2006/06/05

第50号

この4月から急激に、個別企業内における、事件、業務事故、うつ病、いじめ、いやがらせ事件が多発している。景気回復といわれる中での仕事の増加と言いたいところであるが、もう少し鋭く分析する必要がある。それは、新しい業態もしくはシステムによる仕事が増加したために発生していると見ることが妥当である。要するに、新業態・新システムを企画立案して実施したが、
(1)実施側には、業務遂行とか事故防止などのノウハウがまだまだ蓄積されておらず、
(2)実施に当たっての労働者の能力水準が担保されていないから高学歴者に仕事が偏る、
(3)新業態・新システムに投入する労働者の教育訓練が見切り発車の状態で、原因はここから来ている。
原因が分かったとしても、事故などが起こったときの契約上の損害、不測の事故への損害は、賠償しなければならず、前述の三つのポイントへの根本対策をとらない限り、その経済的時間的負担は大きくのしかかる。せっかくの新業態・新システムも、ただでさえ保守的な意見にさらされている状態であるから、とん挫せざるを得ない。「時期の早い遅いの問題だ」との意見にごまかされてはならない。
それは、今から50年前の高度経済成長の走りの時代にも、当時の新業態・新システムを導入して、次々と労災事故が多発した。事故を起こしたためにトラブル発生→損害の賠償→資金ショート倒産を多くの企業で招いた。当時は労働組合の実力行使が行われた。対策の遅れた事業所は無くなっていった。そして、現代では、信用失墜情報、公的機関への通報、目に見えない損失増などがパソコンや携帯電話によってもたらされることとなっている。
ところが、素人の担当者は、「規則の整備」であるとか、「コミュニケーション充実」などが防止・改善の本命と、すぐさま、錯覚してしまうのだが、そこには根本的な解決と事業の発展はない。素人の典型事例は、日本の身近に存在する安全性が世界で50位以下の航空会社、20年前から整備不良と言われて、知る人は乗らない国策航空会社を見れば良く分かる。昭和34年国会成立当初より資金破綻を覚悟してスタートした国民皆年金を運営している国営生命保険も、また然りである。


パソコン、POS、携帯などのIT機器を駆使して、新業態や新事業を進める場合には、従来の時間管理に加えて、従事者のスキル向上管理が重要となってきた。これから個別企業を豊かに且つ経済成長に導くには、人事部門が当該スキル向上管理を強化することが重要となった。従来から人事部門は労働基準法の労働時間に関する趣が強かったために時間管理にほとんどのエネルギーを費やし、新入社員教育を除いてはスキル管理を現場やラインに任せきりであった。ところが、新業態・新システムでは現場やラインでのスキル管理の容量が膨大となり手に負えなくなるとともに、業務との「衝突・摩擦」が続出し、結果、スキル未熟が業務遂行の足を引っ張ることとなっているのだ。だからこそ、人事総務部門が業務従事者のスキル向上のための管理(コントロール)を行って、新業態や新事業にマッチした体制を推進する必要があるのだ。
とりわけ、IT産業といわれる事業所で著しいのだが、やがてほとんどの業種に広がる。IT技術活用選択での、「広げるか低成長か」の豊かさや経済成長の選択となるからだ。IT機器を使って大量の情報を集積しての新業態や新事業においては、それぞれの職種や業種方面ごとの「判断力と分析力」が必要となる。ところが、まだまだ人事総務部門で、これに手が付けられることはなく、そのしわ寄せ理屈として、ただ単なる「高学歴者依存」に持ち込まれている。確かに、理論としては、「判断力と分析力」は高度な経済経営理論に基づく経験とノウハウには及ばないのは確かだが、それを持ち合わせる人材が極めて少ないものだから、これまたIT機器に依存しようとする悪循環が生まれているのが現実なのである。
さて、スキル向上管理のイメージが出てこなければ、具体的な方策が生まれてこない。現在成功して共通している項目をいくつかあげると、
(1)WEB掲示板を使い、部署やセクションを超えたOJTを促進
(2)正解のない未知分野に最新事例のケースメソッド
(3)能力開発やスキル向上の個別データ管理グループの存在
(4)技術革新に対応する外部教育やセミナー
(5)独自の社内資格認定グループミーティングを行っている
(6)上司の育成指導が(1)のデータ管理と相まって実施
といったところである。この6つの項目全体をマネジメントするのが人事総務部門という具合だ。
このような具体策を実施しないとか、形骸化しているにもかかわらず、単に「Knowledge Managementなんてなこと」を会社から強調し過ぎると、あるナショナルセンターの主張する「労働契約法と労働時間法制改悪のねらいは、8時間労働制を掘り崩し、“労使自治”を打ち出のコヅチにして、首切り・賃下げを自由化し、これまで勝ちとってきた判例の水準を崩壊させ、労働組合の組織化を妨害し、社会的地位を低下させるものだ」といった社会制度の呼びかけに、労働者は心情的賛同を持つのである。この組合が想定しているのは、「労働者は長時間で、コキ使え」であるとか、「労働者に浮かび上がるチャンスは不要、再起不能は運が悪いとアキラメロ!」といった経営者の姿勢。これを地で行くような個別企業であれば、一昔前のように集団的労使関係を形成してドンパチ戦うことが企業経営の安定?に寄与?するのかもしれない。ただし、これからの日本の経済社会においては、そんな個別企業は害悪というのが一般的な認識であるから、誰も味方をしてくれない。四菱自動車然り、外資系ハゲタカファンド、日系ハイエナファンドが短命な理由もここにある。表面的には合法でも、Hも逮捕、Mも逮捕と、社会はまだまだ真実を見抜き、良識的である。


話は飛んで、こう考えてみれば、日本は経済環境の大転換や変化の真っ最中。にもかかわらず、マスコミでのニュースが少ないところにも、取材能力の著しい低下が原因しているではないだろうか。それとも、(ある程度曖昧さが当然な)優良情報の速攻提供に対する、「まだ確定してない」とのクレームに、記者たちはビビッているのだろうか。行政機関のスポークスマンに成り下がったとの評価もある。仮に、人事総務担当者の目線を鋭くしたところで、個別企業の事業を進めるためのインテリジェンス:ニュースが、なんといっても少なすぎる。もしかすれば、ニュース配信事業自体が、新業態・新システムを待っているのかもしれない。ところで、筆者は、過去の話ばかりにとらわれないための具体策として、この数十年間、新聞を購読しない。


個別的労働関係紛争の増加に伴って、都道府県労働局に紛争調整委員会が設置された。これは、個別の企業内において、従来のように紛争解決能力を持ち合わせる余裕がないことや、労働裁判が形骸化していることから、政府の公共事業として行われているのだ。近年、世界の先進諸国では、集団的労使関係よりも個別的労使関係のトラブルが問題となっており、様々な解決方法がある中で、アメリカ・イギリスは日本と同じような方式での解決を図ろうとしているのだ。ADRといわれるが、国によってその趣旨は様々であるが、合意調整を図れるものなら裁判に持ち込まれ対決状態になる前に解決しようという目的は共通している。労働分野や労働法で用いられるConciliation(斡旋)とかReconciliation(和解)の概念は、近代自由主義思想として欧米とも共通のものである。もともとはラテン語から来たもので、斡旋は(何と何か別として)「つなぐ」という意味で、和解はReだから、もう一度つなぐという意味が含まれているのである。日本の法律も然り、近代自由主義(憲法)に基づくものであるから、戦後導入されたものは、ほぼこの意味と理解する必要がある。明治維新にも近代自由主義思想が導入されたことにはなっているが、途中で変質してしまったものだから、民法や裁判所で用いられる斡旋や和解は意味が異なって使われており、とりわけ和解には「示談や取引」も含むと解釈されることとなり、いわゆる和解とは別概念である「和睦や和議」にも用いるように変質してしまっているのである。Mediation(調停)は、両当事者の共通点や代替措置を見つけ出してつなぐ(Conciliation)ことであり、もう一度つなぐ(Reconciliation)和解にもっぱら必要な将来措置を含まないところに差異がある。ReconciliationをConciliationでもってConsult(とりなす)のであって、MediationのときにはConciliationでもってMediate(とりなす)ということになるのである。この概念でもって、近代自由主義の法令が作られていることを見過ごしてはいけない。
来年4月からの司法制度改革にあわせて、労働分野において、個別的労働紛争の和解を促進するために、あっせん代理人制度が充実される。いよいよ、そのための国家試験が6月17日の午後に行われる。社会保険労務士であることが受験資格であるが、訴訟代理人とは仕事の内容が異なり、法律家との位置付けでもない。第2回目は11月末の予定だが、本年度の受験申込者は2回合わせて9000人弱となっている。今のところ、合格率は、せいぜい20?25%の見通し(筆者)ではあるが、来年4月からの紛争解決制度充実のために、関係者一同は(筆者も含めて)50%合格のために、能力強化の万策を尽くしている最中である。ただし、主催者の厚生労働省は、「合格者が1000人でもかまわない」と明言しており、巷で横行する俗説のような最初の試験を易しくすることはあり得ず、会社に現在勤務中の有能な人材(将来あっせん代理人として活躍)にも期待する態度を表しているのだ。焦点の労働法制は、現在論議中の「労働契約法」であり、労働基準法の使用従属の関係にとどまらず、経済的従属関係の個別的労使関係も含めての、いわゆる公共事業としての労働安定政策を進めようとしている。この4月から実施の労働審判が今ひとつ関心を呼ばないのとは対照的だ。数千人のあっせん代理人を配置しての個別労働紛争解決制度強化は世界に類を見ない高水準政策で、文化経済学の面から、「高付加価値製品と高水準サービス商品」提供の経済政策基盤をつくる政策として、ますます重要になってくると思われる。