」しており、一方物理学は工学的な実践の成功を「潜在的に支配している」と言われている。これは仕事というものを論理的に組み立てる場合でも同じことだ。精神論は、ICT産業革命では失敗する。頭脳明晰と評価されていても、この一致性と一貫性でもって、知識偏重主義者の理屈かどうかを見破ることが出来る。
☆修辞学の近年の評価は:修辞的に効果があるスピーチ力は、聴衆を感動させる話し手の能力にあるといわれている。別の人が全く同じことをスピーチしても、聴衆を感動させることは出来ないから、修辞学とはそういうものである。修辞学とは、古代ギリシャ文化に基づく、人を誤魔化すための、詭弁学?と並ぶ弁舌法である。貴方の知り合いの、権威ある高学歴の年寄りたちは、修辞学に凝り固まっているかもしれない。
☆戦後アメリカの裁判での判断基準は変化しつづけて来た。1950年代は自由と民主主義、1960年代後半になると正義と公正が加わる。1980年代からは、正義や公正の前に判断や決定に至る「正当なプロセス」の有無が必要とされる。近年なれば、相互に配慮し合うことが民主主義の必須とされ、これからは、「積極的相互配慮の創造」を求められる。正義、道徳、結婚(同性愛)とかの判断を、中立的立場では論じ得ない(多面的正義論)と、さらなる変化は続く。
・重大事件:IMF(国際通貨基金)が干渉…
・「失われた10年」の30年目が…
・国の財政再建? そこには大きなジレンマが…
・民間の経営者センスを発揮して
・大量資本投資と事業規模では、もう負けている
・「お客様は神様」と念じても…
・要領無視:自分流仕事の人物
・(メルマガ100号記念・納涼記事)
猛暑を涼しくする発想=パラダイム転換
¶重大事件:IMF(国際通貨基金)が干渉…、
7月14日、消費税を15%にせよとの外圧を、日本政府に対してかけてきた。
これこそ、この10年の国内経済を左右する重大事件だ。
IMFといえば、米国ドル通貨を基軸とする要の機関であり、文書で要請してきたものだ。こういった動きは、国民の知らないところで起こっていたから、先の参議院選挙で、「唐突な争点」になったのだ。過去、隣の韓国などは、IMFからの干渉を受け、一挙に経済構造の激変を行わざるを得なくなり、地方の農民などが一挙に都市部に流入するなどして、現在のいわゆる格差社会に至ったのだ。当時も今も、韓国経済は厚みがないので、経済は国際化する一方であるが、国内経済は貧困化、結婚平均年齢が10年弱上昇、少子化を起こすなどの歪みを抱えてしまったことは、生々しい記憶である。
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-16293420100714
http://www.imf.org/external/japanese/np/sec/pn/2010/pn1087j.pdf
¶「失われた10年」の30年目が…
消費税の日本での論議は、誤解を覚悟で二元論的に言えば、「社会福祉に使うか、政府の一般会計に使うか」である。たとえ、公務員人件費20%ダウン、年金の高額部分支給延期(死亡時払い?)、累進課税、租税特別措置廃止などの政策がアイディアとして出されても、消費税を15%(10%アップ)は、現在の日本経済には重大事件、多大な悪影響を与える。
日本の景気は、伸びている海外取引が超極薄利益にも関わらず、回復の兆しと言われるほど弱々しいのが現実だ。国内景気は、どの個別企業も、社員を→契約社員へ、良くて人件費の安い新卒を採用、パートは時間給切り下げ、交通費支給は打ち切り…というほどに事業規模が収縮の一途をたどっている。ただし、正確にいえば、未だに旧態依然の感覚や論理で事業を行っている個別企業が、事実上の終息に向かっていると見た方が正確で、バブル崩壊直後は、中小企業庁曰く、=中小企業の倒産が経済調節弁=といっていたものが、今や大小を問わず調節弁となってきたのだ。
「失われた10年」と日本は評されるが、1991年からすれば、2001年は2回目の、2011年から3回目の、「失われた10年」を迎える見通しだ。
¶国の財政再建? そこには大きなジレンマが…
ところが、日本の場合、ヨーロッパ先進国のように、もとより年金水準が高く、労働者派遣業を早期に規制するなどで、庶民の生活水準を向上させた上での国家財政赤字とは、根本的に異なることを、新聞・マスコミは無知そのものなので、報道すら不可能なようだ。日本の場合は、産業や事業の最終消費である個人消費が、この20年の「失われた10年」×2回=20年によって、日本の経済規模に比較して疲弊し切っているから、その状況はEU諸国とは全く異なるのだ。
そもそも、人間の幸福感は主観的(奈良時代=干物と乾燥チーズは豪華グルメであった)な問題であるが、経済は発展度合いにおける安定したバランス配分の比較問題である。
≫個別企業で警戒が必要なことは、
どうあがいてみても消費税引き上げ分が、人件費勘定へのシワ寄せ、個人の可処分所得の減少となり、個人消費を極度に落ち込ませ、益々経済活動が低迷することである。個別企業が目先のコスト対策として取る行動は、人件費部分の外注化、契約社員やパートへの労働力の切り替えなどを進め、目先の人件費を削減する方向の対策ばかりが予想される。ところが、この目先の対策は即:焼け石に水となる。
≫そこには大きなジレンマがある。
確かに、消費税を導入しなければ、国の財政の破たんは目に見えている。
片や、政権が崩壊するので消費税を導入しないとなれば、それでも国の財政破たんは目に見えている。要するに、何れにしろ、破たんするのだ。
この類をマスコミは不安を煽るが、破たんすると分かっていれば、もう「安心出来る」のであって、何とか別の道を考えれば良いだけである。
≫個々人の生活でも同じこと。
光熱費まで切り詰めて生活費を節約する…それならば、デフレ時代の緊急対策として、住んでいる賃貸マンションの家賃の値下げを交渉しに不動産業者に電話した方が、よほど家計出費は浮いて来る。持ち家ならば処分して、収入と家計の流れを変えれば、生活は楽になる。踏み倒しは不道徳ではあるが、個人の豊かな生活(経済)を追及することなくして、新しい時代の経済構造は論じることは出来ない。
生活保護や雇用保険などのセーフティーネットを使わずに、労働者がひとえに、個別企業に頼られても困るのだ。
¶民間の経営者センスを発揮して
だとしても、日本経済回復処方箋の結論は、既に出されている。
今や、「高付加価値製品&高水準サービス」を商品提供する戦略は、
常識的となり、具体的な実行が待たれるのみである。
大手、中小、零細を問わず、海外出荷(直取引)に打ち出るとか、中国人富豪などの個人をターゲットにすれば良いのである。
素材産業や Made in Japan の物づくり、
新しい感覚の、外国人向けの観光産業
(雪や緑などの資源に限らず日本は清潔、礼儀正しく、親切のノウハウを持つ)、
アンチ・エイジ医療・介護・静養、
新食材・新料理・飲食その他の高水準の加工・供給サービスである。
こういった業種の人材育成にこそ、国や自治体が直接人件費補助(月10万円×3年間=詳細はメルマガ90号・下記URL記事の中ほど)するなどすれば、新時代の産業基盤が出来上がるのである。
http://soumubu1.blogspot.com/2009/10/blog-post.html
雇用調整助成金や中小企業融資のバラマキでお茶を濁していてはいけないのだ。セーフティーネットの拡充、高齢者の介護や医療、戦略なき経済政策といった「従来型の政府官僚の主導」には、先行き破たんしかない。
¶大量資本投資と事業規模では、もう負けている
日本は、オイルマネー、中国朝貢経済、シンガポールその他には、資本でも規模でも、もう負けている。日本企業が多国籍展開をするには、こういった海外巨大事業体に寄り添うしかなさそうだ。すでに、中途半端な個別企業は、中国等の外資に飲み込まれ、このままでは中堅企業は(手ごろに)乗っ取られてしまう。
たとえ国の財政破たんが起きようとも、個別企業が経営出来る道を真剣に考えなければならない。すなわち、明治以来の国家・政府というものにぶら下がって生きてきた経営方法から、ICT時代、別の方法に事業を切り替えることである。商人の旧家に伝わる家訓などが、なぜ勉強になるかといえば、滅亡した一族(民族)が、それ以外の哲学を用いたからに他ならないからである。
…………………………………………
日本で利益率の高い事業を行うには、
文化経済向上、
職業能力向上、
中堅企業育成、
安全都市・治安確保、
社会経済への男女参加、
日本独自文化育成などで、
「ブランドの島国:JAPAN」にするしかない。
…………………………………………
だから、このための人事施策・労働力確保が必要なのだ。
日本の労働力の中心は、猛烈に突っ走った団塊の世代以上の戦後年代ではない。
何をどう、おだてようが、その後の年代は、「既に敷かれたレールを、順調に歩くこと」しか知らないのである。学校を卒業し社会に出た途端、踊って狂って造花が咲いたバブル経済を経験した年代は、社会での生活力さえ失いかけている。「金融資本の活躍をもう一度」とばかりに、一攫千金の白昼夢を見ている者も、まだいる。
まるで、その人たちは、
会社の将来見通し、極貧生活脱出の見通し、片想いの恋愛見通しが立たないときに、占いに走るようなものである。
¶「お客様は神様」と念じても…
そういった精神論や宗教めいた意思統一で、業績向上するような、おめでたい時代ではない。お客様の発言の通りに何でも引き受けるのは、消費者目線ではない。
いわゆる「お客様」自身が、本来的には、「有益な新たな高付加価値製品や高水準サービスである新商品」、これを考えることは無理な話なのである。それは、近年の経営学では、常識的な理論となっている、今流行りのドラッガー経営学よりも後の学問発展段階でもある。
もとより、実態が消費者目線(=商品は文化経済でもある)に立っていないから、せいぜい、カユイところに手が届く程度のことで、ドラスティックな抜本的商品には至っていない。
▼商品が行き渡っていない地域
(過疎地販売、高齢者宅への配達、WEB販売)とか、
▼商品の販売形態
(小分で売る、色彩、簡易品、超高級品など)の程度なのである。
あなたの身近な例だと、
巷のコンサルタント会社が売り込んで来る社員教育のプログラムは、既にみんながよく知る代物ばかりであり、ちょっと毛色の違ったテーマが入っている程度で、新しい時代の戦略に対応しているとする代物は皆無だ。その理由は、みんながよく知る代物でないと、担当者が無難に飛びついてくれず、安定した売り上げが見込めないだけのことなのだ。
(実は、この新時代の社員教育に政府や自治体の支援が必要!)
消費者目線を持たない企画は、無い物ねだりの商品開発に等しい。
だからこそ、新しい時代の戦略にマッチした新事業を立ち上げることが出来ないのだ。このように分析するのが正解なのであって、今の時代、うかつに動こうとしない資産旧家や叩上げの商売人には、肌で感じるところの、失敗敬遠のブレーキがかかっているのである。
新事業とか起業などと念じるだけが、今流行の素人発想であるから、何も起こるはずがない。銀行を通じての資本投下がないからといって何も出来ないのは、実は旧態依然商品の販売促進事業に慣れっこになっている現状の証でもあるのだ。
ドラスティックな抜本的商品は、海外にも直販できる。
¶要領無視:自分流仕事の人物
こういった人たちは、先行き不安の時代になると目立って来る。
ここに、労働紛争のある程度の発生原因が存在する。一般的に、労働者の面子や人権に関わる事件は労働基準監督署に相談に行って、直属上司の鼻をあかしてやろうとなる。経営者や会社に対する怨みを持てば、労働組合の威力を借りて怨みを晴らそうとする。「他人に同調を求めるのは愚かだ」とゲーテが語るように、社会共同体の原則である、「統治権と統治義務」及び「私的所有と注意配慮義務」のルールでもって、未然に労働紛争を防ぎ、紛争が事件となれば、早期解決するしかないのだ。
そもそも、ある程度成功した個別企業には、
物事をうまく処理する手続きやコツである「要領」というものが存在する。それを表現する手法に、マニュアル、社内規則とか訓練カリキュラムなどが存在している。ところが、要領を無視して自分流の仕事の進め方を進める人物を生み出しているのも、明確な原因は不明だが、現代日本の学校教育や社内教育なのでもあるのだ。
知識偏重で仕事をする人物は、大学出身者の中にも数多く存在し、この自分流仕事の人たちの範囲に含まれている。大学教育が、ここ15年ほどは、過去の「学ぶ」場から、「学習トレーニング」の場に変わっているので、輪をかけているかもしれない。
そもそも、その会社の「要領」等というのを軽蔑して、人の話を聞こうとしない現象が現れる。あくまでも本人は自分流仕事であって、たまたま自分流仕事の8割程度が「要領」と一致しているだけのことである。だから、ある程度以上の仕事の発育は無い。
会社の「要領」等との不一致が多いと、業務に差し支え、普通解雇の対象にさえなる。本人が努力すればするほど、「要領」から遊離した作業を行うことになり、本人は正しいと思っているから他人を批判するに至り、さらに職場トラブルの原因を作り出す。
うつ病や統合失調症の精神疾患も生み出す。
これに中間管理職が対応する能力がなければ、職場の同僚同士の争いと見えてしまうのだ。同僚同士の一方が相手方を押さえつけようとすると、職場カルトにも発展する。
≫対処療法としては、
◎仕事全体を把握させ、そこでの作業境界設定と他作業との関連を認知させる。加えて、
◎仕事とは、過去の積み重ねのノウハウの上に、初めて成功することを叩き込むしかない。それでもダメなら、
◎個人行動が規律違反になることを理解(就業規則の禁止条項の整備が必要)させるといった応急措置しかない。
新しい時代の戦略に転換する場合は、残念ながら必ずと言ってよいほど、日本の終戦後にノイローゼが多発したように、適応不全のために精神疾患者は出て来る。
≫イギリスの老人介護施設の例
が、抜本対策として参考になる。何故か、その施設の介護士には、次々とうつ病などの精神疾患が現れ、職業柄、安全衛生上で対策を必要とした。それまでは、ケア・マネージャーが介護士に対して細かく仕事の指図をしていた。そこで、ケア・マネージャーの職務を、介護士が分からないことを質問して来た場合にのみ、アドバイスさせることにした。ケア・マネージャーから綿密な作業指示をするのではなく、介護士に現在の担当老人のケア計画を立てさせ、それを実行させたのだ。すると、精神疾患の発生が激減したのだ。ところが、介護士の労働密度は、およそ1.5倍と高くなった。業務改善の事前予測でも、労働密度の向上は介護士の不満を生み、労働紛争になるのではと懸念されたが、きわめて順調に良く安定しているとのレポートだ。これは大いに研究価値のあるケース、日本でも局所的には巷によくあるものである。
★(メルマガ100号記念・納涼記事)
猛暑を涼しくする発想=パラダイム転換
個別企業が立ち上がるには、総務人事部門の刺激が決定的だ。
仕事の素質能力向上に役立つ、新時代の戦略を現場で考える上で、気付いたものを羅列してみた。消費税の有無、財政再建可否のマスコミが仕掛けたジレンマの相手はしていられない。
【もちろん、科学的学術的裏付けのあるものばかりだ】。
☆ジャスト・イン・タイムからジャスト・イン・ケースへと、市場が変化するとともに、新しい時代の戦略には有効とされている。産業革命は市場の変化から起こる、それが今の、ICT産業革命である。
☆生産性の高い会社の働き方を現象面でみると、フィンランドでは午後3時に子供の習い事の送迎のために父親が退社するのはよくある話。隣の韓国は、経済規模、人材の質、職業教育の質などは薄っぺらいが、サムスンでは、社員が午後4時に退社、その後は能力向上の自己啓発のために通い、帰宅は夕刻6時である。
☆教育研究者(ベンジャミン・ブルーム)の調査によると、達人を生み出す家庭環境は、子供の育成支援を重視していたのみならず、両親は、強い職業倫理の会話、遊びよりも義務を果たす、目標を立て追及する、そして、「他者より秀でる、全力を尽くす、懸命に努力する、時間を建設的に使う、ということが何度も何度も強調されていた」としている。
☆戦後日本の多くの子供たちは、受験勉強をやりすぎて、知識増殖の思考パターン(知識偏重)に矯正されてしまったようだ。だから、自らの力で職業能力を向上させることは、もはや難しい。世界の優良企業の若手新入社員に対する最大の不満は、話すこと、書くこと、聞くことなどの意思疎通能力が低いことにある。
☆何らかの才能を持つ人物は、やることを探しあてたのではなく、やることが何かを知ることに努めたから、その才能が直接訓練されたのである。また、「この程度で十分」と思った時点で、才能は水準を下降し始めて行く。
☆苦労を重ね習得した職業知識は、新しい業務として開発された仕事では無用となる。苦労を重ね習得した技能でも、消費者や買い手のニーズに適合して発展しなければ、無用となる。ところが、その技能基盤の上に発明された商品は少なくない。ただしその技能とは、「習うより、慣れろ」といったものではなく、具体化された鍛錬のことである。
☆社会で一人前に通用する才能は、およそ10年間の鍛錬が必要と言われ、「1万時間説」とも通じているようだ。この10年は、少し上のレベルの作業を毎回達成するまで追及し、紙を一枚ずつ積み重ねるようにノウハウを蓄積する過程と言われる。方向が独り善がりだと元も子もない。同レベルの作業を繰り返すことは鍛錬にならない。そして、通用するまでが、おもしろくないから、目移りする人も多い。一人前でなければ無である。
☆有能な経営者や経営幹部の才能は、経済的意思決定のミスが少ないことに尽きる。実家が事業家であるなど、幼少の頃から、自然と確率や統計の意味を教わり、実社会における非合理な意思決定を回避している。旧家の商売人、商売人の民族などに育った子供は、幼少期から商習慣、習わし、商道徳による成功の体験、戒めとしての失敗ストーリーを教わっているから、高い確率で経営の才能が開花する。だから、大学院クラスで、これらを学ばせたいとするニーズは世界中で根強いようだ。
☆伝統技能の教育訓練方式に、「守・破・離」というのがある。「守る」とは、師匠や先輩に教えられた通りに作業を行なえるという段階である。「破る」というのは、教えられた技能が出来るようになった後、これを破壊して教えられなかった作業まで自分で習得する段階である。出来もしないうちから破壊するものではない。そして、「離れる」とは、習い・破壊した作業の概念から離れて、一段上の創造的な仕事に進むことである。すなわち、師を超えることが重要なのである。これは、明治の産業革命以来、上からの資本投下で産業育成を行ってきた場合の、宛がい扶持(あてがいぶち)に基づく教育方式とは異なる。
☆発明やイノベーションに、「ひらめき」が役だった例がない。これらは、何時間もの思考と研究の結果に成されるもので、素人を説得する手段として「ひらめきの結果」とか、逸話に仕立てて、善意に説明しているにすぎない。ワットは蒸気機関をコンパクトに改良したのだが、これがすごかった。
☆ビジネススクールでの管理職博士号の学位(スウェーデンなど)は世界的新しい試みだ。ハーバードビジネススクールのMBAは過去のものになっている。イタリアの経営管理は、家内工業的なのか、なかなか表に学術理論として出てこない。
☆新しい物が発明され、それが次第に普及することによって売れなくなる物が出る。そのことで損害を受ける人たちが発生する。この人たちに対して、一定の保護を与えるといった考え方が成り立つはずだが、これが経済規制である。片や特許権は過去に発明をした企業の利益を保護することで、商品の安定供給をはかっている。世界経済で、この整合性が問い直されている。(中国市場を始め世界に商品を売るコツが…)
☆著作権法は、出版社の利害から生まれたものであり、著作者の保護が優先されていた時代には、著作権保護期間は(アメリカ独立の当初は13年間と)短かった。
☆擬似科学とは、本当の科学的権威をもっている人々へのアクセスを制限することによって、擬似科学者が、知識の権力的な性質を模倣・悪用するものである。これは科学とは著しく異なる。知識に関するあらゆる科学的な主張は、(少なくとも原理的には)、例えば、計算、測定、討論によって提供される公に理解可能な言葉に翻訳可能である。政府官僚やマスコミ論調の論理展開の誤りを発見するための一つの方法でもある。
☆事実との一致性が真理の定義を定めるもの、これに対して論理の一貫性が真理の基準を提供する。例えば、工学は物理学に「概念的に依存」しており、一方物理学は工学的な実践の成功を「潜在的に支配している」と言われている。これは仕事というものを論理的に組み立てる場合でも同じことだ。精神論は、ICT産業革命では失敗する。頭脳明晰と評価されていても、この一致性と一貫性でもって、知識偏重主義者の理屈かどうかを見破ることが出来る。
☆修辞学の近年の評価は:修辞的に効果があるスピーチ力は、聴衆を感動させる話し手の能力にあるといわれている。別の人が全く同じことをスピーチしても、聴衆を感動させることは出来ないから、修辞学とはそういうものである。修辞学とは、古代ギリシャ文化に基づく、人を誤魔化すための、詭弁学?と並ぶ弁舌法である。貴方の知り合いの、権威ある高学歴の年寄りたちは、修辞学に凝り固まっているかもしれない。
☆戦後アメリカの裁判での判断基準は変化しつづけて来た。1950年代は自由と民主主義、1960年代後半になると正義と公正が加わる。1980年代からは、正義や公正の前に判断や決定に至る「正当なプロセス」の有無が必要とされる。近年なれば、相互に配慮し合うことが民主主義の必須とされ、これからは、「積極的相互配慮の創造」を求められる。正義、道徳、結婚(同性愛)とかの判断を、中立的立場では論じ得ない(多面的正義論)と、さらなる変化は続く。
2010/07/06
第99号
<コンテンツ>
・日本経済、益々の落ち込み、
・従来と違う新事業の立ち上げ!
・旧態依然の金融資本投下型の事業形態
・政府や金融資本投下の事業が前提の教育訓練
・緊急! 管理部門での能力養成の一例
・育児休業法改正を取り巻く論理
¶日本経済、益々の落ち込み、
大手企業の景況判断は大幅プラスとなったが、中小企業は依然と低迷している。ところが、所詮、景況判断とは雰囲気的な景気見通しだから、現代では意味もない。意味があった時代とは、政府や金融資本が大量の資本を投下し続けていた時代の判断基準だった。景気が持ち直した状況を示す具体的ニュース報道には至っていない。海外向けの輸出が好調といっても利益が出ているわけではなく、話題の新規事業といっても未だ軌道に乗らず、海外向けや新規事業の利益が経済全体に波及し、豊かさを増すまでには、まだまだ遠い道のりなのである。
正社員の減少・解雇は進行し続けでおり、一向に歯止めがかかっていない。ハローワークでのパート求人も、時給は下がり続け、交通費もカットといったものが急増している。
たとえ利益が出たといっても、契約社員制度、常用パートなどでもって、即戦力の労働者を確保するとともに、人材育成段階の労働者の育成費用をカットして、総額人件費を抑えた結果である。先日、契約社員の活用目的のヒアリング記事が某専門誌に掲載されていたが、ヒアリング7社すべてが、前述のような目的を答えている(運輸、卸売、ホテル、百貨店、情報通信、書店、コールセンター)。また社員の「会社の命運」を掲げての、(非効率な)サービス残業による「会社決算の帳尻合わせ」も、未だ流行している。これでは、将来の日本経済を支える人材育成基盤が先細りしてしまい、ある日突然、契約社員・社員の年齢と共に、個別企業が収縮してしまう危険がある。
¶従来と違う新事業の立ち上げ!
これしか日本経済を豊かに再生する道はない。マーケティングの視点から解説すれば、世界に住む人々と、海外から来る人を相手に、Made in Japanの商品提供をするしかないのだ。あくまで対象は「人々」である。
中国経済のような現代版「朝貢貿易」とか、世界の開発途上地域経済であっても、商品提供はあくまでも個人消費者を焦点(個人買手への最終供給方式)に絞って取引をすることが重要だ。そのことで政治的な損を防ぐことができるのだ。数千年の歴史を持つイタリア地方とか、世界に漕ぎ出すバイキングの北欧のマーケティング視点を見習う必要がある。
その重要なポイントは、高付加価値製品と高水準サービスの商品提供だ。これを日本国内で活発にする体制を抜本的に再構築・再創造する必要があるのだ。アメリカ方式のマーケティングは、(最終的には)米軍の軍事力の縮小が=取引の縁の切れ目の論理展開であることを、よく認識しておく必要がある。(世界的な三大経営管理論は、アメリカ、北欧、イタリアの三つである)。東に萎縮し続けるアメリカ、西に現代版朝貢貿易の中国、その立ち位置で豊かになる方法を考えなければならないのだ。海賊などの無法者も国際的情報ICT機関を所持する時代である。
¶旧態依然の金融資本投下型の事業形態
を、まだまだ真似ているようなパターンが多い。すなわち、大量資本投下 → 多大物量投下 → 予定売り上げ向上 → コスト削減で予定利回り確保といた道をたどり、それが富の飽和状態に到達すれば、サービス(服務作業)はカットされることになるといったパターンだ。
その背景には、消費者の目線を無視して、「これなら売れる」との規格商品を、利回り優先のマーケティングにかけ、目標達成の需要を喚起し、流通方式・交通手段をコントロールし、生産・流通コストを抑えて、代金回収を安定させることで、借入金に対する利息利回りを確保し、再び金融資本投下を呼び起こすといったスタイルであったからだ。ついこの間までの経営に関するビジネス書や経営学の流行は、すべてがこういった話ばかりであった。
A.サービス業と言われる業態の真髄は、サービス・レス(省く)であると久しく言われ続けて来たのである。
B.消費者の商品需要喚起のために心理学、文学、芸術、アイドルまでも利用した。
C.宅配サービスは、旧来の同業者間の競争に加え、異業種企業との市場争奪を日常化させた発明だった。
D.クレジットカードは、信販会社を通じて百%代金回収をあきらめた未回収損金を分散する発明であった。
こういった本質に注目しておかないと、これからの時代で通用する新事業を企画することは出来ない。表向きの経営学では教えて来なかったものばかりだ。「戦略的」と口にするだけでは具体性はない。
¶政府や金融資本投下の事業が前提の教育訓練
が業務をこなすために労働者に施されて来たのであった。だから、根本的に消費者目線の需要を促進するとか、消費者目線での消費を促進するための、労働者の能力開発にはなっていない。
テーラーシステム(科学的管理法:作業計画と作業実施を分離したことが発明)やTWI監督者訓練(やって見せて、やらせて見せて、できたところを誉めて、出来ないところのコツを教える:戦前のハーバード大学)をはじめ、ドラッガーの経営学、アメリカのSQC(日本ではこれがTQCに改訂)、アメリカ発のICT系経営管理方式、最近流行の北欧方式、そのいずれであっても、「今や金融資本の大投資」が見込めなくなった時代を前提とせずに、ただ単に真似る(学ぶ)だけであれば、何をしようが失敗をするのは当然である。
例えば、
イントラネット依存で意思統一の不具合、
主軸のないコミュニケーション促進で職場の気まずさの増加、
部下への間違ったアドバイスと数値一辺倒チェックによる意欲喪失、
ノー残業Dayで非効率な風呂敷残業増加などである。
歴史的には、
空想的社会主義者の代表である英国のオーエンは、紡績業者であったが、当時の工場で働く女工たちに競争とか品質向上の意識を持たせるために、グループ内の優秀者には小旗を立てて、その作業ぶりを誉めて称えたのである。ソビエト革命後、テーラーシステムをヒントにして、レーニンが世界に先駆けて小集団管理「НОТ(ノット)」を導入、一挙に農業国から工業国への転換を図った。戦前日本では、満州国建国からスタートした戦時経済体制のために、ケインズ経済からヒントを得た社会主義計画経済を、(元総理大臣の)岸、大平らが導入、「日本は社会主義経済だ!」と実態評価される戦後経済の礎を築いた。
すなわち、「道具は使いよう」であり、時代環境に合わせた、手練手管なのである。
¶緊急! 管理部門での能力養成の一例
個別労働紛争向けの「あっせん代理人育成プログラム」の例であるが、貴方の知っている社員教育とは異なるから、各段階の養成項目に注目してほしい。
1.知識習得:学習したことの記憶を助ける
従業員代表の選出が必要な場合は、どんなときですか?
2.理解能力養成:学習したこと理解を助ける
懲戒解雇と普通解雇は、どこに差異がありますか?
3.適応能力養成:ある情報を違う場面に応用する
整理解雇の四要件は、恣意的解雇の排除に役立ちますか?
4.分析能力養成:異なった事柄を明確に分離する
あっせん機関での和解と、裁判所での訴訟上の和解はどう違いますか?
5.統合能力養成:創造力が必要な問題を解決する
部下に対するイジメの発見を向上させる方策は、業務システムの面では、どういった変更が考えられるか例示してみましょう。
6.評価能力養成:複数の基準で適切な判断をする
人事評価制度による労働条件の切り下げは、賃金、退職金、労働時間、労働意欲、労働密度、職場人間関係その他労働契約に、どのように関わりますか?
この例示は、
人事総務部門の最高級幹部クラスを養成する場合に効果があるもので、社員としてのスキル習得・能力向上訓練である。こういったものが、日本の社員教育で教えていなかった「帝王学?」に通じる教育訓練である。ただし、使い道を誤ると極めて危険だ。
内容習得には、ある程度は自己学習で、ある程度はグループ学習で、ところが大半はケースメソッド方式などの訓練が必要な代物である。ケースメソッド方式は、個別企業内部で行なえば、参加者の劣等感を増殖し、精神的イジメ教育と揶揄される危険が必至である。それほど効果があるのだ。だから、社外機関での実施を前提にしての教育訓練、それも日本で導入するなら、手始めに大学院とか公的機関から実施することが望ましい代物だ。
ところが、フィンランドでは、これに似通った方式を、意思疎通向上の名目のもとに、小学生から実施しているのだ(フィンランド・メソッド:英才教育を避けるグループ教育)。だから、残念ではあるが、生産性の高い労働者教育では、現在の日本では勝てるはずがないのだ。子供の時からの教育が必要で、今年から始めても15年後にしか実らない。
ただし、フィンランドの人口は530万人、北欧全体では約2000万人だから、今の日本でも、もう数年は余裕があるのだ。
¶育児休業法改正を取り巻く論理
6月30日から、改正法の施行であるが、堅苦しい法令の表向き遵守だと、とりわけ女性社員と矛盾を起こしてしまう。それほど今回の改正はインパクトが強い。
今まで、間に合わせ程度の労働力として女性社員を採用しているのであれば、有能な女性社員の実績、提供できるはずの商品供給が進まないばかりか、育児休業や6時間労働義務化がトラブルや解雇事件を引き起こしてしまうことになる。この種の労働事件は、個別企業側に勝ち目はない。裁判が起こされる前に、紛争調整委員会の調停に持ち込まれて出頭義務を課せられることが予想される。
時代は変わりつつあるが、日本社会の構造も一挙に転換するからと、本当に割り切ってしまうしかない。個別企業が費用を掛けて育児休業法改正に抵抗するのか、それとも時代の経営環境の波に早く乗ってしまうのかである。だとしても、個別企業で予備の人員増は無理である。派遣会社に頼んでも、適切な短期派遣スタッフがいる訳もない。
そこで抜本的に考えてみると、すなわち、産休、育休、時短などの育児によって職業能力の習得が中断されるとか、育児退職で能力習得・発揮までに中途半端に辞めてしまうところに原因があると思われるので、こういった不安定な立場を改善して女性社員にも能力向上してもらうしかない。どうしても能力向上したくない女性は、ほぼ出産退職するから、当面心配はいらない。
具体的には、その応急措置のために、残業が付きものの業務とか、締め切りを迫られる業務を、日頃から徐々にアウトソーシングをしておく方法がある。アウトソーシングをすれば、担当窓口の女性社員の能力と質が向上することは実証済みである。本質は、女性社員にいつまでも、同じ作業ばかりさせてでは、業務改善もなくでは、能力低下を起こしてしまうのである。その上で、職場の保育所、公営保育所の充実が、功を奏するのだ。
・日本経済、益々の落ち込み、
・従来と違う新事業の立ち上げ!
・旧態依然の金融資本投下型の事業形態
・政府や金融資本投下の事業が前提の教育訓練
・緊急! 管理部門での能力養成の一例
・育児休業法改正を取り巻く論理
¶日本経済、益々の落ち込み、
大手企業の景況判断は大幅プラスとなったが、中小企業は依然と低迷している。ところが、所詮、景況判断とは雰囲気的な景気見通しだから、現代では意味もない。意味があった時代とは、政府や金融資本が大量の資本を投下し続けていた時代の判断基準だった。景気が持ち直した状況を示す具体的ニュース報道には至っていない。海外向けの輸出が好調といっても利益が出ているわけではなく、話題の新規事業といっても未だ軌道に乗らず、海外向けや新規事業の利益が経済全体に波及し、豊かさを増すまでには、まだまだ遠い道のりなのである。
正社員の減少・解雇は進行し続けでおり、一向に歯止めがかかっていない。ハローワークでのパート求人も、時給は下がり続け、交通費もカットといったものが急増している。
たとえ利益が出たといっても、契約社員制度、常用パートなどでもって、即戦力の労働者を確保するとともに、人材育成段階の労働者の育成費用をカットして、総額人件費を抑えた結果である。先日、契約社員の活用目的のヒアリング記事が某専門誌に掲載されていたが、ヒアリング7社すべてが、前述のような目的を答えている(運輸、卸売、ホテル、百貨店、情報通信、書店、コールセンター)。また社員の「会社の命運」を掲げての、(非効率な)サービス残業による「会社決算の帳尻合わせ」も、未だ流行している。これでは、将来の日本経済を支える人材育成基盤が先細りしてしまい、ある日突然、契約社員・社員の年齢と共に、個別企業が収縮してしまう危険がある。
¶従来と違う新事業の立ち上げ!
これしか日本経済を豊かに再生する道はない。マーケティングの視点から解説すれば、世界に住む人々と、海外から来る人を相手に、Made in Japanの商品提供をするしかないのだ。あくまで対象は「人々」である。
中国経済のような現代版「朝貢貿易」とか、世界の開発途上地域経済であっても、商品提供はあくまでも個人消費者を焦点(個人買手への最終供給方式)に絞って取引をすることが重要だ。そのことで政治的な損を防ぐことができるのだ。数千年の歴史を持つイタリア地方とか、世界に漕ぎ出すバイキングの北欧のマーケティング視点を見習う必要がある。
その重要なポイントは、高付加価値製品と高水準サービスの商品提供だ。これを日本国内で活発にする体制を抜本的に再構築・再創造する必要があるのだ。アメリカ方式のマーケティングは、(最終的には)米軍の軍事力の縮小が=取引の縁の切れ目の論理展開であることを、よく認識しておく必要がある。(世界的な三大経営管理論は、アメリカ、北欧、イタリアの三つである)。東に萎縮し続けるアメリカ、西に現代版朝貢貿易の中国、その立ち位置で豊かになる方法を考えなければならないのだ。海賊などの無法者も国際的情報ICT機関を所持する時代である。
¶旧態依然の金融資本投下型の事業形態
を、まだまだ真似ているようなパターンが多い。すなわち、大量資本投下 → 多大物量投下 → 予定売り上げ向上 → コスト削減で予定利回り確保といた道をたどり、それが富の飽和状態に到達すれば、サービス(服務作業)はカットされることになるといったパターンだ。
その背景には、消費者の目線を無視して、「これなら売れる」との規格商品を、利回り優先のマーケティングにかけ、目標達成の需要を喚起し、流通方式・交通手段をコントロールし、生産・流通コストを抑えて、代金回収を安定させることで、借入金に対する利息利回りを確保し、再び金融資本投下を呼び起こすといったスタイルであったからだ。ついこの間までの経営に関するビジネス書や経営学の流行は、すべてがこういった話ばかりであった。
A.サービス業と言われる業態の真髄は、サービス・レス(省く)であると久しく言われ続けて来たのである。
B.消費者の商品需要喚起のために心理学、文学、芸術、アイドルまでも利用した。
C.宅配サービスは、旧来の同業者間の競争に加え、異業種企業との市場争奪を日常化させた発明だった。
D.クレジットカードは、信販会社を通じて百%代金回収をあきらめた未回収損金を分散する発明であった。
こういった本質に注目しておかないと、これからの時代で通用する新事業を企画することは出来ない。表向きの経営学では教えて来なかったものばかりだ。「戦略的」と口にするだけでは具体性はない。
¶政府や金融資本投下の事業が前提の教育訓練
が業務をこなすために労働者に施されて来たのであった。だから、根本的に消費者目線の需要を促進するとか、消費者目線での消費を促進するための、労働者の能力開発にはなっていない。
テーラーシステム(科学的管理法:作業計画と作業実施を分離したことが発明)やTWI監督者訓練(やって見せて、やらせて見せて、できたところを誉めて、出来ないところのコツを教える:戦前のハーバード大学)をはじめ、ドラッガーの経営学、アメリカのSQC(日本ではこれがTQCに改訂)、アメリカ発のICT系経営管理方式、最近流行の北欧方式、そのいずれであっても、「今や金融資本の大投資」が見込めなくなった時代を前提とせずに、ただ単に真似る(学ぶ)だけであれば、何をしようが失敗をするのは当然である。
例えば、
イントラネット依存で意思統一の不具合、
主軸のないコミュニケーション促進で職場の気まずさの増加、
部下への間違ったアドバイスと数値一辺倒チェックによる意欲喪失、
ノー残業Dayで非効率な風呂敷残業増加などである。
歴史的には、
空想的社会主義者の代表である英国のオーエンは、紡績業者であったが、当時の工場で働く女工たちに競争とか品質向上の意識を持たせるために、グループ内の優秀者には小旗を立てて、その作業ぶりを誉めて称えたのである。ソビエト革命後、テーラーシステムをヒントにして、レーニンが世界に先駆けて小集団管理「НОТ(ノット)」を導入、一挙に農業国から工業国への転換を図った。戦前日本では、満州国建国からスタートした戦時経済体制のために、ケインズ経済からヒントを得た社会主義計画経済を、(元総理大臣の)岸、大平らが導入、「日本は社会主義経済だ!」と実態評価される戦後経済の礎を築いた。
すなわち、「道具は使いよう」であり、時代環境に合わせた、手練手管なのである。
¶緊急! 管理部門での能力養成の一例
個別労働紛争向けの「あっせん代理人育成プログラム」の例であるが、貴方の知っている社員教育とは異なるから、各段階の養成項目に注目してほしい。
1.知識習得:学習したことの記憶を助ける
従業員代表の選出が必要な場合は、どんなときですか?
2.理解能力養成:学習したこと理解を助ける
懲戒解雇と普通解雇は、どこに差異がありますか?
3.適応能力養成:ある情報を違う場面に応用する
整理解雇の四要件は、恣意的解雇の排除に役立ちますか?
4.分析能力養成:異なった事柄を明確に分離する
あっせん機関での和解と、裁判所での訴訟上の和解はどう違いますか?
5.統合能力養成:創造力が必要な問題を解決する
部下に対するイジメの発見を向上させる方策は、業務システムの面では、どういった変更が考えられるか例示してみましょう。
6.評価能力養成:複数の基準で適切な判断をする
人事評価制度による労働条件の切り下げは、賃金、退職金、労働時間、労働意欲、労働密度、職場人間関係その他労働契約に、どのように関わりますか?
この例示は、
人事総務部門の最高級幹部クラスを養成する場合に効果があるもので、社員としてのスキル習得・能力向上訓練である。こういったものが、日本の社員教育で教えていなかった「帝王学?」に通じる教育訓練である。ただし、使い道を誤ると極めて危険だ。
内容習得には、ある程度は自己学習で、ある程度はグループ学習で、ところが大半はケースメソッド方式などの訓練が必要な代物である。ケースメソッド方式は、個別企業内部で行なえば、参加者の劣等感を増殖し、精神的イジメ教育と揶揄される危険が必至である。それほど効果があるのだ。だから、社外機関での実施を前提にしての教育訓練、それも日本で導入するなら、手始めに大学院とか公的機関から実施することが望ましい代物だ。
ところが、フィンランドでは、これに似通った方式を、意思疎通向上の名目のもとに、小学生から実施しているのだ(フィンランド・メソッド:英才教育を避けるグループ教育)。だから、残念ではあるが、生産性の高い労働者教育では、現在の日本では勝てるはずがないのだ。子供の時からの教育が必要で、今年から始めても15年後にしか実らない。
ただし、フィンランドの人口は530万人、北欧全体では約2000万人だから、今の日本でも、もう数年は余裕があるのだ。
¶育児休業法改正を取り巻く論理
6月30日から、改正法の施行であるが、堅苦しい法令の表向き遵守だと、とりわけ女性社員と矛盾を起こしてしまう。それほど今回の改正はインパクトが強い。
今まで、間に合わせ程度の労働力として女性社員を採用しているのであれば、有能な女性社員の実績、提供できるはずの商品供給が進まないばかりか、育児休業や6時間労働義務化がトラブルや解雇事件を引き起こしてしまうことになる。この種の労働事件は、個別企業側に勝ち目はない。裁判が起こされる前に、紛争調整委員会の調停に持ち込まれて出頭義務を課せられることが予想される。
時代は変わりつつあるが、日本社会の構造も一挙に転換するからと、本当に割り切ってしまうしかない。個別企業が費用を掛けて育児休業法改正に抵抗するのか、それとも時代の経営環境の波に早く乗ってしまうのかである。だとしても、個別企業で予備の人員増は無理である。派遣会社に頼んでも、適切な短期派遣スタッフがいる訳もない。
そこで抜本的に考えてみると、すなわち、産休、育休、時短などの育児によって職業能力の習得が中断されるとか、育児退職で能力習得・発揮までに中途半端に辞めてしまうところに原因があると思われるので、こういった不安定な立場を改善して女性社員にも能力向上してもらうしかない。どうしても能力向上したくない女性は、ほぼ出産退職するから、当面心配はいらない。
具体的には、その応急措置のために、残業が付きものの業務とか、締め切りを迫られる業務を、日頃から徐々にアウトソーシングをしておく方法がある。アウトソーシングをすれば、担当窓口の女性社員の能力と質が向上することは実証済みである。本質は、女性社員にいつまでも、同じ作業ばかりさせてでは、業務改善もなくでは、能力低下を起こしてしまうのである。その上で、職場の保育所、公営保育所の充実が、功を奏するのだ。
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