2023/11/07

第259号:景気対策なく+悪徳と怠堕の嵐

<コンテンツ>
この経済崩壊に、やってはいけない、悩んだ末?の
絶対に転落せざるを得ない、禁止行為はこれ、11個
身近で。肌感覚の音楽の話で
迷信、うそ・デタラメ見分ける。そのコツと練習
【新しい経済社会で役立つ、本の拾い読み【20231107】
 ①「科学的」に頭をよくする方法
 ②元国税専門官がこっそり教える あなたの隣の億万長者

景気対策なく+悪徳と怠堕の嵐。そこで、個々人は自己防衛を要する。
現時点の状況は、全体主義者と新自由主義?によって社会制度や社会というものが壊されてしまっている。だから、自己防衛仲間とも協力して防衛線を張るしかないのだ。様々な左右の選挙政党に頼ったところで、実行力もないから変化するわけがない。
「医療制度の崩壊により、ワクチンをはじめとして、高齢者を中心に日本の人口は、瞬く間に8%ほど減少する。“無策と悪徳”によって、これまでの資産とか遺産の相続財産を食いつぶす。要するに「金の切れ目が縁の切れ目」となる。近年の様々な金融政策や、“毒饅頭の補助金・助成金”でもって、「一方に悪徳が、他方には怠惰」が、不断に伴うように成った(世界のここ数百年の貧困と失業の原因)、そのツケが回ってきたのだ。その悲惨なレベルは、時代こそ異なるものの、終戦直後の日本を上回る可能性がある。
だからこそ、個々人が協力して防衛戦を張り、各々が新型ビジネス(イノベーションと改善)でもって生き残るしかないのである。今のリーダーを選ぶとか・黙認した多くの人は、その犠牲となる。そこには、親子や親戚とか、長きに渡る友人とか知人と云った関係はない。ここで大切なのは、要するに“新しい人間関係”である。
よって今回は、超現実的:自己防衛のテクニック、他人から詐欺られず+自己欺瞞に陥らない為に、人間の内心に響く音楽の効果や役割を通しての、他人に乗せられず自律(自立ではない)の力を貯えるきっかけとなるエピソードとその解説を記事にしたわけだ。


§この経済崩壊に、やってはいけない、悩んだ末?の
 絶対に転落せざるを得ない、禁止行為はこれ、11個
経済の危機と崩壊を迎え
ここに示した、経営管理に係る
決断は、とにかく禁止行為だ。
人類の、少なくとも400~500年
に渡る自由市場商品経済の歴史
を通しての、科学法則と経験法則を列挙したものである。
レバノンの首都ベイルートは、5000年を超える商業都市ではあるが、自由市場でもなく自由経済でもなかったから、何らかの記録が残っていても、現代の自由市場(資本主義)に於いて通用させるわけにはいかないのである。過去の蓄積から様々な思い違いを除いて、明治維新とも終戦直後以来の経済構造大転換と言われる時代に、改めて整理し直してみた。URLを参照し、この金融資本投資経済の崩壊までの、経営管理に関する旧観念を捨て、目を通していただきたい。なお、TVとか出版やYouTubeでは、人々の身につけている旧観念(理解がしやすい)に合わせた評論や学説だから、根本からのボタンの掛け違いに厳重注意なのだ。そして、社会構造を変えた、(例示)数十年にも及ぶフランス市民革命では、革命の合言葉は、「迷信を聞くな」であった。この革命で、“株式会社&有限会社”という経営者の団結権は、この時初めて制度化されたわけである
https://soumubu1.blogspot.com/2022/07/blog-post.html#243-12

(ア)どこの誰に頼まれようが、連帯保証人にはならない。悪徳金融業者は、連帯保証人のあなたの財産を狙っている。親の財産を狙って子供に金を貸す高利貸しも次々と親切を装い現れる。
(イ)ニーズに基づく実態の動きが無ければ、投資をしない。まだ実態のついて来ていない経営方針や、理屈の上での経営見通しならば、絶対に融資や投資をしてはいけない。社長の孤独に考える急上昇経営方針は、「直ちに必ず急降下墜落する」と、戦後の日本経済史での経験法則である。
(ウ)ニーズの奥のシーズ(種)を見つけそれを応用し商品化することに尽きる。何がしかの“わずらわしさ”を解消解決することで、その報酬や価格は高くなる。決して、“商品や仕事”の希少価値ではない。
「スキルskill(技能)とかパフォーマンスperformance(職人技)」(このメルマガを検索)であるとか、量産品、=この需給バランスならば存在するが。
~それは、400~500年の商品経済の歴史的な定石である。次のURLを参照
 https://soumubu1.blogspot.com/2023/09/blog-post_4.html#257-02
(エ)世界経済の物資や労働力の動きに注意しておく。ウクライナ、感染症、イスラエル・アラビア、マイナンバー、インボイス・免税業者その他、“資源資材の売惜しみ買い占めにつながる”といったもの全般を、様々真面目な人の正反対も含め、意見を聞き見抜く。例えば、マイナンバー、インボイス・免税業者関連、マイナンバーの不服従が急増中とのことだ。
(オ)工夫して商品単価値上げを避ける、価格値下げはせずに増量してしのぐ。AIでのコスト削減は、現有のIT機器やIT外注業者を活用する。インボイスや電子帳簿保存システムでの、新たな投資をしない。(助成金の罠に乗らない。IT企業の販促費も受け取らない)。ここは、96年前の昭和恐慌(しょうわきょうこう)でも生き残った商人が発見、(当時の経済雑誌で)呼びかけられた教訓だ。
(カ)YouTubeとかのSNS、メール配信をはじめ、★「我が社の思いを知ってもらおう」とか、★考え方や主義主張に同意してもらうといった、×その手の営業アプローチは無駄である。右翼・左翼・宗教団体といった全体主義のやり口を見習っても、商品は売れない&最終利潤は削られる。市場経済で買い手は、商品や労働力などを買うことで、「個々に何がしかの自由」を求める=これが経済原則だ。
 https://soumubu1.blogspot.com/2021/07/blog-post.html#231-11
(キ)人間関係を作るなら、“好みが共通の人”は止める(危機の状況下ではケンカになる)。“ウソつき・詐欺・小児性愛”といった、“嫌いな項目が貴方と共通する人”との人間関係を深めることである。その仲間とならイノベーションとかアイデアを互いに生み出せることになる。
そういった社会の人間関係は、商業展開の歴史で有名な北欧の、“元バイキング”諸国が長けている。その思考成果の末端が次のURL
 https://soumubu1.blogspot.com/2023/10/blog-post.html#258-02
(ク)×「思考・意識・思想が一致すれば売れる」といった考えや判断は間違いである。それは、①誰かの資本投下を受けての、②縦組織で、③画一企画を押し付ける時代の方式だからだ。これからの時代は、①“共感Empathy”でもって、②関係する仲間や社員の底力を、③まとめ発揮する経営の、④そういった時代だからだ。
(ケ)たとえば、ふるさと納税では、鮮魚丸ごとは内臓を外しただけの何匹もの冷凍詰め合わせ。味が好くホクホクする里芋の詰め合わせが在る。だが、そこに、一匹を三枚におろして刺身とする図解の折り紙とか、産地でもよく知られていない、“皮をむかずに土が着いたまま”20分煮る=美味しい料理法図解の折り紙を入れておく。これがイノベーション。(種を明かせば)1700年代に大坂の薬屋が一箱ごとに薬の“効能書き折り紙”を入れたところ、良く売れた=現代まで伝わる手法だ。出荷する生産者は、自信と自慢を持っているのだが、都会や他地域では、美味しく料理する小さなコツからして判らないのである。ふるさと納税の返礼食品は、「冷凍庫いっぱい」と言われて、リピートにはつながらない。筆者の場合は色々リピートする。
(コ)貧困と失業の原因は、(緊急災害を除けば)「食糧欠乏とか雇用の不足」に原因があるのではないと、ほぼ世界共通に、理性で以ては論じられ、→経済政策の柱に置かれてきている。古くは350年ほど前、イギリス名誉革命の際に、政策理論支柱であったジョン・ロックが述べている。その貧困と失業の根底には、
「一方に悪徳が、他方には怠惰が不断に伴う」
といった思考パターンだとしている。それは、日本の二宮尊徳の語る教えも同様だ。近江商人(その発祥は未だに不明)の家系で今もって語られる教えでも(文化や学問交流がなくとも)同様だ。およそ、こういった思考と異なる“理性的な経済理論”は世界中では見当たらない。もちろん、社会主義理論とか、共産主義理論のいずれに於いても、この何百年も前からの思考底流は同様だ。この2つの主義いずれもが、「まじめに働いても報われない、報われなかった」との思考が前提にある。(そこが無法者、無政府主義と異なるのだ)。
例えば、二宮尊徳は、一人の農民個人に、資金融資をする試金石を次のように語っている。
「約束の日までに、コツコツと縄をない納める者は逃亡しない。」
もとより、自由市場の経済活動は、貨幣を道具として“自由”の拡大を人々は求め、それは「モノやサービス(服務)」とを交換する方法である。貨幣蓄積増進の重要手段として「通貨」は用いられ、「通貨」とはそれ自身は“経済価値のない紙幣や電子マネーなどの器材”を用いることであったし、これも何千年と人類が用いてきた社会運営技術の方法や手段である。かといっても、「信用は貨幣を無用とする(独19世紀初頭:ジンメル)」。これが人類共通文化であり、信用の存在するところに“通貨の貸付”が舞い込んでくるわけだ。(これが、20世紀:金融資本展開の理論であったのだ)。
 https://soumubu1.blogspot.com/2021/07/blog-post.html#231-11
★★ところが反面、“新自由主義”を自称し・理屈を持ち出そうとする輩は、アメリカで生まれた本当の新自由主義とは異なる結論を説きまくる。名称の誤用か、彼ら独特の唯我独尊の話題だ、その背後には何か経済外敵強制の権力や武器を持っている。数十年前の昔、某超大手自動車会社の御曹司は、「経済学の父:アダム・スミスの“神の見えざる手”」を述べて、新自由主義者の先頭に立った。ところが実に、アダム・スミス自身は、その「神の見えざる手」などと述べたり書いたりした事は無いのである。
それに追随して、“学者モドキ”とか、“(実のところは半グレ)議員候補が”河川氾濫の如く、巷に溢れ出したのだ。実際に、その彼らの行動の裏には、“刑事事件疑惑”が付き物である。維新が生まれた大阪では、そういった風評と「汚職疑惑議員が自民党から叩き出された。」といった口コミの存在は、当初から否めない。筆者も、そこはよく知っている。
(サ)はっきり言えば、世間体(せけんてい)、で生きている人は、何かにつけ“無関心”なのではない。深く正確に解説すれば、全くの“無思考”なのである。だから、物事に関心を持つにも、至っていないのだ。

『思考が弱いと、判断や予見の的外れ、が多くなる。』
未だ、AI人工知能には、人類の進歩とか、(自然・社会・人文(:気持ち)といった科学3分野の歴史は盛り込めていない。官民の官僚主義者は世界共通して“手練手管の手法”(=彼ら自身はそれをクリエイティブと勝手に名付けている)のみに走っている。官民官僚主義者は、その働きぶりや能力が時代に取り残されてしまっている。だから、有能人材を企業が確保するといっても、「Data(含information)労働プロレタリア」の労働力に対してしか施策も妙策も打てないところまでに、官民官僚主義者の水準は低下してしまっている、高齢への経験を踏んでもさらに頑固で、次代の企業経営には、全く向いていないのである。
『思考が弱いと貧乏クジを引く。』
現代日本においてこれは、歴然とした経験法則である。統計はじめその他の科学法則を待つこともない。


§身近で。肌感覚の音楽の話で迷信、うそ・デタラメ見分ける。そのコツと練習



~仕事の効率を上げるBGMばかりか。
 実は“思考や作業“には、リズムや音を使う~




もとより、組織やBOSSの保身に端を発したところの、→“常識とか偏見”。
これにとらわれているとイノベーションは出来ない。それは、戦後日本の独特社会に慣れ親しむ知識人や経営者が、いかに組織やBOSSの保身のための、その“常識とか偏見”の理屈に振り回されていることか。ここに気付くことが大切なのだ。そういった“常識とか偏見”は、確かに一瞬のその場に限って、学歴を問わず、“無思考”な人たちを瞬時に欺瞞(ぎまん)動員するには役立った(先月号で紹介した「人間は、他人よりも、自分を優先するもの」もその典型だ)。ちなみに、戦後日本の人事管理の特徴は、入社から40歳までは、計画的に能力育成するが、その後は、何のかんの言っても、“お払箱”が基本方針だ。40歳を過ぎて“能力育成プログラム”の存在する企業はほぼ無い。大概は制度から脱線した「自己啓発」に追いやられ、所詮素人個人の育成プログラムなど、実る事は稀だ。

そこで今月号は、“音楽”を題材に、【組織やボスの保身に端を発したところの、→常識とか偏見】といったものを暴いてみる。題材に選んだ訳は、
メロディーとかリズムは、人間が行う、あらゆる分野や職業における、
“動作や思考”&“あるいは創造表現”に、
実は底流で欠かせない、肌身で感じる不可欠なものとなっているからだ。
~音楽学校卒は、能力発揮先職業は無い。音楽家を諦め“芸人”が人気だ~
その音楽界にも組織やBOSSの保身によって歪曲された理屈であるレトリックめいたものが数多くある。それは、明治政府とともに一気に日本国内の小中学校を通して入ってきている。とりわけ、その多くは英国からもたらされた。その訳は何かにつけ資金に困っていた“明治政府”は、軍事費や行政資金をイギリスから借入したが、その貸付条件として、=「イギリスの言うこと聞け」、これが存在したのである。ちなみに戦後は、資金先がイギリスから→アメリカに変わっただけのことである。そして今や、その国際金融資本体制が、“(ほぼ再起不能の)崩壊”の岐路に立つに至った。
本題のレトリック・作り話はこれだ。
以下、とにかくメロディーとかリズムは、身近な肌感覚。だからとにかく驚きだ

「名曲」と言われる曲は、“イギリス流の生真面目さ”に基づいて、社会でのヒット実績とか音楽界の意向を、あえて無視する形(英国政府公認)で定まったもの。
併せて真面目な態度で「鑑賞するものだ」との前提が後になって加わった。これが音楽史の定説だ。大流行をしたフレンチカンカン(当時演者はパンツをはいていない)にまつわる曲は、例えばオッヘンバッハの「天国と地獄」もちろん除外された。
そういった背景には、18世紀後半:ロンドンを中心にイギリスは、音楽消費地であって、ドイツやイタリアその他中央ヨーロッパから作曲家や演奏家を招いて、商業的成功の場になっていたとの事だ。その遠因には、1789年からのフランス市民革命の初期の“王家と貴族の転落や虐殺”の原因が、「居酒屋などで庶民が歌を歌って、革命を行った!」との誤情報でもって、ロンドン周辺での、「庶民の演奏と歌うことを武力で禁止」した歴史も関係しているのだろう。決してそれらは、「庶民が街中で演奏しないし歌わないのは英国のイングランド文化による。」といった、知ったかぶりの思いつきの作り話ではない。事実、ロンドンから離れると街中でも歌を歌っていた。そして、こういった背景の「名曲」を、明治政府は導入したのだ。なお、良し悪しの評価は別として、英国国教会=英国聖公会の聖歌(賛美歌に非ず)を文部省唱歌などに取り入れた。作曲家:瀧廉太郎(たきれんたろう)も、聖公会(キリスト教会)のオルガニストであった。~当時はこういった時代背景があり、何がしかの“真理”が貫かれていた訳ではない。明治政府以降の「単に連続する現実だけ」である。とにかく文部省は、これをもって未だ「名曲」と称して推し進めている。

そもそも、作曲家の記した楽譜とは、演奏ごととかヒラメキの都度に作曲家も演奏者も、どんどん楽譜改訂をしていった。作曲家の源楽譜とは、そういった“改定前”の直筆との条件における代物なのである。音楽とか作曲はそういうものなのだ。したがって、「楽譜通りに演奏する」といった音楽教育の姿勢は滑稽な話なのである。楽譜通りにピアノ弾けと主張したのは、シューマンの妻ぐらいらしい。また19世紀前半までの音楽界は、単純機械的なドイツ理系科学が主流であったことから、楽譜にはドイツ語の音楽用語が多い。加えて、Laの音(日本で言う1点イ音)は、それまでバラバラではあったものが、1955年のストックホルムの会合にて、440Hzヘルツに初めて統一されたものだ。が、現在では442Hzヘルツが主流となっている。すなわち絶対音階の意味は、自慢にもならないくらい無くなっている。そして、ボーカルはじめ様々な歌手は、音階を平均律(ピアノの音階音律)ではなく純正律(弦楽器やトロンボーンの音階音律)で歌うようになってきている。たとえばビートルズがそうだ。
そして、俗に言う“音痴?”にしても、子供は15分以内に、大人は30分以内に音階を身につけさせることができる。そもそも小中学校の教諭が教えないだけ、酷ければ“音痴の子”に声を出させないだけ)からだ。
【音階を身につける方法】
イ)必ず、教える大人と子供の2人でマンツーマンで、
ロ)その子と“共感Empathy”(このメルマガの検索機能でポイントと広がりの学習)を以ってして、
ハ)2人だけの部屋で、子供が恥ずかしさを感じないようにしておいて、
ニ)まずは声を出してもらって(ほぼ、Do Re Mi系のいずれかの音だ)、
ホ)つぎは、微笑んで、その子の発生音から、ゆっくり~ドレミファソラシド
ヘ)一緒に目を合わせ、向き合って、音階をたどっていくだけで良い。
ト)その子が、Faの音をツカメたら、後は簡単だ。
チ)ピアノを弾いて、音を採らせてはいけない。教える側の肉声と微笑だ。
リ)教える側の共感でつかめる。Faの音は、不思議にも世界人類共通だ。
ヌ)平均律音階も純正律音階もどうでもよく、教えるあなたの“共感Empathy”による音階が決め手だった。
ル)いったん身に付ければ、後は、その子が手探りで探し当てる。
ヲ)小中学校の教諭が画一的機械的に、ピアノという機械を使って無理強いするから子供も、大人でも見失うのだ。(筆者は、公私混同・手当たり次第に、相手と仲良さそうになれば、“音痴改善”をしている。)
ワ)なお、拍子TimeとリズムRhythmは異なるもの(日本の学校では混同。アメリカでは中学で教えるもの。)なのだ。が、リズムRhythmは、ちょっと難しい。=小中高の音楽の優等生とか、古い教育を受けた頑固な音楽家は、「そのリズムが違う」などと、本気で目をむいて怒って無理強いしてくる。でも、ビートルズでもポピュラー音楽でも、そこにリズムRhythmが大量に流れているのに、彼彼女らは権威をかけて、おそって無理強いしてくる。とにかくレベルが低い相手であれば、「異なる意見を発言」しただけで、その相手は喧嘩を売られたと(人類共通に)錯覚するわけだから。もしかすれば本当にリズムRhythmの間隔が聴こえていないのかもしれない。ピアノは弾けるといっても、歌の伴奏ができない場合、ポピュラーのリズムRhythmに合わせられない場合がある事を隠している人もいる、どうも虚栄心が邪魔をして隠し続けている人もいるようだ。
手っ取り早く商業的成功目的に限定して言えば、音楽史的には、次のような物事が事実なのだ。
例えば、ビバルディの「四季」は、そのヒットは、「すでに西洋音楽を受け入れていた国々」に限られていた。ちなみに、某曲がグローバルに各国で流れていても、「その国や地域に受け入れられたのだ。」、との短絡的な判断はできない。受け入れられる背景には、西洋音楽とかアラビア音楽とか、どういった音楽が受け入れてられるかを知っておく必要がある。すなわち、戦後に始まった市場の“マーケティング”といった手法は無効に近い。それを無理強いするから、経済外的強制(ワイロ・コネ・ハラスメントなど)が、プロモーターその他に付随してくるわけだ。
中には、音楽界の商業無知な人々に対して、NHK国際放送のアンケートを持ち出し、商業には疎い素人が喜びそうなデータInformationを持ち出して、詐欺師のように海外進出を煽ってもいる。その輩には、その本には、根拠Intelligenceと言うべきものは何もなかった。その輩が言うには、
「日本のメロディー、歌詞、楽器が流行する海外アンケート結果がある。」
だから、「自信を持って海外に進出しろ。」といった趣旨のようだが、それ以上の根拠は無い。ちなみに、その楽器というお話は、どうも、ヤマハ・カワイ・ローランドの楽器売り上げのようである。タンバリンを模した日本製のジングルでは無さそうだ。海外のオーケストラで流行っている:神楽の舞に使う鈴を縦に下向きに鳴らすといった物でもなさそうだ。ちなみにK-POP(ケーポップ)は日本の文化を徹底分析して日本に上陸してきた。日本外ではK-POPが上陸しようとする先の韓国人層を徹底して調査している。手っ取り早い商業的手段といっても、無効に近いと思っていても、
無理矢理に“マーケティング”の根拠としている。
◎◎ところで、日本から海外に自然発生のように広がった曲もある。
ザ・ピーナッツ「恋のバカンス」は、初演とともに、当時ソ連の大使館員が自国に持って帰り、1ヵ月後にはロシア語(У моря, у синего моря)の歌詞(性的描写表現を弱く)作り上げ大ヒットしたとのことだ。ロシアでは未だに、この曲をロシア人の作曲だと思っている人も少なくない。
高橋真梨子「for you」(1982年レコード発売)は、いつの間にか極東アジア~東南アジア一帯に広まっていった。そのヒットは日本から販売促進をしたものではなく、ヒットの経路も不明のようだ。筆者が、天安門事件の前夜あたりに、上海のメインストリートを走るカーラジオから聞いたときには、中国語ではない歌詞で歌われていた。同乗者は、「中国の歌だ」と強弁、何でも強弁する中国人だから仕方がないとは思ったが驚いた。この曲のヒットは1997年に香港コンサートにも至る。高橋真梨子は、専ら国内コンサート遠征が主流の活動であるから、世界的にも珍しい海外ヒットに輝いたのだ。

ナチス・ドイツは、ナチス流全体主義を貫くために、スウィングとかジャズを、退廃?だと言いがかりをつけて全面禁止にした。戦時中日本では戦意高揚の為に音楽家を脅かし協力させた。~要するに、暴力行為を背景に音楽事業をも行い、陰でワイロもせしめていた。そのほとんどは、聴衆や演奏者そして歌い手やファンとの、現在で言うところの“共感Empathy”を求めるのではない。あくまでもマインドの“同調圧力”であり、必然的に全体主義者は、根っからの画一的な“同調”(行進曲風とか)を無理強いするのである。
筆者は思うに、画一的“同調”を目的とする演奏(カラヤンはじめ)は、テンポtempoがメトロノームよりも、0.2~0.3秒程度、手前に速くなる≂前のめり?になる傾向が強そうだ。対照的に、“共感Empathy”を求めようとする技術は、『メトロノームより、テンポは、0.2~0.3秒程度後ろにずれるとか、複雑系技術“1/fゆらぎ”のリズム』が、加えて『世阿弥の胡蝶の舞の如く、間を入れることで、観衆聴衆の“共感Empathy”を確保する如くに』、盛り込まれる。
典型的な“共感Empathy”を例示すれば、次のURLをどうぞ
https://www.youtube.com/watch?v=_JkI2nOo-9A

哲学者の、ハンナ・アーレント(全体主義:観念論を否定:1906年~1975年)は、ジャズ演奏家のジョン・コルトレーンについて次のように語っている。
『思考と創造を両立させることによって、
 世界中を熱狂の渦に巻き込んでいた』
ハンナ・アーレントは、ピアニスト・芸術論者・哲学者:ヴァルター・ベンヤミンとの研究過程の中で、彼女の発見してゆく。(分かりよく解説すれば)カトリックの“オルガン奏者養成思考”の、『1000曲覚える』と、“いつかどこかで思い出して、間に合うとの(神の導き?)論”とは、全く異なる発見そのものだ。
言語の背後には何もない。
「愛し合う者同士」ともなれば、言葉はモノそれ自体となる。」
ここで言う、「愛し合う者同士」が、今日でいう“共感Empathy”に該当すると推察される。今から80年ほど前からの研究過程で、共感Empathy(1904年の英語からの造語)の学説はあったものの、今日のように神経科学や脳科学といった学問分野が、当時はまだあった訳ではない。
ヴァルター・ベンヤミンの、
『複製技術時代の芸術』(1935年)によると、
「複製可能性」と「技巧の不在」が写真の本質であり、
そうであるならば、もっとも芸術から遠い。
と結論付けられている。だがそれは、当時考えられていた芸術概念から遠ざかるとの意味と解釈される。彼ベンヤミンは、加えて
芸術は特定の対象の美性を扱うのではなく、さらに、
私たち人間を含むあらゆる存在が「存在すること」を描き出す。
私たちは「存在する」以上、芸術の営みから無関係ではいられない。
私たちがいかなる文化的趣味を持っていたとしても(全く持っていないとしても)、
私たちは芸術に無関心ではいられない。
といった彼ベンヤミンの趣旨である。すなわち芸術の一分野である音・音楽においても、メロディーとかリズムは、人間が行う動作や思考あるいは創造表現に実は欠かせないもの。~ということなのである。
次のURLは、古来の交響曲の演奏風景を踏襲するものと言える。そもそも交響曲演奏は、作曲家名を頼りに行ってみて、観るしかなかったイベントだ。最終には「観客皆と共に歌を歌うのがフィナーレで行われていたとの事。怖く顔をしかめて聴く交響曲の風変わりな習慣こそが、敢えて19世紀末に造られたものとのことだ。
https://youtu.be/buvEb8oOxkM?si=p4pOrCfOAZqoMOhU
適正利潤の有る固有文化価値商品=Art域商品の造り方=要件要素表
ArtisticとAesthetic(唯美主義)とは、似つかぬ別物
https://soumubu1.blogspot.com/2023/07/blog-post.html#255-04

ビートルズの演奏原盤を2時間半にわたって聴き入る催し物が、今年の3月12日の夜に数十人が集まり開かれた。1枚数万円もするレコードも寄せを集められた。
そこで、発見されたことは、アメリカ版にしても日本版にしても、レコード化が成されるときには、リズムや音階音律は、レコード会社により、その国のマーケットに合わせ)改編されているといったことだ。まるで、項目で述べた「ビバルディの四季」のように、商業的成功目的にと、=日本風・アメリカ風にアレンジし直している訳だ。
ビートルズの初期では、純正律で歌われ演奏される曲がいくつもあった。ところがアメリカ版も日本版も純正律の部分は少なくなり平均律が増える改編が目立つ。リズムについても、アメリカ版はメトロノームの通り、日本版は画一的“同調”を目的とする演奏(カラヤン風)で、テンポがメトロノームより、0.2~0.3秒程度、手前に速くなる≂前のめり?に、東芝レコードのマーケティングを感じざるを得ない改編になっている。私筆者は会場でも意見を述べ、その後何人もの音楽家にも聞いてみたが、「そうではない。」と話す人は未だにない。(中には「純正律ではなく楽譜の書き方だ」とか、「変形4拍子」と言う人も数年前に出会ったこともあるが。
★何回も確かめたけれど、出だしは、4.5拍子。音階音律は純正律で歌われ演奏されているのだ。次のビートルズのURLをどうぞ!
https://youtu.be/vdrb1vFTtJI?si=5JEmZ9RyM2acDXvb

【参考文献等】
松本直美 ロンドン大学音楽学部上級講師『ミュージック・ヒストリオグラフィー』
ヴァルター・ベンヤミン『複製技術時代の芸術』1935年
ケン・クリームスティーン『ハンナ・アーレント、三つの逃亡』みすず書房
その他、過去:258号(月刊)に及ぶ、この総務部メルマガの過去研究



§【新しい経済社会で役立つ、本の拾い読み20231107】
①『「科学的」に頭をよくする方法』-2023/4/19 エリザベス・R・リッカー(著)
②『元国税専門官がこっそり教える あなたの隣の億万長者――富裕層に学んだ一生お金に困らない29の習慣』-2023/2/8 小林義崇(著)

(この段落は先月号と同じ)筆者の仕事は、読者の解決手助けのために、あなたの正確な選択へと導くことである。なので、記事分量は少なく、あなたの判断材料となるように書いていく。(購入して読む必要もなく、あなたの秘書に代読する必要もない)。それは、学術系書籍などは学者が同業学者に向けての論理構成だから、学者以外に正確な理解が出来る訳はないのだからである。
一般ビジネス書というものは、厳しい出版業界の状況から、多数の読者が、さも喜んで買うような内容に編集しているから、買った人が喜ぶように出版する。そんな出版物から、役立つ部分のみを理解することは、時間をかけても無理である。とかく、近年の学校教育は、“その意味内容が解らなくても覚えるだけ”といったAI頭脳教育に陥っているから、頭脳明晰であっても知識偏重主義(主知主義)であれば、プロセスを踏まえないから応用できないばかりか、誤読の頻発も招いてきた。(ここまで毎月の掲載号と同じ)

①『「科学的」に頭をよくする方法』-2023/4/19 エリザベス・R・リッカー(著)
https://amzn.asia/d/9T3G8dP
(むらおかコメント)
イノベーションでこそが、これからの経営には不可欠である。それは、個人の公私共に必要となっている。それこそ次代の経済に通用するわけだ。過去の経験や学問は、通用しない。ただし、紹介するこの書籍は、医学(注=医学は科学ではない)、神経科学、脳科学その他の中から、本の筆者エリザベス・R・リッカーが言うには、自らで試したものばかりを整理したと言っている。あくまでも公私を含め個人のイノベーションの具体策を考えるに、それなりの参考になる。例えば
 『主旨:15機能は、私生活にも仕事にも影響与えるが、
  IQよりも作業記憶の方がはるかに影響があり優れている。p.134』

といった内容だ。私も購入して、今数十年に渡るイノベーションと考えている。
イノベーションの現代風解説は、次の、(2019/03/05発行)総務部メルマガからどうぞ。
https://soumubu1.blogspot.com/2019/03/blog-post.html#203-09

②『元国税専門官がこっそり教える あなたの隣の億万長者――富裕層に学んだ一生お金に困らない29の習慣』-2023/2/8 小林義崇(著)
https://amzn.asia/d/10jOH3z
(むらおかコメント)
主に相続税の国税専門官が、実際に見て体験した内容である。富裕層と言われる人たちの習慣が紹介されている。これも先ほど述べたような、個人必要なイノベーションの参考になる。日本も当分の間は“金融資本投資優先経済”が崩壊したままであるから、ここに出て来る人たちの知恵は役に立つ。またこういう人たちが、今後日本の個人消費の優位を占めることになる訳だ。
(事実として)、(銀行融資借入れのために)粉飾決算=架空囲売り上げ計上をやり続けた会社が、倒産手続きを期に、税務申告をやり直し還付金を受給するとか。
倒産を半年前に控え、賃金が払えなくなり、国の未払い賃金確保法で、賃金(退職金を含む)支払いを国に立て替えてもらう。なお、破産会社に金銭がなければ国は求償できない。
こういった方策は、税金その他の裏話でもなんでもない、詐欺られないように。
ただし、債権者が、破産会社から取り立てができる金銭は、優先順(いったん支払われても、のちに優先順に金銭回収される)に、①税金、②社会保険料、③不払い賃金の賃金債権。残りが一般に支払われる金銭である。ただし専門家(税理士、弁護士、社会保険労務士)が介入しない限り難しい手続きが待っている。やはりこのときに信用・信頼がものを言う。