2007/12/04

第68号

☆☆☆☆☆「労働契約法の解説速報」☆☆☆☆☆
を巻末に掲載しています。


日本経済は、成長!成長!
と浮かれているわけには行かなくなってきた。
中小企業は平成恐慌の当時から浮かび上がるともなかったが、世界経済がここにきて、アメリカの住宅ローン金融商品がマガイモノであったことが発覚したことで、来年は金融危機を迎えることが必至の状況となってきた。北京オリンピックをはじめとした中国特需も来年8月で終息気味であり、上海万博などは影も薄くなりつつある。そういった金融経済や中国特需の話に浮かれているさなかに、実は日本の国民一人当たりのGDPは急降下転落をしてしまっていることに、マスコミ関係者も目を向けようとしない。
要するに、日本の経済を実質的に支えている中小企業が疲れ果ててしまっていては、経済成長に結びつかないのだ。都市と地方の格差是正のための公共投資の話題も、「貧乏人のむなしい争奪戦の話」にしか聞こえない。そんな程度のニュースをマスコミが追い求めていること自体にもむなしさを感じる。
経済を豊かにするには、その戦略方向性は「高付加価値商品&高水準サービス」の商品提供なのであるが、ここに最も力を発揮するのは優秀な中小企業などである。ところが、行政のセーフティーネットが極めて中途半端であることから、優秀な中小企業ではセーフティーネットの恩恵を受けることがないのである。それは、優秀な中小企業にとっては最低賃金が引き上げられても、その程度の経営環境変化には順応する能力があり、むしろダンピングで生きのびようとする前近代的中小企業には致命傷となる市場の存在が、そういった優秀な中小企業には市場拡大のプラスに働くのである。
「経済構造改革を進めると言いながら格差是正や規制強化!」といった中途半端にならざるを得ない、経済政策の裏には、優秀な民間企業を育成して、日本経済を豊かにし立て直そうとする意思が見受けられないところに原因がありそうである。例えば、トルコ共和国がEUに加入したいと申し込んでも、国内の差別人権制度を解消できない政府には入る資格がないと断られている有様と似たところがあるのだ。
構造改革や格差是正を、どういった人たちが誰と手を結んで行えば良いのかを、良く観察しておかないと語句や漢字に振り回されてしまうのだ。世界的に経済が金融分野に偏ったから、必然的に金融危機が訪れるのだが、そんなことは経済学のイロハであって、経済を豊かにするには、人間の衣・食・住・情報・ノウハウに関わる国民的基礎力を養うことが必要なのである。

さて、いわゆる内部告発の力を借りて、
今、日本社会は経済にはびこる、「ペテンやウソ」を排除しようとしている。人々が安定した生活を送るために必要な金銭、これを逆手とって、「金!金!金!」と人々の不安をあおり、そのもとに拝金主義が社会に定着したのだが、これが是正されようとしている。端的な例え話をすれば、「会社経営のためなら、違法行為も仕方がない!」といったような切羽詰まった経営をしている個別企業は、コンプライアンスをめぐる同業者間のチクリ(内部告発)でもって、経営危機を迎えるということになるのだ。
そうすると、金融商品に手を出さずに、かつ正直に真面目に次世代経営を目指して来た個別企業が、ここは資本力(日本の銀行融資は増資と同じ効果)を増強して大きく網を広げれば、仕事を受け止めることが可能といったマーケティング戦略になるということなのだ。折しも、来年の金融危機に向けて、日本国内の内需を増強する経済政策が打たれるから、これもプラス効果として働くことはもちろんである。
そこで、格差是正?労働市場?の方面の話になると、厚生労働省も派遣法の改正法案は見送ったものの、日雇派遣は極端に不安定な働き方を招き、賃金の違法な天引きや二重派遣など不法行為に至ることから、行政指導でもって規制を強化することとなった。引っ越しと倉庫内での商品仕分け・袋詰め・ラベル付けなどの軽作業などに影響が出る。加えて、派遣会社の粗利益が分かるように派遣料金を公開させる動きに出て来た。必要経費以上にマージンをとる会社が選別されるようになり、賃金向上につなげたいとの思惑だ。厚労省の調査(05年度)では、派遣料金は労働者1人につき1日(8時間)平均1万5257円だが、派遣労働者の賃金は平均1万518円、粗利益+マージンの率は31%と旧来より高くなっているとのことだ。
最低賃金法改正案と労働契約法が28日午前の参院本会議で賛成多数で可決成立した。
最低賃金法は、「生活保護に係る施策との整合性に配慮する」ことを明記することで生活保護以下の収入解消を目指し、「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう」との文言でもって、一時間当たり千円に限りなく近づけるための基盤を整えた。罰則も「2万円以下」から労働者一人当たり「50万円以下」に引き上げとなった。
労働契約法は採用や解雇などのルールを明確にするものだが、これまで判例に頼っていたために労使の間に見解の相違といった論争を発生させていたが、これからは法に定められた要件事実をめぐる決着が進められることとなり、経営管理の重点は紛争の未然防止にシフトすることとなった。
法律違反となれば、個別企業は敗北するしかない。
非正社員の待遇を改善するため労働契約を「就業の実態に応じて均衡を考慮しつつ締結する」との原則が加えられたため、合理性(道理があり、社会共同体秩序に資すること)のない労働時間の設定や賃金決定方法あるいは短期間雇用契約の繰り返しなどが制限される方向に向かうこととなる。パート労働法と相まって、社員と同様の仕事をさせながら、身分をパート、契約社員、アルバイトなどとして労働条件の低下を狙うといったことは極めて難しくなるのだ。(パート労働法にいう、「パート等労働者」とはパート、嘱託、臨時社員など正社員以外の労働者を指すことに注意が必要)。
ところで、新しく労働契約法が施行されたとしても、専門的な知識や総務人事の実務に精通した専門家(特定社会保険労務士とか労働専門弁護士の中の一部の者)からアドバイスや指導を受けていたのであれば、差し当たり、あわてて採用システムや就業規則内容を見直す必要は無い。
反面、政府としては、労働契約法施行に伴い、大幅な見直しや制度改善を図る意思や能力のない個別企業は、これからの経済社会においては政府の保護対象から除外された扱いにされるという、グローバル経済の厳しい嵐の中での経営環境の悪化を織り込まなければならないことなのだ。



「労働契約法の解説速報」

11月28日に成立した労働契約法が、直面する人事管理にどのように影響を及ぼすかの解説。

旧来の、いわゆる日本企業の企業論理や企業内自治といったものは、客観的に合理的かつ社会通念上相当であると認められない場合は通用しないこととなった。例えば、「おれとこの会社は、こういうやり方だ!」と強がりをいったとしても、紛争調整委員会や裁判所に持ち込まれたときには効力を失い、この法律の施行前と比べれば、いとも簡単に個別企業は損害賠償・代替措置・将来措置の責任を取らされることになった。解雇事件の解決となると、パートで100万、社員で300万の金銭が必要であり、それも着手金70万を弁護士のために用意して弁護士に依頼する条件の場合の相場なのだ。

労働契約や就業規則あるいは労働協約の優先順位(第12条・第13条関係)
ややもすると従来は諸説氾濫によって
→間違った判断が社会保険労務士や弁護士の一部で流布されていたが、これに終止符を打つことになった。すなわち、
(1)労働基準法や労働契約法などの法律に反する条件は無効
(2)就業規則の条件を下回る労働契約は無効
(3)就業規則の条件を上回る労働契約は有効
(4)就業規則や労働契約よりも労働協約(労働組合との契約)が優先
といった具合だ。

ただし、この就業規則なるものが効力を発するための条件(第11条関係)
が今回定められることになった。
(1)労働基準法に定める必要事項の記載
(2)合法的に選出された労働者の過半数代表者の意見聴取
(3)労働基準監督署への届出
の三つが済まされていない限りは、事実上就業規則としての体をなさなくなった。
とりわけ、従来は周知さえすれば、労働基準監督署への届出を遅滞していても、就業規則の効力そのものに影響はないとされる扱いの判例法理が存在したが、労働条件に関わる部分については、適正な手続が欠落していれば、就業規則としては使い物にならないと定め(法定法理)られた。いわゆる近年時代を反映した「手続主義の法のパラダイム」を定着させることとなった。

労働者の定義が拡大された。労働基準法では、「事業又は事業所に使用される者で、賃金を払われる者」が適用対象者なるが、労働契約法では、「使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者」となっていることから、いわゆる「1匹労働者」とか「独立自営労働者」あるいは「自由業労働者(社会保険労務士や弁護士などの資格者の一部)」に対しても適用される。

労働契約を締結するにあたって、いくつかの注意事項が設けられた。(第3条関係)
(1)対等に合意されたと言っても、一方的に著しい労働条件の低下の変更を迫る申し込みとか、1日労働時間が8時間だからと言って深夜24時を境に、前後8時間ずつ(休憩を含め連続18時間の拘束)の労働時間に変更を迫るなどのことに制限がかけられることとなった。
(2)労働契約は仕事と生活の調和に配慮することが必要とされた。一方では上司の好みによって週40時間労働が保障され、他方では上司の嫌悪によって労働時間数が減らされていくといった労働契約は制限される。労働契約書に一週間の労働時間数を明示していなければ週40時間労働の賃金を支払うことになるのだが、時間数が減り得ることを明示したとしても生活の調和に反することはできないのだ。労働時間が長時間となる場合も生活の調和にも配慮を求められることとなった。
(3)近年、派遣業や業務請負業において横行する、労働者をペテンにかけたり、契約の抜け駆け、ダマシ、ウソなどについては、従来は民法の信義則違反として扱われて来た。ところが、これではその濫用の程度が裁判官の判断にゆだねられるばかりであったために、紛争過激化や泣き寝入りが発生し社会混乱を招くに至っていたことから、「信義に従い誠実に」との信義則の原則でもって、一般の認識や紛争調整委員会での解決を促進する項目として加えられた。

労働契約の内容の理解の促進(第4条関係)
とは、単に明示するだけでは不十分であると言っているのである。労働条件について、書面を作成し、書面を手渡したから、「それを見てないあなたが悪い!」といった乱暴な人事管理の取り扱いを禁止することになった。就業規則を手渡したから、それで事が足りるといった認識は改めなければならない。期間契約を結ぶ際にも、内容を通知したから、それで事が足りるといった認識も危機を招く。最低限、採用や労働契約の変更を行う際には、就業規則の説明会や対面方式で内容を読み合わせるなどの説明行為が必要となるのだ。これを怠って、労働者から、「聞いていない!」と言われれば、その労働者の言い分が通用することになるのだ。

安全配慮義務(第5条関係)
生命・身体の安全を確保するといったことは、総務人事担当者では当たり前のように考えられているが、実は法律的裏付けがなかったのである。昭和50年に、自衛隊八戸駐屯地車両整備工場での事故をきっかけに、最高裁で安全配慮義務という概念が生まれ(法律の専門的には:不法行為→契約行為との判例法理)、これが、医療機関や学校その他社会一般に広まったものとなり、いわば常識となっているもの。
長時間労働者を拘束する就業方式の場合(例えば深夜を挟む24時間交替勤務や13時間夜勤など)の仮眠時間の設定や、2交替や3交替勤務のあり方も、第3条2項の「仕事と生活の調和」と相まって必要な措置を図らなければならない。
これが、この際、法律(法定法理)となったのだ。これにより、近年続発している過労自殺やうつ病に対する対策を充実せざるを得ないことは間違いない。

労働条件の不利益変更(第7条~第101条関係)
には、さまざまな変更条件が明記されることとなった。
(1)就業規則の改訂による不利益変更は、就業規則の周知が前提
(2)就業規則を上回っていた労働契約条件は、新就業規則の改訂で変更不可
(3)就業規則を改訂して不利益変更をする場合には、
 6項目(周知、不利益程度、必要性、相当性、交渉経過、合理性)の「合意納得義務」が課せられた。
ただし、労働組合との労働協約の締結行為があれば、不利益変更だとしても、社会通念上相当とされる範囲内であれば容易であり、労働協約のオールマイティ性の原則を貫いている。

懲戒や解雇(第15条・第16条関係)
懲戒とは口頭注意や始末書の提出から予告なしの解雇までさまざまな種類を、使用者が自由に定め、見せしめとダメージを与えることで著しく不都合な人物に限定して、個別企業内の秩序維持の目的を果たすための手段である。
解雇とは、使用者が、労働者の同意を得ることなく一方的に労働契約を将来に向かって解約する使用者側意思表示のことである。
この懲戒と解雇について、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」については、「その権利を濫用したものとして」、こういった懲戒や解雇を法律でもって「無効」の扱いにしてしまうこととしたのだ。
客観的とは:外部の第三者が認められる事実証明できるとのことであり、合理的とは:理由の事実が、真実で、正当な事実を証明できることであり、その裏付けとなる証拠物があるにこしたことはないとのことである。社会通念の概念は非常に難しいものであるが、要するに常識とは異なり、企業外の社会共同体秩序維持の視点から不都合とされるといったような事柄を指す。
権利を濫用とは、数ある法律の中でも独特のもので、民法1条3項の権利濫用とは一致しておらず、合理性・客観性・社会通念性の欠如を権利濫用の要件として法律で定めたことが特徴で、法律家と言われる人たちの中でも間違いを起こしやすい注意項目である。
無効とするとは、懲戒解雇の通告の後であってもその効力や効果が発生しないことを意味し、賃金不払いや降格その他に対しては、損害賠償や代替措置をしなければならなくなるのだ。

出向の濫用も無効(第14条関係)
出向については転勤や配置転換などの判例法理(東亜ペイント事件など)が労働契約法で法定法理となって定められ、
(1)業務上の必要性が無い
(2)対象労働者の選定に道理が無い
(3)使用者の不当な動機目的や著しい不利益の存在
といったこととなると、懲戒や解雇と同じく権利を濫用したものとして無効となることになった。

期間を定めた労働契約(第17条関係)
労働者の期間契約は、本来中途で解雇すれば、現行の労働基準法においても残った期間の賃金を100%保障をしなければならないのだが、実務としては空文化していて、訴訟にでもならなければ、30日の予告手当で済ませていたのが実態であった。全国の労働基準監督官の多くが、「期間雇用でも30日分を払えば、問題ない」と説明していたために、それを真に受けて信じてしまった経営者がひどい目にあったことも、数多く発生していた。平成16年1月の労働基準法改正による、労働契約期間制限の延長をきっかけに、労働基準監督官には、すでに今回の労働契約法の趣旨が徹底されている。そして、今回の法律制定に至ったことで、期間雇用の中途解約によって、損害賠償が定着することになる。ただし、期間を定めて契約を結ぶから損害賠償などの問題が発生するのであって、1年とか3年のちの、「雇用の終期」を定めることは、まったく持って差支えがない。もちろん、こういった短期定年を更新することも、正当適切な判断基準を用いるなどすることにより可能なのである。
ただし、必要以上に短い期間契約を反復更新することには特段かつ特別の事情その他を必要とすることとなるので、パート労働法の「パート等労働者」と相まって制度の見直しをしなければならなくなる。
いずれにしても、形式的には1ヵ月程度の労働契約を反復更新する制度だと主張しても、1ヵ月単位で解雇する目的であると判断されれば、何らかの損害賠償・代替措置を迫られることとなる。
それが賃金であれば過去2年にさかのぼることになり、
退職金であれば入社時から退職日までの分を退職の後から5年間は請求できることになるのだ。

最後に、労働契約法にかかわって、出向や懲戒は別として、労働者の生命、身体、財産その他の利益の保護に、関わることとなれば、公益通報保護法(内部告発)の対象となったことにも注意をしなければならない。労働契約法は、労働基準法のように取締法規ではないからとして根拠のない安心感を振りまいた法律家やマスコミが存在するが、実質的には内部告発の対象となれば、個別企業にとっての影響は、何ら変わることがないのである。

   (日本労働ペンクラブ会員 特定社会保険労務士 村岡利幸)
                        (著作権放棄)