2018/06/05

第194号:「フェアで卑怯を許さない運営。
そのシステム」で、企業も地域も再建できる。

<コンテンツ>
「働き方改革と」いっても
 底流に流れる本質的なところに手をつけずして、それはありえない。


ICT産業革命時代 成長させる組織運営のあり方とは
   ・その ドラスティックな戦術方針は
   ・その具体的運営システムのアクション方法とは
   ・その運営システム起源は、どこにあったのか。
   ・ある意味少なくとも、日本経済を成長させた原動力は

株式会社総務部の新サービス 開始します。
   社内に 仕事が楽しい という環境 と 雰囲気づくり
   企業文化のエキスパートが、携帯電話で相談に応じ アドバイス
   【新サービスの、契約内容と契約項目】


§「働き方改革と」いっても
底流に流れる本質的なところに手をつけずして、それはありえない。

中間管理職などの無駄な業務が、日本における長時間労働や無駄な時間外労働の根源になっていることは否めない。ここがキーポイントで、企業が成長するには法律よりもここの対策だ。法律で改革が通用するのは、公務員制度である。民間企業は労働規約で成り立っている。
2008年リーマンショックの後、
アメリカでは従業員の労働意欲を立て直すために、中間管理職などの無駄な業務を一挙に削減した企業が多い。
本来の仕事の態度ではなく、官僚的な事務手続を中間管理職が躍起になって守ろうとしていると、その時の経営者は判断したのだ。その項目を、当時の研究から羅列してみると、

(上級管理職が取っていた行動)
‡業務改善を目的とした会議を運営する。
‡雑務への対応やメール返信をする。
‡中間管理職段階の取り組みを監視、調整する。
‡実務上の問題解決や火消しを行う。
‡従来の仕事のやり方を押し付ける。

(中間管理職が時間と労力を傾けていた事柄)
‡上級者との会議を行う。
‡部下に判断の根拠を求めそれを精査する。
‡業務活動の報告方法を決めて、それに従わせる。
‡詳しい進捗報告を部下に頻繁に求める。
‡同一の政策に複数の責任者を割り当てる。

(中間管理職が現場リーダーにさせていた事柄)
‡書類や資料を完成させる。
‡意思決定への了承を、上司に取り付ける。
‡業務報告用のデータを作成させる。
‡顧客からの問い合わせを中間管理職に取りつがせる。

(ブルー・オーシャン戦略論文集、 2018年1月17日、ダイヤモンド社)
http://amzn.asia/fOcLMdE

ここでも、「フェアで卑怯を許さない運営」を柱としたシステム改革のプロセスと同じく、職場内民主主義とは異なっている。コンセンサスや意思形成をするためのプロセスは、外部のコンサルタントに任せたそうだ。
その改善されたシステムのプロセスとは、すべての構成員の「個人」を尊重してアイデアを提出(生産性と報酬増につながる)してもらい、そのアイデアの実現にチャンスを与えることであった。
最も優れたアイデアを目指して、互いに「個人」を認め合った上での「共同性運営」を基本としている。基本的論理構成は“ドラッガーやシューペンター”に共通する経営哲学であった。すなわち今日の日本流に言えば、「フェアで卑怯を許さない運営」に相当する内容となる。
§ICT産業革命時代 成長させる組織運営のあり方とは
─── その ドラスティックな戦術方針は ───
「フェアで卑怯を許さない運営システム」でもって個別企業の再建を図ることである。
イ)このプロセスは職場内民主主義とは異なる。合意による意思決定では無い。和を重んじるとか意見や興味を調整して丸く収める邪道では、どうしても“フェアでない卑怯者”の入る余地が生まれる。すると、個別企業の経営者も労働者もが集結して、共同で事を成す目的の根本が破壊されてしまうからである。昼夜を問わず経営者一人・数人の担当者が力説したところで、時間の経過と共に組織の老害化を招き浄化できなくなるからである。
ロ)その運営システムのプロセスとは、すべての構成員の「個人」を尊重してアイデアを考え(生産性と報酬増につながる)てもらい、そのアイデアにチャンスを与えることである。
ハ)意思決定のキーポイントは、そのアイデアが優れているかどうかであって、決してコンセンサスが得られるか否かではない。最も優れたアイデアを産み育てるためのプロセスだから、一人だけが主張するアイデアだとか、多数が主張するアイデアだとか、そういった支持率の多さも関係ない。
ニ)最も優れたアイデアを目指して、互いに「個人」を認め合った上での「共同性運営」は、知的生産やArt域労働を持続促進させる有力な戦術となる。
ホ)ところで、今の日本において注意しなければならないことは、「共同性運営」が結果において、「画一的運営」が表面面が似ていることから、プロセスの違いを度外視して同一物と見てしまう浅はかさの存在に注意しなければならない。画一的運営とは、「個人」を認め合わない代物だから当然に異質物の排除を起こそうとし、パワハラ・セクハラも画一的組織のための「潤滑油?」などとの必要悪だといった偽善者ぶることにハマるのである。その口先は、本来は裏付けである証拠としかなりえない事実とか理屈を、ことさら持ち出して、「結果が同じなら、すべてオーライ all right!」だと言い逃れて、ゴマ化そうとする。とにかく、共感作用に基づく合意形成をしようとしない。
ヘ)経営者や管理職が、意思決定を行うこと或いは方針や定義を決める権限を守ること、こういった権限を失うことではない。それは個別企業構成員(メンバー)自身が、一個人として評価されたいと望み、
「人材や人的資産だけ的な評価をされたくないし、自分の知性を尊重してもらいたい」
とする意欲啓発にも通じることになるわけだ。
─── その具体的運営システムのアクション方法とは ───
☆①【参加してもらうこと】
 より「個人」一人ひとりの存在について尊重するために、個別企業構成員(メンバー)に影響が及ぶ意思決定について、意見を求め、アイデアや仮説を交換し合う。反対意見を奨励することで、誰もが真剣に考え「共同性運営」を通じて知的生産やArt域労働を向上させる。個別企業構成員(メンバー)が、より優れた意思決定に尽力することで、それを実行する場面において個別企業構成員(メンバー)の意欲はおのずと高まる。
 さらに、プロセスを知ることは、部下や後輩に説明できるといったことである。プロセスを知ってもらえば、仕事の協力者になってもらえる。“出来るとか、正解を知っている”だけでは、スキルを伸ばすことはできない。Art域労働にいたるレベルアップには欠かせない。パフォーマンスの域に達するのは孤独な職人仕事に過ぎず、それこそAI人工知能が取って代わる能力なのだ。

☆②【意思決定の説明文書】
 「なぜ、このような意思決定に至ったのか」、
その理由を個別企業構成員(メンバー)が理解すること。それは、意思決定の根底にある考え方や根拠を説明することは、あえて個別企業構成員(メンバー)の意見を考慮して、事業採算から考えて意思決定を下したことを、納得してもらうためである。“言った言わない”とか“人によって言うことが違う”といった事態を引き起こさないために、フェアな行為の証として説明文書が必要である。すると、メンバーからすれば、自分のアイデアが却下されたとしても、フェアな形での説明とその文書があれば不信感を抱くことはないのである。文脈に創意工夫を加えることで人間の行動が変化することは、行動経済学の定説である。加えて、それは意思決定に係る学習のフィードバックとなり、それを実行する場合の重要な企業武器となる。とりわけ、正直、謙虚、高潔、相互尊重と一般に表現されるような「持続性のある価値観」の存在が個別企業運営の要となる。

☆③【共同性運営で期待することを明瞭に盛り込む】
いわゆるコントロールして集約していくには、その意思決定に基づく、新しいルールが必要となる。それは戦術方針の中身よりも
 a)“目的やその中間目標”
 b)“誰が何に責任を持つのか”
 c)“どのような基準で評価して従前と異なるのか”
 d)“共同性に反するとか失敗の場合のペナルティ”
の4項目を、必ずスケジュール書面に盛り込むことである。
それによって、個別企業構成員(メンバー)が、「自分たちには、共同性運営から何を期待されているのか」を具体的に理解することとなり、メンバー同士の政治的な駆け引きやエコヒイキは鳴りを潜め、個別企業構成員(メンバー)の仕事に、各は集中できることとなるのである。

~ここに述べた内容は、日本では少なくない中小企業が、部分的ではあるけれど取り入れている。それは、金融機関や大手企業の官僚主義者的な「現場体験から遊離した経営方針」を採っていないからである。海外のこういった先進的事例は、工場ごとに策定される戦術方針が、企業外部からの「結論よりも法手続きによるプロセス重視」といった国家や裁判所の国全体の政治経済社会体制の影響を受けることで、高収益企業として20世紀末から発生してきている。
ところが日本で、今日まで大々的に取り入れられなかった原因のひとつは、「フェアで卑怯を許さない運営システム」が科学的に学問的に解明されていなかったからである。そして各国の研究でも、「経済合理性」といったもので物事の理屈付けをすればするほど、個別企業構成員(メンバー)の信頼と協力は得られなくなると結論づけている。
─── その運営システム起源は、どこにあったのか。 ───
1970年代の半ばになって、アメリカで新たな「法手続き主義の概念paradigm」に基づく司法判断が現れ、1980年代になって世界に広まり、当時、日本の最高裁にも導入され、現在の仕事や企業の業務運営をめぐる労働裁判でも定着している概念である。
すなわち、端的に示すと、
☆「“フェアで卑怯を許さない”といった内容を、
“法令や判例に定める手続きを行わなければ、たとえそれが正義だとしても効力を認めない。”
といった概念paradigm」
とのことなのである。
☆日本の最高裁判例で典型な概念を解説したものを次に示すと。
これはすでに労働契約法にも取り入れられている概念である。“整理解雇”と“不利益変更”の2つを通して言えることは、「まず最初に説明をしたのかどうか」の点検をして、そして「フェアな方法で物事を進め説明なり納得を得たのかどうか」といった具体性を裁判で問うものとなっている。

≪整理解雇の4要件(労働者への説明義務)≫
①整理解雇が避けられないほど経営が悪化しているなど、その必要性があること。
②配置転換、希望退職の募集などを行い整理解雇を回避する努力をしたこと。
③合理的な基準に基づいて整理解雇の人選を行ったこと。
④労働者に説明して了解を求めたり、労働組合と協議するなど、労働者の納得を得られるよう努力したこと。
……4要件とは“4つの要素の総合判断”ではなく、4つの要件すべてを満たすこととしている。

≪最高裁の労働条件不利益変更7要件(労働者への説明と納得させる義務)≫
①変更による不利益の程度はどんなものか
②変更の必要性の内容・程度は何になるのか
③変更後の就業規則の社会的相当性があるのか
④代償措置、労働条件の改善状況はどのようにされたか
⑤労働組合その他との交渉の経緯は道理が通っているか
⑥他の労働組合又は従業員の対応はどうなっているのか
⑦わが国における一般的状況に照らしてどうなのか
……ただし、最高裁は、この7つの基準を総合的に判断すべきであるとし、社会通念上の労働者の納得をえることを義務付けている。ただし、裁判所の言う社会通念とは、裁判官の判断に委ねられているから注意が必要だ。

ところで、アメリカの多国籍企業の経営者たちは大々的に、この「プロセスに力点を置いた運営システム」を採用した。特に当時は、海外子会社と本社との信頼関係を築く目的を持っていたようだ。「会社のシステムを信頼し、惜しみ無く協力するのは、損得勘定からではなく、こういった公正なプロセスによる」としたのである。
ここは日本の大手企業の官僚主義とは決定的な差が存在するポイントだ。すなわち、底流に存在する官僚主義が、日系大手企業社員の労働意欲減退とも符合するわけだ。
それは、「働き型改革?」の法律案の底流に流れる、
①年功により能力や経験の向上での賃金、(これは労働力skillだけに限る体系では無い)
②終身近くまでの雇用保障、(50歳定年時代当時の平均寿命は61歳だと計算)
③厚生年金という国家的な定年の場合の“手切れ金”制度
~といった戦前からの損得勘定システムの変形を、一気にイメージ変更として迫ることからの、「指示待ち労働者」特有の肌感覚から湧いて出る、「労働意欲減退」との側面も見逃してはならない。雇用対策法の改正には、賃金の職務給制度への変更(ここが肝)が入っている。
─── ある意味少なくとも、日本経済を成長させた原動力は、───
働くことを労働力skillに限定しようとしなかったし、社会の生涯雇用保障そして引退時点の手切れ金(退職金と年金)といったビジョンは、たとえ夢物語だとか実現不可能な不甲斐なさが存在したとしても、ビジョンにはこだわっていた。
ここに、
①「フェアで卑怯を許さない運営システム」でもって、企業も地域も再建できる原動力が産み出されるという根拠なのだ。
②そこへ、「意欲・感動・希望」が一体となった固有文化価値商品を、すなわち商品にArt域労働を加えることで、「安定供給→需要」が確保できるというわけである。
くれぐれも必要なことは、
経済の根幹を見極める、科学的な経済学を念頭に置いておくということだ。
株式会社総務部の新サービス 開始します。
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契約内容と契約項目はこちら。
http://www.soumubu.jp/20180525CPNewService.pdf

¶総務部門のIT機器は不評だ。
実際には、パソコンを使っての経理ソフトとか給与ソフト、社会労働保険申請などのIT機器とかAI人工知能システムは、中小企業では結構使われていない。一見、経済誌などに掲載され、企業の間接部門業務はICT化に向け大変革するなどと、持てはやされるけれど。そして、やっぱりスマホは、スマホ独自の便利さで広まっているだけである。
クラウドコンピュータといった、ネット回線で動くシステムも少しは安価になったものの、パソコンソフト同様に最新ソフトであっても、やはり「かなりは眠っている」状況だ。
「これでもう楽々便利に出来る」
といったクラウド=ネットシステムの話題でもって、テレビ宣伝を増加させるなどしているが、伸び悩んでいる模様。事実、ここ数年の新規参入業者でも、やはり「お客様相談センター」開設だとか、営業強化で「社労士の代理店募集」を行い始めた。

¶そんな末路に、毎度ながら、陥っている原因は、ハッキリしている。
ITとかAI人工知能のシステム技術者は、税制とか社会保障制度の現実対応ができない。その開発知識の源となる、個々中小企業一般の、「現実運用と法律の基本理念を“併せて”」プログラムに組み込む知識と知恵がないからである。IT企業のシステム技術者は、税法、社会労働保険法そして労働基準法が法令で想定している物事、それだけに限ってプログラムに組み込もうとする。否、その法令の理念や想定自体が理解できていなくても売れれば良いとの思考に陥るケースは否めない。給与計算ソフトであれば、個別企業の給与体系が、四の五の言わずに計算ソフトの都合に従わされている、だから様々の名称の手当項目が増え続けるのだ。(なお、労基法の労働時間計算は、加減乗除ではなくマトリクス計算であること自体、これがIT企業のシステム技術者には見抜けない)。
だから、現実に経理事務を行っている担当者からすれば、本当にそれで良いのかが不安で仕方がない。そういった必然的課題がブレーキをかけているのだ。すると経理担当者は、“よく知っていそうな昔からの人”に聞くしかないのである。挙句そして再び、ITとか電子申請から離れていくのである。
どうしても、正解なのか有能なのかは度外視して、
「現実運用と法律の基本理念を“併せて”」の対処方法を知っていそうな人に
頼らざるを得ないのが現実なのだ。こういったことから、IT企業のシステム技術者による机上の想定で、クラウド=ネットシステムの経理ソフトとか給与ソフトそして社会労働保険申請のためのIT機器商品は広がらないことになっている。パソコンを最初に普及させた時代(企業向けは、ダイワボウ情報システム)から、事業用に使うシステムのソフト面の課題は解決できていないのである。まして、団塊の世代の総務経理の実務者が大量に職業引退しつつある。

¶嫌なことに、「専門家が間に介在すれば→費用がかかる」
といった中小企業事業者側の要望に、日本の制度ではどうしても応えることができない仕組みがある。例えば、EUが各国に推奨するような、「地方自治体(日本に比べ小規模)が中小零細事業の会計帳簿や保険手続きを住民サービスの代行をしてくれる」といった制度がある。こういった制度が日本に導入されない限りは、国家資格者や専門家に正当かつ相応の報酬を支払って業務委託しようというマーケットは、安定的な対事業所サービスとして確立させることはできない。平たく言えば、国家資格者は、「あの手この手の口八丁」の営業手法で、まるで資本主義が未開の国のようなものに等しい。
加えて商品のIT企業現状は、───
「現実運用と法律の基本理念を“併せて”」プログラムを組むといっても、領収書品目などが自動的に勘定科目に入力できる方式(当社が2003年4月1日に無料公開した「税金は日頃の努力」と言う“税申告者補助ソフト”)を、各ソフト会社が導入して以来、現在まで進歩していないのが現実だ。
http://www.soumubu.jp/contact/

要するに、外注の抱き合わせではなく、たまに直に相談できるサービス───
があれば都合がよいのではないか。ICT産業革命の社会経済構造変化は激しく、事業の拡大に応じて基本や初からの質問ができれば理想なのである。
社内で処理できる内容、クラウド会計などAI人工知能に転換できる事務だとしても、少なくとも知らぬ間に法令や行政機関に振り回され、単純作業といえども手間暇の増えるばかりが近年の傾向である。
そこで、「現実運用と法律の基本理念を“併せて”」のヒントが、
携帯電話なりで直ちに相談できればよいのである。悩む時間も節約され、間違った方向の軌道修正といった手間とコストも削減できる。ついでに、ICT産業革命真っ只中の、最新具体策も含めて聞けるというわけである。
実に、この新サービスは、社会保険労務士や弁護士資格を持つ方にも御利用いただいている当社の現状から出発した新サービスである。
新サービスの、契約内容と契約項目はこちら。
http://www.soumubu.jp/20180525CPNewService.pdf

2018/05/08

第193号:極東の平和と経済成長で、個別企業の戦略を考える

<コンテンツ>
「極東の平和と経済成長は、遅かれ早かれ来る。
「災い転じて福となす」経営方針⇒経済政策
民間の事業経営における、「経営重点4分野」
日本における、「災い」の激しい部分は何か。いくつかの事例。
    ★1.自動車
    ★2.住宅
    ★3.IT機器
    ★4.IT産業の見通し
    ★5.“効率一辺倒システム”に不向きな日本語
    ★6.特許権の戦略
    ★7.著作権の戦略
では、個別企業は何から始めるのか
  【結論から言えば】
  【個別企業での導入準備とは】
  【くれぐれも、錯覚してはいけないこと】
  〈労働能力とは何かを分析するための表〉


§極東の平和と経済成長は、遅かれ早かれ来る。
ところが、これに乗り遅れた日本は、アメリカ、中国、ロシアそして韓国に、致命的距離をあけられている。そもそも、極東の平和と経済成長に向かう方向は、周辺国のおよそ1年におよぶ取り組みの末に、傍観をさせられていたアメリカも乗らざるを得ない事態が出来上がったようだ。そこでの日本は蚊帳の外ばかりか、どの大国からも徹底的に無視をされている。
もうすでに、日本がイニシアチブを取れる分野には、資金力、石油や電力のエネルギー、北朝鮮の労働力など、日本の分け前は何も残っていない。経済成長よりも国粋全体主義を選んだ政権の、経済戦略失敗と周辺国から爪弾きにされた日本政権の末路である。ちなみに日本は戦後からずっと、実体的に関西が経済成長をリードしていたのだが、それは正常な国交がなかった中国、ロシア、北朝鮮との、公然となっていた密貿易によるものであった。
さて、笛吹けど踊らない産業界=それがアベノミクス。
ところが、これに対抗する経済政策(シェアミクスなど「むしり取る経済政策」から「分かち合う経済政策」など)にしても、今ひとつ艶やかさがなく実現性が疑問視される。それは、いずれにしても財務省官僚的な、財務省あたりが握っている統計的な、あくまで(政府経済を云々する)財政学的な着想だからである。これでは、個別企業とか「価値を生み出す人物」の、希望・感動・意欲を湧き立たせることはできない。経済の成長や豊かさは、決して全体主義者の用いるフェイクとかプロパガンダ、その裏で行われる“生存や人権(憲法の理念)”の抑圧によってもたらされるものでは無い。
「むしり取る経済政策」から→分かち合う経済政策へ」と言われるものは、
これを、経済学者:植草一秀氏の弁を借り紹介すると、およそ次の通りとなる。
①消費税を廃止する、法人税を先進諸国並みにキープする。
②最低賃金を時給1,300円とし、中小事業所には対策を打つ。
③老齢年金の最低保障額、生活保護制度の権利充実の保障。
④第一次産業(農業・食料)における、個別世帯の所得補償をする。
⑤奨学金保障制度、学費無料制度を実施する。
……その財源は、現在のバラマキ支出を止め、予算の無駄と思われる30兆円のうちの3割ほどの=10兆円を充てるとしている。加えて、およそ1,200兆円の国の財政赤字は、それを上回る国家資産が現存することから財政再建論議自体が不急だとしている。



§「災い転じて福となす」経営方針⇒経済政策
数十年先を見越した方向は、極東あるいは東南アジアの各国が、実行でき得ない経済政策を打つことである。
東京オリンピック頼み、或いはオリンピック前後の暗雲と絵空事に振り回されても仕方がない。否、むしろ民間個別企業が取るべき道、その王道は、「災いを転じて福となす」ことである。近年になって効果をあげている“行動経済学”は心理学と経済学の結合と言われるが、その実は量子力学(2012年確立)である。「春風が吹けば桶屋が儲かる」との経験的経済原理は、「災い転じて福となす」といった人類叡智による打開策方程式に通じる所の、物理学でいう“カオス理論:2008年確立”そのものなのである。
すなわち、筆者の言いたいところは、日本人の教養蓄積の範囲には、“カオス理論”に通じる高水準の文化思考が存在するということである。要するに、「古代ローマ発想」そのままの古典的力学方程式を、どのように綿密に把握して、AI人工知能で分析したところで、全く時間の無駄であり仕方がない話だということである。
AI研究をはじめ関係する学者は、それなりにキチット解説しているのだが、官僚主義とかマスコミの人たちが理解できていないのだ、その口癖は「庶民にわかる程度に噛み砕く」としているが、実のところは都合よく変質させ変節させているのだ。そして、都合の良い学者と評論家に、それを言わせているすぎない。
歴史家と歴史学者は異なる。音楽家と音楽学者は異なる。歴史家は様々な歴史にまつわるエピソードを人目を引くために持ち出す。歴史学者は、客観的合理的な歴史の法則性を組み立てることを旨とし、その証としてエピソードとか証拠をいくつか示すのである。


§民間の事業経営における、「経営重点4分野」
もう一度改めて、それを整理してみる。
個別企業の改革や革新でも、この4分野から手をつけることが定石。
A.収益性=売れること。(ところが、日本の工業製品そのものが売れていない)。
B.生産性=生産工程、組織の型と運営、流通(交通)など、イノベーションに関わる分野。
C.労働意欲。希望や意欲が湧かず、良いものを作れない現象の解決策とは?
D.効率性。例えば、IoT(Internet of Things)インダストリー4.0(Industry4.0)の手法。
   ★無教養な古代封建身分制度思考での短絡的労働制度(働き方改革?など)
……この4分野で日本は、A&Cに全く何らも手がついていないことがわかる。


§日本における、「災い」の激しい部分は何か。いくつかの事例。
とても身近な事例を挙げてみると、先ほどの事業経営重点4分野との関係が見えてくる。
決してこれらは解決見通しがなく仕方がないと評価して、無策で片付ける問題では無い。
だが、古典的力学とか「傾向と対策」といった思考パターンでは堂々めぐりを繰り返すことが明らかである。だから「無策」で片付けて、勢いJapanな精神論を持ち出そうとする。
ではここで、研究ヒントと後学のために敢えて、主に「災いイメージ」の視点方向から紹介してみると、そこにはさまざまなアイディア着想が生まれる……。
したがって、当然の帰結として金融資本も資産も、相当空回りをしていることが判明する。
ところが、「災のイメージ」も、福となるイメージになるのだから、そこに“躍り出るチャンス”のヒントが見えるのだ。すなわち物理学でいうカオス理論だ。

1.自動車
国産自動車は、事故に遭うなど衝撃が加わると、シャーシの軸が歪んで安定走行が難しくなると言われている。このことが、外国産高級車を購入する動機であると言われる、それは修理にかかる部品代が高くつくとしてもだ。もとより金がなければ貧乏車しか買えない。戦後の高度経済成長では、アメリカの下請け仕事をして、「より良いものをより安く」といった哲学でしのぎを削った業界である。ところが、いつの間にか「安かろう悪かろうの自動車」に変質してしまった。それでは自動車メーカーにとっての見返りは見込めないはずだったけれど、自動車損害保険は修理とか買い替えを保障することで、自動車メーカーが“銭でしのぐ”経営体質に陥ってしまった。近年度々流れるリコールのニュース、そんなに自動車とか自動車部品は、リコールしなければならないのだろうか。

2.住宅
近年の建物は、建築部材の仕入れコストが安いけれども、住宅価格が飛び切り高い。
さらに屋根とか壁とかが長持ちしない。ある程度の費用をかけなければ、住宅は地震にも弱く、地震がなくても長持ちもしない。
ことに日本家屋を新築しようとしても、見た目は日本風だけれど、その実態はプレハブに近い。新築住宅を小さな区画に集中して建築するから、風通しが悪くなり、夏は激暑となる。むしろ100年物をリフォームした方が住み良いかもしれない。
なぜか日本のサラリーマンは、不動産会社と住宅建築会社のセールストークを信じてしまう。筆者も家業や職業経験から、土地の安全性、安全住宅といったものを見分けられるが、そんな知識自体を受け付けない人が少なくない。日本の住宅は、価格に比べ機能性や耐久性が悪い。技術開発の遅れから、日本国内産木材は安価だけれど使われない、それは貨幣経済に載せにくいから投資されていないだけである。そんな住宅政策だから建築業者や不動産業者は、新築住宅一辺倒にならざるを得ない。4メートル幅道路が前面にある宅地へと偏りがちである。こういった問題が住宅政策から起因していることすら、それに気づく人は圧倒的に少ない。
リフォームとか地方の旧市街地再開発は創意と工夫で住みやすい人気の場所になる。けれども、民間企業の創意と工夫では、国や地方自治体の住宅政策に関わりなく、健康で住み良い住宅が地方都市のあちこちでは建てられつつある。

3.IT機器
パソコンなどのIT機器は、度重なるOSの変更で、一般素人の個々人には使いこなせない代物になった。勢いスマホやタブレットが便利だと持てはやされてはいるが、一歩クリエイティブとか深い研究のための道具とかには使えない。
企業が抱える大規模システムは、あくまでマニュアルとか手順書に基づいた、すべてが想定され尽くした範囲に基づいた一辺倒なシステムである。
したがって新規事業だとか行動経済学的な事業展開に大規模システムがブレーキをかけている。
学問の上では、集団が一体となって知識を徐々に蓄積していくのに適したシステムだと期待したけれど、“客観的証拠”という形(文書やメール)へと知識が収斂してしまって、手間暇ばかりがかかる固定的知識だから、空洞化してしまって事業展開に役立たないのである。“ナレッジマネジメント”の名のもとに営業販売やマネジメント情報を集積しようとしたけれど完全に失敗。そういった幼稚な仕事を現場では行っていないことを知る人を無視してしまった帰結だ。結果、官僚主義的管理職は自らの保身のために「文書主義」に逃げたものだから、そんな個別企業はメールをはじめコンピューターシステムに振り回されて、無駄と思える作業を繰り返させられ、心身をすり減らす結末に陥っている。よって、官僚主義的な個別企業では益々効率的な仕事から遠ざかっている。
反面、未だにWindowsXPとかPC-9800シリーズも健在しているとのことだ。
それには所以があり、それを解決する技術開発やメンテナンスには期待が持たれている。
すなわち、相当多くの人たちが、
a.スマホによる情報集め=“他人の情報収集ゲーム”に走って収集した情報の加工が出来ない。
b.“時間つぶしにのめり込むゲーム”=受動的生活スタイルの思考パターンとなって行き、
c.あげくは、「不良品IT機器」によって労働全般にわたり価値形成能力が低下している。

4.IT産業の見通し
日本企業は、IoT(Internet of Things)、ビッグデータ、AI人工知能そしてインダストリー4.0(Industry4.0)といった基幹部分は、ハードにしても、ソフトウェアやデータ解析といった分野にしても、大きな遅れをとってしまった。過去には様々な技術やOSとかソフトウェアが“あった!”というだけで、それに基づく市場から現在日本は蚊帳の外である。根本的に開発計画、世界市場獲得といった分野に食い込むことができなかった。その結果から、シリコンバレーそして現在はインドのバンガロールといった、IT業界をリードする有名企業の集積地に“企業進出といった水準”で、日本は進出していない。出来ていないのではなく、していないのだ。
https://www.bangalore-nihonjinkai.com/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E4%BC%9A%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/
その原因は、IT産業を育成しようとする方針が官僚主義的な大手企業には、①事実上無かったことと、②重厚長大産業ばかりの保護と延命に走り、旧態依然の経済から一歩も踏み出せないからである。そして日本は、インドを筆頭とする桁違いのIT技術者の数(中国とかベトナム)には負けており、様々なIT機器のイノベーション(主に効率性)の速度に日本の官僚主義的大手企業はついていけなくなった。すなわち、先進的なIT機器部品による高性能な製品は、“made in Japan”の遥か先を進んでいるのである。日本は“技術立国”でも“技能立国”でもなくなっている。その分野の情報化と資本主義経済の「効率性」の分野にあっては、日本は全く太刀打ちができなくなっている。さらに、IT産業が直に産み出す製品は、利益率が低く+利益率逓減の法則が激しい。“よりよい物をより安く”が基本である「効率性オンリー商品」に固執している間は、商品の利益率を見込める資本主義経済は成り立たない。古代とか封建制度あるいは全体主義といった、軍事力や暴力を笠に着て初めて利益が確保される。インドのバンガロール視察からのintelligenceでは、女性人権やカースト制の行政対策は進んでいないとのこと。マルクスが解明した「収奪」という仕組みである。
けれども最後に一言、“災い”に陥ったのは、官僚主義的な大手企業だけである。付け加えるけれど、官僚主義的運営は、決して「公正」というシステムを促進する制度では無い。

5.“効率一辺倒システム”に不向きな日本語
IoT(Internet of Things)インダストリー4.0(Industry4.0)のいずれにしても、日本語の壁(使用する漢字の種類や言葉の語彙形成)は土地登記、住民票から始まるデータベースが繋がらないようになっている。世界の通例は、国家官僚の縦情報を横軸につないではいけないこと(プライバシー防衛)になっている。
そもそも豊かで深みのある日本文化ならではのコミュニケーションの一部だけを言語を文字化しているから、並大抵の設計と作業では画一化されたコンピューターシステムには出来ないのである。
加えて、関西弁が商業取引に便利な言語であるように、言語には地域性と職業性が色濃く反映されている。
これを無理に無理を重ねてつなごうとするから、マイナンバー制度自体も頓挫している。マイナンバー制度で行政が効率化され、庶民の生活が便利になるとの絵空事を信じる行為は無知そのものである。だからといって、英語普及を着想するのは輪をかけて短絡的かつ、更なる愚かさだ。
ところで、思考というのは、
 ①広いよりも深い方が便利である。
 ②深ければ他の課題にも転用できる。
 ③広ければ物事を選ぶことしか道は無い。
 ④広い知識を組み合わせれば良い思いがちだけれど、
  実際には、深いプロセスを知らなければ知識の結合はできない。
……そういう意味では、とても日本語は深い思考に便利で、異文化を結合させ日本文化として発展させた思考とか商品を形作った、それも日本文化の一つの要素である。受験勉強一辺倒の人物には、若者に限らなくとも思考能力が劣り意思疎通もできない者は少なくない。

6.特許権の戦略
今やそれは、工業製品を生産する時代の、情報や知識格差の固定化を図る過去制度と化している。特許権戦略はICT産業革命において崩壊する可能性が高い。特許権を維持するには、国際的には軍事力とか諜報能力、国内的には特許に関する警察力しかない。ところが、こういった経済外的な強制力が働いてしまうと、産業や業界から創造力が剥がれ落ちてしまって、イノベーションができなくなってしまう。
むしろ、特許権的優位性を保持するためには、個別企業や専門集団が保持している労働能力全般の価値を育成蓄積活用することの方が重要である。それは労働能力というものが、①時間をかけて発達し、②人格と関連していることから、その発達実績または人格形成の過程は地域経済システムが主力かもしれないからである。
近年は、特許申請をせずにインターネットで公開するとか、特許申請することで社会全体に広めるといった動きも現れている。ことに工業に関わる特許となれば周辺特許権も確保しなければ市場の独占確保を狙うことはできない。しかしながら、次々と特許を考案する人物は、新しい考案を見つけることに“生きがい”がない。だから、そんな人たちには「特許戦略」自体が理解できない。
要するに、特許というものの効果は、製造販売に携わる個別企業の商品価格決定、これだけの要素に過ぎないである。インターネットの活発なICT産業革命に特許権も勝てない。
ところで、経済学や経営学の学問研究に特許権は無い。同業学者の間でのルールがあるだけである。大学や研究機関での資格取得や就職に興味がなければ、発表する機会さえあれば“特許”といったものに考えを及ぼしたこともない。ところが封建時代や全体主義では、学問研究や新製品は権力者が独占し、権力者の許可の無いものは抑圧された。貴族層自体が「産業」に対する反発が強いのであった。

7.著作権の戦略
著作権も特許権と似たり寄ったりのところがある。
ただし最も、著作権で守られている者は出版元とか発売元であることが現実だ。
先進諸国での、著作権に関わる“Art域労働”に携わる人物は、極めて少数を除けば著作権で守られてはいない。著作権に厳しい芸能芸術家とか俳優や著作者等といった人たちが労働組合に参加している国では、労働協約による賃金決定交渉の話題に出るぐらいである。日本でも2017年改正民法が2020年4月1日に施行されるが、次の課題は1,000万人とも言われる、労働契約ではなく民法のいずれの契約(雇用・請負・委任や準委任)にも属さないような仕事ともなれば、著作権の統治は、ICT産業革命と相まって不可能になっている。
Art域労働に携わる人物は、「造形物理的要素や解釈要素を含み、労働全般能力の発揮によって形成する、有形無形財産の貸与を約する契約」で守られていないところに生活苦の原因がある。著作権がヤカマシイ業界においては、むしろArt域労働は発展していない。
(普通の人が錯覚して)芸術やアーティストだと思っていてもそれは錯覚、その実=スキルskill(技能)とかパフォーマンスperformance(職人技)にすぎない代物が幅をきかせている。スキルやパフォーマンスに依存する人物ほど、著作権そのものを誤解していることもあって、ヤカマシク言うだけの人が多い。
よく話題となる物語、歌や音楽、詩編、コンテキストといったものは、学問的には安上がりなイノベーションの領域に入る。ところで、服飾製品、飲食店での料理や飲料、一般居住住宅建物、踊りその他には著作権がない。そういったコピー(YouTube)が自由な産業は創造性が活発なのである。
レコードなどの音楽産業は劇的なマイナス状態に陥り、他方でアメリカなどでは創造性自体の商品が、「製品から→体験に」と、音楽産業は空前の激変が起こっている。
日本食ブームは、スキルskill(技能)とかパフォーマンスperformance(職人技)から、→料理専門学校などで学問的科学的教育を施されたArt域労働の人たちによって、一気に創造性が活性化され、日本食の特徴(①ヘルシー観、②ヘルシー食材、③比較的に簡単加工、④後片付けが簡単)を押し出すことで、世界の文化的需要を掌握した。さらには、日本人外の人により、「“日本食ブーム”の安上がりなイノベーション」を実行することで、世界各地での日本食料理店がオープンしている。それは、昔に中華料理とロシア料理が結合して洗練されたフランス料理を、フランス料理職人が創造した以上に、ICT産業革命が飛躍することを意味するであろう。
……

§では、個別企業は何から始めるのか
【結論から言えば】
①「地域経済から生まれた固有価値商品」は、世界の経済成長地域への文化価値の発信が基本。
  ・フランス革命直後スタール夫人は、
  「(異文化地域からの思想=)文化商品の商業流通は最も確実に利益を生む」と著述。
  また、若きナポレオンに、「二人の天才が結ばれることは、フランスの国益に合致します」と。
②女性を始め希望者に“Art域労働”の育成を、より短時間労働で、長期的視野で手をつける。
  ・経済学的名言(ラスキン)
  「ルネサンス時代に巨匠が生まれなかったのは、師匠が科学的学問を知らなかったから」
……この2つにほぼ集約される。
その具体的実例は、前月の総務部メルマガでも示したけれど
「§ただちに実施できる、中堅中小企業の企業再生の手法と理念」である。
http://soumubu1.blogspot.jp/#192-10

【個別企業での導入準備とは】
もっとも手っ取り早い導入のための準備の重点は2つである。
 ①“公正な組織内や団体”の機能を保障するための“事業所規定”の整備
  ……ICT産業革命時代風に言えば、「仕事が楽しいという環境と雰囲気作り」
    今やフェイクは軽蔑されるから、企業文化のエキスパートの出番となる。
     このことがドラッガーの言う経営管理のICT産業革命版となる。
 ②Art域労働の貸与契約システム
  ……会社の仕事は会社独自の手法、そこでの“手に職をつける”同期となる賃金
    生活保障ではなく、労働力をはるかに超える労働全般能力に対する能力賃貸料
    (いわゆる「労働力」とは、マニュアルや手順書の通り働ける能力=「スキル」の範囲と同等)

【くれぐれも、錯覚してはいけないこと】
☆ICT産業革命までの経営管理において
市場に対するアプローチ手法は、マーシャルというイギリスの経済学者が事細かに述べ、学問的法則性についても解明している。資本を投下して事業運営をすすめるアプローチは、ドラッガーというアメリカの経営学者(コンサルタントも行い、“マネジメント”の概念を開発)が事細かに述べている。圧倒的なビジネス本とか自己啓発本は、この2人の学者の整理している範疇を焼きなおした出版本が、ほぼ全てである。したがって、よほどの特異能力があるか、“帝王学”を幼少期から授けてもらっていない限りは、マーシャルやドラッガーの本を読み漁った方が早いのである。
様々な研修や自己啓発セミナーが催されているけれど、“その気にさせられるだけ”で、自分で学習する機会を作る(経営トップに頼む)などして独学した方が早いのである。それでも時間が取れないというのであれば、「その分野のプロセスと学術論理」に詳しいコンサルタントに聞く方が早い。インターネットなどで調べるのは、“全くのつまみ食い&流行し終わったストーリー”を発見するに過ぎず、いわゆるマネジメントできるだけの思考能力や知識は身につかない。

☆また近年日本国内は、受験勉強に慣れ親しんだ人が多いかから、
その人たちが理解しやすい論法の出版物が目白押しである。経営実践向けではない単純思考に受け入れられやすいように書くから2,000円までの手ごろな価格で出版される、「まるっきり趣味」の本なのである。その本の論述形式が、引用とか写真図表といった証拠物でもって客観的合理的な論理構成を行っているから知識が収斂しているのである。この世の真理とか王道を手っ取り早くつかみたい(試験に合格さえできれば)といった安心したい心理が、こういった似非書物の棚に手を出させるとのマーケティング代物なのだ。

☆AI人工知能によりなくなる職業とは?
といった話題が沸騰している。だからといって、組織の管理職bossになれば安泰かと思えば、ICT産業革命により管理職bossこそ消される運命にある。★唯一、無教養な古代封建身分制度思考での短絡的労働制度(働き方改革?など)=ブラック企業で、「給料の下がり続ける管理職boss」の身になり下がって、早期リストラ対象に志願するようなものである。2015年3月の雑誌WIREDによると、次の8つの職業はAI人工知能やロボットには奪われないとしている。
①記憶の演出家=人生最良の記憶を再体験させる仕事
②コミュニティー・オプティマイザー=地域コミュニティを大切に管理する仕事
③ロボット・アドバイザー=ロボットにニーズを教育する仕事
④企業文化のエキスパート=企業内に仕事が楽しいという環境と雰囲気を作り出す仕事
⑤単純化の専門家=情報が氾濫して複雑社会で物事をシンプルにする仕事
⑥輸送アナリスト=輸送が自動化される未来に、不測の事態に対処する仕事
⑦健康ガイド=選択肢の多くの治療の方法などの選択を手助けする仕事
⑧3Dプリントの構造設計者=社会が必要とする構造物を追求して3Dプリントする仕事
(伊藤理恵=国研法人海上・港湾・航空技術研究所主幹研究員著「みんなで作るAI時代」より引用)


〈労働能力とは何かを分析するための表〉
幸せになる権利 私的利益・満足=厚生 他人より有利な地位利益
アート スキル パフォーマンス
創造する権利
「創造・独創・時空・結合」
労働力商品
& 労使関係制度
特許権、著作権、版権、
「発明・時系列変化・組合せ」
芸術性(意欲・感動さらに
人間関係での希望)
生命維持性
(意欲・感動)
希少性
(意欲・希少性や複雑な感動)
創造の主張を認める文化
=固有文化価値
技巧の中に法則性保持
人的機械的技術に依存
=効用価値
企画の法則性に限る
発明・曲芸の領域の希少性
審美追求主義の優位希少性
ビッグデータでの情報希少性
5次元の思考
X・Y・Z+time+Connect
2次元X・Y
もしくは 3次元X・Y・Z
3次元X・Y・Z
もしくは4次元X・Y・Z+time
アート
有形無形の完成品
スキル
企画による組織労働
パフォーマンス
単独で労働される


2018/04/03

第192号:フェイク(にせもの):ニュースに操られないための手法

<コンテンツ>

巻頭言

無自覚のうちに、「フェイクニュースに操られる」とは何のことか?
それでは、フェイクニュースに操られないための手法
  ☆お金や通貨が個人資産、事業投資、インフラ等に流れる定石
  ☆日本の劇的な所得低迷 年金支給額激減が、社会混乱の元凶
  ☆世界経済市場からも、世界経済構想枠組みから相手にされない日本
  ☆時間や金銭を割く難題(移動費、住宅費、教育費)から優先解決すること

【マイナンバーの扱いを停止する方法】
【雇用保険の届け出とマイナンバー】

ターナー(19世紀初頭の画家)の展覧会=そこから得られる経済や商品価値の話。

ただちに実施できる、中堅中小企業の 企業再生の手法と理念
「新型女性労働」とはどんな働き方?「新型女性労働」の例示。
「共感」の概念を取り入れて活用、以下その具体例を示してみる。
募集&定着の最重要ポイント=それよりも第3の働きかた改善=
事業経営活動のタブー 資本主義の本来的姿による
大半の中堅・中小企業が、淘汰される時代に突入
 【積極的成長、その【積極的成長、そのステップ、地元主導の試行錯誤の末 → 経済育成施策の実施が進む】

日本が学ぶべきは、幸福追求第一のイタリア:地域経済という国際交易の姿から
学術論文:「固有文化価値を生み出す労働価値と、その交換の仕組み」


巻頭言
「嘘はバレたらつぶれる!」だからフェイクニュースを流すのである。昔のプロパガンダは、お人好しにつけいって政治を操る。社会や経済の転換が始まるとき、それを良しとしない人たちはフェイクニュースやプロパガンダを流すのである。それの著しい人たちが、政治でも個別企業だとしても、全体主義者というわけだ。それに操られた人たちは犠牲者となり、次代を担う人にはなり得ない。それが人類の歴史である。その手口の特徴は、★言葉の使い方を変質させる手法、★フェイクで“学習とか自我や意識”を形成させる未体験ゾーン法の2つである。

§無自覚のうちに、「フェイクニュースに操られる」とは何のことか?
新年度が始まって、日本国中がフェイク:ニュースの渦の中である、そして世界でも。
フェイクとプロパガンダは類似した代物である。ネット社会ではフェイク、プロパガンダは映画やラジオそしてレコードやポスターのテクノロジーを全体主義者が使ったものだ。
では、そのフェイクニュースを安易に見分ける、そして、より正確な状況を把握することが、何事においても肝心なこととなる。「真実を伝える、正義を伝える」といった概念では、今日のネット環境では、ややもすると、ニュースがセレクトされカスタマイズされ、そのことで誘導に乗せられているかもしれないからだ。
★「それでは、フェイクニュースとは何か?」
といった、レトリック(修辞学=他人をごまかす学問)めいた、人物と状況によって受け止め得られる“言葉”の問いかけこそが、問題を操る常套手段であることを知る必要がある。
さらに、学習とか自我や意識を形成する過程でのネットの役割
これもよく見極める必要がある。日本の読者がお馴染みの、小学校あたりの理科の実験。近年これは、実験を通して物事の底流に流れるモノを把握しない限りは、間違った“学習とか自我や意識”を形成するといわれている。すなわち、実験を実際に実行することで肌で体験して習得するものであって、それを期待して設計された学習方法なのである。ところが、肌で体験することなくして“得たものは”は、やはりニセモノfakeとならざるを得ないのである。読者の方は気づいていると思うが、青少年から大人までの、最も流行している「e-ラーニング」は、ゲームとポルノ(例えば、Xvideosなど)である。多くの学者が問題視をするネットの弊害とは、ゲームとポルノに埋没して時間を忘れ心身共に疲れ果てる自体を巻き起こすことであり、体験学習から切り離された10代から老人までの男女の“学習とか自我や意識”の形成を指しているのである。確かに古今東西、写真の技術や映像の技術が生まれるたびに、世界中で共通してポルノが作られた歴史がある。
ここに挙げた、
 ★①言葉の使い方を変質させる手法、
 ★②体験をしていないフェイクで“学習とか自我や意識”を形成する方法、
~様々な議論や小田原評定が出されるものの、フェイクニュースを安易に受け入れてしまう基盤がここにあることが見逃されている。(こういった課題は、全体主義者がプロパガンダやフェイクニュースを大いに利用した第二次世界大戦後から、細々ながらも研究されてはいるが、皮肉なことに体験学習性の弱い学者に頼られていたり、「合理一貫性&事実一致性」といった理性的な概念であったりするから、事実上1995年以降に発言の機会を得てネットに参加した、大量の人たちには消化不良は否めないのである。


§それでは、フェイクニュースに操られないための手法
それは、話の根拠を必ず聞いて、決して“情緒と言葉の変質に因る情動”に乗らないことである。
①何事も決断するには、一晩おいてから総合的に整合性を以て考える。
②「悩み事があればまずは寝る、困ったことがあれば10日ほどほっておく」(世阿弥の名言)
③歴史的な人類史、学問的数値や事実関係をよく見る、時間や金銭を割く難題から解決する。
~といったことである。
ただし、ICT産業革命とともに発生した新たな事態がフェイク(にせもの):ニュースであるから、より有効で便利な手法が学者や研究家から生み出されるであろう。
むしろ、
次のような、インテリジェンスintelligence情報入手に努めたほうが良い。

お金や通貨が個人資産、事業投資、インフラ等に流れる定石
①大きなビジョン ②イノベーション ③経営回復力
のあるところに流れ込むのが歴史的事実である。経済イコール=市場経済論理じゃない。いくら利回りを説いても、それはフェイクニュースに過ぎず、餌食になるだけだ。
近江商人の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」は有名だが、これは従業員マニュアルに過ぎず、江戸期に作られたフェイクである。近江商人末裔の当主に継がれるものは順序が真逆で、「1st世間よし、2nd買い手よし、3rd売り手よし」といった具合である。お金や通貨が流れる定石と一致する。

日本の劇的な所得低迷 年金支給額激減が、社会混乱の元凶
経済再生の産業基盤とか成長可能性を考える場合、重要な観察ポイントが、いずれの産業で生計を立てている世帯が多いのか、さらにその世帯の所得状況である。売上高の多い産業とか、非正規も含めた就労人口が多い産業を取り出したところで、現有労働能力の転換による新産業構造を始めとした将来の見通し(経営回復力)が立てられない。そういう意味では、現在日本の国勢調査や市町村データが不足していることは否めない。
わが国の世帯(子供有り世帯)所得は、1995年が781万円、2015年が707万円。20年間で119万円減(9%減)であり、世界でも例を見ない時期的低下を示している。子供のいる世帯、いない家庭、高齢者、単身を含む全世帯(5,300万世帯)となると、同期間の平均所得は20%も減っているのだ。
さらに、賃金を含む賃金の低下と、非正規雇用率の増加を示す数値がこれ、
<日本の正規雇用と非正規雇用>   ※個人事業は除く
 1994年2017年増減数増減率
・正規雇用3808万人3473万人-335万人-9%
・非正規雇用 974万人2034万人+1060万人+109%
 4782万人5505万人+725万人+15%
(出典:正規雇用と非正規雇用労働者の推移-厚生労働省)

世帯所得と正規雇用とを併せて考えると、日本経済の景気回復力の見当がつく。
ここに、GDPや失業率の数値の変遷だけ(加えてサンプルデータ項目が変化している)では勘違いしやすい、学問的数値の事実関係が存在しているのである。また、失業率にあっては、昔の統計は非正規=潜在失業者にカウントしていた。単に数値だけを取り上げ根拠を示せないで「景気が良くなった」とするのはフェイクである。
・この3月5日も、経団連の経済財政委員会では、日本の金融政策の失敗を指摘する講演が行われた。深刻化する人手不足でも賃金は上がらず、経済成長率は平均1.4%と低迷、労働生産性の低さを高齢者と女性を中心とする短期労働者で補う始末。政府は財政再建も進まず、財政赤字を気にしない「物価至上主義」に陥っていると指摘。デフレ脱却どころか、出口を迎える前の景気後退のリスクの警鐘を鳴らして、政府の政策枠組み変更方向での意見交換を行っている。
http://www.keidanren.or.jp/journal/times/2018/0322_06.html

世界経済市場からも、世界経済構想枠組みから相手にされない日本
ことに昨年来からの、ロシア主導の極東アジアでの平和安定と経済発展に北朝鮮が乗った。中国の“一帯一路”にアメリカも乗ろうとしており、これに北朝鮮も乗る動きである。韓国もその枠組みの動きで技術面(日本人技術者)の活躍を狙っている。AIIB(アジアインフラ投資銀行)は、日本もアメリカも無視する態度はとっていない。これが一昨年秋から進展している「極東アジア経済枠組」の現時点である。
ところで、made in Japanはもう昔のこと。技術立国、技能立国からの転落は政府機関各省庁の認めるところである。その原因は、官民挙げての国際経済政策を打たなかったからであり、この間に行ったことは素人めいた金融政策それが→見事失敗した。
ICT産業革命に向けての、経済再生先行投資といったもの自体が日本には無い。雇用は65歳以上の高齢者ばかりが伸び、中身は旧態同様の労働力である。肝心の若者の職業教育を充実させ社会に送り込む必要があるにもかかわらず、教育訓練もなければ就職絶対数も減少している。これでは経済の回復などあり得ない。
「公共事業を行えば景気は回復する」といった話はフェイクである。アメリカ戦前のニューディール政策としては、公共事業に従事する労働者の教育訓練(体験型教育)をすることに意味がある、といった考え方こそが、政策の事実ポイントであった。だから、その後のアメリカ経済繁栄の基礎を造った。これに比べ、ヒットラー全体主義のドイツは、アウトバーンを造るにしても人海戦術での通貨での賃金支給額を増やすために重機は使用せず技術が伸びなかった。ナチスドイツ敗戦とともに膨大な借金が残っただけであった。日本も「徴用とか学徒動員」だけだったから、その費用が全て借金となった。ドイツも日本も、当時のそれは経済発展には何の役にも立たなかった。イノベーションでの“労働の時間や密度”単位での生産成果物増加を行わない限り雇用は増えない。大手企業の人件費その他の「削減一辺倒」では雇用も経済も伸びないのは、歴史が証明する真理である。
むしろ、中堅中小企業は地域経済を、
①大きなビジョンを(中学校区単位の)地域でもって再生を目指し
②イノベーション(技術面のみならずシューペンターの示す5分野で)をして
③経営回復力、ことに世帯(子供有り世帯)の実質所得を地域で充実しさせる道こそが現実的である。

時間や金銭を割く難題(移動費、住宅費、教育費)から優先解決すること
【移動費】とは、
通勤通学その他にかかる交通費用である。労働集約型の事業にあっては相当の経由負担であり、労働者の配置自体は利益を左右する。会社負担の通勤手当、個人負担の交通費、自動車通勤の費用は、とにかく日本は高い。意外と通勤交通網の公共整備は遅れている。よく話題に出るシリコンバレーを支える成功事例は、労働者の通勤費用と時間を節約するために、路面電車とバスの交通網を充実させ、そのための都市計画も行ったことだ。
【日本の住宅費】は、
価格に比べ機能性や耐久性が悪い。技術開発の遅れから、日本国内産木材は安価だけれど使われない、それは貨幣経済に載せにくいから投資されていないだけである。建築業者や不動産業者は、新築建築に一辺倒にならざるを得ない経済政策の下にある。4メートル幅道路が前面にある宅地へと偏りがちであるが、リフォームとか地方の旧市街地再開発は創意と工夫は住みやすい人気の場所になる。フランスの地方都市では、街中に花を植えるなどの環境配慮を行い、大都市住民の土日の別荘の展開、定年退職者の受け入れを行っている。建築費は安く+居住者が壁とか庭造りその他を行うから“購入後も飽きない”物件となるのである。イギリスからの定年後もフランス移住者も少なくない。
【将来の役に立たない教育費】を考える、
長い目で見れば、とても非効率な教育投資を行っている。すなわちAIの時代、イノベーション思考を身につければ、記憶力ばかりに頼る必要がないことは社会科学的にも脳科学・神経科学の分野でも明白だ。イノベーション能力の無い育て方をしてしまえば、確かに残るは学歴しかない。何十年も前から言われ続ける、記憶力集中型の受験勉強で能力萎縮を起こしている。ほぼすべてと言っていいくらい、教育産業の仕入れ(塾の講師など)は、型にはまったパターン型の大学生などが数多く、それでは効果的な教育はできない。世界各国の教育育成の成功事例からすれば、日本の教育論には不毛地帯そのものである。男の子は小学生就学前は言語習得能力が低いという説があるが、それはさらに加えて男女通じて個人差があると言われている。そこへ無理をして英語教育をしても、肝心なことが失われる可能性がある。それは、フェイクニュースに騙され操られる程度の思考しか形成できず、英語が解かるものだから更にカモられる確率が高いというわけである。教育産業のフェイクに乗せられることなく、やはり家庭と専門的保育の両立による体験体得は、社会に出たときの基盤形成に不可欠である。
いくら医療が発達したとしても、思考形成や理性の開発が出来なければ、船長不在の故障した沈没船に過ぎないのである。


【マイナンバーの扱いを停止する方法】
①……内閣府に問い合わせた内容によると
 企業企業でも個人でも、事業主がマイナンバーを扱う義務も権利もない。
 ただ、法律で決まっている事柄は、行政協力の努力だけである。
  (その努力内容も、掲示物を社内に貼っておく程度で良いとのこと)
ただし、扱いを停止するには条件がある~
マイナンバーを扱うには、マイナンバー法の基盤にあたる「個人情報保護法」で定められている、安全管理措置を整える必要がある。
この安全管理措置が整えられない場合、事業主はマイナンバーを受け取ることも保管することも、さらに転記届け出することもできない。
加えて、措置ができていないことからマイナンバー漏洩をしてしまえば罰せられるのである、それは事業主の負担にもかかわらず。

②……安全管理措置が崩壊、その復旧のめども立たない場合は
その瞬間から、マイナンバーの受け取り及び転記届け出は停止しなければならない。
 マイナンバーはいったん使い始めると、維持経費をゼロにするにも、停止費用はかかる。
  ☆保管していたマイナンバー関連書類は、
   A=復旧不可に粉砕処分するとか、B=番号部分を黒塗りするなどの処分を要する。
  ☆社内通知で、保管していたマイナンバーは廃棄、
   以後はマイナンバーの受け取り停止を周知する。
  ☆日本年金機構とか社会保険労務士に提出しても、損害賠償を全て免れられるとは限らない。
   完璧な取り扱い停止をするには、専門家のアドバイスは不可欠でもある。

③……それ以後の、マイナンバー届け出はどうするのか
各々の書類でも差し支えないが、マイナンバーの保管と回収をしていない旨を記載すること
市町村等への届け出は、統括表の該当部分にその旨を書くことで足りる。
(マイナンバーを出さない場合の、従前からの方法)
 もとより、
 個人がマイナンバーを会社に届けるかどうかは自由である。
 16歳未満の扶養家族の場合、特別代理人(家裁審判)の同意が必要だ。
 認知症その他の意思能力のない家族ならば、成年後見人(家裁審判)同意だ。
 そういった法律を犯してまで、会社が無理強いして回収することは無いし、不法行為を形成する。

④……企業が、マイナンバーの扱いを停止をしても
すでにマイナンバーを使用しないで、年金関係、市町村関係の連携が、ほぼ行われている。
よく話題になる「住民サービス向上」は、むしろ法改正やデータ入力のやり直しによって、それが進む体制はできあがっている。
マイナンバーで向上が促進される訳でもなく、現在の導入事例のほとんどが、「導入時煩雑」を生んでいる。
~要するに、マイナンバーに関係なく連携事務は進むこと、それとマイナンバー導入は関係ない。
実際には、健康保険の管理、介護保険の措置といった、マイナンバー外での動きは目覚ましいが、報道が少ないだけだ。


【雇用保険の届け出とマイナンバー】
3月下旬から、ハローワークでは
「マイナンバー記載がなければ、届出返戻(へんれい)」と言っている。
だとしても、
返戻(へんれい)の記録と現物を残しておけば、後日手続きが出来るから安心して良い。
“記録と現物を残して”とは、事業主には悪意はなく、ハローワークの都合を証明するためである。
必ず、毎月の給与から、労働保険料の雇用保険負担分を、支払賃金から控除しておれば、
何年でもさかのぼって雇用保険の加入ができるのだ。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/dl/koyouhoken04.pdf#search=%27%E9%9B%87%E7%94%A8%E4%BF%9D%E9%99%BA+%E8%B3%87%E6%A0%BC%E5%8F%96%E5%BE%97+%E9%81%A1%E5%8F%8A%E6%9C%9F%E9%96%93%27

この部分は社会保険とは異なるところ。
現状を言えば、社会保険の手続きで
住所地の記載が無ければ、行政機関の方から社会保険を「排除」する。

「排除」とは加入させないとの意味で、その場合
①法律で事業主が把握しなければならないものは住所地ではなく、居所である。
②マイナンバーは事業主が届なくても、従来から住民票との連携はすでにできている。
③税務署管轄の所得税では、
パートを始め一般従業員の分を事業主が税務署に届けることはない。

そこから、何パーセントかの労働者は、法に反することなく、
雇用保険に加入はしていても、社会保険には加入していない現実がある。
この場合社会保険法令の目的により、雇用保険のような社会保険の遡及加入はできない。

_____こういったことが広まっていけば、
3月下旬からの厚労省本省の「マイナンバー」告知が、
如何にウカツな代物だったことに気づくだろう。
よって、職安のお願いなのだから、義務ではないし、退職時に遡及して加入手続きもできるのだ。

筆者が、その厚労省本省の「マイナンバー」告知を読んだ瞬間に、心に浮かんだこと
“書き方や文章の長さから、従来の職安行政の書面とは異質さがある。
厚生労働省令とはマイナンバー記載枠を届出様式に定めた程度で、届出要件にマイナンバーが加わった訳では無い。記載枠には要件でもないことを記載する義務は無いのだが、曖昧に必要なのだと言っている。はっきりしていることは、ここで必要なのは行政側で、民間側には必要では無いことである。まして厚生労働省令で要件とされていない事柄までをも、民間に強制することはできない。マイナンバー法は行政協力が定められているだけで、義務や権利は一切ないからなのである。しかるに、事業主が手続きミスを行えば、労働者への損害賠償責任が生まれるのは雇用保険の仕組みだ。おそらく、今般の文章は、そういったことを知らない人物(労働行政外の官僚)の作成した捏造作文ではないのだろうか、と私には思われてならない。”


§ターナー(19世紀初頭の画家)の展覧会=そこから得られる経済や商品価値の話。
ICT産業革命で過去の社会経済が崩壊する今。それは米英や日本での共通した現象に陥っている事態を、ICT産業革命進展の後の世界を探るヒントとなりうる。
ターナーの絵画というのは、芸術全般の基礎と理論を発見するきっかけ~となったものだ。さらにそれは芸術センス(Art域労働)を、当時の商品生産の領域にも踏み込ませたもので、直ちにそれは工業デザインの元祖となった。その芸術性商品の先駆けがイギリスのウィリアム・モリスの壁紙工房から始まり、当時の民芸を排し芸術性を貫いた“モリス商会”が現実のものとした。(モリスの妻をモデルに劇や映画「マイ・フェァ・レディ」は創られた)。すなわち、現代の消費に欠かせない工業デザインは、画家:ターナーの“芸術センス(Art域労働)”の発見・開発からのスタートなのである。

ターナーは、次々とパトロンではなかった貴族を相手に絵画を売った。それ以前の芸術家はパトロンに飼ってもらえることを条件としていた。ことにそれらは、フランスに先駆け50年ほど早く“印象画風”を取り入れて、それは風景画というものの概念を形成して今日にまで至っている。さらに、写真のない時代に観光案内の挿絵となる版画=銅板エッチングを、芸術家には珍しく職人労働者を指揮管理して大量生産した。こういったターナーの作品の作風が、当時の産業革命によるスクラップ化しやすい粗悪品との比較検討の中で、ラフキンとかモリスといった人たちが、「芸術論または工業デザイン元祖」を切り開いたというわけだ。ところで、過去の歴史をあれこれと評定するのはたやすいけれど、ターナーらの暗中模索で切り開くと言うことは並大抵の思考思索ではない。日本でも戦前戦後における、芸術性商品を扱った企業経営者も、学問的分析がなかったことから暗中模索だったのである。(世阿弥はそれなりに法則化していたようだ)。

イギリスの産業革命は1700年代中ごろから始まったとされ、産業革命の名称が広まったのは1800年代中ごろとされている。その時期に情景の情報化とその伝達が、芸術性を持って絵画となり、単なる挿絵ではなく“文化産業”として、その形成をターナーが行ったわけである。そこには①需要者側の意識を形成し、②メディアに載ってメディア発展が成された軌跡がある。躍動するターナー直筆の絵画は、5次元要素の結合connect手法の筆遣いが施されている。当時巻き起こった観光ブームとしての挿絵は、エッチングによって大量印刷されているが、どうしても4次元の領域に留まらざるを得なかった。もちろん現代と同じく、5次元手法と4次元手法の差異は商品の価格差に現れている。そして注意しなければならないことは、ターナーやその後の芸術学の進展により、おぼろげながらもその法則性を把握して、写真1820年発明、電話1870年発明、映像1890年発明などのテクノロジーを活用することによって、現在のネット社会での芸術センス(Art域労働)とか芸術性商品にまで至っているのである。
本物の目の前で、
数時間ぼーっと凝視する中でひらめいた。それは、「5次元世界の表現方法」、もちろん絵画のみならず事業経営、労働能力全般、音楽・映像・たぶん文学その他のベースとなるもの。
5次元の解説は、次のURLの最後のページ http://www.soumubu.jp/koyukachi.pdf

「商品流通で経済成長と豊かさを作り出せる。 」
~そんな方法を人類が発見してから約550年を経たのが現代である。
①そこには市場流通経済、価値創造経済、金融バブル経済といったものに数十年単位で社会経済が傾きながら、それを繰り返し進展させてきたのが人類史である。今の日本は戦前戦後の市場流通経済一辺倒から、金融バブル経済の真っ只中で社会経済崩壊寸前を招いてみると見て良い。金融バブル経済に傾きすぎて市場流通経済の限界を招き、本来のイノベーションでの価値創造経済による地域経済再生が、ICT産業革命進展での脈ある経済スタイルにならざるを得ない。数千年にわたる人類経済の定石は、固有事業が固有価値商品を地域経済から提供し直すといったものだった。
②自然科学と論理や認識学問(社会科学や人文科学)の発展で、非合理なロジックとされていた、芸術センス、共感作用や共感精度、労働価値(労働力を超える労働能力全般)、人間の生活行動といったものの合理性が次々と発見されてきている。認識の例えは、過去に合理性の認識要素になっていた古典的物理学の作用から、→今や“カオス理論(2008年完成)”→ならびに“量子力学(2012年完成)”といった論理を早速取り入れつつある。
③そして私が気が付いたことは、①②の学問的進展をベースに、画家ターナーの“芸術センス(Art域労働)”の実物本物を見ることで、その技法の法則性(結合connect手法の筆遣い)を発見することができたことである。すなわち、それは価値創造経済の主役であるイノベーションには欠かせない。立て板に水を流すような構成は正解を瞬時に理解できそうだが、実はそれがフェイクとか疎外を招来する呼び水となっているのだ。
いくら「必要性や論理」を説かれても
  ・希望    感動    意欲    が湧いてこない。
  ・ビジョン  イノベーション  回復力  につながらない。
だから、人為的宣伝、策謀的宣伝を用いれば市場経済は借金の積み重ねとなるのが自然だ。
価値創造経済の主役は、消費者の自発的宣伝&自然宣伝行為の促進にある。
そういえば、経済成長と豊かさがセットになった新商品は、一貫して価値創造経済の主役だった。

お金や通貨(個人資産、事業投資、インフラ等)は
………①大きなビジョン ②イノベーション ③回復力 のあるところに流れ込むのが定石である。経済イコール=市場経済論理ではない。これが人類史だ。
後世にまで目に見える 芸術絵画 というのは、それを描いた、「100年後とか数百年後の人類社会を変える」と言われている。でもよく考えてみれば、絵画とは限らない。
~そしてそれは、ひとえに受け止めた側の反応と学問的法則性の発見による。
“タラレバ”の話というものは、<小田原評定>眉唾もの。仮に成功すれば、「あの時私はこういった」といった代物である。“タラレバ”の話と、学問的な価値創造経済の確立は別物である。
それは、ちょっと話題になっている、「歴史家と歴史学者」の違いと同じだ。
【歴史家は】、都合の良いように言葉をすり替える、侵略戦争の開始を、→「勃発」といった風に。
【学者は】“合理一貫性&事実一貫性”を、客観性法則性のもとに発見・開発・普及をしていく。


§ただちに実施できる、中堅中小企業の 企業再生の手法と理念
ここ数年に、総務部メールマガジンに掲載したものを、即効性のある順に紹介する。

「新型女性労働」とはどんな働き方?「新型女性労働」の例示。
 アートArt域労働の基本、その能力を向上。
 (例)服装は絵画、アクセサリーはアクセント装飾、それらはデザイン力向上
    音楽リズムは話し上手、リズムと拍子は異なり、唄が仕事の品質を決める
    詩は共感作用の物語、それは品物の意味を語る。コンテンツの芸術的表現
     (地味に、地味に、そして最後は艶やかにまとめる、それが基本方式)
http://soumubu1.blogspot.jp/2017/08/#184-01

「共感」の概念を取り入れて活用、以下その具体例を示してみる。
 顧客への姿勢が変わるから、売り方も変わり、売り上げも伸びる。
「顧客の要望を認知する共感&顧客の気持ちを受け止める感情的共感」
これこそが、顧客ニーズをつかむということである。これを継続的に行えば、継続的な取引となる。
http://soumubu1.blogspot.jp/search?updated-max=2017-06-06T12:00:00%2B09:00&max-results=60#177-06

募集&定着の最重要ポイント=それよりも第3の働きかた改善=
戦力となる女性は、年齢、恋人、結婚、出身、学校などの話は大嫌い。社会や芸術の話から親密になれる。話や書面の文脈を少しひねると、お金をかけずに人の行動に変化を与える。自意識過剰が強ければ周りの人の態度に性差別を感じやすい。安定した環境でよく知っている人たちと仕事をしていると、それは男が仕切る仕事の分野でも自意識は弱まる。
http://soumubu1.blogspot.jp/#189-02

事業経営活動のタブー 資本主義の本来的姿による
20世紀の初頭のアメリカで確立された。しかしながら、ここに示す項目は日本のタブーである。だが、アメリカなど起業や事業の盛んな国では、周知の認識である。加えてエピソードだが、フィンランドでは介護資格取得の科目に、近年は介護事業の起業独立経営のカリキュラム(公務員的画一思考是正が狙い)が必須である。
http://soumubu1.blogspot.jp/2017/#183-10

大半の中堅・中小企業が、淘汰される時代に突入
【積極的成長、そのステップ、地元主導の試行錯誤の末→経済育成施策の実施が進む】
ことに、シリコンバレーの事例は、アメリカであっても大手企業は、「お荷物」の存在には間違いない。確かに日本の大手企業のように抜本的なところからの改革は困難を極めているのである。それはひとえに、アメリカ大手企業の経営者層の問題である。ところが、シリコンバレーとは、元は果実の産地で出荷商品はドライフルーツであった。そこでの発展のビジネスモデルの肝心な部分は、様々な労働者の集積にあった。学園都市からの出発といった神話は、まったくもって飛んでもない誤認・誤った紹介である。
http://soumubu1.blogspot.jp/2018/02/#190-02

日本が学ぶべきは、幸福追求第一のイタリア:地域経済という国際交易の姿から
全体主義者のオコボレでしかない経済よりも、この方が具体的な動きとなり、実現の原動力がある。イタリアの実質的経済赤字は無い。そしてそれは、金融ショックの被害を受けにくい。そこで日本経済再生を、幸福と厚生を異なる概念と意識して「イメージを描いてみた」。
日本国内の1500地域(中学校区単位1万ヵ所の内で)で。②海外取引を含め年商1500億円をひとつの地域で。1地域に、1人の天才を抱えれば=1500人…この人数なら日本に存在する。(天才は大手企業で埋没してしまうのを止めよう。先ずは副業から始めよう)。日本が強みを発揮する集中ポイントは、技術はあるから、兎にも角にも、「アートArt域労働に基づく、デザイン力!」。
http://soumubu1.blogspot.jp/#188-02

学術論文:「固有文化価値を生み出す労働価値と、その交換の仕組み」
 (経営実務に特化した内容を学術論文にまとめ直したもの)
最終消費されるモノやサービスに芸術性を持たせると、「売れる商品」になることを科学的に明らかにし、そのメカニズムを説明。
労働概念を、①スキル(技能)、②パフォーマンス(職人技)、③アートArt域労働と、三分野に分解することで、教育・育成内容と労働能力発揮の方法が明確になった。
http://soumubu1.blogspot.jp/2017/09/#185-09

2018/03/06

第191号:正社員賃金削ぎ落としに頼る、経済政策の愚策

<コンテンツ>
裁量労働の拡大部分、全面削除の真相〈マスコミの報じない背景〉
  ★これは、「働き方改革」とされる賃金政策の柱であった。
  ★裁量労働拡大の風向きが変わったのは保守層から
  ★それは集計ミスなのか、もしや捏造データ
  ★__加藤厚生労働大臣の発言の録音編集__
     日本労働ペンクラブのインタビュー2017年12月22日
     …村岡なりに、簡単にコメント

〈ICT産業革命時代〉その転職と守秘義務、そして競業禁止
  【~まずは経済性や社会性の視点→その箇条書きが不能な概念】
  【こういった経済背景から考える、守秘義務そして競業禁止】
     ☆1.守秘義務の効果とは何か
     ☆2.競業禁止の効果とは何か
     ☆3.ましてイノベーション次元の世界となれば
  【本当の商品価値である固有価値は、歴史的に権力や世間体から非難される】
  【日本の司法判断はいかなるものか】
     ☆営業秘密としての守秘義務対象、判例によると、それは次の通りだ。
     ☆安全情報、個人情報、国家機密の扱いは
     ☆転職や競業の行為で問題になる行為者とは
     ☆ここに来て、公取委員会は副業や兼業を萎縮させる行為を禁止
     ☆Art域労働と、労働力だけの労働、その場合の異なること
  【具体的な場合の、退職・転職・採用に係る「守秘義務」概念とは?】
     ・転職やヘッドハンティングでの注意点は


§裁量労働の拡大部分、全面削除の真相〈マスコミの報じない背景)
これは、「働き方改革」とされる賃金政策の柱であった。
70年ぶりの改革と言われるものは、「賃金水準全体を下位に迎合させていく同一労働同一賃金」であることが判明した。それは後で述べる通り、2017年12月22日に労働大臣が、日本労働ペンクラブのインタビューに答えている。“同一労働同一賃金制度”を採用するとの名目で、その実は年功給や職能給の評価を厳格にして、社員の賃金を削ぎ落とそうとの政策表明だった。(後のコメントに録音文言掲載)
したがって、「裁量労働拡大の本当の目的」は、ドタバタの中
当面の正社員やホワイトカラーなど非正規労働には代替えできない労働者の、早急な賃金削減を進めるための柱であったと言わざるを得ない。どこをどう符合させてみても、そういった労働者の生産性とか効率性の向上につながる制度とはなっていなかった。
そしてその生産性向上の施策部分といえば、AI人工知能とか物理工学系技術革新(ことに経産省はこの部分だけをイノベーションと言っている)で、何とか成し遂げようとの話だ。労働の管理や労働の組み合わせとして能力開発、これとは別枠の話でしか聞こえないのである。今や日本は技術立国でも技術立国でもない。中国や韓国に抜かれてしまった国である。ただし、そういった国で活躍する労働者の中核や技能指導者は、日本の大手企業をリストラされた日本人である。

裁量労働拡大の風向きが変わったのは保守層から
次のような内容で詰め寄られたことによる。
『社会的な希望ビジョンと、悪用の法規制が必要ではないか。裁量労働は、夕刻5時までに仕事を止めさせる、事業場を退社させる。これだけのことを、裁量労働制に盛り込むことによって誰もが理想とする、働き方が実現することになる。これに賛同する労働者を募る、職業能力かなければ、自らを律することができない労働者には裁量はさせない。「裁量はさせない、裁量をしない」との、労働経済政策規制の法条文が、生産性の高い労働を醸成することとなる。この話の方が筋が通っている。
~この具体策は、裁量労働の生産性を劇的に引き上げ、夕食を家で家族と一緒に食べられて家庭が安定する。欧米は、大概の国がこの理想に向かって法律を整備している。有能人材が職場でリードすれば、一日の労働生産性は一挙に跳ね上がる。現場の実務をよく知っている人は、誰でもこんなことはすぐわかる。こんな事は、もう既に、小回りの利く中堅・中小企業では、行われていることなのだから。』
というものだ。
2月の下旬ごろからSNSで、こういった内容のものが発信され、マスコミの発信するSNSにも投稿されるようになった。一方で、野党とか反対運動を推し進める労働組合等からは、こういった着想の反論は示されることがなかった。非常に多くの若年中間層ホワイトカラーにとっては、夕刻5時までの退社は、理想ビジョンであった事は間違いない。
保守層からの詰めよりには、政府答弁を反論できない。
ところが、
裁量労働拡大の本当の目的」は公言するわけにはいかず、
その本音たるや、中堅・中小企業の経営者からすれば、心情的に受け入れられないものであった。それは、日本の中堅中小企業の圧倒的経営者は、大手企業からのスピンアウトをすることによって、経営者の報酬や労働条件そして積極的な事業経営を切望して、現在に至る人たちだからである。
加えて、
大手の裁量労働拡大によって、「大手よりも中小の社員が優遇されるのか!」といった優越的地位の濫用で、一気に発注価格の激安を狙っているとの不安が流れた。
ここに今回の___
“人気取りだけが本音の人たちによる「働き方改革」の瑕疵と弱点”が存在したわけである。
長年培われた経済学や労働経済などの学問的論理構成とは、今般の「働き方改革」は当初から無縁な実態でもあった。そのことは、学問的な結論が既に出てしまっている物事だから、いわゆる学者とか教授と言われる人たちが、無関心であったことにも表れている、実現性があるならば議論の先頭に立つのが常だから。
それは集計ミスなのか、もしや捏造データ
それに近いデータ の追求を追っていくと、
当初は、審議会に積み上げられた、「何らかの資料」として出された物だから、裏付け証拠にもならない代物だから、通例の審議会と労働政策起案には関係のないデータである。当初はそのように捉えられていた。もちろんそれは、英米流の客観的合理的思考であり、日本の教育体系で大量生産されている科学思想でもある。
(だからといってそれが正解とは限らない、客観的合理的といってもフランス流の科学思想もあるの家けれど)

ところがこれに反して、突然これを、重要な根拠として、官邸側が国会で突っ張ったものだから、行政機関における内紛が始まった。
【結局は、】
全体主義者は差配する者であったし、官僚は一枚岩ではなかった。権利や利害を守ろうとする頑強な社会層の抵抗に全体主義者は弱い。ちょっとした現実的物事や世論の反対にあうと、官僚業務の技術的基準が、全体主義者の政治的基準と衝突する。
……といった30年前に、哲学者クロード・ルフォール(フランス)が実証研究を行い、旧ソ連のスターリン主義を研究した全体主義の特徴と法則的理論的解明を行った通りの事態になっただけのことである。
http://dokushojin.com/article.html?i=1291

現に、厚労省が行った裁量労働に関する調査は、
ある日突然電話インタビューするような代物だった。それは急ぎ、数値調査専門の部隊ではなく、片手間に労働基準監督が行った様相のものだった。申告に基づく裁量労働の事業所調査で、ついでに極めて曖昧な行政監督指導がてらの話をつまみ食いしたものも存在する。
それは、「職員の反発を押し切って実行したきらい」の存在した調査だから、でっち上げとか誤字脱字は覚悟の上で実施それた。すなわち捏造は“未必の故意”と言われても当然の結末を自ら招来している調査方法だったのである。そもそも、こういった恣意的かつ杜撰な手法の調査を労働統計では戒めているし、こんなものを厚労省官僚主導で実施する訳がないのである。一般素人やマスコミ関係者には、突っ込まれる間隙はないだろうけれど、その道の専門家といわれる人たちにとっては、 一発で見透かせる代物だし、また相手にもされない調査なのである。
だから、
国会論戦では、ことさらデータミスの事例が、政変に使われただけである。そして、先にも述べたように、このデータミスが裁量勢労働拡大の「全文削除」につながったわけでは無い。主要な風向きは保守層の反発であった。くどいようだけれども、学問的には
【権利や利害を守ろうとする頑強な社会層の抵抗に全体主義者は弱い。ちょっとした現実的物事や世論の反対にあうと、官僚業務の技術的基準が、全体主義者の政治的基準と衝突する。】
といった部分を、
保守層から詰め寄られたことによる、番狂わせと見れば、すべてが妥当なのである。
__加藤厚生労働大臣の発言の録音編集__
日本労働ペンクラブのインタビュー2017年12月22日
(日本労働ペンクラブ会報No.194の引用)
───引用ここから───
非正規雇用で働く人の割合は全雇用者の40%弱だが、そのうちいわゆる不本意非正規は16%くらい。正規として働きたい人はそれが叶うように、例えば研修の場を設けるなど、正規で働ける道筋をしっかりと作っていく必要がある。他方、様々な制約条件があることから非正規での働き方を選んでいる人も多くいる。正規と非正規の待遇の格差は欧州に比べて大きいこともあり、不合理な格差を是正し、働く人が納得した中で多様な働き方を選択できるようにしていきたい。
元々、日本は職能給で欧州のような職務給ではないので同一労働同一賃金は難しいとの声があり、実は私たちもそう認識していたのだが、独、仏の実情を調べたところ必ずしも同じ仕事をしているから同じ賃金ということではなく、労働の質、勤続年数など様々なことを勘案して合理的かどうかの判断をしていることが分かってきた。
そうであれば、日本の雇用慣行の下でも同一労働同一賃金の考え方を取り入れることができると考えた。そういう考え方に立って①パートや派遺、有期雇用労働者にかかわりなく不合理な待遇差の是正を図ること、②待遇差に関する企業の説明義務、③行政による履行確保措置及び裁判外紛争解決手続(ADR)を整備して労使紛争を解決することなどを内容とした法案要綱をまとめた。
───引用ここまで───

…村岡なりに、簡単にコメント
独、仏、いずれも今どき、戦前のような画一張った職務給を実施なんかしていない。またその概念は“同一価値労働同一賃金”であって、“価値”という2文字の熟語を抜いた概念では無い。そして、日本の職能給とか年功給に加味されている能力向上費用とその期待値は要素として欧州でも考慮されている。
欧州の賃金決定方法は個人対企業ではなく、その基本ルールは“労働組合:>対:<企業団体との交渉”による、行政区単位の細かい職種ごとの地域決定方式である。加えて、今般の「働き方改革」における雇用対策法の改正要綱では、日本の正社員給与に加味されてきた能力向上費用とその期待値の要素を賃金決定から削り取ろうということになっている。
すなわち、戦前のような画一張った職務給に復古しようという内容となっており、そのイメージは非正規社員の時間給なのである。それに、時間給が数千円にも及ぶ正規社員の存在と言うものは、ほぼ想定していないないようである。さらに、物事を混同させている部分は、大臣の言う①から③は、賃金の構成内容を解説しているものではなく(学問的分析解説の足跡もない)、国家が行政機関の官僚を使って、民間企業に対して如何に政府方針を定着させるかとの、運営方法に過ぎないことである。
戦後に先進国が進めてきた、「労働者を管理して教育することで経済成長を進める」。
といった考え方は、今般の「働き方改革」では一切口には出されていない。すなわち、この労働経済政策の転換が「70年ぶり」という話のポイントなのである。むしろ、「正規で働けるように研修の場を設ける」と言ってみたり、「さまざまな制約条件であることから非正規での働き方を選んでいる人も多くいる」としてみたりで、根本的な経済発展の基礎となる=「個々人の職業能力とその成長を身につけることで自由をその人が得れるようにすること」とは言っていない。そういった自由への道ではなくて、非正規なのか正規なのかの選択をすることに留まり、その人の納得(我慢や満足)を得るだけのことしか言っていないのだ。ここにその道筋の曖昧さがあり、経済発展の足かせとなる低生産性を規制する政策を見出していない。むしろ、合法的であるならば「低生産性企業と低賃金」を野放しにする=ダンピングは蔓延し放題というわけである。
要するに、歴史的な経済発展政策の土台の上に構想した考え方とは程遠い。むしろ、過去や現代にも行われている全体主義者らの、a.ナチスドイツがユダヤ人を捕まえて、収容所に送り込み、大手企業で無給で働かせた。b.ソ連が、政治犯の囚人を無給で働かせ公共インフラを建設、ノルマ未達者の食事は粗末な物しか与えなかった。c.北朝鮮が、刑務所や教育施設で、囚人などに海外輸出産品を作らせている。そのような歴史実態が存在しているが、
~結局は、こんなような物事を、ふと思い出してしまう全体主義者の経済構想なのだ。


〈ICT産業革命時代〉その転職と守秘義務、そして競業禁止
そして賃金切下げ、その次の段階は、「転職・競業」に関わる、事業のコア(核)となる人材の取り合いである。 中堅・中小の個別企業の大手企業からの人材引き抜き=ヘッドハンティングが将来を決めることとなる。その少し幸いなことには、厚労省と経産省の2019年度にも「転職サイト」立ち上げ連携、公正取引委員会は“過剰な秘密保持義務や競業避止義務”の濫用規制構想がこの2月15日に発表され、各省庁官僚の業務技術的基準で始まることとなった。そこでも、有能人材確保や転職に当たって過剰な「守秘義務」が、その障害になっている。
ちなみに、現状は、リストラの場合実は不合理さが現存する。
すなわち、整理解雇などの人員削減においては、「競業禁止」とか営業秘密の守秘義務は、リストラを行う企業側が問うことはない。もっぱら、中途退社の場合とか競合競業会社への転職の際に、守秘義務・競業禁止を必ず問い詰め誓約させる等に至っている。
それは経済や経営の側面からすれば何故なのか、
果たしてそれは、どの程度の積極的経済活動の足を引っ張っているのか。社会の経済発展を阻害していないか。オールジャパンと言われる日本企業連携の阻害していないのか。
これらを、 “転職と守秘義務そして協業競合禁止” を契機に検討してみる。
【~まずは経済性や社会性の視点.→その箇条書きが不能な概念】
事業の新規開拓とか新商品の事業化には、
まず最初に最初に、「コアの有能労働の力量確保」が必要である事は、2月の総務部メルマガ190号で述べたとおりである。
http://soumubu1.blogspot.jp/#190-02

───事業主自身あるいは現有人材が、直ちにその「コアの労働の力量」に転身する=ここに育つには膨大な時間と労力が掛かる。まして、それは周囲の経済環境と競合他社との関係で、その是非を判断しなければならない。
それは、市場経済と価値増殖の二面に渡っている。
①他社との市場確保の競争=市場経済である。
  従来の市場に→旧来の商品を隈なく提供
  従来の市場に→新しい商品を提供
  新しい市場に→旧来の商品を提供
  新しい市場に→新しい商品を提供 この4段階が成功要因順であり
 ……といった原則のもとに、 ICTとかAIを使って効率を上げる方法である。
②Art域労働を、質と量の両面で確保してクリエイティブな創造的芸術域に迫る「商品の価値増殖」、すなわち固有価値商品の開発・提供である。この部分が弱すぎるから、経済成長停滞や個別企業の頭打ち、ならびに“豊かさの喪失”といった現象がはびこるのである。
すなわちそれは、経済学者シューペンターを示したイノベーション何のである。その真髄は、次の論文の最終14ページに示した、「アート(技術)の有形無形の完成品」である。
http://www.soumubu.jp/koyukachi.pdf

ここに挙げた2つの方向を追求する上で、有能人材の確保が必要となるのである。
シビアな言い方をすれば、
(A)人材確保とは個別の事業の中で固有事業のために育てる場合と、
(B)外部で育った人材を、個別事業の固有事業のために、ヘッドハントとか採用募集をかける、
との、何れかの方法であり、(B)のヘッドハントとか採用募集の際に、転職前の他社の「守秘義務」が問題となるのである。

───ところで、ここで振り返って考えなければならない問題がある。それは、先程の
①の場合は、市場経済=「市場と分配」ばかりに重点を置いて展開をし、もっぱら、金融政策を進めた上での、その後の具体的な市場確保は、各々の個別企業間の競争に任せるばかりであった。それが国内需要への市場確保(国内企業間競争)から、次は海外市場への市場確保(国家間の競争)へと移っていったのである。
②の場合は、「商品価値の増殖」といった、労働力を超える労働能力全般を効果的に投入する手法を、“調達→製造→販売”に対して、各々の固有事業が独自展開をするものである。その特徴は、「労働力を内在する労働能力全般」を用いる。それのみならず、受給者側による価値増殖が行われるといった特徴がある。すなわち、「意欲・感動・希望」といった共感作用が、供給側と受給側の双方に生じることでの新たな展開となっている、個々に固有価値が生み出される。だからそこに「経済の豊かさ」といったものを感じ取る、=すなわち一方的物資の供給による→受動的満足感による福利とか厚生といった類の商品価値では無いこととなる。これが経済学商品論の城跡である、地域経済で生まれ(いわゆる内需の萌芽)→地域外に供給される商品展開(マーケティング)がなされ→その国内外の他地域に供給されることで事業展開が図られる、といった具合に表されている。
要するに、付加価値といった曖昧な表現をすることで、
①市場経済=「市場と分配」の面から見た経済の仕組みの、それとは異なった。
②「商品の価値増殖」といった個々の商品経済の仕組みとが、混同されてしまって、
といった具体的な企画立案が疎かにされてきた=盲目にされてきたという訳である。
1-それは、行動経済学に言う、厚生による満足に対する、幸福を求める不合理行動と重なり、
2-またそれは、まるで物理学の、古典的力学と量子力学(2012年に確立)が並行して語られるといったイメージである。まして時代はカオス理論(2008年に確立)といった、イメージ的には「東風が吹けば桶屋が儲かる」といった、=“ランダムな初期値さえわかれば古典的法則性での決定論的結末が判る”といった展開イメージである。
3-加えてそれは、それにたどり着く論理構成は、そこに至るプロセスの認識が必要で、とにかく、「売れている=固有価値商品」かどうかの判断と理解をすることができる職業能力を身に付けることが必要不可欠だということなのである。

───したがって、「継続は力なり」と言われる、長期の職業能力向上の必要性が出てくるわけだ。それは、経営者、労働者、委任契約者の何れの形態かは問わない。もっぱらそれは民法などの規定による社会制度によって、法律を道具にして、実態の八割方未満が枠組みされるっているに過ぎない。
とりわけ固有企業が、新しい時代に向けて固有価値商品を創出する場合には、民法などの規定から業務プランを形成するわけがない。むしろ、過去の亡霊的な業務に執着する場合にあって、過去に固執するために民法などの規定を武器としてしまうことになる。そこでの経済発展解決には、無法地帯を形成するといった新自由主義ではなく、新しい価値商品を形成する労働能力全般を保護する目的の規制、新しい自由を保護する規制こそが必要となるのだ。「口先では新しい価値商品、実のところは無法地帯」であっては、価値商品経済は後退ないしは破壊される。

───加えて、労働能力全般育成の基盤となる、労働者の教育育成に関しては、商品生誕地は全体をまとめた労働者教育を実施しないことには、個々単独の個別企業の内部事情から、どうしても教育内容が細分的知識へと収斂してしまう。それは個別企業の経営労力の割には合わないものだったり、長期にわたる有用性が認められないとか、不有用な秘密が多かったりするからである。
そういった弊害を、具体的に防止してきたものは、それは商品価値が地域的に醸成されるといった性格から→
a.労働が行われている地域での職業教育であったり、
b.様々な学術団体の活動による研究・職業教育による国などを単位とするものなどであった。
すなわち、少なくとも「労働力の取引において、その労働力の所有権を、使用者に譲渡する契約」を行っている労働者の職業能力に関する忠誠心も、そういった地域教育や学術団体に指向している。
それが、Art域労働から始まるクリエイティブ性ともなれば、その地域の数百年来の文化・地域や家庭での生い立ち・それを具体化するための学術教育といった要素などが増加わる。→そのイメージこそが、出身地などの出自とか宗教観(宗教団体では無い)といった、現状では曖昧かつ法則性のよく解らない帝王学そのものでもある。
【こういった経済背景から考える、守秘義務そして競業禁止】
☆1.守秘義務の効果とは何か
企業間競争が激烈な時代に、およそ同一の商品を供給するにあたっては、他企業との守秘義務が重要になるわけである。新しい市場に進出するとの積極的情熱であったとしても、(市場経済論に念頭を集中している場合は)その実、個別企業内の業務姿勢は受動的で非積極的である。ことに、企画立案計画と作業実行を分離して大規模に製造を行う場合は、労働者の労働力のみを必要としているだけで、個々人の労働力全般の発揮を不要としていることから=積極的・能動的といった労働姿勢での組織運営ではないのである。せいぜいエイイオーの精神論だ。
したがって、そういった企業は競合相手といっても、所詮は=同一産業や同一業者の間柄にあっても、互いの個別企業は、“同業他社と同じやり方”での競争を事実している。ただ単に、より低い労働力コストを優先させて競争する程度である。とにかく(経営者は自社の弱点にコンプレックスを持つ事はあっても)、似たり寄ったりなのである。だから所詮は、そういった企業秘密?と言われるものの「守秘義務」が重要な課題となってきたのだ。

☆2.競業禁止の効果とは何か
さらに、経済成長時期における企業乱立にあっては、似たり寄ったりの仕事を、より低い労働コストで行うとして、競合競業他社を設立してもらったら困るという訳である。だがそれは、親会社の重層下請け系列とか支配下にとどまる場合には、「競業禁止」は許されている。現在日本に進出してきている海外家電メーカーの技術者は、日本の家電メーカーをリストラされた人が多い。リストラを行って人員削減をしたい場合、「競業禁止」といったことは問わない。したがって、「競業禁止」を取り沙汰する場合は、中途退社の場合か、若しくはイジメ嫌がらせの対象者に限られているのが実情なのだ。だからここでも、他社との市場確保の競合=市場経済ばかりに囚われた、過去の亡霊ルールとなっているに過ぎない。

☆3.ましてイノベーション次元の世界となれば
よく社会を観察してみると、飲食とか商品加工、日常消費財小売には、元より守秘義務とか競合禁止といった概念すらない。家電や自動車とか住居などの耐久商品などは、守秘義務とか競合禁止がなくなりつつある。それは、ICT産業革命によるものであり、昔の“業界集団形成と統制そしてカルテル(価格協定)”といった行為は、刑事処分の対象となる時代である。むしろ、そういった守秘義務とか競合禁止の概念が崩れ去った状態で、その場合に具現化された物理的商品に限られた範囲は無料提供されつつあり、その代替として「意欲・感動・希望」の3つが一体となった文化システム(思考習慣)の固有価値に付随した物理的商品部材といった形(=こういう価値を媒体する部材)としての役割になっている。すなわち商品価値の主要な部分は文化システム(思考習慣)固有価値であり、商品を構成する各部材の価格でもなければ原材料とリンクした価格決定方式では無い。

【本当の商品価値である固有価値は、歴史的に権力や世間体から非難される】
ここでも、これを「付加価値は?」もどきと曖昧に表現するものだから、窃盗・詐欺・脅迫と消費者に混同されて揶揄されることになるのだ。
・メリハリをつけて固有価値商品を創造しないから、ただ働きさせられた、泥棒だと非難され
・メリハリをつけて固有価値商品を販売しないから、詐欺だ、脅迫だと決め付けられる。
江戸中期に近江商人は、上方の最先端文化商品を江戸日本橋では売れなかった反物を、上方への戻りに、今の埼玉あたりの庄屋に立ち寄り、そこの娘に試着させ、「お代は今度、来年でいいよ」と言って反物を提供した。→翌年集金に行くと、庄屋の娘のオヤジが出てきて、「あの反物はもらったもので買ったのではない」と言い張る始末だった。なんとかキチット話をして集金はできたが、長い間「近江商人は泥棒だ」と言われ続けている。滋賀・京都・大阪以外ではいまだ老人からそういった声が聞こえる。そもそも、そういった異なる文化を乗り越えて商品流通が行われるのである。もちろん近代法の司法判断は、近江商人の主張が認められているのである。
はてさて、そこで振り返ってみると、近江商人と庄屋の娘との間では、「一体となった意欲・感動・希望」である固有価値が反物を媒体として交換され、通貨交換の部分が翌年に延期されただけの事であったのだ。新しい時代を切り開く固有価値商品は通貨との同時決済が成されているわけでは無い。むしろ、一旦決済を先延ばしにしてでも、「売り手よし、買い手よし、世間よし」といったマニュアルの真髄(ここが資料や古文書からは読み取れない)が、経済機能として発揮されているのである、これは近江商人に限らず、5000年の歴史を持つベイルートなど世界の格段に優れた商業文化系統にあって口伝で地域教育がなされているようだ。
よって、その守秘義務もしくは競業禁止の社会経済的な合意が成り立っている論理構成とは、
①他社と代わり映えの無い労働力を集めた受け身的姿勢の商品を扱う企業と、
②積極的志向企業の、共に地域経済を通じ共有して・アクセスを取れるようにすることで個人や企業の成長とか資源や機会を得られると考える企業とでは、
守秘義務もしくは競業禁止に対する認識と対応措置が、あからさまに異なるのである。
【日本の司法判断はいかなるものか】
それは、多くの人たちの通念と異なり、とても枠が狭く厳格なものとなっている。
そればかりか、様々な裁判例が存在しており、極めて判然とした雲をつかむような概念だ。
裁判所が判決に用いる、「社会通念として」とは、=およそ「裁判官が思うところには…」と同じ意味なのである。また、判例とか裁判例は、法律条文だけでは判断できないから、ケースバイケースでの裁定をしたものにすぎない。だから判例などで重要な事柄は“判旨”であって結論では無い。こういった事は、一般人のほとんどが誤解をしているし、就業規則作成の専門家である社会保険労務士の養成にかかる、試験の資格や判断基準とは異なるから注意が必要だ。

営業秘密としての守秘義務対象、判例によると、それは次の通りだ。
 (昭和55年2月18日:最高裁:古河鉱業足尾事件)
①管理をされている秘密であること。
それは無造作であったり規則性がなかったり秘密だと特定されていない場合は守秘義務の対象にならないということである。すなわち、「会社で知り得た秘密を守ります」といったような誓約書だけなら、これでは秘密というもの自体が存在しない実情になるのである。会社のノウハウだとしても、管理されたドキュメントであるとか、“ノウハウbook”といったような形態が秘密たるものには必要である。もちろんその秘密保持の保管状況も問題となる。したがって、考えられるほとんどは、窃取・詐欺・強迫といった犯罪でも伴わない限り、厳格な管理が伴わないものは守秘義務の対象にならないのである。むしろ、守秘義務というよりもデータとか顧客名簿の持ち出し=窃盗と考えた方が妥当となる。ところが、この窃盗などの刑事事件は立証が厳格であることから、秘密の守秘対策としては使えるものでは無い。守秘義務と窃盗は、法律上全く意味が異なる。
②秘密の重要性、価値のあること。
ある企業内で、重要性とか価値があるといっても、それが社会通念として認められるかどうかは判らない。最も重要な“秘密の管理”と併せて、一般的には管理されたドキュメントであるとか“ノウハウbook”として重要性とかの価値が示されることが必要となる。すなわち、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報として確立していることを要するのだ。
封建時代の師匠から弟子へと、仕草や口頭によってなされる秘儀といったものは、守秘に値する秘密かどうかは判断できない。現代社会では、また、その多くの職人的秘儀は秘密とされていないからである。また、面談とか電話で意思疎通をする、「ここだけの内緒の話」といったものも、客観的合理的に秘密の重要性や価値性が立証できるかどうか不明である。また“公序良俗”に反する事柄は、秘密として保護されるべき正当な利益があるとは言えないから、秘密の価値があることにはならない。
③公然のものでは無いこと。
インターネットやチラシに掲載されているものは公然のものである。会社が用意した従業員用の名刺は公然のものであって個人情報保護法の対象でもない。イメージとしては、公表もしくは公然となっている事柄は特許の対象では無いとされているイメージに類似している。したがって、転職にあたって、営業担当社員などが会社として収集した他社担当者などの名刺の紙自体は、会社の占有物(但し適切な管理を行っている場合のみ)ではあるが、その名刺に記載してあった内容については“公然のもの”だから守秘義務の対象では無い。例外としては、極めて隠密の行動で以って面談した際の名刺などが考えられるが、通常そんな場合に名刺交換などしない。
……加えてこれらは、公序良俗(近年は経済発展の阻害要因は対象とされているが)の観点からして、企業側の恣意的・やたらめったらの濫用といった根拠や行為は容認されない。

安全情報、個人情報、国家機密の扱いは
こういったものは、各々の法律で持って、企業活動にかかわりなく施行されるから、企業にかかる守秘義務とか企業が関与する対象とはならない。典型的なものは、マイナンバー制度であるが、企業には法的な権利義務は一切ないし、個人にとっては任意の制度である。企業などが個人番号収集すれば、その時点で初めて個人情報保護法が適用されるに至り、独自の安全措置が課せられ罰則を適用されるだけのことである。マイナンバーは個人情報の典型例であるが、その他の“人権や生活・生存権に関わる重要個人情報”と同じく、個人情報保護法による措置が取られるだけである。もちろん、安全・個人・国家といった用語を用いて、企業が恣意的な意図でもって守秘義務を課したとしても、法律判断としては無効として扱われる。
公益通報者保護法によって、内部告発者に対する解雇や減給その他不利益な取り扱いを無効とする行為、これは労働法のひとつとして位置づけられ、保護の対象は当該企業に従業する労働者のみである。これに基づいて、a.事業者内部、b.監督官庁や警察・検察等の取締り当局、c.その他外部(マスコミ・消費者団体等)に限って通報した事を保護対象としているが、その他対象の行為自体は全く守秘義務違反にはならない。その定める通報対象法律は、 法律にして464本(平成30年1月1日現在)及び法律及び政令に定めがある約400の法律違反行為が対象である。それは端的に言えば、保護法対象は自由・平等・基本的人権を擁護するための項目なのである。
〔通報対象となる法律一覧(464本)〕
http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/overview/subject/pdf/overview_subject_180104_0001.pdf

転職や競業の行為で問題になる行為者とは
営業秘密について先に説明したが、これを利用するための立場・能力・機会が重要となる。
すなわち
1.営業秘密の中枢に関わる者であること
2.それが保護に値する内容もう知っていた者であること
3.転職や競合行為について、規則で明示されていた者であること
……といった具合になる。
端的に言えば、営業秘密の中枢に関わっていなければ関係がない、またそれが営業秘密としての重要性や価値がないとなれば、競合会社への転職には何の差し障りもない。そして、競合行為の生ずる副業とか転職についての制限規定が、就業規則として周知されていなければ、秘密を持ち出したとしても、ノーカウントである。
ただし、その秘密を受け取った企業が活用する場合には、不正競争防止法の適応が、初めて、秘密を使用しようとする企業などに適用されるだけである。
〔なお、経済産業省の公表している考え方の内容は次の通り〕
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g91225a06j.pdf#search=%27%E4%B8%8D%E6%AD%A3%E7%AB%B6%E4%BA%89%E9%98%B2%E6%AD%A2%E6%B3%95+%E5%96%B6%E6%A5%AD%E7%A7%98%E5%AF%86%27


ここに来て、公取委員会は副業や兼業を萎縮させる行為を禁止
平成30年2月15日に、公正取引委員会の有識者会議は、「フリーランス(労働契約法適用)」の形態を用いて、過剰な秘密保持義務や競業避止義務を濫用して、副業や兼業を萎縮させる事は経済活動や市場競争に悪影響を与えるものとした報告書を発表した。公取委は、従来から内々には運用していたタグ‘労働分野にも独禁法が適用される’ことを、今回初めて明確にしている。公正取引委員会は、行政機関ではあるが、行政裁判所の機能も併せ持ち合わせている。
〔人材と競争政策に関する検討会p.44〕
http://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index.files/180215jinzai01.pdf


Art域労働と、労働力だけの労働、その場合の異なること
Art域労働をはじめとしたクリエイティブ性、a.一般にいう芸術の範囲域を超えたプロデュースであるとか、b.様々な工夫と言われるクリエイティブ性の強い労働に対して、c.少し創意や工夫をした程度かもしれないけどArt域労働を発揮した労働では、その営業秘密あるいは競合先転職について、現在の法律は何ら労働者の制限も使用者の保護もしていない。
世界的に著作権法などといった法体系があるが、それは報酬や賃金決定要素でもなければ、営業秘密にかかわるものではない。
飲食店のシェフ、デザイナー、pop宣伝広告、などはその典型である。そして、コピーによって創造性が活性化する場合があることを、ファッション,レストラン,アメフト,コメディアン,マジシャン,フォント,データベース産業などでの、アメリカにおける、コピーが合法とされている産業の豊富なケーススタディを紹介した研究も発表されている。世界的に著作権法などといった法体系があるが、それは報酬や賃金決定要素でもなければ、営業秘密にかかわるものではない。
https://www.msz.co.jp/book/detail/07940.html

そういったArt域労働をはじめとしたクリエイティブ性は、
a.時間を蓄積して創りあげたとしても市場に組み込まなければ価値は実現しない。
b.さらに、その商品価値を「使って初めて活きる」ことで、
c.事業者や消費者が自律性を伴って活用・改善使用しなければ陳腐化するからである。
すなわち固有(商品)価値であり固有企業であるから細、その高度なクリエイティブ性の営業秘密とか競合相手といった概念とかその必要性はは発見できない、むしろ、少なくとも法令で規制することが経済発展にとっては障害になると認識されているのである。
したがって、もっぱら営業秘密とか競合先転職といった、その大概の要素は、
a.「労働力(労働全般能力では無い) 」の取引において、
b.「その労働力の所有権を、使用者に譲渡する契約」を行っている労働者に限定されて、
c.議論もしくは司法判断が出されている。
d.さらに労働に携わるとしても、法人の取締役といった経営者については、不正競争防止法での議論は多いものの、守秘義務とか競合先転職といった議論は極めて少ないのである。
【具体的な場合の、退職・転職・採用に係る「守秘義務」概念とは?】
それは、積極的成長を図るための、まず最初にコアの労働の力量確保する場合のことである。
その他一般の人手不足対策と言われるものには、実態として守秘義務とか競合先転職といった事は無縁である。およそ、退職した後に、同業他社への面接採用を申し込んでも、その多くの場合は敬遠されるだけである。ことに将来が有望な企業は積極的成長を図っているから、その保有企業たるべき、“調達→製造→販売”といった独自に考案している事業システムを、その人材たるべき人物の採用についても行っているのである。
次に掲げるような、誓約書などを実施していない企業であれば、それはほとんど企業秘密に関して無防備というものである。
〔機密および個人情報の守秘に関する誓約書=例示・著作権放棄ドキュメント〕
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/shuhi-mynum.html

「業務上知り得た秘密」といったものでは、守秘義務や競合競業先転職にはなんらの効果もない。機密や秘密の具体性がなければ、全般的な誓約書規則は意味を持たない。ほとんどの弁護士事務所では、具体的な情報システムに沿った内容は、作成能力の持ち合わせがないことから、“ざる規則案”となっていることも否めない。

転職やヘッドハンティングでの注意点は
a.何事も合法的に行なうことであり、
b.経済性についての自由・平等、または司法判断=公序良俗に反しないことである。
~近視眼的になれば、司法判断での合法性さえあれば大丈夫と思いがちだが、そんな浅い思考習慣では、守秘義務や競業にまつわる、あまりにも判然とした司法判断の底流さえもつかむことはできない。
合法性だけを優先するから、対抗勢力や社会から非難されるのである。前述した、近江商人のマニュアル「……世間よし」がここに内在しているのである。
また、近視眼的・浅い思考習慣にとどまっている間は、そんな人物では、いわゆるヘッドハンティングの対象にもなり得ない。ヘッドハンティング対象者は、現に努める企業が手放す事は無いだろうし、その合間をくぐってヘッドハント会社のエージェントが活躍するのである。
したがって、このメルマガで前述したところの
①転職と守秘義務そして競業禁止につき、延々とした文章の底流をつかむこと
②自ら保持する“Art域労働と労働力商品”をそれぞれ具体的に分析すること
③それによって、転職元と転職先の比較検討、そして転職にあたっての能力付加
……といったものである。
本田技研を創業した、本田宗一郎は、町工場の時代から
「ここで勉強して、もっと良い会社に行くんだよ」といった趣旨のことを社員に話していた。
すなわち、積極的かつ成長企業というものは、日本においても
☆まず最初に、コアの労働の力量確保
→1‥その成果品のスピード取引
→2‥高度専門的な労働者をプール
→3‥商品のスムーズな流れ
→4‥能率的で営利的な生産過程
……といった労働能力や業務方針が徹底されていたということである。
☆積極的な企業は、価値を生み出す人材を地域から補給する戦略を取っているのである。
http://soumubu1.blogspot.jp/#190-08

そして、ここまで読んでいただいたあなたにも、
更なる職業能力の、資質と能力を身につけてもらいたいのである。

2018/02/06

第190号:大半の中堅・中小企業が、淘汰される時代に突入

<コンテンツ>
大半の中堅・中小企業が、淘汰される時代に突入
 【さて、積極的成長へ、そのステップは、】
 【次にそこへ、何が加わるか】
 【それから地元主導の試行錯誤の末
    → 経済育成施策の補正実施が進む】

 【固有企業は何を積極的に行うのか?
  淘汰される個別企業は、何故地域経済基盤から乖離して受け身的姿勢に陥るのか?】

   ___様々な労働が価値に転換できる市場志向モデル
   ___地域経済基盤との関わり
   ___価値を生み出す人材を地域から補給する戦略
   ___☆活躍する人物像 ★爬虫類的人物像
  【個々人が、“社会ビジョン”を持てるようにすること】
  【行動経済学(微細な動き)で様々が解決する】
  【私の昨年9月2日に学術会議で発表した論文と、その後の具体的手法】
  【補足……経済転換時節がらのヒント】
    ・東欧のスターリン独裁の全体主義下での地域経済再生
    ・地域経済再生のステップを、物語風に箇条書きにすると
    ・全体主義に、対抗し崩壊させる方法の紹介(その詳細理論解説)
    ・全体主義の研究と行動経済学に何の関係があるのか?

副業解禁 と言うけれど 【実施すれば何が起こる?】
 ★ところで本論、→副業には2種類ある。
  【個別企業の経費や手続きに関する課題】
     1.いわゆる本業=主たる就労先でシフトが組まれている場合
     2.シフトが組まれていない場合の労働者では
     3.労働社会保険の適用は
     4.給与所得からの所得税源泉徴収は
     5.労働時間の計算、実はマトリックス計算
     6.厚労省のモデル就業規則の検討案
完全雇用とは、どんな意味なのか【解説】


§大半の中堅・中小企業が、淘汰される時代に突入
今年から日本は、戦後以来の大転換に入ったと言われる。
東京オリンピックから先の日本経済は、崖が崩れるように落ち込むと言われる。
そういった時代に向け、果たして積極的な中堅・中小企業は成長するだろうが、受け身的な姿勢の企業は大手中小ともに企業コストを労働力、地域社会、環境にとシワ寄せせざるをえなくなる、すなわち淘汰される道の始まりである。
実態としての成長企業の条件、それは地域経済基盤と密接に関わることで、広い意味でのイノベーションされた商品を開発する固有企業といった戦略となる。これは古典経済学から近代経済学に至って、かつそれ以降の発展を問わず、ある地域の固有文化が形成されることにより、“他の地域とは違った固有文化商品が生み出される”から、「お互いに国内の他地域そして他国への展開を図ることで、商品流通と利潤が生まれる」という経済学定石の理論なのである。
その最もシビアな最小単位の地域とは、都市部も地方も日本の場合は、いわゆる「中学校区」である。近隣地域の共同施策は中学校区単位を超えての拡張段階と考えたほうが妥当だ。その理由は広範囲の地方自治体となると、事業経営や労働に関する企画立案を熟慮する際に、ことに「文化や思考において曖昧さ甘え逃げがはびこる」からである。
地域経済の発展をよく分析してみると、そういった経済施策ケースには、「奇抜さの起業」等はほぼ存在してはいない。奇抜さや単なる独特さとかパフォーマンス(曲芸)といった起業は、経済の豊かさや成長はもちろんのこと雇用拡大に資する成果は少ない。
冷静かつ有能な人物は、都市部全体市場が崩壊しつつあることを見越して、地域(都市部の地元とか場合によってはUターン)が堅いと見越しているようだ。そこでの課題は地域経済側の受け入れ態勢である。
世界各地の成功例のパターンは、フランスやイタリアの郊外地方都市、アメリカの地域経済発展の例、北欧経済の他国に及ぶ展開といった事例から見えてきている。これらの整理には数多くの文献資料ならびに共同研究の成果を含む、ここでは逐一紹介することは避けることとする。なぜ世界各地の成功例を引き合いに出すかといえば、日本経済がアメリカなどの一国の影響下で支えられた時代は、昨年で終了したからだ。
以下、都市部や地方問わず、地域経済を基盤にした固有企業や経済再建のポイントを整理してみる。とかく日本での地域経済とか町づくりは、建築設計や建設業者が主役になりがちである。だがここでは、経済経営学の視点からの提言を行う。もちろんそれらは世界各地の成功例、日本の都市部や地方の“経済環境”とか“経済のまちづくり”を熟慮したものである。
【さて、積極的成長へ、そのステップは、】
☆まず最初に、コアの労働の力量確保
→1‥その成果品のスピード取引
→2‥高度専門的な労働者をプール
→3‥商品のスムーズな流れ
→4‥能率的で営利的な生産過程
……といった労働能力や業務方針が徹底された結果である。

【次にそこへ、何が加わるか】
①投資家が参入することとなる。
②それから、一般労働者が寄ってくることとなり、
③結果的に、地域性のある産業群となる。
……現在の百万人産業都市群となったアメリカのシリコンバレーも、このように形成された。
絶対に間違えてはいけない真実は、決して投資家の参入が一番手ではなかったとの事実である。すなわち、日本の高度経済成長期における、“すでに買い手が決まっているような受注生産”をするために、全国各地に工場・住宅・商店を一体として築くための先行投資を行った方法(日本の高度経済成長政策とその後)では、決して無いということである。

【それから地元主導の試行錯誤の末→経済育成施策の補正実施が進む】
◎1.固有企業や地域施策には、奇抜さや単なる独特さ並びにパフォーマンス(曲芸)といった奇抜な起業は視野に入れていないこと。
◎2.地域の積極的企業の職場での必要な有効スキル教育は、(意外にも)地域単位で行っている。★企業単独だと“スキル範囲の狭い職務に特化せざるを得ない教育”プログラムとなるからだ、それでは職場でもって必要な有効スキルからの的が外れてしまう。
◎3.地域の固有性または市場支配の高い産業、☆家庭を形成確保している労働者が集積する産業を明確にする方向で、地域経済での主要産業をハッキリさせる。
◎4.個別企業では解決できない集団的な持続可能エネルギー政策、労働者の時間浪費とか非効率な自動車通勤をしないで済む交通政策を持っている。
◎5.規制のない不規則な市街地などの広がりを許す地域開発を抑制、商工業地区の再開発とか近隣地域の再活性化を志向している。
◎6.低価格または手頃な価格といった住宅増築を地域内側に混在させて世代の偏りを防ぐ。開発業者が空地開発に因る高級住宅開発ばかりに偏らざるを得ないといったような、そういった利益誘導政策は抑制する。
◎7.医療保険拡充と併せて医療費低コスト化を充実させ、国民健康保険や社会保険の費用軽減を施策する。例:小中学校の校舎内歯科診療所。
……これらの地域施策が、引いては地域の生産性・効率性・非正規社員の欠勤率低下へと導いている状況を作り出している。Art域労働の能力者はもちろん従来の“有能な労働力確保”の基盤が整うことになる。

【固有企業は何を積極的に行うのか?
 淘汰される個別企業は、何故地域経済基盤から乖離して受け身的姿勢に陥るのか?】

以下、この記事で「固有企業」とは、独自の固有の積極的経営を進めようとする企業を指し、それは同業種であっても差異が存在している企業概念として用いている。
地域経済基盤と共に歩んでいる(積極的と受け身姿勢の比較検討分析)とは、
それはすなわち、“調達→生産→販売”といった資本の活動領域のすべてが、地域経済基盤と連携しているのである。たとえ国際化を特徴とする多国籍グローバル展開であっても、地域経済基盤と共に歩んでいることは、なおさらである。
ところが、大手企業の中でも、一極集中に重点を置く場合には、地域経済基盤からの恩恵を受ける効果は少ない。一極集中型大手企業は行政機関などからの補助や減税にしか頼れないから、存立基盤は窮地に陥らざるを得ないのである。
固有企業の積極的姿勢は、前途は洋々としている、それは国民全体経済(GDPなど)の衰退とは無関係に、自らの発展を地域経済基盤と共に固有企業は図ることができることを意味する。
さらに、地域経済基盤と共であれば、事業所の大小企業規模を問わず、国家政策による国民全体経済への大雑把さからくる具体的弊害より逃れる領域が拡大するのである。

___様々な労働が価値に転換できる市場志向モデル
☆積極的市場志向企業は
=個人や企業の成長は資源や機会を、地域経済と共に共有して・アクセスを取れるようにすることで得られると考える。個人や企業が、地域から「干渉されないこと」といった考え方や物事からでは成長などは無いと実感している。そういった志向は、個人や企業の“社会ビジョン”を明確にすることによって、“個人の過失”といったことでの曖昧さや原因とか事態収拾策に答えを求めない。そういった“社会ビジョン”は、知識人の頭の中からではなく、現場での切磋琢磨から醸成すると考えている。それが自ずと効果的なリスク回避手法に至ることになっている。
★受け身的市場の姿勢だと
=社会・道徳・経済の崩壊は行政などの公的機関となると、社会は統治されず道徳基準もないなどとアキラメてしまっていることから、「世界は本来、不公正だ」との自覚はあるものの、個人は自分が持っているものに、シガミ付くべきだシガミ付くしかないと、かなりの運命論者に陥ってしまっている。

___地域経済基盤との関わり
☆積極的中堅・中小企業
=積極的な協調・集団的な資源活用・力の共有に取り組み、その促進のために地域の公的権力や公的資源を利用する。自由や民主主義を通じて隅々にまで機能する経済や社会を築こうとし、行政がそれの果たすべき役割を持っていると考える。そうすることでコスト対策の主導権を(実は)固有企業とか個人が持とうとし、結果となる“地域標準の評価”を上げていくことで、環境的に社会的に持続可能なビジネスを好む傾向に至っている。それがさらに固有企業の安定と持続をもたらすことだと心得ている。
★受け身的姿勢
=大手中小ともに受け身の姿勢だと、個々の企業や個人は孤立している。往々にして金銭解決の道を選ぶものだから、その企業コストを→有能人材不足、→地域社会崩壊、→地域環境破壊といった風に、物事にシワ寄せせざるをえなくなる。当然のこととして資金繰りが苦しくなり、余裕が無くなった状況となり、そこへ事件事故や債権未回収といったアクシデントに見舞われることから極めて脆弱な企業体質に陥る。その繰り返しから生まれる心理は、“周囲の人たちすべてを利害対立者”に仕立て上げざるを得ず、その(錯覚の末に生まれた)利害対立者と闘う経営管理を.否応なく毎日くり広げることとなる。

___価値を生み出す人材を地域から補給する戦略
☆固有企業は、積極的な固有価値を生む労働能力を求める
=技能スキルの高い労働者を引きつけ、コアの労働人材の力量確保をする。
個人の転職だったとしても、その労働能力を地域でもって、企業は職業安定を保持しようとする。
高質の生活維持とか長期の地域経済競争力を高めるやり方で、地域や町のシステムを考える。
自動車ではなく公共交通機関の拡充とか手軽な価格の住宅支援を地域でもって考える。
固有企業のノウハウとして、会社の財・サービスの質とか変化する市場対して、素早く効果的な順応が図れるような焦点に労働スキルをあてる具体策を持っている。
そのために、地域の積極的企業の職場での必要な有効スキル教育は、(意外にも)地域での企業横断的な姿で行うことを念頭においている。
経営者は労働者に、投資をして耳を傾け、経験豊かな労働者が確保できるよう家族を養うに足る賃金や付加給付に気を遣っている。
★他社と代わり映えの無い労働力、そして受け身的姿勢
=同一産業や同一業者の間柄にあっても、互いの個別企業は“同業他社と同じやり方”での競争をしている。ただ単に、より低い労働力コストを優先させて競争するだけである。
労働者の賃金や付加給付を切り崩す、仕事の外部委託とか派遣労働、人員削減と過重労働、“トップダウン管理方式”の強化を進めるだけのこととなる。
労働者には技能スキルの蓄積が伴わないことから、いつまでたっても商品価値の増殖が促されず、自ずと事業利益は低減する。(ところで、日本の労働者派遣業は、1999年の改正で、半失業状態にある技能労働者の失業対策といった目的を消滅させた)。

___☆活躍する人物像 ★爬虫類的人物像
☆積極的に固有価値を生む人物像 経営者と労働者
=「表現とは、他人にプラスの影響(=希望)を与える行為である」と、元からそういった思考を持っている。すなわち、その姿勢(Art域労働の技術)とは、共感作用と共感精度を意識的に自覚して、相手方に“希望の認識”を持たせるといった固有価値創造なのである。さらにArt域労働は通貨価値以上に価値を増殖させることとなる、ここに確実な売り上げ確保のコツがある。…後で述べる爬虫類的思索(思い)ではできない意思疎通能力を使い、それが芸術性に該当する。
☆より直接的なタイプのアーティストとなれば、コミュニケーションそのものを通じてArt域労働を表現する。いわゆるプロデュースをする経営者、プロデュースをする労働者だ。
  ・会議を運営したり、
  ・相談に乗ったり(アドバイス)、
  ・取材をしたり(インタビュー)、
  ・怒った客をなだめたり(あっせん)
☆価値を無理矢理、商売に直接結びつけないことも、Art域労働を進める上での重要な条件でもある。アーティストとなれば、自分が生み出した価値が、自由に広がっていくことを望み、それを妨げるような理屈を認めない。すなわち、Art域労働は自由に広がっていくことになって、狭い通貨価値だけでは捉えられない価値増殖が存在し、この部分の価値によって利潤の高い商品取引が成立するのである。
☆創作創造物は、形になって他人(需要者)に届いた時点で固有文化価値が生じる。主に通貨によって商品一体の価値が表現される。
☆物事の失敗の原因を考えるにあたって、次のような積極的分析をする。
①その失敗の背景には必ず、手を打つタイミングとか検討時点が遅すぎたとの事実がある。
②早い段階での検討作業を前倒しで行い、プロジェクトの日時が近づいてくると必要な変更のみで手を打つ。その必要な変更のタイミングの時期を間違えない段取りをすれば失敗は激減する。
③意思決定に関わる人が少ないと、検討作業における混乱が起きにくい。
④これがArt域労働のスケジュール技術であって、決して根拠のないヒラメキや思いつきでArt域労働もアーティストも仕事はしていない。
⑤いわゆる失敗が多いとか、出来上がりが悪いといった場合は、必ず検討するタイミングが明らかに遅いからなのである。
★爬虫類の生物学、脳科学・神経科学的特徴とは
=闘争・逃走反応、怒り、生残りの本能だけである。 経営者と労働者
★爬虫類は理性に耳を傾けることができない。したがって爬虫類は「アイデア」を拒み、「失敗の可能性」を避けるに留まる思考である。
★さらに爬虫類は、目立たないようにすること、従順になる雰囲気を通して安心感を持つ。したがって“感情に振り回されること”を喜ぶ。利己的な態度や近視眼的な振る舞いも大好きである。
★こういった彼らの積極的志向を拒絶する心理的抵抗が言葉を道具に表され、あるいは批判する言葉となって表される。要するに、彼らは拒絶するだけで話に根拠はないのである。……だから、積極的人物像は、爬虫類のストーリーには耳を傾けないことである。楽観主義は理性的意志の問題、悲観主義は感情の問題と、昔から言われている帝王学の通りである。
★退化した爬虫類的な脳に基づく行動となれば、巧妙に人を操り(本人は本音と建前による操作性を雄弁に発揮しているつもりなのだが)、自らを組織に“目立たないよう順応させて”存在にする。さらに、(目立たないつもりで)作為を用い周囲の者に失敗をさせ、→自分以外が大それたことを出来ないようにする、→“失敗しないのは私だけ”を演じる。
★人を操る方法とし、「スタンドプレイよりチームプレーを大事にしろ」との話を歪曲悪用してデッチ上げ、部下のやる気にブレーキをかける。……本来は、積極的姿勢の持ち主が組織的に協議をすれば、確かに失敗は防げるとするのが、行動経済学の示すチームのあり方である。
★爬虫類的行為は、他人が失敗をすればさらに貶める。職場では裏側で目立たないように行う。それはDV加害者と共通しているケースが多い。
【個々人が、“社会ビジョン”を持てるようにすること】
が重要である。現在のフランスの地方経済の話を紹介する。
地方では年金や第二の人生世代、都市と田舎に生活拠点を置く「2戸住宅世帯」向けの地域開発が進んでいる。地方市街地の街並みに、木々や草花を植え花を咲かせることを優先したとのことだ。博物館や観光施設は要らないとしている。フランスでは昔から、「100年を経過した建築物は観光資源になる」とまで言っていた時代は過ぎ去った。
おかげで、イギリスのドーバー海峡を越えて移住をしてくるイギリス人が家屋を購入している。そういった地域に立ち並ぶ飲食店は、固有文化レベルが高い店舗が多いようで、その経営は
“仕入れ率20%→設備費用率30%→人件費と利潤率50%”
だとの分析である。それは、加工やサービスに係る労働能力が極めて高いことから高価値を生み出しているという事であり、そういった飲食店にこそ顧客の「行きたいといったニーズ」を受け止め、それが長続きしていると考えるのが妥当である。
なお日本では、
日本の地方や田舎は、ダントツに地元野菜や魚介類が美味しいにもかかわらず、飲食店の固有文化価値レベルの引き上げのきっかけになっていない。
「仕入れ3割→設備費3割→人件費と利潤が3割、残りは予備費」
といった旧態依然の製造工場の感覚が飲食店のノウハウだと考えている飲食店が大半だ。そのように指導する経営コンサルタントの類も圧倒的に多い。その結果は、飲食店の固有価値を求めて自家用車を走らせることとなり、あるいは大都市の都心部まで電車に乗ってくるとかで、通貨の配分は交通移動に高い経費をつぎ込む結果となっている。すなわち、本来はレベルの高い飲食店の固有文化価値商品に回るべき通貨は交通費となっている。

【行動経済学(微細な動き)で様々が解決する】
もっと平たく、現実的な行動経済学を紹介すれば、……
☆戦力となる女性労働者は、年齢、恋人、結婚、出身、学校などの話は大嫌い。社会や芸術とか本の話から親密になれる。
☆自意識過剰が強ければ周りの人の態度に性差別を感じやすい。そういったことからセクシャルハラスメントと女性は受け止めやすい。これの解決には、安定した環境で、よく知っている人たちと仕事をしていると自意識は弱まる。それは男が仕切る仕事の分野でも自意識は弱まる。
☆自分の好きな人と長い時間過ごしていると、人は幸せを感じる。これとは全く違って、社会の平凡な目標達成したときに多くの人は満足を感じる。
☆話や書面の文脈を少しひねると、お金をかけずに人の行動に変化を与える。(例えば=他人がやっていれば自分もするといった風に)
☆危険に備えて直ぐ対処しないのは、「先の話だし具体的に思い浮かばない」からやる。部下の隠蔽工作もこれから始まる。
☆失敗の背景には必ず、手を打つタイミングとか検討する時点が遅すぎたとの事実がある。早い段階で検討作業をやりとげ、プロジェクトの日時が近づいてくると必要な変更のみで手を打つことこととタイミングを済ませるような段取りをすれば失敗は激減する。いわゆる失敗が多いとか、出来上がりが悪いといった場合は、必ず検討するタイミングが明らかに遅いからなのである。
☆意思決定に関わる人が少ないと、検討作業における混乱が起きにくい。
☆国籍や個人的考えの相違を乗り越え歩み寄って下した決断は、“同一意見の人間同士”アプリの決断よりも頑丈である。

【私の昨年9月2日に学術会議で発表した論文と、その後の具体的手法】
「固有文化価値を生み出す労働価値とその交換の仕組み」
中堅中小企業の経営実務に具体的に役立つものとして、経済学者や社会学者からの評価をいただいている。以上ここに書いた心理的かつ実際に役立ちそうな内容と、併せて読んでいただければ、読者諸氏それぞれのヒラメキに、さらに具体的なアイデアが生まれるだろう。
http://www.soumubu.jp/koyukachi.pdf
新型女性労働(総務部メルマガ2017年9月号)
http://soumubu1.blogspot.jp/2017/09/#185-1
女性の募集&定着の最重要ポイント=イジメ嫌がらせセクハラ防止策(総務部メルマガ1月号引用)
http://soumubu1.blogspot.jp/#189-02
といった、様々な人材不足解消の有効な施策も、この学術論文から自動的に生み出されバージョンアップするという訳なのだ。

【補足……経済転換時節がらのヒント】
東欧のスターリン独裁の全体主義下での地域経済再生
ところで、旧東欧における、旧ソ連のスターリン主義を研究した、哲学者クロード・ルフォール(フランス)が実証研究を行っている。なぜこれを話題にするのかといえば、様々な景気や個別企業の経営に対して、決して諦めなかった思考や姿勢が、その当時の現実に豊かさを同時にもたらしたからである。

地域経済再生のステップを、物語風に箇条書きにすると
 1.先ずは生き延びて、全体主義に対抗し続けて、
 2.幸せと権利の主張を行い、
 3.自由と創造性の資源でもって、現実に具体的な経営や労働を行い、
 4.新たな権利のチャンスの形を読み、
 5.そのことで幸せと権利、それとは別の実利利益(厚生)も確保し、余裕も確保して、
 6.自由の相互承認・行使の相互保障を柱に→民主主主義を広げることである。
 7.「幸せの権利と利益満足(厚生)」との区別を付け、「未来幻想と現実現在を交換できる」との誘惑に抵抗することである。
……このようにして、全体主義を崩壊をさせたと分析し、これが歴史の事実と結論づけた。

全体主義に、対抗し崩壊させる方法の紹介(その詳細理論解説)
難しい表現をすれば次の通り(ご参考に)
旧ソ連の東欧での全体主義を崩壊させた歴史を実証研究した哲学者クロード・ルフォール(フランス)は、次のような内容を各国歴史の事実関係から発見している。そこには旧ソ連の軍事力の脅威が停止したペレストロイカの瞬間に、各国が自力で崩壊させた「民主化の対抗政策」を紹介している。確かに、日本軍ファシストやドイツ:ナチスに比べ、頑強で長期化した旧ソ連をはじめスターリン主義:左の全体主義は、西側諸国の支援を必要とせず崩壊したのは確かな事実関係である。その、「民主化の対抗政策」とは
☆1.全体主義者の象徴的なものの秩序(幻想・妄想)を、現実的な物事の内側に落とし込んで行ったこと。(実現可能な幻想妄想であることが証明されていった)。
☆2.こういった現実的な物事の内側の解決には、全体主義の外部との連携を伴わざるを得なかった。(自由・平等に基づく様々な権利が全体主義の下でも実り、それは自ずと経済利益を確保されつつあった)。
☆3.全体主義権力の秩序は、「法の秩序」や「知の秩序」と合致しない。(秩序や権利行為は、①法定のもの、②契約行為、③不法行為、④その他の権利に及んでいる)。
☆4.結局は全体主義者は差配する者であったし、官僚は一枚岩ではなかった。権利や利害を守ろうとする頑強な社会層の抵抗に全体主義者は弱い。現実的物事や世論の反対にあうと、官僚業務の技術的基準が、全体主義者の政治的基準と衝突する。
……といった考察を実証研究しているのである。

全体主義の研究と行動経済学に何の関係があるのか?
との疑問が湧くのは当然である。それは、人類の数百年の歴史始まった、独裁に対する民主化、ことに身近な経済民主化と、それが成し遂げられる(幸福の)権利の課題だからである。その思考や姿勢は、事態を開拓することで生まれるアイデアや施策といったものとの共通性がある。アメリカ経済が20世紀に飛躍的発展を遂げたのは、20世紀初頭からナチスドイツや旧ソ連スターリンの左右全体主義を、アメリカ国内で避けるための経済政策を実施したからである。それは引き続き、さらにアメリカ経済が世界に向けて戦後花を開いたわけなのだ。
①あれかこれか、賛成か反対か、といった二元論的論議ではなく、
②具体的に事業や仕事の職務で通用するような方策を採ったことである。
③事実、東欧の場合はスターリン主義の下でも、成功した事業だったことは事実だし、
④したがって、「世を嘆いて」諦めるようなことが無かったのである。
……確かに、そういった断片的情報や知識を集めてきても着想や思考にはつながらない。ところが、歴史的体系的にプロセスをたどれば、諦めずに済む着想や思考につながる。それは、近年発見された論理学や哲学の理論である。
ひょっとして、多くの芸術研究科は述べている、
「新しい絵画や音楽といった芸術が生まれると、しばらくして人々の思考に変化が現れる」
との現象に何処かでどこかでつながるのかもしれないのである。
§副業解禁 と言うけれど【実施すれば何が起こる?】
果たしてそれはどういう意味を持っているのだろうか?
なぜこれが唐突に持ち出されたのか意味がわからない。今般の「働き方改革」の雇用対策法改正案で、日本の賃金を職務給中心に移行して、個々人の賃金額の引き下げ方針を打ち出しているが、その場合の賃金総額ダウンの緩和措置として、副業での収入補填による職務給の誘導促進といった方策の考え方なのかもしれないのだ。それは、厚労省の検討資料のメリット、デメリットの羅列の底流に流れる(専門家からすれば)珍説から、大いに読み取れるの可能性が大きい。
こういったことは人事労務の専門家であるならば創造力が必要な問題解決能力として、頭の中で考えておく必要がある。なぜなら、個別企業の行く末を翻弄させられ、その企業の理念とか経営方針が、いくら経営者も労働者もが努力をしたところで達成できない末路になるからである。もちろんそれは、資本主義の本来的姿による経営管理の原則だ。

ところで本論、→副業には2種類ある。
①請負とか委任・準委任といった雇われない形のもの
②実態として労働契約により雇われた形のもの
……まずは、それぞれの現状はどうなっているのか?
①の場合には、そのほとんどが、いわゆる内緒で行われている。
公務員も副業禁止ではあるが、家族の名義で兼業を行っている。失業者でも事業経営をしている、もちろん失業手当は貰えないのは当たり前だが。こういった人たちは、所得税法上は年間¥20万の収入を超えれば確定申告が必要となるだけのことである。おそらく、今も将来も、いわゆる内緒で行われるであろう。要するに、こちらの副業はさしたる問題ではない。なお、公務員などは、民法や労働契約法に定める契約関係は適用されないないから、民間労働者とは根本的に考え方→扱いが異なっている。(公務員は、副業のことを兼業と表現してみたりして概念は異なる)。今話題となっているのは民間労働者のこと、公務員の話では無い。

②は、夜のお仕事や他社で働くあるいはダブルワークやトリプルワークといった掛け持ちのケースである。
このケースは、いわゆる本業=主たる就労先に対して不都合・不具合・差し支えがなければ、副業とか兼業は従来から裁判で認められている。就業規則などに副業とか兼業の禁止規定があっても、裁判所は、解雇や懲戒にかかる客観的合理的社会相当性でのみその判断をし、多くの副業兼業を労働契約には差し支えないものと認めている。また、個別企業が副業兼業を禁止するからには、使用者が.労働者が(兼業ではなく)副業をしなくとも家庭生活を維持できるとする社会概念が存在するのだが、裁判所ではこれを社会通念とも認めてはおらず、そういった社会概念は徐々に“主張されなくなりつつある権利”となって来ているのが日本の現状ではある。しかし、こういった背景を抜きにして、文字の意味だけを考える、「副業や兼業」では、“調達・生産・販売”という資本の活動領域での企業内秩序が成り立つことにはならない。すなわち、労働者の意欲や労働契約を超えての労働能力発揮がなされている現状からすれば、「副業や兼業」の内容実態を差し置いて仕組みのことばかり議論しているといった不毛なものである。

【個別企業の経費や手続きに関する課題】
これについて全くと言うほどマスコミでは議論がされていない。
厚労省の検討会では基本は示しているが、おそらく一般民間企業では、まったく意味が解らないであろう。したがって巷では様々な作り話が横行している。
とても重要な事柄は、
「その人の法定労働時間を超えた就労には、副業先での時間外・休日割り増し賃金の支払い義務がある」ということである。その労働者の労働時間の計算は個別の企業事で計算するのではなく、その労働者にかかる労働契約分の全てを通算する計算方法である。
その場合、「1労働日」とは、“ある暦日から始まる終業時刻、途中休憩を含めて結果の終業時刻まで”である。すなわち、数日間の連日就労でも「1労働日」と計算される。また、休日とは、暦日の午前0時から午後0時まで就労していない事実関係を指すものであって、もちろん複数企業を通算して休日計算をする。
すなわち

1.いわゆる本業=主たる就労先でシフトが組まれている場合の労働者には、
週40時間を超える部分での、早出とか残業そして休日出勤に対する時間外割増を、副業先は基本賃金に加えて支払わなければならない。したがって、副業先はいわゆる本業=主たる就労先のシフトを入手しておく必要がある。労働者からすれば、副業をすれば、とにかく割増率が付くのである、でも目先は有利のようだが長期的には賃金の時間単価は低下する。一方の使用者は、法定休日ならば35%増の支払いをしなければならない。使用者からすれば、こんなに煩わしい時間管理をしてまで、副業をしたい者を、果たして採用したいと思うのだろうか?

2.シフトが組まれていない場合の労働者では、
暦日で8時間を超えた時点から割増賃金がカウントされる。
休日は、その労働者が週40時間を超えている暦日であれば割増手当となり、法定休日は35%増となる。法定休日は予め定めていなければ日曜日を指し、週の始まりは日曜日からカウントすることになっている。
日数の数え方は民法で定めるとおり、満年齢数えるようにカウントする。1週間は、次の週の応答日の前日で終わる。1ヵ月も次の月の同日(応答日)の前日で終わる、30日後とか31日後ではない。1年も、翌年の同日(応答日)の前日で終わり、365日後ではない。加えて、その日の終わりとは午後12時=24時に達した時である。もちろん、「1労働日」は民法の数え方ではなく、労働基準法で定められたもので、暦日をまたがる事は存在する。
ところで、週休二日制の事業所は、使用者の自覚はなくとも、法律上はシフトを組んでいることになっているから、ますます複雑で煩わしいことになってしまうのである。間違いなく、「副業」を働き方改革の中で言い出した人物は、そういったことを知る由もない。

3.労働社会保険の適用は、
雇用保険の被保険者資格、社会保険の被保険者資格を満たすこととなれば、副業であっても、保険加入(資格取得)となる。雇用保険は週20時間以上、社会保険は中小企業が30時間、大手企業は20時間以上、そして、この時間を超える労働契約を結べば資格取得の対象である。そのときの手続きや保険料、その分担の有無にかかわらず各々の事業所の納付義務である。副業先の事業所が手続きをせず保険料滞納をした場合には、主たる就労先事業主が履行しなければならないこと、にはなっている。時間の長い主たる就労先で社会労働保険に加入すべきとし、副業の使用者が加入させないのは、何らの法律根拠はない。
合法的に保険適用を避けようとする使用者は、雇用保険や社会保険に加入できない枠内の労働時間を、副業したい労働者個々人と研究を重ねて、労働契約を結び、その証となる契約書面を作成しなければならなくなる。そういったレベルの高い事柄は、いくら合法だと言っても肝心の副業者の労働意欲を維持することも併せれば、社会保険労務士の資格者であっても極めて有能な人物にしかできない企画立案なのである。厚労省の行政手続きに不行き届きと混乱を招くことは間違いない。

4.給与所得からの所得税源泉徴収は、
たとえ被扶養者が0人だとしても届出(「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」)を出せば毎月甲欄により、扶養家族の人数に基づき使用者が徴収する。甲欄による源泉徴収は支払給与が月額¥88,000未満であれば、使用者からの源泉徴収は無いとの制度部分が注目点である。これに対して、扶養家族の届出がなければ、乙欄によって数千円程度は源泉徴収されることとなる。
巷には大きな誤解が蔓延しており、“副業がバレル”とか“確定申告で問題が生じる”といった幻想で扶養家族の届出はしないとする者もいるが、そういった方法は、よほど複雑な事情がない限り、節税にはならない。
また、マイナンバーを使用者に届け出なければ副業とか兼業の収入を追跡されることはない。マイナンバーの届出は個人自由であり、会社も個人も取り扱う義務は法律上も無い。税金を追跡されたい者だけが届ければ良いことになっている。副業の労働者を大々的に受け入れたい使用者が、マイナンバーの取扱を行っていては、副業労働者の恐怖を助長して採用を拒むようなものである。労働者は税金を恐怖に受け止めるのは、税金の使い道への不明瞭さに不満があるからであるからで、その解消に事業主は使用者の責めは無い。なお、個人や家庭の収入を把握する事務は、市町村の税務課が行っており、その結果を税務署に通知することになっているから、念のため。

5.労働時間の計算、実はマトリックス計算
決して誤解しないでほしい、労働基準法による計算は加減乗除ではない。
それは次のURLのようになる。この計算方式を操ることができれば、副業労働者の時間や賃金管理はとても簡単である。ところが、大手企業の多くは、マトリックス計算を理解できないのが現状であり、いわゆるシェアード会社にあっては、(職安法違反や派遣法違反が能力向上の足かせとなり)その運用は不可能であろうと考えられる。加減乗除の電算機を使っているから理解できていない。
中堅・中小企業の使う給与計算パッケージソフトのほとんどは、加減乗除である。確かにそのシステム開発は難しい上に、そもそもマトリックス計算が理解できない経理担当者が多いことから、給与パッケージソフトの売り上げには結びつかない。そこで、加減乗除の計算ソフトでお茶を濁しているのが日本の現状である。こういった面でもAI人工知能は、残念なことに世界の現状並びに総務人事の世界では夢のまた夢である、マトリックス計算なんかAI人工知能では考えていない、というより無知なのである。シェアード会社などが使用している自社開発の給与ソフトも、IT企業に乗せられての加減乗除の方式が多い、もちろん、マトリックス計算そのものが理解できても、シェアード会社の業務方法の足をマトリックス計算の理念が引っ張ることになるから採用できない。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/jinji/labortime.html

6.厚労省のモデル就業規則の検討案
よく見れば、現状維持の追認となっており、マスコミ等の報道内容とは異なっている。
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11909500-Koyoukankyoukintoukyoku-Soumuka/0000185386.pdf#search=%27%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E5%B0%B1%E6%A5%AD%E8%A6%8F%E5%89%87+%E5%89%AF%E6%A5%AD%27
§完全雇用とは、どんな意味なのか【解説】
それは、世間一般で用いられる意味とは、大いに異なる。
まずは、経済学や経営学では、イギリスの経済学者ビバリッジの説がある。
……労働市場法という分野にあっては、おおむね次のように認識されている。
それを解説した文献引用が以下の通りである。(人手不足対策の専門家としては必見の書)
https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/roppou/rodo_shakai/gaisrodomktho/
───以下引用───
完全雇用の達成は、近代福祉国家における基本的な政策理念として広く認められている。わが国でも1966年制定の雇用対策法がこれを明文で定めている。しかし、完全雇用とはいかなる状態をいうのか。
これについては、様々な説があるが、その代表的な例としてイギリスの経済学者ビバリッジ(William Henry Beveridge)の説を紹介する。彼は、完全雇用とは、文字通りの無失業状態を言うのではなく、「失業者より欠員のままの仕事も多いこと」と定義し、おおむね3%程度の失業率を想定していた(full employment in a free society 1944)。言い換えれば、個々の場合の失業が長期に渡ることなく、そしてそれが道徳的な頽廃(タイハイ=注:おとろえてすたれる)の危険なしに、失業保険によって保護し得る期間を超えてはならないということを意味する。
また、ILOの文書によれば、完全雇用とは、「労働の意思と能力があって、求職活動している者が、国内の環境及び通常と考えられる基準に従って適切と認められる職業に短期間につける状態」と定義している。これが、雇用対策法が定めている完全雇用の意味でもある。
「完全雇用」の用語が初めて政府文書に現れたのは、1957年の雇用審議会答申第2号であった。これは、完全雇用は「量」ではなく、不完全就業(潜在失業)の問題を含めた「質」の問題だとしている。そして、1960年代に失業率が1%台で推移するようになると、完全雇用に向けた政策は失業対策という側面から、労働者がその社会的経済的地位を向上させ、産業界が必要とする急激な労働力を確保する就業条件の整備こそが「完全雇用を達成」を図るために緊急事であるとされるようになる。
───引用ここまで───

このように、マスコミや世間一般で話題となっている。失業率の概念とは異なるものである。
くれぐれも、注意をしていただきたいことは、
日本の失業率統計は、その計算方法は様々に変化をしていることである。数字だけを見ていると、オイルショック後の1976年の完全失業率は2.0%を超える。1980年代に入ると失業率はおおむね1から2%程で推移。その後リーマンショックの影響で2009年8月には失業率5.6%を記録。
ところがここには、統計計算の分母と分子が様々入れ替えられたのである。
加えて、非正規労働者とかは不完全就業(半失業状態)であったはずだったし、親のスネかじりとか家事手伝いといった者(潜在失業)は、いつの間にか失業率の数値から消えてしまっている。
すなわち、表される失業率=失業率の単なる数値の変遷だけを見るのは専門家としては失格なのである。
“失業率が下がれば賃金は上がる。”
それは、本来の半失業状態、潜在失業状態を含めた完全失業率との関係でそう言える。よって、従来の経済学の学説が崩れた訳ではない。アメリカの場合は、雇用統計=完全失業率の変化によって金利を変動させることが法律で決まっている。一部の経済学者たちは、「雇用統計は金利の重要な要素だ」とテレビなどで話しているが、甚だしい無知なのである。要素ではなく、金利変動の法廷要件だ。本来の完全失業率の統計資料が出れば、賃金相場は見当が付くのだ。

2018/01/09

第189号:「働き方改革」の罠にハマれば、会社は損&労働者は貧乏になる

<コンテンツ>
「働き方改革」は、法律案は4月の通常国会
女性の募集&定着の最重要ポイント=それよりも第3の働きかた改善=
   【結論は】お局・同僚・上司からのイジメ嫌がらせ防止策として、次の規則を実施。
   ……加えて、福祉・介護といった事業場では
   【後学のため、女性進出先端の教職員の歴史的事実】
働き方改革の美辞麗句(扶養配偶者150万)可処分所得減額の直撃も
   【それではここで、計算式による根拠】
★★社会制度の手足をもぎ取る、もう一つ気掛かりな動き
   __「一気に、勤務社労士を排除したい!」との内閣府官僚の意向。
   __ことに、女性の勤務社労士は悲惨に晒される
   __間違いなく、労働に関する社会制度の空回りが発生
   ☆その抜本的対策として「全国社会保険労務士の職能Up委員会」
バージョンアップ=働き方改革の法律案から湧き出る、具体的な問題
   ①同一労働同一賃金、(その抜け穴)
   ②賃金引き上げと労働生産性向上、(その抜け穴)
   ③柔軟な働き方が行いやすい環境整備の罠
   ④女性・若者の人材育成、環境整備の美辞麗句
   ⑤病気の治療と仕事の両立で中高年に犠牲を強いる
   ⑥子育て・介護等と仕事の両立、障害者・高齢者就労の振りだけ
   ⑦雇用吸収力、付加価値の高い産業への労働力移動の妄想
   内閣府の全体主義官僚たちがまとめるストーリーは妄想と幻想
労務管理は、本を読んでも、何かの試験に合格しても、出来ません。
   それは、次のような自問自答してみることです。
   【決定的素質の課題】=知識偏重主義は止めること。
労働が価値を生むと言う(知っていれば便利な)経済学
   ①抽象的労働説(アメリカ20世紀初頭の制度)
   ②(アダム・スミスの)支配労働説があるが、
   ③日本の労働行政官、法曹関係者、労働組合幹部などに多いとらえ方
   ☆ことに極めて高い価値率を生み出す Art域労働 というものは、
   ところで、個人請負 independent contractor とは何の事?
【速報】マイナンバー 市町村税課からの通知には記載中止
   ≪では、これはいったい何を意味するのか≫
   すなわち市町村税務課での、個人収入把握を狙っていた国税庁からすれば、
   非常に多くの中小企業は、
   マイナンバーで、一儲けしようとした便乗業者は
   ≪年明けの、個別企業の動向は≫


§「働き方改革」は、法律案は4月の通常国会
に向けて、諸々の法案提出の準備に入っている。何らかの政権危機が起こらない限り、内閣府はその準備に入っている。ところが、躍起になっている内閣府に対して、各省庁官僚は一枚岩ではないようである。
ことに、権利や利害を守ろうとする頑強な社会層の抵抗に全体主義者は弱い。現実的物事や世論の反対にあうと、官僚業務の技術的基準が、全体主義者の政治的基準と衝突する。そのような状況が日増しに拡大しているようだ。こういった現象は、戦前戦後の実証研究により、学問的にも確立しているのである。
場合によっては、昨年から延期された「働き方改革」も、4月の通常国会はまた延期され、来年に飛ばされる可能性もなきにしもあらずだ。
なぜか、ほとんどマスコミが報道しないのだけれど、民間シンクタンクばかりか普通の政府筋も、働き方改革での所得減は4兆から8.5兆円も減るとの記事は流れている。
労働者一般の所得を増加させることで内需拡大となり日本経済が安定する政策は、国内のあらゆる経済学者の指摘もOECDの勧告もが一致して、いずれも共通して政府に訴えているところである、
働き方改革、「残業代が8.5兆円も減る」の衝撃
雇用者報酬の3%に相当、実質GDPも下押し
http://toyokeizai.net/articles/-/188466
安倍政権の働き方改革、(複数の政府筋)
残業抑制で4-5兆円の所得減 一時手当は効果に限界
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/11/4-5.php


§女性の募集&定着の最重要ポイント=それよりも第3の働きかた改善=
個別企業の大半は、人手不足だとか人手が足りないと言いながらも、具体的に何の手も打っていない。あげく「給料が安いから!」といった何の根拠もないストーリーで諦めているのが現実だ。だから、同業他社よりも、思いきったことを実行すれば数ヵ月もすれば解消する。しないから、いつまでたっても好転しない。だが、現代に見合った最初の一歩がある。理解できて実行能力のある固有企業だけが行えばよいのである。

【結論は】お局・同僚・上司からのイジメ嫌がらせ防止策として、次の規則を実施。
(イジメ嫌がらせの定義)を導入すること
第01条 イジメ嫌がらせとは、「他人の権利及び尊厳を侵害し、身体もしくは精神的な健康を害し、又は職業キャリアの将来性を損なう恐れのあるような労働条件の悪化を目的とする或いはそのような効果を及ぼすような反復的行為」をいう。
第02条 部下や後輩に私的意見や知的作業方法を押し付ける行為でもって、イジメ嫌がらせ行為を反復継続しようとしたときもイジメ嫌がらせ行為とする。
第03条 イジメ嫌がらせ行為でないことを証明するには、あらゆる加害容疑者は、「イジメ嫌がらせとは関係のない客観的な要素」によって正当化される行為であったことを合理的に説明し、物的証拠で、裏付けなければならない。この場合の客観的とは第三者が見て理解できるという意味である。

……加えて、福祉・介護といった事業場では
(虐待の定義)
虐待とは、他人を隷属させる又は社会的自立若しくは個人の自律をさせないために、他人を精神的物理的に強制もしくは強制しようとするとか他人を貶め続ける、または無能力だと刻印するなどしていわゆる人格を死んだ状態に持ち込む若しくは持ち込もうと反復継続する行為を言う。(任意事例)そういった行為の具体的に目に見える事例として、障害者虐待防止法、児童虐待防止法などの法令に例示されているものその他が挙げられるものである。
★要するに、中堅中小企業においては
人手不足の解消&定着して能力向上、=この部分が最重要なのである。女性労働者においては、正社員も短時間パートも、お局や同僚・上司からのイジメ嫌がらせによって辞職をするのである。賃金問題などの一般労働条件は応募段階で見極めているから、相当の労働契約変更申入でもしない限り、離職することはない。ただし新卒女性の中には結婚願望とか異性友達への関心が強い者もいるが、その多くは効果的な職業キャリアによって、離職は防ぐことができる。反対に、事業場での意味ある仕事とか職業キャリアの形成ビジョンがない場合は、不倫の横行するのが実態であるから、ここでも女性労働者の突然の離職を招いてしまう。

【後学のため、女性進出先端の教職員の歴史的事実】
終戦後の公立学校での女性教職員は、セクハラや不倫の対象にさらされていた。当時の女性教職員は、女性の職場自体が少なかったものだから、学歴もあるインテリ層の女性が大半を占めていた。すなわち、当時最大の女性人員数を誇る有数の事業所を全国展開していたのである。そのなかには、教員は男女平等で賃金も同一であることから、当時は男性上司に性的に取り入ることで出世を試みる女性もいた。こういった不合理に対する文部省の対策は、戦前の男尊女卑の尾を引く時代であるから、ほぼ何もなされてなかったし、隠蔽と女性教員の退職でことをおさめていた。そこに当時は労働組合(日本教職員組合)が、そういった女性教職員の側に立って労働組合への加入を勧誘していった。小中学校ごとに個別に、様々な不合理を是正させる中に、セクハラ・不倫・似非出世がことごとく取りざたされた。それにより、女性教職員は日教組に集まり、組合の強さを支えていたのは間違いなかった。そして、公立学校の少なからずの教職員を終戦直後に入れ替え、学校教育体制を確立するにあたっては、学歴もあるインテリ層の女性教職員が重要な役割を果たしたのであった。そこでの女性教職員は母親となり、現在は後期高齢女性である。
……いまは時代も異なっているが
今の時代の変わり目かつICT産業革命の真っ只中であるから、女性労働者の募集と定着は促進されるよう、「イジメ嫌がらせの排除と職業キャリアの形成ビジョン」が中堅中小企業の事業経営の決め手になる事は間違いない。大手企業は残念ながら、社会ビジョンを持ち得ない場合が相当多く存在するから、中堅中小企業のような「イジメ嫌がらせの排除と職業キャリアの形成ビジョン」には横やりが入って、大手企業の女性が事業経営の決め手に至るまでには時間がかかりすぎるのである。
ことに、女性労働などの経済社会進出課題については、こちらの研究論文の
「Ⅴ「一人前の労働者論」の裏に妻の隷属を内在する虚構性」を見ていただきたい。
http://www.soumubu.jp/koyukachi.pdf

§働き方改革の美辞麗句(扶養配偶者150万)可処分所得減額の直撃も
民間個別企業が「働き方改革?」に、真面目に取り組めば、「わが身の首を絞める余計な仕事をする」こととなる。
被扶養者である女性労働者の状況をよく見なければ、収入増になるかどうかわからない。
国民健康保険世帯の女性労働者の増収は、源泉徴収が家計の可処分所得を減額:直撃するケースに、個別企業の中のすぐ必要がある。
……ここでは、103万円の壁が150万に引き上げられたことの話である。
一見、無知な人にとっては喜べるような話ではあるが、実はここには罠が仕掛けてある。
社会保険の被扶養者の壁は、年収¥130万が予見された時点で、被扶養者から外される事である。
そのポイントは、
浮かれて=年収¥150万ギリギリで労働時間を設定した場合に、一気に社会保険料がかかってくるわけだ。
その保険料の支払い義務者は会社、本人からの半額控除はできるものの。
そして、
社員特典還元金などを含め月額¥88,000以上は毎月源泉徴収されるになるとされることになるわけである。
おまけに、ダブルワークとか投資とか別途収入を、あえて国に報告したい人は、マイナンバーの任意届出で丸裸になる。
収入底辺層の個人消費の底上げをして、内需拡大することが日本経済再生の道である事は、国内の経済学者もOECDの勧告も、全てが挙ってそれを指摘している。
にもかかわらず、このメルマガの後のほうに掲載するけれど、政府も民間シンクタンクも内需=個人消費の低迷を押し切ってでも「働き方改革」なのである。

【それではここで、計算式による根拠】
①平成30年分:源泉徴収税額表によると
 月額¥88,000以上の給与等金額から毎月源泉徴収行うこととなる。
②社会保険適用(中小企業は経過時間の問題)、週20時間を考慮すると
 週労働時間19.5h×4.29週=83.6h/月~は無難な制度
 週労働時間は20時間を将来に契約することであり、年平均の結果では無い。
③社会保険の被扶養者は、¥130万の予見が基準
 年収130万円の予見が立った時点で扶養家族から外れる。年末集計には非ず。
 すると、¥1,300,000÷12月÷83.6h=1,295円/時
 (昨年まで)¥1,030,000÷12月÷83.6h=1,026円/時
④パートタイマーの賃金相場は、扶養家族から外されない額=で実態は決まる。
 政府に盾付かない研究者は、賃金決定の根拠に触れないことを貫いてきた。
 よって、扶養家族外れは103万から130万となり、150万では無い。
 そのうちに、的外れな人手不足解消策として、
  1,026円/時→1,295円/時が流行するだろう。
  (ことに女性の人手不足解消とか業務効率は、賃金問題ではなく、
  お局や上司のハラスメント防止を職場で徹底することにあるのだが)
⑤ところがうっかり、¥1,300,000の甘い誘いにも誤って踊ってしまうと
 1,295円/時×83.6h/月=108,333円/月となり毎月¥1,610の源泉徴収
 もちろんこれは、翌年の住民税にも反映、凡そ3倍程度の税金支払になる。
 ¥88,000以上の給与等金額からの納税義務が、会社にはあるからだ。
 しかしながら、実際には、いわゆる一般庶民の小口の収入は、
 「税金よりも生活権優先」との理念から、徴収法は存在せず無税にしている。
 ★そうすると、世帯主が国民健康保険であれば、
 被扶養者の増収が、直ちに保険料の引上げ、その保険料負担はきつい。
⑥国や自治体に、自らの収入を丸裸にしたい人であっても、
 会社がマイナンバーの、本人からの任意届出を受け付けなければよい。
 安全管理措置のない会社は、その受付は法違反。本人の自由以前にだ。
 くれぐれも、個別企業も個人も、マイナンバーの扱いに義務や権利は無い。
 行政機関の窓口はいずれも、届出義務のないことをよく承知している。
 少なくない金融機関は、
 マイナンバー無届けの抜け道を様々、窓口で教えてくれるようになった。
 証券会社などの金融投機商品、
 これは不労所得だからといって、届出を納得する人が多いようである。

★★社会制度の手足をもぎ取る、もう一つ気掛かりな動き
端的に言えば、内閣府は行政公務員の削減と電子化といった妄想や幻想を振りまいて、厚労省の部門では、「シェアード会社」であれば、無資格で電子申請をできるようにしようとしている。現在の法律では、報酬の有無にかかわらず、行政機関への申請などを他人に依頼しようとするならば、その代理は有資格者でなければならないことになっている。それをなくそうとしているのだ。近代国家における有資格者というのは、業務水準が低下しないための倫理や制度を設けて、関係する社会制度の維持と質の向上に責任を持つ、有資格者という公民に社会として、独占禁止法を除外して業を営ませるシステムである。これでもって、公務員には手の届かない民間の奥底への指導を強め、行政の質の向上と行政経費の削減をはかっているものである。だから、有資格者に電子化などを求めればよいものを、無資格者に電子申請をさせる、といった本末転倒な珍説はありえないのである。
__大手のグループ企業に関わる、「シェアード会社」の実態は
①根本的に請負とか代理ができる知識や能力に欠けていること、だから業務を完成させることが能わない。すなわち、請負とか代理に至っていない。
②シェアード会社の事務は、基本的なところで依頼主のグループ会社からの指揮命令を受けている。かつ、その事務の進捗管理も依頼主のグループ会社が行う事は少なくない。すなわち、シェアード会社の契約が、労働者派遣契約となっている実態である。指揮命令を受ける労働者は派遣元事業所で働いていても、れっきとした労働者派遣だ。派遣法は派遣事業法ではないから法違反は形成されている。
③少なくない勤務社労士は、こういった「なりふり構わぬ金銭利益優先」に心ならずも関与させられている。社労士の取扱法令の職業能力発揮の場面で誇りを潰され能力否定されている。

___「一気に、勤務社労士を排除したい!」との内閣府官僚の意向。
ここにきて一部の勢力の影響のもとに内閣府は動いている。文言で、社会労働保険の無資格電子申請と認めては……と言っているようだが、規制緩和となれば日常的な基本的権利義務問題に関わる業務であることから、様々な分野での無資格業務の蔓延に至るのは目に見えている。彼らは「行政効率」とは名ばかりで、厚労省その他に蓄積されている技術を否定するばかりではなく、「なりふり構わぬ金銭利益優先」の社会制度に変質させることが目的であって、そのために権利行使の弱い勤務社労士を社内や目の前から排除する行動に出てきたことは否めない。平たく言えば、人事労務などの知識を持っている勤務社労士は、「ウザイから消えてくれ!」といった彼らの理屈である。

___ことに、女性の勤務社労士は悲惨に晒される
社労士に限らず、司法書士、弁護士などの資格を在職中に取得したとすれば、手練手管=手を変え品を変え女性を独立開業させようとする。だが、長年にわたり組織というものに馴染みサラリーパーソンを行ってきた人格が、経営者相手の独立起業でもって成功するわけがない。退職金をつぎ込んで開業したところで、代理人業務の根幹を外れたところが営業受注の中心にならざるを得ない。何が言いたいかと言えば、女性ということでの隷属を彼らは承知の上で、女性の勤務社労士は大手企業から排除されるのである。
お局は職業能力が希薄で強い者の味方だから、言うことを聞くから、せいぜい係長止まりで置いておくだけ。女性を差別は、女性を使って差別する方法が効率良い。「頭の良い女?」は、わざわざ危険を冒してまでセクハラをしなくとも、浮かれさせて独立起業で対処する。こういった事は大手企業では日常茶飯事だ。こういったことが、私たちの30年弱にわたる、外部から如実に見る現実の事例だ。それも、近年は日を追って激しくなっている。だから、緩和の動きが実行されれば、日本の大手企業のことだから、恣意的とか能力評価は度外視して、女性の勤務社労士は排除される。

___間違いなく、労働に関する社会制度の空回りが発生
すなわち隅々末端にまで行き渡る或いは維持と質の向上が担保されない制度に変質させようとする内閣府官僚の動きがある。そのアイデアの仕入れは、新自由経済とは異なり、戦前回帰を狙う全体主義者からである。それは、戦後の先進国諸国に定着した、「労働者の管理や教育を行うことで、国の経済成長を図る」といった経済政策に彼らは反対なのである。生産性低下、効率性激減、非正規労働者の欠勤率増加、あげくは日本育ち労働者の慢性スキル不足が定着してしまうこととなる。

その抜本的対策として「全国社会保険労務士の職能Up委員会」
といった情報蓄積のためのFacebookが設置された。
https://www.facebook.com/groups/196602264250546/
以下、呼びかけ文である。
───「全国社会保険労務士の職能Up委員会」───
戦後世界は、「労働を管理し教育することで、経済成長の基盤を作った」このことにより、20世紀初頭に導入したアメリカを始め、いわゆる先進国は大きく成長したのです。こういった人類の歴史的成果その他を踏まえて、法律論の狭い枠をも克服して、私は社労士の職業能力アップをする必要があると考えたわけです。
1.学問的理論的裏付けが重要で、
2.クライアントとの関係を強める学術も緊急に必要です。それも、急遽に。
~そこでFacebookで交流グループを設けました。少しレベルの高い、業務に活用できるものになればと願っています。社会保険労務士に重点を置いたそれなりに専門的独立交流を願っています。
けれど、社会保障とか個別企業で起こる問題ですから、どなたでも参加をできることにしました。
(Facebookの検索:全国社会保険労務士の職能Up委員会)


§バージョンアップ=働き方改革の法律案から湧き出る、具体的な問題
このメルマガ昨年末号の「働き方改革の8項目」を再度検討するけれど、
どう見ても彼ら内閣府の官僚たちが行う事は、彼らが考える政策のすべてが、他の公的支出分野とは切り離されて施行されていることである。では、それはなぜか=全体主義者らが専門教育のない者&教養のない者+職業経験の少ないインテリを、理屈と行動で惹き付けるためであって、粗野で無教養の人間を理屈の自発的代弁者に仕立てるためである。彼らは話し相手は、「全体的に一貫性が、頑丈で細かいところまでキチンと機能しているもの、その効果について判断を出せるもの」といった難しくとのイメージができないからである。ヒットラーのナチスドイツ、スターリンの計画経済と粛清、戦後も長年続いた東欧の全体主義の研究からの教訓そのものでもある。(マスコミはこの点の論述が弱い、また読者には理解できないだろうと、マスコミは手を抜いている)。
そういったことを踏まえて分析すると、社会の現実や実測に基づかない妄想幻想だということがはっきりしてくる。

①同一労働同一賃金、(その抜け穴)
これは事業所内だけのことで外注先や派遣労働者には及ばない。たとえ、春の3%の賃金引き上げだとしても、外注下請に転化してしまえば何の事は無い。だが、社員のスキル不足は、ますます蔓延するから、イノベーションconnectでの技術革新を進める基盤が崩れてしまう。すなわち、市場経済の面でもイノベーションの面でもマイナスに働く経営環境を迎えることになる。

②賃金引き上げと労働生産性向上、(その抜け穴)
過去百数十年にわたる世界の歴史で、実際に国家介入で賃金引き上げでもって、社会ビジョンが実現した事実はない。戦前のように、課長になれば平社員の倍額の年収を目指すことなのかもしれないが、当時の一般労働者の労働意欲は低迷極まるもの、戦争中にかけて経済は落ち込んでいった、それが「戦争でもやるか!」の暴論・暴発精神論を導いたのである。

③柔軟な働き方が行いやすい環境整備の罠
(テレワーク、副業兼業のPR。委任・準委任、労働時間等の混乱には無策である。すなわち、民法や労基法での実行担保や安定方法を全く考えていない。罠というのは個別企業が責めを負う危険があるという意味だ)。
アメリカの研究事例から言えば、個人請負 independent contractor は、ア)事業末端の複雑だから管理が難しい設備と維持費を個人に任せ、イ)主目的は社会保険・年金保険などの保険料の企業負担を削減できるというシロモノ思考だけの事である。ただ、日本においては、労働契約法により、労働基準法の適用はなくとも労働契約法の適用をされることになるのだが、そこを内閣府の全体主義的官僚たちは気づいていないのであろう。現行の労働契約法が適用されれば、使用者側に手抜かりがあれば失敗は目に見えている。ちなみに、アメリカの司法判断は「労働力」の取引において、「その労働力の所有権を、使用者に譲渡する契約」を行っているとしており、「仕事を実施する場所が、予め定められている」ことが判例の底流に流れているとの現実から、そういった個人請負 independent contractor に至っている社会制度だとのことを忘れてはならない。日本の厚労省シンクタンクの某人物Hは、協同組合法に定められている団体交渉権を企業交渉に使用すれば良いと推奨している、だが、その意味は全くもって不明である。

④女性・若者の人材育成、環境整備の美辞麗句
(問題提起も対策も現象だけを見た口先のみ、そのネタ元もマスコミで実態調査をしているとは考えられない。話題のリカレント教育は自前で行えとの考え方が雇用対策法改正要綱だ。個別企業の基盤整備や価値増殖に資する話は何もない)。
ほとんどの先進国とは異なり、日本とアメリカは効果的な労働者訓練を作り出す枠組みを持っていない。それは1997年の職安法改正、1997年の派遣法改正によってさらに顕著になった課題であり、その結果は大卒とか国家資格取得ブームにあっても、日本では職業能力の慢性的スキル不足を蔓延させることになった。過去の社内での旧型職人芸performance(曲芸)の養成システムも崩れ去っており、ましてArt域労働といったICT産業革命時代のクリエイティブ・顧客に希望と夢を与える、「労働能力全般労働」(=人格含有労働)に至っては、労働経済市場からは排除しようとしている。というよりも、彼らの眼中にはない。たとえ彼らは気づいていたとしても、専門教育のない者&教養のない者には理解できない事でもある。それは雇用対策法の改正で賃金を職務給に誘導し、賃金切り下げを図ろうとしていることにつながっている。

⑤病気の治療と仕事の両立で中高年に犠牲を強いる
(職業能力保有者が足りないから、病気治療で中高年の職業人の回転を向上させようと言う消極的域を脱していない)。
地域的な医療費コストの削減と健康保険制度の充実は、重病に至るまでの健康や疾病予防に役立つ事を全く考慮していない。そういった健康や疾病予防に効果のある安価な薬品類を健康保険の適用から外してしまっている。少しの医学知識があれば、安価で使い勝手があると判断できるのだが、そこまでの健康や疾病予防の知識が一般労働者には無い。マスコミのスキャンダラスな話題、例えばガンだの重篤な成人病の話に乗っているだけで具体策が何もないのに等しい。塩分調整による夕刻の疲労感回復、インフルエンザの感染遮断方法その他の簡易で安全な方法に彼らの関心は無い。さらに遠因的な問題から言えば、自動車通勤をしなくてもよい交通政策は、生産性、効率性、非正規労働者の欠勤率などに影響することが、アメリカのシリコンバレーにおける経済政策でも発見されたことである。オランダなどは、日本のイメージとは全く異なった独自のワークシェアリングとともに、渋滞通勤でなく自宅で就労といった政策を打ち出ている。

⑥子育て・介護等と仕事の両立、障害者・高齢者就労の振りだけ
(とにかく無策の職業教育:育成だったから、中高年の職業人の離職を防ぎ、無理な動員を維持するという付け焼き刃では無いのか。職業キャリア向上を阻害するイジメ嫌がらせ・ハラスメントの禁止といった思考習慣が必要であり、人間の成長発達を阻害するのが虐待禁止といった社会ビジョンをリードする突っ込んだ思考が全くない。だから、こういった課題に取り組む人材の動員が成し得ない原因がどこにあるのかが分かっていない)。まるで戦争中の労働者徴用制度そのものである。戦争中の徴用は、後進国日本の典型的な労働パターンであったのだが、2時間前後の徴用先への通勤等はあたりまえで=通勤手当を支給、妻や家族の扶養人数は無視して職務給・職階給(素人対象)だったから家族手当を設定、といった物で誤魔化したのである。こういった内閣府の全体主義的官僚思考が根底に流れている間は、やはり結果的には何もしないのに等しい。ちなみに大阪市内には、保育施設の定員割れが数多くある。保育士が足りない、職業キャリア向上を阻害するイジメ嫌がらせ・ハラスメントが蔓延しており、それは従前の経営姿勢から保育士が寄り付かないだけのことに、その原因がある。また、介護士不足は、「うばすてやま」の虐待介護を拒絶する介護士を応援する、虐待禁止といった社会ビジョンの欠落にある。さらには「痴呆の親を施設に送って金銭解決する」といった意見がまかり通っているが、こういった意見をさらにリードして、「軟禁や管理には虐待を辞さず」とする施設に、徳性がある介護士が就職するわけがない。

⑦雇用吸収力、付加価値の高い産業への労働力移動の妄想
(大量労働力雇用では付加価値は減る。リストラ促進なのか意味不明な妄想幻想にしか受け止められない。付加価値が高い産業は、地域開発ともに創造するものである)。
第二次世界大戦直前の、ヒットラー:ナチスドイツは、アウトバーン建設の際に、重機を使うと失業者雇用吸収人員を減らすことになるので、すべての土木工事をスコップだけで行わせた、人員吸収は高まったが→その費用は国債でまかない戦後の付けに回された。口先で理想は言いながらも、現実はナチスドイツと同じ道を歩もうとしているとしか考えられない。一方アメリカは20世紀初頭からの経済政策として「労働者の管理と教育による経済成長政策」を行った。これはアメリカが全体主義に陥らないようにするための経済政策としての社会ビジョンを明確にして開始したものであった。だからニューディール政策においても、労働者の教育訓練も視点に入れて実行した。賃金計算職業を専門家と位置づけ、その意味内容は「IBM手回し計算機」は当時、1929年世界大恐慌の不況によるリストラが相次ぐ中、事務機器業界で唯一IBMが無理を重ねて“技術者と職人”を抱えていたからこそ出来た発明品、これを操作できることでの(日本に現存する給料計算士になるもとは根本的に異なる)専門職業の養成としてなのであった。その労働市場施策の論理構成は「体験型学習」(手練手管で失敗した日本のゆとり教育の元祖)でもあり、海軍:山本五十六が導入した、「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」そのもの(ただし、戦前日本は海軍と国鉄の一部工場でのみ実施)なのであった。さらにアメリカは1937年からの2年間では芸術家の失業対策を行い、シカゴの絵画、ハリウッド映画(バート・ランカスター、オーソン・ウェルズが有名)などといった、戦中から戦後のアメリカ文化の世界への経済政策の基盤も作り上げたのであった。
例えば:シリコンバレー、アメリカであっても大手企業は、「お荷物」
の存在には間違いない。確かに日本の大手企業のように抜本的なところからの改革は困難を極めているのである。それはひとえに、アメリカ大手企業の経営者層の問題である。ところが、例えば:シリコンバレーは元は果実の産地で出荷商品はドライフルーツであった。そこでの発展のビジネスモデルの肝心な部分は、様々な労働者の集積にあった。学園都市からの出発といった神話は、まったくもって飛んでもない誤認である。そのステップは、コアの力量→スピード取引→高度に専門的な労働者のプール→スムーズな流れ→能率的で営利的な生産過程といった労働や業務方針が徹底されたのである。そこへ投資家が参入することとなり、一般労働者が寄ってくることとなり、現在のような地域性のある百万人の産業都市群のシリコンバレーとなったのである。その後の経済政策においても試行錯誤の末、◎奇抜な起業は視野に入れず、◎自動車で通勤をしないよう、◎低価格住宅増築、◎規制のない不規則な広がりを許す開発を抑制、◎医療保険拡充と医療費低コスト化、引いては、※それらでもって生産性・効率性・非正規社員の欠勤率低下へと導いているのである。

内閣府の全体主義官僚たちがまとめるストーリーは妄想と幻想
どこをどう見てもそうとしか言いようがない。もちろん諸外国の経験や教訓を裏付け証拠にも出してこないし、政府機関が最も得意とする実測値から出た統計資料も裏付け証拠に出してこない。ことに、失業という概念にあっては、日本の統計では元来、★短時間労働者は「半失業者」、★農村での扶養状態とか親のスネかじり、これを「潜在的失業者」と考えていた。ところが、ここ数年は「半失業者」は失業率の数値低下に組み入れ失業率の数値を下げただけだ。それに「潜在的失業者」は、世の中の失業概念から消滅させてしまった。マスコミも、少なからず大学文学部卒に占領されてしまって、大卒であってもスキル不足に陥っているようだ。加えて、日本が「失われた10年」の1回目から、もう3回目に突入しているが、文学部出身のマスコミ記者では、様々な課題をどういった専門家にインタビューすれば良いのか、といった程度のスキルも不足しているようで、新聞などでは専門家の意見をインタビューした記事は年を追うごとに激減した。「労働需給分野」の専門コンサルタントは、当時から私ぐらいしか存在していないから、インタビューに来なくなったのは肌でよく感じる次第なのだ。


労務管理は、本を読んでも、何かの試験に合格しても、出来ません。
 では、その素質を磨くきっかけを、まずは紹介しましょう。
 (残念ながら、素質は無いかもしれません。そんな時は別の道を歩むことです!)
例えば、社会保険労務士の資格
その社会保険労務士の全国連合会は、月刊社労士11月号のp.4(引用)で、社労士会シンクタンクの初代所長が、
「労務管理に関する制度だけを見て労務管理ができるというわけではありません。しかし、社労士の方はそういう発想にはならず労働基準法はこうだから、労働契約後はこうだからという論理が先行し、『労働企業法を守れと指導するのが労務管理だ』という枠から離れられない、…省略」といった現状を指摘している。
じゃ、どうやって能力を磨くか。昔はほとんどアメリカへ勉強に行って、その先生の理論を見よう見まねで民間企業で行って、そのいいとこ取りを国や地方自治体の公務員に準用して、それでは組織的に動かないので、いわゆる「総務部門」を独立セクション(唯一日本だけの特徴)として設けて社内の労務管理に役立てようとしてきたわけだ。もちろん、その途中経過には「労務屋」という事件屋・示談屋が労使双方の団体に侵入してくるとか。
更には、程度の差はあっても互いに、労使ともに「自由・民主・平和」と公言する裏側で職場スパイ工作を行ってきた。こういった更々労務管理とは無縁の作戦が21世紀に入るまでの特徴だったのだ。

それは、次のように自問自答してみることです。
(大半の社労士も、こういった教育を受けないから、叱咤したところで理解できないのですね)
 1.知識習得型質問、学習したことの記憶を助けると質問、
   「従業員代表の選出が必要な場合は何でしたっけ?」
 2.理解能力養成型質問、学習したことの理解を助ける質問、
   「懲戒解雇と普通解雇はどこに差異があるの?」
 3.適応能力養成型質問、ある情報を違う場面に応用する質問、
   「整理解雇の四要件は恣意的解雇の排除に役立つのですか?」
 4.分析能力養成型質問、異なった事柄を明確に分類する質問、
   「あっせん案受諾と和解合意の違いは何ですか? 訴訟上の和解は?」
 5.統合能力養成型質問、創造力が必要な問題解決力養成質問、
   「部下に対するイジメ発見を向上させる方策は、
    どういう業務システム変更が考えられますか?
    例示してみましょう」。
 6.評価能力養成型質問、複数の基準で適切な判断を下す質問、
   「人事評価制度による労働条件の切り下げは、賃金、退職金、労働時間、
    労働強度、労働密度、職場人間関係その他労働契約に、どのようにかか
    わりますか?」

【決定的素質の課題】=知識偏重主義は止めること。
「知識は豊富だが、熟練して体系的に、考え方を学び応用できるまでに訓練することが出来ていない。そこへ出来ていない上に加齢による記憶力ダウンで加速的に能力低下を招いている」。これが知識偏重といわれるものです。
もう少し、その知識偏重をたとえて話しますと、
「世の中に悪人が増えれば増えるほど、私は努力しなくても善人と判断されるから、悪人を増やせば私は立派な人物になれる」と頭の中で真面目に(実は妄想)考えているのです。また、「善が生じるためには悪をしよう」との仮説を考えるまでにも至るのです。その場合、その当人はこれらを極端な話とは考えていません。
これによく似たことは、学者や街の法律家、巷の社会保険労務士の中にも見受けられるのです。


労働が価値を生むと言う(知っていれば便利な)経済学
ではその部分の経済学においては、

①抽象的労働説(アメリカ20世紀初頭の制度)
=労働力は市場で貨幣に転化することで価値を生産したと社会的に認められる。サービス業とかクリエイティブとかアート領域においても独自の価値を生むとする説。例えば、旧来の製造生産価格概念で考えると、商品価格は原材料3分の1+設備投資3分の1+残り全部が人件費や利潤となる。ところが、文化価値の高い商品は、その残り全部の割合が高いこととなる。フランスの例をとれば、原材料20%、設備投資30%、残りの人件費や利潤が50%を目安としており、そういった商品(付加価値とは見ない)であるからこそよく売れるとのことだ。現行日本の労働法全般に貫かれており、安全配慮義務、職場環境、職業安定、労災保険、解雇規制などの制度に具体化されている。そもそも民法の概念には無いものであり、個々の法律ごとに差異が生まれる起因となっている。近年は、経済学者の間でも、この抽象的労働説が近代経済学者やマルクス経済学者の間でも主流である。

②(アダム・スミスの)支配労働説があるが、
要するに奴隷を使っての労働価値である。いわゆるブラック企業は奴隷的であるかもしれないけれど、契約行為が存在するから奴隷ではない。江戸時代の奉公人制度も契約行為が存在するから、世界初の奴隷性を認めなかった制度ではある。だが、こういった状況に支配労働説が持ち込まれやすい。奴隷労働は、報酬や厚生が高額であっても成り立ち、奴隷を作る過失を犯すのは奴隷であることを見逃してはならない。公務員制度も契約行為ではなく「支配と服従」の論理が強くなると支配労働説となる。

③日本の労働行政官、法曹関係者、労働組合幹部などに多いとらえ方
これが「体化労働説(マルクスなど)」である。それは、指揮された労働力で生産物の価値が生まれ、最終消費の各段階でその価値が分割されるとする。抽象的労働説との大きな比較差異は、サービス業とかクリエイティブとかアート領域などの最終消費までの各段階市場で貨幣に転化することで価値を生産したと社会的には認めないといった論理のポイントである。民間個別企業の経営と行政の経済政策とが一致しないのは、お役所仕事にその原因があるのではなく、未だこういった「体化労働説(マルクスなど)」が根底にあるからである。さらに、戦前の商工省(=現在の経産省)は、このマルクス学説を変節させたエンゲルス→レーニン→スターリンの計画経済を導入したものであり、その立役者である岸信介の孫が率いる全体主義者の経済政策は、これそのものであることは否めない。それは、旧ソ連で戦前戦後を通じ70年余りも経済崩壊まで続けることができた実証済みの社会経済政策であるから、彼らにはとても魅力的なのだろう、ほんの一部の野党には正面から反対できない思考習慣があり、その方面の一部の学者にはアベノミクスをさらに上回る暴論珍説でもって活動空にハッパをかける経済学者も現れる始末なのである。興味のある方のみ、次のURLをどうぞ
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/407954
~こういった労働価値学説による理念の違いは企業経営や経済政策に如実に現れる。現行労働法の多くの基本理念は体化労働説とは齟齬することから、一般社会人からの疑問や質問・意見が多くなるのだろうと思われるのだ。さらに近年は、人間の人格と労働力を区別して労働力だけを労働価値学説の中で考えようとするから、非人間的な労働となり脱人間性だの疎外だのといったことになるとして、もっぱらの価値生産を労働力だけに限ることが原因:だから経済は豊さと成長をなくするのだとする労働説も確立されつつある。
http://www.soumubu.jp/koyukachi.pdf

ことに極めて高い価値率を生み出す Art域労働 というものは、
労働能力全般=人格も含め労働力を切り離すことなく働くことにより、より高度な労働価値が生み出されていると言う考え方だ。ヨーロッパや日本でも、それは目に見えない状態で相当存在していると思われる。そこに共通した具体的契約の形態は、
 ①「労働全般能力の発揮によって形成する、有形無形財産の貸与を約する契約」
 ②「有形固定物に限っては、その所有権を譲渡する契約」
 ③「もっぱら自然人のみが所有権を行使する請負契約」
といったものが、先進各国で見られるようになっている。
また、先ほどのURLで示した「固有文化価値を生み出す労働価値とその交換の仕組み」の論文は、シューペンターのイノベーションconnectに代表されるところの方向での裏付け証拠が次々と発表や出版がされるようになり、マーシャルの市場メカニズムである劣等企業群、優等企業群の混在へのアプローチへと影響を与えつつある。
さらにその方向は例えば、カオス(混沌?)理論とされる思考習慣は、叩き上げて経営者の帝王学であるが、イメージで言えば「風が吹けば桶屋が儲かる」を、全面否定するものである。専門教育・教養・職業経験のないインテリには理解することは困難なのである。カオス系のランダムは、「最も初期値の差異」で決定論的に定まるから、その初期値を認識すれば後の個々動向も、複雑な運動をたどるとしても古典的法則性が適用できるというものである。~ところでこれは完璧にマーシャルは市場原理&シューペンターのイノベーションconnectでの完全適応は、未だ経済学では立証されていない。しかし、5千年の歴史を持つという商業都市ベイルート、近江商人の思考習慣その他帝王学では使用されている考え方と、その多くは一致しているのである。

ところで、個人請負 independent contractor とは何の事?
 ①複雑だから管理が難しい設備と維持費を個人に任せ、
 ②主目的は社会保険・年金保険などの保険料を企業が削減できるというシロモノにすぎない。
これら先進各国で見られる動きは、厚労省のシンクタンクのある人物H氏が持ち出す、「中小零細企業の共同組合も団体交渉権を持つ」といったふうな解決口の背景が存在するものではなく、形式は似ていたとしても核心の労働価値説は異なっている。H氏の論理展開は様々な思考を混在させてしまっているに過ぎないのである。
まして、業務委託と称して、民法の委任や準委任を持ち出そうとする形式主義学説が内閣府あたりからは持ち出されている。形式主義学説を持ち出す場合、民法上の委任契約における、元来は無報酬を前提とした歴史的慣習の変形にすぎないことが起源であることを知らないでいるのだ。だから、委任や準委任契約には何らの保障もない、報酬を受け取る権利や支払う義務ともに原契約だけでは報酬の請求権自体が存在しないのである。また、「格」とか人格権といえば現代風で斬新な話に聞こえるが、それは報酬保護要件には成りうるが、実労働をしたモノの報酬には一切かかわりがない、如何なる権利義務をも保障していないのである。
再び繰り返すが、戦後の先進国諸国に定着した、「労働者の管理や教育を行うことで、国の経済成長を図る」といった経済政策に彼らは反対なのである。生産性低下、効率性激減、非正規労働者の欠勤率増加、あげくは日本育ち労働者の慢性スキル不足が定着してしまうこととなるのは容易に予見できることである。


§【速報】マイナンバー 市町村税課からの通知には記載中止
ある筋からの情報によると12月15日、総務省市町村税課は、都道府県の市区町村担当課に対して「事務連絡」を送達。
「事務連絡」は、行政機関内部文書で簡単に公開されないから、裏付け証拠の掲載は難しいのですが、
それによると、
市区町村が事業所に送る「特別徴収税額決定通知書」を、書面により送付する場合には当面マイナンバーの記載を行わないこととする、とのこと。
この「当面」とは条件が整うまでの数年間となるのが多くの場合の解釈のよう。ちなみに「当分の間」というのは、行政用語で50年間を指すので、それを超えることはないと思われる。
そういった判断の要因には、「経団連などいろんな団体から事業所の管理コストがかかる」といったような苦情があったようだ。

≪では、これはいったい何を意味するのか≫
世帯と家族個々人の収入の把握は、実は税務署ではなくて、市町村が行っている。

税務署には、「税は取りやすいところから取る」といった原則があるから、法律で家族と個人の収入把握を市町村にさせることとし、税務署の把握する税額と異なれば、税務署に通知する義務を市町村に負わせている、といった仕組みである。退職金とか金融商品の分離課税もそういった仕組みの上に乗っているから、市町村が知り得ない場合もあるわけだ。
また余談ではあるが、DV被害者とか身を隠さなければならない場合の措置も市町村が担っている。
例えばマイナンバーを利用していない現在でも、法的な手続きを済ませた人物の行政機関照会の機能(市町村と年金事務所など)では、該当人物には真っ赤なラインマーカーがパソコン画面で出るようになっている。他にもよく似た例では、認知症その他で意思能力のない人物の申請については、すべて市町村が内部処理をする。
地方自治体の目的は、第一に住民サービスであるから、マイナンバーによって生きていくための財物が納税執行で先取りされることとの矛盾には、具体的に対応するという住民サービスにかかる地方自治体の自治権が存在するといった憲法理念に基づくわけである。

すなわち市町村税務課での、個人収入把握を狙っていた国税庁からすれば、
目的達成は相当困難なことになった。税務関係書面は、16歳未満のマイナンバー届出は不要としている。それは特別代理人設定の手続きが必要であり、任意のマイナンバー制度では特別代理人の申立要件が適わないからである。国税庁の変化は、16歳未満の特別代理人設定にかかる苦情が寄せられた直後からの変化であったし、法的に我が身を守ることには長けている。
そして、現在もそうであるが、マイナンバーによる個人の収入管理を国が把握するまでもなく、実は大口の脱税行為を把握する方法は税務署が持っているのだ。(それはちょっとここでは書けない)。
今回は、国税庁の思惑とするところの、マイナンバーの手足がもぎとられたことに相当する。とにかく省庁あげて躍起になっているが、唯一国税庁だけであるから。

非常に多くの中小企業は、
個人情報の安全管理措置に不備があるから、マイナンバーを回収することをしていない。
もちろん、記入用紙は、個人番号未記載で差し支えないのだから。
そんなところに、個人番号の記載された「特別徴収税額決定通知書」を送りつけられても、迷惑な話なのである。
大手企業とか中堅企業では
外部業者に委託をして、マイナンバーを集めようとしたが、外注業者も無知では無いから、任意提出を受け付けるという形でしか実施していない模様である。

マイナンバーで、一儲けしようとした便乗業者は
およそは2015年年末までに消え失せてしまったようだ。いくらニーズを作ろうと似非マーケティングをしたところで、法的な違法性があらわになってくれば、それは金儲けといえども出来ない相談ではある。
一方、行政機関に入り込んでいるIT関連会社は、事情はそうでもなさそう。情報によると不具合が出るのはIT関連商品の常とのことで、それを見越して受注をすれば青天井というビジネススタイル。だから相当の瑕疵でもない限り、行政機関発注者ともどもに口をつぐむとかは大いに予想できること。ところが、今年の「マイナンバー情報連携運用?」については、行政機関発注側のミスがあったとの理由でもっても追加受注を受け大喜びのようだ。様々の限界や釈明はあるとしても、某システム技術者の話では、そういった事はコンピューターソフトの通例で、後からソフトを合併させるとか・複数企業で一本のソフトを作りあげるなど、相当困難だというのである。
そういった話を聞いていると、昔から「電子計算機を宗教信奉」するが如き国税庁と旧厚生省あたりが、省庁統制発想と予算獲得といった下心を、IT管理会社にくすぐられたのではないかと、私などは憶測してしまう。
そういえば、(高級キャリア官僚の中にそんなこと言ってる人もいましたね)新しいコンピューターが入れば、年金問題は解決するとか、健保の手続きは改善すると、旧厚生省官僚から何度聞かされ続けたことやら。片や雇用保険のコンピュータシステムは(昔、富士通が仮想職業安定所を実際に建築する意気込みもあったせいか)、行革で行政機能をズタズタにされることもなく運用されているのは立派なことだと思いますね。
そして昨日入ったニュース、昨年11月からの本格運用のサイバー対策副作用で業務に支障が続出
https://jp.reuters.com/article/idJP2018010801001395?il=0

≪年明けの、個別企業の動向は≫
おそらく、切り替えの早い個別企業は、マイナンバー回収はおろか、届出も保管もしなくても済むように対応準備を進めるだろう、これの本格的始まりだ。
とにかく余計で無駄な業務であるから。
①就業規則とか個人情報教育規定を作成してしまった会社も、その項目を廃止してしまえば余計な業務や作業をなくすことができるわけだ。
②マイナンバーの研修だの試験答案提出回収作業だの、現場では不平、不満たらたら。こういった余波?の影響受けて、マイナンバーを回収せず、困ったことには誤って!「マイナンバーを完璧に廃棄処分してしまったとすれば取返しはつきません」、すなわちマイナンバー事務は終了なのである。その上、確かに「安全管理措置」も空中分解することになる。
③個別企業の社長など三役はマイナンバーが大嫌い、社員にはマイナンバーを提出させて、自らは“ほっかむり”というのは出来ない。それは、経済学で150年以上も前に立証されていることで、名目にしろ株式会社にしてしまえば、「私的な株式も社会資本になってしまう」といった法則なのである。何しろ、この社会資本に基づき、一般人通念も法律や社会制度もが動いているわけなのだから。
ついでではあるが、
金融機関とか証券会社の金融商品を取り扱う会社は、あくまでも個別に企業の自主的に裁量でマイナンバーを導入との建前。だとしても、相当の売り上げ低迷とか業務の混乱を招いている様子だ。大金持ちを除いて一般庶民に対する金融商品とか、口座開設にはマイナンバーを必要とするとしているので、金融商品を取り扱う会社は庶民相手の小口商売が数での商売にブレーキがかかっているとのことだ。政府の言うことを聞いたおかげで、商売は左前、少しずつマイナンバーを使わなくても済む要望を一つずつの具体的にとりまとめ、業界団体は政府に出しつつある。
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO25208580Y7A221C1PPD000?channel=DF280120166591